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Vol.27 , No.2(1979)098小林 昭英「大行・大信」

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大 行 ・ 大 信 と は 云 う ま で も な く、 親 鷺 が 主 著 ﹃ 教 行 信 証 ﹄ ﹁ 行 巻 ﹂、 ﹁ 信 巻 ﹂ で 述 べ る 処 の も の で あ る。 そ れ は 種 々 の 行 の 一 行 で な く、 全 て の 行 を つ つ み こ ん だ も の で あ る の で、 大 行 と 名 づ け ら れ る。 大 信 も 横 超 の 信 だ か ら 大 信 と 呼 ば れ る。 行 が 大 行 で あ る の を 称 す る に、 相 よ り い え ば ﹁ 摂 諸 善 法、 具 諸 徳 本 ﹂ で あ り、 用 よ り い え ば ﹁ 極 速 円 満 ﹂ で あ り、 体 よ り い え ば ﹁ 真 如 一 実 功 徳 宝 海 ﹂ と い う 多 彩、 超 勝、 広 大 な も の で あ る。 . ﹃ 御 一 代 聞 書 ﹄ に、 ﹁ 不 可 思 議 光 仏、 元 量 光 仏 も、 こ の 南 無 阿 弥 陀 仏 を ほ め た ま ふ 徳 号 な り、 し か れ ば 南 無 阿 弥 陀 仏 を 本 と す べ し と お ほ せ ら れ 候 な ( 1 ) り。 ﹂ と あ り、 元 碍 光 如 来 は 六 字 名 号 に 統 摂 さ れ る こ と が 明 か で あ る。 元 碍 光 如 来 と あ る の は、 ﹃ 論 註 ﹄ の 讃 嘆 門 の 釈 に よ ら れ た こ と が 明 か で あ る。 ﹁ 云 何 讃 嘆 門、 謂 称 二 彼 如 来 名 ↓ 如 二 彼 如 来 光 明 智 相 唖 如 二彼 名 義 哨 ( 2 ) 欲 二 如 レ 実 修 行 相 応 一故。 ﹂ ( 3 ) ﹁ 称 彼 如 来 名 ﹂ 者、 謂 称 二 元 量 光 如 来 名 一 也。 ﹂ と あ り、 こ の 讃 嘆 は 衆 生 の 称 名 を さ す の で あ る が、 光 明 名 号 の 法 体 の 義 に 相 応 す る 称 名 を 讃 嘆 門 の 称 名 と し ﹁ 行 巻 ﹂ の 指 定 行 体 に ﹁ 称 尤 碍 光 如 来 名 ﹂ と あ ら わ さ れ た の で あ る。 ﹃ 観 経 ﹄ は 隠 顕 に わ た る 経 で あ る の で、 ﹃ 観 経 ﹄ の ﹁ 称 南 無 阿 弥 陀 仏 ﹂ に よ ら ず、 ﹃ 論 註 ﹄ の ﹁ 称 元 碍 光 如 来 名 ﹂ に よ ら れ、 称 名 の 如 実 性 を 示 さ れ た の で あ る。 鎮 西 の 弁 阿 は、 念 仏 諸 行 と も に 往 生 の 因 と す る 二 類 各 生 義 を 立 て、 行 信 の 自 力 を 認 め、 西 山 の 証 空 は 念 仏 一 類 往 生 を 立 て、 行 に 於 て 仏 体 即 行 を 主 張 す る が、 信 に 於 て は 自 力 の 信 を た て る の で あ る。 こ れ に 対 し、 親 攣 は 行 信 共 に 他 力 と し て 把 握 し た。 に も か か わ ら ず、 竜 谷 大 学 の 岡 亮 二 氏 は、 オ ー ソ ド ッ ク ス な 親 鷺 教 学 か ら 軌 道 が ず れ た こ と を い つ て お ら れ る の で あ る。 大 行 ・ 大 信 ( 小 林 ) 三 四 一

