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帝京科学大学紀要 Vol.17(2021)pp.1-10 犬の車椅子 :QOL の向上を目指して 犬の車椅子 :QOL の向上を目指して ~ 製作時の個体別調査および使用症例報告 ~ 山本和弘 井上みちる井上香菜 帝京科学大学生命環境科学部 アニマルサイエンス学科 Dog wheelchairs:

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緒言 近年、遺伝的な原因や加齢によって歩行困難とな る犬の症例が多く報告されている1、2)。脳神経学的 もしくは整形学的な機能が一部でも低下すると原因 病巣以外の部分の運動機能も低下し、それに伴って 今までのような犬のQOL(生活の質;Quality of Life)は維持することができなくなる。 遺伝性の運動機能不全を生じる要因は犬種特異性 を示し、ダックスフントの椎間板ヘルニア(inter-vertebral disc herniation:IVDH)やウェルシュ・ コーギーの変性性脊髄症(Degenerative Myelopa-thy:DM)がその代表的な例としてあげられる。 まず、IVDHでは、初期に痛みを伴うことも多く、 神経症状を伴い、後肢の運動機能不全・麻痺が一般 的に見られる。IVDHはハンセンタイプⅠ型(以下 Ⅰ型)、およびハンセンタイプⅡ型(以下Ⅱ型)に

犬の車椅子:QOLの向上を目指して

~製作時の個体別調査および使用症例報告~

山本和弘 井上みちる 井上香菜

帝京科学大学 生命環境科学部 アニマルサイエンス学科

Dog wheelchairs: improving quality of life (QOL) for disabled dogs ~analysis of individual records & case studies~

Kazuhiro YAMAMOTO Michiru INOUE Kana INOUE Teikyo University of Science

要旨  後肢または四肢ともに機能不全を生じた犬にとって、犬の車椅子は個体の運動機能を維持するために使用される。犬の車椅子 を製作する工房において、2106件の製作症例から各個体別調査として①性別、②年齢、③犬種、④体重、⑤原因、⑥車椅子の種 類(2輪もしくは4輪)の調査とその相互関係を解析した。また、実際に使用した小型犬と中型犬の2症例についての実態調査を 行った。その結果、性別は雄1238頭(59%)、雌865頭(41%)。年齢は(n=471、1~19歳)、13歳(76頭)まで増加傾向14歳 以上になると件数は減少した(p<0.01)。犬種ではウェルシュ・コーギー734頭(34.8%)、ダックスフント486頭(23.0%)が多 かった。体重(n=726、Ave=9.76 kg、Min=1.3l~Max=60 kg)となった。四肢機能不全の原因はウェルシュ・コーギーの 98%がDMで、およびダックスフント80%が椎間板ヘルニアであった。13歳までは2輪車椅子の使用が多く、14歳以上になると 4輪車椅子の使用率が有意に高かった。また、実際の症例では2例とも生活の質(QOL)が向上し、特に中型犬では、後肢の高 齢による運動機能障害は、車椅子使用後、筋力が回復され自力歩行だけでなく、自力走行ができるまでに至った。これらの結果 より、高齢や遺伝的原因において4足歩行ができなくなった犬が、車椅子によって運動機能が回復されQOLは劇的に向上するも のと期待される。 Abstract

 Wheelchairs for dogs have been useful medical devices to maintain their physical activities with disabled fore and/or hind limbs. The 2106 custom made wheelchairs for dogs, assembled at the workshop “Sweepy”, located in Osaka, Japan, were investigated as follows; 1) gender, 2) Age, 3) Dog breed, 4) Body weight 5) Cause for use 6) 2 wheels or 4 wheels. Furthermore, two practical cases were explored how QOL (quality of life) was improved, compared to before use. As results, 1) male 1238 (59%), female 865 (41%), 2) Age distribution; n=471, 1-19year-old, the number of cases of 1-13 yearly increases, but >14 cases yearly decreases. 3) the cases of Pembroke Welsh Corgi dog breed were counted most 734 cases (34.8%), followed by Dachshund 486 (23.0%). 4) Body weights were distributed (n=434) 1.31-60 kg (mean; 9.76 kg). 5) Cause for use; 98% of the cases (n=114/116) for Corgi were by Degenerative Myelopathy (DM), and 90% for Dachshund were by intervertebral disc herniation (IVDH). Those results show the tendencies of genetic inherited diseases in the two breeds as recently reported. 6) under 13year-old dogs were more likely used the two-wheelchairs, and over 14year-old dogs were four-wheelchairs. As 13year-old toy poodle case #1 with disabled hind limbs, the subject started to move more quickly, compared to it without using. As 14year-old mixed breed case #2 with also disabled hind limbs, his muscle strength, especially fore limbs, was extremely improved after its used. Furthermore, the subject could start to walk and run without using the wheelchair. Thus, wheelchairs for dogs could help improvements their muscle strength of dogs as well as assistances their physical activities. This investigation certified how wheelchairs for dogs with disabled limbs are beneficial for dogs and their owners.

