*凡例 1. ル ー ト ヴ ィ ヒ ・ ベ ヒ シ ュ タ イ ン 編 著『ド イ ツ 伝 説 集』 (一 八 五 三) (略 称 を D S B と す る) の 訳・ 注 で あ る 本 稿 の 底 本 に は 次 の 版 を 使用。 D eu tsc he s S ag en bu ch vo n L ud w ig B ec hs tei n. M it se ch ze hn H olz sc hn itt en na ch Ze ich nu ng en vo n A . E hr ha rd t. Le ip zig , V er lag vo n G eo rg W ig an d. 1853.; R ep rin t. N ab u P re ss . 初版リプリント。因みに一〇〇〇篇の伝説を所収。 2. DSB所載伝説の番号・邦訳題名・原題は分載試訳それぞれの冒頭に記す。 3.ヤーコプとヴィルヘルムのグリム兄弟編著『ドイツ伝説集』 (略称を DSとする)を参照した場合、次の版を使用。 D eu tsch e Sa ge n he ra us ge ge be n vo n B rü de rn G rim m . Z w ei B än de in ein em B an d. M ün ch en , W in kle r V er lag . 1981. V olls tä nd ig e A us ga be , n ac h d em T ex t d er d rit te n A ufl ag e v on 1891. 因みに五八五篇の伝説を所収。 なお稀にではあるが、DSの英語訳である次の版(略称をGLとする)も参照した。 Th e G er m an L eg en ds of th e B ro th er s G rim m . V ol.1/2. E dit ed an d tra ns lat ed by D on ald W ar d. In stit ute for th e Stu dy of H um an
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著
『ドイツ伝説集』
(一八五三)
試訳
(その十三)
鈴
木
滿
訳・注
Iss ue s. P hil ad elp hia , 1981. 4. D S B 所 載 伝 説 と D S 所 載 伝 説 の 対 応 関 係 に つ い て は、 分 載 試 訳 冒 頭 に 記 す D S B の 番 号・ 邦 訳 題 名・ 原 題 の 下 に、 ほ ぼ 該 当 す る D S の 番 号・ 原 題 を 記 す。 た だ し、 D S B 所 載 記 事 の 僅 か な 部 分 が D S 所 載 伝 説 に 該 当 す る 場 合 は こ こ に は 記 さ ず、 本 文 に 注 番 号 を 附 し、 「DS***に詳しい」と注記するに留める。 5. 地 名、 人 名 の 注 は 文 脈 理 解 を 目 的 と し て 記 し た。 史 実 の 地 名、 人 名 と の 食 い 違 い が 散 見 さ れ る が、 こ れ ら に つ い て は 殊 更 言 及 し な いことを基本とする。ただし、注でこれが明白になる分はいたしかたない。 6. 語 ら れ て い る 事 項 を、 日 本 に 生 き る 現 代 人 が 理 解 す る 一 助 と な る か も 知 れ な い、 と、 訳 者 が 判 断 し た 場 合 に は、 些 細 に 亘 り 過 ぎ る 弊 が あ ろ う と も、 あ え て 注 に 記 し た。 こ う し た 注 記 に お け る 訳 者 の 誤 謬 へ の ご 指 摘、 お よ び、 こ の こ と に つ い て も 注 記 が 必 要、 と い っ たご高教を賜ることができれば、まことに幸いである。 7. 伝説タイトルのドイツ語綴りは原文のまま。 8.本文および注における〔 〕内は訳者の補足である。 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その一) 一── 六〇 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十四巻第一 ・ 二号 一一七〜二三五ページ、平成二十四年十一月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その二) 六一── 九〇 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十四巻第三号 四六三〜五三〇ページ、平成二十五年二月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その三) 九一── 一三四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十四巻第四号 七五〜一七六ページ、平成二十五年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その四) 一三五── 一八四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十五巻第一 ・ 二号 一五七〜二八五ページ、平成二十五十一月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その五) 一八五── 二二五 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十五巻第三 ・ 四号 九五〜一八〇ページ、平成二十六年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その六) 二二六── 二八八 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第一号 二〇九〜三三〇ページ、平成二十六年十月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その七) 二八九── 三三九 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第二号
一五一〜二四六ページ、平成二十六年十二月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その八) 三四〇── 三九四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第三 ・ 四号 一〜九八ページ、平成二十七年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その九) 三九五── 四四四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第三 ・ 四号 九九〜一九六ページ、平成二十七年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その十) 四四五── 四八四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十七巻第一号 八三〜一七八ページ、平成二十七年十二月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その十一)四八五── 五四四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十七巻第二号 五五〜一五六ページ、平成二十八年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その十二)五四五── 六〇九 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十七巻第三 ・ 四号 一〜一〇九ページ、平成二十八年三月 *本分載試訳(その十三)の伝説 六一〇 魔法使いの少年 Die Zauberjunge. 六一一 アウアーバッハの酒蔵におけるファウスト博士
Doktor Faust in Auerbachs Keller.
六一二 ラ イ プ ツ ィ ヒ 近 傍 の 女 ニ ク セ の 水 の 精 の 出 る 川 Nixenflüsse bei Leipzig. *DS53 Der Wassermann an der Fleischerbank. / *DS60 Die Erbjungfer und das Saalweiblein. / *DS61 Wasserrecht. / *DS64 Die
Wassernixe und der Mühlknappe.
六一三 アイレンブルク伯と小人たち Der Graf von Eilenburg und die Zwerge. *DS31 Des kleinen Volks Hochzeitfest. 六一四 オーシャッツという名
六一五
ルッカの会戦
Die Schlacht bei Lukka.
六一六 メランヒトン 梨 な し Die Melanchthons-Birne. 六一七 二匹の 蟇 ひきがえる 蛙
Die beiden Kröten.
六一八
呪われて立つ
Zum Stehen verwünscht.
*DS231 Zum Stehen verwünscht.
六一九 シュネーベルクの悪魔召喚者 Schneeberger Teufelsbanner. 六二〇 妖精 縁 ミ ュ ッ ツ ヒ ェ ン 無し帽子小人 Geist Mützchen. 六二一 神の審判 Gottes Gericht. 六二二 修道士の口癖 Des Mönchs Sprüchwort. 六二三 真珠の 莢 さ や Die Perlenschoten. 六二四 山の贈り物 Berggaben. 六二五 親 マイスター 方 ヘンマーリング Meister Hämmerling. *DS2 Der Berggeist. 六二六 エルツ 山 ゲ ビ ル ゲ 地 の 荒 ダ ス ・ ヴ ュ ー テ ン デ ・ ヘ ー ア れ狂う同勢
Das wütende Heer auf dem Erzgebirge.
六二七
十字架と聖杯
Kreuz und Kelch.
六二八
旗手の跳躍
Des Fahnenjunkers Sprung.
六二九 ハンス・ヤーゲントイフェル Hans Jagenteufel. *DS310 Hans Jagenteufel. 六三〇 ドレースデンの修道士 Der Dresdner Mönch. 六三一 薔 ば ら 薇 の 花 は な わ 環 Der Rosenkranz. 六三二 聖 ザンクト ゲオルクの 旌 せ い き 旗
六三三
性悪な猫ども
Die bösen Katzen.
六三四 彷 さ ま よ 徨 い歩く長靴
Die umirrenden Stiefeln.
六三五 小 ツヴェルク 人 の悪戯 Zwergschabernack. 六三六 オイビンの跳躍伝説
Sprungsage vom Oybin.
*DS321. Der Jungfersprung.
六三七
キュナストの花嫁
Die Braut vom Kynast.
六三八 星 ホ ロ ス コ ー プ 占い Das Horoskop. 六三九 揺 リ ュ ッ テ ル ヴ ァ イ プ さぶり 女たち Die Rüttelweiber.
*DS271. Der Nachtjäger und die Rüttelweiber.
六四〇 山の精リューベツァール Berggeist Rübezahl. 六四一 リューベツァールのお気に入りたち Rübezahls Gunstgenossen. 六四二 リューベツァールのからかいの数数 Rübezahls Neckereien. 六四三 リューベツァールの馬たち Rübezahls Pferde. 六四四 リューベツァールの樹 Rübezahls Baum. 六四五 シレジアの酒豪
Ein schlesischer Zecher.
六四六 黄 デア・ギュルドネ・エーゼル 金 の 驢 馬
Der güldne Esel.
六四七 子どもたちの信心 Kinder-Andacht. 六四八 ツォプテンベルクの話 Vom Zobtenberge.
*DS144 Die Männer im Zottenberg.
六四九
市参事会員の頭
Der Kopf des Rathsmannes.
*DS359. Der Schweidnitzer Ratsmann.
六五〇
ライヒェンバッハの起源
六五一
ライヒェンバッハの舞踏狂たち
Die Tanzwüthigen zu Reichenbach.
六五二 悪 トイフェルスグラーベン 魔 の 溝 Teufels-Graben. 六五三 ブレスラウの鐘の鋳造
Der Glockenguß zu Breslau.
*DS126. Der Glockenguß zu Breslau.
六五四 忝 ハ ー ベ ダ ン ク ない Habedank. 六五五 ザガンなる名前 Sagan’s Name. 六五六 グラーツの異教の姫君
Die heidnische Jungfrau zu Glatz.
*DS318. Die Heidenjungfrau zu Glatz.
六五七 巫 シ ビ ュ ラ 女 の 科 リ ン デ の木
Die Linde der Sibylle.
六五八 ロムニッツの 奇 き せ き 蹟 の泉
Der Wunderbrunnen zu Lomnitz.
