東海村臨界事故の検証とその影響
17
0
0
全文
(2) 28. 茂木達也. 重 もの安全対策が. 石塚 安廣. 施され、 更に防御壁を 作ることによって、 その安全が守られているが、. そうした放射能を 防御する物理的な 壁さえな. い 工場の中で臨界事故が. 今回は. 発生した。 つまり裸の原子. 炉 が出現したと 言っても過言ではない。 この臨界事故では、 大量の中性子と. ァ. 線が沈殿槽から 外部に放出されたと 見られている。. 核分裂反応は、 発生直後の爆発的にはげしい 反応が起きた その後なだらかに 長時間にわたって 反応が続く時期. 時期. ( プラト一部 ). ( バースト部 ) の. 25分間と、. の 19 時間余に分かれる. (図 1. 参照 ) 。 科学技術庁事故対策本部は、 当初 JC0 敷地内の / 線 測定器で測定したゆるやかな 反応の. 放射線量を推定した。 しかしその後、 1.7k 血 離れた日本原子力研究所那珂研究所の 中性子線測定器が 臨界事故のはじまりから、 中性子線量を 測定していることが 判り、 これをもとに 被曝線量を計算し 直している。 その結果、 転換試験棟から 80m 地点では、 被曝線量 (線量当量 ) がバースト部で llmSv ( 時期の放射線量から、. 爆発的な反応が 起きたときの. ミ. リシーベルト ) 、 プラト一部で 92mSv となった。 一般人の年間被曝線量限度は. lmSv となってい. る。 バースト部の 時点では、 住民にはまだ 事故のことを 知らされておらず、 大量被曝している 可 能 性が指摘された。 現場から. 80m の地点に 25 分間立ち止まっているだけで、 Ⅱ年間分の放射線 を浴びる計算になる。 また、 350m 圏内の境界の 被曝線量は、 20 時間で 1.2m 師になることが 判っ. え」@ O. 事故発生直後からの プラト一部. バースト部. る 被曝線量は、表 1. ァ. 線によ. の通りであ る。. 転換試験 棟 に近い③∼⑥地点 (図 2. 線. 参照 ) では、 事故発生直後、. 被曝線量が 0 . 5mSv/h. 且 率. る。. 出 カ. 事故発生後から 8 時間以上経過 した、 19:09 からは 中 ,桂子線 測定 も 始まっている. Ⅰ. を超えて ぃ. 0:35. ⅠⅠ. :00. 20: 5. (9月 30 %. 3:30 (10 月Ⅰ 日 ). 6:15. の. 、 、 -n. ,--. O. な Ⅰ @ 収施 @ -と 財 6﹃。. " 寄: : Ⅱ ガ由 デ Ⅰ 止0 ー. 0 : フ @ガげガ. 欝辮. のァ. , QPの----. 参照 几そ. 測定開始時点でも、 転換試験. 棟 付近では、 4.5mSv/h. 時 間. 瓜連町へな 月. (表 2. とァ. 線に. 比べて非常に 高い値を示してい る。 U上 ) 図 1. 臨界事故発生時からの 線量率 の推移グラフ (下 ). 図2. JCO 敷地周辺のモニタリンバ 設置場所の地図 (資料 :. 科学技術庁. ).
(3) 29. 東海村臨界事故の 検証とその影響. 表 1 事故現場付近の ァ線 ・線量当量測定量 (1999/9/30 ∼ 10/2). ・⑭. 0 . 02 ㏄. 正門. 資料. :. 科学技術庁. 0 . 02 ㏄. 0 . 03 ㏄. 0 . 0250. 0. 0170. 0. 0180. 0 . 02 ㎝. 0 . 0140. 0 . 0130. 0 . 0130. 0 . 0035. く 0.㏄ 1 く 0 . 001. 0 .㏄35 く 0 . 001. 0.0500. 0.0480. 0.0450. 0.0350. 0.0280. 0.0350. 0.0250. 0.0240. 0.0250. 0.0078. <・. 0.0047. <・. 0.0043. く 0 . 001. 0.0032. 単位二 mSv/h 表 2 事故現場付近の 中性子線,線量当量測定量 (1999/9/30 一 10/1). ②. 1.lT 刀. 1.8T め. 1.50 ㏄. 1.80㎝㎝. 1.3000. 1.8T 冷 0. 35 ㏄ く 0刀01. く 0%01. 0. 7T刀く 0 . 001. く 0 . 001. ③. 3.50 ㏄ 3.0000. 3.0000. 3.0000. 3.0000. 3.0000. ④. 4.5000. 3.5 ㏄0. 3.5 ㏄0. 3.3 ㏄0. 3.5 Ⅸ. ⑤. 2.㏄㎝ 2.㏄00. 1.8㏄0. 1.8000. 1.70 ㏄ 2.㏄㏄ 0 . 34 ㏄ く 0 .㏄ 1 く 0.㏄ 1. 4.0000. 単位二 mSv/h. 冶. 0 . 70 ㏄ く 0.001 く 0 万 01. 資料. :. 科学技術庁 表 3 住民の被曝線量と 人数 被曝線量. 2-2 被曝線量の推定 科学技術庁の. 事故調査対策本部は、 2000年 1 月 31 日までの. 査 で住民や JCO 社員など合わせて 439 人が被曝したと 発表した。 事故現場から 350m 圏内に住居があ ったり、 勤務していた. 265 人に聞き取り 調査を行い、 臨界の規模と 建物による遮蔽. ∼ⅠmSv. 調 l. 効. l. lmSv 以上 lmSv 5mSv. ∼ 一. 7. 88. 5mSv. 92. lomSv. 15. 呆などを踏まえ、 被曝線量を計算した 結果、 事故当時周辺にい. l0mSv. 一. l5mSv. 4. なかったり、 被曝した可能,性がなかったりした 人を除いた 207. l5mSv. 一. 20mSv. 0. 大 全員が軽度から 最大で年間許容量の 21 年分に当たる 2lmSv の被曝をしたと 推定した。 一般公衆の年間被曝線量限度 lmSv を超えた住民が 119 人も い たのであ る (表 3 参照 ) 。. (科学技術庁調べ ).
