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対話的・主体的な学びを目指した授業の一考察(4) ~小説教材における、「自分事」を意識した『活動型』授業のあり方について~

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Academic year: 2021

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(1)Title. 対話的・主体的な学びを目指した授業の一考察(4) ∼小説教材におけ る、「自分事」を意識した『活動型』授業のあり方について∼. Author(s). 太田, 幸夫. Citation. 国語論集, 17: 128-134. Issue Date. 2020-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/11226. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 対話的・ 主体的な学びを目指した授業の一考察( 4). 太 田 幸. 夫. か、いさ さ か疑 問 を感 じるものであった。それは 「 論 理 か文 学 か」と 言 う 偏 狭 な枠 組 みからなさ れたものであることと、教 育 臨 床 の場 からの問題提起ではなかったこと、そして既成マスコミの”煽り”とも 受 け取られかねない、いさ さ かヒステリックな扱 いがあったことによ る。とはいえ、大学受験を目標に置いた場合、高等学校国語科の授 業の多くが評論重視、文学軽視のものとなっていることは疑いようの ない事 実であり、二 〇 二 二 年 の新 たな学 習 指 導 要 領 施 行 以 降 、カ リキュラム編成においてどのような単元・教材を立案するかは、教科 書に頼り切りではいられないという判断が求められてくるように思 われる。 私は数年来、 「対話的」な学習を成立させるための理論的条件の 整 理 と、そこから考 えられる授 業 実 践 を模 索 してきた。図 らず も 昨年(二〇一八年)四月より新たな勤務先に異動し、以前とは教育 目 標 を異 とす る学 習 集 団 への指 導 の機 会 を与 えられた。限 られた 中ではあるが、主体的・対話的な学習活動を行うこともできた。本 稿 はその実 践 を踏 まえて、とりわけ現 代 文 の 「 小 説 」分 野 における 「 対 話 的 」な授 業 のあり方 と、その課 題 について論 じるものである。 とりわけ、対 話を通じて 「 主体的」= 自分事(じぶんごと)として文 学作品に関わるとはどういうことか、考察を試みたい。. ○「対話的」授業のための理論的柱(再論). (1). ~小説教材における、 「自分事」 を意識した 『活動型』授業のあり方について~. ○はじめに 「高等学校 学習指導要領」(二〇一八年)の二〇二二年実施に 向けて、 「資質・能力」を基盤とした国語の学びへの期待が高まってい る。その手段としての 「主体的・対話的で深い学び」は、理念としては 多くの人々に認識される所だが、その具体的な実践像は、未だつか みかねる状 況にある。中 学 校の国 語 教 科 書 に続き、高 等学 校国語 の教科書も編集作業が進んでいるものの、現時点(二〇年二月)では 教科書自体存在せず、我々教育現場に立つ者には、まだピンときて いないのが正直なところである。 一方、 「 共通テスト」実施間近の二〇一九年 末 、国語科の記 述問 題 は実 施 方 法 に対 す る不 満 ・不 安 の高 まりの中 、中 止 の憂 き目 を 見るに至 った。その対策に頭を悩ませてきた者としては安 堵を感じ つつも、いずれ実施されることを思うと、制度設計の拙さに不安が 募 るばかりである。 「記 述 」問 題 の目 指す ところに間 違 いはない。し かし、このような形で先進的な取り組みが不問に付されることは、 日 本 の教 育 が政 治 から一 定 の独 立 性の維 持 しうるのかという 不 安 とともに、未来ある子供たちの育成が一貫性を保ちうるものか、疑 問を抱くところである。 他方、二〇一九年は 「文学教育の危機」が各所にて議論された一 年でもあった。その議論の提起が近現代文学の研究者からなされた ことは、この問 題 が純 粋 な 「 国 語 (科 )教 育 」の視 点 を持 ちう るもの. −128−.

