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コミュニケーション言語能力論における語用論的能力と社会言語学的能力

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コミュニケーション言語能力論における

語用論的能力と社会言語学的能力

坂本 勝信,谷 誠司

Pragmatic Competence and Sociolinguistic Competence in 

Models of Communicative Language Competence

Masanobu SAKAMOTO,Seiji TANI

2017 年9月8日受理 抄   録  本稿ではコミュニケーション言語能力論における語用論的能力と社会言語学的能力 等の扱われ方を概観した。その結果,体系的な内部構造の違いによって,1)言語機 能を明確に扱わないグループ,2)語用論的能力を言語機能の能力と社会言語学的能 力から構成されると考えるグループ,3)語用論的能力と社会言語学的能力を同列に 扱うグループに分類できることが分かった。また,本研究の対象である,コミュニケー ション言語能力論における語用論的能力では「間接発話行為」「含意の解釈」といっ た語用論的特徴が考慮されていないこと,そして,社会言語学的能力では対象とする 言語使用の適切性が受け身的かつ,学習者のレベルによる可変性を考慮しない可能性 があることを考察した。 キーワード : コミュニケーション言語能力論,語用論的能力,社会言語学的能力 1.はじめに  第二言語教育においてコミュニケーション言語能力1養成は,重要な目的の一つで あるが,コミュニケーション言語能力の意味するところを明確に説明することは容易 ではないだろう。1970 年代よりその定義づけが試みられているが,主な構成要素と して挙げられることが多いのが語用論的能力と社会言語学的能力である。しかしなが ら,先行研究間においては,二つの能力の定義と相互の関係性に揺れがあるように思 われる。両能力の定義や相互の関係性を明らかにすることは,当該能力の効果的な養 成や適正な評価をするにあたって重要な意味があると言えよう。         1 本稿では communicative competence と communicative language competence はどちらも「コミュニケー ション言語能力」とする。

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62  本研究の目的は,コミュニケーション言語能力論における語用論的能力と社会言語 学的能力に関する議論を概観し,整理することである。具体的には,以下の二点につ いて,順に述べる。 ⑴語用論的能力と社会言語学的能はどのように扱われてきたか。  ⑵語用論的能力と社会言語学的能力に関する共通点及び,相違点は何か。 2. コミュニケーション言語能力論における語用論的能力と社会言語学的能力の扱わ れ方 2.1. Hymes (1972)  コミュニケーション言語能力(communicative competence)は,Chomsky(1965) の言語能力(linguistic competence)に対する批判から Hymes(1972)によって, 提唱されたものである。その批判は,Chomsky の言語能力の概念は,実際に発話が 起こる文脈で発話の適切さを決定する社会文化的要素を考慮に入れていないため,言 語使用に必要とされる部分的な説明をしているにすぎず,言語能力(理想的な母語話 者が内在化している言語システム)対言語運用(具体的な場面における現実の言語使 用)という構図はおかしいというものである。清水(2009:4)は,「Hymes は,知 識だけでなく,運用も含んだものとして,また文法的な正しさだけでなく,発話の容 認性や適切さなどの社会文化的要素も含んだものとして,言語能力を再定義したわけ である」としている。また,義永(大平)(2005:56)は,「(前略)言語形式を適切 に使用する能力を社会言語能力と呼び,言語能力だけでなく,社会言語能力をも含め たより広い概念として伝達能力(=筆者注:コミュニケ―ション言語能力)を位置づ けています」としている。

2.2. Canale & Swain (1980)

 コミュニケーション言語能力を 1)文法的能力(grammatical competence),2) 社 会 言 語 学 的 能 力(sociolinguistic competence)2,3) 方 略 的 能 力(strategic  competence)から構成されるとした。  社会言語学的能力は,「使用の社会文化的規則(sociocultural rules of use)」と「ディ スコースの規則(rules of discourse)」から成り立っている。「使用の社会文化的規則」 は,発話がどのように適切にされたり理解されたりするかを規定し,主に 2 つの点に 焦点を当てている。1つ目はコンテクストの要因 ( 話題 , 参加者の役割 , 場面 , 相互 作用の規範など ) に依存する社会文化的コンテクストの中でコミュニケーション上の 言語使用がどの程度適切であるか,2 つ目は 社会文化的コンテクストの中で使用した 文法的形式が態度,レジスター,スタイルの点でどの程度適切であるかである。「ディ スコースの規則」は結束性と一貫性である。         2 sociolinguistic competence の日本語訳には「社会言語学的能力」と「社会言語能力」の 2 つがあるが, 本稿では日本言語テスト学会の言語テスティング用語集に従い,「社会言語学的能力」とする。

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63  Canale & Swain(1980) の社会言語学的能力の説明に対して,柳瀬 (2006:74) は社 会 文 化 的 規 則 は 適 切 性 に か か わ る も の で あ り, 会 話 の 含 意 (conversational  implicature) のような発話行為的な語用論的側面は扱っておらず,文法的能力でも 扱っていないこと,またディスコースについても文法的能力と社会言語学的能力のど ちらに属するとも明確でないことを指摘している。 2.3. Canale (1983)  Canale(1983)のモデルは Canale & Swain(1980)の拡張モデルとも言えるが, コミュニケーション言語能力に技能(skill)というハイムズのいう「使用する力 (ability for use)」が含まれる点,ディスコース能力(discourse competence)が社 会言語学的能力から独立した点,また,社会言語学的能力が社会文化的規則のみを含 むようになった点が異なる。 2.4. Bachman (1990)  Bachman(1990)はテスティングの観点からコミュニケーション言語能力のモデ ルを考案した(図 1)。このモデルではコミュニケーション言語能力を 1)言語能力 (language competence),2)方略的能力(strategic competence),3)心理・生理的 機能(psychophysiological mechanisms)3,4)知識構造:人間社会に関する知識 (knowledge structure : knowledge of the world)から構成されるとした。  1)言語能力は組織的能力(organizational competence)と語用論的能力(pragmatic  competence)に分けられた。組織的能力は文法的能力(grammatical competence) 及び,テキスト的能力(textual competence)4から成り立つとした。また,語用論 的能力は発話内能力(illocutionary competence)と社会言語学的能力(sociolinguistic  competences)からなるとした。  2)方略的能力は Canale & Swain(1980)などでは補償的な役割しかなかったが, Bachman(1990)では中核的な役割を果たし,「技巧的で円滑なコミュニケーション を伝える能力として,もっと広域に捉えられて」おり(近藤ブラウン,2012:32),言 語能力や知識構造(人間社会に関する知識),心理・生理学的機能,さらに,コンテ クストの特徴を統合・調整する役割を担っている。  3)心理・生理的機能について, 柳瀬(2007:129)は いくら言語能力や世界知識を内在していても,それらと外的世界を媒介するメカ ニズムが存在しなければ,それらは活かされない。こういった内的世界と外的世         3 psychophysiological mechanisms の日本語訳は「心的メカニズム」(近藤ブラウン,2012:32)や「心 身協調メカニズム」(柳瀬,2007:127)などあるが,本稿では Bachman(1990,97)に従い,「心理・ 生理的機能」とした。 4  内容的には「ディスコース能力(discourse competence)」であり,田中(2015:99)では「テキスト / 談話(textual/discourse)能力」と紹介している。

