順天堂だより
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1日の通行は延5千人に及ぶ〈本館一新館連絡橋にて〉法人だよりー
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係者多数か参列し,高野設計事務所並びに治水建設とと 理 事 会 。 評 議 員 会 開 催 もに工事の無事を祈った。 なお,設計に種々新しいアイディアを盛り込むため若・ 本法人用事会並びに評議員会は本年5月28日(水),上 工がやや遅れ,竣Eは予定の明年3月20円より2,3カ 野前提粁において1
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提,昭和49年度収支決算,貸借対照、 月位後になる見込みである。 }<,財産日録等について審議の結果,向年度事業報告と T 3階講堂竣工予想図 ともに承認された。 また, I昭和50年度収支予算についても'
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に検討の上 承認。 49年度収支決算並びに50年度収支予算の内容につ いては,追って学内ニュースをもって発点されるが,昨 年2月, 10月の二度にわたって行われた医療費改訂も経 常状態を改よ存するには少額に過ぎ,各私立医大(医学部〉 とも財政状況はいすれもますます厳しいものがあり,そ れだけに全学教職 i~-Þ11 の努 )J が要訪される。 役 員 ・ 評 議 員 異 動 女役員の異動 理事 石川和JIr
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昭和50年4月1円付就任〈体育学 部長就任により〉 久内武 同50年3月31日付退任〈体育学部長 退任,定年退職により〉 女評議員の異動 新任 問50年4月2011付 禍 林 博 よ 郎 大 野 点 二 加 藤 英 夫 木 間 鉄 男 小 島 茂 男 ( 以 上 本 法 人に勤務する職員として)秋山晃一郎 )11 北 祐 幸 桜 井 美 鈴 〈 以 上 本 校 卒 業 生 と し て):
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究(理事会で選任された者と して〉 同50年4月30日 付 久 内 武 小 谷 新 太 郎 ( 以 と学識経験者として〉 いずれも任期4年 退任え同50年 4月19日付任期満了 中 島 章 北 村 和 夫 塩 川 優 一 大 竹 敏 雄 山 本 武 彦 今 井 正 男 長 蜂 敏 治 雨 情;
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王 子 久 内 武 向50年4月29日 付 任 期 満 了 東 龍 太 郎 水 野 噴 光 前 川 事 雄有山登記念館新築工事地鎮祭
5月12日(月〉午前10時30分より,本郷校舎元学生部 室跡地において有山登記念館新築工事地鋲祭が執り行わ れた。本学からは有山理・j五長,懸問学長をはじめ学内関 Jll買 天 堂 祖 先 祭
恒例の11関天堂祖先祭は11摂天堂詰JI始者佐藤泰然先生の乙 命臼(明治5年4月10日〉にあたる4月10日〈木〉タ 上野f
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義軒で,佐藤家並びに本学関係者計160名が列席 して開催された。この会は明治の頃から毎年行われ,佐 藤家および11顕天堂関係者が相集い,担先の偉業を偲び. あわせて11頂天笠のー隠の発展を祈る重要な行事である。 この0
,小川鼎三教授によって,泰然伝の一部が敏泌さ れた。泰然とニーマン
医史学研究室小川
鼎三
1 1頂天堂の始祖,佐藤泰然が長崎留学のときに,主とし てオランダ商館長エーマンについて学んだと諸投に記さ れているが,その根拠が薄弱である。今から数年前にニ ーマンの版歴.'}がハーグの古文-;!}館でみっかり,私ども は初めて彼の生涯をかなり詳しく知ることができたe日 本のある医学史A
は彼が医者だったというが,この島I
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からみて,おそらく官突でない。彼は22歳のときかり オラソダ東印度会社に勤めてsパタビアにおいて次第に 累進して乃記長となり, 1834年(天保5年) 38i1誌のと き,出品の商館長に任命された。そして天保9年の江戸 参府の後まもなく商館長をやめてパタピアに帰ったp 泰然の長崎滞在は天保 6年から 9年の春までと思われ るわで,その聞の商館長は確かにニーマンであった。し 2-かし有名なジーボノレト事件のあとであり,当時は取り締 りが特に厳しくて,若手然たち日本人が出品に出入するこ とは甚だむずかしかったと推測する。また医者がスパイ 特疑の大事{I!-をおこしたというので,内
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争のオラソダ.商 館に院高はいなかったようである。在、は,泰然がすこし はニーマソからl針縫に丙tr
の学術について教わる機会が あったかも知れないが,彼が長時で獲得した商洋係学の 也沼な知識は主に通詞 IJI身の医宥,大イ[良逸や梢林栄建 などを介したものと考えている。新 規 採 用 職 員 講 習 会 ・ 歓 迎 会
日目和50年度新規採Hi職員北剖会は例年どおり, 4月1n
(火)""3 [j(本〉まで,男 ~dl・312 名を対象に 5 号 館z非堂において実施された。 引き統き型 4 日〈金)には;J;{f(l l 荘山七の t~-lJ において歓 迎祝宴を盛大に開催した。 席上,有111理事長は 「人類はu
の宰耐を求めて物質!時 代から福祉時代へと将行しつつある。その巾で際学は, いつのi時代においても終始.j:i.“生命を守る"という /I( 述の使命を持っているので,t
せ!日jの雑念、を排し,絶対ぺI 立を守って職務に精励してほし"」、 と接持された。新緑 に包まれた嵯闘には桜も満r
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で,祝宴後,午後 2時過ぎ まで散策を悲しんだ。 学長 、 日体山荘にて H 人事課長を囲んで 110永 年 勤 続 者 表 彰
昭和50年度永年勤続Ii.a長彰式は 5月26口(}D午後4 l時より 8号館ホールにおいて挙行された。本年対象者 は総計86名〈男 50名,k36名)で,表彰式始って以来の 最多数で・ある。有111理4
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長閑で・は求だ際学に対 する理解が充分ではありません《これを傑めるためには 民療関係者が 4致協J
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しなければなりません。ついては 皆さん β中堅閣の後押しが絶対必要です。どうか皆さん 益々ど健康でお勤め願いたい。弘どもも皆さんの仕事の やり甲斐のあるようにできるだけの }JをF
