海外フィールドワークの意義と課題
―GLS フィールドワーク(フィリピン)の実施を通して―
Significance and Tasks of Overseas Fieldwork:
Through the Implementation of GLS Fieldwork (Philippines)
森 泉 哲
Satoshi M
ORIIZUMIAbstract
Since education on global studies has been more heavily emphasized in universities, the Faculty of Global Liberal Studies in Nanzan University has established a course for overseas fieldwork. This article summarizes the fieldwork for the Philippines that was conducted for the first time in 2019 and clarifies the current arguments on its significance and purpose in light of cultivating citizenship and service learning. The current article also discusses future implications for implementing better fieldwork by reflecting on current fieldwork in terms of prior preparation, visualization of students’ learning, and attitudes toward other cultures.
1.はじめに 2017 年,南山大学に国際教養学部が開設され,3 年次以上の学生が履修できる「GLS フィール ドワーク」が設置された。これは,本学部の学びの柱である「グローバル・スタディーズ」および「サ ステイナビリティ・スタディーズ」と連動した科目であり,とりわけ 2 年間の基礎的な教養教育を 通して学修した地球規模の問題やテーマについて,グローバルとローカルの両側面の視点から,実 際に体験を通して学ぶことを主眼としたものである。世界各地の受け入れ先機関を拠点として,サー ビスラーニングや現地の人々との交流を通して各自のテーマについて探究することを目的とした科 目である。 筆者は,科目担当者の一人として,フィリピンでフィールドワークを実施することを計画した。 南山大学の姉妹校であるフィリピン・セブ市に所在するサンカルロス大学を受け入れ機関として準 備を進め,2019 年 6 月から 7 月にかけて約 3 週間のフィールドワークを初めて実施した。筆者自 身はフィリピンに対しての研究経験は浅いが,以下の理由から有益なフィールドワークが実施でき
ると考えた。第 1 に,本学とサンカルロス大学は設立母体が同一の修道会であり,これまで活発な 交流が行われてきたことがある。特に,南山短期大学とはすでにサンカルロス大学を受け入れ機関 としてセブ市内の児童施設にて子供たちの世話や教育を行うサービスラーニングを行っていた歴史 があった(Santos, 2008)。第 2 に,筆者自身も何度かフィリピンを訪れ,経済格差,貧困問題を目 の当たりにする機会を得て感じたことは,直接経験することの重要性であった。第 3 に,セブ島を 中心に観光産業および英語教育産業が活発化し,多くの日本人大学生が短期留学先として選択して いるということからも,ますます日本とフィリピンの緊密な関係がみられる中で,グローバリゼー ション,文化,コミュニケーションのあり方を考える格好の場であると感じたからである。他機関 でもフィリピンを行き先としたフィールドワークは実施され,その成果も蓄積されてきている(加 藤,2020;小張,2016,2020;佐野他,2009;上村ゼミナール,2019)。 授業の一環として今回筆者が初めて実施したフィールドワークを総括すると,プログラムの価値 や意義を再認識した一方,当初は想定していなかった様々な反省点や認識の甘さも浮き彫りとなっ た。そこで本稿では,今後よりよいフィールドワークを目指して,初回のフィールドワークについ て概要をまとめるとともに,今後の展望を探る。まず,フィールドワークの意義や目的に関する先 行研究をレビューしつつ,その議論の整理を試みる。その後,2019 年に実施したフィールドワー クの概要をまとめ,その課題や成果を考察し,将来の展望について論じることとする。 2.フィールドワークの意義と目的 大学教育でフィールドワークを実施する際,カリキュラム全体の趣旨や目的に大きく依存してお り,その意義は多様であると考えられる。しかし,急速にグローバル化する社会において,高等 教育機関として学生らに自身とは異なる文化について触れる機会を作り,現地の人々とのコミュニ ケーションを通して,他者とのつながりを身近に意識することができるフィールドワークの意義は 高いと思われる。