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64 界をつなぐ経路としては聴覚と視覚があるし,様態としては受容(外的世界から 内的世界へ)と産出(内的世界から外的世界へ)がある。いずれにせよ,こういっ たメカニズムを通じて内的世界という心と,外的世界との直接の接点である身体 は結びつく。 と説明している。  4)知識構造:  人間社会に関する知識 (knowledge structure : knowledge of the  world)は「関連づけるための社会文化的知識,および『実社会の』知識 」である。 (Bachman,1990:98) 図 1: Bachman(1990)のコミュニケーション言語能力のモデル (Bachman,1990:97・99 と清水,2009:9 を参照にして作図) 5 図 1: Bachm an(1990)の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 言 語 能 力 の モ デ ル (Bachman,1990:97・ 99 と 清 水 ,2009: 9 を 参 照 に し て 作 図 ) 語 用 論 的 能 力 に あ る 発 話 内 能 力 と 社 会 言 語 学 的 能 力 に つ い て 更 に 説 明 を す る 。 Bachman(1990: 103)は 「 こ こ で 提 示 さ れ る 語 用 論 的 能 力 の 概 念 に は ,発 話 内 能 力 つ ま り 容 認 で き る 言 語 機 能 を 遂 行 す る た め の 語 用 論 的 規 約 に 関 す る 知 識 と 社 会 言 語 学 的 能 力 つ ま り 特 定 の 文 脈 に お い て 言 語 機 能 を 適 切 に 遂 行 す る た め の 社 会 言 語 学 的 規 約 に 関 す る 知 識 が 含 ま れ る 」 と 説 明 し て い る 。 発 話 内 能 力 は , さ ら に , い く つ か の 下 位 機 能 か ら 構 成 さ れ て い る 。 Bachman(1990 : 103-18) や Bachman & Palmer(1996 : 80-81) を 参 照 し ま と め る と 以 下 の よ う に な る5 5 柳 瀬 (2006 :122) は 「 バ ッ ク マ ン の 『 発 話 内 能 力 』 と い う 用 語 も 、 ま さ に こ う い っ た オ ー ス テ ィ ン 以 来 の 語 用 論 に 基 づ い て い る 。 だ が 、 ハ リ デ ー の 理 論 は こ う い っ た 標 準 的 な 語 用 論 の 枠 組 み コミュニ ケー ション言 語能 力 方略的能力 言語能力 組織的能力 文法的能力 語彙 形態論 統語論 音韻論/書記素論 テキスト的能力 結束性 修辞的構造 語用論的能力 発話内能力 観念的機能 操作的機能 学習的機能 想像的機能 社会言語学的能 力 方言・変種への感 受性 言語使用域への感 受性 自然さへの感受性 文化的指示や比喩 的表現 心理・生理的機 能 知識構造:人間社 会に関する知識 コミュニケーション 言語能力

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65  語用論的能力にある発話内能力と社会言語学的能力について更に説明をする。 Bachman(1990:103)は「ここで提示される語用論的能力の概念には,発話内能力 つまり容認できる言語機能を遂行するための語用論的規約に関する知識と社会言語学 的能力つまり特定の文脈において言語機能を適切に遂行するための社会言語学的規約 に関する知識が含まれる」と説明している。  発話内能力は,さらに,いくつかの下位機能から構成されている。Bachman(1990: 103-18)や Bachman  & Palmer(1996:80-81)を参照しまとめると,以下のように なる5  ①観念的機能 : 自分の意図する意味を表現する。観念的機能には命題を表現した り,また知識や感情についての情報を交換したりするために言語を 使用することが含まれる。(記述,分類,説明など)  ②操作的機能:自分の回りの世界に何らかの影響を与える。 道具的機能(あることを行うため)(例:要求,提案,命令) 制御的機能(他人の行動を統制するため)(例:規則,規制) 相互作用的機能(対人関係を形成・維持・管理するため)(例:挨拶,いとまごい)  ③学習的機能:自分の回りの世界に関する知識を広める。(例:指導,学習)  ④想像的機能:ユーモアや美的目的のために言語を使ったり解釈したりする。         (例:映画を見る,詩を作る,冗談を言う)  社会言語学的能力について,Bachman(1990:109)では「社会言語学的能力は言 語使用場面の特徴によって決定される言語使用の規約を統制,またはそういった規約 に対する感受性もしくはそれを統制する能力である。(中略)この社会言語学的能力 によって私たちはその状況に適切な方法で言語の諸機能を遂行することができる」と 説明し,社会言語学的能力は次の能力から構成されているとしている。 ①方言や変種の違いに対する感受性 ②言語使用域の相違に対する感受性 ③自然さに対する感受性 ④文化的指示とスピーチの形体を解釈する能力  Bachman(1990)のモデルにおいて,注目すべき点は語用論的能力である。柳瀬 (2006:120)は「従来のコミュニケーション能力論では一括して社会言語学的能力と して扱われてきた,言語機能の成立に関する知識と,その適切な使用に関する知識, という 2 つの側面がそれぞれ,語用論的能力,社会言語学的能力として独立して記述 されたことに気をつけておきたい」と指摘している。また,清水(2009:10)も社会 言語学的能力を語用論的能力の下位構成要素としている Bachman のモデルは,「『発 話とそれによって遂行される行為との関係』と『適切な言語使用を促進する文脈的特         5  柳瀬(2006 :122)は「バックマンの『発話内能力』という用語も,まさにこういったオースティン以来 の語用論に基づいている。だが,ハリデーの理論はこういった標準的な語用論の枠組みから外れている。 (中略)ハリデーのいう『機能』では唯一,操作的機能が標準的な意味での『機能』であるに過ぎない。」 と指摘している。

