||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
解
説
非線形システムの固有値
河野 佑*
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||1.
はじめに
線形システム制御理論において,固有値が重要な役割 を果たすことに異論はないであろう.安定解析に留まら ず,可制御性/可観測性解析,極配置/観測器の設計を 含めた幅広い問題が固有値・固有ベクトルを計算するこ とに帰着される.それでは,非線形システムまで視野を 広げてみるとどうであろうか.非線形システム制御理論 の構築においては,微分幾何学が主要なツールとして用 いられる[1,2].微分幾何学は線形システム制御理論にお ける線形代数学の役割を果たし,“幾何学的”に解釈可能 な概念や結果は,微分幾何学の枠組みで非線形システム へと拡張されている.たとえば,不変部分空間の概念を 拡張することで,すでに1970年代には,非線形システ ムに対する可制御性/可観測性ランク条件や正準分解が 提案されている[1,2]. その一方で,“代数的”に定義されているからなのか, 固有値・固有ベクトルの概念はこれまで拡張されてこな かった.微分方程式論の分野では,古くは参考文献[3] に見受けられるように,Jacobi行列(正確には行列値関 数)の固有値(関数)を安定解析に利用しようとした研 究も存在する.しかしながら,Jacobi行列が座標に依存 することから,その固有値に意義を見いだすことは難し いように思われる. 近年,著者らは,固有値ではなく,固有ベクトルの幾 何学的な解釈に着目することで,固有値・固有ベクトル の概念を非線形システムへと拡張した[4–8].本稿では その成果の一部について紹介したい.あくまで対象は非 線形システムであり,固有値の概念が明らかになったこ とで直ちに,線形システム制御理論の結果がすべて拡張 できるというものではない.非線形特有の難しさ(面白 さ)があり,それは固有値の性質にも現れる.そこで, 本稿では,線形と非線形との違いに注意して話を進めて いき,非線形固有値の着想やその制御理論への応用を紹 介することに説明の焦点をあてる.また,読者の範囲を 狭めることを避けるために,できる限り微分幾何学の用 語は用いない.このため数学的な厳密性を欠く表記があ∗ Faculty of Science and Engineering, University of
Groningen
Key Words: nonlinear systems, differential geometry,
eigenvalues. ることに注意されたい. 本稿の構成はつぎの通りである.2.では,線形代数学 の固有値・固有ベクトルとの関係に注意しつつ,非線形 システムに対する固有値・固有ベクトルの定義と性質に ついて述べる.また,未解決問題についても言及する. その後,3.では,応用研究として,最近の成果である, 非線形システムに対する対角化[4]と安定判別[6],可制 御性/可観測性解析[7],contraction理論[9]に現れる differential Riccati方程式の固有値分解法[8]を紹介す る.4.では,関連した概念として,Koopman作用素の 固有値[10]や非線形Hankel作用素の特異値[11]につい て言及する.
2.
非線形システムの固有値
2.1
線形代数学の固有値 非線形システムへと固有値の概念を拡張する前にまず, 線形代数学の固有値と固有ベクトルについて簡単に述べ る.通常,よく用いられるのは右固有ベクトルであるが, 説明のしやすさから,ここでは左固有ベクトルを扱う. 正方行列A∈ Rn×nを考える.複素数λ∈ Cと非零の 複素ベクトルv∈ Cn \{0}が vTA = vTλ (1) を満たすとき,λをA の固有値,v をλに対応する左 固有ベクトルという.なお,たとえAが実行列であった としても,一般に,その固有値と固有ベクトルは複素数 と複素ベクトルであることに注意されたい. 線形常微分方程式論における重要な結果として,行列 Aの固有値が,つぎの線形システムの安定性を決定する ことが知られている. d dtξ = Aξ (2) これは vTξ が微分に沿ってある種の不変性をもつ,す なわちつぎを満たすことに基づいて示される. d dt(v Tξ) = λ(vTξ) (3)2.2
