過去・現在・未来、一つの時空における知の共創
The Past, Present, Future,
Co-creative Intelligence in Shared One Space-Time
西尾 留美子 滝田 祥子
Rumiko Nishio (M1) Sachiko Takita, (Ph.D. in Sociology) 横浜市立大学 都市社会文化研究科 (多文化社会論ゼミ) Graduate School of Urban Social and Cultural Studies
Yokohama City University
In recent years, community development and collaboration became a key focal point for scholars and lay professionals in various fields. This paper proposes from the
sociological perspective, how to create <Tsushima> in the future utilizing the concept of co-constructing loop designed by the motivational stakeholders and supporters. If it is left as it is, the city and island of Tsushima will become a city for the Self-Defense Force or for tourists mainly from Korea. We will introduce a method of Action Learning (which we have implemented in Naka ward, Yokohama) to make
action-learner-centered way of future building connecting the past, future in the here-and-now.
はじめに
2015 年 9 月に横浜市立大学国際総合科 学部の社会関係論コース滝田ゼミ3 年(当 時、8 名)は、「在日・平和・戦争~境界の まちで考える」という合宿1最後の目的地で ある対馬を訪れた。ご案内いただいた国際 交流アドバイザー橘厚志2さん(2016 年 6 月 逝去)は、「対馬は自衛隊の島になろうとし ている」とさびしげであったことが強く印 象に残っている。橘さんは「昔、対馬は日本 中に知られていた。僕はもう一度、対馬をそ のような島にしたい」と願い、数十年かけて 1 対馬市の前に大阪府生野区、出雲市、広島 市、福岡市を訪れている 2 対馬市役所助役で定年退職。その後 70 歳 まで活動を続けた。多くの学術関係者が橘氏 数え切れないほどの功績を残された方だ。 朝鮮通信使記念碑を始めとするさまざまな 記念碑の設置、関係資料の保管など、公園の 造成、国際交流の推進、伝統文化の継承など がある。一方近年、対馬市民劇団「漁火」を 立ち上げ、ミュージカル「対馬物語」の原稿 執筆、演出・出演をしていた。長崎や福岡、 東京、釜山でも公演を実施し、公演は今でも 続けられている。この劇団には、対馬の若者 や中学生親子も参加し、ミュージカルを通 して対馬の歴史を学び対馬への思いを深く している。「対馬物語」には、朝鮮出兵から を訪れている。朝鮮通信使の縁地連絡協議会 の立ち上げも発起した。晩年は阿比留文字や 朝鮮語、日本語の言語から日本と朝鮮の関係 を探求。構成 のル ープ 生 成 イ ン タ ラ ク シ ョ ン 分 析 創 起 構成の ループ 生成 イン タラ クシ ョン 分析 創起 構成 のル ープ 生 成 イン タ ラ ク シ ョ ン 分 析 創 起 関ヶ原の戦い、そして朝鮮との友好の証と しての朝鮮通信使を招聘するまでの対馬の 苦悩が描かれている。わたしたちは、それを 観るとき時空を超えて平和の尊さや友好の 意味の深さについて全身で感じとることが できるのではないかというのが橘さんの思 いだった。 