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Title
『冬物語』における悲喜劇の論理
Author(s)
清田, 幾生
Citation
長崎大学教育学部紀要. 人文科学. vol.60, p.9-22; 2000
Issue Date
2000-03
URL
http://hdl.handle.net/10069/5771
Right
http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp長崎大学教育学部紀要 一人文科学 - N0.60,9-22(2000.3)
『冬物語』 におけ る悲 喜劇 の論理
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イギ リスの16世紀か ら17世紀 にかけて,古来の歴史や民話だけでな く,世間で起 こった 事件や人にまつわる噂話 などを,面 白おか しく物語のバ ラッ ドに し立てて,片面刷 りの印 刷物 に して,販売する者が出て きた。いわゆるbroadsideballadであ る。 民話 や歴 史的 な事件 を語 るバ ラッ ドなどは,それ までは口泰で歌い継がれて きたのに,それが紙 に印刷 されて, しか も街角で販売す るとい う商売が成 り立つ ようになったのである。 瓦版 として の,大衆 ジャーナ リズムの先駈 けである。世間の耳 目を引 く事件が歌詞 とな り, とりわけ 人通 りの多い路上や,時にはお祭 りに立つ市 などが,彼 ら瓦版屋の活動の場所であった。 ある者 はでた らめな話 を程遺 して,商売の種 に したであろう。あること,ないことが印刷 されたその歌詞 と語 り口の面白さに,財布の紐 をゆるめる者 も多かったであろう。 r冬物語Jに登場す るオー トリカスは,住所不定のけちな泥棒であ り, また抜 け 目ない ス リで もあ り,ガラクタの小間物 を売 り歩 く行商人で もあ り,詐欺師で もあ り, また瓦版 屋で もある。 オー トリカス とい う一人の人物 に,当時の下層社会の,浮浪者 も含めた さま ざまな人物像が折 り込め られていると見て よいであろ う。彼一人のなかに,時代 の濃雑 な 大衆文化 と,世相の喧騒が詰 まっている。彼 は客呼 びの唄 を歌いなが ら登場 し,小 間物 と 一緒 に,いい加減 なでた らめ話 を印刷 したブロー ドサ イ ドを売 りつける。 劇 中では,その カモ となる客 は,毛刈 り祭の ときに集 まった羊飼いの娘たちである。 娘 は恋人の道化 に, 買 ってほ しい とねだる。CLOWN Whathasthere?Ballads?
MOPSA Praynow,buysome.Iloveaballadinprint,a-life,forthenweare suretheyaretrue.
AUTOLYCUS Here'soneto a very dolefultune,how a usurer's wife was broughttobedoftwentymoney-bagsataburden,andhow shelongedtoeat adders'headsandtoadscarbonadoed.
MOPSA Isittrue,thinkyou?
AUTOLYCUS Verytrue,andbutamonthold.
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よ。 つい一月前 の話です よ、」 と言 う。 彼 はこの他 に も,「男 と通 じることを拒んだために, 冷たい魚 に変えられた娘の話」 とい うバ ラッ ドを,実話 として,売 りつけようとする。今 も当時 も,観客 はオー トリカスの もっている香具師特有の口上の調子のよさに,思わず忍 び笑いをもらすであろう。 ここはユーモラスな場面である。そ して ここでい きな り飛躍 し た言い方 をすると,シェイクス ピアが r冬物語」の中に挿入 したこの会話 は,作品全体 に 関わる意味 を持 っていると思われる。 つ まり,村娘 に話の真偽 を疑われたバ ラッ ド売 りの オー トリカス と,物語の語 り手である劇作家 シェイクス ピアの,平行関係が成立するとい うことである。 これは話の真偽の正否ではな くて,荒唐無稽で誇大 な虚構が, どの ように 提 出されるか とい う問題である。 シェイクス ピアのロマ ンス劇が考えさせ る問題の一つが,この ことである。 ロマ ンスに おける伝奇性 とい うか,物語の奇談的要素 とい うか,展開される話は きわめて奇想天外 な ものである。そ して話の道筋 には,多 くの材料か ら成 り立 っていることがわかる。 民間の 伝説あ り,ギ リシャの神話あ り,当時の流行の小説あ り,古 くか らの祝祭の慣習あ り,で ある
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冬物語] とい う題名か らして,そのことを物語 っている. い うまで もな く, この 題名は,寒い冬の時期 に,家の外 に出て屋外の娯楽 を味わえない人々が,炉辺で暖 をとり なが ら,人の語 る珍 しい話 に,時の経つの も忘れて,耳 を傾けることか ら来 てい る。r
冬 物語Jの中で,幼い薄幸のマ ミリアス王子は,「冬 は悲 しい話がいい。妖精や鬼の話を知っ てるよ。むか しむか し,墓のそばに,男が住 んでい ました.‥」
と御伽噺 を話 し出す。 なにもこの王子だけではない。 この作 品が展開す る現実ばなれ したス トーリーに, コー ラス的な役割 をになった副人物たちは,「まるで昔話の ようで.‥」 だとか,
