1.はじめに
ルクセンブルク語は、ドイツ語中部方言の一つであ るモーゼルフランケン方言から発達した拡充言語であ り、文章語としての使用が始まった19世紀前半以降も 第二次世界大戦後に至るまでは主として話し言葉とし て使用されてきたため、現在のドイツ語諸方言に見ら れるような特徴を多く保持している。 例えば、ドイツ語圏南部地域の多くの方言では動 詞・助動詞の過去形が消失してしまったが、その現象 が見られる境界線のすぐ北にルクセンブルクが位置し ているため、ルクセンブルク語においては、助動詞も 含めて約30語の動詞が過去形を保持しているものの、 それ以外はすべて過去形を消失している。したがっ て、大多数の動詞において過去時制は、助動詞hunn/ sinn+過去分詞の形式で表される。 また、動詞の接続法に関しては、多くの方言におい て現在形に基づく接続法(標準ドイツ語の接続法第Ⅰ 式)が消失しており、いくつかの動詞において過去形、 あるいはかつて存在した過去形に基づく接続法(同 じく接続法第Ⅱ式)が残っているにすぎないが、これ はルクセンブルク語にも当てはまる。ルクセンブルク 語においては、中部諸方言や低地ドイツ語南部の諸方 言と同様、この過去形に基づく接続法が使用領域を広 げ、標準ドイツ語の接続法第Ⅰ式と第Ⅱ式が担うすべ ての用法に対応する。1 本稿の目的は、接続法の用法に関して見られるルク センブルク語と標準ドイツ語(以下、たんにドイツ語 と記す)の相違について、『くまのプーさん』のそれぞ れの翻訳版を対照することによって探ることである。 筆者(Tamura 2009)はすでに『星の王子さま』の翻訳 版に基づき、ルクセンブルク語とドイツ語の接続法の 用法上の相違について論じたが、今回はその結果を踏 まえ、認識動詞「知る」に支配される従属節での接続 法の用法に焦点を当てる。 認識内容を表す間接話法における接続法の用法につ いては、これまであまり論じられなかったように思え る。本稿では一つの文学作品に立脚して、文脈も考慮 しながらその実際の用例を詳しく分析したい。 本論の前に、まずルクセンブルク語接続法の形態的 な特徴について述べ、次いでTamura(2009)の研究結 果を紹介する。2.ルクセンブルク語接続法の形態
2 上述のように、ルクセンブルク語では限られた動詞 のみが過去形をもつ。それらの多くは、本来属していた 類に関わりなく、強変化動詞第2類(中高ドイツ語「曲 がる」の例:biegen – bouc – bugen – gebogen)に従って 過去形の語幹母音が-o(u)-となるが、接続法の語幹母音 は、この過去形のウムラウト形に基づく-é(i)-となる。 例として以下に、ドイツ語ziehen「引く」、liegen「横 たわっている」、stehen「立っている」に対応する動詞 を挙げる。括弧内に本来の強変化の類も示す。 不定詞 - 過去(1.Sg.) - 接続法(1.Sg.) zéien - zouch - zéich (第2類) leien - louch - léich (第5類) stoen - sto(u)ng - sté(i)ng (第6類) 強変化動詞に由来しない動詞でも、このパターンに 従うか、あるいは過去形と関係なく接続法に -é(i)- を とるものが若干存在する。ここではwëssen「知る」と wëllen「欲する」の例をあげる(上と同じ順序)。『くまのプーさん』におけるルクセンブルク語とドイツ語の接続法
― 動詞「知る」を受ける間接話法を中心に ―
田村 建一
日本語教育講座The Subjunctive Usage of Luxembourgish and German
in their Translations of “Winnie-the-Pooh”:
The Indirect Narration Governed by the Verb ‘Know’
Kenichi TAMURA
wëssen - wo(u)sst - wéisst wëllen - wollt - wéilt
また、過去形はもたないが接続法をもつ動詞も存在 し、反対に、過去形はもつが接続法をもたない動詞も 存在する。それぞれに該当する例として schlofen「眠 る」とsoen「言う」の例を挙げる(上と同じ順序)。 schlofen - - schléif soen - sot - 接続法をもたない動詞は、次の例のように、ginn「与 える」の接続法géif/gif+不定詞、またはgoen「行く」 の接続法 géing/ging +不定詞による迂言形を用いる。 これは次の例文に見られるように、ドイツ語の würde +不定詞に相当する。以下、例文等の前のLはルクセ ンブルク語を、Dはドイツ語を指す。
L : Géif en dach nëmme léieren! (D : Würde er doch nur lernen!)