文化・社会の多様性,社会問題について気づくことにより,今後の自己の生き方 や社会のあり方について考える機会をフィールドワークを通して提供することも可能である。本セ クションでは,フィールドワークの意義や目的について,異文化体験学習論の視点から,市民性の 育成,グローバルな視野の育成,サービスラーニングの学びという意義について整理を試みる。 (1)市民性の育成 まず,フィールドワークの大きな意義は実際に異文化を体験することによって,自らの価値観を 相対化し,その違いを認めたうえで行動できる市民性を涵養することができることが挙げられる。 この意義は,国際的資質を育成するカリキュラムでは,とりわけ重要だと思われる。事実,南山大 学国際教養学部のディプロマポリシーでは,「異文化の他者との相互理解を促進し,急速なグロー バル化の進展に対応するために,国・地域の枠を超え,多元的価値観を重視」した教育を通して,「21 世紀型市民として,文化間の摩擦により生じる様々な問題を理解・分析し,その解決に向けて他者 と協働しながら積極的に行動できる」能力の育成を謳っている。海外フィールドワークでは,実際 に異文化を体験することを通して,この目標の実現に近づくためのプログラムと言える。海外フィー ルドワークの主な活動として,インタビュー,調査,サービスラーニングなどがあり,それらの活 動を通して,現地の社会や日本とのかかわり,現地の人々の行動様式や生き方,価値観などについ
て考察を深めることができる。 市民性については,市民の権利という政治的概念として,また社会の一員としてのアイデンティ ティを表す概念として,研究分野によって異なった定義がなされているため,ここではフィールド ワークで重視する概念について整理しておきたい。本学部のディプロマポリシーでは,グローバリ ゼーションや多様性を重視した価値観の涵養とともに,「21 世紀型市民」の育成があることを上記 で指摘した。「21 世紀型市民」とは,2005 年の中央審議会による答申「我が国の高等教育の将来像」 において,「専攻分野についての専門性を有するだけでなく,幅広い教養を身に付け,高い公共性・ 倫理性を保持しつつ,時代の変化に合わせて積極的に社会を支え,あるいは社会を改善していく資 質」と定義されている。この中には,グローバルな視点は示されていないが,時代の変化に対応し て社会を改善しようとする資質という市民性を謳っていることからも,自国や自文化の社会に対し て自分もその社会の一員であるという認識とともに,グローバル社会に対して積極的に関与する行 動力を表しているといってよい。市民性とは,グローバル市民,グローバルシティズンシップの育 成と換言してもよいのかもしれない。 このようなグローバル市民育成の方針は,日本社会だけでなくフィリピンを含めたアジア諸国で もみられる。アジア各国でも,グローバルな視点とともに国民国家としての統一を維持し促進する ために,学校教育にシティズンシップ教育が取り入れられているという(北村,2016)。価値観の 多様化,情報化,交流促進に対応するために現在は主体的・対話的教育が重視されているが,シティ ズンシップ教育に関しても,シティズンシップについて学ぶ教育から,行動や社会的参加(市民性) による教育の必要性が強調されている。このようにフィールドワークは,現在の国内外におけるシ ティズンシップ育成を重視した教育とも一貫したプログラムであり,現地の社会に参加し,グロー バルな視点からシティズンシップを体験しながら考える機会となる。 (2)「グローバル市民」か「グローバル人材」育成かのせめぎあい ここまで,海外フィールドワークでは,グローバルな視点からの市民性育成,いわゆるグローバ ルシティズンシップを育むことができることを指摘したが,関連概念として,「グローバル人材」 の育成がある。現在は「グローバル人材」の概念をめぐって,グローバル人材の育成を目指すの か,それともグローバルシティズンシップを育成するのか,という立場のせめぎあいがあり(村田, 2018),概念を整理しながら論じることが,フィールドワークの意義を考えることにつながると思 われる。 「グローバル人材」という用語は 2000 年以降,主に経済・産業界において好んで使用されてきた。 事実,日本経済団体連合会による提言(2011)では,グローバル人材像とは主体性や思考力といっ た社会人に求められる基礎的能力の他,当該職種による専門知識や海外経験などを挙げており,産 業界と大学の連携強化,大学生の海外留学やボランティアも奨励されている。この内容に連動して, 教育界においても,単なる留学生の受け入れや派遣数を増加するということだけでなく,文部科学 省によるグローバル人材育成事業やスーパーグローバル大学創成支援事業などのプログラムを通し て,グローバル人材育成について積極的に取り組まれてきた。 グローバル人材の定義としては,内閣官房設置のグローバル人材育成推進会議(2012)の定義が 文部科学省の資料の中でも引用されており,国の政策として使用されていることがうかがえるので, ここで確認をしておきたい。ここでは,グローバル人材の要素として 3 点挙げられている。要素Ⅰ として,語学力・コミュニケーション能力,要素Ⅱとして,主体性・積極性,チャレンジ精神,協
