• 検索結果がありません。

日本放射線影響学会第 57 回大会を終えて 鹿児島大学 馬嶋秀行 日本放射線影響学会は 放射線の人体と環境に与える影響およびこれに関する諸科学の進歩に寄与する ことを主な目的として 1959 年に設立された 第 1 回の学術大会は1959 年 10 月に東京大学で開催され 昨年 10 月の弘前大学主

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "日本放射線影響学会第 57 回大会を終えて 鹿児島大学 馬嶋秀行 日本放射線影響学会は 放射線の人体と環境に与える影響およびこれに関する諸科学の進歩に寄与する ことを主な目的として 1959 年に設立された 第 1 回の学術大会は1959 年 10 月に東京大学で開催され 昨年 10 月の弘前大学主"

Copied!
12
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

●年頭挨拶……… 1 ●日本放射線影響学会第57回大会を終えて……… 2 ●平成25年度研究奨励助成金交付研究の紹介(4) ……… 6 ●2014年放射線疫学調査報告会概要 ◆◆◆目  次◆◆◆

2015. 1, No.82

公益財団法人 

放射線影響協会

 新年あけましておめでとうございます。平成27年 が皆様にとって良い年でありますよう心からお祈り 申し上げます。  さて、当協会は公益財団法人に移行して今年 3 月で満 3 年を迎えることとなります。当協会は、設 立以来放射線影響研究に係る科学技術の進展と国 民保健の増進に寄与することを目指して、必要な諸 事業に鋭意取り組んでまいってきたところでありま す。しかしながら、平成23年 3 月の東電福島第一原 子力発電所事故を契機にして、低線量放射線が健 康におよぼす影響について社会の関心が高まり、同 事故後 4 年が経過しようとしている現在もなお多く の方々が不安を抱いておられる状況を踏まえ、当協 会が実施している、原子力発電施設等の放射線業 務従事者の被ばく線量に基づいた低線量放射線の 健康影響に関する疫学調査や除染作業を含めた放 射線業務従事者の被ばく線量一元登録管理の重要 性について益々強く認識しているところであります。 当協会は、これまで実施してきた事業に加え、社会 の要請に十分に応えかつこれまで以上に社会に貢献 する公益財団法人を目指して、自覚を新たにして諸 事業を計画的・積極的・効率的に展開していかなく てはならないと考えております。  放射線疫学調査につきましては、今年の 3 月末で 第 5 期調査が終了することから、平成22年度からの 5 年間のとりまとめを行います。生死追跡情報、死 因情報及び被ばく線量情報を整理し、その上で、生 活習慣等による交絡の影響に留意して、死因別死亡 率と被ばく線量との関連を統計学的に解析し、考察・ 評価を加えてとりまとめ、国へ報告します。協会とし ましては、疫学調査に関するこれまでの知見を活かし、 新たな視点を加えつつ今後とも最大限の努力を重ね てまいりますとともに、得られた成果については積 極的に国内外に発信していきたいと考えております。  また、被ばく線量一元登録管理につきましては、 新設した除染登録管理制度の運営に向けて昨年末 に本格システムを立ち上げましたが、原子力発電施 設等の放射線業務従事者と除染業務従事者の被ば く線量登録制度の連携を図り、原子力発電施設と除 染作業場を行き来する従事者についても一人一人 の被ばく線量が一元的に把握できるシステムを構築 し、今後の確実な運用に努めてまいります。  加えて、放射線影響研究に係る斯界の発展に貢 献すべく、放射線影響に関する知識の普及・啓発、 調査研究助成等の事業、国際放射線防護委員会 (ICRP)が公表する公衆・放射線作業者の被ばく防 護基準等に関する勧告・報告に関する調査研究等の 事業を引き続き実施し、積極的に社会に貢献してま いる所存です。  本年も昨年同様ご支援・ご鞭撻を御願いいたします。

年 頭 挨 拶

公益財団法人 放射線影響協会 理事長 長瀧 重信

(2)

日本放射線影響学会第57回大会を終えて

鹿児島大学  馬嶋 秀行   日本放射線影響学会は「放射線の人体と環境に 与える影響およびこれに関する諸科学の進歩に寄 与する」ことを主な目的として1959年に設立され た。第1回の学術大会は1959年10月に東京大学で 開催され、昨年10月の弘前大学主管青森大会まで 計56回にわたり学術大会を開催すると共に、専門 学術誌の刊行等様々な研究活動により、日本国内 における放射線影響研究の中心学会として学術の 進展に寄与してきた。  この度、日本放射線影響学会第57回大会を平成 26年10月 1 日(水)~ 3 日(金)の期間、鹿児島市・ かごしま県民センターを会場に開催した。本大会 は九州としては 8 回目の開催であったが、鹿児島 県での開催としては過去56回の日本放射線影響学 会学術大会史上初の開催だった。  2011年 3 月に発生した東日本大震災に起因する 福島第一原子力発電所事故に伴い、放射線の健康 への影響や将来への不安が多くの国民の重大な関 心事となっている現在、放射線影響科学に関わる 幅広い研究者が集まり、学術大会を開催すること の意義は大変大きいものと考えた。さらに、放射 線は産業や医療など、我々の身のまわりで幅広く 利用されている。特に医療分野における診断や治 療での応用発展の進歩は目覚ましいものがある。 一方で日本ではこれまでの様々な歴史的な経緯も あり、「放射線」という言葉には負のイメージがつ きまとってきたといえよう。改めて放射線影響研 究の重要性とそこに携わる者としての責務が課せ られていると 理 解している。 そこで、 今 回の 大 会のメインテーマは「放射線によるリスクとベネ フィットの再考」とした。本大会は、関連分野と の協力や協調により、放射線影響研究の一層の発 展を目指した。学術プログラムでは一般口演を中 心に、シンポジウム、ワークショップ、特別講演 などの発表が行なわれた。メインシンポジウムに は、 1 )DNA 2 重鎖切断修復 2 )福島原発事故:被曝線量と被曝量分布 3 )宇宙線被曝とその影響 4 )医療被曝の現状 のテーマで演題を募集した。演題の詳細に関して は次のとおりである。  本大会の参加者は、正会員301名、非会員57名, 学生会員76名、学生非会員17名、会費免除者21名、 計472名であった。シンポジウムは総演題数32で、 シンポジウム1 ATM, NBS1の新たな分子機能の 解明と疾患との関わり(座長:細谷紀子、小林純 也)、シンポジウム2 低線量・低線量率放射線に よる発がんを考える(座長:續 輝久、秋葉澄伯)、 シンポジウム3 放射線発がんのメカニズムを再 考する~放射線発がんにつながる発がん初期過程 を考察する~(座長:島田義也、鈴木啓司)、シン ポジウム4 放射線による細胞死研究の新展開~ 細胞死につながる初期過程を考察する~(座長: 田内 広、鈴木啓司)、シンポジウム5 DNA2重 鎖切断修復の分子機構研究の最先端(座長:中田 慎一郎、松本義久)、シンポジウム6 医療被ばく の現状と課題(座長:宮川 清、島田義也)、シン ポジウム7 増え続ける医療被曝を考える(座長: 大野和子、酒井一夫)であった。  ワークショップは総演題数62に及び、ワーク ショップ1 高自然放射線地域における線量評価 -現状と課題-(座長:床次眞司、石川徹夫)、ワー クショップ2 マイクロビーム生物研究の新展開 -標的照射によって切り開く新たな細胞応答機構