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大 行・ 大 信 ( 小 林 ) 三 四 二 ﹁ 真 宗 に 於 け る 行 の 研 究 ﹂ で、 ﹁ た と え そ の 称 名 に 信 が な く と も、 あ る い は 自 力 の 称 名 で あ つ た と し て も、 称 名 が ひ と た び 大 行 と 呼 ば れ る 以 上 は、 大 行 義 が 成 立 し な け れ ば な ら な ( 4 ) い の だ。 ﹂ と い わ れ る。 氏 等 (教 団 改 革 派 の 学 者 ) が い わ れ る よ う に 江 戸 宗 学 と い う も の は 訓 古 学 的 学 問 で あ つ た り、 又、 本 願 寺 教 団 の た め の 学 問 で あ る と い つ た き ら い は あ る に せ よ、 幾 多 の 宗 学 者 が 心 血 を そ そ い で 長 年 か け て き ず い て き た も の で あ る の で、 慎 重 な 態 度 で の ぞ ま な け れ ば な ら ず、 近 代 学 問 の メ ス と い う 名 目 で 独 断 に お ち 入 つ た 解 釈 を し て は な ら な い の で あ る。 親 鷺 教 学 を 理 解 す る に 百 歩 ゆ ず つ て も、 ﹁ 信 が な い と か、 自 力 の 称 名 で よ い ﹂ と ゆ う 事 は 許 さ れ な い の で あ る。 そ れ な ら、 二 讐 四 重 の 教 判、 他 力 釈、 信 一 念 釈 等 は 一 体 ど う な る の か と 云 い た い。 去 る、 昭 和 二 十 七 年 の ﹁ 日 本 印 度 学 仏 教 学 界 ﹂ で、 当 時、 東 京 大 学 教 授 の 結 城 令 聞 博 士 が ﹁ 信 巻 別 撰 説 ﹂ を 発 表 さ れ た が、 木 目 の 荒 い も の で あ り、 書 誌 学 的 に、 又、 教 義 学 的 に も、 こ の 様 な 事 が あ り え な い と い う ほ ぼ 結 論 に 近 い も の が、 多 く の 学 者 よ り 出 た。 宗 学 は 行 信 半 学 と い う 位、 重 要 な も の で あ り、 難 解 な も の で あ る の で、 こ の 様 な 事 を 契 機 と し て、 共 に 近 代 的 な 立 場 で 論 究 し て い か な け れ ば な り ま せ ん が、 よ ほ ど 慎 重 な 態 度 で の ぞ ま な け れ ば な り ま せ ん。 親 驚 以 前 の 法 然 に 於 て す ら、 信 心 と い う 事 は お ろ そ か に さ れ て お ら ず、 三 心 具 足 の 念 仏、 又、 ﹁ 浬 契 之 城 以 レ 信 為 二 能 入 こ と い い、 信 心 正 因 を 顕 す 証 が あ る。 法 然 の 他 力 念 仏 観 は、 ﹃ 選 択 集 ﹄ の 二 行 章 等 に 示 さ れ る よ う に、 善 導 の ﹃ 観 経 疏 ﹄ ﹁ 散 善 義 ﹂ の 三 心 釈 下 の 就 行 立 信 釈 の ﹁ 是 名 二 正 定 之 業 哨 順 二 彼 仏 願 幅故。 ﹂ と あ る。 法 然 で す ら、 第 十 八 願 称 名 念 仏 一 行 を 専 修 し て、 自 力 的 な も の を 捨 て、 他 力 に 徹 底 し た の で あ る。 法 然 は 往 生 浄 土 の 業 因 と し て、 念 仏 の 一 行 を 専 修 し た の で あ る が、 そ の 念 仏 に つ い て 自 力 と 他 力 と を 分 判 し て い る。 自 力 の 念 仏 と は、 凡 夫 の は か ら い に よ つ て 称 え る 念 仏 で あ る。 だ か ら こ れ で な く、 他 力 の 念 仏 で あ る。 