1.研究主題によせて (1)はじめに 今や“美術不要論”という言葉に過剰に反応するの は,学校現場にいる美術教師だけであろうか。中学校・ 高等学校において美術の授業は不要だと考えている生 徒,保護者,学校関係者が多々いる。そんなステレオ タイプ思考が浸透していることを感じとっているのは 美術関係者だけであろうか。美術の授業は無駄である と考えている人も実際この世の中にはいる。たしかに 学校で美術を学ばなくとも生きていくことは可能であ るし,美術のこと知らなくとも生活する上で,大して 支障はないだろう。不要論はあくまでも実用性の観点 のみで物事を判断することによって生じるものである。 もし,この実用性の観点だけで判断すれば,美術以外 の他教科もこの不要論は適用可能である。高校受験に 関係するということで判断すれば,いわゆる主要教科 といわれている5教科は意味のある必要教科で,それ 以外は不要教科となる。長い人生でみると受験が人生 のゴールであるはずもないのに,依然,児童・生徒た ちは日本社会の中で隆盛を保っている学歴信仰,高学 歴がもたらす人生の成功幻想におどらされ,ドロップ アウトすることの恐怖から個性的思考機能を停止し, 外に無限に広がる未知なる世界への想像力を封じ込め ようとしている。肩書きや経歴はその人を知る一助と はなるであろうが,そういった肩書きだけで人間の価 値がはかれるはずがない。他や社会とどう係わり,何
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美術
基礎的能力を伸ばし,情操を養う美術教育プログラムの開発
― 美的直感・分析による鑑賞および系統的造形言語習得プログラムの効果 ― 馬淵 哲 本論の要旨 本研究は,生徒が美術の表現・鑑賞活動を通して,基礎的能力を伸ばし,情操を養うためには, どのような活動が必要なのか,また,どのように指導計画を立てていけばよいのか,実際の授業や指 導計画の分析を通して検証するものである。過去2年間の研究の中で,審美的体験,基礎的能力を観 点にして,指導内容を整理し,系統性を意識しながら指導計画を立てることにより,指導のねらいが 明確になり,基礎的能力が伸びることが確認できた。だが,それら検証は,あくまでも指導者側の授 業・作品分析,生徒の感性的な評価分析に偏り,習得・活用・探究を観点にした生徒側からのプログ ラム評価の分析による検証が行われていなかった。そこで,本年度は,美術科3年間のプログラムに ついての生徒の評価を分析し,美術教育プログラムについての再検証を図った。本校の現行プログラ ム項目内の相対評価ではあるが,真善美に関してどのような意識の変化が生まれているかについて検 証することができた。 キーワード 美的直感力・分析力、造形言語の習得・活用結合・関連(活用)
他者や社会, 自然との関連基礎・基本(習得)
系統・発展的にスキル習得情操(探究)
自然,美術作品や文化 遺産などについての理 解や見方の深化、真善 美聖の探究を得たか,どう働きかけ,何を成し遂げたか,何を創 造したかで人間の価値がはかれると考える。もし,学 歴や地位だけにこだわる人をこの社会が大量に養成し ているとすれば,そのような虚妄の世界に生きる人を 生み出すこの社会全体に蔓延する精神世界の貧しさ, この社会の教育に関するグランドデザインの欠如にそ の原因があると断言できる。まわりに広がる豊かな世 界を感じ取ることが出来ない虚妄の世界に生きる自己 中心的な人間,実利主義のエコノミックアニマルを大 量に育てたこの国に教育的歪みがあると言えるであろ う。しかし,そのように他に責任を求める批判的な言 説とは裏腹に,中学校美術の授業が,実はその教育的 歪みの一翼を担っているのではないかという疑念も同 時に抱いている。他や社会に働きかけ,十分な教育的 価値をもっているということを示すことが出来ていな いのではないか,その反省と自戒の気持ちも同時に抱 き,他に向ける批判と同様,自己批判として自身にも 向けているのである。美術の授業はやはり必要である と後押ししてくれる人たち,実践を通して美術の重要 性を示すことが出来る人たちを育てていかなければ, 批判したことは説得力をもって他に響いていかないだ ろう。実践してきた美術教育プログラムが美術科の目 標を達成する上で有効か,教育的価値を持ち,生徒が 教育的効能を実感できているかどうかを検証し,美術 の重要性を示すことができる美術教育プログラムとは どういうものか本研究で明示していきたいと考えてい る。 (2)美術科における基礎的能力と情操 美術科における基礎的能力とは,造形技術のみを指 すのではなく,視覚・触覚言語を読解し,視覚・触覚 言語で表現していく基礎的な力全般を指している。そ れらが伸びることで感覚が磨かれ,情操という高次の 感情が養われていく。その感情の高まりが生涯にわた って豊かな文化的生活を創造しようとする意欲へとつ ながっていく。 そして,美術科のもう一つの重要な目標である“美 術を愛好する心情”は,造形体験の中で得られる機能 快または機能美,作品鑑賞の中でひらめく美的直感と いった経験の量に比例して育っていくと考える。そう 仮定するとそれらの体験をどれだけ授業の中で仕組み, 経験させていくかが美術の授業では重要になってくる。 (3)美的直感と分析による鑑賞から表現へ 視覚における表現と鑑賞は本来一体化したものであ って,表れているものと見ることは即時性がある。視 覚機能を有するものは表れているものを認知し,何ら かの判断を行っている。表現活動とはその認知と判断 からなされるものである。それはあるものは身振りと して,またあるものは言語情報として,またあるもの は書いたり描いたりして記憶にとどめようとする。そ れが習得であり,その効果を記憶したものは,ある機 会にそれを活用しようとする。またさらに効果を上げ るために探究しようとする。 美的直感はもちろん重要であるが,それが一時的な ものでなく,永続的なものにするためには,言語化も しくは意識化する必要がある。言葉で表現し,分析し, 記述していくことで直感したことは定着していくであ ろう。 