(3)

-(座長:松本英樹、前田宗利)、ワークショップ 3 International Workshop on "Roles of Researchers for Radiation Effects and Home Doctors in Radiation Emergency"(座長:明石真言、児玉靖司)、ワーク ショップ4 放射線耐性細胞の起源、性質、そし て克服(座長:長谷川正俊、桑原義和)、ワーク ショップ5 紫外線誘発DNA損傷に対する生物の 防御戦略とその分子基盤(座長:菅澤 薫、池畑広 伸)、ワークショップ6 宇宙放射線の測定と生物 影響(座長:馬嶋秀行、高橋昭久)、ワークショッ プ7 放射線生物影響の分子レベル解明に向けて (座長:和田洋一郎、秋光信佳)、ワークショップ 8 粒子線治療生物学の進展をめざして(座長:松 本孔貴、高橋昭久)、ワークショップ9 東京電力 福島第一原子力発電所事故による被災動物から放 射線生物影響を考える(座長:鈴木正敏、山城秀 昭)、ワークショップ10 現代放射線線虫学~マ ツノザイセンチュウとC. エレガンスにみる巧妙 な生存戦略~(座長:石井直明、鈴木芳代)、ワー クショップ11 ICRR 2015を迎えるにあたって- 未来に繋ぐ放射線研究-(座長:近藤 隆、三浦雅 彦)、ワークショップ12 低線量(率)放射線によ る生物影響研究の新展開(座長:立花 章、石合正 道)の発表が行なわれた。  YAO発表賞対象講演(座長:伊藤 敦、大津山 彰、増永慎一郞、細川洋一郎)は22演題の発表が 行なわれた。特別講演は8講演の発表が行なわれ た。特別講演1 学校での放射線リスク教育への 新たな取り組み(演者:杉田 克、座長:喜多和子)、 特別講演2-1 群馬大学の重粒子線プロジェクト の現状と将来(演者:中野隆史、座長:遠藤真広); 2-2 重粒子線治療の20年(演者:鎌田 正、座長: 根本健二);2-3 進行膵癌に対する化学陽子線療 法の書記経験(演者:有村 健、座長:櫻井英孝)、 特別講演3 放射線生物研究を通した放射線治療 イノベーション(演者:平岡真寬、座長:酒井一夫)、 特別講演4 私の中の「基礎と臨床との対話」50年  (演者:浦野宗保 代 安藤興一、座長:馬嶋 秀行)、特別講演5 放射線影響研究に魅せられて (演者:福本 学、座長:明石真言)、特別講演6  発がん感受性の年齢依存性(演者:島田義也、座長: 岡﨑龍史)の発表が行なわれた。このほか、原爆 影響(1)(座長:甲斐倫明、廣内篤久)、原爆影響 (2)(座長:柿沼志津子、大塚健介)、組織障害(座 長:三谷啓志、今岡達彦)、紫外線・放射線応答 (座長:藤堂 剛、日出間純)、被ばく事故(座長: 久保田善久、武田志乃)、DNA損傷(1)(座長:鹿 園直哉、井原 誠)、DNA損傷(2)(座長:寺東宏明、 山内基弘)、福島関連(座長:岡﨑龍史、川口勇生)、 低線量・低線量率(座長:根井 充、横田裕一郎)、 放射線抵抗性(座長:坪井康次、安井博宣)、放射 線治療(座長:平田秀紀、山盛 徹)、修復(座長: 細井義夫、中津可道)の口頭発表が行なわれ、69 演題の発表が行なわれた。ポスターの発表は120 演題であった。発表者総数は877名であった。  本学会では、学会賞 近藤 隆(富山大学)、奨励 賞 横田裕一郎(原研)、中村麻子(茨城大学)、功 労賞大西武雄(奈良県立医大)、女性研究者顕彰岩 崎民子賞 柿沼志津子(放医研)、木梨友子(京都大 学)、口頭発表部門最優秀賞 香崎 正宙(長崎大学)、 優秀賞 山盛 徹(北海道大学)、鶴岡 千鶴(放医研)、 ポスター発表部門最優秀賞 戒田 篤志(東京医科歯 科大)、優秀賞 中濱 友哉(大阪市大)、ショウラー 恵(放医研)の各々の方が受賞されました。おめで とうございます。  末筆ではございますが、本大会の趣旨ならびに 開催の意義をお汲み取りいただき、(公財)放射線 影響協会はじめ皆様のご参加また温かいご支援ご 協力を賜りまして誠にありがとうございました。 日本放射線影響学会第57回大会大会長 馬嶋 秀行 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 教授

(4)

  平成26年度第Ⅱ期

 

国際交流助成の概要紹介

(独)日本原子力研究開発機構 原子力科学研究部門 量子ビーム応用研究センター 研究副主幹

河 地 有 木

3rd International Conference on Radioecology and

Environmental Radioactivity(ICRER 2014)に参加して

写真 2  IAEAによる基調講演 会場は常に満席だった。 はじめに  スペイン国カタルーニャ州の州都バルセロナ のレイファンカルロス一世ホテルの国際会議場 (写真 1 )において、2014年 9 月 7 日から12日ま で、放射線生態学と環境放射能に関する国際会議 (Third International Conference on Radioecology and