(4) 30. 茂木達也. 事故当時、. 敷地内にいた JC0. 石塚 安廣. 社員らの被曝線量は、. 大内さんなど 大量被曝した 作業員 3 人を除く. と最高で 16.6m 舖 だった。 事故後に核分裂反応を 止めるために 表 4 被曝した人数とその 内訳 動員された作業員も 最高で 48mSv もの被曝があ った。 原子力 安全委員会の 健康管理検討委員会によると「 50m 師 未満の被曝 と発 ガンとの因果関係は 証明されていない。 ただちに健康に 影 響 があ ることはな い 」としている。. その事故発生時にいた、 又、 事故後臨界を. 止める作業をした. JCO 社員の被曝者数は、 165 人に上る。 更に消防隊員 10 人、 核 燃料サイクル 機構関係者等 57 人も被曝した (表 4 参照 ) 。. ( 科学技術庁調べ ). 2-3 作業員の被曝と 放射線障害. それでは、 臨界事故で作業員の. 被曝状況はどうであ. ったか。. まずは、 事故発生当日であ るが、 沈殿 槽 のそばで漏斗を 支えていた大内久さんが 16 ∼ 20Sv. いう、. 広島原爆並の. ら 必死の救命治療を. 現代医療の限界を. 被曝をした。. 事故発生から. 続けてきたが、 中性子線に. 2. と. 日後に東大医学部付属病院に 運ばれた。 それか. よ. る放射線熱傷の 治療に関する 文献は殆どなく、. 医師団は感じたという。 そして、 事故発生から 83. 12 月 21 日に多臓器不. 日後の. 全で死亡した。 大内さんの傍で、 ウラン溶液を 注いで い た篠原理人さんは 6 ∼ 10Sv の被曝をして、. 全身にやけどを 負い東大医科学研究所付属病院に 運ばれ、 皮膚移植を受けたが、 2000 年 4 日に大内さんと 同様、 多臓器不全で 亡くなった。 また、 隣室にいた横川 豊 さんは、. 1 一. 月. 29. 4,5Sv の. 被曝をしたが、 12 月 20 日に放射線医学研究所を 退院した。 しかし大量被曝していることから、 今後、 白血病やガンの 発生が懸念される。 次に臨界を止めるために 水抜き作業に 従事した作業員はどれくらいの 被曝線量だったのか。 科 学技術庁の 12 度 050m. 月. 24 日までの調査で、 被曝線量は、 最高でも放射線業務従事者の 年間被曝線量 限. 舖 程度で、 多くは 20mSv 前後にとどまり、 ガンなどの長期的な 健康への影響も 心配な. いということであ る。 しかし、 , b 配される晩発症状については、 判別が難しいとされているので、 長期的な検査が 必要だろう。. 今回は、 日本の原子力事故では、 を 実感している。. はじめて死亡者を. 出したということで、. この臨界事故を 大いに反省し、 安全に原子力が 利用される. 改めて原子力の 怖さ よう. に、 原子力関係. 者は心する必要があ る。 決して、 大内さんや篠原さんの 死を無駄にしてはいけない。. 2-4 核分裂の規模と 放出された放射線Ⅰ 今回の臨界事故は、 世界で過去 20 件発生している 核燃料施設の 臨界事故と比べても 最大級の 部類に入ると. 言われている。. 核分裂を起こした. 235TJ 原子核の数は 2.5Xl0". 個 (約. lmg). であ. り、. この量は、 1959 年のアメリカの 事故で 4.0X10 , 9個、 1978 年のアメリカの 事故で 2.7X10 ,8個に次 ぐ第 3. 位となり、 臨界状態の継続時間も、 1962 年アメリカの 事故で 37 時間、 1997 年のロシアの. 事故で 27 時間に次ぐ、 約 20 時間の第 3 位であ った。 今回の事故で. 大量被曝し、. 病院に運ばれた JCO. の作業員は、 「事故の瞬間、 突然、. 青 い 光が広. がった」と語っている。 この「青い光」とは 何か。 専門家は 、 目を突き抜けた 中性子線によって.
