(172) 印度 學 佛 教 學 研 究 第46巻 第1号 平 成9年i2月
『顕 揚聖 教 論 』 「成不 思 議品 第 十」 につ い て
早
島
理
[―]イ ソ ド大 乗 仏 教 瑜 伽 行 唯 識 学 派 を 代 表 す る 哲 学 者 無 著(Asanga,ca.3g5∼ 470)の 著 書r顕 揚 聖 教 論 』(以 下r顕 揚 論 』)「成 不 思 議 品 第 十 」1)(同 「不 思 議 品 」) は 冒 頭 に 次 の よ うに 説 く. 復 た 次 に2),要 ず 先 ず 思 議3)し て 方 に 現 観 に 入 ら ん と す.是 の 故 に 応 に 不 可 思 議 の処 を 離 れ方 便 して 思 議*す べ し.云 何 が 名づ け て不 可 思 議 の 処 と為 す や.(頒 に 曰 く.) 瑜 伽 行 者 は,現 観 の 修 習(そ れ は 「成 現 観 品 第 八 」 に て 論 じ られ る の だが)に 先 立 ち,先 ず 思 議 す べ き 対 象 と 思 議 す べ か ら ざ る 対 象(不 思 議 処,不 思 議i事)4)と を 峻 別 し,後 者 を 排 除 し(acintyanisthananivarjayitva)5),前 者 の み を 対 象 と し て 現 観 修 習 を 始 め るべ き であ る とす る.か く して,思 議 す べ か ら ざ る対 象 を 考 察 す る た め に 「不 思 議 品 」 が 説 か れ る の で あ る. 「不 思 議 品 」 とそ れ が 依 拠 した で あ ろ うr瑜 伽 論 』 と の対 応 を 明確 に し つ つ, 不 思議 処 の 考 察 を 概 略 的 に論-じる のが 本 稿 の 意 図 す る と ころ であ る. [二]「 不 思 議 品」 は上 記 の 引用 に 続 き,第1偈a句 お よ び 長 行 で九 種 の不 可 思 議 処 を 説 く. 九事の不思議あ り.(第1偈a) 論 じて曰 く.九 種 の事 の思議すべか らざる有 り.一 に我,二 に有情,三 に世界,四 に業 報,五 に静慮者の境界,六 に諸仏 の境界,七 に十 四の不 可記の事,八 に非正法,九 に一 切 の煩悩 の引摂す る所 な り. この よ うに 「不 思 議 品 」 は九 種 の 不 可 思 議 事 を 説 く.こ れ ら九 種 の不 可 思 議 事 を 含 め,r顕 揚 論 』 が,そ の 冒 頭 の 帰 敬 偈 で 「錯 綜 地 中要 」 と 説 い た 『瑜 伽 論 』 に 多 く負 うて い る こ とは周 知 の 如 くで あ る.ま ず 両 者 の関 連 を,偈 頚 と項 目 ご と に 示 そ う6)([表2]). この[表2]か ら,r瑜 伽 論 』 ま で に継 承 され て き た 不 可 思 議 処 の論 議 を 充 分 に ふ ま えて 「不 思 議 品」 が 自作 の 偈頚 を 提 示 し,従 来 の議 論 を 取 捨 選 択 し て長 行 を 記 した こ とが 窺 え よ う.こ の よ う に し て 説 示 され た 九 種 不 可 思 議 に つ い て, [表2]及 び 注(1)の[表1]が 語 る とこ ろ は 以 下 の 如 くに 要 約 され よ う.(1)「 不 思議 品 」 に 説 か れ る九 種 不 可 思 議 事 は,本 来 九 種 で あ った の で は な い. お ・そ ら く[1]一 我 ・二 有 情 ・三 世 界,[皿]四 業 報 ・五 静 慮 者 境 界 ・六 諸 仏 境 界,[皿]七 不 可 記 事,[N]八 非 正 法 ・九一 切 煩 悩 之 所 引 摂,の 区 分 が あ った で あ ろ う. (H)[1]「 三 摩 咽 多 地 第 六 」 は,[1]の 三 種 の 不 可 思 議 が 個 別 の一 群 で あ った こ とを窺 わ せ る. (1-2)[2]『 声 聞 地 』 で は,[1]・[皿]を 併 せ た六 種 不 可 思 議 が成 立 して い る(名 称のみ). (1-2-1)名 称 のみ で あ った[2]r声 聞 地 』 の六 種 不可 思議 の 内 容 が,[3]摂 決 択 分 中 「聞 所 成 慧 地 」 か ら理 解 され る. [表2]「 成 不 思 議 品 第 十 」 偈 頚 別 出典 対 応