直感力は,その経験の量と強度(深さ)に比例する と考えられる。すなわち,どんな生活環境で過ごすか が,美的直感力をはかる場合,一つの分析材料となる。 能動的な知性は,強制されたものやお仕着せの知識か らは育つことはない。美的直感力は能動的な鑑賞の経 験量に比例する。鑑賞の中で“ここちよい”“よい”“美 しい”と感じたものが意識化され,記憶されたときに 初めて,それが次の能動的な鑑賞へとつながっていく のである。これはそのまま表現活動にもつながる。次 への表現意欲は“ここちよい”“よい”“美しい”の発 見で育まれる。機能快または機能美,美的直感によっ て,表現および鑑賞活動は旺盛になる。 (4)研究のねらい 本研究では,本校美術科でキーワードにしている3 点を指導の柱にして,生徒の基礎的能力を伸ばし,情 操を養うことを目標とする。3点は以下の通りである。 ①base(基礎・基本) ②link(結合・関連) ③aesthetic sentiments(情操;真・善・美・聖) 中学校3年間で身につけ,伸ばす基礎的能力とは一 体どういうものか,それを伸ばすためにはどのような 指導計画を立てればよいのか,どういう教材を提示す ればよいのか,どのように工夫して授業を組み立てれ ばよいのか,また他人とともに協調し,他人を思いや る心や感動する心を育て,情操を養うためにはどうい う教材や活動が必要なのか実践・検証することを研究 のねらいとする。ここでは「基礎的能力は系統性や関 連性を持たせて反復的に応用発展させていくことで定 着し,自身の生活と他者や社会との関わりの中で生き る力となる」「他者や社会・他文化・自然との関わりの 中で,多様な価値観や英知・崇高な美に触れ,また, 他人と協調する中で,他人を思いやる心や感動する心 が育つ」という立場に立脚し,特に次の3点を明らか にしたい。
① 基礎的能力を伸ばす指導計画・指導法 ② 情操を養う教材,また指導法 ③ 他者や社会・他文化・自然との関わりの中で展開 する授業の方法 以上3点について,実践・検証を行っていきたい。 (5)研究仮説 学習活動の中に,実生活や社会に生かされているも の,または生かされるものであるという有用性,明快 な到達目標,英知や美の発見,造形の楽しさ,創造す る喜びがある場合,生徒の創造的活動は促進されるで あろう。基礎的能力が身につき,自然との触れ合い, 他者や社会との豊かなコミュニケーションが展開され る中で豊かな情操が養われるだろう。 (6)研究方法 以下の研究資料を分析し,考察する。 ① 生徒の実態 ② 教材化に向けての資料,授業用資料 ③ 指導計画,指導案 ④ 授業の実践記録,生徒の観察 ⑤ 生徒の作品および自己評価・授業評価 ⑥ 課外活動の記録 5.授業実践例1 (1)題材名,対象学年,授業時数,内容 「うつわのデザイン」,第2・3学年, 2時間,古今東西の器を題材にした鑑賞 (2)題材によせて 中学3年生になると,自分の生き方やまわりなど社 会に強く意味を求めようとする傾向が強くなる。そし て,絶えず物欲を刺激される資本主義的消費社会の中 で,今の生徒たちは,その商業的戦略にのせられ,知 らず知らずのうちにイメージの刷り込みがなされ,先 入観を持ってものをとらえる傾向が強くなってきてい ると生徒を取り巻く環境や状況から推測できる。新し い物に対しては敏感でそれを求めようとする傾向も強 い。伝統文化に関しては,古くて現代に生きる自分と は縁遠い世界であるという先入観があるためか無関心 な生徒も多い。鑑賞や表現活動を通して,積極的にま わりのデザインや伝統工芸に目を向けてみると,普段 あまり注意しない生活の中のデザイン・伝統工芸も, 使いやすさ・わかりやすさなどの機能面,心の癒しや 潤い,活性化など美的な面で,人や社会のために役立 っているということに気づくであろう。本題材では, 人間と物が機能と美で結ばれる心豊かな器デザインの 鑑賞や表現活動を通して,主体的にデザイン・工芸と 関わり,美的で心豊かな生活を創造しようとする生徒 を育てていきたい。 器は人間が誕生した原始の時代から現代にいたるま で作られ,デザインされてきた。食に密接に関わり, 常に人間が必要としてきた基本的な物であり,そのデ ザインは人間に寄り添いながら,材質や色・形・イメ ージ等,視覚や触覚等の感覚を刺激し,人のために常 に創意工夫されてきた。地球や人の環境が激変し,未 来の予想が厳しさを増す現代においても,器は変わら ず人に役立ち,生活に潤いを与えている。すべての人 が心豊かに楽しく暮らせるような美しく人に役立つ, よい器のデザインを鑑賞し,意見や感想を交流するこ とは,主体的に生活や社会と関わり,楽しく明るい未 来を創造しようとする姿勢を育てるには最適であると 考える。 本題材を通して,デザインのよさや作家の創造力の 豊かさを味わう中で主体的にまわりと関わろうとする 態度を育てたい。また歴史をたどり,多種多様な美術 文化に触れ,意見や感想等の交流の中で,生徒に複眼 的多面的な視点を新たに獲得させ,自分の感じ方・考 え方を広め,深め,器デザインの真の価値を見出せる ようにさせたい。そして,脈々と受け継がれる日本や 他の芸術文化についても理解を深めさせたい。 そのための指導方法としては,各自がイメージマッ プ等シンキングツール,鑑賞キーワード(対照概念例) を活用し,直感と分析を繰り返しながら,作品を読解 する中で,器デザインのよさ・美・魅力に迫らせたい。 そして,その活動の中で,人間と物が機能と美で結ば れる心豊かな器デザインのよさ,作家の創造力の豊か さなどを味わわせたい。またグループごとにデザイン のプレゼンテーションを行い,そのよさを伝え合う中 で,感じ方・考え方を広め,深めさせたい。 (3)学習目標 生活の中のデザイン,古今東西の文化から生まれる 工芸について興味・関心を持ち,人間と物が機能と美 で結ばれる心豊かな器デザインのよさ,作家の創造力 の豊かさなどを味わう。また,意見や感想等の交流を 通して,自分の感じ方・考え方を広め,深める。 (4)学習計画 第一次 うつわデザイン鑑賞~鑑賞とプレゼンテ ーション構想~ 1時間 本時(公開授業) 第二次 うつわデザイン対決~プレゼンテーショ ンと感想交流~ 1時間