「信 じられない 話 だが…」 などい う言葉 を交わ して,驚嘆 してみせ る. それは物語の意外性 に対する解説 的な発言であるけれ ども,同時に,奇想天外 な筋の成 り行 きに対す る,作者側の弁明で も あろ う。 それはまた,舞台で展開 される場面 に,観客が投入す ることを,予め制限 してお く効果 もある。いずれに しろ,シェイクス ピアは, この作 品が伝奇的なス トー リーである ことを, しば しば観客 に忘れ させ ない ように している。以下, この作品のい くつかの局面 をとりあげて,シェイクス ピア後期のロマ ンス劇のテーマである 「和解 と再生」が,作 品 の伝奇性 とどの ように結びついて提出されているか を考えてみたい。 r冬物語Jは,大 まかにいえば,三つの部分 に分 けることがで きる。先ず第1は,物語 の発端 となるシチ リアが舞台 となる部分であ り,これは3幕 2場の終わ りまでである。こ の部分 を作者は,悲劇の基調で措いている。 ところが第2
の部分 は一転 して,舞台は1
6
年 後のボヘ ミアとな り,作者 は第1
の部分 とはジャンルが全 く異 なる牧歌的な喜劇の雰囲気 で提 出 している。3幕 3場か ら, 4幕4場の最後 までが これに当たる。悲劇が観客の心の 緊張 を強いるものな ら,第2
の部分の喜劇性 は,観客の精神 に寛 ぎを与 えるもの言 って よ かろう。 その両方に物語の糸 を絡 ませ なが ら.作者 は,演劇 を見 る者の精神の緊張 と弛緩 を巧みに配置 しているのである。 第3の部分は,再びシチ リアに戻 り,話が終結する 5幕 の大団円までである。 この最後の部分が,結論 としての,悲劇 と喜劇が融合 した世界であ る。 ここでシェイクス ピアはこれ までの作品群では行わなかった,彼の演劇の法則 を無視 して,ロマ ンスの意外性の最たる ものを示 して見せ るのである。r冬物語Jにおける悲喜劇の論理 ll (-) 第 1の部分の悲劇 は,劇 の冒頭か ら始 まる。それはシチ リア王 レオ ンテ ィーズの,王妃 ハ-マイオ二に対す る,いわれのない疑惑 と嫉妬である。 レオ ンテ ィーズの宮廷 に,ボヘ ミ ア 国 の 王 ポ リ ク シ ニ ー ズ が 滞 在 して , も う九 ケ 月 に 及 ぶ 。 二 人 が 共 に 過 ご した 無 垢 な 幼 年時代の友情か ら,ボヘ ミアの国王 はここシチ リアで,手厚い もてな しを受けてはいるが, あ ま りに長期 間の逗留のため,不在 に している国許の政事が,心配 になってきたのである。 ポ リクシニーズの帰国の意思 は固い。彼 を引 き留め ようとして も無駄 だ とわかった レオ ン テ ィーズは,身重の王妃ハ-マイオ二 に,ポ リクシニーズの翻意 を促す よう依頼す る。そ の とき突然, レオ ンテ ィーズ を嵐の ような疑惑 と嫉妬が集 う。 自分の知 らない ところで, 二人は密か に通 じ合 っているのではないか。妻の腹 の子 は,実 は,ポ リクシニーズ との密 通の結果ではないか。理不尽で強暴 な疑惑の虜 となった王 は,貞潔なハ-マ イオ二を,あ らぬ不実の各で責めたてる。 妻 を寝取 られた夫 とい う役割で,国中の笑い者 になるとい う 想像 に苛 まれる。挙句 の果てに,彼 は腹心の廷臣 カミロに命 じて,長年の親友ポリクシニー ズ王の殺害 を命 じるのである。 嫉妬心 と言 えば, もちろん 「オセ ロJの主人公が思い浮かぶが,r冬物語」の主人公 と 比較す る と, これ ら両者 の人物像 はお互いに相当の距離がある。 オセロの傍 らには,常 に 彼 を陥れ ようとす るイアゴーがいた。 この悪党の副官は,精練 を尽 くして, しか も誰 も他 に居 ない ところで, オセロを策略の網の中に捉 えていった。その見事 な姦策 に引っかか っ て,狂乱 のなかで倒れてい くオセ ロの存在の巨 ささには,迫真力 と必然性があった。オセ ロにとって妻の不貞 とは,結果 としては将軍の地位 も命 もな くす事件 となるけれ ども,先 ず は何 より, ご く私的な事柄 なのである。 イアゴーに唆 された妻不貞の疑惑 を,他人に漏 らす どころか,デズデモ-ナに対 して も,直接語 ることが 障 られた。それに比べて レオ ン テ ィーズの周 りには,疑惑 を唆す ような者 は誰 もいない。いやむ しろ廷 臣たちは口を揃 え て国王の狂信ぶ りに異 を唱える。それに対 して レオンティーズ は,耳 を貸す どころか, ま す ます怒 り狂 い,事実 と誤認 した もの を,公 に しようとす る。王妃の想像上の不貞を,彼 女 に直接告げて責め立てるだけで な く,周囲に大 きな破壊 をもた らす大事件 に して しまう のである。廷 臣カ ミロに命 じたボヘ ミア王毒殺の計画が,二人の逃亡 により,失敗 に帰 し たことが判明す る と,王 は,今度 はハ -マ イオ二を亡 きものに しようと,身重の妻 を逮捕 し投獄す る。 ロマ ンス劇のロマ ンス劇 たる所以 は, レオ ンテ ィーズの邪推 と嫉妬の根拠が,ほ とん ど 示 され ない とい うことであろう。 ハ -マイオ二は潔 白であるだけでな く,む しろ貞淑 な妻 として措かれている。 国王の嫉妬 は,作品の中では,は じめか ら,物語の所与の条件であ るとみ なすべ きであろ う。 しか しだか らと言 って, レオ ンテ ィーズの理不尽 な嫉妬の感情 に, リア リテ ィーが無いか とい うと,話 は逆である。 何 よ りもシェイクス ピアは,凝 り固 まって狂信的になった国王の心の修羅 を, リアルな台詞にしているのである。レオンティー ズにはオセロの ような,舞台全体 を庄す る身の丈の大 きさはないが,嫉妬の感情の強烈 さ では, ヴェネチアの将軍 よ り抜 きんでている。 自分か らハ -マイオ二に,ボヘ ミア国王の 滞在延長 を説得す るよう頼 んでおいて,そのハ -マイオ二がポ リクシニーズに語 りかける 熱心 な様子 を眺めなが ら,彼の咳 く傍 白は,すでに偏執的な妄想の領域に入っている。いっ
たん思い込んで しまうと,彼 には王妃の振 る舞いに,不義 と愛欲の姿 しか見 えない。 Toohot,toohot!