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分類されるが、Ⅰ型は若齢(2~7歳)において突 然発症することが多い。一方、Ⅱ型は高齢犬におい て起こることが多く慢性進行的に症状が悪化する 3)。Ⅰ型Ⅱ型とも、内科的治療や片側椎弓切除術な どの手術により回復する例もあるが、後遺症が残る ことも多い4)。最近では、遺伝学的にはダックスフ ントのCFA12上にあるFGF4遺伝子の異常発現が IVDH発症のメカニズムに関与していると報告され ている2) 次に、DMは進行性神経変性性疾患の一つで、一 度発症すると運動機能は加齢とともに低下する。 ダックスフントのIVDHに比べると高齢における発 症で、進行は比較的緩徐である。DMはIVDHと症 状が似ているために誤診されることも多いが、 IVDHはCTスキャンやMRIなどの画像診断法によ り鑑別診断が可能となる3)。しかし、高齢になって の筋力減少と共に、神経症状による後肢の運動機能 の低下が見られるために、飼い主も老化によるもの か、病気であるかがわからず、かなり病状が進行し た後に動物病院に来院するケースも多い。遺伝学的 には様々な遺伝子がこの病気に関わっており、代表 的な遺伝子はSOD1とされている5) 近年、日本国内で飼育されている犬も10歳以上 が全体の38%を占め6)、高齢による運動機能不全も 深刻となっている。犬は、食餌の摂取カロリー量は 減少していなくても高齢になるほど消化吸収能力が 自然に低下し7)、そのため十分なエネルギーが各器 官や細胞にまで供給されない。その結果、筋肉量も 次第に減少し、筋力自体が衰える傾向にある8)。し たがって、加齢によって犬の運動能力は徐々に低下 し、後肢機能不全に陥り、やがては寝たきりに至る 症例も少なくない。 歩行困難となった犬は、日々の生活が制限され食 事の介護、運動、睡眠、排泄に至るまで影響し、衛 生状態も悪化する傾向にある9)。また、長期にわ たって安静にしているために、廃用性症候群10) いわれる状態となり、筋肉、特に四肢における姿勢 保持筋の削痩と筋力の低下、および廃用性筋萎縮11) により、寝たきりになる可能性が高くなる。寝たき りとなった犬は褥瘡12)が生じ、痛みを伴い、さら に感染が起こりQOLは著しく低下する13)。運動機 能不全に至った場合、自身のQOLが低下するだけ でなく、飼い主も犬の介護を行う負担が大きく、生 活は一変する9)。また、神経症状を伴い、寝たきり となった犬は飼育放棄されたり、安楽死に至るケー スもある14) このような運動機能不全の犬が、車椅子を使用し て歩行可能となることはあまり知られておらず、そ の普及率は日本だけでなく世界的にもまだまだ低 い。とくに欧米では歩行不能が原因で安楽死を行う ケース14)も多く、犬の車椅子に関して行われてい る研究はごく僅かに過ぎない。 本研究では、2000台以上の車椅子をオーダーメ イドで製作してきた車椅子製作工房と協力し、製作 時に犬がどのような健康状態であったのかを調べ、 使用することになった原因を解明し、使用する際の 個体の年齢、性別、犬種、体重などの傾向とその関 連性を7年間分のデータをもとに解析した。さら に、実際に使用をしている症例を検討することによ り、その使用状況や調整法、また使用頻度、使用前 後のQOLの変化についての検討を行った。そして、 これらの個体別調査および症例による結果を総合 し、犬の車椅子の有用性について考察を行った。 対象および方法 1.個体別調査 【犬の車椅子製作工房】大阪市住之江区にある 「工房スイーピー」において2019年7月および、 2019年12月に実際に訪問し、過去7年間にわたっ て保存されている個別調査票よりデータを記録し た。この工房では、犬の状態や体格に合わせてオー ダーメイドで車椅子を製作している為、データも豊 富にあり、購入後の使用率も高かった。データは、 あくまでも個体別調査ということで飼い主および被 検体の個人情報に関しては、取り扱いに細心の注意 を払い、一切公開していない。 【期間および対象】 2013年3月~2019年12月に 車椅子を製作した犬;2106頭を対象とした。 【調査内容】以下の項目について製作のための訪 問時における飼い主への聞き取りによって作成され た 調 査 票 に 基 づ い て デ ー タ を 収 集 記 録 し、 Microsoft社のエクセルソフトにて集計を行った。 ① 性別;雌雄の調査を行った。去勢、不妊手術の 有無については不明なものが大半であった。 ② 車椅子製作時の年齢;純系犬種およびペット ショップから購入された個体の場合は生年月 日、年齢は明らかではあるが、保護犬等は保護 した状況や歯列などによって判断され、飼い主 が述べた推定年齢となる。 ③ 犬種;純系犬種はその犬種名を表示し、テリア 系等は各犬種のn数が少ないためこれを一群と した。また、最近多い、純系同士の交配種およ