Environmental Radioactivity: ICRER 2014)が開催さ れました。今回、公益財団法人放射線影響協会の 国際交流助成による援助をいただき、これに参加 してきましたのでご報告いたします。 国際会議ICRERについて  この国際会議ICRERはRadioecology(放射線生 態学)とEnvironmental Radioactivity(環境放射能 学)を議論する学術的な会議です。原子力関連施 設などから放出された放射性物質の環境への広が りと、その影響を評価することを主な目的として います。ここに参加した研究者の専門分野は非常 に幅広く、生物学、物理学、化学、地球科学、工 学と多岐にわたっていました。本会議を主催す るのはノルウェー放射線防護庁(NRPA)とフラン ス放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)であり、 世界保健機関(WHO)が共催、国際原子力機関 (IAEA)(写真 2 )、原子放射線の影響に関する国 連科学委員会(UNSCEAR)、国際放射線防護委員 会(ICRP)、経済協力開発機構原子力機関(OECD/ NEA)等が提携機関となっています。人以外の生 物種まで含めた環境の放射線防護や環境中の放射 性物質に対する関心の高まりを受けて、2000年前 後に開催された様々な国際会議を経て、2008年に 開かれた第 1 回大会(ノルウェー)、2011年の第 2 回大会(カナダ)に続き、今回、スペインのバルセ ロナにおいて開催されることになった模様です。 第 3 回目となる今大会ICRER 2014においても、 世界各国からの参加者が集まり、約100題の口頭 発表、約300題のポスター発表と活発な議論が 6 日間にわたって繰り広げられました。  また、今回は福島第一原子力発電所事故以降 初めての開催だったこともあり、「Lessons Learnt from the Fukushima Accident」と 題 し た 特 別 セ ッ

ションが設けられ、事故後の除染やモニタリング といった取り組みを中心とした議論が行われまし た。その他のセッションにおいても、基調講演も 含めて約13%と数多くの演題が日本からの出席者 によるものだったことも特筆すべき点かと思いま す。私は、日本土壌肥料学会の紹介で今回初めて の参加となりましたが、普段参加している学会で は聞くことの出来ない分野の研究手法、技術開発 に触れることができ、非常に有意義な会議でした。  放射性物質の環境中への拡散を議論するため、 必ずその原因となる事件・事故が紹介されますが、 その放出量の多さに驚くことが多々ありました。 特に、海洋・河川の汚染については、日本での原 発事故を上回る規模の事例が数多く紹介され、そ 写真 1  会場となったレイファンカルロス一世ホテ ルの国際会議場

(5)

写真 3  バルセロナ市内を一望できるロープウェー の深刻さを強く感じました。よって、会議におけ る議論の主流となっている、水環境における放射 性物質の動態評価のための調査活動やシミュレー ション研究の重要性を理解することが出来ました し、私達の計測技術やイメージング技術の活用方 法などを考えさせられました。  本会議は、各議論に集中しやすい、丁度良い規 模であると感じました。さらに、コーヒーブレー クなどで発表者に質問しやすい雰囲気もあり、非 常に多くの参加者と交流を持つことが出来まし た。研究機関以外にも、各国の規制機関からの調 査官や、IAEAやICRPといった国際機関からの評 価者が多く参加しており、学術研究者とは視点の 異なる議論も興味深かったです。原発事故への対 応に関した研究を続けていく上で、放射性物質の 動態を幅広く扱う本会議を、私達の研究成果の発 信と動向調査の場として今後も積極的に活用して 行きたいと思います。 発表内容  私が行った発表内容についても少しご紹介し て お き ま す。 私 は「Imaging of radiocesium uptake dynamics in a plant body using a newly-developed high resolution gamma camera」というタイトルで、 ガンマカメラを用いた作物中を動く放射性セシウ ムの非破壊イメージングについて口頭発表を行い ました。類似した発表が他になかったこともあり、 イメージング技術の有用性に対する質問を中心と して、会場からも数多くの質問・コメントが寄せ られました。例えば、C-14の土壌から植物、大 気中までの移行を研究している民間研究機関のL. Laura博士から、実験に使用するCs-137の投与量 に関する質問がありましたので、全Cs濃度をコ ントロールし、標準的な土壌環境を模擬した実験 を行った旨を説明しました。さらに、植物個体内 の様々な放射性物質の移行とそれぞれの相関に着 目した研究を行っている、西イングランド大学の N. Willey教授から、「イメージング技術を用いた トレーサ実験は、作物の移行係数というミクロな 視点のみならず、誤差の大きさが現在問題となっ ているマクロな環境動態の予測精度の向上といっ た目的においても非常に重要な実験手法である」 という応援コメントをいただきました。このよう に、私達が推進するRIトレーサを用いたイメージ ング技術の環境放射能学における有用性を、会場 に発信した上でセッションを終了することができ ました。  また、共同研究を行っている(一財)電力中央研 究所の吉原利一博士とともに「A simple presumption for radiocesium concentration in living woods using glass-badge based gamma radiation dose rate detection

system」というタイトルで、ガラスバッチを用い た樹木中放射性セシウムの変動を評価する測定技 術について、ポスター発表をおこないました。樹 木を上下動する放射性物質の動態に関する研究発 表は他にも見られましたが、その主な移行経路は 落葉や樹皮表層流を想定したものであり、樹体内 部での生理的な季節変動を想定した私たちの発表 に多くの関心が寄せられました。ポスターを訪れ た研究者と、研究・調査の対象とする森林環境を 想定した時間分解能や測定精度などに関する議論 を交わしたことで、世界各国の研究機関が要求し ている技術的な仕様について把握することができ ました。 その他  バルセロナは、スペイン第二の都市で、公共交 通機関がとても便利でした。地下鉄やトラム、ロー プウェー(写真 3 )、ケーブルカーを使って、学 会の合間の時間を利用してサグラダ・ファミリア (写真 4 )など観光名所に出かけました。学会の ディナーはカタルーニャ地方名産のスパークリン グワイン、カバ(Cava)の醸造所(写真 5 )で催さ れました。下戸である私はもっぱら食べることが 写真 4  サグラダ・ファミリア 私の印象は「偉大な る工事現場」。10年ぶりに訪れた人によると、 随分工事が進んでいるそうだ。完成は2026 年の予定。

(6)

湖沼・河川に関する環境放射性物質除染の方針策定のための調査研究

~専門家による自治体支援活動の一環として~

東京大学環境安全本部 飯本 武志     東京理科大学理工学部 高嶋 隆太 

平成 25 年度 研究奨励助成金交付研究の紹介(4)

