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旅客手荷物の喪失と旅店主人の責任

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Academic year: 2021

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的な社会的価値を基調として行われておるため、あたかも労仇関係 は社会的価値という外在的な基準によって一義的に規定せられ得る かの如く解せられる点である。  いうまでもなく、経営にとっては労伽関係も経営活動の一部であ る。それ故に経済的含理性の問題は、つねに意識せられねばなら ぬ。それは経営者の行動を規制する重要な指標である。したがって 倫理的な要請は、合理化の実現を阻むものであってはならない。と ころで、乾乳的合理性に関しては、労彷組合の態度と行動に批判せ らるべきより多くの問題があるといえよう。それはいわば組合の、 経営に対するシニシズムの現れとも称せらるべきものであり、そし てそれは当然経営者の態度にも影響を与える。しかるにセレクマン の上述の論・文では、組合の正常ならざる行動は、すべて経営のシニカ ルな態度によってのみ誘発きれるかの如く看倣されている。労仇関 係はつねに経営と組合両主体の相関において発現するものである。 われわれは、経営者のシニシズムが正常なる労彷関係の発達を阻害 している事実を否定することは出来ない。しかしそれと同時に、組 合のシニシズムもまた決して無視し得ないことを注意しなければな らぬ。

判例研究

︹判例研究︺

旅客手荷物の喪失と旅店主人の責任

昭和二七年一

一月二一日東京高等裁判所判決

︵羅鞭塵朝露舞認峯蝶確二八覆し

︹判示事項︺  一、客が旅館に預けた物品の喪失と旅館従業.員の 過失の有無。二、右物晶の喪失についての被害者たる客の過失 の有無。 ︹主文︺ 原判決を左のとおり変更する。被控訴人は控訴人に対 し金十万円及び之に対する昭和二五年=一月一日以降右完済に 至る迄年五分の割合による金員を支払え。控訴人の其の余の請 求を棄却する。 ︵以下略︶ ︹事実︺ 控訴代、理人の主張によると、控訴人︵藤田房司︶は昭 和二五年九月二八日浜松市板屋町で東海ホテル︵旅人宿程度の 旅館︶を経営している被控訴人︵徐志軒︶方に投宿し、訴外浮 海清八郎と面談した。そして翌二九日午後一時頃右浮海と同道 して外出するに際し、控訴.人は所持の金九十九万八千円在中の 鞄を、被控訴人方の従業員︵女中︶木川ちゑ子に対し、多額の 金員が在中している旨を告げて交付してその保管を託し、同女 四九

(2)

判例 研 究

はこれを被控訴人の妻徐花子に交付し、花子はこれを金庫内に 収納した。ところが同日午後一時置〇出駕右の浮海が被控訴人 方に﹁私は藤田ですが今日又戻るつもりでしたけれど都合で戻 れなくなったから、預けた鞄を使いの者に渡して下さい﹂と虚 偽の電話をかけた上、間もなく控訴人の力者と詐称して被控訴 人方に現われ、これがために木川ちゑ子及び徐花子は保管中の 前記鞄をそのまま浮海に交付し、これに因って控訴人は右鞄在 中の金九十九万八千円の金員の所有権を喪失し、同額の損害を 蒙むるに至ったのである。そして控訴人が右の通り損失を蒙る に至ったのは、徐花子及び木川ちゑ子が旅館の従業員として当 然守るべき義務を怠り、その行動甚だ慎重を欠いたことに基く ものであって、右両名の過失ある行為がなければ浮海の前記不 法行為も成立に至らず、結局両名の過失と浮海の不法行為とが 競合して控訴人の権利を侵害するに至ったに外ならぬ。よって 被控訴人方従業員である右両名の行為によって生じた前記損害 九十九万八千円と訴状送達の翌日たる昭和二五年=一月一日以 降完済に至る迄の民事法定利率による損害金の賠償を、その経 営者である被控訴人に請求するため本訴に及んだ。控訴人の請 求全部を排斥した原判決︵一審判決︶は不当であるから、その 取消しを求める﹂、というのである。  これに対し被控訴代理人は次の如く反駁した。すなわ.ち、ω 前記聖母は被控訴人方で鞄を預る前から控訴人と一緒に居り当 日外出に際しても控訴人と連れ立って出かけており、徐花子や 五〇 木川ちゑ子もこれを見聞していた。また控訴人や浮海は被控訴 人方の馴染の客ではないので電話の声で本人か否かを確めるこ とは至難である。更に控訴人は前記鞄を寄託するに際し多額の 金員が在中している旨を告げたというがこれは事実に反するコ 控訴人は右金員在中の事実は勿論、貴重品乃至高価品在中の旨 も告げず、金庫に入れてくれとさえ云わなかったのであるが、 被控訴人方ではこれを金庫に入れて慎重を期したのである。従 って徐花子や木川ちゑ子が右鞄に大金が在中していることを知 って居たら当然更に慎重な態度を採り、本人以外の者にこれを 渡す筋合ではなかったのである。故に右のような事情の下にお いて控訴人主張のような注意義務を要求するのは甚だ酷であ り、このことは旅館営業という特殊事情のため、一般人が物品 の保管を託された場合﹁の注意義務よりその注意の程度を緩和し ていると思われる商法五九五条の規定からも窺い得るところで ある。要するに徐花子及び木川ちゑ子の行為は旅館従業員一般 に通常要求される注意義務を欠いたものとは到底謂い得ないの である。ω仮りに右両名の行為が不法行為を構成するとして も、使用者たる被控訴人は右両名の選任監督について相当な注 意を為していたのであるから、被控訴人には賠償の義務はない。 ㈲仮りにそうでないとしても、控訴人が前記鞄を預けた際、控 訴人主張の金員が在中の旨を一言木川ちゑ子等に告げさえずれ ば、何等の損害も生じなかったこと一点の疑いも存しないとこ ろであるから、本件損害は一に控訴人が右大金在中の旨を告げ