調性・柔軟性,責任感・使命感,要素Ⅲとして異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティ ティが含まれている。特に,村田(2018)はこのうち,英語によるコミュニケーション能力の向上 と海外体験を通した主体性やチャレンジ精神が産業界からの高いニーズがあり,就職の際に有利な 「エンプロイアビリティ」「コンピテンシー」と結びつきやすいと分析している。 一方で,このような市場経済に基づく人材育成に対する価値観への疑問も呈され,その対極 におかれるものが,UNESCO のグローバルシティズンシップ教育であるという(村田,2018)。 UNESCO(2014)では,グローバルシティズンシップとは,国やボーダーを超えたつながりやウェ ルビーイングに対する意識であるとされており,世界の様々な文化・社会の多様性や持続可能性を 尊重する考え方である。換言すると,「世界がより平和に,寛容に,インクルーシヴに,安全に, そして持続可能になるために必要な知識やスキル,価値観,態度などを教える教育」であるという (松本,2018)。同様に,藤原(2017)はグローバル市民を,「ローカルからグローバルまで,グロー バリゼーションによって相互接続された多元的,重層的空間において,社会的で,公共的な課題を 見つけ,問題の状況にかかわり,課題解決のあり方を探究し,解決に向けた態度や価値観を身につけ, 他の人々とともに行動できる」人間であると定義している。このように,ビジネス場面に代表され るように,グローバル社会で生きる私たちに必要とされる能力には,競争社会を生き抜くため,他 文化の中で自文化の存在意義を示すことのできるスキルを養成することを重視する視点とともに, 様々の異なった価値観を相対視し,多様性や社会的正義を尊重する価値観を涵養するという視点の 両面が現在せめぎあっている(村田,2018)。 この方向性の異なる「人材像」をどう扱ったらよいのだろうか。どちらのほうが優れているとい う判断をするのではなく,今後の社会を担う学生に,両方の視点があることに気づかせ,この矛盾 する概念を自分自身でどう扱っていくのかを考えさせることを提供することが,最も重要なことの ように筆者は考える。つまり,グローバル社会の中で生きる人間像の複眼的な意義について理解を 促すこと自体に,フィールドワークの意義があるように思う。国際競争力や自らの考えを述べるこ とのできる外国語スキルや能力を育成することを射程にいれつつ,異なる社会で暮らす人々の様子 を見つめ,他者と問題解決を協働して行うことができるような市民性を培うためにフィールドワー クを実施するということである。 一見すると矛盾した方向性の目標を,批判的に検討できる絶好の機会となるフィールドワークの 行き先の一つとして,フィリピンが挙げられる。フィリピンは,スペインの植民地が長期間続き, 20 世紀になりアメリカの手に渡り,第 2 次世界大戦中には日本が支配し,その後独立を果たした という歴史を持つ。国語はタガログ語を標準化したフィリピン語であるが,アメリカの影響から, 第 2 言語として英語が使用されており,フィリピン人の英語能力は高い。そのため,アメリカのビ ジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)関連のビジネスや英語教育産業が近年とりわけ盛 んである(井出,2017)。このように英語スキルが高いことは国際市場経済において有利に進める ことができる一方,各家庭の所得格差によって,学校教育を十分に受けることができる人とできな い人の格差が生じ,英語能力の高い人と低い人との経済的・職業的格差が生じるといった負の側面 も存在する。フィールドワークを通して,このような矛盾した社会の様子を考察できるとともに, 自分や日本社会の課題としても英語によるコミュニケーションのあり方を入口として,文化の多様 性や貧困などの社会格差や不平等など,より深刻な社会問題をどう是正することができるのかを考 察できる機会となる。
(3)サービスラーニングの意義 フィールドワーク先で,現地の人々と交流を行うとともに,コミュニティに対するサービスラー ニングを通して自分の学びにつなげるのもフィールドワークの意義だろう。サービスラーニングと ボランティア活動はしばしば混同されるが,ボランティアは教育活動とは関係ない自発的な活動で あるのに対して,サービスラーニングは,教育活動の一環で行われ,その社会貢献活動への貢献度 や積極性から評価がなされるという(村上,2017)。 サービスラーニングという概念はもともとアメリカで発展してきたとされ,アメリカの大学では, 積極的にサービスラーニングが行われている。サービスラーニングによって授業で学んだ専門知識 を地域に生かせるだけでなく,地域の一員としての主体性も生まれるという。日本の大学でもボラ ンティアセンターが設置されるなど,授業の一環としてサービスラーニングが行われ,地域貢献や 学生の自己成長につなげる試みもなされている。 