(5) 東海村臨界事故の 検証とその影響. 3Ⅰ. 生じた「チェレンコフ 光 」ではないかと 指摘している。 「チェレンコフ 光 」とは、 物質中を高速の 荷電粒子が運動したときに 発生する光として 知られ ている。. 今回の事故では、 我々の計算では 約 7XKy" 個の中,佳子が 飛び出したと 思われる。 この中,桂子 が 全空間に均一に 放出されたとすると、 沈殿槽から lm の距離に いた 人の眼球には 約 5XK0" 個の 中性子が突き 抜けたことになる。 この大量の中性子が 水晶体で水と 衝突し、 反跳 陽子を生み出し 「チェレンコフ 光 」が発生したと 考えられる。 このように中性子線は、 コンクリートの 壁を透過する 力を持っており、 血液中の "Na をを放射 化して "Na という放射性同位元素を 作ったり、 反跳 陽子を生成したりして、 体内被曝を引き 起こ. すなど、 その影響力は. ァ綜 よりはるかに 大きいことが. 指摘される。. それでは、 チェルノブイリ 原発事故の際に 見られた、 死の灰. (核分裂生成物 ). の環境への放出. はなかったのか。 今回の事故は 中性子線などの 放射線が大量に 外部に放出されただけで、 核分裂 生成物が飛散するような 事故ではなかったとされていた。. しかし、 問題があ ったのであ る。. JCO は、 臨界事故後も 転換試験棟の 排気装置を止めなかったために、 排気筒から放射性同位元 素の ",Uが漏れうづけ、 10 日間以上も放置されていたという。 科学技術庁と 茨城県は ",1の放出を 止めるフィルターがないことを 知りながら、 科技庁は「特に 問題はない」とし、 茨城県は「敷地 内は国と事業者が 担当する」としてともに 静観していたのだ。 そして、 事故発生から 10 日以上 たって、 ようやく排気装置を 停止する措置を ]C0 がとった。 しかし、 その後も "1 の放出が止ま らず、 最終的には試験棟内に "1. を 吸りX. する循環型のチャコールフィルターを. その影響であ ろうか、 JCO 周辺で 10. 月. ろ、 土壌からは検出されなかったものの、. 設置したのであ る。. 10 日に植物と土壌をそれぞれ 16 箇所から採取したとこ 6 箇所の植物の 葉からは微量の ",1を検出した。. また、 具体的に臨界事故で 放出された "1 の推定量は約 50Bq. 4000Bq で、 国内で放出量最悪と 言われていた 1991 年の美浜原発. ( ベクレル ) 、. 放射性希ガスが 約. 2. 号機の冷却水漏れ 事故を数千. 倍も上回ったのであ る。 世界最大の事故と 言われるチェルノブイリ. 原発事故では、 ",n放出量は. 5000 万 Bq で甲状腺ガンを 多数引き起こした 前例があ るが、 それに比べれば 今回の放出量は 極め て 少ないと言える。 その被曝量は 、 "1 に よ る体内被曝や 放射,性 希ガスに よ る体外被曝を 合わせ. ても、 0 . lmSv にとどまり、 中性子線による 被曝線量に比べれば少なく、 この影響による 健康上 0 間 題 はないと判断できる。. 3. 臨界事故はなぜ 起こったか. 一車 故 検証 一. 臨界事故はなぜ 起こったのだろうか。 事故後の調査で 次第に明らかになりつつあ るが、 我々は 事故の主な原因として、 次の 4 点を指摘したいと 思う。. 3-1 軽水炉用燃料と 増殖炉用燃料との 勘違い JCO では通常は普通の 原発. (軽水炉 ). ( 臨界管理の甘さ ). 用の濃縮 度 5% 以下の濃縮ウランを 扱っている。. しかし、 事故時は核燃料サイクル 開発機構の高速増殖実験炉「 常陽 」の燃料用ウランを 精製し ていた。 その「 常陽 」の燃料用ウランは 量が少なくめったに 扱ったことはない。 今回の作業は 、 実に 3. 年 ぶりであ った。 それだけに作業は 不慣れなものであ った。.
(6) 32. 茂木達也. 石塚安康. 臨界事故を防ぐためには、 臨界量を超えるウランが 一ケ 所に集まらないようにする「臨界管理」 が必要となってくる。 「臨界管理」には 大きく二通りがあ る。. 一つは、 タンクを、 臨界量以上にウランが 入らないようにするため 大きさの管理や 臨界を引き 起こさない形に 設計する管理 を 制限する管理. ( 質量管理 ). ( 形状管理 ). と、 もう一つはマニュアルなどで 一定量以上入れるの. の 2 通りであ る。. 通常、 形状管理をしておけば 臨界事故を起 こす可能性は 極めて少ない。 一方、 質量管理. 表 5 沈殿槽の質量管理 ウラン濃縮 度. では、 タンクなどの 容器をいち いち 変える 必. 5% 以下. 要 はないので、 設備などのコスト 面で有利で. 16%∼ 20%. あ. 0軽水炉用 ) (増殖炉用 ). り、 手軽なものとなるが、 制限値を守らな. 資料 : 関西電力 ウラン投入量の 制限 16k吏 U 以下. 2.4kgU 以下 @%. い と臨界事故にっながる。. 今回の事故が 起こった沈殿様では、 裏 マニュアルに 従って質量管理を 行っていたのであ る。 質量管理を行った 場合、 制限値は臨界量以下と 定められている。 濃縮 度 16% ∼ 20% のウラン は. 2.4kgU. ( ウラン換算 ). までと定められており、 事故時の濃縮 度 18.8% の場合は約 8 ㎏ U となっ. ていた。 しかし、 今回は、 その 2 倍近く、 制限値で言えば 約 6 倍以上の 16kgU が沈殿 槽 に入って しまった. (表 5. 参照 ) 。. 16kgU という量は軽水炉用の 制限 値 と一致する。 また通常、 軽水炉用ではⅠ㎝ gU の量を投入し ても別に問題が起こらなかったため. ( 臨界量の. 1/3 であ るため ) 、 また従来から 貯塔に 16kgU 程. 度入れた作業をしても 問題がなかったため、 この事故は軽水炉用燃料と 増殖炉用とを 勘違いし、 軽水炉用と同等に 扱ったのが事故の 原因ではないか、 と考えられる。 3-2. % マニュアルなどの 作成による作業手順の 改ざんと国の 管理の甘さ. 臨界事故を起こした JCO 東海事業所は 国から承認されていた 本来の作業工程を 無視した「 裏 マニュアル」にあ たる手順書を 作成し、 1989 年頃 から 約 0 年間にわたって 違法な作業を 繰り返 Ⅰ. してきたのであ る。 本来、 使用設備や工程を 変える時は、 事業変更許可申請をしなければならな いが、 違法だということを JCO ははっきりと 認識しており、 国からの認可は 到底得られないた め 、 これを黙認していたと 思われる。. その違法行為が 臨界事故を誘発させた 最大の原因ではなかろうか。 本来の手順. ( 国が認めていた. の一部によると、 UAO8. 手順 ) は以下の通りであ る。 ]CO が作成したパンフレットの 資料. U八 酸化 三. ウラン. ). は溶解塔で硝酸に 溶かし、 粗 硝酸ウラニル 溶液にして. 抽出格 に 運ばれ、 溶媒抽出により 粗 硝酸ウラ ニル 溶液からフッ 素やその他の 不純物. ( 数 PPm. 程. 度 ) を除去し、 純 硝酸ウラ ニル 溶液を精製する。 その 純 硝酸ウラ ニル 溶液は貯塔及び 沈殿 槽 に運ばれて、 アンモニアガスと 反応させて ADU (重. ウラン 酸 アンモニウム. ). を沈澱させる。 その ADU をトンネルキルン 型の仮焙炉 で 熱分解し、. 純度の高い U,O, を作る。 それを再び溶解塔で 硝酸に溶かし 貯塔に 運び硝酸ウラ ニル 溶液を作る のであ る. (図. 3 参照 )0. しかし、 裏 マニュアルでは、 作業の単純化を 図るために、 U,O, 粉末を硝酸に 溶かす際、 溶解. 塔を使う代わりに「ステンレスバケツを. 3. 個よく洗浄し、 溶解用として 利用する」と 記載されて. いた。 これはまさしく 違法な作業であ った。 このバケツ利用などに 関しては 1995 年の JC0 社内.
