教育学研究科 数学専攻
浅野 剛史
1. はじめに 高等学校数学の課題とされる点について,山崎(2016) は次の点を挙げている. ・基礎,基本の確実な定着をさらに図る必要がある. ・社会における数学の有用性を実感していない. (山崎,2016,p.2) この課題が見られる単元として数学Ⅰの「三角比」が 挙げられる.浅野(2017)の大学生への三角比に関す る調査で次のような困難をもつ傾向がみられた . (1)三角比の拡張の理解が困難であること . (2)三角比が何の役に立つのかわかっていないこと . この 2 点に関しては , 先行研究においても指摘されて いることである((1)は磯脇 ,1981, 長岡 ,2003,(2) は熊倉 ,2006). 特に(1)に関して , 浅野(2017)は 意識調査の中で , 三角比を直角三角形の辺の長さの比で 定義することで,拡張の際に座標の定義への移行が困 難と感じる学生がいることを報告している . さらに長岡 (2003)は「(三角比を)直角三角形の「辺の比」とし て定義されているのがそもそもしっくりこない .」(長 岡 ,2003,p.33)と述べている . このような学生の体験や 先行研究の指摘から,三角比を直角三角形の辺の長さの 比で定義することに問題意識がある . そこで本研究では,三角比の学習の導入場面に焦点を あて , 上記の課題を克服する授業展開のあり方を実践授 業を通して述べることとする . 2. 研究の目的と方法 本研究の目的は,「単元「三角比」の導入場面において, 生徒が三角比の定義を直角三角形の辺の長さの比以外で とらえることができ,かつ三角比の有用性を実感できる 授業を設計し,実践授業を通して,それらが達成された かどうか調べること」である. この目的を達成していくために,研究の方法はまず先 行研究から三角比の導入場面における必要な活動や題材 を特定し,授業展開を示す . 次にこの授業展開を基に教 師Aが授業を行い,授業における生徒の学習プリントの 記述や授業後のアンケートから目的が達成されたか考察 する.最後に,教師Aの授業の反省をもとに教師Bが授 業を行い,課題が克服できたか検証する. なお,2 人の教師が行う意図として,上記の2つの目 的を達成するための授業展開の精緻化による . また,本 研究の一般化可能性を少しでも高めたいこと,すなわち 筆者のみが授業を行うのではなく,筆者以外の者が授業 を行うことで,その研究が他の授業者でも実践可能であ る1)という妥当性を少しでも高めたいことによる. 以降,直角三角形の長さの比は「比」と表現する. 3. 活動主義から得られる示唆と操作的活動の重要性 高等学校学習指導要領の数学科の目標においては「数 学的活動を通して」と記述されており,数学的活動の充 実が求められている . ではどのような活動が大切なので あろうか . そこで本研究では三角比の導入場面における 授業展開のあり方を考えるために活動主義に着目する . (1)活動主義から得られる示唆 平林(1990)は,子どものうちに「理解」をつくり だす具体的方策の一つとして「漠たる全体」から始める ことを提案している .「漠たる全体」の意味について平 林(1990)は以下のように解釈し記述している . ≪漠たる全体≫というのは,狭い意味では測定しよう としている対象であるが,広い意味では生活における限 界・抵抗あるいは問題の意識であり,哲学的にはアポリ アというべきものである.学習指導上では,すべての単 元,授業の冒頭にあるべき課題の自覚であり,その自覚 なくしては,学習指導は文脈を失い,子どもは学習の意 味を見失うのであろう . この「漠たる全体」に関して,James & Dewey(1895)三角比の導入の授業展開に関する事例的研究 は「漠たる全体,単位,確立された全体,これが心理 的法則から決定された順序である」と述べている . この 文言は「測定」という活動に着目して構成された授業 過程の順序についてのことである . これに対して,平 林(1990)は「ここには,すべての数学的観念の形成 にも通用する,一般的な数学の学習順序が象徴されてい るとみることができる点で,この図式は,きわめて重 要な意味をもっているといわねばならない」と述べて いる . デューイの算術教育における図式を平林(1990) が「①漠たる全体→②分析→③確定された全体」として 一般化した . 