海外フィールドワークでサービスラーニングを行う意義には,訪問先で活動を行うことを通して, 相手から感謝される経験により自己充足感が得られることもあるだろう。しかし,その最大の意義 は,グローバルな視点で自国の課題について相対視できるとともに,グローバル市民の一員として のアイデンティティや社会性を育成できることにあると思われる。 ただ,海外フィールドワークでのサービスラーニングは,以下の視点を事前に考慮する必要があ るという。実施者側の希望ばかりを考えたプログラムになっていないか,現地の人々との関係性を 重要視したプログラムになっているかどうか,また先進国と開発途上国の非対称な植民地的構造に なっていないかどうかを実施前に検討し,実施者側と受け入れ先の関係が「互恵性」に基づくもの になるようにすることである(村田・マルチェッラ,2018)。互恵性に基づく関係性を築くことは 簡単ではないが,サービスラーニングを自己成長や承認欲求のためといった自己のために行うこと ではないことを意識する視点は傾聴すべきである。 これまで,フィールドワークの意義や目的について特に重要だと思われる 3 点からその意義を整 理してきた。まとめると,海外フィールドワークを通して,グローバル人材とグローバルシティズ ンシップのあり方について考えるきっかけとなり,日本や外国の社会のあり方を見つめ直す態度が 育成できる。特にそれはサービスラーニングを通して実現が可能であるということになるだろう。 3.フィールドワークの内容 本学との海外姉妹校であるサンカルロス大学がホスト校となり,セブの文化,社会を体験しなが ら,貧困,経済格差,NGO 活動,産業のグローバル化,日比関係について 3 週間にわたって体験 を通じて理解を深めるという目的のもと,フィールドワークを実施した(表 1 参照)。定員は 20 名 としていたが,最終的に参加した学生は 3 名であった。 3 週間を目的別に大別すると,1 週目は,大学付属言語センターでセブ語を学習する。2 週目は, ごみ処分場内の住居から NGO が開発した再定住プログラムによってその劣悪な環境から抜け出し た人々から形成されているコミュニティに滞在し,現地の子供たちとセブ語と英語でサービスラー ニングを通して交流する。3 週目は,路上の子供たちの養護施設訪問とともに,グローバル産業に 目を向け,特に日本との関係も深い IT ビジネス,英語教育ビジネス,農産物加工業等の企業を訪 問し,グローバル産業がどのように行われているのかについて理解を深める。
本セクションでは,週ごとにその概要を振り返ることとする。 (1)セブ語学習について 合計 30 時間のセブ語学習のための授業を受けた。セブの人々とのコミュニケーションは英語で まったく問題ないのだが,現地語が少しでも話せれば,現地の人々も私たちに親近感を抱くであろ う。特に,現地の子供たちと交流を行う際には,就学前や小学校低学年の児童は英語が十分にわか らないことが多いため,セブ語が多少できるだけでもコミュニケーションの幅が広がると考え,セ ブ語学習をフィールドワークに取り入れた。 表1 プログラム概要 テーマ:フィリピン・セブにおける経済格差とグローバル化 目標:体験を通して,グローバリゼーションをめぐるフィリピン社会の諸相(特に格差)を理解する 事前学習 ・フィリピンの歴史・地理・社会 ・各自の関心領域の設定と文献講読 実施場所 サンカルロス大学ダウンタウンキャンパス,コミュニティ,セブ市内 実施期間 2019 年 6 月 23 日(日)∼ 7 月 13 日(土) プログラム 1 日目 午後 名古屋出発 夜 セブ到着 2 日目 午前 オリエンテーション,フィリピンの歴史・文化に関する講義 午後 セブ語授業 3 日目∼ 6 日目 全日 セブ語授業 7 日目∼ 8 日目 自由行動 9 日目 午前 セブ市内歴史施設見学 午後 コミュニティ到着 10 日目∼ 13 日目 全日 サービスラーニング,交流活動 14 日目 全日 アイランド・ホッピング 15 日目 自由行動 16 日目 午前 児童養護施設見学,ボランティア活動 午後 IT パーク内企業見学 17 日目 午前 コミュニティ訪問 午後 マクタン島内見学 18 日目 午前 農産物加工会社見学 午後 英語学校見学 19 日目∼ 20 日目 全日 ボホール島観光 21 日目 午前 セブ出発 午後 名古屋到着
