「経済学的視点を導入した災害政策体系のあり方に関する研究」報告

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経済学的視点を導入した災害政策体系のあり方に関する研究

報告書

平成 21 年 3 月

March 2009

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本報告書は、地震をはじめとした自然災害に対する既存の災害対策を体系的に捉え、そ の機能を経済学の観点から整理し、そのあり方について検討するために、経済社会総合研 究所において平成 20 年度に実施した、「災害政策体系のあり方に関する研究会」での発表 及び議論を踏まえて、各委員において執筆されたものである。論文は、すべて各委員個人 の責任で執筆されており、それぞれの所属する機関及び経済社会総合研究所の見解を示す ものではない。

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目 次 総括 災害政策体系のあり方に関する研究 1 佐藤主光 第1章 災害政策体系の整理と提言~被災者支援を中心に~ 15 佐藤主光 第2章 自治体の減災努力促進に向けた災害支援制度改革のあり方 43 浅野憲周 第3章 防災政策による災害被害の軽減効果 :都道府県別データを用いたパネル分析 67 外谷英樹 第4章 防災政策が個人の自助努力に与える影響 91 佐藤主光 第5章 地震保険の実務的な課題 115 吉田彰 第6章 災害関連施策における財源措置と地方の役割 137 宮崎毅 「災害政策体系のあり方に関する研究会」委員名簿

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「災害政策体系のあり方に関する研究会」委員名簿

座長 佐藤 主光 一橋大学大学院経済学研究科准教授

委員 外谷 英樹 名古屋市立大学経済学研究科准教授

委員 宮崎 毅 明海大学経済学部講師

委員 浅野 憲周

(株)野村総合研究所社会システムコンサルティング部

上級コンサルタント

委員 吉田 彰

(株)損害保険ジャパン個人商品業務部個人火災グループ

課長代理

<事務局> 井上 裕行 内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官 田中 賢治 内閣府経済社会総合研究所主任研究官 多田 智和 内閣府経済社会総合研究所主任研究官 村上 貴昭 内閣府経済社会総合研究所研究官 (平成 21 年 3 月 31 日現在) (以上)

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総括

「災害政策体系のあり方に関する研究」

佐藤主光(もとひろ) 一橋大学政策大学院・経済学研究科 1.我が国の災害政策体系 6 千人を超える死者と 10 兆円あまりの損失をもたらした「阪神淡路大震災」(平成7 年 1 月17 日)以降も、死者 68 名と約1兆 7 千億円の被害となった「新潟中越地震」(平成 16 年10 月 23 日)、「岩手宮城内陸地震」(平成 20 年 6 月 14 日)など、自然災害は後を絶た ない。改めて我が国が「自然災害大国」であることが認識される。「首都直下地震」では死 者1 万 1000 人、(経済活動の停滞など)間接費用を含めて経済的損失約 112 兆円兆円が見 込まれる(中央防災会議)。このほか地球温暖化による異常気象や新型インフルエンザなど、 我が国の経済・社会システムにとって脅威となる自然災害は数多い。 本報告では自然災害の中でも大規模地震に着目する。地震を含む大規模災害に備えるべ く、「自助努力の重要性を踏まえつつ、救助段階から復興段階に至る被災者支援のグランド デザインを明らかにし、雇用、心と体の健康、人と人とのつながりなどを含めた総合的な 観点から被災者のニーズに対応した多様な支援策を提示すること」(「防災体制の強化に関 する提言」(平成 14 年7月 中央防災会議 防災基本計画専門調査会))が求められている。 「高齢化社会における多数の高齢者の存在、大規模災害と地域経済力の低下に伴う長期失 業者の存在、地域経済の崩壊に伴う世帯収入の減少等の要因により、被災者の自力再建(自 助)には限界」(「被災者の住宅再建支援の在り方に関する検討委員会」報告書(平成 12 年 12 月 4 日))もある。「共助の理念に基づく相互支援策」が不可欠というわけだ。しかし、 (高齢者、低所得者層を中心に)支援を求める被災者が多く見込まれるからこそ、(1)事前 に自助努力できる個人には自助努力を促す仕組み、(2)事後(被災後)に社会的弱者となり うる個人にも予め自助努力の機会を与えることが求められる。さもなければ、本来救済す べき(自助努力にもよっても支援が必要な)被災者に十分な支援を行う財源を欠くことに なりかねない。しかし、住民の意識調査によると、大規模地震に対して関心や不安がある と答えた人は 9 割以上に上り、国民の災害に対する関心の高さを示している一方で・・大 規模災害に備えて家具等の固定をしている人は3 割未満に留まる(防災白書(平成 20 年版))。 防災意識と行動にギャップが見受けられる。地震保険制度への加入率は全世帯の 2 割(火 災保険加入世帯で 4 割)に留まる。住宅の耐震化についても、自治体が把握しているだけ で約 1150 万戸(2007 年度末時点)、耐震性が不足している。(1)「結局、国が何とかしてく れる」という甘えによるモラル・ハザードとも、(2)合理的なリスク認知の欠如ともいわれ

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る。 防災努力の欠如は個人に限ったことではない。「地震防災対策特別措置法の一部を改正す る法律」(平成18 年 3 月)により、都道府県自治体は地域防災計画において長期的な被害 軽減目標の設定に努めることにはなった。静岡県等、幾つかの自治体による先進的な試み はあるものの、多くの自治体では効果的な減災戦略の策定は普及していないのが現状だ。 その理由としては、(1)減災目標に向けた具体的なガイドラインが提示されていないことの 他、(2)「災害前の減災努力の程度に関わらず被災した地域の自治体に対する復旧財政支援 が適用されるしくみになっており、このことが災害前の減災努力に対するインセンティブ を低下させる一因ともなっている」(浅野(第 2 章))とされる。地域の被災リスク、自治 体の防災努力に関する情報が明瞭かつ分かりやすい形で地域住民に提示する防災行政の 「見える化」が進んでいないことも、地域住民による監視・規律づけを弱めている。また、 被災後には国から災害復旧事業等に手厚い支援が施され、かつ以前よりも災害に強いイン フラを整備できることから、いつ起きるか分からない災害に備えた防災投資を行うよりも、 敢えて「災害待ち」が行われても不思議ではない。 我が国では、従来、「災害対策基本法」をベースに(1)災害応急救助では災害救助法、(2) 災害復旧では「公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法」(負担法)「農林水産業施設災害 復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律」(暫定法)、及び「激甚災害に対処するため の特別の財政援助等に関する法律」(激甚法)に基づいて被災地域の住民、自治体に支援を 行ってきた。災害救助法の下では「避難所及び応急仮設住宅の供与」「炊出しその他による 食品の給与及び飲料水の供給」、「災害にかかった住宅の応急修理」など応急措置としての 「現物給付」を中心とした被災者支援がなされる。「災害弔慰金の支給等に関する法律」(災 害弔慰金法)による死亡者の遺族(配偶者,父母等)に対する災害弔慰金支給の制度はあ ったが、阪神淡路大震災以前の被災者支援は概ね現物給付の形態をとってきた。しかし、「生 活様式の多様化等を踏まえ、・・・現物支給については支給内容の充実・多様化、現金支給 制度の積極的な活用等、多様な支援施策を提示するべき」(中央防災会議「防災体制の強化 に関する提言」(平成14 年 7 月))との要請を反映するよう被災者生活再建支援法(平成 10 年5 月成立)の改正(平成 16 年 3 月・平成 19 年 11 月)を経て、現金給付の拡充が図られ てきた。 被災地の災害復旧に当たっては、前述の負担法・暫定法が適用され、「国民経済に著しい 影響を及ぼし、かつ、当該災害による地方財政の負担を緩和し、又は被災者に対する特別 の助成を行うことが特に必要と認められる災害が発生した場合」には激甚法に基づき、「災 害復旧事業に対する国の補助率のかさ上げなど、特別な助成措置を講じ、地方公共団体や 被災者の負担軽減を行う」(防災白書(平成20 年版))ことになっている。地方自治体の負

