7-1 第二工場 第一工場 水路跡 製品小屋跡 初代製材工場跡 休憩小屋 車庫 目立て小屋 鋸屑小屋 事務所 隈上川 県道106号線 広場 ← 0 10 20 40
山間部に立地する製材所の成立と変遷
−浮羽町田篭地区旧平川製材所を対象として−
赤田 心太 1. はじめに 1-1. 研究の背景と目的 浮羽町は総面積の 6 割が山林で覆われ , その 8 割が 人工林で構成される。明治期から植林が行われ , その 資源を利用した製材業が大正から昭和初期にかけて発 展し , 昭和 20 年代後半には町内商工業の中で最も従業 員数が多い業態であった。多くの製材所が浮羽町平野 部において発展する中で , 山間部にも製材所が少なか らず存在していた。平川製材所はそうした山間部にお いて大きく発展した製材所の一つである。 本研究では山間部にて発展した製材所の一例として 浮羽町田篭地区の旧平川製材所をとりあげ , その成立 と変遷を明らかにすることを目的とする。 1-2. 研究対象および方法 旧平川製材所は耳納山地の谷間にある田篭地区馬場 にて大正期〜昭和末期まで営業していた製材所である (図 1)。当製材所は , 山間部に立地する製材所として 浮羽町で唯一 , 水力タービンを動力として利用しなが ら製材機械を動かし , 昭和 40 年代には浮羽町の代表的 な製材所として成長した。現在 , 当製材所は営業を終 了し , 建物の老朽化が激しく , かろうじて形を保って いる状態である。 本研究では旧平川製材所の実測調査を行った。また 当製材所所有者へのヒアリングおよび文献調査による 情報をもとに考察を行った。 2. 旧平川製材所の現存建築物概要 平川製材所は山間部の谷間に位置し , 隈上川沿いの 崖の上に川を見下ろすように建っている。敷地内には 第一工場 , 第二工場 , 事務所が広場を囲むようにして 配置される(図 2)。県道沿いに休憩小屋 , 車庫が現存 しており , また第一工場横には製品小屋が二棟存在し ていたとされる。平川製材所の製材業全般はこの敷地 内で行われていたという。 2-1. 第一工場 第一工場は平川製材所の建物の中で最も規模の大き い建築物であり , 広場と同じ高さの一階とその下に地 図 3 平川製材所現状平面図 図 1 浮羽町全図 図 2 平川製材所配置図 一階 地階 0 1000 3000m 新川地区 ↑朝倉市 →日田市 ↓八女市 ←久留米市 馬場 三寺拂 県道106号線 田籠地区 製材所 旧平川製材所 第二工場 第一工場 目立て小屋地階 事務所 隈上川 第二工場 第一工場 旧製品小屋 目立て小屋 鋸屑小屋 事務所 隈上川7-2 階の空間がある(図 3)。工場一階の平面は仕切りのな い連続した空間で構成される。その内 , 桁行 19m 梁間 14m の主屋の大空間は梁間方向のクイーンポストトラ スおよび桁行方向の斜材によって支えられる。さらに 主屋の構造に付属するように下屋が北 , 西に伸びてお り , 北の下屋の一部が崖から迫り出している。工場内 部には帯鋸機 2 台の跡が現在も残り , 片方には台車の レールが残る。第一工場地階は石垣によって造成され た土地の上に工場一階を支える多数の柱が立ち , 石垣 の壁面を取り込みながら上階を支えており , それら構 造体の間に製材機械の動力機器が並んでいる。 2-2. 第二工場 第二工場は第一工場に接続した形で配置している が , 構造的に独立したトラス構造によって支えられて いる。その工場空間内部は 110 ㎡の縦長の空間を確保 しており , 一台の機械跡が残る(図 3)。また , 地階は 第一工場より地続きの空間となっている。造成された 敷地の上に動力機械が整備され , さらに上階のレール 下には石垣によって長方形のスペースが作られている。 