セブ語授業では,簡単な挨拶表現,自己紹介の仕方,文法,使用頻度の高い名詞・形容詞・動詞 などのボキャブラリーを学習した。実践的な授業になっており,その時間で習った表現を使用して, ペアになって大学内の職員や警備員の方々に名前を聞いたり,意見を聞いたりするインタビュー活 動を行い,参加学生も否応なくセブ語を使用しなくてはいけない状況におかれ,積極的にコミュニ ケーションをとることができた。 サンカルロス大学担当者によると,英語学習のニーズは,海外大学では高く,フィールドワーク 用の集中語学授業を参加大学に開講しているが,セブ語授業を提供したことはこれまでないと語っ ていた。挨拶程度のセブ語でも,ホテルの警備員やモールの店員にセブ語で挨拶をすると微笑んで くれ,友好的な態度で接してもらえる機会が多くあった。現地の言語を尊重し,こちらから積極的 にコミュニケーションを行う重要さを学生も気づいたのではないかと感じる。 (2)コミュニティでの体験 2 週目は,ごみ処分場内で生活を余儀なくされていた家族の再定住地として NGO が設置したコ ミュニティに滞在しながら,サービスラーニングを行った。NGO によるコミュニティ建設は現地 の人々にとってもあまり聞いたことがない取り組みであるらしい。サンカルロス大学担当者やコ ミュニティのリーダーが言うには,本コミュニティへの滞在は,他機関のフィールドワークでは, 半日から 1 日程度の宿泊を伴わない訪問であるが,約 1 週間滞在するのは,本学が初めてであると いう。 約 1 週間にわたる滞在の意図は,本 NGO の取り組みを間近で観察するには最低限数日かかると 考えたためである。貧困問題を解決するための大きなプロジェクトが本 NGO によって運営されて いること,またこの NGO は食料の提供のような一時的な施しではなく,住民自らが生活基盤を作 るという場を提供し,コミュニティ内で自治的組織を運営するのを支援しており,この現実を目の 当たりにすることによって大きな学びの機会になるのではないかと考えた。もちろん,現地の人々 の暮らしを一緒の空間に滞在することによって,肌感覚として経験できるということも重要である と考えた。参加学生にとっては,自己の研究課題に基づいてコミュニティ内を歩き,観察をし,サー ビスラーニングを行うなど,現地コミュニティに対する積極性が問われることとなるが,日本で生 活していては得られない経験をすることもできる。 本コミュニティが開発されてから 10 年程度経つというが,現在 600 名以上の人々がここに暮ら している。小中学校は,敷地内には存在していないが,コミュニティから一歩出た道の向こう側に 小学校があり,子供たちのにぎやかな声が聞こえてくる。幼稚園は,コミュニティを開発した時か ら,私たちが寝泊まりした研修センターの 1 階にあったという。 サービスラーニングでは,簡単なセブ語を使用して,子供たちと積極的に交流した。午前中にコ ミュニティ内の幼稚園で担当教師の指導のもと,教育プログラム実施の補助を行った。まだ小さな 子供たちは英語が理解できないので,セブ語で対応したが,名前や年齢を聞く際など,こちらのた どたどしいセブ語でも子供たちとのコミュニケーションを行うのに有用であった。教育はセブ語で の歌や踊りに加え,英語による数の概念が中心であった。午後には,小学校高学年,中学校の子供 たちと,時には筆談や英語を交えて,コミュニティ内の道で縄跳びや紙飛行機飛ばしなど子供たち と遊ぶことを通して交流を深めることができた。 サービスラーニングのほか,コミュニティ内には町内会のような自治組織が構成されており,そ の活動内容についても毎日 1 委員会ずつお話をお聞きすることができた。コミュニティのまとめを
してくださっている NGO 職員からその委員の方々をご紹介いただいたのは大変ありがたく,住民 の自治で住みやすいコミュニティになるようにどの委員の方々も真剣に関与している様子がうかが えた。現に,コミュニティから外部のコミュニティとの間に公道があるのだが,近隣の人々が商品 を買えるように共同組合による売店が運営されており,近隣の人々も水や米などを購入していた。 その売上金の一部がコミュニティの維持に使用されているようである。この他,ドイツから 2 名の 学生が大学入学前のギャップイヤーを利用して 1 年間滞在しており,その学生から話を聞くことが でき,日本では想像できない生活の様子に学生も大きな刺激を受けたようである。 (3)企業訪問 3 週目には,複数の企業見学とともに,市内の児童養護施設と 2 週目に滞在したコミュニティと 類似した再定住コミュニティを訪問し,ローカルとグローバルに開かれた位相の異なる様子を見学 した。 IT 関連の企業訪問では,現地採用の日本人スタッフから日本との関係やダイバーシティ促進の 取り組みについて話を聞くことができた。現地スタッフの働きぶりに関する点をお聞し,職場での やりがいということに関して,学生にとってグローバルなキャリアを考えさせられる機会になった と思われる。 英語教育産業はセブでは大きな産業の一つとなっており,フィリピン人大学生の就職先としても, コールセンターとともに人気が高い。今回は大学とのネットワークを通じて,韓国系の英語学校を 紹介してもらい,校内見学とともに,現地代表者から企業方針・運営についての講義を受けた。セ ブでは,2000 年頃より,経済のグローバル化により英語熱の高まりをみせ,韓国人経営者がフィ リピン人の人当たりの良さ,英語能力の高さ,物価などの要因からセブに目をつけ,合宿型の英語 学校を開設していった。2010 年代より日本人経営者も目をつけ,日本人向けの語学学校などが設 立していったという流れがある(森泉,2020)。韓国型授業システムと日本型の授業システムでは, 基本的にはマンツーマンによる個別授業を 1 日 6 時間ほどフィリピン人教師と行うという点では共 通しているが,目的や学生のニーズなども異なっていることもあり,学校の雰囲気や指導方針など は異なっていることもある。