1 .研究の背景  平成23年 3 月11日の東日本大震災に起因して発 生した東電・福島第一原子力発電所事故により、 同発電所から大気中へ放出された放射性物質は気 流に乗って首都圏にも届き、千葉県北西部地域 (東葛地区)でも有意な線量上昇(~ 1μSv/h程度) が確認された。150万人弱の人口を抱える東葛 6 市(柏市、流山市、松戸市、野田市、我孫子市、 鎌ヶ谷市)はこの線量上昇の事態を受けて「東葛地 区放射線量対策協議会」を設立し、結束してこの 問題に対応した。放射線防護や放射線医学等を専 門とする専門家もこの動きに積極的に協力し、現 在も継続して各市における関連の活動をバック アップしている。たとえばこの協議会設立のリー ダーシップをとった柏市では公聴会等で市民の意 見を聴きとり、市独自の除染計画を策定し、市民 自らが生活圏(住居地区)の除染活動を実施するた めの支援体制を整えた。約 2 年間の市民主体の除 染活動を経て、平成26年度中にほぼすべての地区 の線量低減活動が終了できる見込みとなった。柏 市内で生産される農作物の徹底的な放射能検査と その結果の公表、販売促進活動の効果も表れはじ め、事故前の購買状況にほぼ回復したといえる。 2 .研究の目的と方針  環境放射性物質に関する施策の関心は、住居地 区から森林、ダム、湖沼・河川へと移行しつつあ る。この流れは国が主導する福島県下でも周辺自 治体でもほぼ同じといえる。しかし、この視点で の環境放射性物質の空間的・時間的分布に関す る系統的な実データは、現時点ではきわめて限 定的といわざるを得ない。関心の高い水環境に ついて、まずは市民の生活圏と密接な関係にあ る小規模な河川・湖沼等に着目してその現状を 調査し、その実施過程で有効な現地調査方法を 検討し、周辺の空間線量等との関係を精緻に整 理し、放射性物質の環境分布と動態の予測解析 を試みることから着手するのがよさそうである。  平成26年初頭に開始した本研究では、千葉県柏 市松ヶ崎調整池を具体的な調査対象としている。 長軸が100メートルほどのひょうたん型の人工調 整池。ここには市民の活動圏からの雨水が自然流 入し、調整池の流出口は大堀川に通じ、最終的に は手賀沼に接続している。この調整池の現地調査 を通じて、水環境に関する今後の放射線対策を具 体的に検討する際のデータ取得方法、みるべきパ ラメータの種類、対応の最適化への道筋を検討す るための手順、等を整理することを目的とした。 専門ですが、隣に座ったドイツ在住のロシア人も それほどお酒が得意ではなく(!)親交を深める ことが出来ました。また、世界最高峰のフット ボールクラブ、FCバルセロナの本拠地、カンプ ノウが学会会場のすぐ近くにありました。残念な がら試合を観戦することは出来ませんでしたが、 10万人収容できるスタジアムの見学ツアーに参 加し、ほんの少しですが雰囲気を楽しむことが出 来ました。  最後になりましたが、今回の国際会議への参加 にあたり助成していただいた放射線影響協会に 心より感謝申し上げます。 写真 5  学会ディナーの様子 酒造所地下の旧倉庫 で催された。

(7)

本研究に柏市役所放射線対策室のメンバーも参画 している。具体的な調査項目、検討項目は以下の 通りである。 1 )現場放射線量・放射性物質調査(底質土壌の 濃度分布、周辺環境の空間線量分布) 2 )池内環境状況調査(底質堆積物質の分布、流 速、流れの方向、他) 3 )底質土壌分布および放射能分布に関する簡易 モデルの構築と実測値との比較 4 )対策方針の策定の際に重要となるパラメータ の選定 5 )規模の大きな水環境の調査に要する人材、資 材時間等の見積もり 6 )対策方針を策定するための最適化(特に経済 性に着目)の検討 7 )環境回復実施への市民目線での検討(市民代 表との情報交換、リスクコミュニケーション)  特に底質土壌の放射能濃度に関する分布測定が 現地調査の中軸になるが、密封された測定器を沈 めてのin-situ測定と底質を採取しての持ちかえり 測定の比較、調査の目的に応じた両手法の特徴の 整理、各手法の導入限界に関する知見の整理等が 研究のポイントとなる。また、施策決定のための 支援として、経済性の観点からのアプローチや、 練られた情報の公開やリスクコミュニケーション との連動に関する検討にも着手、挑戦している。 3 .研究の状況と今後の展望  平成26年12月31日現在までの約 1 年間で、試験 測定を含め計 4 回の現場測定を実施してきた。こ の間、平成26年夏季に発生したゲリラ豪雨で当該 調整池が氾濫し、この地区としてはきわめて珍し い事象を経験したが、その前後の変動状況も確認 することができ、現在はモデル解析計算を利用し ての実データの再現を試みているところである。  柏市役所放射線対策室と連携しての本研究の今 後の成果が、研究のための研究に終わることなく、 国や自治体の政策決定と、前向きな国民生活、市 民生活の一助になることを願っている。 4.謝辞  本研究につき、平成25年度奨励助成交付研究に 採択いただいた公益財団法人放射線影響協会に謝 意を表する。また、本研究の一部は、日本原子力 研究開発機構「平成26年度 福島環境回復に係る大 学等との共同研究」により行っている。 参考文献 1 ) 飯 本 武 志、 藤 井 博 史、 中 村 尚 司、 尾 田 正 二、山本晴久、松清智洋、染谷誠一;福島 第 一 原 発 事 故に 起 因した 環 境 放 射 能 汚 染 に関する首都圏自治体の対策とその考察; 放 射 線 生 物 研 究 Radiation Biology Research Communications;48(1), 15-38, (2013)

