〈論文〉恋人たちのポライトネス: ほめ意図の推論とイン/ポライトネスの評価
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(2) 教養・外国語教育センター紀要. 1 4 F :ゆわへんゅうたやろ. 30M:ちゅーしていい?. 1 5 M :ゅうしい、かわいいしい、どうしたら. 3 1 F :=いやーー. \t~\t~. I 中略1. ?. 1 6 F :もうちょっと早くゆってもらってもい \t~. 32M:リピートせんでええよ【車内のステレ オの音楽について 1. ?. 1 7( 2 . 5 ). 3 3 F :リピートせんでええって?. 18M:ごめんね?. 3 4 M :かわいいね今日も. 【中略1. 3 5( 3 . 0 ). 1 9 M :まあこ、ミルクっぽいね【Fが「おい. 3 6 F :かわいないゅうてるやろ. しくない」と言いながら飲んでいた. 37M:かわいいよ?. コーヒーを試しに飲んだ感想】. 3 8( 2 . 5 ). 20( 2 . 5 ). 39M:ちょう待って見てみてこっち. 21M:でもなー?. 4 O F :いやや. 2 2( 1 . 5 ). 41M:見てみて?. 23M:Fにゃんなー?. 4 2 F :=いや. 24( 2 . 0 ). 43( 2 . 5 ). 2 5 M :かわいいで?. 4 4 M :いやとかある?. 2 6 F :もう//ゆえへんでゆったよねえ?. 4 5( 3 . 0 ). 2 7M:1 笑いi. 46M:Fにゃん. 2 8 M :ゆってないしい. 4 7 F :=危ないやろ. 29F:=ゆったよ. M は Fに対し、 1 2 、2 5 、3 4 、3 7において明示的に「かわいい」という「ほめ言葉」を 用いている。しかしこれらに対し Fは「ゆわへんゅうたやろ J( 1 4 )、「もうゆえへんって ゆったよねえ?J( 2 6 )、「かわいないゅうてるやろ J( 3 6 )、そして 37Mの後の沈黙(無視) と、このようなほめの内容及び行為自体を否定し、 M を非難している。事後のインタ ピューによると、 Fは M が「本心」から自分をかわいいと思っているのではないとし、こ れを否定的に捉えている。この談話例に限らず、 Fはこのようなほめをやめるよう M に 度々伝えているにもかかわらず、 M は会えば必ずといってよいほど同様の行為を繰り返す という。しかし一方の M は筆者のインタピューにおいて、『本心から言っている~. 2 と主張. する。またなぜこのようなほめを繰り返すのか質問したところ、『思っていることがつい口 をついて出てきてしまうから』、『思いが溢れてしまう』と答えている。. -98-.
(3) 恋するポライトネス. 1 . 2 分析の観点 1 . 2 .1 研究の意義 BrownandLe v i n s o n( 1 9 8 7 、以下 B&L)のポライトネス理論においてほめは相手と親 密になりたいという欲求を満たすポジテイプ・ポライトネス・ストラテジーに分類される。 しかし、 B&Lのポライトネス理論は聞き手のフェイス欲求を満たすために話し手が選択す るストラテジーに関する理論であるため、あるほめが実際の相互行為においてどのように 機能しているのか、つまり聞き手にどのように評価され、相互行為を通した人間関係の構 築においてどのような働きをするのかを説明しない。このような話し手偏重型、トップダ ウン式の合理主義的アプローチに対し、近年のポライトネス研究 3ではこれを問題として イン/ポライトネスを談話を通して構築される一連の評価と捉えるアプローチ. ( d i 配 u r s i v ea p p r o a c h ) がヨーロッパを中心に興隆してきている九本稿ではこれに基づ き、イン/ポライトネスを「談話を通して構築される、相手の発話、態度、行為に対する 会話参加者らの評価であり、快/不快という感情に関わるフェイスに関連するもの」と考. i s c u r s i v ea p p r o a c hは 2 0 ∞年代以降に興隆してきたものであるため歴史が浅く、 えたい。 d この間従来のアプローチを批判的に乗り越えることに重点が置かれてきた。このため理論 面での議論やそれまでポライトネス研究において軽視されてきたインポライトネスの分析 5は中心的に行われてきたが、ほめ場面に着目したものは管見の限り見当たらない。他方. ほめ研究においてはストラテジー分析が中心的な関心事となっており、ほめ手の主張とほ めの受け手 6の評価が異なる場面、すなわちほめがほめとして機能していないものは分析 対象から外されてきた。本稿ではある恋人間の(非)ほめ場面を取り上げ関連性理論の観 点からこれを詳察することにより、聞き手の推論に基づいたほめのイン/ポライトネス評 価がどのように行われているのかを考察したい。. 1 . 2 . 2 分析の観点 分析の際の評価の判断は、基本的には Fに対する事後のインタピューに依る。フォロー アップ・インタピューにはそこで得られた内容が会話進行中の会話参加者らの認識を正確 に表しているわけではないという問題があるが、分析者による主観的な判断を軽減し会話 参加者らの認識に基づいた分析を行うための、現段階で最も有効な手段であると考える。. Fに対するインタピューの内容をまとめると、彼女が M の「かわいい」というほめを杏 定的に捉える理由は次の 2つである。 ①彼は本心から「かわいい」と,思ってほめているのではない。 ② M から「かわいい」といわれでも嬉しくないし、自分は「かわいい」とは思わない。. -99-.