ましたいと思う のですJ
とねぎらL、とお祝いの討があった。ついで出席 法人だより時
医学教育の現状
評
J 医 学 部 長 真 島英信
医学教育のH僚が社会のニードに応えうる良医の 育成にあることは,今や本学のみならずすべての医 育機関の 11t~ になりつつある。 しかし,この I1 僚に II.jって医学部をどのように通i
附するかという段にな ると,品{雑に入り組んだ難問題が山積している。た とえば医師不起に応えるべく医大を新設する場合の 基準を例にとると,新しい設i8~基準は6年一段教育 ゃ;存権制によらない運?者も許容するようになってい る。しかし,本来カリキュラムの性耕から要員構成 や施設設備が;'iljり出されるべきであるのにその点が ! 震u主であり,付属病院や闘連病院の要員構成や講座 と診療科との対応についても触れられていない。要 するに従来の講腔1HHからくる欠陥をある程度移iEす るに樹まり,明雄なビ・ンョソは打ち出されていな L、。 これに対して全国民学部長院長会議は,首相自ら 率先して内閣両紙の医学教育審議会を設問するよう 要望しつつあり,また医学教育学会からは全悶医科 大学連合体を結成して医育省の戸;を結集せよとの意 見が出されているが,それらが実現されるのは将来 のことになろう。 現t
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のところ不満足ながら院制i国家試験をもって 医学教育の段低線、を確保しようとしているといえ る。しかし,試験というものはレベルに達しない者 を指摘するだけであり,これだけで良区が持成でき るわけではないが,行政的にはこれしかないという のが現実である。際学教育の本来のねらいである良 医の育成に向って各大学はそれぞれのI:
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J題点をそれ ぞれの}5式で解決するほかはない。 ところで多くの大学に共通の問題として教員の教 育に対する関心の低さが挙げられている。 教員同 i~ のコミ ュニケー・ンョン不足,学生からのフィードパ ック不足,学生にやる気をおこさせる教育技術の丘 附などからくる非能本を克服するために,教員研修 ともいうべきワータケヨッフが計i南されるようにな ってきた。本学でもこの方向に向って努 )Jしたい。 者'人'人に表彰状と記念品を手渡された。 本年度永年勤続者は次の通り。 (敬祢略・j甑不f
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J) く30年勤続者> 工藤静子(M',t
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-法人だより 有 山 表 理 彰 事 を 長 う 大 か け 家 ら る 裕 教 授 く20年勤続者> 大家栴(寄生虫学〉 浪久利彦(内科学・消化器〉 池本秀雄(同・呼吸器〉 塩 川 俊 -(同・穆原病〉 尚 橋博元(泌尿器科学) III本武彦 千 葉 捺 典 石 田 絢 子 〈以上体育学部〉 佐藤ユキエ(庶務課・医〉 上西守 夫〈教務課・医〉 大割愛f(看護課〉 宇野美津子(栄 養謀〉 <1叩0年勤続者> 平
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科}り〉 熊本苑〈粘 平岩友道道[(麻酔学〉 山内隆 吉問数郎〈以上医進〉 米林喜男 勝亦鉱 a 伊藤政男(以七体育学部〉 長谷 川尚子〈法λ
課〉 山 岸 修 祐 堂 野 茂 坂 田 時 保 推 名 致 遠 藤 正 敏 百 合 川 重 治 上 原 鶴 雄 森 金 治 ( 以 と 施 設課〉 鎌田f
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ー(資材課〉 近藤健詩(動物実験室〉 梅沢ノリレ(巾央写真室〉 伊藤正雄〈解剖学第一〉 竹 沢 正 士 脇 田 久 仁 滝 田 春 江 ( 以 上 事 業 部 〉 大壊新次 郎 7'~沢美智子〈以上庶務課・体〉 小 谷 野 昇 石 崎 間 光 飯 岡 仁 て 平 野 実 氏 原 貞 雄 秩 元 正 高 関 口 由 : 次 杉 崎 数 枝 羽 出 可 弘 吉 川 す み 鈴 木 正 栄 石 橋 ヨ シ 子 小 林 義 男 金 谷 義 雄 物 井 誠 次 盛 田 高 明 斎 藤 敬 訟 剖 雪 岐 竹 内 初 岐 太 田 ま さ の 山 本 俊 雄 山 崎 消 次 堀江治平〈以上管理課) 附田m
祐 佐 藤 充 子 〈 以 上 医 務課〉 桜 井 美 鈴 植 山 統 下 池 田 敏 子 高 橋 祥 子 梅 原 知 子 愛 甲 律 子 石 井 ふ く 子 問 中 援-
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田村恵子 高橋テミ 小峯好衛〈以上看護課〉 菊池一 j京キご 萩 ス ミ 子 古 川 英 美 飯 田 ユ キ 天 野 キ ク エ 大 沢 タ ケ 村越キヨ子小林敏子〈以上栄養課〉 小池ヨシノ〈中 央臨床検査室〉 渡井康吉〈理学療法室〉 なお,記念品として, 30年勤続者は着分の着物地, 20 年勤続者は純金製ネックレスかネクタイピンと情.時計ま たは腕時計, 10年勤続者は男性にはパンドと純金製ネク タイピγ,!.J:性には時計と純金製ネックレスがそれぞれ 贈呈された。教職員組合との解雇問題和解
昭和35年秋,全国的に行われたいわゆる「病院統一ス ト」において, IJ慎天堂大学は「患者を守るJ
という使命 の大義に立って,翌36年2月9日本学教職員組合三役を 解屈した。以後14年間にわたり東京地方裁判所並びに尚 等裁判所において係争中であったが,本年4月,解雇 撤同,即日任意退職とし、う形で和解が成立して協定t'}が 取り交され〈臨時学内ニュース 179号参照),今後の労使 間の一層の円滑化に双万共努ノ3することとなった。 今向の紛争に際して得た所感のうち主なものを挙げる と, (1)診療行為と一般企業の利潤追及行為との本質的相 迎について職員聞の理解が不足したこと, (2)人間関係の 段も被雑,微妙な病院の業務は全職員同に和敬信愛の念 がなければ遂行できないこと.等であった。 協 定 学技法人願天堂大学〈以下 fll と称す〉と順天~大学教職員組合(以 下乙と称す〉説びに竺ツj宇Sti.ti..松田みさ子は甲と二ツ井・松田HlIの JI.!京地プ7m~司11m昭和43年肋郷 13280 号事件について問事件の当*お及 び乙は甲と自主交渉を進め以下の遜り協定をする。 ,Z 1. 昭和50~4 月 24 日付をもって大学は三ツ弁金吾・絞悶みさ flこ対 する解磁の意.思表示を微凶する。 2. 昭和50苦手4月24日付なもって三ツ弁金吾・伝図みさ子は大学を任│
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三ツ弁金吾・訟図みさチは大学より東京地成昭和36年{ヨ)郷2145l} 仮処分事件判決に基づき云三ツ井金苔・は金 1,902,509門,際問みさ子│
は 金 制 , 仰 向 の 仮 払 い な 郊iしたことを確認する。 1 甲はお丙名に対し布の会!