池田(2007)は,この「漠たる全体」を「数学的概 念を内包する無意識の素地的活動」とし,ねらいを「作業・ 体験的活動が重視され,ここでの活動は,次に構成され る数学的概念が何を意味しているのかを考える際の,子 どもにとってもどれる場所になること」と述べている . 以上から,本研究では池田(2007)を参考に「漠た る全体」を「三角比の拡張を内包する無意識の素地的活 動」と定義する . (2)操作的活動の重要性 三角比の学習場面においてどのような活動が必要であ ろうか . 鹿野(2006)は,三角比の導入場面において 三角形を切り取るなどの手を動かす作業,つまり操作 によって生徒の理解を助けることを明らかにした . さら に,長尾(2007)は高校数学の授業において,操作的 活動を行うことで課題の持つ構造の本質的な理解を促す ことを明らかにした . 小山(1988)は操作的活動について「主に手を動か すなどの身体的な行動を通して,あるねらいのもとで考 えたり,あるいは数学的な関係や性質を導き出す活動」 と定義している.本研究においても操作的活動を小山 (1988)と同様の定義とする . これらの先行研究を参考に,手を動かす活動つまり操 作的活動を高校数学で取り入れることについて検討す る . まず操作的活動の重要性である.古藤(1982)は「数 学科の学習で生徒に真の理解をうながす一つの方途とし て,小学校のみならず,中学校・高等学校の指導におい ても “ 操作活動 ” が重要であることを主張したい」と述 べている . ここから操作的活動を高校数学に取り入れる ことが大切なことがわかる . しかし,操作的活動を取り入れる際に留意する点が ある . 平林(1982)は「あらかじめそれ(操作的活動) と数学的概念・知識・技能とのつながりが,きめ細かく 検討されていなければ,きわめて空しい教授学的努力に 終ってしまうであろう」と操作的活動の注意点を示した. さらに,小山(1988)は「重要なのは,具体物を対象 にした身体的行動そのものよりも,むしろ,その行動を 通して,あるねらいのもとで考えたり,あるいは,数学 的な関係や性質を導き出すということである .」と述べ ている . ここから何のために操作的活動を行うかを明確 にする必要がある . 以上から三角比の導入場面における授業の設計は次の 活動を軸とする . ・三角比の拡張を内包する無意識の素地的活動(漠たる 全体) ・数学的な関係や性質を導き出す操作的活動 4.三角比の有用性 そもそも三角比は有用であるのだろうか . 教科書では 測量の場面が出てくるが , 本当に三角比が使われている のだろうか.このことを疑問に思った筆者は測量につい て国土地理院で調査を行った . (1)調査の実施要領 調査の目的は以下の通りである. 「高校数学で学習する三角比は実際に測量の場面で用 いられているのかを明らかにすること .」 調査は平成29年2月17日に国土地理院にてインタ ビュー形式で行われた.質問者は筆者である. 調査の内容は以下の 2 点である. ・ 現在行われている基本的な測量方法はどのような 方法か . ・ 測量では高等学校数学で学習する “sin” や “cos” を 用いているのか . (2)調査の知見 調査から得られた知見は次の 3 点である. ・ 現在は「GNSS 測量2)」が増えてきていること . ・ 現在は sin,cos を用いなくても機械で測量ができるこ と . ・ 測量は三角比がもとになっているため , 高校数学の三 角比の知識をもつことは大切であること . 以上より , 測量をする上で基本である三角比の考えを 持つことは有用であることがわかる.ここから , 生徒が 三角比の有用性を実感するために,導入場面において測
5. 実践授業の背景と設計 「漠たる全体」及び「操作的活動」を三角比の導入場 面に取り入れる立場から,授業を設計していく.以下, 授業設計を行う上での視点,分析の視点,題材,操作的 活動の具体,実践授業の設計について述べていく . (1)授業設計を行う上での視点 授業設計を行う上での視点は,本研究の目的に沿って 次の 2 点とする . 1 点目は三角比の拡張の素地である.三角比の拡 張を生徒が理解することが困難とされている(長岡, 2003).その三角比の拡張の学習指導を改善する手立て として導入場面における三角比の定義を比ではなく長さ として捉える研究がある(熊倉,2006).ここから三角 比の導入において三角比の拡張の学習の素地となる場面 設定が必要である . 2 点目は計量の有用性である.