(4) 教養・外国語教育センター紀要. 恋人間のほめを質的に考察するためには、「恋人」という関係の特殊性や、ほめ及びほ め返答にまつわる社会・文化的規範を考慮する必要がある。. Fのほめ否定は D a y t e r ( 2 0 1 4 ). に示されているように、社会・文化的規範による制約に起因するものかもしれないし、ほ. ( e n1 b a r r a s s n n e n t )がほめの受け入れを阻んでい G o f f r n a n ,1 9 5 9 )。皮肉なことに、 Fの返答が本稿で問題とする Mのほ るのかもしれない (. められたことによる気恥ずかしさや当惑. め意図と同様、「本心」からのものではないのではないかという視点である。 Fの否定的態. d e n1 e a n e r :G o 血1 a n ,1 9 6 7 ) に基づく印象操作であるとい 度の表明がこのように「品行 J( う側面は無視できない。また、恋人という親密な人間関係において「かわいい」というほ めがそもそもほめとして機能しうるのかという疑問もあり、 M 自身も別の機能を意図して いる可能性もある. ( 5章「おわりに」冗談の c o n t e x t u a l i z a t i o nc u e s参照)。これらの観点. はフォローアップ・インタピューによって得られた前述②の主張と密接に関連するだろう。 しかし実際の相互行為では、評価を行う際の基盤となる人間関係は相互行為の前提であ り、杜会的規範に沿った振る舞いに関しでも多くの場合無意識のレベルで身体化されたも のである。これらの要因は二人の継続的人間関係における一連の相互行為の基礎にあるも のであり、動的であるとはいえ比較的安定したフレームであるため、返答に時間的制約の ある対面的状況では評価の都度意識的に参照されるものではない。従って本稿ではこれら の諸要素を相互行為が起こる場の前提として踏まえつつ、上記①に基づき、(非)言語的 要素に着目して評価を生み出す Fの認知および推論過程を明らかにすることを目的とす る。たとえほめ否定が Fの「本心」からのものではないとしても、相互行為の中で表明さ れている以上、相互行為上の手掛かりを基に他者にも演揮可能な論理的処理を経ているは ずである。 ①の主張は、 Fが M の「真意」を推測し、「本心」ではかわいいと思っているのではな いのではないかと疑うことにより、これらのほめを不誠実でインポライトだと評価してい るということを意味する(少なくともそう主張している)。この点については、文脈効果の. 3章)。さらに、本心 観点から Fがなぜそのほめを本心ではないと疑うのかを検証する ( からのものではないなら M が何を意図してほめていると Fが推論したのかについても、. 4章)。これに基づき、これまで行われてこなかった フェイスの観点から考察を行いたい ( ほめの受け手の観点から、話し手意図の推論とイン/ポライトネスの評価を分類する。 ②については上述した観点を踏まえて本稿では終章において論点を定めるにとどめ、稿 を改めて考察を行うことにしたい。. ∞-. -1.
(5) 恋するポライトネス. 2 .r ほめj とは何か 2 .1 先行研究とその霞題 ほめはどのように捉えられてきたのだろうか。以下の Holmes( 1 9 8 8 ) の“complimen t " の定義は多くの研究で引用されている。. A complimenti sspeecha c twhiche 玄p l i c i t l yo ri m p l i c i t l ya t t r i b u t e sc r e d i tt o h es p e a k e r ,u s u a l l yt h ep e r s o na d d r e s s e d ,f o rsome ' g o o d ' someoneo t h e r也 ant ,c h a r a c t e r i s t i c ,s k . i l le t c . )whichi sp o s i t i v e l yv a l u e dbyt h es p e a k e rand ( p o s s e s s i o n. t h eh e a r e r . ,1 9 8 8 :組 6 ) ( H o l m e s. Holmesは話し手の意図と聞き手の評価が合致し、ほめがポジテイプに機能しているも o l f s o n( 1 9 8 3 ) もほめ のをほめと規定している。ほめに閲して多くの研究を行っている W を“c o m p l i m e n t s 'p r i m a r yf u n c t i o ni st oc r e a t ean d/ o rm a i n t a i nr a p p o r tbetweent h e. i n t e r l o c u t o r s ' "( W o l f s o n ,1 9 8 3 :8 6 ) と定義しており、同様に多くの研究で引用される Pomerantz ( 1 錦4 )や H e r b e r t( 1 9 8 9 ) でも、ほめはほめ手の肯定的な態度を表明するも のであるとされている。. Holmesはこの場合、 DCT( D i s c o u r s eCo m p l e t i o nT a s k s ) に基づいてほめを考察して いるため、この定義に合致する文脈を被験者に与えることで人為的にほめが「円滑に」成 立する状況を作り出すことができたのだろう。しかし日常の相E行為においては意味論的 に、また語用論的にほめだと判断される発話行為であっても、ほめを行う話し手の意図は 多様であり、聞き手も様々な要因によりそのほめを解釈・評価する。その場合の認識のず れこそが談話例の二人にとって問題となっている点であり、実際のほめは上の H olmesの 定義のように、ほめ手・受け手双方が同じレベルで合致する評価を行うと解釈できるほど 単純ではないだろう。 ほめに関する実証研究では、ほめ手のストラテジーに関しては、例えばある言語文化に. e 却 l i c i t ) に示されるか合意的 ( i m p l i c i t ) に示されるか 7 ( M a i z . おいてほめが明示的 ( A r e v a l o ,2 0 1 2等)、また性別、力関係(年齢、社会的地位など)などによりどのようなほ a w o r s k i ,1 9 9 5等)等について多くの研究が行われてき めがどちらから多く行われるか(J た。ほめの受け手による返答のストラテジーについても同様に、諸ファクターによる返答. ∞. の形式の傾向の差異などに関する比較研究 ( R 曲 i , 2 6等)が盛んに行われている。本稿 で対象とするような恋愛関係にある男女聞で行われるほめ行為に着目する研究は管見の限 り行われていないが、ほめの男女差については例えば W o l f s o n( 1 9 8 3 ) がほめの対象につ. -101-.
(6) 教養・外国語教育センター紀要. いての比較を行い、見た目、能力、持ち物などすべてのトピックにおいて、男性よりも女 性のほうがほめの受け手になりやすいことを見出している。しかしこれら多くの先行研究 に欠けているのは従来のポライトネス研究と同様、聞き手による評価という観点、である。 ほめ返答において否定ストラテジーが用いられる場合も、「謙遜」などの社会的適切性に 原因が求められ、ほめ自体を聞き手の認知的評価の観点から捉えようとしているものはほ とんど見られない。. 2 . 2 ほめの意図:r 本心Jか I 形式かJ 日本語のほめについても比較研究による特定の集団の傾向を求めるものが多いが、川口. 1 9 9 6 ) の枠組みはこれとは異なり興味深い。すなわち、海外におけるほめ研究の多く ら ( は主に前提としてほめを人間関係を良好にする「杜会的円滑剤」と見なしているのに対 し、川口らはほめを「実質ほめ」と「形式ほめ」とに分類し、ほめ手の意図を問題として 取り上げているのである。「実質ほめ」とは本当に相手をほめたくてその気持ちを相手に 伝えようとするほめであり、「形式ほめ」はほめの内容ではなく、別の表現意図(相手と の関係を良好に保つなど)のために行うほめとされている。つまりそのほめが「本心」か らのものなのか、「お世辞」などその他の目的のために行われるものなのかが問題にされ ているのである。このような分類は当然明確な線引きのできるものではない。しかし、大. ∞. ( 23 :1 7 9 ) で「日常の言語生活においては、たとえ『形式』であっても相手に『形 実質Jはより 式j と理解されないように、すなわち『形式j は少しでも『実質』 らしく、 『 野. 『実質』 らしく、表現する工夫が行われると考えられる」と述べられているように、ほめ は場合によっては「本心から出たものであるべき」と見なされていることを考慮に入れる 必要があるだろう。多くの海外の諸研究でほめに本心との区別なく含まれるお世辞や社交 辞令は、相手との人間関係を良好に保つ意思が話し手にあることを伝達するひとつのポジ テイプな機能ではあるだろう。しかし同時に、相手を持ち上げて他の目的を達成しようと いうほめ手の好計と捉えることもできるのである。 しかしこれらの研究もやはり聞き手の視点を欠いているといえよう。ほめが機能してい るかどうかで問題となるのは「実際に話し手が何を意図しているか」ではなく「話し手が 何を意図していると聞き手が考えるか」というほめ手の意図に対する聞き手の推論を基盤. i s c u r s i v ea p p r o a c hによるインポライトネス研 とするイン/ポライトネスの評価である。 d 究の多くが話し手の意図を評価の要因として挙げていることからも分かるように. ( B o u s f i e 1 d .2 { 削等)、話し手の意図に対する推論が聞き手の評価に与える影響は大きいだ ろう。従って本稿ではほめを、明示的・合意的に表明される相手に対する肯定的評価のう ち、それがほめ手の本心から出たものであるとほめの受け手が見なすものであり、かつ、. -102-.