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の返還を請求しない。 4. 甲は乙に対して解決金として金一封を昭和50年4月24臼支払う。 5. 甲及び乙は本件解決を機に今後労使間の一般の内滑化に努力す る。 6. 甲及び乙は労使!日!の懸案事項について団体交渉をもって解決に努 プJする。I
7 三ツ井金者側み ~TI'1m 叫に定叫決金を受領主榔 昭和印年4月24日付をもって甲及び右両名l渇の京1京地方l主判所昭和 43年肪tlH3銭。号事件を取下げ甲はこれに同意する. 8 本協定成立を畿に本解Jiil問題に闘しEflと乙並びに三ツ井金苦手.
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回みさ子1'1栂互に金Aその他一切の紛求及び争いを行わなL、。 昭和50若手4月24日 Efl代選者学校法人l1ii天裳大学 理 事 長 有 山 乙代必活 躍誌天堂大学者責職員組合 執 行3委員長 金 問 ~炎@ 当事者本人 三 ア 弁 金 者 苦 @ 附 訟 図 み さ 子 @ 立会人東京地方医疲労働組合連合会 執行袋.tH
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天党大学解廠機回共開会 ~石家正義@雲
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蹟天堂災害医学研究所
一研究棟建設準備工事着工ー かねてより計画・準備されていた財団法人IJ頂天堂災害 医学研究所が関係者の努 )Jによって,去る2月4日静岡 県知事の許可を受け, IJij2月19日持岡地方法務局大仁111 張所に於て法人設立の登記を済ませ発足した。 この法人の設立準櫛とともに研究棟の建築計l踊も具体 的に進められ, IJ慎天堂大学医学部附属伊豆長岡病院の第 1期工事新館西側の既設第1看護婦寮および職員住宅を 取り壊した後の668.35m2の敷地を11債天堂大学より借用し 鉄筋コンクリート造り4階建,延面積709nfの研究標設計 図が完成,来る7月より本工事に若手の見込となった - 4ー一=
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主 な る 人 事 異 動
昭和50年3月31日付 久内武体育学部長・教授退職〈定年) 南右内 a般教育委員長退任〈併任) 村上正中高等看護学校主事退任(併任〉 常良枝郎助教授(内科・呼吸器〉退任 昭和50年4月 1日付 点島英信医学部長留任 イi河利究体育学部長・体育学研究科長就任(併任〉 小酒井望病院長留任 横閉館学生部長留任 阪東丈夫図。館長留任 小島茂男図書館分館長留任 中山開夫一般教育委員長就任〈併任・体育学部〉 山下辰久助教侵(民学部生理化学研究室〉就任(前生 化学講座〉 狐崎直樹助教授昇任(体育学部数学〉 南谷和利助教授昇任〈併任・体育学部〉 渡辺哲男高等看護学校主事就任〈泌尿器科学講師併任〉 大橋降事務次長就任(総務局財務部〉 昭和50年5月 1日付F
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井猛史助教授(解剖学:第六講座)昇任 問村畠士助教授〈内科学・呼吸器〉就任 大塚親哉助教授(小児科学講座〉昇任 和賀井和栄助教授〈消化指外科〉就任名 誉 教 授 称 号 記 授 与
一久内武名誉教授一 体育学部開設と共に24年の長きにわたり,払学初の体 育学研究科の設置など,体育学部の発展充実にど尽力さ れ,さる3月定年退職された久内武前体育学部長に5月 22日懸回学長より, 4月1円付「名持教授」称号記(第9 号)が授与された。 久内名手幸教授は,明治42年10月13日生れ, 65歳。昭和 8年東京高等師範学校体育科卒業後,札幌第1中学教諭 東京物理学校体育教授等を歴任,昭和26年5月本学助教 授就任, 29年教授(体育方法学),49年4月本法人理事, 体育学部長,大学院体育学研究科長等を歴任。 50年4月 本法人評議員就任。 大学だよりだ
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昭和50年度入学試験 ー ,受 験 者 数 と 入 学 者 数
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今 年 度 のIJ頂天堂大学及び高等看護学校の入学者は, 1,706名の受験者の中から選抜された356名で,科別の入 学定員,ぶ願者,受験者,入学者 4月15日現荘第1学 年在籍数は,それぞれ次のとおりである。 定高
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占 サ者入i>>'ー, 学入日 員 校若護 品 竺F 本別 科 50 218 152 45'50. 4.5 手千 50 160 152 60'50. 4. 5 医 学 部 医 学 科 80子1f0内1Z92女9)子(9内103女98)子(81内90〕K50471│ ! 体 体 育 学 科 100 408 360 11150. 4. 71 育 干 一 健 康 学 科 40 73 60 35 50. 4. 7 部 体 育3年 編 入 ー│ 1 1 50. 4. 7 大 医 学 研 究 科 31 3 3 3 50. 4.15 学 f〈3内3 9 3 9 内122女) 院 体 育 学 研 究 科 21 女〉f(内3)kl子(P9y 50. 4.14 医学部専門謀程 籍50854f内7進女学f者8〉83(内立子8){EI 今春のIJ頃天堂大学および高等岩波学校卒業生につい て,入学年度の学生数,今年3月1Elの在籍数および卒 業生数を列挙すると次の通りである。 - 5 ー大学だより 〈本 郷〉 高等看護学校 本科 47年4)18日入学121111生41,.ft:籍36,50年3月 5H 卒業35,Inj3月27日卒業1,計36卒業
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}IJ科 47守'4月8日入学911】l生60,在籍49,50年3月 5日卒業28,I
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3 FI27円卒業20,~I・48卒業 医学部医学科 進学課程 44年4月10日入学79(内!J.:f7) 専門謀説 46年4月 進 学71(内!X[-7) 荘篤74(内!J.:f 6), 50年3月20日卒業67(内f
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6) 体育学部 46年4月811入学, 50年3)119日卒業 体育学科入学12n136 在籍1~21130 卒業~~1121 健康学科入学 29J 布 鰐 30J 卒業27J 大学院医学研究科<博土課程~> 46年度入学0,49年 度 修 [0, 大学院体育学研究科< 務 士 課 程 > 48年4月16H入 学8(内y:f 1 ),:fE籍8(内女r