(5)習得・活用・探究 ①基礎・基本(習得) 多種多様な鑑賞の視点を与え,直感・分析を繰り返 しながら作品を読み解き,作品のよさに迫る。人に美 やおもしろさ,よさを伝えるための発想力を身につけ る。それら作品読解力や効果的に伝達するための表現 力を色・形・イメージ・材質といった視覚触覚言語を 言葉や文字言語に置き換え,表現するためのスキル習 得をワークシートや意見・感想の交流を通して行える と考える。 ②結合・関連(活用) 人間と物が機能と美で結ばれる心豊かな器デザイン の鑑賞や表現活動を通して,美意識を高める中で,美 的なものを積極的に生活に取り入れ,飾ったり,表現 したりするようになると考える。 ③情操(探究) 普段の生活からは窺い知ることのできない世界を体 験することは,自分の世界を広げ,深めることになる。 また,脈々と受け継がれる伝統文化,器デザインの中 に,生き生きと生活している人々の姿が反映されてい ることを見出すことができる。善いものか真なるか美 なるものかは,鑑賞者の直感力にゆだねられる。本時 においては,知識・技術面に偏ることなく,器デザイ ンの魅力について,多面的に考える中で,美的直感力, 読解力を高めていくことができればよいと考える。デ ザインプレゼンテーションに向けてじっくりと鑑賞す ることが美的直感力を高めることになり,それが美の 表現・鑑賞を積極的に行う原動力になると考える。 (6)学習計画 第一次 鑑賞の学習過程 学習内容・活動 導 入 1.生活用品の デザインにつ い て 考 察 す る。 2.デザインの 比較からその 本質をとらえ る。 1.俵屋宗達の屏風絵を題材に, 生活用品のデザインの特質や 魅力について考える。 2.幾種かのペットボトル,また 縄文式土器と弥生式土器をそ れぞれ比較検討しながら器ま たはパッケージデザインの特 質をとらえる。 展 開 3. デ ザ イ ン プレゼンテー ション活動の 中で,器各種 デザインのそ れぞれのよさ について考察 する。 3a.2,3人グループで無作為 に選んだ器のデザインについ て,各自がイメージマップ等シ ンキングツールを活用し,直感 と分析を繰り返しながら,器デ ザインのよさ・美・魅力をとら える。 3b.グループで相談しながら, 〔器対決〕 1A 野々村仁清 1B 本阿弥光悦 2A 中国 2B レーベンシュタイン 3A3B 尾形乾山 4A プロイセン 4B 濱田庄司 5A ジャン・デュナン 5B 朝鮮磁器 6A6B エミール・ガレ 7A 尾形光琳 7B 尾形乾山 デザインプレゼンテーション の構想を練る。 3c. 2グループ対抗のプレゼン テーション1番目の2グループ がそのモデルケースとなりプ レゼンテーションを行う。 視聴者はプレゼンテーション 前に自分がよいと感じたデザ インについてワークシートに 記録し,プレゼンテーション中 はメモをとり,その終了後,改 めてよいと感じたこと,考えた ことを記録する。 3d.デザインやプレゼンテーシ ョンについて意見や感想を交 流する。 ま と め 4.本時のまと め 4.本時の活動についての全体 的な評価と次時の連絡を聞く。 俵屋宗達「蔦の細道図屏風」六曲一双 ※上の上下二 図は同一の作品。右隻と左隻を入れ替えてもつながる ように計算されて描かれている。自由に縦回すことの できる屏風の特性を生かしたデザインと言える。日本 古来,絵は独立して鑑賞する物ではなく,生活用品と 一体であったことの一つの例として提示している。 〔触覚的対照〕 ツルツル⇄ザラザラ 軽い⇄重い 直線⇄曲線 平面⇄曲面 凹⇄凸 平⇄グラデーション 艶消⇄光沢 柔⇄硬 〔視覚的対照〕 大⇄小 狭い⇄広い 長い⇄短い 対称⇄非対称 動態⇄静態 単純⇄装飾 無彩色⇄有彩色 寒色⇄暖色 均一⇄グラデーション 空想的⇄現実的 強い⇄弱い サ イ ズ ・ プ ロ ポ ー シ ョ ン / 形 ・ 動 き / 色 材 質 / イ メ ー ジ 鑑賞キーワード・対照概念例:
6.系統的造形言語習得プログラムの効果・検証 (1)アンケート・テスト結果から分析
~グラフより~
性・情操の意識調査と美術科学習内容が今後活用でき そうかどうかについてのアンケート結果を表している。 そして,下のグラフは,中学3年間で学習してきたも のを3年生の最後のテストで出題した四択問題の正 当・誤答率を表している。“美術の基礎的な能力”と“美 しいものを求める気持ち”に関しては他項目と比べる と高まったと思う率は低くなっている。美術科におけ る基礎的能力とは,造形技術のみを指すのではなく, 視覚・触覚言語を読解し,視覚・触覚言語で表現して いく基礎的な力全般を指しているが,以降に挙げてい る生徒の自由記述とあわせて分析すると,その基礎的 能力の定義がきちんと定義づけされていないためか, 生徒は,塗りや描画,手先の器用さなど造形技術のこ とを単純に基礎的な能力と捉えているようである。そ の造形技術の規準を高く設定しているためか,自分は 力がついていない,苦手であるというような認識に陥 っている。一方で,造形技術の規準を高く設定し,そ れをクリアできたと感じている生徒は,基礎的能力が かなり高まったというように感じているようである。 テストの方を分析してみると,左の“トーン”など 正答率の高いところは,実際に自分でそのトーンの色 を絵の具で作り,グラデーションで塗ったものであり, 語句としても,また概念としてもしっかりと定着して いることがよくわかる。アンケートの数値も活用でき そうという割合が高く,自由記述の部分にも活用した という声が数多くあった。三原色と白黒の絵の具5本 で60色を作るというのは,相当時間がかかり,面倒 ではあるが,意味のある経験になっているようである。 配色の幅が広がったという生徒の声は,その後出来 上がってくる作品を眺めてみると真実みがあり,首肯 できるものである。しかし,反対に正答率が半分を下 回るかなり低い項目もいくつか見られる。例えば,“色 光の三原色”であるが,これは,教科書と言葉だけの 説明に終始し,実体験が伴っていなかったことが原因 として考えられる。