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びミックス犬に関してはすべてその他の犬とし た。 ④ 体重;工房訪問時に測定した個体と飼い主から の聞き取りによって行った。 ⑤ 原因;高齢による筋肉の衰え、事故等の外傷、 病気、先天性、脳神経学的な問題によるものな ど様々であったが、ここでは変性性脊髄症、椎 間板ヘルニア、事故、脊髄神経性、先天性、脳 機能障害、病気、その他に定義づけ分類をおこ なった。 ⑥ 車椅子の種類;製作された2輪(後肢運動機能 障害用、前肢自走型)(図1)と、もしくは4 輪(四肢運動機能障害用)(図2)のどちらが 提供されたかを調査した。 なお、統計学的な比較は、エクセル統計(Bell Curve社製)使用し、測定データの変数間の相関関 係は回帰分析を、調査内容項目間の比較はカイ二乗 検定を用い解析し、p<0.05を統計的に有意とみな した。 2.症例別調査 (症例1)トイプードル、13歳、4.5 kg、去勢済 み雄。2019年4月に飼い主宅の火災被害時より後 躯麻痺(正確な原因は獣医師診断も不明)。2019年 10月より後肢補助用2輪車椅子を使用開始し、 2020年3月まで経過を観察した。神経学的検査と して、固有位置感覚(-)、浅部痛覚(+)の兆候 がみられた。(図3) (症例2)ミックス犬、14歳、去勢済み雄。体重 約20 kg。2019年春季より老齢化に伴う姿勢保持筋 肉量の低下による歩様困難が生じてきた。症状は 徐々に進行してきたが、やがて排泄する前に立ち上 がったりすることも困難となってきた。やがて固有 位置感覚の消失傾向も見られ、ほぼ後躯麻痺状態。 浅部痛覚(+)であった。2019年9月より2輪車 椅子を使用開始~2020年3月まで経過を観察した。 図1 2輪後肢運動機能障害用車椅子 図2 4輪四肢運動機能障害用車椅子 図3 症例1

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(図4) 結果 <個体別調査結果> ① 性別;雄1238頭(59%)、雌865頭(41%)、不 明3頭であった。 ② 車椅子製作時の年齢;正確な年齢がわかってい る個体がn=471であり、1~19歳と幅広く分 布した。13歳(76頭)まで増加傾向にあり、 高齢になるとともに個体数は減少する(0~13 歳の回帰分析(R=0.857, p<0.01))。なお、年 齢分布は図5に示した。 ③ 犬種;車椅子を使用する犬種はn=2104個体が 明確であったが、2個体に関しては犬種不明で あ っ た。 ウ ェ ル シ ュ・ コ ー ギ ー734頭(34.8 %)、ダックスフント486頭(23.0%)が多く、 柴犬91頭(4.3%)、トイプードル69頭(3.3%) と続いたが、大型犬種は比較的少ない傾向に あった。なお犬種別分布は図6に示した。 ④ 体重;明確に調査できたのは726頭であり、平 均Ave=9.76 kg、最小値Min=1.3 kg、最大値 Max=60 kgであった。10 kg以下の個体が481 頭(66.2%)を占め、10 kg以上の個体と比較 すると有意に多いことが判明した(p<0.01)。 また、16 kg以下の個体は全体の89.3%にも上っ た(p<0.01)。なお体重分布は図7に示した。 ⑤ 原因;原因が明白に分かっている個体n=242 頭。犬種別の原因を図8に示した。また、ウェ 図4 症例2 図5 車椅子使用開始時の年齢 図6 犬種別使用状況