1) 50年3月19日卒業6 ( 0)「
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生理化学研究室の新設
4月1日を期して1I1F
辰久助教授を主任とする生理化 学研究宅が発足した。民学における生化学分野のFfi:要性 は年とともに噌大しつつあり,多くの医科大学で宅化学 は2講路制をとるようになっている。ノド学でもこのよう な学!日jの動向を考慮し,従来栄長学および生体物質化学 を綬業科什として!出議していたが,今問 9号館m
築に作 いその9階に 「生理化学研究室」が新設された。現点111 下助教授を初め, I:'~~,痢込前j助手らが“食 ('r:)lH時の~~I 血球の静ぷ変動"などの新しい研究テーマに対して怠欲 的に取り組みつつあり,設備その他の整備を急いで・いる ので,その成果が期待されている。 い 現 ' に 品 円 以 験 こ け で て が あ め て 構 学 進 部 を 誹 万 中 立 法 外 他 府 突 う ぬ 明 し と で じ い の 化 が な 器 た る の れ 独 者 児 め 使 体 い を 解 剖 こ 点 は つ 来 生 備 様 機 ま め そ さ 他 日 占 奈 生 J J ス し 解 る 利 を に 年 は 準 の や 。 進 化 恥 小 川 仰 外 も 防 い と ク も ば ベ な 宅 僻 却 に に 学 室 る を し 央 を い 消 分 突 は る ツ ' れ 捌 き 験 機 の 現 心 本 術 あ 健 か 中 能 る は 部 が の き ボ 従 あ て 大 突 の 長 支 中 。 子 可 湖 し い ら 機 あ で 大 名 る で ド 現 が し が 物 宅 事 の を る に タ か う で 床 の 7 れ 験 ン い 点 氏 点 動 究 理 そ 授 あ ら ム 場 い 前 い 宅 臨 そ 日 わ 突 イ な い 徹 る の 研 山 ' 教 で ば 際 の 多 以 と 漁 ' が 計 行 が ラ ら な も き n こ 央 有 で 根 の ら 突 同 が れ 検 釘 と 系 プ く と プ き き で で る 小 は 怨 凶 た ば つ 共 事 そ 出 火 の 座 科 一 多 こ う れ に カ て る は と こ 講 外 ル 。 数 い いH
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によって, 100%以1:の充J.E;f{と なっている。 例 年11月第 2上限 FIに,病理解剖と共に解告IJ似事法裂 が執り行われているが,このたびは白梅会が施主となり 5月24rJ (上〉午i1IJ11時より,駒込占祥寺に成願者ご遺族 をお招きし,法要が執り行われた。懸間学j毛からはrJI闘 解fj1J学:た:制!のため生前よりふ;学へ献体を約す鰐ぷ者間 天堂ばかりでなく,投開の医学の発展に氏献された64才I 体「内梅会」の会員は, 4)j}5Htl!イピ771~うが登録され の物故者全員のご民福をお祈りするとともに,会員皆様 ...川,. 山..“...ド,...目.,"川川.".. ド...'..川1ft!川'"'.十1-....川. 央化された施設があるレベル以t
の機能を耐えていなけ ればセソターの怠;味がないことは当然であろう。 動物実験室の述営委員長であり室長の平井康徳助教段 (兇外,本学40年大学院了〉に巡常L'.のお訴を伺った。 「この実験室の機能レベルアップについては, '*つのフ γクターがあると忠レます。まず第1に,r
メベースの H :J題』ですがこれはJ;'M状では限界で,飲を言えば現在の 倍のfIlI訟は欲しいですね。次に 了技術員の妓能のl旬1.:," をはかること。すなわち,実験介助者として技術と知識 のレベルア ップをすることです。これには子術室の石必 対から介助技術や,麻酔医から麻酔のトレーニングを受 けることなどを実施しております。それと術古ij・術後の ! 日1物の管理, ζれらのレベルアップをi
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り,いわゆるア メリカのリサーチテクニシャンのレベルまで技術品がずf ってほしいと願っているわけですJ 「それと 『設備の充~.B という 4 と。 これにはまず出米 るだけ数多くの利用省が共通に使える基礎的なもの,例 えば手術台等を逐次整備充実させること。49年度におし ては腕帯型尚JtIl度照明装院などを購入しました。また持 ち寄った機認を共用したりその整備にも努めています。M
後のファクターとしては E利用者と施設側との協凋』 ということです。研究書側に利用してやっているのだと か,技術者側に利m
させてやっているのだというお持が あってはならないのです。また研究省の中の特定な省が 施設を独f告してしまうのも│付る。要するに協調・Jf助的 iib--í~ 猿は整形の人工関節に,豚は臆管が太く観 察しやすいので内科がよく使用する。 者!Jがないと,センターのイヂイ主怠l床がなくなってしまう わけです」 . 「今年度の施設側職員の11t~l{ としては,災験動物の基; 礎的データの収集と,考えるt守慣を身につけることを; ・限とし,将米は職只か!li)J物災験のエキスパートにな ; って欲しいと製んでいます。現在利用者は90%の満足i
を覚えていると思っていますが,これには技術員の努; )Jはもとより述常・委員会,利用者,そして大学当局のi
}j 々の協))の賜と思っています。 広い面肢と I~;; {rlli な設き 備を持つ実験実は他大学にもありますが, JI回天堂は運i
併曲.や機能においては,技国のト Jプレベルをゆくもt
のと(.j'じて疑いません。 どんな良い施設や )ill,tl~~規則が: あっても,結局はそれに撹わる人!日}を忘れてはならな 7 いと思う次第ですJ(次号紹介予定は共同病理研究室〉 1...1'0...,.1.・・・・・1(""1...・“H“....・0,.,,1"'" 1...・-・・・・・・e・・・・M8・・・・・・・・ .・,1...1"・・・・・1・e・・・・・111111..・-1・・・・・0・・・・・e・・H・・・・・目・・・..,・....lltlll....I...u・.・・・・0・・・・・e・・JI....I・・.".H.・・・・・.,・.・・111110目..,...'"・・・・・ ー 7ー大学だより 〈本 郷〉 方は,なおーJCflご健康,ご長寿を保っていただきたい」 と接拶,郡司向梅会理、
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j:長から供議文が述べられ,午後1 時からは枯山水に面した駒込吉祥寺の大占院において, 第12同l三i梅会総会が開催された。 昭和50年 度ー
プロジェクト研究課題決定
近年の学問の進展により"持控!日jの協))を要するプロジ ェクトが噌J)IIし,本学医学部では 4昨年よりプロジェク ト研究持制が実施されている。 48年3件, 49年 6件,そ して本年は次の8件の課題が厳重な研究委員会の選考に よって選ばれた。 各課題の代表者が一堂に会し, 4.