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なかったことに起因し、控訴人にも過失あるものと謂わねばな らない。従って過失相殺の法理により、被控訴人は損害の一部 而も単なる名目上の数額のみを賠償すれば足るものである。な お控訴入はその後浮海清八郎の妻から同人の騙取した金員中の 十三万円の返還を受けているのであるから、損害額が九十九万 八千円であるどする控訴入の主張は失当である、と反論したの である。 ︹判決理由︺ この事案において、判決は先づ控訴人が寄託した 鞄には千円紙幣九百九十八枚合計金九十九万八千円が在中して いたこと、及び豊海清八郎の詐欺行為により徐花子及び木川ち ゑ子が右鞄を裏海に引渡したので控訴人が右在中の金員等の所 有権を失ったことを認めた後、右徐花子及び木川ちゑ子の行為 が同人等の過失に基くものかどうかという点について、浮海か ら電話がかかった際に﹁右電話を受けたのが徐花子であったと ころ、徐花子は被控訴人方の調理等の仕事を主として掌り、控 訴人とは其の以前に全癒問答等を交したこともなく、控訴人は 被控訴人方の馴染の客でもなかったこと、木川ちゑ子は前日控 訴人が投宿以来其の係女中として同人と接し、更に前夜夕食前 後には相当立談等を交わしていた程であって控訴人の音声語調 等には慣れていたこと、浮海清八郎は控訴人より美声であり静 岡誰りの語調であること、電話のかかって来た頃は被控訴人方 に来客もなく暇があったことが、⋮⋮を綜合して認め得られる, から、右電話を受けた際徐花子が逸早く木川ちゑ子と代り、再

判ト例研究

び被控訴人方には戻らないと云う電話の相手方が控訴人本入で あるか否か、真実預り品を使者に渡してよいか否かを確認させ るべきであり、而も其の際疑念が残れば、浮海が被控訴人方に 使者と称して来た際、控訴人の居所動静等を尋ねる等して右電﹁ 話の真偽を更に確かめ得たのであって、斯くしてこそ、其の預 り品が通常の物であると高価晶であるとに関係なく、旅客に不 測の損害を生ずることを避け、かねて旅館の信用を保持するた めに、旅館業の従業員として当然守るべきことであったと解せ られる。然るに、印花子等が右の措置を採ることなく、却って 右電話を切った後始めて徐花子に於て木川ちゑ子に﹃藤田さん と云う客が泊って居るか、その客から鞄を預ったのか﹄と尋ね て其の電話の主を控訴人本人と断じ、且つ其の後生控訴人方に 来た西海清八郎を漫然控訴人の使者と信じて鞄を交付するに至 ったものである﹂ことが認め得られるから、 ﹁徐花子と木川ち ゑ子の右行為は過失ある行為であったと謂わねばならない﹂と 断じ、次に被控訴入が右両名の選任・監督につき相当の注意を 為したか否かという点については、其の選任については相当の 注意を為したと認められるけれども、 ﹁前記鞄の授受の当日被 控訴人が在宅した事実と、前記認定に係る木川ちゑ子が控訴人 から右鞄を渡され﹃金員在中﹄の旨を告げられ乍ら、其の金額 の多寡等を反間し之に応ずるが如き態度心構えも示さず、漫然 と之を普通品の預りとして処置し、湘更に電話があり引続き浮海 清八郎が使者と称して来るや漫然と之を同人に交付せしめ、従 五一

