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ファミリービジネスの重要性と健全な発展に必要な視点

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ファミリービジネスの重要性と健全な発展に必要な視点

−ファミリービジネスの事業承継事例を通じた考察− 視 点 わが国において同族企業というと、マイナスのイメージを伴って論じられる例が少なくないが、 欧米においては同族企業はファミリービジネスとして肯定的に捉えられており、ファミリービジ ネスの重要性や優位性に関する研究が盛んに行なわれている。また、国によってはファミリービ ジネスの健全な発展、特に円滑な承継を実現するために様々な施策が進められている。 わが国の中小企業の多くはファミリービジネスであると考えられる。また、大企業のなかにも ファミリービジネス性を維持している企業が散見されることに鑑みると、わが国においてもファ ミリービジネスの健全な発展と円滑な承継は重要な課題の一つであると言えよう。 本稿では、ファミリービジネスという概念や欧米における議論を概観するとともに、わが国に おけるファミリービジネスの事業承継事例を通じて、ファミリービジネスの特徴やファミリービ ジネスの健全な発展と円滑な承継のために必要な視点について考察する。 要 旨 現状、ファミリービジネスの統一的な定義はないが、会社の所有、経営、承継を一族がコン トロールしている企業を指すことが多い。自由主義経済圏においては、ファミリービジネス は国民総生産の50%から90%を占めるという指摘もあり、その重要性は高い。 厳しい競争環境の下で、多くのファミリービジネスが存在していることに鑑みると、ファミ リービジネスでは経営規律が働かない、能力が低い経営者が多いという批判は必ずしも妥当 なものではないと考えられる。 中小企業においては、親族以外から後継者を確保することが困難なケースが少なくないが、 後継者の決定段階で、承継か廃業かについて合理的な選択が行われているものと考えられる。 ファミリービジネスの事業承継事例をみると、長男への承継が第一の選択肢とされているも のの、創業者との血縁的な近さよりもむしろ後継者としての能力の有無が重視されている。 ファミリービジネスの健全な発展と円滑な承継のためには、非ファミリービジネスと比較し た場合の優劣を論じるのではなく、ファミリービジネスの成功例からその要因を明らかにす る地道なアプローチが必要となろう。 キーワード ファミリービジネス、事業承継、後継者、中小企業 〒103-0028 東京都中央区八重洲1-3-7 TEL.03-5202-7671 FAX.03-3278-7048 URL http://www.scbri.jp

総 合 研 究 所

S C B

CENTRAL

BANK

産業企業情報

20−5

(2008.10.8)

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1 目 次 1.ファミリービジネスとは何か (1) ファミリービジネスの概念と定義 (2) ファミリービジネスの分析枠組み 2.ファミリービジネスの重要性 (1) 企業の多くはファミリービジネス (2) わが国におけるファミリービジネスに対するイメージ (3) ファミリービジネスに対する見解の当否 3.ファミリービジネスの事業承継 (1) 後継者の確保能力に差 (2) シビアな承継行動 4.ファミリービジネスの事業承継事例 (1) 能力による後継者の選択 (2) 意図的なファミリービジネス性の維持 (3) ファミリービジネスにおける経営規律 (4) 後継者の確保能力 5.ファミリービジネスの経営の特徴 おわりに 1.ファミリービジネスとは何か (1) ファミリービジネスの概念と定義 ファミリービジネスとは、家族経営あるいは同族経営という点に着目した概念である。 欧米においては、1980年代からファミリービジネスに関する研究が盛んに行われるよう になり、欧米の主要なビジネススクールには、ファミリービジネスに関する科目が設置 されている。また、ファミリービジネスに関する独立した学会や研究機関、専門誌等も 存在する。 一方、わが国においては、2008年9月にファミリービジネス学会およびファミリービ ジネス研究所が設立され、ようやくファミリービジネスを一つの独立した研究分野とし て捉えようという動きが出てきたところである。 (図表1)ファミリービジネス学会の概要 (図表2)ファミリービジネス研究所の概要 設 立:2008 年9月 13 日 会 長:甲南大学経営学部 倉科敏材教授 目 的:主に学識者から構成する団体で、経営 学、経済学、法律、社会学、組織行動学、 家族心理学、歴史学等の観点から総合的 にファミリービジネスの研究を行い、フ ァミリービジネスの発展に寄与するこ と 設 立:2008 年9月 13 日 所 長:慶應義塾大学大学院経営管理研究科 奥 村昭博教授 目 的:ファミリービジネス経営者および後継者 の教育と、ファミリービジネスを支援す る実務家(金融機関・会計士・税理士・ コンサルタント、弁護士等)の育成、フ ァミリービジネス研究、教育、支援のグ ローバルネットワーク構築を企図した 様々な活動