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66 徴』を取り扱うとする」の語用論の定義(vanDijk,1997)に一致し 語用論の分類(語 用言語学と社会語用論)にも対応する」として評価している。 2.5. Bachman & Palmer(1996)  Bachman (1990)から大きな変更はない。ただし,能力(competence)とあった ものが,知識(knowledge)になっている。例えば,Bachman(1990)では言語能 力(language competence),組織的能力(organizational competence),語用論的 能力(pragmatic competence)とあったものは,Bachman  & Palmer(1996)では 言語知識(language knowledge),組織的知識(organizational knowledge),語用 論的知識(pragmatic knowledge)6になった。また,Bachman(1990)にはあった 心理・生理学的機能(psychophysiological mechanisms)が,Bachman  & Palmer (1996)ではなくなっている。

2.6. Celce-Murcia,Dornyei & Thurresl (1995)

 Bachman(1990)や Bachman & Palmer(1996)のモデルは言語テストに関する もので,言語指導の目的に関するものではないという立場から,Celce-Murcia, Dornyei & Thurresl(1995)は Canale & Swain(1980)と Canale(1983)の後継 モデルとして,教育また,評価に関係したコミュニケーション能力モデルを提案した。  Celce-Murcia et al.(1995)のモデルは,図 2 のような構成をしている。  図 2 に沿って,各構成要素について説明をする。  このモデルはディスコース能力 (discourse competence) が 中 心 的 な能力になっている。ディスコース 能力は 1 つのまとまった口頭あるい は,書記のテキストを成立させるた めに語や句,文,発話の選定や配列 に関わる。下位項目としては,結束 性,直示性,一貫性,ジャンル・総 称的構造,会話構造があり,矢印は 様々な能力が常時相互に関係し合っ ていることを示す。  次に三角形にある構成要素を見て い く。 左 下 に あ る 言 語 的 能 力 (linguistic competence) は, 語 彙 や文法的な知識である。下位項目と しては,統語論,形態論,(受容&         6  清水 (2009:12) は Bachman & Palmer(1996) の語用論的能力の特徴として「語用論的能力は知識から構 成されており , 現実にその知識を使う能力ではない。」と指摘している。 図 2: Celce-Murcia,Dornyei,& Thurresl(1995)    のコミュニケーション能力モデル 7

competence) と あ っ た も の は ,Bachman & Palmer(1996) で は 言 語 知 識 (language knowledge), 組 織 的 知 識 (organizational knowledge), 語 用 論 的 知 識 (pragmatic

knowledge) 6に な っ た 。 ま た ,Bachman(1990) に は あ っ た 心 理 ・ 生 理 学 的 機 能

(psychophysiological mechanisms)が ,Bachman & Palmer(1996)で は な く な っ て い る 。 2.6. Celce-Murcia, Dornyei, & Thurresl (1995)

Bachman(1990)や Bachman & Palmer(1996)の モ デ ル は 言 語 テ ス ト に 関 す る も の で , 言 語 指 導 の 目 的 に 関 す る も の で は な

い と い う 立 場 か ら ,Celce-Murcia,

Dornyei,& Thurresl(1995) は

Canale & Swain(1980) と

Canale(1983) の 後 継 モ デ ル と し て , 教 育 ま た , 評 価 に 関 係 し た コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 能 力 モ デ ル を 提 案 し た 。 Celce-Murcia et al.(1995) の モ デ ル は ,図 2 の よ う な 構 成 を し て い る 。 図 2 に 沿 っ て ,各 構 成 要 素 に つ い て 説 明 を す る 。 こ の モ デ ル は デ ィ ス コ ー ス 能 力 (discourse competence)が 中 心 的 な 能 力 に な っ て い る 。 デ ィ ス コ ー ス 能 力 は 1 つ の ま と ま っ た 口 頭 あ る い は , 書 記 の テ キ ス ト を 成 立 さ せ る た め に 語 や 句 ,文 ,発 話 の 選 定 や 配 列 に 関 わ る 。 下 位 項 目 と し て は ,結 束 性 ,直 示 性 ,一 貫 性 ,ジ ャ ン ル ・ 総 称 的 構 造 ,会 話 構 造 が あ り ,矢 印 は 様 々 な 能 力 が 常 時 相 互 に 関 係 し あ っ て い る こ と を 示 す 。 次 に 三 角 形 に あ る 構 成 要 素 を 見 て い く 。 左 下 に あ る 言 語 的 能 力 (linguistic competence)は ,語 彙 や 文 法 的 な 知 識 で あ る 。 下 位 項 目 と し て は ,統 語 論 ,形 態 論 ,(受 容 & 産 出 の )語 彙 ,(発 音 の た め の )音 韻 論 ,(ス ペ リ ン グ の た め の )正 字 法 で あ る 。 右 下 の 行 為 的 能 力 (actional competence) は , す べ て の 重 要 な 言 語 行 為 や 言 語 行 為 セ ッ ト を 理 解 し た り 作 り だ し た り す る 能 力 で あ る 。 中 間 言 語 語 用 論 (interlanguage pragmatics)に 非 常 に 近 い 。 Bachman(1990)や Bachman & Palmer (1996)と 同 じ よ う に , 社 会 文 化 的 要 因 に 関 連 す る 要 素 と 実 際 の 意 図 に 関 連 す る 要 素 を 分 け て い る 。 下 位 項 目 と し て は ,言 語 機 能 の 知 識 (対 人 的 や り 取 り ,意 見 ,感 情 ,説 得 ,問 題 ,未 来 に 関 す る

6 清 水 (2009: 12)は Bachman & Palmer(1996)の 語 用 論 的 能 力 の 特 徴 と し て 「 語 用 論 的 能 力 は 知

