低温要求量の少ないモモ選抜系統のビニル被覆による促成栽培
別府賢治・中平知芳・片岡郁雄Forcing of Lower-chilling Peach with Plastic Covering
Kenji Beppu, Tomoyoshi Nakahira and Ikuo KataokaAbstract
The extent of growth promotion by plastic covering in mid-chill peaches obtained from crosses between Japanese high-chill cultivars and Floridian low-chill cultivars was compared with that in a high-chill peach. Plastic covering hastened flowering and harvest by 3 weeks. However, the extent of promotion of flowering and harvest was almost the same between the peaches with different chilling requirement. Under plastic covering conditions, bud burst and flowering of the mid-chill peaches occurred 2 weeks earlier than those of the high-chill peach, as well as under open field conditions. This showed the advantage of using mid-chill peaches for cultivation in a plastic house. Under plas-tic covering conditions, although the fruit ripening period was slightly longer, fruit quality was higher than under open field conditions.
Key Words : chilling requirement, forcing culture, plastic house, Prunus persica.
緒 言
モモ〔Prunus persica (L.) Batsch〕では他の果樹と同 様に,早期出荷による収益の増大や高品質果実の安定生 産,労働力の分散などを目的として施設栽培が行われて いる(1,2).早期出荷のためには冬季から春季の加温が必 要となるが,近年,燃料費の高騰が経営上の大きな問題 となっている.そこで,主にビニル被覆による自然温度 上昇に依存し,加温は低温障害を回避する程度に行うこ とで,燃料消費量をかなり抑制できる.しかしながら, 不十分な温度では,生育が十分促進されない可能性もあ る. モモには,日本などの温帯地域で栽培されている低 温要求量の多い(7.2℃以下で約1000時間)品種の他に, 亜熱帯地域で栽培されている低温要求量の少ない(同 200時間)ものも存在する(3).香川県では,多低温要求 性品種は1月中下旬に低温要求量が満たされた後も休眠 が続き,3月になってから萌芽するが,少低温要求性品 種は2月上旬までに萌芽する(4).このことから,低温要 求量の少ないモモはより低い温度で初期生育が進むとみ られ,施設栽培においてビニル被覆のみによる温度上昇 でも生育がかなり促進されることが予想される.この少 低温要求性モモは果実品質に劣るため,我々はこれまで に多低温要求性品種と少低温要求性品種を交配し,得ら れた実生から低温要求量が比較的少なく果実品質に優れ るものを選抜してきた(4). 本研究では,日本の多低温要求性品種 白鳳 にフロ リダの少低温要求性品種 Flordaprince , Flordaglo を交 配して得られた中低温要求性(7.2℃以下で約500時間) モモ系統(4)について,被覆栽培を行ったときの生育促 進の度合いを多低温要求性モモと比較した. 材料および方法 香川大学農学部研究圃場で栽培している36Lコンテ ナ植えの中低温要求性モモ系統 白鳳×Flordaprince 3 (HKH×FLP3)および白鳳×Flordaglo 5 (HKH×FLG5) を用いた.比較として多低温要求性品種 八幡白鳳 を 用いた. 低温積算が1000時間に達した2009年1月27日に各系 統・品種3個体ずつを塩化ビニルで二重被覆したパイプ ハウスに搬入した.低温障害を避けるため,ハウス内温 香川大学農学部学術報告 第65巻 21∼24,2013
