明治十二年
明治二十年
明治二十六年 明治二十八年 明治三十一年 明治三十二年 明治三十四年 明治三十八年明治四十年
明治四十一年 明治四十二年 明治四十四年学長・藤井日静睨下略年譜
十月一日東京神田錦町陸軍御用達薪炭問屋豊後屋に生まれる。 父藤井太郎太、母とめ。幼名三男︵みつを︶と命名される。 束京車坂尋常高等小学校入学。 九凡望凡日謙上人について得度して僧道の第一歩を踏み出す。 俗名三雄を教仁と改名す。 山梨中植林に入学。 東京錦城中学校に転入。 日露戦役に陸軍兵として出征。 束京正則英語学校商等部入学。 山梨県妙太寺住職となる。 祖山大学院を卒業。 風間幸と結婚。二月六日父太郎太死去。 山梨県泉能寺住職となる。二月一日長男教雄誕生。 一月三日長女安子誕生。 (12)大正 大正 大正 大正
大正十年
大正十二年
昭和三年
昭和十一年
昭和十二年
昭和十三年
昭和十四年
昭和十七年
昭和十八年
昭和二十一年 昭和二十一年 昭和二十二年 六五二元 年年年年 山梨仏教会布教師、身延山布教師、免囚保護司。 六月十六日次女よし子誕生。 中山荒行堂に入行。 九月宗門初の映画布教を各地で行い大きな反響を呼ぶ。 一月十日三女静江誕生。 七月十六日次男安国誕生。 十二月京都満願寺住職となる。 二月二十五日母とめ死去。 日蓮宗専任布教帥。 身延山法主望月日謙上人のもとで御廟奉行をつとめる。 四月身延山執事となる。 僧正昇叙。 四月東京身延別院主梼となる。 一月身延山総務代行に就任。 八月総務に就任。 祖山教学財団理事長。 四月信行道場主管に就任。 (”)昭和二十三年 昭和二十四年 昭和二十四年 昭和二十六年 昭和二十七年 昭和二十九年 昭和三十四年 昭和三十五年 昭和三十六年 昭和三十八年 昭和三十四年 灯明会支部長。 身延山大学校舎建設委貝長。 総務を辞任。 権大僧正昇叙。 雑誌﹁願満﹂を発行。 東京都修法師会々長。 海士山麓電鉄社長堀内一雄氏とはかり、全国檀信徒に呼びかけて経ヶ岳常唱堂を復興させる。 御真骨奉遷常任委員長。 教仁を日静に改名す。 東京都東部家務所長に就任。 七月身延山第八十六世法主として入山。 身延山短期大学々長に就任。 身延山街頭布教隊を組織し各地に派遣すると共に自ら陣頭に立ってこれを指揮す。 第一回東京街頭布教を実施。 一月三十日第三十八代日蓮宗管長に就任。 第一回日蓮宗護法連動を東京に於いて開催。十二月八日ハワイ真珠湾アリゾナ艦上に於いて 追悼法要を営む。 (I4)