さらに第二工場には工場空間に付属するように目立 て小屋 , 鋸屑小屋が配置されている。まず , 工場空間 中央に接する目立て小屋はトラス構造によって 35 ㎡の 空間が確保され , その地階は上階と同じ広さの空間が 第二工場地階と仕切りのない状態で繋がる。また , 鋸 屑小屋は第二工場屋根に接した無開口の建築物である。 2-3. 事務所及びその他建築物 第二工場横に製材工場空間とは別に事務所が建設さ れている。内部一階には事務机などのある空間 , その 奥と地階には座敷を持つ部屋がそれぞれ配置される(図 3)。さらに平川製材所を敷地内のものとして休憩小屋 および車庫が現存している。休憩小屋は倉庫と小さな 暖炉跡をもつ小屋であり , 車庫は大と小の二棟 , どち らも県道沿いに建てられている。 3. 平川製材所の成立と変遷 3-1. 平川家の製材業創業と整備 平川製材所は大正 10 年の製材業創業から営業終了の 平成 2 年の間に移転 , 増築を経て現在まで至っている (図 4)。この章ではヒアリングおよび文献資料により , 平川製材所の製材業経営 , 製材工場建築およびその空 間と機能に焦点を当てて , その成立と変遷を整理する。 まず , 現平川製材所工場の成立以前の平川製材所の経 営を整理し , その位置づけを考察する。 3-1-1. 平川製材所の創業 大正期浮羽町の建材生産は山中での個人作業であっ 図 5 動力水路 堰での取水 合流 合流 水路強化跡 水量調整 分岐 水量調整 タービン動力利用 水車動力利用 旧平川製材所 初代製材所 初代製材所 馬場集落 現平川製材所跡 ←谷川 ←三寺拂集落田地へ 谷川→ ←水路 ←水路 0 25 50 100 動力用水路 図 4 工場変遷 製材所 隈上川 製材所 3. 昭和 14 年 - 4. 昭和 40 年 2. 大正 12 年 1. 大正 10 年 -たものから , 徐々に製材所で行われるようになる。そ うした中で , 大正 10 年に平川家は生業の農業に加え て , 製材所を設け , 製材業を始める。創設当初 , 丸鋸 一つでの個人経営によって営まれていた。 製材所を設けるにあたり , 現在の敷地対岸の田地を 敷地とし , 小規模な製材所を建てていた。明治期では 製材所成立時の敷地は田地であり , 給水のための水路 が馬場集落の谷川から下流の三 さ じ ば ら い 寺拂地区まで水路が整 備されていた(図 5)。その中間地点に位置する当製材 所は , 当時広まっていたの足踏み式の丸鋸ではなく , 水車を利用しており , 上記の水路の水を動力として利 用していたと考えられる。こうして , 山間部での平川 製材所製材業が成立した。しかし同年の集中豪雨によ る水害によってその設備基盤の一切を失う。 3-1-2. 平川製材所の移転と製材設備の整備 水害後 ,2 年間の営業休止期間を経て , 平川家は製材 業を再開 , 現在の敷地へ移転し , 何らかの形で製材所 を建てていた。再開にあたって対岸の敷地の土地を借 り , 敷地整備 , 水路整備および機械設備購入などを行 い , 第一工場成立前の現在の敷地では , そうした製材 業の設備的な下地を固めていった。 移転前の製材所敷地は田地であり , 明治期において , それらの田地へ給水のために馬場集落棚田の水路が当 敷地まで伸びていた。平川製材所は水害後にその水路