色光の混色実験を行えば,おそら くしっかりと定着していただろう。“色の軽重”,“色の 強弱”については,“色の三要素の何と関係が深いか” という問いであったが,半分ほどしか正答してない。 “色の性質を活用する”という視点で見ると,相当重 要な概念である。感覚的にはおそらく捉えられている と推測するが,色の概念図としても整理でき,しっか りと捉えられるようにさせたいところである。 学習内容の“活用できるかどうか”の部分を分析す ると,実用を重視して計画した“ランプシェード”が 最も活用できないという結果が出た。逆に,あまり活 用できないのではないかと考えていた“デッサン”や “線遠近法”の方が活用できる割合が高いという皮肉 な結果が出た。「高度で難しく,本当に中学校でやらな いといけないものなのか」と私自身が疑問に感じてい た学習内容の一つであるが,生徒が“活用できる”と 考えているのは本当に意外なことであった。“レタリン グ”についても,パソコンで簡単に様々な文字が打ち 出せるこのご時世に,「わざわざ練習する必要があるの
だろうか」と,これも疑問に感じていたものの一つだ が,中学校では,レポート作成や行事などで使用頻度 が高く,十分活用できるものとなっているようである。 “平塗り”についても,予想外に“活用できそう” の割合が高かった。普段の生活で,平塗りする機会も 少なく,デザイナーもほとんど行うこともないような, 看板職人か,日曜大工を趣味にしているひと以外必要 ないと考えていた技術を“活用できる”と考えている のは意外な結果であった。 ~生徒の自由記述より~ ①基礎的能力(造形・表現) <塗り> ・うまくいかないこともありました。例えば,グラデ ーションの時の色がうまくつくりあげられなくて,塗 るのも枠からはみ出してしまうなどです。苦労はした ものの,やっているうちにコツをつかんだようで,今 ではお手のものです。 ・3年間,美術の授業を受けて,最初苦手だったもの が少しずつできるようになりました。グラデーション などは,習うまではどうやってすればいいのかわから なかったのですが,色を少しずつ組み合わせて行くと いうことを知り,うまくはないのですができるように なりました。絵の描き方にも色の塗り方にもいろいろ な方法があって,それを使い分けることで雰囲気のあ る絵や印象的な絵になるというのも知ることができま した。前はベタ塗りばかりでしたが,今は絵を描くと きはちゃんと使い分けるようになりました。今は掛け 軸の作成に生かしています。 <配色> ・色調についての学習は,普段の色使いにも役立って いるのではないかと思います。 ・この3年間の授業で色彩能力が高まりました。1年 の頃はグラデーションも上手く描けなかったのに,今 ではペールトーンやダークトーンの色を加えながら絵 を描けるようになりうれしいです。 ・今までは配色(色のバランスなど)を考えずに絵を 描いていたけれど,意識するようにして絵の技術が上 がったと思う。 ・今までの私の絵は色づかいがその場の気分で決めら れていたけれど,基礎を学ぶことによってどんな色づ かいが適当なのかわかるようになった。 <活用> ・個人としては,遠近法などが使えるようになり,と ても活用できました。 <全般> ・美術の基礎,何が美しさをもたせているか等,様々 なことを教えていただきありがとうございました。 ②基礎的能力(鑑賞・知識) ・美術を通していろいろな歴史を知ることができ,興 味を持つようにもなりました。名前は知っていても詳 しいことまではわからないという人が多かったので, 学習してその人の作品のよさが感じられました。様々 な体験ができ,たくさんの新しいことを知ることがで きました。 ・3年間で,今まで知らなかった美術のことがたくさ んわかりました。特に,3年生で学習したモネやダ・ ヴィンチのところでは,昔の画家に興味がわきました。 ・絵の名前などおぼえようとしなくても,記憶に残る ようになった。好きな作品のことも人に話せるように なった。 ・ 海外へ行くとよく絵画とか彫刻とかをみるのですが, 知識がなく,よさがそんなにわからなかった時もあっ たので,美術でいろいろな作品にふれることができて よかったです。 ③小中高連携 ・小学校の時よりも,格段にハイレベルな内容で,実 際に描いてみたり,つくってみたり,ということが多 かったので,美術の能力も前より上がったように思い ます。 ・中学に入学するまでは,美術という授業がなく,あ まり絵にも興味がありませんでした。しかし,中学に 入学してからは,聞いたこともない言葉や絵の描き方 でも様々な方法があり,とてもおもしろいなと思いま した。絵だけではなく,シンメトリーの切り絵をつく ったり,立体的な建物を紙でつくったりと他にもたく さん楽しむことができました。今まで持っていた美術 のイメージとは全然違うものでした。 ・小学校の時「図工」というのがものすごく苦手でし た。その理由としては,頭で想像していたものが,実 際につくり出せなかったからということがありました。 つくっていく時に,自分はこうつくりたいのに,うま く出来ないとなっていました。それを引きずって美術 というものを学び始めました。図工→美術と,名前が 変わるのも納得できるくらい,内容が違って,初めは 戸惑いましたが,段々楽しくなってきました。 ・美術について詳しい,少しマニアックともいえそう な授業ができてよかった。だが,できれば趣味程度の こともできればいいと思った。初めて中学校で美術の 授業を受けたときは,小学校の時の「工作」とは全く 異なるものだという印象を受けた。「こんなにも難しい ことができるのだろうか。私に…。」正直言ってこの気 持ちが3年か私をとりまいていた。でも,実際に行っ てみると思っていたよりできて,その感動を味わうこ