六五九
トロスキイ城の姉妹
六一〇 魔法使いの少年 一七〇七年のこと、ライプツィ ヒ (1 ( のある軽はずみな徒弟が渡り者の 粉 こ な ひ 挽 き職人と組んで、悪魔を召喚し、宝を手 に 入 れ よ う と も く ろ ん だ。 職 人 か ら は 金 か ね と 引 き 替 え に か の フ ァ ウ ス ト 博 士 の 呪 文 書 (2 ( の 筆 写 本 と 金 属 製 の 占 ヴュン シ ェルルーテ い 棒 を (3 ( 受 け 取 り、 と あ る 週 の 金 曜 日、 師 匠 の 家 の 穴 蔵 で 全 て 儀 式 に 則 のっと り、 魔 法 と 召 喚 を 開 始 し た。 三 度 目 の 呼 び 出 し で 地 面 か ら 煙 が 立 ち 昇 り、 煙 は ち い ち ゃ な 小 人 の 姿 に な っ た。 全 身 灰 色 の 紗 し ゃ を 被 か ぶ っ て い る み た い に ぼ ん や り し て い た。 小 人 は 二 枚 の 二 グ ロ ッ シ ェ ン 貨 幣 (4 ( を 徒 弟 に 差 し 出 し、 「こ れ で 満 足 か」 と 訊 た ず ね、 徒 弟 は「う ん」 と 答 え た。 別 の週の金曜、またしても召喚を行うと、同じ現象が起こった。その他に地面が開いて、財宝が見えた。精霊はこの 時思い掛けなくブランデンブル ク (5 ( 十六グロッシェン貨幣を一 枚 (6 ( 差し出し、またしても「これで満足か」と訊ねた─ ─もっとも灰色小人は少しも身動きせず、唇も動かさなかったのだが。徒弟はやはり「うん」と答え、お定まりの 儀式に全て従い、 蠟 ろ う そ く 燭 を消し、後ずさりで穴蔵から退散するなどした。これは十月二十八日のこと。そして十一月 四日にこの若い魔法使いは再びもっときつい召喚をやらかし始めた。するとまたしても魔物が姿を 顕 あらわ したが、今度 はごろごろという物凄い音を立てながらだった。そして地面はすっかり開き、 釜 か ま が一つせりあがって来た。これに は刻印を打たれた貨幣がぎっしり詰まっていた。けれども金の上には鞭みたいな物が乗っていて、頭がその先につ いており、これはひっきりなしに動いていた。この強力な召喚の際、魔法使いの少年が聖なる三位一体を否定する と、 黒 枠 付 き で 両 側 に 赤 い 字 が 書 か れ て い る、 縦 長 に 切 ら れ た 全 紙 半 分 の 紙 片 一 枚 が、 〔尖 端 を〕 逆 に 削 そ が れ た 黒 い 羽 根 洋 ペ ン 筆 と 共 に (7 ( 出 現。 そ し て 例 の 灰 色 小 人 は── 最 初 と そ の 次 に 現 れ た 時 も そ う だ っ た の だ が── そ の 紙 片 と
同じの判の細長い本で土地台帳みたいなのを小脇に抱えていた。更に穴蔵の天井から一粒の砂か一滴の水のような 冷たい物が魔法使いの少年の片手に落ちた。若者が手を挙げて、見ると、それは血だった。若者は思いきって紙と 洋 ペ ン 筆 を 取 り、 血 を 洋 ペ ン 筆 に 含 ま せ、 J ─ o と 書 き 始 め た──(彼 は ヨ ハ ン ネ ス Johannes と い う 名 だ っ た の で あ る) 。 その時、だれかが早足で穴蔵の階段を下りて来るような気がした。朋輩だな、と思ったが、振り返るわけには行か ず、 洋 ペ ン 筆 を落とし、急いで蠟燭を消し、それを 水 み ず た る 樽 に投げ入れ、魔法圏をしつらえた糸を引きちぎり、後ずさりで 穴蔵から出ると、邪魔しに来た者を見定めようとしたが、だれもいはしなかった。一週間後魔法使いの少年はまた もや穴蔵に入ったが、一番下の段に来た時、言い知れずぞぞっとし、下りきることがどうしてもできず、そこから 引き返した。次の金曜日、また地下へ行って仕事を続けようと思ったが、親方に教会へ行かされた。そのまた次の 金曜日には穴蔵で壁工職人が働いていて駄目だった。──しかし若者は四六時中安らぐ暇がなかった。あの灰色小 人 が 付 き 纏 ま と い、 「や い や い」 と 言 い 続 け て 止 ま な か っ た の で あ る。 そ こ で 彼 は す っ か り 錯 乱 し、 酔 っ 払 っ た よ う な て い た ら く で、 目 は 涙 で 一 杯 に な っ た。 親 方 は 徒 弟 を 厳 し く 問 い 詰 め た が、 若 者 は 何 も 白 状 し な か っ た。 親 方 が、 聖 せ い さ ん 餐 拝 領 の 準 備 を し ろ、 と 繰 り 返 し 忠 告 す る と、 魔 法 使 い の 少 年 は そ の た び に、 「聖 餐 は 戴 いただ け ま せ ん。 命 に 関 わ る んでさ」と答えるのだった。とどのつまり、若者は召喚の書を取って引き裂き、火に投げ込んで逐電し、ある友だ ちのところで発見された。この友だちが若者の主人に事のしだいを打ち明けた。そこで親方は若者の聴罪 師 (8 ( に来て もらった。若者はなにもかも 懺 ざ ん げ 悔 したが、その際ひどい不信心者であることを告白、穴蔵へ行きたくて堪らなかっ た、 で も、 し ょ っ ち ゅ う 見 張 ら れ て い て 邪 魔 が 入 っ た、 と も 言 っ た。 そ の 後 彼 は す っ か り 改 心 し て 聖 餐 に も 与 あずか っ た。ただし親方は徒弟の残りの年季を免除してやり、奉公の契約を解き、父親を呼び寄せて身柄を引き渡し、厄介 払いができたのを喜んだ。なにしろ丸三週間こやつのことで散散気苦労を重ねた後のこととて。
六一一 アウアーバッハの酒蔵におけるファウスト博士 ファウスト博士──げにも 夥 おびただ しい不幸を惹起し、げにも夥しい人間の分別と魂の安息を詐取したかの呪文書の著 者と名指される──がヴィッテンベル ク (9 ( に住んでいた折、何人もの家柄の良い大学生──彼らは湯水のように 金 か ね を 浪費した──と知己となり、もろともにそちこちへ遊んだが、ある時速い馬車に乗り込み、丁度 大 メ ッ セ 市 が ((1 ( 開かれてい るライプツィヒへ赴いた。この馬車旅にはほんの数時間しか掛からなかっ た ((( ( 。翌日一行は市街と 大 メ ッ セ 市 の雑踏を見物 したが、やがて泊まった 旅 は た ご や 籠屋 の向かいに酒蔵があるのに気付いた。 葡 ワ イ ン 萄酒 運搬人── 白 ヴ ァ イ ス キ ッ テ ル 上っ張り ともいわれる─ ─が四人か五人掛かりで満杯の 八 は ち お け だ る 桶樽 を ((1 ( 運び出そうとしていたのだが、結局できないで中止、もっと何人かが来て 力を貸してくれるまで待っているのだった。するとファウストはおちゃらかすような口ぶりで運搬人らにこう声を 掛 け た。 「そ ん な 樽 を 相 手 に ど う し て ま あ そ う だ ら し が な い ん だ ね。 あ ん た ら そ れ ほ ど 掛 か っ て た か が 樽 一 つ に 言 う こ と を 聞 か せ ら れ ん の か。 全 く の 話、 伎 わ ざ 倆 さ え あ り ゃ あ、 一 人 で だ っ て そ れ く ら い の こ と は で き る っ て の に」 。 この運搬人たちは腕っ節の強い連中で、口も 拳 げ ん こ 固 も容赦がなく、ファウストのことは知らなかったから、こうした 嘲 ちょうろう 弄 に 対 し て 黙 っ て は い な か っ た。 「わ っ ち ら の 仕 事 に 旦 だ ん な 那 が つ べ こ べ 嘴 くちばし 入 れ る こ た あ あ ん め え。 こ の 樽 を 一 人 で 担 い で 階 段 を 持 ち 上 げ ら れ る っ て ほ ど 旦 那 が 学 問 を し こ た ま 仕 込 ん で ん な ら よ う、 そ の わ ざ っ て え の を 見 せ て も ら お う じ ゃ あ ね え か。 あ り と あ ら ゆ る 悪 魔 の 名 に か け て 運 び 上 げ て み な」 。 フ ァ ウ ス ト が こ ん な 具 合 に 運 搬 人 連 の 鄭 ていちょう 重 なご 挨 あ い さ つ 拶 を承っているところへ、アウアーバッハの酒 蔵 ((1 ( の亭主がやって来て、事のしだいを耳打ちされ、悪口 雑 言 の 理 由 を 知 る と、 む っ と し て こ う 言 っ た。 「あ ん た ら の だ れ か が、 こ の 樽 を 一 人 で 運 び 上 げ ら れ な い の は お か
