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日本薄型テレビ産業の研究史について

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日本薄型テレビ産業の研究史について

著者

平本 厚

雑誌名

研究年報経済学

77

1

ページ

177-191

発行年

2019-11-29

URL

http://hdl.handle.net/10097/00126896

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研究年報『経済学』(東北大学)

Vol. 77 No. 1 March 2019

【研究ノート】

日本薄型テレビ産業の研究史について

平  本     厚

*  * 東北大学名誉教授  は じ め に 日本のテレビメーカーはかつて 1990 年には 世界のカラーテレビ市場の約 4 割のシェアを握 り,トップに君臨していた(平本 1994 : 4)。 その頃から国内生産は減少したものの海外生産 が拡大し,さらに薄型テレビを発展させて 2000年代半ばにもシェアはなおこの水準を維 持していた。ところが,2000 年代後半に急速 にシェアの低下が始まり,2014 年には 14% に 落ち込んでしまった(電子情報技術産業協会)。 勃興も急速だったが,凋落も同じく劇的な症状 を示したのである。何故,そんなことになった のか,これまで多くの説明がなされてきている。 本稿は薄型テレビを対象にそれらの議論を整理 する作業を行う。 ただ,この作業は,通常の研究史の整理とは 少し性格が違っている。そのことをあらかじめ 留保しておきたい。二点ある。一つは,関係す るすべての議論をとりあげることは到底困難で あるということである。これは,なお進行中で ある現状の,しかも社会的関心の高いテーマに ついての説明の整理であることから,情報技術 革新が進んだ現状では,様々な媒体で議論が行 われていることは容易に想像がつく。それらは 参照可能ではあろうが,すべてを網羅すること は個人の情報処理能力をもってしては不可能で ある。ここでは,学術雑誌や書籍という伝統的 な媒体に限ってとりあげることとする。 二つ目は,そのこともあって,こうした議論 は必ずしもお互いを参照していない,というこ とである。現状の分析によくあるように,互い にどこまで先人が到達したかを参照することな く議論が進められる傾向が強い。こうした議論 にとっては,変化しつつある現状の説明自体が 重要であり,どの程度,先行した考え方に依存 しているのかを示すことにはあまり意味がない からであろう。また,常に対象自体が動いてし まうので,先行する説明には現実的な意味がな くなってしまうと思われることもあろう。そう した意味で,現状では「研究史」が成立してい るわけではないのである。 ここから,そうした議論は時系列で並べても あまり意味はない,ということになる。議論が お互いに参照しながら積み重なって展開してい るわけではないからである。しかし,移りつつ ある現状についての議論であるからこそ,対象 としての現状の推移にともなって議論の性格が 変わっていくという面もある。ここでは,これ ら二つの点を考慮して,まず,対象や問題性の 大きな変遷から大きく時期を区分し,かつ,議 論をその主題や特徴で分類して整理することと した。これまで,この主題にたいしてどんな議 論がされてきたのかを大きく整理して示し,そ のうえで問題点を考えてみたい。 とりあげる議論は 2000 年代からとする。そ

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こから薄型テレビは急速に普及したからであ る。2000 年にはカラーテレビの国内出荷台数 の 96% はブラウン管テレビであったが,2005 年には液晶テレビに抜かれ,2007 年にはプラ ズマディスプレイ(以下,PDP とする)テレ ビにも抜かれて 7% に急落する。2000 年から 約 15 年という対象期間は「研究史」として扱 うには短いかもしれないが,対象の激変と議論 の変転を考慮すればおかしくはない。 議論の対象は,フラットパネル・ディスプレ イ(以下,FPD とする)とそれを用いたテレ ビである。ただし,ブラウン管式を主な対象と していると思われるものも,明示的にブラウン 管テレビとしてはいないものはとりあげること とした。 本稿の特長は二つある。一つは,日本の薄型 テレビ産業の研究史を初めて明らかにすること である。これまで,当該産業の研究はほとんど 先行研究を整理してこなかった。もちろん何ら かの形で先行研究に言及するものも多いが,あ くまで議論を進めるにあたって必要な限りでと りあげているにすぎず,それ自体に関心のある 研究はなかった。 もう一つは,先行技術である,ブラウン管テ レビの技術と産業発展の分析を,議論の時期を 区分し,分類し,整理する際の基準の一つとし て明確に設定していることである。諸研究の整 理といっても,何らかの現実認識がなければ不 可能である。対象自体の認識の程度は当然,諸 研究の整理に影響してくる。本稿は,その点で 平本(1994),平本(2010)などのエレクトロ ニクス産業史研究を踏まえている。諸研究を大 きな歴史的推移のなかに位置づけることができ るという点で,研究史整理としても利点をもつ と考えている。  I  新産業の特質と日本の優位 : 2000 年代後 半までの議論 薄型テレビの急速な発展を先導したのは日本 であった。2004 年の薄型テレビでの世界シェ アは 62% に達した(電子情報技術産業協会)。 当然,当初の議論としては,この新しい技術や 産業の特徴,及びそのなかでの日本の位置が問 題となる。しかし,2000 年代後半には韓国メー カーのシェアが上昇し,首位を奪われてしまう。 台湾メーカーや中国メーカーも台頭する。それ は何故か,という問題が生じるのも早かった。 1-1 新しい技術と産業の特質 ところが,この新しい技術と産業の登場を正 面から分析し,そのなかでの日本の優位の形成 を本格的に分析したものは意外に少ない。

