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D. ヒュームの貨幣理論とA. スミス

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D. ヒュームの貨幣理論とA. スミス

著者

遠藤 和朗

雑誌名

東北学院大学論集. 経済学

107

ページ

121-144

発行年

1988-03-20

URL

http://id.nii.ac.jp/1204/00024438/

(2)

D.ヒュームの貨幣理論とA.スミス

遠藤和朗

目次 l .はじめに U・ ヒュームの貨幣理論 (1)機械的数通説 (2) 連競的影響説 Ⅲ、 ヒュームの街幣理論に対するスミスの見解 (1) 機械的数賦説と労働価値説 (2) 連続的影響説に対するスミスの批判 (3) 侭用論をめぐるヒュームとスミス (a) 金銀貨幣と銀行券 (b)貨幣の流通必要盆の概念 Ⅳ、結ぴ I. はじめに 堕商主義解体期の社会哲学者・経済理論家ヒューム (DavidHume, 1711-76)は,一方において,重商主義的思考を残しながら,他方におい ては,古典派に連なる思想家として描かれてきた。すなわち,社会理論に 無いては, ヒュームは重商主義の枠内にとどまる内容と論理をもっている ため, スミス(AdamSmith, 1723-90) との対立面が強調されてきたl)o しかし,貨幣・貿易理論においては, どちらかというと古典派的思考との ')①内田義彦『繩済学の生誕』(増補版)未来社, 1971年,前編第3節。 ②羽鳥卓也『市民革命思想の展開』(増補版)御茶の水謁房, 1976年,第 1章第1節,参照。な鐺,拙稿「効用(utility)をめ<、るヒュームとスミ ス」『東北学院大学論集』経済学第104号, 1987年,参照。 1 −121−

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D. ヒュームの貨幣理論とA、スミス 継承面が重視されてきた2)。いわゆる18世紀中葉に描いて「ヒューム氏の 学説」といわれた貨幣数量説(機械的数量説, naivequantitytheoryof money)が,それの中心である。 ところで, ヒュームには,ハイエク(FriedrichAugustHayek, 1899-) の言うところのもう一つの貨幣理論,すなわち,貨幣量の増大が物価騰貴 を引き起こすまでの間に国民経済の活動水準に影響をおよぼすことを論じ た連続的影響説(successiveeffects)3)がある。これは,重商主義思想に 相通じるものであり,論理構造からして機械的数量説とば対立・矛盾する ものである。 本稿は,道徳哲学の領域において, ヒュームに多くの影響を受けたスミ スが, 『国富論』 (Anlnquiry intotheNature andCausesofthe WealthofNations, 1776)に無いては, ヒュームの二つの貨幣理論につ いて, どのような理解を示したのか,いわば,古典派的思考の範晴にある 機械的数量説と重商主義的枠組みのなかにある連続的影響説とに対して, スミスはどのような見解を示したのかを考察しようとするものである4)。 2)①田中敏弘『社会科学者としてのヒューム』未来社, 1971年。 ②小林昇『経済学の形成時代』未来社, 1961年,第2章。 ③『小林昇経済学史著作集』Ⅲ(重商主義の経済理論)未来社,1976年,参照。 3) F.A.Hayek,PricesandProduction, 2nded.,London, 1935(Reprint)

pp.8-11. 豊崎稔訳『価格と生産』高陽書院, 1939年,第1章第4節。 (但し, 訳はPreiseundProduktiom,Wien, 1931.のもの) 4) 周知のように, J・ヴァイナーは, スミスが『グラスゴウ大学講義』(Lectures onJustice,Police,RevenueandArms,deliveredintheUniversityof GlasgcwbyAdamSmith,repcrtedbyastudentinl763andedittedwith anintroductionandnotesbyEdwinCannan,Oxfored,attheClarendon Pr・ess, 1896)では, ヒュームの「正金の自動調整メカニズム」を是認しなが ら, 『国富論』のなかにはそれを受容していないことを「経済学史上のミステリ ーのひとつ」と指摘したが,本稿は, この問題をも念頭において考察しようと するものである。 J.Viner,StudiesintheTheoryoflnternationalTrade, NewYork, 1937, p@87, なお,以下の文献を参照。 ①田中敏弘「スミスとヒュームー正金の自動調節メカニズムをめく・って−」 関西学院大『経済学論究』第25巻第4号, 1972. ②関助「アダム・スミスと“経済学史上の一つのミステリー”をめぐって− 『国富論』に満ける機械的数量説・正貨配分の自動調節機構の否定に関連、 2 −122−

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D. ヒュームの貨幣理論とA.メミス そこで, まずヒュームの二つの貨幣理論を示し, その後, これらに対する スミスの見解を明らかにしよう。 11. ヒュームの貨幣理論 (1) 機械的数量説 「貨幣は,正確にいえば,商業の実体の一つではなくて,財貨相互の交 換を容易にするために人びとが承認した道具にしかすぎない。それは交易 の車輪の一つではない。そればこの車輪の動きをヨリ円滑にたやすくする 油なのである。われわれがある国をそれだけとって考察するならば,貨幣 量の多少がなんら問題でないことは明白である。なぜなら,財貨の価格は つねに貨幣の量に比例する…」5) 『貨幣が労働と財貨との代表物(representation)以外の何物でもなく, これらを秤量し評価する手段として役立つだけであることは, もとより明 白である。鋳貨が比較的豊富にある場合には,同量の財を代表するのにヨ リ多量の貨幣が必要となるから, ある国民をそれじたいとして考察すれば, それは善悪いずれの影響をも与ええない。」6) 以上から明らかなように, ヒュームによると, 貨幣は, 「財貨相互の交 換を容易にするために人びとが承認した道具」すなわち,流遇手段にぼか ならな↓、。また,それは,労働と財貨を秤量・評価する価値尺度機能をも つという。そして,貨幣趣の多少ばある国に限って考察すれば, なんら問 、辿して一」神戸学院大『経済学論集』第12巻第3号1980. ③F・ Petrella, "AdamSmith'sRejecticncfHume'sPrice-Specie-Flow Mechanism:AMinorMysteryResolved", SouthernEconomicJournal, v01.34(3), Jan, 1968 5) DavidHume,PoliticalDiscourses,Edinburgh, 1752.但し,本稿において は, DavidHume,ThePhilosophicalworks,ed,,byT,H,GreenandT,H. Gross, 1964(Reprint)vol.3EssaysMoral, Political andLiterary.を使

