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商学 72-3/1.鈴木

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(1)

OKRとMBO : 何が違うのか

著者

鈴木 良始

雑誌名

同志社商学

72

3

ページ

371-403

発行年

2020-11-24

権利

同志社大学商学会

URL

http://doi.org/10.14988/00027826

(2)

OKR と MBO

──何が違うのか──

Ⅰ OKR の起源−インテルからグーグルへ− Ⅱ 課題−OKR の本質的特質は何か Ⅲ インテル iMBO にみる OKR の特質 1 戦略観 (1)将来志向の戦略プランニングと意味ドリブンな目標 (2)「目標」の異質性−MBO と iMBO の違い 2 平等主義の組織文化と組織プロセス (1)平等主義,自由なコミュニケーション,情報共有 (2)1 on 1 ミーティング (3)「建設的対立」の規範 3 人事考課との分離と統合−MBO と iMBO の違い (1)人事考課との分離 (2)分離の必要性 (3)なぜ分離できるのか Ⅳ 新時代のマネジメント・システム−むすびにかえて 1 OKR と内発的モチベーション 2 OKR が機能するための組織文化と組織プロセス 3 新時代のマネジメント・システム

Ⅰ OKR の起源−インテルからグーグルへ−

MBO(目標管理制度:Management by Objective)は,組織成員を競争主義的にレー ティングする業績評価システムに客観的根拠を提供する経営管理制度として 1970 年代 以降のアメリカ企業に広く採用され,日本を含め世界に波及した(Cappelli and Tavis, 2016)。しかし,MBO と結び付いた業績評価制度に対するアメリカ企業の信頼は, 2000 年前後をピークにはっきり退潮傾向を示すようになる。MBO と結び付いた選別型 業績評価制度は 2010 年代には深刻な問題点が明確に認識されるようになり,これを放 棄する企業がアメリカにおいて増加するようになった(鈴木,2017)。 このような旧来の業績評価制度を改革しようとする「ノーレイティング」の動向と歩 調を合わせるかたちで,企業の目標設定・遂行システムそのものを変革する動きも広が っている。旧来の MBO の限界を越える新しい戦略策定・実行システムとして,OKR (Objectives and Key Results)と呼ばれる経営管理システムが普及しつつあ

1

る。OKR と

(3)

対比すると,MBO は,計画実行システムであるというよりも,むしろ組織成員の評価 システムの基盤として普及した。個人目標の達成度を基礎に組織成員を相対評価し,組 織成員の目標達成努力を競争的にドライブするものとして機能してきた。しかし,その ドライブ・システムは膨大なコストと裏腹に目標達成システムとして機能していないの ではないかと疑われるようになった。これに対して OKR においては,社員評価システ ムとの連動性は後景に大きく退き,企業の戦略的目標と連動したチームベースの主体的 な計画策定と効果的な実行に重点を移した,組織成員にとって自律性の高い戦略策定・ 実行システムという性格を持つ。

しかし,この対照的な性格を持つ OKR と MBO は,ともに ド ラ ッ カ ー(Peter F. Drucker)の提唱した理念を起源としている。MBO は,ドラッカーが 1950 年代に行っ た提言に起源をもつことはよく知られている(鈴木,2019)。OKR も同じくドラッカー の提言を起源とする。本稿で明らかにするように,OKR と MBO の二つの経営管理シ ステムは,同じくドラッカーの提言を起源としながらも,ビジネスにおけるその後の実 践においては,まったく経営管理思想の異なるシステムとして展開した。

かたや MBO は,1980 年代から 90 年代,ジャック・ウェルチ(John F. Welch Jr.)が 率いた GE(General Electric Company)の華々しい経営的成功によって,アメリカ的効 率経営を代表する経営管理システムとして評価を確立し,広く普及した。他方,MBO が一世を風靡したほぼ同じ時期に,同じくドラッカーの提言を起源として生成した OKR は,これを実践した半導体企業インテル社(Intel Corporation:以下,インテル) の成長を推進する原動力となったが,それは広くアメリカ企業に普及した MBO とはま ったく異なる性格のものであった。OKR はおよそ 30 年間インテル社内でのみ実践さ れ,インテルがマイクロプロセッサにおける圧倒的な地位を確立した後も,アメリカの ビジネスにおいて注目されることはなかった。インテルの経営管理方式を生み出し実践 したアンドリュー・グローブ(Andrew S. Grove)が自ら執筆し,1983 年に公刊した著 2 作には,インテル独自の MBO の特徴が詳細に記述されていたにもかかわらず,著作の 公刊から 20 年弱の長い期間,アメリカにおいてこれに注目し実践する主要大企業は 1 ──────────── 1 アメリカのシリコンバレーを中心に普及した OKR は,近年は,日本においても新興のスタートアップ 企業を中心としてかなりの広がりを見せている。OKR 導入のサポートや OKR の実施を支える社内情 報システムを推奨する人事・組織コンサルティング会社も少なからず現れている。

2 この著作(High Output Management)は 1983 年に Random House から公刊され,翌 1984 年には Souve-nir Press から再刊された。日本における最初の邦訳は 1984 年に小林薫,上田敏晶訳『ハイ・アウトプ ット・マネジメント:“インテル経営”の秘密』として公刊されている。この著作の邦訳はその後も繰 り返し再刊されてきた。1996 年に小林薫訳『インテル経営の秘密:世界最強企業を創ったマネジメン ト哲学』と書名が修正されて再刊されている(いずれも,早川書房刊)。さらに 2017 年に書名が『High Output Management:人を育て,成果を最大にするマネジメント』と変って,日経 BP 社から再刊され た(邦訳者は小林薫で変わっていない)。本稿が参照したのは,日経 BP 社版(2017 年)である。これ ら邦訳書はすべて,グローブ自身が 1995 年に原著に書き加えた「イントロダクション」を除いて, 1983 年版からの訳出である。 同志社商学 第72巻 第3号(2020年11月) 2( 372 )

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社も現れなかっ 3 た。 インテルから社外へ OKR の伝播が本格的に始まったのは世紀交替期であっ 4 た。OKR は,1999 年,その前年の 1998 年に創業されたばかりのグーグル社に伝えられた。グー グルに OKR を伝授したのは,ベンチャー・キャピタリスト,ジョン・ドーアだっ 5 た。 グーグルの経営陣は,GE を中心とする当時の伝統的アメリカ企業が広く実践してきた MBO の管理主義的アプローチにはまったく興味を示さなかった。しかし,経営管理思6 想が MBO とは真逆であった OKR の特質をグーグルの経営陣は直感的によく理解し, これを徹底的にグーグルで実践した。OKR はその後のグーグルの成功に大きく貢献し た。これを皮切りに,その後の約 20 年間に,デジタル化とインターネットの高度化を 核とする技術革新の波に乗って急成長する新興アメリカ企業のあいだに,OKR は急速 に普及した。今日では,さらに欧州,アジアにおいても実践する企業が増加しつつあ 7 る。 OKR という独創的な戦略策定・実行システムの仕組みと考え方は,アンドリュー・ グローブ個人の創案によるものであった。グローブは,1968 年インテル創業直後から, インテル社の技術部門と製造・その他のオペレーション全般に対するマネジメントを, 2 人の創業者ゴードン・ムーア(Gordon Moore)とロバート・ノイス(Robert Noyce)