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2 現時点においては、ファミリービジネスには統一的な定義がなく、欧米のファミリー ビジネス研究では、個々の研究者が研究目的に応じてファミリービジネスを定義してい る。 しかしながら、概ね、会社の所有、経営、承継を一つの家族・親族がコントロールし ている企業がファミリービジネスとされており、そのうえで、家族・親族の範囲をどの ように設定するか、家族・親族で会社株式を何割程度保有していれば会社を所有してい ると言えるかなど、個々の要素についてより詳細な定義が置かれている。 (2) ファミリービジネスの分析枠組み 欧米のファミリービジネス研究においては、一般企業の分析に用いられる「所有」と 「経営」という要素に、「家族」という要素を加えたスリーサークル・モデルが、ファ ミリービジネスの基本的な分析枠組みとして用いられている(図表3参照)。 このスリーサークル・モデルは、ファミリービジネスには、「所有」と「経営」と「家 族」という個々のサークルと、それらが重なり合う領域(図表1の「1」∼「4」の部 分)が存在することを示したものであり、ファミリービジネスの構成員がどの領域に属 するか、あるいはファミリービジネスの特質がどの領域に起因しているか、というよう に分析対象を明確化するのに役立つ。 スリーサークル・モデルがファミリービジネスの基本的な分析枠組みとなっていると いうことから考えると、ファミリービジネスとは、「所有」と「経営」だけではなく、 「家族」という要素が重要となっている企業またはその経営を指す、ということができ よう。 本稿においては、一般に同族企業と呼ばれ ている企業、すなわち一つの家族・親族が中 心となって会社の所有、経営、承継が担われ ている企業を広くファミリービジネスとした うえで、欧米のファミリービジネスに関する 議論を概観するとともに、わが国におけるフ ァミリービジネスの事業承継事例を通じて、 ファミリービジネスの特徴やファミリービジ ネスの健全な発展と円滑な承継のために必要 な視点について考察する。 (図表3)ファミリービジネスの分析枠組み

(備考)Kenyon-Rouvinez and Ward(2007)pp33-34 図 1-2 をもとに信金中央金庫総合研究所作成 家族 経営 所有 1 4 2 3

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3 2.ファミリービジネスの重要性 (1) 企業の多くはファミリービジネス 欧米でファミリービジネス研究が盛んに 行なわれているのは、社会・経済における ファミリービジネスの重要性が広く認識さ れているからである。「自由主義経済圏で は、ファミリービジネスは国民総生産(G DP)のおよそ50%から90%を占めてい る。」との指摘もある1 また、世界的に活躍する大企業のなかに も、ファミリービジネスは少なくない。例 えば、カーギル(カーギル家、マクミラン 家)、ミシュラン(ミシュラン家)、フォ ード・モーター(フォード家)は、企業の 所有、経営、承継を代々一つの家系が握っ ている典型的なファミリービジネスとされている。 わが国においても、サントリー(鳥井家・佐治家)、竹中工務店(竹中家)等、大企 業でありながらファミリービジネス性を維持している企業が存在している。また、わが 国の中小企業の多くは、ファミリービジネスであると考えられる。信金中央金庫総合研 究所が2005年6月に行なった、信用金庫取引先中小企業約16,000先を対象としたアンケ ート調査によると、中小企業経営者の66.2%が後継者として「子供・娘婿・配偶者」を 希望している(図表4参照)。後継者として「その他同族者」を希望している割合を含 めると、全体の8割近くの中小企業経営者が、親族への承継を希望していることとなる。 この調査結果は、中小企業におけるファミリービジネスの割合を直接的に示すもので はないが、中小企業のファミリービジネス志向の高さを示すものと言えよう。そして、 中小企業の約8割がファミリービジネス志向を有しているということは、欧米同様わが 国においても、社会・経済におけるファミリービジネスの重要性は高いと考えることが できる。 (2) わが国におけるファミリービジネスに対するイメージ わが国においては、ファミリービジネスの社会・経済における重要性や、ファミリー ビジネスの強みなどを肯定的に捉える見解は少なく、むしろファミリービジネスを「同 族企業の弊害」等という否定的なイメージで捉える見解が目立つ。