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判例.硫究

業員等に格別前記の如き注意義務を指摘し之に応ずる適切な措 置を採らしめなかった事実を綜合すると﹂、﹁被控訴人が其の事 業の監督につき相当の注意を為していたものとは認めるに足ら ず、且被控訴入が其の事業の監督につき相当の注意を為しても 前記損害の発生が.必然且明確であったものとは到底認めるに足 りない﹂として、使用者たる被控訴人に賠償責任を認めた。し かし乍ら、 ﹁控訴人が右鞄を木川ちゑ子等に寄託す.るに際し、 大金が在中することを告げなかったことか、⋮⋮に徴して認め 得られる、而して、控訴人が前記のように大金の在中する鞄を 木川ちゑ子に交付するに際しては、少くとも金額の概略だけで も告げたならば被控訴人方においても特段の注意を払うべきこ とは弁論の全趣旨により推認し得るところであるが、控訴.人は 何等かような告知をなさなかったものである。即ち控訴人は旅 客として右全円在中の鞄を寄託するに当り、当然とるべき措置. を敢てなさなかったもので、右は、本件損害の発生につさ被害 者たる控訴人にも過失あるものというべきである﹂として、過 失相殺についての被控訴人の抗弁を認めた。また損害額につい ては、控訴人が浮海の妻より金十三万円を受領した点を認めて、 喪失した九十九万八千円より右金額を控除すべきものとし、最 後に本件.損害賠償の額を定めるについては、控訴人の前記の如 き過失を斜走して、被控訴人に主文記載の金額︵十万円と利息 相当の損害金︶の支払を命じ、控訴人の請求全部を排斥した原 判決は一部失当であるとして、これを変更し、主文の通り判決 五二   したのである。  ︹研究︺ 判旨には同意できない。裁判所は本件につき商法五九 五条を適用して、控訴人の請求を全部棄却すべきであったと考えら れる。しかしこの点については、商法並びに民事訴訟法上かなり問 題があるので、以下その理由を述べる。   ︹参照条文︺ 商法五九五条H貨幣、有価証券其他ノ高価品二    付テハ客力其種類及ヒ価格ヲ明告シテ之ヲ前条ノ場屋ノ主人    二寄託シタルニ非サレハ其場屋ノ主人ハ其物品ノ滅失又ハ殿    出汁因リテ生シタル損害ヲ賠償スル虫貝二期セス  一 先づ第一に、控訴人︵客︶が問題の鞄を寄託するに際し、金 .員九十九万八千円が在中する旨を被控訴人側に明些したか否かとい う点を、鐵判所は明かにすべきであったと考えられる。しかるに判 決はこの重要な点につき、一方では﹁木川ちゑ子が控訴人から右鞄 を渡され﹃金員在中﹄の旨を告げられ﹂た、と認め乍ら、他方では ﹁控訴入が義歯を木川ちゑ子等に寄託するに際し、大金が在中するこ とを告げなかったことが⋮⋮に徴して認め得られる﹂と判示して、 甚だあいまいな見解を示しているにすぎない。この点は商法五九五 条との闘連において極めて重要なところであるから、かかる判決の 不明確な態度は遺憾である。或は裁判所は﹁金員在中﹂の明告はあ ったが、 ﹁大金在中﹂の明告はなかったと判断しているのであらう か。しかしたとひ﹁金負在中﹂の明告があったとしても、これだけ では商法五九五条にいわゆる高価品についての﹁其種類.及ヒ価格﹂ の明告があったことにはならぬから︵財舗塑鰐船囎號耀︶、 隔