過去の事実は今に生きている、また今の 時代から過去が生き返り、未来につながる。 橘さんの思いは、まさに、「みらいらぼつし ま」のコンセプトに託されているように感 じられる。対馬には、観光資源としての自然 や生態系、戦火に焼かれることのなかった 非常に貴重な日本の歴史的資料、韓国に近 いという地理的資源、海幸・山幸の神話の世 界など多彩な資源がある。しかし、対馬はそ のようにあり過ぎる資源を持ちながら、そ れを持て余しているように見える。そこで、 これから至りくる未来を見据えた今という 時空の中で新しい知の創造をすることを考 えたい。すでに存在する知に新しい知を加 えたデザイン知の構成のループ3を創り出 し、それがより良き方向に向かって駆動し 続けることによって、対馬が「また再び、日 本中に知られるような島」になるのではな いかと期待する。ここでは、その構成ループ を駆動させる一つの方法を提案としたいと 思う。
構成のループとは
もの事を解決しようとするとき、そこに は必ず〈問い〉があり〈答え〉がある。その 〈答え〉を探すために、構成のループを駆動 させるという方法を『知のデザイン』の著者 3 諏訪正樹・藤井晴行『知のデザイン』 p.193 である諏訪正樹(知能学者)と藤井晴行(デ ザイン学者)は提案する。構成のループは、 「ことばや図などの記号によって表現され る実際のものごととインタラクションさせ つつ、交互に、逐次的に推敲しながら、つく っていくという探求の基本単位」である。構 成のループは、立てられた問いの対象とな る世界に働きかけ(生成)、その世界と自分 との関係を変化させながら(インタラクシ ョン)、世界への働き方の帰結を確かめ(分 析)、問いを更新しながらこたえの候補をつ くる(創起)ということを繰り返すループで ある4。これは、手当たり次第におこなって 偶然の成功に期待する試行錯誤を繰り返す こととは似て非なるものである。 1 回目 2 回目 3 回目 対馬にしかない資源の活かし方 対馬を「はたらける地域にする」ために何 4 『知のデザイン』p.194 a.生成:働きかけ b.イン タラクション:世界と自分 を変化させる c.分析:働 きかけの帰結 を確かめる d.創起:問いを更新しなが ら答えの候補をつくる(a ~b は時計回りになる) 《図―1 構成のループ》ができるかという総体的な問いは、「対馬が 持つ資源を最大に活用するには何ができる か」という問いに置き換えることができる。 それはメタな問いとしてたつ。その対象と なる世界は、さまざまな資源ある各分野、歴 史・学術文化・食文化・国際交流・自然・生 態系・神話・観光・言語などの各方面にわた る。キーワードとして具体的には、「朝鮮通 信使」「古文書解読」「古事記・神話」「ツシ マヤマネコ」「ヒトツバタゴ」「浅茅湾・三宇 田浜・鮎もどし公園・白嶽・姫神山」「ろく べえ」「コウコ(孝行)芋」「日本語・韓国語 のバイリンガル」など多数ある。これらを先 ずはフィールドごとに分け、各フィールド で、その方面での問いをたてる。 まず具体的に、たとえば、歴史・学術文 化・食文化・国際交流・自然・生態系・神話・ 観光・言語などの各方面に詳しい専門家・住 人たちが、それぞれの知を可視化する。それ ぞれの構成ループにそのコンセプトを表す 仮のキャッチコピーをつけてみる。たとえ ば、「歴史のふるさと、対馬」(A)「国際交 流の玄関口、対馬」(B)「国境の島・観光立 島、対馬」(C)「自然・生態系、そのままの 対馬」(D)「神の里、対馬」(E)「学術のま ち、対馬」(F)「美味しい対馬」(G)など特 徴的なものをあげてみる。このように、呼び 名をつけることでどのような構成のループ ができるか、同じ対馬出身者であれば容易 に想像が可能だろう。このとき各フィール ドでの一体感が生まれ、新しいループを駆 動させるときのパワーとなるだろう。 5 ピーター・バーガー+トーマス・ルックマン 『現実の社会的構成』p.104 自分事としてがっぷりよつに組む 諏訪・藤井両氏はまた、「一人称研究の勧 め」として、研究対象を自分ごととして肌で 感じることが重要だと述べている。