Murtha, Lenway and Hart(2001)は,FPD を対象に,知識によって推進される競争におけ る戦略の諸原則を導き出そうとする議論である が,この新興の産業の勃興と日本の優位のメカ ニズムを分析するものともなっている。FPD 産業の特徴を,知識によって推進される産業 (Knowledge-driven industries)の一つとして捉

え,そこでの競争を左右するのは学習であり, 知識創造プロセスへのアクセスが物理的な資産 の所有より重要であるとする。物理的な製品の 取引というより知識の取引によって特徴づけら れるグローバル経済において,本格的に現れた 初めての産業なのであった。日本からでてきた ことは確かだが,その大量生産を可能にした製 造の基盤は数カ国の企業の共同努力にかかって いたとする。 それではどうしてこの過程を日本が主導した のであろうか。Murtha, et al. は,相互作用や学 習のスピードが速まり,個人や組織の地理的近 接性の利点が重要になったからだ,とする。技 術進歩などの産業発展が圧縮されるので,現場 での直接の観察の利点が増大するし,個人も余

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裕がなくなり,知識を明示していけなくなって いく。しかも,日本には日本語の壁があり,国 内外の知識ギャップが拡大した。 こうした相互作用には競争と協調の両面が あった。ライバル企業で同じようなプロジェク トに携わっているエンジニア達は電話で連絡を とりあい,進捗状況を比較したが,それは誰が いち早くそしてもっとも良い成果を挙げるかの 競争に拍車をかけるものでもあった。競争企業, 部品,材料,装置メーカーとの連携による革新 も重要だったから,企業間の知識のスピルオー バーは避けられなかった。 著者自身が整理しているわけではないが,こ こには二つの論点が指摘されている。知識に よって推進される産業では地理的近接性が重要 であるということと,そのなかでとくに日本で は,構成員の相互交流が競争の激化と協調を同 時にもたらし,また関連産業を通した知識のス ピルオーバーも全体としての進化を加速させた ことである。前者はイノベーションにおける地 理的近接性の意義として研究されてきた論点で あり(Regional innovation system 論など),後 者も日本の企業間競争のあり方やサプライヤ・ システムが革新を促進してきたという議論(平 本 1994,新宅 1994,など)と同様の論点である。 とすると,この議論では,FPD の技術と産 業での日本の優位の形成メカニズムは,ブラウ ン管テレビのそれとそう変わらないように見え る。ブラウン管テレビでは,同じような規模で 同質的な戦略をもつ企業間の競争や特有の企業 間関係から産業としての競争力が強くなったと いうのが日本の優位の構造であった(平本 1994)。後にあげる薄型テレビ研究のなかでも この点を強調する議論もある(西澤 2014)。そ の意味では日本がこの過程を主導したのは,当 然であったように見える。 しかし,ブラウン管とは違う点もあった。 Murtha, et al.は,FPD 産業の特徴を知識によっ て推進される点に求めていた。グローバルなハ イテク産業なのであった。ブラウン管も,もち ろん,科学や工学の発展と関連していたが, FPDの場合は,よりそれが顕著であるといっ て良い。液晶ディスプレイ(以下,LCD とする) でいえば,物理学,化学,電子工学などの広い 学術領域にまたがり,そこでの探求が技術革新 の重要な基盤であったことは既に沼上(1999) が詳細に明らかにしている。 そしてそれは,幾つかの点で産業発展の性格 に違いをもたらしている。Murtha, et al. 自身が 整理しているわけではないが,その指摘をこの 文脈で整理すると次のようである。 第一に,ここでは,大学や個人がブラウン管 のときよりも大きな役割を果している。ブラウ ン管テレビの開発では,大企業の組織された研 究開発活動が革新の主要な担い手であった。個 人発明家が投資家から資金を得て研究開発を進 めることも見られたが,結局,勝利を納めたの は RCA であった(マクローリン 1962 : 241)。 Murtha, et al.は,「FPD 産業の物語は,企業や 国々による知識蓄積の物語なのだが,それ以上 に,個人が協働したりあるいは一人でその知識 を創造する物語なのだ」(p. 35)という。 第二に,Murtha, et al. は,知識によって推進 される産業では,価値創造にはコスト優位や製 品差別化より知識を創造する速度が重要にな る,とする。それは企業の収益性に影響する。 知識は製品革新とプロセス革新の両方に体現さ れるから,連続する製品革新と終わりのないコ スト低下がともに起きる。革新は急速に普及し, 進んだ技術による製品はすぐにコモディティ化 する。したがって利益源泉は傷つきやすく,利 益を獲得できる期間は短くなる。 第三に,企業組織の垂直統合モデルはなし崩 しになる。革新スピードが速く,統合戦略では それについていくことは困難だからである。外 部の専門能力との連携が重要な意味をもち,そ れには競争相手も含まれる。 第四に,産業のアクター間の関係に変化が生