参加学生は韓国系語学学校を見学することによって,国によって異な る英語教育や英語学習動機について注目したようであった。 企業訪問の他,路上での生活を余儀なくされている子供たちの養護施設訪問と再定住コミュニ ティへの訪問を行った。養護施設では,ちょうど七夕だったので,七夕の由来と行事について紹介 した後,子供たちに願い事を書いてもらい,笹に見立てた模造紙に貼る活動をサービスラーニング として行った。このほか,学生らは,折り紙や縄跳びを通して交流を行った。 4.実践からの考察 3 週間にわたるフィールドワークでは,参加学生は日本ではできない経験をし,フィリピンの産 業・社会の現状とともに日本とのつながりを意識することができ,グローバルシティズンシップと は何かを考えるきっかけになっただろうと思われる。一方で,初回であったこともあり,想定して いない出来事も起こり,プログラム実施の困難さを改めて感じた。今後さらに教育・研究的価値の 高いフィールドワークを実施していくために,事務的なトラブルも含めて記録し,今後の展開に繋
げていく必要があるが,本稿では異文化体験学習や異文化コミュニケーション理論との関連から考 察をし,さらによりよいプログラム作成の一歩としたい。 (1)事前準備の必要性 今回のフィールドワークを通して大きな反省点として,参加学生に対する課題の難易度設定が高 かった結果,フィールドワークそのもの自体に対する関与度が低下してしまったのではないかと考 えている。以下,課題の難易度と関与度について考察を加える。 課題の難易度に関して,フィールドワークの構造化の問題が挙げられる。今回は,特に 2 週目の コミュニティ滞在の際に,学生個人の興味・関心に応じたサービスラーニングと現地住民との交流 を目的とし,現地コミュニティ指導者からも自由にコミュニティ内を移動し,コミュニティの人々 と話をしてもよいという許可をとっていた。しかし,振り返ると事前準備をより丁寧に行い,各自 の独立したプロジェクトであればどのようなことを調査しようとするのかを明確化しておくことに よって,学生の充実感と積極性がより高まり,それが現地の人々の受け入れに対する満足感にもつ ながるという相乗効果が発揮できたのではないかと考える。 今回の訪問は現地の人々に対するサービスラーニングであり,調査ではないものの,フィールド ワークの調査を行う際には,様々な工夫が必要だという指摘があるように,事前準備を工夫するこ とによってよりよい効果が得られる。例えば,箕曲(2017)は 3 つの仕組みを導入して,初渡航者 に対するフィールドワークの際にその効果が発揮できているという。第 1 に,個人調査にはしない で,班ごとに活動を行い,一班の人数も 3~4 名にし,そこに現地通訳,スタッフの学生をつけてい るとのことだ。第 2 に,教員側がテーマを学生に与えて調査票に基づき調査をさせている。自主的 にテーマを決めると的外れの質問ばかりになってしまった経験から,このような形を行っていると いう。第 3 に,毎回の調査を,他グループと比較し,自分たちの実践を振り返るという。振り返り を行うことによって,お互いのインタビューの仕方についてよかった点や改善点が明確になるとと もに,事前の質問からさらに発展してどのようなことを聞けばよいのかがわかってくるという。学 習者の自主性との関連から,教員が質問を設定してしまうことに対する懸念がありそうだが,箕曲 (2017)は,与えられたテーマの中で考えることを通して,テーマ自体が自分で設定できるように なるという。一見矛盾した概念に思うが,枠をはめてみると,その枠から外れてみたい関心が沸き 上がり,それによって学生の自主性が芽生えるという指摘は一理あるのではないだろうか。 フィールドワークに対する関与度は,その成否や参加への満足度に直接関連してくる。箕曲(2017) は,課題にできるだけ深い関与度を持たせ,観光旅行とは質的に異なるフィールドワークに当事者 意識を持たせる重要性について説く。課題は適度にチャレンジングなものであること,コミュニティ 感覚を持つこと,そして学生がホリスティックに学べるようにすることの 3 点である。これらを実 現するためには,フィールドワーク前に継続的な事前交流ができるとよいのかもしれない。例えば, ビデオレターやオンライン交流会などを企画して,たとえ短時間でも現地の人々と交流する機会を 設定することにより,事前情報や知識を得られるだけでなく,フィールドワーク実施への関与度や 動機をも同時に高めることができるだろう。 課題の難易度の設定や関与度を高めるためには,事前教育の充実度が大きく関わってくる。ゼミ 単位で実習にいく場合は比較的事前教育に時間をかけられるが,本学のフィールドワークのように, フィールドワークの説明会を実施し,参加希望学生を募り,実施直前に数時間事前教育を行うよう な日程では,時間が限られてしまう。しかし,その中でも,一般的な文化・社会・歴史などの学習