174) 『顕 揚 聖 教 論 』 「成 不 思 議 品 第 十 」 に つ い て(早 島) (1-3)[1]我 な どの三 種 は,実 体 的 な もの と して 分 別 構 想 され るが 故 に,「 不可 思 議 」 と云 わ れ,他 方[皿]業 報 な どの 三 種 は,甚 深 微 妙 に し て 凡夫 の思 惟 の対 象 な ら ざる が 故 に,「 不 可 思 議 」 と称 さ れ る. (2)[1]・[2]→[3]と 継 承 され た 六 種 不 可 思 議 は,[4]r顕 揚 論』「摂 浄i義品 第 二 」 に受 け 継 が れ,そ れ を 「不 思 議 品 」 は 九 種 不 可 思 議 事 と して 展 開 した. (3)「 自不応 思 議*」 で あ る 六 種 不 可 思 議 に 対 し,[皿]七 不 可 記 事 は 「不 応 為 他 記 別 」7)であ り,両 者 は 本 来 そ の起 源 を異 にす る. (3-1)[皿]七 不 可 記 事 は,い わ ゆ る 「十 四無 記 」 以 来 の もの で あ る. (3-2)不 可 記 別(無 記)の 理 由 を要 約 して[6]摂 決 択 分 「聞 所 成 慧 地 」 は 「四種 因縁 」 を 説 く.[7]『 顕 揚 論 』 「摂 浄 義 品 第 二 」 は こ の 「四 種 因縁 」 を そ の ま ま踏 襲 す る.[6]摂 決 択 分 →[7]「 摂 浄 義 品 第 二 」 と継 承 され て き た 不 可 記 別 の論 議 を受 け て[皿 コ 七 不 可 記 事 の 議 論 が 展 開 す るε). (4)本 来 別 な 起 源 を 持 つ 不 可 記 別 と六 種 不 可 思 議 とを,摂 決 択 分 「聞 所 成 慧 地 」 は 「諸仏 聖 教 若欲 略 釈 由 六 種 理 門 」 の うち の 「三 教 道 理 門 」 中 「第 十 二 不 可 記 事 教 」(654c)で 前 者 を([6]に 該当),「 五 不 可 思 議 理 門 」(655a)で 後 者 を([3コ に該 当)説 く.こ の 「聞 所 成 慧 地 」 に依 拠 し てr顕 揚 論 』 「摂 浄i義品 第 二 」 は ・ 「依 理 趣 者 有 六種 理趣 」 の うち 「三 教 導 理 趣 」 中 「第 十 二 不 可 記 事 教 」(5iOb)で 前 者 を ([7]に 該 当),「 五 不 思 議 理 趣 」(510c)で 後 者 を([4]に 該当)説 く・ (4-1)こ の よ うに,摂 決 択 分 「聞 所 成 慧 地 」 の不 可 思 議 と不 可 記 別 の議 論 を継 承 してr顕 揚 論』 「摂 浄 義 品 第 二 」 の議 論 が 成 立 す る.さ ら に こ の 不 可 思 議 と不 可 記 別 に,[N]八 非 正 法 ・九 一 切 煩 悩 之 所 引摂 を 恐 ら く付 加 し て9),「不 思 議 品 」 の 九 種 不 可 思 議 事 が 説 か れ る に至 った で あ ろ う. (5)し た が って,r顕 揚 論 』 は,r瑜 伽 論 』 「本 地 分 」 は も と よ り 「摂 決 択 分 」 を も承 知 して い た こ とに 疑 い の余 地 は ない. [三]如 上 のr瑜 伽 論 』 を 踏 ま えて,「 不 思 議 品 」 の 九 種 不 可 思 議 処 が 成 立 す る. これ ら九 種 の 処 は,不 可 思 議 す な わ ち思 議 す べ か ら ざ る もの で あ り,瑜 伽行 者 は 現 観 の 対 象 か ら除 外 す べ き も の とされ る.「 不 思 議 品 」 は 続 く第8・9偈 で 不 可 思 議 処 を 思 議 す る場 合 の三 種 の過 失 と,不 可 思 議 処 を遠 離 し可 思 議 処 を 思議 す る 際 の 八 種 の 功 徳 を 論 じ るが,今 は 触 れ ない10). さて,上 述 の如 く九 種 不 可 思 議 処 を 論-じな が ら,「 不 思議 品」 が 可 思議 処 ・す な わ ち具 体 的 な 現 観 修 習 の 内容 を 直 接 に論 じ る こ とは な い.こ の点 に 間接 的 に 言 及 して 最 終 第10偈 は 次 の よ うに云 う.
