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歴史理論におけるモデルの意義の再検討

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歴史理論におけるモデルの意義の再検討

千葉商科大学政策情報学部 専任講師

渕元 哲

FUCHIMOTO Satoshi

プロフィール

東京工業大学大学院社会理工学研究科博士後期課程単位取得退学、早稲田 大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得退学。Master of Arts in International Relations(University of Nottingham)。

はじめに 1

この小稿は、筆者の問題関心に従って、歴史理論 における「モデル」の意義について、ささやかな検討 を行うことを目的とする。本特集は「社会科学におけ るモデル分析」というテーマを掲げているが、私見 では「モデル」を使うこと自体が、「社会科学」(Social Sciences)という学問分野の「科学性」の一端を表し ているように思われる。社会科学、ないしは(人文学

(humanities)と統合した呼称である)人文社会科学に は、新カント学派の影響を受けた、研究対象の個性記 述に第一義をおく分野がある一方、他方では、自然科 学の方法論の影響を強く受けて、対象に対する法則な いしは経験科学的な一般性のある知見を発見しようと する分野もある。たとえば前者の代表格とされる歴史 学は、モデル化や一般化については、慎重かつ禁欲的 であり、まずもって一次資料をもとにした厳密な研究 対象の個性記述(モノグラフ)を重視するといわれて

きた1

ただし「歴史は繰り返さない」として、(人文社会科 学全体として)研究対象の個性的な因果関係を見いだ すことにひたすら専念するのであれば、その研究成果 は「過去に詳しくなった」ことをもたらすだけで、そ の当の歴史的事件の理解以外には何も役に立たない、

ということにもなりかねない(森島1994:120)。そ れゆえ、経験科学的な理論、すなわち研究対象に関す る法則ないしは因果関係を一般化した知見が要請され ることになる。そしてそのような知見は、いくつかの 研究対象に関する抽象化(モデル化)を行い、かつそ れらモデル同士の比較検討を行うことによってしか、

獲得できないものなのである。このようななんらか の法則性、一般性を見いだすことを、社会科学(もし くは人文社会科学)の営為の一つであると認めるなら ば、「モデル」の存在は有益かつ不可欠なものであろう。

そこで本稿では、社会科学におけるモデルの著名な使 用例を参照し、歴史理論にとってのモデルの意義や利 点、扱う際の問題点等々につき、筆者の思うところを 述べてみたいと思う。

歴史理論における不適当なモデルと望 ましいモデル

そこでまず本章では、歴史理論において使用するに は、あまり適当ではないと思われる社会科学のモデル について批判的な検討を行い、続いて、以上の検討を 踏まえて、歴史理論にとって望ましいモデルとはいっ たいどのようなものであるべきか、といったことにつ

1 歴史学者の理論に対する批判的な態度という点については、保城(2015:4-24)の整理が参考になる。ただし、フランスのアナール学派のような理論 志向の強い潮流もあることも忘れてはいけないのであって、歴史研究者の理論やモデルに対する態度は、実際には様々であるように思われる。

特 集

社会科学分析

社会科学におけるモデル分析

(2)

いて私見を提示してみたいと思う。

そこで第一に(すでに言い尽くされた感もあるが)

「合理的選択論」について批判的な検討をしたい。「合 理的選択論」とは、社会科学における主流の方法論的 立場として認められている「方法論的個人主義」のヴァ リエーションの一つであるが、とくに「自己の効用を 最大化するために合理的に選択を行う諸個人を前提と し、かつその諸個人の行為の結果により、生じた社会 現象を説明しようとする理論全般」を指す2。周知の ように、この「合理的選択論」により、理論の体系化 を果たした最も著名な例は、L. ワルラスに始まる「新 古典派経済学」の学風である。この学派は、自然科学 に匹敵する数理理論化を果たしたことで、「社会科学 の女王」と呼ばれ、長く他の社会科学の模範とされて きた。それゆえに(新古典派経済学の「成功」に追随 したいという願望もあって)、この「合理的選択論」は、

普遍的に(つまり、どんな領域、どんな時代において も)適用可能であるという認識が、他の社会科学分野 においても受容されていったのであった。その意味で も、「合理的選択論」は方法論的個人主義のヴァリエー ションの中でも、代表的存在の一つであると言えるだ ろう。