2 )Takeshi Iimoto, Hirofumi Fujii, Shoji Oda, Takashi Nakamura, Rumiko Hayashi, Reiko Kuroda, Mami Furusawa, Tadashi Umekage, and Yasushi Ohkubo; Measures Against Increased Environmental Radiation Dose by the TEPCO FUKUSHIMA Dai-ichi NPP Accident in Some Local Governments in the Tokyo Metropolitan area ―Focusing on Examples of Both Kashiwa and Nagareyama Cities in Chiba Prefecture - , Radiation Protection Dosimetry, 152 (1-3), 210-214 (2012) 6) 対策方針を策定するための最適化(特に 経済性に着目)の検討 7) 環境回復実施への市民目線での検討(市 民代表との情報交換、リスクコミュニケ ーション) 特に底質土壌の放射能濃度に関する分布測 定が現地調査の中軸になるが、密封された測 定器を沈めての in-situ 測定と底質を採取し ての持ちかえり測定の比較、調査の目的に応 じた両手法の特徴の整理、各手法の導入限界 に関する知見の整理等が研究のポイントとな る。また、施策決定のための支援として、経 済性の観点からのアプローチや、練られた情 報の公開やリスクコミュニケーションとの連 動に関する検討にも着手、挑戦している。 3.研究の状況と今後の展望 平成26 年 12 月 31 日現在までの約1年間 で、試験測定を含め計4 回の現場測定を実施 してきた。この間、平成26 年夏季に発生した ゲリラ豪雨で当該調整池が氾濫し、この地区 としてはきわめて珍しい事象を経験したが、 その前後の変動状況も確認することができ、 現在はモデル解析計算を利用しての実データ の再現を試みているところである。 柏市役所放射線対策室と連携しての本研究 の今後の成果が、研究のための研究に終わる ことなく、国や自治体の政策決定と、前向き な国民生活、市民生活の一助になることを願 っている。 4.謝辞 本研究につき、平成26 年度奨励助成交付研 究に採択いただいた公益財団法人放射線影響 協会に謝意を表する。また、本研究の一部は、 日本原子力研究開発機構「平成26 年度 福島 環境回復に係る大学等との共同研究」により 行っている。 参考文献 1) 飯本武志、藤井博史、中村尚司、尾田正 二、山本晴久、松清智洋、染谷誠一;福 島第一原発事故に起因した環境放射能汚 染に関する首都圏自治体の対策とその考 察;放射線生物研究 Radiation Biology Research Communications;48(1), 15-38, (2013)

2) Takeshi Iimoto, Hirofumi Fujii, Shoji Oda, Takashi Nakamura, Rumiko Hayashi, Reiko Kuroda, Mami Furusawa, Tadashi Umekage, and Yasushi Ohkubo; Measures Against Increased Environmental Radiation Dose by the TEPCO FUKUSHIMA Dai-ichi NPP Accident in Some Local Governments in the Tokyo

共同研究者(東大、東理大、JAEA、 柏市役所、他)のメンバー集合写真 現地調査ポイントの選定例 現地調査ポイントの選定例 千葉県柏市松ヶ崎調整池における調査風景 共同研究者(東大、東理大、JAEA、柏市役所、他)の メンバー集合写真

(8)

放射線の健康影響について

-細胞・動物実験・疫学研究を通して線量率効果をよむ-

●2014年放射線疫学調査報告会概要●

 (公財)放射線影響協会は、原子力規制委員会原 子力規制庁の委託「低線量放射線による人体への 影響に関する疫学的調査」事業のもと、原子力発 電施設等における放射線業務従事者を対象に疫学 的追跡調査を実施しております。本委託調査事業 の一環として、放射線の健康影響をテーマに疫学 調査報告会を開催し、調査へのご理解とご協力を 頂けるよう努めております。  低線量・低線量率放射線被ばくによる健康影響 への挙動については、まだ解明すべき点が多くあ り、本年度は、細胞・モデル動物・疫学の面から 線量率効果の最新の研究成果について講演を企画 し、12月15日に(公財)がん研究振興財団国際研究 交流会館にて87名の参加を得て開催いたしました。  まず福島県立医科大学 丹羽太貫特任教授の座 長のもと、低線量率被ばくに関わる俯瞰的考察か ら始まり、幹細胞動態から見た線量率効果につい ての講演、また、国際医療福祉大学大学院 鈴木  元教授の座長により、低線量率ガンマ線長期照 射マウスにおける線量率効果について、高自然放 射線地域調査から得られた線量率効果についての 講演、更に、総合討論においては、線量・線量率 効果の理論と問題に関する指摘、及び原子力施設 業務従事者調査から線量率効果の試みの話題提供 を受け、線量率に関して理解を深める会であった と思います。  以下に講演の概略を記します。 講演 1 .低線量率被曝から極低線量率被曝へ     の質的連続性はあるか 国際医療福祉大学クリニック  鈴木 元  福島原発事故以降、低線 量被ばくリスク、さらには 低線量率遷延被ばく*リス クに関する国民の不安が 増大している。その背景 は複雑で、放射線防護と いう目的で設定されてい る被ばく限度の値などが、 あたかも「危険」と「安全」 の境界値のように一人歩きしてしまっていると思 われ、放射線影響を研究しているものとして、今 一度、低線量率遷延被ばくのリスクをどのように 捉えていけばよいのか、今後、どのような研究が 重要なのか、と投げかけ講演を始めた。(*遷延被 ばく;分割被ばく) 線量・線量率効果係数(DDREF)と線量率効果係 数(DREF)は、同じでよいのか?  UNSCEAR 2010年 報 告 書 で は、 低 線 量 を200 mGy以 下、 低 線 量 率 を0.1 mGy/min( 1 時 間 平 均)と定義している。200 mGy以下の低線量では、 DDREFを使って一次式の傾きを求め、LNTモデ ルにより中・高線量被ばくで求められたリスク係 数を低線量域に外挿する。一方、低線量率被ばく では、DNA二重鎖切断の修復時間を考慮すると、 低線量率被ばくでは線量効果カーブが一次式にな ると考え、LNTモデルを採用している。そして、 DDREFと同じDREF値を使って、低線量率被ばく の健康リスクを推定する。  しかしながら、低線量・低線量率被ばくでは、 照射された細胞の生物応答は変わってきており、 応答の質と量は中高線量での応答のスケールダウ ンではない。特に、細胞核に1トラックの電子フ ラックスしか通過しないような素線量(約1mGy) 前後の被ばくでは、10 ~ 200mGyの低線量被ばく とはさらに異なった応答性を示す可能性が指摘さ れている。ビーグル犬を使ったβγ核種内部被ば く実験は、DDREFとDREFの乖離を示しており、 今後さらなる検討が必要である。 低線量被ばくの基礎研究  低線量では、適応応答、低線量放射線超感受性、 バイスタンダー効果などの生物応答が報告されて いる。 バイスタンダー効果は、最初はα線や中性子線な どの粒子線被ばくで観察された現象で、1ヒット でも200 ~ 300 mGy前後の線量が細胞に付与され る。低LET放射線バイスタンダー効果は、細胞死 を増やすが、突然変異率を変化させない。また、 2-3mGy以下ではこのバイスタンダー効果は起こ らない。  適応応答は、5 mGy-200 mGy の前照射により、 その後の被ばくに対する生存率や突然変異率を指 標とした防護効果が観察される現象である。しか し、前照射の線量率を低下させると、同じ10mGy の前照射であっても適応応答誘導性が劣化する。 近年、適応応答は放射線酸化ストレス応答と考え 鈴木 元 先生

(9)

