地域在住高齢者の運動器の疼痛が
転倒とその危険因子に与える影響に関する疫学研究
2016年
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目 次
第 1 章 序論 ・・・4 第 1 節 研究の背景 第 2 節 研究の目的 第 3 節 用語の定義 第 2 章 運動器の疼痛と易転倒性との関連:横断研究 ・・・19 第 1 節 目的 第 2 節 方法 第 3 節 結果 第 4 節 考察 第 5 節 結論 第 3 章 膝痛と歩行速度低下との関連:1 年間の前向きコホート研究 ・・・39 第 1 節 目的 第 2 節 方法 第 3 節 結果2 第 4 節 考察 第 5 節 結論 第 4 章 身体活動および座位行動と転倒発生との関連 : 1 年間の前向きコホート研究 ・・・57 第 1 節 目的 第 2 節 方法 第 3 節 結果 第 4 節 考察 第 5 節 結論 第 5 章 腰痛・膝痛と転倒発生との関連 :3 年間の前向きコホート研究 ・・・81 第 1 節 目的 第 2 節 方法 第 3 節 結果 第 4 節 考察 第 5 節 結論
3 第 6 章 地域における運動器疾患予防のポピュレーション戦略 ・・・103 第 1 節 地域の医療・保健等機関との協力・連携 第 2 節 腰痛・膝痛予防のための運動普及戦略 第 3 節 運動普及人材の育成による地域社会への対応 第 7 章 総括 ・・・125 第 1 節 今後の課題と展望 第 2 節 結語 謝辞 ・・・131 引用文献 ・・・133 英文要旨 ・・・164
4 第 1 章 序論 第 1 節 研究の背景 運動器の障害・疾患は、個人の心身のみならず社会全体に負担をもたらす重 大な健康課題のひとつとなっている1, 2)。現代社会では、世界の至るところで運 動器の障害・疾患を抱える人が増加している3)。その原因として、老齢人口や肥 満人口の増加、身体不活動の蔓延が影響していると考えられており3)、世界的な 規模で対策が急務となっている。 運動器の障害・疾患において、治療を求める主な理由は疼痛である 4)。平成 22 年度国民生活基礎調査5)によると、男性は腰痛(1 位 8.9%)、女性は腰痛(2 位 11.8%)や手足の関節が痛む(3 位 7.1%)といった症状の訴えが自覚症状の上 位を占めていた。また、日本成人の 41.2%が運動器の疼痛を抱え、そのうち 8.8% が疼痛により日常生活に支障を来たしているとも推計されている6)。しかし、運 動器疾患の治療率は有症者の 1 割に満たないと報告されており6)、十分な治療が なされていないという現状がある。特に、高齢者で治療が十分に行われていな いと報告されており7)、高齢者の疼痛に対する理解不足の影響が指摘されている 8)。疼痛は、一般に加齢の当然のプロセスと捉えられる傾向があり、その理解が 不足しているという現状がある8-11)。こうした疼痛に対する不十分な理解が、無
5 効な治療やドクターショッピングによる医療費の浪費、疼痛による就労困難、 介護費用などによる社会経済損失の増大を招いていると考えられており、欧米 では国家的な規模で対策がとられてきた12)。我が国でも、がん対策基本法(2007 年 4 月 1 日施行)により、がん患者の疼痛緩和への対応が法制化されたことと 併せて、2009 年に厚生労働省により「慢性の痛みに関する検討会」が設置され、 がん性疼痛を除く慢性疼痛への対応が政策面から検討され始めている。この組 織による提言では、今後、必要とされる対策として、1)医療体制の構築、2) 教育、普及・啓発、3)情報提供、相談体制、4)調査・研究、の 4 点を示して おり、調査・研究では、疼痛に関する科学的根拠を集積する重要性を指摘して いる。高齢化の進展により、運動器の疼痛による社会的・経済的影響の増大が 懸念されることから、その軽減・予防対策の重要性を示しうる調査・研究の推 進が必要であると考えられる。 高齢者は、腰や膝に疼痛を有する割合が高く6)、それらが併存しやすい13, 14)、 という特徴がある。また、高齢者の腰痛・膝痛は身体機能低下による機能制限・ 障害を引き起こす原因となることが知られている 15-21)。さらに、高齢者の重篤 な傷害や最悪の場合には死亡も引き起こす「転倒」への影響も指摘されており 22-24)、腰痛・膝痛がさらなる運動器の障害・疾患を発生させる引き金となる可能 性がある。
6 高齢者の転倒は、重篤な傷害、機能障害、生活の質の低下、最悪の場合には 死をも引き起こす公衆衛生上の主要な問題のひとつとなっている 25, 26)。欧米で はおよそ 3 割、我が国ではおよそ 1~2 割の地域在住高齢者が 1 年間に少なくと も 1 回以上の転倒を経験すると報告されており、その割合は加齢とともに高ま ることが知られている 25, 27-29)。現代社会では、世界的かつ急速な高齢化の進展 に伴って、転倒を起因とする運動器疾患や負傷による疾病負担の増大が懸念さ れている3, 30, 31)。我が国においても、転倒による骨折が高齢者の日常生活支援や 介護を要する主要な原因のひとつとなっている 32)。以上から、高齢者の転倒予 防は公衆衛生上の喫緊の課題であり、その効果的な介入戦略を明らかにするた め、様々な側面から危険因子を同定していく必要がある。 これまでの疫学研究により、高齢者の転倒の危険因子は、社会人口学的・身 体的・環境的側面から様々な要因が明らかにされている 33)。しかし、地域在住 高齢者における運動器の疼痛と転倒との関連については、まだ十分明らかにさ れていない。運動器の疼痛と転倒との関連は、近年の総説論文に基づく定量的 な解析結果から、足部痛と慢性痛が地域在住高齢者の転倒リスクを高めると報 告されている 24)。ただし、疼痛が独立した危険因子であるかを検証するために 行われた研究が少なく、質の高い疫学研究の実施が必要とされている 24)。現状 では、地域在住高齢者を対象に、疼痛が転倒に対する独立した危険因子となる
7 かを明らかにするためにデザインされた前向きコホート研究(かつ多変量解析) は限られている24)。さらに、日本での前向きコホート研究は見当たらないため、 疫学的な関連の一致性(時間、場所、対象者・集団が異なっても同じ結果が得 られるか)を検証する観点からもこの研究に取り組む意義は大きい。また、研 究方法上の課題として、多くの研究で対象者の選択に偏り(非無作為抽出、虚 弱高齢者あるいは患者対象の研究が多いなど)が存在しており、地域在住高齢 者に一般化するための十分な知見が得られているとは言い難い現状がある。 以上から、地域在住高齢者としての代表性を考慮した、質の高い疫学研究デ ザインを用いて、運動器の疼痛が転倒に及ぼす影響を検証する必要がある。こ の検証により得られた知見は、我が国はもとより、今後急速に高齢化が進展す る諸外国での介護予防対策の充実にも貢献しうると考えられる。 第 2 節 研究の目的 本研究では、高齢者の運動器の疼痛が転倒およびその危険因子に及ぼす影響 に着目し、地域在住高齢者における運動器の疼痛が、1)易転倒性(転倒歴、つ まずき)の関連因子となるか(第 2 章)、2)歩行能力低下の危険因子となるか (第 3 章)、3)身体活動と転倒発生の関連に対する修飾因子となるか(第 4 章)、 4)転倒発生の独立した危険因子となるか(第 5 章)、の 4 点を疫学研究の手法
8 を用いて明らかにするとともに、5)得られた知見を地域社会でいかに活用・還 元すべきかについて論じ(第 6 章)、以上の研究成果に基づいて、6)今後の展 望と課題(第 7 章)を述べることを目的とする。 第 3 節 用語の定義 本研究で使用する主要な用語に関して、先行研究等を踏まえた概念的な定義 を以下に示す。 1.疫学研究 本研究は、以下の定義に基づく疫学研究である。 疫学は、「集団中における疾患の分布と、その発症の広がりに影響を及ぼす要 因について研究する学問」と定義されている 34)。また、より広義には「集団内 における健康に関連する状態や事象の分布とその決定要因について研究し、か つそれを健康問題のコントロールに応用する学問」という定義も広く受け入れ られている 34)。健康問題の要因を解明するだけにとどめず、その向上に資する 方法を解明するところまでも、疫学の役割として考えられている。 疫学研究は、文部科学省と厚生労働省が出している疫学研究に関する倫理指 針(平成 25 年度改正版)35)で「明確に特定された人間集団の中で出現する健康