(7) 33. 東海村臨界事故の 検証とその影響. の 安全委員会で 審議され黙認されていた。 幹部の証言でも「見直さなければならなかったと. ているが放置してきた」と 無責任な発言をしている。. 思っ. それだけではない。 1997 年に作成した 裏. マニュアルでは、 硝酸に溶かす 際に「硝酸を 少しずつ入れて 溶解する」の 記載の後に「硝酸を 全 量入れた後、 ヒータ一で加熱して 完全に溶かす」という 記載があ った。 つまり、 U,O, 粉末を硝 酸に 溶かす際、 効率化を図るために、 バケツを電気コンロに 載せて加熱させて 溶かしていた。 こ. の加熱作業は 明らかに違法行為であ り、 安全性を無視している。 しかし、 それを会社は 黙認し続 け 、 科学技術庁の 調査では、 コンロは使い 込まれていて、 加熱するための 装置が他に見当たらな. いことから、 この作業も恒常化されていたと 見られている。 正規な工程を 無視した作業が、 現場で常態化していた。 そして、 上層部もこの. ょう. な状態を知. りながら長年放置していたのであ る。. モニア. 沈. シフ 重 ウラン. アンモニウム. (硝酸ウラ ニル). ■今回の手順. ダ. 8 ぽ化. 板焼炉 より. 同行程. ステンレス容器. ステンレス容器. 図3. @ 8 酸イヒ. 正規の作業工程と 今回の作業工程. (資料. 沈殿栢. : 東京電力 ). そして、 今回の事故では、 この裏 マニュアルさえも 逸脱したものとなっていた。 本来なら板焼後に U,O, を再び溶解塔で 硝酸ウラニル 溶液にし 貯塔に 送るはずであ った。. ろが、. 貯 塔は床面から. とこ. l0cm 程度しか離れておらず、 製品容器への 取り出しが不便であ り、 作業. 環境が悪かったという。 また、 製品の完成度を 調べるためのサンプル 提出を検査担当者に 伝えた が、 作業がうまく 進行しなかった。 また 10 月 が 実施され、. 1. 日に、 住友金属鉱 m グループの子会社でリストラ. JCO は 15名の新人を受け 入れることになり、. 新人に工程の 最初から作業を 教える. ため、 やりかけの作業を 早く終わらせたかったなど 幾つかの事情が 重なった " そこで、 ステンレ ス. 容器で u,o, 粉末を硝酸に 溶かし、 それを 貯塔に 入れずに、 バケツから 5 リットルビーカ 一に移. し替えて、. 漏斗を通して 沈殿槽の中に. 手作業で投入したのだ。. たくさん投入されることはなかったが、. 業 をしなければならない。. 機械操作で 貯塔に 入れていれば、. そうすると製品の 取り出しまでに. 3. 時間を要し、 洗浄 ィ午. しかし、 手作業で沈殿 槽 に入れれば約 30 分に短縮できるとして、 手. 作業でウラン 溶液を沈殿 槽 に投入した。. そのため、. 規定以上の量が 沈殿槽の中に. 入ってしまい、.
(8) 34. 茂木達也. 石塚安慶. また、 沈殿槽内のウラン 濃縮 度が 8.8% と高かったために、 臨界に達してしまったと Ⅰ. 考えられ. る。. この作業は、 作業員 3 人が発案し、 副長に相談した。 副長は一人の 核取扱責任者に 相談したが、 その 核 取扱責任者は 他に相談することもなく 独断で許可を 出した。 また、 動機については 会社か らの具体的な. この. ょ. 指示は出ておらず、 全て副長の考えによるものであ. ったと思われる。. うな正規手順からの 逸脱を容認しながら 放射性物質を 扱わせた、 ずさんな管理体制がな. ければ、 今回の臨界事故は 起きなかったはずだ。 このことを国は 見抜くことはできなかったのだ ろうか。. JCO は、 事故のあ. った転換試験棟の 使用に関して 科学技術庁に. 申請を出し、 審査を通過してい. る。 国の原子力安全委員会は、 1984 年 4 月に申請内容を 検討しウランの 質量や装置の 形努犬などか ら 安全対策は十分講じられていると. 判断し、 臨界事故の想定をしなくても. 妥当と判断したのであ. る。 科学技術庁や 原子力安全委員会は、 申請にない想定覚の 作業が行われたために、. この事故は. り、 手続き自体に 問題はなかったとしている。 しかし、 その後の立ち 入り検査な どで問題点は 指摘できたのではないだろうか。 そこには国にも 落ち度と言えるべき 問題点があ っ. 起きたものであ. たのであ る。. 加工施設は、 原子力発電所と 違い、 国の安全点検の 義務がなりので あ る。 作業場の安全対策を 定めた保安規定を 確認するため、 科学技術庁が「保安規定順守状況調 転換試験 棟 のようなウラン. 査」を任意で 行うだけであ った。 その調査とは、 科学技術庁の 調査官が現地に 直接出向き、 保安の実態が 規定に違反していない かを確かめるもので、 1984 年から 1992 年まで計. 8. 回行われていた。. しかし、 転換試験 棟 が調査中に稼動していたのは、 1987 年の 1 回のみであ った。 他は、 いずれ も休止中で、 作業の実際を 見ることはできなかった。 そして JCO への科学技術庁のチェックは 、. 運転状況ではなく、 施設や保安措置のみにとどまっていた。 また、 災・爆発事故を. 火. 受けて、 科学技術庁は 1998 年 4 月から 核 関連施設が安全に 運転されているかを 確. かめる「運転管理専門官」を も. 旧 動燃東海再処理施設の. 核燃料サイクル 開発機構内に. 常駐させており、. その運転管理専門官. JCO の転換試験 棟を 2 度に 亘 って巡視したが、 いずれも運転休止中だった。 それにも関わらず、. 再度の調査を. 実施せず、 国は JCO を野放し状態にしていたのであ る。 この点でも国に 責任があ. ると思われる。. いずれにせよ、 核燃料を扱っているという 認識が会社全体になく、 それでいて国もこの 現状を 見 過ごしていた。 これが見抜けていたら 事故は防げたはずであ る。. また、 JCO. は1. 度に 2.4kgtN以下のウランしか 扱わない事を 前提に事業認可を 得ていたにも 関わ. らず、 16kgU のウランを日常的に 扱ってきたことも 明らかになっている。 1995 年と 1996 年に今 回と同様の製品を 製造した時も、 大量のウランを 貯塔に 入れていたことを 認めた。 仝回はそれを. 沈殿 槽 に入れてしまったため 臨界事故が発生したと 思われる。 事業所として 臨界事故の危険性を 充分に認識しないまま、 日常的に大量のウラン 投入が行われ てきた。 ウランの扱 い がいかにずさんであ ったかが、 このことからもわかる。. 3-3. 作業員に対する 教育不足と法律の 不備. JCO は、 従業員に対して、. 「臨界」とは. 何か、 「臨界」が起こるとどうなるのか 等の安全教育を.