られており、細胞が恒常的にエネルギー産生過程 で受ける酸化ストレスレベルを大きく凌駕しない 限り、適応応答は起こらないのかもしれない。  低線量超放射線感受性は、低線量被ばくでは ATMが十分活性化されず、早期G2* チェックポ イントが機能しないため、分裂期細胞死が増加す る現象である。10 mGy以下の低線量被ばくでは、 早期G2チェックポイントだけでなく、G1* チェッ クポイントに重要なp53の活性化に関しても遺伝 子発現誘導が起こらない。 (*G1,G2;細胞周期の期間 G1(DNA合成の準備チェック) →S(DNAの複製)→G2(細胞の成長、細胞分裂の準備 チェック)→M(細胞分裂)→G1) 低線量率遷延被ばく動物実験、低線量分割被ばく 集団の疫学データ

 突然変異の検出感度を上げたBig Blue Miceを

使った 5 匹の低線量率遷延外部被ばく(1.38mGy/ h、総線量3Gy)実験結果では、肝細胞の突然変異 率は、有意ではないがバックグラウンドよりむし ろ低くなっていた。低線量遷延被ばくのリスクは、 総線量が同じでも低くなることを示している。  カナダおよびマサチューセッツ州のフルオロス コープ被ばく結核集団の疫学調査、および小児脊 柱側湾症等の被ばく集団の疫学調査は、1回の被 ばく線量が10 mGy前後であっても、繰り返し被 ばくして総線量が平均数百Gy以上になると、乳 がんリスクが有意に上昇することを示している が、肺癌リスクはフラットのままである。低線量 分割被ばくに対する乳腺と肺の反応性の違いがど のような生物学的機序によるのか、低線量率被ば くのリスクを考える上で重要なテーマである。 素線量被ばくと幹細胞  放射線リスクの標的細胞は、組織幹細胞および 前駆細胞と考えられている。マウス造血幹細胞を 例に取れば、幹細胞にはドーマント幹細胞(149 ~ 193日に一回分裂)とアクティブ幹細胞(28 ~ 36日に一回分裂)がある。ドーマント幹細胞は、 酸化ストレスが低い低酸素分圧環境のニッシェ (「ニッチ」ともいう)に存在している。1箇所のニッ シェには、複数の幹細胞が同居しており、ストロー マなどからもたらされる幹細胞維持環境を巡り、 お互いに競合しあっていると考えられている。こ のような幹細胞システムは、造血システムの頑健 性を担保している。すなわち、ニッシェの中の幹 細胞1個が突然変異を起こしたとしても、その幹 細胞の子孫が当該ニッシェの多数派にならない限 り、病気は発症しない。  ニッシェの幹細胞が素線量被ばくを受けた場 合、この幹細胞は、2重鎖切断のDNA修復を起 こさずに分裂期を迎える可能性がある。そして、 分裂期細胞死を起こすか、エラーフリーの相同組 み換え修復を受ける可能性がある。素線量以下の 線量では、ニッシェの中の一部の幹細胞しか被ば くしない。このような場合には、単位線量あたり の発がんリスクは中・高線量被ばく時より低下す ると考えられる。  低酸素分圧環境では、がん治療に用いる2Gy といった線量に対する細胞死誘導効率が下がる事 が知られている。では、低酸素分圧環境でも、低 線量超放射線感受性や突然変異率は変わらず起き るであろうか?まだまだ研究テーマは残されてい ると指摘した。   講演 2 .幹細胞動態から見た線量率効果 電力中央研究所 原子力技術研究所 放射線安全研究センター 岩崎利泰、大塚健介、冨田雅典、   吉田和生  インド高自然放射線地域 の疫学調査において、発が んリスクの増加は観察され ていないことは、現在の放 射線防護の基本となってい る「放射線の影響は線量率 にかかわらず生涯蓄積し 続ける」ことを仮定した直 線 し き い 値 な し(LNT)モ デルの考え方では説明できないと紹介したあと、 岩崎利泰博士は、急性・慢性被ばく時の発がん機 構における幹細胞やニッチの役割を推測し、LNT モデルや線量・線量率効果係数(DDREF)、など と幹細胞との関連性について議論している2014年 国際放射線防護委員会(ICRP)「放射線防護の発が ん側面に関する幹細胞生物学」と題した報告書案 (以下幹細胞報告書案)に言及し、その中で示され た線量率効果の機構仮説を概観し、その実験的検 証に向けた電中研の活動について講演した。 線量率効果の機構仮説  幹細胞は、その幹細胞としての性質を維持する 上で、特異的な微小環境に位置し続けることが重 要となる。この微小環境をニッチと呼ぶ。近年、 ニッチをめぐる幹細胞間の競合が生じ、損傷や変 異を持つ「劣った」幹細胞が排除され、結果として 組織レベルでの幹細胞の遺伝的健全性維持に繋が ると考えられる現象があることが明らかになって きた。  従来、放射線照射後の遺伝的健全性を維持する ための機構としては、DNA損傷修復による分子 岩崎利泰 先生

(10)