「彼が勉強さえしてくれればいいのに。」 (Schanen/Zimmer 2005: 46) 迂言形による接続法で用いられる助動詞には上記の ように4つの変異形(géif/gif/géing/ging)が見られる が、このほかに kënnen「できる」の接続法も kënnt と kéintの二つ、またsinn「~である」の接続法もwierと wärの二つの変異形をもっている。これらの助動詞や 動詞の変異形の選択に何らかの社会的要因が関わるの かどうかは不明である。 Schanen/Zimmer(2005: 46)によれば、迂言形による 接続法の助動詞としては、ほかにdoen/dunn/dinn「す る」の接続法であるdéitもあるが、筆者がこれまで調 査した文学作品には現れない。3 上述のように、ルクセンブルク語の動詞は現在形に 基づく接続法を失ってしまったのであるが、例外的に sinn「~である」の現在形に基づく接続法sief(D: sei) だけが残存し、要求や認容などの用法に生産的に用い られる。
3.『星の王子さま』における接続法の用法
拙論(Tamura 2009)では、サンテグジュペリの『星 の王子さま』のフランス語原文(Saint-Exupéry 2003) とルクセンブルク語版(Braun訳、2002)4、ドイツ語版 (Leitgeb/Leitgeb訳、2001)を対象に、これら三言語に おける接続法の用法のうち主として間接話法の用法の 違いを分析した。以下にその結果を要約するが、本稿 との関連から、ルクセンブルク語とドイツ語に絞って 記述する。 接続法の使用は文脈や構文に左右されると予想され るため、分析の対象は、両言語が同じ原文からの翻訳 において同じ構文をとる場合に限定した。したがっ て、以下の例のように主節の動詞「思う」が従属節を 支配する場合(ルクセンブルク語)とzu不定詞句を支 配する場合(ドイツ語)は、別構文と見なし、分析の 対象から外した。以下の引用にさいして、例文の後の 括弧内の数字は、それぞれの翻訳版の掲載頁を、例文 中の下線部は接続法をとる動詞句を示す。また、日本 語訳は筆者による。 (1) 「私は夢を見ているのだと思いました。」 L : ech hu gemengt, ech géif dreemen. (80) D : ich glaubte zu träumen. (77)他方、次の例のように従属節内の構文が異なってい ても、主節の動詞「知る」がともに従属節を支配して いる場合は文全体として同じ構文と見なし分析の対象 とした。ここではルクセンブルク語が接続法を、ドイ ツ語が直説法をとっている。 (2) 「私は彼に質問しても無駄だと知りました。」(ル クセンブルク語版に基づく)
L : Ech wousst, datt et keen Zweck hätt, fir en eppes ze froen. (77)
D : Ich wußte gut, daß man ihn nicht fragen durfte. (75)5 分析は主として、両言語においてどのような種類の 動詞に支配される従属節で接続法が用いられるのか、 という観点から行われた。動詞は以下の三つに類別し た。 ・発話動詞 発話内容を表す動詞(「言う」「尋ねる」「説明す る」など) ・思考動詞 思考や感情の内容を表す動詞(「思う」「感じる」 「恐れる」「望む」など) ・認識動詞 知識や認識の内容を表す動詞(「知る」「わかる」 「気がつく」「確かめる」など) ルクセンブルク語とドイツ語が同じ構文をとる文の 中で使用された接続法(主として間接話法)の数は以 下のとおりであった。括弧内には主節の動詞の種類ご との数を示す。6 ルクセンブルク語 28(思考13、認識11、発話4) ドイツ語 15(思考9、発話5、目的17)
この中でルクセンブルク語、ドイツ語ともに接続法 を使用する例は12例である。したがって、ルクセンブ ルク語だけが接続法をとる例が16例、ドイツ語だけが 接続法をとる例が3例あることになる。この結果から、 接続法の使用は全体としてルクセンブルク語の方が圧 倒的に多いことがわかる。その用法を見ると、認識を 表す動詞を受ける場合にドイツ語では接続法が使われ ないのに対し、ルクセンブルク語ではよく使用される ことが目につく。 ルクセンブルク語版で従属節に接続法が使用される 場合の主節の認識動詞(計11例)のうち、もっとも使 用が多かったのはwëssen(知る、知っている)である (6例)。8 前出の例(2)ではルクセンブルク語のwëssen に対してドイツ語のwissenが対応しているが、なかに は次の例(3)のように、wissen以外の動詞(ここでは verstehen)が対応する場合もある。Tamura(2009)で は、対応する動詞の意味の等価性を考慮したうえで、 この場合も同じ構文と見なした。 (3) 「彼がどこから来ているのか私にわかるまで、 長い時間が必要でした。」
L : Ech hu laang Zäit gebraucht, bis ech wousst, vu wou en hierkéim. (15)