香川大学農学部学術報告 第65巻,2013 度が3℃以下の時のみ温風暖房機により加温した.日中 は,4月5日まで25℃以上で,それ以降は28℃以上で換 気した.対照として,各系統・品種3個体ずつを露地で 栽培した.ハウス内と露地の気温をサーモレコーダー (RT-12,エスペックミック)により記録した. 葉芽と花芽の萌芽日,満開日,収穫日をそれぞれ調査 した.約8割の芽が萌芽した日を萌芽日,約8割の花蕾 が開花した日を満開日とした.収穫日は,全果実の収穫 日の平均値で示した.満開日から収穫日までの期間を成 熟日数とした. 開花当日に平均的な花を1樹当り3個採取し,1花 重,花弁長,雌ずい長を調査した.幼果期に,1樹当た り5果程度残して摘果した.収穫時に,果実重,果実縦 径,果汁の可溶性固形物含量と滴定酸含量を測定した. 果汁の可溶性固形物含量は,屈折糖度計で測定した.果 汁を0.05 N水酸化ナトリウムで滴定し,リンゴ酸として 滴定酸含量を算出した. 結果および考察 萌芽,開花,収穫の時期 被覆栽培では,中低温要求性系統の萌芽日は2月上 旬,満開日は2月下旬であり,それぞれ 八幡白鳳 よ り15日,12日ほど早かった(第1表).中低温要求性系 統の収穫日は5月21日で, 八幡白鳳 よりも19日早かっ た(第2表).露地栽培と比較すると,被覆栽培ではい ずれの系統・品種も満開日が22日前後,収穫日が19日前 後早く,被覆による開花や収穫の促進の程度に系統・品 種による差はみられなかった. このように,被覆栽培によりモモの開花や収穫が3週 間ほど促進されることが示された.菊池・川原田(5)や 菊池ら(6)も無加温ハウス栽培によりモモ あかつき の 第1表 被覆栽培が低温要求性の異なるモモの萌芽や開花の時期に及ぼす影響 系統,品種 葉芽 被覆栽培での萌芽日花芽 被覆栽培 露地栽培満開日 促成日数z HKH×FLP3 2月5日 ( 16)y 2月7日 ( 11) 2月25日 ( 12) 3月20日 ( 10) 23 HKH×FLG5 2月4日 ( 17) 1月31日 ( 18) 2月25日 ( 12) 3月18日 ( 12) 21 八幡白鳳 2月21日 2月18日 3月9日 3月30日 22 z 露地栽培と比べて被覆栽培により促成された日数. y ( )内数字は八幡白鳳との日数の差 第1図 生育期間中の被覆ハウス内(左)と露地(右)の気温 第2表 被覆栽培が低温要求性の異なるモモの収穫時期と成熟日数に及ぼす影響 系統,品種 被覆栽培 露地栽培収穫日 促成日数z 被覆栽培成熟日数(満開∼収穫)露地栽培 HKH×FLP3 5月21日 ( 19)y 6月10日 ( 17) 20 86 83 HKH×FLG5 5月21日 ( 19) 6月8日 ( 19) 18 86 83 八幡白鳳 6月9日 6月27日 18 93 89 z 露地栽培と比べて被覆栽培により促成された日数. y ( )内数字は八幡白鳳との日数の差 0 5 10 15 20 25 30 35 40 2/24 3/10 3/24 4/7 4/21 5/5 5/19 6/2 6/16 温 度 (℃ ) avg max 露地栽培 0 5 10 15 20 25 30 35 40 1/27 2/10 2/24 3/10 3/24 4/7 4/21 5/5 5/19 6/2 温度(℃)
avg max min min
被覆栽培 22