(9) 35. 東海村臨界事故の 検証とその影響. してこなかったことが 指摘されている。 JCO 幹部の証言で「社員には 臨界を起こすなとはいって いたが、 臨界が起こるとどうなるかは. 教えていない。. 3. チェレンコフ 光であ り、 臨界だとはわからなかったかも 「. 23 年前に研修を. 1. 人は. ( 臨界の ). 青い光を見ても、 それが. 知れない」と 述べている。 また副長は、. 回だけ受けただけであ った。 臨界については 考えたことがなかった」として、. 教育不足を指摘している。 科学技術庁の 調査では、 JCO 社員の 85% は「臨界」に 関する知識が 必要な業務を 担当して ぃ. るが、 「臨界」とは 何かを正確に 教える特別な 研修制度はなかった。 JCO 幹部の証言では、 作業 員の訓練に関し、 「経験を積んだ 副長の下で、 実際の作業を 体験させながら 習得させる方式を 基 本 」にして い て、 その副長の任命に 関しても「他の 工程での豊富な 経験、. 知識に加え、 指導力も. 考慮に入れた」と 説明する一方で「特別な 資格を必要としたわけではない」ことを. つ け加えてい. る。. しっかりと研修を 受け「臨界」などの 知識が備わっていれば、 この様なずさんな 作業に対し 危 機感を感じ正規の 作業に従って 行おうと作業員は 考えるだろう。 しかし、 このような教育をして こなかった。 これは後で述べる 制度上の不備とも 考えられる。 その結果がこの 様な事故を招いた のではないかと 指摘できる。 もしそうだとしたら、 幹部の認識の 甘さがこの事故を 起こしたとい っても過言ではなく、 許し難いことであ る。 ところで安全教育の 必要性は法律で 規定はなかったのか。 実は、 JCO などの原子力施設での 業務が、 労働安全衛生法で 特別な安全教育が 義務づけられ、 罰則も定めてられている「有害,危険業務」から 除外されていたのであ る。 また、 原子力発電所 については労働省が、 放射線防護知識などについて 研修をする. よう. に定めた実施要領を 作成し指. 尊 している、 安全教育のマニュアルを 示しているが、 未 臨界を前提にした JCO などのウラン 核 燃料加工施設は、 この対象からもはずされていたのだ。 臨界事故が起きた 引き金の一つぼ 会社側の教育不足はもちろんであ. るが、 このような行政上の. 不備も指摘できる。 3-4. リストラによる 会社での安全性の 軽 *見. JCO では、 ここ数年、 厳しいリストラが 進行していた。 1995 年に電気事業法が 改正され電気 業界に競争原理が 持ち込まれた。 当然、 原子燃料 メ 一ヵ一にも値下げ 圧力がかかり、 コストの 安 い 海外メーカーとの 識別な競争がはじまったのであ. る。. このことは、 社員数わずか 百 数人の JCO を直撃した。 売り上げは 1993 年の 33 億円をピークに 減少し続け、 1998 年には 17 億円とほぼ半減し 実質赤字に転落した。 そこで同社は、 1996 年に. 「製造部門にしわ 寄せがあ ったリストラ」に 着手し、 68 人いた製造部門スタッフを. 38 人に減らし. た 。 この影響で、 一人あ たりの年間の 生産量は、 以前の 1 ㎝からⅠ帥に 倍増している。. このリストラによる 労働強化による 作業員の負担を 防ぐために、 前述の裏 マニュアルによる 安 易 な作業をさせていたのではないかと 企業間の競争に. 考えられる。. 勝っていくには、 リストラや作業効率の 見直しなどを 図り、 経営を維持してい. くことは必要であ ろう。 しかし、 安全面を軽視するようなリストラは. 避けなければならない。.