1 Kenyon-Rouvinez and Ward(2007)p22

(図表4)中小企業経営者が後継者に希望する 人材 (備考)第 120 回全国中小企業景気動向調査資料より信金 中央金庫総合研究所作成 非同族の社外の人材 4.0% その他 7.7% 非同族の役員、従業員 11.0% その他同族者 11.1% 子供・娘婿・配偶者 66.2%

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4 例えば、2003年版の中小企業白書において は、同族企業は成長性が低く、能力ある人材 登用が行われていない企業として捉えられ ている。同白書においては、①前代表者と現 代表者が同族か否か、②取締役会における同 族役員の割合、③代表者の同族の株式保有比 率、という3つの観点から同族性と企業業績 の関係を分析したうえで、「同族性の度合い が高いほど成長率で見た企業の業績は低く なるといってもよさそうである。このことは、 同族性が高いほど、能力のある人材を登用す る道が狭くなり、業績が低くなるという仮説 を支持するものである。」としている(図表 5参照)2 さらに、2003年7月2日付の官報資料版 「中小企業白書のあらまし」においては、 「そして、成長する中小企業には、経営面では①同族企業から非同族企業への脱皮等に より外部人材を活用している、②自らの対面する市場にあった水準の技術を洗練化して いる等の特徴がみられます。このような「強み」を持った中小企業は、イノベーション の創出、雇用の創造等を通じて日本経済再生の担い手となる存在であり、今後ともその 活躍が期待されます。」とあり、同族企業を非同族企業に脱皮する前の段階にとどまっ ている企業であるかのように位置づけている。 また、不二家、パロマ工業、三洋電機、西武鉄道グループ、船場吉兆等、ファミリー ビジネスの概念に含まれるような企業の不祥事や経営不振が取り沙汰されるたびに、フ ァミリービジネスにおいては経営規律が働かないために、あるいは後継者を能力ではな く血筋を重視して選ぶために、そのような不祥事、経営不振が生じるとする見解がたび たび主張される。 欧米と比較して、わが国におけるファミリービジネス研究が遅れている要因の一つと して、わが国においてはファミリービジネスに対してマイナスのイメージがあることが あげられるのではないだろうか。 2 中小企業白書 2003 年版 pp63-64 (図表5)同族企業と非同族企業の従業者数 増加率(製造、卸売、小売業) (出所)中小企業白書(2003 年版)p64

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5 (3) ファミリービジネスに対する見解の当否 欧米のファミリービジネス研究においては、ファミリービジネスは非ファミリービジ ネスに比べてむしろ高い業績をあげていることを示すものが多い3 また、先に述べたとおり、世界的に活躍する大企業のなかにもファミリービジネスは 少なくないことを踏まえると、ファミリービジネスを非ファミリービジネスの前段階に ある存在と位置づけることは、必ずしも正しい理解とは言えないのではないだろうか。 経営資源の乏しい創業期において結果的にファミリービジネス性を備えている企業も あれば、何らかの目的や理念を実現するために意図的にファミリービジネス性を維持し ている企業もあろう。つまり、ファミリービジネスは、企業のライフサイクルにおける 創業期の企業形態であるとは限らないのである。 また、よく言われるように、ファミリービジネスにおいては経営規律が働かないので あれば、厳しい競争環境のなかで多くのファミリービジネスが存続していることの説明 が困難になる。仮にファミリービジネスでは経営規律が働かないのであれば、ファミリ ービジネスは非競争的な事業環境においてのみ存続しうる例外的な存在にとどまって いるはずであろう。 後継者の選択についても同様の指摘が可能である。厳しい競争に晒されている企業に おいて、血筋を重視して能力のない後継者を選択すれば、早晩その企業は経営不振に陥 り、淘汰されていくことになるのではないだろうか。 3.ファミリービジネスの事業承継 少子化が進展する欧米では、ファミリービジネスの事業承継問題に対する関心が高ま っており、近年のファミリービジネス研究の主要なテーマとなっている。 急速な少子化が進むわが国においても、ファミリービジネスの円滑な事業承継に対す る不安は高まっているものと考えられるが、現時点においては、中小企業の事業承継に ついて、ファミリービジネス性に着目した議論はほとんどなされていない。 (1) 後継者の確保能力に差 前述した信金中央金庫総合研究所の調査において、後継者に親族を希望している企業 をファミリービジネス、非親族を希望している企業を非ファミリービジネスとして後継 者決定状況を比較すると、経営者が50歳以上で、後継者決定済と答えた企業の割合は、 ファミリービジネスが非ファミリービジネスを5ポイントほど上回っている(図表6参 照)。

