日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P2-85 466
-初任教員の過剰適応傾向とワーク・エンゲイジメントの関連
○小川 未名1）、東條 光彦2） 1 ）岡山大学大学院教育学研究科、 2 ）岡山大学大学院社会文化科学研究科 1 ．問題 文部科学省によると，平成28年度に行われた小・中 学校の教員を対象とした調査において30歳以下の教諭 の平日の勤務時間は約12時間と他の年齢層と比べ最も 多い時間であり、初任教員は日々激務に追われている ことが明らかとなった。岡東・鈴木（1997）は，若手 教員の年齢層が最も不健康の兆候を示しており，バー ンアウトの初期段階にあることは間違いないとしてい る。 さて、教員の職業上のストレッサーの一つに感情労 働が挙げられる。学校において子どもに対し自分の本 来の感情は出さず，その場にふさわしい感情を表出す ることが求められる教員は，大きなストレッサーにな ると推測される。つまり睡眠時間や勤務時間が量的な ストレッサーであるのに対し，感情労働が質的なスト レッサーの指標となると考えられる。 ところで，バーンアウトの予測変数の一つに過剰適 応が挙げられる。水澤（2014）は小学校教師における 過剰適応傾向がバーンアウトに正の影響を及ぼすと報 告している。過剰適応について近年では子どもを対象 とした研究が多く行われているが，時には自分の意思 を通すことなく相手の要求に応えることが求められる 社会人こそ，過剰適応傾向が強まると考えられる。 一方，ワーク・エンゲイジメントが提唱されてい る。ワーク・エンゲイジメントとは、仕事に関連する ポジティブで充実した心理状態であり，活力，熱意， 没頭によって特徴づけられる。またワーク・エンゲイ ジメントでは，仕事をすることが好きであるために抗 うことのできない内的な衝動に駆り立てられ働いてい ると示唆されている（設楽，2012）。つまり，仕事が 好きという思いや仕事の必要性を重く感じ，過剰に注 力することでワーカホリックへの傾斜を強め，ワー ク・エンゲイジメントを抑制する可能性が推測され る。一方でバーンアウトが職業的効力感の低下に対 し、ワーク・エンゲイジメントは没頭と言われている （Schaufeli他，2002）。過剰適応者は，所属組織に適 応できずに発症した精神疾患者とは異なり，仕事に精 力的に取り組み組織に「十分」適応していた（柴田， 1984）ことから，他者の期待や要求に応えることで効 力感が高まり，ワーク・エンゲイジメントも高くな る。つまり過剰適応傾向がワーク・エンゲイジメント を促進する因子となることも推測される。 よって本研究の目的は，睡眠時間などの量的な指標 と感情労働という質的な指標の 2 側面から初任教員の 過剰適応傾向を検討すること，および過剰適応傾向は ワーク・エンゲイジメントとどのような関係にあるの か検討する。 2 ．方法 A 県で勤務している初任教員を対象とした研修で， 質問紙調査を実施した。分析する際に対象を初任教員 に限定するため，講師経験が長いと思われる30歳以上 は除外した。有効回答数は337名で平均年齢24歳で あった。使用尺度は 1 ．調査測度（年齢，講師経験年数，校種，勤務時 間，睡眠時間） 2 ．感情労働尺度（矢部・東條，2011）3 ．日本語版Utrecht Work Engagement Scale短縮 版（Shimazu他，2008） 4 ．成人用過剰適応尺度（水澤，2014） であった。。なお，倫理的配慮として質問紙の表紙 に本研究の説明，勤務評価に影響しないこと，得た データは本研究のみに使用し厳重に保管することを記 載した。チェックボックスへの記入，あるいは質問紙 の全項目への回答をもって同意と見なし，同意した方 のみデータを使用することとした。 3 ．結果と考察 各変数の平均値と相関分析の結果をTable1に示す。 自己の感情表出の操作や指導的感情表出が強いと他者 からの評価を気にしたり，評価を求めたりする傾向に あると思われる。しかしこれは教員が生徒との信頼関 係を築くための手段として必要なことであり、かつス トレッサーでもあるといえる。ワーク・エンゲイジメ ントでは強迫性格に正の相関が見られたが，強迫性格 はワーク・エンゲイジメントというよりも「強迫的か つ過度に一生懸命働く傾向（Schaufeli他，2008）」で あるワーカホリックで見られる性格である。しかし窪 田ら（2014）の研究では「仕事に多くのエネルギーを 費やしている」という行動面ではワーク・エンゲイジ メントもワーカホリックも共通しており両者に正の相 関が見られたこと，過剰適応尺度の強迫性格を構成す る項目が「仕事をいい加減にすることがある（逆転項 目）」など行動面を測定していることから，ワーク・ エンゲイジメントと「強迫性格」に正の相関が見られ たと推測される。
日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P2-85 467 -次に，勤務時間・睡眠時間，感情労働と過剰適応の 各変数を独立変数，ワーク・エンゲイジメントを従属 変数とした重回帰分析の結果をTable2に示す。生徒感 情の積極的感知については，ワーク・エンゲイジメン トに影響を与える要因の一つとして感情労働との関連 を調査した小川（2018）と同じ結果が得られた。児童 や生徒の気持ちを敏感に察しようと努めることで充実 感や効力感に繋がるのかもしれない。強迫性格につい ても前述したように行動面が影響している可能性に加 えて，強迫性格の中でも完全欲求と良心性は協調性， 勤勉性と有意な正の相関を示し，適応的な傾向を示す と言われている（大久保，2015）。自己の感情表出の 操作では，感情労働の性質がバーンアウトに関与する という先行研究（萩野・瀧ヶ崎・稲木，2004他）のよ うに，感情労働はワーク・エンゲイジメントを抑制す る側面を持っていると推測される。 4 ．主要参考文献 萩野佳代子・瀧ケ崎隆司・稲木康一郎（2004）．対人 援助職がバーンアウトおよびストレスに与える影響 心理学研究，75，371-377． 窪田和己・島津明人・川上憲人（2014）．日本人労働 者におけるワーカホリズムおよびワーク・エンゲイジ メントとリカバリー経験との関連 行動医学研究，20 （ 2 ），69-76． 水澤慶緒里（2014）．小学校教師のバーンアウトと過 剰適応傾向との関連--問題行動児にも着目して-- パーソナリティ研究，23，60-63． 岡東寿隆・鈴木邦治（1997）．教師の勤務構造とメン タル・ヘルス 多賀出版 大久保純一郎（2015）．高校生における強迫性格と 5 因子論による性格特性ならびに精神的健康について 同支社大学教職課程年報， 5 ，29-39．
Schaufeli W.B., Salavova M., Gonzalez-Roma V. & B a k k e r A . B . （2 0 0 2）. T h e m e a s u r e m e n t o f engagement and burnout; A confirmative analytic approach. Journal of Happiness Studies, 3, 71-92．
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