学習指導要領では「取 り上げる場面などを工夫することによって,三角比や正 弦定理,余弦定理などが,図形の計量の考察や処理に有 用であることを認識させるようにする」と記述されてい る.このように三角比の有用性を認識させるためには取 り上げる場面を工夫することが必要であると述べてい る . (2) 分析の視点 分析の視点は本章(1)の視点に沿って,生徒の記述 物や授業後のアンケートから次の2点について考察する . ① 三角比の定義を「比」以外で捉える生徒がいるか . ② 計量の有用性を実感できていたか . 分析の具体は表1に示す . 表1:分析の具体 分析方法 ① 生徒の学習プリントを回収して,課題4「sin, cos って何だろう」の生徒の記述を考察する . ② 授業後のアンケートに「sin,cos が役に立つこと はどんなことだと思うか」という質問を設定する . ここで①の分析の視点の妥当性について検討する.ま ず「比」以外の定義には,「長さによる定義」と「半径 rの円もしくは単位円といった円による定義」が考えら れる.「長さによる定義」のよさについて,熊倉(2015) は「長さによる定義とすることで,鈍角や一般角へ拡張 倉,2015,p.238)と述べている.また,長岡(2003) は三角比を「辺の長さ」で定義したことで「初めの頃に 三角比の意味をつかめていないと思われる学生の割合 が従来よりも少なくなっていると感じられた.」(長岡, 2003,p.36)と述べている.ここから「長さによる定義」 は、三角比の拡張の素地となることがわかる.一方,「円 による定義」の場合においても 90°以上の角が意識され るという点で,三角比の拡張の素地となる.以上のこと から,三角比の定義を「比」以外で捉える生徒がいるこ とで,三角比の素地となること,すなわち,①の分析の 視点が妥当であることとする. また「比」以外で捉える生徒の人数について言及した い.実践授業において「比」以外で捉える人数の多い少 ないは問わないこととする.なぜならクラスの中で一人 でも「長さによる定義」や「円による定義」で捉えるこ とで,クラス全体への共有が可能になるからである.し かし,できる限り表1の①で示した課題「sin,cos って 何だろう」に対して,生徒が取り組みやすいような工夫 をしていく必要がある. また,分析の視点②に関しては本研究の目的で述べた とおりである.授業後にアンケートをとり,KJ 法によ り分析を行う. (3)題材 「伊能忠敬の地図作製」を基に作成した.その理由は 2 点ある. 1 点目は地図作製においては,斜辺と角度から水平距 離や垂直距離を求める必要による.地図作製の際は実際 に歩いた距離ではなく,水平距離を計測して,その距離 を地図上に記さなけれ ばならない(図1).ま た,地図には等高線も 書かれているため,垂 直距離も計測する必要 がある . このように現 実場面とのつながりか ら三角比の有用性を実 感するきっかけになる のではないかと考えた. 2 点目は,三角比の拡張を考える際の具体となるから である.例えば,図2の場面である(ここの場面では 図1:伊能忠敬の勾配の測り方 (引用元:地図と測量の科学館)
三角比の導入の授業展開に関する事例的研究 崖のような地形でみられることがある).上からみた AB の長さを調べる際に水平距離(CD` の長さ)を引かなけ ればならない . この引くという行為と cos120°=1/2にな ることを関連させることができると考えた (4)操作的活動の具体とその効果 次の①から④の操作的活動を取り入れる(図3). ①方眼紙の下の方に下線を引く . ②半径 10cm の半円を描く . ③下の図のように角度を合わせて, 中心から円まで線を 描く . ④線と円との交点から垂直に線を下ろす . 10cm にした意図は,課題の 10m と単位は異なるが, 10 を揃えるためである.これにより,縮図から水平距 離を求めやすくなる. この活動を行うことによる効果は,三角比の定義を考 える上での一つのモデルとなることである.教科書での 三角比の定義は最初,直角三角形の「比」で行われるが, この定義を最初に行うことで三角比の拡張への移行が困 難となる(長岡,2003). しかし,導入段階で半円のイ メージを持つことで「三角比の拡張」の素地となる . つ まり三角比を座標としてみることの素地となる. 操作的活動のあとに生徒自身で cos とは何かを考える 活動を取り入れる . これにより「比」だけでなく,「長 さによる定義」や,「円を用いた定義」とさまざまな考 えが出てくることが予想される . (5)実践授業の設計 三角比の導入場面を想定した授業設計は表2である . 