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6 また、経営者が50歳以上であるにも かかわらず、後継者の候補者がいない、 あるいは後継者について検討してい ないと答えた企業は非ファミリービ ジネスの方が多く、中小企業において、 親族以外から後継者を確保すること のハードルの高さがうかがえる。 すなわち、大企業であれば、従業員 の数が多いことから、後継者になる意 欲を持ち、かつ年齢等の条件を満たす 従業員のなかから、特に優秀な従業員 を選抜して後継者にすることも可能 であると思われる。一方、従業員の数 が少ない中小企業では、そもそも後継 者になる意欲を持つ従業員がいない こともありうる。また、後継者になる 意欲を持つ従業員がいる場合において も、そのなかでさらに年齢等の条件を満 たす従業員がいるとは限らない。このた め、中小企業においては、優秀な従業員 を能力によって選抜して、後継者にする ことのハードルは、大企業に比べて高い ものと考えられるのである。 (2) シビアな承継行動 中小企業にファミリービジネスが多 いのは、親族以外から後継者を確保する ことが困難であるという事情が影響し ていることは否定できない。ただし、経 営者が50歳以上で後継者が決定してい ると答えた企業の業況4をみると、ファ ミリービジネスと非ファミリービジネ スの差はほとんどなく(図表7参照)、 4 ここでいう業況とは、業況が良いと答えた企業の構成比から悪いと答えた企業の構成比を差し引いて算 出した業況判断 D.I.を指す。 (図表6)ファミリービジネスと非ファミリービジ ネスの後継者決定状況(経営者 50 歳以上) (備考)1.後継者に親族を希望する企業をファミリービジネス、 非親族を希望する企業を非ファミリービジネスとし た。 2.第 120 回全国中小企業景気動向調査資料より信金 中央金庫総合研究所作成 (図表7)ファミリービジネスと非ファミリービ ジネスの業況(経営者 50 歳以上、平均 値からの乖離幅) (備考)1.後継者に親族を希望する企業をファミリービジネ ス、非親族を希望する企業を非ファミリービジネ スとした。 2.業況は、業況が良いと答えた企業の構成比から 悪いと答えた企業の構成比を差し引いて算出した。 3.第 120 回全国中小企業景気動向調査資料より信 金中央金庫総合研究所作成 60.1 21.4 6.1 10.7 1.8 23.5 6.9 12.2 1.7 55.7 0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 決定済 候補者有 候補者無 未検討 後継者不要 (%) ファミリービジネス 非ファミリービジネス 4.0 △1.8 △12.7 △8.3 3.9 1.1 △30.5 △31.1 △6.1 △11.4 △35.0 △30.0 △25.0 △20.0 △15.0 △10.0 △5.0 0.0 5.0 10.0 決定済 候補者有 候補者無 未検討 後継者不要 ファミリービジネス 非ファミリービジネス

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7 ファミリービジネスにおける事業承継は、非ファミリービジネスと同程度に、企業の経 営状態をシビアに判断して行われている可能性もある。 あるいは、ファミリービジネスにおいては、経営者が経営状態を十分に改善してから 後継者への承継を決めていたり、経営状態を改善できない場合には後継者に承継させず に廃業を選択しているなど、後継者の決定に至る段階で、承継か廃業かについて合理的 な選択が行われているものと考えられる。 4.ファミリービジネスの事業承継事例 (1) 能力による後継者の選択 ファミリービジネスに対する典型的な批判は、能力ではなく血筋で後継者を選ぶため、 能力の低い経営者が不祥事や経営不振を招くというものである。 しかしながら、中小のファミリービジネスの事業承継事例をみると、厳しい競争にさ らされている中小企業においては、血筋よりも能力が重視されているものと思われる。 ・A社 A社の承継には、創業家のX家のほかに、創業家と姻 戚関係にあり、創業時に発起人として当社の設立に関与 したY家、Z家の3つの家系が関っている(図表8参照)。 当社の2代目(X家)は、後継者を決めないまま急逝 した。2代目には男の子供(長男)がいたが、長男はま だ幼く、当社を承継す ることが難しいと考え られたため、2代目の 弟(X家)が3代目と して承継した。しかし ながら、3代目が当社 のほかに経営する会社 の業況が悪化し、当社 の経営に注力すること が難しくなったことな どから、2代目の妻の 義弟(Z家)が4代目 として承継した。さら に、4代目が高齢にな り、体調を崩すことが多くなってきたことなどから、2代目の妻の弟にあたる現社長(Y A社の概要 業 種:プリント配線板製造業 所在地:関東 創 業:1910 年 資本金:9,000 万円 従業員:220 名 創業 者 ( X家 ) 2代目・ 設立 者 ( 次男 ) 長男 現社 長 次男 ( 後継者 ) 3代目 ( 三男 ) 妻 妻 長男 三男 長男 次女 三女 長女 4代目 ( 義 弟 ) Y家 妻 (図表8)A社の事業承継の概要 Z家 (備考) 実線は当社で勤務している、あるいは勤務していたことがある者(故人 を含む。) A 社 の 設 立 に 発 起 人 と し て 関与