9 に関する様々な事象の頻度及び分布並びにそれらに影響を与える要因を明らか にする科学研究をいう。」と定義されている。その前文で、疫学研究の役割につ いて「疾病の成因を探り、疾病の予防法や治療法の有効性を検証し、又は環境 や生活習慣と健康との関わりを明らかにするために、疫学研究は欠くことがで きず、医学の発展や国民の健康の保持増進に多大な役割を果たしている。」と説 明されている。 2.研究デザイン(横断研究・前向きコホート研究)36-38) 疫学研究は、「観察疫学研究(介入を行うことなく、自然状態におけるリスク への曝露やアウトカムの発生状況を観察する疫学研究)」と「介入疫学研究(人々 のリスクへの曝露を変化させる実験的な疫学研究)」とに大別される36)。本研究 は観察疫学研究であり、表 1-1 に示す研究デザインのうち「横断研究(第 2 章)」 と「コホート研究(第 3 章から第 5 章)」を採用している。 Ⅰ. 観察疫学研究 a. 記述疫学研究 b. 生態学的研究 c. 横断研究 d. コホート研究 e. 症例対照研究 Ⅱ. 介入疫学研究 a. 個人割付介入研究 b. 集団割付介入研究 下線は本研究で採用した研究デザイン 表1 - 1. 疫学研究デザインの分類 (文献36より引用・改編) 分析疫学研究 要因間の関連の有無・強さを検証 記述疫学研究 疾患の頻度や特徴を記述する 臨床・実験疫学研究 疾患等の予防・治療法を検証
10 「横断研究」は、対象集団における曝露とアウトカムを同時に測定する研究 で、スナップ写真のように、ある一時点の横断的状況に関するデータを収集し、 疾患の頻度や特徴を記述する研究である「記述的横断研究」と、曝露とアウト カムの間の「関連」に関する仮説を検証する「分析的横断研究」とに分けられ る 37)。本研究では、後者の分析的横断研究(以下、横断研究とする)を用いて いる。なお、横断研究は、アウトカムと曝露が同時点で測定されるため、それ らの時間的関係が分からないことから、因果関係の決定は不可能である。 「コホート研究」は、あるリスクファクターに曝露されている群と非曝露群 を追跡調査してアウトカムの発生率を比較する研究である。コホート研究には、 アウトカムを有しない人々からなる曝露群と非曝露群を設定してアウトカムの 発生率を観察する「前向きコホート研究」と、現時点でアウトカムの観察が終 了しており健康診断記録など過去の既存データを曝露情報としてアウトカムの 発生率を比較する「後ろ向きコホート研究」の 2 つの手法がある 37)。本研究で は、前者の前向きコホート研究を用いている。 本研究は、これらの研究デザインを用いて、研究対象とする曝露(運動器の 疼痛)とアウトカム(転倒またはその危険因子)の「関連」の有無を検証する ことにより、「曝露→アウトカム発生」の因果関係を推論する。
11 3.高齢者
世界保健機関(WHO:World Health Organization)の定義では、65 歳以上の人 のことを高齢者としている。我が国でも、65 歳以上を高齢者としており、65 歳 から 74 歳までを「前期高齢者」、75 歳から 84 歳までを「後期高齢者」、85 歳以 上を「超高齢者」と呼び、それぞれ区別している。一方、国際連合(UN:United Nations、略称は国連)による「高齢化に関する国際行動計画および高齢者のた めの国連原則」39)では、60 歳以上の人を高齢者としている。日本老年学会(老 年医学会など 7 学会により構成)は、2015 年度の第 29 回日本老年学会総会に おける「新しい高齢者の定義」と題したシンポジウムにおいて、65 歳以上の人 を高齢者とする我が国の現行の基準の妥当性を、各種調査データに基づき医学 的な観点から見直していく必要があるという考えを提示している。 以上のように、国内外で一致した見解を得ないが、本研究では、身体機能低 下、疼痛の有訴(特に膝)、転倒による骨折の増加が顕著になり6, 40)、さらに、 退職等のライフイベントにより多くの人にライフスタイルの変化が生じる 60 歳 を高齢化が生じる基準年齢と捉え、60 歳以上の人を高齢者とみなして本論を展 開することとする。
12 4.疼痛
国際疼痛学会(IASP:International Association for the Study of Pain)は「疼痛と は、実質的または潜在的な組織損傷に結びつく、あるいはこのような損傷を表 わす言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験である」と定義している41)。 以下は、その注釈(全文引用)である。「言葉で伝達できなくても、その個人が 痛みを感じ、痛みを緩和する適切な治療を必要としている可能性は否定されな い。痛みは、いかなる場合でも主観的なものである。人は人生の早い時期の受 傷体験を通して、“痛み”という言葉の使い方を学習する。生物学者は、痛みを生 じるこれらの刺激は、組織に損傷を与えるものであると認識する。したがって、 “痛み”はわれわれが実際あるいは潜在的な組織損傷と結びつけて考える体験で ある。痛みが身体の一部あるいは複数の部位における感覚であることには疑い の余地はないが、それは常に不快なものであるため、感情体験でもある。痛み に似ているが不快でない体験、例えばチクリとする針でつつかれた感じは、痛 みと呼ぶべきではない。不快で異常な体験(「ジセステジア(不快異常感覚)」) は、痛みである場合もあるかもしれないが、必ずしもそうではない。なぜなら 主観的には、そのような体験には痛みの持つ通常の感覚的性質がない場合もあ るからである。多くの人が組織の損傷や病態生理学的に考えられる原因がない 場合にも痛みを訴えるが、通常、このようなことは心理的な理由で起こる。 一
13 般的に主観的な訴えを検討する場合、彼らの体験を組織損傷による体験と区別 することはできない。もし彼らがその体験を痛みであるとみなすなら、そして それが組織損傷によって生じる痛みと同じようであると訴えるならば、それは 痛みとして受け入れるべきである。この定義は痛みを刺激と結びつけることを 避けている。われわれは痛みにはほとんどの場合、直接的な身体的原因がある ことを十分に理解しているが、侵害刺激によって誘発される侵害受容器や侵害 受容経路の活動が痛みなのではなく、痛みはいつも心理的な状態である。」 このように疼痛は、身体的であるが「いかなる場合でも主観的な体験」であ ることから、その評価を客観的に行うことは困難である。しかし、疼痛の根源 を解明する研究とともに、その評価方法に関する研究が数多く進められ、個々 の疼痛の経験の指標として自己報告による評価が最も正確で信頼性が高いと考 えられるようになっており8, 9, 11, 42)、臨床や研究で広く用いられている。 以上から、本研究では、先行研究に基づき、質問紙や対面インタビュー形式 による自己報告により定量化した疼痛を研究対象として扱うこととする。「pain」 の訳語としては、関連する国内学会では「疼痛」「痛み」のいずれの使用も認め ており、本研究では、「疼痛」「痛み」あるいは特定の身体部位の後に「痛」を 付して用いることとした。
14 5.腰痛 日本整形外科学会並びに日本腰痛学会によって監修された「腰痛診療ガイド ライン 2012」では、腰痛の定義に関する考えを以下のとおり提示している(全 文そのまま引用)43)。 ・ 腰痛の定義で、確立したものはない。しかし、主に疼痛部位、発症から の有症期間、原因などにより定義される。 ・ 一般的には、触知可能な最下端の肋骨と殿溝の間の領域に位置する疼痛 と定義される。 ・ 有症期間別では、急性腰痛(発症からの期間が 4 週間未満)、亜急性腰 痛(発症からの期間が 4 週間以上 3 か月未満、慢性腰痛(発症からの期 間が 3 か月以上)と定義される。 ・ 原因の明らかな腰痛と、明らかではない非特異的腰痛(non-specific low back pain)に分類される。 腰痛は、疫学的に患者数の多い疾患であるものの、その定義については曖昧 な部分が多い。原因別には、脊椎由来、神経由来、内臓由来、心因性の5つに 大別されており、原因の明らかな腰痛(特異的腰痛)では、腫瘍(原発性・転 移性脊椎腫瘍)、感染(化膿性脊椎炎、脊椎カリエスなど)、外傷(椎体骨折な ど)の3つが特に重要とされている。その他にも、腰椎椎間板ヘルニア、腰部
15 脊柱管狭窄症、脊椎すべり症なども原因の明らかな腰痛に含まれる。原因の明 らかでない非特異的腰痛(病理解剖学的に正確な診断を行うことが困難)は、 腰痛全体の 85%を占めるとされている。 日本整形外科学会が 2003 年に実施した「腰痛に関する全国調査」では、腰痛 を「L2(第 2 腰椎)・L3(第 3 腰椎)から臀部にかけた痛み、かつ、24 時間以 上続く痛み」と定義し、自己記入式質問紙により腰痛の有無と痛みの程度(Visual
Analog Scale: VAS 法)を調査している44)。
以上を踏まえ、本研究では、疼痛の定義の項で前述したとおり、質問紙や対 面インタビュー形式による自己報告にて定量化された腰部の疼痛に基づき、24 時間以上(1 日以上)、腰部に疼痛があると訴えた場合を、原因の有無に依らず 「腰痛を有する」と定義する。また、有症期間については、腰部に 3 か月以上 の疼痛を有する場合を「慢性腰痛」、それ未満の腰部の疼痛を「非慢性腰痛」と 定義する。 6.膝痛 膝関節に疼痛を及ぼす主な原因は、変形性膝関節症である 45, 46)。変形性膝関 節症は、「一般的には関節軟骨、関節構成体の退行変性と、それに続発する軟骨・ 骨の破壊および増殖性変化の結果起こる疾患とされ、上記の変化が膝関節で生 じた結果、関節症状や徴候を呈する」ものとされている 47)。その中心症状が疼
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痛であるため、複数の診断基準があるなか「膝痛」を有することがいずれの基