し い っ て 思 う ほ ど 力 持 ち の 巨 人 だ っ ち ゅ う な ら、 や っ て ご ら ん な せ え。 お で き に な っ た ら、 樽 を 進 上 し ま さ あ」 。 そ う こ う す る 内 更 に 何 人 も の 大 学 生 が 現 場 に 行 き 合 わ せ て、 立 ち 止 ま っ て い た。 フ ァ ウ ス ト は 学 生 た ち を 呼 び 寄 せ て 酒 蔵 の 亭 主 の 言 葉 の 証 人 に な っ て も ら い、 酒 蔵 へ 下 り る と、 馬 に 乗 る み た い に 樽 の 上 に 臀 し り を 据 え、 「進 め え」 と 言 っ た。── そ れ か ら、 衆 人 が 仰 天 し た こ と に、 樽 に 跨 またが っ て 階 段 を 上 が っ た。 一 番 仰 天 し た の は 亭 主 で、 「こ い つぁ真っ当なこっちゃない」と叫んだが、後悔先に立たず。後でファウストと大学生たちは樽の飲み口を開け、最 後の一滴が流れ出るまで酒盛りをやらかしたが、こちらの方はまことに真っ当な所業だった。 六一二 ライプツィヒ近傍の 女 ニ ク セ の水の精 の出る川 ラ イ プ ツ ィ ヒ 近 傍 を 流 れ る 静 か な 小 さ な 河 川 、 エ ル ス タ ー ((1 ( と か プ ラ イ セ ((1 ( に は 女 ニ ク セ の 水 の 精 が い く ら も 棲 す ん で い て 、 毎 年 生 い け に え 贄 を 要 求 す る 。 河 を 渡った り 、 水 浴 び を し た り し な い 方 が よ い 、 と 言 わ れ る の は 特 に 洗 ヨ ハ ン ニ ス タ ー ク 礼 者 聖 ヨ ハ ネ の 祝 日 で ((1 ( あ る。 だ れ か が 溺 死 す る た び、 女 ニ ク セ の 水 の 精 た ち が 河 か わ も 面 で 踊 っ て い る の が し ば し ば 目 撃 さ れ る。 ラ イ プ ツ ィ ヒ で は 町 の 通 り で 女 ニ ク セ の 水 の 精 の 娘 っ こ に 遇 う こ と が よ く あ っ た。 背 し ょ 負 い 籠 か ご を 担 ぎ、 農 家 の 女 た ち に 混 じ っ て、 食 料 品 を 買いに来るのだが、だれとも一言も 喋 しゃべ らないのだった。品物を指し、値段を聞くと、値切ってそれより少なく金を 出し、結局手に入れて、立ち去る。 挨 あ い さ つ 拶 をしてやっても、返礼されない。ある時二人の女がそうした奇妙な娘っこ の 後 ろ を 歩 い て い て、 娘 が 小 さ な 水 溜 ま り に 背 負 い 籠 を 置 く の を 見 た。 す る と 電 光 石 火、 娘 は 籠 ご と 消 え た の だ。 女 ニ ク セ の 水 の 精 の 跡 を 追 う と、 点 点 と 道 に 水 が 滴 っ て い た も の で あ る。 な に し ろ 纏 ま と っ て い る 服 の 裾 が 手 幅 二 つ ぶ り ほ どぐっしょり濡れているからで。──同じ話が至るところで語られている。河川や湖があるほとんどあらゆる場所
で。こんな伝承も一般的である。 女 ニ ク セ の水の精 が肉屋の店へやって来て、親指を肉塊の上に置くと、肉屋がそれを切 り落とす。その血の 痕 あ と を 辿 た ど ると湖畔ないし川辺に達する。さてこの肉屋がこの非道な行為を命で償わなければなら な い の は 確 か で あ る。 女 ニ ク セ の 水 の 精 が 岸 辺 に 坐 す わ っ て 髪 を 梳 くしけず っ て い る の を 見 て、 銃 を 撃 ち 掛 け た あ の 粉 こ な ひ 挽 き の 小 僧 の ように。 女 ニ ク セ の水の精 は急いで川の中に身を躍らせ、憤然と指を振って脅かした。三日後小僧は水浴びをしていて行 方不明になった。ライプツィヒの近くのローゼン 谷 タール の奥深く、草原に縁取られ、森のざわめくエルスターとプライ セの岸辺を 遡 さかのぼ ると、大層神秘的で不気味な静けさに満ちているので、旅人はなんとも知れずぞくぞくする。ひそや かな流れの中から 女 ニ ク セ の水の精 が姿を現すのを見掛けても、不思議には思うまい。 六一三 アイレンブルク伯と小人たち ザクセン地方のアイレンブル ク ((1 ( ──現在はプロイセン領──では城の下に小人たちが棲んでいた。彼らは婚礼の 祝宴を催すことになり、老伯爵が高い天蓋付き寝台で眠っている広間でそれをやろうとした。そこで鍵穴、扉の裂 け目、窓の隙間などからポンポンパラパラ跳び込み、その音といったら脱穀場に 豌 え ん ど う ま め 豆豆 が振り 撒 ま かれるようだった ので、伯爵は目を覚ました。すると伝令 官 ((1 ( のような身なりをした小人が歩み寄り、極めて 鄭 ていちょう 重 に、祝宴を挙げるこ とをお許しくださいますよう、またこれにご臨席くださいますよう、しかしながらご家来衆その他どなたにせよ 覗 の ぞ き見なさってはなりませぬ、と頼んだ。これはかの小都市ロイエンブル ク ((1 ( のプラッセン城で ア 0 〔傍点訳者〕イレン ブ ル ク 男 爵 (11 ( が ち フィンガーリング び 指 族〔の 王〕 へ の〔息 女 の〕 嫁 入 り の 際 に 要 請 さ れ た の と 同 じ 条 件 で あ る(D S B 二 七 三) 。 伯 爵は、目を覚ましてしまったのだから、お付き合いいたそう、と承諾した。となると小人たちは伯爵の 許 も と にとても
ちっぽけな踊り相手を連れて来たので、伯爵は舞踏の際相手を見失わないよう苦労した。舞踏は 蟋 こ お ろ ぎ 蟀 楽団の澄んだ 高 ら か な 演 奏 で 始 ま っ た。 ち い ち ゃ な 娘 っ こ の 踊 り ぶ り は な ん と も 敏 びんしょう 捷 で、 老 殿 様 の 周 り を ぐ る ぐ る 旋 回 し た の で、こちらは息が止まりそう、かつ、胸はどきどき。羽根のように軽かったからしっかり 摑 つ か まえておかねばならな かった。──しかし突然音楽は 途 と ぎ 切 れ、舞踏は止み、大混乱とあいなった。だれもかれも 怯 お び えて広間の天井を見上 げたり、隙間という隙間から逃げ出したり。天井には穴が一つ開いていて、そこから老伯爵夫人──上の広間で寝 ていたのである──が浮かれ 大 お お い ち ざ 一座 を見下ろしていたわけ。この 窃 せ っ し 視 に小人たちはいたく憤慨、その場に留まって いた連中のいわく。 大工を呼びにやろうじゃないか。 踊り場の穴を 塞 ふ さ がせなくちゃ。 踊り場の床にゃ穴がある。 そして一人の小人がふうっと上へ向かって息を吹き掛けた。さて例の小人は伯爵に身を 屈 か が め、礼を述べてからこう 言 っ た。 「天 井 に ご ざ る あ の 老 お い ぼ 耄 れ (1( ( の せ い で 我 ら が 華 か し ょ く 燭 の 典 の 歓 よろこ び に も 我 ら が 舞 踏 に も 飛 ん だ 邪 魔 が 入 い り 申 し た。 さ れ ば 殿 の ご 一 門 が 一 度 に 七 人 以 上 に な る こ と は 決 し て ご ざ り ま せ ぬ ぞ」 。── そ れ か ら そ れ ま で 居 合 わ せ た 者 た ちもさっと消え失せ、大広間はしんと静まりかえり、伯爵は独りぽつねんと取り残された。翌朝伯爵夫人が起きる と、昨夜下を覗き見した方の目に膜が懸かっていた。以来アイレンブルク伯爵家で七人目の男子が誕生すると、存 命している六人のだれかが死ぬのだった。
ゲーテがその祝婚歌──「我ら是非にかの伯爵の事どもを歌いかつ語ら ん (11 ( 」──の下敷きに部分的にもせよこの 伝承を用いたのは疑いない。この伝説の変化形で、 東 オスト プロイセンのロイエンブルク──現在は村、かつては小都市 ──でオイレンブルク Eulenburg ── この名はロイエンブルク Leuenburg の綴りの中に字母を置換して含まれてい る──一門のある御仁が、ザクセン地方の老アイレンブルク伯──この一門の名はかつてオイレンブルクとも書か れた──と同様の運命に見舞われる話があるのは奇妙である。 六一四 オーシャッツという名 ライプツィヒとドレースデンの間にある小都市オーシャッ ツ (11 ( についてはこんな言い伝えがある。いわく。町が建 設されたもののまだ名無しだった時、ザクセン邦の支配者はこの町が大層お気に召し、お 妃 きさき と共に近くのカルヴァ リ 山 ベルク 山頂に立ち、そこから町を遠望し、お妃に、命名するよう、との 御 ぎ ょ い 意 を伝えた。奥方は困って目を伏せ、さよ うなことはできませぬ、と答えようとし、おずおずと「おお、 あ シ ャ ッ ツ なた ……」と言い掛けた。すると君侯たる背の君 は 妻 の 言 葉 を 遮 さえぎ り、 「奥 や、 相 分 か っ た」 と 叫 ん だ の だ、 と。 そ う い う わ け で こ の 町 は 以 後 オ ー シ ャ ッ ツ と 呼 ば れ るようになり、今日に至るまで変わることなくオーシャッツという名なのである。 六一五 ルッカの会戦 テ ュ ー リ ン ゲ ン 方 ラントグラーフ 伯 に し て マ イ セ ン 辺 マ ル ク グ ラ ー フ 境 伯 で (11 ( あ る 、 頰 ほ ほ に 嚙 か ま れ傷 の あ る 、 ま た 楽 デア・フロイディゲ 天 家 と も 添 え 名さ れ た フ リ ー ド