本研究では生徒に定義を提示するのではなく,生徒が 「sin,cos とは何だろう.」と主体的に考える(主体的な 学びを意識した)授業を設計する. 表2:授業の設計 活動の概要 導入 伊能忠敬の測量方法を考察する . 活動 1 課題1「斜辺距離が 10m,勾配が 30°のと きの水平距離」を求める.その後,操作的活 動を行う . 活動2 課題2「斜辺距離が 10m,勾配が 24°のと きの水平距離」を求める . 活動3 課題 2 から誤差が生まれることを実感す る . そこで,課題1のように正確に水平距離 を求めるにはどうすればいいかを考える . 活動4 関数電卓を用いて cos30°と cos24°の値を確 認する . この値が何を表しているのかを考え る . ここで活動間の接続について述べていく . ① 導入→活動1 ここでは伊能忠敬の測量について簡単に述べたあ と , 勾配がある場合の測量を実際に考えてみよう , と いうことを契機に活動1に移る . ② 活動1→活動2 活動1では中学校の学習で解決できる特別な直角三 角形の比である 30°を扱う.しかし,測量は 30°のよ うにきれいな値が出るとは限らない.そのことを契機 に勾配が 24°である課題 2 に移る . ③ 活動2→活動3 活動2では勾配が 24°の場合の水平距離を求める が , 答えに誤差が出てしまうことが予想される.この ように誤差が出てしまうと正確な日本地図が作成でき ないことを契機として,正確に水平距離を求めるため
活動3ののち,実際に伊能忠敬はこのような場合ど うしたのかということを契機として,生徒に電卓を渡 し,sin,cos とは何かを考える活動4に移る(実際の 伊能忠敬の測量では割円八線図3)を用いて様々な勾 配の場合の測量を行っていた(保柳 ,1974)が,90° 以上の三角比も探求できるという点から関数電卓を使 用する). 6. 授業の実際 6-1 実施要領 実践授業は,平成 29 年 2 月に神奈川県内の国立大 学附属中学校の中学校 3 年生 2 クラス(41 名,33 名) を対象に行われた.中学校 3 年生を対象とした理由は 2点ある.1点目は三角比の学習をする上で必要な学習 事項(相似な図形や三平方の定理)を終えているからで ある . 2 点目は,系統学習の時代において,現在高等学 校の内容である三角比も,中学校から扱われていたから である . 福森(1997)は系統学習の特徴を数学的内容 の系統化と水準の上昇を取り上げ「現在は高等学校の内 容である三角比も,中学校から扱われる(後略)」と述 べている.ここから三角比を中学校でも扱えることがう かがえる . また,授業を行った教師は 2 クラスで異なる.そ の理由は,本研究の一般化可能性を少しでも高めた いからである(詳細は第2章).最初の授業では授業 を設計した筆者(教師 A)が行い,普段数学の授業 を担当する附属中学校の数学の教員(教師 B)が参 観する.そして教師 A の授業の反省をもとに教師 B に授業を行ってもらい,授業の改善が促されたのか 考察する. 6-2 教師 A による授業の実際 導入:伊能忠敬の測量の話題から勾配がある場合の地図 上での距離の求め方を考える . 導入では教師がモニターを用いて,生徒と対話をしな がら伊能忠敬について確認した.さらに伊能忠敬がどの ように測量していたか確認した後,教師が勾配がある場 合の地図上での長さについて生徒に考えさせた . 図4:勾配がある場合の図を示したスライド (1)活動1の概要 勾配がある場合の測量について全体で確認したあと, 教師により,次の課題が提示された.
斜辺距離が
, 勾配が
°のときの水
平距離の長さは何 ですか?
【課題1】
課題が提示されたあと,すぐに答えを出したり,周囲 と比を確認したりする生徒がみられた.教師が生徒を指 名して,生徒が全体に向けて説明を行った(図5). そこで教師が全体に「30°の時の水平距離が分かった 理由は,三角形の何が分かっているからですか」と問 う . すると,生徒から「比」という意見が出された . 次に,教師が方眼紙を配り,「5章(4)」の操作的活 動を行うよう指示した.それにより縮図ができ,斜辺が 10 のときの水平距離を視覚的に捉えることを可能にし た(図6). (2)活動2の概要斜辺距離が
, 勾配が
°のときの水
平距離の長さは何 ですか?