非線形固有値の定義 本節では,非線形システムの固有値について,定義の 着想に焦点を当てながら紹介する.その前に誤解のない9 ように,非線形システムの固有値は状態変数の関数であ ることを強調しておく.本来,固有値関数とよぶほうが 正確かもしれないが,便宜上,固有値とよぶ.固有ベク トルに関しても同様である.このように,本稿では状態 変数の関数を扱うが,これらはすべて無限回微分可能で あるとする. つぎの非線形システムを考える. ˙x = f (x), f :Rn → Rn (4) 線形システム制御理論は,微分幾何学を用いることで非 線形システムへと拡張されている.そのアプローチに対 する(あくまでも著者の)大雑把な解釈を述べると,非 線形システムの解x(t)に沿った線形システム d dtξ = ∂f (x(t)) ∂x ξ (5) を解析することで,元の非線形システムの性質を明らか にしようというものである.すなわち,大域的な性質を 犠牲にする代わりに,(2)式と(5)式を比較することで, 線形システム制御理論を拡張しようというものである. 固有値の拡張にもこのアイデアを用いる. 線形システム(2)の固有値と固有ベクトルは,任意の ξ に対して(3)式を満たす定数 λと定数ベクトルv と 解釈できる.(2)式と(5)式を比較すると,(5)式は定数 行列Aではなく,xを引数にもつ行列値関数∂f (x)/∂x を扱っている.そこで定数と定数ベクトルの代わりに, スカラー値関数λl(x)とベクトル値関数v(x)を導入し て,(3)式をつぎのように拡張する. d dt(v T(x)ξ) = λ l(x)(vT(x)ξ) (6) 左辺を(4), (5)式を用いて計算すると, d dt(v T(x)ξ) = (∂v(x) ∂x f (x) )T ξ + vT(x)∂f (x) ∂x ξ (7) となる.したがって,(6), (7)式よりつぎが成り立つ. (∂v(x) ∂x f (x) )T ξ + vT(x)∂f (x) ∂x ξ = λl(x)(v T(x)ξ) 上記の議論において,xやξが任意であることから,非 線形システムの左固有値をつぎのように定義する[5–7]. 【定義 1】 ある開部分集合 U⊂ Rn 上で,スカラー 値関数λl: U→ Cとベクトル値関数v : U→ Cn\{0}が (∂v(x) ∂x f (x) )T + vT(x)∂f (x) ∂x = λl(x)v T(x) (8) を満たすとき,λl(x)をU 上の∂f (x)/∂xの左固有値, v(x) をλl(x) に対応する左固有ベクトルという.もし くは,単に非線形左固有値,左固有ベクトルとよぶ. 線形の場合と同様に,たとえf (x)が実数値関数であっ たとしても,(8)式の解 λl(x) とv(x) は複素数値関数 になりうる.したがって,定義1において,非線形固有 値や固有ベクトルの値域をCやCn に取っている. 固有値の拡張手順は安直に思われるかもしれないが,定 義1は微分幾何学的に正当なものである.詳細は割愛し て結論だけ述べると,この定義は微分1形式vT(x)dxが 1次元の不変codistribution[1,2]に属することを意味す る.これは線形代数学の左固有ベクトルが,1次元の不変 部分空間に属することに対応する.なお,codistribution は,微分幾何学における中心的な概念である.それにも かかわらず,固有ベクトルとの対応はこれまで注目され てこなかった.したがって,従来の概念の特殊ケースで あるにもかかわらず,非線形固有値に関しては魅力的な 問題が山積みである.その一部については2.4で述べる. 左固有値と同様にして,右固有値を定義する[4,6,7]. 