衡平法における普通法との融合と将来
著者
浅野 裕司
著者別名
Y. Asano
雑誌名
東洋法学
巻
23
号
2
ページ
p31-55
発行年
1980-04
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006043/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja衡平法における普通法との融合と将来
浅
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はじめに 普通法︵Oo欝き8罫≦︶ と衡平法︵鐸巳蔓︶の融合︵切鉱8︶に関する論議は広範囲にして多岐にわたってい る。 ﹁衡平法は普通法に従う﹂ ︵閃馨壁の器ρ島霞N一Φαqo導︶という法諺は、衡平法が普通法の厳格性を緩和するもの であり、普通法に対し、この緩和と補充のために採られた態度のあらわれとみられている。元来、一般に普通法を承 認しつつ他方、いわゆる衡平法上の権利︵8巳欝¢。憎蒔ぼω〇二簿R①器︶を創設附与することにより、普通法上救済 し得ぎる者を保護せんと試みたものである。したがって、衡平法上の権利と普通法上の権利︵一罐伽=おぼ。 ・〇二簿。7 ①ω邑とは多くの場合、同一事物につき相表裏して並存するものであって、その結果、普通法上の権利は衡平法上の権 利の範囲内において衡平︵厨鼠蔓︶または良心︵9霧鉱窪8︶に基く特殊の制限を受けたのである。この国2芽の 功績の中で最大にして最も重要なものは、信託の発明とその発展︵島①汐話簿一窪き餌留お一書簿①導亀跨。ギ毒︶東洋法学
三一衡平法における普通法との融合と将来 三二 とである、とメイトランド教授︵搾≦“寓簿箆碧甑︶が述べておられるように、信託︵↓籍馨︶は英国衡平法︵満εξ︶ が生んだ最大の制度であり、衡平法の内容の約三分の二を占めるのが信託であるといわれている。現代の信託 ︵試。留簿↓讐巴は、普通法及び衡平法の間に介在し、特異の発達を遂げたもので衡平法裁判所こそ実に信託の乳 母であったとされる。元来.英国の衡平法裁判所が発達させた衡平法は、普通法の欠陥を補充して英国法を合理化し たものである.英国の裁判所制汰は周知の如く何度も改ぶがなされてきたが.一八七三年及び一八七五年の裁判所法 ︵智無熊欝羅艶鳥毒 票︶によって現行の裁判所制度の共礎ができ、一九七一年の裁判所法︵9嘆撒>轟︶による新しい賦 革もなされた。一八七五年から普通法裁判所と衡平法境慰所とが統合されて一つの涙.回裁判所を構成し、この裁判所 ︵ω慈勝岡蓉9欝轡諏秘議搾緯農鑓︶が普遍法と衡平法とを共に適用し.且つ、普遮法の原則と衡平法の原則との間に差 異または衝突がある場合には.後者が優先することとなつた。こうした改革は.裁判所を統合したのみで、普通法及 び衡平法の実体には変更を加えたものではなく、その後も、普通法上の権利と衡平法上の権利との対立・普通法の救 済方法︵竃讐圃器贈Φ鎌霧︶と衡平法上の救済方法︵8巳欝鷺⑩器欝&圃霧︶との対立などは依然としで存続してはいる が、両者の原則が融合する傾向もあり.この融合︵哨鼠9酵︶が衡平法の将来にどのような指向をもたらすかを論究す ることは、衡平法が普通法において何等の保護をも与えぎりし信託的財産移転の慣行に対し一定の法律効果を附与 し.近代信託制度の基礎を固めたことも考慮し.ここに、衡平法の将来についての素描を試みてみたい。本来は、こ れらの問題に関連してさらに現代信託の発展についても論究するつもりでいたが時問的制約のため後鷺に残してしま った。この小論を書くに際し、特に水島廣雄博士の著書論文を引用させていただいたことを深謝し、また、大方の御
叱正と御教示をいただければ幸甚と考えている。 ︸ 普通法と衡平法の融合論議の史的展開 ︵ヨ︶ 英国における普通法と衡平法との完全な融合︵評巴窪亀欝妻欝儀自ρ鉱蔓︶は、英法の全般的な法典化が困難であ るように、近い将来に実現するは難かしいと考えられる。現状では、物権法や債権法の部門、特に契約法や不法行為 法などを理解するには、普通法と衡平法とを併せて考察しなければならない。今日国暑ξの取り扱う分野は極めて 広く、例えば、信託︵富誘け︶、 譲渡抵当︵護R霞お①︶はじめ、詐欺︵牢餌&︶、 強追 ︵望語器︶、土地負担︵9& o訂お8︶、 組合︵勺零gR魯首︶、 解怠︵冨畠8︶、 不当威圧︵O泣欝営曽鶏8︶、 先取特権︵疑象︶、 一部履行 ︵評辞需風9謹き8︶、臨検権︵く芭蜜8誉一︶、特有財産︵ωo麗§①毯①︶、 計算訴訟︵︾8。弩瞥︶あるいは遺産管理 ︵>儀疑鉱ω嘗&象亀$糞o︶をめぐる諸法理、さらには特定履行︵98鶴o鷺諏黛箏き8︶や禁止命令︵H三露&畠︶ に代表される各種救済手続など枚挙にいとまのない程である。こうした衡平法の原則のあるものは過去において、一 八九〇年英国組合法︵勺鴛欝R警な︾9︶のように法典化され、 またあるものは、 一九二五年英国財産法︵鐘≦亀 汐名震蔓︾9︶によってなされたように改廃され今日に至っている。 一般的に言って︵︶・湧9畠冨署に現われたも のの見方、考え方には、保守的・唯物的な傾向があり、P鼠蔓のそれには、進歩的・唯心的な傾向があるとされ、 英国が封建的・農業的な社会から、近代的・商業的な社会に変遷するに当ってめ2一蔓は、そうした傾向を保持して ︵2︶ いたからこそ、偉大な役割を果すことができたとされている。英国における普通法と衡平法の融合に関する論議は広
東洋法学 三三