【課題2】
課題2が提示されると,生徒は「(求めることは)で きない .」という発言をした.そこで教師が周りと相談 しながら課題解決するよう生徒に促した. すると方眼紙に縮図を描く生徒が見られた . 教師は「方 眼紙に書いている人がいるね .」と全体に投げかけると, そこから方眼紙に縮図を描く生徒が増えてきた.このよ うに,課題1の答えである 5 √3を確認するための方眼 紙が,課題2を解決するための道具に変化していった. その中で教師が生徒を指名して,板書させた(図7). 生徒が記述した板書を説明する前に,教師が課題2を 解決するために,方眼紙の図つまり縮図を用いているこ とを確認した .三角比の導入の授業展開に関する事例的研究 次に板書した生徒が既習内容である三平方の定理を用 いて値が正しいか確認したことを他の生徒に伝えた(図 7). その後,教師が生徒に答えを確認したところ,という ように答えにずれが生じた4)(図5). 図5:課題1と課題2 (3)活動3の概要 教師が地図を作る際には部分と部分をつなぎ合わせる ため,誤差が大きいとずれてしまうことを説明した . そこで,課題3が提示され,課題1のように正確に水 平距離を求めるにはどうすればいいかを教師が生徒にア イデアを求めた(図6).
課題2の水平距離をより正確に測るには?
【課題3】
個人による追及ののち,全体共有が行われた .「ひた すら計算する .」「もっと細かい定規で測る .」という発 言がみられた(図6). 図6:操作的活動と課題3 (4)活動4の概要 生徒に関数電卓が配布され cos24°,sin24°,cos30° の値が確認された(図7).生徒が何の値か気になって いる様子であった.そこで教師が「sin30°はどんな値に なりますか?」ときくと,ある生徒が「0.5」と答えた . 生 徒が値を調べてみると,になり,他の生徒から「すごい, なんでわかったの .」という発言があった . そこで教師 により,次の課題が提示された .sin,cos ってなんだろう?
【課題4】
電卓で 30°や 24°の sin や cos 以外の値を出して帰納 的に考える生徒や,半円が書かれている方眼紙と電卓 を行ったり来た りしながら考え る生徒など,課 題4を探求する 姿 が み ら れ た. 「cos100°がマイ ナスってどうい うことだろう」と発言している生徒がおり, 90°以上の 値についても探求する様子がみられた . 最後に課題2の答えが 10 × cos24°になることを確 認して一連の活動を終えた . 6-3 教師Aの授業の結果と分析 分析の方法は本稿「第5章(2)」で述べたとおりで ある.生徒の学習プリント及び授業後のアンケートから 得られた結果は次の通りである. (1)三角比の定義を長さとして捉えた生徒は 7 人,半 円もしくは円で定義している生徒は 2 人である . (そ の他の回答としては , 誤った定義をしている生徒が 4 人 , 無回答の生徒が 28 人であった .) (2)「三角比の有用性について記述していた生徒は 41 人中 27 人である(表3).」 (2)は具体的に「sin,cos が役に立つことは何だと思 いますか .」に対して「地図をつくるとき」や「細かく 測るとき」といった記述がみられた.質問に対するこの ような生徒の記述を筆者と教育学専攻の大学院生が,KJ 法により分類した.その結果,表 3 のようなカテゴリー が抽出された. 見い出されたカテゴリーに従い,筆者と大学院生が独 立にデータのコーディングを行った.結果を表 3 に記す . なお,両者の評定一致率は 100%であった . 図7:生徒の記述と課題4地図 9 人 測定 4 人 建築 1 人 細かい計算 3 人 縮図 1 人 求値 3 人 大学受験 4 人 無理数との関連 1 人 辺の比のわかりやすさ 1 人 わからない・無回答 14 人 それぞれについて考察する. まず(1)に関してはなぜこのような定義が出てきた のかについて考察する.活動1で行われた操作的活動に よって生徒が方眼紙に半円を描き,活動2では生徒がそ の方眼紙を道具として用いた.