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じる。知識創造のペースが速くなるので競争企 業間に同僚的な関係が出現する一方で,それま で企業の情報を集め企業間の協調を促進してい た業界団体や政府は,現場の情報や知識の蓄積 に遠いので産業変化についていくことができな くなる。 最後に,国際競争の様相も変化する。知識推 進型の産業で後発国が成功するには,最新の技 術を買うことよりは,それを使いこなし学習を する人材の基盤を形成することが重要となる。 韓国の成功はその事例であったとする。 この産業は新しい特徴をもち,その文脈で日 本が優位だったのだという指摘である。 1-2 企業戦略 産業形成を主導した日本の企業と産業につい ての議論は,大方は企業の戦略に注目するもの であった。液晶テレビを主導したのはシャープ であったが,舘澤(2003),柳原・大久保(2004), 長田(2004),宮本(2007),北田(2010)など, おおむね,トップマネジメントの果断な決断, 社内の資源を動員した重点的な研究開発,特異 な企業風土などを指摘する点で共通している。 1998年に新社長になった町田は,2005 年まで に国内で販売するテレビを液晶に置き換えると 宣言し,業界に衝撃を与えた。液晶テレビとい う「オンリーワン」商品で「自前主義」を貫き, テレビシェア第一位を目指したのである。 PDPテレビの主導権を握った松下電器(以 下,松下と略称)にも多くの議論が行われたが, 研究者による本格的な研究は伊丹・田中・加藤・ 中野(2007)である。テレビ事業を担当したの は加藤(2007)で,2000∼2006 年の「中村改革」 でのテレビ事業の変化と成果を問題にする。 2000年に就任した中村社長は付加価値の源 泉であるデバイスの重視と競争優位を確立する ための「ブラックボックス化」を掲げてテレビ 事業でも改革を行った。半導体事業とディスプ レイ事業を統合し,PDP テレビなど重点事業 に経営資源を連続的に集中投入した。PDP テ レビの「世界同時発売・垂直立ち上げ」を敢行 し,大型工場を次々と建設してシェア第一位を 獲得した。この「中村改革におけるテレビ関連 事業での展開は,合理的かつ戦略的であった」 (226 頁)と評価している。 この両社に共通しているのは,企業秘密を保 持して製品差別化で収益をあげようとする戦略 であり,自前主義で統合を強調したものであっ た。この時点ではそれがプラスに評価されてい ることを後の議論との関係では注意しておきた い。 しかし,この新しい技術と産業では,むしろ オープンな知識戦略の方が良いとする議論も あった。Spencer(2003)は,FPD 産業では多 くの企業がライバル企業と知識をシェアする戦 略をとっており,そうした企業の方が革新能力 が高いと論じる。 FPDには幾つかの技術特性があるが,ある 属性を改善する技術を共有しながら他の目標に 評価基準を集中させることも可能である。そう すれば,自社の基準に他を巻き込むことができ, 商業化の前の段階で勝利できるとする。他社を 巻き込むことでその技術の進化が速くなり,関 連ないし補完するような生産物も改善される。 知識を他企業とシェアした方が自社の技術に有 利な制度的環境を形成できると主張する。分析 では,日本企業のイノベーティブ・パフォーマ ンスはアメリカ企業より高く,LCD,PDP,有 機 EL で比較すると,LCD での知識共有度が一 番高い。また,ナショナルかグローバかを比較 すると,グローバルなレベルで知識を共有する 方がパフォーマンスは高いとする。 また,上記のように,この産業では新製品の 寿命が短くなり,利益源泉が傷つきやすい,と いう問題もあった。となると,その短い期間で できるだけ収益をあげようとする戦略も重要と なる。鈴木(2008)は,それを「時間軸の競争 戦略」と名付ける。

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家電のデジタル化は一方で水平分業型国際競 争を促進して日本企業に圧力を加え,他方で新 製品から利益をあげられる期間を短くした。短 期間のうちに如何に収益をあげられるかが問題 となるから,「時間的展開に先行することを意 識的に追求し,そのための組織能力を構築する こと」(24 頁)が重要だとする。松下を事例に, 日本企業のとるべき戦略は「米国企業に広く見 られる水平分業型ビジネスモデルに追随するこ とではなく,統合型ビジネスモデルを堅持しな がらその潜在的組織能力を深掘りし,これを製 品開発と製品供給体制構築における時間軸の先 行性という組織能力に結実させること」だ(19 頁)とする。 1-3 事業の諸機能 : 製品開発,部品取引 こうした技術では,企業活動でもっとも重要 なのは製品開発である。その実態に注目したの は,椙山(2000)である。これはブラウン管テ レビをとりあげたものであるが,半導体技術の 導入など,議論の方向はその後の変化を予見し たような形になっている。 椙山は,カラーテレビの製品開発の特徴を, 自動車のそれを座標軸に明らかにすることを目 的とし,テレビの特徴を,製品開発環境が多様 であること,基幹部品である半導体の技術変化 が速いこと,という 2 点に求める。そうした変 化に対応するには戦略的柔軟性が必要で,その 方法としてモジュラー化に注目する。日本企業 の製品開発の成功を,多様性と変化に対応する 戦略的柔軟性の獲得にみようとするものであ る。 後の研究史との関連でみると,自動車産業を 分析の基準にする,という分析のスタンスと, 分析枠組みとして製品アーキテクチャ論を適用 し,モジュラー化という現象に注目している点 が印象的である。この二点はこの後,多くの論 者に踏襲されていくことになる。ただ,ここで は成功の要因という文脈でのそれである。 後にアーキテクチャのモジュラー化という論 点で強調されていくのは,基幹部品の外部調達 という論点であるが,それはブラウン管時代か ら あ っ た と い う こ と を 実 証 し た の は 善 本 (2004)である。テレビとブラウン管を統合し ている日本企業でもそれぞれ事業は自律的に行 われており,ブラウン管を外販したり,他社か ら購入することは珍しくなかった。製品開発で も,自動車とは違い,「テレビとブラウン管の 2つの事業単位が共同して製品開発における問 題解決に取り組むことは稀」(378 頁)だという。 ブラウン管取引はグループ内取引と外販の集合 体であり,ネットワーク型の供給構造をもって いたのである。 椙山(2000)と善本(2004)は,後に日本企 業の後退の要因として重視されるようになる, アーキテクチャのモジュラー化や基幹部品の外 部調達は実は日本企業が優位だったブラウン管 時代からあった,ということを指摘することに なっている点を注意しておきたい。 基幹部品の外販が行われるとなると,テレビ と基幹部品を統合している企業のテレビ事業側 には不利に作用するようにも思われ,統合企業 は,「可能性としては独自の強みを持つ反面, 難しい問題を抱え込むこともあ」り,「このよ うなことが,デジタル機器分野の代表的日本企 業が苦しんでいる原因の一つになっている」 (50 頁)という見方を生むことになった。その 問題を分析したのが, 原(2006)である。 原は,時計とテレビを対象に,完成品と部 品の統合は,一方で製品差別化に貢献するもの の,他方で部品の外販から完成品のコモディ ティー化を招き,完成品事業の収益力を損なう という「構造的ジレンマ」が生じることを示す。 そこで,二つの選択肢を提案する。一つは,統 合型企業のままでグローバルに勝つ戦略であ り,「世界勝者への戦略」である。もう一つは, 事業をより特化させて他社との連携を組み合わ せる戦略であり,「グローバル・アライアンス