準においても必須条件とされている 47)。膝痛の評価として、我が国では自記式
質問紙「JKOM(Japanese Knee Osteoarthritis Measure:日本版変形性膝関節症患
者機能評価法)」が信頼性と妥当性のある方法として用いられており48)、調査前
数日間の膝痛の程度(Visual Analog Scale: VAS 法)や膝痛による日常生活動作 (ADL:Activity of Daily Living)への影響等が調べられている。また、日本の疫
学研究では 49)、最近1か月のほとんどの日に(少なくとも1日以上続く)膝痛 が生じたことがあるかを尋ねることでその有症率を評価している。 以上を踏まえ、本研究では、腰痛と同様に、質問紙や対面インタビュー形 式による自己報告にて定量化された膝関節(いずれかの膝あるいは両膝)の疼 痛に基づき、24 時間以上(1 日以上)、膝関節に疼痛があると訴えた場合を、原 因の有無に依らず「膝痛を有する」と定義する。また、有症期間については、 膝関節に 3 か月以上の疼痛を有する場合を「慢性膝痛」、それ未満の腰部の疼痛 を「非慢性膝痛」と定義する。 7.転倒
転 倒 の 定 義 に 関 し て は 、 Kellogg International Work Group50)に よ る
「unintentionally coming to the ground or some lower level and other than as a consequence of sustaining a violent blow, loss of consciousness, sudden onset of
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paralysis as in stroke or an epileptic seizure」を基盤に、米国における FICSIT(Frailty
and Injuries: Cooperated Studies of Intervention Technics)51)という多施設大規模研究
による「unintentionally coming to rest on the ground, floor, or other lower level」、
Prevention of Falls Network Europe52)による「an unexpected event in which the
participants come to rest on the ground, floor, or lower level」という定義があり、こ れらが国際的に代表的なものとされている。しかし、いずれも日本語訳として 学術的にコンセンサスが得られたものはない。一方、WHO による高齢者の転倒
に関する報告書(Global Report on falls prevention older age26))では、「inadvertently
coming to rest on the ground, floor or other lower level, excluding intentional change in
position to rest in furniture, wall or other objects」と定義されており、その邦訳版53)
で「意図せずに地面、床、その他の低い位置に倒れることであり、その他の場 所から意図的に体位を変えて家具、壁、その他の物体に座ったり、横になる、 もたれ掛かることは除く」と訳されている。 これまでの国際的な定義を参考にした国内の定義として「歩行や動作時に、 意図せず躓いたり、滑ったりして、床・地面もしくはそれより低い位置に手や おしりなどの体の一部がついた全ての場合。ケガの有無とは関係ない。暴力な どなんらかの外力によるものや自転車などの乗り物での事故の場合は除く。」と したものがある 54)。東京消防庁では、転倒・転落・墜落をそれぞれ定義してお
18 り、転倒については「同一面上でバランスを失い倒れて受傷したもの(押され、 突き飛ばされ、スリップ、つまずき等)」としている。 以上に示した定義を総合的に踏まえ、本研究では、転倒を「歩行や動作時に、 意図せずつまずいたり、滑ったりして、床・地面もしくはそれより低い位置に 手やお尻などの体の一部がついた全ての場合」と定義した。 8.身体活動 身体活動とは、安静にしている状態よりも多くのエネルギーを消費する全て の動作を指し、そのうち、日常生活における労働、家事、通勤・通学などが「生 活活動」、生活活動以外のスポーツなど、特に体力の維持・向上を目的として計 画的・意図的に実施し、継続性のある活動を「運動」と定義している55)。 本研究では、この定義に基づき、身体を動かす総称である「身体活動」と、 それを構成する「運動」「生活活動」を明確に区別して用いることとする。
19 第 2 章 運動器の疼痛と易転倒性との関連:横断研究 第 1 節 目的 高齢者の転倒は、重篤な傷害や死をも引き起こす公衆衛生上の主要な健康課 題のひとつである56)。65 歳以上の高齢者のおよそ 3 分の 1 が 1 年間に少なくと も 1 回以上の転倒を経験している57, 58)。転倒の直接的な原因は主につまずきで あることが知られている 59-61)。この問題は高齢人口の増大に伴って大きくなる ことが懸念されることから、高齢者の転倒予防を効果的に進めていくために 様々な危険因子を明らかにしていく必要がある。 運動器の疾患・障害を有する者の増加が懸念されるなか3)、高齢者の多くが経 験する慢性腰痛や変形性膝関節症への公衆衛生アプローチに対する関心も高ま っている6, 62-64)。これまで社会人口統計学的・身体的・環境的な側面から様々な 転倒危険因子が明らかにされてきたが57, 58, 65)、運動器の疼痛を転倒危険因子と して評価した研究は限られている22, 23, 58, 66)。腰痛・膝痛は、日本成人が男女と もに多く経験する一般的な疼痛部位であり6)、高齢者の機能制限や機能障害に寄 与する主要な因子でもある 15-21)。変形性膝関節症または膝痛と転倒発生との関 連を検証した研究では 58, 66)、膝痛の重症度の増加により転倒リスクが高められ たと報告されている 66)。腰痛は高齢者において最も報告頻度の高い運動器の障
20 害であるが67)、転倒に対する影響を検証した研究は少なく22, 23)、関連も認めら れていない。腰痛・膝痛は高齢者においてしばしば併存するが 13, 14)、それらの 転倒への影響はまだ検証されていない。また、運動器の疼痛と転倒に着目した 疫学研究の多くが欧米で行われており、日本人を対象とした研究は限られてい る 68)。さらに、研究対象者として運動器の機能障害をすでに有している患者や 虚弱高齢者が選ばれていることが多い。これまでの研究は地域や対象の選択に 偏り(選択バイアス)があるため、日本の地域在住高齢者に応用できる十分な 知見とは言えないのが現状である。以上から、腰痛・膝痛とその併存が転倒に 与える影響について、日本の地域在住高齢者を対象とした検証が必要である。 本研究では、中山間地域に在住する高齢者において、1)腰痛・膝痛がつまず きや転倒歴と関連するか、2)腰痛・膝痛の併存がつまずきや転倒歴と関連する か、を明らかにすることを目的とする。 第 2 節 方法 1. 研究デザイン 本研究は、島根県雲南市(人口 44,303 人、面積 553.4 km2)に在住する高齢者 を対象に行われた地域巡回型の転倒予防事業の運動機能測定および自記式質問 紙調査データを用いた横断研究である。
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なお、本研究は、観察的疫学研究報告の質改善(Strengthening the Reporting of Observational Studies in Epidemiology (STROBE) )のための声明に従って解析お
よび記述を行った69)。 2.対象者 本研究の対象者は、2008 年から 2010 年にかけて転倒予防事業に参加した 60 歳以上の男女 499 人である。対象者の募集は、市報や回覧版での呼び掛けを通 じて行った。図 2-1 に対象者の募集および研究の流れを示す。研究対象者として の適格基準は、60 歳以上の地域在住者であり、転倒予防事業に自力で参加でき ることとした。また、除外基準は、日常生活動作に介助を要する、歩行時に歩 行補助器具を要する、調査への回答が困難である、そして、調査時までに傷害 を伴う転倒が生じて疼痛を有している場合、とした。参加者のうち、質問紙へ の回答が困難であった 8 名を研究対象者から除外した。 図2-1. 研究の流れ 最終解析対象者 : 491人 除外対象者:8人 ( インタビューへの回答が不明瞭) 地域の転倒予防事業に参加した60歳以上の地域在住高齢者:499人