識 か ら 構 成 さ れ て お り 、 現 実 に そ の 知 識 を 使 う 能 力 で は な い 。 」 と 指 摘 し て い る 。

図 2: Celce-Murcia, Dornyei, & Thurresl(1995) の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 能 力 モ デ ル

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67 産出の)語彙,(発音のための)音韻論,(スペリングのための)正字法である。  右下の行為的能力(actional competence)は,すべての重要な言語行為や言語行 為セットを理解したり作り出したりする能力である。中間言語語用論(interlanguage  pragmatics)に非常に近い。 Bachman(1990)や Bachman  & Palmer(1996)と 同じように,社会文化的要因に関連する要素と実際の意図に関連する要素を分けてい る。下位項目としては,言語機能の知識(対人的やり取り,意見,感情,説得,問題, 未来に関するシナリオ7)と言語行為セット(言語行為別の定型化されたやり取りの 知識)が含まれている。  上にある社会文化的能力(sociocultural competence)は,効果的に言葉を理解し たり使用したりするために必要な文化的背景知識である。社会文化に関連する要因は, 4 つのカテゴリー:①社会的文脈上の要因(参加者の変数[年齢や性別など ] と状況 の変数[時や場所など]),②スタイル上の適切性に関する要因(ポライトネスストラ テジーやスタイル上のバリエーション[フォーマリティやレジスター]),③文化的要 因(目標言語コミュニティに関する社会文化的背景知識,主要な方言や地域差に関す る認知度,異文化への認知度),④非言語コミュニケーションの要因(動作学的要因, 対人空間的要因,接触学的要因,パラ言語的要因,沈黙)に分けられる。   最 後 に 最 も 外 側 に 位 置 す る 方 略 的 能 力(strategic competence) は Canale &  Swain(1980)と同じで,コミュニケーション上問題が生じたときの補償的役割を果 たしている。  Celce-Murcia et al.(1995)のモデルにおける語用論的能力と社会言語学的能力と の扱いは,Bachman(1990)のモデルと同じで,言語機能(「行為的能力」)と言語 使用の適切性(「社会文化的能力」)に分かれている。ただし,「社会文化的能力」の ③文化的要因にある「目標言語コミュニティに関する社会文化的背景知識」は, Bachman(1990)のモデルの「社会言語能力」より文化的要素が強いと考えられる。 また,「社会文化的能力」の④非言語コミュニケーションの要因も Bachman(1990) のモデルの「社会言語能力」には含まれていない。 2.7. Celce-Murcia (2007)  Celce-Murcia,et al.(1995)のモデルとほぼ同じであるが,1995 年のモデルで行 為 的 能 力(actional competence) の 中 に あ っ た 言 語 行 為 セ ッ ト(knowledge of  speech act sets)が,定型表現能力(formulaic competence: 固定表現やコロケーショ ン,イデオムを扱う)として独立した。また,1995 年のモデルで独立した構成要素 であった行為的能力は相互作用能力(interactional competence)8の下位項目になり, 相互作用能力は行為的能力だけでなく,会話能力(conversational competence)や 非言語 / パラ言語学的能力(non-verbal/paralinguistic competence)も含むように         7 望みや希望を表明したり見つけ出したりすること。約束することなど。 8 2.8. では interactional competence が「相互行為能力」と訳されているので , それと区別するために「相 互作用能力」と訳す。

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68 なった(図3参照)。非言語 / パラ言語 学的能力は 1995 年のモデルでは社会文 化能力の下位項目に入っていたが,2007 年のモデルでは相互作用能力の下位項目 になっている。  以下では語用論的能力と社会言語学的 能力に関係すると思われる,社会文化的 能 力(sociocultural competence) と 相 互作用能力(interactional competence) について説明をする。  Celce-Murcia (2007)のモデルでは社 会文化的能力(sociocultural competence) は 1995 年のモデルと同じようにトップ ダウンの役割を維持している。社会文化 的能力とは,コミュニケーションの全体的な社会的および,文化的文脈の中で適切に メッセージを表現する方法を指し9,目標言語の社会文化的規範を参照した言語のバ リエーションに関する知識も含まれる。1995 年のモデルでもいくつかの社会文化的 変数を記述しているが,そのうちの以下の 3 つは 2007 年のモデルでも重要とされて いる。  ①社会的文脈要因:参加者の年齢,性別,地位,社会的距離,関係,力と影響  ②スタイルの適切性:ポライトネスストラテジー,ジャンルやレジスターの感覚  ③文化的要因:目標言語グループの背景知識,主要な方言 / 地域の違い,異文化 認識  トップダウンの役割を果たす社会文化的能力に対して,相互作用能力(interactional  competence)はボトムアップの役割を果たす。相互作用能力は言語によって重要な 点で異なるので,大変大切であるとされている。相互作用能力には,2007 年のモデ ルでは少なくとも次の 3 つのサブコンポーネントがあるとされる。  ①行為的能力:共通の言語行為と言語行為セットを目標言語でどのように実行する かに関する知識  ②会話能力:会話におけるターン・テーキング・システムに固有のものや他の対話 のジャンル(会話を開始したり終了したりする方法,話題を作ったり, 変えたりする方法など)  ③非言語 / パラ言語学的能力:キネティックス(身体言語),非言語的なターンシ グナル,バックチャネル行動,ジェスチャーなど  Celce-Murcia(2007)のモデルにおける語用論的能力と社会言語学的能力との扱 いは Celce-Murcia,et al.(1995)のモデルとほぼ同じであるが,1995 年と 2007 年 図 3:Celce-Murcia (2007)コミュニケーショ    ン能力モデル 9 Celce-Murcia, et al. (1995) の モ デ ル と ほ ぼ 同 じ で あ る が ,1995 年 の モ デ ル で 行 為 的 能 力 (actional competence) の 中 に あ っ た 言 語 行 為 セ ッ ト (knowledge of speech act sets) が , 定 型 表 現 能 力 (formulaic competence: 固 定 表 現 や コ ロ ケ ー シ ョ ン ,イ デ オ ム を 扱 う )と し て 独 立 し た 。 ま た ,1995 年 の モ デ ル で 独 立 し た 構 成 要 素 で あ っ た 行 為 的 能 力 (actional competence) は 相 互 作 用 能 力 8(interactional competence) の 下 位 項 目 に な り , 相 互 作 用 能 力 は 行 為 的 能 力 だ け で な く , 会 話 能 力 (conversational

competence)や 非 言 語 /パ ラ 言 語 学 的 能 力 (non-verbal/paralinguistic competence)も 含 む よ う に な っ た (図 5 参 照 )。 非 言 語 /パ ラ 言 語 学 的 能 力 は 1995 年 の モ デ ル で は 社 会 文 化 能 力 の 下 位 項 目 に 入 っ て い た が ,2007 年 の モ デ ル で は 相 互 作 用 能 力 の 下 位 項 目 に な っ て い る 。