用した。 (以下, P.D. と略記する) p.309.田中敏弘訳『ヒューム政治経済論 集』御茶の水書房, 1983, 33頁。

6) P.D. p.312.邦訳37頁。

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D. ヒュームの貨幣理論とA. スミス 題ではない。ただ貨幣堂に応じて財貨の価格が変化するだけだというので ある。貨幣鰍が増加すれば財貨の価格は騰貴し,貨幣価値は下落する。貨 幣瞳が減少するときは,逆の結果になるというわけである。 「あらゆる物の価格が財貨と貨幣との間の比率に依存し,いずれかに相 当な変動があれば, それは価格を引上げるか引下げるかのいずれにせよ, 同種の結果をもたらすということは, まず自明の原理と思われる。財貨力; 増加すれば,それば安価となり,貨幣が増加すれば,財貨は価値において 騰貴する。他方, これと同様に,前者の減少と後者の減少とは, これと反 対の傾向を持つのである」7〕と。 このように, この理論は,貨幣量の変動が財貨の価格と貨幣価値に影 響を与えることを説明するものであって,今日, フィッシヤー(Irving Fisher, 1867-1947, ThePurchasingPowerofMoney;

itsDeterm-inationandRelationtoCredit, InterestandCrises, 1911)の「交換 方程式」として知られている貨幣数量説を想起させるものである。貨幣は 中立性を保持し,産出量や雇用量には全く影響を与えないのであった。 「貨幣は主として擬制的な価値(fictitiousvalue)をもつものであって, それの多少は,一国民をそれじたいとして考察すれば,少しも堕要な影響 をもたない。」8〕と。 こうして, ヒュームは,貨幣の中立性を基礎として貨幣趾と財貨の価格 とは比例するだけだと主張するのである。もちろん, このぱあい,貨幣段 とは市場に糖ける流通貨幣量であり,財貨の数鐙も市場に供給される愚で あることはいうまでもない。 ところで, ヒュームのこの機械的数量説は,外国貿易に諦ける「正金の 自動調整メカニズム」(price-specie-flowmechanism) と結合する。こ れは,貨幣数蛍に応じた国内の物価水準を通して正金の国際的均衡を自動 的に達成するメカニズムである。 7) P.D. p.316.邦訳42頁。 8) P.D. p.321.邦訳50頁。

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D. ヒュームの貨幣理論とA.スミス ヒュームは次のようにいう。 「かりに, グレート ・ブリテンの全貨幣の 5分の4が一夜のうちに消滅し,わが国民が正金に関してはヘンリー諸王 やエドワード諸王の時代と同じ状態に戻ったとすれば, どのような結果が 生ずるであろうか。きっと,すべての労働と財貨との価格はこれに比例し て下落し, あらゆるものはこれらの時代と同様に安く売られるであろう。 こうなれば, いったいどのような国民が外国市場でわれわれに対抗したり, われわれには十分な利益を与えるのと同じ価格で製造品を輸出したり販売 したりするようなまねができようか。したがって, ごく短期間のうちに, この事情はきっと,わが国が失った貨幣を呼び戻し,わが国の労働と財貨 との価格を近隣のすべての国民の水準にまで騰貴させるであろう。われわ れがこの点に達したのちにば,労働と財貨との廉価という利点は直ちに失 われる。そして,これ以上の貨幣の流入は,わが国の飽和状態によって止ぬ られるのである。またかりに, グレート ・ブリテンの全貨幣力&一夜のうち に5倍に増加したとすれば,右と反対の結果がきっと生ずるであろう。」9〕 このように, ヒュームによると,貨幣量がもし一夜のうちに5分の4に 減少すれば, これに応じて国内の物価水準は下落する。すると,外国貿易 上に詣いて,財貨の価格は他の諸国よりも安くなるから有利になる。輸出 は増加して輸入は減少するから, まもなく,貨幣(正金)は流入し,国内 の物価が以前の水準にまで上昇して貨幣(正金)の流入ばストップすると いうのである。貨幣が突然5倍に増加したばあいにば逆のケースが生じる という。 以上のように, ヒュームは,国内の貨幣量と物価水準を通じて自動的に 貨幣(正金)の国際均衡が達成されるプロセスを明らかにしたのである。 このぱあい, 自由貿易が前提になっていることはいうまでもない。ところ で, このようなヒュームの所説の背景には,一国の貨幣量を「各国民の技 術と産業活動とにほぼ比例するように保持させるに違いない」'0〕という国 9) P.D.p333.邦訳66頁。 10) P.D. p.333.邦訳67頁。 −125− 5

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D・ ヒュームの貨幣理輪とA. スミス 内経済の活動水準に応じて必要な貨幣壁が決まるという考え方があった。 それゆえ, ヒュームは, 「国民と産業活動との優位を細心に維持しよう。そ うすれば,少しも貨幣の喪失を懸念するには及ばないのである」'1)という。 国民の技術と産業活動に留意さえすれば,貨幣の絶対量はどうでもよかっ たのである。 かくして, ヒュームの機械的数量説とその系論としての「正金の自動調 整メカニズム」は,富は貨幣(金銀)であり,貿易差額によるプラスを通 じてのみ,それらを蓄積することができるとする重商主義思想に対する強 烈な批判的理論を形成したのである。 ヒュームに詣いては,貨幣は一国の 富ではなく,単なる流通手段・価値尺度にすぎなかったのである。貨幣屋 の増減は物価の騰落にの象影響を与えるのであった。そして,一国の貨幣 の流通必要量は, 「正金の自動調整メカニズム』を通して,結果的に,一国 における技術と産業活動の水準に落ちつくのであった。したがって,一国 の貨幣量については,懸念やしっとをもつ必要は全くなかったのである。 ヒュームにとって,一国の真の力は「人びとと財貨」'2)にほかならなか ったのである。 以上のようなヒュームの所説は, アダム・スミスの重商主義批判と相憩 じるものがあった。しかし,後に詳述するように, スミスは, ヒュームの 機械的数量説と「正金の自動調整メカニズム」を受容してはいないのであ るが。 (2)連統的影響説 ヒュームには前述の通り,機械的数量説と呼ばれる貨幣理論があるが, 彼は,同時にもう一つの貨幣理論,すなわち, 国民経済に対する貨幣の積 極的な影響を論じた連続的影響説をもっている。つまり, 彼には,相互に 矛盾・対立する二つの貨幣理論が同時に並存しているのである。次に彼の 11) P.D.p 331.邦訳64頁。 12) P.D.p、319.邦訳45頁。 −126−