(10) 36. 茂木達也. 石塚 安廣. 4. 臨界事故後の 原子力利用に 対するアンケート 調査 JCO 臨界事故直後の 10 月 5 日に横浜国立大学教育人間科学部の. 理科概説を受講している. 1. 年生. 59 名に対し原子力発電に 関するアンケート 調査を実施した。 その結果は少人数であ るが、 興味 深いものとなっている。 朝日新聞社が 同じ時期に行った 同様の調査と 大きな違いが 見られた。 とりわけ原子力発電は 安全ではないという 学生が 80% であ るのにも関わらず、 83% が今後も 必要であ ると答え、 60% が仝後とも発展していくと 聞が行った世論調査では、. 答えている. (図. 4 参照 ) 。 ところが、 朝日新. 原子力発電を 現状維持にとどめるべきであ るが 50% で、 増やすべき. だという意見は 8% にとどまっている。. また毎日新聞の 調査では、 原子力政策に 関し中年層では 約 6 割が不信を抱いているのに 対し、 20 代の若者では 約 5 割が信頼していることがわかった。. これらのアンケート 結果から、 原子力発. 電に対する意識は、 年齢によって 差があ るのではないかと 考えた。 このように、 年齢で原子力発電に 対する意識に 差があ ることは、 原子力政策をすすめる 上で見 過ごすことができないのではないか。 特に JCO 臨界事故後ということで、 原子力に国民が 関心を持っている 時期にそのような 観点 のもとに意識調査をすることは、. 仝後の原子力政策を 考える上で大いに 役立つのではないかと 考. えたのであ る。 我々は対象範囲を 高校生・大学生・ 中年層に広げ、 アンケート調査を 実施しデータ 収集をおこ なった。 日本の京子力 尭 Ⅰは安全だと 思いますか ?. Ⅰ ロ いいえ (47). 80%. 日本の原子力 尭 Ⅰは必要だと 思いますか つ か?. 亥 はい (49). 4 尭 してしぺ (35) ロま 退していく (5). 亡いいえ (7). ■ 他 ・無口音09). ■ 他 ・抗日吉. (3). 図. 4. 臨界事故直後の 原子力発電に 関するアンケート 調査. (横浜国立大学教育人間科学部で. 米 凡例内の. (. ) の数字は人数. 理科概説を受講した. 1. 年生 59 名を対象. 1999 年 10 月. 5. 日に実施 ).
(11) 37. 東海村臨界事故の 検証とその影響. 4-1. アンケート調査の 対象とアンケート 内容. 表6. 大 約 400 人を対象にアンケート 調査を行った。 人数の. アンケート調査をした 人数と内訳 男 女 全体 高校生 ,) 87 67 154. 内訳は表. 大学生 卸,. 70. 79. 149. 中年層. 39. 51. 90. 196. 197. 393. ( 単位 :. 人). 今回は以上の 観点に立って、 高校生・大学生・ 社会 6. のとおりであ る。 アンケートの 詳しい内容. と 結果については、. 資料として添付したので 参照され. 庄. ムミ ロ 十. たい。. 口. 1) 千葉県内公立高校生を 対象。 1 ㏄ 9 年 12 月下旬に実施。 高校 2 年∼ 3 年生が対象。 ( 注 2) 横浜国立大学教育人間科学部で 理科概説を受講した 学生などを対象。 (注. 1999 年 12 月 14 日に理科概説受講生 を 対象に (注. (1年次 生 ) に実施。 その他は横浜国立大学. 4. 年. 3) 千葉県内の高校生の 父兄など対象。 上記の千葉県内の 公立高校生が 家にアンケートを 持参 し、 家で回答してもらう 形式をとった。 アンケート実施は 同じくⅠ 999 年Ⅰ 2 月下旬であ る。. 大故割合,男女別. 舶". 39% 5. 年∼. m2 月下旬に実施。. 人数靭合 ・年齢別. 図. 1. アンケート調査の 人数割合のバラフ. (年齢別. 男女 川 ).
(12) 38. 茂木達也. 貫料. :. 茨城県東海村. JCO. 石塚安慶. 東海事業所臨界事故に 関するアンケート 輯 査の内容とその 結果. [(. ) 内の数字は全体に. 対する割合・ 単位. :. %. 小数点以下四捨五入. ]. 「.茨城県東海村 JC0 東海事業所の 臨界事故に関して 質問します。 (1) 日本の原子力関連施設でこのようなⅠ臨界事故」が 起こると思っていましたか ?. [ は レ )(30) .. (2)臨界事故以前から「臨界」という. [ は い (30) . いいえ (70)]. (3)今回の臨界事故はどこに. 意味を知っていましたか. 一番の原因があ ると思いますか. ?. レ. ) レ ) え (70)]. ?[1 つ選択 ]. (35) ・作業手順の 改ざん (44) . 設備の不備 (13) . その他 (8)] 産地を気にする 26 になりましたか ? [ はい (40) . いいえ (穏 ).他 (2)]. [ 社員の教育不足. (4)今回の臨界事故で 農産物や魚介類の (5)今回の事故を 見て 、 国や自治体の 対応ではどこに 一番問題があ ったと思いますか [ 通報や連絡. ? は. (27) . 専門家不足 (8) . 住民の避難 (5) . 状況の判断 (27) . 事前の備え (㏄ ). .. っ 選択 ]. その他 (4)]. 2. 原子力発電に 関して質問します。. (1)原子力発電の. 仕組みを知っていますか. [は い. ?. (42) . いいえ (58)]. (2)日本の原子力発電の 燃料には主にウランが 使われている 事を以前から 知っていましたか [は. (3)日本の原子力発電は 安全だと思いますか. [は い. ?. (15). ?. 刈 79) . いいえ (21)] . い いえ. (83). 他 (1)]. Ⅰ. それは JCO 臨界事故があ って考えが変わったのですか. いいえの人のみ 回答. [ はい. (4) 日本の核燃料加工工場施設け C0 を除く. ). は 安全だと思いますか ?. [は い. ?. (42) . いいえ (41)]. (12) . いいえ (86).他 (1)] ・Ⅰ. いいえの人のみ 回答. それは JCO 臨界事故があ って考えが変わったのですか [ はい. (5)原子力発電を. 推進することに. 賛成ですか。 反対ですか。. [賛成. (49). ?. いいえ (37)]. .. (44) . 反対 (52).他 (5)] ・Ⅰ. 反対の人のみ 回答. それは JCO 臨界事故があ って考えが変わったのですか [ はい. (年 1) 日本の原子力発電は. 増 やすべき (11). 2). (ら. .. 今後どうしたらいいと 思いますか 現状程度にとどめるべき. (21). .. ?. いいえ (31)]. ?. (67) . 減らすべき (14). .. やめるべき (6).他 (3)]. それでは、 JCO 臨界事故の前ではどのように 考えていましたか. ?. 増 やすべき (21) . 現状程度にとどめるべき (59) . 減らすべき (12) . やめるべき (5).他 (3)] (7)日本の原子力政策を 信頼していますか. (8)日本の原子力発電は. ?. 今後発展していくと 思いますか. ?. [ はい. (21). [ はい. (72) . いいえ (26).他 (2)]. .. いいえ (77). 他 (1)].
