象にまでなった。 ︻解題︼ ﹃十六画漢悪縁起﹄︵書名は尾題による。以下﹃悪縁起﹄と略す︶は悪摺とよばれるものの一つである。悪摺は他人の秘事を 暴いて一枚摺や冊子にして秘かに配布したもので、文久三年に仮名垣魯文か千住小塚原の妓楼大黒屋抱えのお信を後妻に するまでの経緯を梅素玄魚・山々亭有人・落合芳幾らが﹁白石くどき﹂という戯文にしたのを契機とし、それ以後戯作者 や遊民の間で悪摺の応酬が統き、慶応三年にはその評判記﹃鳴久者評判記﹄が刊行されるにいたるという、一種の社会現 ﹃悪縁起﹄に登場する十六人の画漢は興画合の作者である。興阿合は波月亭花雪を中心とした幕末の遊芸で、その最初 の作品集﹃興画帖﹄が刊行されたのが元治元年であるから、文久年間以降の江戸で流行した遊芸である。その主要な同人 を十六羅漢に見立てたのがこの﹃悪縁起﹄なのである。 ﹃悪縁起﹄が紹介されたのは無声山人﹁悪摺考﹂︵﹃此花﹄第十六枝、明治四十四年七月︶が悪摺の実例として﹁第三酒落発 四調査報告五十
﹃十六画漢悪縁起﹄影印と解題
佐
藤
悟
− 2 9 2 −五 十 四 『 十 六 画 漢 悪 縁 起 」 選者﹂の画像を示し解説をおこなったのが最初と思われる。その後﹃書物往来﹄愚文珍文号︵大正十三年十月︶にその本文 と草稿本︵笹野文庫蔵︶の﹁第一破那阿迦選者﹂の部分︵参考図1︶が掲載され、広く知られるようになった。同誌によれば 島田筑波がその解題を依頼されていたが間に合わなかったという。ところが慶応大学所蔵本には大正十三年九月一日付け の島田筑波の識語かあり、それによると島田筑波は天鉤居主人の委嘱を受けて調査を行い尾寅亭︵興画合の同人であった魚 河岸尾張屋主人︶の談話により、それぞれの人物の比定を行っている。これも予定されていた解題のための作業の一環であ ったのであろう。さらに黙阿弥全集第十巻︵春陽堂、大正十四年︶の口絵には落合芳幾が描いた十六画漢像の中の黙阿弥像 ︵参考図2︶と﹃悪縁起﹄の第十六新羅婆袈選者︵黙阿弥︶の部分が掲載された。両者の比較により﹃悪縁起﹄が十六画漢 像をそのまま写していることから、十六画漢像そのものが一種の悪摺であり、﹃悪縁起﹄はその縁起であったことが看取 この﹃悪縁起﹄が執筆されたのは前にも触れた落合芳幾画の十六画漢像制作を契機としている。その芳幾の描いた十六 画漢像は興画合の作者達とも縁が深かった柴田是真が入手した東福寺蔵李龍眠筆十六羅漢像に基づいていた。是真が羅漢 像を二百五十両で入手したのは安政二年であったが、その借金を返済することができたのは九年後の文久三年であった。 しかしその間の万延元年八月九日に小石川伝通院境内大黒堂で羅漢講式を行い、広く世間に知られるようになった︵﹃蒔絵 師塗師両工伝﹄国書刊行会、大正十三年︶。﹃悪縁起﹄に描かれた黙阿弥の画像は狂言作者として市村座・守田座・中村座の三 ﹃悪縁起﹄の内容そのものについては、﹁﹃十六画漢悪縁起﹄解題﹂︵﹃書物往来﹄第二年三号、大正十四年八月︶に青山繁の投 書が掲載され、さらに彫栄内浅五郎﹁﹃十六画漢悪縁起﹄物語﹂︵﹃書物往来﹄第三年五号、大正十五年六月、以下﹁物語﹂と略す︶ によって十六画漢の正体とその刊行の経緯が知られるようになった。その内容は尾寅亭の談話とも一致し、信頼できるも される。 によって十六壷 のと思われる。 ウ Q Q シ 写
座兼勤をしたことを示している︵﹁物語﹂︶とされるので、これが正しければ慶応元年正月以降の制作ということになる︵八 丁裏注参照︶。また黙阿弥は明治元年八月に市村座を退座しているので、この﹃悪縁起﹄の成立はそれ以前ということにな る。芳幾に十六画漢像の制作を指示したのは慶応元年六月五日に早世した波月亭花雪かその周辺の人物であろう。また羅 漢像の性格から花雪追善のために制作された可能性も考慮しなければならないだろう。 それでは、その縁起にあたる﹃悪縁起﹄は何時刊行されたのであろうか。慶応元年十月に刊行された悪摺の評判記﹃鳴 久者評判記﹄には﹃悪縁起﹄についての記述か無いので、その刊行時期はそれ以降と思われる。作者は仮名垣魯文、画工 は落合芳幾であった。無声山人﹁悪摺考﹂によれば、この作品は発見の当時、古書店頭に吊され、発見した興画合の同人 が買い求めて、数日で売り切れたという。作者の詮索が行われたが、死後その草稿本が出るまでは魯文の作であることがが買い求めて、数日で一 発覚しなかったという。 また是真所蔵の十六羅漢図は不明である。建仁寺蔵十六羅漢図はもと東福寺にあり、フリァ美術館所蔵の十六羅漢図も 東福寺の塔頭であった三聖寺の所蔵とされ、いずれも李龍眠様式の十六羅漢像であるが、画像の比較から両者とも是真所 蔵のものとは異なることが明らかである. ︻書誌︼
所蔵
体裁
外題
尾題十六画漢悪縁起
佐藤悟
半紙本一冊。表紙とも十丁。縦二三、一糎、横一六、○糎。 十六画漢之模写縮像並二悪縁起 − 2 9 4 −『十六画漢悪縁起』 五 十 四 凡例 慶応三年に刊行された波月亭花雪の三回忌の追善集﹃くまなき影﹄は興画合の同人の略伝を影の肖像を掲載し、致文を 魯文が記していることから、略伝も魯文、もしくは序文を記した山々亭有人の手になるものと考えてよいと思われる。こ れと悪縁起の文章を対比することにより、悪縁起の文意を理解することが可能になろう。そのほか﹃粋興奇人伝﹄や﹃三 題楽話作者評判記﹄、橋本素行﹃恩﹄︵明治三十三年刊︶などの資料を参考に、尾寅亭や浅五郎の推定の確認をおこなった。 李龍眠様式十六羅漢像の比定には高崎富士彦﹃羅漢図﹄︵﹃日本の美術﹄二三四、至文堂、一九八五年刊︶、赤沢英二﹃日本 中世絵画の新資料とその研究﹄︵中央公論美術出版、一九九五年︶を用いた。 ﹃悪縁起﹄に掲載された画漢の配列は李龍眠様式羅漢図の順番とは異なる。その配列はおそらく役者評判記を意識し、 興画合における各人の力関係を反映しているのであろう。 不明の点もまだ多く、人物、その他についても御示教を願いたい。 蔵書印﹁古堀栄文壼 画工︵落合芳幾︶ 作者︵仮名垣稗一 ︹表紙︺