つまり、 相撲でいう「がっぷりよつに組む」ことを勧 めているのだ。がっぷりよつに組んで初め てもの事に対して体感を得られるようにな り、自分ごととして捉えることができる。対 馬の各フィールド間には日常的に共有され た自分ごとの知識や経験がすでに存在する。 住人は代々受け継がれてきた知識背景やも のの考え方を持っている。その知識や経験 の中には、自らは気がついていないものも あるだろう。まちの角々に伝えられてきた 風習や膨大な歴史資料の中に発見されるだ ろう今も生きている記憶だ。それは対馬の 人の DNA に染み込んでいる誇りかもしれ ない。しかし、そこに新しい知識や経験が加 わることによって、その誇りを想起し、記憶 を再生し、対馬をより自分ごととして引き 寄せ、がっぷりよつに組んで捉えることが できるだろう。つまり、自らを対馬の豊かな 魅力ある資源と直接的に結び付けられるよ うになり、知識や経験の記憶をそのような ものとして再生させたり、位置づけ直すこ とになるのではないか。 その過程を『現実の社会的構成』5では、 人間の経験全体のうちで意識のなかに保持 されたものは記憶の中に沈殿化する、もし 沈殿化が起こらなければ自分の歩んできた 道の意味もわからなくなるだろうと書かれ ている。そして、複数の人間が同様の経歴を 共有する場合、間主観的な沈殿化が起こり、
共通の知識在庫のなかに統合されるように なる。これが個人の経歴から切り離され、こ とばなどの記号体系に客観化されたとき、 次世代や他集団にも継承されることになる。 先に挙げた、(A)から(G)までのキャッ チコピーは、その記号化によって客観化さ れるようになり一般化し、社会的に通用す るものになるだろう。対馬ではすでに「島お こし」や「域学連携」などの記号化された取 り組みもあり、島外にも通用している。その 過程を図―2に示した。 たとえば、私たちが対馬を訪ねた際に耳 にした「対馬人」とは、地理的に韓国に近く、 韓国(当時は朝鮮)との密な貿易の歴史をも ち、今また密な交流をおこなっている対馬 の住人のことを呼んだもの6であり、それが どの程度客観的に記号化されたものかはわ からないが、記号としての有用性がかなり 高いもののように感じている。 (A)(B)(C)(D)(E)(F)(G) 知識や経験の共有 間主観的な沈殿化 共通の知識在庫として統合される
対 馬 人
《図―2》 6 「対馬物語」に参加していた当時の中学生 が名づけたもの 「中区人」という言葉を生み出した中区プ ロジェクトの事例 イギリスのレグ・レバンスが発案した「対 立を生まない対話」の手法で、チームメンバ ー同士の問いかけによって、目の前の問題 の本質的な姿を精査し、新たに浮かび上が ってきた問題像から、問題解決後のゴール イメージを創造するアクションラーニング という手法がある。アクションラーニング 活用の例として、横浜市立大学多文化共生 社会論ゼミ(滝田祥子研究室)が協力した、 横浜市中区の取り組み「中区多文化共生推 進アクションプラン」をあげたい。アクショ ンラーニングでは、問題テーマに対して対 話をし、行動計画を立て(生成)、実行する (インタラクション)。それを振り返り(分 析)、また新たな行動画を立て(想起)て実 行する。それをゴールまで何度も繰り返す。 横浜市中区は、人口の 1 割強が外国人と いう行政区である。そこでは登録や許認可、 市民の生活状況において、言葉の壁や文化 の違いによってさまざまな課題が日常化し ているとも言える。中区ではすでに、種々の 国際交流イベントや職員と外国籍住民との 対話がなされているが、近年の排外主義的 行動がみられる社会背景もあり、「外国人と 暮らすまち」として共生社会の実現を推進 しようとこのアクションプランを策定した。 滝田はアクションプラン策定のためにアク ションラーニングの手法を導入することを 提案し、実現した。 