D : Ich brauchte lange Zeit, um zu verstehen, woher er kam. (8) 『星の王子さま』の翻訳版の対照を通して、ルクセ ンブルク語の特徴が認識動詞を受ける従属節での接続 法の使用にあることがわかった。この特徴が他の文学 作品にも当てはまるのかどうか、また、接続法と直説 法の使い分けに関する原則があるのか、あるとすれば ルクセンブルク語とドイツ語とではどのように異なる のか、本稿では『くまのプーさん』の翻訳版を対象に、 特に動詞「知る」を受ける従属節の分析を通して明ら かにしたい。
4.『くまのプーさん』における接続法の用法
4.1 ルクセンブルク語による翻訳作品 ルクセンブルク語、ドイツ語、フランス語の三言語 を公用語とするルクセンブルクでは、これら三言語の 修得が学校教育の最重要課題とされている。そのため 学校では、他国のカリキュラムと比べて言語科目の時 間数が多いだけでなく、初等教育では主としてドイツ 語が、中等教育後期からはフランス語も、授業媒介言 語として使用される。9 すなわち、ルクセンブルクの 子どもたちはまずドイツ語を通してリテラシーを獲得 するのであり、外国の文学もドイツ語を通して読むこ とができるのである。そのため他言語の文学作品がル クセンブルク語に翻訳されることは非常に珍しく、ド イツ語との対照研究にふさわしい翻訳作品の数は限ら れている。 『星の王子さま』とともに、『くまのプーさん』10のル クセンブルク語版(Wickens 訳、2001)は、そうした 数少ない翻訳作品の一つである。翻訳者の Wickens 氏 は、翻訳書の後書き(170-1 頁)によれば、英語圏出 身のルクセンブルク住民であり、ルクセンブルク生ま れの三番目の息子さんが7歳になったのを機に、息子 さんに読み聞かせるため、また外国人住民の統合に力 を注いでいる学校関係者たちへの感謝の気持ちをこめ て、この翻訳を行ったとのことである。それゆえ、ル クセンブルク語版『くまのプーさん』は、非母語話者 による翻訳書ということになるが、もちろん母語話者 のチェックを受けているとのことである。 4.2 間接話法の接続法の使用数 ルクセンブルク語版とドイツ語版の『くまのプーさ ん』を対象に、両言語で同じ構文をとる文における間 接話法での接続法の使用数とその主節の動詞の種類を 調べた結果、下記のとおりになった。11 本稿では、用 例のきわめて少ない要求話法の接続法については考察 しない。また、この作品では一つの主節が二つ以上の 従属節を支配する例がいくつかあるが、注6で説明し た『星の王子さま』の分析方法とは異なり、本稿では 主節の動詞を基準に数える。12 ・ルクセンブルク語とドイツ語の双方が接続法を使用 する例:計51例 (動詞ごとの用例数は原則として2例以上のもののみ 挙げる) 発話29: soen(言う)23 erklären(説明する)2 13 思考14: mengen(思う)6 denken(考える)5 sech froen(考える)2 14 認識 7 : wëssen(知る)5 15 その他 1 :erlaben(許す) ・ルクセンブルク語が接続法を、ドイツ語が直説法を 使用する例:計51例 (動詞ごとの用例数は2例以上の動詞のみ挙げる) 発話 8 : soen(言う)4 froen(尋ねる)3 16 思考20:mengen(思う)6 sech froen(考える)4 denken(考える)3 17 認識20: wëssen(知る)8 kucken(見る)6 18 その他 3:waarden(待つ)3・ドイツ語が接続法を、ルクセンブルク語が直説法を 使用する例:計3例 (すべての動詞の用例数を挙げる) 発話 2:soen(言う)、verzielen(語る) 認識 1:wëssen(知る) 以上の三つの場合を総合して計算すると、言語と動 詞の種類別の接続法の使用数は次のとおりである。 ルクセンブルク語 計102例(発話37、思考34、認識27、その他4) ドイツ語 計54例(発話31、思考14、認識8、その他1) ここから間接話法の接続法の使用数はルクセンブル ク語の方が圧倒的に多いことがわかるが、興味深いこ とに両言語の使用数の割合は『星の王子さま』とほぼ 同じである(およそ2:1)。 主節の動詞の種類に注目すると、思考動詞と認識動 詞を受ける場合の相違が大きいことがわかる。また、 ドイツ語版『星の王子さま』では見られなかった認識 動詞を受ける接続法が、ドイツ語版『くまのプーさん』 では見られる。思考動詞については別稿で改めて検討 することとし、本稿では動詞「知る」に焦点を当てて、 両言語における認識動詞を受ける接続法の用法の違い について考察する。 4.3 「知る」を受ける従属節内の接続法 「~であることを知った」「~かどうか知りたい」な どのような、動詞「知る」が主節に使われる構文の従 属節で接続法を使用するかどうかという選択にはどの ような要因が関わるのであろうか。以下、用例の分析 を通してこの問いについて検討していく。 なお、主節の動詞の違いによって接続法使用の傾向 に影響が出る可能性もあるので、Tamura(2009)で採 られた分析方法とは異なり、本稿では基本的にルクセ ンブルク語の wëssen に対しドイツ語で wissen が対応 する用例を分析の対象とし、補足的に他の用例も参考 にする。 4.3.1 両言語とも接続法を使う用例 上述のようにルクセンブルク語、ドイツ語ともに接 続法をとる場合に主節で動詞「知る」が使われている 例は5つある。その用例は以下のとおりである。日本 語訳はルクセンブルク語版に基づく。また、訳文にお いて従属節の内容を表す部分に下線を引く。 (4) 「何と言ったらいいのか、彼[コブタ]にはわか りませんでした。」