7-3 0 2.5 5 10 平川製材所断面図 1:200 水路 帯鋸機械 貯水庫 排出口 隈上川 タービン 木クズ排出口 動力伝達車 3-2-2. 第二工場および事務所の付加 昭和 26 年頃において平川製材所は戦後の木材需要に 対応して , その能力の増強と合理化を行う。それに伴 い , 従業員を増やしていく中で , 事務員の常駐のため の事務所 , また製材能力強化のために新しい台車付帯 鋸機械を導入していく。また , 水力から電力への切り 替えを行い , 水量に関わらず製材活動が行えるように の水を動力に利用するために水路末端の堰および谷川 との合流地点の強化を行っている。 また , その水の動力利用において敷地の高低差を利 用した水力タービンを採用した。水力タービンでは貯 水庫に貯められた水を径級の狭い鋼管に流し , その水 の勢いを動力へ変えていた。昭和 8 年にはそうした動 力によって動く台車付帯鋸一台とテーブル式帯鋸一台 を増設しており , 現存する製材機械の原型となってい ると考えられる。こうした製材所の動力機構は , 当時 浮羽町の製材所の多くが電力を扱っていたの対し , 戦 時中の動力不足の中で有利に働いた。こうして , 平川 製材所は既存の水路や敷地の高低差といった敷地条件 を活かし , 製材所機能の基礎を作っていった。 3-2. 現工場空間の成立と発展 次に , 平川製材所の工場成立後に焦点をあて , 得ら れた情報から , 現在の製材工場を元に , 機能と空間の 位置づけを明らかにする。その上で最盛期の工場空間 で行われた製材業の仕組みを考察する。 3-2-1. 第一工場の成立 移転後の平川製材所は徐々にその経営基盤を大きく していく。昭和 22 年に製材所敷地の土地購入 , 昭和 25 年の浮羽郡木材協同組合の出資額においては浮羽郡 46 人組合員のうち 4 番目の出資額であった。そうした 平川製材所の成長期 , 昭和 14 年に第一工場の建設が行 われた。 製材所での帯鋸機械による木材切削において搬入 , 加工 , 移動の工程が行われる。前述の帯鋸機械 2 台は 並列配置されており ,2 台は素材を広場から搬入 , 帯鋸 機械で加工され , 工場奥へ加工済み木材を移動させな がら作業が行われていたと考えられる(図 6)。 さらに 2 台の帯鋸機械に並ぶように丸鋸機械が配置 されており , 仕上げとして製品の長さなどの微調整を 行っていた。工場手前は製品の結束を行っていたとさ れ , ゆえに帯鋸機械によって工場奥に移動した材は仕 上げの丸鋸機械を通りまた広場側へと戻ってきていた と考えられる。 また , 製材工程で排出された鋸屑は地階へと送られ , 鋸屑排出台を滑らせながら隈上川へと排出されていっ た(図 7)。地階ではこうした鋸屑の経路や動力の設 備を避けるように構造体を挿入し , 動力空間を作って いった。こうして , 第一工場の建設において移転当時 の設備の木材の動線および作業現場 , 排出経路 , 動力 機器を考慮したうえで , 工場空間が確立したと考えら れる。 0 2.5 5 10 貯水庫跡 丸鋸機械 木材動線 鋸屑排出口 台車付帯鋸 台車用レール跡 水路跡 水 水量調整水路 雨水処理 テーブル付帯鋸 図 7 第一工場 断面図 図 6 第一工場 一階・地階平面図 0 2.5 5 10 タービン 伝達軸 貯水庫跡 地下排出口 鋸屑排出台 鋸屑排出路 帯鋸 木材動線 水動線 水量調整動線 鋸屑動線 動力 動力ベルト(推定) 木材動線 水動線 水量調整動線 鋸屑動線 動力 動力ベルト(推定) 一階 地階