さらに活動4ではその道 具について生徒が探求するという行為の対象化が行われ た.つまり,操作的活動という行為が課題4において対 象化したことになる . このように,教師側から与えられ た操作的活動という行為を,生徒が道具として扱い,さ らに生徒が対象化することによって,三角比を直角三角 形で定義するだけでなく,斜辺を1としたとき長さと捉 えるといった定義(図8)や円を用いた定義(図9)が 生徒から発見されたことが推察される . 図8: , を長さ で定義(生徒の記述) 図9:円を用いた定義 (生徒の記述) また授業の感想の中で「cos96°がマイナスになって 困った .」と記述した生徒がおり,このように生徒が困っ たことを問いとして授業の中で取り上げることで,問い が連続する授業展開が期待される(図 10). 図 :生徒の記述 ば , sin, cos が「地図をつくるとき」に有用と記述した 生徒がいた.このことは,伊能忠敬の題材を用いて水平 距離を求めたことによると推測する.また sin, cos が「細 かく測るとき」に有用であると記述した生徒がいた.こ のことは , 課題3において「より正確に測るにはどうす ればいいか .」という課題に取り組んだことによると推 測する.単元が約 22 時間の「図形と計量」の導入の 1 時間で約 65%の生徒が三角比の有用性を認識してくれ たことから,ある程度目的が達成された. 6-4 教師Aの授業の改善点 授業の様子や課題4の記述から,生徒は三角比の定義 を考えるのに困難が生じている.そこで次の 2 点の改 善を行う . 1 点目は操作的活動を活動4の前に位置づけることで ある.授業の中で操作的活動は三角比の拡張の素地にな るため,有効であると考える.しかし,授業の流れの中 で操作的活動は唐突であった印象がある.そこで,活動 1のあとではなく,活動3のあとに「課題1と課題2の 値が一目でわかる図を書く」ということを契機として行 い,半円のイメージをつけることで,課題4の探究がし やすくなると考えた . 2 点目は cos のみを考えることである.課題4の無回 答がクラスの半数以上を占めていたことから,sin,cos の二つを同時に考えるのは困難を招くと考える.そこで, cos 1つのみを考えることによって,生徒が思考しやす くなるのではないかと考えた . 6-5 教師 B による授業の実際 導入:伊能忠敬の測量の話題から勾配がある場合の地図 上での距離の求め方を考える . 教師がモニターを用いて,生徒と対話をしながら伊能 忠敬についてクイズ形式で確認した.その後,伊能忠敬 が作成した地図とそれ 以前の地図を比較して, 伊能忠敬の地図がどれ ほど正確であったか確 認した . 次に伊能忠敬がどの ように測量していたか に つ い て 直 線 の 場 合, 曲線の場合と順番に説 図 :板書(左)
三角比の導入の授業展開に関する事例的研究 明していき,勾配がある場合の地図上での長さについて 生徒に考えさせた . (1)活動1の概要 勾配がある場合の測量の仕方について確認されたの ち,プリントが配布され,課題1が提示された .
斜辺距離が
10m, 勾配が 30°のときの
水平距離の長さは何
m ですか?
【課題1】
個人解決の時間が与えられた.ほとんどの生徒がすぐ に課題を解決していた.そこで教師が生徒を指名して板 書させた.書き終えたのち,教師が「考えも含めて,な ぜ 5 √3 になるのかお願いします .」と板書した生徒に 説明を求めた.生徒は 「斜辺の距離が 10m で A = 30°で 90°なんで 直角三角形の比が1: 2: √3 だ か ら, こ こ が 5 √3 に な り ま す .」 と答えた.その後,教 師 か ら 5 √3 の だ い た いの値についての確認 が行われた . (2)活動2の概要 「常に 30°のようなきれいな値が出るとは限らない」 という教師の発問から次の課題が提示された .斜辺距離が
10m, 勾配が 24°のときの
水平距離の長さは何
m ですか?