Tomlnglefriendshipfarismlnglingbloods. Ihave
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Butnotforjoy,notjoy. Thisentertainment Mayafreefaceputon,derivealiberty From heartiness,from bounty,fertilebosom, Andwellbecometheagent- 'tmay,Igrant. Buttobepaddlingpalmsandpinchingfingers,Asnow theyare,andmakingpractisedsmiles Asinalooking-glass,andthentosigh,as'twere Themorto'th'deer一〇,thatisentertainment Mybosom likesnot,normybrows.Mamillius, Artthoumyboy? (ト2,108-119) 密通の証拠 として挙 げ られている ものは,い まここに述べ られている,王妃がボヘ ミア 王の 「手のひ らに触れて,指でい じってい る
」
有様 と,「作 り笑いを して, ため息 をつ い ている」態度であ り, これはあ くまで もレオ ンテ ィーズの視線か ら眺め られた,王妃 のポ リクシニーズ に対す る滞在延長の懇願の様子である。 これだけ述べておいて,引用文の最 後の行 にある ように,王 は傍 らにいる,愛 してや まない幼 い王子 にむかって, 「お い, マ ミリアス,お前 はおれの息子か」 と言 う。愛欲 にまつわる邪推 は,世継 ぎの王子 にまで一 気 に広が ってい く。 彼 にとって不義密通の証拠 は,客観的 な ものである必要はない。主観 的な思い込みだけが,爆発的に膨 れ上が って,強迫観念 となってい く。 レオ ンティーズー人の中に, まさに 「オセロとイア ゴーの二 人が 同居 してい る」1)ので ある。 レオ ンテ ィーズの心の闇が リアルだ と言 うのは,彼 自身が眺めている世界 を,予め 決め られた役割演技 の世界 と見 なす ことに よって, どこかで精神 の解放 を求めてい る姿が 見 られるか らである。寝取 られた夫 とい う状態が滑稽感 を誘発 しないわけにはいかない。 王 はそれを意識 している。 次の引用 は,それ を意識 した己の姿 に距離 を置いて,演劇 ・舞 台の比倫で語 っている。 シェイクス ピアの作 品に,舞台や劇場の比倫 は少 な くないが, レ オ ンテ ィーズの,みずか ら苦 しみ, しか も子供の前で語 るその切迫 した苦 々 しさが, リア ルだ と言 うのであ る。 そ こでは半ば自噺的な台詞で,寝取 られた夫の普遍化 とい う,い さ さか滑稽 な結論 に至 っている。演劇の用語 を用いた台詞が,彼の 自意識の強 さと同時 に, 人間 としての弱 きを表 している。 `play' とい う語 に,「(子供が)遊ぶ, (妻 が )浮気 す る,(自分が役割 を)演 じる」 とい う意味 を もたせて,王 は,傍 らの王子 にむかって言 う。(To
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Goplay,boy,play-thymotherplays,andI Playtoo,butsodisgracedapart,whoseissueWillhissmetomygrave;contemptandclamour Willbemyknell.Goplay,boy,play.Therehavebeen,
『冬物語」における悲喜劇の論理 13
Orlam mu.Chdeceived,cuckoldserenow,
Andmanyamanthereis,evenatthispresent, Now,whileIspeakthis,holdshiswifebyth'arm,
Thatlittlethinksshehasbeensluicedin'sabsence,
Andhispondfishedbyhisnextneighbour,by SirSmile,hisneighbour-nay,there'scomfortin't Whilesothermenhavegates,andthosegatesopened,
Asmine,agalnSttheirwill.Shouldalldespalr Thathaverevoltedwives,thetenthofmankind
Wouldhangthemselves.Physicfor'tthere'snone; (
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,185-198)r冬物語」 の種本 となったのは, シェイクス ピア と同時代の劇作家 ロバ ー ト ・グ リー ン が書 いた 「バ ン ドス ト」であ る。 これは当時人気 のあ った散文 ロマ ンスであ り,多数の版 を重 ねた。 シェイクス ピアが題材 としたの は,第3版 までの ものであ る。 (そ の後 の版 は 少 し内容が変 え られている。)それによる と,ボヘ ミア王バ ン ドス トは,確 た る原 因 もな く王妃ベ ラリア と,滞在 中の シチ リア王 イージス タス (子供時代か らの親友 ) との間 を疑 う。 それが物語 りの発端 であ る。 しか し,嫉妬深い王バ ン ドス トには
,
r冬物 語 J の レオ ンテ ィーズ よ りは, もっ と疑惑 の根拠があ るような書 かれ方 を してあ る。王妃ベ ラリアは, 夫- の愛情 か ら,夫の親友 を親 しくもてな し,夫の親友へ の気配 りを顔 に表 して,接待 に つ くした。r
バ ン ドス ト」 の中で,ベ ラリア王妃 について,「何事 に も落ち度のないように, 彼 (イージス タス )の寝室 に まで入 ってい くこ とが よ くあ った」
2
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とい う表現 が あ る。 し か も二人はお互いの美点 に感 じ入 って,バ ン ドス ト王が 国事 で多忙 な折 は, 「二 人 して , 宮廷 の庭 園 を散歩 した ものだった」3)とい う表現 もあ る。r