──────────── 3 1983 年のグローブの著作は一般向けマネジメント文献であったためか,インテル独自の戦略プランニ ング方式を説明する際にも,一般的な呼称である「目標管理(MBO)」を用いている(グロ ー ブ, 2017 : 177-182)。しかし,その内容が一般的な MBO と異なることは一読して明瞭である。 4 OKR は部分的には世紀交替以前にアメリカのハイテク・ベンチャー企業に紹介され,実践されていた。 紹介したのは,インテルを退職してベンチャー投資会社 Kleiner Perkins に転職したジョン・ドーアであ った(ドーア,2018 : 17-18)。しかし,世紀後退期以前には,そうした動きが社会的に注目されること はなかった。長く注目されなかった OKR がなぜ世紀交替期から突然普及を始めたのかと問うことは意 味のあることである。時代は,半導体の高集積化による情報処理と情報蓄積機能の低廉化,高速化,ネ ットワーク化によるインターネットの爆発的普及を開始した時期にあたる。アメリカ経済を牽引する企 業は,旧時代を代表する大企業から西海岸を拠点とする新興企業へと移行する。その転換点が世紀交替 期であった。そこには企業経営思想の転換が伴っていたのである。OKR が突然普及を始めたのには, このような背景があったとみることができる。 5 ジョン・ドーアは,インテルにおいて OKR を自ら経験した元インテル社員であった。ドーアがグーグ ルに OKR という戦略策定・実行システムの詳細 を 伝 え た の は,ベ ン チ ャ ー・キ ャ ピ タ ル Kleiner Perkins 社のキャピタリストとしてであった(注 4 も参照)。それは,Kleiner Perkins 社の投資先である 新興企業グーグルへの経営支援サービスとしてであった。ドーアは,2 人のグーグル創業者のラリー・ ペイジ(Lawrence E. Page)とセルゲイ・ブリン(Sergey M. Brin),2001 年グーグル会長に就任したエ リック・シュミット(Eric E. Schmidt)の三頭体制に対して,OKR の詳細を伝授した(F. S. H. Mello, 2019 ; E. シュミット,2014 : 301 ; J. ドーア,2018 : 25) 6 グーグル経営陣の反管理主義的な考え方については,鈴木(2019, 425)を参照されたい。 7 ジョン・ドーアは自身の著書で次のように述べている(ドーア,2018 : 25-6)。「グーグルやインテルの 出身者が転職した先で OKR を普及させ,いまや業種も規模もさまざまな何百という会社が体系的な目 標設定に取り組んでいる。」OKR は,AOL,ドロップボックス,リンクトイン(LinkedIn),オラクル, スラック,スポティファイ(Spotify),ツイッター,アンダーアーマー,インテュイット,ズーム・ピ ザ,アマゾン,コーセラ(Coursera)などの諸企業で実践されている。シリコンバレーに留まらず,ア ンハイザー・ブッシュ,BMW,ディズニー,エクソン,サムスンなどでも実践されている。Mello (2016, Chapter 7)によれば,OKR は,インド,ロシア,ブラジル,イスラエル,南アフリカ,オース トラリア,ニュージーランド,カナダ,メキシコ,欧州各国の企業に広がっている。 OKR と MBO(鈴木) ( 373 )3

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から委ねられていた。長期の戦略的意思決定を除けば,グローブはインテル創業以降一 貫して同社の経営管理と組織を主導した。インテル社の詳細な技術経営史を書いたマイ ケル・マローンは,インテルにおけるグローブの貢献を次のようにまとめている。 グローブがいなければインテルは凡庸な会社で終わっていたかもしれないと,2 人[ムーアとノイス:引用者]は心中認めていた(グローブは大っぴらにそう語っ ていたが)。革新的製品に対して高い評価は得られてもそれ以外に見るべきところ はなく,次第に忘れ去られていく存在になっていただろう。…効率的なナショナ ル・セミコンダクタ,抜け目ないアドバンスト・マイクロ・デバイシズ,独創的な モトローラ,あるいははるかに強力なテキサス・インスツルメンツに叩き潰されて いただろう。グローブがいたことでインテルはそうしたライバルをすべて打ち負か すか,または倒すことができた。(Malone, p.116;邦訳,135-136) グローブは,インテル創立から僅か 3 年後の 1971 年までに OKR のシステムを構築 していた。上席副社長に就任した 1975 年までには,グローブはインテル社において OKR を本格的に実践していた(ドーア,2018 : 37-48)。その後,グローブは 1979 年に インテルの社長兼 COO, 1987 年には社長兼 CEO に就任する。グローブがインテルの社 長ないし CEO を務めた期間は 1979∼98 年であり,この期間は,ジャック・ウェルチ が GE を率 い た 時 期(1981∼2001)と ほ ぼ 重 な っ て い る(Grove, 1996,邦 訳,経 歴 欄;ドーア,第三章)。MBO と OKR はいずれもドラッカーの提言を起源としながら, ほぼ同時代に,ウェルチは MBO を推進し,グローブは OKR を推進したのである。 グローブは,自分が考案した OKR システムを,そのアイデアの起源となったドラッ カーの MBO 概念に敬意を表して,iMBO と呼んだ。頭につけた「i」は,自ら考案し インテルで実践する経営管理方式がドラッカーの提言と同じものではないこと,またイ ンテル以外のアメリカ企業が実践する MBO と全く異なるインテル流の MBO であるこ とを意味するものであった。しかし,グローブによる iMBO という呼称はそのまま継 承されることはなく,インテルにおける実践の詳細が 1999 年にグーグルに伝授された 際には,ジョン・ドーアによって OKR と名付けられた。これが OKR という名称の起 源であ 8 る。 インテルの iMBO は,独自の戦略策定・実行システムとして極めて効果的に機能し, インテルが半導体産業創成期から確立期に,その競合企業との熾烈な生き残り競争に競 ──────────── 8 ジョン・ドーアは,インテル社で働いていた時にアンドリュー・グローブ自身が使用していた「目標 Objectives」と「主要成果 Key Results」という用語をそのまま呼称に採用し,この方式を Objectives and Key Results と名付け,短縮して OKR と呼んだ(ドーア,2018)。

同志社商学 第72巻 第3号(2020年11月) 4( 374 )

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り勝ち,世界トップのマイクロプロセッサ企業としての地位を確立する原動力となった (グローブ,2017;ドーア,2018;バーゲルマン,2006)。

Ⅱ 課題−OKR の本質的特質は何か

OKR と MBO には本質的な違いがある。OKR を支える経営管理思想と組織文化を理 解せずにたんなるツールとして実践すれば,OKR はけっきょく MBO の焼き直しにと どまり,戦略策定と実行の組織力を飛躍的に高め企業組織を活性化する OKR の本来の 効果は期待できない。OKR はたんなる管理ツールではない。小論はこの点を明らかに する。 小論の目的は,新しい経営管理ツールとして OKR の仕組みを整理することではな く,ツールの背後にある OKR の本質的な特質を確認することである。そのために, OKR 生成史における iMBO に着目する。インテルにおいて実践された iMBO は,本質 的に OKR そのものであ 9 る。したがって,iMBO を構想し実践したアンドリュー・グロ ーブの経営管理思想とインテル社の組織文化にまで立ち入ることで,OKR の特質と意 義を明らかにすることができるであろう。 OKR の本質的な特質を解明するための第 1 の課題は,グローブがインテルにおいて 実践した iMBO とはどのようなものであったのか,である。この点を整理することに よって,インテルの iMBO がどのように MBO と異なるのかが確認される。iMBO は 本質的に OKR そのものであるので,その実態を知ることによって OKR と MBO の違 いも明らかにすることができる。 第 2 の課題は,なぜアンドリュー・グローブは MBO とは異なる独自の iMBO を創 案し実践することができたのか,である。iMBO はグローブの経営管理思想およびイン テル社の組織文化と深く結びついたものだったのであるから,この問いは次のように言 い換えることができる。すなわち,アンドリュー・グローブの経営管理思想とインテル 社の組織文化はどのようなものだったのか,そしてそれらは iMBO とどのように関係 していたのか,である。 ──────────── 9 1983 年出版のグローブ自身の著作における iMBO に関する記述(グローブ,2017 : 166-179)をみる と,のちにグーグルが実践した OKR(ドーア,2018)と基本的に変わるところがない。 OKR と MBO(鈴木) ( 375 )5