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8 家)が5代目として承継した。なお、現社長の後継者は、現在当社で専務を務める3代 目の次男(X家)に内定している。 このように、創業家のX家のほか、4代目をZ家、5代目をY家が担ったのは、単に X家の後継者が育つまでの中継ぎのためではない。プリント配線板製造業は、業界内の 競争が非常に激しい。このため、多いときで約400名にのぼった従業員の雇用を守り、 長年付合いのある取引先にも迷惑をかけないようにするためには、業界事情に精通し、 かつ能力の高い経営者が必要であった。そのため、創業者の血筋にこだわらず、姻戚関 係にある2つの家系を含めて、能力のある者を選んで承継させたのである。 (2) 意図的なファミリービジネス性の維持 中小のファミリービジネスは、創業の理念や経緯、事業環境の違い等により、多様な 価値観をもって経営されている。したがって、ファミリービジネスが事業規模の拡大に 伴って非ファミリービジネス化するとは限らず、意図的にファミリービジネス性を維持 している企業も少なくないものと思われる。 ・田中商店 当社は、本業にすべての力を注ぐため、意図的にファ ミリービジネス性を維持している企業である。 当社の現社長は、創業者の長男である(図表9参照)。 現社長は、家業を継いでから、繊維業界の好不況の大き な波を経験したことにより、成功の喜びや一つの失敗が 事業に与える影響の大きさ、経営者としての責任の重さ を実感した。 当社は元入金(株式会社における資本金に相当) 2億円と、比較的規模の大きい企業であるが、会社 形態を採らずに個人事業として経営されている。現 社長は、繊維業界の厳しい競争環境に鑑み、本業に すべての力を注ぎたいと考えている。このため、個 人事業から株式会社に組織変更し、さらに株式の上 場を目指すことには消極的である。現社長は、上場 企業になることによる事業上のメリットよりも、経 営陣が株主対策に時間や労力をとられ、本業に集中 することができなくなるデメリットの方が大きいと 考えているからである。 田中商店の概要 業 種:繊維品卸 所在地:福井県 創 業:1963 年 元入金:2億円(個人事業主) 従業員:7名 創 業者 現社 長 ( 長男 ) 長女 次女 長女 次女 妻 (備考) 実線は当社で勤務している、ある いは勤務していたことがある者 (図表9)田中商店の事業承継の 概要

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9 また、当社が属する繊維品卸売業界においては、取引先 との信頼関係の維持が極めて重要である。現社長は、株式 市場からの多額の資金調達を可能にして、より大きな規模、 より高い収益を追及することよりも、創業者が築き上げた 取引先との信頼関係を維持・強化することが、当社の長期 的な繁栄につながると考えている。創業者が築いた信頼関 係を維持・強化するという観点からは、当社のファミリー ビジネス性を維持することが、当社の経営戦略上も望まし いと考えているのである。 (3) ファミリービジネスにおける経営規律 ファミリービジネスにおいては、家族・親族の情に流され、経営規律が働かない可能 性が指摘されている。しかし、ファミリービジネスのなかには、親族間に生じうる情や 甘えを、意図的に排除しようとしている企業もある。 また、所有と経営が一致する中小企業においては、内部のガバナンスよりも外部から のガバナンスが有効に機能している例もある。 イ.B社 当社は、創業者の長男が2代目に、創業者の妻の従兄弟が 3代目に、長年当社の番頭を務めた従業員が4代目に、大手 住宅メーカーからの 招聘者が5代目に就 き、創業者の五男の 長男である現社長が 6代目に就いた(図表10参照)。 建設業界では、社名に創業者の姓を冠し、 代々長男が承継する典型的なファミリービジ ネスが多いと言われている。このような業界事 情を背景に、現社長の親族は当社をB家の人間 で承継していくことを強く望んでいる。 現社長自身も、本人が希望しかつ適性があれ ば、将来長男と次男が協力しあって当社を承継 してくれることを望んでいる。 しかしながら現社長は、現在数名の若手従業 員を自身の後継者候補として育てている。現社 創業 者 2代目 ( 長男 ) 次男 三男 四男 五男 長女 妻 3代目 ( 創業 者の 妻 の従兄 弟 ) 現社 長 長男 長男 次男 4代目 ( 従業員 ) 5代目 ( 外部招 聘 ) (備考) 実線は当社で勤務している、あるいは勤務 していたことがある者(故人を含む。) (図表 10)B社の事業承継の概要 B社の概要 業種:建設業 所在地:神奈川県 創業:1928 年 資本金:2億円 従業員:85 名 当社の外観