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裁判所は本条を適用して、被控訴人︵場屋主人︶を免責し、控訴人 の請求を棄却すべきである。  二 尤もここで注意を要するのは、被控訴人が商法五九五条を援 用して免責の.抗弁を自ら主張していない点である。すなわち、被控 訴人が自ら援用していないのに、裁判所が独自の判断で本条を適用 して、控訴人の請求を排除しうるかどうかということが、民事訴訟 法にいわゆる弁論主義との関連において問題となる。いうまでもな く弁論主義とは、裁判所が判決をするについてその基礎となる事実 は専ら当事者の弁論における・弓張の.みから採用すべしという裁判の 原則をいい、その内容をやや詳細に述べると、ω請求の原因におけ る主要事実︵目口一己雌魏⑳灘陞勢腰鞭虫のは硝鍼︶ は口頭弁論において当 事者が主張しない限り裁判所はその事実を判決の際に勘酌すること はできない︵鰻噺測興言︶、ω当事者聞に争いのない事実については 裁判所はこれに拘束されてこれに反する事実の認定はできない︵誠 転知謙二︶、㈹争いある事実については当事者が申し出た証拠の みに基いて認定すべく、申し出のない証拠を取調べることはできな い、という三点に分れる︵痴耕判捌陥胆縦樋嚇訟雛捌口、︶。しかしこの 弁論主義が問題になるのは事実聞係についてだけである。注律上の 判断や法規解釈については、これはもとより裁判官の職責とすると ころであって、当事者の意見や陳述に拘束されないのである︵嚥肝 二月 Z議 忞酪 f避 {琴 呉レ ェ綱 条︶。 ﹁汝は我に事実を語れ、さらば我は 汝に権利を語らん﹂という法諺はこの関係を示すものである。故.に 本件判決について言えば、たとひ被控訴人が商法五九五条を援用し

判例研.究

て自ら免責の主張をなさずとも、いわゆる﹁種類及ヒ価格﹂につい ての明告がなかったという事実についての主張さえあれば︵誤辮蘭㌃ 鉢碓凍㈱土質豆倒愚筆櫨加乱塾鉱赫砿詮雁騨物縮儲結切魚幡砂吐を民望張︶、裁判所 は独自の判断で商法五九五条を適用して控訴人の請求を排斥するこ とができるのであり、またそうすべきであったと考えられるのであ る。  一部の学説は、弁論主義の内容として右に述べたωの原則の一適 用として、攻肇は防禦の方法︵嘱重疑条︶は当事者が提出しな い限り、裁判所は独自で認定叉は判断ができないとしている。かか る見地に立てば、本.件において被控訴人が援用しない商法五九五条 を裁判所が自ら適用して被控訴人を免責することはできないという ことになり、結局本件判決の態度が是認せられることにならう。し かしかくの如き見解はあまりにも弁論主義を極端に強調したもので あって、私の賛成できないところであり、また従来の判例も必ずし も右の学説程厳絡な見解を示しているわけではないのである︵画筆無 鯖覧墾横概F軽輩鋼船総練議醐編暢鷺罵︶藷総局根諺︶。思う に裁判所が拘束せられるのは、攻撃防禦方法の中でも申立及び事実 上の陳述であって、法律上の陳述は何等裁判所を拘束しないと解 すべきである︵鎌イ和賀舞職︶。法律上の陳述は攻撃防禦方法の一態様 ではあるが、これは法律判断として弁論主義の制限の範囲外にある と考えられるからである。