筆者自身は、同モデルが、時代、地域、そして分野 等々、研究対象を限定したうえで使用される場合には、

有益な知見がもたらされるものと認識している。しか し一方で、この「合理的選択論」が、研究分野(たと えば市場分析)における数理的な把握の必要性から構 成されたものであることについて、まったく自覚しな いで(あるいは確信犯的に無視して)、全世界、全時 代、全分野に適用可能な普遍モデルであるとして使用 されることは非常に問題だとも考えている。たとえば、

「権力」や「支配」といったエモーショナルで、かつ時 代差も地域差も大きいとされる行為を扱う「政治学」

においても、合理的選択論は「市民権」を得て久しく、

むしろ一大潮流を形成しているほどなのである。 

その代表的な一例を挙げてみよう。アメリカ合衆 国の研究者、J.M. ラムザイヤーと F.M. ローゼンブ ルースは、合理的選択論を元にして近代日本の政 治体制の変遷史の分析を行っている(Ramseyer &

Rosenbluth1995=2006)。この研究はアメリカ合衆国 では高い評価を得ているし、また我が国の政治研究者 の中にも、フォロワーが多いとされている。しかし一 方で、日本政治史の研究者からは、強い批判があっ たことも事実である。たとえば、伊藤之雄(1996:

156)は、ラムザイヤーらの合理的選択論的解釈によっ て「日本の近代や日本社会がよく理解できるように なったとは思われない」し、合理的選択論は、「歴史分 析のモデルに使うことは有効ではない」と強い言葉で 批判する。また細部においても、伊藤はラムザイヤー らの研究に対して様々な批判をしているが、歴史分析 に有効なモデルを構築するということについては、次 の伊藤の批判にいかに応えるかが特に重要であると思 われる。すなわち「通例歴史学や政治学で人や集団の 動向を捉える方法は、それらが理念と個別利益の両者 に影響されて動くという前提」(伊藤1996:156)が あるのに、ラムザイヤーらは、前者(つまり理、

念、

)を 完全に無視しているという点である。ではこの伊藤の 指摘を真摯に受けとめた上で、なお「モデル」による 歴史分析をするのであれば、一体どんなモデルであれ ば有効だといえるのだろうか。私見では、ラムザイヤー らのご都合主義的解釈の原因は、「個別の利益に対し て合理的選択する主体」というモデルに人間存在を一 元化してしまったことにある。一方、「理念」による人 間の行為という点でいえば、同じく「方法論的個人主 義」を採用する M. ヴェーバーの人間存在モデルが参 考になりそうである。その点について以下で確認して みよう。

よく知られるように、M. ヴェーバーのモデルに は、「目的合理的行為」、「価値合理的行為」、「伝統的行 為」、「感情的行為」の四つの人間行為の類型があるが

(Weber 1984[原著1922]=1972:39-42)、ヴェー バー研究者のコールバーグ(Kalberg 1994=1999:

90)は、「合理的選択論」はヴェーバーの類型でいう「目 的合理的行為」を強調するあまり、「価値合理的行為」、

「伝統的行為」、「感情的行為」が持つ歴史における原動 力を無視ないし軽視していると主張する。私見では、

このコールバーグの主張は、翻案して次のように換言 することもできると思われる。つまり、学際的、歴史

2 合理的選択論の中にも、さらに様々なヴァリエーションがある。古典的なものはミクロ経済学におけるような「主観的な効用を持つ主体が、予算などの 制約の下、効用最大化となるような選択をする」という強い前提を置くものであり、本稿が批判対象としているのも、さしあたりこのような古典的なモ デルである。しかし、近年では、既述のような先験的な合理性を仮定せず、代わりに経験的なデータをモデルに組み込んで説明を試みる「分析社会学」

のような試みも登場している(なおこの点については、打越(2016)を参照)。

社会科学分析

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的、比較空間的な事象を扱うに際しては、ヴェーバー に倣って、歴史から人間の行為諸形態を帰納3してそ の類型化を行うことができるならば、たとえば、歴史 を動かす原動力たり得る「理念で動く価値合理的行為」