(7) 恋するポライトネス. その行為、内容をポライトであると肯定的に評価されるものと捉えたい。. 3 .r 彼は本心からかわいいと思っているのではないJ :関連性理酷から見たほめの欺踊性 罷知. ほめの受け手はほめが本心からのものかどうか、ほめ手の意図を(非)言語表現および コンテクストに基づき「推測」するしかない。従って、本稿では分析の枠組みとして推論 モデルである関連性理論を援用する。. 3 .1 ほめの欺耐性器知 本心を偽ることを心理学では「欺揃」と呼ぶ。「嘘」が「意図的に相手をだますような真 実でない言語的陳述」であるのに対し、欺捕はより広い概念であり、相手を言葉でだます 場合だけではなく、例えば嫌いな人に対して徴笑むというような非言語的手段を用いる場 )。このことからお世辞や社交辞令などのほめもまた「欺師」と見な 合も含む(村井,筑間5. されている。しかし本稿では「欺師」ではなく「欺師性認知」を問題としたい。村井. ( 2 0 0 5 :4 2 )は 、. I W 人聞がどの程度嘘を見破ることができるか』という点について研究する. 場合に問題にしているのは客観的真偽である。これに対して、【中略】(主観的真偽が問題 にするのは)実際に嘘が本当かということではなく、欺繭的と思うかどうか、という点で ある」とし、ある発話が話し手の「欺師」であるかどうかではなく、その発話を聞き手が 「欺捕と感じるかどうか」を取り上げている。本章でも M の真意を追求することを目的と するのではなく、 F による欺蹄性認知、つまりほめが. 1Mの本心から出たものではないだ. ろう」と感じる Fの認知がどのように導かれ、補強されるのかを考えたい。. 3.2 関連性理論と欺暗性器知. S p e r b e r & Wi 1 s o n ,1 9 8 6 / 1 9 9 5 ) は、相互行為における発話解釈を、話し手 関連性理論 ( が聞き手 8にとって解釈に値する情報を発信しているものと聞き手が信じて発話の意味を 推論するという伝達の推論モデルである。欺繭性認知を関連性理論の観点から考えると、 ある発話の表意及び推意 9 と話し手の「真意」とのずれを聞き手が何らかの手がかりに基 づいて推論し、「そのようなずれはない J(欺摘ではない)という仮定を含む仮定群を立て ることと捉えることができるだろう。関連性理論は発話によって伝わる情報のうち、意図. o s t e n s i v e 1 yc o m m u n i c a t e d )伝達行為(話し手が意図する情報を伝達する行為) 明示的 ( を扱うものであり、話し手が意図しない(非意図明示的)情報の伝達については説明され ていない。しかし、欺蹄性は非意図的にある情報が聞き手に伝達されることによって生ま. ∞. 25 ) では G r i c eの会話の公準を基に心理学的観点から、例えば「暖昧度の れる。村井 (. -103-.
(8) 教養・外国語教育センター紀要. 高い発言内容は欺繭度が高く認知される」など、聞き手が欺輔性を認知する非意図明示的 情報の伝達の諸要因を検証している。談話例におけるほめの欺揃性語、知も、「かわいい」 という発話によって M が伝達しようと意図しているものの背後に、何らかの要因により 「伝達しようとしていない意図があるのではないか」という想定を Fが抱くことだという ことができるだろう。. 3.3 文脈効果の低さによる推論 0分の聞 ではなぜ Fは M のほめが欺臓だと推論するのか。談話例では類似したほめが 1 に 3度繰り返されている。. ( 1 )a 1 2 M : だって Fにゃんなー?、かわいいねん 1 3 :( 1 . 5 ). 1 4 F : ゆわへんゅうたやろ 1 5 M : ゅうしい、かわいいしい、どうしたらいい? b .2 1 M : でもなー?. 2 2 :( 1 . 5 ) 2 3 M : Fにゃんなー? 2 4 :( 2 . 0 ). 2 5 M : かわいいで? 2 6 F : もうゆえへんでゆったよねえ? C .. 3 4 M : かわいいね今日も お: ( 3 . 0 ). 3 6 F : かわいないゅうてるやろ ある情報が文脈効果を持つ、つまり認知環境の改善に寄与するのは、次のいずれかの場 合である。. ( 2 )1 . 新情報が文脈合意の派生を許す。. 2 . 新情報が既存の仮定に対してより強い証拠を与え、よってこれを強める。 3 . 新情報が既存の仮定と矛盾する。 ( B l a k e m o r e .1 抑止邦訳;5 4 ) これに基づくと、 M のほめは同様の状況で類似した表現方法により「かわいい」と繰り 返されているだけで、何ら文脈効果のあるものではない。 S p e r b e r & W i l s o n( 1 9 9 5 .邦訳. -104-.