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ルシュ・コーギーおよび、ダックスフントにお ける原因を円グラフで表した(図9)。さらに 年齢との原因の関係をグラフで示した(図 10)。 ⑥ 車椅子の種類;製作された車椅子は2輪(n= 1583)と4輪(n=523)であり、有意に2輪 の使用の方が多かった(p<0.01)。また、使用 開始年齢と2輪、4輪の使用状況を図11に示 した。13歳を境に2輪と4輪の使用数が逆転 していることがわかる。13歳以下では有意に 2輪が多く(p<0.01)、14歳以上では有意に4 輪の使用が多くなっている(p<0.01)。 図7使用開始時の体重 図8 犬種と原因の関係 図9 ウェルシュ・コーギーとダックスフントの車椅子使用原因

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<症例別調査結果> 【症例1】 後肢運動機能不全になった原因は、火災発生後、 大量の噴煙を吸引したためか、打撲等によるものか わからなかった。かかりつけの獣医師によると中枢 性神経障害からくる後躯麻痺と診断された。発症当 初から固有位置感覚の消失傾向が見られ、ほとんど 前肢のみで自立歩行を行っていた。後肢は引きずる ために外傷が生じ、テーピンクをしたり、靴下を履 かせて擦過傷を予防していた。よって、散歩はほと んど飼い主が抱き上げて連れていき、排泄のために 地面におろし、そこで少しだけ前肢を使って移動を していた。2019年10月車椅子導入後、散歩の際、 朝夕30分程度使用しているうちに、数週間程度で 車椅子の使用にも慣れ、次第に、車椅子を使用して の歩行が可能となり、やがては走行するようになっ た。運動量が増え、それとともに食欲・活力も増 加、QOLは明らかに向上した。 【症例2】車椅子使用前は散歩も短距離、短時間 で非協調性歩様であり、屋内においても起立する 際、飼い主の介護が必要でスリングを使用して後肢 を持ち上げながら移動することが多くなっていた。 この時点ではまだ、前肢の機能、筋力は残存してお り何とか移動できる状態であったため後肢の機能が 完全に失われる前に車椅子の製作と使用に踏み切っ た。2019年9月に車椅子を導入した当初は、前肢 の筋力が回復していないことや、車椅子という医療 介助福祉機器にまだ慣れていないために緩徐な歩行 が可能となっただけであったが、犬としての自然な 起立姿勢を行うことができたために、排泄が容易と なった。1週間~10日ほど経過した時点では、車 椅子にも慣れ、自由に歩行し、前肢の筋力もついて きたために通常の散歩が可能となった。車椅子使用 約3週間後になると、起立姿勢や、自立動作が安定 してきたため、飼い主が散歩の際に車椅子をはずし て自立させてみたところ自力歩行をしただけでな く、自力走行が可能となった(図12)。 図11 年齢と2輪、4輪車椅子の関係 図10 年齢と原因の関係

