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第一次大戦前夜 における イギ リス資本輸 出論争

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(1)

第一次大戦前夜 における イギ リス資本輸 出論争

Ⅰ.は じめに

C. K.

ホブソンの著作 『資本輸 出論』 (初版

1 9 1 4

年) は, 第一次大戟前 のイギ リス資本輸 出に関す る先駆 的 なモノグラフと して著名 であるが, この書物 のな かで著者 は, 冒頭 まず, こうした研究の動機 とな った社会的背景 についてつ ぎ のように述 べている。 やや長文であるが,小稿 のテーマに直接かかわ るきわめて 興味深 い文章であるか ら,煩 をいとわず引用 してみることに したい 。

数年 前 イギ リスの公衆 は新 たな叫 びによ って,す なわ ち社会主義 的立法 お よび没収的租税 によ り資本 が海外 に追 いや られ るとい う叫 びによ って驚か され た。警句 が政治的演壇 か ら宣言 され,新聞で大 げ さに言 いふ らされ,町の人 々 によ ってお うむ返 しに くり返 された。対外投資 は この国 の歴史 に先例 のない不 吉 な新現象 と見 なされ, またイギ リス産業 の活力 を しぼ りとり, もっとも恐 る べ き敵手 および競争者 に新 たな力 を加 え る持続的弊害 と見 なされた。議会 で も 論議 され,知名 の‑政治家 は大西洋 を横断 して西 に向 う大船船 は債券 や株式 を 底荷 と して運搬 しつつあ ることを発見 した。 いま一人 の演説者 は, イギ リスは 年 々

1

6 , 0 0 0

万 ポ ン ド輸 出 してい るとい う数年前 のあ る植民地首相 の主張 を 思 い出 させ る言葉 を もって, ち ょうどその当時 シテ ィを圧迫 して いた金飢鐘 を 嘆 き悲 しんだ。他 の演説者 は失業 の増加 や貿易 の停滞 を悲 しみ,・その原因を前 代未聞 の資本流 出に帰 した

。 」 ( 1 )

( 1 ) C. K. Hob s o n ,Th eEx po r to fCa pi t al ,1 91 4 ,p . i x.

なお,この引用文 は楊井克 己 訳 『資本輸出論

』 ( 1 9 6 8 年) による 。

1

(2)

同時代人

C. K.

ホブソ ンによるこの叙述 は, 第一次大戦前夜 において, 末 曽 有 の激増 を とげっっあ ったイギ リス海外投資 に対 して激 しい社会的批判 が加 え られ, しか も他 な らぬイギ リス議会 において もこうした批判 と論争 が展開 され た ことを ヴィヴ ィッ ドに物語 って いる, といえよ う が, その後, イギ リス資 本輸 出につ いてのかな り膨大 な研究史 のなかで は,上 にみたよ うなイギ リス海 外投資 に対す る批判 はほとん ど等閑 に付 されて, その結果,第一次大戦前夜 に おいて イギ リス資本輸 出論争 が展開 された史実 その ものが事実上忘れ去 られて きた, とい って も過言 で はない。一例 をあげてみ よ う た とえば,第一次大戦 前 の資本輸 出 に関す る古典 的研究 と してわが国で もと くに著名 な

H.

フェイス の著作 『ヨー ロ ッパ :世界 の銀行家

1 8 7 0‑1 9 1 4

』 で は, フランスお よび ドイ ツの資本輸 出 とこれをめ ぐる経済的諸利害 の対立 ‑政策論争, さ らに資本輸 出 に対す る政府 の干渉 につ いて, きわめて詳細 で興味深 い考察 が加 え られている が, これ と対比 して,世界最大 の資本輸 出国であ るイギ リスにつ いて は 「資本 移動 の 自由

」 f r e e dom ofc api t almove me nt

が政策的 に確立 して いたため に, 海外投資 に対す る批判 と論争 は 「低調」 であ り, 実際, 「イギ リス資本 の 海外移動 につ いて は, その規模 および経済的影響 のいずれの面か らも反対 はほ とん どなか った」 と結論 されてい る(2)。 しか し, 事実 は正 に逆 であ って,大戦 前夜 のイギ リスにおいて も ドイツや フランス と同様 に,否 む しろ, あ る意味で はい っそ う深刻 な様相 を呈 しつつ,資本輸 出 に対す る社会的 ・政治的批判 とこ れをめ ぐる論争 が激 しく展開 され た ことは,上 に引用 した

C. K.

ホ ブソ ンの叙 述 に も示 されているよ うに, ほとん ど争 う余地 のない事実 なのであ る。

小稿 で は, 以上 に述 べたよ うなイギ リス資本輸 出に関す る研究史

( 3 )

にかんが

( 2 )H. Fe i s ,Eur o pe :The Wo r l d' sBanke r1 87 0‑1 91 4 ,1 9 3 0 ,p p . 8 3‑8 4.

なお, このフェイスの著作に依拠 しながらイギ リス,フランス, ドイツの資本輸出を実態 論‑政策論‑支配論という 「三位一体」的観点から総括的に検討 した注目すべき業 績として,吉岡昭彦 「資本輸出‑海外支配論覚書 ‑

H.