(9) 恋するポライトネス. 5 1 ) によると、聞き手が理解過程で利用できそうなコードや文脈情報に関し正しい想定を する責任は話し手のほうにある。聞き手は情報をそのまま使うことしかできないので、誤 解を避ける責任も話し手にあるという。従ってもし M が「かわいい」と思っていることを 本当に伝達しようとする(つまり伝達に値するような文脈効果を持たせる)のであれば、 上記 ( 2 ) のように、これに対しより強い証拠となる情報を与えるか、 3のように矛盾する. 情報を提供し、 Fの認知環境の改訂を図られるはずだと F は考えるのである。しかしこれ が見込めない場合、人はある発話が文脈において関連性を持たないこと自体に関連性を求 める. ( S p e r b e r & W i l s o n ,1 9 9 5 )。このことから Fは、文脈効果の低いほめを行うこと自体. に関連性があるのだと推論し、 M は F に欺師性認知を生じさせることを伝達しようとして いる、あるいは M に伝達を意図しない「真意」が存在する、という想定に最適な関連性 を見出すのである。. 3.4 反復による特定の推蛤・肝価の補強 ところがこのような推論は、たとえそれが聞き手にとって最適な関連性を持つもので あっても、命題の表意や視覚情報に基づいて形成された推論と比較すると、その確信の程 度は非常に低い. ( S p e r b e r & Wi 1 ω i l l ,1 9 9 5 )。しかし継続的な相互行為において、ある特定. の文脈における特定の推論が反復的に行われた場合、その確信の程度は補強されうるので はないだろうか。 関連性理論は実際の相互行為を分析するための枠組みとして構築されたものではなく、 (B~er.nore,. 1 9 9 2 )、現在までのところ多くの場合与えられた一つの命題あるいは短い発話. 行為の連鎖を分析対象とする研究が多い。関連性理論は実際の相互行為を分析するには想. ∞. 23 ) のいうように、 定や推意の推論の立て方が恋意的であるように思われるが、 Watts( 共有の認知環境や発話を解釈するために必要な推論過程を考えることは実際の相互行為分 析にも有益である。関連性理論は実際の相互行為における「推論の反復」という観点を持. 1 前提」に含めることはできるだろうが)。しかし、継続的な人間関係にある人々 たない ( の習慣的な相互行為では、慣習化された発話や行為は特定の解釈を補強するような情報を 付加しながら、談話的・メタ談話的にイン/ポライトであるという評価に結ぴ付く特定の 推論を引き出しやすくするだろう。そしてそれとは矛盾する推論に取って替わられずに同 様の経験が反復されることによって、その確信の程度も強くなっていくと言える。 Fの場 合は、「かわいい」という M のほめが本心ではないという推論の確定性が、文脈効果の低 い同様のほめが繰り返されることによって補強されているといえる。結果、今や F は M の「かわいい」というほめをコンテクストにかかわらず不愉快に感じる状態にある。推論 の確定性が高くなることにより、そこに関連づけられている否定的評価をも行いやすく. -105-.
(10) 教養・外国語教育センター紀要. なっているといえるだろう。. 4 . 彼は何を意図しているのか?:ほめ意図の推輪過程とイン/ポライトネスの評価 このように、 M のほめを欺臓と捉え、『本心からかわいいといっているわけではない』 という推論を解釈として確定しつつある Fであるが、ではその「真意」は何だと考えるの だろうか。本章ではフェイス・ワークの観点、から Fの推論過程を考察し、 Fの立てうる推 論及びそれに付随するイン/ポライトネスの評価を考えたい。. 4 .1 ほめ意図の推酷 例として、談話倒の一番初めに表れたほめについて詳しく考えてみよう。. ( 3 )1 2 M : だって Fにゃんなー、かわいいねん 「だって」は前出の事象に対する理由説明として用いられる接続詞であるため、 Fはこのほ. FI もうちょっと早くゆってもらってい めを、その日突然自分を呼び出したことに対する 1 いですかねえ」という M への非難に対する説明だと解釈し、 ( 4 ) を推論する。. ( 4 ) Mが Fに突然会いたいといったのは、 Fがかわいいからである(だから突然呼び だしたのは仕方がない)。. 5 )~ ( 8 ) のような共有認識を持つ。 しかし前提として F とM は (. ( 5 ) Fは自分をかわいいと,思っていないことを M に以前から伝えている。 ( 6 ) Fは「かわいい」といわれることが嫌だと M に以前から伝えている。. ( 7 ) Fは自分に対して「かわいい」というほめを行わないよう、以前から M に依頼し ている。. ( 8 ) M は(少なくとも一度は) ( 7 ) を了承した。 談話例はこのように、 ( 8 ) にもかかわらず、 M から再び ( 3 ) のようなほめが発話された 5 ) には ( 9 )の 、 ( 6 ) には ( 1 0 ) の前提があるため、 M の意 という状況である。しかし (. 図を推論するために F は M がこれらの前提をどう受け取っているかを考える必要がある。. ( 9 ) Fは自分をかわいいと,思っていない。. -106-.
(11) 恋するポライトネス. ( 1 0 ) Fは「かわいい」といわれることが嫌だ。 また Mは相互行為についての百科事典的知識として、. ( 1 1 ). ( 1 1 ) を持っているだろう。. 百科事典的知識. 通常の相互行為において、特別な理由がない限り、人間関係に問題を生じさせたり 破たんさせたりするような対立を人は意図的には起こさない。. ( 1 1 )のような百科事典的知識及び ( 5 )- ( 8 )の共有の想定に基づき、 Fは Mが ( 3 )を 9 )( 1 0 )の真偽性から (12) のような仮定群を持ち、(13 ) を演 発話する意図について ( 揮すると考えられる。. ( 1 2 )a M は ( 9 ) 及び ( 1 0 ) を真だと思っている。 (Fは自分をかわいいと思っていないし、かわいいといわれるのが嫌である。) b . Mは ( 9 ) を真だと思っているが、 ( 1 0 ) を真だと思っていない。. (Fは自分をかわいいと思っていないが、かわいいといわれるのが嫌なわけでは ない。). c . Mは ( 9 ) を真だと思っていないが、(1 0 ) を真だと思っている。 (Fは自分をかわいいと思っているが、かわいいといわれるのが嫌である。) d .. Mは ( 9 ) 及び(1 0 ) を真だと思っていない。. (Fは自分をかわいいと,思っているし、かわいいといわれるのが嫌なわけではな い。). ( 1 3 )a もし ( 1 2 b )、 ( 1 2 d ) なら、 M は ( 3 ) が F に肯定的に受け取られるだろうと思つ ている。 b . もし ( 1 2 a ) なら、 M は ( 3 ) が F に否定的に受け取られるだろうと思っている。 C . もし ( 1 2 c ) なら、 M は ( 3 ) が F に否定的に受け取られうるだろうと,思ってい. る 。. つまり、 ( 1 3 a ) であればM は Fが表面的にはほめを否定して見せているが、それは「謙. 1 3 b )、 ( 1 3 c ) 遜」ゃ「杜会的適切さ」によるものと見なしていることを意味する。また、 ( はどちらも M が ( 1 0 ) を真だと思っている(かわいいといわれたくない)ことを仮定して. 9 ) の真偽によって いるが、「否定的に受け取られるだろうと思っている」という程度は ( 異なるだろうと思われる。すなわち、前章の「本心」の議論に照らし合わせると、 F自身. -107-.