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30日〈水〉山の ホテノレにてプロジェクト研究1
1{伝達式が行われ, J'i島医 学部長から激励の挨拶後,決定通知,1]が伝達された。 課 題 番 号 昭和50年 度 プロジェクト研究課題 研 究 課 題 研究組織 代 表 者 "である父兄会役員並びに招かれた多数の教職員のベ者 が一堂に会し,照の懇親を深めるとともにみ;学の教育 全般にわたる懇談が繰り広げられ,有志義な機会とする ことができた。医学部父兄会第
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回役員会
る4.
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23fi,医学部父兄会第41日l役員会は本郷そ乃 回において開催。 50年度定例総会開催について縄々協議 の結果, 6月14日〈土〉午後 4時からホテノレニューオータ ニにおいて総会開催を決定。昭和49年度決算,昭和50年 度予n~主についてもそれぞれ承認。次期会長として前回 陣朗氏(4),副会長雛島惣一郎氏(5),監事初野春吉氏い), rr:îj~持沢孝光氏(6)の役員選出を了承,総会の承認を求める こととなった。医学部後援会発足
かねて本年3月より医学部卒業生の父兄有志が中心と プロ研 カロチン血症の病閃,病態につ 平11I 恵 造 なって結成準備が進められていた医学部後援会は,さる 751 いて 3月20円,医学部 5号館講堂において発会式並びに第1 プロ研l甲状腺疾患、の診断及び治療に関 イiJ.原 明 752 する研究(継続〉 プロ研 同地発生に関する臨床的ならび 栗原 稔 に実験的研究(継続〉 プ ロ 研 乳 癌 に お け る 質 的 及 び 進 展 度 の 八 木 義 弘 754 診断に関する研究 プ ロ 研 刺 激 伝 導 系 の 発 生 と 臨 床 病 理 附 田 了ニ 755 (継続〉 プロ研│自己免疫疾患におけるl持病変の 橋 本 博 史 756 免疫学的研究 プロ研l的に悶及関タび膨IDt眼路に対する内視開鏡発 山崎 忠 光 757 ライオサージエリーの する研究 プロ研 IモにgE関デすル抗体ると研産し究て生ーーと住(I継g血E総続産虫)生感抗染原を 藤郎紘一郎医学部新入生父兄歓迎懇談会
医学部父兄会の主催による医学部新入生父兄歓迎懇談 会 は4月7日の入学式当日午後6時から千代田区皇居前 のパレスホテルにおいて開催。入学者のほとんどの父兄 は入学式にひきつづく各種行事の疲れもみせず出席,先 凶総会を開催し,I
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式発会の運ひ'となった。 後援会結成の趣??は子弟が医学部を卒業した後も父兄1
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の親睦を計り,大学との述絡を密にし大学発展の側面 的協)Jに資することである。本会は夜学生父兄会のOB 組織という意、味で,父兄会と平行して今後の発展を期待 したい。なお就任役員は次の通り。 会長:酒井徳山良IS, 副 会 長 ; 訟 本 正 託 委 共 : 飯 品)J が , 小 沢 敏 夫 , 清 水 林 三 郎 , 後 藤 田 正 附 〈 以 上 敬 称 時 )東 医 体 ・ 冬 季 大 会 閉 幕
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本医科学生の冬季のスポーツ大会である第17
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医体冬季大会は,さる3月16日"'19日までの!日jに福島県 猪苗代スキー場で行なわれたスキー部門大会の終了をも って全ベて 1~1~ となった。 これでラグビー,スケート,メキ一部P
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ともに無事政 であり,完盛な通営のもとに主管校としてのよ主任を果た すことができた。運営委員長窪田実清 (6年),他関係者 の努)Jを多としたし 。 なお, 4)J20卜lに;
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制捜された京阪体評議員会・理事会 において,次期主管校である信州大学医学部に対し,主 管校としての全べての事務引継き'も完了した。「
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昨年来,心臓外科部門の強化を庖点に院内の整備を進 めてきたが,スタッフおよび施設,設備も -応の準備が 終った。 ・シネアンギオ室完成 米関製の心臓カテーテノレ辱月4X
線装慨は一式約1低I
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我同では2台I
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のもので心臓の動態を35mmカメラ によって正確に把撮することができる。この装置のため こ新病棟 2階の中央手術室の一角に36m2の専用室が完成 した。(下記写民参照〉 ・中央手術室の大改造と中検の移動 狭陸であった本館中央手術室〈約 770rrf)は,接続す る中険機 2階全部を手術室の待機室等セミクリーンエリ ア(約180nf)に改造し,病理のゲフリーノレ〈緊急検査〉 室も新設された。さらに, 10年を経過した手術室内部の 諸設備にも手を加えるとともに約 900n
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に拡張 ・した。-Jj中検棋の紺l蘭,病理検査ー室等約 430m2を9け館へ移転 し,新館における集中業務の合理化がはかられる。 ・眼科病棟新館へ移転 眼科の入院手術患者が非常に多いため本館本,新,南 病棟等に分散していた限科病室を新館へ移転。新館 7階 { 象筒 心 影 )掻 部jでの 11 を 撮 疾シ 注 影 患ネ 入 、部・ 、右 がア 力 後 映 ン . ど方しギ フの出オ ヘチさ室 中レれに 央ピるて のに H 大学だより 〈病 院 ・ 習 志 野〉ぷ
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看護射さんのユニホームが 6月1I::lから新しくなった。 若地は綿から化織に変わり,.