衡平法における普通法との融合と将来 三四 範囲に亘って普及し、それは、より専門化を指向する時代にあっては奇異に感じられるであろう。もしも、普通法と 衡平法の融合を主張する法律家達がもっと派手に議論し、さらに、国王法律委員会︵菊2巴98蓉奮霞︶による探究 が促進されるならば.英国の二大法律体系である普通法と衡平法を融合させるべく解釈する人々は、より膨大に増加 するであろう。この融合に関する唱道者の長とみなされるぎ鷹Oむ困8悶︵ディプ買ック卿︶は実情を次のように論 ハ3︶ 述している・﹁アシ嵩バーナー著﹁衡平法の原理﹂の初版︵誕塾ぴ韓講さギ瞬総胤貌鑑図嚢織藁聯一零鯉騨饗︶、の申で 最高裁判所法︵撫 蔭蔀懸騨膿6難舞織智蕪欝讐灘>鐸︶の効果について.同教授は﹁司法の二大主流である普通法と衡 平法は同一水路を走りお互い同志接近はするが混り合うことはない﹂と述べている。この比喩が一九七七年まで貴族 院議員諸卿︵法卿︶の申で迷いと惑いのもとになっていた.英国法祥家の申、生来の保守主義者達は.一八七三年の 最高裁判所法︵も 参ε捲導韓9欝欝無︸鼠脚8讐誌期轟お蕊︶が以前9鷲隷9総縫雲欝婿︵普通法裁判所︶と9欝瞥 竃Ω疑欝8曙︵大法官裁判所.衡平法裁判所︶ ︵並びに海事裁判所︵8霧轡無餌蹄ρ騨獅ξ︶、検認裁判所︵8潟瞥亀 鷺3舞Φ︶、婚姻訴訟裁判所︵8幕轡籔鷺鯨甑葺S蕊O欝器6 q︶︶において運用された実体法︵讐誇欝導瞳お冨箸︶と手続 法︵鋤&霧甑毒岡欝譲︶の二者を融合したことをなかなか承認しようとはしなかった。例えば、スイスアルプスに源を 発してフランス南東部を流れて地申海に注ぐ覆6蓉川とフランス北東部から南流してごo講で覆6器川に合す るω3器川のように合流地点の附近では、合流している川の羨曳れぞれの源流を識別することは可能かもしれないが、 それが可能でなくなる時が来る。もしアシュバーナー教授の河川の例で申せば、現在では普通法と衡平法の水流は確 ︵魂︶ かに混り合っている﹂。こうしたアシュバーナー教授の河川に例える比喩は、確かに保守的な編著者によって一九三
︵5︶ 三年に同教授の著書の第二版と最新版の中に採り入れられている。ホルズウォース教授︵ω腔≦凄欝9鑓o箆箸o博げ︶ ︵6︶ ︵7︶ は、裁判所法︵︸&8舞霞①︾9︶が一八七五年に実施されて以来の衡平法の展開についても概説してきたが、同教授 の一九三五年の研究において、衡平法の原理は分離乃至独立した制度として発展を続けてきたこと、また、メイトラ ︵8︶ ンド教授 ︵搾≦。ζ畏﹃&︶の研究著作が全体的もしくは部分的にしろ、これらの研究にとって必要欠くべからぎ ︵9︶ るものであると結論づけている。エバーシェッド卿︵9鼠學R号亀︶も七五年後における普通法と衡平法の融合を 思考していたが、同卿もまた普通法との関係における衡平法の役割は裁判所法によっても変わらなかったと結論づけ ︵憩︶ ている。一八七三年と一八七五年の両度に亘って制定された最高裁判所法︵ω霞冨導Φ9霞瞥9甘象8讐嵩︾9︶は、 大法官裁判所と普通法裁判所を統合して一個の最高裁判所︵ω毛3露①O雲簿9︸&一8窓お︶を創設し、早や一世紀を 経過したが、こうした問題が時を得たものとなったのは貴族院︵頴。誘①象ぎ&ω︶の激励乃至鼓舞なしには考察し得 ないものと思われる。裁判所法制定以後における衡平法の発展を概観するにあたっては研究資料を必要とすると思わ ︵昼︶ れるが、それには近年これに関する多数の著書論文がある。ここにおける留意すべき点は、裁判所法を促進させる人 々のねらいと衡平法の原理の一般的な性質とに限ることにあると考慮される。このような背景に基いて、ディプ・ッ ク卿が論拠として既に引用した注目すべき点を含む事件をも論究し、将来に対する展望を試みることにしたい。 ︵1︶ 水島廣雄﹁信託法史論﹂一八頁以下。同書二七頁以下の﹁信託発展の四段階﹂において普通法と衡平法との関係を詳細 に論究されておられ、また、二〇頁∼一二頁において﹁そこにおいて、われわれは両者の関係、特に時と共に普通法に対 し衡平法が擁頭し、それの徐々なる蠕動に伴なって次第に力を増してゆく現象、すなわち、柔較な衡平法の漸進的な展開 をみることができよう﹂と述べておられる。
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︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵毒︶ ︵7︶ ︵猛▽ 衡平法における普通法との融合と将来 三六 守屡善輝﹁イギリス衡平法序説﹂法学新報、第七一巻第四号.三三・三四頁。 饗く●じ ご鐘§”8訂頃舞摸の・臨嘗紙§簿・ご乏ρ奏密身卿象霧。盈略8一④鳶肇や総㊤彫 d旨a蜜窪鶏津響鉦帥轟も 9節輿くや¢ ご叢露専ω講建讐9毒亀Q零δ邸≦野罰c 。。ρ・ 。碁・ Q獲い・箆ωぎ§。︷ 曵蝕箆簿︵でG。G。。︶恥9箆等墾⑫3嵩鍛ξ蓬謹︵瞬・。戯鱒y麟§q糞艶識ぎ囲・器︵肇G。熱。Q 。︶忌・&ω艶鷺憩︵マc。も 。頓︶鴇藝注¢器嚇 辱ぎ鴫簿8く●罫白蒔弩︵お憩一︶陣濾○野国Q 。舞も 。翼 譲霧鱗霧欝ギ団蓉鷺霧織聾臓麟お貫や蜀 曝撫罎聴蒙欝欝溝鑑験菰欝騨軸睡蒜範蜘 ぴ鳴曝 祭瓢篤欝藤9嚢婁こ灘警欝羅︾墓鱗騨毒 毒唇瞭欝韓⇔欝魑瓢繁警難器 ︵9塁瓢猿鑑欝︶勘二総鰐 ≦獣騨羅麟瓢鏑鱒灘欝︾樫瞬雛嵯諏即臓卿襲晒婁詳繕薪 噂羅鳥撫警麟囲瞬懲・譲臨瓢繋貸鱒騰驚審鵡瀞鰹ρ鍔噂;一総響轡7蓉鰹継蜘㌶聾岡懲鮮膚竃脳溝螢礎織鱒轟羅翻 囲繋・ぎ喚講櫛轡竃磯欝齢鑑瞬鋳毒凱γ鄭轟薦置◎叢 Q雛甲疑齢欝騨総︾轡≦恥鼠熱紳岡蓉幽鱒 燈韓欝轟繋藷即嬉欝紳竃 9蕪夢課即麟鄭蔦︵蕊綿︶“帰ぎ9窮聾墓ざ暴回顯鶉⇔蔓織浮聡き発艶9蕪、毒陰韓象瓢⇔欝、霧浮認器曝豊ξ轡摂 鷺纂鵠器飯︵お・G 。ご鷹審鴨欝繋籔糖⇔ぎ欝霧9欝婆憲︾簿§>9蕪む 肇Φ織轡霧欝欝繍ξ男墾鷺籔瓢欝蜘︵︸鍔
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東洋法学 三七