7-4 維持管理動線 鋸屑搬出 鋸屑貯蓄 鋸屑貯蓄 動力用倉庫 材木置き場 材木置き場 材木置き場 薪製材 材木置き場 丸鋸 テーブル付帯鋸 台車付帯鋸 台車付帯鋸 台車レール 動力軸 帯鋸土台 帯鋸貯蓄庫 帯鋸土台 タービン鋼管 貯水庫 貯水庫 水力タービン 電力モーター 排出口 隈上川 → 長物製材 板角製材 結束 仕上げ 製品置き場 目立て 素材切削 えられていたと考えられる。昭和 50 年代から平川製材 所は徐々に製材業の継続が難しくなり , 経営難および 後継者不足とともに , 平成 2 年にその営業を終了する。 こうした営業終了までの期間に平川製材所では製材 業の加工能力増強ではなく , それを補助する環境が付 加され , その上で現在の製材所の姿が形成された。 4. まとめ 平川製材所は創業時と移転時ともに既存の水路や敷 地の高低差を活かし , 水力による木材加工の仕組みを 整備した。移転後 , その木材加工の仕組みは現存する 第一工場への建て替えの中で維持され , 製材工程の流 れを確立する。さらに , その仕組みは第二工場の増築 に伴う , 帯鋸機の追加および電力への切り替えにより 効率化され , 最盛期には工場外の施設の建設により、 製材所の労働環境と出荷体制が整えられた。そうした 成立と変遷において , 平川製材所の経営拡大に伴った 工場空間の拡張は山間部の条件を土台に整備された木 材加工の仕組みの改良を積み重ねた結果である。 した。さらに , そうした生産活動の強化に加え , これ まで廃棄物であった鋸屑を燃料として一般に販売を行 い始める。そうした近代化の中で第二工場 , 目立て小 屋 , 事務所が平川製材所に付加される。 この第二工場および目立て小屋はそれまでの製材業 経営の脈絡の上において付加された。第二工場の平面 およびその設備は製材工程の搬入 , 加工 , 材の移動と いう工程を第一工場に加える。第二工場内の機械は主 に素材である原木の加工を行い , 第一工場の機械は切 削された木材を製材品に加工する役割を担っていた。 その中で第二工場は , 工場内の製材工程を延長し , 工 場のそれぞれの機械に役割を作り , 製材業の合理化を 図った(図 8)。さらに第二工場とともに付加された目 立て小屋は帯鋸機械の鋸研磨作業を行っており , また 地階は動力空間の倉庫が動力室の動線と連続するよう に作られ , 動力機器の維持管理のための倉庫であった と考えられる。こうした空間は第一工場の製材能力を 補助する目的のものであったと考えられる。 さらに , 第二工場は一階からの電線による電力供給 によってその動力を賄っていた。それゆえ , 第二工場 の帯鋸機械は第一工場の動力とは分離される形で , 動 力室が整備されている。さらに , 第二工場の建設時 , 動力室において電力と水力は併存していたが , 徐々に 電力へ移行していく。それまでの水力タービンから地 階帯鋸機土台横に電力モーターを設置し , 電力へと移 行 , 水力の動力は停止されていった。 そして鋸屑の販売開始とともに第二工場の地階に石 垣を利用して作られた鋸屑貯蓄庫が設置される。それ に加え , 第二工場上部に鋸屑小屋を設置する。この鋸 屑小屋は第二工場の鋸屑を上部に吸い上げ , 小屋へ送 り込み保管する。そうした鋸屑小屋はトラック搬出の ために駐車スペースを下部に確保している。 こうした中で第一工場に付加された第二工場および 目立て小屋は , 製材工程および動力の合理化 , 鋸機械 の維持管理 , 鋸屑販売への対応といった製材業の経営 力強化を図った上で成立していったと考える。 3-2-3. 生産環境の整備 昭和 40 年代に平川製材所は工場外の環境をそろえて いく。この頃原木市場 , 製品市場などの木材流通の環 境が整い , 安定した素材入手と出荷が可能となった。 この中で平川製材所は従業員数および周辺設備を拡大 を行う。この頃には従業員数は 40 人に達し , さらに昭 和 40 年にはフォークリフトを導入される。こうした頃 には現在の休憩小屋 , 車庫と現存しない製品小屋が揃 図 8 製材工場内の製材システム 木材動線 水動線 水量調整動線 鋸屑動線 動力 動力ベルト(推定) 鋸屑小屋 一階 地階 地階排出路