Author(s)
王, 志英
Citation
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of
Humanities and Social Sciences(5): 21-31
Issue Date
2004-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6081
中国語教育における動詞述語の扱い方
王志英 要約中国語の動詞述語は日本語と英語と違う振る舞いをし、中国語学習者にとって難関の
一つである。中国語の動詞の大部分は行為のみを表していて、結果まで言及しないのが特徴である。その故動詞の後に接尾辞をつけなければならない。接尾辞をつけることに
よって、アスペクト的な価値、或いはアスペクト的な価値と時間との価値との組み合わせを表すことができる。接尾辞的な機能を果たしているのが、いろいろな補語であるが、
本稿は主に数量補語について考えてみることにする。数量補語には「少量」、「定量」、
「不定量」を表すものがあると提案し、「不定量」を表す動詞の重ね型がまた動作主の
意図によって、「少量」を表したり、「多量」を表したりすることができる。それはまた
語用論的な原則が働いているとも言える。 キーワード:動詞述語動詞の重ね型アスペクト不定量部分完了 0はじめに 中国語の動詞の大部分はその後に接尾辞を つけなければならない。例えば、動詞の後に その動詞をもう一回繰り返しの形を取る使い 方や、動詞の後に補語をつけたり、量詞をつ けたりするのが特徴である。しかし、なぜこ のような用法を使うか、中国語動詞のこのよ うな用法に対してどのように認識したらいい か今まであまり研究されていない。本稿は中 国語教育の観点から分かりやすく中国語の動 詞の特徴及びその基本的な用法をまとめてみ たい。 三は李四を二回も“殺した”が、李四 は死ななかった) つまり、中国語には完成動詞というカテゴ リーはないのである(宮島1994:424)。中国 語の裸の動詞は日本語の動詞の原形とよく似 たもので、後に何かをつけないとその働きが 分からないのである。 Vendler(1967)の分類に従えば、中国語 の動詞はactivityで、持続的な動作を表し、 そこには単一的な完結性は認められない。つ まり、その動詞は意味的に結果、或いは動作 に関する量を持っておらず、次の図のように 起点はあるが、終着点はなく、境界のない無 限定の存在である。 中国語の動詞「走」を図式化すれば、以下 のようになる。 図く1-1> 1中国語の動詞の特徴とアスペクト性 中国語の動詞について、宮島達夫(1994: 427-428)は荒川清秀(1982)の研究を引 用し、「中国語では、行為のみに重点を置く動 詞が多いということが言えそうだ。中国語で、 結果補語が発達している原因の一つは、この 辺にあるのかもしれない」と述べている。中 国語の動詞は動作・行為のみを表し、結果性 を持たないということは、次の文から伺うこ とができる。 (1)椎三余了李四両次,李四都没有死。(張 走 運動を表す場合、運動は一定の時間位置で 始まって、一定の時間位置で終わる。つまり 始発の局面、終了の局面と、その間持続する 動作の局面から成り立つ(高橋1994:12)。 -21-中国語の動詞の後に文法的な機能を果たせ るものとしては、以下のようなものが見られ る。 しかし、図く1-1>のように中国語の動詞の表 している運動には始発の局面はあるが、終了 の局面はないため、動詞の後に終了の局面を 表せる結果補語や、量的な表現を付け加えな ければならない。そこで、中国語の動詞には 結果補語、動詞の重ね型や、動量詞などが盛 んに使われるのである。 また、言語の分類からいうと、中国語は「孤 立語」(isolatinglanguage)で、単語そのも のは実質的意味のみを持ち、単語がまったく 語形変化せず、文法的機能は語順によって果 たされる言語である。しかし、日本語は「膠 着語」(agglutinatelanguage)といい、実質 的な意味を示す独立の単語に、文法的な意味 を示す形態素が接着して、文法的機能が果た される言語である。それに対して、英語は「屈 折語」(inflectionallanguage)であり、単語 の実質的な意味を示す部分(語幹)と文法的 な意味を示す部分(語尾)とが、分離できな いほど密接に結合し、単語そのものが文法的 機能を果たす言語である。