衡平法における普通法との融含と将来 三八 満足であった。一八七〇年高等裁判所法案︵鵠おぴ08簿亀冒鋒8じ ご白︶修正一三条は次のように規定した。 ﹁国会 制定法︵︾9鉱勺匙欝鷺①簿︶の権限に基づくより外に大法官裁判所︵︵︶・弩樽禽Oげ轡8蔓︶や海事裁判所 ︵08箒 縁跨処鷺富ξ︶によって、 今まで行使された如何なる司法権も英国普通法の︸部と言明し、それから異なるものは ︵3︶ その普通法の限度において緩和する﹂。 この法制定の促進者の執念よりはるかなる避け得ない反発が起った。 ︵4︶ 鳳霧艸畿諏剛鋤騨︵記録授宮︶欝ξリィ卿︵謄欝臨脚箒識ξ︶は﹁愚かなりし混同﹂と譜した。きらに、普通法曳判所裁 ︵5▽ 判官達も運す、・表明した.これらの肝対怠見の表明により.一八七〇年高雛、幾判所法卜止案は酷評きれ施行きれなか った。結果的には一八七三年裁判所法の法案では.衡平法の菖理を暫通法の申に併合することを規定せず、継続的に 両者が共存すること、漣縄す番こととなった、 、,、,嘩、融離乳ヌ離され、時期に関する条項を含み、衡平法の 原則と普通法の原則との間に対立・相違のある場合には、衡平法の原則が優位にあるべきという一般的な条項が存在 ︵6︶ ︵7︶ することになった。いくつかの偶然の対立が生じ、一般条項で解決されたが、それも数は僅かにすぎなかった。そし て、老練なオブザ⋮バーの見地からすると一般条項による控訴は、通常﹁より良い議論が失敗した場合の最後の望 ︵8︶ ︵9﹀ み﹂であるとされた。O・讐き霧を経て最高裁判所法案を指導し法務次官︵G り。ぎぎ下○Φ器邑︶、記録長官を歴任し ︵鉛︶ た最も優れた裁判官の一人といわれているジョージ・ジェセル卿︵も ◎冒08茜Φ旨醗。 嚇亀は.その豊富な経験から有名 な≦駐げ対営湧富竃事件を次のように言明している。 ﹁以前存在しよたうな二つの不動産権は存在せず、つまり 一つは一年ごとに賃料を支払うという理由による普通法上の不動産権、他の一つは合意に基づく衡平法上の不動産権 ︵難︶ である。唯一つの裁判所だけが存在し、衡平法の原則がそこでは優位に立つ﹂。 この考えは後に制限されなければな
︵捻︶ らなくなった。初期の事件においてジェセル裁判官は真の立場を述べている。つまり裁判所法の主目的につき﹁その 主目的が時折﹁普通法と衡平法の融合﹂と呼ばれたのは不正確であり、それは如何なる融合でもそのような何もので もなかった。それは普通法と衡平法の運用を法廷に到るまでに起るであろう総ての原因、訴訟または論争において一 ︵鴛︶ つの裁判所に権限を附与することであって、これが同法の意味するところであった﹂。 このように普通法と衡平法の 原則の間の区別を保持することが裁判所法の意図であると結論づけてもよいと思う。これは一連の裁判所の裁判宮な どにより実行され、アシュバーナ⋮教授の生き生きした比喩は充分に正当化されたといえるであろう。 ︵1︶ Oゲ§8曙即8&瑛ゆ︾9一〇 。認︵9aO蝕旨ω︾9ソ譲○一締毒o旨F寓出9rく〇一。登℃欝冨︸∼鱒磐 ︵2︶ 鎖o箆箸艮﹃訟出。rく。一●一”で①ω。 。D ︵3︶ ︵回。 。8︶にψ︾泌・ Q“区8轡。9..暴。鱒鼠︾。断鯉瓢ξ↓&電..博冒匡8いΦ。潟Φ。 つ。略撃。験疑い巽評8一受︵一8・y ℃℃・8︾鷲’ ︵4︶ にω﹂,総○ 。。 ︵5︶ H露貸や①登簿で①。9 ︵6︶ 幹謡“甘&8婁3︾9一旨9幹禽辱 ︵7︶ ω蓉芦ω巷鮮讐℃マ一㎝∼§ ︵8︶ 暦o鉱鍔<oおゲ①鼻︵お総︶唄○いρ痢℃。器﹃ ︵9︶ o o①窃o讐9ζ①参&巴ω評属欝評3舅巴碧傷唇一蕪8ズお⑩G 。yく鼻 ヅ℃㍗ω多ω笛9い騨峯悔タなお、衡平法 裁判所︵9§8q9饗漕○象旨99き8蓑9麟筥縁宮慧蔓︶は大法官府︵9弩。Φ蔓︶裁判所の意味である。往時、 普通法裁判所が十分なる救済を与え得ぎるか、又は救済を拒みたる事件に対し、大法官が国王の名において正義衡平の立 場より特別の恩恵的救済を与え慣習が次第に発達し、一六世紀に至り独立の裁判所となった。しかして、事件の増加に伴 い、ζ霧醇9因o蔚︵記録長官︶を裁判官に昇格せしめ、さらに、≦8δ落8象黛︵副大法官︶を設置して大法官を補
東洋法学 三九
︵鉛︶ ︵葺︶ ︵篤︶ ︵慧︶ 衡平法における普通法との融合と将来 四〇 佐し一審事件を握当せしめた︵水島廣雄﹁信託法吏論﹂二二頁︶。 ︸霧む 駐魯嘗.鱒;ぼ汐団羅ぎ鵬磐伽窯瓢欝巽ざ匹力膿韓①同ぎαQOo。麟ωき蜜8り︵一c 。謡︶野灌お瞬堕齢鱒禽朝﹁⋮・ 他の何ものにもまして公けの政策の要求するものがあるとすれば、それは成年に達した十分の理解力をもつ人々が.最大 限の契約の自由をもち、その契約が蔭由か任意に結ばれたときには.裁判所によって神聖視されるべきであるということ である⋮と。9廷留q質 七 ご鋤は讐讐︵おo 。一︶這Oド9ぎo 。罫紹翰 ﹁⋮⋮債権者は.その好むときは、馬やカナリヤ や山雀を受け取ることができた。それは代物弁済︵88箆欝焦も ・鶏難鷲幾霧︶ であった。しかし.英国の普通法の極め て異常な特殊性によウて.彼は一ポンドのうち.一九シリング六ペンスを︵債務の完全な弁済として﹀受け取ることはで 愚なかっ鴬。それは裸の約束︵瀬犠騒婦欝魯馨︶であっ鴬⋮乙と撫 嚇騨の霧薦藤蟹醗菰は辻べてい冶. ︵撫Q Φ駆誰︶慧Ω紹P欝賦奪 窯鯵蔓瀞鶴毅鱒霧謎羅藁9駅麟 9黛留獄Ω嶋8︺鱒農劉斡拐矯灘評灘欝駕磯講爆勲≦凱⑫.潮瓢譲鼠閃欝圃噂雛需融爆 ︵蜘翻鞍許搭謡y懲彫総輯∼総韓 も 喰籍ざ08噴韓︵窮o 。O︶雛O劉螢総掛㎝轟鰐 三 衡平法上の原理の一般的性質 原理の独立体系としての衡平法の原則乃至準則︵睡鑓Φω象£巳な︶の存続について堅固な擁護者でさえも一八七五 年においては、その原則が保守的になるとは主張しなかったし、それらのいくつかは柔軟なものとなった。こうして 原則は以前、補助的な司法権の項目のもとに包含され、普通法裁判所の不完全な訴訟手続を補足するために立案され ︵i︶ た。それらは一連の裁判所のための新しい訴訟手続法ができると消滅を余儀なくされた。一方、普通法上の物権と衡 ︵2︶ 平法上の物権との分割が強められ一九二五年の財産法へと発展していった。一九二二年においては、衡平法上の受戻