リ ヒ (11 ( が 、〔 ド イ ツ 〕 王 ア ー ド ル フ ・ フ ォ ン ・ ナ ッ サ ウ (11 ( ── 方 伯 の 父 、 ろ デ ア ・ エ ン ト ア ル テ テ く で な し の ア ル ブ レ ヒ ト (11 ( が 二 に そ く さ ん も ん 束 三 文 で (11 ( テ ュ ー リ ン ゲ ン 邦 を 売 り 渡 し た 相 手 ── と 戦 っ た 折 、 フ リー ドリ ヒ は 、 弟 で あ る 善 良 な 辺 境 伯 デ ィ ー ツ マ ン (11 ( ── 同 年 中 に ラ イ プ ツ ィ ヒ で 暗 殺 さ れ 、 フ リ ードリ ヒ を い た く 悲 し ま せた ── と同 盟 、 闘 い 取 れ れ ば の 話 だが 、 兄 弟 共 に マ イセ ン邦 と プ ラ イセ ン 邦 (11 ( の 支 配 者 た らん とし た 。 と いう のは こ れ ら の 領 邦 もアード ル フがシ ュ ヴ ァ ー ベ ン か ら 駈 か り 催 し た 幾 つ か の 部 隊 で 占 領 し て い たか ら で あ る 。 フ リ ードリ ヒ は 果 敢 に も 一 軍 を 糾 きゅうごう 合 、 強 行 軍 で ザクセ ン に 向 か い 、 プ ラ イ セ川 流 域 は ル ッ カ とグ ロ イ ッ チ ュ の 曠 こ う や 野 な る ラ イ プ ツ ィ ヒと ア ル テ ン ブ ル ク の 中 間 で 敵 に 挑 い ど ん だ 。 配 下 の 軍 ぐんぴょう 兵 に 大 将 が そ れ とは っ き り 分 かるよ う 、 磨 き 上 げ た 冑 かぶと の 上 に 、 マ イセ ン邦 、 プ ラ イセ ン邦 お よ び テ ュ ー リ ン ゲ ン邦 を 表 す 三 つ の 冑 飾 り を 付 け た 。 こ れ らは 今 日 な お ど の 紋 鑑に あ っ て も 三 領 邦 の 紋 章 冑 の上 に 描 かれ て い る 。 プ ラ イ セ ン 邦 は 芸 ヘンルーダ 香 葉 飾 り のある 斜 め中 帯 に 添 え て 孔 く じ ゃ く 雀 の尾 を 飾 っ た 高 い 帽 子 、 テ ュ ー リ ン ゲ ン 邦 は 緑 の 和 ク ロ ー ヴ ァ ー 蘭 紫 雲 英 を あ し ら っ た 白 し ろ が ね 銀 の 角 笛 、 マ イセ ン邦 は 赤 白 縞の 帽 子 と 衣 装 を 着 け ぬ っ と 突 っ 立 っ て い る 男 ── 俗 称 ユ ユ ー デ ン コ プ フ ダ ヤ 人 頭 。 フ リ ー ド リ ヒ は こ れ ら 三 つ の 冑 飾 り を 自 分 の 一 つ 冑 の 上 に し っ か と 結 び 付 け 、 加 え て こ ん な 言 葉 を 口 に し た と い う 。 今 こ ん に ち 日 我の 戴 いただ くは マイセン、テューリンゲン、プライセン。 なべて祖先の授かりし 邦 く に ぞ。 神よ、我が征旅にご加護を授けたまえ。 そして神はご加護を授けたもうた。シュヴァーベン兵は撃破され、逃げられる限りどこまでも落ち延びた。この連
中、戦の始まらぬ内は大言壮語していたので、彼らを笑い 種 ぐ さ にしてこんなからかい文句ができた。だれかが、どう もうまく行きそうもないのにそれをやってみせる、と言った場合──。 まあさ、おまえは首尾良くできるさ。 ルッケ〔=ルッカ〕のシュヴァーベン人みたよにな。 六一六 メランヒトン 梨 な し ライプツィヒとグロイッチュの間にあるペガウの教区監督館庭園には梨の樹が一本あり、その果実ときたらなん とも一種独特な風味を持ち、メランヒトン 梨 (1( ( と呼ばれている。その由来を同市の 教 ズーパーインテンデント 区監督 を務めた〔メランヒトン の〕同時代人M・アンドレーアス・ゲ ヒ (11 ( が真情 籠 こ めて書き残している。この梨の品種は元来ライプツィヒとメルゼ ブ ル ク の 間 に 位 置 す る ツ ェ ッ セ ン(ツ ェ ッ シ ェ ン (11 ( )── M・ ゲ ヒ は も と も と こ こ の 牧 師 だ っ た── 地 生 え の も の で、そこではレーヴォッツ(レーヴィッツ)梨で通っていた。熱心な果樹栽培家でもあったゲヒ師は後にペガウの 教区監督になったわけだが、ペガウでもこの梨を育てようと、 接 つ ぎ枝を運ばせたもの。とりわけ素晴らしい品種の こ の 梨 は 片 側 に は 紅 色 の、 片 側 に は 黄 色 の 斑 点 が 散 っ て お り、 瑞 み ず み ず 瑞 し く、 と び き り 美 味 で、 プ フ ァ ル ツ 女 伯 梨 に 似 て い る。 あ る 時 フ ィ リ ッ プ ス・ メ ラ ン ヒ ト ン 殿 が ザ ク セ ン 選 帝 侯 ア ウ グ ス ト (11 ( か ら、 ご 来 ら い が 駕 を 乞 う、 と 要 請 さ れ た 折、 ツ ェ ッ セ ン 経 由 で 道 中 し、 こ の 町 の 牧 師 殿 の 客 と な っ て 一 息 つ い た。 牧 師 殿 は こ の 訪 問 を 大 層 あ り が た が り、 名士のおもてなしに逸品の梨も供した。フィリップスはこの梨に殊の外感じ入ったので、ほぼ一ショッ ク (11 ( 贈呈され
た。そこで彼はこれを選帝侯および侯妃へのお土産としたのだが、たまたまブランデンブルク選帝侯も侯夫妻を訪 ねて来て賓客となっていた。これを好機に、メランヒトンがやんごとなきご主君に仕事熱心なツェッセンの牧師殿 を ご 推 す い ば ん 輓 申 し 上 げ る と、 こ の 推 輓 は 殊 の 外 う ま く 行 き、 〔ザ ク セ ン〕 選 帝 侯 は 牧 師 殿 に 優 ゆ う あ く 渥 な る 恩 寵 を 垂 れ た も う たばかりか、その子どもたちをも 君 フ ュ ル ス テ ン シ ュ ー レ 侯立学校 に (11 ( 給費生として入学させてやった。M・ゲヒはこのことを感謝してあ る 本 に 記 し、 自 分 の 後 継 者 に 対 し、 家 の す ぐ 傍 に 立 っ て い る メ ラ ン ヒ ト ン 梨 の 樹── な に し ろ こ の 果 樹 栽 培 家 は 一 五 六 〇 年 こ の 樹 を そ う 名 付 け た の で あ る── を い た わ り、 育 はぐく み、 こ の 品 種 を 絶 や さ な い よ う に、 と 頼 ん で い る。 これはその後忠実に守られた。 六一七 二匹の 蟇 ひきがえる 蛙 ル ッ カ と マ イ セ ン の 間 に あ る 小 さ な都 市 ラ イ ス ニ ヒ (11 ( ── 小 さ い な が ら 、 マ イ セ ン 邦 の 脂 シ ュマルツグルーベ 穴 と (11 ( の 名があ っ た ── の市教会の傍らに、男の子二人を向こうに回し、両手を脇腹に当てて 肘 ひ じ を張っているように見える男の石像が長い ことあった。これにはこんな伝説がある。男はできそこないの 倅 せがれ を二人持った父親だった。そうして男は、倅ども が ろ く で も な い こ と を や ら か し て 手 に 負 え な く な る た び、 そ れ 相 応 に け じ め を 喰 く ら わ せ て や れ ば よ か っ た の だ が、 そうしなかった。それ、 諺 ことわざ に申す通り、 「子どもに 笞 む ち を惜しまぬ人は、神のお手数省きま す (11 ( 」。さてこそ、こんなし まつになった。ある日のこと、男の子両人がまたしても悪事を働いたので、父親が叱りつけると、子どもらは 罵 ののし り 返 し、 犬 さ な が ら に ぎ ゃ ん ぎ ゃ ん 吠 ほ え 立 て た。 そ の 上 そ れ で 止 め は せ ず、 い や も う、 あ ろ う こ と か あ る ま い こ と か、父親の顔に 唾 つ ば を吐き掛けるという見下げ果てた所業に及んだ。そこで老父は天にまします神に、こんな非道の