(175) 復 た次に,頒 に 曰 く. 諸仏の所説な り.遍 知等 と違 うこと無 し. 五因 ・二因の敷に,此 に於 て応 に思 すべか らず.(第10偈) 論 じて曰 く.五 因 に由るが故 に,不 可 思議 の処に於て応 に欣楽 して思議すべか らず. 謂 く,諸 仏の所説な るが故 に,及 び四諦 の中に於て遍知 し断 じ証 し修す るに相違せ ざる が故に.又 た略 して二因 の故 に.謂 く,教 及 び証な り.教 とは謂 く,諸 仏 の所説 な り. 証 とは謂 く,苦 を遍知す る等 な り. 不 可 思 議 を 思 議 す べ か ら ざ る は,五 因 ・二 因 に よる と云 う.教(教)証 と し て の 「諸 仏 の 所 説 」,理 証(証)と し て の 「四聖 諦 の遍 知 ・断 ・証 ・修 」,具 体的 に は 苦 諦 四 遍 知 で あ る.r顕 揚論 』 中,前 者 が 「摂 事 品 第 一 」 に,後 者 が 「成 無 常 品 第 四 」∼ 「成 無 性 品 第 七 」 に 代 表 され る こ とは 言 を要 しな い.と す れ ば,「 不 思 議 品 」 が そ してr顕 揚 論 』 が 可 思 議 処 と して 間 接 的 に 言 及 す る の は,「 成 無常 品 第 四 」∼ 「成 無 性 品 第 七 」 に 展 開 され る論 議 と考 え られ よ う.そ れ は 例 え ば,「 成 無 常 品 第 四 」 では 三 性 説 に立 脚 した 刹 那 滅 論 で あ り,「成 空 品第 六 」 で はr小 空 経 』r勝 義 空 経 』 な どを 教 証 とす る大 乗 の 空 思 想 であ り,「成 無 性 品 第 七」 で は 三 性 説 そ の も の で あ る11). 「四聖 諦 の遍 知 ・断 ・証 ・修」,い わ ゆ る 四諦 十 六 行 相 とい う有 部 ・ア ビダル マ 教 義 に代 表 され る伝 統 的 な 修 行 体 系 を 掲 げ な が ら,r顕 揚 論 』 が 「可 思 議 処 」 と し て論 じ る の は,大 乗 の 教 義,具 体 的 に は 三 性 説 ・人 法 無 我 論12)など瑜 伽 行 学 派 の思 想 そ の もの で あ る.こ の よ うにr顕 揚 論 』 は,伝 統 的 な 修 行 体 系 を 継 承 しつ つ,そ の 現 観 実 践 の 内 容 と して 瑜 伽 行 学 派 の 思 想 を,い わ ば 換 骨 奪胎 す るか の如 く,導 入 した と云 うこ とが で き よ う.換 言 す れ ば,苦 諦 四 遍 知 とい う古 来 の伝 統 的 な 修 行 論 を も って 論 体 構 造 を編 成 しつ つ,そ こ に新 た な 大 乗 仏 教 瑜 伽 行 学 派 の 思 想 を 展 開 す る とこ ろ に,r顕 揚 論 』 独 自の立 場 が窺 わ れ る の で あ る13). i)「 不 思 議 品 」 の科 文 及 び以 下 に論 じる 九 種 不 可 思 議 との 対 応 を 次 に 示 す.な お拙 稿 rr顕 揚 聖 教 論 』研 究 序 」(長 崎 大 学 教 育 学 部 社 会 科 学 論 叢,54,1997.6)PP.45-46参 照. [表1]