とがうれしく,楽しかった。ものを“つくる”のは好 きだが,絵の具で“描く”のがやはり難しい。また, 高校生になっても美術はあると思うので,これからは もう少し絵の具の使い方に気をつけて,様々な絵が描 けるようになりたい。 ・3年間,美術で私が一番楽しかったのは,消しゴム スタンプです。小学校の時の卒業制作でも,はんこを 彫りましたが,石だったので,全然彫れなくて四苦八 苦した記憶しかありません。でも,中学校では,消し ゴムと彫刻刀だったので,すごく,細かいところまで, 彫りやすくて,すごく充実したものになりました。私 は,絵を描いたりするのが,元々はあまり好きではな くて,正直,美術は苦手になるのだろう,と思ってい たのですが,絵を描くばかりではなくて,楽しかった し,絵を描いたりする方でも,他の人と比べると,本 当に下手だと思うけれど,少しずつ上手くなってこら れたような気がします。 ・3年間で,美術の歴史について詳しく知ることがで きました。昔の画家の苦労を知り,作品をみると違っ た印象を受けるようになりました。中学校で学んだこ とを高校でも生かしていきたいです。 ・高校でも音楽・書道・美術も選択科目がある中で美 術をしたいと思う。 ・家で,一人ではやらないと思う制作をすることがで きて楽しかったです。高校でも美術を選択したら,他 の学校の人よりも経験がある分,有利に進められそう です。 ④生涯学習,活用・探究 ・私はスケッチやデッサンは苦手です。得意ではない 美術ですが,美術の歴史とかは好きになれたので,す ごく楽しかったです。高校では,美術が選択になった りして,あまり美術と触れ合う機会は減りますが,機 会があれば,歴史について深く調べたいと思います。 (ルネサンスとか…) ・3年間でいろいろなことにチャレンジできて良かっ たです。日常生活も役立つようなこともたくさんあっ たので,普段の生活でも美術的センスを駆使していき たいと思いました。 ・絵を描くことは,小学校の頃から,あまり得意では なかったけれど,中学校に入って,美術は絵を描くこ とだけではないんだなあと思いました。一つ一つの絵 には,それぞれに作者の心情や時代背景が隠れていて, よく見てみると伝わるものがあるんだなあと思いまし た。だから,これから絵を描くときは,上手に描くと いうよりも,そういう何か伝えられるものが伝えられ るように描きたいと思います。 ・「何かをテーマにデザインする」能力はどんな仕事で も必要になると思うので,もっと多くとってほしかっ た。表現技法の基礎だけなら選択授業で問題ないとも 言えてしまうので。ただ,これから重要な能力「WEB デザイン」に関連している色の学習なんかはやはり必 要なのかも。 ・自分の好きな作者を決めて調べたのは,美術の文化 や歴史を知るのにとてもよかった。高校では,音楽を 選択するつもりだが,できればもっと美術に触れたい。 とても楽しくすることができた。 ⑤コミュニケーション ・一番苦労したのは,最近やった模写と自作のやつで す。模写は意外にするのが初めてで,どうやっても似 ない,というところで苦労しました。その時は,たま たま友だちが同じ人をとりあげていたので,二人で相 談して,試してみて乗りきれました。 ⑥心情・情操 ・初めて使う道具や技法は,ワクワクしました。私の 中で一番思い出に残っているのは,ランプシェードで す。特に,マーブリングが楽しかったです。予想して いたものと違うものができても,逆にそれがおもしろ くて楽しかったように思います。 ・すごく苦労して仕上げた作品は,これからずっと私 の宝物になるんじゃないかと思います。この3年間で は,ものを生み出す楽しさを存分に味わえたと思いま す。そして,色々な美術家さんたち(モネ,レンブラ ントなど)の歴史や作風を学ぶことも,奥深くておも しろかったです。 ・感情がとても豊かになりました。よいものとか優れ ているものも求めるようになりました。 ・自分の絵とかデザインのアイデアが人にほめられる のはなかなかうれしかった。 ・単にそっくり絵に表すだけでなく,ピカソのような 変形した作品にも美しさがあることを知りました。そ ういったことをふまえ,美術の世界を楽しんでいきた い。 ・中学3年間美術を習って,作品に対する愛着をもて るようになりました。 ・この3年間で美を追究する心を持ち続けるのはよい ことだと思った。 ・3年間で人生に使える美術を学びました。 ・日本画をもっと学びたかった。でも,外国の美術に 触れることはあまりないので,学べてよかった。 ⑦時間割 ・特に2時間続きの授業は集中してできたので充実し ていた。 ⑧美術不要論 ・美術なんかなくてもいいと思う。生活に必要ない。
~分析~ ①表現 表現に自信をもてないという人が多々いる。おそら く描画・物づくりの上手下手,器用不器用の価値基準 が根付いてしまっているからであろう。表現というの はそれだけではないのだが,なかなかその認知パター ンに風穴をあけることができない。それとは反対に, 上手下手ではなく,何か伝えられるものが伝えられる ように描きたいと考えている生徒もいる。発想の転換 を図り,新たな視点で考えることのできる生徒もいる ことがうかがい知れる。 遠近法が活用できるというのは,本当に驚くべき意 見であった。実際に見ているように写実的に描きたい という欲求は,中学校3年生あたりになるとさらに増 してくるのであろう。 ②鑑賞 3年のテーマ(美術様式)研究により,作品のとら え方がより多面的で深まっていったことが,読み取れ る。表現は苦手でも,美術の歴史や作家について興味 が増して,また調べたり,触れたりしていきたいとい う生徒も多く見られるようになった。 ③小中高連携 中学校美術の授業内容は,ハイレベル,マニアック というような声があがるとおり,小学校と比較してか なりギャップがあったのであろう。しかし,戸惑いつ つもそれにおもしろさや楽しさを感じているという肯 定的な意見も存在するのであるから,それは小中高連 携が叫ばれる今の教育界に,ある意味,一石を投じる ような話にならないか。ギャップに悩むだけで終わっ たなら,たしかに大きな問題となるが,それが未知の 世界に入るワクワク感・期待感になり,学習にうまく つながって達成感を得られれば,そのギャップは意味 のあるギャップとならないだろうか。ギャップが問題 なのではなく,学習内容が問題であるということを突 きつけられているような,考え方を改めさせる意見で ある。