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戦略」である。 同様の視角からテレビ産業自体を対象とした のが,小笠原・松本(2006)である。近年,イ ノベーターの利益獲得期間が短くなって利益獲 得が難しくなっており,とくに完成品志向の強 い日本企業はそれが著しいとする。基幹部品の 企業間取引がいっそう容易になったからであ る。 この,完成品ビジネスとデバイスビジネスの 両者をもつ企業間の競争を「ドメイン・フォー カス」という概念で説明しようとしたのが,松 本(2007)である。シャープは完成品に焦点を あてて製品差別化で成功する「セットドリブン な取り組みの成功例」であり,「サムスン電子は, デバイスドリブンな取り組みの成功例である」 (481 頁)とされる。 1-4 企業間競争 ブラウン管から FPD になり,デジタル化も 進むと,テレビをめぐる企業間の競争の様相が 変わってきたという議論も生じた。 平井(2000)は,ソニーと松下の競争を考察 し,デジタル技術の登場で,それまでの「同質 的競争と差別化競争の反復」という競争パラダ イムに変化が生じた,とする。ハード(製品) とソフト(コンテンツ)の両分野でそれを促進 するような変化が生じ,「デジタル時代では, 家電産業において国内での多数の同質的なライ バル企業群の存在といった業界構造が機能せ ず,もはや産業成長の重要な要因とはなりえな くなってき」(70 頁)たとする。 前述の鈴木(2008)の「時間軸の競争力」で も,それに「勝る企業は,新製品を短いサイク ルで先行投入し利益を獲得し続けることがで き,結果的にシェアを高めて市場の認知度とブ ランド力を高める。逆にこの好循環の後塵を拝 することを余儀なくされた競合企業は急速に シェアを落とし,また製品コストは市場価格の 急速な低下の後追いとなり営業損失が累積しや すく,かくて企業間の業績の明暗が鮮明になり やすい。デジタル情報家電では,アナログ時代 のような同一製品分野で多数の国内企業が長期 にわたって並び合う平和な競合状態は終焉に向 かう傾向にある」(26 頁)と指摘する。 また, 原(2006)の「統合型企業のジレン マ」でも,統合型でグローバルに勝つ「世界勝 者への戦略」が対策としてありうるが,「この 戦略を成就できる会社はけっして多くない」 (69 頁)と指摘する。いずれも同質的競争は終 わりつつあるという指摘である。 ただ,他方で,同質的競争は継続している, という議論もある。中川(2009)は,同質的行 動は薄型テレビでもみられるが,採用する技術 が企業によって異なるのが新しい特徴だとす る。LCD と PDP という,「異質技術にもとづ く同質的な競争は,競争を行う企業の高技術化 を加速させる」(110 頁)と主張する。西澤(2014) も「日本企業の同質的行動と競い合いのメカニ ズムは,液晶テレビというイノベーションに不 可欠な要素であった」(13 頁)としている。こ の点での見解は分れている。 1-5 小括 以上,2000 年から 2000 年代後半までの研究 史を辿ってみて印象的なのは,何故,薄型テレ ビで日本企業は優位にたったのかを正面から分 析したものが案外少ない,ということである。 Murtha, et al.が日本の優位の要因を論じている のはむしろ例外的である。その意味で,対象時 期からは少し外れるが,LCD の技術革新の歴 史と国際比較を本格的に論じた沼上(1999)は, なお研究史の最前線にあるとこの作業からは評 価できる。 沼上は,ヨーロッパにおける液晶相の発見か ら 1990 年代半ばまでの LCD の開発,市場の発 展に至る技術革新の過程を「社会的行為のシス テム」として捉え,日本企業が生み出した革新 が社会の合意に与えた影響を重視する。大量生