L : hie wousst net, wat e sollt soen. (95)
D : Ferkel ... wusste nicht, was es sagen sollte. (90–91) (5) 「冒険が始まるのだと、彼[プー]にはわかりま
した。」
L : ... wousst en, dass et en Abenteuer géif ginn. (118) D : ... wusste er, dass ein Abenteuer passieren würde,
(113)
(6) 「洪水のときに何をしなくちゃいけないか、彼 女[フクロウ]ならきっと知っているだろう。」 L : Si géif bestëmmt wëssen, wéi ee sech am Fall vun
enger Iwwerschwemmung am beschte géif uleeën. (140)
D : Sie wüsste, was man tun müsste, wenn man von Wasser umgeben ist. (132)
(7) 「あの瓶を再び見ることはないと彼[コブタ]は 急に覚りました。」
L : op eemol wousst en, dass en d’Fläsch ni géif erëm-gesinn, (141)
D : dann wusste es plötzlich, dass es die Flasche nie wieder sehen würde (135)
(8) (カンガルーのせりふ)「それ[水風呂に入るこ と]がいい考えかどうか私にはわからないけど、」 L : Ech weess net, ... ob et net vläicht eng gutt Iddi
wier., (112)
D : Ich weiß gar nicht mal, ... ob es nicht eine gute Idee wäre, (106) 従属節が表す内容を見ると、(8)を除くすべての例 において主節の動詞が表す時点よりも後に行われたり 生じたりする行為や事態(以下、未然の事態とよぶ) を表していることがわかる。未然の事態とはまだ現実 化されていないものであるため、現実から距離を置く 接続法が使われやすいと考えられる。 それに対して例(8)の従属節だけは、主節(現在形) と同じ時点の状況を表しており、この点で他の例と異 なるが、さらに主節が否定文であるという点も他の例 と異なっている。主節の動詞「知る」が否定されるこ とにより、従属節が「知らない」ことの内容を表すこ とになり、このために接続法を用いているとも考えら れる。主節動詞句の極性(肯定・否定)と従属節の接 続法選択との関連については後にも触れる。また、例 (8)のもつ特殊な文脈についても後に触れる。 4.3.2 ルクセンブルク語のみ接続法を使う用例 主節の動詞「知る」を受ける従属節で、ルクセンブ ルク語では接続法が、他方ドイツ語では直説法が使わ れる例は以下の8つである。
(9) 「待ち伏せとは何のことか、やっとわかった プーは、」
L : De Pu – deen elo wousst, wat eng Embuscade wier, (127)
D : Pu, der jetzt wusste, was ein Hinterhalt war, (121) (10) 「他の動物たちがみんな、それがプーのための
特別なパーティであることを知っているのかどう か[プーは考え始めました。]」
L : ... ob alleguer déi aner Déiere géife wëssen, dass et eng extra Pu-Party wier, (156)
D : ... ob all die anderen Tiere wussten, dass es eine spezielle Pu-Party war, (148)
(11) 「それが何を意味するのかも、彼[プー]にはわ かりました。」
L : e wousst och, wat et géif bedeiten: (71) D : er wusste, was es bedeutete. (68)
(12) (カンガルーのせりふ)「私はそれがコブタなは ずはないって知っていました。」
L : Ech hu jo gewosst, dass et Tinnchen net wier, (115) D : Ich wusste doch, dass es nicht Ferkel sein kann.
(109)
(13) 「ある物が何センチあるのか、誰かが知りたく なったとき」
L : fir de Fall, dass ee gär wéisst, wéivill Zantimeter dass eppes wier, (166)
D : falls man wissen wollte, wie viele Zentimeter lang alles war, (157)
(14) 「ときどき彼[ロバ]にも、自分が何について考 えているのか、よくわからないのでした。」 L : a mol wousst en net richteg, u wat e géif denken.