レベルの機構、もしくは、アポトーシス等の細胞 レベルの機構が考えられてきた。それを背景とし て、生物物理学的な観点からの線型-二次(LQ)モ デルが一般的に受け入れられてきた。このモデル では、線型項は一ヒット事象であるため線量率に 依存しないと考えられ、これが低線量率長期被 ばくに対しても高線量率低線量の場合と同一の DDREFが適用できるという考え方の理論的根拠 となってきた。  これに対して、幹細胞報告書案では、幹細胞競 合による組織レベルでの遺伝的健全性維持機構を 考えることで、極低線量率で線量率効果が生じる 可能性を指摘した。すなわち、もし一ヒットの放 射線でも、ニッチとの結合能を下げるなど、幹細 胞としての性質に影響を与えるなら、それは幹細 胞競合において、照射を受けた細胞を排除する方 向に作用しうる。これは、年間数mGy、の慢性被 ばく状況では成立すると考えられるが、高線量率 低線量のような、同時に全ての細胞が放射線を受 ける状況では適用できない。この報告書は、原爆 被爆者と高自然放射線地域とで発がんリスクが異 なる可能性を説明しうる生物学的機構の仮説を提 唱したものである。 生物学的機構仮説の実証に向けた試み  ICRPが提唱した幹細胞競合による線量率効果 の機構仮説の実証に向けて、鍵となる課題は「放 射線によって幹細胞競合が誘導されるか」であり、 その慢性被ばくへの適用可能性は、幹細胞競合誘 導の最小線量に依存する。また、発がんの感受性 は幹細胞集団の大きさ(プールサイズ)に依存する ことが分かっている。通常時は、プールサイズは 一定に維持されるが、放射線等のストレスにより プール内の細胞数が減少してターンオーバーが加 速した場合は、全体として発がんの確率は高くな ると考えられる。このとき、幹細胞のターンオー バー速度と、放射線がそれに与える影響の知見も 重要となると考えられる。  そこで、まず、腸管のLgr5+ 幹細胞の細胞系譜 可視化Cre/loxP組換えマウスを用いて、ターン オーバーを定量的に評価する実験系を構築した。  用いたマウスは、タモキシフェン投与により Lgr5-CreERT2 ノックインアリルを発現する幹細胞 内で組換えを起こして、Lgr5+ 幹細胞とその子孫 細胞をレポーター遺伝子の発現により恒常的に標 識可能とする仕組みを持ち、このマウスを用い、 放射線に対してターンオーバーの感受性が高い 大腸について、総線量1Gyを与えた時の、急照射 30 Gy/時と3mGy/時の低線量率照射でターンオー バー速度を比較したところ、3mGy/時ではターン オーバーの加速が観察されず、線量率効果が存在 することが明らかとなった。  鍵である幹細胞競合の実証に関しては、腸管幹 細胞についてex vivo* でオルガノイド* として 3 次 元培養する実験系構築を行っている。これまでに、 オルガノイド形成を指標として、腸管幹細胞の放 射線感受性の評価が可能であることを確認してお り、今後のこの系を用いて、幹細胞競合の誘導の 有無やその線量依存性について検証を進めること を予定しているとして、講演を締めくくった。 (* ex vivo;生体外の培養組織や培養制帽で観察される現象、 *オルガノイド;幹細胞から分化して生じた各種機能細胞が 生体内組織を同様な細胞配置を示す立体的な組織構造体) 講演 3 .低線量率ガンマ線長期照射マウスに     おける低線量率域における線量率効     果 (公財)環境科学技術研究所 田中 公夫  田中公夫博士は、低線量 率放射線長期被ばくによ る人体影響の調査は今日 の社会生活での多くの放 射線利用の機会を考えれ ば大変重要であるが、ヒ トが実際被ばくする可能 性のある低線量率域被ば くでの線量率、線量効果 関係の実験データは殆ど存在しないとして、環境 研における低線量率ガンマ線長期照射マウスの研 究成果について紹介した。  マウスをSPF*条件下で飼育しながら低線量率 ガンマ線を長期間連続照射できるユニークな施設 を用い、寿命、発がん頻度、体重変化、免疫学 的異常、血液学的異常、血清蛋白質、遺伝子発 現、染色体異常、突然変異等の指標を用いて生物 影響を調べている。マウスを 3 種類の低線量率20 mGy/day, 1 mGy/day, 0.05 mGy/day(これらの線量 率は、自然界のガンマ線線量のそれぞれ約8000倍、 約400倍、約20倍に相当する。)ガンマ線で、マウ スを56日齢から400日間連続照射を行い、寿命短 縮と発がん頻度を調べた。20 mGy/day, 1 mGy/day の線量率の照射のみ非照射群と比べて、例えばメ スマウスではそれぞれ119.6日、20.7日の有意な寿 命短縮が観察された。(* SPF;特定の病原体が存在し ないこと)  この20 mGy/dayの低線量率照射での寿命短縮の 日数を、放射線医学総合研究所で以前になされた、 35日齢、105日齢で高線量率ガンマ線照射した同 系マウスの寿命短縮の日数と比較して線量率効果 係数(DREF)を求めると4.7と3.4となった。 田中公夫 先生

(11)

 染色体異常は低い線量の放射線被ばくでも異常 を検知できる有用な生物学的指標である。マウ スをこれら3種類の低線量率(20 mGy/day, 1 mGy/ day, 0.05 mGy/day)ガンマ線で最大400日~ 700日 まで各総線量になるように各々の日数の照射を行 い、脾臓リンパ球の染色体異常頻度と線量との効 果関係を求めた。転座*型異常はM-FISH法で、二 動原体* 染色体異常は動原体部を染めるFISH法で スコアした。(* 転座、二動原体;染色体の構造異常の 種類)  低線量率(20 mGy/day, 1 mGy/day)照射では、両 者の染色体異常型はともに総線量(照射時間)が増 えるに伴いほぼ直線的に増加をした。染色体異常 頻度は(特に転座型異常頻度は)加齢とともに増加 することが知られているので、重回帰分析にて年 齢補正を行い比較すると、今回、照射に用いた中 線量率(400 mGy/day)から低線量率(20 mGy/day, 1 mGy/day)へと20倍ごとに線量率が低くなるにつ れて染色体異常頻度が低下する線量率効果が観察 された。各線量率照射で得られた線量効果関係を Y=βD2 +αD+c、Y :異常個数、 D :線量(mGy)で 表した時、 1 次項のα値は低線量率域の照射にお いても線量率が低くなる毎に有意に低下した。  これは、ICRPの線量率・線量効果係数(DDREF) を求める公式=1+(β/α)D とは異なる挙動であ り、そこで、公式の前式の(βD2 +α1D)/α2Dを用 いて本実験からDDREFを求めた。20 mGy/dayの 低線量率照射と高線量率(890 mGy/min)照射実験 の値を比較すると、総線量100 mGyにおいて、二 動原体染色体異常を指標とし4.5、転座型異常を 指標とし2.3となった。生体内に長期に残存をし、 影響を及ぼす可能性のある転座型異常の値の2.3 は有用である。1 mGy/dayの線量率照射での異常 頻度は有意に低い値になるので、高線量率照射と 1 mGy/dayの低線量率照射の比でDDREFを求める と4.5や2.3より更に大きな値になる。動物照射実 験で得られたDDREFは疫学調査で示唆されてい る1よりはるかに大きな値になると指摘した。  更に、照射後に長期間残存をする転座型染色体 異常は幹細胞レベルで保たれている可能性があ り、これらの成果は低線量放射線被ばくの健康リ スク評価を行う時に有用な情報であろうと講演を 締めくくった。 講演 4 .高自然放射線地域調査からみた線量     率効果 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 疫学・予防医学  秋葉 澄伯  人は日常生活の中で宇宙と大地からの放射線を 受けており、特に、大地からの自然放射線レベ ルが比較的高い地域とし て中国の広東省にある陽 江、インドのケララ州を 含む西海岸、ブラジルの Guarapariお よ び イ ラ ン の Ramsar地 域 な ど が 知 ら れ ているが、その中で線量 率効果を考える上で重要 であるとして、秋葉澄伯 博士は、インドや中国の高自然放射線地域住民を 対象とするがんリスクに関わるコホート調査の結 果について紹介した。 中国広東省の陽江地域  中国広東省陽江の高バックグラウンド放射線地 域の自然放射線レベルは通常の3倍以上のレベル (2-5mSv/y)であり、この地域には約7万人が住ん でいるが、その半数が10世代以上に渡って住み続 けている。中国の研究グループは1972年以降、放 射線測定、住民健康調査、死亡追跡調査などを行 い、その結果をまとめ1980年にScience誌に報告 した。調査地域となった陽江と生活環境が似てい る恩平が(対照地域)と比較して、高自然放射線地 域でがん・非がん疾患死亡は増加していなかった。  また、染色体の研究では、放射線被ばくで不安 定型染色体異常である環状染色体と二動原体染色 体が有意に増加していたが、安定型染色体異常で ある転座では有意な増加が確認されなかった。転 座は不安定型の染色体異常と違い喫煙でも生じる ので、転座の増加を確認できなかったのは自然放 射線の影響が喫煙の影響で隠されてしまったため かもしれないとして、現在、インドのカルナガパ リ地域でも、同様の染色体異常の調査が実施され ているとのことであった。 インドケララ州カルナガパリ地域  南インドのケララ州とタミール州の海岸地帯 は、放射線レベルと人口密度から見て世界的にも 有数の高バックグラウンド放射線地帯が存在し ているとして、2009年に公表されたケララ州の Karunagapally地域住民約半数を対象としたコホー ト調査の結果を中心に紹介があった。  Karunagapally地域住民約半数を対象としたコ ホート調査では、住民のがん罹患率が自然放射線 による生涯累積線量と関連することを示す証拠は 得られておらず、直線しきい値なし仮説のもと で単位累積線量当たりの過剰相対リスク(相対リ スクから1を引いたもの)を計算すると-0.13/Gy (95% 信頼区間:-0.58, 0.46)であった。  このインドでの調査は、コホート研究であること (中国での研究もコホート研究)、線量が対象者全 秋葉澄伯 先生