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Ⅲ インテル iMBO にみる OKR の特質

1 戦略観 (1)将来志向の戦略プランニングと意味ドリブンな目標 アンドリュー・グローブは 1983 年公刊の自著において,戦略策定の考え方を以下の ように述べている(グローブ,2017 : 166-175)。 戦略プランニングは 3 つのステップで進めるべきものである。マネジャーは,第 1 ス テップとして現時点ではなく将来に向かって何が求められているかを考え・予測する。 将来見通しにおいて考慮すべき要素は,2 種類ある。1 つは,顧客,競争相手,供給業 者などの諸要因からなる経営環境の変化の見通しである。将来の変化を予測し,それが 自社にどんな影響をもたらすかを見極め,それに対処するためには今何が求められてい るかを把握する。考慮されるべき要素は,経営環境変化の将来見通しだけではない。も う 1 つの要素は,企業としての長期ビジョンである。インテルの場合,それは半導体企 業として設計・製造プロセスの両面において技術的につねに先進的であることを通し て,半導体業界の覇者であり続けることであ 10 る。要するに,グローブが述べている戦略 プランニングの第 1 ステップは,外的経営環境の変化と半導体技術の将来見通しに対し て,今何をすべきか,このような視点で自社の将来像を考えることである。 以上のように,グローブの説く戦略プランニングの第 1 ステップの特徴は,単純に将 来を見通すことではなく,将来の見通しから逆算して今何が求められているかを考え る,という実践性にある。インテルが実践した iMBO におけるプランニング・プロセ スの将来志向性は,「今何をすべきか」と不可分である。 次に,第 2 ステップとして,その将来像から今求められるものとの対比で,自社の現 状を分析することである。ただし,それはたんなる現状分析ではない。現状のまま何も しない場合,将来自社には何が起こるかを考えることである。グローブはこれを,「現 在やっていることと異なったことをまるでやらないなら,自分のビジネスはどこへ行き 着くのか」を認識することだ,と述べている(グローブ,2017 : 167)。つまり,グロー ブの現状分析とは,現状を維持した場合の将来的な帰結を考えることであった。他方, 第 1 ステップの将来分析は,将来の経営環境変化を見通して,今何が求められているか を考えることであった。 ──────────── 10 グローブの戦略プランニングの説明では,経営環境変化の将来見通しから現状を見ることが強調されて いる。他方,自社のビジョンからみた将来像から現状を見るという視点をみれば,直接の言及は見当た らない。しかし,グローブが主導したインテルの戦略プランニングにおいて,長期ビジョンが外的経営 環境変化とともに,将来像と現状分析との往復思考に含まれていたと理解するのが適切である。本稿で は,そのように整理した。 同志社商学 第72巻 第3号(2020年11月) 6( 376 )

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このように,グローブの戦略プランニングの特徴は,将来像を考える場合も現状を分 析する場合も,つねに将来と現在が同時に意識されているという点にある。グローブ は,このような将来志向の戦略プランニングの考え方はインテル以外では一般的ではな い,と述べている。企業経営の現状には,つねに解決を迫られているさまざまな問題が ある。多くの人々は,目前にある現状の問題を解決するための方策をプランニングして いるにすぎない,とグローブはい 11 う。しかし,同じく現状を分析してプランニングする 場合でも,目の前の現状が解決を迫る問題への対応策をプランニングするにすぎない場 合,そこから策定される計画は将来を主体的に切り拓くパースペクティブを持たない。 対照的に,将来志向の戦略プランニングから導かれる計画は,何のために現在それに取 り組む必要があるのかを,つまり戦略実行の WHY を明瞭に示すことができる。この 意味で,インテル iMBO の「目標 Objectives」は意義が明確であり,いわば「意味ドリ ブン」な目標になっているということができる。 次に,グローブの戦略プランニングの第 3 ステップについて見てみよう。グローブの 戦略プランニングの第 3 ステップは,求められる自社の将来像と現状の延長としての将 来像の間に生じているギャップを明らかにし,そのギャップを埋めるために今何をすべ きかを考えることである。グローブは,以下のように述べている。 プランニングの最終ステップは,環境が要求するものと現在の活動によって生み 出されるもののギャップを埋めるために,新しいタスクに着手するとか古いタスク を修正したりすることである。それには次のような質問をしてみることだ。第 1 は,ギャップを埋めるために何をする“必要”があるか。第 2 は,ギャップを埋め るために何が“できるか”。それぞれの質問を個々に考え,それから,あなたの活 動がギャップを狭める上で“どんな影響”を“いつ”与えられるかを評価しなが ら,実際に何をするかを決めることだ。こうして決めた一連の行動があなたの“戦 略”なのである。(グローブ,2017 : 170-171) みられるように,グローブの第 3 ステップには 2 つの思考手続きが含まれている。1 つはギャップ分析である。もう 1 つは,そこからどんな打ち手をとるか具体的な戦略目 ──────────── 11 「今日の問題を改めるのに必要な意思決定に集中することを強いられるのは,比喩的にいえば,車のガ ソリンが切れてしまって慌てておたおた走り回っているようなものだ。早めに満タンにしておくべきだ ったことは明らかである。このような運命に陥るのを避けるために,計画するときに解答しなければな らない問いがあることを思い出そう。それは,“明日”の問題を解決するために“今日”何をなすべき かについてである(グローブ,2017 : 175)。」同書へ序文を寄せたベン・ホロウィッツは,この将来志 向について独自の説明を与えている。「物事をなし遂げるにあたって,その出発点で注ぎ込んだエネル ギーは,終点には 10 倍の利益となって返ってくる。しかし終点に行き着いてからいくら 10 倍のエネル ギーをつぎ込んでもまったくの無駄だ。(同書,6)」 OKR と MBO(鈴木) ( 377 )7

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標と行動計画を設定することである。ギャップを埋める具体的タスクは幾つも考えら れ,その必要性の軽重分析,タスクと対比される自社の組織能力の現状,競合企業から の反作用などタスク実行が経営環境に与える影響など,取捨選択を伴う慎重な戦略プラ ンニングが必要となる。最終的なアウトプットとして,限られた時間と経営資源を何に 集中するのかを選択し,他の選択肢を棄てる戦略的判断は,ギャップ分析とは別に必要 とされる。上に引用したグローブの記述では,ギャップ分析とこのような戦略思考が区 分されないままに簡潔な説明が与えられているが,実際の戦略策定においては,第 3 ス テップの後半には最も時間とエネルギーを注ぐべき戦略的思考が要求され 12 る。 また,上に引用したグローブの記述では,「戦略」は具体的な行動計画の束,タスク の集合であるという印象を与えるが,それはグローブの真意ではない。iMBO における プランニング・プロセスの戦略的アウトプットは,「目標 Objectives」と「主要な成果 Key Results」の二段階に分かれている。上の引用における記述では,「主要な成果 Key Results」だけがアウトプットであるように読めるが,そうではない。図表 1 では,戦略 プランニングの分析枠組みと,「目標 Objectives」および「主要な成果 Key Results」の 策定を左右に区分し,両者の中央に戦略的意思決定があることを明示している。このよ うな明瞭な区分をグローブ自身は行っていないが,グローブの叙述を論理的に整理すれ ば,このような図式化が適切である。