や「伝統的行為」等をモデルから排除することもなく なり、結果、理論によるご都合主義的解釈といったあ りがたくない批判を避けることも可能になるというこ とである。

まとめると、エモーショナルな部分を認めない人間 存在モデルを歴史理論や歴史解釈に適用するに際して は、ひとまず慎重でなくてはならないということであ る。人間存在モデルをどう考え、どう設定するかは、

人間社会を対象とする社会科学においては重要なテー マである。もっとも、社会科学自体は近代西欧で確立 した学問であるため、そのモデルは、どうしても「理 性的な西欧近代人」といった理想像を、さらに特定の 視点から抽象化したもの(たとえば合理的選択論)に なりがちである。しかし、(非西欧を扱う)空間的な比 較、あるいは(非近代を扱う)時間的な比較を目的と する「歴史理論」の研究においては、そのような思考 枠組みから自由でいることも、また重要であると思わ れるのである。

次に、歴史上存在した(あるいはしている)世界中 の社会システムを、ただ一つの時間軸上における世界 史の発展段階として考える「単線的成長モデル」につ いても、批判的な検討をしたいと思う。具体的には、

近代化モデル、マルクス主義的唯物史観等々が、それ に含まれる。その特徴を要約的に述べれば、「歴史は 成長を続けるが、最終的には一つの理想的な社会を実 現させて収束する」というものである。今日では、す でに忘却の彼方にあるようにも思われるが、このよう なパラダイムが、すくなくとも1990年代までは世界 の学界のもう一つの主流に位置していたのである。た とえば、昭和以降の我が国の人文社会科学界において は、政治的な左右の立場を超えて「日本の近代化」を どう評価するか、が重要なテーマの一つであった4。 本稿では、これらの問いに関わる論争等について詳細 を述べることはできないが、図式的には、彼ら学界人

の多くが共有していた歴史観とは、つまるところ、す べての社会システムは、誕生から成長、そして最終形 態といった「単線の成長」でとらえることができる、

というものであったということはできよう。

このような思考枠組みは、キリスト教神学を淵源と して、近世以降、ヘーゲルを経由して、左右のイデオ ロギーを問わず、共有されるものになったと思われる。

そして、この思考枠組みにおいては、すべての社会シ ステムは、一つの時系列線上に並べられることになる ので、ある(遅れ認定された)社会システムが、理想 的な社会システムに対して、キャッチアップできてい るのか、まだ遅れているのかといった、まさに発展段 階的な比較しか認められないことになる。科学的な根 拠が極めて乏しい、このような思考枠組みが、かつて 多くの知識人に支持されたのは、マルクス主義的唯物 史観への支持、(欧米においては)西欧優越主義、(我 が国においては)封建遺制の払拭および近代化への期 待など、様々な理由があったのだと思われる。しかし 1990年代の冷戦の終結、2000年代以降の米欧日等の 先進資本主義国の停滞、そしてグローバル金融資本主 義の暴走を鑑みれば、このような「単線的成長モデル」

の歴史理論としての説得力は、現前の事実を前にして、

すでに失われたというべきであろう。

以上の二つのモデルに対する批判的検討を踏まえる ならば、歴史理論における望ましいモデルは、以下の ような要請に応えられるものであるべきと思われる。

第一に、とくに人文社会科学の複数の領域(たとえば 経済学、政治学、社会学等々)にまたがり、かつ非西欧、

非近代をも扱うような「歴史理論」における「人間存 在モデル」は、類型化が認められるものでなくてはな らないということである。先の例でいえば、人間存在 は、市場経済でみられるように利得に対して効用最大 化を目指して行動する場合もあれば、エモーショナル な集合行為に向かう場合(たとえばナショナリズム運 動)もあるのである。その複雑性を軽視せず、人間存 在において典型的に見られる諸行為形態を歴史から帰 納的に抽出すること、換言すれば、特定の行動様式に 限定しすぎず、類型を構成できるようにしておく必要