反対に易しいものに逆行しているギャップの場 合はどうだろう。成長段階を考慮する必要があるか。 ④生涯学習 WEB,DTP デザインへの関わりはこれからますます増 してくるであろう。その中で色の学習が重要であると 認識している生徒も相当数いる。トリミング等構図・ レイアウトに係わる学習は肝要であり,ねらいをもっ て構想・計画し,デザインする能力はどんな仕事にも 生かされる能力である。そう考えている生徒もいるこ とから察すると,美術の授業への期待は思っている以 上に高いのではないか。そういった生徒が潜在的にも っている願望を掘り起こし,個々の欲求を高められる ような教材を提示していけば,授業のねらいにうまく 乗っていけるのではないだろうか。現代に生きるよう な教材をうまく開拓すればその課題は解決可能だろう。 ⑤コミュニケーション “家でやらないと思う制作をすることができて楽し かった”という感想があったが,それはおそらく内容 に関してのことだと思われる。しかし,それだけでは ないだろう。内容ももちろん重要であるが,そこにも う一つ重要な要素を加えることができる。大人数が一 緒の場所で制作するということである。共同作業でな くとも一緒にいるというだけで,互いにコミュニケー ションをとったり,影響を与えあったりしている。学 び合いこそが,授業を真に価値あるものにしていると 言えるかもしれない。交流の場をどう仕組むかが,授 業者の腕の見せ所であり,授業の価値を高める重要な ポイントになっていると言えるだろう。 ⑥心情・情操 “ワクワクする”,“初めて出会う新しいもの”,“ハ プニング”,“人にほめられる”,それらは歓喜の瞬間で あり,感情を豊かにするものであると考えられる。ど ういう教材に出会わせるか,どのように出会わせるか, また個々の活動をどのように評価するか,授業の組み 立てが重要である。題材名や技法も少々外国語(カタ カナ)を織り交ぜたり,くずしたりして違和感を与え てもよいのではないだろうか。新しいと思わせる言葉 づかいは効果的になる場合も十分にある。“作品に対す る愛着をもてるようにする”には,どういう指導法が 必要であろうか。その一つとして考えられるのが,私 がすすめる次の授業方針である。平面作品はできるだ けクロッキー帳に綴じさせ,立体作品は写真にして貼 らせる。クロッキー帳をポートフォリオ替わりにさせ る。散在させるよりもひとまとめにした方が,自分の 歩みを見渡しやすい。コンパクトにまとめた方が,見 やすくなり,鑑賞する頻度が高くなるのではないか。 そのことが作品への愛着につながるのではないか。自 分の作品を愛するようになれば,また他の人の作品も 敬愛できるようになるだろうし,それが美術全体への 愛好心につながるだろうという考えに基づき,その方 針で授業を進めている。問題点は,クロッキー帳のサ イズに収まるように平面作品に制限をかけなければい けないことである。一層のことすべてデジタル化し, デジタルポートフォリオにしてしまうという方法もあ る。作品完成後の取り扱い方如何によって自作への愛 着具合が変わると考えられるので,“作っておしまい” というようにはできるだけならないようにすべきであ ろう。美術品を大切に思う心が育てば,美術科の目標 は達成できたといっても過言ではない。“自分の作品を
上:生徒作品「テーマ研究~スタイリッシュな作家たち から学ぼう~」について この教材は,選択したテーマ・美術様式について模写 と自作を通して,研究を行う教材である。自作は○○風 に描くというものであるが,中にはどちらが模写で自作 かわからないものもあった。実際,教育美術展等の審査 では,このテーマ研究作品は自作ともども模写であると 勘違いされた上に,“模写作品=独創性がない”という 烙印をおされ,評価は芳しくなかった。作品主義の世界 では,目新しさと独創性が重要な観点になることは了解 しているが,教育美術展なのだから,美術様式を読解・ 分析して捉えようとしているその学びの姿勢を評価し てもよいのではないだろうか。 大切にするようになった”という声が少なからずあっ たことは,その方針が幾分か影響を及ぼしているので はないかと推論できる。 ⑦時間割 本校では,美術の授業は,1週に1時間ではなく, 2週間に2時間続きの授業を1回入れるように時間割 を組んでもらっている。もちろん他教科等とのからみ で2時間つづきにならない場合もある。生徒の感想の 中に,“2時間続きの方が,集中でき,充実していた” というものがあったが,授業者側から見ても,さまざ まな活動を仕組むこともでき,学習形態の可能性がか なり広がる。 2時間続きにすることで導入・準備,後 片付け等の時間が2時間で一回ずつというように一回 分省略できる。しかも間の休み時間も活用できるとい うことで一石二鳥である。気持ちの部分でも集中して きた時にすぐ終わるということもなく活動に没頭でき る。この時間割の組み方は他校でも十分可能である。 美術科は授業時数が週1時間と少ないが,隔週にする など工夫次第で,少ない時間を有効活用することが可 能である。美術科の抱える問題は数多くあるが,その 問題の一つをこれで解決できるはずである。 ⑧美術不要論 アンケートの結果を見ての通り,“育った・伸びた・ 高まったと思わない”,“活用できない”と回答してい る生徒が何%かいる。そして,自由記述欄に“美術な んかなくてもいいと思う。生活に必要ない。”と記述し ている生徒が一人いた。その生徒は,ほとんどの項目 に“思わない”,“活用できない”と回答しており,相 当美術に対して否定的な意見を持っているように見受 けられる。匿名のアンケートであるため,その生徒に 直接聞き取ることはできないが,どういう心情からそ のような意見が出てくるのか聞き取りたいところであ る。全体でみると,肯定的な回答が多かったのである が,それはひょっとすると授業者に対する優しい気遣 いが含まれてのことであるかもしれない。実際は,本 音のところで“思わない”,“活用できない”と思って いる生徒も結構いるのではないかと推察される。 その生徒の意見とは逆に“美術がない世界は考えら れない”というのが,私の見解である。古代から現代 まで絵は描かれてきた。そして,人は生まれたときか ら,美術にふれ,描き,つくり,成長してきたという 事実は変えられない。もし,絵本がなかったら人は世 界のことを何も認知できないのではないか。高度情報 化社会が進むにつれ,世の中が複雑になり,その社会 を動かす仕組み自体がブラックボックス化し,不透明 度を増してきたように,それに呼応するかのように美