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D・ ヒュームの貨幣理論とA・スミ入 連続的影群説について考察しよう。 まずヒュームは, アメリカからの多量の金銀のヨーロッパへの流入が, ヨーロッパの産業活動・雁用を活発にしたという事実に注目する。 「…アメリカにおける鉱山の発見以来,それら鉱山の所有国をのぞくヨ ーロッパのすべての国民において産業活動が増加したことは確かであって, それは,他のいろいろな理由があるうちでもとくに,金銀の増加に原因を もとめるのが正当だといえよう。こうしてわれわれは,貨幣が以前よりも 多愚に流入し始めるあらゆる国においては, あらゆる物が新しい様相を呈 することを知る。すなわち,労働と産業活動とは生気を帯び,商人は企業 にいっそう熱心になり,製造業者は勤勉と熟練とを増し,農民でさえ, ヨ リ敏速にかつ注憩深く耕作するようになる」'3)と。 このようしこ, ヒュームによれば,貨幣量(金銀)の増大ば直ちに物価を 脆貴させるのでばなく,一国の経済活動水準を高め,挫業・工業・商業に 繁栄をもたらすというのである。したがって, ここでは,貨幣の中立性は 失われ,貨幣ば実物経済に積極的に響影を及ぼすことが取り上げられる。 彼ばこの理論を次のように説明する。すなわち,製造業者や商人が財の輸 出の結果,貨幣を手iこ入れたとすると,彼らは,その貨幣で以前よりも多 くの労働者を雇用することができるようになる。したがって,労働者全体 の消費需要は増加することになる。さらに,雇用水準が上昇するにつれ, 労働者が稀少になるから,製造業者や商人は労働の強化を要求する。 とこ ろが,労働者はこれを喜んで受け入れる。 というのは,労働者には労働の 強化によって生じた労苦と疲労とを償いうるだけの追加的報酬が与えられ るからである。それゆえ,労働者は手にした貨幣で多くの財貨を手に入れ ることができるようになる。しかし, このぱあい,諸財貨の価格ばもとの ままであJZ)ことが前提されている。かくして,労働者の購買力の増大に応 じて財貨が生産される。 「腱民や園芸家は, かれの財貨が売り尽されたこ とを知って, もっと多く批培するためにてきぱきと労働する。それと同時 13) P.D. p、313.邦訳37頁。 7 −127−

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D. ヒュームの貨幣理論とA.スミス にかれらは,商工業者から,以前と同じ価格でヨリ良質の毛織物をヨリ多 く入手することができる。この場合,かれらの産業活動がこの新しい利得 分に応じて刺激をうけるにとどまる。貨幣が社会全体を流れてゆく足跡を たどることはたやすい。その場合,貨幣は労働の価格を騰貴させるよりも 前にまずあらゆる個人の勤勉を必ず増大させることがわかるであろう」'4) と。 以上のように,貨幣量の増大は労賃を騰貴させる前に,積極的に国民経 済に影響を与え,農業・工業・商業を活発にするというのである。このよ うな考え方においては, もはや前述の機械的数量説におけるような貨幣の 中立性は失われ,貨幣の国民経済に対する積極的な効果が強調されること になる。 ところで, ヒュームは,貨幣麓の増加が産業活動にとって有利なのは, 貨幣の増大が物価騰貴をもたらすまでの過渡期においてだけであるという。 「・ ・・財貨の高価格は,金銀の増加の必然的結果ではあるけれども, この 増加に続いて直ちに生ずるものではなくて,貨幣が国の全体にあまねく流 通し,その効果が国民のすべての階層に及ぶまでには,ある時間の経過が 必要なのである。はじぬのうちばなんらの変化も認められないが,やがて 次第に一つの財貨から他の財貨へと価格は騰貴してゆき,ついにはすべて の財貨の価格がこの国にある貴金属の新しい分量にちょうど比例する点に まで達する。わたくしの意見では,金銀の増加が産業活動にとって有利な のは,貨幣の取得と物価の騰貴との間の間隙ないし中間状態(intervalor intermediatesituation)に諦いてだけであjる」'5)。 かくして,連続的影響説とは,貨幣が積極的に国民経済に影響を及ぼす ことを認識したものであるが, このぱあい, 「貨幣の取得と物価の騰貴と の間の間隙ないし中間状態」とは,前述の説明から明らかなようヤこ,非自 発的失業者が存在しているぱあいなのである。したがって,連続的影響説 14) P.D. p、314.邦訳38頁。 15) P.D. p.313.邦訳37-38頁。

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D. ヒュームの貨幣理論とA,スミス は,完全雇用水準に至るまでの間の過渡期において,貨幣の実物経済に対 する積極的影響を説明する理論に他ならなかったといえる。換言すれば, 非自発的失業者が存在しているぱあいには,貨幣の漸次的増大が求めら れ,それによって国民経済は発展するというのである。それゆえ, この理 論は,外国貿易におけるプラス,すなわち輸出超過による貨幣の流入が望 ましいことにもなる。かくして, ヒュームは次のようにいう。 「為政者の すぐれた政策というのはただ,できることなら貨幣量を絶えず増大させる ようにして猫くことにある。なぜなら,その方策によって,かれは国民の うちにある勤労意欲を活発に保ち,すべての実質的な力と富とを成り立た せているところの労働の貯えを増大させるからである」'8〕。 こうして,連続的影響説は,貨幣鐙の増大が雇用量と生産の拡大を導び くがゆえに,絶えず,国内への貨幣瞳の流入を目的とした経済政策を正当 化することにもなる。 このことば,貨幣の中立性,貨幣品と物価との比例 関係,そして自由貿易による貨幣の国際的均衡といった機械的数量説と 「正金の自動調整メカニズム」の論理的構造との対立を意味することにな る。いわば両理論の論理的織造は全く異なるものであって,機械的数段説 は古典派の世界,連続的影響説は重商主義の世界にその存立基盤をもつの であった。この対立する二つの貨幣理論をめ<・って,多くの研究者が考察 を加えているが17)F ここでは立ち入らない。われわれの課題は,上述のヒ ュームの二つの貨幣理論とスミスとの関連である。 16) 17) P.,. p、315.邦訳40頁。 ①小林昇前掲密,及び『小林昇経済学史著作集』Ⅸ巻(璽商主義解体期 に鎧ける貨幣・貿易理論)未来社, 1979年。 ②羽鳥卓也前掲書,第3章。 ③田中敏弘前掲聾,第3章。 ④堀家文吉郎「貨幣数段説のディヴィッド・ ヒュームにおける錯乱」『早 稲田政治経済学雑誌』第113号, 1951年。 ⑤関助「デビット ・ ヒュームの連続的影裡説をめく.って」神戸学院大『経 済学論集』第12巻第2号, 1980年。 ⑥大森郁夫「機械的数鯉説をめ<・るヒュームとスチュアート」『早稲田商 学』第316号, 1986.以上の文献を参照。 −129− 9