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担分(補助裏)についても、特別交付税措置、あるいは災害復旧事業債の元利償還費に対 する交付税措置など国の財源保障が施される仕組みとなっている。被災自治体の財政負担 を大幅に軽減する効果がある一方、「同じような施策でも補助率が低いか補助がほとんどな い事業は実施されず、補助率の高い事業に偏るという問題が指摘されている」(田近・宮崎 (2008))。事後の復旧費用に対する手厚い支援を期待する「災害待ち」と呼ばれるモラルハ ザードも助長されかねない(浅野(第 2 章))。また、激甚法、暫定法、負担法等の法律に おいて、災害復旧事業とは「災害に因って必要を生じた事業で、災害の影響を受けた施設 を原形に復旧する」ことを目的としている。ここで原形復旧とは「被災前の位置に原施設 と形状・寸法及び材質の等しい施設により復旧する(狭義の原形復旧)こと」に他ならな い(図表1)。防災上、当初の施設に問題があった場合は、改良を加えることは排除されな いものの、「原形復旧の原則」は国の縦割り行政の弊害も相まって、被災地のニーズに即し た「総合的な視点」からの災害復興に向けたグランドデザイン(災害に強いまちづくり) を阻害するだろう。 図表1 災害復旧事業の考え方 出所:国土交通省「災害復旧事業の考え方について」(平成18 年 2 月 13 日) 本研究では(1)現行制度・政策の現状と実態把握するとともに、(2)経済学の知見による 分析と評価、(3)包括的視点からの政策体系の構築についての政策提言を図っている。現状 把握としては被災者生活再建支援制度、地震保険等、個人に対する事前・事後の政策のほ か、国・自治体の防災対策を対象とする。税制、耐震構造の促進、自治体の防災対策など 関連する政策群を包括的かつ体系的に捉える。経済学の視点からの災害政策研究はこれま で多くなかった(例外として永松(2008))がある。)一連の災害対策群は(1)「公助・共助・ 自助」に即して、政府と民間、国と地方の役割・責任分担として、(2)災害以前(事前)、 災害直後、復旧・復興と「時間軸」として体系化することができるだろう。こうした体系 化を通じて政策の重複や相互関係を明らかにする。防災政策による被害軽減効果について はデータでもって、その状況を数量的に把握していく。また、自治体の防災努力を取り上

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げ、その現状と課題を議論する。災害後の交付税、補助金等による国の財政支援が地方自 治体の事後の災害復興、及び事前の防災努力に与える影響についても検証を行う。その上 で、自治体や個人の自助努力を促進するための制度設計(災害リスクに応じた地域の格付 けや耐震構造、防災対策を反映した地震保険の保険料率設定など)を検討する。また、学 術研究に留まらないような、耐震化や地震保険の普及・運用に関わる実務的な課題(再保 険など)についても考察を行っている。その上で、「あるべき」災害政策体系について提言 する。 図表 2 主な被災者支援と本報告との対応関係 防災対策 第2 章 地震保険 第4 章・第 5 章 事前 住宅の耐震化 第4 章 災害復旧事業 第2 章・第 3 章・第 6 章 被災者生活再建支援制度 第1 章・第 6 章 事後 被 災 者 支援 弔意金・資金貸付・税の減免等 第1 章 2.現行制度の課題 課題1 ハードとソフト 自然災害による被害、防災投資をとることによって、ある程度コントロールすることが できる。実際、戦後を通じて防災関係投資は災害時の死者の減少に寄与してきた。第 3 章 では、自然災害が生じる前に災害による被害を軽減させる「事前防災政策」、具体的には過 去に生じた自然災害からの復旧を目的とした災害復旧行政投資や治山治水行政投資、土木 費を都道府県単位でとったパネル分析を行い、人的被害として死亡者数、負傷者数、罹災 者数、物的被害として県民一人あたり実質物的被害額に及ぼす影響を検証している。災害 復旧投資は、有意にマイナスの効果があることが示される。災害復旧投資が災害による被 害を軽減させると評価ができよう。しかし、その一方で、災害が発生しないと行われない 災害復旧投資が主に有意にマイナスの効果を持つということは、災害を未然に防ぐという 意味における防災政策としては、不十分なものであるともいえる(外谷(第3 章))。「災害 復旧投資」ではなく、災害を未然に防ぐことを主眼とした先行投資型の事業が求められる はずだ。 災害復旧事業等、ハードに比べて、被災者支援等、ソフト面の整備は長らく遅れてきた。 10 年度当初まで,災害復旧・復興全体に投じられた国の

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予算措置は4 兆 5900 億円に昇った。その約半分がインフラ復旧のための公共事業に充て られている。自治体からの支出もあわせると復興経費は計画ベース(阪神・淡路震災復興 計画)で10 兆 4000 億円あまりとなるが,そのうち約 48%(約 5 兆円)がインフラ整備 に費やされたと推計されている。その公共財としての性格上,災害後の社会インフラの復 旧は公共部門(政府・自治体)が果たすべき役割である。しかし,こうした国・自治体の 復旧・復興対策が公共事業に偏重,開発主義志向(「公共事業中心主義」)によるという批 判も多かった。 被災者支援について、従来、政府は「私有財産制のもとでは、個人の財産が自由かつ排 他的に処分し得るかわりに、個人の財産は個人の責任のもとで維持することが原則」(村山 総理(当時)参院本会議答弁(平成7 年 10 月))としていた。しかし、「阪神・淡路大震災 では自宅を再建できない被災者や住み慣れた街から離れた公営住宅にしか住まいを確保で きない被災者が多く発生した」(「被災者生活再建支援制度見直しの方向性について」(平成 19 年 7 月))とされる。「住宅は単体としては個人資産であるが、阪神・淡路大震災のよう に大量な住宅が広域にわたって倒壊した場合には、地域社会の復興と深く結びついている ため、地域にとってはある種の公共性を有しているものと考えられる」(「被災者の住宅再 建支援の在り方に関する検討委員会」報告書(平成12 年 12 月4日))との意見もある。そ のため、政府は「自然災害によりその生活基盤に著しい被害を受けた者であって,経済的 理由等によって自立して生活を再建することが困難なもの」を対象に生活再建支援金を支 給する生活再建支援法が平成10 年 5 月に成立させるに至った。 課題2 被災者支援 災害に対しては、これまでも「公助・共助・自助」の観点から様々な取り組みが講じら れてきた。自助としては「地震保険」が挙げられる。世帯加入率は全国平均で 2 割(火災 保険に対する付帯率は約 40%)に留まるが、阪神淡路大震災以降、増加してきている。公 助としては、阪神淡路大震災以前にあった「災害救助法」による被災者支援(生業に必要 な資金の貸与、応急仮設住宅の供与)や「弔慰金」(生計維持者の死亡に対しては500 万円) 等に加え、「被災者生活再建支援制度」が導入・整備されてきた。平成16 年 3 月の改正(「居 住安定支援制度導入」)を経て、平成19 年 11 月改正では(i)制度の対象とした経費の実績に 応じた償還払いから「渡し切り」とすることで住宅本体の再建を含め、使途を限定しない、 (ii)支給額は住宅の被害程度(全壊・大規模半壊、半壊)や再建方法(新築、補修、民間賃貸住 宅への転居)のみにより、年齢・所得による制限は撤廃された。「私有財産への補償はしな い」との従来の方針が実質的に転換され、被災者の住宅再建の支援(生活再建と合わせて 最大300 万円まで支給)にも充てられるようになったわけだ。