報いを 蒙 こうむ らせてください、と叫び、倅たちを恐ろしい言葉で 呪 じ ゅ そ 詛 した。ろくでなしの息子どもの方も呪い返そうと したが、突然口 籠 ご もった。口の中で何かがもそもそと膨れ上がり、大きく、そして氷のように冷たくなり、 腐 ふ し ょ く 蝕 す る毒のようにひどく 咬 か んだ。それからそれは何か生き物になって口の中から 這 は い出した。男の子たちそれぞれの舌 が生きたおぞましい蟇蛙に変じたのである。以来彼らは 唾 つ ば を吐くことはおろか、物を呑み込むこともできず、まし てや 喚 わ め くことも吠え立てることも 叶 か な わず、黙りこくり、絶望し、激しい悲嘆に 喘 あ え ぎながら、地獄に 堕 お ちて行かねば ならなかった。このことを忘れぬため、人人はその後父子三人の姿──男の子たちの口の中から見るもおぞましい 蟇蛙が頭を突き出している──を石に刻み、教会の傍らに置いた。 六一八 呪われて立つ マイセンの 邦 く に のフライベル ク (11 ( に、その名をローレンツ・リヒターという織り工が住んでいた。十四歳の息子がい た が、 こ れ に は 頗 すこぶ る 付 き の 不 従 順 と い う 欠 点 が あ っ た。 父 親 が 強 情 な 倅 せがれ に 言 う こ と を 聞 か せ よ う と し て も、 男 の 子はそうしないか、それとは正反対のことをわざとやり、ひねくれぶりを発揮して父親が業を煮やすのをおもしろ がった。そうしてある日こんなことが起こった。父親が同じ 煖 シ ュ ト ゥ ー ベ 房部屋 で (1( ( 傍にいた男の子に、急いで何かをやるよう 言 い 付 け た と こ ろ、 こ や つ、 の ん び り そ の 場 に 突 っ 立 っ た ま ん ま で、 親 お や じ 爺 の 命 令 な ど ど こ 吹 く 風 の 面 構 え だ っ た。 父親は言い付けを繰り返したが、少年はてんから聞こえないふりで、あっけらかんと立っているだけ。そこで父親 は 怒 り の 余 り 我 を 忘 れ、 「お や、 そ う か い、 そ れ じ ゃ あ り と あ ら ゆ る 悪 魔 の 名 に か け て そ う や っ て 立 っ て ろ。 こ の 忌忌しいできそこないの 餓 が き 鬼 め。きさまが未来 永 え い ご う 劫 その場所から動けないように」と怒鳴った。すると激しい 驚 きょうがく 愕
が 少 年 の 体 を 走 っ た か と 思 う と、 全 身 が 硬 直、 立 ち っ ぱ な し で 動 け な く な っ た。 今 度 は 言 わ れ た 通 り に し よ う と したのだが、ぴくりともできない。父親は息子に跳び付いてそこからもぎ放すか歩かせようとしたが、どうにもな らなかった。少年は立ったまま、床板にぴったり呪縛されて全く無力だった。人人は彼を持ち上げよう、運び去ろ う、と試みたがいずれも徒労で、少年の足は床に根を生やしてしまった。こうして彼は三年もの間、一つ場所── 煖 だ ん ろ 炉 と扉の近くに立ち尽くし、部屋に出入りする者の邪魔になった。置いてもらった斜面机で頭と両手を支えるこ とができたが、眠るのも立ち眠りで、これを見るのは両親には苦しみの種、町の衆には驚きの種だった。聖職者た ちが彼の救済を求めて祈りを捧げ、遂に総力を挙げて体を持ち上げ、さほど邪魔にならない部屋の別の隅に移そう とした。これには成功したが、それからも少年はそこに立ち続けた。床板には足跡が深く刻み込まれた。他の場所 に運ぼうとすると、痛がって大きな叫びを挙げ、狂ったように暴れるのだった。こうしてこの 己 お の が不従順の 償 つぐな い 人 び と は、 帳 カーテン に隠され、憂愁に閉ざされ、顔は悲哀に満ち満ちて、インドの苦行者よろしく立ち通し、とうとう神がその 傍らに 設 しつら えられた寝台に横たわるのを許したもうまでまたまた四年の歳月が必要だった。この時彼は慎ましやかに へりくだり、恭謙温和に自然死を遂げたのである。その足跡は長いこと煖房部屋とその隣の小部屋(後で壁で仕切 られたのだ)に見られ、言うことを聞かないとどうなるか、 両親が 子どもたちを戒めたければ、近場で事足りた。 六一九 シュネーベルクの悪魔召喚者 悪 魔 召 喚 や 宝 探 し が 疫 病 さ な が ら に 蔓 ま ん え ん 延 、 あ の イ エ ナ の 降 ク リ ス ト ナ ハ ト 誕 祭 の 夜 の ・ ト ラ ゲ ー デ ィ エ 悲 劇 が (11 ( 演 じ ら れ た 時 代 の こ と、 ザ ク セ ン 領エルツ 山 ゲ ビ ル ゲ 地 縁 (11 ( 辺の町シュネーベル ク (11 ( に 有 う ぞ う む ぞ う 象無象 が 相 あ い つ ど 集 い、精霊を呼び出し、その助けを借りて宝物を見つけよう
とした。張本人は通称 農 バ ウ ア ー 夫 シュヌルなる男。こやつが幾人かの仲間を語らったのである。麦芽貯蔵庫の広い屋根裏 で大仕事が始まった。外縁三十四 肘 エ レ 尺 にも及ぶ三重の 環 わ が白墨で引かれ、環の内部に十字、聖句、諸惑星の 徴 しるし 、符 号 が 幾 つ も 描 か れ た。 環 の 真 ん 中 に は 血 を 振 り 撒 ま か れ た 白 布 で 覆 わ れ た 卓 テ ー ブ ル 子 が 据 え ら れ、 そ の 上 に は 磔 刑 像 が 一 つ、 〔旧 約〕 聖 書、 詩 篇、 福 音 書 が 載 の っ て い た。 卓 テ ー ブ ル 子 の 下 に は 石 炭 と 薫 香 の 入 っ た 香 炉 が 一 つ。 環 の 入 口 と し て 九 肘 エ レ 尺 の開口部が一箇所あったが、これは四福音史家ならびに使徒たちの肖像画と〔旧約〕聖書一冊で閉ざされてい た。その外側には一脚の木製長椅子が据えられた。これは精霊の 頭 かしら 分 ぶ ん が腰を下ろせるようにという礼儀上の計らい だった。思慮分別ある精霊が現れると考えたのである。更にまたある子ども──この子はしばらく前に行方不明に なったのだ──の 頭 ず が い こ つ 蓋骨 もあった。精霊召喚儀式が始まったが、まことに恐ろしい限り、その 伎 わ ざ 倆 は壮大で、妖術 使 い の 呼 び 出 し は 完 か ん ぺ き 璧 だ っ た── し か し な が ら、 何 も 来 な か っ た。 魔 降 ろ し の 呪 文 は ま す ま す も の 凄 す さ ま じ く な り、 麦芽貯蔵庫屋根裏の 梁 は り も屋根もびりびり震えんばかり。とうとう得体の知れぬものが出現しようという気配があっ た。何かが階段をがたがた登って来た。幾つもの 大 パ ラ シ ュ 刀 や (11 ( 拍車ががちゃがちゃ当たるかのごとき音。精霊のこうした 接 近 ぶ り は 主 役 の 魔 法 使 い に し て 精 霊 召 喚 者 た る 農 バ ウ ア ー 夫 シ ュ ヌ ル に は ど う も 好 ま し く は な か っ た ら し い。 こ の 御 仁、 屋根の隙間から抜け出し、家家の屋根伝いに猫のごとく逃げ去った。次なる者も同じ径路でこれに続いた。残りの 面面はもっと沈着冷静を決め込み、その場を動かずにいたが──階段を登って来ためでたき町シュネーベルクの誉 れ高き警察という〔 僕 しもべ の精霊ならぬ〕公僕らにすぐさま 絡 か ら め取られ、拘禁された。一人はアイゼナハの技工で、そ の 技 術 は シ ュ ネ ー ベ ル ク の 麦 芽 貯 蔵 庫 屋 根 裏 で 行 き 止 ま り と あ い な り、 い ま 一 人 は ヴ ィ ル デ ン フ ェ ル ス の 粉 こ な ひ 挽 き で、その 碾 ひ き 臼 う す はどうやら水から穀物、それから 麵 パ ン 麭 へという三つの行程を終了したようだし、三人目の 鍛 か じ 冶 職人 は、 己 お の が幸運の鍛冶屋になろ う (11 ( と志し、熱い内に鉄を打とうとしたのだが、今や冷たい鉄に 繫 つ な がれたしだい。なお