3 ただし、純粋な帰納は不可能であることも再確認しておくべきであろう。帰納といっても、実際には「理論負荷性」の問題を避けることはできないから である。もっとも経験科学である社会科学の理論は、経験的に検証されるべきものであり、それを欠いた理論はもはや経験科学の理論とはいえないよう に思われる(以上、[保城 2015:78-87]を参照)。

4 たとえば、我が国のマルクス主義論壇における講座派と労農派の論争は、明治維新後の日本の近代化の評価の相違に由来しているし、戦後社会科学界の スターであった大塚久雄、川島武宜、丸山真男ら、いわゆる「近代主義者」も、日本の近代化は未成熟であると考えていたのであった。

社会科学分析

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があるということである。

第二に、社会システムが、単線的ではないメカニズ ムでもって変化していくとする理論、すなわち、多種 多様な外部環境に影響されつつ適合しながら、全人類 史的には、社会システムは複線的に変化することを説 明するモデルが求められるということである。換言す れば、社会システムは、決して単一時系列上の発展段 階として把握されるのではなく、空間的特徴の違いに よっても類型化されることを認める理論枠組みが要請 されるということである。

そこで次章では、上記の二つの要請に応える歴史理 論の好例を取り上げて、我々が歴史理論におけるモデ ルを構築するに際して、学ぶべき点として、何がある のかについて検討したいと思う。

歴史理論におけるモデルの意義 3

さて本稿は、「歴史理論」における「モデル」の意義 を検討しているものであるが、本章の本題に入る前に

「比較」と「モデル」の関係性、すなわち、モデルが一 般的知見の基盤たり得るという意義だけでなく、(歴 史理論にとっては必要不可欠な)比較という作業を行 う際にも役立つ、ということについて、ここで指摘し ておきたい。現代社会科学においては、統計学をはじ めとして多様な比較の方法があるが、比較をするため には、まずもって複雑な要素からなる研究対象群を、

なんらかの「ふるい」にかけて、同質(もしくは類似)

と認定される対象と異質と認定される対象とに、区分 けしなくてはならない。そこで役立つのが「モデル」

である。モデルとは、つまるところ現実の「似姿」で あり、現実のある特徴的な部分を強調した観念的かつ 論理的に構成された抽象物である。実際の研究におい ては、ことさらモデルを使用しなくても比較可能な ケースもあるが、複雑な要素からなる現象群を比較す る場合、同質(もしくは類似)か、異質かの区別は、

モデルによって認定され得ることが多い。その意味で も、比較研究においては、モデルの存在は欠かせない

と思われるのである。

そこで本章では、実際のモデルを使用した著名例を 取り上げ、歴史理論におけるモデルのメリットについ て提示してみたいと思う。第一に、直観的には類似と 思われていた人間存在の行動様式を、比較可能なよう に差異を強調して類型化(モデル化)し、かつモデル により指摘された差異が、実は社会システムの形成に 大きな影響をもたらしている、ということを説明した M. ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資 本主義の精神』(Weber2015[原著1920]=1989)を とりあげたいと思う。ヴェーバーによる近代資本主義 の由来についての理論は、まさに類型化されたモデル によって説明されることで、一般性のある知見となっ た好例であるといえよう。また私見では、ヴェーバー は、研究における「驚き」を発見するように、巧妙に モデルを活用しているように思われる。この点につい ても指摘をしておきたい。

第二に、社会システムに関して、類型化できるほど の差異(および同質性)が生み出されるメカニズムを 空間的差異によって説明した好例として、E. トッド の家族類型論5と梅棹忠夫の生態史観6を取り上げた い。また、トッドも梅棹も(先のヴェーバーと同様に)

研究における「驚き」を発見するように、巧妙にモデ ルを使用していると思われる。この点についても、や はり指摘をしておきたい。

3.1 人間存在モデルの類型:類似の存在の類型化に よる差異の強調

M. ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と 資本主義の精神』(以下、『プロ倫』)は社会科学史上、

最高傑作の一つと目され、多くの専門研究者にまさに

「研究対象」とされているものであって、ヴェーバー 研究者でもない筆者が、改めて新しい知見をもたらせ ることは何もない。本稿が『プロ倫』を取り上げるの は、同著が人間存在に類型を認め、それをモデル化し て、社会システムの生成について説得力ある説明をし ている最高の例の一つであること、また、そのモデル を巧みに使用して「驚き」の発見につなげているとい