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被災者へのきめ細かに対応がなされるようになったとはいえ、「災害救助法」、「災害弔慰 金の支給等に関する法律」、「被災者生活再建支援法」など異なる経緯から成立・改正され てきた制度が「つぎはぎ的」に分立してきた感は否めない。「日本の災害対策制度は、制度 上各省庁の法律がばらばらに組み入れられており、災害対策全体の調整が不十分なまま、 災害のたびに新たな救済制度が拡充してきた」(宮崎(第 6 章))とも評される。例えば、「阪 神・淡路大震災に対して数多くの特例措置が講じられており、公営住宅家賃についても通 常の家賃より引き下げられているが、・・・こうした家賃でさえなお重い負担となる低所得 の被災者が相当存在することが明らかとなった。このため、・・・阪神・淡路大震災の特別 措置として、減額分の一定割合を国が補助するとともに、当該地方負担について特別交付 税措置を講ずるなどの支援を行うこととした」(国土庁「防災白書」平成9年版)。また、 前述の被災者生活再建支援制度は阪神淡路大震災の後、「「個人補償はできない」という国 の方針に制約されたこともあって、「つぎはぎ的」対応」((兵庫県被災者支援のあり方)と なり、住宅再建費用や二重ローンに苛まれる被災者に対する手当てが不十分だったとの批 判を受けた形で導入された。しかし、こうした場当たり的に行われる手厚い被災者支援は、 「結局、政府が助けてくれる」というシグナルを人々に送り、事前の自助努力(地震保険 加入・住宅の耐震化等)の誘因を損ねかねない。 課題3 災害に対する自治体の取り組み 被災者支援に限らず、我が国の政府間関係は国が政策を(1)企画(デザイン)、(2)(地方交 付税・国庫支出金などで)財源保障を施して、(3)地方自治体が執行する「集権的分散シス テム」として特徴付けられてきた。災害政策も例外ではない。 災害時の「災害救助法」による被災者支援(生業に必要な資金の貸与、応急仮設住宅の 供与など)は(第1 次分権改革で廃止された機関委任事務の後継である)「法定受託事務」 であり、国の詳細な規制の下、執行主体の自治体の裁量は限定される。国の関与がある一 方、地方に対しては手厚い財源保障も施されている。災害復旧事業の多くは自治体の財政 規模と事業費に応じて、国の補助金が入る「補助事業」である。残る地方負担分(補助裏) についても、特別交付税が措置される、あるいは事業に充当した地方債の元利償還費が(後 年度)交付税措置される。被災自治体の負担は大幅に減じられる仕組みである。「国民経済 に著しい影響を及ぼし、かつ、当該災害による地方財政の負担を緩和し、又は被災者に対 する特別の助成を行うことが特に必要と認められる災害が発生した場合」には、激甚法が 適用され、「災害復旧事業に対する国の補助率のかさ上げなど、特別な助成措置を講じ、地 方公共団体や被災者の負担軽減」が図られる。「激甚災害に指定されると補助率が 1~2 割 上昇し、公共土木施設災害復旧事業では86%、農地等の災害復旧事業等では 92%にも補助 率が嵩上げされる」(宮崎(第2 章))。

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ただし、前述のように、(1)地域のニーズの高い復旧事業ではなく、補助率の高い事業に 偏る傾向が見受けられてきた(田近・宮崎(2008))。経済学的にいえば、補助金の多く入る事 業の方が補助金の入らない事業(単独事業など)に比べて、自治体の観点からみて割安に なることで「代替(価格)効果」が働いていることになる。加えて、(2)「原形復旧」を原 則とすることから、地域の復興には必ずしも必要ではない事業が優先的に実施されかねな い。(3)財政力の乏しい地域では、災害に合わせて、平時には後回しされるような公共事業 を実施する(よって予め防災投資を行わない)「災害待ち」が指摘されてきた。 地方自治体は国の決めた政策を執行しているだけではない。阪神淡路大震災、新潟中越 地震に際して被災自治体が「災害からの復興において、既存の復興施策を補完し、被災者 の救済及び自立支援のために、また、被災地域の総合的な復興対策を長期的、安定的、機 動的に進めるために」復興基金を設立してきた。復興基金は「被災者再建や地域の復興支 援のために通常行政では実施できないような事業を行う」ことで、既存の被災者支援の原 則(「個人補償はしない」)と実態との乖離(「公助」(公的支援)の限界)を埋め合わせて きたのである。復興基金の制度と運営の実態と課題については宮崎(第 6 章)を参照のこ と。 自治体は地域の防災(減災)においても重要な役割を果たしている。「地震防災対策特別 措置法の一部を改正する法律」(平成18 年 3 月)により、都道府県自治体による地域防災 計画策定時に、長期的な被害軽減目標の設定に努めることになった。しかし、(1)「減災目 標の設定はあくまでも努力目標」であること、(2)「具体的なガイドラインが提示されてい ない」ことから、自治体における効果的な減災戦略の策定は進展していない。(3)減災努力 に関わらず事後に手厚い財政支援を行うしくみがあらかじめ用意されているとともに、過 去において想定外の災害が発生した場合に特別立法により上乗せした財政支援が行われて きたことが、事後の復旧費用に対する手厚い支援を期待するようなモラル・ハザード(「災 害待ち」)を引き起こす要因になってきたとの指摘もある(浅野(第2 章))。 課題4 自助努力の促進 防災白書(平成20 年版)によると、大規模地震に対して関心や不安があると答えた人は 9 割以上に上り、国民の災害に対する関心の高さを示している一方で、大規模災害に備えて 家具等の固定をしている人は(平成19 年度の内閣府調査でみても)3 割未満に留まる。地 震保険の加入や(特に旧耐震基準の)住宅の耐震化も進んでいない。防災意識と行動にギ ャップがあるようだ。 このギャップは、(1)被災者に対する事後的救済への期待が事前の自助努力を損なった(事

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前のモラルハザードを助長した)結果かもしれない。「結局、国が何とかしてくれる」と期 待して、自らコストを負担して自宅の耐震化したり、地震保険に加入したりしなくなると いうわけだ。ここでモラル・ハザードを起こしている個人は、(1)将来を見越して振舞うと いう意味で「フォワードルッキング」(forward-looking)であり、かつ(2)事後(災害時) の政府の政策を正しく予見しているという意味で「合理的」である。しかし、大震災を典 型とする「低確率・高損害」のリスクに関する合理的な期待形成は難しいかもしれない。 (2)災害リスクを正しく認知していない(リスクの存在は意識していても、その発生確率を正しく評 価していないこともあり得る。地震保険に加入しない理由として「保険料の高さ」が多く挙げられる (第 4 章参照)ものの、実際のところ、地震保険料率は「収支の償う範囲内においてできる限り 低いものでなければならない」(地震保険法第5条第1項)ため、「ノーロス・ノープロフ ィットの原則」に基づき、元受保険会社等の利潤は織り込まれておらず、経費率等につい ても極力圧縮されたものとなっている(吉田(第 5 章))。政府による再保険制度もあり、 仮に民間だけで提供した場合と比べれば、地震保険の保険料は決して高いとはいえない。 保険料に対する割高感は、被災リスクが過少評価された結果かもしれない。 また、住宅の耐震化に向け政府は「住宅及び特定建築物の耐震化率について、それぞれ 現状の75%を平成 27 年までに少なくとも9割にすることを目標」(国土交通大臣による 基本方針(平成 18 年 1 月 25 日))とすることが掲げてきた。これを受けて、国・自治体は 住宅の耐震診断・耐震改修を補助する制度を整備している。しかし、様々な金銭的なイン センティブにも関わらず、住宅の耐震化は遅々として進んでいない。自治体が把握してい るだけで約 1150 万戸(2007 年度末時点)、耐震性が不足していると判断されている。「耐震 化を行うかどうかを決めるのは、事後的な給付の有無よりも、地震リスクに対するそもそ もの選好、知識、所得水準など他の要素によるものが大きい」(永松「生活再建支援制度の 見直しに対する意見」(平成19 年 5 月 28 日))ともいえよう。 大規模災害のような「低頻度・高損失」なリスクについては、標準的な経済学が仮定す るような「合理的」な個人ではなく、リスク認知にバイアスがある個人を想定した自助努 力の促進策が必要といえよう。 課題5 政策の実行可能性 首都直下型地震に際しては、上記の被害想定額に加え、被災者の生活再建のために創設 された「被災者生活再建支援制度」の必要額が2 兆 8 千億円(内閣府試算)あまりに上る と見込まれる。しかし、被災者生活再建支援制度も、地震保険制度も巨大災害に備えた積 立金(準備金)が十分ではない。「都直下地震等極めて大規模な災害が発生した場合のフィ ージビリティ(実現可能性)に対する懸念」(「被災者生活再建支援制度に関する検討会」