興画山案景寺什宝
︻翻刻・注釈︼ ﹁古堀栄文庫﹂ ︵仮名垣稗文︶ − 2 9 5 −破那阿迦選者は浅草馬道に住んでいた狂言作者三代目瀬川如皐のことである。明治十四年六月二十八日没、七十六歳。 ﹁与話情浮名横櫛﹂や﹁東山桜荘子﹂などの作で知られる。その性格について﹃歌舞伎新報﹄第百六十号︵明治十四年七 月十七日︶の追悼記事も次のように記す。 常に作意の本体頗ぶる綿密にして、所謂かゆい所へ手の届くが如く、加はふるに少しのした絵︵劇場道具帳則ち飾り物 の下絵又表看板番付絵本なぞの下害を云︶とて、旋略の図画を害ず、ふな極彩色にして、その密なること却て絵師を凌ぐ さがたんねん 性丹念にまし,I’て、 だいいちぶつあがたてまつ 第一物と崇め奉れり。
物御経の役不足をの給ふときは、たちまち感釈明王の形相を現じ、雲に駕して馬道の精舎に飛去給ふと
ぶつおんきやうやくぷそくかんしやく桑やうわうすがたげんくもがうまぶちしやうじやとびさり
破那阿迦選者は南閻舞台第一座狂言堂中に在て、役者如来等の来迎を待、正本経を説給ふに、聴衆の諸
はなあかせんじゃなんゑんぷたいだいいちざきやうげんどうちうありやくしやによらいとうらいかうまちしやうほんきやうときちょうしゆしょ第一破那阿迦選者
せんじやおんはなすべあかこのおんつかはあかをどうじその
なり。選者御鼻赤きのみならず、都て赤きを好みたまひ、御使しめのわらはを阿迦雄童子とよくり。其
さがたんねんけうもんつ政たまぼんじすまんふかるがゆへじゃうこんじゃうしょひつとう
性丹念にましj∼て、いさ上かなる興文を綴り給ふにも、梵字数万を譜し給ふ。故に上根浄書筆頭
︹一丁表︺ 戯遊民筆十六画漢之模写縮像完
並一悪縁起 − 2 9 6 −『十六画瀧悪縁起」 五 十 四 ことま上あり。実に其根気の剛なるは驚ろくくし。︵ルビを省略し、句読点を補った︶ 三題噺にも参加し、その画像と略伝と作品を集めた﹃粋興奇人伝﹄には巻頭に据えられている。﹃くまなき影﹄には次の ような略伝を載せる︵ふりがなは省略し、句読点を補った。以下同じ︶。 馬道の狂言堂と称せるは、深川に狂言堂あればなり。初号藤本吉兵術、今改て三世の芳名、其鼻赤をもて、中興作者 の鼻祖と自称す。筆を採て倦事なく、脚色微細にして、丹念人目を労せり。故孫太郎南北、曽て此人を懐刀として、 代案の筆をとらせ、添削して正本を全うせりとぞ。去ばこそ当時戯場作者三大家の一個と称せられる。 如皐は鼻が赤かったことから破那阿迦選者と名付けられたのである。そればかりか赤いものも好きで、﹃赤ひもの尽し画 合﹄︵都立中央図書館蔵︶の序文には赤好舎如皐と署名している。 画像は李龍眠様式の第二迦諾迦賊蹉尊者に倣う。手に払子を持つ代わりに、唐辛子を持つ。﹁物語﹂には如皐が唐辛子 が好きだったことを記す。
第二須菩計羅選者
すぼけらせんじやつれかうてん筒一くさんやくざんうちいでけうぐわこうめうじんつうじざいあらかんせん
須菩計羅選者は常に高点軸三役山の内を出給はず、興画の功名かくやくたる神通自在の悪羅漢なり。選
じゃおんかたちひ蛍んげめんぜんどうじごと象ないしんせさいせうりけんとぎしゆ人∼むりやうおんさい
者御形容肥満にして、外面善童子の如く見へ給へども、内心世才にたけ、小利剣を研て種々無量の御細
またゆびはなうがあまたふんぎよくいだあるひやうりうゑだかうちうさぐ
工をなし給ひ、叉指をもって鼻を穿ち、数多の糞玉をまるめ出し、或は楊柳の枝をそぎて口中を探り、
象づかしうきへいぜいけらくことあまれしゆぜうしと一﹂ろ
自らその嗅気をかいで平常の快楽とし給ふ事、普く衆生の知る処なり。
︹一丁裏︺ − 2 9 7 −事を専らとして、草紙もの ﹃粋興奇人伝﹄にも略伝がある。 須菩計羅選者は山室学有人をいう。明治三十五年一月二十四日没、七十一歳。その伝については土谷桃子﹁粂野伝平 ︵山々亭有人・採菊散人︶年譜考証﹂︵お茶の水女子大学﹃国文﹄七十七号、平成四年︶が備わる。東京日日新聞創始者の一人と され、東京大学法学部明治大正新聞雑誌文庫が所蔵する東京日日新聞を発行した日報社の株主名簿によれば、明治十二年 には株式会社となった時には、五百株中五十株を所有している。﹃くまなき影﹄には次のような略伝を載せる。 近頃浅草中代地に新居す。条野氏にして、俗称伝兵衛と云。初め柳門に入、狂句を吟じ、今戯作者と成て粋書数編を 著はせり。一に弄月亭、また興阿弥と称号す。深く歌書を愛るが故に筆頭雲上にして、文章雅なり、興画も皇国の古 事を専らとして、草紙もの語中の人物を要とす。
第三酒落発選者
しゃれほつせんじやこっけいだぢやれけうといいっさいしゆせうさいどぼんぷはらわた姥とがいとほんそうあくいかく酒落発選者は滑稽駝茶連興を説て、一切衆生を済度し、凡夫の腸をゑぐり、頤を解き、本相の悪意を隠