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10 長が懸念するのは、現社長から直接長男、あるいは次男に承継した場合、現社長が 親 心 から承継後も子の経営に口を出したり、逆に子が現社長をいつまでも頼りにするな ど、親族間の情や甘えが経営に悪影響を及ぼすことである。親から子に直接承継するの ではなく、間に従業員出身の社長を入れることで、経営規律を維持し、かつ優秀な従業 員のモチベーションを高めたいと考えている。 ロ.㈱末広漆器製作所 当社の現社長は、創業者の長男である(図表11参照)。 創業者の次男も専務に就いている。現社長と専務は、肩書 きは違うものの共同経営者的な立場で、互いに協力して当 社の経営を担っている。 現社長は、自営業者が多く、家業は長男が継ぐべきとい う考え方が強い地域で育ったこともあり、大学には進学し たものの、当社を継ぐために卒業後直ちに当社に入社した。 しかしながら、現社長が本当の意味で承継を決意したの は、入社4年目に当時融資を受けていた信用金庫の支店長 から忠告を受けてからであった。当時、当社の借入残高は 相当に脹らんでいたことから、信用金庫の支店長は現社長 に対し、当社の財務上の問題点を指摘したうえで、早急に 改善に着手するよう忠告してきたのである。 この忠告を受け、現社長は財務を猛勉強して当社が深刻 な財務上の問題を抱えていることに気づき、現専務の協力 を得て直ちに財務改善に着手した。財務改善の過程におい ては、当時社長であった 父や経理を担っていた 母、当時専務として製造 現場を取り仕切ってい た叔父などから強い反 対を受けたり、従業員が 次々に辞めるなどの軋轢も生じた。しかしながら、 現社長は、将来当社の経営を担うのは自分自身であ るという意識の下、自らの責任で財務改善を成し遂 げた。 なお、当時現社長に財務上の問題点を忠告してく れた信用金庫との取引は、15年以上経過した現在も 創業 者 ( 長男 ) 長男 (備考) 実線は当社で勤務している、あるい は勤務していたことがある者 (図表 11)㈱末広漆器製作所の事業 承継の概要 妻 次 男 次男 妻 妻 現社 長 ( 長 男 ) 妻 当社の外観 当社の製品 ㈱末広漆器製作所の概要 業種:業務用漆器製造卸 所在地:福井県 創業:1978 年 資本金:1,500 万円 従業員:12 名

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11 続いている。 (4) 後継者の確保能力 ファミリービジネスにおいては、早い段階から家族・親族によって後継者としての意 識付けが行なわれることが少なくない。また、後継者が創業者や先代社長の背中を見て 育つことで、家業に対する強い愛着を抱き、これが後継者の確保につながっていること が多い。 イ.田中機械㈱ 当社の現社長は、現在会長を務める先代社長の長男で ある(図表12参照)。 先代社長には、長男(現社長)、長女の2人の子供が いたが、先代社長は幼い頃から長男に後継者としての自 覚を持たせるようにした。また、現社長の祖父母も、現 社長に対して、いずれは家業を継いで欲しいと繰り返し た。 このような親族の家業に対する思い入れを聞いて育っ た現社長は、自然と後継者としての自覚を持つようにな った。また、幼い頃から先代社長が働いている姿、事業 についての夢を語る姿を見て、楽しそうだと感じていた。 さらに、進学した地元の高等専門学校で機械関係の技術 を身につけ、機械を構築する楽しさを知った。現在は、 地 元 ユ ー ザ ー の 声 を聞き、メーカーに 対してオリジナル商品の設計提案等をしている。 このように、現社長は周囲の影響を受けながらも、 結果的には自分自身のやりたいことと家業の承継 が一致したために、承継を決意した。 現社長は、先代社長がかつて夢として語っていた 農機店の全国連合の立ち上げを、業界で初めてネッ ト販売網を構築することを通じて実現した。 現社長に代わってから、当社の売上高は先代社長 のときの2倍になっている。 田中機械㈱の概要 業種:農業機械販売 所在地:長野県 創業:1919 年 資本金:1,000 万円 従業員:14 名 創業者 現社 長 ( 長男 ) 長女 長男 次男 妻 (備考) 実線は当社で勤務している、あるい は勤務していたことがある者(故人を 含む。) 2代目 3代目 (図表 12)田中機械㈱の事業承継の 概要 当社の外観