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配布資料)が残ったままである。 被災者生活再建支援制度の場合、「都道府県は、・・・(被災者生活再建支援)基金に充て るために必要があると認めるときは、支援法人に対し、必要な資金を拠出することができ」 (被災者生活再建支援法第 9 条の3)、「国は、第九条・・第三項の規定に基づく都道府県 の支援法人に対する拠出が円滑に行われるよう適切な配慮をするものとする」(同第20 条) とされるが、具体的な取り決めがあるわけではない。地方自治体からは「被災者生活再建 支援基金では対応できない規模の大災害が発生した場合には、国の全額保証とするなど所 要の措置を講じること」(全国知事会(2007 年 7 月 12 日))が求められている。結局、「阪 神大震災のような災害に対応するには(被災者生活再建)支援法に限界があり、その時点 で別途対策を検討していくことになる」(井上喜一防災担当相 (2004 年 3 月当時))こと になりかねない。 一方、地震保険制度の準備金残高は 2007 年度末時点で、(同制度を担う)日本地震再保 険株式会社が4,338 億円、損害保険会社が 4,742 億円、政府が 1 兆 1,386 億円の合計 2 兆 0,467 億円に留まる。一方、地震保険は一災害あたり、5 兆 5 千億円まで支払い責任を負う ことになっている。大規模地震や連続地震の発生により危険準備金が枯渇した場合でも、 引き続き巨額の責任を負担し続ける必要があるが、どのように総支払限度額および官民の 負担額を設定するか明確なルールは存在していない。また、地震保険法では、保険金支払 のため、必要となれば、国が保険会社等に対して資金のあっせん・融通に努める旨の規定 が設けられているが、この規定を有効に機能させるためには、具体的な手続き等を事前に 検討することが求められる。 我が国の災害政策は「国の財政は破綻しない」ことを前提としてきた。しかし、首都直 下型地震のような大規模災害において、この前提を当然視することはできない。 3.各章の要約 本報告書は以下の章によって構成される。 第1 章:災害政策体系の整理と提言 我が国の災害政策体系と被災者支援を巡る議論を概観した上で、経済学の観点から分 析・評価する。災害政策群を(1)地震保険・住宅の耐震化など事前政策と被災者生活再建支 援金等、事後政策との「時間軸」に沿って分類するほか、(2)一般に自立が困難とされる低 所得者・高齢者と自立可能な中高所得層といった被災者の「属性」(所得・年齢)による分

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類、(3)公営住宅など現物給付と被災者生活再建支援金を典型とする現金給付のような「支 援形態」による分類、(4)国・地方自治体、及び民間(地震保険制度など)と支援の「担い手」 による分類を行い、その特徴と課題を明らかにする。また、被災者生活再建支援制度の成 立・拡充の経緯を中心に、「個人補償はできない」としてきた政府の原則と被災者のニーズ との乖離を(1)地方独自の被災者支援策や(2)復興基金の活用で埋め合わせてきた実情につい て述べる。「被災者支援の経済分析」としては、(1)被災者支援に関わる二種類のエラー、(2) 現行の被災者支援体系には機能の重複・混在、(3)被災者支援政策の実行可能性、及び、(4)被 災者支援という災害(非常)時のシステムと平時のセイフティーネット・システムとの断絶を取り上げ る。その上で、我が国の災害政策体系の再構築について考えていく。個別制度ではなく、保険 機能、再分配(福祉)機能、地域経済の安定化・活性化機能と「機能」に即して論じる。 第2 章:自治体の減災努力促進に向けた災害支援制度改革のあり方 東南海・南海地震や首都直下地震発生の切迫性が高まる中、地域全体の災害対策を牽引 する上で、地方自治体に対して非常に重要な役割が期待されている。しかし、わが国の災 害支援制度においては、災害前の減災努力の程度に関わらず被災した地方自治体に対する 復旧財政支援が適用されるしくみになっており、このことが災害前の減災努力に対するイ ンセンティブを低下させる一因ともなっている。また、自治体の防災力については、十分 な評価と情報公開が実施されていないため、行政と住民間で大きな情報格差が生じており、 防災行政に対する適切なガバナンスが機能していない。本章では来るべき巨大災害に備え、 地方自治体による減災努力を促進するしくみとして、災害前からの減災努力を要件とした 災害後の財政支援制度への転換を図るとともに、地方自治体の減災努力を監視・評価・改 善するガバナンス改革を提言する。 第3 章:防災政策による災害被害の軽減効果:都道府県別データを用いたパネル分析 本章の目的は、都道府県のパネルデータを用いて自然災害による人的・物的被害と防災 政策の関係を検証することである。自然災害による被害の指標として、「死者数」、「負傷者 数」、「罹災者数」および「一人あたり物的被害額」を用いた。また防災政策の指標として、 災害を事前に防ぐ目的の「事前政策変数」と災害が発生した際に被害を軽減させる目的の 「事後政策変数」を考えた。事前政策変数として、「一人あたり治山治水投資額」、「一人あ たり災害復旧投資額」、「一人あたり土木費」を考え、政策の効果にラグがあることを考慮 し、過去6 年間の平均値を用いた。事後政策変数には、「一人あたり消防費」と「一人あた り消防署数」を用いた。47 都道府県の 3 期間パネルデータを用いて、固定効果推計を行っ た結果、自然災害の被害に有意にマイナスの効果を与えている政策は「一人あたり災害復 旧投資額」であることが判明した。また、サンプルを地震による被害と台風による被害に