日本語は膠着的言 語であるが、動詞の語尾変化があるところは 屈折的言語と似ている。以上の比較からいう と、日本語と英語では、単語そのものが語尾 変化によって、文法的な機能を果たすことが できるが、中国語の動詞のようなものは、動 詞の後に終了の局面を表せる補語や、量的な 表現を付加しないと、文法的な機能を果たせ なくなり、中国語の動詞には完結性を表す補 助的な要素を付け加えるのが中国語の構文的 な特徴だと言える。 21動詞の後に目的語をつける (2)a*清把那本拍姶。 b清把那本拾拾強。(その本を私にく ださい) 2.2アスペクト助詞「了」、「着」などをつける (3)a*把迭ノト莱果吃。 b把迭/H乞果吃工。(このリンゴを食 べてください) (4)a*別硝。 b別鏑萱。(横にならないでください) 2.3補語をつける (5)a*休姶我岾。 b休姶我岾圧。(待ってください)(結 果補語) (6)a*他胞了宿舎。 b他胞凹了宿舎。(彼は宿舎に走って 帰った)(方向補語) (7)a*我Ⅱ斤|董休的活。 b我|リT工|董休的iiIi。(あなたの言って いることを聞いてわからない)(可 能補語) (8)a*我毎天llm恨晩。 b我毎,天脈得恨晩。(私は毎日遅くま で起きている)(様態補語) (9)a*晴等。 b清等一ニヒ(-会)L)。(ちょっと(し ばらく)待ってください)(数量補語) c晴等10分神。(10分待ってくださ い)(数量補語) d清等笠。(待ってください)(数量補語) 結果補語などによる結果状態は、動詞がそ の状態に至るという限界点を示しているので ある。数量補語(動量補語、時量補語)を与 えるというのは動詞に量的な限界点を設ける ためである。以上の用例の中に特に(9)のdの 動詞の重ね型の用法が一番学習者を悩まされ ていると言えよう。ここでは数量補語の動詞 の重ね型について重点を入れて考察する。 2中国語の動詞の後続形式 中国語はアスペクト中心の言語である。動 詞述語の後に限定された(つまり計量された) 目的語があれば、完了を表す印がなくても完 了として解釈される場合もある。また、中国 語には、動詞にくっつく接尾辞がたくさん あって、それらがアスペクト的な価値、或い はアスペクト的な価値と時間との価値との組 み合わせを言い表している(Comriel976:訳 書202ページ)という指摘もある。 -22-
3動詞の重ね型 3.1先行研究についての検討 中国語の動詞の重ね型についての研究は数 が多いが、主ないくつかを次のように紹介す る。 王述1963は動詞の重ね型の基本的な意味 は「動作の一部を表し、少量的で永久に持続 するのではないが、しばらく持続することを 要求する」(p24)と述べ、また、「重ねられる 動詞の中に「~してみる」の意味を表す動詞 が最も多く、何回も行為を行うという意味を 表す動詞はかなり少なく、-回きりの行為を 表す動詞は一番少ない」(p25)と述べている。 李人壌1964は動詞の重ね型の基本的な意 味は「動作を行う時間が短いとか、動作を軽 減したとか、或いは「~してみる」というよ うな意味を表すのではなく、不定量を表す」 (p260)と主張する。季の考えは今までの研 究と少し違い、進歩的であるが、しかし、動 詞の重ね型の基本的な意義を「不定量」だけ にとどめてしまうと、動詞の重ね型の派生的 な用法についての説明が不十分になる。 萢方蓮1964は動詞の重ね型の構造につい ては、「動詞と量詞との組み合わせ」(p264) だと主張する。動詞の重ね型の意味一「V (一)V」の意味については、箔は二分類し、 定量、すなわち動作は「一回」の意味を表す 場合と不定量(動作の量、時間の量)を表す 場合があるという(pp274-275)。動詞の重 ね型はまた、「~してみる」、椀曲の語気、あ る期間内における動作・行為の反復を表し、 経常性を表すという。 以上をまとめると、これまで、動詞の重ね 型の表している意味は「~してみる」、「穏や かな命令」、「ちょっと」であるというような 形式的な記述と意味的な記述がかなり試みら れている。しかし、もし、以上の解釈に基づ いたら、説明できない文がある。 (10体好好看看,迭是不是作的?(あなたよ く見ていてください。これはあなたの ものかどうか) 「好好」は副詞で、強調の意味を表して、「看 看」の「ちょっと」という意味と明らかに矛 盾している。 