う ま う ま 逃 げ 果 お お せ た 男 は ハ ン ス・ テ ィ ー ツ ェ な る 名 で、 ザ ン ガ ー ハ ウ ゼ ン の 者 だ っ た。 土 地 柄 す デア・エント シ ュプリンガー っ 跳 び 伯 ル ー ト ヴィヒの 話 (11 ( をよく心得ていたわけである。かくしてイエナの 降 ク リ ス ト ナ ハ ト 誕祭の夜 の ・トラゲーディエ 悲劇 と対を成すシュネーベルクのこの事 件は 一 いちじょう 場 の悲喜劇として幕を降ろした。 六二〇 妖精 縁 ミ ュ ッ ツ ヒ ェ ン 無し帽子小人 フ ラ イ ベ ル ク 近 郊 に ち ょ っ と し た 雑 木 林 が あ り 、 い デア・ハイミッ シ ェ・ブッ シ ュ け ず の 藪 で (11 ( 通 っ て い る 。 そ の 昔 こ こ に 縁 ミ ュ ッ ツ ヒ ェ ン 無 し 帽 子 小 人 ── こ の名はかの名高い 家 コーボルト 精 帽 ヒ ュ ー ト ヒ ェ ン 子小人 を (11 ( 思い起こさせる──と呼ばれる 悪 コ ー ボ ル ト 戯妖精 が (11 ( 棲んでいた。この妖精 縁 ミ ュ ッ ツ ヒ ェ ン 無し帽子小人 は魔物 お ホ ッ ケ ル メ ン ヒ ェ ン んぶ小人 の仲間である。 お ホ ッ ケ ル メ ン ヒ ェ ン んぶ小人 は旅人とか森に 生 な り わ い 業 を営む人たちにおぶさり、相手が 疲 ひ ろ う こ ん ぱ い 労困憊 、息も 絶え絶えになってくずおれるまで遠道を運ばせた。背中に乗られた者がもうこやつを運べなくなると、突然ぴょい と 跳 び 下 り、 手 近 の 木 に す る す る 登 り、 か ら か ら と 哄 こうしょう 笑 を 投 げ 掛 け る の だ っ た。 妖 精 縁 ミ ュ ッ ツ ヒ ェ ン 無 し 帽 子 小 人 は と り わ け 一五七三年にこうした 悪 わ る じ ゃ れ 洒落 を繰り返し、おぶさられた人人がたくさん病気になった。 縁 ミ ュ ッ ツ ヒ ェ ン 無し帽子小人 はあらゆる 点でワーンスラントのオッシャールト(DSB一四九)に似ており、姿を見せようという気になった折には、なん とも奇妙 奇 き て れ つ 天烈 な 顰 し か めっ面をしてのけた。ある 牛 バ タ ー 酪 売りの女だがいけずの 藪 や ぶ で素晴らしい 乾 チ ー ズ 酪 の塊を見つけ、拾い 物にほくほく、これがどれくらいの値になるか皮算用し、 背 し ょ 負 い 籠 か ご に入れた。すると籠がひどく重くなった。重荷 に 潰 つ ぶ されてへたへたと膝を突いた彼女が籠を 抛 ほ う り出すと、籠から 石 い し う す 臼 が藪の中へごろごろと転げ込んだ。そして藪 から 縁 ミ ュ ッ ツ ヒ ェ ン 無し帽子小人 がげらげら笑いながら顔を 覗 の ぞ かせた。そういうしだいでからからげらげら大笑いする者のこと を「 悪 コ ー ボ ル ト 戯妖精 のように笑う」と言う。また 縁 ミ ュ ッ ツ ヒ ェ ン 無し小帽子 はこの妖精を見えなくする 隠 ネ ー ベ ル カ ッ ペ れ頭巾 の (1( ( 名称でもある。妖精
がこれを脱ぐと、姿が現れるが、しばしば、また突然これを被れば、瞬時にして消え失せるのだった。そこでこん な言い回しができた。だれかが何かを探していて、ある場所に見えたと確信したのに、やっぱり見つからなくなっ た 場 合、 こ う 言 う。 「は は ん、 こ こ に あ る こ と は あ る ん だ が、 縁 ミ ュ ッ ツ ヒ ェ ン 無 し 小 帽 子 を 被 っ て る ん だ な」 。 縁 ミ ュ ッ ツ ヒ ェ ン 無 し 小 帽 子 と は、つまり、小人の姿を隠すちいちゃい 隠 ネ ー ベ ル カ ッ ペ れ頭巾 のことである。 六二一 神の審判 スラヴ人の使徒と 謳 う た われた 聖 ザンクト ベン ノ (11 ( ──マイセ ン (11 ( 近傍の 聖 ハ イ リ ゲ ン タ ー ル 者の谷 で 蛙 かえる どもが鳴かないようにした 例 た め しがある── は 神 の 僕 しもべ で あ り、 四 十 年 に 亘 わ た り マ イ セ ン 司 教 職 を 務 め、 大 い な る 奇 き せ き 蹟 を 行 っ た。 支 配 者 た る マ イ セ ン 辺 マ ル ク グ ラ ー フ 境 伯 オ ッ ト ー (11 ( は教会の所領を接収した。地上の富は教会のものではない、教会には天上の富で満足してもらおう、と考えた からである。 聖 ザンクト ベンノは辺境伯に向かいにこやかに、かようなご所業は罪でございます、召し上げられたものを教 会にお返しになるべきです、さもないとあらゆる不正をみそなわし、報復なさるかの公正な審判者を恐れる羽目に なりまするぞ、と説いた。こう意見されて辺境伯オットーはめっぽう機嫌を損ね、手を挙げて司教の 頰 ほ ほ に猛烈な横 び ん た を 喰 く ら わ せ た。 す る と 聖 ザンクト ベ ン ノ は「神 は こ の 打 ちょうちゃく 擲 の 報 復 を 一 年 後 の 今 日 そ な た に な さ る で あ ろ う ぞ、 辺 境 伯」 と 叫 ん だ。── け れ ど も 辺 境 伯 は 笑 い 飛 ば し て こ う 嘲 あざけ っ た。 「し て み る と お ぬ し、 ど う や ら、 主 し ゅ な る 神 の 相 談 役 で 天 国 の 国 事 尚 書 と で も い う 格 ら し い な」 。 司 教 は 沈 黙 し、 気 色 を 害 し、 そ の 日 か ら 患 わずら い 始 め、 そ の 後 間 も な く 敬 け い け ん 虔 に 祈 き と う 禱 を捧げながら亡くなり、聖人として尊崇され、哀悼された。この歳一一〇六年が移り行き、例の日が再 び 巡 っ て 来 た が、 辺 境 伯 は ぴ ん し ゃ ん し て お り、 何 も 悪 い 徴 候 は な か っ た。 そ こ で こ の 日 が ほ と ん ど 過 ぎ 去 っ た
時、伯は司教とその 威 い か く 嚇 の予言を想い出していわく「はて、ベンノの予言はどこへ行ったのやら。あの予言は壺の 中 へ 落 ち た の だ (11 ( 」。 辺 境 伯 が こ う 言 っ た 途 端、 急 激 な 死 の 手 が ぐ い と 彼 の 骨 髄 を 摑 つ か ん だ の で、 突 然 ば っ た り 倒 れ、 「助 け て く れ い、 助 け て く れ い」 と 叫 ぶ ば か り と な っ た。 け れ ど 助 け る 者 も 助 か る 道 も な く、 全 能 の 死 の 手 が 伯 を 神の審判へと 拉 ら ち 致 し去ったのである。 六二二 修道士の口癖 マイセンの 聖 ザンクト アフラ修道院にいたある修道士だが、この御仁、並外れた女嫌いで──かのシュヴァルツブルク伯 (D S B 五 九 〇) の よ う に── 厭 い と わ し い 口 癖 が 慣 わ し と な っ て い た。 女 児 に 洗 礼 を 施 さ ね ば な ら な い か、 女 児 に 洗 礼 を 授 け る た め 教 会 に 連 れ て 行 く 洗 礼 行 列 に 行 き 合 っ た り す る た び、 「洗 礼 済 ん だ ら、 溺 ら せ ち ま え (11 ( 」 と 口 ず さ む のだった。こうした不条理な嫌悪とこうした憎まれ口はかなり高齢になるまで変わらなかった。ある日マイセンの エ ル ベ 橋── 木 製 に 過 ぎ な か っ た が、 当 時 は ド イ ツ 全 土 で 最 も 工 た く み 匠 の 伎 わ ざ 倆 を 尽 く し た も の と し て 讃 え ら れ て い た ── を 渡 っ て い る と、 大 勢 の 随 行 者 と 傍 を 押 し 合 い へ し 合 い し て 来 る 物 見 高 い 連 中 を 従 え た 洗 礼 行 列 に ま た し て も ぶ つ か っ た。 修 道 士 は 脇 に 身 を 避 け、 橋 の 欄 干 に 凭 も た れ て 呟 つぶや い た。 「ま た 女 か。 へ ん、 洗 礼 済 ん だ ら、 溺 ら せ ち ま え。それがなによりなのじゃがなあ」 。この時欄干が壊れ、修道士は真っ逆さまに流れに落ち、 無 ぶ ざ ま 様 に溺れ死んだ。 一五〇五年のことである。その後修道士は──ドレースデンの修道士と同様──長いことエルベ橋に幽霊となって 出没する羽目になった。
六二三 真珠の 莢 さ や 上 オーバー エ ル ツ 山 ゲ ビ ル ゲ 地 に あ る ノ イ シ ュ タ ッ ト = ヴ ィ ー ゼ ン タ ー ル (11 ( で あ る 時 大 い な る 死〔= 黒 ペ ス ト 死 病 〕 が 流 は や 行 っ た。 そ の 頃 こ の 小 さ な 山 の 町 に ミ ヒ ェ ル・ ロ ー デ ル フ ァ ー と い う ボ ヘ ミ ア 地 方 は ル ー テ ィ ツ 出 身 の 亡 命 者 (11 ( が 住 ん で い た。 彼 は、三十年戦争が勃発した折、宗教上の理由で妻と七人の子どもを連れてザクセン邦へ逃れて来たのである。男に は七歳になる女の子がいたが、この子は壊された古い穴蔵の 塵 ご み 芥 の山で 甘 カ プ ザ ー メ ン 藍の 種 ( (11( カップスは 甘 キ ャ ベ ツ 藍 )のくっついて い る 茎 を 拾 い 集 め、 父 親 の 菜 園 の 土 に 播 ま い た。 種 は こ こ で ち ゃ ん と 根 付 き、 花 が 咲 き、 熟 し た (11 ( 。 小 さ い 莢 が 熟 す と、子どもはそれを摘み取って叩いた。すると銀色に輝くちいちゃな粒が出て来た。子どもはこれを集めて父親の と こ ろ に 持 っ て 行 き、 こ う 言 っ た。 「見 て、 父 ち ゃ ん、 あ た し が 見 つ け た も の。 父 ち ゃ ん、 き れ え な お ね ん ず 0 0 0 0 (= 念 ね ん じ ゅ 珠 ) よ う (1( ( 」。 