戦略計画を「目標(Objectives)」と「主要な成果 Key Results」の二段階で策定する ことは iMBO の特徴である。今日実践されている OKR においても同様の二段階区分が ──────────── 12 この点は,インテルが 1979 年末から 1980 年に展開した「クラッシュ作戦」の経緯からも明らかであ る。「ク ラ ッ シ ュ 作 戦」に つ い て は,マ ロ ー ン(2015 : 226-238),ド ー ア(2018 : 67-77),ダ ビ ド ウ (1987 : 18-34, 227),バーゲルマン(2006 : 143-146)を参照されたい。 図表 1 OKR:将来志向と二段階の戦略策定 (出)グローブ(2017)の記述に基づき作成 同志社商学 第72巻 第3号(2020年11月) 8( 378 )

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継承されている。では,なぜグローブはこのような区分を行ったのか。 グローブは,iMBO の「目標(Objectives)」は,具体的な諸計画そのものではなく, ましてや数量的な達成目標値を示すものでもなく,既述のギャップ分析から今何が求め られているかを誰でも理解できるような定性的な表現で示すものであることを重視し た。この点について,グローブは次のように述べている。「何をやるか計画したことを ことばで公式化するに際して,それら意義がある諸活動を煮詰めて最大限に抽象化し, 要約したものが戦略である(グローブ,2017 : 171)。」 既述のギャップ分析から戦略的に導出された「意義ある諸活動」をそのまま目標とす れば,「目標 Objectives」は具体的な諸活動を列挙した具体的で定量的な諸目標となる。 しかし,インテル iMBO の「目標 Objectives」はそうではなかった。「目標 Objectives」 は,「意義がある諸活動を煮詰めて最大限に抽象化し,要約した」ものであり,したが って定性的なものである。 なぜ iMBO における「目標(Objectives)」は定性的に表現されるのか,グローブがそ の理由を説明している箇所は見当たらない。しかしそこには,「目標(Objectives)」は それを追求することの意味が組織成員に納得され共有されるものでなければならないと いう,戦略策定と実行における組織成員の主体性を尊重する意図が込められていると理 解できる。そう理解することは,インテルの組織文化を考慮すれば合理的な推定であ る。インテルの組織文化については後述する。 かくて,iMBO の「目標(Objectives)」は,二重の意味で「意味ドリブン」である。 1 つは,「目標」は将来志向と現状分析の往復から導き出されたものであり,戦略を実 行する組織成員にとって,なぜ今その目標を追求すべきなのか,その意味,つまり WHY が組織の将来像へのパースペクティブの中で明瞭になることである。2 つは,そ の WHY を示す定性的な「目標 Objectives」に対して「主要な成果 Key Results」が紐づ けられるという二段階の構成であるゆえに,当該戦略に関わる具体的諸活動(つまり 「主要な成果 Key Results」の追求)自体が,「目標 Objectives」を達成するための「意義 ある諸活動」であることがはっきりするという構成になっていることである。以上の結 果として,具体的な行動計画である「主要な成果 Key Results」は,MBO のようにトッ プダウンで与えられる単なる数量的目標ではなく,すぐれて「意味ドリブン」な性格を 持つものになる。図表 2 はこのような意味連関を図示している。

以上,1970 年代以降にインテルにおいて実践された iMBO の戦略観の特徴を整理し た。最後に,「目標 Objectives」と「主要な成果 Key Results」の目的・手段の関係は, 実際には組織階層において何層にも連鎖して「入れ子」状になるという点について説明 する。

既述の図表 1 では,OKR(iMBO)における目標が,「目標 Objectives」と「主要な成

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果 Key Results」の 2 段階に区分されている。しかし,戦略プランニングのアウトプッ トがこの 2 段階の目標,つまり組織全体としての「目標 Objectives」と「主要な成果 Key Results」の設定で終わるという意味ではない。戦略の策定と実行に関わる組織の全 部署・階層の視点から見れば,最上位の「主要な成果 Key Results」という目標は,そ れ自体が,その達成のためのより具体的な重層的な活動計画によって支えられなければ ならない。その場合,上位階層における「主要な成果 Key Results」は下位組織におい てはそれ自体が「目標」となり,その達成に向けた一層具体的な活動計画がプランニン グされて当該部署の「主要な成果 Key results」として設定され,実行される。グローブ は,この点について,何が戦略で何が戦術かは次元の違いに過ぎず,いずれも大きな戦 略的目標に対する入れ子状の戦略計画を構成する,と説明している(グローブ,2017 : 171, 179-182)。 図表 3 は,入れ子状の目標設定の具体例を示している。1979 年末から 1980 年にかけ て,インテルは,強力な競合企業であるモトローラ社のマイクロプロセッサ「68000」 図表 2 あるべき将来と二段階の戦略的手段 (出)筆者作成 図表 3 インテル「クラッシュ作戦」における全社目標と部門目標の事例 インテルの全社目標 Objective 「8086」を業界最高性能の 16 ビット・マイクロプロ セッサ・ファミリーにする。 以下をその尺度とする 技術部門の目標 Objective (1980 年第 2 四半期) 5 月 30 日 ま で に 8 MHz 版 500 個 を CGW に 届 け る。 主要な成果 Key Results(1980 年第 2 四半期) 1 「8086」ファミリーの性能の優位性を示すベンチ マークを 5 つ開発し,公表する(アプリケーショ ン部門) 2 「8086」ファミリーの全製品をリリースし直す (マーケティング部門) 3 8 MHz 版の製造を開始する(技術,製造部門) 4 演算コプロセッサのサンプルを遅くとも 6 月 15 日までに製作する(技術部門) 主要な成果 Key Results 1 4 月 5 日までに最終図版をフォトプロットにす る 2 4 月 9 日までに「Rev 2.3」マスクを工場に届ける 3 5 月 15 日までにテストテープを完了する 4 遅くとも 5 月 1 日までに工場のレッドタグを開 始する (出)J. ドーア(2018),70。 同志社商学 第72巻 第3号(2020年11月) 10( 380 )

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に対して自社のマイクロプロセッサ「8086」が顧客獲得(デザインウィ 13 ンの獲得)で劣 位に立たされるという深刻な状況を,短期集中で逆転させる戦略に取り組ん 14 だ。図表 3 の事例は,「クラッシュ作戦」と呼ばれたこの戦略における,1980 年第 2 四半期の会社 レベルの「目標 Objectives」と「主要な成果 Key Results」,および会社レベルの「主要 な成果 Key Results」のうちの 1 つをインテル技術部門の「目標 Objectives」と技術部門 自身が策定した「主要な成果 Key Results」を示している。技術部門が設定した 4 点の 活動計画(「主要な成果」)は,部門の目標(「5 月 30 日までに 8 MHz 版 500 個を CGW に届ける」)と連動し,技術部門の目標(Objective)の意味は企業レベルの「主要な成 果 Key Results」に挙げられている「8 MHz 版の製造を開始する」の達成と紐づけられ, そのことを通して,技術部門の諸活動すべてが企業レベルの目標(「8086」を業界最高 性能の 16 ビット・マイクロプロセッサ・ファミリーにする)を達成するための活動計 画であるという「意味」が鮮明になっている。