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分けて推計したところ、「一人あたり災害復旧投資額」はいずれのケースにおいてマイナス の効果があるが、その効果は対地震に関する方が大きいものである結果となった。 第4 章:防災政策が個人の自助努力に与える影響 地震保険への加入と住宅の耐震化を中心に高齢者世帯を含めた個人の事前の自助努力に 着目、それを促す仕組みについて議論する。(事前・事後の)災害政策に留まらず、関連す る他の公共政策・市場も包含した視点に拠る。具体的には既存住宅市場の現状と課題、平 均 31 年とされる住宅の耐久期間の延長について論じる。住宅に資産としての価値を持たせ、 耐震化投資が当該住宅の資産価値の増加に結び付く条件を整備することで、耐震化への誘 因付けを図ることが狙いである。また、地震保険の加入促進のためには低所得者を対象と した保険料補助金制度を新たに提言する。地震保険の保険料には(立地や住宅の耐震性に 関わる)地震リスクを反映させることで保険原理を徹底させつつ、低所得者の地震保険加 入を促進する(災害時の生活資金を確保する)という二つの(一見相反する)目的を追求 する手段となりうる。災害時に社会的弱者となるのは(自宅が被災した)高齢者や低所得 者層である。高齢者世帯住宅の耐震化や低所得者の地震保険加入の促進は彼等が災害に備 える(事前の自助努力をする)術となるだろう。 第5 章:地震保険の実務的な課題 地震保険制度は、昭和41 年の「地震保険に関する法律」の制定を受けて、政府と民間の 損害保険会社が共同で運営する制度として発足した。この制度は、「地震等による被災者の 生活の安定に寄与すること」を目的としており、また、地震保険の保険料率は「収支の償 う範囲においてできる限り低いものでなければならない」とされるなど、他の損害保険に 比べ公共性の高い保険といえる。その後、地震保険制度の発足以来、数々の改定が行われ てきたが、地震保険制度の歴史を改めて整理するとともに、今日の地震保険制度の特徴お よび課題を整理する。また、各方面における地震保険制度の改善に関する議論を整理し、 地震保険引受の実務面を中心に、災害政策体系における最適な地震保険制度のあり方に関 する議論の再整理を図る。特に実務の観点から、地方自治体が発行する罹災証明書の基準 (被災者生活再建支援制度の支給額に影響)と地震保険の認定基準との整合性、割引保険 料を適用する際の、公的機関の発行書類や住宅性能評価書等、厳格な確認書類取り付けの ルールに伴う地震保険の引受実務の複雑化に言及する。 第6 章:災害関連施策における財源措置と地方の役割 本章の目的は、災害時における災害応急対策、災害復旧・復興の体系を、国と地方の役

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割分担と財政負担の視点から整理することである。特に、災害救助法、被災者衣生活再建 支援法、負担法・暫定法・激甚法、復興基金の設立を分析の対象とする。分析の結果、災 害に関連する施策には、次のような特徴があることが明らかとなった。第 1 に、災害関連 の施策には、財源の国庫補助、地方負担分に対する地方債に対しての普通交付税措置など の国による手厚い財政措置がある。第 2 に、災害関連施策の実施において地方団体の裁量 はほとんどない。第 3 に、交付団体と不交付団体で財政措置に大きな格差がある。被災地 域に対して国の財源保障が十分に大きく、災害事業に対する地方団体の裁量が小さければ、 地方団体は事前における被害最小化への努力を小さくする可能性がある。したがって、災 害関連施策の実施において、今後国と地方の役割分担の明確化が必要だろう。 4.政策提言 政策的含意1:自助努力の促進 首都直下地震など被害額が 112 兆円余りに上るような大規模災害に際して、国の財政自 体が危機的な状況に陥ることが見込まれる。限られた財源を有効に活用するには、救済対 象となる人の数をなるべく少なくするに越したことはない。つまり、自助努力で自立可能 な個人については自立を予め促すことである。具体的には地震保険への加入や住宅の耐震 化など事前の備えを充実させる必要がある。現在、地震保険の保険料を所得税から控除(自 身保険料控除、最高 5 万円)させるなど普及を促しているが、保険の強制化や火災保険へ の自動付帯なども視野に入れておく必要がある。無論、加入者の増加は災害時の保険給付 の拡大を意味するから、政府との再保険などリスクをヘッジする仕組みの見直しが不可欠 となる。 政策的含意2:地方自治体の防災努力の促進 自治体による減災計画の策定と対策推進を義務づけるとともに、その推進を財政面で支 援する新たな減災法制度が必要と考えられる。具体的には事後の財政支援を事前の減災努 力に関連づけることだ。十分な防災努力を行っていたと評価される自治体に対する支援を 嵩上げ、及び(あるいは)防災努力が不十分だった自治体にはペナルティー(災害復旧事 業に対する補助金の削減など)を課すというものだ。合わせて、自治体防災力評価による 格付制度を導入し、住民からの見える化を図ることにより監視・評価・改善メカニズムを 機能させる。「防災格付け」は地域住民に対して居住地域の災害リスクを明らかにするほか、 災害発生リスク(自然環境条件)が同様な他地域との比較から、自身の自治体の防災努力 の多寡・適正を判断する「ヤードスティック」としても機能するはずだ。

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政策的含意3:国と地方の役割分担 災害時には、国は最低限必要な災害関連事業を実施する一方、地方自治体が地域の実情 に合わせた被災者や地域に必要な事業を実施する。具体的には災害応急救助や災害復旧の 一部など国が全国一律に実施すべきであると考えられる事業は国が担い、それ以外の事業 は国庫負担を大幅に引き下げた上で地方自治体の裁量で行うという役割分担があって良い だろう。地方の裁量が大きくなることで総合的な視点から、地域のニーズに即した災害復 興か可能になるほか、事前の復旧・復興計画(グランドデザイン)の策定が進むだろう。「災 害待ち」の誘因を是正して、自治体による事前の減災努力を促すこともできるはずだ。 政策的含意4:予見可能性の改善 我が国の被災者支援は「国は財政破綻しない」ことを前提としてきた。しかし、大規模 災害に際しては、国が無制限に財政負担を負うことは不可能である。従って、災害時に政 府・自治体が救済する範囲(資格要件)と水準(支援金額など)を予め明確にする。「でき ることとできないこと」を明らかにしておく必要がある。個人は災害に関して自身に課さ れる自助の範囲(住宅再建、生活再建に対する負担)を正しく理解できるようになるだろ う。五月雨式に新たな支援制度が導入・拡充される現行体制の下では、「結局、国が助けて くれる」という甘い期待、あるいは「国はどこまで助けてくれるのだろうか」という不安 が助長されかねない。実行可能性が不安視される手厚い支援よりも、手厚くなくても実効 性の高い支援の方が、政策の予見可能性が改善し、災害に必要な備え(自助努力)をし易 い環境が整うことになろう。 政策的含意5:多様な被災者ニーズへの対応 同じ被災者でも生活再建の能力は所得水準や年齢によって異なるだろう。特に年金生活 を送る高齢者の場合、住宅再建など災害以前の生活水準を取り戻すことは非常に困難と考 えられる。一方、勤労世帯であれば、当面の生活資金の貸与や二重ローン対策など最低限 の措置を施せば、地震保険の購入や自助努力にとって生活を再建する見通しもある。つま り、全ての被災者が等しく弱者というわけではないことが重要なのである。限られた財源 の中で、確実な救済を施すためには、(応急仮設住宅の入居者に留まらず)全ての被災者の 実態把握を速やかに行った上で、救済の優先順位を付けていく必要がある。つまり、自立 の最も困難なタイプの被災者を重点的に支援するのである。具体的には高齢者の中でも低 所得層については今後、住宅を再建してローンを払いきる見込みが薄いならば、優先的に 公営住宅に受け入れていく。災害で職を失った者に対しては、仕事の斡旋を行い、早い段 階で生活的に自立できる環境を整備する。もともと低所得者で今後とも高い収入が期待で

