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岐阜県立多治見病院歯科口腔外科における顎矯正手術症例の検討

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(1)(1):6-14, April, 2021 日顎変形誌 Jpn. J. Jaw Deform. 31. 原 著. 岐阜県立多治見病院歯科口腔外科における顎矯正手術症例の検討 柴 田 章 夫 1) 河  原  康 1) 丹 羽 裕 明 1) 木 下 路 規 1) 初川(野田)久美子 1) 向  井  陽 2). A Clinical Study of Orthognathic Surgery in Department of Oral and Maxillofacial Surgery Gifu Prefectural Tajimi Hospital AKIO SHIBATA1), KOU KAWAHARA1), HIROAKI NIWA1), 1) and YO MUKAI2) MICHIKI KINOSHITA1), KUMIKO HATSUKAWA(NODA). 3. The most common clinical diagnosis was mandibu­lar Abstract. retrognathism with and without other conditions, account­ ing for 46.2%, followed by mandibular progna­thism with. A clinical analysis was performed on 208 patients who. and without other conditions, account­ing for 44.7%.. underwent orthognathic surgery at the Department of. 4. The most frequently performed operation was. Oral and Maxillofacial Surgery, Gifu Prefectural Tajimi. sagittal split ramus osteotomy(SSRO), accounting for. Hospital, during the 10 years from 2010 to 2019.. 67.3%, followed by the combination of Le Fort Ⅰ osteo­. The results were as follows :. tomy and SSRO(LF1+SSRO)at 16.3%.. 1. The number of orthognathic surgery operations. 5. The average operating time and average amount of. increased yearly.. bleeding for SSRO were 131 minutes and 54g, and those. 2. There were 57 male and 151 female patients(ratio. for LF1+SSRO were 246 min and 128.3g, respectively.. 1:2.6). The mean age at surgery was 23.7(15-56). Key words : orthognathic surgery(顎矯正手術),jaw. years old. Patients in their teens accounted for 45.2% of. deformity(顎変形症),clinical analysis(臨床統計). the subjects.. [Received Aug. 31, 2020]. 緒  言. 対象および方法. 顎矯正手術は,顎口腔機能と形態的不調和の改善を目的. 対象は,2010 年 1 月から 2019 年 12 月までの 10 年間に,. に行われている1)。近年,術式や手術器具の改良により治. 岐阜県立多治見病院歯科口腔外科を受診し,顎変形症の診. 療の安全性が向上し,一般にも広く認知されるようになっ. 断のもと顎矯正手術を施行した 208 名である。当科では,. てきており,手術件数は増加傾向にある2)。今回,当科に. 2013 年より顎矯正手術にクリニカルパスを導入し,術式. おける顎矯正手術の実態を把握し,より安全で質の高い治. に関わらず 10 日程度の入院期間を設定している。また原. 療を提供する体制を確立するため,過去 10 年間の顎矯正. 則として,術後に手術室で抜管し,術後の腫脹による気道. 手術について検討を行ったので,その概要を報告する。. 閉塞のリスクに対応するため高度治療室(HCU)にて術 後管理を行い,翌日以降に一般病棟へ転棟している。 資料は病院診療記録,X 線写真を用い,後ろ向きに以下 の項目を検討した。. 岐阜県立多治見病院歯科口腔外科(主任:河原 康部長) むかい矯正歯科(院長:向井 陽) 1) Departⅿent of Oraˡ and Maxiˡˡofaciaˡ Surɡery︐ ɢifu Prefecturaˡ Taʲiⅿi ʜospitaˡ(Chief : Dr. Kou KAWAHARA) 2) Mukai Ortʰodontic Cˡinic (Director : Yo MUKAI) 1) 2).