別府賢治 他:低温要求量の少ないモモの被覆栽培 開花が1∼3週間促進されたことを報告している.一 方,被覆による開花や収穫の促進の程度には,低温要求 性の異なるモモの間で差が生じなかった.この年は被覆 開始から収穫期まで晴天の日が多く,ハウス内の日中の 気温が比較的高かったため(第1図),多低温要求性モ モでも生育が十分促進され,中低温要求性モモとの差が 出なかったのかもしれない.多低温要求性モモでは,自 発休眠完了後の温度と生育について,環境制御下での試 験により,温度が高いほど発芽や開花が促進されること が報告されている(7,8).今後,低温要求量の少ないモモ についても自発休眠完了後の温度と生育の関係について 調査する必要があろう.いずれにせよ,被覆栽培におい ても露地栽培と同様に中低温要求性系統の萌芽や開花が 多低温要求性品種より2週間ほど早かったことから,被 覆栽培における中低温要求性モモの利用の優位性が認め られた. 満開から収穫までの成熟日数は,被覆栽培で露地栽 培よりも3日ほど長かった(第2表).菊池・川原田(5), 菊池ら(6)による調査でも,無加温ハウス栽培でのモモの 成熟日数が露地栽培に比べてやや長くなっている.開花 から収穫までの気温の平均値は,被覆栽培と露地栽培で 大きな差はなかったものの,日較差は被覆栽培で著しく 大きかった(第1図).被覆栽培では,生育開始温度で ある10℃(9)を下回る温度の積算時間が長いことによる樹 の生育抑制や,果実生長第2期(肥大停滞期)の高温に よる果実成熟の抑制(10)などが,果実成熟期間の延長と関 係しているのかもしれない. 花と果実の形質 中低温要求性系統では,被覆栽培で露地栽培よりも花 がやや小さくなる傾向が認められた(第3表).この系 統では,萌芽から開花期の平均気温が,被覆栽培で露地 よりもかなり高かった(第1図).この時期の高温によ りモモの花のサイズが小さくなることが環境制御下での 試験により明らかにされている(7,8).一方,八幡白鳳で は被覆栽培と露地栽培で花のサイズに大きな差異はみら れなかった.この品種では,萌芽から開花期の平均気温 に被覆栽培と露地栽培で大きな差がなかったためと思わ れる(第1図). 収穫した果実の重量は,いずれの系統・品種も被覆栽 培で露地栽培よりかなり大きかった(第4表).一般に モモのハウス栽培では光透過量の減少により果実サイズ が小さくなりやすいとされるが(1,11),本実験では逆の 結果となった.菊池・川原田(5),菊池ら(6)による調査で も,年次によっては無加温ハウス栽培で露地栽培より もモモの果実サイズがやや大きくなっている.HKH× FLP3や 八幡白鳳 では可溶性固形物含量も被覆栽培で やや大きかった(第4表).施設栽培では降雨の遮断に より果実の糖度が上昇することが知られており(2,11),無 加温ハウス栽培においてもモモ あかつき の糖含量が 増加したと報告されている(5).本実験により,低温要求 量の少ないモモの被覆栽培でも同様の効果があることが 確認された.これらの結果から,被覆栽培により収穫期 の促進に加えて果実品質の向上の効果もあることが示さ れた. 以上のことから,被覆栽培によりモモの開花や収穫が 3週間ほど促進されること,一方で開花や収穫の促進の 程度には低温要求性の異なるモモの間で差が生じないこ とが示された.被覆栽培においても露地栽培と同様に中 低温要求性系統の萌芽や開花が多低温要求性品種より2 週間ほど早かったことから,被覆栽培における中低温要 第3表 被覆栽培が低温要求性の異なるモモの花のサイズに及ぼす影響 系統,品種 被覆栽培花重(mg)露地栽培 被覆栽培花弁長(mm)露地栽培 被覆栽培雌ずい長(mm)露地栽培 HKH×FLP3 310.3±23.8Z 342.2±24.3 24.4±0.3 26.1±0.5 20.8±0.6 23.1±0.1 HKH×FLG5 240.6±13.2 304.1±10.9 21.6±0.2 22.5±0.4 19.1±0.1 21.3±0.2 八幡白鳳 224.7± 8.3 234.1± 9.4 22.4±0.1 21.7±0.3 17.2±0.3 16.9±0.4 Z 標準誤差 第4表 被覆栽培が低温要求性の異なるモモの果実品質に及ぼす影響 系統,品種 被覆栽培果実重(g)露地栽培 被覆栽培果実縦径(mm)露地栽培 可溶性固形物含量(%)被覆栽培 露地栽培 被覆栽培滴定酸含量(%)露地栽培 HKH×FLP3 97.0± 2.4Z 67.7±1.7 51.9±0.2 45.5±0.4 14.6±0.1 13.7±0.7 0.19±0.01 0.22±0.01 HKH×FLG5 86.3±11.3 60.3±3.1 52.6±1.8 48.6±0.9 12.2±0.5 12.9±0.2 0.19±0.01 0.23±0.00 八幡白鳳 174.5±29.6 103.7±3.0 62.1±3.1 55.6±0.3 16.7±1.1 11.1±0.5 0.17±0.02 0.17±0.02 Z 標準誤差 23