冬物語」では,ハ -マ イオ二に, この ような疑惑 を招 く,慎重 さを欠いた行為 は措かれていない。それ どころか,夫 である 国王 には愛情 を,客人のボヘ ミア王 には,女主人 として,節度の伴 った接 し方をしている。 ボヘ ミア王殺害 の計画が, カ ミロの通告 で失敗 に終 わ る と,今度 は王妃殺害 に思 い をめ ぐらす ほ ど,彼 の暴力的な妄想 は救 いがた くなっている。 レオ ンテ ィーズは,妻が獄 中出 産 したばか りの赤児 を,不義の子 として, ボヘ ミアの海岸 (!)に捨 て させ ることまです る。 さらに,次 は王妃 を公 開の法廷 に引 きず り出 したのであ る。 不義密通 と国王殺害の謀略の 科 で,大逆罪で裁 こうとす る レオ ンテ ィーズ に,初 めは疑惑 に激 しく抵抗 していた王妃 も, もうここに至 っては, なすすべ もない ことを知 る。夫が非 日常 的な悪夢 の別世界 に入 って い るか らである。 国王 は,裁判 での勝利 を確 実 にす るために,使者 をデル フォイに送 り, アポ ロンの神託 を求めている。返 って来た きたアポ ロ ンの託宣 は,王妃 の潔 白 と, カ ミロ が忠 臣であるこ とを告 げるだけではない。 レオ ンテ ィーズが嫉妬深い暴君である ことを告 げ,無垢 な赤児 はかれの真の子 であ り,「失 い し子ふたたび見つか らざ りし折 りは, 王 は 世継 ぎ無 き者 とな らん」
と予言す るのであ る。 ここで強暴 な嫉妬心 に駆 られる国王 は,そ の神託 を否定 し,軽視 しようとしす る。 その瞬間に,不幸 な知 らせが入 る。 母親の不幸 に 胸 を痛 めていたマ ミリアス王子が,悲嘆のあ ま り,短い命 を終 えたのである。王妃 はそれ を聞いて,失神 し,運 び去 られ る。 王が 日常 の世界 に戻 って, 自分の罪業の大 きさに気づ くのは,愛す る世継 ぎの死 を聞いた瞬間であ る。 二人のわが子 を失 った国王が,アポ ロンの予言の正 しさに戦 き,彼 に改心 と悔悟 の ときが訪 れ ようと した ときに,追い討 ちをかけ るように,今 度 はハ -マ イオ二が死 んだ と告 げ られ る。 (二) これ まで見 て きた ように,第
1
の部分 の筋 の運 びは, レオ ンテ ィーズが一気 に突 き進 む 暴虐 の道 と,犠牲者 た ちの悲劇が基調 となってい る。 しか し,だか らとい って,国王が登 場す るすべ ての場面が,観客 に息苦 しい緊張 を強い る場面の連続 か とい うと,か な らず L もそ うはなっていない。作者 は悲劇 の暗 さに対 して,それ を相殺 す るかの ように,笑い を 誘 うユ ーモ ラス な情景 を,わずかで はあるが,挿入 して行 く。それは,国王 の異常 な邪推 と非道 な遣 り口に, ことごと く異 を唱 える,口やか ま しいポー リーナの存在があるか らで ある。王妃 の女官 を務 め る彼女 は,夫 であるア ンテ ィゴナスの制止 も聞かず ,正面か ら王 を諌 める役 を一手 に引 き受 ける。 い っぽ う国王 は,ポー リーナが抗議 に現 れ ることを初 め か ら予期 していた ところがある。 ポー リーナは,王妃が獄 中で生 んだ赤児 を抱 き,王 に向か って激 しい言葉 でハ -マ イオ この貞潔 を弁護す る。王 の威嚇 に も負 けず,他の臣下 と違 って,「私 は,忠実,従順を装 っ て,陛下の不正 を黙 って見過 ごす ようなことは しませ ん」 と言 い放つ。魔女 と罵 られなが ら,暴君 に一歩 も退かぬ ポー リーナの執撒 きに,業 を煮や した国王 は,苛立 ちの矛先 を彼 女の夫である老 ア ンテ ィゴナス に向 ける。王 の命令 通 りにはポー リーナ を黙 らせ られ ない ア ンテ ィゴナス を,妻 の尻 に敷かれた恐妻家 だ と叱 りつ ける。 ア ンテ ィゴナスは以前 ,国 王 に向か って,王妃 との不和 を王の胸 に しまって,公表す ることは しない ように と忠告 を 進言 していた。 しか し公 開裁判で妻 に死刑 の判決 を しようとす る王の独 断 的態 度 に, 「こ との真相が明 らか になった ら,宮廷 中の笑い もの となるだろ う」 と,傍 白の形で,弱 々 し くつぶや く。 しか し今 度 は, 自分 のほ うが妻 の尻 に敷かれた夫 とい う姿で,皆 の噸笑の的 にな りかねない。LEONTES
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「妻 の口を抑 え られない夫がすべ て縛 り首 ものな ら,陛下 には臣下 はひ と りもいな くな るで しょう」 とい う恐妻家 ア ンテ ィゴナスの返答 は, レオ ンテ ィーズの以前 の言 葉 , 「妻 にそむかれた夫がすべ て絶望せねばな らぬ とすれば,世 の男 の十分の- は首 を くくること になる。 これ を救 う手 だてはない」 とい う台詞 と対応 していて,その内容 の喜劇性 におい て,規 を一 に してい る と言 える。 ポー リーナの断固たる態度 にはいつ もどこか,笑いの要 素がただ ようのであ る。国王の威嚇 を もの ともしないポー リーナが, この劇 の中で,一番 強力 なモ ラルの声 を表 してお り,それは最後 の場面で,彼女が見せ る驚異 のわ ざまでつづ く。 レオ ンテ ィーズの嫉妬 の破壊 力 は,王妃や王家 の血筋 をひ く無垢 な幼 な子 を倒 しただ
『冬物語」における悲喜劇の論理 15 けでな く,臣下 たち を も死 に追いや る。 しか し,大筋で悲劇 であ りなが ら, シェイクス ピ アは,ポー リーナの登場 で起 こる笑 いの要素で,かすか にそれ を相対化 している。 ロマ ン ス とい う非 日常的で誇大 な物語世界 の中に,視点 を変 えて, 日常的 な些事 を挿入す ること で,場面 に落 ち着 きが 出て くる。 マ ミリアス王子 の死 を境 に, レオ ンテ ィーズは これ まで の 自分 の非 を悟 るが,それ以後,ポー リーナ と国王の力関係 は逆転 して,国王 は,彼女が 彼 に期待 した,悔悟 と謹慎 の生活 をお くる。 話題 を瓦版屋 のオー トリカスに もどせ ば,毛刈 り祭の場 に,彼がバ ラ ッ ド歌手兼行商人 と して姿 を現す話 を聞 くと,道化 は大喜 びで
,
「俺 は悲 しい話 を陽気 な節 に した唄 や , す ご く愉 しい話 を,悲 しく歌 う唄が大好 きさ」 と言 う。バ ラ ッ ドの ような短 い作 品であれば ともか く,長い演劇作 品の中で, どの ように悲劇 と喜劇のバ ランス をとるかは,悲喜劇 の 大 きな問題であろ う。 この作 品の第2の部分,16年後のボヘ ミアの牧歌的 な田園 に場面 を 移す に当たって,作者 は, レオ ンテ ィーズの命令 によ り,海路 でボヘ ミアに子供 を捨 て に 来たア ンテ ィゴナス一行の運命 を,ブラ ックユ ーモア的に挿入す る。 それは悲劇 と喜劇 の 融合 をね らうので はな く,故意 に両者 を分裂 させ た まま,あ る効果 を出す手法である。 赤 児 を海岸 に捨 てたア ンテ ィゴナス は熊 に食 われて死 に,海路 シチ リアに とってか えす一 同 は,嵐 に遭遇 して,船 もろ とも海 に沈 む。残酷 な成 り行 きが,赤児 を拾 った羊飼い と,遭 難 を 目撃 したその息子の道化 との間で,ほ とん どとぼけた表現 で語 られ る。 「熊 はあの 人 (ア ンテ ィゴナス) をまだ半分 も食 っちゃいないだろ う。 い ま食 って る最 中 さ。」いっぽ う 羊飼 いは息子 に,「お前 は死 にか けてる もんに出会 い,俺 は生 まれた て の もん に出会 った の き」 と言 う。 この描写 は,前 に述べ た,場面 の落 ち着 きとい うことを越 えている。 作者 は,次 に登場す る,擬 人化 された 「時」 と共 に,場面転換 のため に大鋸 をふ るったのであ る。