以 下 で は 語 用 論 的 能 力 と 社 会 言 語 学 的 能 力 に 関 係 す る と 思 わ れ る ,社 会 文 化 的 能 力 (sociocultural competence)と 相 互 作 用 能 力 (interactional competence)に つ い て 説 明 を す る 。

Celce-Murcia (2007) の モ デ ル で は 社 会 文 化 的 能 力 (sociocultural competence) は 1995 年 の モ デ ル と 同 じ よ う に ト ッ プ ダ ウ ン の 役 割 を 維 持 し て い る 。 社 会 文 化 的 能 力 と は ,コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 全 体 的 な 社 会 的 お よ び ,文 化 的 文 脈 の 中 で 適 切 に メ ッ セ ー ジ を 表 現 す る 方 法 を 指 し9,目 標 言 語 の 社 会 文 化 的 規 範 を 参 照 し た 言 語 の バ リ エ ー シ ョ ン に 関 す る 知 識 も 含 ま れ る 。 1995 年 の モ デ ル で も い く つ か の 社 会 文 化 的 変 数 を 記 述 し て い る が ,そ の う ち の 以 下 の 3 つ は 2007 年 の モ デ ル で も 重 要 と さ れ て い る 。 ① 社 会 的 文 脈 要 因 : 参 加 者 の 年 齢 ,性 別 ,地 位 ,社 会 的 距 離 ,関 係 ,力 と 影 響 ② ス タ イ ル の 適 切 性 : ポ ラ イ ト ネ ス ス ト ラ テ ジ ー ,ジ ャ ン ル や レ ジ ス タ ー の 感 覚 ③ 文 化 的 要 因 : 目 標 言 語 グ ル ー プ の 背 景 知 識 ,主 要 な 方 言 /地 域 の 違 い ,異 文 化 認 識 ト ッ プ ダ ウ ン の 役 割 を 果 た す 社 会 文 化 的 能 力 に 対 し て , 相 互 作 用 能 力 (interactional competence)は ボ ト ム ア ッ プ の 役 割 を 果 た す 。 相 互 作 用 能 力 は 言 語 に よ っ て 重 要 な 点 で 異 な る の で ,大 変 大 切 で あ る と さ れ て い る 。 相 互 作 用 能 力 に は ,2007 年 の モ デ ル で は 少 な く と も 次 の 3 つ の サ ブ コ ン ポ ー ネ ン ト が あ る と さ れ る 。 ① 行 為 的 能 力 : 共 通 の 言 語 行 為 と 言 語 行 為 セ ッ ト を 目 標 言 語 で ど の よ う に 実 行 す 8 2.8.で は interactional competence を 「 相 互 行 為 能 力 」 と 訳 さ れ て い る の で 、 そ れ と 区 別 す る た め に 「 相 互 作 用 能 力 」 と 訳 す 。 9 Celce-Murcia (2007:46)で は 「 社 会 文 化 的 能 力 と は 話 し 手 の 語 用 論 的 能 力 を 指 す 」 と あ る が 、 そ の 後 の 文 章 か ら は 内 容 的 に は 言 語 使 用 の 適 切 性 を 指 し て い る と 思 わ れ る 。 図 3 : Celce-Murcia (2007) コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 能 力 モ デ ル         9 Celce-Murcia (2007:46) では「社会文化的能力とは話し手の語用論的能力を指す」とあるが , その後の文 章からは内容的には言語使用の適切性を指していると思われる。