(2) 31 巻 1 号. 岐阜県立多治見病院における顎矯正手術症例の検討. 1)年度別顎矯正手術件数. 7. (26.4%)で最も多く,ついで下顎前突症が 48 例(23.1%),. 2)性別および手術時年齢分布. であり,開咬症や非対称症を伴う症例,上顎との合併症例. 3)臨床診断別症例数. を含めると下顎後退症 96 例(46.2%),下顎前突症 93 例. 4)術前スプリントの使用件数. (44.7%)であり,下顎後退症,下顎前突症の割合は同程. 5)術式別症例件数. 度であった(Table 1)。また,開咬を伴う症例,開咬単独. 6)手術時間および術中出血量. 症例は 59 例(28.4%)であった。上顎後退症と下顎前突. 7)輸血の適応 8)術中合併症,術後継発症および後遺症 9)下歯槽神経支配領域の知覚異常 結  果 1)年度別顎矯正手術件数 年度別顎矯正手術件数は平均 21 例であり,2012 年の 9 例が最も少なく,2019 年の 37 例が最も多く,年度別の手 術件数は増加傾向にあった。近年は,顎矯正手術が当科の 全身麻酔手術症例数の約 20%を占めていた。連携する医 療機関は,近隣の 4 施設の他院矯正歯科であったが,大部 分が 1 施設からの紹介患者であった(Fig. 1)。. Fig. 1 Number of patients who underwent orthognathic surgery. 2)性別および手術時年齢分布 男性が 57 名,女性が 151 名で男女比率は,1:2.6 で女 性が多く,手術時平均年齢は 23.7 歳(15 ~ 56 歳)で,10 歳台が 94 名(45.2%)と最も多く,ついで 20 歳代が 66 名 (31.7%)であり,年齢が上昇するにつれ手術件数は減少傾 向となり,女性の占める割合が高くなっていた(Fig. 2) 。 3)臨床診断別症例数 顎変形症患者 208 名の臨床診断は,下顎後退症が 55 例. Fig. 2 Age and gender distribution of the patients who underwent orthognathic surgery. Table 1  Distribution of the clinical diagnosis clinical diagnosis Mandibular retrognathism Mandibular retrognathism+Open bite Mandibular retrognathism+Asymmetry Mandibular retrognathism+Open bite+Asymmetry Mandibular prognathism Mandibular prognathism+Open bite Mandibular prognathism+Asymmetry Maxillary retrognathism Maxillary retrognathism+Mandibular prognathism Maxillary retrognathism+Mandibular prognathism+Open bite Bimaxillary retrognathism Bimaxillary retrognathism+Open bite Maxillary prognathism Asymmetry Open bite Asymmetry+Open bite. Number of patients. Ratio(%). 55 21  5  6 48 20 11  6 12  2  5  4  2  5  4  2. 26.4% 10.1%  2.4%  2.9% 23.1%  9.6%  5.3%  2.9%  5.8%  1.0%  2.4%  1.9%  1.0%  2.4%  1.9%  1.0%.

(3) 8. 柴田 章夫,他. 日顎変形誌 2021 年. A. B. Fig. 3 Intraoral findings and cephalometric findings A:Before Splint treatment B:after Splint treatment. 症の合併症例が 12 例(5.8%)であり,このうち 4 例に口. 例(4.8%)に行われていた(Fig. 4, 5)。SSRO の術式に. 唇口蓋裂の手術の既往を認めた。なお,臨床診断は顔貌お. ついては,内側骨切りを Conventional SSRO の long split. よび口腔内写真,頭部 X 線規格写真,模型を用い行った. を施行した症例が 43 例,86 側,short lingual osteotomy. 術前の診断を調査した。. を 施 行 し た 症 例 が 154 例,307 側 あ っ た。 骨 接 合 材 は, 205 例(98.6%)にチタン製プレートが用いられ,GEN を. 4)術前スプリントの使用件数. 施行した 3 例(1.4%)に吸収性プレートが使用されていた。. 