(53)
D : ... wusste er nicht so recht, worüber er nachdachte. (49)
(15) 「彼ら[カンガルー親子]がどこから来ているの か、誰も知らないようでした。」
L : Et wousst anscheinend keen, vu wou dass si kéi-men, (98)
D : Niemand schien zu wissen, woher sie kamen, (94) (16) 「何の話をしているのかほんとうはわからずに
[プーは返事をしました。]」
L : ouni wierklech ze wëssen, wourëm et géif goen. (59)
D : ohne wirklich zu wissen, worüber Eule sprach. (57)
(9)から(16)の用例の従属節の内容を見ると、す べての例において、主節で表されている時点から見て 同時の事態が表されている。このような場合、ルクセ ンブルク語では接続法が使われ、ドイツ語では直説法 が使われる例が多いことが確認できる。 この中で、例(14)(15)は主節が否定文であり、 (16)も従属節を支配する動詞句(L: ouni ze wëssen/D: ohne zu wissen)が否定の内容を表している。これらは ともに「知らない」ことの内容を表すという点で上の 例(8)と同じである。しかし、(8)と異なりドイツ語 では直説法が用いられている。この点に関しては、以 下のような、(8)の文のもつ特殊な文脈のため、(8) を例外とすべきである。すなわち(8)は、カンガルー が自分の息子ルーに扮したコブタに仕返しをするつも りで、わざとだまされたふりをしてコブタを水風呂に 入れようとするときに発したせりふである。つまり話 し手は相手が嫌がることをしようとしているわけであ り、その意味で「それ[水風呂に入ること]がいい考 えかどうかわからない。」というのは明らかに皮肉であ る。この場面での接続法の使用は、こうした話し手の 心理状態を反映するものであると考えられる。 4.3.3. ドイツ語のみ接続法を使う用例 前節とは反対に、ドイツ語では接続法が使われるの に対してルクセンブルク語で直説法が使われる用例は 次の1例だけである。 (17) 「一組の紐がいつ役に立つことになるか、わか りません。」
L : et weess ee jo ni, wéini dass een eng Ficelle ka gebrauchen. (165)
D : man weiß ja nie, wann ein Stück Bindfaden sich als nützlich erweisen könnte. (157)
この文の従属節は未然の事態を表しており、ドイツ 語で接続法が使われるのは、上述の例(4)~(7)の 場合と同じである。しかし、ルクセンブルク語で直説 法が使われているのは、これまで見てきた条件から説 明がつかない。主節が否定文であることも考慮に入れ ると、ルクセンブルク語としてはかなり例外的な例で あるといえる。 4.3.4 両言語ともに直説法を使う用例 最後に、同じ構文の間でルクセンブルク語、ドイツ 語ともに、主節の動詞「知る」を受ける従属節におい て直説法を使用している用例を考察する。その場合の 従属節は間接疑問文であることが多いのであるが、次 のような例は文脈を確認したうえで関係節と見なし、 考察の対象から外した。
(18) 「君に僕の言っていることがわかるなら、」19 L : wanns de weess, wat ech mengen, (98) D : wenn du weißt, was ich meine, (94)
動詞「知る」を受ける従属節で両言語がともに直説 法を用いる例は、以下の 8 つである。例(19)では動 詞「知る」が2つ使用されているが、このうち日本語訳 の「カンガルーが知るために」に対応する部分は、ル クセンブルク語とドイツ語では接続詞(L: fir dass/D: damit)に導かれる目的節である。目的節は、たとえ接 続法が使用される場合でも、それは要求話法に当たる ので、本稿においては考察の対象としない。20 (19) 「ルー坊やがどこにいるのか、私たちが知って いるということを、カンガルーが知るために[私 たちはアハと言うのです。]」
L : fir dass d’Kängu weess, dass mir wëssen, wou de klenge Ru ass. (101)
D : damit Känga weiß, dass wir wissen, wo Klein Ruh ist. (96)
(20) 「私はそれが自分ではないことを知っていまし た。」
L : ech wousst, dass ech dat net wor. (37) D : ich wusste, dass ich nicht derjenige war. (35) (21) 「そこに何が入っているか、ぼく知ってるよ。」
L : Ech weess, wat dran ass! (165) D : Ich weiß, was es ist. (156)
(22) (フクロウがプーに言う)「待ち伏せとは何か、 君は知らないの?」
L : weess de net emol, wat eng Embuscade ass? (126) D : weißßßt du etwa nicht, wasss ein Hinterhalt issst?
(120) 21
(23) (ウサギがプーに言う)「森がどんな所か、君 知ってるよね。」
L : Du weess jo, wéi et hei am Bësch ass. (34) D : Du weißt, wie es im Wald ist. (33)
(24) 「君たちはきっとまだ、彼[プー]がどうやって ノースポールを発見したか知っていることでしょ う。」22
L : Dir wësst bestëmmt nach, wéi en den Nordpoul entdeckt huet. (142)
D : Du weißt ja noch, wie er den Nordpohl entdeckt hatte; (135)