【定義 2】 ある開部分集合U⊂ Rn上で,スカラー値 関数λr: U→ C とベクトル値関数w : U→ Cn\{0}が −∂w(x)∂x f (x) +∂f (x) ∂x w(x) = λr(x)w(x) (9) を満たすとき,λr(x)をU 上の∂f (x)/∂xの右固有値, w(x)をλr(x)に対応する右固有ベクトルという.もし くは,単に非線形右固有値,右固有ベクトルとよぶ. 左固有値とは異なり,右固有値の定義式(9)におい て,第1項の符号はマイナスである.この符号の違い は,非線形固有ベクトルと微分幾何学を結びつけるう えで重要である.ここでも詳細は割愛するが,符号が マイナスであることから,右固有ベクトルが1 次元 の不変distribution[1,2]に属することを示せる.不変 distributionも不変codistributionと同様に,不変部分 空間を拡張した概念である. つぎに,線形代数学の固有値と非線形固有値との関係 を考えよう.原点を平衡点(f (0) = 0)とすると,非線形 左固有値の定義式(8)は,原点で以下のようになる. vT(0)∂f (0) ∂x = λl(0)v T(0) したがって,非線形左固有値の原点での値は,Jacobi行 列∂f (0)/∂xの線形代数学における固有値と一致する. これは上で述べたように,非線形固有値が実数値関数と は限らないことも意味する. 他方,線形システムに対し ては,線形代数学の固有値が非線形固有値に含まれるこ も簡単に確認できる[7]. 本節の最後に,非線形固有値の計算例を示す. 【例題 1】 つぎの非線形システムを考える. ˙x1= x1+ x1x2 ˙x2= x2 このシステムに対して,非線形左固有値と左固有ベクト
ルの定義式(8)はつぎのようになる. [ ∂v1(x) ∂x1 (x1+ x1x2) ∂v2(x) ∂x2 x2 ] +[v1(x) v2(x) ][1 + x2 x1 0 1 ] = λl(x) [ v1(x) v2(x) ] この式を満たす非線形左固有値λl(x)とそれに対応する 左固有ベクトルv(x)は,たとえば, λl(x) = 1 + x2, v(x) = [ 1 −x1 ]T λl(x) = 1, v(x) = [ 0 1]T と求まる.つぎに,非線形右固有値と右固有ベクトルの 定義式(9)は以下のようになる. − ∂w1(x) ∂x1 (x1+ x1x2) ∂w2(x) ∂x2 x2 + [ 1 + x2 x1 0 1 ][ w1(x) w2(x) ] = λr(x) [ w1(x) w2(x) ] この式から,右固有値と右固有ベクトルとして, λr(x) = 1 + x2, w(x) = [ 1 0] T λr(x) = 1, w(x) = [ x1 1 ]T が求まる.この例題の場合U =R2 である.
2.3
非線形固有値の性質 線形代数学における固有値の性質と関連付けて,非線 形固有値の性質を二つ紹介する.まずは,非線形固有値 が非線形の座標変換z = φ(x) で不変なことを示す.た だし,φ : U→ Cn は微分同相写像[1,2],すなわち,全 単射かつφとφ−1 が無限回微分可能であるとする. 記号T (x) := ∂φ(x)/∂xを用いて,変換後の非線形シ ステムはつぎのように記述できる. ˙z = ¯f (z) := (T (x)f (x))|x=φ−1(z) (10) (10)式において,f (z)¯ のJacobi行列を計算すると ∂ ¯f (z) ∂z = ( n ∑ i=1 ∂T ∂xi fi+ T ∂f ∂x ) T−1 (11) となる.表記の簡単化のため省略したが,右辺の引数は すべてx = φ−1(z) である.以降でも適宜,引数を省略 する. 