下顎位が不安定な症例に対し,術後の機能正常咬合獲. 術後の顎間固定は 2013 年までは,術後翌日より 7 日間ワ. 得のため,術前矯正時に下顎頭を中心位に位置づけてい. イヤー固定を行っていたが,2014 年以降は,術前に下顎. る3)。術前に矯正歯科医主導で,スタビライゼーションス. 位が安定していた症例では,術後早期のワイヤーによる顎. プリントを装着し下顎位を安定させたのち,術式の選択,. 間固定およびエラスティックによる顎間牽引は行っていな. 顎骨の移動量の決定を行っている(Fig. 3)。具体的にはス. かった。. プリントの使用により,下顎後退や開咬が重度となった症 例に対し,下顎骨形成術から上下顎骨形成術に術式を変更. 6)手術時間および術中出血量. している。下顎骨形成術および,上下顎骨形成術を施行し. 平均手術時間および出血量は SSRO 単独で 131 分(84 ~. た 198 例のうち,145 例(73.2%)で術前にスプリントを. 283 分) ,54.0g(5 ~ 1,200g)であり,LF1+SSRO で 246 分. 使用していた。. (171 ~ 334 分) ,128.3g(10 ~ 600g)であった。また SSRO 単独症例において前期(2010 ~ 2014 年)では平均手 術. 5)術式別症例件数 下顎枝矢状分割術(Sagittal split ramus osteotomy;以. 時間が 156 分,平均出血量 87.7g であったのに対し,後期 (2015 ~ 2019 年)では 120 分,39.5g であった(Table 2) 。. 下 SSRO)単独が 140 例(67.3%)で最も多く,Le FortⅠ 型骨切り術と SSRO(以下 LF1+SSRO)が 34 例(16.3%) ,. 7)輸血の適応. SSROとオトガイ形成術(以下 SSRO+GEN)が 20 例(9.6%). 全期間の顎矯正手術症例 208 例のうち,46 例(22.1%). であった。偏位症 1 例の片側に,下顎枝垂直骨切り術(以. に 400ml の自己血貯血が行われ,90%以上の症例に返血. 下 IVRO)が行われており,対側は SSRO が行われていた。. されていた。術式別にみると,前期(2010 ~ 2014 年)は. また,LF1+SSRO+GEN が 3 例(1.4%),GEN 単独が 10. 顎矯正手術全症例に自己血輸血を適応していたが,後期.

(4) 31 巻 1 号. 岐阜県立多治見病院における顎矯正手術症例の検討. Fig. 4 Distribution of surgical procedures from 2010 to 2019 SSRO:Sagittal split ramus osteotomy, LF1:Le Fort Ⅰ osteotomy, IVRO: Intraoral vertical ramus osteotomy, GEN:Genioplasty. Fig. 5 Ratio of surgical procedure from 2010 to 2019. Table 2  Average operating time and amount of bleeding Orthognathic surgery SSRO LF1+SSRO. SSRO First phases 2010-14 Second phases 2015-19. Average operating time(min) Average amount of bleeding(g) 131( 84-283) 246(171-334). 54.0( 5-1200) 128.3(10- 600). Average operating time(min) Average amount of bleeding(g) 156(115-283) 120( 84-179). 87.7( 5-1200) 39.5( 5- 150). 9.

(5) 10. 柴田 章夫,他. 日顎変形誌 2021 年. Table 3  Number and ratio of Intraoperative and Postoperative complication Intraoperative complications Bad split osteotomy Abnormal Hemorrhage Injury to Inferior alveolar neurovascular bundle Skin Tear. Postoperative complications Neurosensory Disturbances(Inferior alveolar Nerve) Angular Cheilitis Nausea Diarrhea Neurosensory Disturbances(Infraorbital Nerve) Relapse Temporomandibular disorder Expose of plate Mandibular angle Protrusion Plate Infection Fracture of Bioabsorbable plate Desorption of screw Neurosensory Disturbances(Lingual Nerve). Number of patients. Ratio(%).  