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D、 ヒュームの貨幣理論とA・ スミス 111. ヒュームの貨幣理輪に対するスミスの見解 ヒュームの『政治経済論集』(POliticalDiscourses,1752)に無いて,ゆ たかに展開された彼の貨幣理論に対して, スミスは『国富論』において, どのような見解を示したのであろうか。まず, スミスの言うところを引用 しよう。 引用(A) 「(f)実際のところ, アメリカの諸鉱山の発見以来, ヨーロッ パの富は大いに増加したのに金銀の価値はしだいに減少した。 とはいえ, それらの価値のこういう減少は, ヨーロッパの実質的富,つまりその土地 端よび労働の年々の生産物の増加に起因するものではなくて,従来既知で あったどれよりも豊富な諸鉱山が偶然に発見されたことに起因するもので ある。 (ロ) ヨーロッパでの金銀の量の増加と,そのもろもろの製造業や腱 業の増進とは,たとえほぼ同時におこったにしても,ひじょうに異った原 因から生じ, しかもたがいに,ほとんどまったく自然的関連をもっていな い二つのできごとなのである。前者は, 単なる偶然から生じたことであっ て,それにば慎慮も政策も全然関与していないし, またそうする余地もま ったくなかった。そして後者は,封建制度の崩壊から生じたことであり, つまり産業に対して,それが必要とする奨励の承をあたえるような政府, いいかえれば,産業にそれ自身の労働の果実を享受させるためのかなりの 保証をあたえるような政府の樹立から生じたことである」'8)。 ((イ), (ロ)は引 用者による) 引用⑧「(イ)紙幣の増加ば, 全通貨の量を増加させることによって, またその結果,全通貨の価値を減少させることによって,必然に諸商品の 貨幣価格を高めるといわれている。 (ロ) しかしながら,通貨からとりのけら 18) AdamSmith,AnlnquiryintotheNatureandCausesoftheWealth ofNations,ClarendonPress,1976. (以下,W.N. と略記する)Vol. 1, pp. 25岳256. 大内兵衛・松川七郎訳『諸国民の富』(2)岩波文嘩, 196頁。 10 −130−

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D. ヒュームの貨幣理論とA,スミス れ為金・銀貨の瞳とモれにつけ加えられる紙幣の盆とがつねに等しいので あるから,紙幣が必ずしも全通貨の堂を増加するとはかぎらない。…. ・・レウ 1751年とヒューム氏がその『政治経済論集』 (PoliticalDiscourses)を公 刊した1752年,およびスコットランドで紙幣が大増加してまもないころに は,食料品の価値がきわめて顕著に騰貴したのであって, これはおそらく 季節が不順であったことに因為もので,紙幣の増加に因るもので朧なかろ う」'9〕と。 ((イ), (ロ), ヤウは引用者ヤこよる) 以上の引用文(A) ・ (B)は,明らかにスミスのヒュームにおける二つの貨幣 理論に対する批判である。次に,それらを順次検討しよう。 (1) 機械的数里説と労働価値説 引用(A)の(イ)の文は,一見して機械的数量説的叙述のように思われる。こ の文を理解するために, スミスの説明を補足すると, ある国における貴金 属の量は, これを供給する諸鉱山の産出高の増大によって増加するぱあい と,労働の年女の生産物の増加に伴って,流通必要鋳貨がますます必要と なって増大するぱあいとがあるという。前者のぱあいは,労働の年,々の生 産物の愛は,従来と同じであるから「等量の金属は比較的少盈の諸商品と 交換されざるをえない。」20)したがって,貴金属の価値は減少す湯。後者の ぱあいは,国富の増加の結果, 「ますます多量の商品を流通させるために, ますます多量の鋳貨が必要iこなり. しかも人民は,そうするだけの余裕を もち,つまりそれと交換にあたえるべきいっそう多くの商品をもっている から, 自然ますます多くの金器銀器を瞬買するようになるであろう。」21)し たがって,貴金属の価値ば減少しない。このように, スミスば質金属の趾 が増大したとき,その価値が減少するぱあいと減少しないぱあいがあるこ とを分けて考察しているのである。 J1, 鱒鋤瓢 VOl.1,pp.324-325_邦訳(2)326-327頁。 Vol.1,p、207.邦訳(2)97頁。 Vol.1,p.208邦訳(2)97頁。 N N N ■早■ WWW −131− 11

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D. ヒュームの貨幣理論とA.スミス 以上のことを念頭に鈴いて,引用(A)の(イ)の文を読むと, アメリカの諸鉱 山の発見以来, ヨーロッパの国富は大いに増加したのにもかかわらず,金 銀の価値ば減少した。なぜなら,それは,国富が増大したから金銀の麓が 増加したのではなくて,従来既知であったどれよりも豊富な諸鉱山の発見 によって金銀の量が増加したからであるということになる。しかし, この ように理解しても一見して数通説的見解と思われるものを, スミスの真意 と見なすことはできない22〕。彼は他のところで次のようにいう。 「アメリカの豊富な諸鉱山の発見は, 16世紀に, ヨーロッパの金銀の価 値をそれ以前の約3分の1に縮減した。それらの金属を鉱山から市場へも たらすのにば比較的わずかの労働がついやされたから, それらの金属がそ こへもってこられたときにもまた,比較的わずかの労働を瞬買または支配 しうるにすぎない…」23)と。 このように, スミスによると,金銀の価値は,金銀を鉱山から市場へも たらすためについやされる労働量に依存するというのである。そして,そ の労働量が従来とくらべて減少したのであるから,当然金銀の価値も減少 することになったのである。つまり, スミスは金銀壁の増加→物価騰貴= 金銀の価値低下というふうには考えなかったのである。 ところで, スミス の労働価値説は金銀の価値だけでなく財貨の価値をも決定する原理である ことは周知の通りである。 もちろん, スミスの労働価値説には投下労働価 値説と支配労働価値説の並存の問題があり, また,価値論と価格論との関 連の問題があるが,本稿では問わないことにする。スミスが労働価値説を 樹立したという事実が, ヒュームの機械的数麓説に対してもつ意味につい て考察するものである。 換言すれば, スミスば,機械的数量説に猫いてば全く考慮されえない金 銀および財貨の内在的価値を労働堂に求めたのである。 「…労働こそ, 銀 についても,その他すべての商品についても,価値の実質的尺度だという 22)三上隆三『貨幣的経済理論の研究』有斐閣, 1960, 193-194頁,参照。 23)W.N.V01.1, pp.49-50.邦訳(1)155頁。 −132− 12