だけでなく,異文化に対する態度,意識などのコミュニケーションに関するもの,さらに調査方法 や研究課題に関係する準備が必要となる。 今後フィールドワークでインタビュー調査を行う場合には,インタビューの手順について,参加 者同士で模擬実習をするなど,周到な準備をしておく必要もあろう。今回は,担当者やコミュニティ 側から話をお聞きするセッションは何度かあったが,インタビュー調査という形では実施しなかっ た。しかし今後は住民のライフストーリーをお聞きするなどの課題も設定できる場合は,ライフス トーリー研究の文献(箕浦,1999,桜井,2002)を事前教育の際に講読し,関連講義で扱うなどし てインタビューの仕方に慣れておくように工夫する必要があるだろう。 (2)揺さぶられた経験とどう向き合うのか これまで経験したことのない異文化的状況を体験することがフィールドワークの一つの目的であ るが,それだからこそ,必ずしもすぐに自分の学びにつながるとは限らない。揺さぶられた経験が 自己の内省につながる場合もあれば,その行き場が現地の人々や社会に向けられる場合や他の参加 者や引率教員に不満や抵抗感として発露される場合がある。これは,異文化接触の初期段階にもみ られるように,様々なイデオロギーや価値観が自分の当然視している既存概念とのギャップによっ て引き起こされた自然な反応でもあるが(Furnham & Bochner, 1986),その対処法によっては,厄 介な問題になる可能性もある。
アメリカの異文化コミュニケーションの授業で発露されるレジスタンスについての経験を教員へ のインタビューにより明らかにした Lawless & Chen(2019)は,レジスタンスは異文化コミュニケー ションのような価値観の葛藤や衝突を考えさせるような授業では不可避であり,特に現在のアメリ カ社会の政治的状況においては,そのレジスタンスの激しさが増していることを指摘している。そ れを防ぐには,教師トレーニングの必要性も指摘しているが,学生には対立から学ぶ授業であるこ と,自分とは異なる価値観との折り合いのつけ方を学ぶ授業であることを説明することによって, 必要以上のレジスタンスを回避できるのではないかと述べている。このスタンスをフィールドワー クに生かすと,直接体験によって,感情が揺さぶられ,レジスタンスが出てきたときの対処や,ま た参加者自身さえ気づいていない様々な葛藤にどう対応するのか,生じた際の対応の仕方を事前教 育で確認し,実際にフィールドワーク中に生じた葛藤を題材に話し合うことが必要であろう。 ひとたびレジスタンスを感じ,感情的にもつれてしまうと,その解決に向けての話し合いや意見 交換を行うことで解決を図ろうとするが,解決のため時間を割いて行わなければならず,期間が限 られているフィールドワークでは関係者は疲弊してしまう可能性もある。そうならないように,事 前に対処方法を考えておく必要も感じる。 その一般的なやり方としては,日々プログラムの中で,今日一日の活動内容で感じた喜びや悲し み,葛藤,イライラなどをお互いにシェアする時間を作ることがあるだろう。夕食後の 1 時間程度, 皆で丸くなり,今日の出来事についての感想などを述べ合う時間をとるとよいかもしれない。 (3)学習者のレフレクションを促す取り組み フィールドワークは現地に行って学びを深めることが重要だが,何を学んだのかを可視化する必 要がある(村田,2018)。換言すると,いかに「学びの言語化」を行うことができるのかというこ とになろう(森茂・津山,2018)。事前学習では,実際の危機管理やプログラムの目標やチームビ ルディングなどがなされるが,事後学習では,参加報告会や報告書を作成することが中心となって
いるようだ。実際の研修中も含めて,自身の学びを振り返る必要があり,研修中にも経験を内省す る時間を組み込んでおくことがよいとされる(村上・小川・岸,2014)。 今回のフィールドワークでは,事前研修 6 回,事後研修 1 回とレポート提出,毎日夕食後におけ る振り返りを口頭で行っていた。口頭での振り返りは,毎回その日の感想程度を述べて終了となっ てしまい,お互いに学んだことを多角的な視点から考え,深めるという点には至らなかったので, さらに検討する必要があろう。例えば,時間は余計にかかってしまうが,まずはその日のジャーナ ルを 20 分程度で書く時間をとり,その内容についてお互い発表して分かち合うという方法がある。 こちらのほうが,口頭で簡潔に述べるより,十分な思考をしてから発表することになり,より豊か な振り返りができるであろうし,それについて他の参加者からの補足や異なった視点からの感想が 得られる可能性が高い。 教員としてのファシリテーションも効果的に行う必要があろう。村田(2018)の 3 段階による問 いかけの方法は参考になる。事実や観察したものを表す質問から,その時に感じた気持ちや考えを 解釈,分析する質問,そしてそこから学んだことは何か,今後にどう生かしていくのか,どのよう な行動をするのかという行動目標を示す段階を活用することの有効性を示唆している。あらかじめ このような質問を振り返りシートに書いておくなどして,参加者のより深い学びを引き出したい。 ふりかえりを行う際に,学習の可視化や「学びの言語化」の手立てとして,ルーブリックによる 評価も有効であろう。