(3) 私はこれまで、以下のような問題提起を行った。. 今回、私が 「対話的」な活動を行ったのは、一年次「国語総合」(四 単 位 )である。現 代 文 分 野 と古 典 分 野 に分 け、四 十 五 分 授 業 で現 代文週二時間、古典週三時間を実施している。教科書は東 京書籍 「高等学校国語 総合」(分 冊版)を採用している。一学年八クラスを 三 名 の教 員で受 け持 つ。今 年 度筆 者 は現 代 文 分 野 を四クラス担 当 した。 本校生徒の基礎学力は高く、毎日の学習活動にも意欲的に取り 組んでいるが、やや受け身の姿勢が感じられる。基本的には講義型 の授業形態を取っているが、本実践では生徒主体の活動にも取り組 んだ。 本 校 一 年 次「 国 語 総 合 」の現 代 文 分 野 は、評 論 文 教材 を中 心 に 四領域の指導を意識的に行うことを目指した。それはひとえに 「共 通テスト」の実用 文・記述式 回答への対 応を思慮したものであるが、 決 してそこに拘 泥 したものではない。教 科 書 に取 り上 げられた 「言 語活動」を、将来の言語生活における有用性と、限られた時間の活 用を思慮した上で、可能な範囲で取り組むことを目指した。 今 回 取 り上 げる 『 羅 生 門 』は、文 学 作 品 として評 価 の定 まったも のであり、長 年 高 校 国 語 教 科 書 で取 り上 げられた作 品 である。授 業実践の集積も豊富だ。 作 者 ・芥 川 龍 之 介 が、子 供 の頃から読 み親 しんだ 『今昔物語集』 『 宇 治 拾 遺 物 語 』のいくつかの話 を元 に、 「 下 人 」を主 人 公 とした話 として仕 上 げた。 「 主 人 」から暇 を出 さ れた 「 下 人 」が、死 骸 の転 が る羅 生 門 の楼 上 で 「 老 婆 」と出 会 い、盗 人 として生 きることを決 意 するという筋立てである。 カリキュラム(シラバス)での位置づけは、本格的な 「小説」作品を読 むための基 本 的 な事 項 を理 解さ せるための 「 入 口 」の単 元に用 いら れることが多い。 (3)今回の指導の概要. (2). ①「ファシリテーター」としての 「教師」の要請 ②「コーチング」スキルの援用 ③「言語技術教育」の方法論の援用 従来 、学 校での学 習活動は、理論 によって狭 められることの弊害 を恐 れ、可能な限り理 論に無自覚であることを良 しとす る授業者 が大 勢 を占 めてきた。しかし、理 論 的 背 景のない授 業 論 は、個 人 の 「 名 人 芸 」の域 を脱 す ることができない。一 個 人 の経 験 則 を乗 り越 えた新 たな授 業 観 を目 指 し、私 は① ② ③ の”スキル”に依 拠 す る教 育活動を企図した。詳細は従来の拙論に委ねたい。 今 回紹 介す る実 践は、これらを意 識しつつ、いわゆる 「アクティブ ラーニング」の手法を用いて小説教材の授業を行ったものである。 ○実践の概要 (1)学校の概要ならびに生徒の概要 現在の勤務校は札幌市西部、手稲区にあり、大学進学を主な進 路 先 とす る全 日 制 普 通 科 単 位 制 の高 等 学 校 である。毎 年 国 公 立 大学合格者百名を超える実績を挙げており、国語科に寄せられる 期待は大きい。数学科ではグループワーク、公民科(現代社会)では 課題 解決型の学習 活動 に取り組んでおり、活動型の授業形態にも 慣れている生徒たちである。 今年 度(二〇 一九年 度)筆者は、担 任として、また年次 団の国語 科主担当(コーディネーター)として、三年間を見通したカリキュラ ムの運 営 を託 さ れている。いわゆる 「 共 通 テスト」対 応 の求 められる 中で日々の授業を展開した。 (2)科目ならびに単元の指導観. −129−.