5 トッドには家族類型論に関する多くの著書があるが、本稿が参照したのは、Todd(2011=2016(上)(下))。なお、トッドが「周圏論」的な解釈に至っ たのは、友人の言語学者ローラン・サガールの「周縁地域の保守性の原則」(=「周圏論」)の指摘を受けて以降のことであり、以前は、構造主義的解釈 に依拠していた(Todd2011=2016(上) : 31)。

6 梅棹の『文明の生態史観』には同名の論文が収められている(梅棹[1974:88-133])。また生態史観を図示した有名な模式図は、同論文にはなく同著 所収の別の論文「東南アジアの旅から」の文中(梅棹 1974:202)で示されている。

社会科学分析

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う好例でもあるためである。

同著が、世俗的とでもいうべき近代資本主義的な経 済社会の基盤を作り出したのは、意外にも、禁欲を旨 とするプロテスタンティズム由来のエートスであっ た、ということを示したというのは、周知のことであ ろう。また、このことに対して説得力を持たせるため に、ヴェーバーは、プロテスタントに対してカトリッ クを比較対象とし、かつ両者の行動様式を強調した人 間存在モデルを作って、いかにして一方(プロテスタ ント)は、近代資本主義を生成し、他方(カトリック)

は生成できなかったか、ということについて、やはり モデルを使用して説明を行ったということもよく知ら れていることであろう。

そこでまず改めて確認すべき第一の点は、(多分に 西欧限定でありながらも)ヴェーバーは、いくつかの 人間存在モデルの類型をつくり、いわば「思考実験」

によって、その複数のモデルを作動させることで、事 象の生成のメカニズム(この場合では、資本主義が生 成されるか否か)を説明している点である。「合理的選 択論」のような、ただ一つの人間存在モデルを適用し て、強引に事象の説明をするものとは異なり、空間ご との人間存在の行動様式の差異を認めて、さらにその 差異から社会システムにおける差異も生成されている ことを説得的に説明しているという点で、類型化の意 義を改めて教えてくれるものであるといえよう。

また、もう一つモデルを使って巧みに比較をするこ とで、「驚き」の発見に一定の貢献をなしているという ことについても、確認しておくべき点であろうと思わ

れる。同著の「驚き」の所以は、禁、 欲、

的、

なプロテスタ ントのエートスが、世、

俗、 的、

な利得の拡大を目指す近代 資本主義を生み出したという「意、

外、 性、

」にある。プロ テスタントとカトリックは、ともに聖書を共有した同 じキリスト教の宗派であり、かつ同じ西欧由来のもの であるから、少なくとも直観的には、他の宗教、宗派 よりも双方は相違点より類似点が多いと思われてい る。そこでヴェーバーは、両者のモデルをつくり「ナ イフエッジな不安定性」(森島1994:130)を強調し たのであるが、これらのモデルは、このような人間存 在の些細な行動様式の差異を強調し、かつその差異が 違う社会システムが生み出したという「驚き」の提示 に一役買ったのであった7。つまり『プロ倫』の方法は、

研究対象をモデル化することにより、①類似とされて いる存在から些細な差異を導出し、それを際立たせて いること、②結果的には、その些細な差異が、非常に 異なる社会システムを生み出すことになった、という 直観的には想像が困難な「驚き」の発見につなげ、か つその「驚き」の現象の生成メカニズムを説明してい る、というところに特徴があるといえる。そしてここ にこそ、モデルを使用するもう一つの利点があるとい うことができると思われる。さらに要約すれば、『プ ロ倫』は、「モデルによる比較方法」を巧みに使用して、

ほぼ同質の対象から異質のものを生み出す/生み出さ ないという違いがあるという「驚き」の発見に貢献し、

さらにその「驚き」を生み出したメカニズムを説明し たものである、といえるということである。

図 1 Todd(2 0 1 3=2 0 1 6(上): 3 0)