「悲 しい話 を愉 しい調子で、」 つ ま り,悲劇 的事件 を喜劇 の調子で語 るにあたって,辛 態 の深刻 さと笑いの要素 は分離 した ままであ る。 背景 となる舞台が,宮廷 か ら田園に変 わ る前 に,一種 の シ ョック療法で, シチ リアの宮廷 の暗い雰囲気 を,一挙 にご破算 に して し まうのである。
「時」 は,長年経過 した ことと,捨 て られた赤児が,羊飼 いの もとでパ ー デ イタとい う名で美 しい娘 に成長 してお り,ボヘ ミア王 の息子が フロ リゼル王子 と して成 人 していることを告 げる。 (≡ ) r冬物語Jの第2の部分 は, ボヘ ミアの牧歌 的田園が背景 となる。第1の部分の荒廃 の 冬が過 ぎ去 り,生命 を育 む春 の訪 れで,雰囲気が一変す る。 あれか ら16年後,羊飼い に育 て られた レオ ンテ ィーズの娘 は,パ ーデ イタとい う名前で,美 しく成長 している。い っぽ う当地 の国王の息子 フロ リゼル王子 は,パ ーデ イタと恋 を語 る仲 となっている。ポ リクシ ニーズ王 は,身分違 いの二人の仲 を許 さない。お祭 りの扮装 で愛 を語 り合 う若い恋人たち の拝情 的 な会話 に しろ,それ を変装 して偵察 に来た王 とパ ーデ イタとの対話 に しろ, きわ めて洗練度の高い ものである。 これだけ取 り上 げる と, シチ リアの宮廷対 ボヘ ミアの田園 とい う図式,つ ま り宮廷 の洗練 と田舎の素朴 とい う対立の構 図は成 り立 たない。ただ ここ には,羊飼 い もおれば,その息子 の道化 もい る。 羊の毛刈 り祭 に集 まる村 人 もいる。 暴君 レオ ンテ ィーズ王の魔 の手か ら, カ ミロと共 にかろ うじて逃れ帰 ったポ リクシニーズ王 は,今度 は自分が迫害者 として,恋す る若者たちの前 に立 ちふ さが る。 フロ リゼル王 子が,身分の違 う羊飼いの娘 と,内緒で密か に愛 を語 り合 う仲 になっているか らである。 かつてシチ リア王 と共 に過 ご した無垢 な少年時代の理想郷 の夢 は,ボヘ ミア王 も喪失 して いることになる。世継 ぎである 「不 肖の息子」 の振 る舞いに怒 った王 は, 「卑 しい羊飼 い の娘」パ ーデ イタを,カ ミロ と共 に,変装 して偵察す ることにす る。羊 の毛刈 り祭 では, 祭 りの習慣か ら,王子の希望でパ ーデ イタが祭 りの女王 に扮 し, フロ リゼル王子 は農夫 に 扮 して,愛の言葉 を交わすのである。 平民の客 人に扮 したポ リクシニーズ王 は, フロリゼ ルが,パーデ イタと結婚す るに当たっては,親 に相談す る必要 もない と言 うので,怒 り心 頭 に発する。 扮装 を脱 ぎすてて身分 を表 し,別れなければ王位継承の権利 を奪 うと脅す。 若い恋人たちに同情 したカ ミロは,二人 を密 かにシチ リアの土地へ逃す ことにす る。 あそ こでは,あの レオ ンテ ィーズ王 も過去の非 を悔 いていて,国情 も穏 やかな ものになってい る。 これがボヘ ミアの牧歌的な田園世界で繰 り広 げ られる世界のあ らましであるが,舞台の 上では,変装の面 白さだけでな く,お祭 りにつ きものの歌 と音楽,それに踊 りがふ んだん に取 り入れ られている。唄 うたいは言 うまで もな く,あのオー トリカスである。 ここは, オー トリカス を中心 に論 を進めてい くことにす る。
4
幕3
場,彼 はバ ラッ ドを歌いなが ら 初めて登場す る。Whendaffodilsbegintopeer,
Withhey,thedoxyoverthedale,
Whythencomesinthesweeto'theyear,
FortheredbloodrelgnSinthewinter'spale. Thewhitesheetbleachingonthehedge,
Withhey,thesweetbirds0 how theyslng! Dothsetmypugglngtoothonedge,
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Ⅳ-
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8)
彼 の トリックス ター としての陽気 な軽 さが,シチ リアの レオ ンテ ィーズの暗い雰囲気 と 対比 され, また彼 の小悪党ぶ りが,ポー リーナの突出 した正義感 と対照的になっているこ とも意識 して よい。 さらに,新 しい季節が知来 した ことを物語 るボヘ ミアの田園で,オー トリカスの存在が,シチ リアの世界 を照射 しているだけに止 まっていない ことに も注 目し て よかろう。彼 は,お祭 りに小 間物や,ブロー ドサ イ ド ・バ ラッ ドな どを,客呼 びの口上 で歌 い,座 を一段 と版やか な ものにす る。 同時に,祭 りの参加者 たちに隙あ らば,金品を 掠 め取 ろうと狙 って もいる。陽気で魅力的 なバ ラッ ド歌手であることと,同時にず るい詐 欺 師であることか ら,彼 については批評家 たちの穀誉褒股の評言が付 きまとう. この人物 が機能的に他の登場人物 たち と異 なる ところは,観客 にむかって, 自己紹介的 に, 自分が こそ泥であること告げる ところにある。 ここに二つの矛盾す る人間像が出て くる。 彼が犯 す窃盗の悪 と,それ を告 白す る正直 さとである。 この相反す る要素の どち らに強い印象 を 受 けるかで,観客 に映る彼 の人物像が違 って くるのである。
r冬物語Jにおける悲喜劇の論理 17 その悪 の部分 は, 自己紹介の直 ぐ後 で,実行 に移 される。 オー トリカスは少 し前 に,強 盗 に襲 われたふ りを して,同情 して助 け ようと した道化か ら,財布 を抜 き取 る。 オー トリ カスはその後 ,毛刈 り祭 に行商人 として被害者の道化 の家 に現 れるが, この ときは付 け髭 で変装 しているので,一度編 されてい るのに,人の良い道化 にはそれが分か らない。 シェ イクス ピアが ここで描 いているのは,人 を 「編す」 とい う行為,あるいは 「裏切る」 と言 っ て もよいが,その意味であ る。そ こには 「変装す る」 とい う行為 も含 まれている。変装 に は, きわめて演劇 的 な含 意 も伴 っている。毛刈 り祭 は,人々が扮装 して別人 になって楽 し む 日で もあ る。 オー トリカスの存在が提 出す る問題 の一つは,羊飼 いの家 に集 まった人々 の編 しの姿 である