あまたばらもんぐぷてのしたつかこぶたらきやうはじしゆ,ん、いんぐわけうひろたまあへせんじやなすわざし、許多の破羅門組を手下に遣ひ、瘤陀羅経を始め種々の隠面興を弘め給へども、敢て選者の所為業と
しものまれまたわうどんぶつひかたうとにじうごほんわけこれひざうもっぱらしよにんあいけうかたちげん知る者稀なり。叉黄金仏の光りを尊み、二十五品に分て是を秘蔵し、專諸人愛敬の形容を現じ給ふ。
︹二丁表︺ 画像は李龍眠様式の第四蘇頻陀尊者に倣う。﹁物語﹂には次のように記す。 根が商人出の人だけに、なかノ、小才に立廻てうまい事をやらかす処から、善童子のやうでもなかなか人を喰った太 い羅漢だと弧したのです。大層肥て居て小楊子で歯糞を探るのや、鼻糞を丸めるのが又仲間に有名になって居ました から、其画面も有難そうに糞玉を丸めて居ます。 − 2 9 8五 十 四 『 十 六 画 澳 悪 縁 起 』 酒落発選者は浮世絵師として名高い落合芳幾のことである。明治三十七年二月六日没、七十二歳。やはり東京日日新聞 創始者の一人とされ、日報社の株式を五十株所有していた。﹃くまなき影﹄には次のような略伝を載せる。 両国米沢町に住し、当時浮世絵三傑の一個と称せらる。曽て筆才の承ならず、頓智発明世才にたけ、殊に秀句頓作の 達人にして、平常の軽口実に滑稽の長者たり。さはあれ志正賢にして、人に誘引、浮たる席に到る事あれども、興尽 る頃を量りて、退きて家に帰り、他に一泊せし事なしといへり。 駄泗落で知られ、﹃三題楽話作者評判記﹄には﹁駄じやれの問丸﹂﹁先生はせんせい風にしやれてしやれのめす方がよろ しきやうにぞんじ升﹂﹁しやれ先生﹂と記されている。梅素玄魚︵六丁裏参照︶の秘事を暴いた﹁瘤陀羅経﹂をはじめとす
然りと誰、御父王の血脈を継て逆上の悩みあり。
しかいへどもおんちLわうけち承やくつぎきやくじやうなや 〆めたるさまに描き、 ﹁物語﹂も次のようにいう。 狂人染た様子があった しきやうにぞんじ升﹂﹁しや釣 る多くの悪摺に関わっていた。 これとけ に是を説り。 のように記されている。 画像は李龍眠様式の第十半託迦尊者に倣う。両手に炉柄を持つ代わりに、笹を持っている。無声山人﹁悪摺考﹂には次 狂人染た様子があったので画面を物狂ひにして、鉢巻をさせ、 蛇の様にふくれて居るのは、シミッタレを利かしたものです。 〆めたるさまに描き、江戸子の面汚しと罵倒せしものなり、 て狂人に見立、又性吝音にして金子を貯蓄するを楽みとし、 芳幾は逆上症なる父の血統を継て、狂人染たる人物なれば、 このゆへけうぐわどくそんれん路うさいだいいちほこ ばんにやしんきやう此故に興画独尊連中最第一と誇らせ給ふ事、盤若心狂
斑女の故事をとり頭に鉢巻手に扇を附けたる笹を持たせ 常に貯へし金子を懐中せしかば、黄金をつ上みし腹巻を 扇をぶら下げた笹を手にさせ、腹の胴巻が蛙を呑んだ − 2 9 9 −第四愚頭那選者
ぐづなせんじやうせんどうじんせんどうほうしゆつさづかたしゆかうわがものはxかるいんぐわきやうあくすり愚頭那選者は羽扇道人より仙道の法術を授り、他の趣向を我物となせども、陣る事なくゞ隠画経の悪摺
なすまいとことろけんたせんじゃ叶うぐわひやうあづかかし
を作こと、毎度その事露顕におよべども、空々しやアノ∼たり。他の選者の興画の評に預るときは、彼
こひきやうじたゑせつほうひまついばんじおこなひゆきぬけろじとふごとあらかんたちしゆうぎ
処に飛行して自他の絵の説法に暇を費やし、万事の行状、行抜路次を通るが如し。悪羅漢達衆議して、
ひとたびこれたいちうまねんぶつうしきやうはりあいとx
一度是を退治せんとなせしかど、馬に念仏、牛に経、張合なしとて止まれりとぞ。
愚頭那選者は落葉舎染谷のことである。﹃くまなき影﹄には次のような略伝を載せる。 神田松田町に居を卜して、徳力屋とよくり。故に十九勝と号し、千社の納札に美を競ひ、八九勝、左長等と倶に一時 其道に名あり。其性書画を好で、物にかLはらす。或時近辺に出火ありて、知己はじめ小もの等、器財皆土蔵に運べ る中に、染谷悠然として驚かず、蔵書を披げて友人に見せたりしは、市中の君子といはまくの詮 ﹁鳴久者評判記﹄には﹁染谷座﹂として悪摺の家元の一人に数えられている。 画像は李龍眠様式の第十一朧枯羅尊者に倣う。第五仙頭盧選者
せんづるせんじやてんぢくのづらかはむか采づうぶゆし入いわやごかうたんごろんぼう
仙頭盧選者はすってん天竺野面川の向ふ水を産湯とし、あっかま獅子が窟に御降誕ありしより、護帯峰
うちおこなすまわうちやくぶじんふるまひなかごろしやく弓やうならてつ砿ちたづさだん篭うかどたちしゆぎやうくの中に行ひ済し、横着無人の振舞なりしが、中興錫杖を鳴し、鉄鉢を携へて檀方の門に立、修行の功
︹三丁表︺ ︹二丁裏︺ − 3 0 0 −五 十 四 『 十 六 画 漢 悪 縁 起 』
第六頭部呂久選者
つぶろくせんじやいんしゆかいしきよくかいやぶごたいつうりきうしなひぎやうじゆつりやうそくじざい頭部呂久選者は飲酒戒色欲戒を破るがために、五鰐の通力を失ひ、飛行の術くぢけて、両足自在なら
ぎおんしやうじやおもむあかざつゑにほんやうやくあゆ・せつぽうざつらなものいへろ
ず、祗園精舎に趣くにも、蕊の杖二本にすがりて、梢にして歩み給ふ。説法の坐に列りて物語ども、呂
れつこれちやうしゆゑ上かたむき且ぐるしなやなほしゆしょくにかいきんあた
律まはらず、是がために聴衆耳を傾け、間苦きに悩めり。か上れども猶酒色の二戒を禁ずること能は
少くして、多銭を投っの寄進なしといへり。
すぐなたせんなげうきしん