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考察 本研究では、車椅子製作工房と協力し、製作時に 犬がどのような健康状態であったのかをまず調査し た。年齢においては、13歳まで使用件数は増加傾 向にあり、13歳でピークを迎え下降傾向にある。 このことは犬の寿命が14.44歳であり、13歳をすぎ ると次第に亡くなっていく個体が多いためと考えら れる。飼い主側も高齢化し、犬も10歳以上を占め る割合が38%と高齢化が進んでいる6)。したがって、 「老々介護」といわれるような高齢者とペットとの 関係を見据えた具体的な支援が必要と考えられ、お 互いのQOLをいかに維持するかが重要となる15) このように高齢の飼い主が高齢犬の車椅子の使用の 年齢傾向を考慮すると犬の運動機能を維持する上で も車椅子は有用であると考えられる。 犬種別状況の結果からウェルシュ・コーギーと ダックスフントの使用が全体の57.8%を占め、近年 遺伝的原因から歩行困難となる症例の増加傾向がこ こでも反映されている。ウェルシュ・コーギーの DMは一度発症すると、症状は不可逆的なことが多 く、年齢を経るにつれて運動機能障害が進行し、加 速度的に歩行が困難となる。図10の原因別、年齢 の推移を見てみるとDMに関しては車椅子の使用年 齢が10歳から急激に増加していることもこの病気 の特徴を表した結果となった。初期診断において は、他の神経学的な病気との鑑別診断が必要である が、SOD1という遺伝子がこのDMに関与している とされ、この遺伝診断も確定診断に導く一つのツー ルとして用いられている5)。SOD1遺伝子の突然変 異がSOD1変異型タンパク質を造成し、脊椎神経に 影響を及ぼすところまで解明されているが、DM発 症までの具体的なメカニズムは解明されていない5) 現在、大学や研究所レベルでの遺伝子解析と、遺伝 子検査を行うことが可能となっており、ある程度の DM発症の予測が可能となっている。また、人の ALS(Amyotrophic lateral sclerosis)と似ている 点も多く、DMはそのモデルとなり16)今後、原因 解明の端緒となることが期待されている。 また、ダックスフントの飼い主にとってIVDHは 避けては通ることが出来ない病気の一つである。こ の犬種においては椎間板関連の病気(Intervertebral disc disease:IVDD)になるリスクは他の犬種に比 べ て10-12倍 高 く、 椎 間 板 ヘ ル ニ ア の 鉱 化 (Mineralization)は46-48%で、生涯何らかの形で IVDDになる確率は19-24%と報告されている17) よって、この病気の特徴である神経症状、後肢の運 動機能不全となるリスクは高い。Ⅰ型の椎間板ヘル ニアは若年において、突然発症し、歩行が困難とな る場合が多く、飼い主の精神的なショックは計り知 れない。椎間板におけるヘルニアの発症箇所は様々 で、第1/第2頚椎間から第2/第3尾椎にいたる まですべての椎間で起こる3)。原因病巣部で脊髄神 経の圧迫が起こるため、原因病巣部位より以後の麻 痺により、運動機能障害が生じる。頚椎で起こると 前肢及び後肢が麻痺し、歩行困難となるだけでな く、寝たきりになり、腰椎で生じると後躯麻痺とな り、さらに重症化すると泌尿器系の神経も麻痺する ため自力排尿も困難となる18)。片側椎弓切除術や造窓 術などの外科的療法や内科的な緩和治療によって回復 するケースもあるが後遺症を残すケースも多い3)。ま た、IVDHは遺伝性疾患とも言われ、すでにFGF4 レトロ遺伝子によるものと解明されつつある。 CFA18上のFGF4遺伝子がCFA12上に逆転写酵素 により遺伝子座位のスプライシングが起こる際、 FGF4遺伝子の挿入が起こる。このことが骨異栄養 犬種の遺伝的表現型となっており、椎間板にも影響 を与えIVDHの原因になっていると考えられている2) このようにウェルシュ・コーギーとダックスフン トでは、遺伝的病因であるDM、およびIVDHの頻 発することが科学的エビデンスによって裏付けられ 図12 症例2 自力走行