術もいつからかブラックボックス化してしまった。“見 えないものはいらないもの”という思考を生み出す素 地がこの社会の中にできあがってしまったのではない だろうか。“見えないもの”,“見落としているもの”を 見えるようにする作業こそが,不透明で硬直化した社 会に生命の息吹を取り戻させるためには必要であり, その一翼を美術の授業が担うであろうと確信する。複 雑化した社会に分け入って,かつて,すべての人が持 っていた単純さと素朴さを取り戻すことが,現代を生 きるすべての人々に一番求められていると考えている。 7.本校情報科との関連 本校が新設をすすめる情報科は,情報リテラシーを 核とする教科横断的な学習である。教科と応用学習で ある総合的な学習を支えるベースとなる。コア・カリ キュラム的教科と呼んでもよいかもしれない。私が担 当している単元,2年の「マルチメディアで表現しよ う」は,実質的には WEB ページデザインを行うなど, 技術科・美術科・国語科のクロスカリキュラムの様相 を呈している。パーソナルコンピュータの技術習得か, タイトル・コピー等テキスト・コンテンツ作りか,は たまたヴィジュアル・デザイン制作か,メインが何で あるか不分明である。美術科教師が担当していること も影響してか,テキスト・コンテンツはあまり重視さ れておらず,どちらかというとヴィジュアル・デザイ ンの方が重要視されている。昨今の WEB ページは,イ メージ戦略にすぐれており,視覚の印象というのを相 当意識して作られていることがどのページからも見て 取れる。そのイメージを効果的に伝える美術的能力は, 今後ますます求められると予想される。この学習にお いてもレイアウト,トリミング,配色,ロゴなどが与 える視覚効果について学ぶというねらいを持って取り 組ませている。WEB ページデザインは,それに対する 生徒の興味関心も高く,モチベーションを保ちながら 美術的能力を伸ばせるすぐれた教材であるということ がいえる。美術科の内容として,取り扱っていくべき 教材である。 3年に行う「情報の本質」も内容的には美術科と重 なる。情報リテラシーがもちろん中心であるが,ここ では,ピクトグラムおよびシンボルマークの制作を柱 にして授業を行っている。“何かをテーマにデザインす る能力を身につける”ことは同時に何かをテーマにデ ザインされたそのものを見抜く洞察力を身につけるこ とにもなる。真に“よい”,“美しい”ものの判断力を 育てることになる。人は第一印象である肩書きやブラ ンドに如何に騙されるか左右されるかということの自 覚が,惑わされずに真のよさを主体的に判断する力へ 情報科3年「情報の本質」“ビール缶新旧対決” 生徒ワークシート 情報科3年「情報の本質」“ビール缶新旧対決”授業風景 情報科3年「情報の本質」“シンボル・ピクトグラム” 生徒作品鑑賞会風景 ※チームティーチング
とつながっていく。この考えに基づいてこの授業はす すめられている。 下のワークシートはパッケージデザインを題材にし て,ブランドイメージがどうやって作られていくかを 読解していくために用いたシンキングツールの入った 生徒のワークシートである。消費生活において重要な 情報がパッケージには詰め込まれている。シンボル・ ロゴタイプ,美しさ・かっこよさ等を読み取って,大 抵の人は品定めをしている。 授業の中でこのような実験を行った。水を2種類用 意し,片方はペットボトルに入っている有名メーカー の水,片方は薄汚れた無地の容器に無造作に入ってい る水,飲むとしたらどちらを選ぶか,大抵は有名メー カーの水を選んで飲んでいた。実際はどちらも同じブ ランドの水が入っていたのだが,ラベルのない水は信 用できないため,必然的にラベルのある信用できるも のを選ぶことになる。どんな人も信用できるメーカー のものを選ぶという行動様式がしっかり身に付いてい ることがこの実験でよくわかる。“信用とかっこよさ” が第一印象では重要なのである。イメージ戦略は企業 に限ったことでなく,仕事であろうが恋愛であろうが 生活を営む上で欠かせない方策である。恋愛している 人は自分を美しくデザインするではないか。それを美 術の能力と見なさないのか。それでも“美術は生活に 必要ない”と考えている人は言い張れるだろうか。 8.研究成果と課題 ①基礎的能力を伸ばす指導計画・指導法 <成果>生徒のプログラム評価・アンケートを分析・ 検証する中で,次のことをおおよそ確認することがで きたことが成果としてあげられる。 ・造形言語を単なる知識や抽象概念として捉えさせる だけでなく,学習活動の中に驚きや新たな発見がある など強く印象的な体験を伴う活動を通すことで,造形 言語また技法はより確かに定着する。 ・3年間を見通して,系統的に指導している内容につ いては基礎的能力が確実に伸びる。 ・造形言語については,授業の中で,折に触れて,繰 り返し使うことが,より確かな定着を図るために有効 である。 <課題>一個人が作成し,実践した指導計画であるた め,その単元ごとの相対評価は行えるとしても,他の 指導計画・指導法との比較ができない。そのため,指 導計画・指導法自体の相対評価が行えないことが大き な課題となってくる。一校のプログラムを超え,全国 の美術科の学習がどのように進められ,また効果を生 んでいるか,他校の実践を含め検証する必要がある。 実際,これに係わる話で,このような驚くべき事実が あった。ある大学講義の機会に,大学生に“色相環を 知っているか”と質問したことがある。美術専攻以外 はまったく誰も知らないという事実が明らかになった。 