またいわゆる権利抗弁︵鰻鑛蒲野駈欝脳雛簾鯖露翻炉

五三 P

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判例研究

榔) ノついては、当事者がその抗弁の基礎となった事実のみを主張 したのでは足らず、直接その抗弁自体を主張しなければならぬとす るのが、最近における最高裁の判例である︵畷爾欄か遡㌦航牌ン斯明彬概 瓢麟誰攣曲管︶。本件判決に関して問題となるところの、商法 五九五条を援用して控訴人の講求を排除する被控訴人の抗弁が、権 利抗弁に該当するかどうかは一応問題であるが、私は否定的に解し たい。弁論主義の原則の範囲はなるべく狭く解すべきであり、従っ て権利抗弁の概念も制限的に解することが適当と考えられるからで ある︵弁論主義の範囲は狭く解すべしとする見解については、村松・﹁弁論主義﹂民事訴訟法講座二巻五三四頁以下参照︶。要するに本 件においては、被控訴人の援用がなくても、裁判所は商法五九五条 を適用し、被控訴人を免責すべきであったと思うのである。  三 しかしここでなお一つの問題が残っている。それは本件につ き商法五九五条が適用されたとしても、果して被控訴人が全面的に 免責されるかどうかという問題である。というのは、高価品に関す る商法五九五条︵五七八条もまた同じ︶に関して、わが判例は先導 判決たる大正一五年の大審院判決以来、いわゆる請求権競合説の立 場から、本条によって受寄者が免責せられるのは契約上の債務不履 行責任のみであって、その不法行為責任まで免責されるものではな いという見解をとっているからである︵回目か獣一興碑寛明牝罐聞蕨爺↑ は同説のもの多し、中島・京法雑誌四巻三号二〇頁、加藤・海法研究ご巻三五七頁. 岡野・商行為及保険法二三七頁。現在では田中誠・海商法提要三〇五頁がこの説をと 漏れ︶。 右の大審院判決は運送人に関する旧商法三三八条︵現行五 七八条︶についての判決であるが、昭和一七年の大審院判決は商法 五四 五九五条につき同一趣旨より次の如く判決している。  ﹁債務不履行二因ル損害賠償ノ責任ヲ有スルや否やノ問題ト不法   行為画因ル損害賠償ノ責任ヲ有スルや否やノ問題トハ自ラ別個   ノ聞題ヲ為スモノナルが故二、債務不履行二審ル損害賠償ノ責   任ナシトシテ直二不法行為二因ル損害賠償ノ責任モ亦存在セズ   ト断ズルヲ得ズ、 両者ヲ原因トシテ請求権競Aロスル場△ロモ在り   得ベシ。商法第五九五条ハ単二同条所定ノ場合ニハ場屋ノ主人   ハ債務不履行二王ル損害賠償責任ヲ負担セザル旨規定セルモノ   ニ過ギザレバ、民法不法行為二関スル法律トハ其ノ規定ノ対象   ヲ異ニシ互二二ノ適用ヲ妨ゲザルモノナレバ、原審が本件ノ場   合二日上告人主張ノ民法第七一五条二塁ク損害賠償ノ請求ヲ認   容シタリトスル・所論・如キ違法ナシ。・︵顯順守娯羽翫   蠣四達︶  右の判例の趣旨より推せば、たとひ本件に商法五九五条が適用さ れたとしても、被控訴人は寄託契約上の寄託物返還義務不履行に基 く損害賠償責任︵踊籟九︶は免れ得るが、しかし過失によって控訴人 の所有物を侵害したという不法行為による賠償責任︵嘱枇℃凱鱗︶は 免除され得ないということとなり、結局五九五条を適用しない本件 判決の結論と同じ結果になるであらう︵本件につき東京高裁が弁論 主義め問題を冒してまで五九五条を適用しなかった実質的な理由は ここにあると思われる︶。  しかし右の大審院判例の見解は不当である。商法五九五条が問題 となるケースにおいては、債務不履行の成立する場合には不法行為

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もまた成立するというのが実際上の逼例であらうから、判例の如く 解しては、‡条の認める免責の恩恵を右手より与えて左手より奪う 結果になる。故に請求権競合説に立つならば、商法五九五条は債務 不履行責任と不法行為責任の双方を免責した規定と解すべきである (竹 c。商行為法一七八頁、大森。商法総則商行為法二入九頁︶。  更に進んで考えると、右の判例が拠って立つところの請求権競合 説そのものがすこぶる疑問である。現在では請求権非競合説︵法条競 合説︶が有力に主張される。一つの行為︵例えば寄託物を滅失せしめ るという行為︶によって債務不履行責任と不法行為責任という二つ の責任が生ずるというのはおかしい。不法行為は一般的に人々相互 間において損害の生じた場合の問題であり、債務不履行はこのうち 契約関係という特殊隣係にある当事者間に損害が生じた場合の問題 である。後者は前者の特殊な一態様にすぎないから、契約法の規定と 不法行為法の規定とは特別法と一般法の名宝に立ち、契約法の適用 あるときには不法行為法の適用は排除せられる。発生した一つの損 害にういては一つの責任︵損害賠償貢任︶のみが生ずるものと解すべ きである︵鰍瀦四滴斯為碓含煮額堂揚接蘇下露胴鱗一嫌疎か嫡節騰磯商鳳 藤勤鄭融鋪講鰍︶というのがその主張である。私も請求権非競合説を正 当と考える。  この見解に立って本件を見れば、被控訴人が控訴人の寄託物を滅 失せしめたとしても、不法行為責任は何等成立せず、ただ寄託契約 上の債務不履行責任が生ずるのみである。しかも被控訴人の債務不 履行責任は、控訴人が高価品たる寄託物の﹁種類及ヒ価格﹂の明告 をなさぬ限り、商法五九五条により当然に免責されるから、結局被 控訴人には何等の賠償雪雲も存しないと解せられるのである。

判例研究

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