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D. ヒュームの貨幣理論とA.スミス ことは,常に記憶されねばならないことである。」24) かくして, スミスは,財貨の価格と,貨幣の価値を貨幣と財貨との流通 量で説明しようとする機械的数肚説を『国富論』においては,受け入れる ことができなかったのである。 (2)連続的影響説に対するスミスの批判 引用⑧の(ロ)の文は, 明らかにヒュームの連続的影響説に対する批判であ る。貨幣趾の変動が積極的に国民経済に影響を及ぼすとするヒュームの主 張に対して, スミスは,その関連性を否定し,金銀の増加ば, アメリカの 豊富な諸鉱山の発見という単なる偶然から生じたことであり,産業活動の 増進は,封建制度の崩壊による所有権の保証に基づくところなのであって, 両者の関係は全く存在しないのだと主張するのである。要するに,貨幣量 の増加と製造業や農業の増進との間には全く自然的関連はないというので ある。 こうして, スミスは, ヨーロッパに潟ける金銀の量の増加と製造業や農 業の発展は,ぼぼ同じ時期に起こったものであるとしても,別点の原因に よって生じたということを強調す為のである。そして,特に, ヨーロッパ の産業が繁栄した理由りこついては,所有椎の保証を与える政府の樹立のほ かにアメリカという新市場のもたらした経済的利益についても次のように 指摘している。 「…アメリカの発見こそは,たしかにもつとも本質的な変化をもたらし たものなのである。それは, ヨーロッパの全商品に無尽蔵の新市場を開放 することにより,新しい分業と技術の改善とをひきjおこしたのであって, .…・・労働の生産諸力は改善され, ヨーロッパのありとあらゆる国における 労働の生産物は増加し, またそれとともに住民の実質的収入や富も増加し た」25>と。 6 8 ”“ や由 p p PF 1 1 L L 、 O V V ■■ N N ■■ WW 、j、ノ 4 5 2 2 鯛 毘 瓦 1 4 3 一 博 脚 2 3 く 訳 訳 邦邦 13

(15)

D. ヒュームの貨幣理論とA,スミス このように, スミスば, アメリカの発見によってヨーロッパの産業が発 達したのは,新市場のもたらした経済的効果によるものだというのである。 これと,前述のヨーロッパに無ける封建制度の崩壊による所有桶の保証と がヨーロッパに繁栄をもたらした二大原因であった。かくして, スミスは, ヒュームの連続的影響説が主張する金銀の増加と国民経済の発展との関連 性を全面的に否定したのである。重商主義を批判して実物経済を重視した スミスの体系においては,国民経済の発展は,分業に基づく労働生産力の 改善と資本蓄積によ為生産的労働者の増加による以外は考えられなかった のである。この基本的なスミスの精神ば,次の信用論においても黄かれて いる。すなわち, スミスの信用論は資本蓄積論の一環として把握されてい るのである。 (3)信用輪をめぐるヒュームとスミス さて,引用⑧の文は,全体として機砿的数燈説批判であるが, その背景 には,信用論をめく・るヒュームとスミスの根本的見解の相違がある。次に この点を考察しよう。 (a) 金銀貨幣と銀行券 引用⑧の(イ)と(ロ)の文は,銀行券発行と物価との関連においてのヒューム 批判である。 ヒュームによると,紙券信用は流通通貨量の増大をまねき物 価を騰貴させる。したがって,外国貿易上は不利となり,輸出が減少し,輸 入が増加して金銀貨幣は外国へ流出してしまうこと腱なる。かくして, ヒ ュームは紙券信用に対しては否定的であった。つまり, ヒュームは鋳貨尊 重主義者であった。「わが国で非常に広く無こなわれている銀行(banks)・ 公債(funds)・紙券信用(paper-credit)の諸制度ぼど,貨幣をその水準 以下に下落させる方法をわたくしはまず知らない。これらの制度は,紙を 貨幣に代るものとみなし,それを全国にくまなく流逓させて金銀にとって 代らせ,それに比例して労働と財貨との価格を騰貴させる。そしてこれに よって右の貴金属の大部分を駆逐するか,そのいっそうの増加を妨げたり

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D_ ヒュームの貨幣理諭とA.スミス する」26〕と。 例えば,彼によると, 1,800万ポンドの現金鋳貨と1,200万ポンドの紙券 が国内で流通しているとするとき,国内の全流通通貨量は, 経験上31000 万ポンドになる。諸財撰の価格は, 当然, この通貨量に応じて決まること になる。ところで, ヒュームによると, この国で,それだけの貨幣を保有 しうるばあい, もし紙券が流憩していなかったならば,貨幣の全部,すな わち3,000万ポンドすべてが金銀の形態で獲得できたはずだというのであ る。なぜなら「…この1,200万ポンドが取り除かれれば,わが国の貨幣は わが近隣諸国民と比べてその水準以下となり,われわれは直ちにそれら諸 国民のすべてからく貨幣を>引き出し,ついに貨幣の充満・飽和といった 状態に達して, これ以上は保有できなくなるに違いない」27)からである。 このように, ヒュームによれば,紙券の流遇は,その分だけ国内の物価 を騰貴させ,紙券がないぱあいの本来の金銀貨幣の流入分を妨げていると いうのである。現金鋳貨1,800万ポンドに応じた国内の物価水準であれば, 諸外国より物価が低くなり自然に「正金の自動調整メカニズム」によって, 金銀が流入してくるというわけである。ここには, ヒュームの金銀鋳貨尊 重の思想がある。しかし,鋳貨尊重の思想は,鋳貨退蔵を積極的に是認す ることWこもつながる。彼は次のようiこいう。 「フランスの地金が十分に鶴富なのは,疑いもなく紙券信用のないこと に負うところが多い。フランス人は銀行をもたない。そこでは商業手形ば わが国ぼどにば流通していない。微利,すなわち利付きで貸すことは直接 には認められていない。したがって,多くの人が大金を自分の金津にしま っている。また, きわめて多赴の金銀器が個人の家庭で用いられ, どこの 教会もそれでいっぱいである。このためにかれらの間では食料と労働とは, 金銀をその半分ももたぬ国民のなかでよりも相変らず安価である。 こうし た事態が有利なことは,国家の重大な非常事態にざいしてばもちろん貿易 26) P.D. p,337.邦訳71頁。 27) P.D. pp.337-338.邦訳72頁。 −135− 15