(4) 今年度、 『羅生 門 』は八時間 を配当した。小説の特性を踏まえた 読 み方 を経 験 さ せること、特 に 「 下 人 」の心 情 変化 に即 して行 動 の 推移を理解させることを目標とし た。 1 その上で筆者の担当クラスは、市毛勝雄氏の授業実践を踏まえた 「小説の読み」の指導を行った。 簡単に紹介すると、 登場人物は誰か/主人公は誰か。 どのような場面設定(時間/空間)か。 主人公の行動が変化したのは、どこか。. を共 有す ることでも無 い。言 語 レベルや 、作 者 の知 見 や 人生 にとど まらず、その読まれるべき 「表象」を読み込むのが文学研究なのだと したら、今回の取り組みは、その真逆といわざるを得ない。 かつて、文 学 偏 重 の国 語 科 実 践 への反 省 として、 「 読 者 論 」に基づ く実践が試みられた。これは一定の成果 を挙げたものの、批判とし て聞かれたのは 「恣意的な読み」「印象批判は浅い読みにしかならな い」という ものであった。それは確 かに一理 あった。とはいえ、その反 動で道徳的・教条的な読みの 「指導」が無批判に復権したとしたら、 それは大きな間違いだろう。まして、高校生に研究レベルの批評的な 読 みを要 求 す るならば、それこそ生 徒 にとって 「 小 説 を読 むことの 楽しみ」を奪いかねない。現時点での、そして新しい学習指導要領 の 範囲でできることは、文学作品に 「親しみ」を持たせ、その上で自ら の人生に生かしうるか否かを 「主体的に」判断させることである。 そこで今回は、生 徒が、”生きる”主体として、自分が小説から何 を感じ取り、どれだけ自分の 「生き方」に引き寄せられるか。それを 考えさせる契機とすることを目指した。. 実際の活動は、 「 KJ 法」を援用した取り組みを行った。四人一組 のグループを編成し、次の活動を行った。. ①生徒各自に、発問に対する回答を考えさせる。 ②①を付箋紙に書き出す。目標は三枚以上。 ③お互いに②を見せ合い、解説する。 ④②をグルーピングする。 ☆⑤④の中で最も説得力のある回答をひとつ選ぶ。 ⑥⑤をホワイトボード(B4版)に書き出す。. これらの活 動 を一 時 間 の中 で行 い、日 を改 めて、各 グルー プの代 表. (3). 一 二 三 この三 点 を確 認 した上 で、改 めて小 説 の流 れに沿 って、主 人 公 の 心情変化の推移を追う。それによって主人公の行動の変化と心情の 変 化 の統 一 を図 り、人 間 存 在 の在 りよう (心 情 の変 化 から行 動 が 変化する)への理解を促す活動を行う。 更に今回は、その活動を一通り行った後に、活動型の取り組みを 行った。それは、グループでの話し合いとして、 「下人」は、どう生きれば幸せになったのか。 を検討させるというものである。いわゆる 「アクティブラーニング」型 の取り組みとして、小 説 の内 実をいかに自分 の関 心・内 実に引き寄 せるか=「 自分 事 」として作 品 をどう 読 むか、を目 標 にこの活動 を 設定した。 このよう な取り組みは従来 の 「鑑賞活動」の一派生形とされるか もしれない。しかし、今 回 目 指 したのは、教 条 的 な、道 徳 的 な発 想 による内 容 の理 解 ではなく、作 品 世 界 から導 かれる唯 一 の世 界 観. −130−.

(5) ・職探し 理由)無職になったら仕事を探すのは、今も昔も変わらないと 思うから。 ・老 婆と出会ったときに 「俺はおまえの息子だ」と嘘をついて一緒 に盗人になる。 理由)途中まで老婆と生きて、最終的に人身売買するため。 ・老婆と一緒に生きる。 理 由 )せっかく出 会 ったので同 棲 して一 緒 に髪 を抜 きカツラ屋 を営む→金もうけ→幸せ ・太 刀 と着 物 を売 って旅 に出 て、青 森 でリンゴを栽 培 しながら暮 らす。 理 由 )京都 から遠 ざ かることによって、罪の意 識 を忘 れられる から(老婆の着物の柄がリンゴだった) □Ⅱクラス. ・洛中の街を出て旅をしている間に、自然のもので生活する力がつ いて、一人で自然の中で生きていく。 理由) がんばればできそう・・・ ・老 婆の着物 を買 った女 性と結婚 して、二 人仲良 く盗 人になって 牢屋に入る。 理由)好きな人とならどこにでも行けて幸せになれるから ・洛中でナンパをする。 理由)人生をやりなおすにはこれしか思いつかなかったから。 ・老婆と一緒にかつらを作る。 理由)仲間がいれば乗りこえれるから。 ・下人は天皇の隠し子だった。 理由)天皇に病気も飢えも貧困も無いと思ったからです。. (4). に話し合いの結果(⑥)を発表してもらった。ホワイトボード(裏に磁 石が付いているもの)は黒板に貼り出させ、それを全体に見てもらい ながらグループ代表が発表した。時間は二〇分程度を要した。なお、 授 業進 度の都 合で、時間 の足 りないクラスでは発表を省略 し、全 員 にホワイトボードを眺めてもらった。 その後、筆者が全体に対する講評をして、授業を終えた。 生徒の書いたホワイトボードの内容を、二クラス分紹介したい。 □Ⅰクラス ・主人を殺害し、その功績を使い、主人の政敵に雇ってもらう。 理由)本編ではおどすだけに使われていた太刀から話しが広が って面白いから。 ・老婆の話を聞いて、仕方ないと思っても、少しでも希望を捨てな いで、別 れを言って去り京都 を燃やして伝説のおばけ屋 敷をつく り、その後老婆と仲良く一攫千金!!ハワイで暮らす♡ ・老婆を役人に連れていき、そのついでに雇われる。 理 由 )雇 われれば、またクビにならなければ、ず っとお金 がも らえるから。 ・盗人にもう 一度なり、盗みを極めて、絶対に逮捕されないよう にする。 理由)ルパンのようになれると思ったから。 ・老 婆 と下 人 が死 体 から髪 と着 物 を剥 ぎ取 って、それを売 って、 もう けをシェアし、ある程 度 、お金がたまったら、山に入って老 婆 と共に自給自足生活。 理由) みんなが幸せ。 ・下人がイケメンだった場合、ブサイクで性格も悪いがお金だけあ る人と我慢 して結婚することで幸せになる。少 しは妥 協 して、愛 は忘れる。. −131−.