(25) 「ぼくはそこに蜂蜜の瓶が一本あったことを
知っている。」
L : ech weess, dass ech e Glas Hunneg do stoen hat. (71)
D : Ich weiß, dass ich hier einen Topf mit Honig hatte. (68)
(26) 「それが誰だったか、私たちはみんな知ってい ます。」
L : mir wëssen alleguer, wien dass et wor, (162) D : wir wissen alle, wer es war, (155)
これらの従属節の内容を見ると、これまでとは異な り、主節で表されている時点から見てすでに行われた か存在していた過去の事態(以下、既然の事態とよぶ) が表されている例があることに気がつく。(24)(25) (26)の3例がそれに該当する。これらの例はすべて主 節が肯定文であるということもあり、事態の現実性が 非常に高く捉えられていると考えられる。 既然の事態を表す場合の直説法の使用は、両言語間 で構文が一致しない場合のルクセンブルク語の例から も探し出すことができる。次の二つの用例がそれに該 当する。 (27) 「彼女[カンガルー]は何が起こったのかわかり ました。」
L : ... wousst hatt, wat geschitt wor. (111)
(28) 「彼[プー]がそれを発見したのかどうか、私、 にはもうわかりませんが、」
L : Ob hien deen och entdeckt huet, weess ech zwar net méi; (142) このうち例(28)は、主節が否定文であり、本来な ら現実性の低い「知らない」内容を表すにもかかわら ず直説法が用いられている点で注目に値する。知識や 認識の内容が既然の事態に関わる場合には、ルクセン ブルク語においてすら接続法を使用しにくくなると考 えられるが、さらに後述するように、この文の主節の 主語が一人称であることも直説法の使用に影響してい るであろう。23 4.3.5 地の文とせりふ ここまでは、従属節の表す事態が主節の表す時点か ら見て未然か同時か既然かという観点を中心に、主節 が肯定文か否定文かという観点も加えて用例を考察し てきた。さらに別の観点を加えて考察をしてみたい。 両言語ともに直説法が使われる例(19)~(26)の 中で、上記(24)(25)(26)の 3 例を除く 5 例は、主 節の動詞が表す時点から見て同時の事態が表されてい る。上述のように、ルクセンブルク語では主節と同時
の事態を表す場合は、接続法も用いられる。それでは、 例(9)~(16)のように接続法が用いられる場合と、 例(19)~(23)のように直説法が用いられる場合と では、どのような違いが見られるのであろうか。意味 と文体の両面から考察してみたい。 まず意味の面であるが、第一に、すでに指摘したよ うに、接続法の用例の中で(14)(15)(16)の3例は、 従属節を支配する動詞句が否定形をとるか、あるいは 否定の意味を帯びており、従属節は「知らない」こと の内容を表している。そのためこれらの例は、現実か ら距離を置く接続法が使用されやすいと考えられる。 問題は、接続法をとる他の5つの用例と直説法をとる 用例との違いである。 そこで第二に、直説法の用例の方に注目すると、す べて主節の主語が一人称(例19、20、21)か、二人称 (例22、23)である。一人称の場合、話し手自身が知っ ていること、例えば(21)では「そこに何が入ってい るか」ということは、話し手自身にとって現実性が高 いと捉えられるであろう。同様に、主節の主語が二人 称の場合、従属節が表すのは、例えば(23)であれば 「森がどんな所か」を知っている話し手ウサギのもって いる知識の内容である。したがって、上と同様、従属 節の内容は現実性が高いと捉えられるであろう。直説 法の使用は、この現実性の高さと関係していると考え られる。 次に文体の面からの考察を行う。上の第二の点と密 接に関わるが、主節の主語が一人称または二人称であ る用例は、(24)および(25)をのぞき、すべて登場人 物(多くは動物たち)のせりふである。これに対し、 接続法が使用されている用例は、例(12)をのぞきす べて地の文であり、主節の主語が三人称である。 物語文においては、地の文と比べてせりふの文が話 し言葉の特徴を帯びるのがふつうであるが、『くまの プーさん』においてもそれが当てはまると考えられる。 すなわち、文章語では接続法が使われる場合であって も、それが日常の話し言葉の中では使われないのであ れば、そうした傾向が物語のせりふの部分に反映され ると考えられるのである。 両言語間で構文上の一致がない用例(主節と同時の 事態の例)の中でも、次のようにせりふの文では従属 節に直説法が使用される。 (29) (プーがフクロウに言う)「ぼくがもう話を聞い てないことをどうして知ってるの。」
L : wouhier weess du, dass ech net schonn nolauschte-ren? (124) ただし、ルクセンブルク語のせりふの文がすべて直 説法をとるわけではなく、上でも触れた例(12)(下に 再掲する)のように、せりふの文であっても接続法を とる場合もある。 (12) (カンガルーのせりふ)「私はそれがコブタなは ずはないって知っていました。」(L 115、D 109) しかし、この文の内容はかなり特殊なものであり、 文脈なしに読めば、カンガルーが自分の知っていた内 容をそのまま記しているように解釈されてしまうが、 じっさいには、自分が家に連れ帰ったのが子どもの ルーではなくコブタであることにとうに気づいていた カンガルーが、今度は自分からコブタたちをだまそう と思って、わざと真実とは異なることを言っているの である。4.3.2節で扱った例(8)の場合と同様、話し手 のこうした心理が接続法の使用と関連する可能性が高 いと考えられる。 一方、構文間で対応しない場合のルクセンブルク語 の用例も参照すると、次のように地の文であって、か つ主節が表す時点と同時の事態が表現される場合で あっても、例(9)~(13)のように接続法ではなく、 直説法が使用される例もわずかではあるが存在する。 (30) 「プーは、泥がたくさんあると知っている場所 へ行きました。」