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産品としての高情報容量の LCD が達成可能で ある,というシナリオの提示から将来に対する 確実な期待がうまれ,人々の努力が注ぎ込まれ ていったからである。そうした努力と投資から 「実際に期待を実現するという自己成就的予言 のサイクルが生み出され」(504 頁)たのであっ た。それが起こったのが日本だったのである。 Murthaの議論とも共通する性格をもっている。 しかし,沼上も Murtha, et al. もまだ液晶テ レビの本格的な登場をみていない。薄型テレビ を視野に入れた問題の解明はなお残された課題 である,という以外ない。  II 日本の優位の喪失 : 2000年代末以降 2000年代も末になると,日本の優位が失わ れ,韓国,台湾,中国に追い抜かれたことは明 らかであった。当然,議論はそれは何故か,対 策は何か,ということが主題となる。 2-1 アーキテクチャ・アプローチ この問題に早い時期に答えようとしたのは, 中田(2007),同(2008)である。中田(2008) は,LCD にアーキテクチャ概念を適用し,液 晶産業は「標準化された設計ルールのない『ク ローズド擦り合せ型』産業」だという。日韓台 の投資戦略を比較し,韓国,台湾が不況期にも 積極的な投資を行ったのにたいし,日本企業は シャープを除いて前期利益に影響された投資戦 略であり,そこに追い抜かれた最大の要因が あったとする。液晶製造装置が暗黙知が埋め込 まれた完成度の高い装置だったこと,液晶産業 は「擦り合せ型」なので,ヒトを通じた技術流 出も大きな効果をもったことも指摘されてい る。 同時期に同じアーキテクチャという概念を使 いながら,液晶テレビを対象に違う見解を提出 しているのが,新宅・善本・立木・許(2007) である。「液晶テレビはモジュラー度の強い製 品になっており,液晶パネルモジュール,LSI チップセットに主要機能のすべてが埋め込まれ て,これら主要部品を組み合わせるだけで,液 晶テレビの設計,生産が可能である」(70 頁) とする。それを活かしたのが中国メーカーで あった。中田(2008)とは対象が異なるが,同 じ概念を使いながら逆にモジュラー化が強調さ れている。 同様の論旨で,液晶テレビ・パネル産業論を 展開したのが,新宅・善本(2009)である。新 宅・善本は,アーキテクチャがモジュラー化し たことで新規参入が容易になり,国際分業のあ り方が変ったことを重視している。企業のタイ プも幾つかに分化し,「異なる設計思想の相互 交流が,新たな技術コンセプトや事業システム, 経営ロジックを生みだしていく」(110 頁)こ とを展望している。現に,「日韓パネル・メーカー と日本装置メーカーとの間で反復的な知識創造 サイクルが生れており,日韓の国際分業が液晶 パネルの技術進歩を新たなステージへと導いき たともいえる」(109 頁)とする。LCD の技術 進歩の主体が日韓企業間の知識創造プロセスに 移っているという指摘でもある。 立木(2009)もアーキテクチャ論からの分析 であるが,それまでの議論は静態的だとし,アー キテクチャの動態的視点からの分析を液晶テレ ビを事例に提案する。アーキテクチャの変化か ら液晶テレビメーカーの開発・生産戦略には三 つのタイプが発生したが,どのタイプの分業 ネットワークが優位をもつかは分からない,と する。 製品アーキテクチャの変化に日本企業がつい ていけなかったから,韓国,台湾メーカーに敗 北したのだ,という議論は,2010 年代になる とほとんど常識のように語られるようになり, 通説化した。湯之上(2012a, 2012b),泉田(2013), 西村(2014),赤羽(2014),榎本(2014),中 田(2015)などを挙げることができるが,おそ らく同様の説明は他にも数多くあることは確実

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である。 もちろん,各研究はこの論点以外にも様々な 論点を強調する。とくに日本企業の戦略をめ ぐっては様々な議論が行われた。 2-2 企業戦略 多く指摘されるのは,中田(2008)が提起し ていた,企業の戦略的な投資の問題である。例 えば,中田(2015)は,「日本のものづくりは, この『投資すべきときに投資できたか?』『い つ何に投資するか?』を間違えたために,海外 勢に負けてしまった」(57 頁)という。 佐藤・藤村(2010)も,LCD 産業での日本 の地位低下は,企業の投資判断の問題が大き かったとする。日韓台の設備投資の逆転が起き たのは,通常は第 5 世代とされるが,その前の 第 4 世代で既に日本企業は設備投資の積極性を 失っており,それが逆転のきっかけであった, と主張する。財務的判断が投資を遅らせたのだ という分析である。 製品戦略とマーケティングの問題を強調する のは,湯之上(2012a, 2012b)である。日本企 業は液晶テレビの高画質化や薄型化などの機能 向上を目指したが,「僅差の高画質を世界の消 費 者 全 体 が 求 め て い る と は …… 思 え な い 」 (2012a : 169)。「日本のテレビは,携帯電話と 同じようにガラパゴス化していた」(同 : 176) のである。 事業の戦略の問題も主張された。垂直統合と 自前主義である。「オンリーワン」戦略や「ブラッ クボックス」化は統合と自前主義を志向するこ とになるが,その「垂直統合と自前主義に固執 した。これが日本の電子産業が衰退した原因の 一つ」であると主張する(48 頁)のは西村(2014) である。佐藤・藤村(2010)も,日本企業が自 前主義にこだわってグローバル展開がうまくで きなかった,という点も問題だったとしている (724-72頁)。 2-3 技術流出 「オンリーワン」戦略や「ブラックボックス化」 の背景にあった要因の一つに,技術の流出とい う問題があった。韓国,台湾のキャッチアップ に直面した日本企業は,その原因としてこの現 象に注目した。その対策として企業秘密の保持 という戦略をとったのであった。技術流出には, 様々なチャネルがあった。 上記のように,中田(2008)は,日本が追い 抜かれた理由の一つに,この,装置やヒトを通 じた「意図せぬ技術流出」を挙げる。赤羽(2014) も,ノウハウが製造装置に組み込まれたことを 韓国・台湾の急速なキャッチアップの一つの要 因と見ている(156-160頁)。湯之上(2012a) はヒトを通じた流出より,装置,材料を購入し て製造できるようになったことを重視してい る。 日本の側から見ると一方的に技術が流出した ように見えるが,受け入れ側から見ると,日本 からの技術知識の導入はアメリカからのそれと は違って,そう容易なプロセスではないという 問題も,実はあった。 田畠(2012)は,日米で産業のネットワーク 構造が異なるので,台湾が日本から技術知識を 導入する場合,「日本の閉鎖的な産業ネットワー クを考慮して米国から技術知識を導入する場合 とは異なった戦略が採用された」という(161 頁)。労働市場が流動的で台湾からの留学生も 多かったアメリカと違い,日本の労働市場は終 身雇用であり,台湾からの留学生も少なかった。 そこで日本企業を退職した技術者や幹部を積極 的に採用した。政府もそれを支援した。「日本 の技術は米国の技術のような標準化された部分 が少なく,長期的に蓄積された経験を基礎とす る暗黙知で形成されている部分が多く,マニュ アルで学習するよりも直接日本人技術者の指導 を受けた方が習得しやすい」(173 頁)からだ とされる。