【課題2】
生徒が「わかんない .」と発言した.個人追及の時間 の中で,教師から「分 度器使っている人が 多いかな .」という発 言があった.その発 問をきっかけとして 手を動かす生徒が増 えてきた.しばらく して,教師が二人の 生徒を指名して板書 させた . 板書したのち,教師が「わかんないっていう人は二人 のを参考にしてください .」と発言した . (3)活動3の概要 生徒が説明したのち教師が「9.15,9.13 以外にも値 が出た人いますか?」という発問をした.すると生徒が 「9.09」と答えた . そこで教師が「伊能さんは困ったんですよ . 何に困っ たと思う?」という発問から生徒が「ばらつきがある .」 と答えた.その発言から縮図での課題解決は誤差が生ま れてしまうことが確認された.そこで課題3が提示され た .課題2の水平距離を求めるためにどのような方
法を利用していたか?
【課題3】
この課題に対しては生徒から「人工衛星」や「高さ」 という発言がみられた.さらに生徒の「比」という発言 から,課題1が比によって課題解決がされたことを教師 が全体で確認した . そのあと,方眼紙が配布され操作的活動が行われた . (4)活動4の概要 教師が課題3の答えが電卓に潜んでいること,実際に は電卓ではなく表であることを説明した.電卓が生徒 に配布され cos24°,cos30°, cos0°,cos90°の値が確認さ れた.そこで教師により,課 題が提示された .cos ってなんだろう?
【課題4】
生徒が課題に取り組み,一 連の活動を終えた . 7.知見と今後の課題 本研究の目的の一つは「生徒が三角比の定義を直角三 角形の辺の長さの比以外でとらえたか調べる」ことで ある.教師 A,B の授業はともに生徒が三角比の定義を 「比」以外で捉えていたことから,達成できた.特に教 師 B の授業においては,長さで捉えた生徒が 30%以上, 無回答が 6 人(長さ 11 人 ,「比」7 人 , 誤った定義 9 人 , 無回答 6 人)と,教師 A の授業の改善がみられた.も う一つの目的は「生徒が三角比の有用性を実感し得たの かを調べる」ことである.記述の中には 14 人の無回答 図 :板書(中の左) 図 :板書(中の右) 図14:板書(左)有用性について記述していたことより,ある程度目的が 達成された . 今後の課題は,操作的活動の必然性を高めることであ る.生徒にとって,どうして半円を作図しないといけな いのかということが見えにくく(授業 B では改善がみ られた面もあるが),教師側が一方的に活動させたよう に感じる.そこで当初は三角比の拡張の場面に提示する 予定であった,勾配が 120°の場合の水平距離を求める という課題を導入場面に設定することで,半円(90°よ り大きい角を含む)が意識されると考える.このことを 修正・検討し,さらに実践授業を行い,生徒が操作的活 動を行う必然性を感じられたかどうか調べることを今後 の課題とする. 注 1)生徒の実態に応じては,授業設計の精緻化をする必 要がある. 2)人工衛星の電波を受信して位置を求める方法 . 3)現在における三角比表 . 4)cos24°=0.91354…という曖昧な数値のため , 正確 に測ろうとしても縮図であると誤差が出てしまうと推 測する . 引用・参考文献 浅野剛史(2017).「三角比に関する数学的洞察を促す 操作的活動とその意義」,第 45 回全国数学教育学会, 発表資料 . 福森信夫(1997).「単元学習から系統学習への変革」,『20 世紀数学教育思想の流れ』, 産業図書 . 平林一榮(1990).「数学教育の活動主義的展開」,東洋館 . 保柳睦美(1974).「伊能忠敬の科学的業績」, 古今書院 . 池田敏和(2007).「数学的活動を軸とした数学的概念 磯脇一男(1981).「三角比の鈍角への拡張の指導」, 日本数学教育学会誌,第 63 巻,第 11 号,pp.264-265. 熊倉啓之(2006).「学ぶ意義を実感させる三角比の指 導に関する研究」,日本数学教育学会第 39 回数学教 育論文集,pp.335-360. 熊倉啓之(2015).「sine,cosine の定義の指導に関す る考察」,第 48 回秋期研究大会発表収録,pp.237-140. 古藤怜(1982).「数学科における学習指導」,共立出版 . 国土地理院(2016).「地図と私たち」. 小山正孝(1988).「数学教育における操作的活動と 思考実験」.『教育学研究紀要』,中国四国教育学会, pp.255-260.
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