︵3︶ 権の妨害︵Ω。σq象呂鼠蔓。ぼ&Φ露℃鶴窪︶に関する原則は公認され、翌年には普通法上の詐欺︵留8δとまで及ば ︵4︶ ない不注意な陳述に対する受託者の債務が設定された。しかし、そのボーダ⋮ラインは守られ続けた。衡平法は、無 効にするために善意の不実表示︵営ぎ8暮邑ωお嘆o器簿蝕8︶による契約を締結させられていた人々を許容したが、 もし、不実表示が契約期問になったとしても、その人々が普通法上に権利を有したように如何なる契約解除もあり得 ︵5﹀ ない︵現在では、一九六七年虚偽陳述法︵ζ一巽①鷲oωΦ簿m鋤魯︾9這角︶によりこの点は改められている︶。 これら や他の発展は、衡平法は対人的に働く︵oρ鼠蔓8富汐速誘o鍔臼﹁衡平法は人に作用する﹂︶、 つまり被告︵α象窪争 ︵6︶ 欝叶︶の良心︵Oo霧息窪8︶に基づく一般の保護を受けるようになってきている。原告︵覧巴簿鐵︶の愚かさと怠慢に 対し救済︵邑風︶を与えるのは衡平法の機能ではなく、被告がそれにより不当な利益を得ることを防止することにあ る。この点に関しエバーシェッド卿は以下のように言っている。﹁﹁衡平法は、以前正しくなかったものを今後正常化 することができるであろう﹂と私は言いたい。だが私は敢えて言うのだが、実際問題として何の申に人を欺岡して困 らせる正義があるかというような大きな危険がある。初期においても衡平法上の一般的な原理は幾分、制限的で否定 的な特質を有していた。正義を行うより不正行為を抑制すること、すなわち、衡平法が訴える人々の非良心的な行為 ︵7︶ をやめさせることの方がより頻繁に行なわれた﹂。その後、貴族院︵鶏8器亀ぎ乱ω︶に席をおいたエバーシェッド 卿は、権限の取得に関しては、如何なる悪意も非行も示し得なかったときに長く継続した土地収用通知を無効である ︵8︶ と言明することを避け、これらの原理を再び論述し引用した。ラドクリフ卿︵蓼巳菊&島験︶の見解も意味深長であ り、﹁﹁非良心的であること﹂は、一方あるいは他方に思いやりのない危期を示すとき、能力者問の契約を調整する万 東洋法学 四一
衡平法における普通法との融合と将来 四二 能薬として採用されてはならない。そして衡平法の法曹人達は、時折、司法権の充実と彼等達よりもっと熱狂的な同 僚が衡平法に与えている原則乃至準則の印象とによって驚きもし当惑もする。衡平法裁判所は、一般的な調停者とし て人々の売買契約を送達する義務は決してないから、時の変化の中で.救済が行なわれるであろう環境と惜況につい ︵9︶ て限定された原則を展開すべきであることは必然的なことであった﹂としている。このように一九六〇年代になって 衡平法の原則は分離した完全な同一性と共に裁判所法が通過して以来.二世紀目となるということが大胆にも想定さ れ得た.贋繊羅儀撫 祭瓢櫛識騰鐸鷹蕊瓢欝讐ぴ繊対野羅岡聡篶 離鍵欝験9藤蟻事件と6ぎ懸饗籠撒轡讐伽⇔欝鼎欝羅屡欝6沖 執導 桝織対霞霧燕 ・ご 欝獄娠 絵蜷簿瞬霧9事件に関して.これらの論究はその僑頼に動揺を来たしてきた。 ︵亙︶ 噂聾婁遷O瓢凝︹器$︶陣緯騨鱒8豚 ︵2︶ 一九二五年の財産法︵噂審鴛触蔓回禽鐘践落︶に関しては.水島厨薮﹁イギリス譲渡抵当の変遷とその内容し︵法律時報 第二八巻第二号︶﹁イギリス法における不動産制度は.まったく複雑怪奇である。まず厳格なる普通法の規則を根幹と しながらも反面.これを緩和せんとする衡平法の拡大.さらにこれに関連する幾多の成文法が纒線するからである。・ しかして、これらの古い複雑な法律は第一次世界大戦中風雲に乗じ.覆イド・ジ蔀⋮ジ内閣の大法宮︵9a9欝o亀潟︶ となったフレドリック・スミスによって現代イギリス社会生活に妥当するように改蕉せられた。これが有名な一九二五年 の不動彦法の改正である。この改正の主なる点は.①9讐ぎ類を廃止してこれを麟霧ぎ鉱となしたこと。すなわち. イギリス古代の原始的農民生活を髪髭せしめるこの土地財産権は英国の社会から削減することとなった。②相続法が改正 されたこと。すなわち長子相続︵驚ぎ茜①鉱ξ冨︶並びに男子優先という封建的色彩の規則を廃止し.遺産は総べて受託 者として遺言執行者又は遺言管理人の手に帰せしめ財産全部を一定の一般基金とし、債務管理費、税金等優先支払分を支 払って後の残額を一定の順序で︵生存配遇者の財産的保護が厚い︶分配することとした。しかして相続権者を制限し、無 主物となった相続財産を國庫に帰せしめる機会を多くした。これは社会主義的思想の一部的顕現であるとも説かれてい
︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵10︶ る。③最後に不動産譲渡の簡易化を計ったことの三点を挙げることができる。⋮:・この劃期的大改正のために具体化した 成文法は次の通りである。ω↓富9≦無汐ε段q︾9お謡。ω↓ぎ留鼠&いき伽︾鼻一旨伊⑥↓竃冨&菊轟鱒− 簿酔一§︾9お謡。傾巳お募&Oぎ茜①︾3︸鴇9㈲↓訂︾α営鼠鶏蝕80︷雰貫区ω>o漕一旨9⑥穆ぎ↓噌霧8Φ ︾9お額⋮⋮﹂。 寄①αq浮αQR︿●2①≦評鐙αq。鉱帥竃①霧磐α9江ωε欝αq①09U&。︹お一お︸Ω轟 209身く●いo識︾魯9博象︹一露合︾ρ㊤認。 噂窪霧覧<§壁ωゲぎ噂ぎ臓Oρ≦Oo欝冨αq鼠①Z鋤瓜○盆竃82讐蒔讐陣8︵おω①︶窃㎝い88野なお、ぎ88旨ヨ一鍵? 嘆霧Φ馨蝕呂︵善意の不実表示︶について、男律簿壽・P↓ぎ菊薮・器一留鴇轟夢無団轟冴︸一欝≦ ﹁イギリス法の合 理性﹂ ︵小堀・船越・真田訳︶は、 ﹁善意の不実表示が生ずるのは、一方の当事者が他方当事者に虚偽なることを真実で あると告げることにより、他方当事者を勧めて契約関係に入らしめたが、表示をなす時においては虚偽であるということ を知らなかった場合である。このような場合、匡聲一蔓は次のように言う、すなわち、 ﹁われわれの立場は良心にその基 礎をおいている。