(i76) 『顕 揚 聖 教 論 』 「成 不 思 議 品 第十 」 に つ い て(早 島) 2-5不 思 無 記 事 第7偈(7)十 四不 可 記事 2-6思 不 思 徳 失 第8,9偈 2-7重 説 因 成 第iO偈 (8)非 正 法,(9)一 切煩 悩 之 所 引 摂 2)大 正 「論 日 」 で あ るが 脚 注 「復 次 」を採 る.3)大 正 「思 惟 」 で あ るが 脚 注 「思 議 」 を 採 る.以 下,思 議*で 示 す.4)不 可 思 議 の 対 象 は,不 可 思 議 処(冒 頭563c i5,第9偈 長 行564c4,第iO偈 長 行564ci3:後 出 の,対 応 す るSBhに よれ ばacintya・ sthana)と も,不 可 思 議 事(第1偈,九 事 不 可 思 議,第2偈 長 行564aiO:*acintya・ vastu/一krtya?)と も表 わ さ れ る が,特 別 の 差 異 が あ る と は 思 わ れ な い.[acintya・ krtya:梵 和 大 辞 典 に よ る]5)後 出[2]SBh140-6.6)以 下[i]一[9]の 番 号 を も っ て 引 用 す る.典 拠 論 書 名 中,SBh:Syavakabhumi,K.Shukiaed.,BBh: Bodhisattvabhumi,U.Wogiharaed.,P.:北 京 版.ま た,[2]は 声 聞 地 研 究 会 「梵 文 声 聞 地 」(8)p.36参 照.7)第2偈 長 行 「由 四種 因於 不 可 思 議 事,自 不応 思 惟, 亦 不 応 為 他 記 別.」8)不 可 記 別 の 論 議 を め ぐ り,[6]摂 決 択 分 「聞所 成 慧 地 」・ [7]r顕 揚 論 』 「摂 浄 品 第 二 」 と 「不 思 議i品」[皿]七 不 可 記事 の 「四 種 因 縁 」 とは, 大 筋 で対 応 す る が,「 因 果 ・染 浄 」 に つ い て の 細 説 では 異 な る.9)[W]八 非 正 法 ・九 一 切 煩 悩 之 所 引摂 は,現 時 点 で は 遺 憾 なが らr瑜 伽 論 』 に見 出 す こ とが で きな い.iO)八 種 功 徳 が[8]「 思 所成 地 」 九 種 自性 清 浄 や,直 接 的 に[9]r菩 薩 地 』 九 種 姓 品,法 随 法 行 の八 種 正 思 惟 は 依 拠 した も の で あ る こ とは,別 に論 じな け れ ば な らな い.な お これ ら の対 応 は す で に,向 井 亮,「 法 の 聴 聞 と 思 惟 」(rイ ン ド哲 学 と仏 教 』 所 収,平 楽 寺 書 店i989),pp.51i-5i2,が 指 摘 す る と ころ で あ る が,具 体 的 な 説 明 は な され て い な い.11)r顕 揚 論 』 の 各 章 の 概 略 につ い て論 じ る 余 裕 を持 ち 合 わ せ な い.上 記 注(1)の 拙 稿 を参 照 され た い.12)拙 稿 「人 法 二 無 我 論 」 南 都 仏 教No.54,ig85参 照 の こ と.i3)鳥 鰍 視 的 に論 じ る こ とが 許 され る な ら ば,無 著 はr顕 揚 論 』 に お い て伝 統 的 な 修 行体 系 を 核 と した 論 体 構 造 に,瑜 伽 行 学 派 の 新 た な 思 想 を 導 入 した.さ らに この 瑜 伽 行 学 派 の 思 想 を,そ れ に 相 応 しい 新 た な論 体 構 造 も って 展 開 した のがr摂 大 乗論 』 で あ る.そ の意 味 でr摂 大 乗 論 』 こそ,「 論 体 構 造 」 「内 実 」 と も,瑜 伽 行 学 派 の完 成 され た 論 書 と云 うこ とが で き る の で あ る. <キ ー ワ ー ド>『 顕 揚 論 』 「成 不 思 議 品 第 十」,不 可 思 議,不 可 記 別 (長崎大学教授)