L : de Winni-Pu ass op eng Plaz gaangen, wou e wousst, dass vill Bulli wor, (22)
したがって、接続法と直説法の選択に関わる要因が あるとしても、それに合致せず、説明がつかない用例 も存在することを認めなければならない。ここまで考 察された内容を次節で整理する。
5.まとめ
『くまのプーさん』のルクセンブルク語版とドイツ語 版で使用される接続法の用例を分析した結果、以下の ことが明らかになった。 まず、ドイツ語と比べてルクセンブルク語は接続法 の使用が圧倒的に多く、およそ二倍使用している。こ れは『星の王子さま』に基づく分析と同じ結果であっ た。主節の動詞の種類ごとに見ると、発話動詞におい てはあまり差が見られないが、思考動詞と認識動詞に おいてはルクセンブルク語の方が接続法をはるかに多 く使用している。 次に、認識動詞の中でもっとも使用頻度の高い動詞 である「知る」に焦点を当てて、両言語の用例を分析 し、それぞれの言語の接続法・直説法の選択に関わる 要因について考察した結果、次の三つの要因が関わる ことが示された。 A.従属節が表す事態の時間関係(主節の表す時点から見て未然か、同時か、既然か) B.文体(地の文かせりふか) C.動詞「知る」の極性(肯定・否定) AとBの条件に基づいて、『くまのプーさん』におけ るルクセンブルク語とドイツ語の接続法使用の大まか な実態を示せば、以下のような図式になるであろう。 図において「接」は接続法の、「直」は直説法の使用を 指し、また「地」は地の文、「せ」はせりふを指す。 Aの条件 ルクセンブルク語 ドイツ語 未然 接 接 同時 接(地)/直(せ) 直 既然 直 直 この図式から明らかになるのは、両言語とも未然の 事態が表現される場合には基本的に接続法が使われ、 既然の事態が表現される場合には直説法が使われると いうことである。違いが現れるのは、主節と同時の事 態が表現される場合であり、そのさいドイツ語が直説 法を基本とするのに対して、ルクセンブルク語では地 の文で接続法、せりふで直説法という使い分けが見ら れる。 この図式に合わない例は以下のように説明される。 まずドイツ語についてであるが、Aの条件が同時なら ば原則として直説法が使われるが、例(8)のように主 節が否定形の場合には接続法が使われる。 この同じ例がルクセンブルク語においても例外的な 事例となっている。すなわち、主節と同時の事態を表 すせりふの文でありながら、接続法が使われているの であるが、やはり主節が否定文であることが要因であ ると考えられる。このように接続法・直説法の選択に は、上の図式に加えてさらに極性(肯定・否定)が関 わるのである。 主節と同時の事態を表すせりふでありながら接続法 が使われる、ルクセンブルク語のもう一つの例外であ る(12)の特殊性については、4.3.5節で説明したとお りである。 以上、たったひとつの作品に基づく分析であり、用 例数も限られたものでしかないが、動詞「知る」を受 ける間接話法におけるルクセンブルク語とドイツ語の 接続法使用上の相違について考察し、それぞれの言語 においてどんな条件の下で接続法が使用されやすくな るかという原則を本稿で示せたと考える。 この原則が、ルクセンブルク語とドイツ語の他の文 学作品においても当てはまるのかどうか、今後の研究 課題として取り組みたい。
注
1 ドイツ語諸方言の接続法については、Keller(1979)、Saltveit (1983)、Russ(1989)を参照。 2 この節の記述は、Bruch(1973: 79-82)と Schanen/Zimmer (2005: 43-49, 88-92)に基づく。 3 ヘッセン、プファルツ、チューリンゲン、上部ザクセン、上 部オーストリア、ダルムシュタットなどのドイツ語諸方言 においては、tun の接続法第Ⅱ式+不定詞が見られる(Cf. Keller 1961; Russ 1989)。 4 日刊紙Luxemburger Wortのウェッブ版によると、『星の王子 さま』のルクセンブルク語への翻訳者である Josy Braun 氏 は、本稿執筆の直前にあたる 2012 年 8 月 4 日に亡くなられ た。Braun氏は1938年生まれで、長らくジャーナリストとし て活動した後、1991年からフリーの作家として多くの作品 を著した。ルクセンブルクを代表する作家であった。 5 ドイツ語版は2001年印刷のものを用いているが、旧正書法 で書かれている。 6 Tamura(2009: 27-29)で示した表を基に、ルクセンブルク 語とドイツ語だけの対照に限定して数え直したが、そのさ い判明した誤り(構文上の不一致)の例を一つ削除した。ま た、ルクセンブルク語版において、主節の動詞 wëssenが二 つの従属節を支配し、そのそれぞれで接続法が使われてい る例が一つだけあり(30頁)、Tamura(2009)ではそれぞれ の従属節を接続法の例として数えた。各例の掲載頁は以下 のとおりである。 ルクセンブルク語版(計28例) 思考: 15、21、26、28、31、31、34、36、37、66、72、 80、84 認識:11、15、18、21、30、30、31、46、49、77、86 発話:9、14、15、78 ドイツ語版(計15例) 思考:15、21、22、25、29、31、33、63、71 発話:1、6、18、76、84 目的:18 7 接続詞damitに導かれる目的節での使用を指す。 8 他は以下の動詞が 1 例ずつである:verstoen(理解する)、 kapéieren(理解する)、sech erklären(理解する)、sech bewosst ginn(わかる)、an Uecht halen(気がつく)。9 ルクセンブルクの言語教育の詳細については、田村(2010) を参照。 10 原文の英語版が発表されたのは1926年。本稿で参考にした 原文は、Milne(2005)である。 11 分析の対象は第 1 章から第 10 章までで、前書きや後書きは 含まれない。 12 例えば次のルクセンブルク語の例では、動詞soen(言う)の 過去形 sot に支配される従属節で接続法をとる三つの動詞 が使用されているが、接続法の例としては一つとして数え る。