諸君が、他人を勧めて契約を締結させた時に、良心に反することを何もなさなかったということを認め たとしても、今や諸君がその表示が虚偽であったことを知った以上は、彼をその契約にしばりつけようとすることは良心 に反して行動することになる﹂と、。従って、国ε坤蔓は、このような者に契約の本旨にそった履行の強制を行なうこと を拒絶し、相手方の請求により契約を取消すのである。しかしながら表示が悪意であれば認めたであろうような損害の賠 償を相手方に認めてはいないが、これは、多分、不幸なことと言いえよう。﹂六七頁。 ↓魯8︿,9①琶一︵一。総︶鱒↓’い勇・鰹9田。旧≧一8箆ダωξ馨霞︵一・ 。・ Q畷︶も 。。9。⇔羅9一・ 。の・一c 。鯉 ︵お総︶8いε塑認9ω8, ω浮甥8ω竃08残ω巴霧︵ゼo&8︶い巳。∼鎖①&800唇o嵩鋤○⇒ロ霧凸>ρ回O・ 。○ 。。霧唱蜘紳導=讐 ωユ凝①∼9欝℃ぴΦ=9ω8暮樽09︹お認︺︾’ρ。09総①● ︵おミ︶卜o≦・い。肇○ 。09︵お刈刈︶吋≧一中幻●8。勉旨やpゼ 東洋 法 学 四三
衡平法における普通法との融舎と将来 四四 四 連合科学持株式会事件と安価土地開発会社事件︵8箒¢鉱紳&留す鉱蔚︾注Ω峯巷獣密欝&○霧霧︶ 想属O鉱瞥&浮匿簿臨o︾鼠O訂巷鉱留ご&O霧霧の上訴における、中心となる事実上の争点の一つは・地主が 賃貸借契約を更新時において規定された期間を厳密に守らなかったことが.次の更新時が来るまで更新し.賃料を増 .砂する地主の権利を奪ナかどうかであむ、第二の争点は期間後に決定された更新賃料が遡及的に効力を生ずるかとい うことであった、連合科学事件︵α灘搾豊な 蝶蜘欝瓢謄6霧⑫︶では、貸借契約は次の更新時の前年の間に.当事者が新し い賃料に同意すべきか.b⇔いは仲裁によって決定きれるべきかを約定した。しかし、門冠期閥中には何もなされな かった。安価土地事件︵9鍵懇瞬階醜欝蜘9縮︶では.地主は更新時の一年前から六ヶ月前の間に通知して賃料の再 審査を始めなければならなかった。両当事者が同意に失敗した場合には、価格査定官が指定きれねばならず.同官は 更新期鷺前二週間以内に査定をしなければならなかった。地主は期限内に通知をしたが更新期日前には価格査定官は 指名されなかった。それぞれの事件で、地主は期間に関する時間的制限は、厳密に固守きれるべきでなく一九二五年 財産法第四一条︵欝難鉱汐。篇筥璽︾9ご蜀の添遍︶によるべきであると主張し. ﹁時期やその他に関し衡平法の 原則により契約の本質ではなく又、本質にもならないと看倣きれる契約の約款は衡平法の規則に従って普通法でも効 ︵i︶ 果がある﹂とした。控訴裁判所︵爵Φ○雲簿鉱︾薯9岡︶に所属する裁判官はこの約款が更新条項に適用されるものだ ということを統一見解をもって判示した。すなわち.時期というのは、その効力に対する明白な規定があるか、状況 からそれが暗示され得る場合以外、契約の本質ではないという﹁推定﹂がなされた。当該両事件では、明自な規定が
なかったし、 ﹁推定﹂にとってかわる、いかなる状況もなかった。ディルホーン卿︵≦零8導9観o露①︶は地主が 次の契約のためではなくとも、更新を提案する通知をしなければならないという要求に関しては、時期は本質である ︵2﹀ と判示した。そのような通知は、安価土地事件では必要とされたが、この通知はちょうどよい時になされていた。デ ︵3︶ イルホーン卿の同僚は、この、本質である時期に対しての推定を最初の契約規定にさえも適用すると判示した。裁判 官達は売買の選択権と賃貸借更新の選択権を、新しい契約の作成を含むかどうかで区別した。一方、賃料の再調査規 定は現存の契約履行と関係がある。売買の選択権は、処分権に関する拘束が終了した時、選択権の譲渡者は確実に知 ︵4︶ る必要があるので、時期を失さず行使されなければならない。賃料は通常更新時に値上げされるから、当該条項は単 に地主の利益のためだけのものであり、特権としての性格を持つ以上厳格に適用されるべきであるという主張にすべ 喝の︵5︶ ての人々は感動しなかった。借地人は特別保証又はより低い最初の賃料あるいはその両方により利益を得た。他の一 ︵6︶ つの点については、更新賃料はそれぞれの更新期顯に遡及的に支払われると判示した。法律実務家達の申には、この ︵7︶ 判決は上訴の特定の状況にある借地人に不利に働くと論じる人もいるだろうと推論する英国の法学者もいる。また契 約の時期に関する条款に関係ある普通法の一般様式や、特に新しい契約に導く選択権と現存する契約を遂行する用語 との間の区別は非常に参考になる。しかしながら、この判決は、破棄されるべき多くの先例︵ギ08留簿︶と明らか ︵8︶ に違うものであり、新しい原理である。すべて新しいものに関しては価格が決められなければならず、そのために は、特定の場合は時期に関する条款に関して、また一般の場合には普通法と衡平法の融合に関して決定の推断をすべ きものと思料きれる。
東洋法学 四五
︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵暮▽ 衡平法における普通法との融合と将来 oっ唇拳揖①OO鶏け○暁智蜜o纂鶏の︾9一〇 。蕊︸ω●誤︵“︶● ︵おミ︶N≦。轡搾讐やG 。謡● 回獣塑鶏℃肇o 。鱒ρ○ 。騰ρo 。き“○ 。麟。 嵜箆喩韓賢●G G5。 ぎ裁脅象噂肇○ 。一評○ 。鱒評○ 。Q ゆ歴○ 。器︾○ 。蕊。 ︵お唱︶鱒≦撃野搾繋噴緊c 。鱒濟o 。も 。騨○ 。灘琳G 。臥陣S 拶搾鴨舞驚哺纏縛畷綴欝霧諏鱒脚繊鰹襲岱轡③譲ρ蕩鶴呼韓ぐ鱒ぐ妻蕊難群 ◎鴇ご鱒≦喧野野獣聯o 曝蕊晒鰹階欝臨鯵 識お洲 蕊恥︸箋鴫騨認野 悶六 五 時期に関する契約条項の問題点 英国の裁判官達が、㊧鑓簿︵保有者・借地人︶の役割に関して、一八七五年以前に衡平法の原則が適合してきた環 境に対する適用の申で.財産法第四一条︵縛ぎ瀞譲織ギ魯韓蔓距9陣露戟あ媛陣︶は制限されるべきであると判示し ︵王︶ ︵2︶ たことは遠憾なことであった。このような考えは、優れた衡平法裁判官の傍論に見い出すことができるが.この保守 的な提議に対する裁判官達の応答は全く懐疑的なものであった。結論として、裁判官達は、その条項に関し、時期が 本質であるかを追求するため理解されるべき契約を請求するものと推断した。それは、今日存在する衡平法の原理の 真の役割を誤解していると慎重に示唆している。時期の条款に関する衡平法の原則は、裁判所に対し.契約はそれが 何を主張するのかということは意味せず、また契約以外で作用する状況のために、契約は厳格に解釈され.かつ適用 されるべきでないと判示するということを要求はしない。土地の権利に関する売買契約が原告に与える衡平法上の権