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12 ロ.㈲カツキ眼鏡 当社の現社長は、創業者の長男である(図表13参照)。 先に見た田中機械㈱の事例とは異なり、現社長は創業者 である父や父の仕事を手伝う母から、家業を継いで欲しい と言われたことはなかった。 しかしながら、現社長は幼い頃から眼鏡に興味を持って おり、地場産業でもある眼鏡業界の好況期・不況期の両方 を目の当たりにして育ってきたことなどから、いつかは家 業を継いで両親を支えた いと思うようになった。 そこで、大学卒業後他社 で3年ほど修行し、当社 に入社した。 入社後は、技術力を生 かした付加価値の高い製 品の製造や計画的な生産 体制の構築、眼鏡の製造技術を応用した新事業の育成に 力を注いでおり、近年開発したチタン製の箸等が好評を 博している。 ハ.㈲信濃製菓 当社の現社長は、創業者の長男である(図表14参 照)。創業者は、現社 長に対して家業を継 いで欲しいと言った ことはなく、現社長は 創業者が一代限りで廃 業するつもりでいるも のと考えていた。この ため、現社長は地元の 建設会社に就職し、そ の後、親戚とともに建 設業を営むようになっ た。 創業者が急逝したた ㈲信濃製菓の概要 業種:おやき・和菓子製造・販売 所在地:長野県 創業:1962 年 資本金:750 万円 従業員:13 名 ㈲カツキ眼鏡の概要 業種:眼鏡製造・販売 所在地:福井県 創業:1981 年 資本金:300 万円 従業員:18 名 創 業者 現社 長 ( 長男 ) 次男 妻 (備考) 実線は当社で勤務している、 あるいは勤務していたこと がある者 (図表 13)㈲カツキ眼鏡の事業 承継の概要 妻 当社の外観 創業者 後継者 ( 次男 ) 長男 長男 長女 妻 (備考) 実線は当社で勤務してい る、あるいは勤務していた ことがある者(故人を含 む。) 現社長 (長男) (図表 14)㈲信濃製菓の事業 承継の概要 当社の外観

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13 め、現社長は当社の廃業を考えたが、当時中学生であった現社長の次男が、将来当社を 継ぎたいため廃業しないで欲しいと懇願した。また、突然廃業すると取引先や従業員に も迷惑がかかることから、現社長は建設業を営みながら当社を承継することとした。 現社長の次男は、その後も祖父が創業した家業に対する強い愛着を持ち続け、他社で 5年ほど修行したのち、中学生の頃の言葉どおり当社に入社した。現在は、専務として 当社の経営全般を担っている。 ニ.C社 当社は、近い将来生じることが予想された後継者 問題の解決と事業基盤の強化を、合併という形で実 現した。 当社は、2008年8月にD社とE社が合併してでき た会社である。D社のF社長が当社の社長を、E社 のG社長が当社の会長を務めている(図表15参照)。 合併のきっかけは、D社の後継者問題である。D社は、同じ印刷会社に勤めていた同 僚の二人が共同で創業した会社で、創業者の一人であるH氏が会長を、もう一人の創 業者の長男であるF氏が社長を、H氏の長男であるH氏が専務を務めていた。F 社長は、H専務の経営能力を高く評価していたことから、自らの後継者とするつもり でいた。しかしながら、H専務 は46歳という年齢で、かつ子供が いなかったことから、H専務が 社長に就いた後そう遠くない将 来、当社に後継者問題が生じるこ とは明らかであった。 F社長は、将来生じる後継者 問題についてなんら対策を講じ ないまま社長を退いても良いも のか悩んだ末、H会長に相談の うえ、E社との合併を進める決断 をした。 E社は、書籍の印刷を専門とす る印刷会社であり、書籍の表紙お よびカバー等の印刷をD社に外 注するなど、D社と取引関係があ った。E社は、受注を増やすため C社の概要 業 種:印刷業 所在地:長野県 創 業:1964 年(D社の創業年) 資本金:5,000 万円 従業員:30 名 創業 者 ( F 1 ) 後継者 ( 長男 ・H 2 ) 長男 妻 (備考) 実線は当社で勤務している、あるいは勤務していたことがあ る者(故人を含む。) 2代目 ( 長男 ・F 2 ) 創業 者 ( G 1 ) 2代目 ( 長男 ・G 2 ) 次男 長男 三男 ( 後継者 ・ G 3 ) 創業 者 ( H 1 ) 妻 妻 【C社】 現社長 (55 歳) 現会長 後継者① (46 歳) 【D社】 【E社】 (前職の同僚が共同で創業) 後継者➁ (28 歳) (図表 15)C社の事業承継の概要

