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地域社会と不審者
ー徳島市の不審者情報分析をもとにー
教科・領域教育専攻 社会系コース
堀 田 航
はじめに
現在、平成に入ってからの刑法犯認知件数の 増加や、犯罪不安を背景に、全国各地において 地域住民が主体となって警察と協力をしながら 自主防犯活動が行われている。この防犯活動と 深く関わっているのは、不審者の存在である。
本研究では、地域社会における不審者のとらえ 方の問題点を明らかにすることを目的とする。
公開されている不審者情報の分析をもとに、「犯 罪者jではなく「不審者Jという言葉が用いら れているために起こりうる現象について注目を
し、考察を行う。
第
1
章 日本における犯罪の現状と子ども 第 1節では、まず警察庁の資料や法務省によ る犯罪被害実態調査を参考にして日本の犯罪情 勢を明らかにする。刑法犯の認知件数について は、昭和後期から平成にかけて高まりをみせた。特に、平成8(1996)年から平成14(2002)年まで には戦後最多件数を更新し続けた。ピークの平 成 14(2002)年の犯罪認知件数は昭和 21(1946) 年の件数の約2倍であることが明らかになった。
ピーク時以降の犯罪認知件数については、急激 に減少している。また、暗数調査とも呼ばれる 犯罪被害実態調査では、第1回の平成 12(2000) 年調査の結果が41.7%、第4回の平成24(2012) 年調査の結果が34.4%となり、 12年間で7.3%
の減少が見られた。
第2節では、子どもの犯罪被害の実態にせま った。不審者は、 20歳未満の子どもに対して不
指 導 教 員 山 本 準
審行為を行う場合が多いからである。内閣府『平 成 26年版子ども・若者白書』によれば、犯罪 認知件数が戦後最高値を見せた平成 14(2002) 年から平成25(2013)年まで、一貫して子どもの 被害件数は下がっていることが明らかになった。
しかし、性犯罪をはじめとした表面化されにく い犯罪が暗数として存在していることを考えれ ば、予断を許さない現状であると言えよう。
第3節では、子どもを守るための地域の活動 に注目をし、現在地域において行われている自 主防犯活動の展開の背景を探った。子どもの安 全が脅かされることに対しての犯罪不安と、平 成 8(1996)年からの戦後最多の犯罪認知件数の 結果を受けての警察による防犯対策が自主防犯 活動の背景に存在する。
第2章 不 審 者 の 概 要
第1節では、不審者の社会的な意味を辞書の 定義と警察における定義から検討をおこなった。
不審という言葉が主観的な表現であるように、
ある主体がある状況のもとで相対している人物 に対して、不安や恐れを抱いた場合に主体から 不審者であるとの判断が下されるのである。
第
2
節では、不審者事案の分類を行い、各不 審者事案について事例を整理した。不審者事案 はその内容により、声かけ事案、つきまとい事 案、盗撮事案、露出事案、身体接触事案、暴行 事案、その他事案という7
つに分類される。こ の中には、刑法や条例に抵触する犯罪行為とな るようなものも含まれている。- 260 -
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第3章 不 審 者 情 報 の 分 析
第
1
節では、本研究で分析対象としている徳 島市青少年育成補導センターおよび、徳島市青 少年育成補導センターが立地している徳島市の 概要を整理した。不審者情報は、その地域と密 接に関連するものであるからである。第2節では、徳島市青少年育成補導センター が不審者情報の公開を始めた平成 18(2006)年 度から平成 25(2013)年度までの不審者情報を 分析した。分析対象とするこの
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年間の不審者 情報の総件数は699件である。事例によっては、複数の事案に渡っているものもあるため、各事 案の件数を表すグラフにおいては(n=699)とな らないものがある。不審者事案における被害者 は女性が多いという結果が出た。加害者におい ては男性が圧倒的に多いという結果となった。
不審者事案の種類別の数については、声かけ事 案が 327件、つきまとい事案が 194件、盗撮事 案が 71件、露出事案が 77件、身体接触が 127 件、暴行事案が21件、その他事案が 63件とい
う結果となった。犯罪行為となる盗撮や露出、
わいせつな身体接触、暴行の行為と比べると、
声かけやつきまとい等の犯罪の前兆行為と呼べ るものの件数の方が高い数値を示す結果となっ た。
第4章 地 域 社 会 と 不 審 者
第 1節では、不審者の概念について改めて考 察を行い、不審者か否かの判断において当事者 の主観が大きく影響してくるという点について その理由を探った。警察による不審者の定義や 警察官職務執行法の内容から警察官の場合、不 審者の判定や職務質問の実行には客観的合理的 な判断が下されることが前提になっている。そ れに対し、市民による不審者の判定には主観的 感覚的判断のもとになされている場合が多いと
考えられる。この両者の違いはそれぞれの立場 の違いにある。警察は市民の安全のために罪を 犯した者を取り締まる立場にあるが、市民は被 害者の立場にある。つまり犯罪の不安やその時 点における恐怖から不審者をとらえているとい うことが考えられるのである。そのため、客観 的事実と当事者の認識との聞に差がある場合が ある。換言すれば勘違いにより不審者事案が起 こる場合があるということである。
第
2
節では、不審者を個々の主観によってと らえるということがどのようなことにつながる 恐れがあるかについて考察をおこなった。当然、罪を犯した犯罪者や、状況から合理的、客観的 に判断できる犯罪の前兆行為をおこなった者に ついては、杜会から排除の対象や警戒の対象と なるべきである。しかし、本来不審者として挙 げられるものではない者が不審者とされてしま うことは、外国人や社会的弱者に対して極めて 不寛容な社会となる危険性がある。主観にたよ る判断では、外見や態度をその判断材料にせざ るを得ないためである。民俗学の異人論におい ては、異人を排除することは、集団の危機の克 服に必要とされる。しかし、外見や態度の異な る者が、社会にとってのスケープゴートとして 排除の対象となることは許されることではない。
おわりに
全ての不審者事案が勘違いや誤りであるとい うわけではない。実際に子どもが被害者となる 犯罪は存在している。また、不審者事案に関わ った被害者がその時点で恐怖や不安を感じたの は事実である。そして、その感覚を否定するこ とはできないだろう。しかし、不審者への判断 において主観性にたよらざるを得ないこと、そ してそれには危険な側面が存在していることを 理解する必要がある。