2  1 11  4. 1.0 0.5 5.3 1.9. Number of patients. Ratio(%). 169  39  37  23 6 7 6 4 4 2 1 1 1. 81.3 18.8 17.8 11.1 15.8  3.4  2.9  1.9  1.9  1.0  0.5  0.5  0.5. (2015 ~ 2019 年)以降は下顎骨形成術単独症例では基本. 期,もしくは 2 週間から半年以内に知覚の改善を認めて. 的に自己血貯血は計画せず,上下顎骨形成術症例の場合の. いたが,65 例(31.3%)は長期に症状が残存していた。術. み自己血貯血を行った。他家輸血を適応した症例は認めな. 式別にみると,SSRO 単独症例 174 例のうち,一過性に. かった。. 知覚異常が出現した症例は 144 例(82.8%),知覚異常が 長期に残存した症例が 52 例(29.9%)であった。SSRO+. 8)術中合併症,術後継発症および後遺症. GEN23 例では,それぞれ一過性が 21 例(91.3%),長期. 術中の合併症としては,顎間固定期間の追加を要する. 残存が 10 例(43.5%)に,GEN 単独症例 10 例では,一. 偶発骨折が 2 例(1.0%),1,000ml 以上の異常出血が 1 例. 過性が 4 例(40.0%)に,長期残存が 3 例(30.0%)に認. (0.5%)に認められた。その他は,術中の下歯槽神経血管. められた。また,IVRO を施行した 1 側には一過性の知覚. 束の損傷が 11 例(5.3%),皮膚損傷 4 例(1.9%)であっ. 異常を認めたが,早期に改善していた。. た。術後継発症および後遺症としては手術直後の下歯槽 神経支配領域の知覚異常が最も多く 169 例(81.3%)に認 められた。ついで口角炎 39 例(18.8%),術後嘔気 37 例 (17.8%), 下 痢 23 例(11.1%), 後 戻 り 7 例(3.4%), 顎. 考  察 1.年度別顎矯正手術件数. 関節症状 6 例(2.9%),プレート露出 4 例(1.9%),早期. 顎矯正手術は,術式の改良や手術器具の進歩により,治. 抜去を要するプレート感染 2 例(1.0%),吸収性プレート. 療の安全性や確実性が向上している。また,口腔機能の重. 破折 1 例(0.5%),スクリュー脱離迷入 1 例(0.5%),舌. 要性や顔貌などの形態的不調和に対する社会的関心が高ま. 神経支配領域の知覚異常 1 例(0.5%)であった。また眼. るにつれ,社会的な認知が向上していることから,手術件. 窩下神経支配領域の知覚異常は LF1 を施行した 38 例のう. 数は増加傾向にある2)。本邦においては年間約 3,000 例の. ち 6 例(15.8%)であった(Table 3) 。. 手術が行われ 2),口腔外科の主要な手術となっている。当 科の年度別顎矯正手術件数は,平均 21 例だったが,2010. 9)下歯槽神経支配領域の知覚異常. 年から 2014 年までの平均が 14.0 件に対し,2015 年から. 全顎矯正手術のうち 169 例(81.3%)に術直後に下歯槽. 2019 年の平均が 27.6 件で増加傾向にあり,これまでの他. 神経支配領域の知覚異常を認めた。多くの症例は術後早. の報告 4)と同様であった。.

(6) 31 巻 1 号. 岐阜県立多治見病院における顎矯正手術症例の検討. 2.性別および手術時年齢分布. などが挙げられる11)。最近の本邦の調査でも 3 分の 2 の施. 男女比率は,1:2.6 で女性が多く,手術時平均年齢は 23.7 歳であり他の報告とほぼ同様の結果であった. 11. 設が short lingual osteotomy を選択していた 12)。. 。年. 骨片の骨接合法については,上顎骨,下顎骨ともに原則. 4-10). 代別にみると 10 歳台が最も多く,10 ~ 20 歳台で約 80%. 的にチタン製プレートを用いていた。吸収性プレートにつ. を占めており,若年の女性に多い結果は,咬合機能と同時. いては,移動量の少ない GEN 症例に限り使用されていた。. に審美的な改善が期待されているためと考えられた。手術. 当科で適応症例が少ない要因として,吸収性プレートを導. 時の年齢分布については,首都圏などで 20 歳台が最も多. 入し始めた初期にプレート破折を経験し,チタン製プレー. がある一方,当科と同様に 10 歳台が最も多い報. トによる再固定を要したためと考えられた。しかし,上顎. 告 6,7)もあり,地方では進学や就職による転居に伴い治療. 