別なく、万事達者にこぢつけ給ひ、茶店精舎を建立なせども、世上再度の勧化にこりてや、帰依の檀家
くつばんじたっしやざでんしやうじやこんりうせじやうさいとかんけきゑだんか
徳殊勝なりしも、紙帳の内の妄想より、衣の縫目ほころびて、元の杢阿弥陀如来と現じ、有縁無縁の差
どくしゆしやうしちやううちもうざうころもぬひめもともくあ象だにょらいげんうゑんむゑんさ
仙頭盧選者は井双庵笑魯である。島田筑波は大笑坊銀馬とするが、同一人物である。野崎左文﹁仮名垣魯文﹂によれば 土屋家や相馬家の為替御用達を業とし、博突を好んで入獄したこともあり、それをからかった﹁獄屋政談叩き噺し﹂とい う魯文作の悪摺で悶着をおこしたという。また﹁物語﹂によれば、明治三十五・六年頃には浜町でふじ屋という待合をし ていたという。﹃くまなき影﹄には次のような略伝を載せる。 俗称松塚幸右衛門と号し、列侯の用達なりしが、性放逸にして、地屋敷及び家財を失ひ、名跡殆たへなんと倣すを、 妻の賢、一子の孝、是が為に再度故を存ずる事を得たり。是に於て笑魯先非を悔、菩提所徳松寺に入て出家なし、遺 言に任せ、三世を継、雑俳の点者たり。復画合に遊びても、古事に寄ずし、世話もの上趣向に手がら多し。 画像は李龍眠様式の第三迦諾迦賊麓堕闇尊者に倣う。 三 丁 裏 豐 − 3 0 1 −なんびんじゅくさんずいじゃうはんせいふじんみとふかいへん桑づ承わらたのしとりまきばらもんら
ず、南品宿三随城の飯盛夫人にうつ坐をぬかし、見通しの海辺に水を見て笑ひ楽み、取巻の破羅門等
によい,j、わい,I、とはやされ給ふとなん。 頭部呂久選者は田所町の鰻屋和田平の主人、田トである。明治十四年七月十一日没、六十六歳︵﹃恩﹄︶。馬十連の人々を 慕い、自ら員外の馬十と名乗ったため﹃恩﹄に略伝が載る。﹃くまなき影﹄には次のような略伝を載せる。 田所町に居を卜す。故に田卜の名あり。商内処の鰻、宇内に冠たるよしは、今更云んも絆経たり。雑俳に遊びては吟 造と号し、藤紫仙と云。又角力をこの承一年廿日の興行には、妻子親族に大事ありとも、往て視ざる事なし。近頃風 与南駅に御輿を居、大歌j、と嗽る坐は、かねて天王の前号あるゆゑんならん。 ﹃くまなき影﹄に描かれた肖像も手に猪口を持っているので、大酒家であったこと、また品川のことも記されているの で、品川の飯盛女に馴染んだ事もよく知られたことであったのであろう。 画像は李龍眠様式の第十四賊那婆斯尊者に倣う。﹁物語﹂は次のように記す。 二本杖を持た羅漢様の足元へ、小さな河童がお神輿を持てうづくまって居るのは、品川名物の揮祭り河童天王に准へ たもので、品川で祭り上げられるといふ所を現したのでせう。第七女難選者
汚よなんせんじやなんでん堂こくおほやさんちうすまおこなひけんごつれはいかいしやうじやあそかたわらさくむにによらいへんじゆつ女難選者は南伝馬国大矢山中に住ひ、行状堅固にして、常に俳若精舎に遊び、傍作無二如来の編述
はつけんきやうょ染そらんじふうりうさんまいどうしさでんしやうじやしうくわいとういちぱらもんなかだちやしやありし八犬経を読暗記、風流三昧の道士なりしが、茶店精舎の集会に、東市破羅門が仲立により、夜叉
︹四丁表︺ − 3 0 2 −五 十 四 『 十 六 画 澳 悪 縁 起 』 草﹂の︸ 罫叩﹂︵垂 に記す。
陀羅女が色香に迷ひ、供養の揚物五両を費し、虚空無上に花を降らせ、是がためにほとノー神通力を失
だらちよいるかまよくやうあげものごりやうついやこくうむしやうはなふこれしんつうりきうしな
おんつまさんかふじんせんじやだらくしよいいかひたいたきxごとつのしやうくちむねふき
はんとす。御妻山嫁夫人、選者が堕落の所為を怒り、額に薪の如き角を生じ、口より胸のほむらを吹か
ぎやぅそうきぼごとせんじやこれきやうふおこなあらた
け、形相あたかも鬼子母の如し。選者是に恐怖し、行ひを改め給ひしとなん。
女難選者は西田妙伝寿︵伝助・韮波︶のことである。日報社の株を五十株所有し、東京日日新聞創始者の一人であった。 ﹃くまなき影﹄には次のような略伝を載せる。 俳号鼓汀。西多氏。正門の俳譜を好み、句作毎吟秀逸あり。幼稚にして記憶衆に勝れ、稗史小説を読事、一編暗記し て忘る上ことなし。近頃花街の五体が蔵板なる狗子草の一噸、八犬伝を題せし俳冊も、子が意匠に出し処にして、十 七字の桑肥曲せる雲水野望と等しからず。雅才風韻推て知るべし。 篠田鉱造細﹃明治百話﹄には菫玻が﹃南総里見八犬伝﹄を暗記していたことが記されている狗子草は文久三年刊﹃狗児 草﹂のこと。﹁読本研究﹄第六嘘下套︵一九九二年︶に上野洋三﹁狗児草﹂の翻刻が備わる。五体は淡島寒月﹁梵雲庵雑 話﹂︵書物展望社、一九三三年︶所収﹁西鶴雑話﹂に﹁吉原の岡本五体と云ふ俳人﹂と采える。また﹁物語﹂には次のよう ︹四丁裏︺ 画像は李龍眠様式の第八伐閣羅弗多羅尊者に倣う㈹ 女難選者は俳号を鼓打といって、千葉勝の妹を女房にして居た西田伝助です。この人が中橋せ組仕事師花岩の妹と 乙な仲になって居たのを、女房が焼いたといふ悪摺ですが、徳利へ藤が生けてあるのは、岩頭の妹が藤よしといふ待 乙な仲になって居たのを、 合を出して居たからです。 − 3 0 3 −むくれんせんじやうまかしらかはかむはんめんいだいきほはちくごとおんは上しゃけ
無垢蓮選者は生れながらにして、頭に皮を冠り、半面を出すのみ。されども勢ひ破竹の如く、御母娑袈