(12) 教養・外国語教育センター紀要. が自分をかわいいと,思っていない場合には、 M のほめは「お世辞」として、より強く否定 的評価に結びつけられやすいといえるだろう。 M の意図を相互行為におけるフェイス・ワークの観点から見ると、(1 3 )は ( 1 4 ) のよ. うに言い換えることができる。 ( 1 4 )a もし(1 2b)、(1 2 d ) なら、 M は ( 3 ) が F のフェイスを満たすと思っている。. b .. もし(1 2 a ) なら、 M は ( 3 ) が Fのフェイスを侵害するだろうと思っている。. C . もし ( 1 2 c ) なら、 M は ( 3 ) が F のフェイスを侵害しうるだろうと思っている。. ( 1 3 ) と同様、フェイス侵害の程度は ( 1 2 a )、 ( 1 2 b ) の真偽により、 ( 1 3 b ) のほうが ( 1 3 c ) よりもより大きいと見なされうるかもしれない。. 前章で見たように、関連性の低いほめがくり返されることによって M のほめの欺師性を 、 ( 1 4 a ) の想定について、 ( 4 ) のより関連性の高い解釈として ( 1 5 )を 強めつつある Fは ひき出す。. ( 1 5 ) もし ( 1 4 a ) なら、 ( 3 ) は突然呼び出したことによって侵害した F のフェイスへ. の補償行為である。. 3 ) は M が主張するように『思いがあふれた』のではなく、 Fの「機嫌 つまりこの場合、 ( を取る」ために方略的に行われたものだと判断されうるのである。 1 4 b .c )は 、 ( 3 ) を行うことによるフェイス侵害の程度がそれぞれ異なりうるた 一方 (. ) のような解釈を引き出す。 め、程度の問題として次の (16ab ( 1 6 )a もし ( 1 4 b ) なら、 M は 1F (談話例「もうちょっと早くゆってもらっていいで. ) によって侵害された自己のフェイスを、 ( 3 ) を強い悪意をもって行 すかねえ J うことにより相対的に補償している。 b . もし ( 1 4 c ) なら、 M は 1Fの非難によって侵害された自己のフェイスを、 ( 3 ). を弱い悪意をもって行うことにより相対的に補償している。 しかし ( 3 ) は表現上ほめであるため、 M が「本心」だと主張することにより、 Fが ( 1 6 ) の想定を持つことは、ほめに関する ( 1 7 ) の百科事典的知識を下敷きにして ( 1 8 ) のよう に評価されることを顕在的にする。. -108-.
(13) 恋するポライトネス. ( 1 7 ) 百科事典的知識 ほめは相手への賞賛や親しさを表示する行為である. 100. ( 1 8 ) M はほめを行って Fへの賞賛や親しさを示しているにもかかわらず、 Fはその態 度を否定・拒絶している。. このことは、ほめという行為のポジテイプな機能を利用した、オフレコードなフェイス侵. 1 8 ) の想定に含まれる社会的規範は M が(1 6 ) のように Fの 害であるといえるだろう。 ( フェイスを意図的に侵害しても、 Fにインポライトだという評価を明示的にすることを許 さない。このことは Fの返答にも表れているといえよう。すなわち、インポライトだとい ゆわへんゅうたやろ」、 26FI もうゆえへんでゆっ う評価を明示的にするのではなく 14FI 7 )、 ( 8 ) の共有知識を M に顕在的にすることでそのような行為を たよねえ」のように、 (. かわいないゅうてるやろ」と ( 5 ) を同様に問題にしたりす やめるよう推意したり、 36FI ることしかできないのである。. 4.2 聞き手推酷に基づくほめの分類 以上の分析から、図 1では F による M の真意に対する推論を分類する。. ②利益実現. ① 「事実」の表明. 良好な人間関係 の希求. s i n c e r ecomplimen t. p o l i t e. ③悪意. II 実質的利益享受 I Iのための戦略. 冗談・遊び. emptycomplimen t. フェイス攻撃. i n s i n c er ec o m p l i m e n t. i m p o l i t e. フェイス侵害度. 低. 園 1 ほめの受け手 ( F ) の推論に基づく. フェイス侵害度 高. I ほめ意図」の分類. 上ではほめを大きく 3種類に分類し、それぞれ受け手の評価の観点から sincere compliment 、emptycompliment 、insincerecomplimentとした。川口ら ( 1 9 9 6 ) は話し. 手の意図としての本質・形式を分類したが、本稿では談話倒における受け手によるほめ手 意図の推論に基づいた評価のモデルを考える。またこれらは欺繭性認知に関わる非明示的 意図に関する分類であり、嫌みや感動無礼など、明らかにほめではなく別の意図が推意さ. -109-.
(14) 教養・外国語教育センター紀要. れている場合は含まない。 まず、「①『事実』の表明」は、ほめがほめ手の本心から出た受け手に対する賞賛の意 図に基づいたものと受け手が見なすケースである。 Fの場舎、この時のみ肯定的にほめを 受け取り、ポライトと評価することができる。. 1 5 ) の想定は「②利益実現」にあたる 11。このうち、「良好な人間 次に談話例における ( 関係の希求」とは社会的円滑剤の役割を担うもので、ほめ手が受け手との円滑な人間関係. 1 9 8 6 ) などではこれが①との区別なく受け手に を望んでいることが推論される。 Holmes( ポジテイプに捉えられることを前提としている一方、川口らでは「形式ほめ」として、場 合によってはポジテイプに評価されるわけではないとしているものである。また「実質的. 1 5 ) のように、行ってしまった相手のフェイスへの侵害 利益享受のための戦略」とは、 ( を補償するという目的でほめを行っていると見なされるものである。このことにより、相 手をよい気分にさせ、自己のフェイス・イメージに対する否定的評価を軽減させることが できる。セールストークの「お世辞」のように、直後に依頼や勧誘など聞き手のフェイス を侵害しうる行為を行うために予め相手のフェイス欲求を満たしておくことによってその 後に起こるフェイス侵害の程度を相対的に軽減させる、あるいは/かっ、その行為を実 行・実現しやすくするなど、自己の利益の実現のために(意識的・無意識的に)戦略的に 用いられる場合もあるだろう。ただし、①や②の分類、また②の中の二つの区分は当然、 明確に線引きできるものではない。 また「③悪意 12Jに関してはほめの受け手が「完談・遊び」をほめ手が意図していると 推論する場合と、純粋な「フェイス攻撃」を意図していると推論する場合に分けて考えた い。「フェイス攻撃」はほめ手が本心からではなく、場合によっては逆に否定的に捉えて いる受け手に属する事柄について言語形式上はほめ表現を用い、話し手が自分をばかにし. 1 6 a ) がこれに該当する。 たりからかったりしようとしていると受け手がみなす場合で、 ( ほめ手は、受け手には決して明らかにはならない自己の本心とほめ形式とのずれを利用す ることで、ほめをそのまま(表意・推意)信用して肯定的な評価を行う受け手をひそかに ばかにし、だまされた相手を自分よりも低い位置において、悪意ある愉しみを味わうわけ である。一方「冗談・遊び」とは、実際に思っているよりもほめの程度を大げさに表現し たり、本心ではない受け手の属性に対する賞賛を行ったりする遊戯的行為と捉える。分析. 1 6 b ) の推論がこれにあたる。この場合にはそれが遊びであるという手掛かりが同 では ( 時に表明されるかもしれないし、共有のコミュニケーション・スタイルに依存した推論が 引き出されるような方法で表明されるかもしれない。しかし談話例の場合はメタレベルの 話し合いで M はこれを否定しているのであり、 F にとってはこの「手がかり Jが本当に冗 談を意味するものなのか判断しかねるところである。③はいずれもほめ表現によって伝達. -110-.