香川大学農学部学術報告 第65巻,2013 求性モモの利用の優位性が認められた.被覆栽培では, 露地栽培と比較して成熟日数が僅かに長くなるものの, 果実品質が向上することが示された.本実験では,多低 温要求性品種との比較のため,被覆を低温積算1000時間 から開始したが,中低温要求性モモを利用したより早い 時期からの被覆栽培による更なる生育時期の促進につい ても今後検討する必要があろう. 摘 要 日本の多低温要求性品種にフロリダの少低温要求性品 種を交配して得られた中低温要求性モモ系統について, 被覆栽培を行ったときの生育促進の度合いを多低温要求 性モモと比較した.被覆栽培により開花や収穫が3週間 ほど促進された.一方,開花や収穫の促進の程度には, 低温要求性の異なるモモの間で差が生じないことが示さ れた.被覆栽培においても露地栽培と同様に中低温要求 性系統の萌芽や開花が多低温要求性品種より2週間ほど 早かったことから,被覆栽培における中低温要求性モモ の利用の優位性が認められた.被覆栽培では,露地栽培 と比較して成熟日数が僅かに長くなるものの,果実の品 質が向上することが示された. 引 用 文 献 ⑴ 遠藤 久:モモ基本技術編 ハウス栽培.農業技術 体系 果樹編6 モモ・ウメ・スモモ・アンズ 追 録12.pp.163 174.農山漁村文化協会,東京(1997). ⑵ 久保田尚浩:モモ 施設栽培.杉浦明編著,新編 果樹園芸ハンドブック.pp.488 493.養賢堂,東京 (1991).
⑶ Byrne, D. H., Sherman, W. B. and Bacon, T. A. : Stone fruit genetic pool and its exploitation for growing under warm winter conditions, In: A. Erez (ed). Temperate Fruit Crops in Warm Climates. pp.157 230. Kluwer Aca-demic Publishers, Netherlands (2000).
⑷ Maneethon, S. : Evaluation of growth characteristics and improvement of low-chill peach for forcing culture. (2007). [Doctoral Thesis, Kagawa University]
⑸ 菊池秀喜,川原田忠信:モモのハウス栽培に関する 研究 第2報 わい化剤が樹体生育に及ぼす影響. 東北農業研究,41,234 244(1988). ⑹ 菊池秀喜,川原田忠信,大沼康,小島由美子:モモ のハウス栽培に関する研究 第1報 気象の年次別 変動と生育.東北農業研究,39,231 232(1986). ⑺ 小林敏郎,別府賢治,片岡郁雄:低温遭遇量と加温 温度がモモ 武井白鳳 の発芽と花器の発育に及ぼ す影響.園学雑,65別2,218 219(1996). ⑻ Kozai, N., Beppu, K., Mochioka, R., Boonprakob, U.,
Subhadrabandhu, S. and Kataoka, I. : Adverse effects of high temperature on the development of reproductive organs in Hakuho peach trees. J. Hort. Sci. Biotech., 79, 533 537 (2004). ⑼ 杉浦 明:環境と果樹の生態.杉浦 明編著,新果 樹園芸学.pp.18 34.朝倉書店,東京(1991). ⑽ 山田昌彦:開花結実 果実発育に及ぼす環境要因. 杉浦 明編著,新編果樹園芸ハンドブック.pp.42 44.養賢堂,東京(1991). ⑾ 富田 晃:施設栽培.安部 薫編著,モモの作業便 利帳.pp.151 158.農山漁村文化協会,東京(2001). 24