22 3.評価項目 1) 基本属性 基本属性として、性、年齢、身長および体重から算出した体格指数(body mass index [BMI],kg/m2)、主観的健康感、憂うつ感、服薬数、最大歩行速度、運動 時間のデータを質問紙調査及び計測により得た。最大歩行速度以外の変数は、 自記式質問紙および回答内容を確認するための対面インタビューにより評価し た。年齢は、「60-64 歳、65-74 歳、75 歳以上」の 3 グループにカテゴリ化した。 主観的健康感は、「ご自分の現在の健康状態についてどのように考えています か?;とてもよい、まあよい、あまりよくない、よくない」という質問で尋ね た 70)。憂うつ感は、「普段、憂うつな気分になることがありますか?;よくあ る、時々ある、ほとんどない、まったくない」という質問で尋ねた 71)。最大歩 行速度は、室内平面に設けた直線 14m の歩行路を最大努力で歩いた際の 2m と 12m 地点間の 10m の所要時間を、熟練した測定者がデジタルストップウォッチ を用いて計測した。最大歩行速度データは、先行研究のカットオフ値を参考に して二値化した 72)。歩行速度の計測については、先行研究で高い信頼性(再現 性)を有することが報告されている 72)。運動時間は、「普段どのくらい運動を 行いますか(例えば、余暇活動でのウォーキング、スポーツ)?1 週間あたりの 日数および 1 日あたりの平均歩行時間を回答してください」という質問で尋ね、
23 「0 分/週、1-149 分/週, 150 分/週以上」の 3 カテゴリに分類した。運動時間の閾 値(150 分/週以上)は、アメリカスポーツ医学会並びにアメリカ心臓学会が推 奨している身体活動ガイドラインに基づいて決定した73, 74)。薬剤使用数は、「現 在、飲んでいる薬はどれくらいありますか?」という質問で尋ね、回答数に応 じて「服用なし、1 つ、2 つ以上」の3つのグループにカテゴリ化した75)。その 他、二値変数を用いた項目は、BMI (25 kg/m2未満、25 kg/m2以上)、主観的健康 感(とてもよい/まあよい、あまりよくない/よくない)、憂うつ感(よくある/ 時々ある、ほとんどない/まったくない)、最大歩行速度(男性;1.93m/秒未満、 1.93 m/秒以上,60 歳代女性;1.77 m/秒未満、1.77 m/秒以上, 70 歳代女性; 1.74 m/ 秒未満、1.74 m/秒以上)であった。以上の変数は、先行研究に基づき転倒との 関連の検証に際して調整すべき要因(交絡する可能性のある要因)として選択 された33, 57, 58, 65, 76, 77)。 2) つまずき・転倒(目的変数) 本研究では、1)自己報告によるここ最近のつまずき経験、2)自己報告によ る過去 1 年間の転倒経験、の2つを評価項目とした。本研究におけるつまずき の定義は、先行研究 33)を参考に「遊脚期に足部が不意に床面もしくは何らかの 物体に接触することで、転倒のきっかけになりえる現象 78)」とした。転倒につ いては、「歩行や動作時に、意図せずつまずいたり、滑ったりして、床・地面
24 もしくはそれより低い位置に手やお尻などの体の一部がついた全ての場合」と した51) 。各項目は、自記式質問紙および回答内容を確認するための対面インタ ビューにより評価した。 つまずき経験は「最近、つまずくことがありますか?」という質問で尋ね、 「まったくない、あまりない、まあある、よくある」の選択項目に対して、「ま あある、よくある」を選択した場合につまずき経験者として定義した79)。 転倒経験は「過去 1 年間に転んだことがありますか?」という質問で尋ね、 「ある」と回答した者には 1 年間の転倒回数および転倒による傷害の有無を併 せて尋ねた 57, 58)。報告された転倒回数に基づき、1)転倒経験なし、2)少なく とも 1 回の転倒経験(単回転倒)、3)2 回以上の転倒経験(頻回転倒)、の 3 つのカテゴリに転倒経験を区分した。 3) 腰痛・膝痛(説明変数) 腰痛・膝痛は、自記式質問紙および回答内容を確認するための対面インタビ ューにより評価した。腰痛・膝痛は、「この 1 週間どのくらい痛みましたか?」 という質問で尋ね、「まったくない、少し痛い、かなり痛い、非常に痛い」と いう設問に対して「少し痛い、かなり痛い、非常に痛い」のいずれかを回答し た場合に「疼痛あり」と定義した。疼痛の頻度に関する評価基準は、「過去 1 週間に少なくとも 1 日以上の疼痛」とした 80)。腰痛・膝痛の評価に用いた質問
25 紙の信頼性は、平均年齢 74.5±5.0 歳の高齢者 81 人を対象に実施した 1 週間の再 テスト法により良好な値を得ている(Cohen’s Kappa、腰痛;0.66, 膝痛;0.80)。 4) 統計解析 記述統計として、すべての変数について性別および疼痛程度別に人数(%) を示した。間隔尺度におけるグループ間の比較には t 検定およびマン・ホイット ニー検定を用いた。名義尺度におけるグループ間の比較には、カイ二乗検定を 用いた。 腰痛・膝痛とつまずき経験および転倒経験との関連をそれぞれに明らかにす るため、多変量ロジスティック回帰分析を行い、オッズ比とその 95%信頼区間 を推定した。目的変数をつまずき経験および転倒経験、腰痛・膝痛を説明変数 に、性、年齢、BMI、主観的健康感、憂うつ感、薬剤使用、最大歩行速度、運動 時間を共変量とするロジスティック回帰分析を実施した。なお、つまずき経験 を目的変数とする解析には二項ロジスティック回帰分析、転倒経験を目的変数 とする解析には多項ロジスティック回帰分析を実施した。本研究では、2つの モデルを用いて解析を行った。モデル 1 では、性、年齢、BMI を共変量とする 解析を行った。モデル 2 では、モデル 1 の共変量に主観的健康感、憂うつ感、 薬剤使用、最大歩行速度、運動時間の項目を加えることによる関連の変化を検 証した。統計学的な有意水準は 5%とし、統計解析は IBM SPSS 20.0 を用いて行
26 った。 5) 倫理的配慮 本研究は、身体教育医学研究所うんなん倫理審査委員会の承認(H21-1-26-1) を得て行われた。調査対象者には、署名により調査協力の同意(インフォーム ド・コンセント)を得た。 第 3 節 結果 表 2-1 に、対象者の特性を性別に示した。つまずき経験がある者は 216 人 (44.0%)、転倒経験がある者は 78 人(15.9%)であり、男女差は認められなか った。腰痛の有病率は、女性(56.8%)に比べて男性(66.9%)の方が有意に高 かった。 表 2-2 に、対象者の特性を疼痛の程度別に示した。疼痛の程度に関して、「か なり痛い」「非常に痛い」のカテゴリの回答数が少なかったため、それらを統 合して「かなり痛い」に再カテゴリ化した。つまずき経験および転倒経験を有 する割合は、腰痛・膝痛の程度が強くなるほど有意に高くなった。疼痛がある 者は、疼痛がない者に比べ 1.3 から 3.6 倍、つまずきおよび転倒を経験する割合 が高かった。さらに、腰痛・膝痛が併存する者は、いずれの疼痛もない者と比 べ、つまずき経験および転倒経験を有する割合が高かった(表 2-4)。
27 表 2-3、2-4、2-5 に、多変量解析の結果を示した。腰痛・膝痛をそれぞれに説 明変数として投入して解析を行った結果、腰痛では強い疼痛(「かなり痛い」 と回答している群)を有することが単回および頻回転倒と有意に関連していた が、つまずき経験との関連は認められなかった。膝痛では、疼痛の程度に関わ らずつまずき経験および頻回転倒と有意に関連しており、疼痛が強くなること でオッズ比が高値を示した。 疼痛の部位を組み合わせて解析を実施した結果、腰痛・膝痛を併存すること が、つまずき経験および頻回転倒と有意に関連した。腰痛単独(腰痛はあるが 膝痛はない)では、つまずき経験および転倒経験と有意な関連は認められなか った。一方、膝痛単独(膝痛はあるが腰痛はない)では、転倒経験との関連は 認められなかったが、つまずき経験と有意に関連していた。 感度分析として、転倒経験の有無を目的変数に、疼痛の程度との関連を二項 ロジスティック回帰分析により検討したが、有意な関連は認められなかった。 また、疼痛部位の組み合わせとの関連を同様に検討したところ、前述した主要 解析と同じ結果が得られた。