(15) 恋するポライトネス. される表意・推意と「本心」とのずれを利用した欺繭的態度をベースにしており、程度の 違いはあれ相手のフェイスを侵害することによってからかいや優越感などの目的を達成し n1 p t yc O n1 p l i n1 e n tとは区別して i n s i n c e r ec O n1 p l i n1 e n tと捉 ようとしているという点で、 e. えられると考えたい。 ①と②③の区別は 3章で考察した、ほめが「本心」から行われたものかそうではないの かについての推論の区別であり、前述したように Fの評価はここでポライトかインポライ トかに分かれる。 F に対するフォローアップ・インタピューでは、 F は M の「かわいい」 というほめを②あるいは③のいずれかであるとしている。しかし F にとって M のほめ行 為をポジテイプに評価するのは①の推論の確定性が高い場合だけであり、③はもちろんの こと、社会的円滑剤として機能しうる②であった場合でもインポライトネスであると否定 的に評価している。ここでは詳しく取り上げないが、②でさえインポライトと評価される ことは、ひとつには恋人という人間関係にその原因を求めることができるだろう。草柳. ( 1 9 91)が論じているように、恋人関係の親密化とは、互いのテリトリーを侵犯することを G o f f n1 a n .1 9 7 4 ) を縮小していくプロセスである。従って儀礼的な 避ける「回避儀礼 J( 「お世辞」は互いの「壁」を取り払い恋人として「本心」での付き合いを求める F にとっ てフェイス侵害になるのだと解釈することができるのである。. 5 . おわりに 以上、談話倒分析を通して、ほめはほめの受け手に多様な推論を生み出させることを見 てきた。そのほめが本心からのものなのか、そうではないのか。本心ではないのなら、ほ め手の功利的な目的のために行われたものなのか、単に好意を表明するために行われたも 己談のフレームを のなのか。あるいは悪意ある攻撃的な意図に基づくものなのか、遊び・ 7 意図しているものなのか、等々、ほめの受け手はその都度コンテクストに照らし合わせて どんな小さな手がかりからでもほめことばの裏側に隠された話し手の真意をめぐる複雑な 推論を執り行う。しかし、継続的な人間関係においては、同様の状況で類似したほめが反 復されることにより、ある特定の推論の確信の高さは補強されうる。しかしそれでもやは り、ほめという本来肯定的に機能するはずの行為が(受け手にとって)欺踊的に行われる 場合、ほめ手が「本当は」何を意図しているのか、またそもそもそのほめがほめ手の「本 心」なのかどうかを確定するのは非常に困難である。また、ほめ手が何を意図していると 見なすかによって、受け手のイン/ポライトの評価、またその程度は異なる。そして意図 を確定することが困難である限り、ほめに対する評価を確定することもまた困難であると いえるだろう。 これまでのほめ否定ストラテジーに閲する研究では、ほめ否定の「謙遜」の側面に中心. -111-.
(16) 教養・外国語教育センター紀要. 的に焦点が当てられてきた。つまり、ほめを受け入れる返答を行うことによって結果的に. s e l f p r a i s e )Jを避けるためにほめ否定返答が行われるという 引き起こされる「自分ほめ ( 観点である。しかしたとえ本来ポジテイプに評価・機能することが予期される場合であっ ても、談話例の Fのように実際の聞き手の推論は多様であり、謙遜ではなく本当に不適 切・不快に感じることによってほめ否定が行われることもあるだろう。表現上はたとえ同 じほめ否定であっても、内的評価の違いはその後の談話展開やひいては会話参加者らの人 間関係に異なる影響を与えうるだろう。 しかし一方で、 4章でも見たように、受け手がほめ手にフェイス侵害の意図があるとみ なし、それに対しインポライトという否定的な評価を行った場合でも、ほめという行為の 本来的な機能が持つ、「相手からの好意を受け入れなければならない(受け入れないこと. J という社会的規範が、受け手にそのことを明示的に表明すること はインポライトである ) を播踏させるのである。 B&Lはオフレコード・ストラテジーとして、ある FTAとなりう る発話行為を直接的な表現を用いずに「ほのめかす」ことによって、相手に選択肢を与え 負担を減らすストラテジーを挙げている。しかし反対に、相手のフェイスを侵害する意図 を持っているにもかかわらずほめを用いる場合、相手から「インポライト j だと非難され た場合に「そのような意図はない」と逃げる選択肢を、自分自身に残すことができるので ある。その場合には相手の好意を無碍にしたという点においてほめ手よりも受け手の適切 な杜会性が問われることになるのであり、ほめ手との人間関係を危機に晒したという径を も受けることになる。従ってもしも M が図 1の③として Fが推論するような意図に基づ きほめを「利用」しているのであれば、 Fのいうようにこれは確かに『悪質』であるとさ えいえるかもしれない。長い目で見れば、このような欺蹄性認知を Fに抱かせる方法で (もし M が主張するように本当に本心からほめているのであれば)それを改定するための 新情報を何ら与えず同様の行為を続けていくことは、二人の人間関係に良い影響を及ぼす とは思えない。 ただし、筆者から見れば M のほめは既に(少なくとも M にとっては)恋人同士の「遊. 3章) び」としてフレーム化されているように思える。つまり、 Fの主張に基づく分析 ( のように非意図明示的に真意が伝達されているというより、 M は推意によって合意的に冗 談であることを伝達しつつ、メタレベルでそれを否定して Fが困惑するのを見て遊んでい る、という構図である。. Fは 4 . 2で示した各推論のどれが優位であるか確定できないと述. べているのだが、談話倒だけを見ても、 M のほめは、1.会話の文脈に関係のないところ. .I でもなー JI だってなー」のように接続調を利用し語尾を伸ばして聞 で挿入される、 2 を取りながら発話されることが多い(このような接続調は発話を有標的にし、同様の表現 方法を反復することにより、次に続くフレーズをこれらの接続調と表現方法だけで予測さ. -112-.