(6) 成することにつながると考える。 その意味で、今回取り組んだ 「話し合い」の結果は、実に自由闊達 であった。議 論 としては底 の浅 いものもあったものの、作 品 の世 界 か ら羽 ばたき、現代の実社 会でも起きうることが多かった。何よりも、 従来 考えられなかった 「老 婆と一緒に生きる」類の結論が多く見ら れたことや 、あえて誰 も傷 つけない 「 山 に入る」という 発 想 は、むし ろ筆者の頭の固さを痛感させられるものであった。確実に生徒は作 品 世界 の縛 りから羽ばたき、自らの思 考を展開 したものといえる。 また、筆者 のこれまでの実 践からの経 験則 から語 りたいことがあ る。 「 KJ 法」による話し合いは、共通項を導き出すことに長所があ るが、最 終的 にひとつの意 見に絞る過程で、意見の深みや討論の精 度 よりも、口 達 者 な生 徒 の発 言 に誘 導 さ れてしまう ことがまま起 こりう る。しかし、だからといって話 し合 いをさ せないよりは、生 き た活動になることは間違いがない。加えて、最終的にクラス内で全グ ルー プの意 見 を見 聞 きす る中 で、自 分 たちの意 見 の妥 当 性 を考 え る機会がある。よほどおちゃらけた討論をしたグループであっても、 この場面で話し合いを適当にやってしまったことに気づくものである。 多くのグルー プがあって、自由度の高い中で話し合いをす ることは、 その振れ幅の大きさを覚悟の上で進めることが必要となろう。 前任校で同様の仕掛けの中、話し合いをさせた時、 「下 人が主 人 のところに戻 り、再び一緒に生 活をす る」という 趣旨の意 見が多 か ったことがある。筆者の授業の進め方に影響された可能性が考えら れる。しかし、今 回の実践では、そのよう な意 見は見られなかった。 ○今後の課題 新しい学習指導要領のもとでの国語科授業は、 「資質・能力」の育 成 を目 指 した授 業 実 践 が期 待 さ れている。教 材 を読 ませるだけの 取り組みから、 「このよう な 『資質・能力』を育てるために、この教材 を読み、活動する」へ、というイメージだろうか。. (5). ・老 婆 が強 くて引 剥 ぎができなくて倒 さ れて目 を覚 ましたら米 大統領と入れかわってる!? 理由)なんでもできるから ・盗みを極めて大どろぼうになる。 理由)何でも手に入るから。 ・下人がポケットをたたくと、ビスケットがでてくる 理由)常に満腹でしあわせだから。 ・初恋の人に会いに行く。 理由)思い残すことなし。死んでもハッピー! ・顔がかっこいい人に生まれる 理由 ) 顔かっこよかったらモテるから。女の子に貢がれるから。 ○実践から見えたこと 今回の実践で心がけたことは、決して生徒の意見を否定しないこ とと、本文の筋から離れて考えることを良しとしたことである。 小 説 は道 徳 ではない、と言 いながら、極 めて道 徳 的 に、高 い倫 理 性を要求する 「読み」を求める実践を多く見てきた。筆者はそれを 全否定するつもりはないが、 「文学作品」だからこそ、想像力を膨ら ませ、自由な読みを楽しむことを良しとするべきではないか。むしろ、 生徒の自由な発想を担保することで 「自分事」として小説を読む姿 勢 ・態 度 を持 ち、学 校 という 場 を「 卒 業 」した後 も、小 説 を”読 み 物”として生涯にわたって楽しむことにつながるのではないか。また、 一 人 の読 書 も楽 しいが、共 感 し合える仲 間 と小 説 を題 材 に話がで きることは、娯楽の幅が広がっていくことにつながるのではないか。倫 理的で禁欲的な 「読み」の強要が、我々教師によって無自覚のうちに 行われ、結果として 「小説離れ」が起こっているならば、こんな罪なこ とはない。 「読み」の主 役 を生 徒 に明け渡すことは、むしろ生 涯につ ながる 「学び」への誘いとなる、まさしく 「主体的な」読みの姿勢を育. −132−.