7 ただし、もしこれがプロテスタントではなく、カトリックが近代資本主義の生成の原因だという結論であったなら、その「驚き」の程度は減少するのであり、

モデルは(あとで取り上げる「複線的歴史進化理論」のモデルと比較すれば)、あくまで「驚き」の発見に一役買ったのにとどまる。

社会科学分析

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3.2 複線的歴史進化モデル:異質のシステムにおけ る同質的存在の析出

続いて、複線的歴史進化という点において、「周圏 論モデル」と「生態史観モデル」の二つを取り上げる こととしたい。そこで第一に「周圏論モデル」を挙げ ておこうと思う。このモデルについては、我が国では、

柳田国男が『蝸牛考』(柳田:1980[原著1930])にお いて提示した「方言周圏論」がもっとも著名であろう と思われる。柳田が同著で、リサーチ・クエスチョン としたのは、我が国における「カタツムリ」(蝸牛)の 方言の地理的分布の不可思議さである。具体的には、

相互が遠方にあり、直接的な関係性が薄いと思われる 周辺地域において、「ナメクジ」「ツブリ」など、カタ ツムリを共通の呼称で呼ぶのに対して、中心地域(畿 内)の近縁では「デデムシ」と呼ぶことについての疑 問である。

(こちらも周知ではあるが)このクエスチョンに対 する解答は、次のようなものである。つまり「ナメク ジ」「ツブリ」などはカタツムリの古い呼称であり、そ れが中心地域から周辺地域に時間をかけて浸透する間 に、変化の激しい中心地域(畿内)近縁では、新しい 呼称(デデムシ)が生まれ、結果的に古い呼称が(中 心地域からは互いに遠方だった)周辺地域に残存した というものである。

この柳田の研究は、本稿の検討テーマである社、 会、

シ、 ス、

テ、 ム、

の、 複、

線、 的、

歴、 史、

進、

0を説明するものではなく、そ もそも研究対象が方言であるため、比較対象が同質で あるか否かの認定は、類型化をせずとも可能である。

しかしこの「周圏論モデル」は、複雑な要素を持つ社

会システムのモデル化(類型化)ができていれば、複 線的進化を説明するのに応用可能であり、実際、使わ れている。E. トッドの「家族類型論モデル」が、それ である。トッドの研究とは、世界中の家族形態の類型 と地理的分布の間の相関メカニズムについて、周圏論 モデルを使って説明をしたものである(図1)。非常に 単純化して、彼の主張を要約すれば、世界中の家族形 態のうち、ユーラシアの中心部は、かつては文明の先 進地域であり、時を経て新しい家族形態(図1の特徴 B 例:共同体家族)を発生させたが、ユーラシア周 辺部においては、中心部の影響が希薄であったため、

古い家族形態(核家族)が残ったというものである(図 1の特徴 A)。このトッドのモデルが画期的なのは、「核 家族は、歴史的には比較的新しい家族形態である」と いう通説に対して「核家族は古い形態である」と異説 を唱え、しかもそう主張する根拠を周圏論モデルに よって説得的に説明しているところにある。

また第二に、この周圏論モデルに類似したものとし て、梅棹忠夫の「文明の生態史観」モデルも取り上げ ておきたい。(これまた周知のように)梅棹は、日本と 西欧を「第一圏域」、ユーラシア中央部を「第二圏域」

と名付けて、①前近代までは、第二圏域において、中 央集権的な文明が高度に発達する一方、中心部から離 れた周辺部である第一圏域では、第二圏域の干渉を受 けないまま、類似の環境下における「遷移」によって、

やはり「封建制」のような類似の分権的な社会体制を 成立(並行進化)させることになった、②それゆえ、

この並行進化が、分権的な社会のみならず、近世期に おいてブルジョワジーをも準備し、結果的に、西欧が

図 2 梅棹(1 9 7 6 : 2 0 2)

社会科学分析

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最初に近代化を果たし、また日本も非欧米で最初の近 代化を果たせたのだ、という立論を、モデル(生態史観)

を使って示したのであった(図2)。

周圏論モデルと同様、比較対象たる日本と西欧は互 いに遠方にあり、かつ由来の異なる存在であるが、両 者に「封建制」という「モデル」を適用して、やはり互 いの類縁性を見いだしていることがわかる。