利︵呂§魯ざぎ$お馨︶にもとづき、原告が衡平法上の救済︵o農ぎ亀①邑薫︶を求めるような場合、周知されてい る一九二五年財産法第四〇条に続く第四一条が老察されることは有意義なことである。それは受戻衡平権︵のの鉱蔓象 ︵3︶ ︵4︶ 8留営営一S︶を与えられている奪霞茜品霞︵譲渡抵当設定者︶が受戻権に関する衡平法上の救済︵8葺昏ぴ邑諜︶を 求める場合も老えられる。前掲の二つの訴訟事件の場合、普通法上の物権︵一囲巴霧§Φ︶の所持人の権利は金銭の受 領により制限された。それは契約両当事者の一方の者のある行為がその者から契約を厳格に実施する権利を奪ってき たことはあるかもしれない。これらのいずれの場合も上訴において考慮された不動産賃料更新条項に適用されそうも ない。借地人達は地主達を誤解させることは何もしなかった。地主は支払期日に関するいかなる条項をも厳格に遵守 しなかった場合、その不履行により衡平法上の権利を有することはできず、また衡平法上の救済を求めることさえも できない。商取引に関する複雑さゆえに、今までより柔軟な方法で契約条項を解釈することは正しいかも知れない が、しかし、衡平法の名においてそれを行使することは、全てを考慮した場合、混乱を招く恐れがあろう。なおその ︵5︶ 上、地主に必要なる自由な解釈を与える更新条項の標準様式を作成する動機へそれは移行することになる。地主は、 たとえば七年の期間の最後の年まで権利を漢然と遅滞させ、その後、遡及的に更新をなすことができるであろうか、 また現存のすべての契約の時期に関する条項は契約の本質ではないと推定されるであろうか、さらにそのような契約 のもとでの両当事者は土地の売買契約で時期を契約の本質とすることができるであろうか。ここにおいて、新しい原 理が創造されることが求められていると考えられる。 ︵工︶ 鋏鼠Q鶏℃℃●○ 。る︾○ 。島算 東洋法学 四七
︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ 衡平法における普通法との融合と将来 四八 ωけ蹄降2ダ類8諾①︵お錺︶︾.○ω。 。9轟§需触いo鉱評詩R・感≦覆島轟8蕊ピ8闘ダじ o亀︵おω一︶一9’G 。9 蕊︶掃触鎧磐αq簿讐︾ 水島廣雄﹁イギリス譲渡抵当の変遵とその内容︵二・完︶﹂︵法律時報第二九巻第三号︶ ﹁⋮⋮ω認鶴蔓縁審留露讐霧 の観念。 新法においても.霞霧薦夷欝は弁済期日経過後といえども債務を弁済として担保権を消滅せしめる権利を有す る。露欝菰謎⑫は約定の弁済期欝以前には普通法上も.衡平法上も藪た契約上も右の権利を有せず.弁済期欝になって契 約上の受戻権︵$戴欝瓢Φ瓢讐紳雛薫瓢需雛︶を取得する。⋮砕68誉欝≦鼠霞禽薦勲鴨蔚 お譲・8野解㌻霧9PP δ欝聾坤羅聴雌繹驚鉦齢鐸鍔壌窺沁鍵圃欝ε欝黛るお、⋮曽の農難蔓織触鑑鍵廓鵜露に対幽慧⇔衡平法上の二原則、ω受 戻纒下可侵の原則︵纏膿臨鵬麗翫騨傘雛懇卿露貯潜誌瓢鵬瓢搬︶. 羅講薦護緯が鐙群鱗卸の履行によ辱受戻懸なす燕と然藏 接.問接に妨げるごとき特約は.いかなるものであっても担傑の本質に矛盾するものとして無効とされる。この原理は一 匙に湾述のごとく.、.O糞齢懸鷺禽仲鷺聡鋤騨繊融鋤韓欝薦護藤.、という格慧で表現されている、緋欝鍵薦齢聡幣に対する従属 的利益︵8画鄭講鶴鑑織鴛鑓鷺︶附与無効の原則。S凝濁錨圃麹蒜纂欝鷺とは.文字通り元利の返済に附加して鯵鍵蕊薦癒 に与えられる利益である。⋮⋮ ⑥墜嵐蔓鼠㎏豊⑳羅讐画魯の実行雛↑り£焦馨織審留鷺讐馨は雛簿薦轟霧やo 絵欝轡纂o憂 鑑も ・麟竃を行使するか、もしくは潟6講鵯αq簿が受戻権喪失の訴で勝訴するまで存在する。ただし賦戴欝甑韓艶魯一器箇 鉾簿により醤禽藤薦霧が抵蟻土地を十二年間占有するときは該土地の受戻籍が消滅したことを糞禽欝αR霧の畷$評讐陣§ と呼ぶ。@受戻権の実行は.弁済期霞における弁済金の支払によりなされる。期田経過後も受戻し得るが.このときは六 ヵ月前に予告をなすか.または六ヵ月分の利息を添えなければならない。 糞霞硲薦霧は弁済を受けると聾竃伽零勢を 湧o瞬薦叢霧に引渡す義務がある。ただし.同一土地に他の担保があるときは次順位の導鍵藤お霞に引渡さねばならな い。⋮⋮﹂。噂鍵回鋼畷駄お欝碁R藤謎欝v一零鯵 水島廣雄﹁イギリス摩渡抵当の変遷とその内容﹂︵法律時報第二八巻第二号︶.﹁⋮⋮糞霧粛認Φは、ω譲渡の目的財 産は債務の履行を担保するために提供されたものであること。@目約財産はその権利を債権者に譲渡することによって得 られたものであること.の二の要素から成立っている。しかして譲渡抵当として財産権を移転する者を鼠黛お轟臼︵譲 渡抵当設定者︶とよび.この財産上に華渡抵当として権利を取得する債権者を讐鍵薦轟霧︵譲渡抵当権者︶といい、こ