ふじんぢごくおち きふせんじやくわうせんたづゆきついいんだうさづかへ主たてつばつうちあぶら夫人地嶽に落給ふと間、選者黄泉に尋ね行、了に隠道を授けて帰りたまふ。又鉄鉢の中に油をたぎら
りやうしやがはあざらけうをおとほうじゆつえかうささんだいきやうせつほうきやうげんきぎよのりまひし、漁者川の鮮き魚を踊らすの法術を得しのみならず、高坐に三題経を説法なし、狂言綺語の法の舞
さん悪つじやうづほまれぷぼさつ忠ぶりこわいろてづまだいしだいこざもつゆうげい
に、讃仏上手の誉をとり、歌舞の菩薩の身振、声色、手妻、大師のかんから太鼓に坐を持遊芸、かぞふ
載せる。第八無垢蓮選者
無垢蓮選者は自らは﹁鮮ぶら﹂と称し、世間では﹁大名天ぷら﹂とも呼ばれていた座獺てんぷらで名高い出場扇夫のこ とである。篠田鉱造編﹃明治百話﹄にはそのてんぶらを揚げる様子が記されている。﹃くまなき影﹄に次のような略伝を つ曇こ るに尽ずとなん。 性器用にして、俳譜は守邑抱儀に学び、狂言は鷺何某に随従し、其他清元一中ぶし三弦身振声色に至る迄時として倣 ずと云事なし、只うらむらくは其術にいたらねど、去る年より坐敷天ぷらといふ事を工夫なせしが、これの朶天の与 ふる所か、其業術の術にいたりて官看まねぐに日をあらそへり。 ここでいう鷺何某は馬十連の一人であった徳川家御能狂言師鷺伝右衛門であろう。 画像は李龍眠様式の第七迦理迦尊者に倣う。﹁物語﹂には次のように記されている。 画面に豚がついて居るのは、湯屋の貼りビラの時扇夫を熊の伝三郎の膏薬ビラにして、丸の中へ豚をかき、文句に ﹁豚の油ぶたの強悪日々ひまやけのくすぶり﹂とやらかして大当りだったので、それを並へ持込んだのでせう。御尊 名の事は申すまでもございますまい。 − 3 0 4 −『十六画漢悪縁起』 五 十 四
第九呑陀羅選者
のんだらせんじゃしゆかうさんきげんしやうすふぼうだらそんじやきやうけうけとろんきやうまなしやうがくほうじゆせう人、むく呑陀羅選者は酒好山機嫌城に住て、棒陀羅損者の狂化を受、登論経を学び、正覚の法を修し、猩々無口
ぐわかん さけのむによらいともかんとくせんわけいりづぼらせんにんしたがさんがうぐがうかうつ承ついしゆてんしやうじゃの画漢なり。酒呑如来と倶に酎徳泉に分入、頭菩羅仙人に随ひ、三合九合の功を積て、了に酒店精舎の
たししゆつれへんくついわやこもしゆちにくりんのそたのしおんた画きおんこし
大酒となれり。常に偏屈の窟に箸り、酒池肉林を望みて楽みとす。御つかはしめの狸、御腰にまつわ
きんぎよくしきせんじやざ いへともせんじやこのためおん柔なやことおりjくり、金玉を敷て選者を坐せしむると雛、選者此為に御身を悩ます事折々ありといへり。
呑陀羅選者は画工の林静である。﹃明治文雅姓名録﹄︵清水信夫編輯出版、明治十二年十一月一千七日届︶によれば本名を兵 藤甚右衛門といい、浅草須賀町一番地に住んでいる。與画合に才筆を揮った。﹃くまなき影﹄には次のような略伝を載せ 右手に抱えているのがてんぷら鍋で、﹃粋興奇人伝﹄掲載の肖像にも同じ鍋か描かれている。 る 0 ︹五丁表︺ 岡島林斎の門に入、日を追ふて上達し、今林甫とともに林家の羽翼と賞され、上手を以て他にゆづらず。されども性 酒をたしみ、酢ては更に筆をとらず、性に呑、いこふにのみ、彼一斗に詩百篇たる李白がむかしにかはれりとぞ 画像は李龍眠様式の第十三因掲陀尊者に倣う。﹁物語﹂は次のようにいう。 無口で偏屈で価気持の癖に、大酒呑で遊びが好きとは呆れたもんだとアヶスヶにあばいたもので、お使しめに狸公が 居るのは、痂気で八畳敷ほど大きいといふ事を御覧に入れたのでせう。 − 3 0 5 −第十濡慢選者
きや弓まんせんじやぶんしんほうじゆつしゆつれはるふじしやうでんげんあるときやほうかんおんけしんぼんそくがんか塁縞慢選者は分身の法術を修し、常は春富士聖天と現じ、或時は野帯間音と化身し、凡俗を眼下に見て、
むちやろんときうそはつひやくくわんけうもんつくうてうてんぢくむちうこぐだんかおとろかせかいゆ弓らくわう無茶論を説、虚八百巻の興文を作り、有頂天竺夢中国の檀家を驚かし、世界の遊楽王をおびやかし、
ふせざんもつうぐさらかんのうりやくやまのぽきもちなるもとうぷうかゑび
布施譽物を受れども、更に感応利益なしといへり。山に登りては木に餅の生を求め、海に浮みては蝦で
たいつはか
鯛を釣らん事を計り給ふとなり。 驍慢選者は宇治紫玉という常間で、春富士節の家元であった。仮名垣魯文﹃今紀文花街花道﹄に細木香以との逸話を載 せ、﹃くまなき影﹄には次のような略伝かある。 交来同郷の産たり。若年の頃、五世南北の門に入て、狂言作者となりしが、後此界を見破て、音曲の徒に入り、今山 谷堀に居をトて、巴月庵と号す。性種癖ありて、行状頗る奇なり。多能にして、風流一切人に対して答ざる事なし。 半世の珍説、世以て知るところなり。 画像は李龍眠様式の第六賊陀羅尊者に倣う。懸守を懸けているのは﹃大江戸﹄︵成光館出版部、大正二年︶所収、有明楼お 菊﹁山谷堀の昔﹂に記載されている、紫玉が見栄を張った次のような話に基づくものであろう。 堀には春藤紫玉と云ふ名物の榊問かムいました。拙いながら春藤節の家元で蒔絵を仕ましたが、余程変り物で、お客 に艶辞は言ず横柄な坊主でしたが、談が上手で、丸で馬琴の読本と云ふ口調でした、此紫玉が至って母孝行で、生涯 無妻で募しましたが、座救が有って出る時は必ず鰻の丼を母に喰せるのが極りでした。此紫玉が妙に見え坊で、ある 夏お客に連られて品川の湊屋へ往った事が有りましたが、お客は湊屋に紫玉が馴染の女郎が在のを知って居て、紫玉 ︹五丁裏︺ 306−五 十 四 『 十 六 画 漢 悪 縁 起 』 ざらのむせんじゃぼんらいうわぱ恥けしんごようめいしゆてんどうじまうしたてまつつれしやうじやあひととくりほか