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冬物語J の第2
の部分 は,牧歌的な田園 を措 い てい る こ とにな って いるが,そ こに登場す る人物 たちは,羊飼 い と道化 の親子 を除いて,決 して田舎の素朴 な 人々ではないのである。 農夫 に扮装 した フロ リゼル王子 は,羊飼 いの娘パ ーデ イタに祭 りの女王の扮装 をさせて, 愛 をささや く。身分違 いの恋 と思い こんでいる恋人二人は知 らないが,親客 は,パ ーデ イ タが実 は レオ ンテ ィーズの娘 であ ることを知 っている。 したが って,祭 りの女王 に扮装 し ている彼女 は,扮装 に よって,本来の高貴 な身分 に戻 ってい ることになる。 この若者 たち を,平民 の姿 に身 をやつ したポ リクシニーズ とカ ミロが,密か に偵察 とさ ぐりにや って く る。 カ ミロは, シチ リアか らボヘ ミアへ逃亡 して きて以来,ポ リクシニーズの厚 い信頼 を 得 て,そゐ相談役 になっている。 パ ーデ イタは身分 の違 い を除いて,知的 に も,情緒的 に ち,立 ち居振舞 いか ら,王 を感心 させ るほ どの受 け答 えをす る。変装 にだ まされて,王子 は相手が父王 である ことに気づか ない。パ ーデ イタとの結婚が許 されなけれ ば,親 を無視 して まで もや り遂 げる, と言 って しまう。 激怒 したポ リクシニ ーズ は, ここで初 めて変装 を脱 ぎ捨 てて,本 当の姿 を現 し,若 い恋人たちを絶望 に追い こむのである。 驚 く王子 に, 二人は別 れなければ,王位継東棟 を奪 うと宣告す る。 ポ リクシニーズ王 は,か っては暴君 レオ ンテ ィーズの魔 の手か ら,かろ う じて逃れたのに,今 では,迫害者 として,若者の前 に立 ちふ さが ってい る。 かってシチ リア王 と共 に過 ご した無垢 な幼年時代 の夢 は,ボヘ ミ ア王 も喪失 している。 アポ ロンの神託 にあるような,世継 ぎが な くなる王室 の危機 は,両 方の国に存在す るのである。 この場面 では,変装 とい う外観 によっていちばん編 されていたのは,若者たちであった。 娘 の相手が高貴 な人 とも知 らず に,若者二人の仲 を黙認 していた羊飼いに も,死刑 の言葉 をち らつかせ なが ら,国王 は脅 しの言葉 を投 げつ ける。 ボヘ ミアの世界 では,一見 した と ころ, シチ リア と違 って,田園の春 を誼歌す る 自由で平和 な場所の ように見 えるが,事実 は,必ず しもそ うではない。オー トリカスの 自由な生 き方が対照的 に明 らかにす るのは, ボヘ ミアの人々の受 ける,拘束 された,窮屈 な状況である。 編 Lといえば, この作 品の中で,いちばんその回数が多いのは, カ ミロであろ う。彼 は レオ ンテ ィーズの嫉妬 によるボヘ ミア王毒殺 の命 を,当の本人 に密告 し,その まま共 にボ ヘ ミア国 に逃亡 した。善悪 の価値 を別 に して言 うと, カ ミロはここで先ず主君 に対 して裏 切 り行為 を行 ってい る。 亡命 したボヘ ミアでは,ポ リクシニーズ王の忠実な臣下 となって, その宮廷 で重 ん じられている。 当地の毛刈 り祭 では,王 と共 に姿 を平民 に変 えて,王子 の 恋愛 の偵 察の仕事 を助 ける。 これ も欺肺の一種 であ る。 その上,王子 とパ ーデ イタが結婚 を禁 じられ,二人が家 出の決意 をす る と,ポ リクシニーズ王 には内緒で,密 かに二人 をシチ リアへ逃す算段 を してやる。 同情や温情 とい う価値 を別 に して言 うと, これが二番 目の 裏切 り行為である。 しか も駆 け落 ちの二人 を,身分 を偽 らせてシシリアの宮廷 に歓迎 させ るつ もりである。 これは行 き詰 まった若い恋人たちに対す る,思いや りのある善意の行為 の ように見 える。 しか し,実 は,必ず しもそ うではない。出奔先の場所が確保 されて安心 した恋人たちのそばで,カ ミロはふ と傍 白で本音 をもらす。それによる と,王子たちの駆 け落 ちを,早速ポ リクシニーズ王 に密告す るつ もりである。
WhatIdonextshallbetotellTheKing Ofthisescapeandwhithertheyarebound; WhereinmyhopeisIshallsoprevail Toforcehim after,inwhosecompany lshallre-view Sicilia,forwhosesight
lhaveawoman'slonglng. (Ⅳ-4,658-663) 愛 し合 う若者の秘密 をその親 に売 り渡す カ ミロの本心 は,16年間不在 に したシチ リア- の 郷愁である。 レオ ンテ ィーズはすでに改心 して,シチ リアは平和 な国になっている。 ポ リ クシニーズが,里心 のついたカ ミロの帰還 を許 さない ことか ら,彼が晒嵯 に思いついた解 決の術 策は,窮 した若者の恋愛 と, 自分の仕 える国王の無理解 を,裏切 りの計略で巧みに 利用す ることである。 アポロ ンの神託は,カ ミロが節操 を守 る忠臣である と告 げていた。 ポ リクシニーズに しろ,カミロに しろ,若者たちの情熱の障害 となるのは,年長者の欺肺 の策略である。羊飼 いの家 に集 まる人々は,賑 やかな唄 と踊 りで, まさしく春の到来 を喜 び,羊 の毛刈 り祭 を楽 しんでいるように見 えるが,実 は喜劇 の裏では,編 Lが横行 してい る。 まさしく道化が言 ったような,「陽気 な唄」 の陰で,「悲 しい節」が進行 している。 劇 の主筋 の中心部 とは,あ ま り関係 のない ような小悪党のオー トリカスの編 Lは,中心部 に いる者 たちの欺肺の生態 に,アイロニーの光 を投 げかけていると言 える。4) (四) オー トリカスは, 自分で語 る ところによる と, もと宮廷で フロリゼル王子 に仕 えていた 召使である。何度かの悪事が露見 して,ついには宮廷 を追い出されてい る。 その後,猿 回 しや執達吏,ば くち打 ちな ど,怪 しげな商売 を転 々 として,今 の ように,行商 と編 Lによ る犯罪 を くりかえす,反社会的 な存在 となっている。 アウ トカス トの小悪党 として,彼が 恐れているのは,縛 り首である。 しか し,本人は意識 してい ないが,社会 の最下層の底辺 にいる ものが,王族 を含めた上層部の過失や無理解 を,いちばんよ く照 らし出 してい る。 笑い を創 り出す者 としての彼の機能は,周辺部 にいて,離れた距離か ら,中心部の人々の 価値観 を相対化 して しまうことである。無意識の トリックス ターの面 目躍如である。 シェ イクス ピア劇では,普通はこの仕事 は道化 に与 えられる。r冬物語Jで は, 羊飼 いの息子 が道化 としての職業 をもっているが, この息子 は道化 としての機能 をそれほ ど果た してい ない。む しろ,その機能の多 くを,オー トリカスが引 き受 けていると言 える。ただオー ト リカスはあ くまで も道化的人物ではあって,道化が本職ではない。