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. ,可】二‘ A新設された看護衣洗溜仕上機 〈湯島洗還場〉 へ院内治療室,検査室を新設し,また 71潜44床 8階 4 床, 9階5床の計53床が5月より新館へ移転,看護体制 も統合整理された。なお,新館7階の内科病棟から本館 4階へ31床移転した。 ノトIV ' この他,外来手術室の改修,新病棟1
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階重忠室の新設, 旧中検煉を職員ロッカ一室に転換するなど, ー連の工事 も5月中に完了した。「
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体育学部長就任にあたって私たちの任務
石 河 利 寛
本年4月から,体育学部長に就任し,その点任の盛大 さを痛感しています。従来からの教育,研究の仕事の上 に,さらに学部長としての激務が加わり,これを全うす ることは,突をいうと余り門前のある事ではありませ ん。皆さんのご協力をお願いする次第です。 I 1摂天堂大学設立後20数年を経過した今日,これをさら に発展させることが,私たちの1主任だと思います。それ には1)筑天堂大学の特徴を生かして行く事がもっとも良い 万法だと考えておりますが, J煩天堂大学の特徴は,つぎ の点にあると思います。 1.医学部と体育学部の共存:医学部と体育学部とは健 - 9-威附進;とし、う共通の11棋を持っています。したがって, ,般教育訓程において,医学部の学生と体育学部の学生 とが a絡に学ぶ'jJ:は有
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をな 'j iです。とくに入学後の-年I~IJ は全資制度によって, 241時!日jの共1111生活を常むこと は,相互;理解と羽 1 7iの見識を r'~'lj めることに役立つにちが いありません。 保健体育の指導者になるためには医学の必長を無悦し ては成り立ちません。また~陥j にとって,j
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}Jと保健の 1 :u
,識の必要性はI:J々に尚まっています。教育の耐で,こ の点に考l起が払えるのはlJ関天堂大学の特色です。 2,行き届いた教育:少数教育によって,学生-人 4人 についてま入った指滋ができるのも順天堂大学の特徴で す。とくにゼミナールを位要視し学生が教室でのtI梓義 以外に特定の教向ilと人間的擁触を探められるのは,f
也の 学校にない良いシステムです。また, クラブ }にこして,rj芋と1.1主Z ウが~n1主:.Áが的が灼~t,こクラフを j軍宇判何~.すす帽る こ とiにこよつ て'学生に社会的訓練を般向させたいと思います 3.高い学問レベル:教育と研究とが・体であるのが,j
環境衛生学研究室
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; プロローゲ ζ~.~与/
え
三 弘のうしろのl'}棚に,11'びfょ・つの資料貨があ ります。この1
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JI床が,f
:l、と門志野を結びつけたといっ ;ても過言ではありません。その色あせた袋の右側に, ~ I昭和33年10)j25日,亦痢i
対 係 資 料 と 白 か れ て あ り ま 宅す。 ー 今から 17年も前の三とで,思い:llされた )j々も多 L、 ;と思うのです。それは砕心慌に突然降って湧いたよう :な亦詳)1禍の全記録です 対策本部長がi
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i]毛で,副本部F
長(学内〉に,佐藤要,紋野11神(":.l~I~日i 教授のお名前 三があります。私にとって,これは出・くて常に新しい記 ;録であり,これを附けるたびに,ほ二りの匂いにまじ ;って,懐古と撰IlJ走の一瞬が交錯し,走馬灯のように教 寺々の場面が脳炎をかすめて参ります。 あの時一一。それは医学部と体育学部が心!氏から協;
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jし合った1カ)
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でした。とくに臨床の点今と資生役 ~ t~ のfß'1u~は凄まじいものでした。判時の新聞に「さす 戸がI1偵天堂」とあります。亦鈴lを出して官められた稀イーiJ
な例とレえるでし tう。詳しい再録は附くとして,以2
来,学IUlにも華やかな点門と,ひっそりとした長IIIJが5
あることを知らされました。在、の研究宅はこの当初の 号生々しい体験に基づき,ひたすら災1111の'午りに徹し, 大学の特色です。保健体育の専門的研究については,制 天堂大学の研究が日本においてかなり r~:l く,i、p.(!lli されてい ますが,さらに,I
吋際的悦野に立って高いレベルに立つ ように努 )Jしたいと思います。それには,外岡との交執 を岨段と盛んにする必要があります。また施設Ifliについ ても,段と改持することが必要と思います。 以 1: のような特色を生かして,全学が一つの J~IJlj 体と して・致して I1関天堂大学の発展に努力することが,現イE の弘たちに諜せられた任務と思います。 大学だより (習志野〉 会50今.4)
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1 1.1付体育学部長・体育学研究科長就任。 19 年東大医学科卒業~, 32年東大保健学科助教授, 45{ド4)j 本学教舵〈述:助生見学)。健康訟はランエング。研究はjill 勤時に身体内部の臓日告や筋肉にとのような変化が起るか を 考 察 す る 「 体 )Jを 決 定 す る 基 礎 的 内fの生即.学的研 究J
。大LE8年生まれ,開放。,'d,)111正四五反トlJ在住。 と戒めあって米たよう 'J~ 無きを誇りとしよ う, に忠司ています 教育と研究と仲間たち 体育学部の小での保健教育のけ出は,医学に 強l~ 、保健体育の指都島を ff成するミとにありま す。幸いふ:家が医学部公衆荷I/t学教宰.でめり,小谷教綬 の変らぬご支援と,律I生学教'卒の錨池教照のi
品かいご斑! 解によって,創設当初の資材不起もなんとか切り抜けら れ,その後の大学のテコ入れで今では関係教材をすっか り tl~ 化出来る内科を備えています。 この研究室にぶせられた教育 11隙は, 主として環境街 生との諸知識を?卒業生の各)5lfuの対象者に, ~、かにし て生前行動のr
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で生かせるように教育出来るかとL、うこ とであり, このためには, ユ災5践, .J工:夫カか当らi生i
と乙まれた生き た即 ら学部三年生まて‘の叫品1瓦技i と:尖i主~1吋守を合めて特相i当な忙しさで 山本教授を 囲 んでの実習 風 景 - 10-久内武教授退職記念、パーティ
久内武教綬退職記念パーティ~;t3 ) J 26 11(;J()午後5 1時より8~;-館ホーノレにおいて|出保された。 久内先生法,昭和26年I1頃天堂体育学部設。;とIfiJII寺に助 教授として就任, 111129年には教綬,その後体育学部のrj' 心的指導昌として常生の教育に終始.