今までの動詞の重ね型についての意味は辞 書的な記述に過ぎず、その間の関連性は明確 ではない。それら個々の意味は本稿の分析で は、動詞の重ね型の本来の意味であるという より、コンテクストに依存する意味だと言え よう。 本稿は動詞の重ね型を「VV」、「V-V」、 「V了V」、「V了一V」というの四つの形') に絞って考察する。 3.2動詞の重ね型のプロトタイプ的な意味 中国語の動詞の重ね型では同じ動詞を二回 繰り返すことは、語気的に強調するというイ コン性の原則が働くので、「量」の多いことを 表すはずである。ここで、新たに中国語の動 詞の重ね型の表している意味は「文脈の意味 十動詞そのものの意味十a」であると提案し たい。0というのは動詞の重ね型が文法的な マーカーを表し、「不定量」で、前の動詞の補 語として文法的な働きをすると考えられる。 その場の動詞の重ね型の意味はまた、その文 における具体的な文脈によって決まる。そこ で、文脈と修飾語によって、動作の回数、動 作の量が多かったり、少なかったりすること が可能になるのである。 (11)動詞の重ね型のプロトタイプ的意味一 「不定量」で「部分完了」を表す アスペクトの立場から言うと、動詞の重ね 型は、動作の始発局面を持っているが、終了 局面ははっきりしない。そして、始発と終了 の間の動作の量は不定であるため、「部分完 了」という特徴を持つことになる。「部分完了」 とは、動作が部分的に行われ、行われている 量は不定で、ある段階(終局点)までは終了 するが、目標点(goal)2)まで達したかどうか は、関与しないということである。言い替え ると「部分完了」は事象の内部完了で、全体 は不定の量を表す。単独の動詞の場合は動作 の起点のみがあって、持続的で、その動詞は 量的に無限な存在になっているのである。重 ねた動詞の「不定量」と単独の動詞の無限量 -23-
「把」構文との関連について少し考えてみる。 「把」の目的語は、従来から「特定」でなけ ればならないと言われてきた。(18)のa、bの目 的語は特定したものなので、自然な文になり、 cの目的語は不特定なもので、「把」との共起 は認めない。 (18)a我把迭(一)件衣服換換。(この一枚 の服を着替える) b我把衣服換換。(服を着替える) c*我把一件衣服換換。(一枚の服を着替 える) 以上、「把」構文の特徴は仮説('7)を支持して いると言える。 32.2動詞の重ね型は「部分完了」である 中国語の動詞の重ね型は「部分完了」を表 す。「部分完了」とは、動作は部分的に行われ、 行われている量は不定で、ある段階(終局点) まで終了するが、目標点(goal)まで達した かどうかは、関与しないということである。 つまり、結果を明確に表せないのである。 (19)aEMU我修了修,修好了。(テレビは 私が修理したが、直った) bEMl我修了修,没修好。(テレビは 私が修理したが、直らなかった) 「v了v」によって表されている動作は文脈 により、aのように目標点まで達している場合 と、bのように目標点まで達していない場合が あるが、動作自体を一段落とすると、部分的 に完了したこと、つまり「修理(修理する)」 という動作がある段階まで終了したというこ とは確かである。 動詞の重ね型の終局点は動作・行為の実行 者の主観によるものであると考えられる。動 詞の重ね型は主体の意志・感情的心理を示す (鵜殿1977:26)。つまり、動作の行われる量 はその動作.行為を行う人の意志によって決 まるのである。 (20我累了,想休息休息。(疲れたので、ちょっ と休みたい) Cl)麻炊休帯我看看行李。(お手数ですが、 ちょっと荷物を見ていてくれますか) ⑫,吃完晩板后,他去散了散歩。(晩御飯の と比べれば、相対的に「少量」という認識が でるのである。 3.2.1動詞の重ね型の意味は「不定量」を表す 動詞の重ね型が「不定量」であることは次 の例文から裏付けることができる。 (12)*他看了看一本柏。(彼は一冊の本を読 みに読んだ) 動詞の重ね型はすでに「不定量」を表して いるため、(12)のように目的語に更に「定量」 的な表現「一本柏(-冊の本)」をつけると意 味的に矛盾することになる。つまり、動詞の 重ね型の目的語は数量詞の修飾を受けること ができないからである。 ここで次のような仮説を立てることができ る。 (13)動詞の重ね型と数量詞は共起できない 動作を行うためには、ある程度の時間の幅 を要する。