28 表2-1. 対象者の特性 P 値a 年齢 (歳) <0.01 <64 52 (10.6) 7 (5.4) 45 (12.5) 65-74 270 (55.0) 58 (44.6) 212 (58.7) ≥75 169 (34.4) 65 (50.0) 104 (28.8) BMI (kg/m2) 23 (3.0) 0.8 <24.9 370 (75.4) 101 (77.7) 269 (74.5) ≥25.0 121 (24.6) 29 (22.3) 92 (25.5) 腰痛 ( ≥少し痛い) 292 (59.5) 87 (66.9) 205 (56.8) 0.04 疼痛なし 199 (40.5) 43 (33.1) 156 (43.2) 少し痛い 225 (45.8) 69 (53.1) 156 (43.2) かなり痛い 67 (13.6) 18 (13.8) 49 (13.6) 非常に痛い 0 (0.0) 0 (0.0) 0 (0.0) 膝痛 ( ≥少し痛い) 255 (51.9) 70 (53.8) 185 (51.2) 0.61 疼痛なし 235 (47.9) 60 (46.2) 175 (48.5) 少し痛い 209 (42.6) 55 (42.3) 154 (42.7) かなり痛い 42 (8.6) 15 (11.5) 27 (7.5) 非常に痛い 5 (1.0) 0 (0.0) 5 (1.4) 腰痛・膝痛の併存 0.24 どちらもない 129 (26.3) 29 (22.3) 100 (27.7) 腰痛のみ 106 (21.6) 31 (23.8) 75 (20.8) 膝痛のみ 70 (14.3) 14 (10.8) 56 (15.5) 両方ある 186 (37.9) 56 (43.1) 130 (36.0) つまずく経験 (≥時々ある) 216 (44.0) 58 (44.6) 158 (43.8) 0.87 まったくない 97 (19.8) 28 (21.5) 69 (19.1) ほとんどない 178 (36.3) 44 (33.8) 134 (37.1) 時々ある 207 (42.2) 56 (43.1) 151 (41.8) よくある 9 (1.8) 2 (1.5) 7 (1.9) 過去1年の転倒経験回数 (≥1回) 78 (15.9) 19 (14.6) 59 (16.3) 0.64 0 413 (84.1) 111 (85.4) 302 (83.7) 1 57 (11.6) 13 (10.0) 44 (12.2) ≥2 21 (4.3) 6 (4.6) 15 (4.2) 主観的健康感 (あまりよくない/よくない) 83 (16.9) 22 (16.9) 61 (16.9) 0.99 大変良好 30 (6.1) 9 (6.9) 21 (5.8) まあ良好 378 (77.0) 99 (76.2) 279 (77.3) やや悪い 78 (15.9) 20 (15.4) 58 (16.1) 大変悪い 5 (1.0) 2 (1.5) 3 (0.8) 憂うつ感 (≥時々ある) 197 (40.1) 52 (40.0) 145 (40.2) 0.97 まったくない 65 (13.2) 25 (19.2) 40 (11.1) ほとんどない 229 (46.6) 53 (40.8) 176 (48.8) 時々ある 188 (38.3) 48 (36.9) 140 (38.8) よくある 9 (1.8) 4 (3.1) 5 (1.4) 薬剤使用数 (≥1個) 2 (0-20) 2 (0-20) 2 (0-9) 0.35 0 111 (22.6) 28 (21.5) 83 (23.0) 1 129 (26.3) 32 (24.6) 97 (26.9) ≥2 251 (51.1) 70 (53.8) 181 (50.1) 運動時間 (分/週) 20 (0-900) 0 (0-630) 30 (0-900) 0.91 0 217 (44.2) 66 (50.8) 151 (41.8) 1-149 178 (36.3) 29 (22.3) 149 (41.3) ≥150 96 (19.6) 35 (26.9) 61 (16.9) 最大歩行速度 (m/秒) 2.04 (0.74-3.45) <0.01 速い 364 (74.1) 86 (66.2) 278 (77.0) 遅い 127 (25.9) 44 (33.8) 83 (23.0) 23.0±2.9 23.1±3.0 2.20±0.55 2.03±0.44 a各項目の性別間の比較について、年齢、BMI、最大歩行速度はt検定、運動時間と薬剤使用数はマン・ホイットニー検定、その他の 変数はカイ二乗検定にて行った。 (n = 491) または 中央値 (範囲) または 中央値 (範囲) 72.2±6.0 74.2±5.3 71.5±6.1 合計 男性 (n = 130) 女性 (n = 361) 平均±標準偏差 平均±標準偏差 または 人数 (%) または 人数 (%)
29 表 2-2. 疼痛カ テ ゴ リ 別の特性の比較 P 値 a P 値 a 項目 , n ( % ) 性別 ( 女性 ) 156 (78. 4) 156 (69. 3) 49 (73. 1) 0. 108 175 (74. 5) 154 (73. 7) 32 (68. 1) 0. 66 < 64 22 (11. 1) 25 (11. 1) 5 (7. 5) 0. 582 34 (14. 5) 17 (8. 1) 1 (2. 1) 0. 03 65-74 116 (58. 3) 117 (52. 0) 37 (55. 2) 128 (54. 5) 118 (56. 5) 24 (51. 1) ≥ 75 61 (30. 7) 83 (36. 9) 25 (37. 3) 73 (31. 1) 74 (35. 4) 22 (46. 8) 44 (22. 1) 57 (25. 3) 20 (29. 9) 0. 422 41 (17. 4) 64 (30. 6) 16 (34. 0) < 0. 01 つ ま ずき 経 験 ( ≥ 時々あ る ) 71 (35. 7) 106 (47. 1) 39 (58. 2) 0. 003 78 (33. 2) 104 (49. 8) 34 (72. 3) < 0. 01 過去 1 年の転倒経験回数 ( ≥1 回 ) 19 (9. 5) 36 (16. 0) 23 (34. 3) < 0. 001 27 (11. 5) 37 (17. 7) 14 (29. 8) < 0. 01 0 180 (90. 5) 189 (84. 0) 44 (65. 7) 208 (88. 5) 172 (82. 3) 33 (70. 2) 1 16 (8. 0) 26 (11. 6) 15 (22. 4) 24 (10. 2) 24 (11. 5) 9 (19. 1) ≥2 3 (1. 5) 10 (4. 4) 8 (11. 9) 3 (1. 3) 13 (6. 2) 5 (10. 6) 主観的健康感 (あ ま り よ く な い / よ く な い ) 14 (7. 0) 37 (16. 4) 32 (47. 8) < 0. 001 20 (8. 5) 46 (22. 0) 17 (36. 2) < 0. 01 憂 う つ感 ( ≥ 時々あ る ) 65 (32. 7) 101 (44. 9) 31 (46. 3) 0. 020 84 (35. 7) 86 (41. 1) 27 (57. 4) 0. 02 薬剤使用数 0 55 (27. 6) 49 (21. 8) 7 (10. 4) 0. 002 65 (27. 7) 38 (18. 2) 8 (17. 0) 0. 01 1 61 (30. 7) 54 (24. 0) 14 (20. 9) 69 (29. 4) 48 (23. 0) 12 (25. 5) ≥ 2 83 (41. 7) 122 (54. 2) 46 (68. 7) 101 (43. 0) 123 (58. 9) 27 (57. 4) 0 76 (38. 2) 106 (47. 1) 35 (52. 2) 0. 005 91 (38. 7) 96 (45. 9) 30 (63. 8) < 0. 01 1-149 71 (35. 7) 79 (35. 1) 28 (41. 8) 85 (36. 2) 81 (38. 8) 12 (25. 5) ≥ 150 52 (26. 1) 40 (17. 8) 4 (6. 0) 59 (25. 1) 32 (15. 3) 5 (10. 6) 最大歩行速度 ( 遅い ) 41 (20. 6) 61 (27. 1) 25 (37. 3) 0. 022 45 (19. 1) 58 (27. 8) 24 (51. 1) < 0. 01 a カテ ゴリ デ ー タ に 対 す る カイ二 乗 検 定 かな り / 非常に 痛い (n = 235) (n = 209) (n = 47) 腰痛 膝痛 疼痛な し 少し 痛い かな り / 非常に 痛い 疼痛な し 少し 痛い 年齢 ( 歳 ) B MI ( ≥25. 0) 運動時間 ( 分 /週 ) (n = 199) (n = 225) (n = 67)