他 力 の 念 仏 と は、 弥 陀 の 本 願 力 を 仰 ぎ、 仏 の 絶 対 力 を 愚 ん で 称 え る 念 仏 で あ る。 法 然 に 於 て す ら、 こ の 様 な こ と で あ る か ら、 親 黛 に 於 て は な お の 事 で あ る。 又、 岡 氏 は ﹁ 親 鷺 に お け る 信 と 念 仏 ﹂ で は、 ﹁ 称 名 に は 衆 生 の 信 の 有 無 に か か わ ら ず、 大 行 と し て の 力 用 が 存 ( 5 ) 在 す る こ と に な る。 ﹂ と い わ れ る が、 い く ら 大 行 で あ つ て も、 衆 生 が 他 力 の 信 心 で 受 け 止 め な け れ ば な ら な い。

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例 え ば、 テ レ ビ 放 送 に た と え る な ら、 放 送 局 が、 送 信 所 を 通 じ て テ レ ビ 電 波 を 出 し て い て も、 そ れ を キ ャ ッ チ す る 事 の 出 来 得 る テ レ ビ の 受 像 機 を、 こ ち ら が 持 つ て い て、 チ ャ ン ネ ル を あ わ し、 ス イ ッ チ を い れ て こ そ 受 像 出 来 る わ け で す。 自 力 信 心 や 信 仰 の 無 い 事 で は、 い く ら 電 波 が と び ま わ つ て い て も、 チ ャ ン ネ ル を あ わ さ な か つ た ら、 キ ャ ッ チ し て 像 を 見 る 事 が 出 来 な い の と 同 じ 事 で あ る。 法 然 は、 往 生 極 楽 の た め に は 菩 提 心 は 不 要 で あ る と さ れ た。 親 鷲 は、 法 然 の 指 示 に よ り 自 力 の 菩 提 心 を 否 定 し、 浄 土 教 伝 統 の 祖 師 の 遺 著 に 示 さ れ た 菩 提 心 の 内 容 を、 全 て 如 来 の 菩 提 心 と し て 受 容 し、 そ の 如 来 の 願 行 を 領 納 す る 信 の 一 念 が、 親 鷺 の 説 く 菩 提 心 と し て い る。 ﹁ 信 巻 ﹂ の 菩 提 心 釈 に 於 て、 二 讐 四 重 の 教 判 を 以 つ て、 釈 尊 一 代 の 仏 教 を 教 ・ 行 ・ 信 ・ 証 に 分 析 し、 浄 土 真 宗 の 立 場 か ら 解 釈 さ れ て い る。 真 実 の 信 楽 が 大 菩 提 心 で あ り、 願 作 仏 心 と 度 衆 生 心 の 徳 を 具 え て い る 事 を 示 し、 大 信 心 こ そ 最 高 の も の で あ り、 万 機 に つ い て 実 践 性 を 持 つ も の で あ る こ と を 証 明 さ れ、 横 超 の 一 法 に 帰 す べ き こ と を す す め て い る。 他 力 の 菩 提 心 に つ い て、 ﹃ 教 行 信 証 ﹄ ﹁ 信 巻 ﹂ に、 ﹁ 亦 就 レ 横 復 有 三 一種 蝋 一 者 横 超、 二 者 横 出。 横 出 者、 正 雑 ・ 定 散 ( 6) 他 力 中 之 自 力 菩 提 心 也。 ﹂ と 示 さ れ て い る。 横 出 と は、 浄 土 門、 易 行 道 他 力 門 の 中 の 漸 教 で あ り、 他 力 に よ り な が ら も、 自 力 を 須 い て 化 土 に 往 生 す る 第 十 九 願 の 要 門 と、 第 二 十 願 の 真 門 を い う。 即 ち 正 行 と 雑 行 の 二 行 と 定 善 ・ 散 善 の 二 善 を 修 め て 往 生 を 願 う 他 力 の 中 の 自 力 の 菩 提 心 で あ る。 