父 親 が 見 る と、 こ れ ら が 本 物 の 真 珠 だ っ た の で、 び っ く り 仰 天 し た。 自 分 で も 調 べ る と、 ど の 莢 に も幾粒かの真珠が入っていた。子どもと一緒に集めたら、小さな 乾 チ ー ズ 酪 鉢 ば ち 一杯になった。ローデルファーに真珠を見 せられた人人は皆目を 瞠 み は り、本物だと認めた。とりわけやはりボヘミアから亡命、ヴィーゼンタールに滞在してい た何人もの貴族たちが。ハウエンシュタイ ン (11 ( 伯爵夫人などはわざわざアンナベル ク (11 ( から馬車でやって来て、ローデ ルファーの家に立ち寄り、女の子に幾つかの莢を開けてもらい、これまた、本物の真珠であることを認めた。夫人 も自ら莢を開いたところ、これ以前に試みた他の者たちの場合と同様、真珠が露の滴さながらころころ指の間に転 げ 出 た。 「な ん と ま あ」 と 伯 爵 夫 人 い わ く。 「こ れ は こ の 至 福 の 子 が 授 か っ た 素 晴 ら し い 天 分、 素 晴 ら し い 恩 寵 で す。 わ た く し、 お 父 さ ん さ え よ ろ し け れ ば、 こ の 子 を 引 き 取 ら せ て い た だ き た い わ」 。 別 の さ る ボ ヘ ミ ア 貴 族 も 父
親を七人の子どもらともども招いて、この 奇 き せ き 蹟 を目の当たりにし、子どもらの服を新調してやった。真珠を見つけ たこの女性は七十四歳になってもまだこの話を物語った。 六二四 山の贈り物 エ ル ツ 山 ゲ ビ ル ゲ 地 の ア ン ナ ベ ル ク 近 傍 に シ ュ レ ッ ケ ン 山 ベルク が あ る。 そ の 銀 生 産 量 が 豊 富 だ っ た の で ま ず 同 地 で 美 し い 貨 幣 が 鋳 造 さ れ た。 こ れ は シ ュ レ ッ ケ ン ベ ル ガ ー と 呼 ば れ、 価 値 は 三 グ ロ ッ シ ェ ン 半 な い し マ イ セ ン 鋳 造 グ ル デ ン 銀 貨 の 六 分 の 一 に 相 当 し た。 片 面 に は ザ ク セ ン の 紋 章 を (11 ( 持 つ 天 エ ン ゲ ル 使 が 刻 ま れ て い る の で、 天 エ ン ゲ ル 使 グ ロ ッ シ ェ ン と も い う。この山はまたその胎内に 棲 す まう山の精たちと森林に出没する妖怪どもによっても名高い。アンナベルク近傍に は シ ャ イ ベ ン 山 ベルク と 同 名 の 村 が あ る。 山 上 は や は り 不 気 味 な 気 配 で、 こ れ ま で 数 多 く の 不 可 思 議 な こ と が 起 こ っ た。 一六〇五年シャイベンベルク村にM・ラウレンティウス・シュヴァーベなる牧師がいたが、その妻の 許 も と にアンナベ ルクの女友だちが何人かやって来た。そこで牧師夫人はこの 嬉 う れ しいお客様たちをシャイベン 山 ベルク の山頂やら周辺やら を案内し、山の 佇 たたず まいとそこからの景色を見せようとした。一行は道端に泉のような 窪 く ぼ みを見つけた。段段が三つ 付いていて、穴の底には 黄 き ん 金 のようにピカピカキラキラ明るく輝く何かの塊があった。ご婦人連は 訝 いぶか しがり、また いくらかは怖がりもし、それに何かを投げてみようという勇気も出なかった。で、急いでシュヴァーベ師のところ に戻り、見たものの話をし、穴を見つけた森の中へ連れ立って引き返したが、いくら探しても、あの窪みを見つけ ることはできなかった。 シャイベンベルク村の若い恋人同士がある婚礼に招待されたが、ひどく貧乏で、慣わしとなっているご祝儀を新
郎新婦に贈ることができなかった。そこで結婚式には行かないつもりにしていた。二人がシャイベン 山 ベルク に出掛けた と こ ろ、 偶 然 柏 アイヒェ 製 の 扉 の 付 い た 縦 坑 を 見 掛 け た。 底 ま で 数 段 の 階 段 が 下 っ て い た。 彼 ら は こ ん な 坑 道 を こ れ ま で 見たことがなかったので、階段を下り、中を 覗 の ぞ いた。一番下の段には 狐 きつね が一匹横たわっていたのにどっきりしたけ れども、狐が身動きしなかったので、若者は 一 ひ と け 蹴 りしてみた。すると狐は死んでいることが分かったが、死んでか ら ま だ そ う 経 っ て は い な か っ た。 「い や あ」 と 若 者。 「狐 が 死 ね ば、 皮 残 す (11 ( 」。 で、 こ れ を 担 い で 家 に 戻 り、 皮 を 剝 は いでお金に換え、 愛 い と しいひとと一緒に婚礼に出席、そこで楽しい時を過ごした。若者はその後縦坑の入口を再び探 し出そうとしたが、どんなに努力しても 叶 か な わなかった。 六二五 親 マイスター 方 ヘンマーリング 多くの採鉱場には山の精が現れる。修道士の 恰 か っ こ う 好 だったり鉱夫姿だったりだが、大抵は巨大な身の丈で、目は皿 のように大きく、燃えるようである。人間を助けてくれることがしばしばで、実直な鉱夫に好意を持ち、守護して くれる一方、悪い連中は 虐 しいた げ、処罰する。 罵 ば り ぞ う ご ん 詈雑言 を憎み、これにはこの上もない罰を与える。こうした山の精を 鉱 夫 ら は 親 マイスター 方 ヘ ン マ ー リ ン グ (11 ( 、 あ る い は 修 道 士 の 恰 好 で 出 て 来 る と こ ろ で は 山 ベ ル ク ・ メ ン ヒ の 修 道 士 と 呼 ぶ。 常 に 単 独 で 出 現 し、 山 ベ 小 人 、 地 エ ー ル ト コ ー ボ ル ト 中 の 山 の 精 ── 小 ツ ヴ ェ ル ク 人 族 に 属 し、 し ば し ば 集 団 で 現 れ る。 他 方 伝 説 に 登 場 す る 巨 人 は 普 通 一 人、 せ いぜい二人である──と取り違えられることは決してない。シュネーベルクの 聖 ザンクト ゲオルク坑にはかつて黒衣の修道 士の姿をした精が現れ、深い縦坑の中で不作法な振る舞いをした鉱夫に襲い掛かり、体を持ち上げ、昔は銀がどっ さり採れた鉱坑にしたたかに落としたので、 臀 し り 当て革が弾け飛び、肋骨が 悉 ことごと く折れてしまった。
ア ン ナ ベ ル ク に は 数 ローゼンクランツ 珠 と い う 名 の 坑 道 が あ っ た。 こ こ で 十 二 人 の 鉱 夫 が 働 い て い た が、 彼 ら は お 互 い 同 士 ふ ざ けたお 喋 しゃべ りをし散らしたあげく、相手を例の山の精で怖がらせようとし、とうとうこれを、あんなのはあほらしい 案 か か し 山子 みたいな代物さ、と否定した。すると面前に 頸 く び の長い、額に火のような目玉を付けた馬が出現、一同を死ぬ ほど 驚 きょうがく 愕 させた。次いで馬は本来の 山 ベ ル ク ・ メ ン ヒ の修道士 に変わり、黙ったまま鉱夫たちに近寄り、一人一人にふっと息を吹 き掛けた。しかしこの息は坑内に発生する有毒 瓦 ガ ス 斯 のようなもので、鉱夫たちは精の 息 い ぶ き 吹 に当たってばたばた 斃 た お れ た。ただ一人がやがて意識を取り戻し、やっとのことで出口に 辿 た ど り着き、事のしだいを話してから、これもやはり 死んだ。それから銀の富鉱だったローゼンクランツは廃坑となり、もはや掘削されることはなかった。 六二六 エルツ 山 ゲ ビ ル ゲ 地 の 荒 ダ ス ・ ヴ ュ ー テ ン デ ・ ヘ ー ア れ狂う同勢 シ ュ レ ッ ケ ン 山 ベルク 、 シ ャ イ ベ ン 山 ベルク の 頂 き や、 エ ル ツ 山 ゲ ビ ル ゲ 地 の 尾 根 へ 向 か っ て は、 や は り 荒 デ ィ ・ ヴ ィ ル デ ・ ヤ ー ク ト れ 狂 う 狩 り が 行 わ れ、 ほ ハ ッ ロ ー う い ほ い の 掛 け 声、 角 笛 の 吹 鳴、 猟 犬 ど も の 吠 え 声 と と も に 中 な か ぞ ら 空 と 山 や ま か い 峡 を 駈 か り 立 て て 行 く。 あ る 宵 の 口 の こ と、 年老いた司 祭 (11 ( が馬車でヴィーゼンタールからアンナベルクへ赴こうとした。小さなヴァイパートの町まで道はザク セ ン と ボ ヘ ミ ア の 邦 くにざかい 境 に ぴ っ た り 沿 っ て 森 ま た 森 の 中 を 通 っ て い た。 お 坊 さ ん の 旅 は 宵 も ま だ ご く 早 い 内 だ っ た。 すると森の奥でピシリパシリ、どうどうざわざわと狩猟の大音響が挙がった──それなのに 勢 せ こ 子 も (11 ( 猟師も姿を現わ さ な い の で あ る。 こ れ ま で 聴 い た 例 た め し の な い こ う し た 物 音 に 怯 お び え た 司 祭 は、 あ の 騒 ぎ は い っ た い 何 で あ ろ う、 と 馭 ぎ ょ し ゃ 者 に 訊 た ず ね た。 す る と 馭 者 は「ご 心 配 な さ る こ と は ご ざ い ま せ ん で す よ、 神 父 様。 あ り ゃ あ 荒 ダ ス ・ ヴ ュ ー テ ン デ ・ ヘ ー ア れ 狂 う 同 勢 で し て。 神の 御 み な 名 の下に旅をしてるあっしたちはそっとしといてくれます」と答え、しっかり馬車を進めた。