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69 のモデルにある社会文化的能力の中の「文化的要因」の記述において,2007 年のモ デルでは 1995 年のモデルにあった「目標言語コミュニティに関する社会文化的背景 知識」という文言が落ちて,「目標言語グループの背景知識」となっており,2007 年 モデルでは文化的要素が薄まっているとも考えられる。 2.8. ネウストプニー(1995)  ネウストプニー(1995:46-47)は,コミュニケーションはコミュニケーションを するためにするのではなく,社会文化的目標のため,実質行動(社会文化行動)をす るために,「すべてのコミュニケーション行動が,実質的な行動を基盤に持っている」 としている。  そして,ネウストプニー(1982:53,1995:42・45-49・68-69,1999:5-6)では コミュニケーション行動は「言語(文法)能力」(=統語論,形態論,語彙/意味論, 音韻論,表記論など)と「社会言語能力」(=言語(文法)能力以外の,言葉を場面 に応じて適切に使用できる能力)から達成され,「言語(文法)能力」と「社会言語 能力」が合わさった能力を「コミュニケーション能力」とした。さらに,実質行動(社 会文化行動,インターアクション)を成立させるためには「コミュニケーション能力」 とその言語を使う成員に共通の行動習慣や価値観など(文化コード)である「社会 文化能力」が必要であるとした。つまり,インターアクション(実質行動,社会文 化行動)を成立させる「インターアクション能力」は,「コミュニケーション能力」 と「社会文化能力」から構成されている10(図 4 参照)。  社会言語能力については「顔の 表情や姿勢,会話やあいさつの ルーティン(決まり文句),話題 の選択,相手の分類,日本語ある いは他のことばのいろいろの変種 (バラエティー)を使う能力やそ の変種の評価などに関する能力」 (ネウストプニー,1995:59)と 説明し,具体的には Hymes(1962) のモデルを修正して,次の 9 項目 を含んでいるとした(ネウストプ ニー,1995:42-43)。 ①点火ルール(どのような場合 にコミュニケーションを始め るのか) ②セッティングルール(いつ,どこでコミュニケーションするか) 図 4:ネウストプニー(1995:103)のインターアクショ    ン能力モデル 図 4: ネ ウ ス ト プ ニ ー (1995: 103)の イ ン タ ー ア ク シ ョ ン 能 力 モ デ ル 社 会 言 語 能 力 に つ い て は 「 顔 の 表 情 や 姿 勢 , 会 話 や あ い さ つ の ル ー テ ィ ン ( 決 ま り 文 句 ),話 題 の 選 択 ,相 手 の 分 類 ,日 本 語 あ る い は 他 の こ と ば の い ろ い ろ の 変 種 (バ ラ エ テ ィ ー )を 使 う 能 力 や そ の 変 種 の 評 価 な ど に 関 す る 能 力 」 (ネ ウ ス ト プ ニ ー ,1995: 59) と 説 明 し ,具 体 的 に は Hymes(1962)の モ デ ル を 修 正 し て ,次 の 9 項 目 を 含 ん で い る と し た (ネ ウ ス ト プ ニ ー ,1995: 42-43)。 ① 点 火 ル ー ル (ど の よ う な 場 合 に コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 始 め る の か ) ② セ ッ テ ィ ン グ ル ー ル (い つ , ど こ で コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン す る か ) ③ 參 加 者 ル ー ル (誰 と コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン す る か ) ④ バ ラ エ テ ィ ー ル ー ル (ど の 言 語 , 方 言 , ス タ イ ル な ど を 使 う か ) ⑤ 内 容 の ル ー ル (何 を 伝 え る か ) ⑥ 形 の ル ー ル (メ ッ セ ー ジ を ど う 形 づ け る か ) ⑦ 媒 体 の ル ー ル (メ ッ セ ー ジ を 送 る と き , ど の よ う な チ ャ ン ネ ル を 使 う か ) ⑧ 操 作 の ル ー ル (コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン に 対 し て ど の よ う な 行 動 を と る か ) ⑨ 運 用 の ル ー ル (メ ッ セ ー ジ を ど の よ う に 具 体 化 す る か ) ま た ,社 会 文 化 能 力 に つ い て は ネ ウ ス ト プ ニ ー ( 1995: 109-110)は 、 人 類 学 者 お よ び 社 会 学 者 は ,こ れ ま で の と こ ろ 「 文 化 と 社 会 に つ い て の 明 示 的 な 文 法 」 と い う べ き も の を 作 り 出 せ な い で い る 。 先 へ 進 む の に 最 も 適 切 な 方 法 は , フ ィ ッ シ ュ マ ン (1972)に よ っ て 提 唱 さ れ た イ ン タ ー ア ク シ ョ ン 領 域 と い う 概 念 を 使 用 す る こ と で あ ろ う 。 領 域 と は ,共 通 の 特 徴 を も っ た 場 面 か ら 構 成 さ れ る 。 こ の 概 念 は 理 論 的 な 厳 密 さ に 欠 け る が ,実 際 問 題 と し て は 有 用 で あ る 。 主 要 な 領 域 は 以 下 の 通 り で あ る と し て い る 。 インターアク ション能力 社会文化能力 コミュニケーション能力 社会言語能力 言語能力         10 中井 (2010:9-10,63-66) では「社会文化能力」=「インターアクション能力」とし,さらに「社会文化能力」 は「社会言語能力 ( コミュニケーション能力 )」と「言語能力」が含まれているとしている。

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70 ③参加者ルール(誰とコミュニケーションするか) ④バラエティールール(どの言語,方言,スタイルなどを使うか) ⑤内容のルール(何を伝えるか) ⑥形のルール(メッセージをどう形づけるか) ⑦媒体のルール(メッセージを送るとき,どのようなチャンネルを使うか) ⑧操作のルール(コミュニケーションに対してどのような行動をとるか) ⑨運用のルール(メッセージをどのように具体化するか)  また,社会文化能力については ネウストプニー(1995:109-110)は, 人類学者および社会学者は,これまでのところ「文化と社会についての明示的な 文法」というべきものを作り出せないでいる。先へ進むのに最も適切な方法は, フィッシュマン(1972)によって提唱されたインターアクション領域という概念 を使用することであろう。領域とは,共通の特徴をもった場面から構成される。 この概念は理論的な厳密さに欠けるが,実際問題としては有用である。主要な領 域は以下の通りである としている。  そして,次の 8 つの領域(①日常生活領域・②家庭領域・③交友領域・④教育領域・ ⑤職業領域・⑥公的生活領域・⑦サービス領域・⑧娯樂および文化領域)を提示した。  ネウストプニー(1995)のモデルにおける語用論的能力と社会言語学的能力との扱 いを Bachman(1990)のモデルとの比較から考えると,言語機能に関する語用論的 能力については扱われておらず,言語使用の適切性については「社会言語能力」で扱 われていると思われる。また,Bachman(1990)の「知識構造:  人間社会に関する 知識 (knowledge structure : knowledge of the world)」がネウストプニー(1995) の「社会文化能力」に相当すると考えられる。 2.9.相互行為能力(interactional competence)  Canale & Swain(1980)から Bachman & Palmer(1996)までのモデルに共通す る考えは,①「ある状況で獲得した能力は他の状況にも適用可能で,能力の発達はす なわち対応可能な状況の広がりであると捉え」,②「能力を個人に属するものとみな」 し,③「言語習得を本質的に言語規則や語彙の学習であるとみなし,(中略)コンピュー タの情報処理モデルと共通の前提を有し,個人の頭の中に言語知識が蓄積されている 過程が習得であるとする考え方」である(義永[大平],2005:65-67)。  これに対して,①「能力はあくまでも具体的・個別的・状況依存的なものであ」り, ②「能力を特定の個人に属する抽象的な概念として捉えるのではなく,具体的な状況 において,対話者相互の協働を通じて達成される過程と」みなし,③「言語習得をあ る共同体の成員になる過程とみなし,知識やスキルは,ある共同体の実践に,より経