︵5︶ のように担保されだ債務を疹o噌薦品①留ぼ︵譲渡抵当債務︶という。・⋮ρ鍔置≦鉱30ぎ 一㊤8℃●ごΩ︵︶90ぽω瓢β↓びΦ鼠&Φ簿い伽≦o︷菊Φ巴ギ8鶏9おお,や9Qo●⋮⋮﹂。 菊8賦昌い﹂●汐夢oOo震けo︷︾も需繊嘗爵のqβ搾&ω鼠○纂鄭08器”︵お誘︶O劉蕊o。︾ 搾簿℃●○ 。器警 日竃ピ鶴乏o︷窯o旨αqお①ω” 窃もo”窃合︵おミ︶鱒≦●い 六 普通法と衡平法の融合に関する論争点 これまでに触れてきた判決の推断は、期問に関する契約上の条項の措置より優越しているといえよう。その論争の 直前にディプ導ップ卿は既に次のように鰐述した。 ﹁もし、一八七五年以前、普通裁判所によってではなく衡平法裁 判所によって運用された実体法や手続法の法典が衡平法の原則により意義づけられるならば、一九七七年に英国法の 一部となった衡平法の原則を論ずることは、ユース法︵o o聾暮Φ鉱φ器︶や£鼠鋤南3讐98︵不動産移転法︶を論ず ると同程度の意義のあることである。歴史的には、これら三つの法律はそれぞれの時代において、今日に到るまでの 9考器蟻霞一ω︵法大全︶の発展に重要な役割を演じてきた。しかし、一八七三年最高裁判所法の主な目的であった衡 平法の原則と普通法の原則との間の区分を永続することは、私見では英国法がここ一〇〇年間に発展した方法に関す ︵王︶ る誤った結論を伝えていくことになる﹂。斯様な問題について若干の論説がなされ得るであろう。まず第一に、一八七 五年以前、衡平法裁判所によって運用された法典をもしそれが永く変化しないままでいる事を暗示されるなら、 ﹁衡 ︵2︶ 平法の原則﹂で意義づけするような論説者はほとんどあり得ない。たとえば、一八七五年以後における制定法が﹁衡 平法の原則﹂に帰する場合、それは同一であることが証明づけられ、展開する主要の原則に帰趨する。勿論、歴史の
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衡平法における普通法との融合と将来 五〇 みがこの特殊な分類と内容の豊富を説明する。総ての法的分類は契約や不法行為でさえも、やや独断的.人為的であ ︵3︶ り好ましからぎる強制を生み出すことができる。しかし一方の極では.分類は法を蝦禍に投入する古いやり方で無意 義にして危険であると宣する。第二にも の欝瞥舞霧象9Φと書鑓群曜欝も齢R総との比較は確かに誤解をもたらせた。 制定法は制定法集に現われたり消えたりもする。聾舞葺⑫縁鑓器は制定後.叡智ある民衆がユース法の適用なき議⑳ 藤蕪講鵬︵二重信託︶といういわば脱法的工夫に活路を求め.見事に儒託を蘇生せしめ.雛れを麟重.利用するとい う史的襲開かむ.遂に近代の信託︵羅箒驚羅轡羅鱗︶として成立.発展したので.鴛れに煮惜てかわもれたが夕欝 ︵垂︶ 閃総鷲離騰鱗はなお効力を有し. ﹁物的財産︵羅鑑噂羅饗蒜るの法の柱の一つ﹂レ臨看微される、第三に.既に述べた如 く、衡平法の原則と普遠法の原則煮の区分を解消する徽とは裁判所法の主要鱒的ではなかった、瀞・れは若干の法律原 案の目的であったかもしれないが.結局.通過成立した法律はその重要な推進者であるも 絵⑦続欝欝卿によって様々な理 ︵5︶ 由により反対のものとして修正きれた。も っ嘗露卿は. 一八七三年裁判所法は衡平法と普通法の融合について規定し ているとして⇔鷺8師卿の考えに従っており﹁百年後、壽夢鰻器騰教授の二つの流れは一つになるという明該され た比喩は異なった結論を辱くに違いない。それは二つの合流する流れの水が完全に混り合うまでに時間がかかるだろ ︵δ︶ う。しかし、過程が充分であれば合流の時期は必ず来るに違いない﹂と論述している。これは衡平法の原則が引続き 存在することの可能性を否定するようにも解せらる。竃藻圃き瓢教授はずっと以前、衡平法の原則は普通法の原則のよ ︵7︶ うには単独で存在し得ないと指摘した。衡平法の原則は普通法の法典を必要とするかもしれないが、その関係は寄生 的であるよりむしろ共生的であるといえよう。衡平法の原則は価値あることは勿論であるが特定の方式をもって司法
作用︵すなわち裁判成就︶に貢献する。もしも衡平法の原則が区分された独自性を失うとしたならば、特定の事件に ︵8︶ おける裁判審理において新しい原理の創造が期待され得るし、衡平法の法曹人達は一層驚きもし当惑させられたであ ︵9︶ ろう。彼等は衡平法上の権利としての許可を既に取消さねばならなかつたし、申間︵判決︶の禁止命令に対する新し ︵10︶ い原則を超越することの未熟さを経験している。まもなく、単なる救済としての法定信託︵OS路琴馨①跨窃け︶が現わ ︵難︶ れてくることになる。もしも、より良い司法︵裁判︶水準が創作されることが確実であるならば、これはすべて衡平 法の法曹人達は平静さをもって、あるいは少なくとも不屈の精神をもって耐え得るであろう。彼等は以前有していた ような疑念から免れるに違いない。衡平法の原理の発展は国ρ巳蔓を一個の法体系として結晶せしめることに尽力 し、英国衡平法の父︵評島霞9閣轟訂ゲ国2一蔓︶または近代衡平法の父︵評騨段鼠家&①簿切の巳蔓︶と呼ばれる 2・鼠夷訂彰卿によって先導され、鎖餌鉱且oぽ卿や司冠魯卿によって推進され、一九世紀の間、ω摸8卿や↓霞器憎 判事などとりわけ顕著な裁判官達の功績によって確立された。この発展の附随事情により、訴訟手続の大いなる冗長 ︵12︶ や事実審理の遅延が起った。にもかかわらず裁判所法制定まで原理の発展は次の段階へと進展し、普通法体系の厳格 性と、それを衡平法上に写し変えたことによる緩和性の最悪の行き過ぎを無効とする新しい裁判所での一般的手続体 ︵欝︶ 系を適用することは可能であると考えられていた。08お①閤器巴卿はその世代で現出した最も能力のある衡平法裁 判官の一入とされ、次のような方法において同卿の法廷に貢献していたと報告されている。すなわち﹁原告のため主 任弁護人が訴訟事件の陳述を始めていた時、甘器鮎卿は最初の数分間だけ静聴していた。その後、弁護士に質問を始 めた。最初に特定の方向に意見を導く如く、次に話を止め裁判官の訊問に対する一連の答弁に話を変える如く、もし 東洋法学 五一