線形代数学の左固有ベクトルと座標変換の関係に基づ いて,¯v(x)をv(x) = TT(x)¯v(x)満たすものとして定義 すると,(8)式の左辺はつぎのように変形できる. ( ∂v ∂xf )T + vT∂f ∂x = (∂(TT¯v) ∂x f )T + ¯vTT∂f ∂x = (∂¯v ∂xf )T T + ¯vT ( n ∑ i=1 ∂T ∂xi fi+ T ∂f ∂x ) さらに,x = φ−1(z)に注意して,(10), (11)式を用いる と,つぎが得られる. (∂¯v ∂xf )T T + ¯vT ( n ∑ i=1 ∂T ∂xi fi+ T ∂f ∂x ) = (∂¯v(x) ∂z f (z)¯ )T T (x) + ¯vT(x)∂ ¯f (z) ∂z T (x) これを(8)式の左辺に代入し,両辺に右から T−1(x) を 掛けると,つぎが成り立つ. ( ∂¯v(x) ∂z f (z)¯ )T + ¯vT(x)∂ ¯f (z) ∂z = λ(x)¯v T(x) したがって,λ(φ−1(z))は非線形左固有値であり,左固 有値は座標変換で不変である.右固有値に関しても同様 である. つぎに,線形代数学の固有値とは異なる性質を紹介す る.実は,非線形固有値は,一般に無限個存在する.(8) 式の両辺にスカラー値関数a : U→ C\{0} を掛けると a (∂v ∂xf )T + avT∂f ∂x = (∂(av) ∂x f )T −vT∂a ∂xf + av T∂f ∂x= aλv T となり,整理すると (∂(av) ∂x f )T + avT∂f ∂x= ( λ +1 a ∂a ∂xf ) avT (12) が得られる.この式が意味することは,v(x)が非線形左固 有ベクトルであれば,そのスカラー倍a(x)v(x)も左固有 ベクトルであるということである.このこと自体は,線形 代数学における結果の自然な拡張である.しかしながら, 対応する左固有値はλ(x)+(1/a(x))(∂a(x)/∂x)f (x)へ と変化する. 固有ベクトルのスカラー倍によって固有値が変化する ことは, 非線形固有値を扱いづらくする.この問題は, 適当な同値関係を導入することで解決できる[7]. 【定義 3】 あるスカラー値関数a : U→ C \ {0}が存 在して,つぎが成り立つときに,スカラー値関数の組 (b,c) : U→ C×CはLf-相似であるという. b(x) = c(x) + 1 a(x) ∂a(x) ∂x f (x) Lfの由来は,Lie微分(∂a(x)/∂x)f (x)が一般にLfa と記述されることによる.なお,Lf-相似は同値関係であ る.したがって,非線形固有ベクトルをa(x)倍すると, 固有値がλ(x)からλ(x) + (1/a(x))(∂a(x)/∂x)f (x)へ11 と変化するが,それらはLf-相似の下で同値である. 行列値関数 M,N : U→ Cn×n に対しても,各点で正 則なT : U→ Cn×nを用いることで,L f-相似は N (x) = ( ∑ i=1 ∂T (x) ∂xi fi(x) + T (x)M (x) ) T−1(x) と定義できる.線形代数学における行列の相似と同様に, Lf-相似は非線形システムの座標変換と密接な関係があ る.実際,N (x) = ∂ ¯f (φ(x))/∂z, M (x) = ∂f (x)/∂xと すると,(11)式が得られる.したがって,Lf-相似は,線 形代数学における行列の相似を拡張した概念である.
2.4
非線形固有値に関する未解決問題 非線形固有値に関しては多くの未解決問題があり,そ の中でも最も重要な問題は,存在性に関するものである. 現時点では,非線形システムが必ず固有値・固有ベクト ルをもつことは保証されていない.線形代数学の場合で も,定義式そのものから存在を証明することは難しく, 特性方程式を介することで存在性の証明が行われる.ま た,関連して,左固有ベクトルと右固有ベクトルに対応 する固有値が等しいことも,特性方程式を用いて示され る.したがって,非線形固有値についても対応する特性 方程式が明らかになれば,固有値に関する研究が飛躍的 に発展し,存在性の証明だけでなく,計算手法の確立ま でもが可能になると期待される. 次節で紹介するが,非線形の場合でも,固有値と対角 化の関係は整理されている.しかしながら,Jordan標 準形の拡張に関しては課題が多い.三角化ですら,変換 可能であるための必要十分条件[12]が導出されているに もかかわらず,すべての非線形システムが三角化可能で あるかどうかは明らにされていない.非線形固有値とい う新たな切り口から,座標変換と標準形の関係を見直す ことも今後の課題である.3.