30 表 2-3 . つ ま ず き ・ 過去1 年の転倒経験に 対す る 腰痛お よ び 各共変量のオ ッ ズ 比 ( 95% 信頼区間 ) 少し 痛い 1. 61 (1. 08-2. 39) 1. 37 (0. 91-2. 07) 1. 60 (0. 83-3. 10) 1. 39 (0. 70-2. 76) 2. 91 (0. 78-10. 88) 2. 85 (0. 74-10. 91) かな り /非常に 痛い 2. 49 (1. 41-4. 42) 1. 73 (0. 92-3. 25) 3. 90 (1. 79-8. 53) 2. 51 (1. 04-6. 03) 9. 42 (2. 35-37. 73) 11. 09 (2. 41-51. 10) 性別 ( vs 男性 ) 女性 1. 15 (0. 75-1. 75) 1. 15 (0. 74-1. 79) 1. 28 (0. 65-2. 52) 1. 22 (0. 61-2. 47) 1. 20 (0. 43-3. 36) 1. 11 (0. 38-3. 22) 65-74 1. 47 (0. 78-2. 80) 1. 56 (0. 80-3. 04) 1. 41 (0. 52-3. 86) 1. 55 (0. 54-4. 41) 1. 26 (0. 15-10. 71) 1. 66 (0. 19-14. 83) ≥ 75 2. 24 (1. 15-4. 38) 2. 27 (1. 09-4. 74) 1. 12 (0. 38-3. 29) 1. 35 (0. 42-4. 34) 3. 33 (0. 40-27. 46) 3. 91 (0. 41-37. 80) ≥ 25. 0 0. 85 (0. 55-1. 30) 0. 79 (0. 50-1. 25) 0. 95 (0. 49-1. 83) 0. 91 (0. 45-1. 82) 2. 36 (0. 92-6. 05) 2. 52 (0. 93-6. 85) 主観的健康感 ( と て も よ い / ま あ よ い ) あ まり よ く な い /よ く な い 1. 74 (1. 01-2. 99) 2. 90 (1. 44-5. 83) 0. 52 (0. 14-1. 90) 憂 う つ感 ( ≥ まっ た く な い ) ほ と ん どな い /時々あ る /よ く ある 1. 82 (1. 23-2. 69) 1. 10 (0. 60-2. 01) 2. 03 (0. 79-5. 20) 薬剤使用数 ( vs 0 ) 1 0. 82 (0. 47-1. 42) 0. 83 (0. 36-1. 91) 0. 54 (0. 12-2. 46) ≥ 2 0. 87 (0. 53-1. 45) 0. 68 (0. 31-1. 49) 0. 56 (0. 15-2. 06) 最大歩行速度 ( vs 速い ) 遅い 1. 17 (0. 73-1. 87) 0. 66 (0. 31-1. 41) 1. 51 (0. 51-4. 50) 1-149 0. 71 (0. 46-1. 09) 0. 69 (0. 36-1. 32) 1. 20 (0. 42-3. 44) ≥ 150 0. 57 (0. 33-0. 98) 0. 45 (0. 17-1. 18) 1. 15 (0. 27-4. 86) a 二項ロ ジ ス テ ィ ッ ク 回帰分析モ デ ル b 多項ロ ジ ス テ ィ ッ ク 回帰分析モ デ ル c モ デ ル 1 は性、 年齢、 B M Iを 共変量に 含め た d モ デ ル 2 はモ デ ル1の共変量に 主観的健康感、 憂う つ 感、 薬剤使用数、 最大歩行速度、 運動時間を 加え た 。 つ ま ずき 経 験 a 過去 1 年の転倒経験 b 単回 頻回 ( ≥2) 変数 モ デ ル 1 c モ デ ル 2 d モ デ ル 1 c モ デ ル 2 d モ デ ル 1 c モ デ ル 2 d 腰痛 ( vs 疼痛な し ) 年齢 , 歳 ( vs < 64) BM I (v s < 24. 9) 運動時間 , 分/ 週 ( vs 0 )
31 表 2-4 . つ ま ずき ・ 過 去 1 年の転倒経験に 対す る 膝痛お よ び 各共変量のオ ッ ズ 比 ( 95% 信頼区間 ) 少し 痛い 2. 03 (1. 37-3. 01) 1. 81 (1. 20-2. 72) 1. 21 (0. 66-2. 23) 1. 01 (0. 53-1. 91) 4. 50 (1. 24-16. 28) 4. 47 (1. 21-16. 50) かな り /非常に 痛い 5. 25 (2. 58-10. 68) 3. 83 (1. 82-8. 04) 2. 44 (1. 02-5. 83) 1. 63 (0. 63-4. 19) 8. 14 (1. 82-36. 49) 7. 26 (1. 51-34. 86) 性別 ( vs 男性 ) 女性 1. 12 (0. 73-1. 73) 1. 14 (0. 73-1. 78) 1. 25 (0. 64-2. 45) 1. 16 (0. 58-2. 31) 1. 11 (0. 40-3. 07) 1. 13 (0. 40-3. 17) 65-74 1. 25 (0. 66-2. 38) 1. 38 (0. 70-2. 69) 1. 33 (0. 49-3. 61) 1. 46 (0. 52-4. 14) 1. 13 (0. 13-9. 61) 1. 37 (0. 16-12. 08) ≥ 75 1. 84 (0. 93-3. 64) 1. 98 (0. 94-4. 17) 1. 03 (0. 35-3. 02) 1. 23 (0. 38-3. 93) 2. 98 (0. 35-25. 04) 3. 46 (0. 37-32. 72) ≥ 25. 0 0. 74 (0. 47-1. 15) 0. 70 (0. 44-1. 12) 0. 93 (0. 48-1. 80) 0. 89 (0. 44-1. 78) 2. 23 (0. 87-5. 70) 2. 29 (0. 86-6. 08) 主観的健康感 ( と て も よ い / ま あ よ い ) あ まり よ く な い /よ く な い 1. 68 (0. 99-2. 86) 3. 48 (1. 78-6. 82) 0. 68 (0. 20-2. 29) 憂 う つ感 ( ≥ まっ た く な い ) ほ と ん どな い /時々あ る /よ く ある 1. 76 (1. 18-2. 61) 1. 07 (0. 59-1. 96) 1. 93 (0. 75-4. 97) 薬剤使用数 ( vs 0 ) 1 0. 83 (0. 48-1. 46) 0. 83 (0. 36-1. 91) 0. 66 (0. 15-2. 88) ≥ 2 0. 89 (0. 53-1. 48) 0. 76 (0. 35-1. 65) 0. 72 (0. 21-2. 53) 最大歩行速度 ( vs 速い ) 遅い 1. 08 (0. 66-1. 75) 0. 64 (0. 30-1. 37) 1. 50 (0. 52-4. 35) 1-149 0. 73 (0. 47-1. 14) 0. 71 (0. 37-1. 37) 1. 45 (0. 50-4. 18) ≥ 150 0. 60 (0. 35-1. 02) 0. 42 (0. 16-1. 09) 0. 99 (0. 24-4. 08) a 二項ロ ジ ス テ ィ ッ ク 回帰分析モ デ ル b 多項ロ ジ ス テ ィ ッ ク 回帰分析モ デ ル c モ デ ル 1 は性、 年齢、 B M Iを 共変量に 含め た d モ デ ル 2 はモ デ ル1の共変量に 主観的健康感、 憂う つ 感、 薬剤使用数、 最大歩行速度、 運動時間を 加え た 。 つ ま ずき 経 験 a 過去 1 年の転倒経験 b 単回 頻回 ( ≥2) 変数 モ デ ル 1 c モ デ ル 2 d モ デ ル 1 c モ デ ル 2 d モ デ ル 1 c モ デ ル 2 d 膝痛 ( vs 疼痛な し ) 年齢 , 歳 ( vs < 64) BM I (v s < 24. 9) 運動時間 , 分/ 週 ( vs 0 )
32 転倒の 頻度 ( %) 転倒の 頻度 ( %) 腰痛・ 膝痛 ( vs ど ち らもな い ( n= 129) ) (37( 28. 7) ) (11( 8. 5) ) (1( 0. 8) ) 腰痛のみ ( n= 106) 41( 38. 7) 1. 57 (0. 90-2. 72) 1. 34 (0. 76-2. 36) 13( 12. 3) 1. 56 (0. 66-3. 65) 1. 27 (0. 52-3. 07) 2( 1. 9) 2. 69 (0. 24-30. 39) 2. 49 (0. 22-28. 52) 膝痛のみ ( n= 70) 34( 48. 6) 2. 36 (1. 28-4. 34) 2. 10 (1. 12-3. 93) 5( 7. 1) 0. 83 (0. 28-2. 50) 0. 71 (0. 23-2. 21) 2( 2. 9) 3. 58 (0. 32-40. 48) 3. 34 (0. 29-38. 42) 両方あ る ( n= 186) 104( 55. 9) 3. 19 (1. 95-5. 20) 2. 44 (1. 45-4. 12) 28( 15. 1) 2. 16 (1. 02-4. 57) 1. 50 (0. 67-3. 39) 16( 8. 6) 11. 07 (1. 43-85. 83) 10. 79 (1. 33-87. 19) 性別 ( vs 男性 ) 女性 1. 15 (0. 75-1. 76) 1. 15 (0. 74-1. 80) 1. 30 (0. 66-2. 56) 1. 25 (0. 62-2. 51) 1. 23 (0. 44-3. 43) 1. 19 (0. 42-3. 41) 65-74 1. 33 (0. 70-2. 55) 1. 44 (0. 73-2. 82) 1. 43 (0. 52-3. 90) 1. 55 (0. 54-4. 41) 1. 19 (0. 14-10. 14) 1. 45 (0. 16-12. 81) ≥ 75 1. 99 (1. 01-3. 