中区役所ほぼ全課(9課)の職員(各2 名)、 国際局職員、YOKE(横浜市国際交流協会)職員、横浜市立大学多文化社会論滝田ゼミ 生が参加メンバーとして、アドバイザーと して滝田が参加し、学習会 3 回、検討会 6 回を開催した。このプロセスを経て、職員が 今後3 年間で実施する行動計画を作成した。 最も重要なことは、「そうするように言われ るからではなく、そうしたいと思い行動す る」ボトムアップのプランであることだ。 これは、構成のループを駆動し続けてデ ザインゴールまでたどり着く手法に似てい る。つまり、中区の職員がそれまでの知識と 経験を共有し、そこから生まれた新しい知 識や経験は主観的なものだが、そこで個人 の経験などが引き剥がされることによって 各課の知識や経験は客観化され、共生のま ちづくりを進めるための中区全体の知識在 庫として統合され、問題領域の見え方に関 する認知の変化も生まれた。今後この行動 計画を現実・具体的に実施するインタラク ションの段階に進んでいく。 「中区人」は「対馬人」と同様に、外国人 が多いという独特な行政区にふさわしい概 念として生まれた。このメタ概念によって メタループが駆動する、と同時に各課での アクション構成のループも駆動し始めると いうデザインである。
むすび
以上のことを対馬に適用するなら、理想 とする〈対馬〉にするために、対馬の魅力を フィールドごとに類型化し、それぞれの場 でアクションラーニングを使い、構成のル ープを駆動させる。そしてさらに、メタルー プによって全体の統合を調整しながら未だ えない〈対馬〉に近づく。対馬はすでに「島 おこし協力隊」や「対馬学舎」、「朝鮮通信使 縁地連絡協議会」「釜山事務所」など、それ ぞれの〈対馬〉というゴールに向けてアクシ ョンを起こし、前進し始めている。また、さ まざまな小・中・高校の生徒や島外の大学、 学生、社会人などが関心を持って参加して いる。これを機会に全体を俯瞰し、対馬の資 源や知識、経験を主観化/客観化し、イメー ジ(概念)を整理してはどうだろう。そうす ることで、現在の状況において、過去・現 在・未来の時空間のなかで何が新たに必要 で何を維持することが重要なのかを可視化 することができ、新しい〈対馬〉に向けたグ ランドデザインができるのではないかと思 う。すべてのフィールドが、対馬特有の歴史 という遺産と共にある。そのことを筆者に 想起させてくれたのは、橘さんの研究から だったが、「対馬人」という貴重な概念を提 供してくれたのは「対馬物語」に参加してい る当時中学生の M ちゃん。2015 年の合宿 時、韓国から移住したP さんが自らを「韓 国人でもない、日本人でもない」と語ったと き、「それなら『対馬人』だ」と言及したの だ。非常に貴重な概念を提供してくれたこ とになる。その後、橘さんが「これから俺た ちはどう動いていくか・・・若い人たちがこ れ(「対馬物語」)を記憶して、それを将来に どうつなげていくか、とっても大事」と語っ た。 謝辞 本稿執筆本研究にあたり、松井由紀さん、川 辺真由美さんにご協力をいただき感謝しま す。 人工知能学会 市民共創知研究会 主幹 事の白松俊准教授のご配慮に感謝申し上げ ます。参考文献 ・諏訪正樹・藤井晴行『知のデザイン』2015 近代科学社 ・ピーター・バーガー+トーマス・ルックマ ン『現実の社会的構成』1963 訳:山口節郎 ・「中区多文化共生推進アクションプラン」 2017 横浜市中区 ・滝田祥子 パワポ「アクションラーニン グ・セッション」2016 中区多文化共生推進 アクションプラン ・岩下明裕・花松泰倫 ブックレット・ボー ダーズNo.1『国境の島・対馬の観光を創る』 2014 国境地域研究センター ・佐伯弘次 日本史リブレット77『対馬と 海峡の中世史』山川出版 ・仲尾宏『朝鮮通信使~江戸の誠心外交』 2007 岩波書店 ・合宿報告書「ゼミ合宿 在日・平和・戦争 ~境界のまちで考える」2015 横浜市立大 学社会関係論コース滝田ゼミ(当時、3 年生) ――――――――――― 連絡先:横浜市立大学都市社会文化研究科 〒236-0027 横浜市金沢区瀬戸 22-2 E-mail : [email protected] [email protected].