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きないような被災者は、被災者として特別に優遇するのではなく、(他の低所得者同様)生 活保護の対象者として早い段階で平時のセイフティーネットでカバーすれば良い。 政策的含意6:価格・市場メカニズムの活用 自治体の防災努力を促すため、その取り組みを指標化し、地震保険料に組み込むことも あり得る選択肢だろう。つまり、住宅の構造や年数、耐震構造は同じでも、防災に対して 積極的な地域に住んでいる人の保険料の方が割安になるのである。この低い保険料は地域 の災害リスクや自治体の取り組み状況についての「シグナル」となって人々の居住選択(「足 による投票」)や地価に影響を及ぼすだろう。自治体は災害対策に応じて「格付け」される ことになる。逆に、自治体の防災努力の拡充は(たとえ災害が当面ないとしても)低い地 震保険料という形で住民に還元できることになる。地震保険料という価格が自治体を誘因 づける(規律づける)ように働いているのである。一般に(自治体の防災努力を含む)災 害リスク指標を積極的に開示させることで、不動産価格や賃貸住宅の賃料にも反映させ易 くする。また、地震保険の再保険制度などにも市場メカニズムを活用する余地はある。た だし、地震保険の普及にあたっては、人々のリスク認知の改善に加え、(1)保険料割引を適 用する際の厳格な確認資料の取り付けルールを維持した場合における引受実務の複雑化、 (2)被災時に地方自治体が発行する罹災証明書の基準と地震保険の認定基準との統一化など 実務面で検討すべき課題があることにも留意が必要だ。 参考文献 田近栄治・宮崎毅(2008)「財政的にみた復旧・復興の体系―新潟県中越地震をケースとし て」フィナンシャル・レビュー平成20 年(2008 年)第 4 号 永松伸吾(2008),「シリーズ 災害と社会4 減災政策論入門 巨大災害リスクのガバナンスと 市場経済」,弘文堂

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1 章

災害政策体系の整理と提言~被災者支援を中心に~

佐藤主光(もとひろ) 一橋大学政策大学院・経済学研究科 要旨 本章では、被災者支援を中心に我が国の災害政策体系の現状と議論を概観した上で、経 済学の観点から分析・評価する。災害政策群を(1)地震保険・住宅の耐震化など事前政策と 被災者生活再建支援金等、事後政策との「時間軸」、(2)一般に自立が困難とされる低所得者・ 高齢者と自立可能な中高所得層といった被災者の「属性」(所得・年齢)、(3)公営住宅など 現物給付と被災者生活再建支援金を典型とする現金給付のような「支援形態」、(4)国・地方 自治体、及び民間(地震保険制度など)と支援の「担い手」による分類を行い、その特徴と 課題を明らかにする。「被災者支援の経済分析」としては、(1)被災者支援に関わる二種類の エラー、(2)現行の被災者支援体系には機能の重複・混在、(3)被災者支援政策の実行可能性、及 び、(4)被災者支援という災害(非常)時のシステムと平時のセイフティーネット・システムとの断絶を 取り上げる。その上で、我が国の災害政策体系の再構築について考えていく。個別制度ではな く、保険機能、再分配(福祉)機能、地域経済の安定化・活性化機能と「機能」に即して 論じる。 1.はじめに 災害救助法による避難所・食料の提供や仮設住宅の供給、「災害弔慰金の支給等に関する 法律」に基づく生計維持者の死亡・重度障害に対する災害弔慰金・見舞金の支給、被災者 生活再建支援制度による住宅被害を受けた世帯への給付金、そのほかにも生活資金の貸付、 低利の住宅再建資金の融資など、我が国の被災者支援は災害直後から復興期に至るまで網 羅的に整備されてきた。特に6 千人以上の死者を出し、被害総額が 10 兆円に上ると推計さ れた阪神淡路大震災(1995 年 1 月)に際しては、「多様な支援制度が整備されている状況 にも関わらず、・・・自宅を再建できない被災者や住み慣れた街から離れた公営住宅にしか 住まいを確保できない被災者が多く発生した」(「被災者生活再建支援制度見直しの方向性 について」(平成19 年 7 月)との教訓から、個人の生活・住宅再建への支援の充実が図ら れた。従来の「個人補償はできない」との政府方針が実質的に軌道修正され、1999 年には 「被災者生活再建支援法」が成立している。当初は年齢と所得制限を課した上で、生活必 需品等に最大 100 万円支給されていた被災者生活再建支援金は、その後、地方自治体や被 災者からの要請を受けて拡充、2004 年度には住宅の解体・整備、民間賃貸住宅に関わる出

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費を対象とした「居住安定支援制度」(支給額最大200 万円)が新たに加えられた。更に 2007 年には年齢・所得の制限が撤廃された上、支給金の住宅再建本体への充足も可能にするよ う制度の見直しが行われている。 このように被災者に対するきめ細かに対応がなされるようになったとはいえ、「災害救助 法」、「災害弔慰金の支給等に関する法律」、「被災者生活再建支援法」など異なる経緯から 成立・改正されてきた制度が「つぎはぎ的」に分立してきた感は否めない。災害への事前 の備えである地震保険制度や住宅の耐震化との整合性が図られているわけでもない。被災 者生活再建支援制度と地震保険制度は事後的(災害時)にはいずれも被災者の生活基盤の 安定化・再建に資する現金給付であり、機能が重複している。これに関連して、一連の政 府の事後的な被災者救済が個人の事前的な自助努力を損ねかねない(モラルハザードが助 長される)との懸念も出されている。事前・事後の災害対策については国と地方自治体の 双方が複雑に関わり合ってきた。例えば被災者生活再建支援金は国が基準を定めるが、経 費は全都道府県からの拠出金と国からの補助で賄い、被災自治体が支給する仕組みになっ ている。災害弔慰金・見舞金は国が支給要件・基準を定めるが、実施主体は地方自治体で ある。また、被災者への支援としては国の制度のほか、兵庫県の被災者自立支援金事業(阪 神淡路大震災)や新潟県の生活再建支援金への上乗せ(新潟中越地震)のような地方独自 の政策もある。被災者に対する責任の所在は必ずしも明瞭ではない。 本章では、被災者支援を中心に、我が国の災害政策体系と被災者支援を巡る議論を概観 した上で、経済学の観点から分析・評価する。自然災害の中でもここでは地震に特化して 話を進めた。具体的には第 2 節において、災害政策群を(1)地震保険・住宅の耐震化など事 前政策と被災者生活再建支援金等、事後政策との「時間軸」に沿って分類するほか、(2)一 般に自立が困難とされる低所得者・高齢者と自立可能な中高所得層といった被災者の属性 (所得・年齢)による分類、(3)公営住宅など現物給付と被災者生活再建支援金を典型とす る現金給付のような支援形態による分類、(4)国・地方自治体、及び民間(地震保険制度など) と支援の担い手による分類を行い、その特徴と課題を明らかにする。第 3 節では、被災者 生活再建支援制度の成立・拡充の経緯を中心に、「個人補償はできない」としてきた政府の 原則と被災者のニーズとの乖離を(1)地方独自の被災者支援策や(2)復興基金の活用で埋め合 わせてきた実情について述べる。また、被災者生活再建支援金と同じ事後的な被災者支援 である義援金、及び住宅耐震化や地震保険制度への加入など事前の自助努力(備え)との 整合性・背反関係にも言及する。被災者には雑損控除や災害減免法など税制にとる支援(所 得税・個人住民税の減免)がある。減税金額は被災者(課税所得のある中高所得層)の生 活再建資金となりうるが、被災地以外の納税者との間での(水平的)公平性が問われるかも しれない。生活に困窮するのは災害ばかりには拠らない。被災者だから支援するというの では、被災地以外の(経済的に同様の境遇におかれた)個人との公平が図れない。被災者