(13) 39. 東海村臨界事故の 検証とその影響. 4-2. 臨界事故をどのようにとらえているのか. まず、 「臨界事故」をどのようにとらえているのだろうか。 はじめに、 事故前は、 やはり「安全神話」を 信じていたことがわかった。 年齢層・男女の 区別. なく、 約 70%. (A1-1)0. の人が原子力関連施設で 事故は起こるとは 思わなかったと 回答している. 「事故原因について」であ るが、 年齢層によって、 ばらつきが見られた。 「作業手順の 改ざん」を挙げたのに. 対し、. 「農作物や魚介類の 産地について」. 40% であ るが、 中年層では特に 62% 「国や自治体に 26 対応の一番の. 上ヒ較的. 若い年齢層は. 中年層では「社員の 教育不足」を 指摘した. (A1-4)は気にする 26. (A1-3)0. になったと回答した 人が全体の. と 高 い 割合を示した。. 問題点」. (A1-5) には、 事前の備え、 通報や連絡・ 状況の判. 断が上位を占めている。. く. A. Ⅰ. 一 ] ) 日本の原子. 力曲遼栢 投で甘井 臆 Q が 起こ ると思って し Ⅰました か つ. 使コ 女. 男. 百枝生. 大学生. 中年 后. 合材. (A1-3)今回の曲外車 故 はどこに一番の 原因があ ると思いますか ? 6㎝ 5㎝. 3㎝. 2㎝. 10斗 ㎝. 男. 女. 高校生 大半生. 中年 后. 合計. 下放. Ⅰ ロ Ⅰ■. 4㎝.
(14) 40. 茂木達也. 石塚安康. (A1-4)今回のめ 界ウ 故で 葮産 拐や魚介奴の. 産地を気にするようになりましたかⅠ. 4. Ⅰ. ま. ⅠⅠ. @.u. ロ. 他筈. Ⅰ用. ・. 男. 高校生. 女. 大学生. 中年 后. 合計. 4-3 臨界事故後の 原子力利用に 対する意識 それでは、 JCO 臨界事故によって、 原子力に対する 意識はどう変わったのであ ろうか。 アンケート調査の. 結果を見てみると、 「日本の原子力発電は 安全か. ?. 」. (捜. -3) という質問の. 回. 答に、 とりわけ 8 割が「安全ではない」と 回答し、 うち半分が事故後に 意識が変わったと 回答し ている。 この事故は人々に 大きな衝撃をあ たえてきた、 また安全神話を 崩したものとなったこと が改めて伺える。 では、 今後の原子力利用をどのようにとらえているのだろうか。. これには意外な 回答が返って. きたのであ る。 「原子力発電を 推進しますか」. る。 また、 「原子力は今後ど. う. 椛-5) に半数が反対と 回答したものの、 4 割の人が賛成してい. (. したら いいか. の 原発は必要だ」と 回答し、 「減らすべき」. (舷与 1). 」. ・. という質問にも、 半数以上は「現状程度. 「やめるべき」という. 回答は 1 割強にとどまった。. また、 この数値というのは 事故前・事故後ではさほどの 変化は見られなかった。 しかし、 臨界 事 故などの影響からか、 「日本の原子力政策」には 7 割以上が信頼をしていない (ル -7)1/0.
(15) 41. 東海村臨界事故の 検証とその影響. @ レ ま Ⅰ. 弼鰍弼掛湖叫. (M-3) 日本の原子 力完 名は安全だと 思いますか ?. ㎝ 男. 女. 高校生. 大学生. 中年 肝. (A2-6-D)日本の原子力発Ⅰは 今度ど うしたれ 札. さ Ⅰ計 ・. Ⅰ. と 思いますか. ?. 増き 亥. 8㎝. 現にべ %き ロ 目. 7㎝. 60% 5㎝. 40%. 止 き仏 告 軸 Ⅰ. 3㎝ 2㎝ 1㎝ ㎝. 男. 女. 高校生. 大学生. 中年行. 合計. (柁 -8) 日本の原子力発Ⅰは 今後発展していくと 思いますか ? 8㎝ 7㎝ 6㎝. Ⅰはい. 5㎝. 40%. ロ いいえ. 3㎝ m㎝. ■他 ,兼回. 答. 10% 0% 男. 女. 高校生. 大学生. 中年 后. 合計.
