加工用米専用水稲品種「み系 358」の普及に向けた取組み
荒砂 英人 (宮崎県農業経営支援課) 1 .はじめに 本県では県内焼酎メーカーの確実な需要が見込まれる加 工用米の生産拡大に取り組んでおり,その中で多収の加工 用米専用品種として本県で育成された「み系 358」の普及 に向けた取組みについて紹介する. 本県の 2016 年の水稲作付面積は,約 16,800ha で,その 作型は沿海部を中心に作付けされる早期水稲約 6,700ha と,広域霧島地域と西北山間地域に作付けされる普通期水 稲約 10,000ha に大別される.早期水稲は 8 月上旬までに 収穫され,作付の約 88%を占める「コシヒカリ」の他,多 収で食味が良い「夏の笑み」などが作付されている.普通 期水稲は「ヒノヒカリ」が約 84%を占め,高温耐性の「お てんとそだち」や晩生の「まいひかり」,加工用米専用品種 「み系 358」などが作付けされている. 加工用米の生産は 2009 年までは少なかったが,2010 年 から県内焼酎メーカー等への供給を目的とした地域内流通 契約の取組が始まり,作付が拡大してきた.(第 1 表)加工 用米では,メーカーが求める品質の米を安定的に供給する とともに,生産コストを低減することが重要であり,多収 品種の選定や安定多収栽培,低コスト省力栽培の検討を重 ねてきた.現在,早期水稲では専用品種はないが,多収の 「夏の笑み」を,普通期水稲では専用品種「み系 358」の作 付を推進している. 2 .品種の特性 「み系 358」は宮崎県総合農業試験場において,多収の「南 海 141 号」を母,いもち病に強い「東北 195 号」を父とし て 2008 年度に交配した組合せから育成され,2015 年から 普及に供された. 出穂期・成熟期は「まいひかり」より 2 日早く,暖地で は “晩生の中” に属し,玄米収量は「まいひかり」より 2 割 程度多く多収である.短稈で倒伏に強く,いもち病のほ場 抵抗性遺伝子を持ち,いもち病に強い.玄米千粒重は 28.8g と大粒で他の主食用米品種との識別が可能である. 大粒のため心白粒や腹白粒の発生が見られ品質はやや劣 る.(第 2 表) 3 .普及に向けた取組 (1) 関係機関や実需者等の連携による加工用米の推進体 制の構築 加工用米の低コスト安定生産や県内焼酎メーカーへの供 給拡大を図るため,2014 年に県と各地域に加工用米等生 産・利用拡大推進協議会(以下協議会)が設立された.協 議会は関係機関や焼酎メーカー,籾すり業組合等により構 成され,現地における安定多収栽培技術の確立をはじめ, 焼酎醸造適性の検討にも取り組んだ. (2) 品種の選定と現地栽培技術確立に向けての取組 加工用米は主食用米より価格が安く産地交付金の対象で はあるものの,新規需要米と比べ交付金単価も低いことか ら,主食用米並の所得を得るには収量を向上させる必要が あり,品質についても 3 等以上が求められる.このため, 品種としては,極多収でありながら,一定の品質を確保で きることが求められる. また,実需者ニーズに対応するため,本県で栽培適性が 高い多収品種の速やかな普及が求められていたこともあ り,試験場の試験結果から有望とされた「み系 358」が品種 登録前の育成系統番号の段階であった 2014 年から早々に 現地実証に供された.なお,「み系 358」という名称は育種 における系統番号がそのまま品種名とされたもので,現地 実証から慣れ親しんだ名称である.また,この時,熟期が 近く多収の育成系統「み系 381」も同時に現地実証で収量 等の比較を行い,収量とその安定性から「み系 358」を選定 している. 1 ) 現地実証ほの 1 年目の取組 2014 年の実証ほ設置に当たっては,生育期間中の用水が 十分確保できるほ場を選定し,大粒であることから苗立数 を確保するため育苗の播種量は乾籾で箱当たり 150g から 180g,施肥は窒素を主食用品種の 5 割増しとすることを基 準に,早期栽培の 2 カ所,普通期栽培の 17 カ所を設置した. 早期栽培については,試験場の栽培データも無い状況で の現地実証となったが,3 月下旬の移植で 8 月末から 9 月 上旬の収穫となり,10a 当たり収量が 600kg を超える実証 ほもあった.