横 出 の 要 門 の 教 は ﹃ 観 経 ﹄ で、 要 門 の 行 は 定 善 ・ 散 善、 三 輩 九 品 の 自 力 仮 門 の 行 で あ り、 要 門 の 信 心 は ﹁ 至 心 ・ 発 願 ・ 欲 生 ﹂ の 三 心 で 定 善 散 善 の 自 力 の 心 を 以 つ て 起 す 菩 提 心 で、 他 力 の 中 の 自 力 の 信 心 で あ る こ と を 示 し、 ( 7) ﹁横 出 者、 正 雑 ・ 定 散 他 力 中 之 自 力 菩 提 心 也。 ﹂ と い わ れ て い る。 真 門 の 証 は 三 宝 を 見 聞 し な い 胎 生 で、 難 思 往 生 と 言 い、 不 定 聚 の 機 が 疑 城 胎 宮 の 方 便 化 土 に 生 れ る。 真 門 の 行 は 所 信 の 名 号 は 真 実 で あ る が、 こ れ を 称 え る 心 が 化 土 に 生 れ る の で あ る。 親 鷺 は、 聖 道 門 の 竪 超 と 竪 出、 及 び 浄 土 門 の 中 の 横 出 を 方 便 と さ れ る。 こ の 方 便 の 教 は 廃 捨 さ れ る も の で あ り、 真 宗 の 教 に 誘 引 の 段 階 で あ る。 真 実 の 教 を 顕 示 す る の が 横 超 で あ る。 横 超 の 超 と は 超 越 の 義 で あ り、 迂 廻 の 路 に 依 ら な い 事 で 速 大 行 ・ 大 信 ( 小 林) 三 四 三

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大 行 ・ 大 信 ( 小 林 ) 三 四 四 疾 頓 悟 の 義 で、 真 実 の 宗 教 を あ ら わ す。 横 超 と は 浄 土 門 ・ 易 行 道、 他 力 門 の 中 の 頓 教 で、 ﹃ 大 経 ﹄ の 第 十 八 願 の 浄 土 真 宗 の こ と で あ り、 即 得 往 生 の 身 に 定 ま る 他 力 廻 向 の 法 門 で あ る。 横 超 の 教 は ﹃ 大 経 ﹄ で あ り、 横 超 の 行 は 本 願 を 憶 念 し て、 自 力 心 を 離 れ た も の で、 ﹁ 行 巻 ﹂ に 明 か さ れ て い る 真 実 行 で あ る。 次 に、 横 超 の 信 心 は ﹁ 至 心 ・ 信 楽 ・ 欲 生 ﹂ の 三 心 即 一 の 信 楽 で あ る か ら、 ﹁ 横 超 者、 斯 乃 願 力 廻 向 之 信 楽、 是 日 二願 作 仏 心 殉 願 作 仏 心 即 横 ( 8 ) 大 菩 提 心、 是 名 二 横 超 金 剛 心 一也。 ﹂ と 述 べ ら れ て い る。 横 超 の 信 心 は 阿 弥 陀 如 来 の 本 願 力 廻 向 に よ る 信 心 で、 こ れ を 願 作 仏 心 と い い、 こ の 願 作 念 仏 は 他 力 の 大 菩 提 心 で あ り、 こ れ を 横 超 の 金 剛 心 と ゆ う と さ れ て い る。 願 作 仏 心 と は、 菩 提 心 の 内 容 で あ り、 仏 に な り た い と 願 う 心 で あ る が、 こ の 心 が 阿 弥 陀 如 来 の 真 実 心 よ り 廻 向 さ れ た も の で あ る。 名 号 の 全 徳 を 信 心 の 中 に 具 有 し、 大 信 心 の 中 に 菩 提 心 の 徳 が あ る か ら、 菩 提 心 を も つ て 信 心 と さ れ、 信 心 の 外 に 菩 提 心 を 述 べ て い な い。 横 超 の 証 は 現 生 に 正 定 聚 に 住 し、 ⋮難 思 議 往 生、 真 実 報 土 で あ る。 