アジ研ワールド・トレンド No.182 (2010. 11)
56
本
書
は、
二
〇
〇
八
年
度
と
二
〇
〇
九
年
度
に
実
施
し
た﹁
開
発
途
上
国
の
障
害
者
と
法
法
的
権
利
の
確
立
の
観
点
か
ら
﹂
研
究
会
の
最
終
成
果
で
あ
る。
本
研
究
は、
ア
ジ
ア
経
済
研
究所では二〇〇五年度から取り組みが
始まった
﹁障害と開発﹂
研究において、
主として法学的な視点から貢献しよう
とするものである。本研究の背景にあ
る﹁障害と開発﹂研究については、二
〇〇八年に最初に刊行された森壮也編
﹃
障
害
と
開
発
︱
途
上
国
の
障
害
当
事
者
と
社
会
︱﹄
︵
研
究
双
書
No.五
六
七
︶
を
参
照
されたい。
﹁
障
害
と
開
発
﹂
研
究
も
緒
に
つ
い
た
ば
かりの分野であるが、さらに開発途上
国の障害問題を法学的な視点から研究
す
る
も
の
は
国
内
外
と
も
に
稀
少
で
あ
る。
そのため本研究会の委員は、障害分野
は初めてであるものの現地の法律と言
葉に精通しているアジア法を専門とす
る研究者と﹁障害と開発﹂やアジアの
障
害
当
事
者
運
動
に
造
詣
の
深
い
研
究
者・
実務家によって構成され、研究は両者
が協働する形で進められた。
その結果、
研
究
会
で
の
議
論
と
現
地
調
査
を
と
お
し
て、
各章とも現地の
法制度、
法文化、
障
害
当
事
者
の
動
向
を
踏
ま
え
た
論
考
と
す
ることができた。
二
〇
〇
六
年
一
二
月の国連総会で採択された障害者権利
条約は、障害者も非障害者と同様の基
本的人権を享有することについて国際
社会のコンセンサスがまとまったこと
を示しており、障害分野における権利
に基づくアプローチ適用のための明確
な拠り所をもたらした。アジア太平洋
地域ではこれまで国連の動きに呼応し
て障害者立法の整備をはかる国があっ
たが、従来これらは義務的ではなかっ
た。障害者権利条約の成立前において
も制定過程の議論が国内法制に影響を
及ぼしてきたが、障害者権利条約は締
約国の義務として立法措置を求めてお
り、条約に沿った法整備の実施が期待
されている。本書では、このうちアジ
ア
7ヶ国を取り上げ、各国における障
害者の権利確立の現状と課題を明らか
にすることを目的に、新しく制定され
た障害者権利条約に照らし、各国の障
害
者
立
法
の
発
展
状
況
を
考
察
し
て
い
る。
具体的には、現行の障害者立法の全体
構造を明らかにするとともに、①障害
者
立
法
の
背
景
に
あ
る
思
想
ま
た
は
理
論
に、福祉的アプローチから権利に基づ
くアプローチまたは障害の医学モデル
から社会モデルへのパラダイム転換が
あったのか、②非差別原則、合理的配
慮、法の下の平等など障害者権利条約
の主要原則との整合性がとれているの
か、③障害者の権利確立を支える実効
性ある権利救済制度が整備されている
の
か
な
ど
を
念
頭
に
各
国
の
検
討
を
行
っ
た。
本書ではまず障害者権利条約の制定
に合わせて障害者立法を制定・改正し
た韓国、中国、カンボジア、タイおよ
び条約制定前に差別禁止法を有してい
たインドについて国別に検討している
︵第一章∼第五章︶
。韓国は既存の障碍
者福祉法に加えて二〇〇七年に障害者
差別禁止および権利救済に関する法律
を新たに制定、中国は二〇〇八年に障
害者保障法を改正、カンボジアは二〇
〇九年に障害者の権利保護・促進法を
初
め
て
制
定、
タ
イ
は
既
存
の
リ
ハ
ビ
リ
テーション法を廃止して二〇〇七年に
障害者の生活の質の向上および開発に
関する法律︵通称、障害者エンパワメ
ント法︶を制定している。また、イン
ドは障害者法制定から一五年余りの経
験を有し、
豊富な判例を蓄積している。
国別の考察に加え、本書は障害当事者
の視点から第六章でフィリピンを事例
に障害者差別について論じ、第七章で
は障害者権利条約および各国障害者立
法を考察する上で重要なキーワードと
なっている障害者の定義と概念につい
て
マ
レ
ー
シ
ア
を
事
例
に
分
析
し
て
い
る。
各国とも条約の制定動向に合わせ障害
者立法の制定、改正作業を行ってきた
ものの、障害者を権利の主体として捉
え直しパラダイムの転換を果たした国
がある一方、整合性を主張する国にお
いてもそれが表面にとどまる場合があ
ることも明らかとなった。
障害者権利条約はほかの人権諸条約
と比して国内的努力を支援するための
国際協力を重視しており、研究におけ
る協力にも言及している。本研究の課
題として、教育や労働など個別分野ご
との発展や法律の実際の履行・執行状
況についてさらに検証していくことが
残されているが、本書によってわずか
ながらでもアジア各国の知見の共有が
促進されることになれば幸いである。
︵
こ
ば
や
し
ま
さ
ゆ
き
/
ア
ジ
ア
経
済
研
究所法・制度研究グループ︶
小林
昌之
編
﹃
ア
ジ
ア
諸
国
の
障
害
者
法
︱
法
的
権
利
の
確
立
と
課
題
﹄
研究双書
No.五八五
アジア経済研究所
■
小島 道一
■ ■
小林 昌之
■
新刊
紹介