坐羅呑選者は本来巴蛇の化身にして、御幼名を酒顛童子と申奉る。常に精舎に在りては一徳利の外を
すごいへともだんかきしんばんにやとうのむちようげいひやくせんすにめいていじうぷんいたときひらはり過さずと雛、檀家寄進の般若湯を呑こと、長鯨の百川を吸ふに似たり。酩町十分に至る時は、腎を張、
かたいか おんかほせいめんこんがうごとぐわかんしうくわいざつらなおりせんじんごとふけうぐわ︾﹂くほか肩を怒らし、御顔青面金剛の如し。画漢集会の坐に列り給ふ折は、善神の如く見ゆれども、興画国の外
ゆぎやう かうめうせんじやたちあくたごとのし象づかさいだいいちぐわかんほこそくまどはに遊行し給ひては、功名の選者達を芥の如くに罵り、自ら最第一の画漢なりと誇り、凡俗を惑し給ふ。
しかいへともおんあれふじんふきじざいてんによかうようふかちうやけだいよくつか 然りと雌、御姉夫人富貴自在天女に孝養深くまし,J∼て、昼夜僻怠なく能仕へ給ふとなり。 坐羅呑選者は本屋竹馬のことである。﹃くまなき影﹄には次のような略伝を載せる。 其先武門に出て、曽父の代に商個に下れども、武意を忘れず、天神真陽流の祖磯何某の門に入、柔術の印可を得て、 ︹六丁表︺第十一坐羅呑選者
を困らせる積りで、皆が銀鎖の懸守の揃ひと言渡したのです。所が紫玉は至って貧乏で懸守が無いので、小万の所か ら挾落しに造ふ銀鎖を借て来て足ないだけは有合の打紐を繋ぎ合して、鎖の方を前にして懸守と見せ、何喰ぬ顔で品 川へお客に連れられて内幕を同じ鞘間の閻魔の金八が知ってお客に内々咄したので、お容は女郎の居る前見得を張る 所で、サァノ、皆肌脱だと一稀に諸肌ぬぐと、取巻連中も肌を脱で見せましたが、紫玉は右の理ですから独り脱ずに 居ました。御佃︵紫玉の事を客は御僧と云ったのである︶ナゼ肌を脱がないのだ。イヤ拙は矢張此方が宜しいと汗水に成 って居る紫玉を、敵娼か無理に勧めて到頭肌を脱がすと銀鎖は前ばかりで、後は打紐の小道具細工に皆が手を拍って 大笑ひで有ったさうですが、兎に角堀の名物でムいました。︵振仮名を省略した︶ − 3 0 7しゃばつきせんじやいらんだこくかんへきさんありつれじゃぜんゆかざあらかんたちしはざにくゅいがどくそんおこな
沙婆鬼選者は異關陀国好僻山に在て、常に邪善の床に坐し、悪羅漢達の所為を僧みて、唯我独尊と行ひ
すまばらLんぐふたのま ひとたびきやうかくしんばつへんだんうけんかたはだ 糸こふろそむとき済し、破羅門組に頼れては、一度侠客心を発し、偏祖右肩の片肌をぬげども、すこしく御心に反く時
たちまちむかづらの堅しはなはだけうぐわこぐあくこらせんじゃけどけいひんしつちんさんぼうえは、忽向ふ面となりて罵ること甚し。興画国の悪狐等、選者を化度なし、景品の七珍三宝を得まくほり
せんじやしんつうりきもつこれさとほんらいむいちもつまきしなことわごめんぞう
せしに、選者神通力を以て是を悟り、本来無一物、お巻は見たり、品はくれないと断りたり。御面像の
こぶだらきやうさきほんやくせかいるふいへどもこんじはんぼんまれしものすぐないとおし瘤陀羅経は前に翻訳して世界に流布せりと錐、今時板本稀にして知る者少きは最惜むくし。
沙婆鬼選者は書画の板下の妙手であった梅素玄魚のことである。明治十三年二月七日没、六十四歳。その伝は仮名垣魯 第十二沙 ︹六丁裏︺ を好桑て、玉の盃そこ ﹁物語﹂は次のように記す。 坐羅呑選者は大伝馬町瓢箪新道に居た竹馬といふ男です。元は御家人でしたが町家へ下り、木綿問屋の川喜多なぞへ 這入り込んで居た矢張り一種の取巻でありました。内職に仲宿大店の若い者が抜け出し、遊びに行く時の支度宿をし て居ました。こんな訳で体が楽で、金廻りのい上所から通人仲川の交際をして居ました。酒癖のよくないのに御馳走 酒なら幾等でもやるといふのと、一人の姉さんと道でない事をして居たのをこ坐であばいたのでございます。 画像は李龍眠様式のの第九戌博伽尊者に倣う。 柳燕斎と号し、平井篤三郎源広利と称す。性雑書を好ゑて、すこぶる剛記也。壮年といへども婦女におぼれず、唯酒 を好桑て、玉の盃そこいけ上戸と呼るれども、平常質素倹約を所為として、行状老輩に勝れり。 一沙婆鬼選者 せんじやいらん − 3 0 8 −「十六画洩悪縁起』 五 十 四 飽貝や草畦を持たせて、狐が化して居る図は絵合せの連中が、玄魚をごまかして景品を取ろうとした所、反て玄魚に 見露された一件を絵組に表したもの 狐を描いたのは玄魚が黒船町住んでいたことと、遠祖が安房大神宮の祝忌部氏であったことから﹃粋興奇人伝﹄に神主姿 で描かれ、かつ黒船町に住んでいたことなどから、﹃三題楽話作者評判記﹄には﹁だれかと思シたら崎人伝で見かけた黒 船稲荷の神主どのか﹂、﹃鳴久者評判記﹄の﹁盛衰くらべ﹂の項にも﹁くるふれいなり﹂﹁神主殿﹂とあることから、﹁黒船 また﹃粋興奇人伝﹄にもやはりその略伝が載る。 ﹁破羅門組に頼れては、一度侠客心を発し﹂とは、﹃粋興奇人伝﹄にいう﹁性活達強侠、およそ頼まる上事としいへぱ、 親疎を論ぜす他人のかたうでとなれるより、朋友戯称して筆の善三郎といふ﹂というように江戸っ子気質であったことを いう。また﹁瘤陀羅経﹂は﹁白石くどき﹂の仕返しに魯文が執筆した悪摺で、﹃鳴久者評判記﹄にも取り上げられている が、その内容は不明である。