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Murtha, et al.(2001)は,日本の優位の形成 の一つの要因を,知識の創造には暗黙知の部分 が多く,言語化されたとしても日本語中心だっ たので欧米には知識や情報がなかなか伝わらな かった,という点に見ていた。田畠はここに, 産業の人的ネットワークの閉鎖性という観点を 加えている。この点では,半導体の場合と比べ て中心国からの技術の流出はむしろ困難だった のである。そこにも日本優位の継続の要因が あったというべきであろう。 その技術者の流出の実態を明らかにしたの は,藤原(2016)である。藤原は,日本からア ジア企業に移動した技術者の多くは「一流企業 出身で,日本企業での実績も非常に高い優秀な 人材である」(16 頁)ことを明らかにする。年 齢的には 40 代が 4 割超を占め,約 8 割の人は 特許生産性が国内上位 25% に入っていた。ア ジア企業は優秀な人材を的確に見極めたうえで 採用していたのである。韓国への移動は 2004 年頃がピークであり,中国へは 2008 年がピー クとなった。日本企業でリストラが増加した 2 ∼3 年後に増加しており,因果関係が感じられ るとする(17 頁)。藤原は,移動したのは実は 知識創造の先端にいた人材だったことを明らか にしたのである。 ここからは,何故,日本に追いつき追い越し たのが東アジア企業だったのか,という問題へ の解答の一つが発生する。日本側から見た議論 のように,日本からの技術流出が主因なのであ れば,多かれ少なかれ世界各国にチャンスが あったことになる。そのなかで日本の知識ベー スへの近接性,産業ネットワークへの接近,ヒ トの移動の容易さなどが東アジア企業にはプラ スに働いたとみることができるからである。 2-4  東アジア産業の競争力の形成 もちろん,それだけではないことは明らかで ある。産業発展はあくまでその国々の経済発展 の問題だからである。そこからは,東アジア企 業の能力,各国のイノベーションのシステムな どの問題群が発生する。その問題自体はここで の課題を超える。ここでは,あくまでこの技術 と産業に即して,その代表的と思われる研究の 幾つかを追ってみたい。 韓国については,サムスンについての研究や 各種著作が多い。曺・尹(2005)は,テレビ技 術に焦点をあて,三星は技術能力を段階を踏ん で構築していったとし,それにはオーナー経営 者のリーダーシップ,「秘書室」の活用などに よる優れた経営者育成システム,グループ 4 社 間の協力と技術・知識の共有,系列企業間の競 争と組織学習,などが大きく寄与したと分析す る。トップのリーダーシップやマーケティグ能 力を強調する議論はサムスンについての通説と もなっている(韓国経済新聞社 2002,金田 2004など)。 サムスンとソニーを比較して,後者の不振と 前者の成長を問題としたのは,張(2009)であ る。張は,サムスン電子の「最も大きいコアコ ンピテンスのうちの一つは,早い意思決定能力 といったん決定が下ると,迅速に実行に移す実 行中心の企業文化と企業システム」で,ソニー は「自由闊達という創業理念のもと,世界に存 在しない新しい製品を開発する能力」(267 頁) にコアコンピテンスをもっていたが,変化の速 いデジタル時代に合うのは前者だという。後者 は,リーダーシップスタイルと企業文化,組織 構造の間にミスマッチが生じ(270 頁),その ことで「新製品開発能力が麻痺した」という。 韓国を代表するもう一方の企業である LG 電 子について,テレビ事業のグローバル戦略を問 題にしたのが朴(2011)である。薄型テレビは モジュラー化したので低価格競争になってお り,コスト低下をグローバルに追求することが 重要な戦略となっている。LG 電子は製品のデ ザイン戦略を重視しつつ,韓国国内工場をマ ザー工場とし,グローバルに工場を展開してコ スト低下も図っているとする。