非線形システムの固有値を用いた解析
非線形システム制御理論における,非線形固有値の応 用例を三つ紹介する.3.1
対角化と安定判別 線形代数学において,1次独立な固有ベクトルをn本 もつ行列は単純であるといわれ,これは対角化可能であ ることの必要十分条件である.非線形システムの場合に は,さらに付加的な条件が必要である.本節では,まず 対角化のための必要十分条件について述べる.その後, 対角化後のシステムと非線形固有値との関係から,非線 形固有値を用いた安定性の十分条件を紹介する. 単純性は,非線形システムへと自然に拡張できる[7]. 【定義 4】 非線形システムが,U 上の各点でR上1 次独立な左(もしくは右)固有ベクトルをn本もつとき, システムは単純であるという. なお,n本の1次独立な非線形左固有ベクトルと右固 有ベクトルの存在は同値である.さらに,システムが単 純なとき,左固有値と右固有値の集合は等しい[6]. 非線形システムが単純であると仮定して,対角化につ いて考える.まず,左固有値λi(x) (i = 1,...,n)に対応 する1次独立な左固有ベクトルを vi(x) (i = 1,...,n) と し,行列値関数T (x)を T (x) :=[v1(x) ··· vn(x) ]T と定義する.非線形固有値を導入するうえで用いた(6) 式に立ち返ると,解に沿った線形システム(5)は座標変 換η = T (x)ξ を行うことでつぎのように対角化できる. d dtηi= λi(x)ηi, i = 1,...,n (13) この変換が元の非線形システム(4)に対して意味を成すの は,あるベクトル値関数φ(x)が存在して,∂φ(x)/∂x = T (x),すなわち∂φi(x)/∂x = viT(x) が成り立つ場合で ある.これは可積分性条件[1,2]とよばれ,微分幾何学で はたびたび現れる. 可積分性を仮定し,座標変換 z = φ(x) を元の非線形 システムに施す.(13)式より,変換後のシステム(10)は つぎを満す. ∂ ¯fi(φ(x)) ∂zi = λi(x), i = 1,...,n ∂ ¯fi(z) ∂zj = 0, i̸= j すなわち,f¯i はzi のみに依存する.したがって,座標 変換z = φ(x)により, ˙zi= ¯fi(zi), i = 1,...,n (14) が得られ,非線形システムは対角化される.さらに, d ¯fi(zi)/dzi(i = 1,...,n)は非線形固有値である.以上を まとめると,つぎの定理が得られる[6]. 【定理 1】 開集合U 上で非線形システムが対角化可 能であるための必要十分条件は,システムがU 上で単 純であり,かつ各左固有ベクトルがあるスカラー値関数 の勾配となっていることである. 右固有ベクトルによる同様の条件については,参考文 献[4,6]を参照されたい.非線形の場合でも,適当な座 標変換のもとでシステムの性質は保たれるため,対角化 後のシステム(14)を用いることで,元のシステムの安定 解析が可能である.ここでは詳細を参考文献[6]に任せ, 非線形固有値を用いた安定判別の条件のみを紹介する. 【定理 2】 システム(14)が平衡点をもつとし,その 平衡点を内部に含む連結開集合 V ⊂ Cn を考える.こ のとき,すべての i = 1,...,n に対して,V 上の各点で d ¯fi(zi)/dzi の実部が負であれば,V はシステム(14)の 吸引領域である. 上の定理において,d ¯fi(zi)/dzi は非線形固有値である.したがって,これらの非線形固有値に対して実部の 符号を見ることで,安定解析が可能である.
3.2
PBH
テスト 固有値や固有ベクトルを用いた可制御性/可観測性の 判別方法は総じて,Popov-Belevitch-Hautus(PBH)テ ストとよばれる.非線形固有ベクトルを用いることで, 非線形システムへとPBHテストを拡張できる.より一 般の場合については参考文献[7]に任せ,ここでは最も 初等的な結果について述べる. 【定理 3】 つぎの1入力の非線形システムを考える. ˙x = f (x) + g(x)u (15) このとき,システム(15)がある適当な開集合U 上で局 所強可到達[1,2]であるための必要十分条件は,任意の ∂f (x)/∂xの左固有ベクトルv(x)に対して, vT(x)g(x) = 0 が(U 上で恒等的に)成り立たないことである. 【定理 4】 つぎの1出力の非線形システムを考える. { ˙x = f (x) y = h(x) (16) このとき,システム(16)がある適当な開集合U 上で 局所可観測[1,2]であるための必要十分条件は,任意の ∂f (x)/∂xの右固有ベクトルw(x)に対して, ∂h(x) ∂x w(x) = 0 が(U 上で恒等的に)成り立たないことである. 線形の場合と同様に,上の定理は,非線形システムに 対するランク条件と正準分解を用いて証明される.線形, 非線形にかかわらず,ランク条件と比較したPBHテス トの利点は,理論的な解析を容易にできる場合があるこ とである.たとえば,線形システムに対して,不可制御 な固有値がフィードバック制御で不変なことは,PBHテ ストを用いて示された.非線形の場合でも,同様のこと を上の定理 3を用いて示せる[7].3.3