Den Tinnche sot, dat wier zwar eng ganz gutt Fal, mä wat wier, wann et scho géif reenen? (66)
「それは確かにとてもいい罠だけど、もしすでに雨が降って いたらどうなるのか、とコブタが言いました。」 13 他にfroen(尋ねる)、weisen(示す)、himeckeren(ぐちを言 う)、mengen(言う)。 ここに挙げた最後のmengenは、多くは「思う」の意味で使 用されているが、1例だけ「言う」の意味で使用されていた。 14 他にsech berouegen(~と安心する)。
15 他にagesinn(見る)、kucken(見る)。 16 他にweisen(示す)。 17 他にnodenken(よく考える)、décidéieren(決めつける)、sech iwwerleeën(よく考える)、wëllen(望む)、traureg sinn(悲 しく思う)。 18 他に gesinn(見る)、verstoen(理解する)、mierken(気が つく)、anuechthalen(気がつく)、sécher sinn(確かめる)、 feststellen(確かめる)。
19 この他、wat ech der gëschter gesot hunn (L 113)「きのう私が あなたに言ったこと」などがある。
20 そもそも『くまのプーさん』の中で接続法が用いられる目 的節は、ルクセンブルク語、ドイツ語ともにほとんど見ら れない。1例だけ、ルクセンブルク語に次のような例(L 91) があるが、接続法とも直説法過去形とも解釈できる。 Hien huet de Ballon ganz fest gehalen, fir dass deen net sollt
fortfléien,「彼[コブタ]は風船が飛んでいってしまわない ように、それをしっかりと押さえました。」 21 フクロウの話し方の特徴を示す issst などの重子音は、ドイ ツ語版だけに見られる。 22 英語原文のyouが、ルクセンブルク語では「君たち」、ドイ ツ語では「君」と訳されている。 23 ただし、例(28)は登場人物によるせりふの部分ではなく、 この物語の語り手(ロビンの父親)が直接自分の考えを述 べる文である。
作品
Saint-Exupéry, Antoine de (1946/2003): Le Petit Prince (Folio Junior). Paris (Gallimard).
Saint-Exupéry, Antoine de (Iwwerdroe vum Josy Braun) (2002): De
klenge Prënz. Esch/Alzette (Edition Phi).
Saint-Exupéry, Antoine de (Übersetzt von Grete und Josef Leitgeb) (2001): Der kleine Prinz. San Diego/New York/London (Har-court).
Milne, A.A. (2005): Winnie-the-Pooh. New York (Puffin Books). Milne, A.A. (Iwwersat vum Henry Wickens) (2001): Winni-Pu.
Luxem-bourg (Op der Lay).
Milne, A.A. (Iwwertragen von Harry Rowohlt) (1999): Pu der Bär. Hamburg (Cecilie Dressler Verlag).
参考文献
Bruch, Robert (1973): Précis Populaire de Grammaire
Luxembourgeoi-se. Luxemburger Grammatik in volkstümlichem Abriss. Luxem-bourg (Editions de la Section de Linguistique de l’Institut Grand-Ducal).
Keller, R.E. (1961/1979): German Dialects. Phonology and
Morpholo-gy. Manchester (Manchester University Press).
Russ, Charles V. (ed.) (1989): The Dialects of Modern German. Califor-nia (Stanford University Press).
Saltveit, Laurits (1983): Anlage der Modussysteme in den deutschen Dialekten. In: W. Besch et al. (Hrsg.), Dialektologie. Zweiter
Halbband. Berlin/New York (Walter de Gruyter).
Schanen, François/Zimmer, Jacqui (2005): 1, 2, 3 Lëtzebuergesch
Grammaire. 1. Le Groupe Verbal. Esch-sur-Alzette (Schortgen). Tamura (2009): Der Konjunktivgebrauch im luxemburgischen “Klenge
Prënz” von Saint-Exupéry: Im Vergleich mit dem französischen
Original und der deutschen Übersetzung.(『愛知教育大学研究 報告』第58輯人文・社会科学編、25-30頁、愛知教育大学) 田村建一(2010)「ルクセンブルクの多言語教育と外国人児童生
徒」(『ルクセンブルク学研究』1、21-45頁、ルクセンブル ク語コイネー研究会)