骨形成術における吸収性プレートの術後安定性はチタン製. 継続が困難となることがあるため,早期に術後矯正歯科治. プレートと差がないとの報告もあり13),術後に除去の必要. 療まで終了させたいという希望があるためと考えられた。. がなく,X 線画像検査で描出されない利点があるため,今. い報告. 8-10). 後症例を選択し使用を検討していきたい。 3.臨床診断別症例. 当科ではチタン製プレートを用い semi­rigid に固定する. 当科の顎変形症の臨床診断は下顎後退症が 46.2%,下顎. ことで,術後の顎間固定は原則行っていないが,他の報告. 前突症が 44.7%で,ほぼ同数の割合を占めていること,開. でも近年は顎間固定を行わず,安全性の高いゴム牽引によ. 咬症が 28.4%に認められたことが特徴的であった。本邦の. る咬合管理へ移行しており12),術後の患者負担の軽減,安. 多くの報告では,下顎前突症が 3 分の 2 以上を占めており,. 全な術後管理を考慮した変化と考えられる。また,術前に. モンゴロイドの人種的特徴や,下顎前突の患者が顎矯正手. スタビライゼーションスプリントを使用し下顎位が安定し. 術を選択しやすいなどの理由が考えられている2,5,6)。当科. た症例では術後にエラスティクによる顎間牽引を行ってい. の顎変形症患者のうち 9 割以上が他院矯正歯科 1 施設から. ないが,術後の後戻りのため最後臼歯が早期接触し,開咬. の紹介であるが,当該施設では機能正常咬合獲得のためス. が再発することがあり,そのような症例では術後矯正によ. タビライゼーションスプリントを使用し,下顎頭を中心位. る上顎臼歯部の圧下で対応している。. に位置づけている。スプリントを使用した多くの症例で, 下顎頭が中心位に誘導された結果,最後臼歯に早期接触が. 5.手術時間および術中出血量. 発生して下顎の咬合平面が時計回り方向に回転し,下顎後. 当科の顎矯正手術の平均手術時間および平均術中出血量. 退症および前歯部開咬が明らかになることがある。そのた. は SSRO 単独で平均 131 分,出血量は平均 54.0g であり,. め他施設に比べ下顎後退症や開咬症の診断が多かったと推. LF1+SSRO では平均 246 分,出血量は 128.3g であった。. 察される。. 本邦における実態調査 2)では,下顎骨形成術単独症例の平 均手術時間は 163 分,平均出血量は 203g,上下顎骨形成. 4.術式別症例件数. 術症例では,平均手術時間は 285 分,平均出血量は 512g. SSRO 単独が 140 例(67.3%)で最も多く,LF1+SSRO. と報告しており,当科の手術時間,出血量ともに標準的な. が 34 例(16.3%)であり,上下顎骨形成術は症例数として. 範囲内であると考えられる。手術時間に,ばらつきがある. は増加傾向にあったが,占める割合は,大きな変化はなく. 要因として当科の顎矯正手術の執刀は手術経験豊富な術者. 。近年では,咬合や顔貌の改. から,日本口腔外科学会認定の認定医取得前後の若い術者. 善など治療結果の多様化や術後の安定性から,上下顎骨形. まで幅広いため,他の報告 8-10)と同様に術者間のばらつき. 成術が選択される症例が増加している4,9)が,当科では初. に因るところが大きいものと考える。出血量が少ない要因. 診時に上下顎骨形成術を計画していた症例であっても患者. として,1%リドカイン塩酸塩(1/10 万エピネフリン含有). が希望されないため,下顎骨形成単独に術式を変更した症. の術野への浸潤麻酔に加え,下顎では下顎孔,上顎では眼. 例が年間 1 ~ 2 例あり,上下顎骨形成術の必要性が十分に. 窩下孔,切歯孔,大口蓋孔への伝達麻酔を併用することで. 理解されていなかった。SSRO における内側骨切りに関し. 十分なエピネフリン効果が得られることが考えられた。ま. ては,2012 年までは主に Conventional SSRO の long split. た,術中麻酔管理としては,レミフェンタニル持続静注に. を選択し,2013 年以降は short lingual osteotomy を主に. より,口腔組織への血流が減少し,術中の最高血圧の変動. 選択していた。short lingual osteotomy の利点は,下顎の. が抑えられることで,出血量が減少している14)ものと推察. 後方移動症例では遠位骨片が短いため後縁からの突出量が. された。また SSRO 単独症例において前期(2010 ~ 2014. 減少し,後戻りのリスクが低下すること,非対称症例では. 年)では平均手術時間が 156 分,平均出血量 87.7g であっ. 骨片間の骨干渉が少なく,プレート固定時に下顎頭の偏位. たのに対し,後期(2015 ~ 2019 年)では 120 分,39.5g. が少ないこと,また下顎後静脈の損傷リスクが少ないこと. であり,前期と後期を比較すると手術時間の短縮や出血量. 他の報告と比べ低かった. 4, 9).