動詞の重ね型が「不定量」を表す 以上、漠然とした時間副詞や反復的な時間副 詞とは共起できるが、限定した時間副詞とは 共起できない。例えば、 (14)星期天准各在家看看柏,打扣打扣Ⅱ生。 (日曜日は家で本を読んだり、掃除をし たりするつもりだ) (15)*我用一/M、吋看看拍,打拒1打打Ⅱ生。 (私は-時間で本を読んだり、掃除をし たりする) 漠然とした時間副詞「星期天(日曜日)」は 動詞の重ね型と共起でき、限定した時間副詞 「一十小吋(-時間)」は動詞の重ね型と共起 できない。 しかし、非文である(15)の文に対して、次の ように動詞の重ね型の数量詞の前に指示代詞 をつけると、また適格な文になる。 (16)他看了看送一本柏。(彼はこの-冊の本 をちょっと読んだ) よって、(13)の仮説の上で、次の仮説を立て ることができる。 (17)動詞の重ね型の目的語は数量詞の修飾 を受けるならば、その目的語は「特定 (definite)でなければならない 仮説を検証するために、動詞の重ね型と -24-
後、彼は散歩に行ってきた) 一人称の意図的動作については、話し手は その始まりから終わりまで自覚的に遂行して いるはずだから、一人称であれば、話し手に 動作・行為の一部始終についての知識がある ことを意味する。二人称に動詞の重ね型で依 頼するならば、動作・行為を行う最大の選択
権(動作・行為をどこまで進行するか)を相
手に渡すことになり、丁寧な依頼になる。三 人称の「散了散歩(散歩をした)」の動作・行 為をどこまで行うかは、「他(彼)」の意志・ 主観によって決まると言える。動詞の重ね型は「不定量」、「部分完了」を
表すというプロトタイプ的意味から派生し て、次のような意味を表すこともできる。 3.3動詞の重ね型の派生的な意味 ⑬動詞の重ね型の派生的な意味一動 作・行為の持続・反復・試すという意 味を表す 3.31動作・行為の反復を表す 動詞の重ね型は動詞を二回繰り返すことに よって、その動作・行為は持続・反復され、 非限定複数の行為であるということを意味す る。 反復と言っても、事象のどの部分に反復が 認められるのかという点について、山田小枝 (1984:139)は次のようにまとめている。 a行為の主体が交代する b客体が交代する c活動またはできごとそのものが反復する 中国語の動詞の重ね型の反復はb、cの現象 が見られる。それぞれの例を挙げる。 ⑭我去一下liI11所,清作帯我看看行李。 (ちょっとトイレへ行ってきます。荷物 を見ていていただけませんか) (2,他点丁点共。(彼は頷いた) (20明天我想去地里抜抜草。(明日畑へ草刈 りに行きたい) ⑰最近就看看屯影,没干什△。(最近映画 を見るだけで何もしていない) ⑱休猜猜看。(当ててみて下さい) 以上のように動詞の重ね型による反復は複 数の動作による行為全体の反復(⑭、(2,)と、複数の目的語による行為全体の反復((20)、活
動またはできごとそのものが反復する(⑰、
⑱)に分けることができる。 3.32動作・行為が持続である場合 継続する行為を表す動詞を重ねると、それ は「短い時間」を表している(苑1964:274- 275)という指摘があるが、本論文の主張で 説明すれば、「短い時間」を表すというより、 やはりその動作が部分的に持続する動作の量 を表すと考えることができよう。例えば、卿作休息休息'1巴我自己米。(あなたは休
んでいてください。わたしは自分でや ります) COのように「休息」を重ねると、個別的な 動作というよりも連続的にみえ、持続`性が目 立つのである。 動詞の重ね型の「部分完了」の意味が具体 的にどう解釈されるかは、動詞の語彙的意味 の性格によって異なっている。動詞には状態 や継続する行為を表す継続動詞と、一回的な 行為を表す瞬間動詞とが存在するが、それら については、次のような特徴が見られる。≦ねた動詞|::::!:#:::