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D. ヒュームの貨幣理論とA.スミス 上もあまりに明白で, ことさら論ずるまでもない。」28〕 このように, ヒュームによると,紙券信用のないところでは,多くの人 々が金庫のなかに金銀を退蔵することになり,結果的に一国の通貨量が減 少し,食料と労働とが安価になり貿易上有利な地位を保つことができると している。また,国家の重大な危機にさいしては,それらの退蔵された金 銀が役に立つのでもあった。 ところで, このようなヒュームの紙券信用の否定は,機械的数量説の論 理的帰結に反して,金銀蓄積を積極的に擁護することにも通じることにな る。換言すれば,前述のように,機械的数量説と「正金の自動調整メカニ ズム」は,重商主義の貨幣偏重主義に対する強力な批判的武器となる理論 であったが,紙券信用を否定することは,今や金銀鋳貨の退蔵を容認する ことIこも通じる理論となったのである。つまり, ヒュームにおいては,彼 自身が認識していると認識していな↓、にかかわらず,紙券信用の否定に伴 って, 「正金の自動調整メカニズム」は,人為的な貨幣退蔵容認の理論と なったのである29〕。しかし, スミスは,以上のようなヒュームの紙券信用 の否定に対して批判を加えるのであった。むしろ彼は,積極的に信用論を 展開するのである。 さて, スミスによると,貨幣は「流通の大車輪であり,商業の偉大な用 具」30)である。 ヒュームと同様に, スミスのぱあいにも,貨幣の機能は流 題手段と価値尺度に他ならなかった。しかし, ヒュームとの決定的な相違 は,銀行信用の問題である31)。この問題についてのスミスの見解ば, 『国 28) P.,. p、338.邦訳72-73頁。 29)関勘,前掲論文神戸学院大『経済学論集』第12巻第3号, 13頁参照。 30)W.N.VC1. 1, p.291.邦訳(2)261頁。 31) スミスの貨幣・信用論については以下の文献を参照。 ①武田信照「アダム・スミスの貨幣形成論」愛知大『法経論集』87, 1978. ②中村広治「スミス貨幣・信用理論の研究」大分大『経済論集』第15巻第 1,第3号,第16巻第1号,第2 . 3号合併, 4号, 1963-65・ ③依光良馨「アダム・スミスにおける貨幣と銀行券」『東京経済大学60周年 記念論文集』1960。 ④玉野井芳郎『経済理論史』東大出版会, 1977,第1部I。 / 16 −136−

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D, ヒュームの貨幣理論とA.スミス 富論』第二編第二章「社会の総資財の特殊部門と考えられる貨幣について すなわち,国民資本の維持費について」のうちの総収入(grossrevenue) と純収入(neatrevenue)の区別から出発する。 スミスによると,社会の総収入は, 「土地無よび労働の年左の全生産物」 であるが,純収入は, この全生産物から「第一にかれらの固定資本の,そ して第二にかれらの流動資本の維持費をさしひいたあとで,かれらの自由 処分にのこされるもの」32)である。そして,総収入ではなく純収入こそ社 会の実質的富なのである。 ところで,流動資本を構成する貨幣(money) ・食料品(provisions)・材料(materials).完製品(finishedwork)の なかで, あとの三者は,社会的観点から象れぱ,固定資本の維持に用いら れない部分ば,社会の純収入になる。 したがって, 「社会の流動資本のな かで, その維持が社会の純収入のなにほどかの減少をひき無こしう湯唯一 の部分は」33〕, 貨幣ということになる。そこで,流動資本のなかでは貨幣 の維持費が固定資本の維持費と似ているから,双方の維持費の節約は,社 会の純収入についてなされる改善である。 「"…・固定資本を描成する機械や職業上の用具等点は, なおつぎの点に 鈴いても流動資本中の貨幣部分に似ている。すなわち, これらの機械を設 置し維持するための経費を,労働の生産諸力を減少させずに節約す)るとい うことは,いずれも社会の純収入についてなされる一つの改善であるが, それと同じように,流動資本中の貨幣部分を収集し維持するための経費を 、図⑤三上隆三『貨幣的経済理論の研究』有斐閣, 1960,第3蔦第5章。 ⑥川島信義「アダム・スミスの信用論の展開とスコティッシュ・ナシ国ナリ ズムーー銀行券流通の理解をめく.って−」可国富論』の成立』経済学史学 会編1976. ⑦D,Vickers, !!AdamSmithandtheStatuscftheThecryofMoney" inEssaysonAdamSmith,Oxford, 1975, ③D,I_aidler,"AdamSmithasaMonetaryEconcmist"CanadianJournal ofEconomics,Vol.14(2),May1981. 32)W、N,V01.1,p.286.邦訳(2)251頁。 33)W.N・Vol.1,p.288.邦訳(2)255頁。 −137− 17

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D・ ヒュームの貨幣理論とA メミス 節約するということは,いずれも右とまったく同じ種類の改善なのであ る」34>と。 かくして, 「金銀貨幣のかわりに紙幣(papermoney)を代用するのは, 商業のきわめて高価な用具を,はるかに経費がかからず, しかも同等に便 利な用具で潟きかえる」3s)ことになる。そして,紙幣のなかでも「銀行や 銀行家の流通手形(circulatingnotes)」は,最も信頼の高い銀行券で, 金銀貨幣と同一の通用力を持っていたのである36)。つまり, これらの流通 手形は,銀行に託ける免換が完全であった。 ところで, スミスは,金銀貨幣と紙幣との代替のメカニズムについて, 次のように説明している。土地と労働の年,々の全生産物を流通させるため に, 100万ポンドの金銀貨幣を必要としたある国で, いま,銀行が100万ポ ンドを限度として持参人払の約束手形を発行し,随時の要求に応じるため に, 20万ポンドの金銀貨幣を金庫に留保したとする。このぱあい,金銀貨 幣80万ポンドと銀行券100万ポンドとの合計, 180万ポンドが流通界にとど まるといえそうである。しかし, この国の土地および労働の年,々の生産物 を流通させぁには100万ポンドあれば十分であった。つまり 「流通の水路 (channel)」を満たすのは100万ポンドなのである。ところが,いまこの水 路には180万ポンドの貨幣がつぎこまれたのであるから, 80万ポンドは水 路からあふれだしてしまうことになる。この80万ポンドは国内の流通必要 量以上の貨幣であるから,国内では使用しえない。そこで,有利な用途を 求めて海外に送られることになる。しかし,紙幣を海外に送るわけにぱい かないから金銀貨幣80万ポンドを海外に送ることにな為であろう。かくし て「国内流通の水路は,以前にそれを満たしていた100万くポンド>のこ 34)W.N.VO1. 1, p.291.邦訳(2)261頁。 35)W.N.VOll, p、292.邦訳(2)262頁。 36) スミスは銀行券の発行として,①為替手形の割引,②キャッシュ・アカウン I、 (cashaCCOuntS-スコットランドの諸銀行)の許与の方法をあげてL、る。 W_N.VOl.1, pp.298-299.邦訳(2)273-274頁。W.N.VOl.1,p.299,邦訳(2) 274-275頁,参照。 18 −138−