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この両社と日本企業の比較を行ったのは Park and Hong(2012)で,製品がコモディティ 化したにもかかわらず,韓国企業はオープン・ モジュラー型で速度が重要な製品やプロセスに 適合した組織や意思決定プロセスを構築したの で,収益を上げることができたのだとする。企 業の動態的ケーパビリティが優れていたのだ, という分析である。 これらはいずれも,韓国企業が果断な投資意 思決定と事業の素早い実行に優れている点がデ ジタル技術に適合している,として企業の能力 に注目する議論となっている。 他方,台湾は少し違っていた。台湾の FPD, テレビについては,長内・神吉(2014)がある。 台湾液晶パネル産業は,半導体と違い,政府支 援は積極的ではなく,民間主導の性格が強い。 なかでも日本企業からの技術移転が大きな意味 をもったとされる。そのなかで,台湾がどう日 本企業の技術を吸収したかを問題にしているの は許・新宅・蘇(2014)で,それ以前の電子製 品の委託生産事業で蓄積した技術構築能力,政 府系研究所での研究とその人材の民間への移 動,迅速な投資決定,2 番手戦略,などを要因 として挙げている。 簡・長内(2014)は,奇美電子の液晶パネル 事業を紹介している。日本とのネットワークを 活かし,日本企業を誘致して,統合型の製品開 発拠点を築くことに成功したとする。 台湾の FPD 産業の特徴の一つは,LCD に偏っ ており,PDP 生産がうまく立ち上がらなかっ たことにある。新宅・蘇(2014)はその失敗の 要因を探ろうとする。日本企業からの技術導入 がうまく行かなかったのだとする。 長内(2014)は,奇美グループの液晶テレビ 開発を取り上げ,テレビ技術の核である画像処 理エンジンの開発を複数の企業に依頼している とする。それらのなかから最終的に採用するも のを選択することで,顧客ニーズにあった効率 的な製品開発が可能になっている。他方,開発 するエンジンは汎用品なので奇美側は開発費用 を払わず,半導体設計企業はそれを競合テレビ メーカーにも販売する。台湾では,こうして買 い手と売り手のプレイヤーが多数存在する流動 性の高い市場が形成されており,変化の速い液 晶テレビ事業には適している。台湾独特のイノ ベーション・システムによる競争力の形成と見 ることができよう。 中国の発展も違っていた。中国の産業発展は, 丸川(2007)の用語法でいえば「垂直分裂」を 特徴としていたが,薄型テレビでも同様であっ た。基幹部品を外部調達してセットを組み立て るのである。ブラウン管時代からこの構造で あったが,丸川はその淵源を計画経済の歴史的 展開と,モジュラー化という近年の技術の動向 とに見ている。後者については,中国は製品アー キテクチャを転換したといわれるが事実はそう ではなく,若干の技術的工夫に加え,消費者が 多少の画質の違いには拘らず低価格を志向して いるという中国市場の特質が,基幹部品を複数 メーカーから調達することを可能にしたのだ, と分析する。 中国メーカーの液晶テレビ進出を分析したの は,新宅・善本・立本・許・蘇(2007)である。 中国企業は製品アーキテクチャのモジュラー化 の波をとらえて成長したが,そうした製品はす ぐ低価格競争になって収益性が悪化し,そうす ると次のモジュラー型製品へと新規参入すると いう「モジュラー型製品の収益悪化サイクル」 (547 頁)が形成された。液晶テレビへの進出 もそのサイクルの上にあったが,そのサイクル から逃れるため,技術力の強化に乗り出す企業 もあった。 このように,東アジアの成長過程にはそれぞ れ特徴があり,その違いに注目した研究もあっ た。赤羽(2014)は,LCD での韓国と台湾の 違いに注目し,また,日本が追いつかれた要因 も明らかにする。両国がキャッチアップできた のは,先行した半導体産業の存在,日本人技術

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者の活用,主要アプリケーションで一定のシェ アをもっていたこと,そして,生産工程のイノ ベーションでヒトに体化していた暗黙知的なノ ウハウが製造装置に埋め込まれたことが大き かった,と分析する。韓国と台湾の違いについ ては,前者が追い越し戦略をとったのにたいし, 後者は追随戦略をとっていたことを強調する。 多くの日本企業は早くに撤退し,残ったシャー プも,技術の追求による製品差別化とブラック ボックス化という戦略をとったためにうまくい かなくなったとする。日本企業は変化に適切に 対応する能力に欠けていたのだ,という主張で ある。 韓国と中国の違いについては,企業の「組織 能力」を強調する議論もある。西澤(2014)は, 日本企業の成功と後退のプロセスを産業史の観 点からとりあげ,後退の局面についてはチャン ドラーの「組織能力」の視点から接近している。 中国企業,韓国企業の組織能力の向上が躍進を 支えた,と主張する。 韓国,台湾,日本の技術革新能力の違いとそ の成果への影響について論じているのは,Mei -Chin(2012)である。国の集合革新能力に注目 し,その形成における政府の役割を重視する。 とくに韓国でそれは重要だったという。日本は 技術プッシュイノベーションの方向に,韓国, 台湾は需要プルイノベーションに進化したと主 張する。 2-5 研究開発 ここまでの議論は,日本企業の後退を投資や 生産面で捉えるものが中心であった。しかし, 前節でみたように,当初,日本の優位の形成の 要因として注目されたのは,知識創造のシステ ム,技術革新のスピードなどであった。その面 ではどうなったのであろうか。 日本企業の後退の要因を投資や生産,事業構 造などに見ようとする議論がしばしば前提にし ていた状況認識は,「日本企業は,卓越した技 術面での優位性により当初は新たな製品市場で 高い世界シェアを確保するものの,その後の市 場拡大局面において,急速にシェアを失う傾向」 (産業構造審議会産業競争力部会 2010 : 22)で あった。いわば「技術で勝って事業で負ける」 傾向であり,LCD はその典型の一つとされた。 しかし,知的所有権や論文数,学会発表数な ど,研究開発活動についての研究は,それとは 違う認識を示している。「日本が優れた技術を 持っているのにうまく収益化できないというよ うな認識があるとすれば,こうした認識は直ち に修正されるべきである」と主張するのは,白 川・古川・野村・奥和田(2012 : 59)である。 電気・電子の世界的学会である IEEE の定期刊 行物でみると,日本の文献数は世界全体のそれ とは違って長年にわたって横ばいであり,研究 領域も固定していて,多様化が見られないとす る。白川・野村(2010)も同様で,日本のエレ クトロニクス分野の研究は,世界的学会の論文 数でみる限り,停滞し,かつ多様化が進んでい ないとする。 松本・ 原(2011)は,この点をディスプレ イ分野に限定して追究している。この分野の代 表的な学会である SID の学会発表では,日本 は LCD で 2005 年に韓国に抜かれ,台湾にも 2008年には抜かれた。有機 EL でも日韓の逆 転は 2006 年に起こったという。 他方,2000 年代末になってもなお日本の方 が科学技術や知的所有権では優位にある,と主 張する議論もある(倉重 2009b)。通常の状況 認識はむしろこうしたものであった。  III 研究史の動向と問題 以上,薄型テレビ産業の諸研究を概観してみ て印象的なことは二つある。第一に,当初の日 本の優位の形成を正面から論じた業績が案外少 ないこと,第二に,日本の後退の要因について はモジュラー化による敗退という議論がほぼ定