動詞だけを問題にするならば、動詞が瞬間 的か継続的かの違いにより、重ね型の表す意 味は違うのである。 アスペクト的には、行為の持続は心理的に いくつかの時間単位でそれを区切ることが可 能で、意味的に「反復」と繋がっている。反 復すること自体は継続的でもある。個々の「部 分完了」した動作・行為が複数回反復される ことにより、いわば点が複数個集まって、線 になるといった形で持続的な状況を生じるこ とができるのである。これは事象の反復に よってもたらされた持続である。繰り返し行 われる行為だけを取り上げた時、不均等な間 隔は捨象され、全体としては連続した線の概 念で捉えられる。持続は反復によって持続の 性質を得ており、小さい動作・行為の集合に -25-が丈夫かどうか) 帥の「送送(送る)」はその動作がいくつか の終局点を持つことが可能なことと、剛の「捧 捧(投げる)」は何回か投げられる可能性があ るということで、両方とも「反復」の意味を 表す。ただし、60には「~してみる」の意味 がないが、Cl)にはある。つまり「~してみる」 の意味を表すために、動詞の重ね型の後に「~ 看、~i式i式」を付けるのである。逆から言え ば、動詞の重ね型の後に「~看、~i式拭」が つけられる文は「~してみる」の意味を表す のである。 動詞の重ね型の後に「~看、~拭拭」があ る時、確認したい事態は主体にとって、望ま しい場合と望ましくない場合の二つがあると 考えられる。望ましい場合は動作・行為の実 行を要求するが、望ましくない時は、事態の 実現が不可能か、或いは事態の実行を要求す るのは主体の本音ではないというのを意味す る。次の例文を参照されたい。 8,伯〈走走i式i弍看迭双畦合脚不?(歩いて みてください。この靴は足に合うかど うか) ㈱作|]'1他ルLIZ咳子,他就知道倣母奈的|↑ 突了。(彼に子供を生ませて見よう。そ うしたら、母親の苦労が分かってくる だろう) 例迭/HIH|〈敢逃?作近近,不把|i〈義出来。 (この玄関に入る勇気があるの?入っ てみろ!追い出されるに違いない) ㈱の例は「靴が足に合うかどうか」という 結果を知るために、聞き手に「履いて、試す」 という行為の実行を要求するのである。卿は 実行不可能なことを相手に要求することによ り、脅しの効果が出る。剛は相手に実行して もらう行為は本当は話し手がその実現を望ん でいず、もしこういう行為を実行すれば、こ んな悪い結果を引き起こすと警告・脅しの効 果を狙っているのである。 よって全体の「過程」的な動作・行為が成り 立っているのである。 中国語の動詞の重ね型は「不完了」である ようにみえるが、実はComrieの言っている 「不完了」とまた違う性格を持っているため、 ここでは、「部分完了」と名付けた。「部分完 了」は動作全体の中の-部を完成するのがも ともとの意味で、終局点までの持続や反復を 表す。また、反復とは限界づけられた事象の 外部への延長であるため、「部分完了」と意味 的に融合するのである。「部分完了」は事象の 内部完了で、全体としては不定の量を表す。 ただし、話し手の意志、或いは文脈により、 たまたまgoalまで完成することも有り得る。 だが、それは動詞の重ね型の基本的な意味で はなく、「部分完了」と矛盾しない。 3.3.3動詞の重ね型と「~看、~i式i式」(~し てみる) 森田良行(1989:1104)によれば、「~し てみる」は意志`性の動詞と結び付けば、「実験 的試みの意図」を表す。つまり、動詞を二回 繰り返すこと白体に意志性が潜んでいて、「~ してみる」があれば、「試す」を意味するので ある。「~看、~i式拭」が使われる時、動作を 一回で完成させるのではなく、途中で失敗し て、同じような動作が何回か繰り返されるこ とが予想されている。「~看、~i式拭」はその 動作を-回で成功させ、終わらせる意味を 持っていない。或いは、最初から動作を完成 させるとは言わないのである。動詞の重ね型 の持つ反復と部分完了という意味は「~看、 ~i式i式」の表している意味と矛盾しない。そ こで、動詞の重ね型は「~看、~i式i式」と意 味的に互いに相いれる関係にあるため、動詞 の重ね型の後にもし「~看」と「~i式i式」を つけると、「~してみる」の意味が出てくるの である。 当然、動詞の重ね型はすべて必ずしも「~ してみる」の意味を表すというわけではない。 CO我送送休。(私はあなたを送りましょう) Cl)休捧捧看.迭十杯]二2ili笑不と吉笑。(あな たは投げてみてください。このコップ -26-