r冬物語」における悲喜劇の論理
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ただオー トリカスの失策は,金 目当ての立身出世 をた くらみ過 ぎた ことである。情報通 の地獄耳 として, プロリゼル王子 とパ ーデ イタが駆 け落 ちす ることを知 ると,羊飼い親子 をたぶ らか して,王子一行 と船 に同乗 して,シチ リア-渡 ることにす る。 カミロの裏切 り をフロリゼル王子 に伝 えて,その報奨 として, もう一度王子 に召抱 え られるのが,彼の密 かな 目論見であったろ うが,事 はそ うま く運ばない。シチ リアでは,やって来た見知 らぬ 恋人たちを歓待す る余裕が,長い購罪の生活 を通 して,シチ リア王 にはで きている。 追 っ て きたポ リクシニーズ王 とも, レオ ンテ ィーズは再会 を果た し,二人は和解する。パーデイ タも,育てた羊飼いの持つ証拠の晶で,シチ リア王の娘であることが判明す る。褒美 とし て紳士の身分 に格上 げされたのは,オー トリカスではな くて,羊飼い親子である。 普通の 社会 と無法社会 との境界 に生 きて,口八丁手八丁の陽気 さにあふれる, したたかな男 とい うのが,オー トリカスの魅力であったが,舞台が シシリアに移 されると,歌が巧みで,ア ウ トカス ト風 な魅力 はな くな り,彼の存在の意味は薄れてい くのである。 シチ リア とボヘ ミアの王族 たちは,数奇 な運命 を経て,再会 と和解 を果た したが,シェ イクス ピアはその有様 を,直接 には措いていない。ただコーラス的な副人物たちが,次 々 に起 こった不思議 な出来事 に驚嘆 している様子 を語 るだけである。 パーデ イタの感激的な 身元判明,シチ リア王 とカミロの再会,な どを間接 的な情報 として,観客 に伝 えているだ けである。 これだけで も劇化すれば感動的な場面 となろうが,作者がそれを舞台化 しなかっ た理 由は,明 らかであろう。それは次 に起 こる もっと驚 くべ きこと,ハ-マイオこの死か らの蘇 え りとい う奇跡 を, クライマ ックス として,舞台上 に見せたかったか らであろう。 ただ,それに先立つ王族の再会 を, コーラス役の紳士たちが驚 きなが ら概説す るにあたっ ての,表現の仕方 には,注 目して よい。.
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「驚 くべ き出来事が次 々に起 こって,バ ッラ ド作詞家 も追いついて行けない くらいだっ た」 とい うことは,シェイクス ピアが,現実ばなれ した状況の大半 を,一挙 に捌 いたこと を示 している。 同時に,オー トリカスが作 り話のブロー ドサ イ ド ・バ ラッ ドの売 り手であ るか らには, これ らの状況の把握が,彼の手 にあまることを教 えて もいる。シチ リアでは, 彼の活躍の場が ないのである。オー トリカスの役割 は, ここでほぼ終わった ことを作者が 告 げている。 死 んでいたはずのハ-マイオ二の再生 については,批評家の間では,数々の論議がある。 ポー リーナが王妃の死 を告げて以来,他の登場人物 も,芝居 を見ている観客 も,彼女の存 命 については,なに も知 らされていない。実 は,ポー リーナによって,密かにか くまわれ ていたのである。 それを予想 させ る手がか りな り,伏線 な りを,作者 はこれ までに, どこ に も書 いていないのである。劇の クライマ ックス となるこの大事件で劇の最後 を飾 るに当 たって,シェイクス ピアは, これまでの 自分の作劇術 の法則 を無視 していることになる。 作者 は劇的な離れ業 を見せ るのである。 ポー リーナの邸宅 に,今 は亡 きハ-マイオニそっ くりの彫像が完成 した と聞いて, レオ ンテ ィーズたちはそれ を見 に出かける。 彫像 を覆 うカーテ ンをポー リーナが開けると,普日のハ -マ イオニ王妃その ままの石像が立 っている。 彩色 をほ どこ したその リアルな出来
映えの見事 さに,一同は驚嘆 して,言葉 も出ない。やがて,我 に返 った レオ ンテ ィーズの ロをついて出て くる ものは,己の愚行か ら王妃 を無残 に も死 に追いやった 自責の念 と,許
しを乞 う言葉である。
Chideme,dearstone,thatlmaysayindeed ThouartHermione-orrather,thouartshe lnthynotchiding;forshewasastender Asinfancyandgrace. (Ⅴ-3,24-27)
物心ついて以来,初めて見 る母の姿 を前 に して,パ ーデ イタは思わず ひざまずいて,石 像の母 に祝福 を乞 う
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年間を悲哀 と俄悔の中です ご して きた レオ ンティーズは,心乱れ て,思わず石像 に口付 けを しようとす る。それをポー リーナは押 しとどめて, これか ら起 こることは,魔術ではないことを強調す る。 かって レオ ンテ ィーズは,王妃の処置 につい て,ポー リーナか ら強い異議 申立てを受けたことがあった。その とき王 は彼女の抗議の激 しさに業 を煮や して,魔女 とい う罵語 を相手 に投 げつけた。当時民間では,怪 しげな魔術 が横行 していたので,ポー リーナは,そ うではない ことを言いたいのである。やがて彼女 は,傍 らにいる楽師たちに合 図をする。 楽師たちが音楽 を奏で始め, さらにポーリーナが 一同に向かって,信仰 に 目覚める必要性 を説 きなが ら,命 のないはずの石像 に指示 を与 え る。す ると,ハ -マイオこの石像 は,台座か らお もむろに降 り立 ち,驚 く一同の方-歩 ん で くる。 さまざまな意味で, これは壮観 と言 うよ りほかはない。ロマ ンス劇の もつ伝奇性 の最 た る ものであろう。 テキス トの読者であることと,実際の舞台の観劇者であることでは, こ の劇作 品の受け取 り方が,おのずか ら異 なるか もしれないが,我 々に期待 されていること は,先ずハ-マイオこの復活 に対する驚嘆の念であろう。作者 はこの場面が,ただの荒唐 無稽の劇 に終 らせ ないために, さまざまな工夫 を している。それはロマ ンス劇のむ きだ L になった非 日常的な要素 に,撃肘 を加 えることである。 この場面 は,予告 な しの劇 中劇の 形 をとっていることに, もっと注 目して もよい。演 出家がポー リーナで,主役がハ-マイ オ二である。 そ して,観客 は,王妃の逸 りに驚 く,傍 らの王族,貴族たちである。劇 中劇 的な ものにす ることによって,いわば,一枚の絵画 に大 きな額縁 をはめたことになる。