固有値分解法 非線形システムに対して,平衡点への収束性ではなく, 解軌道の組の収束性を解析するContraction理論[9]が知 られている.この理論では,行列値関数X : U→ Rn×n に対するつぎのdifferential Riccati方程式 ∑ i=1 ∂X(x) ∂xi fi(x) + X(x) ∂f (x) ∂x + (∂f (x) ∂x )T X(x) −X(x)R(x)X(x) = −Q(x). (17) が重要な役割を果たす[8,13].ただし,R,Q : U→ Rn×n は既知の行列値関数である.たとえば適当な条件のもと で,システム(15)に対する安定化制御器は,解X(x)を 用いてu =−∫gT(x)X(x)dxと構成できる[8]. しかしながら,(17)式は非線形の偏微分方程式であり, 解くことはもちろん,その解析ですら難しい.他方,線 形システム制御理論におけるRiccati方程式は,非線形 代数方程式であるにもかかわらず,十分な解析がなされ ている.これは,Hamilton行列を用いた解の構成手法, いわゆる固有値分解法[14]のおかげである. 参考文献[8]では,differential Riccati方程式(17) に対して,非線形の固有値分解法が提案されており, ここではその結果を紹介する.まず,Hamilton行列 H : U→ R2n×2nを H(x) := [ ∂f (x)/∂x −R(x) −Q(x) −(∂f(x)/∂x)T ] と定義する.つぎに,非線形右固有値の定義を一般化す る.これは,(9)式のJacobi行列∂f (x)/∂xをH(x)へ と置き換えることで,以下のように行われる. −∂w(x)∂x f (x) + H(x)w(x) = λr(x)w(x) ただし,Hamilton行列のサイズから w の要素数が n ではなく,2n であることに注意されたい.以上の準備 のもとで,つぎが成り立つ[8]. 【定理 5】 Hamilton行列 H(x) が U 上の各点で 1次独立な非線形右固有ベクトルを n 本wi: U→ C2n (i = 1,...,n)もつと仮定し,行列値関数V,W : U→ Cn×n をつぎのように定義する. [ V (x) W (x) ] :=[w1(x) ··· wn(x) ] もし,V (x) が U 上の各点で正則であれば,X(x) := W (x)V−1(x) はdifferential Riccati方程式の解である. この定理において,非線形右固有ベクトル w(x)は複 素数値関数であるため,得られるX(x)も一般に複素数 値関数である.そこで,参考文献[8]では,X(x)が実数 値関数となるための十分条件が非線形右固有ベクトルを 用いて導出されている.さらには,正則性,対称性,準 正定性に関する十分条件も得られている.正則性に関し ては,3.2のPBHテストを用いることで,非線形システ ムの局所可到達性や局所可観測性と結びつけられている.4.
関連した話題
非線形固有値のより一般的な概念は,非可換代数学で 見つけることができ[15,16],その知見は非線形固有値の 解析に役立つ.非可換代数学では,行列に関する非可換 な特性多項式も定義されており,これは非線形固有値と 関連があるように思われる.しかしながら,非可換代数 学では,ほぼすべての点で成り立つ性質に焦点が置かれ ており,結果が成り立たない特異点のようなものが存在 する.著者の感覚では,それらは平衡点であることが多13 く,結果の取り扱いには十分に注意が必要である. 他方,非線形固有値に関連した概念として,Koopman 作用素[10]の固有値が挙げられる.Koopman作用素は, 非線形システムの解軌道を用いて定義される線形作用素 であり,その固有値と固有関数は, ∂ϕ(x) ∂x f (x) = λϕ(x) (18) を満たす複素数λ∈ Cとスカラー値関数ϕ : U→ Cと解 釈できる.(18)式のxによる偏導関数を計算すると, (∂v(x) ∂x f (x) )T + vT(x)∂f (x) ∂x = λv T(x) (19) となる.ただし,vT(x) := ∂ϕ(x)/∂xである.(19)式は, λを定数とした場合における,非線形左固有値の定義式 (8)である.したがって,Koopman固有値は非線形左固 有値の特殊ケースであるといえる. 非線形システムの平衡実現と結びつけて,非線形 Hankel作用素の特異値が定義されている[11].しかしな がら,不変distribution/codistributionとの関係は自明 でない.したがって,非線形特異値や非線形固有値とい う名前から関連があるように思われるかもしれないが, 一般にこれらは異なる概念である.
5.