93) 2. 09 (0. 99-4. 39) 1. 11 (0. 38-3. 26) 1. 30 (0. 40-4. 16) 3. 03 (0. 36-25. 34) 3. 33 (0. 35-31. 38) ≥ 25. 0 0. 75 (0. 48-1. 17) 0. 72 (0. 45-1. 14) 0. 92 (0. 47-1. 78) 0. 88 (0. 44-1. 76) 2. 07 (0. 80-5. 32) 2. 13 (0. 79-5. 74) 主観的健康感 ( と て も よ い / ま あ よ い ) あ まり よ く な い /よ く な い 1. 68 (0. 99-2. 85) 3. 33 (1. 69-6. 54) 0. 64 (0. 19-2. 16) 憂 う つ感 ( ≥ まっ た く な い ) ほ と ん どな い /時々あ る /よ く ある 1. 78 (1. 20-2. 64) 1. 07 (0. 59-1. 95) 1. 89 (0. 74-4. 84) 薬剤使用数 ( vs 0 ) 1 0. 84 (0. 48-1. 46) 0. 85 (0. 37-1. 94) 0. 66 (0. 15-2. 95) ≥ 2 0. 85 (0. 51-1. 42) 0. 70 (0. 32-1. 53) 0. 64 (0. 18-2. 25) 最大歩行速度 ( vs 速い ) 遅い 1. 13 (0. 70-1. 82) 0. 69 (0. 32-1. 47) 1. 71 (0. 59-4. 96) 1-149 0. 72 (0. 46-1. 11) 0. 70 (0. 37-1. 35) 1. 41 (0. 49-4. 05) ≥ 150 0. 60 (0. 35-1. 04) 0. 43 (0. 17-1. 14) 1. 16 (0. 28-4. 90) a 二項ロ ジ ス テ ィ ッ ク 回帰分析モ デ ル b 多項ロ ジ ス テ ィ ッ ク 回帰分析モ デ ル c モ デ ル 1 は性、 年齢、 B M Iを 共変量に 含め た d モ デ ル 2 はモ デ ル1の共変量に 主観的健康感、 憂う つ 感、 薬剤使用数、 最大歩行速度、 運動時間を 加え た 。 表 2-5 . つ ま ず き ・ 過去1 年の転倒経験に 対す る 腰痛・ 膝痛併存お よ び 各共変量のオ ッ ズ 比 ( 95% 信頼区間 ) つ ま ずき 経 験 a 過去 1 年の転倒経験 b 変数 つ ま ずき の 頻度 ( %) モ デ ル 1 c モ デ ル 2 d 単回 頻回 ( ≥2) モ デ ル 1 c モ デ ル 2 d モ デ ル 1 c モ デ ル 2 d 年齢 , 歳 ( vs < 64) BM I (v s < 24. 9) 運動時間 , 分/ 週 ( vs 0 )
33 第 4 節 考察 本研究の目的は、地域在住高齢者を対象に腰痛・膝痛とつまずき経験および 転倒経験との関連を横断研究により明らかにすることであった。その結果、腰・ 膝の強い疼痛は頻回転倒と有意に関連し、膝では弱い疼痛でもつまずき経験や 頻回転倒と有意に関連していた。さらに、腰痛・膝痛の併存はつまずき経験や 少なくとも 1 回以上の転倒経験と有意に関連していた。 これまで腰痛と転倒の関連を検証している研究は少なく、その関連も認めら れていない22, 23)。 いくつかの先行研究で、腰痛による身体機能の低下が転倒の 危険性を高める可能性があることを指摘している18, 81, 82)。本研究では、身体機 能の状態が交絡因子となる可能性を考慮し、最大歩行速度を共変量として投入 することでその影響を補正したが、それでも疼痛と転倒の関連は独立して認め られた。先行研究と本研究の結果の不一致は、対象の偏り(性、年齢、疼痛に よる機能障害の程度等)や研究デザインの違いが影響している可能性がある。 疼痛と転倒が関連する理由・機序としては、疼痛が神経-筋の運動制御に影響 を及ぼしている可能性が考えられる23)。 実験研究では、慢性痛が運動神経活動 に影響を及ぼし、意図する筋運動(動作)が実行できくなる可能性があると報 告している83)。また、腰痛が運動制御に影響を与えていたとする報告もある84, 85)。 本研究で認められた強い疼痛と頻回転倒との関連は、強い疼痛による運動制御
34 への影響を示唆しているかもしれない。モデル 2 において、腰痛とつまずき経 験は有意に関連していたが、主観的健康感を共変量として投入した影響により その関連が消失した。主観的健康感と疾患は関連するため、腰痛ではない何ら かの慢性疾患の影響を受けていた可能性も考えられる86)。 または、信頼区間の 下限値が 0.92 であったことから、統計学的検出力が影響している可能性もある。 膝痛に関しては、転倒の関連を検証した 2 つの前向きコホート研究がある。75 歳以上の地域在住高齢者を対象とした研究では、1 か月間にわたり膝痛を有して いた者は、膝痛のなかった者と比べ、有意に転倒が多く発生していたと報告さ れている 66)。一方、70 歳以上の地域在住高齢者を対象とした研究では、3 か月 以上続く慢性的な膝痛は、転倒発生に影響しなかったと報告している23)。 本研 究では、横断研究ではあるものの、膝痛を有することがその重症度に関わらず、 過去 1 年間の頻回転倒経験と関連していることを明らかにした。これまで、強 い膝痛が転倒の危険因子となる可能性は報告されているが、弱い膝痛と転倒の 関連は検証されていない。わずかな疼痛(身体の部位を特定していない)が転 倒の危険因子となるという指摘もあることから 23)、膝痛ではその程度がたとえ 弱い場合であっても、つまずきや転倒に影響するかもしれない。 膝痛とつまずき経験との関連を示す先行研究として、変形性膝関節症による 膝痛が、段差等の床面の障害物へのつまずきを増加させる傾向があるという報
35 告もあり 87)、本研究での結果と類似していた。この関連についても、腰痛と同 様に、疼痛による運動制御への影響が寄与しているかもしれない。例えば、実 験的に誘導された筋痛は、中枢神経系機構に影響を及ぼし、最大筋力の減少と 膝伸展力の発揮方向の変化を引き起こすことが知られている 88, 89)。これは、さ らなる疼痛を保護するための筋-神経系の適応反応と考えられているが84, 85)、こ のような適応が動作そのものに影響を及ぼし、つまずきを発生させるかもしれ ない。 腰痛・膝痛の併存は、つまずき経験や頻回転倒経験と強く関連していた。前 向きコホート研究では、複数の関節に疼痛を有する高齢者は、転倒の危険性が より高まることが明らかにされている 23)。しかし、その機序については十分な 議論がなされていない。前述のように、疼痛が運動制御に与える影響を考慮す ると、疼痛部位が複数に及ぶことでその影響がより大きくなり、結果としてつ まずきや転倒が起こりやすくなる可能性も考えられる。 以上のように、つまずきや転倒に対する腰痛・膝痛の独立した関連は、運動 器の疼痛がつまずきや転倒発生の危険因子となる可能性を示唆している。先行 研究では、運動器の疼痛のために日常的に鎮痛剤を使用している高齢女性の転 倒リスクが低くなったという報告もあり 22)、疼痛自体の軽減や予防がつまずき や転倒の回避に有効である可能性が示唆されている。運動器の疼痛と転倒との
36 因果関係を明らかにするためには、疼痛の保有・除去が転倒発生の危険因子と なるかを縦断的な疫学研究デザインにより明らかにしていくことが必要である。 本研究にはいくつかの潜在的な限界がある。第一に、本研究は横断研究であ るため、因果関係を明らかにすることはできない。今後は、前向きの観察ある いは介入研究が必要である。第二に、対象集団のサンプル数が大きくないこと から、統計学的検出力が低くなる影響によって、得られた関連の過小評価が生 じている可能性がある。第三に、地域在住高齢者としての選択に偏り(選択バ イアス)が生じている可能性がある。本研究の対象者は、地域のコミュニティ センターで開催された転倒予防事業に自主参加が可能な一定の体力水準を有す る高齢者であった。そのため、実際の転倒率よりも過小評価されているかもし れない。また、研究対象となった女性は、男性に比べて年齢が若く、歩行速度 が速く、転倒経験率が低かった(表 2-1)。その影響に対して、多変量解析により 一定の調整はできたものと考えているが、選択バイアスが生じている可能性は 否定できない。第四に、つまずきおよび転倒を自記式質問紙により評価してい るため、想起バイアスが発生している可能性である。先行研究では、高齢者に おいて過去 3 カ月から 12 カ月の間に発生する転倒を想起することは困難である と指摘されている 90)。そのため、特に介入研究においてカレンダー等を用いた 日常的な転倒の記録が推奨されている 52)。しかし、この方法は回収率が大きく