言葉についての知識・理解を問うものであり,知らな くとも感覚的に捉えていればそれほど問題になること ではないが,“以前あったなあ”といううろ覚えや概念 としてもまったく知らなく初めて聞いたというような 顔を皆がしていた。知らなくとも色がつながって環と なる図が教科書・資料集には載っているので一度は眼 にしているはずで,記憶に残っていてもおかしくない はずである。この言葉・概念を理解することが,中学 校教育で必要か否かは効果検証する必要があるが,色 を分析的に捉え,言葉でコミュニケーションを図るた めには,この言葉(概念)を知っておく必要がある。 上:生徒作品「情報の本質(シンボルマーク構想のた めのブレーンストーミング)」 ※・○●△▼□■~A(アルファベット)など基本形 を単独に,もしくは組み合わせた課題を1分間ずつオ ートマチックに描いていく。 このブレーンストーミングは,美術において,具象・ 抽象を問わず,形を創造する上での基礎となる。中学 3年で行うことも概念的思考で硬直した頭脳をしなや かにさせるという意味で有効である。中学1年で行う ことももちろん意味があり,有効であろう。
その学習効果については今後の研究結果をまたないと いけない。他校を含め,美術科の中で,現時点でどの ような学習が進められていられているか,他校との比 較検証を行うことで,本プログラムの有効性を明らか にしていくことが今後の研究課題となる。 ②情操を養う教材,また指導法 情操を養う上で,鑑賞教育をどう行うかが大切であ ることはいうまでもないが,中でも作品に対する認知 の仕方,捉え方など思考法そのものが重要である。“よ さ”や“美しさ”は本来,直感的に捉えるものである が,概念的思考の発達により,認知パターンの固定化 がすすむことで,その直感力が鈍ることがある。美術 作品を評価する時に,“上手=写実”,“よい作品=写実 的”といった認知パターンが出来上がって固定化する ために,創造の豊かさを味わうことができずに,本来 持っているはずの“よさ”や“美しさ”をとらえる直 感力や豊かな美の観念も失ってしまうことがある。“上 手≠写実”“上手=人を楽しませる”“上手=伝えたい 自分のテーマを伝えられる”“汚い≠美しくない”“汚 い=美しい”など新たな認知の仕方を提示し,固定化 した認知パターンに揺さぶりをかけて意図的に価値転 換をはかり,真に“よい”“美しい”ものは何かを探究 する姿勢を育て,価値観を新たにさせていくことが鑑 賞における重要なポイントとなる。そのような創造的 鑑賞能力・メタ認知能力を身につけさせるための教 材・指導法・評価法が求められていると考える。それ らの学習は生徒自身が期待しているものであり,生徒 の欲求にこたえるものである。創造的鑑賞法が情操教 育における重要な研究課題となる。 <授業実践例>鑑賞キーワード対照概念例,シンキン グツールを活用して美術品を個別に鑑賞するところか らはじめ,さらに数人のグループで共通理解をはかり, 最終的にそれを30秒内のプレゼンテーションで端的 に伝達するという鑑賞授業のスタイルをとった。聞き 手は,自分とは違う意見や成る程と思った言葉をワー クシートにマークし,自分の認知パターンを組み替え, 自分の価値観を再構築した後,美術品を改めて評価す る。これら学習の流れは一見慌ただしく機械的作業の ようにも見えるが,直感と分析を繰り返しながら緩や かではあるが作品に迫ろうとする生徒の姿がうかがえ た。定着した美術用語を駆使してのプレゼンテーショ ンは指導者も感心させられ程のものであり,この鑑賞 法の成果であると言える。課題としては,鑑賞のモチ ーフが偶然によるもので,思い入れがないため,独自 の視点というものに欠け,想像力の広がりが得られな かったことである。例えば,「私が選んだこの逸品」と いうように主テーマの中からある程度自由に選択させ, 自分なりのテーマ・ストーリーが展開できるような鑑 賞の授業スタイルを採り入れると,想像力の広がりも 得られ,能動性が高められるのではないかと考えられ る。またこれも一つの研究課題となるであろう。 ③他者や社会,自然との関わりの中で展開する授業の 方法 直感と分析を繰り返しながら作品に迫る鑑賞指導法 は,自身が感じ取ったことを記憶するためにも人との コミュニケーションの中で,直感したことを伝達し合 い,互いの中で新たな価値を築いていくための方法と しても有効である。直感したことを記憶するためには, それを言語化し,概念的に一度捉え直す必要がある。 ただし,概念にとらわれすぎると直感したことを見失 ってしまうため,再度概念崩しを行い,直感に立ち返 って,新たな眼で物事を眺め直すことも必要になる。 直感と分析を繰り返し,他者との交流の中で,“よさ” や“美”に迫る創造的鑑賞法が求められる。 教育プログラム(LINK)を考案する上でのキーワ ードを列記して,この項を終える。 ・社会の中で活用されている美術にスポット・ライト &フォーカシング ・地域を題材にしたデザイン・プロジェクト ・他者,他文化理解 【参考・引用文献】 ■京都市立芸術大学美術教育研究会・日本文教出版編集部 編 「美術資料」,株式会社秀学社 ■宮脇理監修,「ベーシック造形技法—図画工作・美術の基礎 的表現と鑑賞—」,建帛社,2006 年 ■西田善太 編「BRUTUS 2008/10/15 号 琳派って誰?」,マ ガジンハウス,2008 年 ■亀井誠一 編「Casa BRUTUS 2008/11 号 琳派と民藝を知っ ていますか?」,マガジンハウス,2008 年 ■島本侑二 編「週刊 日本の美をめぐる no.2 2002/5/7 号 奇跡の出会い 宗達と光悦」,小学館,2002 年 ■島本侑二 編「週刊 日本の美をめぐる no.9 2002/6/25 号 洗練の極致 光琳と琳派」,小学館,2002 年 ■ジャン=クロード・フォザ+アンヌ=マリ・ギャラ+フラ ンソワーズ・パルフェ 著,「フランスの新しい鑑賞法 イメ ージ・リテラシー工場」,フィルムアート社,2006 年 ■川俣 正+ニコラス・ぺーリー+熊倉敬聡 編,「セルフ・ エデュケーション時代」,フィルムアート社,2001 年