ハ ン マ ー グ ー ト ・ デ ルセ ル の 荘 園 主 、 ルー ド ル フ ・ フ ォ ン ・ シ ュ ヴ ェ ー ア ツ ィ ング な る お 家 柄 の 郷 士 が あ る 日 の 夕 刻 アン ナ ベ ルク で ── ク ロ イ ツ ブルクの ト レ フ フ ル ト 近 く で の ヘ ラ ーシ ュ タ イン 騎 士 ヘ ル マ ン み た い に (11 ( ── か な り 酒 を 聞 こ し 召 し た 。 そ し て ご 同 様 、 ご 機 嫌 で た だ 一 人 家 路 を 目 指 し た 。 ブ ー フ ホ ル ツ を 左 手 、 デ ル セ ル を 右 手 に 、 シ ュ レ ッ タ ウ (11 ( を 通 っ て 駒 を 進 め 、 下 ウンター シ ャイ ベ ン ベ ル ク 管 轄 区 を 抜 け シ シ ャ イ ベ ン ベ ル ガ ー ・ ミ ュ ー レ ャイ ベ ン ベ ル ク の 水 車 小 屋 へ の 道 を 取 ろ う と 思 っ た 。 す る と フ ィ ヒ テ ル 山 ベルク へ と 連 な る 高 み の 上 で 角 笛 の 吹 鳴 と 猟 犬 の 吠 え 声 と い う 狩 猟 の 物 音 が す る の を 耳 に し 、 こ れ を 長 い こと 追 っ て い る 内 、 と う と う す っ か り 迷 っ て し ま い 、 乗 馬 が 湿 地に 嵌 は ま り 込 ん だ 。 や っ と こ さ っ と こ 身 一 つ で も が き 出 る の に 成 功 、 分 フ ォ ア ヴ ェ ル ク 農 場 に (1( ( 辿 り 着 き 、 人 手 を 駈 か り 催 し て 、 綱 や 棹 さ お で 馬 を 泥 沼 か ら 引 っ 張 り 出 し た 。 ヴ ィ ー レ ナ ウ エ ン 山 の 麓 で 馬 一 頭 を 使 っ て 畑 を 耕 し て い た あ る 男 の と こ ろ に 突 然 馬 具 を 着 け た 見 知 ら ぬ 白 馬 が 走 っ て 来 て、 も う 一 頭 の 馬 と 自 分 か ら 一 連 と な っ〔て 犁 す き を 牽 ひ い〕 た。 そ こ で 野 良 仕 事 は お そ ろ し く 速 く 捗 はかど っ た が、 農夫はなんだか悪い予感がしてならず、どうしたものやら途方に暮れた。正午になったので、馬たちを犁から外そ うとしたところ、見知らぬ馬は牽き具に 繫 つ な がれたまま農夫の馬をむりやり道連れにして逸走、近くの沼へと 駈 か けて 行った。仰天した農夫も一緒に走り、怒鳴ったり祈ったりした。結局例の馬は牽き具から体を 捥 も ぎ離し、沼地に跳 び込んだ。農夫は自分の馬を 捉 つかま まえたものの──いやもう驚いたのなんのって。 六二七 十字架と聖杯 アンナベルクの下手、チョパウのせせら ぎ (11 ( の 畔 ほとり に小都市ヴォルケンシュタイ ン (11 ( がある。そして高い 巖 がんじょう 上 から同名 の城がこの町を見下ろしている。さすらいの旅人はこの険しい 巖 い わ か べ 壁 に大きな十字架と聖杯が深く刻まれているのを
目にする。これには次のような言い伝えがある。いわく。一四二六年アウスィヒ近郊でのフス派との会 戦 (11 ( ──ザク セン軍にとってこれは壊滅的だった──が行われたあの時代、敵勢はザクセン邦に 闖 ちんにゅう 入 、エルツ 山 ゲ ビ ル ゲ 地 にも侵攻して 地 域 を 荒 廃 さ せ た。 こ の 時 フ ス 派 は 小 都 市 ヴ ォ ル ケ ン シ ュ タ イ ン を も 包 囲 し て 奪 取、 そ れ か ら 城 に 攻 撃 を し か け た。城では一人の司祭が雄雄しく 防 ぼ う ぎ ょ 禦 するよう守備隊を鼓舞した。司祭は片手に剣の代わりに十字架を持ち、昔な が ら の 信 仰 の た め 言 葉 の 剣 で 戦 っ た。 遂 に 城 塞 が 占 拠 さ れ、 勇 敢 な 司 祭 が 敵 に 捕 ら え ら れ る と、 フ ス 派 の 頭 領 は、 聖 杯 の 兄 弟 た ち (11 ( の 仲 間 に な っ て 命 を 全 まっと う す る よ う 迫 っ た。 し か し 司 祭 は 毅 き ぜ ん 然 と し て、 昔 な が ら の 信 仰 の た め に 生 き、かつ死ぬ、と答えた。後者、すなわち死はただちに彼に与えられた。敵勢は司祭を十字架もろともヴォルケン シュタインの垂直な巖壁から突き落としてこの 敬 け い け ん 虔 な人の五体を激しい衝撃で砕き、それから歓呼しながら城壁越 しに聖杯を描いた 方 バ ナ ー 旗 を翻した。やがてフス派がこの地域から立ち去った後、信心深い者たちが殉教者の記念に十 字架と聖杯を巖に刻んだのだ、と。 六二八 旗手の跳躍 エルベ川左岸、マイセンを見晴るかす眺めの好い山上にシャルフェンベルク 城 (11 ( の 廃 は い き ょ 墟 がある。築城を始めたのは 皇帝ハインリヒ一世で、皇帝オットー一世がこれを完成した由。城はその後次次と幾つかの著名な騎士一門の封地 となった。フィッツトゥー ム (11 ( ・フォン・エックシュテット、フォン・シュライニッツ、フォン・ミリティッ ツ (11 ( など である。ミリティッツ家の一員ハウボル ト (11 ( は三十年戦争後間もなく城を全く新しく造営した。けれども一七八三年 八月落雷により火災が起き、炎上して廃墟と化した。三十年戦争中城には守備兵が置かれていたが、敵の奇襲があ
り、 弱 小 な 城 側 部 隊 を 制 圧 し た。 軍 旗 を 摑 つ か ん だ 旗 手 は 一 歩 一 歩 防 ぎ つ つ 闘 い な が ら 後 退── 仲 間 は 次 次 に 斃 た お れ た。 しっかと軍旗を護持した旗手は遂にたった独りとなり、激しく挑み掛かる敵に囲まれた。 「おれが生きている限り、 この旗はおまえらに渡さぬぞ」と彼は叫んだ。戦闘が上階の一部屋まで移り、危険が頂点に達した時、一陣の突風 が部屋──ここまで来ると旗手は防ぐのももうやっとだった──の観音開きの 鎧 よ ろ い ど 戸 を押し開けた。旗手はこれを天 のお告げと受け取り、旗を結びつけた槍の一撃で二人の敵を突き伏せるなり、ぱっと身を 翻 ひるがえ し、旗を外へ 抛 なげう つやい なや、神に身を委ね、窓を背にして深い崖下へと跳躍した。すると 奇 き せ き 蹟 的に旗ともども 無 む き ず 疵 で下に着いた。後に広 まった伝承では、シャルフェンベルク城正面にある紋章旗を捧げる騎士の像こそこの雄雄しい戦士のもので、その 勳 いさお を 永 と わ 遠 に記念しているのだ、ということになった。 六二九 ハンス・ヤーゲントイフェル ド レ ー ス デ ン (11 ( で の こ と だ が、 一 六 四 四 年 十 月 十 三 日 の 日 曜 日、 あ る 女 が 娘 と も ど も 森 ハイデ に (1( ( 行 き、 昼 の 十 一 時 ま で 柏 アイヒェ の 実 (11 ( を 拾 っ た。 説 教 を 告 げ る 鐘 の 音 が 聞 こ え た の で、 既 に 結 婚 し て い た 娘 は 母 親 と 別 れ て 町 へ 帰 っ て 行 っ た。 激 し い 雨 に な っ た。 十 五 分 後 母 親 は ラ ラ ー デ ベ ル ギ ッ シ ェ ・ シ ュ ト ラ ー セ ー デ ベ ル ク 街 道 の (11 ( 左 手、 水 ダス・フェアロールネ・ヴァッサー 無 し 川 と (11 ( 呼 ば れ る 場 所 の 近 く の 森 の 隅 に い た。すると狩りの角笛の吹鳴が高らかに響き、次いでどっと木が倒れるような音がした。そこで女は、森番が来た のではないか、と思い、 柏 アイヒェ の実を詰めた袋を 繁 し げ みに隠した。それからもう一度角笛の響きが聞こえ、その直後 葦 あ し げ 毛 の 馬 に 乗 っ た 頭 を 持 た ぬ 猟 人 が 姿 を 現 し た。 猟 銃、 鹿 ヒル シ ュフェンガー 猟 刀 、 狩 猟 喇 ら っ ぱ 叭 と い っ た 諸 道 具 を 携 え、 灰 色 の 長 上 着 を 纏 ま と い、長靴を履き、拍車を着けている。初めはいくらか 速 そ く ほ 歩 で進んでいたが、やがてゆっくりとなり、ひそやかに通