おわりに
本稿では,著者らが近年提案した非線形システムの固 有値について紹介した.いくつかの解析や設計の問題が 非線形固有値・固有ベクトルの計算に帰着できることを 示したものの,これらは偏微分方程式の解であり,実用 面での課題は残る.これにはHamilton-Jacobi方程式に 通ずるものがある.理論面においても,線形システム制 御理論における固有値と比較すると,その概念を導入し た段階にすぎない.もちろん,線形システムに対する結 果を拡張していくことも重要ではあるが,非線形特有の 性質を解析するためのツールとしても,非線形固有値が 役立つことを期待している. 謝 辞 本稿の内容は,京都大学 大塚敏之教授とともに,著者 が進めてきた研究に基づくものであり,本稿についても 貴重なご助言をいただいた.記して謝意を表したい. (2017年4月4日受付) 参 考 文 献[1] H. Nijmeijer and A. J. van der Schaft: Nonlinear
Dynamical Control Systems, Springer-Verlag (1990)
[2] A. Isidori: Nonlinear Control Systems,
Springer-Verlag (1995)
[3] P. Hartman and C. Olech: On global asymptotic sta-bility of solutions of differential equations; Trans.
Amer. Math. Soc., Vol. 104, No. 1, pp. 154–178
(1962)
[4] M. Hal´as and C. H. Moog: Definition of eigenvalues for a nonlinear system; Proc. 9th IFAC Symp.
Non-linear Control Systems, pp. 600–605 (2013)
[5] Y. Kawano and T. Ohtsuka: Observability analysis of nonlinear systems using pseudo-linear transforma-tion; Proc. 9th IFAC Symp. Nonlinear Control
Sys-tems,pp. 606–611 (2013)
[6] Y. Kawano and T. Ohtsuka: Stability criteria with nonlinear eigenvalues for diagonalizable nonlinear systems; Syst. & Cont. Lett.,Vol. 86, pp. 41–47 (2015)
[7] Y. Kawano and T. Ohtsuka: PBH tests for nonlinear systems; Automatica, Vol. 80, pp. 135–142 (2017) [8] Y. Kawano and T. Ohtsuka: Nonlinear eigenvalue
approach to differential Riccati equations for con-traction analysis; Early access of IEEE Trans. Auto.
Cont., Vol. 62, No. 10 (2017)
[9] W. Lohmiller and J.-J. E. Slotine: On contraction analysis for non-linear systems; Automatica, Vol. 34, No. 6, pp. 683–696 (1998)
[10] I. Mezi´c: Analysis of fluid flows via spectral prop-erties of the Koopman operator; Annu. Rev. Fluid
Mech., Vol. 45, pp. 357–378 (2013)
[11] K. Fujimoto and J. M. A. Scherpen: Nonlinear input-normal realizations based on the differential eigen-structure of Hankel operators; IEEE Trans. Auto.
Cont., Vol. 50, No. 1, pp. 2–18 (2005)
[12] A. Astolfi and G. Kaliora: A geometric characteriza-tion of feedforward forms; IEEE Trans. Auto. Cont., Vol. 50, No. 7, pp. 1016–1021 (2005)
[13] Y. Kawano and J. M. A. Scherpen: Model reduction by differential balancing based on nonlinear Hankel operators; IEEE Trans. Auto. Cont., Vol. 62, No. 7, pp. 3293–3308 (2017)
[14] 西村,狩野:制御のためのマトリクス・リッカチ方程式,
システム制御情報ライブラリー14,朝倉書店(1996) [15] A. Leroy: Pseudo linear transformations and
evalua-tion in Ore extensions; Bull. Belg. Math. Soc., Vol. 2, No. 3, pp. 321–347 (1995)
[16] T. Y. Lam, A. Leroy and A. Ozturk: Wedderburn polynomials over division rings, II: Noncommutative rings, group rings, diagram algebras and their ap-plications; Contemp. Math., vol. 456, Amer. Math. Soc., pp. 73–98 (2008) 著 者 略 歴 かわ 河 野の ゆう佑 2011年3月大阪大学大学院基礎工学研 究科博士前期課程修了,2013年9月同研 究科博士後期課程修了.同年10月京都大 学情報学研究科特定研究員・JST CREST 研究員,2016年11月よりフローニンゲン 大学数学自然科学部(2017年2月より理 工学部)研究員となり現在に至る.主として非線形システム, ネットワークシステム,モデル低次元化に関する研究に従事. 博士(工学).IEEEの会員.