(17) 恋するポライトネス. せる手がかりになっている)、 3 . 視線を Fに向けている(インタピューより)、などの遊. o n 飽x t u a l i z a t i o nc u 関 ( Gumperz ,1 9 8 2 ) が観察される。否 びであることを示す有標的な c 定されることが分かっている事象に関し何ら新情報を付加せず、同様の表現を各所で繰り 返し用いることもまた、文脈効果の観点から会話における期待を裏切ることによっておか しみを生み出すものと捉えることができるだろう。 本稿は「イン/ポライトネスは聞き手の評価に基づいて行われるもの」という. d i s c u r s i v ea p p r o a c hの観点から Fの認知を問題とし、フォローアップ・インタピューの内 容を分析の観点と定めて考察を行ってきた。しかしフォローアップ・インタピューもまた、 筆者との相互行為である限りフェイス・ワークが行われる場であるといえる。従って Fの 「自分をかわいいとは思わない」という主張について、このような談話を生み出す背景に ある「自分ほめ」に関する社会的規範をメタレベルでさらに考察する必要があるだろう。. . 3の最後に述べ また、 FとM の「恋人」という関係におけるほめ対象の適切性、つまり 4 たような親密さを軸としたほめ対象及びほめ表現に対する評価基準もまた、彼らのほめを めぐる相互行為を考えるのに重要な要素である。 Fが自分の外見に対しどのような自己評 価を行い、 M との相互行為においてそれがどの程度重要なものなのかも考えなければなら ない。 このように、実際のほめ場面では、ほめの評価は話し手の意図に対する推論をはじめ 様々な要素に影響を受ける。イン/ポライトネスは一つながりの連続的な評価の総体と捉 えるべきであり、これらを従来の合理主義的アブローチによる話し手の駆使する固定的な ストラテジーと見なすことはできない。今後上述の観点を加え、さらに恋人間のほめをめ ぐるイン/ポライトネスに関する考察を深めたい。. 〈文字化の規則〉. 0 . 5 ) :( //://の後の発話が次の番号の発話と同時に発せられたことを示す。/ ( の中の数字は 0 . 5秒刻みで表示される、話の中で起こる沈黙の長さを示す。 ( 0 . 5 )は0 . 5秒 の沈黙であることを示す。/ー. : 1ー」の前の音節が長く伸ばされていることを示す。「ー」. の数が多いほど、長く発せられていることを示す。/? :疑問符ではなく、上昇イントネー ションを示す。/、:直前のターンの中で不自然ではない、ごく短い沈黙を示す。/ :笑いながらなされた発話の下に記す。/=:聞がなくすぐ起こった発話である ことを示す。/ボールド:有標的なアクセントがあることを示す。/【 する。. -113-. 】:状況を記述.
(18) 教養・外国語教育センター紀要. 注. 1 記録には I Cレコーダーを用い、 2 0 1 3年 1 1月-2014年 2月までに行われた計 7回各 3 0分程度自然会話を収集した。両者から事前に会話記録の承諾を得ているが、 ICレ コーダーはその間女性が管理・記録し、男性はいつ記録が行われているかを知らな. 1月に記録されたものからの抜粋である。 い。談話例は記録開始後初期の 1 2. フォローアップ・インタピューで得られた情報を文中に用いる場合は二重括弧に入れ る 。. 3 d i s c u r s i v ea p p r o a c hによるポライトネス研究では、「他者との関係を交渉する場にお. ∞. w o r k )J( L o cher& Watts ,2 5 :1 0 ) と定義される いて人々が従事する活動 ( “ r e l a t i o n a 1work" において、社会的に「適切. ( a p p r o p r i a t e )Jでポライトともイン. ∞. o l i t i cb e h a v i o u r( W a t t s ,2 3 :1 9 ) を基盤に、 o v e r ポライトとも評価されない p p o l i t e、p o l i t e 、n o n p o l i t e 、i m p o l i t e 、r udeなどの談話的に構築される評価をひとつ ながりの連続体と捉える。本稿の分析ではこれらの観点を直接用いることはないが、 J を意味する際にはこ 本稿でも学問上の概念としての「イン/ポライトネス(研究). の観点によるものと思われたい。 4 会話参加者らのイン/ポライトネスの評価は必ずしも発話に表れるわけではない。イ. ンポライトネスについては社会的制約と相まってさらにそうだといえるだろう。しか しそのことは、相互行為者がイン/ポライトだという評価を行っていないということ. i s c u r s i v ea p p r o a c hは「談話に表れた評価」だけではなく「談話を を意味しない。 d 通して構築される内的評価」をも、可能な限り分析の観点に含めるべきである。例え. i s c u r s i v ea p p r o a c hの立場を採る柳田 ( 2 0 1 0 ) は携帯メールの ば圏内では数少ない d 分析に際し、メ」ル内の言語表現及び返信までの聞という「やりとりそのものに注目. 0 1 仕5 1,傍点原著)イン/ポライトネスの分析を行っている。しかし して J(柳田, 2 何かを「表す、表さない」は談話を通して構築される心的評価を基盤に、社会的規範 等の諸要素による制約を受けて表明される(あるいはきれない)。しかしその際行っ た心的評価は続く談話、あるいは両者の人間関係に大きな影響を与えうる。これを、 「実際に表れていること」を重視するあまり、科学的分析が不可能であるという方法 論上の理由でフォロ」アップ・インタピユ」を用いることを否定したり、人の認知や. i s c u r s i v ea p p r o a c hが批 相互行為における推論などを分析の際考慮しないことは、 d 判してきた研究者の観点による研究のための研究に逆戻りするという皮肉であるとい えよう。. 5 これまでのインポライトネス研究は、おそらくデータ収集が困難であることもあり、. -114-.