37 低下する可能性も指摘されており 23)、最適な転倒モニタリングの方法はまだ結 論付けられていない 91)。過去 1 年間の転倒を想起させる質問のスクリーニング 精度に関しては、比較的良好な感度(80–89%)と高い特異度(91–95%)を有し、 傷害を伴う転倒をより想起しやすいと報告されている 91)。また、つまずき経験 については、質問紙による評価方法が確立されていなかったため 57, 79)、期間を 定義して評価することができなかった。期間を定義して評価することにより、 つまずきの発生頻度は異なる可能性がある。第五に、疼痛の評価に関して、原 因疾患や急性・慢性痛の評価を行っていないため、それらとつまずき・転倒と の関連は不明である。原因疾患の把握に基づく疼痛評価は理想的な調査と考え られるが、地域での事業等を活用した疫学調査において医師による診断を得る ことは、時間や予算の制約上の課題があり実現可能性は低い。仮に、疾患の自 己報告を求めても関節炎の場合にはその精度に問題があると指摘されているこ とから、疫学調査では自己報告による疾患評価のコンセンサスはまだ得られて いない 92)。転倒と疼痛の関連は、原疾患で統計的に調整しても独立しても変わ らなかったという報告もあることから 23)、実際はあまり影響していない可能性 もある。しかしながら、疼痛の原因疾患の影響により交絡が生じている可能性 は否定できない。
38 第 5 節 結論 地域在住高齢者を対象とした横断研究により、強い腰痛は、単回および頻回 転倒の経験と有意に関連することが明らかとなった。また、膝痛では、その重 症度に関わらず、つまずきおよび頻回転倒の経験と有意に関連することが明ら かとなった。さらに、腰痛と膝痛が併存することで、つまずきや頻回転倒の経 験との関連が高まることも明らかとなった。 以上から、腰痛・膝痛は、高齢者の転倒の危険因子であるつまずきや転倒経 験に影響を及ぼす可能性が示唆された。今後、前向きコホート研究により、運 動器の疼痛が転倒発生の独立した危険因子となるかを明らかにしていく必要が ある。
39 第 3 章 膝痛と歩行速度低下との関連:1 年間の前向きコホート研究 第 1 節 目的 世界的な人口の高齢化に伴い、移動機能の障害によって身体的・精神的苦痛 を経験する高齢者が増加していくことが予想されている3)。高齢化の進展が著し い我が国では、高齢者の生活の質を低下させる移動機能の障害をいかに予防し ていくかが公衆衛生上の喫緊の課題となっている。 ヒトの代表的な移動動作は歩行である。歩行の速さ(以下、歩行速度)は、 健康状態だけでなく、生存の予測指標となることが知られている93, 94)。 歩行速 度の低下は、60 歳を超えると顕著になり、加齢に伴って加速することが知られ ている 95, 96)。また、身体活動が低下する結果として生じる関節可動域や筋力な どの身体機能の低下、憂うつ状態といった精神機能の低下なども、歩行速度が 低下していくことに影響していると報告されている72, 97, 98)。 膝痛は高齢者の一般的な身体症状であり4)、身体機能の制限や障害の主要な原 因のひとつとされている 15, 99)。日本では、高齢化の進展の影響により膝痛の有 症率が増加している6)。しかし、高齢者の歩行速度低下に対して膝痛がどの程度 の影響を及ぼすかを明らかにした研究は少ない100)。横断研究によると、中高年 女性の膝痛の重症度と歩行速度には負の相関関係(膝痛の重症度が高くなるほ
40 ど歩行速度が遅い)が認められたと報告されている101, 102)。しかし、この現象は あくまで一時点での断面的な関連を示すものであり、膝痛を有することが、歩 行速度の低下に影響を及ぼすかは示されていない。縦断的な検証によりその影 響を検証した先行研究によれば、膝関節に機能的な障害を有する高齢女性では、 2 年間の追跡評価により通常歩行速度(最大努力下ではなく日常的に歩く程度の 速さを計測)が低下していたと報告されている100)。近年の報告では、中高年者 において症候性の変形性膝関節症(レントゲンで診断が確定されていて症状と して疼痛がある)または変形性膝関節症ではないが膝痛の症状だけがある場合 の双方で、通常歩行速度の低下するリスクが 4 年後の追跡評価で高まることが 報告されている103)。以上の先行研究は、膝痛が歩行速度の低下に影響する可能 性を示唆している。しかし、これまでの多くの研究は欧米を中心に実施されて おり、日本の高齢集団を対象として歩行速度の低下に対する膝痛の影響を明ら かにした研究は知る限り存在していない。 そこで本研究では、地域在住高齢者において膝痛を有することが歩行速度の 変化に影響を及ぼすかを 1 年間の前向きコホート研究により明らかにすること を目的とする。
41 第 2 節 方法 1.研究デザイン 本研究は、島根県雲南市掛合町(人口 3,751 人、面積 109.5 km2)に在住する 高齢者を対象に、市が主催する 1 年間の定期健康診断に併せて行われた調査(島 根コホートスタディ71) )における運動機能測定および自記式質問紙調査データ を用いた 1 年間追跡の前向きコホート研究である。
なお、本研究は、観察的疫学研究報告の質改善(Strengthening the Reporting of Observational Studies in Epidemiology (STROBE) )のための声明に従って解析お
よび記述を行った69)。 2.対象者 図 3-1 に対象者の募集および研究の流れを示す。対象者の募集は市報や回覧版 等の行政連絡網を通じて行った。研究対象者としての適格基準は、60 歳以上で 地域に在住していることであった。また、除外基準は、日常生活動作に介助を 要する、歩行時に歩行補助器具を要する、調査への回答が困難である、そして、 疾患等により歩行速度の評価を行えない場合、とした。2006 年のベースライン 調査には地域在住の 60 歳以上の男女 658 人が参加し、そのうち 1 年後の 2007 年の追跡調査には 400 人が参加した。追跡時点の調査データに欠損が生じた 296 人を除外し、最終的に 362 人を解析対象者として採用した。
42 データ欠損者, 13人 図3-1. 研究の流れ 研究対象者 (2006) 60歳以上の地域在住高齢者 1300人 ベースライン調査 (2006) 定期健康診断参加者 658 人 追跡調査 (2007) 定期健康診断参加者 400 人 最終解析対象者 362人 最大歩行速度および その他の調査実施実施者 614人 最大歩行速度および その他の調査実施実施者 375人 除外基準に基づく除外者, 29人 杖使用, 15人 追跡不能者, 214人 除外基準に基づく除外者, 24人 杖使用, 1人 非参加者, 642人
43 3.評価項目 1) 基本属性 対象者の基本的な属性に関する情報として、性および年齢は雲南市基本台帳 システムから抽出した。この他、職業(専業農業、自営業、その他、無職)、 憂うつ感(ある/ない)、喫煙歴(一度も吸ったことがない/過去吸っていた /現在吸っている)、膝以外の運動器の疼痛(ある/ない)、生活活動強度(低 い/適度、やや高い、高い)、運動習慣(ある/ない)、慢性疾患の既往(あ る/ない:高血圧、高脂血症、糖尿病、高尿酸血症・痛風、脳血管障害、心疾 患、腎疾患・泌尿器疾患、肝臓病、胃腸疾患、内分泌疾患、がん・悪性腫瘍) に関する情報について自記式調査票および回答内容を確認するための対面イン タビューにより評価した。体重および身長(Body Mass Index [BMI]の計算に用い た)は実測により評価した。以上の変数は、先行研究に基づき膝痛と歩行速度 低下との関連の検証に際して調整すべき要因(交絡する可能性のある要因)と して選択された18, 104-109) 。 2) 最大歩行速度(目的変数) 最大歩行速度は、室内平面に設けた直線 14m の歩行路を最大努力で歩いた際 の 2m と 12m 地点間の 10m の所要時間を、熟練した測定者がデジタルストップ ウォッチを用いて計測した。最大歩行速度データは、先行研究のカットオフ値
44 を参考にして二値化した72, 110)。歩行速度の計測は、先行研究において高い信頼 性(再現性)を有することが報告されている40, 110)。 3) 膝痛(説明変数) 膝痛の状況については、自記式調査票および回答内容を確認するための対面 インタビューにより評価した。膝痛について「過去 1 年間、少なくとも一方の 膝に 1 日以上の持続的な痛みを感じることがありましたか?」という質問で尋 ね106)、「ある」と回答した場合には、さらに疼痛の程度を「まったくない、少 し痛い、かなり痛い、非常に痛い」の 4 段階で尋ねた。「少し痛い、かなり痛 い、非常に痛い」のいずれかを回答した場合に「疼痛あり」として定義した。 膝痛の評価に用いた質問紙の信頼性は、平均年齢 70.9±10.3 歳の高齢者 59 人(男 性 29 人、女性 30 人)を対象にして実施した 1 週間の再テスト法で良好な値を 得ている(Cohen’s Kappa = 0.79)。 4) 統計解析 記述統計として、すべての変数について性別および疼痛の程度別に人数(%) を示した。性別間の比較には、間隔尺度では t 検定およびマン・ホイットニー検 定、名義尺度ではカイ二乗検定を用いた。また、疼痛の程度別間の比較には、 間隔尺度では一元配置分散分析、名義尺度ではカイ二乗検定を用いた。 膝痛の重症度の違いが高齢者の歩行速度低下に影響を及ぼすかを明らかにす