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71 験豊かな他者とともに参加することによって習得される」(義永[大平] ,2005:65-67)という考え方に基づく「相互行為能力(interactional competence)」が社会文 化的観点から提唱されている。  相互行為能力の課題については,近藤ブラウン(2012:36)が次の二つの問題点を 指摘している。一点目は,妥当性や信頼性を考慮しながら,個人に属さない特性とし ての相互行為能力を,教室でどう評価し,解釈すべきなのかという点である。二点目 は,「相互行為能力」の構成要素は何であり,それが従来個人に属する能力とされて きた社会言語学的能力,語用論的能力,方略的能力などの構造との違いをどう明確に 説明するのかとの点である。 3. 考察  第 2 章ではコミュニケーション言語能力論における語用論的能力と社会言語学的能 力等の扱われ方を概観したが,その主な内容を表 1 にまとめた。なお,相互行為能力 についてはその構成要素が明らかになっていないことから考察の対象にしない。  第 3 章では前章までの内容から見えてくる語用論的能力(語用論的能力に相当する 能力)(以下「語用論的能力」に統一)と社会言語学的能力(社会言語学的能力に関 わる能力)(以下「社会言語学的能力」に統一)に関する共通点及び,相違点を,「大 きい議論」と「小さい議論」に分けて述べたい。なお,本考察においては,「機能的 な能力」を語用論的能力,「言語使用の適切性に関わる能力」を社会言語学的能力で あると考えて記述する。  大きい議論というのは,大局的な見地から 3 つに分かれる。第一に,体系的な内部 構造の違いに関するものである。具体的には,⑴言語機能を扱っているか,⑵⑶語用 論的能力と社会言語学的能力の関係性に関わるもの,つまり,包摂するかされるか, 同列に扱うかといったことである。第二に,「語用論」の扱いに関するものである。 第三に,「社会言語学的能力の適切さ」の扱いに関するものである。  一方,小さい議論というのは,先行研究において,⑷コミュニケーション言語能力 の構成要素として重要な能力の 1 つと見られるディスコース能力の扱いはどうなって いるか,⑸非言語/パラ言語学的能力の扱いはどうなっているか,⑹社会言語学的能 力に「文化」の要素があるかどうか,ということである。  まず,大きい議論について述べる。  第一の体系的な内部構造の違いについては,以下の⑴⑵⑶のグループに分類される。 ⑴言語機能を明確に扱わないグループ:  Canale & Swain(1980),Canale(1983),ネウストプニー(1995) ⑵語用論的能力を①言語機能の能力と②社会言語学的能力から構成されると考える グループ:  Bachman(1990) ⑶語用論的能力と社会言語学的能力を同列に扱うグループ:  Celce-Murcia et al.(1995),Celce-Murcia(2007)

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72  ⑴⑵⑶の相違点があり,その点において,各グループに属する先行研究同士は,共 通点があると言える。なお,Celce-Murcia et al.(1995),Celce-Murcia(2007)の モデルは,語用論的能力は扱っていないが,下位項目に「言語機能の知識」である「行 為的能力」を組み込んでいるので,語用論的能力とみなした。また,同様に社会言語 的能力も扱っていないが,適切さに関わる能力を扱っているので,社会言語学的能力 とみなした。  第二の「語用論」の扱いについては,清水(2015)の指摘を基に述べる。清水(2015: 64)は,ACTFL OPI の評価基準を批判的に検討した結果,ACTFL の「語用論的能力」 に「間接発話行為」と「含意の解釈」が含まれていないとしている。本研究で担った コミュニケーション言語能力論の先行研究においても「間接発話行為」「含意の解釈」 という語用論的特徴が考慮されていないようである。  第三の「社会言語学的能力の適切さ」の扱いについては,清水(2015)及び,宇佐 美(2009)の指摘を基に考えたい。清水(2015:64)は ACTFL OPI の評価基準にあ る「社会言語学的能力」は「社会から期待されたとおりの使い分けができることしか 念頭に置かれてない」と指摘している。これは,自分の立ち場に配慮した「受身的な」 適 切 性 で し か な い こ と へ の 批 判 だ と 考 え ら れ る。 ま た, 宇 佐 美(2009:39) も ACTFL のプロフィシェンシーの概念に欠けているものの 1 つとして「ポライトネス の適切性」を挙げている。「ポライトネスの適切性」とは「従来とは全く異なる『相 対的』な観点からポライトネスを捉える」とし,「話者の属性(母語話者か非母語話 者か等)までを含む,様々な要因を考慮して相対的に捉えるのである」と述べ,「日 本語母語話者の『すみませんが,お水をもう一杯いただけますか』も,初級日本語学 習者の『水,おかわり』も,『ポライトネスの適切性』という観点からは,どちらも『適 切』,或いは,『許容範囲内』である」としている。以上の指摘から考えるならば,従 来のコミュニケーション言語能力論の先行研究における「適切性」はいずれも「受身 的」かつ,「学習者のレベルによる可変性を考慮しない」ものと言えるだろう。  一方,小さい議論については,以下の 3 点について,相違点が見られる。 ⑷ディスコース能力の扱いはどうなっているか ネウストプニー(1995)では社会言語的能力の下位項目,Bachman(1990)で は言語知識(>組織的能力)の下位項目にそれぞれ位置付けられている。Celce-Murcia et al.(1995)や Celce-Murcia(2007)ではディスコース能力をコミュ ニケーション言語能力の中核に置いている。 ⑸非言語/パラ言語学的能力の扱いはどうなっているか ネ ウ ス ト プ ニ ー(1995) は, 社 会 言 語 能 力 に 入 れ て い る。Celce-Murcia et  al.(1995)では社会文化的能力の下位項目であったが,Celce-Murcia(2007) では,相互作用能力の下位項目となっている。Canale & Swain(1980),Canale  (1983),Bachman(1990)は扱っていない。 ⑹社会言語学的能力に「文化」の要素があるかどうか Celce-Murcia et al.(1995)は,文化的要因に「目標言語コミュニティに関する

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73 社会文化的背景知識」を含めていたが,Celce-Murcia(2007)では当該知識が なくなっている。Bachman(1990)やネウストプニー(1995)は言語能力外に 入れている。  以上,語用論的能力と社会言語学的能力に関する共通点及び,相違点を整理したが, 改めて先行研究において,その定義や相互の関係性に揺れが見られるとの認識を得た。 「言語機能の成立に関する知識」が語用論的能力,「その適切な使用に関する知識」が 社会言語学的能力とする Bachman(1995)の捉え方を基にした仮説的定義が成り立 つように思われる。ただ,清水(2015)の「間接発話行為」「含意の解釈」という語 用論的特徴が語用論的能力には必要なのではないかとの指摘や,清水(2015),宇佐 美(2009)の社会言語学的能力の「適切性」の内容に関する指摘を基に,当該能力の さらなる検討が必要となるだろう。