衡平法における普通法との融合と将来 五二 この様な短い対話によって閤紹α卿は極めて重要な事実を把握していたら、被告の為にその主任弁護人の方に向直 り、原告により真実と申立てられたそのような事実を認めるか否かを被告に訊ねるであろう。もしこれらの事実が認 められると.判事は法を事実に照らし合せたいという見解を暗に示し始めた。そしていろいろな角度から.弁護人に もう少し質間することによってそれぞれの論争の法的根拠を引き出した。もし、事実が認められなかったら.勿論. 証人を召換し、蜜誓口述書を読むことが必要とな肇た、蕩、の過程では判事の厳しいまでの切燭、ばかなり制限きれた。 露︶ というの猿菰入に.不適切で漢然と引延ばされた文章を読ませることは危険なことであった﹂とされている.この事 が紛れもなく誇張されている.全ての裁判官が同卿の判示に従った、或いは従うことが出来たとは限らず、又.そう あるべきだと願うものでもない、しかし、裁判所法制定後における最初の数十年、裁判事務は、よく確立されていて 広範囲な原理を適用する少数の裁判官逮により敏速に処理された。一九〇六年の判例集の頭注と、一九七六年のそれ との比較があるが、前者は陳述の簡潔さによって区別され、後者は実際の理解力によって区別されている。訴答書面 は宣誓書のようなもの以上に読まれるようになってきている。さらに初めの召換状や宣誓口述書付きの申蒲書はたと え本物の功績が何ら注意すべき論争の定義を生みださなくとも、裁判様式として訴答書面付令状に置き換えられてい る。全ての訴訟において事実は.小心翼々となり、到る所にある複写機により助けられている。結論として訊閥が延 ︵絡︶ 長し.曽てない程の裁判官が最高裁判所に在職することになる。勿論、この特別な活動の若干は社会それ自身のより 大きな複雑さに帰する。そして、それは絶えず移り行く詳細で難解な法律を移送︵の<oぎ︶する。しかし、それの若干 は︵敢て示唆するのであるが︶現在広く行われている法則化において永く確立された原理を落醜れさせる事に帰して
︵16︶ いる。或る者は一九三二年の普通法で自由にされた応分の注意を払うという一般的な義務を考え、そして今や、全て ︵∬︶ の考えられる活動を巻き込む恐れがある。英国民は今や、事件の状況の中にあって、正義で衡平法的なものは何でも 行うことを裁判官達が勧告されるのを期待できるであろうか。もしそうならば、一つの結果はもっと多くの、そして もっと長い訴訟手続を必要とするであろう。鏡営讐臣一勺8揖αqo事件においてωぼ曾卿は次のように論述し、 ﹁民事 論争の解決方法としては、訴訟は確かに対人の暴力にとっては望ましい。しかし、それは本質的に望ましい活動では ない。長くつづき荒廃した民事訴訟︵甘彗身8対冒讐身8︶の﹁匹の聾譲o器色で9毘890訂霧によって描か れた絵、かわいそうな票8嬢、訴訟の緊張で打ちのめされた彼女の英知は事実にもとづいていた。法それ自体は充 分に長びいた訴訟の悪に気がついている。我々の法制度は、証人の反対訊問の機構と、証書の強制的な通知と共に、 無情なまでの真実の調査によって特性を表される。それにもかかわららず、法はその過程が無限には続き得ないこと ︵綿︶ を認める﹂としている。ωぎ9卿は、そこでは器の段島8欝︵既判事項︶の法則の適用を考えていた。しかし、法 案の通過は長びいた審理を避るため基本的な要求を強める。原理がより良く確立され、より詳細になればなる程、事 実の本質的な調査は短かくなる。古の衡平法の管轄権︵それは英国民が何世紀にも亘って苦心して築きあげたもので あるが︶をより良心的な裁判を求めるうちに失う前に、英国民はもう一つの今世紀の偉大な衡平法裁判官の戒めを思 い出すのが良いと思考する。英国民は単に実体法がそうであるべきだと考えるために、それがいつもそのように宣言 されてきたものとは何か異っていると英国民が述べる程には、英国民は単に、そうあるべきと考えるために裁判所が 管轄権をもっていると謂うことは当を得ない。英国民は、彼等の先祖よりも賢明でないということは、有り得ること
東洋法学 五三
衡平法における普通法との融台と将来 五四 ︵想︶ でさえあるとも老えられる。かつてパウンド︵噂窪&︶教授は、﹁衡平法は権利の非良心的な行使を防止しようとし たが、今βわれわれは、その反社会的な行使をとどめようとする。衡平法は道徳的制限を課したのであるが今黛の法 は社会的制限を考える︵脚ぬ鼠蔓も 陰○薦ぽε鷺霧Φ算跨①琶8霧鼠①馨ざ諾繋⑩零δΦ〇二罐鐵吋蒔ぼ翼&爵壌Φ。 。⑲魯ε 鷺⑱姦綜艸訂鋤韓欝8芭露韓霧②。漆落欝鯉熱︸こ羅零も 。Φ牙蓉乾圃欝欝蓼器蜘夢旺慧。即&避鑓欝℃8袖薦曝 。8欝 離熱欝欝鍵とと述べているが︵㌘懸典↓欝輪 続慧熱織艸財櫛轟懲鹸欝繋鍔嘩陣総容欝溝輪︶真に昧うべき雲葉とい.凡 ハ窯奪︶ よう欝 ︵蓋︶ 念鷲囁︶鱒罎尉野轡緯囲帰蕊隠町蜘 農艸鶏駄傷窺α霧鞄 懸については.水島鴫雄﹁儒託法錠融﹂二e七頁以下に詳綱に論述零れ ているQ ︵2︶ 轡竃罫類鑑鷺書象腰︾簿お鎚磐高ご轡欝瓢鷺警鼻綻譲繋魯象欝謬汐潔露9蒙凱鑑簿韓/譜9欝獅︵お蕊︶轡 ≦鳴野轡o 。評澱稀 ︵3︶ 欝熱&簿鱗難欝轡葬群欝零瞬勲誘羅鼻轡鉱e︵お厳︶餅○ご男甑儀導霧鋤纂勲欝濤曽 し 。継二勢蕊⑱蕎霧霧⑱については.水島廣雄﹁二璽信 ︵感︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵憩︶ 霞⑦繋輔曙餌監墾幾Φ.も・糠一鴇窺響巴 託﹂参駆川。 望歴鶏器嘘欝⑪鷺籔塾評牌罫<。野 ︵お謡︶鄭。≦。ピ。轡簿やo 。も 。ρ 霞疑簿監w葺鉱蔓︵駆。鼠&。し器①y 黛 。纂費ツ㎝8題 ωぎ圃・霧く顧響彗ω︵這認︶O財ω㎝9 い界O o総◎ ︾欝包。震9韓惹箏惹9・ざ 彰窯oO郡 噂8℃鎗蔓︵轟鍵&毒お謡y轡 歴宰ω8“ 質縞曽 P題塑頃8山黛り り鼠げ纂○話 磨a像︵お誤︶︸ρω霧脚 び鼠驚<。穆・襲δ触譲餌巨Φ融いご dpΩ︵お蕊︶一 畷色霧霧欝む ○§︿◎男貯げ醇︵竈蕊︶εご o郭 老. 一舘
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