おそらく﹃くまなき影﹄にいう﹁一話﹂であろう。﹃粋興奇人伝﹄に﹁或一友と絶交せし折﹂ というのはこの時の魯文との関係をいったものであろう。 画像は李龍眠様式の第十五阿氏多尊者に倣う。竜が老人に化して宝珠を乞う本図を狐に代えている。﹁物語﹂は次のよ うにいう。 文﹃梅素小伝﹄︵﹁芳諏雑誌﹄二五号、明治十三年三月︶に詳しい。﹃くまなき影﹄には次のような略伝を載せる。 姓氏略伝倶に崎人伝に委しければ云ず。性強記にして、上は執柄の沙汰、下は歌妓のちわ狂ひまで、問ふに応ぜずと 云事なし。就中狩野の家譜、両祭礼の番組等を弁ずるに、実に害あって読がごとし。芳名四方に聞えて、近くは花街 の松位、遠くは越後の都を一家、皆挙て先生と称す。一時或楼の全盛、雷名に間ほれ、見ぬ恋にあこがれし一話あれ ど、事長ければ略ま − 3 0 9 −
稲荷﹂﹁神主殿﹂が玄魚のあだ名であったと思われる。そこで本文では稲荷のおつかわしめということで、﹁悪狐﹂という 表現になったのであろう。
第十三陀梵雑選者
だぼらせんじやけうぐわこぐてんうんざんす糸つれあくかいひぎやうおんくちうちはてんぐかたちににくまがらす陀梵羅選者は興画国点連山に住て、常に悪界に飛行し、御口の中より木の葉天狗に形容の似たる憎れ烏
はきいだくちばしあらかんたちのLしくわうだいほらがいはうちわときばら
を咄出し、階をとがらして悪羅漢達を罵り、広大なる螺貝をふきたて、羽扇をあげてあをる時は、破羅
もんぐぷこれためしんいもふくわくしつだいあらかんおこなひけんごくわつけいおこた
門組是が為に心意を操、確執の思ひをなす。か坐る大悪羅漢といへども、行状堅固にして、活計怠る
こと にいちてんぢくそるばんこくじうろくりかんだいいちしやう事なく、一二天竺の十露盤国にわたり、十六利勘第一と称せらる。
陀梵羅選者は柳下亭種員没後﹃白縫證﹄を刊行した広岡屋幸助のことである。大正七年七月十四日没、九十一歳。日報 社の株主名簿によれば五十株を所有し、創始者の一人であった。石井研堂﹃明治事物起源﹄墹袖版︵春陽堂書店、昭和十一 年︶の﹁東京日日新聞﹂一項にその創始談を掲載する。また﹁毎日新聞の源流﹄に略伝がある。﹃くまなき影﹄には次の ﹁物語﹂は次のようにいう。 ような略伝を載せる。 ︹七丁表︺ 深川佐賀町に住し、地本錦絵の問丸を業とす。俗称広岡屋幸助といふ。興画連中の一才子にして、毎度趣向に高評あ り。この人業をはげみて他事なきも、或年友人とともに梅見に至り、各等しく句作をなすに、暗に秀逸を吟ぜり。夫 より風韻に心を止め、いく程なく雅情に通、せりとぞ。 − 3 1 0 −五 十 四 『 十 六 画 漢 悪 縁 起 」
第十四晋俵都選者
しんねつせんじやむくちこくしんねりじやうかんていわうたいしつれたべんことのそときおんくちどく
晋俵都選者は無口国晋俵利城看帝王の太子なり。常に多弁ならずといへども、事に臨む時は御口より毒
きふきおほうちわしゆじゃうこれほんらいめんほくせんじやしゆ人、しんつうゆぴさきばな
気を吹、大団扇に衆生をあをりて、是を本来の面目とし給ふ。選者種々の神通ありて、指頭に花をふら
さんかうあらはあるひばんめんにふつかぼんがんせんじゆおほくわんのんためじんつうやぶ
し、三光のひかりを顕し、或は盤面に二歩を造ひ、凡眼をくらませしに、千住大観音の為に神通を破ら
へいかうとんしゅせんじやむかしきよくふじんためわくできひとたびだいせんげかいだらくことれ、閉口頓首し給ふとなり。選者その昔玉夫人の為に惑溺して、一度大千下界に堕落し給ひし事ありと
晋俵都選者は明治期に戯作者となった武田交来である。明治十五年十月二十二日没、六十四歳。興画合のほか、三題噺で も活躍し、﹃粋興奇人伝﹄にその伝が術わる。﹃くまなき影﹄には次のような略伝を載せる。 原森田座の大茶屋たり。父は勘亭流の一派を究め、其傍に柳風の狂句を克して、珍分館高麗と云・交来父の業をつい で勘亭流を学ぶ。後年業を転て怖害家となり、興画連の一個たり。画合をなすに趣向尤精妙にして衆の眼を驚しむ。 なん。 ︹七丁裏︺ 陀梵羅選者は日本橋大阪町に居た銀座役人辻安次郎の手代で、広岡幸助といった人、鼻が滅法高いので天狗と紳名が あったところから、御当人い上気に成って羽扇と号して居ました。内股膏薬の駄法螺ばかり吹いては仲間を騒して喜 んで居たといふ厄介者、後に色摺機械印刷英泉社の発起人となったり日報社の会計になったりした人です。此人が出 して地獄変相の悪摺りは、武田交来のやった悪摺りを見現したといふ図で有名なものでございます。 画像は李龍眠様式の第五諾距離羅尊者に倣う。 ハ 司 可 − . . L 上 一性団扇を作るに奈良の佳品も却て拙く、実にあをぎょしとや。賞して可ならん。 交来の父は本名を武田屋虎右衛門といい、芝居茶屋であった。橋本素行﹃恩﹄︵明治三十三年刊︶所載の伝によれば、虎 右衛門は馬十連の一人で、当時通り老がる人々は、この武田屋に出入らざるを肩身がせまいとし、河原崎座の奥役も勤め ていたので世間に名を知られていたという。また天保六年刊﹃俳風狂句百人集﹄に﹁高麗唐獅子連珍分館﹂としてそ の画像と柳句を収める。交来も勘亭流の名手であった父の業を継いたので﹁着帝王の太子なり﹂と記されたのである。 画像は李龍眠様式の第一賓度朧祓羅堕闇尊者に倣う。﹁物語﹂は次のように記す。 手にした鉄鉢の中から火を吹上げて、其中に﹁心﹂を顔にしたお使しめが飛出して居るのは、毒口を叩く腹の中の悪 玉を見せたもの、勝負事が好きで、ゴマノーした事なぞもあばいた訳です。あばた面のしんねりむっつりを﹁晋俵都﹂