(7) 12. 柴田 章夫,他. 日顎変形誌 2021 年. の減少を認めていた。術者は時期により異なるが,指導医. 顔面動脈を結紮し,止血を得ていた。他に SSRO では下. が継続し術野で指導にあたることで,手術手技の熟練度が. 歯槽動静脈,頰動脈の損傷,LF1 では下行口蓋動脈の損. 上がり手術が円滑に進むようになったこと,術前の三次元. 傷を認めたが,血管の結紮,止血剤を填塞し圧迫にて止血. 実体モデルによる手術シミュレーションや超音波切削器具. を得ていた。過去の報告 9,18,19)では,下顎骨切りにおいて. の導入などが,手術時間の短縮や出血量の減少に寄与した. 損傷しうる血管として,顎動脈,顔面動静脈が,上顎骨切. と考える。. りにおいては翼突筋静脈叢,下行口蓋動脈,蝶口蓋動脈,. 自己血輸血については 2014 年以前の顎矯正手術は全例. 顎動脈,後上歯槽動脈が挙げられていた。本検討の異常出. に自己血輸血を適応していたが,2015 年以降は上下顎骨. 血症例は,下顎下縁骨膜の不十分な剥離,展開により,血. 形成術症例に限り 400ml の貯血を行っている。2018 年に. 管損傷を起こしていたが,出血しやすいポイントを把握. 行われた,顎変形症治療コンセンサスミーティングにて. し,骨膜剥離や骨切り,骨削除の際に愛護的に丁寧な操作. 行われたアンケート調査 12)では,SSRO 単独では 72.2%. で,出血リスクをコントロールすることが肝要である。. の施設で自己血貯血を実施しておらず,LF1+SSRO で. また,下歯槽神経血管束の損傷が 11 例(5.3%)に認め. は 75.0%の施設が 400 ~ 800ml の自己血貯血を実施して. られたが,当科では下顎管が外側皮質骨に近接している症. いた。当科で経験した異常出血症例は 2013 年に施行した. 例に対して,下顎管を分割し,意図的に下歯槽神経血管束. SSRO 単独症例であり,自己血輸血で対応が可能であっ. を露出させる canal split method 20)を採用し,SSRO を選. た。SSRO 単独症例では自己血輸血が適応とならないこと. 択していたため,下顎管が近位骨片に位置することがあ. もあるが,術式や手術時間,症例の難易度などを適切に評. り,多くの症例が下歯槽神経血管束を下顎管から分離させ. 価し ,貯血の適応,貯血量を選択することが肝要である. る際に挫滅が生じていた。現在は下歯槽神経血管束が近位. と考えられた。. 骨片の下顎管壁に位置した場合は,骨片をセパレーターに. 9). て徐々に分割し,超音波切削器具にて下顎管壁を分離する 6.術中合併症,術後継発症および後遺症. 方法 12)で,下歯槽神経血管束の損傷を防いでいる。皮膚. 顎間固定の追加,内固定の追加を要する偶発骨折が 2 例. 損傷 4 例(1.9%)としては,鈎などの器具の圧迫や摩擦. (1.0%)に認められた。骨折部位は,2 例とも下顎枝分割. による口唇周囲の創傷であったが,現在は,口唇を軟膏で. 時に,下顎枝外側皮質骨が下顎切痕から下顎下縁へ至る縦. 保護し,圧迫のかかる部位にはガーゼを介在させるなどの. 骨折を来たし,1 例は,下顎枝内側骨切り部で下顎頭が分. 対策をとっている。. 離された。もう 1 例は,下顎頭を含む下顎枝後方部が遠. 術後継発症および後遺症として,最も多かったのは下. 位骨片側と連続し,矢状分割することが出来なかったた. 歯 槽 神 経 支 配 領 域 の 知 覚 異 常 で あ り, 手 術 後 に 169 例. め,リンデマンバーで下顎枝内側骨切り部位の高さで,下. (81.3%)に認めた。追跡調査が全ての症例に施行されて. 顎枝を後縁まで水平骨切りし,関節突起を離断した。2 例. おらず正確なデータではないが,術後半年まで経過が追. とも口内法による関節突起下頸部の追加固定が困難であっ. えた症例では,これまでの報告 9,21)と同様に約 7 ~ 8 割で. たため,ワイヤーによる顎間固定期間を追加していた。本. 知覚異常の改善が認められ,知覚異常残存率は 31.3%で. 検討の 2 例とも,飯塚ら が SSRO の術中偶発骨折の要. あった。また,知覚異常が残存した症例でも日常生活に支. 因として挙げているうち,不十分な下顎枝内側後縁の皮質. 障がない程度まで感覚異常は回復していた。SSRO は適応. 骨の削除による下顎切痕から下顎角に向かう近位骨片の縦. が広く,術後の安定性に優れているが,下歯槽神経支配. 骨折に分類されるが,前述の 1 例は Smithら16)の報告にあ. 領域の知覚異常が最も多い合併症で 9 ~ 85%の頻度に生. る下顎枝内側骨切り線の後方への角度が下顎頭方向に向い. じ,長期的な知覚異常の残存が少なからず存在する22,23)。. たため,近位骨片の縦骨折と,下顎頭下頸部骨折が合併し. 術前の画像検査により,症例個々の解剖学的形態を把握. たと考えられる。