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され,多くの良 き 体 育 指 導 者 を 育 て ゐ と と も に,昨年体育学部長に就 任.241Y.のぶきにわたり本学の発展に尽して来られた。 有 1(1~'jÇ長から「久内先生は ,5
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1iij体育学部長.H
If川 HIi教綬等とともに設が体育学部において松も功絞の大き かった)jです。そればかりでなく在、は久!付先生を,久内 教J
受とSうよりも円盤投げの久│什選予としてi昭和の初め から存じ上げてし、ました。円盤投げの名選予はれI11生ま れましたが,その r~ ,でも久内選手はただ jlJ盤に強いとい うだけでなくz試合態度が机屯で胤If'Jきを非常に身泌され たりして,なかなかターンをやられない。この時,私は 大学だより 〈習志野〉 国国明野明開壇画 久 内 教 授 ‘退 職 記 念 ア イ この選手は体育指尊者として11え適任者ではなし、かと強く 感じておりました。その久内選f-が 26年に/I~t天堂へ来ら れた時には設が友来たるとし、う気持ちでした。その怠l比二 におきまして,強いm
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を感じてし、る次第です。以 と 先 生 の 体 育 学 部 におけるご劫総を称えて感謝しそし て将来のご健嵐をお祈りしたいと思いますJ
と挨拶,つ いで1~lj 依 't:L 章教綬による業紋報告,卒業生代点大内述リ; 北向Iiの謝辞等,終始なごやかなパーティであったm 退 職 後は,保谷川iのご自宅でI
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過の生活をお過しである。 -・11,..11'・"・..11.-'11...11"'11・・・"・11,..11' 11.・・11' 11...'1"11・..11'111..11・"11・0・11・II...II"'U,・・1t"tI,.,u'1f..1I・ "・・H・・4・11' '1.,.11' 11・..11''U,..tP‘.,.,11"1',.11・"・11・・"・"・"'111"'1.'....1t1・11"1".,・'" h p 学内定期排水検査 OD, BOD力ドミウム│ など,県の指定にもとずく仕事も新しく始まった すからt叱ぶ肝に町役した気持でやらないと. 11際は常に 迫のくような試がしてなりません。 -)j, 研究のr
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から教育への課題が惨出してくるのが よ;切なところです。昭和33年当初,やがて公;!?問題の時 代が来て,環境保健の質がI
:lJわれると忠L勺京葉臨海J: 来:地f
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の発展を資料に,主として大気汚染の分析や気象 観lnlJ~手を胎め . }jiJ;;の変革はともかくとして,今なお, 研究室の中心的課題になっています。この過程での学会 発表や多くの資料は教材として話片jし,たとえば公万各 項[1}JIjスライドはし000枚を趨し, :fl:. 々~新するものを 含めて分類整埋されており,また環境問題の久クラップ はセミナールのi
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弔な財皮として15年余の大成をみてお ります。 研究主の付'
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として, ,L'J聖子進行(1山子・48年大学院修 了)が,大気汚染地域学屯の位脱と殿境1::
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点山燕 f ..{tC
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JJJT・49年半〉が,光化学関係の説,IJA,分析,~l~f i: さんが膨大な資料,教材の整即.に叫りそれぞれrii...I悲しJ
た能 )Jを先陣してくれていますので助ります。 -)j, 労働~場の mlJ:どでは,卒業生 h らの依頼のみを引き受主 け, 'Í~w.で出かけてデーター 3供用!ドら作表,持制IÎ までき 懇切に{I:1:-.げてあげることにしています。しかし,今i
I1では・人の仕事IA:など知れています。折り折りに外f
部との共1111研究を通じて内部の質的向上をl刈ってゆく べきで,チームワークこそ大切です。余りあれζれと 充実を願うのは今日的でないような%がします。 エピローゲ なんといっても学生は将来の同の'I,.i厳しく打てる奇 心とは今後とも守ってゆくとともに実り多き学生生活与 を送って庇うようスタ yフ・IlIj腐 心 し て い ま す 。 ま : た,制I/~ミ野におりますと地域社会への対比、も大切であ f り , 以近では, 市民損益教待避時数急m
水 質 の 検 従 と 戸 か,柏モチ食中#の材料まで巡びこまれ,連休もスト五 ライキも関係なく追いまくられますが,環境衛生学1:3
の生きた教材は, ι ういう生1吊の j~} のアクシテントの 1'
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にこそ開城されており,それが教育,研究の場にフモ fードバヅクされれば交旬はありません 杭L、季節になります。皆慌のご健作を折って,研究: 京の紹介を終らぜて瓜きます。 (山 本 武 彦 記〉 ‘ 111"'11.・1・1".・,,,0・U 111"・H 111'・h.1'‘"11・・1"・1'1""・刊1.,11"'11.11"."1""・・'111・・5・・・・,."1・..11・',(..11111...11'"'11...11' .1.、.'1'11..・WU...II' 11...111'11・1・11・11..11・11...11・11..・11・11...11"11...11・"11,..1. - 11-大学だより (習志野〉
就職・教育実習ガイダンス
体育学部4年生を対象とする│昭和50年度の「就職・教 育実関ガイダ、ンス」は5月26日(}j)から 31日〈土)ま で表 lの内容で実施された。 故終学年ともなると1 IA:ちに就職・教育実習の│問題に 当面することになるが,このカイダ.ンスは就職試験・教 育実習に臨むにあたっての特訓ともdえる。 教育突習については, 学校教育のH的や内詐を理解 し,それらを実際に演習して教育の現場実習を行い,教 職に附する職能を体得する大切な実現である。実習生は 日程による参観日に突両校を訪ね,校長,体育主任の先 生から事前に諸注;怠を十分に受け,教育突開に対する心 構えを・府高め,実習の具体的な;十両i
を向分で十分検討 し,実習に臨む準備をする。 就職については昨今1J
Jt同の経済的勢にかんがみ,非 常に厳しく,とくに本学の卒業生の正倒的多数が希望す る地庁公務員,中・高校教員は,近年体育系大学が明設 れたこともあり桜度に過当競争となっているのが現羽、 である。このような的勢に対処して,体育学部において は昨年から 1週間の日程で就職募集委員会が中心となっ てこのガイダンスを組むこととなったわけである。 その内容は,各方面から晴朗jを迎え1 n梓演3 面接等に よって就職試験に臨む心構え等を指導している。また, 模擬試験では,一般教義,専門・教職教持,実技,面接 等を実施し,試験結果は倒人別にまとめて学生諸君に返 し,特に劣る科Uについては{岡別に指導し,反省材料と して役立てるようにしている。 とくに面接においてはp 学外からの議者を迎え,グル ープ形式で行い,礼儀1 )服装,態度等についても注君、深 く指導している。故終日にはガイダンス全般についての 表l 就職・教育実習ガイダンス日程 時間I " '- I 9 :00--12:00 11 13:30""""15:30 l旦日"J、 rr iコミュニケーショ 11 5月26日ンスホーツについてJ
11 一般・専門・教長 〈月〉講師・伊藤春雄氏(毎! テスト 日新聞)I
1 1 「同和教育について」 271-:1 ~~師・ 本家正文氏 〈火)I
nllJ.llIll' /t'-i1:le