第 十 八 願 を も つ て せ ず、 第 十 八 願 に 於 け る 諸 仏 の 名 号 讃 嘆 は、 衆 生 を 信 ぜ し め、 称 ぜ し め る 正 定 業 と し て の 名 号 を 讃 嘆 す る も の で あ る。 衆 生 を 信 ぜ し め る 処 が 第 十 八 願 の ﹁ 三 心 ﹂ で あ り、 称 え し む る 処 が ﹁ 乃 至 十 念 ﹂ で あ り、 そ の 称 え し め ら れ る 称 名 を ﹁ 選 択 本 願 之 行 ﹂ と い い、 称 え も の と し て の 名 号 を ﹁ 浄 土 真 実 之 行 ﹂ と さ れ た。 法 然 は 称 名 念 仏 が 本 願 の 行 で あ る こ と を 明 ら か に さ れ た が、 そ れ が 称 名 念 仏 と し て、 衆 生 の 上 に 廻 向 さ れ る と い う 他 力 廻 向 の 義 は、 未 だ 明 ら か に さ れ な か つ た。 十 悪 の 法 然 房 ・ 愚 痴 の 法 然 房 で あ つ て も、 善 人 に な る こ と が 出 得 る 法 然 房 で な け れ ば な ら な か つ た の で あ る。 親 鷺 に あ つ て は、 何 れ の 行 も お よ び が た き 身 と し て、 人 間 の 本 性 に 就 い て 望 み が 絶 え て い る。 従 つ て、 ﹃ 選 択 集 ﹄ か ら ﹃ 本 典 ﹄ へ の 展 開 は、 本 願 の 念 仏 が 他 力 廻 向 の 念 仏 へ と 徹 底 さ れ た 事 で あ る。 他 力 廻 向 の 念 仏 と、 本 願 の 念 仏 は 異 る も の で な い ば か り で な く、 本 願 の 念 仏 で あ る か ら こ そ、 他 力 廻 向 の 念 仏 と 云 わ れ る 処 に、 こ の 様 な 進 展 が あ つ た の で あ る。 往 生 の 因 と し て の 真 実 行 を 説 く ﹁ 行 ﹂ は、 そ の 真 実 行 が 他 力 廻 向 の も の で あ る こ と を 示 す に あ る。 ﹁ 行 巻 ﹂ が 正 釈 段 と 追 釈 段 に 二 分 さ れ て い る が、 正 釈 段 は、 三 国 七 祖 の 伝 統 に 立 う て、 称 名 念 仏 が 他 力 廻 向 の 行 で あ

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る こ と を 明 か に し た も の で あ る。 追 釈 段 は、 重 釈 要 義 と も い わ れ、 正 釈 の 意 を 重 ね て 明 か に し た も の で あ る。 ( 9) ﹁ 言 二 他 力 嚇 如 来 本 願 力 也。 ﹂ と あ り、 こ こ で あ ら わ さ れ て い る 他 力 と は、 前 の 私 釈 に 於 て ﹁ 明 知、 是 非 二 凡 聖 自 力 之 行 ご と い つ た 他 力 廻 向 の 大 行 で あ り、 次 の 私 釈 に、 ( 10) ﹁帰 二 命 斯 行 信 一者、 摂 取 不 レ 捨、 故 名 -一阿 弥 陀 仏 殉 是 日 二 他 カ 一﹂ と い う 他 力 を 承 け た も の で あ る こ と は 明 か で あ る。 他 力 廻 向 の 大 行 で あ る と ゆ う こ と は、 本 願 力 成 就 の 大 行 で あ る と ゆ う こ と に 外 な ら な い。 次 に、 ﹁ 信 巻 ﹂ の 標 願 と 細 註 を み る に、 第 十 八 願 名 に つ い て 親 鶯 は 五 名、 念 仏 往 生 之 願 ・ 選 択 本 願 ・ 本 願 三 心 之 願 ・ 至 心 信 楽 之 願 往 ・ 相 信 心 之 願 を 挙 げ ら れ て い る。 