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14 に事業の拡大を検討しており、D社との合併は、その絶好の機会であった。また、E社 には、G社長の三男(G氏)が後継者として入社することが決まっていた。D社とE 社が合併した場合、55歳のF社長から46歳のH専務、そして28歳のG氏へと事業承 継することが可能になるため、D社の後継者問題は解決する。こうして、両社の合併が 実現した。 D社のF社長には、父が創業した会社をなんとかして残したいという思いが、E社 のG社長には、息子に承継させるにあたり、できる限り会社を良い状態にしてから承 継させたいという思いがあった。このようなファミリービジネスに対する思い入れが、 後継者問題の解決と事業基盤の強化につながったのである。 5.ファミリービジネスの経営の特徴 これまでの事例を通じて、ファミリービジネスの事業承継においては、親族、特に長 男への承継が第一の選択肢とされているケースが多いことがうかがえる。しかしながら、 親族のなかでも血縁関係が薄い者の承継や、合併による後継者の確保が模索される例も あり、創業者との血縁関係は必ずしも最優先されているわけではない。創業者との血縁 関係よりも、事業そのものの継続が重視されている例が多く見受けられた。 今回取材した経営者の多くは、幼い頃から身近に家業を見て育ってきたために、家業 に対する深い愛着を持つようになったとのことであり、ファミリービジネスにおいては、 家業に対する純粋で素朴な愛着が、後継者の確保につながっているものと考えられる。 しかしながら、家業に対する純粋で素朴な愛着ゆえに、経営状態に関らず承継が行われ ているわけではなく、後継者が決定している企業の業況は、ファミリービジネスと非フ ァミリービジネスで差がないことは注目に値する。 中小企業においても、ファミリービジネスから非ファミリービジネス化を目指す企業 もあれば、ファミリービジネス性を意図的に維持している企業もあり、ファミリービジ ネスと非ファミリービジネスを連続的な存在として捉える考え方は、必ずしも妥当では ないと思われる。ファミリービジネスと非ファミリービジネスの性質の違いを明らかに したうえで、それぞれの健全な発展が模索されるべきであろう。 ファミリービジネスのガバナンスについても、その問題がファミリービジネス性に由 来しているのか、それとも所有と経営が一致しているというオーナー企業性に由来して いるのか、あるいは相互牽制が機能しにくい企業風土や組織体制に由来しているかなど を区別して考えてみる必要があろう。

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15 おわりに エンロン、ワールドコム、カネボウ、ライブドア等の事件を受け、株式市場のガバナ ンス機能や社外取締役による監視の実効性に疑問が呈されている。 一方で、ファミリービジネスにおいても不祥事や経営不振が相次いでおり、望ましい 経営形態に関する議論は百花繚乱の状態となっている。 ファミリービジネスに関する先行研究においては、ファミリービジネスと非ファミリ ービジネスを様々な観点から比較して、どちらがより優れているかという議論をしてい るものが少なくない。しかしながら、ファミリービジネスと非ファミリービジネスが企 業のライフサイクルにおける創業期、発展期、安定期に対応するような連続的な存在で はなく、質的に異なる存在であるとすると、優劣を比較したうえで互いに優れた部分を 取り込み合うことは必ずしも容易ではないものと考えられる。 ファミリービジネスの健全な発展と円滑な承継のためには、非ファミリービジネスと の差異を明らかにするだけでは足りず、ファミリービジネスの成功例の事例研究を通じ て、その要因を明らかにするという地道なアプローチが必要となろう。 以 上 (谷地向 ゆかり) <参考文献>

・Danny Miller, Isabel le Breton-Miller 斉藤裕一訳 「同族経営はなぜ強いのか?」(2005 年) ランダムハウス講談社

・Denise Kenyon-Rouvinez、John L. Ward 秋葉洋子訳 富樫直記監訳「ファミリービジネス 永 続の戦略」(2007 年)ダイヤモンド社

・中小企業白書(2003 年版)

本レポートのうち、意見にわたる部分は、執筆者個人の見解です。投資・施策実施等についてはご自身の判断 によってください。

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