第十五迦利古須選者
かりこすせんじやはうとうこくむやぶだにょらいずいしんひんきうざんひんさうじちうねしやかどうすまえうめうひってんどうじいち迦利古須選者は放蕩国無闇陀如来の随身にして、貧窮山貧相寺中寝釈迦堂に住ひ、幼名を筆顛童子、|
めうけうぐわせんにんまうしたてまつしゃくせんおんためまいにちどうじやうしやひふらおんつまぼうだらふじんおんこわんぱく名を興画仙人と申奉る。借銭の御為にはたられ、毎日道精舎に火を降し、御妻棒陀羅夫人、御子碗泊
どうじあごつその承よどとほつぼうひぎやうかるがゆへつれいつしゆはんせんたくわへほうるいときがり童子に脈を釣らし、其身は夜毎北方に飛行し給ふ。故に、常二|朱飯銭の貯なく、法類に斎借して、
いつこしののどもとすぎあつさわすかへことえうかへるつらゑづごとおやぷんしや
一箇を凌げども、咽元過て署を忘れ、返す事を要とせず、しやアノーとして蛙の面へ水の如し、親分沙
ぱつきせんじやこのふぎやうせきいかたなはんぬきくわかんれつのぞか婆鬼選者、此不行跡を怒り、店判を抜、画漢の列を除んとせり。
︹八丁表︺ と崇め奉ったのでせう − q l ワq ノ ェ ー『十六画漢悪縁起』 五 十 四 自ら貧困に苦しんだことを記している。このほか﹃粋興奇人伝﹄に伝がある。 画像は李龍眠様式の第十二那伽犀那尊者に倣う。﹃鳴久者評判記﹄の﹁脚色の種本一の項に﹁しかし作者はれいの舌だ し小僧としっかりおさへた仕打はかんしんもちろんろ文丈有人ぬしにさしていこんはなけれど﹂、﹁白石くどき﹂の項にも ﹁舌出し小僧となにたかきくろうにんだけなみかぜなし﹂とあるので、この当時の魯文のあだ名が﹁舌出し小僧﹂であっ たことは明らかであろう。そのためこの画像も舌を出して描かれているのである。
第十六新羅婆袈選老
しらぱけせんじやぷたいさんしんきやうげくつでんせつぼうかぶぼさつ承坐かたむあまたけんぶつぼんがんおどる新羅婆袈選者は舞台山に新狂戯別伝を説法し給へぱ、歌舞の菩薩耳を傾け、許多の見仏凡眼を驚かせ
ひつとうめうちりきじんつうじさい めさきかへことしやかばつそうひとめ象ごとぎやうぽういとまけうぐわり。筆頭の妙智力、神通自在にして目前を変る事、釈迦八相を−1目に見るが如し。業法の間には興画
きたぐわかんうちつらなけいひんう︾﹂とえうた埜ひかうせつぽうごんぎやうあらかんたち
に来り、画漢の中に列れども、あせりて景品を得る事を要せず、唯披口説法を勤行として、悪羅漢達の
迦利古須選者はこの﹁悪縁起﹄の作者で、浅草馬道寝釈迦堂の地内いろは長屋に住んでいた戯作者の仮名垣魯文のこと である。明治二十七年十一月八日没、六十六歳。﹃くまなき影﹄には次のような略伝を載せる。 筆頭の疾事、風来を欺き、狂文に走れる事、三馬が才も遅かるべし。著述の稗史愛翫を得ざるはなく、先草稿の引札、 へ卦ご 渦稽至らぬ隈もなければ、虚名を一時に高うせり。唯として、一日花街にいたらねば、堪食を克せねど、あながち 京伝が昔を忍べるにもあらず。思ふに此子、西村主が志を継で、花街漫録の後篇を輯ん腹稿あれば、夫等のゆゑなら 細八丁一異︺ ノ1ノ。 人力、L no 1 3こくあくいく染ちかまじはとうしりそけんのんきやうひらこときんしんけんごだいぐわかん
国悪意に組せず、近く交りて遠く退き、剣呑経は開く事なき勤身堅固の大画漢なり。十六画漢悪縁起畢
新羅婆袈選者は狂言作者の河竹其水︵黙阿弥︶のことである。興画合の外、三題噺でも活躍し、﹃粋興奇人伝﹄にその伝 が備わる。明治二十六年一月二十二日没、七十八歳。﹃くまなき影﹄には次のような略伝を載せる。 世に知る処の歌舞妓作者、浅草寺なる寝釈迦堂の境内に卜居して、常に書斎に閑居、要川の外他行せざれども、博く 江湖上の流行をうがち、筆頭に出るところ、新規妙案毎度見物の眼を驚せり。行状堅固にして、能く門人を撫育し、 積善陰徳を旨とす。恩ふにこのひと、積悪白波を戯場に脚色て、紫姫かひそみに倣ふか故鰍。 このほか﹃粋與奇人伝﹄にも伝が伽わる。 画像は李龍眠様式の第十六注茶半託迦尊者に倣う。﹁物語﹂は次のように記す。 菩提樹と見せた橘は市村座下の草の中に、かたぱみやなにかが交って居るのは、中村守田の二座を利かせたもの、磐 石の上へがっしりと筆を持て結迦畉座したのは三座の作者を兼て居た所を見せたものでせう。黙阿弥は何でも知って 居て知らない振りをして居る。あれは白ばつくれて居るのだといふのです 市村座に出勤していた黙阿弥が守田座へ﹁スヶ﹂として出勤したのは文久元年二月から、中村座には慶応元年正月から出 勤している。かたぱみは市村座を示すが、何を以て中村座としたかは不明。 ︹裏表紙︺興画庵藏板印
− 3 1 4 −『十六画瀧悪縁起』 五 十 四 輝蕊驚鶴驚蕊灘懲蕊 誘蕊蕊 蔓 二 : 鞍 識一宮甥 j f f 宙 分 ぷ ぎ が 。 ● ・ 軌 敬 判 る で 8 4 イ f f が 融 鷺 I 。 . ︲ ・ f j ︲ 〃 叩 ︲ 、 b 3 R 、 勝 r 9 3 I 1 f 領 囎 ︲ ︲ ︲ ・ ● ︲ . 。 .
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五 十 四 『 十 六 画 漢 悪 縁 起 」
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