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D. ヒュームの貨幣理論とA,スミス ういう金属のかわりに, 100万くポンド>の紙幣で満たされるということ になる。」37〕 要するに,金銀貨幣の維持費の節約のために金銀貨幣は紙幣に謂きかえ られ, しかも, 「流通の水路」からあふれでた貨幣は海外に送られるとい うのである。 さて,以上のスミスの金銀貨幣と紙幣との代替メカニズムの説明におい て重要なことは,第一に, ある国には財貨を流通させるために必要な一定 の貨幣量が存在しているという貨幣の流通必要量の概念が存すること。そ して,第二に,金銀貨幣の維持費の節約のため紙幣が用いられ, しかも 「流通の水路」からあふれでた貨幣ば有利な用途を求めて海外1こ送られる ということである。 貨幣の流通必要堂の概念は,機械的数量説を批判する武器となるもので あjるから,節を改めて論じることにして, ここでは,紙幣と金銀貨幣との 代替による利益について述べよう。一つには,金銀貨幣に代って紙幣が用 いられると,維持費の節約分だけ材料・道具・生活資料などの資本が増加 し,届用される勤労の量はふえることになる。二つには,海外に送られた 金銀は,ぜいたく品の蹴入にあてられることもあるが,ぼとんどその大部 分は,生産的労働者を多く雇用す為ための,いっそう多量の材料・道具お よび食料品を購買するために用いることができる。かくして, スミスは銀 行の役割を次のようにいう。 「ある国に流通し, またそれを媒介としてこの国の土地および労働の年 点の生産物が流通させられ,正当な消費者に分配される金銀貨幣も,商人 の現金と同じように,すべて死んだ資財(deadstock)である。それは, この国の資本のなかのきわめて貴重な部分ではありながら, しかもこの国 のために一物も生産しない。銀行業の賢明な諸活動ば, こういう金銀貨の 大部分のかわりに紙幣を代用させることによって, この国がそういう死ん だ資財の大部分を活動的で生産的な資財に,つまり, この国のためになに 37)W.N.Vol,1,p.294.邦訳(2)265頁。 −139− 19

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D・ ヒュームの貨幣理論とA.スミス ものかを生産する資財に, きりかえることを可能にするのである。」38〕 このように, スミスは,銀行の役割を「死んだ資財(deadstock)」で あった貨幣を生産的資財として活用して,一国の勤労者の届用を増大させ 国富を豊かにすることに見いだしたのであった。ここには,資本蓄積によ って生産的労働者を多く雇用し国富を増大させようとするスミスの資本蓄 積論の精神があった。つまり, スミスの信用論は資本蓄積論の一環として 把握されているのであった。 (b) 貨幣の流通必要量の概念について ところで,以上のスミスの信用論のなかで前提されていた点は,ある国 には諸財貨を流通させるために必要な一定の貨幣量が存在しているとい う貨幣の流通必要盆の概念39〕であった。したがって, 引用⑧の(ロ)の文の 「…通貨からとりのけられる金銀貨の鮭とそれにつけ加えられる紙幣の量 とがつねに等しい」とする金銀貨幣と紙幣との代替に猫いては,一国にお ける紙幣の総額ば,流通に必要な金銀貨幣鯉をこえないということになる。 「ある国でたやすく流通しうるあらゆる種類の紙幣の総額は, それ力K代 位する金銀貨の価値,いいかえれば(商取引は同一と仮定して)かりに紙 幣が全然ないばあいにそこに流通するであろう金銀貨の価値をけっしてこ えることができない。たとえば, もし20シリング紙幣がスコットランドで 流通する最低額の紙幣だとすれば,そこでたやすく流遇しうる通貨の総額 は, この国で日常取引されている20シリングないしはそれ以上の価値の年 点の取引を決済するのに必要とされるであろう金銀貨の額をこえることは できないのである。かりに,流通紙幣がある時期ヤここの額をこえたとすれ ば, この超過分は海外へ送ることもこの国の流通界で使用することもでき 38)W.N.V01. 1, pp、320-321.邦訳(2)318-319頁。 なお, スミスは銀行信用の役割を,流通貨幣の紙幣による節約のほかに流通資 本の節約のぱあいも取り上げている。しかし,玉野井氏によれば, スミスはこ の両者を混同しているばかりではなく,流通貨幣資本の節約をむしろ流通貨幣 の節約のうちに包括させ解消させている。玉野井芳郎前掲書46-53頁,参照。 39)適正貨幣流通股の概念については,飯田和人「古典的批幣数齪説の基本織造 とその批判」明治大『政経論集』第46巻4号1978, 96-101頁参照。

(22)

D. ヒュームの貨幣理競とA.スミス ないから,金銀貨と免換されるためにただちにこの銀行に還流せざるをえ ない」40)と。 このように, スミスは,流通する紙幣の総額は,紙幣が全然ないぱあい に流通する金銀貨幣の価値をこえることがないと主張するのである。した がって, スミスにあっては,紙幣の過剰発行はありえず,銀行券の免換を 通じて,紙幣の流通量ば一国の金銀貨幣の流通麓に維持されるのである。 それゆえ,引用(B)の●,の文のように, ヒュームの『政治経済論集』公刊当 時の食料品の価値騰貴は,紙幣の増加によるものではなく季節の不順から 生じたものだというのである。かくして,貨幣の流通必要量の概念は, ス ミス信用論の核心をなすものである。それでば,一国における(金銀)貨幣 の流通必要量は何によって決定きれるのであろうか。スミスは次のように いう。 「…ある国で年,々に使用される貨幣の愚は,その国内に年点流通す る消攪物の価値(thevalueoftheconsumablegOOds)によって決定さ れざるをえない。この消費物は,その国自体の土地および労働の直接の生 産物か, またはこの生産物のある部分で購買されたある物かのいずれかで あるにちがいない。」41〕「ある国で年左に売買される財貨の価値(thevalue ofgoods) i*, これらの財貨を流通し,適当な消費者に分配するために, 一定趾の貨幣を必要とはするけれども,それ以上の用途をあたえうるもの ではない。流通の水路は,それを満たすのに十分なだけの額を必然的にそ れ自体へひきいれるにしても,それ以上ばけつしてうけいればしない」42)と。 以上のようりこ, スミスに鐙いては,一国の貨幣の流通必要量は,その国 内に流通する諸財貨の価値の大きさに依存するというのであった。もちろ ん現実的には,諸財貨の価値の大きさは,価格総額としてあらわれるので あるが。かくして,諸財貨の側の事情が先に決まって,それに応じて貨幣 段が規定されるとするスミスの流通必要段概念は,貨幣量力諸財貨の価格 40) 41) 42) V01-1, pp、301301.邦訳(2)278頁。 V01.1, pp.339-340.邦訳(2)355頁。 Vc1。1、 p.441.邦訳(3)30-31頁。 N N N ○守■ www −141− 21