上位組織の「主要な成果 Key Results」に関連付けて下位組織が自前の「目標 Objec-tives」を設定し,その達成のための「主要な成果 Key Results」をプランニングすると いう入れ子状の関係は,最終的には現場でチームを構成するメンバー 1 人ひとりのレベ ルまで展開される。図表 4 は,その具体的事例である。 この事例の背景と意味を説明しておこう。「クラッシュ作戦」を 5 年遡った 1974 年, インテルは 8 ビット・マイクロプロセッサ 8080 を発表した(マローン,2015 : 222-223;バーゲルマン,2006 : 142-143)。同じころにインテルに入社したばかりのジョ ン・ドーア(注 5 参照)に与えられた仕事は,8080 が競合製品と比べて高速で高性能 であることを証明することであった(ドーア,2018 : 46)。図表 4 は,入社して研修を 受けたばかりのドーアが 1975 年に作成した「目標」と「主要な成果」である。入れ子 ──────────── 13 デザインウィンとは,マイクロプロセッサと周辺デバイスが顧客の製品開発計画に正式採用されること である。それは将来にわたる注文の継続を保証する。「新製品に特定のマイクロプロセッサを採用した 企業は,その後継機や改良版を開発するときも別のプロセッサに変えようとはしない。(マローン, 2015:230)」デザインウィン獲得に敗北し続けるということは,将来のマイクロプロセッサ事業の敗退 を意味する。 14 脚注 12 を参照されたい。 図表 4 ドーアが作成した個人レベルの目標と主要な成果(1975 年) 目標 Objective インテル「8080」がモトローラ「6800」より高性能であることを証明する 主要な成果 Key Results 1 5 つのベンチマークを完成する 2 デモを制作する 3 現場部隊のために営業トレーニング教材を制作する 4 営業トレーニング教材の有効性を確認するために,顧客 3 社を訪問する (出)J. ドーア(2018),48。 OKR と MBO(鈴木) ( 381 )11

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状の連鎖の末端における具体的事例である。前の図表 3 にみられるように,iMBO (OKR)の目標は通常四半期ごとに作成され,戦略目標の内容によっては 1 カ月単位で 作成されるが,図表 4 の事例では 1 カ月単位であった(ドーア,2018 : 46)。 図表 3,図表 4 の「主要な成果 Key Results」がすべて具体的な行動計画であることに 注意を喚起しておきたい。iMBO の目標は後述する MBO の目標とは異なり,何をすれ ばよいかが計画されていない無意味な数値目標ではない。実践する組織成員にとって戦 略行動の意味が鮮明で,具体的なものである。しかも,行動計画は主体的に策定され 15 る。意味ある戦略目標の実現に向けて策定される具体的な行動計画であれば,戦略計画 の対象期間は MBO のような必ず 1 年間というような硬直的な年間計画にはならない。 iMBO(OKR)の戦略期間は戦略進捗と外的環境変化によって柔軟に設定され,通常は 長くても四半期である。 (2)「目標」の異質性−MBO と iMBO の違い インテル iMBO においては,戦略「目標」の意味,その達成のための諸活動(「主要 な成果」)の意味が具体的で明瞭であることを明らかにした。 iMBO と通常の MBO の本質的な違いは,プランニング・プロセスから設定される目 標に目を向けることによって,鮮明になる。両者は全く異質である。MBO における 「目標」は iMBO における「目標」とどのように異なるのか。以下,この点を明らかに する。 iMBO(OKR)と MBO の「目標」が全く異質のものになる経路には,二つのパター ンがある。その 1 つは,多くの企業の MBO においては戦略らしい戦略が存在せず,年 間予算計画が戦略と見なされ,予算計画から導出される財務的目標が MBO の目標にな る,という事情である。もう 1 つのパターンは,予算計画とは別に戦略が掲げられてい る場合でも,戦略目標が無媒介に数値指標(metrics)に還元され,そもそも何が戦略目 標であったのかが忘れられて,数値指標のみが MBO の達成すべき目標として組織成員 に対する強力な管理的要請になる,という事情である。以下,2 つのパターンを順に取 り上げる。 予算計画と MBO MBO を実践する諸企業において,MBO の「目標」の基礎になる「戦略」とは予算 計画そのものであり,予算計画以外に「戦略」が何もないという場合が非常に多い。こ の点について,企業の「戦略」に長くかかわってきた R. L. Martin は,次のように述べ ている。 ──────────── 15 インテル入社後の 1975 年のドーアの体験−「社内の知識労働者は全員,自分の『目標と主要な結果』を 毎月作成していた。…上司がやってきて,私にも作成するよう指示した」。こうして作成されたものが, 図表 4 である。ドーア,2018 : 46。 同志社商学 第72巻 第3号(2020年11月) 12( 382 )

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私は 30 年以上にわたり戦略の領域で働いてきたが,私が見てきた諸企業が自社 の戦略計画だと考えているもののほとんど(vast majority)は,大量の説明文が付 いた単なる予算計画(budgets)であった。そのようなことになるのは,ほとんど の企業において財務部門が戦略プロセスに深く関与していることも関係しているの であろう。(Martin, R. L., 2013) 戦略をプランニングすることと予算計画を策定することは,本来は全く異なることで ある。予算計画を策定する財務部門においては,経営環境の将来と現状を分析して本来 の戦略を立案することは,部門の仕事ではない。そのような能力もない。プランニング された戦略を所与として,それを予算計画に組み込んで反映させることが財務部門の仕 事であろう。ところが,R. L. Martin が長年の経験をもとに指摘しているのは,多くの 企業が予算計画を戦略だと考えていて,本来の戦略がないということである。このよう な企業でも,次年度や中期の売上成長目標やそれに伴う支出見通し,利益見通しなどは 作成している。財務部門は,これらを基に予算計画を組み上げる。 このような状況はインテルのそれとはまったく異なる。当然ながら,インテルにおい ても予算計画は策定されていた。しかし,既述の戦略プランニング・プロセスによって 策定された戦略的目標・戦略行動計画があり,それが予算計画に反映されることはあっ ても,予算計画と戦略目標は異なるものである。既述のように,戦略目標(Objectives) と戦略的行動(Key Results)に意味を付与するのは戦略そのものであった。しかし,イ ンテルとは異なり,R. L. Martin は,ほとんどの経営者は「なぜ一企業が戦略と予算計 画の両方を持つ必要があるのか」を理解していないという。予算計画が戦略そのもので あり,予算策定が「戦略」プランニングなのである。 フォーチュン 500 企業のほとんどは,年間サイクルの予算年度に合わせて目標設定を 行っている。MBO が組織成員ごとの目標設定から個人業績評価までのサイクルを 1 年 単位としているのは,MBO の目標が予算計画に紐づけられていることを示すものであ る(ホープ,ブレーザー,2005 : 6-7, 28)。年度初めに取締役会は全社目標を設定する。 通常それは売上増加,利益増加などの金銭的な業績指標(financial metrics)である。全 社目標は,組織階層を順次下ってカスケードされる。ほぼ 90% 以上の会社では,カス ケーディング・プロセスは非常にコントロールされたものである。副社長,ビジネス・ ユニットの目標から,最終的には組織成員個人の MBO 目標になり,それら数量的目標 の年間達成度が人事評価,報酬管理のための基準となる(Mello, 2019 : 31-16 32)。 ──────────── 16 営業などの業務ではチームや社員の目標ははっきりしているが,厳密にいえばマーケティング,ファイ ナンス,HR,法務等の社員やチームの目標は,曖昧な目標となる。たとえば,期限通りにレポートを 作成する,顧客に対するエクセレントな配慮,新しい応募者トラッキング・システムの実施等々。達成 なのか否かの判断は困難であるような目標である(Mello, 2019 : 31-32)。 OKR と MBO(鈴木) ( 383 )13

