245映画に見るアジアのナショナリティの揺らぎ 244 サーカスと映画 文化大革命のさなかの中国で、イタリアのミケランジェ ロ・アントニオーニ監督は、三部構成の長編ドキュメンタ リー映画『中国』を撮った。彼を中国に招いて映画を撮ら せたのは毛沢東夫人の江青だった。この映画は北京、上海 をはじめいくつかの都市で人民の日常生活を取材したもの で、そこに監督自身の声でコメンタリーがかぶせられてい る。文革の熱狂はすでにそのピークを過ぎたところで、街 の様子は平穏に見える。田舎から首都北京に押し寄せてき た紅衛兵たちが、我がもの顔で街を闊歩し、あたりかまわ ずゴミを撒き散らしていた時期もあったが、秩序回復して いるようである。だからこそ外国人の映画監督に取材をさ せたのであろう。しかし完成した映画は、中国の醜い部分 を伝えようとしたと人民日報で激しく批判され、中国で上 映されることはなかった。 この映画の第二部の終わりに、小さな劇場で子供たちが 人形劇を観ている場面がある。しかしカメラは観客席に申 しわけ程度に向けられただけで、あとはひたすら人形劇そ のものを延々と映し出す。第三部の終盤にはすでに日本で もおなじみとなった上海の雑技団が登場する。雑技とは中 国式のサーカスであり、皿回し、ジャグリングをはじめ、 シーソーを用いた跳躍のアクロバットなど、シンプルだが 高い技術に裏付けられた技が次々と繰り出される。ここで も観客の様子は映し出されることはなく、ひたすら雑技の 舞台を映し出す。ナレーションや字幕による説明はない。 江青が中国文芸界を支配していた文革期、劇映画の制作 はほぼ停止状態にあり、上映されていたのは一部の旧作、 そして北朝鮮、北ベトナム、ルーマニア、ブルガリアなど の友好国の映画が主だった。この当時、都市部に暮らす人 民が享受する娯楽として、人形劇や雑技の人気は高かった のである。 サーカスはしばしば映画の題材となってきた。視覚的な 面白さもさることながら、サーカス団の人間関係や、華や かなショーの背後にある悲哀などが描かれた。アメリカで あ れ ば、 『曲 馬 団 の ポ リ ー』 や チ ャ ッ プ リ ン の『サ ー カ ス』 、 イ タ リ ア な ら ば フ ェ リ ー ニ の『道』 な ど が 思 い 浮 か ぶ。ソ連映画では『サーカス』が知られ、この映画で使わ れ た 曲 が 後 に ボ リ シ ョ イ サ ー カ ス の テ ー マ 曲 と な っ た。 サーカスの映画は枚挙に暇がない。旅巡業をするサーカス 団はどこへ行ってもよそ者であり、芸人はもともと買われ たりした子どもだなどといういわれのない偏見に晒された り も し た。 詩 人 の 中 原 中 也 も、 「サ ー カ ス」 と い う 悲 し げ な詩を残している。 北朝鮮でもサーカスは娯楽の重要な位置を占めている。 北朝鮮ではサーカスを「技巧」と「曲芸」を合成した造語 で「巧芸」と呼ぶ。巧芸は社会主義的文学芸術の一つとし て位置づけられ、チュチェ文芸の三原則の党性・人民性・ 階級性をそのまま適用している。一九五二年に設立された 国立の平壌巧芸団と、朝鮮人民軍の経営する牡丹峰巧芸団 があり、世界大会で入賞するなど技術レベルも高い。日本 のサーカスと違うのは、一見モダンな装いを持っているも のの、朝鮮古来の遊びや芸能が採り入れられていることで ある。 北朝鮮のサーカス映画の変遷 北朝鮮にも、サーカスを扱った映画がある。しかし社会 主義国である北朝鮮では、西側の映画のように悲哀を込め てサーカスを描いたりはしない。彼らが社会的に虐げられ てきた過去の歴史には言及しても、現在では国家の庇護の もとで芸術として認められ、人民に奉仕しているさまが描 かれる。社会主義リアリズム映画の開花した一九六〇年代 に撮られた『サーカス広場』はその一例である。登場人物 の過去や生い立ちに日本統治時代が暗い影を落とすのであ る。しかしその方がサーカス映画らしいとも言える。世界 のサーカス映画には、たとえば曲芸師が孤児であるという よ う な 暗 い 設 定 は 珍 し く な い が、 『サ ー カ ス 広 場』 は そ の 原因として日本帝国主義を設定するのである。 北朝鮮の映画は、日本では商業ベースではほとんど公開 されてこなかった。かつては朝鮮総連が主催する上映会が 頻 繁 に 開 か れ、 『血 の 海』 や『花 を 売 る 乙 女』 な ど の 抗 日 映画を観た日本人も少なくないだろう。植民地支配からの 解放後、朝鮮半島北半部はソ連の占領を経て社会主義国と しての整備が進み、朝鮮民主主義人民共和国が成立した。 その過程で 映画もソ連映画の 圧倒的な影響を受けてきた。 一九六〇年代には、ソ連や中国経由で外国映画の理論も研 究されていたようで、映画人はネオリアリズムやヌーベル ヴァーグなど、西側の映画の動向もある程度知っていた。