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には独自のニーズがある、彼等への支援が経済・社会全体にとっても利益になる(経済学 でいう「外部便益」がある)ことが被災者支援の根幹でなくてはならないはずだ。 続く第4 節は、「被災者支援の経済分析」と題して、ここまでの論点を整理する。論点と しては、最初に(1)被災者支援に関わる二種類のエラーを取り上げる。本来、事前的自助努力にも 関わらず事後的支援を必要とする個人・世帯を漏れなく救済することが望ましい。しかし、被災者 支援は真にそれを必要とする被災者に行き渡らず、そのため彼等の生活再建が滞るかもしれない。 これを(統計学の仮説検定に従い)「タイプIエラー」と呼ぶ。一方、ばら撒き的な支援は真に救済を 必要としない(自助努力で生活を再建可能な)被災者まで救済することになりかねない。これは「タ イプIIエラー」にあたる。対象を拡げた手厚い救済はタイプIエラーの減少には繋がるが、タイプIIエ ラーを高めてしまうなど、両者の背反関係が強調される。また、(2)現行の被災者支援体系には機 能の重複・混在が見受けられる。上述のように被災者生活再建支援金と地震保険はいずれも被災 時の生活資金を提供する現金給付である。制度は違っても、「被災者(住民)の生活の安定」に寄与 する機能は同じだ。地震保険と被災者生活再建支援金は二者択一というわけではないものの、同 じ生活再建という機能を満たす上で、「棲み分け」が必要だろう。 (3)事前に気前の良い被災者支援制度を示すことは政治的には受けが良いかもしれない。しか し、大災害が起きたとき、実現可能でなければ、被災者らの生活再建、経済の復興が遅滞しかね ない。そもそも、事前に実効性が疑われる制度であれば、人々からの信認も得られない。災害が起 きた事後になっていから、財源確保を検討していたのでは、被災者の迅速な生活支援は困 難となろう。国・自治体からの支援が不明瞭では、被災者は生活を再建する目処も立てに くい。(4)更に本章では、被災者支援が災害救助法や被災者生活再建支援法など災害に関わる 諸制度の中で「自己完結」しないことを強調していく。災害で発生ないし「顕在化」した社会的弱者 は、生活保護の受給資格に欠くなど、平時のセイフティーネットの対象にならなければ、被災者とし て扱われ続けることになる。被災者支援は既存のセイフティ^-ネットの不備を補足する役割を面が あるわけだ。結果、被災者支援という災害(非常)時のシステムから平時のシステムへの移行は一 向に進まない。 第 5 節では、我が国の災害政策体系の再構築について考えていく。はじめに被災者支援 の原則として(1)救済を必要とする個人・世帯を救済する(原則1)、事後的支援(救済)は 実行可能性を確保する(原則2)、(3)個人・世帯の事前的自助努力(地震保険・耐震化)を 損なわない(原則3)、(4)平時システムとの連続性・迅速な移行を図る(原則4)を掲げ、 各々の含意とそれを実現するための制度設計のあり方を述べる。そこでは災害弔慰金・見 舞金、被災者生活再建支援金、地震保険、公営住宅など個別制度を取り上げるのではなく、 保険機能、再分配(福祉)機能、地域経済の安定化・活性化機能と「機能」に即して論じ る。「原則1」の徹底のため、被災者の実情把握のための制度の整備を重視する。具体的に

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は平時のシステム(年金や介護・福祉、税制など)に蓄積された(所得を含む)個人の情 報を共有し、住宅の倒壊など被災の実情と連結させて、真に救済の必要な被災者を把握す るとともに、被災者ごとに生活再建に向けた各種支援のメニュー(「被災者生活再建モデ ル」)を示す。「つぎはぎ的」な対応に代えて、自身が被災したとき、どのような支援を得られる のか、あるいは自助が求められるのか、生活・住宅再建への道筋を明らかにする。 2.我が国の災害政策体系:被災者支援を中心に 2.1 我が国の被災者支援制度 はじめに現行の被災者に対する支援制度の概要を述べる。災害直後は「災害救助法」に よる「避難所及び応急仮設住宅の供与」「炊出しその他による食品の給与及び飲料水の供給」、 「災害にかかった住宅の応急修理」など応急措置としての現物給付を中心とした被災者支 援がなされる。また、「災害弔慰金の支給等に関する法律」(災害弔慰金法)により、死亡 者の遺族(配偶者,父母等)に対しては災害弔慰金が支給される。支給額は生計維持者が 死亡した場合は最大500 万円、その他の死亡者については最大 250 万円となる。災害によ る負傷、疾病で精神又は身体に著しい障害が出た被災者には災害障害見舞金が支払われ、 重度の障害を被ったのが生計維持者であれば最大250 万円、その他の者の場合、最大 125 万円となる。 災害弔慰金法に基づく支援としては、給付以外に災害援護資金による貸付がある。これ は(1)災害で負傷した生計維持者の療養期間、(2)家財の損害、(3)住居への被害(全壊、半壊 等)に応じて150 万円から 350 万円を限度額に生活の再建に必要な資金を貸し付ける制度 である。償還期間は10 年以内、貸付利率は年3%で、原則 3 年以内の据置期間(償還期間 に含まれる)中は利子が発生しない。ただし、災害援護資金を受けるには世帯人数によっ て決められた所得制限がある。災害援護資金の対象となる世帯以外で低所得世帯、生活保 護世帯には、「生活福祉資金制度」から災害援護資金が貸し付けられる。限度額は150 万円 (償還期間7 年以内)、貸付率は年3%(2 年以内の据置期間中は無利子)であり、貸付金 は住宅の補修、家財の購入に充てられる。生活福祉資金には災害援護資金のほか、「緊急か つ一時的」に生計維持が困難になった低所得世帯、生活保護世帯、障害者世帯、要介護者 世帯に対する緊急小口資金の貸付がある。限度額は5万円(償還期間4 ヶ月以内)、金利は 年率3%(2 ヶ月以内の据置期間中は無利子)である。 生活福祉資金制度の対象にならないような中堅所得層については国税・地方税による特 別措置が施される。被災者は災害により住宅や家財などに損害を受けた場合、確定申告で、 (1)所得税法に定める雑損控除の方法、(2)災害減免法に定める税金の軽減免除による方法の

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どちらかを選ぶことによって、所得税の全部又は一部を軽減できるほか、個人住民税、固 定資産税、自動車税など地方税の一部軽減又は免除を受けられる。このほか、国民健康保 険料・介護保険料の減免、猶予、公共料金・使用料(施設利用料、保育料など)等の特別 措置もなされている。 また、「被災者生活再建支援制度」により、災害で住宅が全壊するなど、「生活基盤に著 しい被害を受けた世帯」に支援金が支給される。同制度は(1)住宅の被害程度に応じた基礎 支援金(全壊100 万円、大規模半壊 50 万円)と(2)住宅の再建方法に応じた加算支援金(住 宅の建設・購入であれば200 万円、補修は 100 万円、民間賃貸住宅への入居については 50 万円)からなる。両方を合わせると被災者への支援金は最大300 万円に上る。1998 年 5 月 に成立した当初は基礎支援金部分のみだったが、2004 年 3 月の改正で民間賃貸住宅の家賃、 住宅の解体(除却)・撤去・整地費などに充てる「居住安定支援制度」(最大 200 万円)が 加わり、更に2007 年 11 月には従来の所得・年齢制限が撤廃された。(被災者生活再建支援 制度の設立・拡充の経緯は第3 節参照。) 被災者の住宅購入、補修に対しては「災害復興住宅融資制度」がある。低所得世帯、障 害者世帯、及び高齢者世帯であれば、「生活福祉資金制度」(ただし災害援護資金を受ける 世帯は適用除外)による住宅資金の貸付を受けられる。住宅の補修、保全、増築、改築等 に必要な経費を貸し付けるもので貸付限度は250 万円以内(償還期間 7 年)、貸付利率は 年 3%(据置期間 6か月)となる。「災害によって住宅を失い、現に住宅に困窮しているこ とが明らか」な被災者については、同居親族要件(現に同居、または同居しようとする親 族がいる)と入居収入基準(月額26 万8千円以下)を住宅困窮要件として公営住宅への入 居が認められる。公営住宅の家賃は収入に応じて設定されるが、必要があると認められる 場合は一定期間、家賃を減免する措置が講じられる。なお、災市街地復興推進地域に指定 された地域では同居親族要件、入居収入基準はない。公営住宅への入居資格がない中堅所 得の被災者は都道府県、市町村、地方住宅供給公社等が供給する特定優良賃貸住宅に入る ことができる。 このようにわが国の被災者支援は、低所得者・高齢者から中堅所得層まで生活再建のた めの給付金や貸付金、住宅再建資金の貸し付け、及び公営住宅等の提供などきめ細かく施 されてきた。しかし、「災害救助法」、「災害弔慰金の支給等に関する法律」、「生活福祉資金 制度」、「被災者生活再建支援法」、公営住宅など異なる制度が分立しており、大きな災害が 起きる度に現行制度の不備を補うよう「つぎはぎ的」」に拡充されてきた感が否めない。例 えば、事前の自助努力(災害への備え)としての地震保険への加入や住宅の耐震化投資と 災害後の被災者支援制度との関係も整理されないままである。また、第 3 節で詳述するよ うに、被災者生活再建支援制度は、阪神淡路大震災の際、「個人補償はしない」という原則