しかし,早期栽培としては収穫時期が遅く, 施設園芸や後作との競合が懸念されることや登熟期間が非 常に高温の時期で品質低下の可能性が大きいことが判明 し,また,この年は台風の強風により白穂も発生した.早 期栽培については,2015 年以降も条件を変えて試験を行っ たが,収量や作業競合等の課題から推進はされていない. 普通期栽培については,種子の手配の関係から移植が 7 月上旬の晩植となった実証ほもあった.9 月中旬の低温, 日照不足,10 月の台風接近の影響もあり,収量が 600kg を 超える実証ほもあったが,収量や品質のバラツキが見られ た.これを受けて,まずは収量が高かった北諸県地域及び 西諸県地域を中心に本格的に普及を図るとともに,全域で 56Rep. Kyushu Br. Crop Sci. Soc. Japan 84 : 56-58, 2018 日 作 九 支 報
施肥設計等を見直し栽培試験を継続することとした. また,実証ほや試験場における成績を基に栽培マニュア ルを策定した. 2 ) 安定多収及び省力低コスト栽培への取組 普通期栽培については,普及に移した 2015 年以降も県 内各地や農業試験場で安定多収及び低コスト省力栽培の実 証試験を行っている. 収量の向上と品質の確保を目指し,移植時期や裁植密度, 施肥量,たい肥の利用等の検討を行い,次のようなことが 明らかになってきた. 播種量については一箱当たり 150g から 180g を播種す れば問題ないが,生育が旺盛なことから育苗時の温度管理 に注意が必要であること. 晩生であることから遅植にすると減収するので,移植時 期については 5 月下旬から 6 月中旬までが適期であるこ と.疎植栽培は低コスト省力技術として有用であるが,極 端な疎植では穂数が確保できず減収となる恐れがあるため 株間は 25cm 以下とする必要があること. 生育期間が長いため,収穫前までの用水の確保について, 必要により水利組合等の調整を行う. 多肥条件下で増収しやすく倒伏にも強いことから,施肥 は「ヒノヒカリ」の 1.6 から 2 倍の窒素を施用すること. 地力が高いほ場で収量が高い事例が多く,たい肥を 10a 当 たり 1 tから 2 t施用すること. 防除は,いもち病には強いものの多肥栽培となるので基 本的な防除を行うこと.害虫については,登熟期間が長く 特にトビイロウンカへの注意が必要であること. 収穫適期からやや遅れても玄米品質の極端な低下は見ら れず,作業分散やコスト低減のために立毛乾燥が可能であ ること.また,収量が多く草勢が旺盛であるため,収穫作 業においては,低馬力の自脱型コンバインでは,わら搬送 部や脱穀部で詰まりが生じることがあり,作業速度をやや 遅くすること. 籾すりは,ロータリー方式の籾すり機では大粒のため回 転胴の内側に籾が詰まってしまうので,揺動式の籾すり機 を使用すること. これらの技術の詳細や実証ほの成果等については,マ ニュアルとしてまとめており,毎年更新を行い現場で活用 を図っている. 実証ほ全体の収量も,2014 年から 2016 年にかけて着実 に向上してきている.(第 3 表) (3) 農家や集落等への普及 「み系 358」の導入に当たっては,速やかな普及が求めら れたことから技術確立に向けて継続的に試験や検討を行い ながら,同時並行で一般農家への普及に取り組んでいく必 要があった.このため各地域の農業改良普及センターで は,地域の大規模農家や稲作研究会組織等の栽培管理に熱 心な農家や集団を重点対象とし,栽培技術の指導をしてい る.具体的には,作付予定農家に対し栽培講習会で品種特 性や用水の確保,施肥防除等の説明を行っている.作付期 間中は,現地巡回を行い,生育観察に基づく中干しなどの 水管理や追肥の時期・量,収穫時期などを指導した.また, 実証ほ等については,品種の特徴をPRするとともに必要 な栽培管理を指導するための看板を設置した.(第 1 図) また,主食用米とのコンタミには特に注意が必要であり, 主食用米との作業時期の調整や収穫・乾燥・籾すり作業後 の機械・施設の清掃の徹底も重要な指導項目であった.な 57 第 3 表 実証ほの実績(全体の平均値) 第 1 表 宮崎県の加工用米作付面積 (ha) 第 2 表 品種特性表(宮崎県総合農業試験場) 2014 年の播種量は種子の充実不足から多く播種した試験 があった.