人民大衆
の
娯楽
としての
サーカスと
映画
門間貴志
【北朝鮮】
247映画に見るアジアのナショナリティの揺らぎ 246 サーカスのテーマ曲をステージで颯爽と歌い上げる道化師 のジンギュは大人気となる。 よく練られたコメディ映画で、スクリューボール・コメ ディのような雰囲気もある。スクリューボール・コメディ と は、 定 義 上 は 変 人 (ス ク リ ュ ー ボ ー ル) が 織 り な す 恋 愛 コメディ映画をさす。その意味では彼らはそれほど変人に は見えないが、北朝鮮社会では十分に風変わりな人たちな のかもしれない。 主人公のジンギュが嫌がっていた道化師の仕事に誇りを 持つようになるという設定は、社会主義国家では、職業に 貴賤はなく、サーカスとは人民に奉仕するものであるとい う考えに合致したもので、大きな枠では国策に沿ったプロ パガンダ映画と言えなくもない。しかしこの軽快な映画は 教条的な匂いを感じさせない。そもそも北朝映画につきも のである指導者を讃えるセリフがない。甲山派の粛正後、 金正日による改革によって北朝鮮映画は金日成の個人崇拝 に舵を切り始めた。一九七二年の『空中舞台』は、農場で 働 く ヒ ロ イ ン が サ ー カ ス 団 員 を 目 指 し、 反 対 す る 周 囲 の 人々の理解を徐々に得ながら夢を実現していく物語である が、 コ メ デ ィ 色 は 抑 え ら れ、 体 制 を 讃 美 す る 傾 向 が 強 く な っ て い る。 金 正 日 の 改 革 以 降 (韓 国 の 申 相 玉 監 督 の 起 用 を 例 外 と す れ ば) 個 人 崇 拝 に 寄 与 さ せ ら れ て き た 北 朝 鮮 映 画 に あ っ て、 『陽 気 な 舞 台』 が い か に 自 由 な 雰 囲 気 を 持 っ ていたかがわかる。 二〇一二年に外国からの注目を集めた北朝鮮映画『金同 志は空を飛ぶ』は、イギリスとベルギーとの合作で、これ もまたサーカスをテーマとしている。炭鉱で働く明朗快活 な女性が子供の頃から空中ブランコ乗りを夢見ている。職 場でもアクロバットを披露して同僚たちから可愛がられて いる彼女は、平壌の建設現場に配置換えになったのを期に サーカス団の門を叩く。気恥ずかしくなるほどストレート な青春コメディ映画である。ヒロインを演じているのは実 際のサーカス団員である。映画スターを目指す映画よりも サーカスの映画が繰り返されるのは、それが大衆の夢の世 界 で あ る こ と を 象 徴 し て い る。 さ ら に、 『陽 気 な 舞 台』 で ヒロインを演じた女優がここではヒロインの祖母を演じて いるのは、映画による映画史への自己言及であり感動すら 覚える。 映画リスト 『曲 馬 団 の ポ リ ー』 …… ① Polly of the Circus 、 ② チ ャ ー ル ズ・ ボ ラ ン、 エ ド ウ ィ ン・ L・ ハ リ ウ ッ ド、 ③ 一 九 一 七 年、 ④ ア メリカ、⑤サイレント、⑥未公開。 『金 同 志 は 空 を 飛 ぶ』 …… ① 김 동 무 는 하 늘 을 난 다 、 ② キ ム・ グ ァ ン フ ン、 ニ コ ラ ス・ ボ ナ ー、 ア ー ニ ャ・ ダ ー ル マ ン ス、 ③ 二 〇 一 二 年、 ④ 北 朝 鮮、 イ ギ リ ス、 ベ ル ギ ー、 ⑤ 朝 鮮 語、 ⑥未公開。 社会主義の優位性を盲目的に歌い上げるだけではない映画 もこの時期に撮られていた。しかし中国の映画雑誌に紹介 されているこの時期の北朝鮮映画の多くは、現在の北朝鮮 側の資料で確認することができない。恐らく政治的な理由 で封印されたものと思われる。この時期の代表的な作品の 一本である一九六六年の『陽気な舞台』は、DVDなどの 方法で現在も観ることができるが、比較的自由でのびやか だった北朝鮮映画の幸福な時代を想像させるのである。