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の下にあった当時の災害政策体系では住宅再建費用や二重ローンに苛まれる被災者に対す る手当てが不十分との批判を受けた後に成立した。総じて「災害に備えて」制度を見直す というよりも、災害を契機に改革を行う「災害待ち」の対応だった。 2.2 タイプに応じた分類 本章では被災者支援に関わる政策・制度について個別にその理念(目的)や効果を論じるの ではなく、制度横断的かつ時間軸(災害の前後)に即して「包括的」な観点から体系的か つ総合的に捉えていく。そこで以下では被災者支援の諸政策をタイプに基づき分類、異な る政策間の補完、あるいは代替(背反)関係を明らかにする。具体的には(1)地震保険・住 宅の耐震化など事前政策と被災者生活再建支援金等、事後政策との「時間軸」、(2)一般に自 立が困難とされる低所得者・高齢者と自立可能な中高所得層といった被災者の「属性」(所 得・年齢)、(3)公営住宅など現物給付と被災者生活再建支援金を典型とする現金給付のよう な「支援形態」、(4)国・地方自治体、及び民間等、支援の「担い手」を取り上げる。 図表1-1:被災者支援の分類 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 2.2.1 時間軸による分類 時間軸を災害の前後によって(i)事前と(ii)事後に区別する。事後(災害後)の災害政策と して挙げられるのが、前節で概観した災害直後の災害救助法による避難所・応急仮設住宅 などの現物給付、災害弔慰金・災害障害見舞金、生活福祉資金制度による各種貸付金、災 害復旧期の被災者生活再建支援制度、公営住宅・災害復興住宅の提供などである。後に詳 述する復興基金による住宅再建支援や二重ローン対策、被災地の中小企業への融資、雇用 促進なども事後の政策に位置づけられる。一方、事前政策には地震保険への加入や住宅の 耐震化がある。自治体による防災努力(災害に強い街づくり)も事前政策となる。いずれ

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も災害に備えた自助努力であり、災害が起きたときの被害の軽減(減災)、迅速な被災者の 生活再建、地域経済の復興に寄与する。 (成立の経緯や理念はともかく)こうした事前と事後の政策の効果は互いに独立してい るわけではない。手厚い事後的支援に対する期待は、しばしば事前の自助努力を怠るモラ ルハザードを誘発してきたとの批判が多い。住宅が被災したとき、被災者生活再建支援制 度など各種支援を受けられるならば、それを当てにした個人は敢えてコストの掛かる地震 保険や住宅の耐震化投資を行う誘因を持たなくなるということだ。 とはいえ、政府としては事後(災害後)の被災者の実情に支援を行わざるを得ないかも しれない。事後的には既に事前の自助努力はサンクしており、その欠如を責めても、被災 者の窮状は如何ともならない。メディア等を通じて被災者の窮状が広く認知されると彼等 への同情心から支援への政治圧力も高まるだろう。被災地の速やかな復興のためにも、事 後的支援が求められるはずだ。しかし、皮肉なことに事後的救済は事前の自助努力を損ね、 結果的に事後の救済を必要とする被災者を多く生み出すことになりかねない。災害が起き る度に被災者の実情や批判に応じて制度を見直すといった場当たり的な対応をみれば、「結 局、国が何とかしてくれる」という期待を人々に与え、次の災害への備えが疎かになって しまうからだ。これは「時間整合性問題」(あるいは「サマリア人のジレンマ」)として知 られる。これを以って、被災者生活再建支援制度など事後的支援を否定するべきではない が、その制度設計(給付水準や資格要件の設定)にあたっては、(i)事前の自助努力の誘因に 及ぼす効果を織り込み、かつ、(ii)事前に定めた制度設計にコミットすることが望まれる。 2.2.2 被災者の属性による分類 ここでは現行の被災者支援制度を対象となる被災者の属性に応じて分類してく。被災者 が(税を納めている)中高所得層であれば、(i)雑損控除あるいは災害減免法に定める税金の 軽減免除のいずれかによって所得税を軽減できる。(ii)公営住宅には「住宅困窮要件」や「同 居親族要件」のほか、収入基準があり、低所得の被災者への支援となる。(iii)貸付金(融資) にも低所得層を対象としたものが多い。災害援護資金(「災害弔慰金法」)は災害による負 傷・住宅・家財の損害を被った世帯に対して所得制限を付けて生活資金の貸付を行ってい る。この制度の対象にならない低所得世帯・生活保護世帯などをカバーしたのが「生活福 祉資金」の災害援護資金や住宅資金であり、住宅の新築、補修や家財の購入資金を貸し付 ける。ただし、もともと民間の金融機関等からの借入が困難な世帯向けの融資のため、高 い回収リスクが見込まれる。実際、災害援護資金については阪神・淡路大震災時の貸付金 の焦げ付きが指摘されている(田近・宮崎(2008))。

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図表1-2:被災者支援の対象 一方、(iv) 所得とは関係なく(住宅の被害・再建方法のみに応じて)行われる支援とし ては被災者生活再建支援制度がある。同制度は1998 年 5 月に成立した当初は年収と年齢に よる制限があり、年収800 万円以上、あるいは年収 500 万以上で世帯主が 44 歳以下(障害 者世帯は除く)であれば給付対象にならなかった。その後、2004 年 3 月、2007 年 11 月の 改正を経て、所得・年齢制限が撤廃された。この背景には被災者生活再建支援金制度以前 の被災者支援が災害で死亡あるいは障害を負った世帯に対する災害弔慰金や災害障害見舞 金、上述の低所得者向けの融資制度や公営住宅の提供などに限られたことから、阪神淡路 大震災のような大災害の際には、自宅が損害を被り二重ローンを抱え込んだ中所得者層な ど、いずれのカテゴリーにも入らない被災者が多く取り残され、生活再建が遅れた経験が ある。被災者生活再建支援制度の対象を拡げることで、被災者救済に取りこぼしがないよ うにしたわけだ。 2.2.3 給付形態による分類 被災者への(事後的)支援は大きく(1)給付、(2)(生活福祉資金制度・災害復興住宅 融資のような)貸付、(3)国税・地方税の減免からなる。このうち、給付の形態は更に(i) 現金給付と(ii)現金給付に分けられる。前述の被災者生活再建支援制度は現金給付の典型例 だ。災害弔慰金や災害障害見舞金も同様に現金給付に分類される。一方、国の「災害救助 法」による(i)避難所、仮設住宅、(ii)医療、食料などの生活必需品の供与などは現物給付の 例となる。公営住宅・災害復興住宅の提供も現物給付にあたる。「個人補償はしない」との 原則の下、被災者支援は長らく現物給付を中心としてきた。しかし、「最近では、都市のあ り方、地域のあり方、社会政策などの点からみてどのような社会を目指すのかという視点 に立って考える必要性が言われており、住む地域を制限するような従来の現物給付による 応急対策には限界がある」(田近・宮崎(2008))との指摘がなされている。

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