(16) 42. 茂木達也. 石塚宏度. 4-4 アンケート調査から 見えてきた「原子力発電」に 関する知識の 難しさ. W. 番組のテロップでは 盛んに「臨界事故」という. 「臨界とはなにか。 意味が. も. よ. 表現をしていたが、 付近住民の一部の 中に. くわからない」という 報道があ った 26 に、 臨界という普段聞き. る。 臨界という言葉の 意味を知らずに、 「臨界事故」が 頻繁に報道され、 いったいどういう 事故な. なれない用語が 盛んに日本中をとびまわったのであ. のかと疑問をもった 人がたくさんいた 事実は、 このアンケートでも 明らかになった。 特に高校生 にその傾向が 強かった。 また、 実際に「ウラン 燃料を利用していること」は 逆に「原子力発電の 仕組み」を知っていると. 約 8 割の人が知っている. 桟-2) のに対して、. (. 答えた人は、 高校生や中年層で 半数を割ってしまっ. た。 更に、 アンケート自体の 内容は我々の 視点から見て、 さほど難しくないだろうと 判断して 作 成してきたつもりだが、 質問に無回答のものや、 アンケートを 途中で放棄してしまったなどが 校生や女性で. 高. 目立った。. 5. まとめ. JCO 臨界事故は臨界の 危険性を全く 意識していなかった 作業員と作業の 効率化を優先させた 「会社ぐるみの 裏 マニュアル」に. 見られる安全軽視、 さらには国の 検査体勢の不備がもたらした. 構造的で、 悲劇的な事故であ った。 そして、 安全神話を信じていたため、. 事故発生時に、 情報の. 伝達が遅れ、 十分な対策も 取れず、 大変混乱したものとなり、 かえって事故の 被害を拡大させる 結果になってしまった。 社員一人一人に. ぼ、. 対する安全教育、 原子力、 放射線に対する 基礎教育がしっかりと 行われていれ. あ のような無謀な. 操作も 、 裏 マニュアルも 実施されなかったにちがいない。. また目の検査が. っただろう。 我々は今回の 事故を教訓として 法律の整備、 検査体勢の見直し、 社員教育の徹底などを 行っていく必要があ る。 この臨界事故をきっかけにして、 我が国の原子力政策はその 転機を迎えている。 仝や原子力は. 厳格に行われていたらやはり. 起こり得ない 事故であ. 絶対に安全であ るという所謂「安全神話」は 完全に崩壊したと 言える。 このことは先のアンケー ト調査からもはっきりと 断言できる。 今こそ私達は、 原子力が極めて 制御の難しい 巨大技術であ ることを改めて 認識しておかなければならない。 その認識の上に 立って、 この原子力利用の 是否を含めたエネルギ 一政策全般をどうしたらよい か、. あ. らためて真剣に 考える必要があ る。. 原子力発電については 危険性を十分認識した 上で、 十分な安全対策を 取りっ っ 推進していくこ とや将来の需要に 備えて高速増殖炉の 技術開発をさらに 推し進めることも 選択肢の一 つ であ. ると. 考える。. ともかく、 エネルギー需要増加に 伴う地球環境の 悪化をこのまま 放置することは 自殺行為に近 ぃ 。 そのために、 一般家庭でのこまめな 省エネ対策や 省エネ技術の 開発、 生産現場での 省エネ や. 省エネ製造技術の 開発も大切であ る。化石燃料の消費を 減らすための 積極的な政策や 太陽光発電、 風力発電などの 新しいエネルギー 技術の開発と 普及への努力が 緊急の課題であ る。. そして、 大量. のエネルギーを 湯水のごとく 消費する現在の 生活スタイルも 変えていかなければならない。 しかしアンケートから 見えてくる大多数の. 意識は、 現在の、 便利で快適な 生活スタイルは. 変え. たくないというものであ った。 そのためには、 危険でも原子力発電は 認めよう、 そして結果的に.
(17) 43. 東海村臨界事故の 検証とその影響. 原子力発電は 今以上に発展するだろうという. 意見であ る。 このような受け 身の姿勢でいいのだ. る. " ;. 我々一人一人がエネルギー. 問題に対し、 もっと前向きに、 積極的に考え 行動しなければならな. い時であ ると思う。 そのためには、 環境に対する 意識が高められるような 環境教育が必要だと 考. えている。 地球環境やエネルギー 問題に関するメディア 等の情報だけで「理解した」のでは、 る. 環境に対す. 意識を高めたことにはならない。 「百聞は一見にしかず」という 諺があ るように、 例えば原子. 力発電所などを 直接見学することを 通して、 みずから、 確実な「情報」や 正しい「知識」を 身に. 付け、 原子力について 考え、 実践していくことが 環境教育の一環であ ると考える。 仝こそ国民一人一人が 正しい知識を 身に付け、 エネルギー問題に 対する意識改革をしていかな ければならない 時期にきているのではないのか。 ( 参考文献 ). 1)朝日新聞・インターネット「 asahi.com (1999 年 9 月 30 h 坤 ://www.as 血 com/paper/special/tok ㎡/lndex.h研 」. 日夕. 干. Ⅱ. ・. 2)毎日新聞 (1999年 9 月 30 日夕刊 ) http://www. , mainichi. ・. co ,jp/eye/feature/article/toukai/. 3) 原子力発電,99 ((財 ) 日本原子力文化振興財団第 26 版 1999 年 3 月 ) 4)放射線その線量、 影響、 リスク ( 国連環境計画 (UNEP) 編 同文書院 ) 5)検証ドキュメント 臨界 19 時間の教訓 (核 事故緊急取材班 十 岸本康小学館文庫. 2000 年 ). 6)科学技術庁ニュースレター 第 2 報 (科学技術庁 1999 年 12 月 15 日発行 ). 7)電力会社・核燃料工場など 8)東海村臨界事故資料集. 各種パンフレット. ( たん. ぼぼ 舎. パンフレット 45 号. 1999 年 12 月 ).
(18)
図
関連したドキュメント
海なし県なので海の仕事についてよく知らなかったけど、この体験を通して海で楽しむ人のかげで、海を
巣造りから雛が生まれるころの大事な時 期は、深い雪に被われて人が入っていけ
遠くに住んでいる、家に入られることに抵抗感があるなどの 療養中の子どもへの直接支援の難しさを、 IT という手段を使えば
人間は科学技術を発達させ、より大きな力を獲得してきました。しかし、現代の科学技術によっても、自然の世界は人間にとって未知なことが
・私は小さい頃は人見知りの激しい子どもでした。しかし、当時の担任の先生が遊びを
大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場
みなさんは、授業を受け専門知識の修得に励んだり、留学、クラブ活動や語学力の向上などに取り組ん
自分ではおかしいと思って も、「自分の体は汚れてい るのではないか」「ひどい ことを周りの人にしたので