お,先に述べた籾すりにおける注意点については,農家か ら籾すり機が詰まるとの報告があり,確認したところロー タリー方式の籾すり機では大粒のため回転胴の内側に籾が 詰まり作業できないことが判明したものである.揺動式の 籾すり機であれば問題なく籾すりができることも分かった が,一部の実証ほ設置農家では自家の籾すり機が使えず, 近隣の業者に籾すりを委託する事態も生じた.当品種のよ うな大粒品種の推進は初めてであり想定外ではあったもの の,今後新しい形質の品種の普及に当たっては,様々な想 定を行い可能な限り課題を洗い出し,対応策を事前に検証 しておく必要がある. 次に,当初から収量が高く作付の推進も早かった北諸県 地域の事例を紹介する.北諸県地域においては,当品種を 本格導入するに当たり,普及や行政,JA等で「事前検討 会」を立ち上げ,推進に係る課題や対策,支援体制を検討 した.生産者への事前周知や栽培講習会も行われ,地域へ の導入はスムーズに進んだ.(第 2 図)現地実証も移植時 期や施肥,裁植密度,乾田直播,立ち毛乾燥などの検討が 行われ,地域に適した栽培基準が作成されている.収量は 10a 当たり 700kg を超える事例も増えたきた.また,2014 年に設立した地区加工用米等生産・利用拡大推進協議会や 2016 年に立ち上げた「生産者連絡会議」で,課題の抽出や 推進方策の検討,意見交換等が行われている. このような取組により「み系 358」の 2016 年の作付面積 は 484ha となり,普通期水稲の品種では「ヒノヒカリ」に 次いで 2 番目となった. (4) 焼酎醸造試験 宮崎県食品開発センターや焼酎メーカー数社で,当品種 の焼酎原料としての適性を把握するために,実証ほ等で生 産されたサンプルを用いて芋焼酎の試験醸造を行ってき た.試験では,製麹性,アルコール取得量及び焼酎の香気 成分等は良好で,官能評価でも「甘味,旨味,原料特性が ある」等の特徴が見られ,高い評価となった.これらの結 果は協議会の研修会等で情報共有され,生産の現場におい ても当品種は多収に加え焼酎醸造適性も優れた品種として 認識された. (5) 加工用米多収コンテスト 県では,加工用米生産者の意識の高揚と多収栽培技術の 地域への波及を図るため,加工用米多収コンテストを実施 している.2016 年のコンテストにおいて最も多収の生産 者は「み系 358」で 10a当たり 796kg という好成績であっ た. 4 .今後の課題 県内の加工用米の作付面積は,2010 年以降着実に増加し てきたもの,2016 年から 2017 年にかけては複数年契約の 切れ目の関係などから横ばいの見込みである.平均収量も 向上してきたが,生産量は 2016 年で県内酒造メーカーの 推計需要量の 25%ほどにとどまっている. 加工用米の需要はある中で,農家や集落営農組織にとっ てより魅力的な品目として定着させるためには,さらなる 収量の向上や省力化,低コスト化が必要である.このため, 引き続き試験研究及び現地実証を通じてマニュアルの改訂 を進めながら,地力の向上,適正な施肥,水管理,防除な どを推進していく.特に地力が低いため収量が低いとみら れている地域においては,たい肥の活用や施肥設計の改善 等による地域に適した多収栽培技術の確立が急がれる.省 力・低コスト化については,農業試験場が密苗栽培の現地 実証試験を行っており,新しい技術として普及が期待され る.また,大規模農家や集落営農組織において,作業の効 率化には作付の団地化やブロックローテーションが欠かせ ないものであり,実施に向けた検討を進めていく. 焼酎産業は本県の基幹産業として成長を続けており,一 方で水田営農は 2018 年に米政策の大きな転換を控えてい る.加工用米の安定供給や農家所得の向上,水田農業の振 興を目指し,今後とも栽培技術の向上及び生産体制の確立 を図りながら加工用米の普及に取り組んでいく. 58 第 1 図 実証ほの看板 第 2 図 栽培講習会