• 検索結果がありません。

ヘリウムリサイクル文化の定着に向けて

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ヘリウムリサイクル文化の定着に向けて"

Copied!
1
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)巻頭言. ヘリウムリサイクル文化の定着に向けて 第 77 期日本物理学会会長・大阪大学名誉教授. 田島 節子 2019 年のいわゆる「ヘリウム危機」に際して、日本物. MRI などをたくさん所有する大学病院です。装置そのもの. 理学会や低温工学・超電導学会などの8学協会と、全国の. がヘリウム再回収を想定しない作りになっていることもあ. 国公立大学や独立行政法人研究所、民間研究所などの40. りますが、回収のために費やす時間や手間がもったいない. 研究機関が「ヘリウムリサイクル社会を目指して」という. という価値観なのだと思います。医学部の先生方には、低. 共同声明を発表しました。関係者の皆様のご尽力に深く感. 温センターのヘリウム液化機更新予算を概算要求すること. 謝申し上げます。この声明は、マスコミでも大きく取り上. の重要性をなかなか理解していただけず、予算要求におけ. げられ、当初の予想を上回る反響があったと思います。. る学内での優先順位を上げるのに大変苦労いたしました。. 私自身、超伝導研究を長年やってきた中で、液体ヘリウ. 低温センターの人件費も削られる方向にあります。それを. ムは水や空気のような存在、つまり「あるのが当たり前」. 考えると、2019 年の共同声明は、政府だけでなく大学内. でかつ「なくてはならない存在」でした。しかし、少し外. の教員(特に執行部)の理解を得るのに、大いに役立った. の世界に出ると、ヘリウムの貴重さや重要さが全く理解さ. と思います。. れないことに驚いた経験が何度もあります。例えば約 30. 日本はレアアースや貴金属の輸入が少しでも滞ったら産. 年前、「ヘリウムの一滴は血の一滴」という精神で、大き. 業が干上がる国ですが、そのことに気づいて以来、科学技. なバルーンに気化したヘリウムガスをせっせと貯めていた. 術政策の中に「元素戦略」という言葉が登場しました。代. 大学の研究室から、財団法人の研究所に転職したときには、. 替元素による新物質開発の研究が推進される一方、都市鉱. 毎月何千リットルと消費される液体ヘリウムが、使用後す. 山から貴金属等を回収して再利用する動きも加速しまし. べて大気に放出されているのを見て、衝撃を受けました。. た。ところが、ヘリウムは産出場所が限られている希少元. 民間の研究所では当たり前なのかもしれませんが、液化装. 素でありながら、また日本が 100% 輸入に頼っている物質. 置を導入し人を配置してリサイクルするより、液体状態の. でありながら、戦略物質には含まれていないようです。埋. ヘリウムをあらたに購入したほうが安い、という判断だっ. 蔵量や産出量の議論は別にしても、科学技術研究に必須で. たと思われます。その研究所で出会ったアメリカ人ポスド. あるこの物質を国策として備蓄することや、戦略的に再利. クは、ヘリウムの回収作業というものを見たことがないと. 用することは、大いに推進すべきです。サイバーセキュリ. 言っていました。アメリカのようなヘリウム産出国では、. ティやこのたびの新型コロナウィルス対策を見ても、危機. 液体ヘリウムは非常に安く手に入り、使用後のガスはすべ. 管理という面で、日本は多くの点で遅れているのではない. て大気に放出しているのだということも、そのとき初めて. か、と危惧しています。温度を下げるという目的だけに特. 知り驚きました。予算がたっぷりあった私の所属研究所で. 化すれば、冷凍機の性能向上は、ヘリウム消費量の削減に. は、アメリカのような使い方ができていたわけです。. 大きく貢献するでしょう。しかし、液体ヘリウムでなけれ. そこで 10 数年を過ごし、ヘリウムの大気放出にも慣れ. ばできない研究もまだ数多くあるのです。. た(!?)頃、私は再び大学の世界に戻りました。もちろん「血. 液化装置を所有する組織が、積極的に「ヘリウムガスの. の一滴」文化は健在で、再び回収率向上のために学生たち. 液化という社会貢献」をする仕組みを作るなど、ヘリウム. に口うるさく注意をする日々となった次第です。しかし、. のリサイクルが文化として定着するよう、今後より具体的. しばらくすると、学内にもこの文化を理解しない人たちが. な計画が進められることを期待しております。. 大勢いることを、知ることになりました。特に問題なのは、. 低温工学 56 低温工学 56巻 巻33号 2021 号 2021年 年. 117 117.

(2)

参照

関連したドキュメント

この映画は沼田家に家庭教師がやって来るところから始まり、その家庭教師が去って行くところで閉じる物語であるが、その立ち去り際がなかなか派手で刺激的である。なごやかな雰囲気で始まった茂之の合格パ

作品研究についてであるが、小林の死後の一時期、特に彼が文筆活動の主な拠点としていた雑誌『新

本県は、島しょ県であるがゆえに、その歴史と文化、そして日々の県民生活が、

であり、 今日 までの日 本の 民族精神 の形 成におい て大

はありますが、これまでの 40 人から 35

巣造りから雛が生まれるころの大事な時 期は、深い雪に被われて人が入っていけ

彼らの九十パーセントが日本で生まれ育った二世三世であるということである︒このように長期間にわたって外国に

ある架空のまちに見たてた地図があります。この地図には 10 ㎝角で区画があります。20