標 願 の 文 は、 東 本 願 寺 本 ・ 西 本 願 寺 本 ・ 高 田 本 の 三 本 共、 題 号 の 前、 別 序 の 余 白 に 標 挙 の 文 と し て、 ﹁ 至 心 信 楽 之 願 ﹂ を 標 し、 細 註 に、 ﹁ 正 定 聚 之 機 ﹂ と あ る。 ﹁ 至 心 信 楽 之 願 ﹂ と は 願 文 の 三 信 た る 至 心 ・ 信 楽 ・ 欲 生 に つ い て 開 三 合 一 の 義 を 兼 ね 顕 わ し て い る か ら で あ る。 開 三 と は、 至 心 信 楽 は 至 心 信 楽 欲 生 で あ る。 今 は、 欲 生 を 略 し て 至 心 信 楽 之 願 と 名 づ け ら れ た も の と 考 え ら れ る。 ﹃ 尊 号 真 像 銘 文 ﹄ に、 ﹁ た だ 如 来 の 至 心 信 楽 を ふ か く た の む べ し。 こ の 真 実 信 心 を え む ( 11) と き、 摂 取 不 捨 の 心 光 に い り ぬ れ ば、 正 定 聚 の く ら ゐ に さ だ ま る と み え た り。 ﹂ と あ る の は、 こ れ を あ ら わ す も の で あ る。 こ の ﹁ 信 巻 ﹂ の 大 信 を あ ら わ す 標 挙 と し て、 最 も 適 切 だ か ら で あ る。 細 註 に ﹁ 正 定 聚 之 機 ﹂ と は、 至 心 信 楽 が 証 大 浬 契 の 真 因 で あ る こ と を 示 し て、 こ の 真 因 を 領 受 す る 機 類 で あ る こ と を 表 わ す の で あ る。 ﹁ 信 巻 ﹂ に 於 て 出 願 の 五 名 を 述 べ る 前 に、 大 信 の 徳 義 を 十 二 句 を も つ て 嘆 釈 さ れ て あ る。 ﹁ 謹 按 二 住 相 廻 向、 有 二大 信。 大 信 心 者、 則 是 長 生 不 死 之 神 方、 析 浄 厭 之 妙 術、 選 択 廻 向 之 真 心、 利 他 深 広 之 信 楽、 金 剛 不 壌 之 真 心、 易 住 無 人 之 浄 信、 心 光 摂 護 之 一 心、 希 有 最 勝 之 大 信、 世 間 難 ( 12) 信 之 捷 径、 証 大 浬 葉 之 真 因、 極 速 円 融 之 白 道、 真 如 一 実 之 信 海 也。 ﹂ と 大 信 の 徳 義 と 述 べ て あ る。 弘 願 他 力 の 信 に つ い て は、 第 十 八 願 の 至 心 ・ 信 楽 ・ 欲 生 の 三 心 を 中 間 の 信 楽 に 統 摂 し て、 真 実 の 信 は 弥 陀 釈 迦 二 尊 の 発 遣 招 喚 に よ る 願 力 廻 向 で あ る こ と が わ か る。 ﹃ 大 経 ﹄ の ﹁ 第 十 八 願 文 ﹂ や ﹁ 成 就 文 ﹂ 等 を 引 用 し、 真 実 の 信 が 第 十 八 願 で あ る こ と を 示 し、 ﹃ 論 註 ﹄ の 讃 嘆 門 下 の 釈 を 引 き、 真 実 称 名 行 に 具 す る 三 信、 ﹃ 論 ﹄ の ﹁ 世 尊 我 一 心 ﹂ 大 行 ・ 大 信 ( 小 林) 三 四 五

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大 行 ・ 大 信 ( 小 林 ) 三 四 六 と 明 か さ れ る 一 心 が、 真 実 心 で あ る こ と を 証 し、 更 に、 善 導 の ﹃ 観 経 疏 ﹄ の ﹁ 散 善 義 ﹂ の 三 心 釈 等 を 引 用 し、 信 心 の 意 義 内 容 を 詳 に し て、 真 実 の 行 信 が、 如 来 清 浄 の 本 願 力 廻 向 成 就 に よ つ て 廻 向 さ れ て い る の で あ る。 