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これら金銭的な業績目標からは,それを追求する組織メンバーを内発的に鼓舞するよ うな戦略的な「意味」は得られない。もともと意味などないのであれば,それは当然の ことである。目標の無意味性は MBO の特質であり,iMBO と本質的に異なる点であ る。 本質的な違いはこれだけではない。iMBO の場合は,定性的な戦略目標(Objectives) を達成するための具体的な諸手段(「主要な成果 Key Results」)が戦略実行の現場組織 を基礎に策定される。そこには,基本的な特徴がある。具体的に何を達成すれば戦略目 標の達成に貢献できるのかが,戦略実行メンバーに見えていることである。このこと が,iMBO において,戦略目標達成に向けた組織成員の高い意欲を引き出す。対照的 に,MBO のように数量的財務指標を達成目標とした場合,何をすることで目標に接近 できるのか,そのプロセスがはっきりしない。達成の見通しが具体的に見えないこと が,目標達成に対する組織の活力を惹きだせない理由の 1 つとなっている。 具体的な取り組み目標が見えない点は,無意味性とともに,MBO の顕著な特質なの である。目標達成に向けて何に取り組めばよいのかが具体的に明瞭な iMBO とは対照 的に,本来は結果に過ぎない数値目標のみが目標として提示され,その意味では業績評 価基準は明瞭であるが,何に取り組めばよいのかが目標に組み込まれていない MBO, と整理することができ 17 る。 この点は,以下に述べる第 2 のパターンにも共通している。 戦略が数値指標にすりかわる 第 2 のパターンは,予算計画がそのまま MBO の目標となる第 1 パターンとは異な る。予算計画とは別に抽象的な戦略が存在する場合である。しかし,以下に見るよう に,結果は同じである。MBO の達成すべき目標はけっきょく無媒介に数量的な指標 (metrics)に還元され 18 る。 このパターンの特徴は,定性的な戦略目標がとりあえず存在することである。しか し,定性的な戦略目標が既述のインテルのプランニングのように,将来志向性を担保し ていることは期待できない。また,インテル iMBO のように,定性的な戦略目標を追 求するための具体的な行動諸計画が組織全体でプランニングされて,「主要な成果 Key Results」の体系になるのではなく,抽象的な戦略から一気に業績評価基準としての数値 指標(metrics)に飛躍し,それがトップダウンで与えられ,達成できたかどうかが問題 ──────────── 17 無意味性と非具体性は,予算管理制度と MBO による業績評価制度への強い疎外感を惹き起こす。米国 企業に対する大規模な質問票調査によれば,マネジャーたちは予算管理制度に反感を持っているか,ど んな手段であれ予算目標値を達成しなければならない,成果を出せないと「将来はない」というプレッ シャーを感じているかいずれかであった。ホープ,フレーザー(2005),xx-xxi,イントロダクション。 18 アメリカでは,日本で一般化している KPI(重要業績指標)という用語はあまり用いられず,むしろ metrics, measure などが一般的である。名称は異なるが,その影響,帰結に違いはない。 同志社商学 第72巻 第3号(2020年11月) 14( 384 )

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とされる。数値指標が MBO の追求すべき目標である。 このパターンの場合は,戦略があったとしても実践においては意味をなさず,数値指 標の達成のみが組織的に追求される。具体例を挙げるのが分かり易いであろう。アメリ カの大手金融機関ウェルズ・ファーゴは,顧客との長期的な関係性を育てることを「戦 略」として掲げていた。そして,この「戦略」が組織と個人の業績としてどこまで達成 できているかを測定する数値指標として,ウェルズ・ファーゴのマネジメントは,「ク ロスセリング」を掲げ,その追求を組織成員に厳しく求めた。ウェルズ・ファーゴの CEO は,「目標は各顧客に当社の 8 つの商品を保有してもらうことだ」とこれを説明し た。顧客との長期的な関係性を育てるためには,リテール部門の現場で何を追求するべ きか,行動計画が具体的に案出されるのが,iMBO にみられた戦略プランニングであ る。しかし,ウェルズ・ファーゴの場合はそうではなく,「戦略」は顧客あたりの複数 商品保有率という数値指標に還元され,その達成度が MBO の評価基準とされ,それの みが追求された。顧客との長期的な関係性を育てるという本来の意味は意識されなかっ た(ハリス,テイラー,2020)。 ウェルズ・ファーゴと対照的な戦略アプローチをとることで高い経営成果を上げてい る金融機関の事例もある。スウェーデンに本拠を置く北欧を代表する商業銀行の 1 つ, スベンスカ・ハンデルスバンケン(Svenska Handelsbanken)は,財務的数値指標を業績 目標とする MBO アプローチをとっていない。同行は,売上高や利益額,シェア,新規 顧客獲得金額などの数値目標を設定していない。同行の経営目標は,「競合他行よりも 事後的に優れた収益性(ROE)を達成すること」である。収益性(ROE)の具体的目標 として掲げられているのは,顧客満足度の追求とコスト効率性(コストインカム比率: 〈経費+減価償却費〉を収入の合計で除す)である。ROE やコスト効率性はそれ自体が 財務的数値指標であり,そこには目標そのものの有意味性はみられない。この点では MBO と同じである。しかし,同行は,数値指標の達成は様々な環境要因の影響を受け ることを考慮し,達成すべき目標は数値そのものではなく,同一期間に競合他行を上回 る相対的業績を上げることである,としている。「競合他行と比較してより高い顧客満 足度とコスト効率性を達成する」という戦略目標は,定性的な目標であり,合理的で意 味のある設定である。そして同行は,この目標に向かって何に力を入れるかについて は,支店ごとに多面的な具体的戦略を設定する自律性を各支店に与えている。以上のよ うなスベンスカの戦略管理方式は,定性的な目標とそれを実現するための具体的な行動 目標という点で,iMBO の「主要な成果 Key Results」の考え方に近似している。この ような経営管理方式を通じて,同行は,北欧主要行の中で最も低いコストインカム比率 を達成している。また,顧客満足度は競合他行を上回っている(濱田隆徳・岩井浩一, 2006 : 77-79)。

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MBO の 2 つのパターンはけっきょく同じことになる。2 つのパターンはいずれの場 合も,戦略の意味が希薄で,かつ具体的な行動計画を伴わない数値指標が目標とされて いる。以上が,MBO の目標の特徴である。そのため,組織成員の目標達成への内発的 意欲に期待することは困難であり,「やらせる管理」すなわち「コマンド・アンド・コ ントロール」型の管理様式が追求される。そこでは数値指標の達成度のような紛れのな い結果指標が適合的であり,MBO は組織成員を数値指標の達成度でレーティングする 業績管理と分かち難く結び付くことにな 19 る。これに対して,iMBO(OKR)は,目標追 求を業績管理でコントロールすることをシステムに必須としていない。iMBO と人事考 課との関係については,後述する。 2 平等主義の組織文化と組織プロセス 以下では,インテル iMBO の特質を,同社の組織文化,組織プロセスの視点から明 らかにする。インテルの組織文化,組織プロセスは,現代においては特殊なものではな く,世紀交替期以降にアメリカ西海岸から増殖し急成長した諸企業においては共通する ものである。そのような組織文化,組織プロセスを基礎とすることによって,iMBO の 特質が可能となっていることを明らかにする。これによって明らかになることは,ほぼ そのまま OKR とそれを実践する組織にも必要とされるものである。 (1)平等主義,自由なコミュニケーション,情報共有 インテルは創業直後から平等主義(egalitarianism)を標榜する企業であった。平等主 義的組織文化は,現代ではそれほど珍しくない。シリコンバレーを中心にアメリカのハ イテク企業と新興スタートアップ企業では比較的広く認められる特徴である。しかし, 1970 年代から 90 年代の時期においては平等主義的組織文化は一般的ではなく,むしろ 非常に珍しかった。半導体のようなハイテク産業においてさえ,平等主義は一般的では なかった。たとえば,テキサス・インスツルメンツ社は「階層的で社内政治の盛んな」 伝統的文化を持つ企業であった(マローン,2015 : 143)。 そうした時代に,インテルの平等主義文化は異彩を放っていた。マイケル・マローン は,インテルの組織文化について以下のように記述している。 インテルは創業当初から平等主義を標榜していた。だから重役専用のオフィスは ──────────── 19 以上の帰結として,MBO システムにおいては,組織成員が自社の現在の重要課題は何かという質問に 答えられず,何をしたら良いのか具体的な行動計画を持たず,与えられた目標数値に対しても情熱を感 じていない,ということになる。フランクリン・コヴィ社による 10 大産業の 10 の職能の 23,000 人を 対象とした調査結果では,52% の回答者が会社の目標を答えられなかった。目標に対して何をしたら よいか分からないという人は 65%,目標達成に情熱を持っていない人は 81% であった(マチェズニ ー・他,2016 : 25-26 頁)。類似の調査結果について,Sull and Homkes(2015)も参照されたい。