4動詞の重ね型と依頼文 4.1先行研究の紹介と問題の提起 重ねる動詞の主語は第二人称である時、動 詞の重ね型は語気を緩和する働きを持ってい て、中国語で腕曲的に礼儀正しく命令或いは 依頼を表す重要な手段であるCdll983:10)と されている。しかし、このような観点を語用 論的な立場から検証すると、説明できない文 がある。 細作除升眼晴看看1是我イ「]扇了,述是伯〈 イ「]扇了?(あなたは目を開けて見なさ い。私たちが勝ったのか、あなたたち が勝ったのか?) もし鯛を敵に向かって言っている場合な ら、明らかに、「穏やかな命令」という意味に は取れない。 次の文は恐らく話し手が相手に丁寧に自分 の意思を伝えようと思っているつもりで発話 した文であるが、これも非文である。 ㈱*老人各it我米升升'1巴。(お爺さん、私 が開けましょう) なぜ命令・依頼表現には動詞の重ね型がよ く使われるのか、なぜ動詞の重ね型が丁寧さ を表せるのかについては十分に説明されてい ない。よって言語学の観点から言葉の形式と 意味の動機に基づく体系的な規定が必要であ る。本論文は以上の動詞の重ね型の意味分析 に基づいて、語用論の立場から命令・依頼表 現における動詞の重ね型について改めて考え みる。 4.2動詞の重ね型はなぜ「少量」が表せるのか 動詞の重ね型の意味を「動作の量」を表す という観点から捉える説がいくつかある。 ①「少量」説:池(1964:274)、王(1963: 24-25)、ヤーホントフ(1957訳書: 175ページ) ②「動作の強化」、「動作の弱化」説:ドラ グウノーフ(1952:115-116)、王(1963: 23-24) ③「動作が持続する時間が短い、行う回数 が少ない」説:王(1963:23-25)、訓 (1983a:9)、苑(1964:264) ④「不定量」説:李(1964:258) 通時的に見ると、上古中国語の動詞の重ね 型の表している意味は「只表示幼作的錦延、反 夏或久代」(動作の継続・反復或いは永久的な 意味だけを表し)、「幼作的M寸和少量是唐以 后オ11」現.元明以后オ友展7'二的」(動作が短い 時間、少量を表すという意味は唐時代以後に 現われはじめ、元、明時代以後から発展して きたのである)(李1998:21)。つまり、最初 の動詞の重ね型はイコン性の原則を守り、だ んだん時間が立つにつれ、動詞の意味特徴に より「少量」という意味も現われるようになっ たのである。 事象の生起は一回の生起が普通であって、 反復は特殊現象であるという認識が働いてい るから、一回生起は意味的に無標、複数生起 は有標だと言える。イコン性の観点から、動 詞を二回繰り返すということは、つまり表現 効果のために反復し、反復による強調が聞き 手を驚かしたり、印象づけたり、あるいはそ の興味を掻き立てるというような何らかの修 辞的価値を持つのである(Leechl983:95- 96)。しかし、中国語の動詞の重ね型は「少 量」を表すという言い方はもう周知の通りで ある。だが、何に対して「少量」であるかは まだ説明がなされていない。 アスペクトの観点から考えれば、重ねてい ない動詞は動作の起点のみがあって、持続的 で、もし継続を示す修飾表現や、動詞に結果 や量を表す言葉がなければ、その動詞は量的 には無限な存在になってしまうのである。重 ねた動詞は「部分完了」、「不定量」を表すが、 主体の意志によって、「不定量」は「定量」に 変わることが可能である。つまり、目標点ま で着くかどうかは主体次第である。人間の物 事に対する認知の仕方、人間の直感から言う と、重ねていない動詞の持つ無限な量と比べ、 相対的で有限な量のほうが少ないはずであ る。もともと動詞と動詞の間に「-」があって、 最小限の数だということを表し、「少量」とい う意味に繋がりやすい。また、イコン性の観 点から考えると、言葉の重複は「強調」とい -27-
時、どこまでやってもらうかを具体的に指示 しなければならない。語用論的にいうと、同 じく「他者に対する負担を最小限にせよ」(同 上)という気配りの原則から、㈱のaは相手 に依頼している行為をゴールまでしてもらう のではなく、相手のできるところまでよいと いうことで、押し付けがましくないような言 い方である。相手に行為を実行する選択の余 地を与えることにより、丁寧さがあり、依頼 文でよく使われているのである。bの「汗宙戸」 は動作の「汗」という行為だけを表して、終 局点がないため、相手に依頼している動作が ずっと永遠に続くということになる。これは 気配りの原則に違反し、日常的にはまずこの ような頼み方はしないと考えられる。もし、c のように完全に開けるまでしてもらうように 明確に指示したら、言える。しかし、目標点 まで相手に行為を要求するということは、要 求内容をストレートに述べているため、相手 にかける負担が大きく、しつこい依頼と受け 取られるのである。