他 力 廻 向 の 真 実 の 行 信 は、 ﹃ 末 灯 砂 ﹄ の 第 十 一 章 に、 ﹁ 信 と 行 と ふ た つ と き け ど も、 行 を ひ と こ 噛ゑ す る と き ゝ て う た が は ね ば、 行 を は な れ た き 信 は な し と き ゝ て 候。 又 信 は な れ た る 行 な し と お ぼ し め す べ し。 こ れ み な み だ の 御 ち か ひ と 中 こ と を こ ゝ ( 13 ) ろ う べ し。 行 と 信 と は 御 ち か ひ を 中 す な り。 ﹂ と あ り、 真 実 の 行 信 は い ず れ も、 本 質 的 に は 体 は 一 つ で あ る が、 実 践 の 相 承 は、 信 心、 称 名 と 異 な る 二 つ の 相 を も つ も の で、 然 も、 不 離 ・ 不 二 の 関 係 に あ る こ と を 明 か さ れ て い る。 行 信 は 不 離 で あ る が、 往 相 廻 向 の 主 体 を 大 信 の み と し て、 唯 信 正 因 の 証 を さ れ て い る。 法 然 で す ら、 ﹃ 和 語 灯 録 ﹄ 巻 二 に は、 ( 14 ) ﹁ 他 力 の 念 仏 は 往 生 す べ し、 自 力 の 念 仏 は 往 生 す べ か ら ず。 ﹂ と い つ て い る 位 で、 親 鷺 に 於 て は、 尚 の こ と で ﹁ 信 の な い 称 名 ﹂、 ﹁ 自 力 の 称 名 ﹂ は 到 底 考 え ら れ な い 事 ば か り で な く、 正 反 対 の 事 で あ る。 ( 15 ) 岡 氏 は ﹁ 親 鷺 に 於 け る 行 の 研 究 ﹂ で ﹁ 信 心 正 因、 称 名 報 恩 ﹂ に 疑 問 を 提 し、 称 名 正 定 業 と い わ れ る が、 元 竜 谷 大 学 教 ( 16 ) 授、 池 本 重 臣 氏 は、 ﹁ 称 名 正 定 業 説 の 検 討 ﹂ と い う 論 文 で、 概 略 を い う と、 ﹃ 大 経 ﹄ と ﹃ 観 経 ﹄ は 成 立 の 背 景 も 異 つ て お り、 ﹃ 観 経 ﹄ は 行 を 中 心 と し て い る 経 典 で あ る か ら、 第 十 八 願 の ﹁ 乃 至 十 念 ﹂ は ﹃ 観 経 ﹄ か ら 類 推 し て 解 釈 す る よ り は、 ﹃ 大 経 ﹄ 全 体 の 思 想、 特 に ﹁ 第 十 八 願 成 就 文 ﹂ よ り 解 釈 す る 方 が 正 し い と さ れ、 称 名 正 定 業 説 を 立 て る こ と は 出 来 な い で あ ろ う と さ れ、 称 名 正 定 業 説 と い う の は、 称 名 こ そ 正 し く、 往 生 の 業 因 と い う こ と で、 第 十 八 願 を 正 し く 表 現 し て い る と は い え な い、 と さ れ る が 小 生 も 同 感 で あ る。 1 真 宗 聖 教 全 書 三 ー 五 三 八 頁。 2 〃 一 -二 八 二 頁。 3 〃 一 -三 一 四 頁。 4 真 宗 学 四 三 号 一 五 頁。 5 竜 谷 大 学 論 集 四 ○ 八 号 二 五 頁。 6 真 宗 聖 教 全 書 ニ ー 六 九 頁。 7 〃 二 ー 六 九 頁。 8 〃 二 ー 六 九 頁。 9 〃 二 ー 三 五 頁。 10 〃 二 貢。 11 〃 二 ー 五 六 一 頁。 12 〃 二 i 四 八 頁。 13 〃 二 ー 六 七 二 頁。 14 〃 四 -五 九 一 頁。 15 真 宗 学 四 五 ・ 四 六 号 一 ○ 頁。 16 〃 二 一 号 二 八 頁。

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