(19) 恋するポライトネス. テレピの討論番組 (Locher&Watts ,20ω) や軍隊における談話(Bo us : f i e l d ,2 0 0 8 )な ど、制度化された状況におけるインポライトネスを対象にしたものが多い。. 6 本稿ではほめを行う者を「ほめ手JI 話し手J 、ほめを受ける者を. I (ほめの)受け. 聞き手」と記述する。「ほめ手・受け手J/ I 話し手・聞き手」の別は、当該の 手JI 文脈においてほめという行為自体に着目しているか(ほめ手・受け手)、相互行為に 着目してその中でのほめ行為に言及しているか(話し手・聞き手)によって決まる。 7 Maiz-Arev a 1 o( 2 0 1 2 ) は、コンテクスト抜きに complimentと認識されるものを 位. p l i c i t 、それ以外のものを i m p l i c i tだとしている。. 8 関連性理論の射程には非言語行為や文字によるコミュニケーションも含まれる。しか し本稿は発話された言語行為(パラ言語も含む)であるほめに着目するため、以後情 報の発信者を「話し手/ほめ手」、受信者を「聞き手/受け手」と記述することとす る 。. 9 表意:論理形式の発展により、発話から明示的に伝達される想定/推意:論理形式の 1 i s o n ,1 9 9 5 ) 発展によらず、非明示的に伝達される想定 (Sperber&W 1 0 Evolutionarypsychologyの観点から見ればほめはむしろ、自分よりも強者や上位の 者から利益を得、恩恵、に預かつて生き延びるための方略であるというのが本来的な機 能と見なされるかもしれない。しかし少なくとも高度に社会化・文明化された私たち は、談話例のような実際の相互行為場面において直接的な利害ぬきにでも他者との良 好な関係を求めてほめを行っていると見なすのが妥当だろう。従ってこのような文脈 1 6 ) のよう において行われるほめに対し、 Fにとって顕在的な百科事典的知識とは (. なものだということができる。 1 1 筆者は、人は本質的に利己的な存在であり全ての相互行為上の振る舞いは究極的には. 0 1 3 )。しかしここでは l a yn o t i o n 自己の利益に基づいていると捉えている(大塚, 2 に基づく分類を行っており、①、③では M の自己利益実現が F にとって顕在的に なっていないものと捉える。. 1 2 ほめの表現形式をとっていながら「悪意のある場合」といえば、「皮肉 j が思い浮か ぶだろう。しかし皮肉は発話の意味論的内容と話し手の真意が異なることが聞き手に. 2 0 0 0 ) は皮肉について、「話し手が本心ではネガ 伝わらなくてはならない。岡本 ( ティプに感じているのに、発話上はポジテイプさを装い、しかもその食い違いをあか 2 9 3 0 ) と述 らさまに伝える、すなわちあからさまにずれを伝えるのが皮肉である J(. べ、皮肉にはずれを伝える手掛かりが必要である一方、お世辞ではこのようなずれを 隠す必要があるとしている。つまり、皮肉は表意と推意のずれを利用するものである のに対し、欺蹄では表意と推意は合致しており、伝達する意図のない真意との聞にず れがあるものだと説明することができょう。 A. u. 戸同. ' 且. ・ 唱.
(20) 教養・外国語教育センター紀要. 〈参考文献〉. r. r. 0 1 3 . ポライトネス理論におけるフェイスに関する一考察J 近畿大学・外国 大塚生子. 2 語センター紀要(外国語編) J4 ( 1 ),5 57 7 . ・. , ∞ r形式ほめ』の条件について:シナリオ談話における先行要素の調査か 早稲田大学大学院教育学研究科紀要』別冊 1 1( 1 ),1 7 9 1 回. らJr 大野敬代. 2 日 > 4 .r ほめ意図表現』の枠組みと機能 J r早稲田日本語研究~ 1 6 ,1 0 9 1 2 0 . 岡本真一郎. 2 0 0 0 .r 皮肉かお世辞か:誇張が認知に及ぼす役割J r 愛知学院大学文学部紀 大野敬代. 2 3 .. 要~. 3 0 , 2 7 3 3 .. r. r. 川口義一,蒲谷宏,坂本恵 1 9 9 6 . 待遇表現としてのほめ J 日本語学J5 5 ,1 32 2 . ・. r. 草柳千草. 1 伺1. 恋愛と社会組織ー親密化の技法と経験」安JrI-編『ゴフマン世界の再 構 成Jp p .1 2 9 1 5 6 . 京都:世界思想社.. r 柳田亮吾 . 2 0 1 0 .r 携帯メール・コミュニケーションにおけるポライトネス:r 携帯メール、 返信が早いのは常識でしょうか ? J をてがかりに Jr 批判的社会言語学の展開』大阪 村井潤一郎. 2 0 0 5 . 発言内容の欺鵬性認知を規定する諸要因』京都:北大路書房.. 大学大学院言語文化研究科プロジェクト, 4 3 石6 .. Blakemore ,D .1 卯' 2 .U n d e r s t a n d i n gU t t e r a n c e s :Anl n t r o d u c t i o n0 1ρragmatics.Oxford:. r. B a s i lB l a c k w e l l .=武内道子・山崎英一訳 ( 1 鈎4 ) ひとは発話をどう理解するか一関. J東京:ひつじ書房. 連性理論入門 Bo u s f i e l d , D .2 目 ) 8 .1m ρo l i t e n e s si nl n t e r a c t i o n .Amsterdam:JohnBenjaminsP u b l i s h i n g . ,P .andLevinson,S .C .1 9 8 7 .P o l i t e n e s s : ・S omeU n i v e r s a l si nLanguageU s a g e . Brown. Cambridge:CambridgeU n i v e r s i t yP r e s s . .2 0 0 4 . Women ,MenandLanguage: ・A S o c i o l i n g u i s t i cAccount0 1Gender Coates,J. j J e r e n c e si nL a n g u a g e .H a r l o w :Longman. Di ,D .2 0 1 4 .S e l f p r a i s ei nm i c r o b l o g g i n g . J o u r n a l0 1Pragmatics,61,91-102. D a y s t e r. Go f f m a n , E .1 9 5 9 .TheP r e s e n t a t i o n0 1Selfi nEve ηI d 砂L i f e .NewY o r k :AnchorB o o k s . Go f f m a n , E . 1 9 6 7 / 1 9 8 2 .l n t e r a c t i o nR i t u a l :E s s a y sonF a c eB e h a v i o r .NewY o r k :Pantheon B o o k s .. Go f f m a n , E .1 9 7 4 .FrameA n a l y s i s .NewY o r k :Harper& Row. ,J .1 9 8 2 .邸 s c o u r s eS t r a t e g i e s .Cambridge:CambridgeU n i v e r s i t yP r e s s .=井上 Gumperz. r. 0 0 4 . 認知と相互行為の社会言語学』東京:松柏社. 逸兵他訳 2 Herbert ,R .K.1 9 8 9 .Theethnographyo fEnglishcomplimentsandcompliment ,W.(Ed よC o g n i t i v eP r a g m a t i c s ,p p .33 6 . r e s p o n s e s :ac o n t r a s t i v es k e t c h .I nOleksy ・. -116-.
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