aは言葉で明示的に相手に 目標点までの行為を要求していず、依頼して いることをどこまでしてくれるかは、相手に 任せる態度で、相手に最大の選択を与え、ぼ かした表現で頼むため、間接的な表現になり、 結果的に語調緩和の効果が得られるのであ る。aはcより相手にかける負担が小さく、丁 寧度が高いのである。 相手に依頼をする時、相手にかける負担を 最小限にするため、動詞を重ねるのである。 相手のために何かをしてあげる時、最大の利 益をあげなければならない時、動詞を重ねな いのが普通である。 4.4まとめ 命令というのは、未来(話の時点より後) に現在と異なった動きが成立することを要求 するものである。中国語では相手に丁寧に命 令する時、動詞の重ね型を使って、要求して いる動詞の動きは「はじめ」があって、「おわ り」を持っていない。動詞の重ね型というの は、話し手自身が「おわり」のある「うごき」 を相手によって、実現してもらいたいが、敢 う特徴を持っているので、動詞の重ね型はま た「動作の強化」とも理解されやすい。しか し、それらはすべて人間の思い込みで、動詞 の重ね型は「少量」でもないし、「動作の強化」 でもなく、現代中国語で文法的なマーカーの 一つに過ぎないと言えよう。 言葉の形式と意味は、外部世界の知覚や認 識に基づいて作られている認識モデルによっ て動機づけられている。よって、以上のよう に重ねていない動詞の表す「無限の量」と比 べれば、重ねた動詞の「不定量」のほうが、 量的に少ないことにより、語用論的な立場か ら、依頼表現における動詞の重ね型を説明す ることが可能である。 4.3語用論の観点から見た動詞の重ね型 前節での議論をふまえて、先にあげたCOの 例がなぜ容認度が低いのかについて考えみよ う。 もし、㈱の言い方をG7)のように変えたら、 自然な文になる。 G7)老大苓辻我来升Ⅱ巴。(お爺さん、私が開 けてあげましょう。) なぜかというと、対人関係における丁寧さ の原則には「他者に対する利益を最大限にせ よ」というLeech(1983:訳書190ページ) の気配りの原則に従えば、相手に利益のある ことを提供することは、目標点まで責任を 持って行為を実行することを意味する。とこ ろが、重ね型は「部分完了」であり、目標点 までの実行をはっきり表していないので、相 手に最大の利益を提供しないことになって、 丁寧さの原則に違反することになる。よって、 鯛は容認度が低い。⑰のように動詞を重ねず に、完全にゴールまで利益を提供するのが常 識である。 綱a麻炳伯〈帯我升升置「戸。(すみませ ん、窓を開けてもらえますか) b?麻炳休帯我升箇戸。(すみません、 窓を開けてもらえますか) c清作帯我把薗ノコ打升。(すみませ ん、窓を開けてください) 中国語では、相手に動作・行為を依頼する -28-
王:中国語教育における動詞述語の扱い方 えて言葉に明示的には出さず、「おわり」の部 分を決める権利を相手に与え、相手にかける 負担を軽減することで、丁寧さを増すのであ る。動詞の重ね型は、「はじめ」と「おわり」 を持つ動詞の依頼文と比べれば、終わりまで やってもらうという意図をはっきりと言語表 現上で明示しないため、相手にかける負担が 量的に少なくなり、丁寧さの原則に従い、相 手に依頼する時の一つのストラテジーとし て、よく使われる。はっきりした動作の量で はなく、漠然とした依頼は結果的に間接的な 依頼であって、丁寧さの効果が出るのである。 中国語で動詞の重ね型を用いて自分の「欲」 を表に出さずに、しかも相手に最大の選択権 を与えるのは、中国語の丁寧な依頼文の一つ の特徴だと言えよう。
鞠顕鶴溌瀦蕊
的等r脈持に本し量ての果ねでつる作にい・出控発しは持あ分識て
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具Ⅲこて意依もが本にるく手、多有多てらでをねっよる働ジ以すに。
。Ⅱ る いうとすはのいの相でががにえも卜欲重よめあうテ対けう 5数量補語に関するまとめ 動詞の重ね型は中国語では主に命令・依頼 表現に使われているが、言葉そのもののイコ ン,性が保たれている。中国語の動詞の重ね型 は何かの意味を表すというより、一つの文法 的な手段として使われていると考えられる。 中国語の動詞は結果まで含意しないため、単 純動詞の後の補助成分が非常に発達する。話 し手が相手に指示を出す時、動作・行為に関 する結果或いははっきりした量まで限定しな いと、話し手の指示が不明になる。動作・行 為に関する量的な表現がいろいろあるが、不 定量を表す動詞の重ね型はその中の一つであ る。 数量補語として中国語の動詞の後につけら れる数量的な表現は以下のようにまとめるこ とができる。㈱動詞F誓量,多量少量…,