後述の 1 例は偶発骨折が両側で認められ. することが特に重要であり,下歯槽神経障害が危惧され. た症例で,下顎枝幅径が薄く,矢状分割に十分な皮質骨の. る解剖学的な特徴として,頰側皮質骨と下顎管のスペー. 厚みが確保できなかったためと考えられる。異常骨折を防. スが 0.8mm 以下 24),下顎第二大臼歯の位置における下顎. ぐため,檀上ら ,黒原ら が報告している様に,皮質骨. 管外縁と頰側骨外縁の距離 6 mm 以下 25)と下顎管周囲の. の厚みが確保できるような骨切り線を設定すること,骨幅. Hounsfield units(HU)値 300 以上 26),下顎角長(Gonion. 径に対し十分な骨切りを行うこと,分割操作を丁寧に行う. と retromolar の距離)が長く,下顎管と頰側皮質骨のス. こと,下顎枝内側骨切りの位置や角度の設定を適切に行う. ペースが狭い 27),下顎切痕と下顎小舌の距離 15mm 以下. ことに留意すべきである。. と 195.0mm2 以上の下顎枝内側のスペース28),頰側皮質骨. 異常出血が認めた 1 例は SSRO の外側骨切り時に下顎. の厚みが薄い 29)などが挙げられる。これらの解剖学的な. 角外側(顔面動静脈)から出血したため,顎下部切開にて. 特徴を把握し,高リスク群に対しては,下歯槽神経障害の. 15). 17). 9).

(8) 31 巻 1 号. 岐阜県立多治見病院における顎矯正手術症例の検討. 回避に有効な IVRO もしくは口内法による下顎枝逆 L 字 型骨切り術. の術式を考慮すべきである。移動方向や移. 30). 動量などから SSRO を選択せざるを得ない症例に対して は,セパレーターや超音波切削器具などを用い分割を慎重 に進め,確実な明視野で下歯槽神経血管束を愛護的に扱う ことが肝要であり,今後も下歯槽神経障害の低減のため に,さらなる手術手技,手術器具の改良が望まれる。 結  語 1. 2010 年 1 月から 2019 年 12 月までの 10 年間に岐阜 県立多治見病院歯科口腔外科にて顎矯正手術を施行 した 208 名の臨床統計学的調査の結果を報告した。 2. 年間の平均手術症例数は,21 例で増加傾向であった。 男性が 57 例,女性が 151 例で男女比率は,1:2.6 で あった。手術時平均年齢は 23.7 歳で,10 歳台が 94 例(45.2%)で最も多かった。 3. 臨床診断は,開咬症や非対称症等を伴う症例を含め ると下顎後退症が 46.2%,ついで下顎前突症が 44.7% を占めていた。 4. 手術術式は,SSRO 単独が 140 例(67.3%)であり, ついで SSRO+LF1 が 34 例(16.3%)であった。 5. 平均手術時間および出血量は SSRO 単独で 2 時間 11 分,54.0g であり,LF1+SSRO で 4 時間 6 分,128.3g であった。また SSRO 単独症例において前期(2010 ~ 2014 年)と後期(2015 ~ 2019 年)を比較し,手術 時間の短縮,出血量の減少を認めた。 6. 術中合併症は,顎間固定を要する偶発骨折が 2 例 (1.0%),異常出血が 1 例(0.5%),下歯槽神経血管 束の損傷が 11 例(5.3%)に認められた。また,術 後継発症および後遺症としては,手術直後の下歯槽 神経支配領域の知覚異常が 169 例(81.3%)で最も 多かった。 著者全員および所属機関に本研究に関し開示すべき利益相反 (COI)はない。. 文. 献. 1)Ueki, K., et al. : Assessment of ramus, condyle, masseter muscle, and occlusal force before and after sagittal split ramus osteotomy in patients with mandibular prognathism. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod, 108:679-686, 2009. 2)小林正治,他:本邦における顎変形症治療の実態調 査.日顎変形誌,18:237-250,2008. 3)Roth, R.H. : Functional occlusion for the orthodontist. J Clin Orthod, 15:32-40, 44-51 contd, 1981. 4)本田康二,他:横浜市立大学附属市民総合医療セン. 13. ター歯科・口腔外科・矯正歯科における過去 16 年間 の顎変形症治療に関する実態調査.日顎変形誌,26: 195-201,2016. 5)武藤祐一,他:最近 10 年間に施行した顎矯正手術 223 名(231 例)の臨床統計的検討.日顎変形誌,6: 115-121,1996. 6)判治恭子,他:愛知学院大学歯学部附属病院矯正歯科 における 10 年間の外科的矯正治療患者に関する検討. 日顎変形誌,20:267-274,2010. 