(7) 今回の実践に 「資質・能力」を当てはめるとすれば、 「情報を批判 的に読み、自らにとって最 適な判断を行うことができる」資質と能 力 を養 成 す る、という ことになろう か。これは、従 来 の文 学 教 育 で は望まれない方法論かもしれない。しかし、筆者にしてみれば、道徳 的・教条的な読みや、無手勝流に恣意的な 「読み」をするよりは、よ ほど建 設 的 な読 みであると考える。ポストモダンの文 学 批 評 は、文 学作 品を学ぶ者には魅力的であるが、それは大学以降の知的活動 に委ねるべきであり、それを高校生にさせるべきではない。ましてや、 読 書生 活 の広がりを目 指 さ せるには、今 回のよう な取 り組みも十 分意味のある活動であろう。 一方、アクティブラーニングをベースにした 「主体的・対話的」活動 の深化を考えた際、今回の実践の柱である 「『下人』はどう生きれば 幸せになったのか」という 設 問 は、まだまだ検 討の余 地がある。アク ティブラー ニングの活 動 の可 否 は、さ まざ まな答 えが想 起 さ れる 「 問 い」の投 げかけにかかっている。二 者 択 一 の問 いでもいけない。そ れを怠ると、多くの生徒が参加しうる授業は成立しない。 ”知の民主化”と言っても過言ではない、多様な思考を促す「問い」 があって、初めてアクティブラーニングは機能しうる。既にアクティブ ラー ニング批判が各 所でなさ れており、 「 活動 あって成果 なし」と批 判 を浴 びせてアクティブラー ニングを亡きものにしよう とす る動 き すらある。共通テスト批判にも共通することだが、活動を前提とし た取 り組 みの否 定 の向 こう には、従 来 然 とした授 業 実 践 、一 斉 講 義型授業への強い固執がある。筆者はそれを否定する立場ではない のだが、目の前の生 徒を目にした時 、やはり生 徒を能動 的・主 体的 な学び手に育てなければいけないという危機感を感じる。 繰 り返 しになるが、 「 情 報 を批 判 的 に読み、自らにとって最 適 な 判 断 を行 う ことができる」資 質 と能 力 を養 成 す るための小 説 教材 として 『 羅 生 門 』を採 用 し、生 徒 が主 体 的 に考えることができる活. 動を設定すること。そんな発想を持ちながら、新しい学び流れの中 で、生徒と共に引き続き 『羅生門』を読んでいきたい、と考える。. (6). 注 1 岡 本 明 人 編 『 【 市 毛勝雄模擬授業の記録と分析1】国語科授業 の常識を疑う(1) 物語文』(一九九〇年)明治図書出版. 全文と解説』(二〇一八年)学. 【 参 考資 料 】 ○中教審第一九七号(二〇一六年) 事出 版. ○『 高等学 校新学習 指導要領. (二〇一七年)明治図書. ○冨山哲也編著『平成29年版中学校新学習指導要領の展開』. 『乃木 坂と、まなぶ はじける 好奇 46 とまらない』(二〇一四年)朝日新聞出版. 理論編』(二〇一八年)明治書院. ○ 大 滝 一 登『 高校 国語 新学習 指導要領 をふまえた授 業づくり. 心. ○藤原和博・乃木 坂. (おおたゆきお/北海道札幌手稲高等学校). −133−.

(8) 資料 活動に用いたホワイトボード(抜粋). −134− (7).

(9)

参照

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