同志社商学 第72巻 第3号(2020年11月) 16( 386 )

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なく,ノイスとムーアは(後を継いだグローブも)役職には頓着せず,組織の上か ら下まで形式張ったところはなく風通しがよかった。…。シリコンバレーを含めて 1960 年代のアメリカ企業社会では,攻撃的でありながら民主的なインテルの文化 は異彩を放っていた。…。インテルがこの 40 年あまりで達成した偉業のうち,き わめて重要であるにもかかわらずあまり評価されていないのは,その社風と企業文 化である。いずれもこの写真(創業 2 年後の約 200 人の組織成員全員の写真で,撮 影は 1970 年:引用者)が撮影された頃には確立されており,その後従業員数では 約 1000 倍,売り上げ規模では数万倍に成長し,世界中に拠点を広げて多様な文化 や民族を取り込んでいく過程でもほとんど変わらなかっ 20 た。 平等主義の文化と密接に結びついていたのが,オープンなコミュニケーションであ る。インテルでは,社内のコミュニケーションは組織階層の上下関係に遮られることな く,オープンであった。この点についてマローンは,「インテルではノイスとムーアが 平等主義や自由なコミュニケーションを標榜していたため,実際,組織は革命的といえ るほどフラットだった。…創業者のキュービクル(間仕切りで仕切った執務スペース: 引用者)には誰でも行って話すことができた」と記述してい 21 る。 インテルの組織文化は,iMBO の戦略プランニングと戦略実行にどのような影響を与 えたのだろうか。1983 年に書かれたグローブ自身の著作はこの点に簡潔な説明を与え ている。インテルの平等主義の奇抜さに戸惑ったジャーナリストが,グローブに対し て,役員個室ではなく間仕切りだけの大部屋,平等な駐車場などは,うわべだけの平等 主義なのではないかと問うたのに対して,グローブは,平等主義は組織存続のために必 須なのだ,と以下のように答えている。 われわれのビジネスでは,毎日,知識パワーを持つ人々と地位パワーを持つ人々 を結びつけなければならない。彼らが一緒になって向こう何年もの将来にわたって われわれに影響する意思決定をする。…。今や,ステータス・シンボルが,アイデ アや事実や意見の流れを促進できないことは,かなりはっきりしている。(グロー ブ,2017 : 154) 変化が激しくかつ複雑な経営環境のなかで,現場がもつ「アイデアや事実や意見」な どの最新情報をオープンに交換できなければ,適切で迅速な意思決定はできない,その ──────────── 20 マローン(2014 : 118, 120;邦訳,139-141)。訳文一部変更。マローンは,インテルの平等主義文化は 時代に数十年先行し,やがて西海岸のベンチャー企業や世界中の大企業に拡散していった,と述べてい る(邦訳書,149)。 21 Ibid., p.122;邦訳,143。訳文一部変更。 OKR と MBO(鈴木) ( 387 )17

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ために経営者は現場のマネジャーや技術者,販売担当者などと,オープンで対等な関係 を維持しなければならない,それゆえに平等主義文化は必須だ,という趣旨である。グ ローブは十数年後の著作においても,この考え方を繰り返し強調している。 第一線で働いている人々は,たいてい迫り来る変化にいち早く気づくものだ。販 売担当者は,経営者よりも早く顧客の要求の変化を察知するし,財務分析担当者 は,事業基盤の変化を最も早く知る。(グローブ,1997 : 115-116) 以前,あるマーケットリサーチの専門家が私にこう嘆いた。彼女が勤める会社で は,彼女と経営陣との間に何重もの層があり,せっかく事実に基づいた調査をして も経営陣まで届かないというのだ。「上の人はこの報告を聴きたがらないと思う」 というのが直属の上司たちの常套句で,そういった階層を通過するうちに,少しず つ悪いデータやポイントが削除されてしまうのだ。(中略)会社を興してからとい うもの,インテルでは,知識の力を持つ者と,組織の力を持つ者との間にある壁を 取り払おうと,全力で取り組んできた。自分の担当地域を知る販売担当者や,最新 テクノロジーに没頭しているコンピューター設計者や技術者は知識の力を持ち,一 方,資源を管理して配分し直したり,予算を組んだり,あるプロジェクトに人材を 配置したり異動させたりする者は組織の力を持つ。…必要なことは,知識力を持つ 者と組織の力を持つ者が,…協力的なやり取りを活発に行い,そういった社風を維 持していくことなのだ。(同上書,141-142) 以上の引用にみられるように,グローブは,インテルが平等主義的組織文化を標榜す る根拠を,オープンなコミュニケーションと情報共有によって迅速で的確な意思決定が 可能になるからだと説明している。この説明は,ある意味では功利主義的にみえる。経 営に役立つから平等主義的組織文化を重視している,と聞こえるからである。しかし, ならばインテルに限らず同時代の競合企業も同様の組織文化を培ったかといえば,そう ではなかった。インテルは,経営に役立つから平等主義の組織文化を培ったのではな く,ムーアとノイスという二人の創業者が志向した平等主義の価値観が結果的にオープ ンなコミュニケーションと情報共有を組織に根付かせ,そしてオープンなコミュニケー ションと情報共有が経営上の意思決定に与える効果を繰り返し経験することを通じて, いっそう平等主義の文化が定着した,と理解するのが適切である。このような組織文化 は,たしかに iMBO が効果的に機能する上で重要な役割を果たし,したがってオープ ンなコミュニケーションと情報共有の文化と組織プロセスは iMBO にとって必要な条 件となっていた,といえる。iMBO(OKR)を継承したグーグルにおいて OKR が効果 的に機能しているのは,同社の徹底した情報公開と自由なコミュニケーションの組織文 同志社商学 第72巻 第3号(2020年11月) 18( 388 )