今回は統一的なルーブリックを作成しなかったので,ルーブリックを最初に 提示して,振り返りの際に自己評価を行うことも有効であったと思われる。森茂・津山(2018)で はフィールドワークの観点として,「気づき・自己変容」「調査」「資料活用の技能」「表現」「知識・ 理解」を挙げ,それに従い,参加学生の作品例を示しているが,フィールドワークを通して,参加 学生がどのような気づきを得たのか,どのように自己変容が促されたのかが丁寧に描写されている。 行く前のイメージをあらかじめ記入しておき,行った際に実際に感じたことを記録して比較するこ とにより,そのようなことが可能となる。このようなリフレクションとルーブリックを使用するこ とを通して,それぞれの活動についてどう感じたのか,なにを考えたのかを検討することによって, 学びの成果が可視化されやすくなるだろう。 (4)現地文化との接し方―自文化優越主義・文化本質主義に陥らないために― 社会的基盤が十分に整っていないことによる悪臭や路上の風景から,否定的な反応になることが 往々にしてある。このような経験を積み重ねると,文化,経済,政治など自国は優れており,相手 の文化は未開の劣ったものとしての一面的な評価になってしまうこともあるだろう。確かに,文化 的差異というより,衛生的問題について否定的な判断になってしまうのは,仕方がないことなのか もしれない。しかし,その否定的な感情を抑圧してしまうことも,現地の人々との交流を妨げて しまうことになる。ある経験に対して否定的評価をしていること自体を自覚したり,また自分の感 じ方を現地の人と会話をしたりするなどを通して,参加学生が自文化優越主義に陥ってフィールド ワークが終わらないように,継続的に検討していく必要がある。 自国の経済・政治・文化の力を利用して,相手の文化を見下したりするような価値観や行動を控 え,相手の文化を尊重するという考えを保持することは,言うは易く行うは難しである。サービス ラーニングを行う際に,上から目線で自らを救済者のような感情を持ち行動をしてしまうことを白 騎士症候群(White knight syndrome)(Hondagneu-Sotelo & Raskoff, 1994)というが,現地の人々 と交流し,他の参加学生と振り返りを通して考えていくことで,複雑な人間関係のネットワークや
互恵性に気づき始めることがその価値観から脱する一歩ではないだろうか。本フィールドワークで は,現地大学生ボランティアが時に食事に参加し,企業訪問等には同行してくれたので,学生と年 齢も近く,フィリピン文化のインフォーマントとして,多面的な判断になるよう援助をしてくれた 効果は大きかった。このような機会をさらに増やし,現地学生との共同調査・発表の教育活動に進 化させることによって,多様かつ複雑な関係性が生じることを期待したい。自文化優越主義に陥ら ないようにするための特効薬は現在のところ思いつかないが,筆者として今後も絶えず自問自答し ながら,どのような助言やプログラム構築が可能か考えていかなければならない。 5.まとめ 2019 年度に初開催したフィリピンへのフィールドワークを行った記録から,異文化体験学習と して今後どのようにフィールドワークを行っていけばよいのかを本稿で考察を行った。フィールド ワークに参加したことによって参加者の学びがあり,それが現地社会にも肯定的な経験として積み 重ねられていくことが望ましいと考えられ,そのような取り組みを今後進めていくための方策につ いてさらに検討をする必要がある。本稿ではその関係性や受け入れ側の視点に立った考察が十分に できていないため,フィールドワークを継続していくことを通して,改めてその関係性について考 えていきたい。 その地域の文化・社会を理解することは,自己の気づきとともに変容を促すことにも通じ,長期 的な視点から変容過程を考察していくことも必要だ。長期的な研究は散見される程度であるが(中 山・東,2017),日本ではできない経験をフィールドワークでは提供できるため,その長期的な変 容過程の研究は,フィールドワークの内容との関連性から,明らかにされていくことが望まれよう。 特に,プレフューメ・竹内(2017)が指摘するように,教員の意図通りの気づきや学びを参加学生 は経験するわけではないことを認識しなければならない。また,フィールドワークで揺さぶられた 経験や葛藤が,ただちに解決できなくとも,将来的にその意味が理解でき,振り返りを通して,様々 な意味や解釈,学びにつながることもあるだろう。フィールドワークが単なる観光に終わらず,参 加学生の成長と共に,受け入れ先にも肯定的な影響があるものにするために,事前研修,振り返り, フォローアップを通して,より効果的なフィールドワークのあり方を絶えず検討していくことが望 まれる。 参考文献 藤原孝章(2017).海外スタディツアーにおけるルーブリックの作成と活用 子島進・藤原孝彰(編)大学における 海外体験学習への挑戦(pp. 45―59)ナカニシヤ出版
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