ただし、モデルとして似ていると思われる生態史観 モデルと周圏論モデルであるが、両者には違いもあ る。具体的には、周圏論モデルは、主として周辺地域 に「古い形態」が残されたため、周辺地域に存在する 対象(方言、家族)には類似な性質が残っているという、

いわば「中央文化受容の歴史」(福田2007:81)の説 明になっているのに対し、生態史観モデルには、類似 環境下における「遷移」によって、周辺地域が並行進 化しているという「動学理論」が追加されているので、

細部においては、両者は異なっている。ただし、中心 地域からの影響を受けなかった「周辺」という類似の 環境の下にあったため、結果的に類似の対象を持つに 至ったという点においては共通しているといえる8

以上の要約を踏まえて、改めて本節で取り上げたモ デルの共通点をまとめておこう。①異質と認定され得 る複数のシステム下において、同質もしくは類似の存 在を発見すること(このことが第一の「驚き」の発見 である)、②そのような互いに異なるシステム下にお いて、なぜ同質ないしは類似の存在が見いだせるのか、

そのメカニズムを説明すること(これが、第二の「驚き」

の発見である)、というものになる。

実際、このようなモデルの使用におけるメリットは、

ヴェーバーのモデル以上に、ある種の意外性、あるい は「驚き」の発見ができることにあるように思われる。

この点について、E. トッド自身は、同じフランス出 身の社会学者、P. ブルデューを批判して次のように 述べる(トッド2020:106-107)9

研究者や学者も自分自身のアイディア、自分が発

見した事実に驚かなくてはいけないのです。ところ がブルデュー式の研究というのは、たとえば、労働 者たちは非常に虐げられている、学歴も低い、だか ら労働者の子どもたちは教師の子どもたちに比べて 学業の成功率が低いといったことを発見するもので す。確かにそうかもしれません。しかしそこに驚き の事実はあまりないわけです。こういう相関は、研 究には何の利益ももたらさないと言わざるを得ませ ん。

私見では、人文社会科学の研究がすべて「驚き」に 満ちている必要はないと思われるが、一方でトッドが 述べるように、「驚き」の発見が学問において大きな貢 献をもたらす、ということもまた事実であろうと思わ れる。その意味で、柳田、トッド、梅棹は「驚き」を 発見し、かつ、そのメカニズムを説明するためのツー ルである「モデルによる比較方法」を巧妙に構築し、

使用していると思われるのである。

3.3 小括

さて以上挙げた著名な研究事例の検討から、本稿が 導き出せ得るものは、次のようなことである。第一に、

モデルをつくることによって、比較をすることが可能 になるということである。また、この比較によって思 考実験や因果関係の特定が可能になり、ついには一般 性のある知見が獲得できるということでもある。もっ とも以上は、比較研究における常識の範囲にあること を再確認したにすぎない。第二に、モデルは使い方次 第で、研究上の「驚き」の発見に貢献できるというも のである。具体的には、①類似していると認識はされ ているが、やや異なるものを取り上げるか(例:プロ テスタントとカトリック)、異なるシステム下にある にも関わらず、類似な存在を取り上げるか(例:西欧 と日本)、という作業を行い(このことが「意外性」、「驚 き」を発見するための第一歩である)10、②その取り 上げた対象をモデル化して、類似点、もしくは相違点

8 筆者は全くの門外漢なのであるが、ヴェゲナー(Alfred Lothar Wegener)の「大陸移動説」にも、直観的には周圏論モデルと類似のものを感じる。ヴェゲナー は、大陸はかつて一つであり、それが長いときを経て分裂したという大陸移動説を主張したが、その主張の根拠の一つとして、アフリカ大陸と南アメリ カ大陸に、大洋を横断できない同種の淡水小型爬虫類の化石が発見されたという事実を挙げている。これも遠方で見つけた存在に同質のものを見いだし、

なぜそのような事象が生じるのかについてのメカニズムを説明したものとして、周圏論モデルに通じるものがあるように思われる。

9 同著は、完全日本語オリジナルである。

10 この日本と西欧の類似点については、梅棹より以前に、戦前の京都学派の哲学者、高山岩男が「非連続的に連続している」(高山 2001[原著 1942]:

27)と表現して指摘している。とするならば、ヴェーバーの『プロ倫』の発見は、逆に「連続の非連続」と言い換えることもできよう。まとめると、研 究上の「驚き」は「連続の非連続」か「非連続の連続」のどちらかに由来すると言うことができると思われる。

社会科学分析

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伊藤之雄(1996)「合理的選択モデルと近代日本研究」(『レヴァイアサン 19 号 特集 合理的選択論とその批判』 pp.146-156 木鐸社)

打越文弥(2016)「分析社会学の理論構造:社会学における理論と経験的研究の統合のために」(『理論と方法 31 巻 2 号』pp.293-303 数理社会学会)

梅棹忠夫(1974)『文明の生態史観』中央公論新社

エマニュエル・トッド(2020)(大野舞 訳)『エマニュエル・トッドの思考地図』筑摩書房) ※ 同著は完全日本語オリジナルである。

高山岩男(2015[原著 1942])『世界史の哲学』こぶし書房 福田アジオ(2007)『柳田国男の民俗学』吉川弘文館

保城広至(2015)『歴史から理論を創造する方法:社会科学と歴史学を統合する』勁草書房 森島通夫(1994)『思想としての近代経済学』岩波書店

柳田国男(1980[原著 1930])『蝸牛考』岩波書店

Kalberg, Stephen(1994), Max Weber's comparative-historical sociology, University of Chicago Press(スティーヴン・コールバーグ(甲南大学ヴェーバー 研究会訳)『マックス・ヴェーバーの比較社会学』ミネルヴァ書房)

Ramseyer,J.Mark, Rosenbluth, Frances M.(1995)The Politics of Oligarchy: Institutional Choice in Imperial Japan, Cambridge University Press(M. ラ ムザイヤー、F. ローゼンブルース(河野勝監訳、青木一益訳、永山博之訳)『日本政治と合理的選択―寡頭政治の制度的ダイナミクス 1868-1932』勁草書房)

Todd, Emmanuel(2011) L'origine des sytemes familiaux 1 L'Eurasie , Gallimard (=エマニュエル・トッド(石崎晴己 監訳)(2016)『家族システムの起 源Ⅰ ユーラシア上』、『家族システムの起源Ⅰ ユーラシア下』藤原書店)

Weber, Max(2015[原著 1920]) Die protestantische Ethik und der "Geist" des Kapitalismus , Springer VS(=マックス・ヴェーバー(大塚久雄 訳)(1989)

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波書店)

Weber, Max(1984[原著 1922])Soziologische Grundbegriffe, Utb Gmbh(マックス・ヴェーバー(清水幾多郎 訳)(1972)『社会学の根本概念』岩波書店)

参考文献

について明確化し、③最後に、類似と思われる対象か らの差異のある結果の生成、または差異があると思わ れる対象からの同質な現象の生成、といった因果関係 を説明する、といった手順を踏むことによって、我々 は「驚き」を発見できる可能性があるということであ る。まとめると、モデルによる類型化は、巧妙な比較 の作業によって「驚き」を発見するのに役立つ、とい う利点をもたらすと思われるのである。

4 結語

最後に、本稿が検討した全体を要約して、結語とし たい。第一に、歴史理論のための、モデルは、類型化 できるように行動様式を幅広く歴史的かつ帰納的に導

出する必要があること、第二に、歴史理論のモデルは 比較することそれ自体にとっても役立ち、さらにモデ ル同士の比較によって一般性のある知見を獲得出来る 可能性があること、第三に、歴史理論においては、モ デルを構築しかつ巧妙に使用することで、「驚き」の発 見に貢献できる可能性もあること、である。しかし、

本稿では、ミクロ的な人間存在モデルと、マクロ的な 社会システムモデルを、いかにしてリンクさせるべき かについての検討はできなかった。また当然であるが、

歴史理論におけるモデルには、本稿に挙げたもの以外 にも数多く存在しているのであって、本稿は、そのう ちのごく一部を検討できたにすぎない。それゆえ、他 の歴史理論のモデルの構築法や使用法についても検討 すべきことではあるが、その課題については他日を期 したい。

社会科学分析

参照

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