パ ルチザン派を率いていた金日成は、一九六七年に最後の政 敵グループだった甲山派を粛正する。実利を重んじた甲山 派は人民の生活を安定させるため軽工業の優先を主張した が、戦争準備に余念のない金日成は重工業優先を主張して いたのである。甲山派は映画をはじめとする文学芸術分野 に多くの人脈を築いていたために、映画人も大粛清の影響 を受けた。 『陽 気 な 舞 台』 は、 平 壌 の サ ー カ ス 団 に 勤 め て い る ヴ ァ イ オ リ ン 奏 者 の 青 年 を 主 人 公 と し て い る。 映 画 は 実 際 の サーカス団を使って撮影されており、アクロバットの妙技 を披露するのは本物の曲芸師たちである。サーカス劇場が 連日多くの観客でにぎわっている様子も映し出される。こ れはもちろん撮影のために用意されたエキストラであろう が、やはり映画と並ぶ娯楽の王様である雰囲気がうかがえ る。 主人公のジンギュはひょんなことから道化師の代役を務 めることになり、女性曲芸師のヨンジャとともに小さなゴ ンドラに乗せられ高く吊り上げられる。恐怖のあまり目を 閉 じ て ゴ ン ド ラ に し が み つ い て い る う ち に シ ョ ー は 終 わ る。地上に降りた彼は、よたよたとへっぴり腰で歩いて観 客 の 笑 い を 誘 う。 サ ー カ ス を 観 に 来 た 恋 人 の ジ ョ ン ス ク は、道化師のメイクをした彼に気がつかなかった。一度き りの代役だったはずが、ジンギュの道化ぶりが思いのほか 好評だったため、道化師に配置転換されてしまう。彼はそ れを恋人に打ち明けられない。一方、ジョンスクの兄の作 曲家ジョンピルは曲芸師のヨンジャに一目ぼれする。彼女 は道化師となったジンギュの相方である。ジョンピルはジ ンギュを交響楽団に迎え入れようとサーカス団を訪れる。 練習を見学しているうちにうっかりと空中ブランコで吊り 上げられてしまった彼を助けたのは道化師のメイクをした ジンギュだったが、もちろんジョンピルは気がつかない。 やがてジョンピルは家族に内緒でヨンジャとの交際を始め る。劇場のロビーでデート中に、偶然母と妹と鉢合わせし た彼は隠れてしまう。ヨンジャは彼の態度からジョンスク を彼の本当の恋人だと誤解してしまう。一方ジンギュも道 化師になったことをジョンスクに告白する。さまざまなす れ違いから起こった混乱は、最後にはすべておさまり、二 組のカップルはめでたく結ばれる。ジョンピルが作曲した
249映画に見るアジアのナショナリティの揺らぎ 248 改革開放が始まって三十余年が過ぎ、中国は世界第二位 のGDPを誇る経済大国となった。かつて鄧小平が唱えた 先富論は、格差を容認しながらも、最終的には皆が豊かに なる社会を描いていた。振り返って現在の中国を観察する と、豊かさの代償として、毛沢東時代の平等主義は過度な 競争に蹴散らされ、国内の経済格差は拡大し、開発優先の 地域では環境汚染も甚だしい。 そ れ で も 改 革 開 放 は 今 後 も 中 国 の 基 本 路 線 で あ り 続 け る。 毛 沢 東 時 代 の 政 治 変 動、 と り わ け 文 化 大 革 命 (文 革) は、共産党の威信を損なうほど社会に深刻な傷痕を残した が、改革開放路線は人々を政治運動と決別させ、代わりに 物質的豊かさと先進性を提示した。政治から経済への路線 転 換 が 覆 ら な い と 確 信 で き る 理 由 を、 大 陸 に 生 き て き た 人々の経験と心情を通して、映画は雄弁に語ってくれる。 中国映画には、官製のドキュメンタリーには出てこない 庶民の生活や会話や風景がある。映画に組み込まれた挿話 は、現代との比較により、改革開放が何をもたらしたのか について考えるヒントを与えてくれる。経済発展著しい中 国では数か月で市街の光景が変わることも珍しくないが、 映画は撮影当時の街や人々の暮らしを部分的に伝え残して くれる。そのような点に着目しながら、以下に、それぞれ 独自の視点から改革開放を語ってくれる三本の映画を紹介 しよう。 