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ている。今回、車椅子の使用がこの2犬種に集中し ていることがわかった。日本国内において、この2 犬種は、DM、IVDHの有病・発症率が高いという ことが他の調査結果5、19)でも示されている。すな わち、原因遺伝子を持つ個体も多く、これらの病気 が誘発され、運動機能障害に陥り、車椅子の使用に 至っていると考えられる。 次に、2輪車椅子と4輪車椅子の使用と年齢の関 係であるが、13歳を境に各々の使用件数が逆転し ている。すなわち、13歳までは2輪使用率が高く、 14歳以降は4輪の使用率が高くなっている。高齢 になるほど運動機能障害の症状が強くなり、前肢だ けでは立位を維持することができず、前肢も車椅子 によって支える必要があることがこのグラフ(図 11)から推測される。前述のような病気を発症して いなくても、犬も老化によって筋肉量が低下し、次 第に後肢が弱り、腰が上がりにくくなり、やがては 後躯運動不全となる。後肢不全はまた、前肢に対す る負担も増加させ、加齢に伴う運動機能の低下は 徐々に前肢にまで至り、やがては四肢運動不全症状 に転じ、この状態を放置すると寝たきり状態にもな りかねない。後躯運動不全の段階で2輪車椅子を使 用し、前肢の筋肉量を少しでも維持しておくことが 犬のQOLを維持する上でも重要である。 症例においては今回、小型犬であるトイプードル およびミックス犬種の中型犬との追跡調査を行っ た。症例1のトイプードルは車椅子使用前まで後肢 をほぼ引きずった状態で移動していたため、麻痺し ている後肢に擦過傷が生じ、排泄の際も汚染され、 QOLは決して良い状態とは言えなかった。だが、 後肢を補助する2輪の車椅子を使用することによっ て散歩時も自由に歩行することが可能となり、運動 量も増加し、食欲も増加し、QOLは好転した。 症例2のミックス犬種では、14歳という高齢の ため、徐々に筋肉量の低下を伴う運動機能障害を呈 していた。特に後肢の症状が顕著で、散歩の距離は 短くなり、歩行スピードも低下していた。この症例 は、完全に後躯麻痺になる前に、かろうじて自力歩 行できる状態で早期に車椅子を導入した症例であっ た。2019年9月から2輪車椅子を使用したことで、 散歩の距離・時間、歩行速度は劇的に向上し、全身 の健康状態も良くなった。それだけではなく、使用 3週間後には、運動機能が低下していた後肢にも改 善が見られ、車椅子なしでの自力歩行、および自力 走行までが可能となった。このことは筋肉量が完全 に低下してしまう前に車椅子を導入し、残された筋 力が回復するというリハビリテーションの役割を車 椅子が果たしたと推測される。2症例の結果から、 車椅子を使用することによって明らかに運動量が増 し、それによって筋肉量も増加し、排泄も容易に行 うことが可能となり、衛生状態も改善され、全体の QOLの向上につながったと考えられる。 ヒトにおける研究では、長期にわたって安静にす ることにより廃用性症候群10)といわれる状態とな り、全身の筋肉量・筋力ともに低下、特に四肢にお ける姿勢保持筋の削痩が起こり、廃用性筋萎縮11) に陥り、寝たきりになる可能性が高くなる。犬も同 様で、何らかの原因で後肢が麻痺もしくは運動機能 障害が一度生じてしまうと、著しい運動機能量の低 下が生じ、さらに動かないために廃用性症候群とな り、寝たきりになる率が高くなると推測される。寝 たきりなった場合、特に大型犬においての介護は労 力を要し、ヒトのように介護システムが確立されて いないために、飼育放棄されたり9)、安楽死に至る ケースもある14)。このような負のスパイラルに陥る 前に、運動機能障害となった犬に、早期に車椅子を 導入することが、犬および飼い主双方のQOLを維 持する意味でも重要である。ただし、車椅子はそれ ぞれの個体に適合したものでなければ擦過傷等によ り使用の継続は難しくなる。よって、既製品よりも オーダーメイドで個体別に製作されることが望まし い。 日本国内において人も犬も高齢化が進む中、高齢 者が犬を介護する状況も増加すると予測される。今 回、犬の車椅子の使用開始時の犬の個別情報を調査 し、2症例についての検討を行った。遺伝的な原因 や高齢により運動機能障害となった犬が車椅子を使 用することで歩行可能となることは、犬のみなら ず、飼い主の肉体的な健康状態、および精神状態も 向上させることができる9)。日本国内では、終生飼 養が義務付けられているために、どんなことがあっ てもその生命を終えるまで犬を介護し、飼養するこ とが飼い主の責任であるとされている20)。私たち人 が犬を飼う時、犬も高齢化することも考慮しなけれ ばならない。それ故、この車椅子の存在と効用が広 く一般にも周知され、犬が運動機能障害となった 際、早期に使用され犬のQOLが維持されることが 望まれる。 謝辞 ご多忙にもかかわらず、本研究にご協力していた だきました大阪市住之江区の「工房スイーピー」川

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西英治様、川西仁美様ご夫妻におかれましては、車 椅子を個々のオーダーメイドとして制作し、多くの 犬たち、飼い主さん方々をお助けくださり、この調 査を遂行するに当たっても、深いご理解とご協力を いただき本当にありがとうございました。症例報告 としてご協力くださいました葉山純子様と愛犬猪虎 (ちょこ)ちゃん、坂田光子様と愛犬ゆきおさんに 心よりの感謝を申し上げます。 尚、症例2にご協力いただきましたゆきおさんは 2020年3月15歳と4ヶ月の天寿を全うされました。 これまでの生涯を感謝するとともに、ご家族の平安 を心からお祈り申し上げます。 参考文献

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