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型化された事実として受け止められている,と いうことである。 第一の点では,当初の優位の形成のメカニズ ムを論じたものはあるし,第二の後退の分析に しても,ほとんどはそれ以前の優位の要因にふ れてはいる。しかし,問題なのは,優位の形成 についてのその二つの議論は整合していない し,同じことだが,第二の後退の要因の通説は, 数少ない優位のメカニズムの説明の延長上には 位置づけられないことである。 第二の通説はモジュラー化という製品アーキ テクチャの転換を強調するが,とすると以前の 日本の優位については,アーキテクチャが「イ ンテグラル型」であったことを強調することに なる。しかし,第一の問題を正面から分析した, 沼 上(1999) や Murtha, et al.(2001) は,「 社 会的行為のシステム」(沼上)や知識創造のプ ロセスに注目している。製品の機能間のデザイ ンの問題や企業の能力の問題とは次元がかなり 異 な っ て い る。 し か し, 当 然 だ が, 沼 上 や Murtha, et al.は,その後の日本の後退の局面は 見てはいない。他方,後退についての通説は, 投資や生産面の分析が主であり,知識の創造や 技術革新そのものの分析には向かっていない。 つまり,この間の日本の成功と後退のダイナ ミズムを一貫して説明できる議論はまだ存在し ていないのである。その一つの要因は,日本の 優位の形成についての議論が少ないことにあろ う。それがないと,後退局面の分析は前提を失っ ていることになる。研究史の整理という点では, 日本の優位の形成の分析こそ,焦点であるとい うことができる。  お わ り に 薄型テレビでの日本企業の後退については, 一見,分かりやすい通説が存在している。しか し,研究史を整理してみると,それは先行研究 を踏まえているわけではないし,それとは違う 議論も存在していることが分かる。分かり易く はあるが,現実の推移を一貫して説明できるよ うには思われないのである。産業史研究という 面ではなおこれは実証を要する課題であるとい うことが明らかであろう。 参 考 文 献 明石芳彦(2009),「液晶テレビ製造企業のグロー バル競争と競争優位性」『経済学論究』第 63 巻第 1 号,2009 年 10 月,31-53頁。 赤羽淳(2014),『東アジア液晶パネル産業の発展 ─韓国・台湾企業の急速キャッチアップと日 本企業の対応─』勁草書房。 泉田良輔(2013),『日本の電機産業─何が勝敗を 分けるのか─』日本経済新聞出版社。 伊丹敬之・田中一弘・加藤俊彦・中野誠編著(2007), 『松下電器の経営改革』有斐閣。 榎本俊一(2014),『総合電機産業と持続的円高─ 長期為替策不在による経営と産業の毀損─』 中央経済社。 小笠原敦・松本陽一(2006),「テレビ産業の競争 と利益獲得方法の多様化」 原清則・香山晋 編著『イノベーションと競争優位─コモディ ティ化するデジタル機器─』NTT 出版,163 -196頁。 長内厚(2014),「奇美グループの自社ブランド液 晶テレビ開発」長内厚・神吉直人編著『台湾 エレクトロニクス産業のものづくり─台湾ハ イテク産業の組織的特徴から考える日本の針 路─』白桃書房,145-174頁。 長内厚・神吉直人編著(2014),『台湾エレクトロ ニクス産業のものづくり─台湾ハイテク産業 の組織的特徴から考える日本の針路─』白桃 書房。 加藤俊彦(2007),「テレビ事業に見る中村改革」 伊丹敬之・田中一弘・加藤俊彦・中野誠編著『松 下電器の経営改革』有斐閣,195-228頁。 金田利彦(2004),「サムスン電子─液晶テレビの 世界戦略─」伊丹敬之・西野和美編著『ケー スブック 経営戦略の論理(全面改訂版)』日本 経済新聞出版社,102-128頁。 簡施儀・長内厚(2014),「台湾サイエンス・パー クにおける奇美電子の液晶パネル事業」長内 厚・神吉直人編著『台湾エレクトロニクス産 業のものづくり─台湾ハイテク産業の組織的

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[付記] 本論文は,科学研究費助成金(課題番号 : 24530388)の成果の一部である。

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