石 像の彫刻 と化 した王妃 は,始終動かず に,同 じ表情 を続 けている。王妃が蘇生するときに, 楽師が音楽 を奏でることか ら分かるように, これは宮廷仮面劇のス タイル も加 わっている であろう。仮面劇では,高貴のひ との出場では, よ く音楽 を奏でた。ただ仮面劇 につ きも のの舞踊 はない。その代 わ りに,優雅 な儀式性 を具 えている。 ポー リーナは,並み居 る一 同の者 を前 に して,編 しの技 を行 いなが ら, これは生身の人間を使 った,種 も仕掛 け もあ る絵空事です よ, と言 っているかの ようで もある。 シェイクス ピア劇 におけるロマ ンスは,信 じられない ような不思議な出来事が,遠 く離 れた空間で起 こることがその特徴 であろう。別の言い方 をす ると,筋の展開が どうして も 荒唐無稽 の誇大 な虚構 になることである。 ただ,ロマ ンス とい う名称は,後世の者が立て た分類法である。r冬物語」はFlでは,喜劇 として扱 われている。 そ こで, この作 品の悲r冬物語Jにおける悲喜劇の論理 21 劇 と喜劇 の要素 を考 えてみ る と,第1の部分 に見 られ る ように,強烈 な悲劇があ る。 第2 の部分では,喜劇 の基調で進行す る。基本 的には, この両者 は火 と水 の ように,融合 しな い ものである。 なぜ な ら, 「(一つの作 品の中で)異 なったジャンルの同居 は,人 を困惑 さ せ る」5)か らである。 第
3
の部分では, しか し,作者 はロマ ンスの雰 囲気 を失 わず に, 悲 劇 の深刻 さを解決 して,それ に喜劇 の幸福 感 を結 びつ けてい る。 悲劇では, しば しば舞台上 で,人の死が演 じられる。 観客 はそれ に直面 しなければな ら ない。 しか し喜劇 では,人の死 は,なるべ くな ら避 け られ ることになる。 喜劇 の もつめで た さや,笑いの要素が影響 を受 けて,成立が困難 になるか らである。r
冬物語 Jで は , 人 の死 は,語 られ はす るが,舞台の上で演 じられは しない。巧妙 に避 けてあるのであ る。幼 くして死 んだマ ミリアス王子 も,熊 に食 われた老 ア ンテ ィゴナス も,その死 を観客 は直接 見 ることはな く,伝 聞で知 るだけである。死 については,作者 はは じめか ら,悲劇 と喜劇 の中間の道 をとっている。 第3
の部分 の彫像 の場が, この劇 の クライマ ックスである。 ロマ ンスの特徴 の最 たる も の を,つ ま り,非 日常的 な奇跡 を演 出 して観客 に提供す るさいに,それが現実 に起 こ りう ることであ るように,描か なければな らない。誇大 な虚構 が リアルであることを示 して, 説得力 を もたせ るのであ る。そ うすれ ば,観客 が感 じる驚嘆の念 は,いっそ う確実 な もの になるであろ う。 ロマ ンスの要素であ る,悲劇 と喜劇 を結 びつけ るには,作者側 に工夫 と 技巧が必要 となる。 シェイクス ピアは,王妃そ っ くりの石像 を見 て感動 この上 ない レオ ン テ ィーズに,石像の細部 に も視線 を送 ることを求め る。16年前 に王妃が 「死 んで」以来, レオ ンテ ィーズの心 にあ る王妃 の面影 は,若 い頃の昔の ままで止 まっている。王が 自責 の 念 に駆 られ なが ら,石像 を仔細 に眺め る と,彼が これ まで胸 に抱 きつづ けた過去の王妃 の 姿 と少 し違 って,顔 の しわ も増 え,年 もとってい る ように見 える。 Butyet,Paulina,Hermionewasnotsomuchwrinkled,nothing Soagedasthisseems. (Ⅴ-3,27-29) 現実世界 に足場 の ない ロマ ンスが,細部 まで 目の とどくリア リズムの視線 で眺め られ る と,誇大 な虚構 の空 間 に, ご く日常 的な ものが見 えて きて,そ こに可笑 しな矛盾がでて く る。 レオ ンテ ィーズ に してみれば,今発見 した王妃 の石像の顔 の しわ も,皮膚のたるみ も, 16年前 にはなか ったはず なのに, とい うことである。 ロマ ンス とリア リズ ムが,相括抗 し て乱み合 うところに,笑いの効果があ ることを, シェイクス ピアは よ く知 っていて,その 手法 をここで利用 している と思 われる。 やがてポー リーナの指示 で石像が動 き出 したとき, 劇 中劇 の観客,つ ま り立 ち尽 くす レオ ンテ ィーズ ら貴族一 同は, この彫像の蘇生 に対 して, 驚嘆 と歓喜 を同時 に感 じるであろ う。いっぽ う劇場の座席でそれ を眺め る現実の観客 たち は,彼 らと同 じような感動 を共有 しなが らも,彫像 の台座か らお もむろに下 りて くる王妃 は,実 は少年俳優 だ った ことに気がついて,芝居が終 りに近づいた こ とを予感 したか もし れ ない。 この悲喜劇 の幸福 な幕切 れで,観客 の胸 に起 こる ものは,喜 び と,醒 めた感覚 の 不思議 な共存 であ ろう。
テクス トには,TheWinteT・'sTale(THE OXFORD SHAKESPEARE)StephenOrgel ed.(1996)を使用。
吉主
1)HaroldBloom,SHAKESPEARE,TheInventionoftheHuTnan(Riverhead Books) New York,1998,p.639
2)RobertGreen'sPandoslo,amodernizationby Stanley Wells,AppendixBin the presentText,p.236
3)Ibid.
4)B.∫.Sokolはその著書の中で
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「オー トリカスは舞台上 にいる ときは,存在感があるが,そ う でない ときは存在感がない」 とい う意味の こと述べているが, 必ず しもそ うとは思 えない。J. B.Sokol,ArtandIllusion in The耶 nter'sTale(ManchesterUniversity Press),
1994 p.171
5)StephenOrgel,IntT・OductionintheText,p.4
その他 の事考文献
JoanHartwig,ShahespeaT.e'sTrag乙COTnic Vision,Louisiana University Press,Baton Rouge,1972
DerecTraversi,ShakespeareTheLastPhase,Hollis& Carter,London,1979
Thomas MacFarland,Shahespeare'sPastoT・al Comedy,The University of North CarolinaPress,1972
Shahespeal・eanCriticism