旧中国から改革開放まで― ―政治に翻弄された庶民 大学院時代に出会った 『 活きる 』 ( 一九九四 ) は 、新中国 の 成 立 か ら 毛 沢 東 時 代 に か け て の 政 治 変 動 が 色 彩 と 音 を と も な っ て 自 分 に 迫 っ て く る よ う な 迫 力 を 感 じ た 作 品 で あ る 。 大 学 で 教 鞭 を と る よ う に な っ て か ら は 、 大 躍 進 や 文 革 の 様 子 を 視覚的に伝える材料として授業で取り上げることもある。 物語は一九四〇年代後半に始まる。賭博に明け暮れ家財 を失った主人公・福貴は国共内戦の混乱に巻き込まれ、戦 『空 中 舞 台』 …… ① 공 중 무 대 、 ② キ ム・ ド ッ キ ュ(金 徳 奎) 、 ③ 一九七二年、④北朝鮮、⑤朝鮮語、⑥未公開。 『サーカス』 ……① The Circus 、②チャールズ・チャップリン、 ③ 一 九 二 八 年、 ④ ア メ リ カ、 ⑤ サ イ レ ン ト、 ⑥ 劇 場 公 開(一 九二八) 、DVD販売。 『サ ー カ ス』 …… ① Ц ирк 、 ② グ レ ゴ リ ー・ ア レ ク サ ン ド ル、 ③ 一九三六年、④ソ連、⑤ロシア語、⑥未公開。 『サ ー カ ス 広 場』 …… ① 교 예 무 대 、 ② 監 督 不 詳、 ③ 一 九 六 三 年、 ④北朝鮮、⑤朝鮮語、⑥未公開。 『血 の 海』 …… ① 피 바 다 、 ② チ ェ・ イ ッ キ ュ(崔 益 奎) 、 ③ 一 九 六九年、④北朝鮮、⑤朝鮮語、⑥未公開。 『中 国』 …… ① Chung Kuo, Cina 、 ② ミ ケ ラ ン ジ ェ ロ・ ア ン ト ニ オ ー ニ、 ③ 一 九 七 二 年、 ④ イ タ リ ア、 ⑤ イ タ リ ア 語、 中 国 語、⑥未公開。 『花 を 売 る 乙 女』 …… ① 꽃 파 는 처 녀 、 ② パ ク・ ハ ク(朴 学) 、 チ ェ・ イ ッ キ ュ(崔 益 奎) 、 ③ 一 九 七 二 年、 ④ 北 朝 鮮、 ⑤ 朝 鮮語、⑥未公開。 『道』 …… ① La Strada 、 ② フ ェ デ リ コ・ フ ェ リ ー ニ、 ③ 一 九 五 四年、④イタリア、⑤イタリア語、⑥劇場公開(一九五七) 、 ビデオ・DVD販売。 『陽気な舞台』 ……① 명랑한 무대 、②監督不詳、③一九六六年、 ④北朝鮮、⑤朝鮮語、⑥未公開。 著者紹介 ①氏名…… 門間貴志(もんま・たかし) 。 ②所属・職名…… 明治学院大学文学部・准教授。 ③生年・出身地…… 一九六四年、秋田県。 ④専門分野・地域…… 映画史/朝鮮半島、中国(香港・台湾) 、 ベトナム。 ⑤学歴…… 多摩美術大学美術学部芸術学科卒。 ⑥ 職 歴 …… シ ー ド ホ ー ル(西 武 百 貨 店 渋 谷 店) キ ュ レ ー タ ー (一 九 八 六 ― 一 九 九 五) 、 B O X 東 中 野 デ ィ レ ク タ ー(一 九 九 五 ― 一 九 九 六) 、 山 形 国 際 ド キ ュ メ ン タ リ ー 映 画 祭 東 京 事 務 局 フ ィ ル ム コ ー デ ィ ネ イ タ ー(一 九 九 六 ― 一 九 九 七) 、 明 治 学院大学文学部非常勤講師(一九九六―二〇〇二) 。 ⑦現地滞在経験…… 大韓民国(二〇一〇―二〇一一) 。 ⑧研究手法…… 文献収集、映画作品の調査。 ⑨所属学会…… 日本映像学会、日本映画学会。 ⑩ 研 究 上 の 画 期 …… 山 形 国 際 ド キ ュ メ ン タ リ ー 映 画 祭 で の 上 映 企 画「 『大 東 亜 共 栄 圏』 と 映 画」 の 上 映 作 品 選 定 の た め、 中 国、 香 港、 台 湾、 韓 国 の ア ー カ イ ブ を ま わ り、 古 い 記 録 映 画 の 情 報 の 収 集 活 動 を 行 っ た こ と は、 東 ア ジ ア 映 画 史 研 究 で 大 き な 進 展 と な っ た。 平 壌 国 際 映 画 祭 の 視 察、 旧 満 映 の 調 査 の ため長春電影を視察したことも同様である。 ⑪ 推 薦 図 書 …… 石 坂 健 治・ 市 山 尚 三・ 野 崎 歓・ 松 岡 環・ 門 間 貴 志監修、夏目深雪・佐野亨編集『アジア映画の森』 (作品社、 二〇一二) 。 ⑫推薦する映画作品…… 『 Mr.Boo! ミスター・ブー』 (原題『半 斤八兩』 、 マイケル・ホイ (許冠文) 監督、 一九七六年、 香港) 。