7)吉岡 泉,他:宮崎大学医学部附属病院歯科口腔外科 における最近 10 年間の顎矯正手術症例の検討.日顎 変形誌,20:292-296,2010. 8)木本 明,他:東京医科大学口腔外科学分野における 過去 12 年間の顎矯正手術症例の検討.日顎変形誌, 28:28-33,2018. 9)黒原一人,他:東京医科歯科大学顎顔面外科学分野に おける過去 12 年間の顎矯正手術症例の検討.日顎変 形誌,24:63-72,2014. 10)山本一彦,他:奈良県立医科大学口腔外科における 2002 年から 2016 年までの 15 年間の顎矯正手術の臨 床的検討.日顎変形誌,27:206-212,2017. 11)Yang, H.J., et al. : Interferences between mandibular proximal and distal segments in orthognathic surgery for patients with asymmetric mandibular prognathism depending on different osteotomy techniques. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod, 110:18-24, 2010. 12)岩井俊憲,他:顎変形症治療コンセンサスミーティング におけるアンケート調査.日顎変形誌,29:11-22,2019. 13)Ueki, K., et al. : Maxillary stability after Le Fort I osteotomy using three different plate systems. Int J Oral Maxillofac Surg, 41:942-948, 2012. 14)Matsuura, N., et al. : Remifentanil Reduces Blood Loss During Orthognathic Surgery. Anesth Prog, 64:3-7, 2017. 15)飯塚忠彦,他:下顎前突症の手術.高橋庄二郎,他 編 : 顎変形症治療アトラス,第 1 版.医薬出版,東 京,2001,p145-160. 16)Smith, B.R., et al. : Mandibular anatomy as it relates to rigid fixation of the sagittal ramus split osteotomy. J Oral Maxillofac Surg, 49:222-226, 1991. 17)檀上 敦,他:下顎枝矢状分割術における骨の分割と 骨片固定に関連して生じた偶発症の検討.日顎変形 誌,21:10-17,2011. 18)Lanigan, D.T., et al. : Hemorrhage following mandibular osteotomies : a report of 21 cases. J Oral Maxillofac Surg, 49:713-724, 1991. 19)Khanna, S., et al. : A critical review of the literature and an evidence­based approach for life­threatening hemorrhage in maxillofacial surgery. Ann Plast Surg, 69:474-478, 2012. 20)髙木多加志,他:下顎枝矢状分割法.野間弘康,他 編 : イラストでみる口腔外科手術 第 4 巻,第 1 版. クインテッセンス出版,東京,2015,p185-194. 21)Kobayashi, A., et al. : Neurosensory Alteration in the Lower Lip and Chin Area After Orthognathic Surgery : Bilateral Sagittal Split Osteotomy Versus Inverted L Ramus Osteotomy. J Oral Maxillofac Surg, 64:778-784, 2006..

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Table 1  Distribution of the clinical diagnosis
Table 2  Average operating time and amount of bleeding
Table 3  Number and ratio of Intraoperative and Postoperative complication Intraoperative complications Number of patients Ratio (%)

参照

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