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化と OKR との相性が良いからである。 (2)1 on 1 ミーティング 平等主義,オープンなコミュニケーションと情報共有という組織文脈の中から,イン テルにおいて開発され定着した経営慣行の 1 つが,1 on 1(ワン・オン・ワン)ミーテ ィングである(以下,1 on 1 と略記)。1 on 1 は,ごく近年になって漸く日本企業の一部 でも取り入れられるようになった経営慣行である。インテルは,これをグローブのイニ シアティブで 1970 年代から実践した。インテルの 1 on 1 について,グローブは次のよ うに述べている。 インテル社で,1 on 1 というのは監督者と部下の間のミーティングのことで,仕 事上の関係を維持する重要な方法となっている。その主な目的は,相互に教えた り,情報を交換したりすることである。特定の問題や状況について話すことによっ て,監督者はスキルやノウハウを部下に教え,物事のアプローチの仕方を提案でき る。同時に,部下のほうは自分が何をやっているのか,何に関心があり心配してい るのかの情報を監督者に詳しく伝えられる。寡聞にして,定例的に予定した形での 1 on 1 というのは,インテル社以外ではほとんど見ることができない。(グローブ, 2017 : 128) インテルの 1 on 1 は,グローブの個人的体験から始められたものである。インテル創 立直後,グローブは技術部門と製造部門の両方のマネジャーとなったが,当時の主要製 品であったメモリー半導体について何も知らなかった。また,その製造技術についても 知らなかった。グローブはそこで,2 人の部下に半導体の設計と製造法の個人レッスン を頼み,承知してもらった。部下を教師とするレッスンは時間を決めて繰り返された。 上司と部下との対等の対話による勉強会の経験はグローブにその効果を認識させた。 「インテル社が伸びるとともに,こうした 1 on 1 の当初の気風と精神はそのまま引き継 がれて,育っていった」とグローブは記している(同上書,129)。 上司と部下とを分ける階層主義文化の影響から自由なインテルの社風の下では,技術 部門と製造部門の責任者であったグローブも部下に教えを乞うことに違和感がなく,ま た最新技術を上司に教える部下にもためらいはなかった。この体験を契機に 1 on 1 とい う上司と部下の定例ミーティングをグローブがインテル社に定着させたのは,コミュニ ケーションと情報共有にとっての 1 on 1 の意義を確信したからにほかならない。グロー ブは,職場で上司と部下は日常的に顔を合わせ,通りすがりに仕事の話をしたり,ある いは具体的な問題を解決するための使命中心のミーティングを随時行うけれども,その ようなコミュニケーションで得られるものは「1 on 1 とは格段の差があるのだ」とその OKR と MBO(鈴木) ( 389 )19

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必要性を強調している(同上書,128)。 1 on 1 の何が「格段の差」を生むとグローブは考えたのか。仕事上の主要な情報は, 日常の仕事の中では上司から部下へ流れる。部下から上司への情報の流れは,通常は, 様式化された報告情報である。1 on 1 は,仕事上の報告情報には含まれないような情報 を一対一の対話の中に登場させることによって,部下が抱えている困難や心配を上司が 理解し,それを受けて上司から部下へ上司の助言という逆の情報の流れも可能になる。 それゆえ,1 on 1 の話題は部下から出されるのであって上司からではない。グローブは これを,「1 on 1 の大切な点は,これが“部下の”ミーティングであり,その議題や調 子も部下が決めるべき筋合いのものと考えることである」と述べている(同上書,130-131)。グローブは,この点を敷衍して丁寧な説明を与えている。 1 on 1 では何を話し合うべきか。…。たとえ問題が明白なものでなくても何かが 異常だといった直感にしかすぎない場合でも,部下としては上司にそのことを率直 に告げなければならない。それが組織のブラックボックスをのぞき込むきっかけに なるからである。話し合うべき事項を決める最も重要な基準は,それが部下につき まとって苦しめている問題かどうかである。(同上書,130-131) 仕事上の問題解決のミーティングや職場での偶然の対話では取り上げられないよう な,部下が気になっている問題を話し合うことを通じて,部下は上司の理解を得て安心 して仕事に励むことができ,また貴重な助言を得ることもできる。こうして,部下の仕 事の質が上がる。「1 on 1 が発揮するテコ作用は明らかに大きい」(同上書,134)。 また,1 on 1 を通じて上司は部下から貴重な情報や着眼点を得る。1 人のセールス・ マネジャーとの 1 on 1 で得られた情報が,事業グループ全体の販売方針の転換を惹き起 こした事例について,グローブは語っている(同上書,134-135)。1 on 1 ミーティング は,グローブと直属のマネジャーとの間,監督者と現場社員の間など,組織すべての階 層において定例的に行われた。そこに流れる情報は,仕事上の問題解決ミーティングな どでは取り上げにくいテーマでありながら,重要な問題を示唆するものであることが多 い。こうした情報が組織の全体を通して流れることで,1 on 1 はインテル社のコミュニ ケーションと情報共有の密度を高める役割を果たした。 (3)「建設的対立」の規範 平等主義の組織文化と,オープンなコミュニケーション,情報共有という考え方は, インテルにおける日常の働き方として共有される種々の規範的意識を生み出した。その 中でも重要な役割を果たしたのが,「建設的対立」の規範である。 経営には戦略的転換点が繰り返し訪れる。とりわけ技術と市場環境の変化,グローバ 同志社商学 第72巻 第3号(2020年11月) 20( 390 )

(22)

ルな競争環境の変化の激しさという点で,インテルは繰り返し大きな戦略転換点を迎え た。その戦略転換の成否を左右したのは,戦略プランニングの組織プロセスであった。 重要であったのは,戦略的意思決定に影響するさまざまな情報とアイデアがもたらす価 値について臆することなく主張し,組織内の役職の上下関係とは無関係にオープンな討 論を行うことを奨励する規範がインテルにあったことである。インテルの戦略史を詳細 に分析したバーゲルマンは述べている。 討論では建設的対立を作り出すことが奨励され,知識に基づく意見は地位に基づ く権限によって封じ込められるべきではないというルールが実践されていた。グロ ーブは,インテルでは「だれも黙れと言われることはない」と主張していた。(バ ーゲルマン,2006 : 86) ノイス,ムーア,グローブの三人が,この規範の定着に「重要な役割を果たしたこと は間違いない」。トップ 3 人の考え方の下で,マネジャーの大半は,「インテルでは知識 と事実が地位に勝るという認識を持っていた」。戦略的方針について,「時には怒鳴り合 いに」なるような激しい議論が地位に関係なくたたかわされた。しかし,「建設的対立」 の規範は,自由な議論の末に何も行動方針が決まらないという,よくある弊害を随伴し なかった。それは,グローブが,議論は必ず最後に戦略プランニングに結実すること, そして戦略プランニングがひとたび決定された後には同意しなかった人も行動計画にコ ミットすることを追求したからであ 22 る。必ず決定し,決定には従い,決められた目標を 追求するという,グローブの求めた結果重視の規範が,「建設的対立」を意味あるもの にしていた(バーゲルマン,138-139)。 以上に述べたような,オープンなコミュニケーションと情報共有,「建設的対立」と 結果重視の組織文化(労働規範)はインテルの命運を左右した戦略転換点において,重 要な役割を繰り返し果たし 23 た。グローブ自身,次のように振り返っている。 大切なことは,戦略転換点がはっきりしていることはめったにないということ だ。豊富な情報を持ち,目的意識も高い人たちが,同じ状況を前にしても,全く異 なる解釈をする。だからこそ,明確な像を描く過程に,あらゆる関係者の知恵を動 ──────────── 22 この点についてマローンは,「アンディ・グローブ が い た か ら で あ る」と 言 う(マ ロ ー ン,2015 : 149)。ノイスは自由な議論を好んだが,同時に,議論ばかりで行動に結び付かない,結果にコミットし ないという傾向を免れなかった。グローブがいたことで,バランスが取れたのである。それは,「目標 Objectives」と「主要な成果 Key Results」という iMBO の基本構造,およびその入れ子状の連鎖にはっ きりと認められる。

23 その詳細は,バーゲルマン(2006),マローン(2015)を参照。また戦略転換点におけるインテル経営 史の最良の記録の 1 つは,経営当事者が書いたグローブ(1997)である。

参照

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