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D. ヒュームの貨幣理論とA. スミス を規定するという機械的数量説に対する反対を表明するものである。マル クス(KarlMarx, 1818-83)が, J.スチュアート (SirJamesDenham Steuart,1712-80)をして「"・流通する貨幣の量が商品価格によって規定さ れるのか,それとも商品価格が流遇する貨幣の鐙によって規定されるのか, という問題を提起した最初のひとである」43〕といったが, スミスのぱあい には,諸財貨の価格総額に応じて貨幣の流通必要愚が決まるのであった。 ところで,以上のうよなスミスの流通必要堂の概念ば, ヒュームのそれ とは全く異なるものであった。すなわち,前述のように, ヒュームが,一 国の通貨量は各国民の技術と産業活動に比例すると説くとき, そこには 「正金の自動調整メカニズム」を通じての正金の国際的均衡という考え方 があった。つまり, ヒュームのぱあいには, まず貨幣数瞳説によって物価 水準が決まり,それに応じて各国の流通必要量が調整的に決まるというも のであった。そして,結果的に,その流通獄の水準は,各国民の技術と産 業活動に比例しているはずだというわけである。 かくして,貨幣の流通必要堂の概念といっても, ヒュームとスミスとで は根本的に異なっていたのであった。 ヒュームのそれは機械的数量説と 「正金の自動調整メカニズム」の結果であるが, スミスのそれは機械的数 量説を批判するよりどころなのであった。 IV・結 び ヒュームの『政治経済論集』のなかに展開された彼の貨幣理論は, 18世 紀の中葉に「ヒューム氏の学説」として広く浸透した。デュコ'ルド・ステ ュアート (DugaldStewart l753-1828) も指摘しているように, アダム ・スミスにとっても『政治経済論集』は有益であった44)。特に, 『グラス 43) マルクス『経済学批判』武田隆夫他訳,岩波文庫, 218頁。 44) D・ Stewart,AccountoftheLifeandWritingsofDr@ Smith,LL.D., (inEssaysonPhilDsophicalSubjects,C1arendonPress. 1980)p.300, pp. 320-321.福鎌忠恕択『アダム・スミスの生涯と著作』御茶の水密房, 1984年, 47頁, 77頁。

(24)

D・ ヒュームの貨幣理論とA.スミス ゴウ大学講義』のなかでは, ヒュームの「正金の自動調雛メカニズム」を 巧魏に要約して,称賛さえしている45〕。しかし,すでに論述のうちに明ら かになったように, 『国富論』のなかでは, スミスは, ヒュームの二つの 貨幣理論を受容してはおらず,むしろ批判・否定したのである。なぜなら, 第一に, 彼は,労働価値説を樹立することによって,諸財貨や貨幣の内在 的価値を労働壁に求めた。したがって,機械的数量説の主張するような, 貨幣獄と財貨鐙との関係から財貨の価格あるいは貨幣価値が決まるとする 考え方は, 当然受け入れ為ことができなかったのである。 第二ヤニ,連続的影響説は, その論理構造や政策的帰結が亜商主義の世界 に遇じぁものであるから, スミスにとっては,当然否定されねばならなか った。すなわち, 『国富論』全体の精神が重商主義の貨幣経済の理論を批 判して実物経済を函視したものであるから,国民経済の発展は,分業によ る労働生産性の向上か,資本蓄積による生産的労働者の増加以外にはあり えなかったのである。それゆえ,貨幣量の増大が国民経済を拡大するとい うことは,到底認められなかったのである。 第三に, ヒュームが信用論を否定した根拠は,彼の機械的数愚説にある が, スミスば信用論を資本蓄積論の枠の中に取り入れることによって,生 産的労働のファンドを増大させるという観点から,積極的にその意義を認 めた。換.高すれば,紙券信用ば物価騰貴をまねき金銀貨幣を国内から流出 させるとしたヒュームに対して, スミスは,銀fjによる金銀貨幣と紙幣と の代替によって, デッド・ストックである貨幣を維持費の節約と外国での 原材料や食料,品の蛎入を通じて,生産的資財の増大に結びつけたのである。 このように, スミスは, ヒュームの否定した信用論を自分自身の資本蓄積 の体系のなかに位憧づけたのである。 第四に, スミスは貨幣の流通必要量の概念を重視した。すなわち, スミ

45) A. Smith,LeC[urescnJurisprudence, Report dated l766,C1arendon

PreSS] 1978p.507,商島善哉・水田洋訳『グラスゴウ大学講蓋』日本評論社,

1947, 372-373頁。

(25)

D. ヒュームの貨幣理論とA・スミス スの流通必要量の概念は,彼の信用論の核心をなして満り,紙幣の発行が 物価騰貴をまねくことにはならないという結論を導くものであった。また, それは,商品の価格総額に応じて流通貨幣量が規定されるというもので, 機械的数通説批判のよりどころであった。 以上の四つの理由から, スミスは, 『国富論』において, ヒュームの二 つの貨幣理論を受け入れることができなかったのである。つまり, スミス 自身の経済学体系の確立によって, ヒュームの貨幣理論の存在意義がスミ スのなかから失われたのであった。それゆえ, ヴァイナーをして「経済学 史上のミステリーのひとつ」といわしぬたものば, ミステリーといえるも のではなく, スミスが『グラスゴウ大学講義』から『国富論』へと自己の 経済学を展開・確立することによって, ヒューム貨幣理論の受容の意義を もたなかったことを意味していたのであった。おそらくスミスにとって, ヒュームは重商主義批判という点で思想の先覚者ではあっても,経済学の 樹立という点での理論体系の先覚者ではなかったものと思われる。換言す れば, スミスの重商主義批判は,貨幣理論においてではなく,経済学体系 の樹立によってなしとげられたのである。 24

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