文部符〉 281-.1 7~面 綾.r:: (水〉ー i 29日 l 〈木):実 伎 テ ス ト3
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〉 各教育実習校参観 講師・五十嵐 31H 京 臨 氏 全 体 (1:) (二三菱金属 K総括反省 K) 「体育指導者とし ての心構えJ
ロ梓飾・撫本て郎氏 (文部省〉 平川俊-氏 北 沢 清 氏「
花 水 木 (はなみずき〉 「はなみずき」は北米原産 の繕葉小高木で,我闘では 4)1中 下旬に向または紅 色の4弁の花をつけるが紅 色のものが珍?寵される。秋 は紅葉が美しく赤い実は品: !床が強くて小鳥が食ベなし ので長い!瑚冬の庭を彩る。 1911年,東京市長尾崎行雄が米閣に贈った鋭〈現在 ワシントソ市ポトマック河畔の名所になっている〉 の返礼に米国から贈られ,その原木が日比谷公│輔の ほか2本あるが,現在では多くの家庭で観賞されて いる。 49年度体育学部卒業生より記念樹として,習志望f ふ;部玄関自Ijに1.5m程の花水木が植樹された。 j刻化 には数年かかりそうであるが,卒業生の成長ととも にどんな花を咲かせるか楽しみである。 学生による討論会を行い,その結果を次年度への参考と している。特に本年度は全員からレポートを提出させ, 学生に「占く」練習にも)Jをf
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がせた。 なお,昭和49年度の就職状況は表2の通り極めて好調 に各方面に進出し,とくに地万公務員の合給率は85%に 近く,私学のトップを堅持しており,全体の就職率もほ ぼ全員が適職を得ている。これも,教職員,卒業生が 体となり卒業生の就職に対して)Jを?主いでいる賜物と思 われる。しかし,傾向としては先述の通り決して楽観を 汗さない条件ドにあるので全学を挙げて就職対策につレ ての認識と支援を強<,訴えたL。、 (就職募集室・仲村誠記) 表2 49年 3月卒業生就職進路状況 公立高校 27~ 私 立 高 校 11 教 職 関 係 中 学 校 23 80名 小 学 校 15 (66%) 特 殊 教 育 4 地方公務員 9 行 公 庁・企 業 等 体育行政等 6 25 民i
尚 企 業 10 (20%) 得j 生l
珂 係 進 Aサ&ゐ・ J自主J 学営i
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健 康 管 理 室
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健康管理室からのお知らせ
昭和50年度前期の主な行事予定 5月6日(月)'"'-'10日(金〉健康調査(全学〉 月221::1(木) 河志野地区春季健康診断 6月168(月)"-'20臼〈金〉本郷地区春季健康診断, 胸部 X-P!~j俊樹影,内科相談,血jぶ測定,身体 JI・ 担1),成人病検査(血液・尿・心電図〉 7月38 (木), 4 Ll(金〉 胃~同検診 (40歳以上希 望者〉 7 }j14日〈月)'"19日〈土)S
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検便(本郷地区教 職員全員) 慢康相談 本郷地区 校医の相談i時間は特に定めてありませんので 栴談を希望される方はいつでもご連絡下さい。保健!tll・の 相談を希望される }jはなるべく木・金の午後に健康管理 室〈内線108)までご連絡の上ご来室ドさい。 習志野地区:校医による健膝相談は本室と同様です。者r
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紛が常勤しておりますのでいつでもご相談下さい。 健康相談を担当される校医の先生はド記の通りです。 内 科 校 民 病部勝司(開志野地区〉 ρ │ 東島利夫〈ノド郷地区〉 グ 1 渡辺一功〈本郷地区〉 整形外科校医 数井英雄(溜ぷ野地医〉 11'
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山室征(習志野地区〉 陪神科校医 井上.令ー〈本郷地区) グ l 高橋俊哉(習法;野地区〉 眼 科 校 医N
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坂電邦(全般〉 耳t:,¥科校医 市川銀 a郎(全般) 産財人科校医 中野明〈全般〉 健康診断と身体に関する各種註明 定期健康診断受診者に限り,公的な診断J
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を本人の申 し出により無料で発行致します。できるだけ1週間の余 栴をみておIjJし込み下さい。 健康大学に学ひq~助く教職員として春秋の学内定期健康 診断は当然全員が受診する義務があります。万一,事前 こより受診できない場合は必ず胸部x
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写点を添え, 診断』を提出下さし、。なお定期健廉診断を受診していな い場合は身体に闘する証明舟〈免許申請,進学等用〉は 切発行しないので,とくに注意してドさし、。 e 一一一←一一一一一健康管理室だより一
五つのポイント
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一兄貫録があり,ふくよかです が,突は長生き出来ないタイプ。 さて, }肥満を医学的にいうと 貯脱脂肪組織の異常明加状態。よって肥満-の判定には体 の全脂肪f設を計ればよし、のですが,現実には測定出来な いので ・般には超過体重として抱えます。各自の体重/ ((身長-80)x 0.7) x 100を肥満度として90"-'105を標準 体重としていますが3 詳しくは男!J:7}Jf身長別際準体君主表 と比較します。 ::!:10%以内が正常で,それ以上は肥満で す。皮下脂肪鮮の測定では体脂肪の半分を占める身体の 深部の脂肪は判りませんので,標準体重表によるのがよ いでしょう。 肥満-の多くは病気でなく食べすぎのためです。摂取熱 祉>消費熱誌の状態で肥えてくるので,肥満の治療はま ず減食です。人間は浅ましいもので}t
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労なしに肥満を !直せという人がありまして,医師は闘ってしまう。そこ で皆さんは肥満-の誘悶を知るべきです。 肥満を起した環 境を考えてドさし、。家庭のしつけとか,食習慣,運動不 足とかを。たとえば食品業のお宅では肥満者が多いし, 母親が肥えておれば娘も肥えるとかいわれています。次 いで肥満は命をちぢめることをよく認議して頂きたL。・ 第3に自己の教養のよさを発揮してドさし、。第4に体重 成人の標準体重 (kg) 身 くm長,) ./は 女 身(cm長〉 力回y
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148' 49. 7 159 56. 1 55. 3 170 63.3 62.4 149 50.1 16056. 7 55. 9 171 64.0 150 50.5 161 57.3 56.5 172 64.7 151 51.0 16257.9 57.1 173 65.4 152, 51.5 16358.5 57.7 174 66. 1 153 52.0 16459.1 58.3 175 66.9 154 52.5 16559.8 58.9 176 67.7 15554. 0 53. 0 166 60.5 59. 6 177 68.5 15654. 5 53. 5 167 61.2 60.3 178 69.3 15755.0 54.1 16861.9 61.0 17970. 1 15855. 5 54. 7 16962.6 61.7 180 70.9 - 13ー図磐館だより 計と友だちになるζと。訟後に忍耐強く,あきずに減食 を続けるのが良策です。減食なしには如何なる }j法も効 果はありません。長い│品Lkっている者を急にやせさせる わけにはいきませんので, 1 111, 000 Calの食事をw:ll 続けて,ゆっくりとスマートになって行きまし tう。断 食療法とか,薬の撹訟などに迷わず,まず 311寺のおやつ から11-.めて行きましょう。心も体も軽くなるはずです。 やせたい人のためにことわさ'をひろってみました。i