「少量」を表すには数量詞「一下、-会几」 が使われる。「定量」というのは具体的な数量 のことである。「不定量」は「量」的に多いか、 少ないかは決まっていないのである。ここで は特に動詞の重ね型によって表現されてい く注> 1)動詞の重ね型にはどんな形式があるかとい うのはまだ決まった定説がない。例えば、李 (1964:255)は「AA」(Aは動詞であるこ -29-とを意味する)と「ABAB」だけを動詞の重 ね型だとみとめ、池(1964264)、劉(1983: 9)、王、隼(1991:425)、毛(1985:34) は「VV」、「V一V」、「V了V」「V了一V」 の四つのタイプを動詞の重ね型だと言ってい る。本論文は後者の分類を採用し、動詞の重 ね型は四つのタイプがあると考えているが、 「VV」と「V-V」、「V了V」「V了一V」 の間に意味的な違いがあるのを認めながら、 「VV」と「V了V」の二つの形に絞って考え てみる。 2)ここでの「目標点」と「終局点」は山田(1984: 75)の観点を参考にしたもので、本論文での 目標点とは、事象が完成したと言える点のこ とであるのに対して、終局点とは任意の点で 動作を終わらせた場合の点のことである。 Levinson,S、1983:PragmaticsCambridge :CambridgeUniversityPress.[安井稔・ 奥田夏子(訳)1990『英語語用論』研究社 出版]・ 李人塁1964「矢]ZMJ1同重:桧」『中I1ili吾又』及 419],255-263. 文||月隼1983「幼阿重畳的表込功能及口I重畳幼 M的萢Ijil」『中国i吾文』第1期,9-19. 毛修敬1985「幼同壇替的i吾法性辰隅法意又和 造句功能」『中国研究」第2期,34-41. 宮島達夫1994『語彙論研究』むぎ書房刊. 森田良行1989『基礎日本語辞典』角川書店. 高橋太郎1994『動詞の研究一動詞の動詞 らしさの発展と消失一」むぎ書房. 高橋太郎1976「すがたともくろみ」『日本語 動詞のアスペクト』金田一春彦(編)むぎ 書房,117-154. 鵜殿倫次1977「動詞重畳と意図」『中国語学』 224,20-30. Vendler,Z1967:LinguisticsinPhilosophy、 CornellUniversityPress Lli述1963「動詞重譽」『中国済又」第1期, 23-25. -1;希撫・イド玉明1991「t色双音捕幼ii1的重緯性 及其i吾)H制約性」『中lIEIiiLi文』第6期,425-430. 王力1955『中国語法理論」上海,商務印書館. 王志英2000「中国語の動詞の重ね型の意味に ついての再検討」『中国語研究」第42号, 23-41. 正志英2001「命令・依頼表現における日本語 と中国語の対照研究」博士論文,京都大学大 学院. 山田小枝1984『アスペクト論』三修社. ヤーホントフ,CEl957『中国語動詞の研究』 [橋本萬太郎(訳)1987白帝社]. <参考文献> Brown,P&S・CLevinsonl987[1978]: Politeness・Somenuniversalsinlanguage usage、Cambridge:Cambridge UniversityPress Comrie,B1976:Aspect、Cambridge UnivercityPress[山田小枝(訳)1988『ア スペクト」むぎ書房]・ ドラグウノーフ,AA1952『現代中国語文法 の研究(1)品詞論』モスクワ・レニングラー ド,ソ連科学アカデミア出版局. GareMH.G,1957:I1Verbalaspectin French'1Language,vol33,91-110. 春木仁孝1992「時制・アスペクト・モダリ ティー」大橋保夫(他著)『フランス語とは どういう言語か』駿河台出版社,143-168 萢方蓮1964「試論所謂“動詞重畳,,」『面附得 文」第4期,264-278 Leech,G・N1983:PrinciplesofPragmatics・ London:Longman.[池上嘉彦・河上誓作 (共訳)1987『語用論』紀伊国屋書店] -30-