(12)

員について推定されていること、がん罹患のリス クを検討していること、喫煙習慣、社会経済状態 などのポテンシャルな交絡因子の情報が得られ、 リスク解析で考慮されていること、集団の規模が 10万人を超えていて、観察人年も150万人年を超 え、単位線量当たりの固形がんリスクを原爆被爆 者コホートと比較するのに十分な統計学的検出力 を持ちつつあること、原子力作業者では職場で放 射線以外の発がん要因への曝露を否定できない が、この集団では職場での発がん物質への曝露の 可能性は低いことなど、重要な特長を持っており、 その研究結果に注目が集まっていると指摘した。  結論として、低線量の放射線被ばくによるがん リスクに関しては議論が定まっていないが、線量 率が低いと線量当たりの固形リスクが小さくなる 可能性があると考えると講演を締めくくった。  総合討論では、鹿児島大学大学院医歯学総合研 究科 秋葉澄伯教授の司会のもと、東京医療保健 大学 伴 信彦教授から「DDREFの理論的枠組み と問題点」、(公財)放射線影響協会放射線疫学調 査センター 笠置文善センター長から「原子力施 設業務従事者調査から線量率の評価に迫れるか」 と題して話題提供をし、意見交換など活発に進行 した。  最後になりますが、ご協力を賜った座長、講演 者、総合討論のパネリストそして参加者の方々に 厚く御礼を申し上げますとともに、ご後援を頂き ました日本疫学会、日本放射線影響学会、日本保 健物理学会に深甚の謝意を表します。

主 要 日 誌

【活動日誌】 ○本 部 12月16日 ICRP調査・研究連絡会平成26年度第 3 回連絡委員会(ICRP第 1 専門委員会 会合結果報告他) 12月31日 平成26年度研究奨励助成金交付研究課 題並びに放射線影響研究功績賞及び放 射線影響奨励賞受賞候補者の公募締め 切り ○放射線従事者中央登録センター (委員会活動) 11月19日 除染等業務従事者等被ばく線量登録管 理システム説明会(システムのセキュ リティ対策と注意事項、システム操作 方法、その他) 11月28日 第114回被ばく線量登録管理制度推進 協議会(平成27年度事業計画・収支予 算、その他) ○放射線疫学調査センター (報告会) 12月15日 2014年放射線疫学調査報告会(「放射線 の健康影響について-細胞・動物実 験・疫学研究を通して線量率効果をよ む-」) (委員会活動) 10月21日 平成26年度第 2 回放射線疫学調査あり 方検討会(放射線疫学調査の方向性に ついて) 11月11日 平成26年度第 3 回放射線疫学調査あり 方検討会(放射線疫学調査の方向性に ついて) 11月21日 平成26年度第 2 回個人線量記録評価専 門委員会(個人線量管理に係る情報収 集調査結果(案)について) 12月22日 平成26年度第 4 回放射線疫学調査あり 方検討会(放射線疫学調査の方向性に ついて ~ 20日

編集・発行 

公益財団法人 

放 射 線 影 響 協 会

URL:http://www.rea.or.jp 〒101-0044 東京都千代田区鍛冶町 1 丁目 9 番16号 丸石第 2 ビル 5 階 電話:03(5295)1481(代)FAX:03(5295)1486

●放射線従事者中央登録センター

電話:03(5295)1788(代)FAX:03(5295)1486

参照

関連したドキュメント

2020年 2月 3日 国立大学法人長岡技術科学大学と、 防災・減災に関する共同研究プロジェクトの 設立に向けた包括連携協定を締結. 2020年

キャンパスの軸線とな るよう設計した。時計台 は永きにわたり図書館 として使 用され、学 生 の勉学の場となってい たが、9 7 年の新 大

さらに体育・スポーツ政策の研究と実践に寄与 することを目的として、研究者を中心に運営され る日本体育・ スポーツ政策学会は、2007 年 12 月

 活動回数は毎年増加傾向にあるが,今年度も同じ大学 の他の学科からの依頼が増え,同じ大学に 2 回, 3 回と 通うことが多くなっている (表 1 ・図 1

関西学院大学社会学部は、1960 年にそれまでの文学部社会学科、社会事業学科が文学部 から独立して創設された。2009 年は創設 50

社会学研究科は、社会学および社会心理学の先端的研究を推進するとともに、博士課

諸君はこのような時代に大学に入学されました。4年間を本

を軌道にのせることができた。最後の2年間 では,本学が他大学に比して遅々としていた