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74 表 1:コミュニケーション言語能力論のまとめ 15 表 1:コミュニケーション言語能力論のまとめ 文法的能力 (grammatical competence) 文法的能力 (grammati cal competen ce) 言語能力 (language competenc e) 組織的能力 (organiza tional competen ce) 文法的能力 (grammati cal competen ce) 言語的能力 (linguistic competence) 言語的能力 (linguistic competence) インタ ーアク ション 能力 コミュニ ケーショ ン能力 言語能力 定型表現能力 (Formulaic competence) ディスコー ス能力 (discourse competen ce) 結束性 (cohesio n) ディスコー ス能力 (discourse competen ce) ディスコース 能力 (discourse competence) ディスコース能力 (discourse competence) 一貫性 (coheren ce) 社会言語学的能力 (sociolinguistic competences) 使用の社会 文化的規則 (sociocult ural rules of use) 社会言語学 的能力 (socioling uistic competen ces) 使用の社会 文化的規則 (sociocult ural rules of use) 語用論的能 力 (pragma tic competen ce) 発話内能力 (illocution ary competen ce) ①観念的機能 (ideational functions) 行為的能力 (actional competence) ①言語機能の知識 (knowledge of language functions) 相互作用能力 (Interactional Competence) ①行為的能力 (actional competence) ディスコー スの規則 (rules of discourse) 結束性 (cohesio n) ②操作的機能 (manipulativ e functions) ②言語行為セット (knowledge of speech act sets 。 言語行為別の 定型化されたやり 取りの知識) ②会話能力 (conversational competence) 一貫性 (coheren ce) ③学習的機能 (heuristic functions) ③非言語/パラ言語 学的能力(non-verbal/paralingui stic competence) ④想像的機能 (imaginativ e functions) 社会言語学 的能力 (socioling uistic competen ces) ①方言や変種 の違いに対す る感受性 社会文化的能 力 (sociocultur al competence ) ①社会的文脈上の 要因(参加者の変 数[年齢や性別な ど]と状況の変数 [時や場所など]) 社会文化的能力 (Sociocultural Competence) ①社会的文脈要 因:参加者の年 齢、性別、地位、 社会的距離、関 係、力と影響 社会言語能力 ①点火ルール(どの ような場合にコミ ュニケーションを 始めるのか) ②言語使用域 の相違に対す る感受性 ②スタイル上の適 切性に関する要因 (ポライトネスス トラテジーやスタ イル上のバリエー ション[フォーマ リティやレジスタ ー]) ②スタイルの適切 性:ポライトネス ストラテジー、ジ ャンルやレジスタ ーの感覚 ②セッティングル ール(いつ,どこで コミュニケーショ ンするか) ③自然さに対 する感受性 ③文化的要因(目 標言語コミュニテ ィに関する社会文 化的背景知識、主 要な方言や地域差 に関する認知度、 異文化への認知 度) ③文化的要因:目 標言語グループの 背景知識、主要な 方言/地域の違い、 異文化認識 ③參加者ルール(誰 とコミュニケーシ ョンするか) ④文化的指示 とスピーチの 形体を解釈す る能力 ④非言語コミュニ ケーションの要因 (動作学的要因、 対人空間的要因、 接触学的要因、パ ラ言語的要因、沈 黙) ④バラエティール ール(どの言語,方 言,スタイルなど を使うか) ⑤内容のルール(何 を伝えるか) ⑥形のルール(メッ セージをどう形づ けるか) ⑦媒体のルール(メ ッセージを送ると き,どのようなチ ャンネルを使うか) ⑧操作のルール(コ ミュニケーション に対してどのよう な行動をとるか) ⑨運用のルール(メ ッセージをどのよ うに具体化するか) 心理・生理 的機能 (psychophy siological mechanism s) 方略的能力 (strategic competence) 方略的能力 (strategic competen ce) 方略的能力 (strategic competenc e) 知識構造: 人間社会に 関する知識 (knowled ge structure : knowledge of the world) 社会文化 能力

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75 参考文献 宇佐美まゆみ(2009)「『伝達意図の達成度』『ポライトネスの適切性』『言語行動の洗 練度』から捉えるオーラル・プロフィシエンシー」鎌田修・山内博之・堤良一 (編)『プロフィシエンシーと日本語教育』ひつじ書房,33-67. 近藤ブラウン妃美 (2012)『日本語教師のための評価入門』くろしお出版 清水崇文(2009)『中間言語語用論概論』スリーエーネットワーク 清水崇文(2015)「談話というレンズを通して ACTFL-OPI の評価基準を『批判的に』 考える」鎌田修,嶋田和子,堤良一(編著)『プロフィシェンシーを育てる3 談話とプロフィシェンシー  ―その真の姿の探求と教育実践をめざして―』凡 人社 , 56-81. 田中春美(2015)「伝達能力の諸相」田中春美・田中幸子(編著)『よくわかる社会言 語学』ミネルヴァ書房 , 98-99. 中井陽子(2010)「インターアクション能力育成を目指した会話教育 ―教師と学習者 による研究と実践の連携の必要性―」早稲田大学大学院日本語教育研究科博士 論文 <https://waseda.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_     id=25212&file_id=20&file_no=3>(2017 年9月1日閲覧) ネウストプニー,J. V. (1982)『外国人とのコミュニケーション』岩波書店 ネウストプニー,J. V. (1995)『新しい日本語教育のために』大修館書店 ネウストプニー,J. V. (1999)「コミュニケーションとは何か」『日本語学』18/6 4-16 柳瀬陽介(2006)『第二言語コミュニケーション力に関する理論的考察―英語教育内 容への指針』溪水社 義永(大平 ) 美央子(2005)「伝達能力を見直す」西口光一(編)『文化と歴史の中の 学習と学習者』凡人社 , 54-78.

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図 2:  Celce-Murcia, Dornyei, &amp; Thurresl(1995) の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 能 力 モ デ ル

参照

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