フェイスの著作を中心とし

て‑ 」『土地制度史学

』1 0 4

( 1 9 8 4

年)を是非とも参照されたい。

( 3 )

ただし,比較的最近になって,イギリスの経済史学界においても大戦前のイギリス

(3)

第一次大戦前夜 におけるイギ リス資本輸出論争

3

みて,なによりもまず,第一次大戦前夜のイギ リス資本輸出論争の史実その も のを発掘 し, これに新 たな照明を与えることに主眼をおいているが,その際, とくに① イギ リス資本輸出論争 とほぼ相前後 して,互 いに重 な り交錯 しなが ら 争われた二つの論争 ‑ 関税改革論争 と 「人民予算

」 Peopl e' s Budget

論争

‑ との相互連関に留意 しなが ら, これ らの論争の背後 にあるイギ リス資本主一 義社会の経済的諸利害の対抗が,資本輸出論争の開始 ・高揚 ・終息の諸局面 に

おいて, いかに争われかつ最終的な決着を うけるにいたったか,を究明す るこ と。 そ して② このよ うな資本輸 出論争 とその決着点 を確認す る作業 を とお し て, フェイスの強調す る 「資本移動 の自由」の政策的貫徹がイギ リス資本輸出 にいかなる世界史的意義 を付与す ることになったのか,その特質を フランスお よび ドイツの資本輸出論争 と対比 しなが ら,比較史的観点か ら浮彫 りに してみ ること。 さ しあたって,以上の二つの課題 を念頭 において考察を進 めてみるこ とに し

い。

Ⅱ 資本輸出論争の開始 ‑ 関税改革論争か ら資本輸出論争へ

第一次大戦前 のイギ リスにおける資本輸出批判 として比較的よ く知 られてい るのは,

1 9 0 2

年 に上梓 された

J . A.

ホブソンの名著 『帝国主義論』 であろう 周知のよ うに, 「社会 自由主義者

」J . A.

ホブソンの資本輸 出‑帝国主義批判 は,

のちに レーニ ン 『帝国主義論』 のなかで高 い評価を うけることになるのだが, 他面ではまた,彼 は,両大戦間期 におけるケイ ンズの 「投資家階級」批判の先 駆 として 「ケイ ンズ以前のケイ ンズ」 と呼ばれ る位置にあ り,そ うした意味か

資本輸出論争 に着 目 して, この論争を再評価 しようとす る研究が始 まったことに注 目 した い。 管 見 の範 囲 内 だが, そ う した研 究 を代 表 す る もの と して,

Avne r Of f e r , ̀ Empl r eand Soc i alRe f or m:Br i t i s h Ove r s e a sI nve s t me nta nd Dom‑

e s t i cPol i t i c s ,1 908‑1 91 4' Hi s t o r i c alJ o umal ,26‑1 ,1 983.

また, 資本輸出論 争の分析その ものを目的 とした ものではないが, この論争 に着 目 しなが らイギ リス 海外投資の統計的数値 に再検討を加えた業績 として,

D. C. M. Pl at t

,

BT i t ai n' s I n‑

v e s t me ntOv e r s e aso nt heEv eo ft heFi r s tWo r l d War ,1 986

が興味深い.

(4)

らも,

∫ . A.

ホブソンの資本輸出批判 はイギ リス資本輸 出論争史のなかで決 して 無視す ることので きない理論的意義 を有 しているといえよ う(4)。 が, 結論風 に いえば,

∫ . A.

ホブソ ンの 「異端」 の学説 は,大戦前 のイギ リス海外投資のあ り 方や, それをめ ぐる経済的利害 の動 向になん らかの現実的影響 を与 えた とは考 えがた く, む しろそれは, さ しあた って資本輸 出 と帝国主義 に対す る理論的 ・ イデオロギー的批判 の域 にとどまった, といえよ う

イギ リス資本輸 出論争が,現実的な経済的諸利害 の対抗 を背景 とす る本格的 な政策論争 として浮かび上 が って くる歴史的 ・経済的条件 と して, ここでなに より も注 目 しなければな らない ことは, とくに

1 9 0 5

年以降, イギ リスの海外 投資が 「資本流出の洪水

」 ( 5 )

と呼ばれ るほどの末曽有 の激増 を とげた事実であ そ こで, ひとまず,

1 8 7 0

年か ら

1 9 1 3

年 までの ロン ドン資本市場 における 国内および海外 む け新資本発行 の推移 を示 した図

1

を参照 しなが ら, イギ リス 海外投資のおおよその動 向を確認 してみ ることに したい。 まず,

① 1 8 9 0

年代 前半 までのイギ リス海外投資 は国内投資額 を ときにかな りの程度上回 っている

が, しか しその場合,わずかな例外年 を除 いて,両者 はほぼ平行 して増減す る 傾向にあ ること。 これ と比較 して,「大不況」 か ら脱出す る

9 0

年代後半以降 に は海外投資 と国内投資 は明 らかに逆行す る趨勢 を示 していること。(塾南 ア戦争 期 における国内投資 ブーム, ことに戦費調達 のための国債 の大量発行 によって 国内む け資本発行 が一時的 に急増 したのち,

2 0

世紀初頭 において海外投資が 国内投資を凌駕 し,以後,国内投資が減少 ない し停滞す るの とは際立 って対照 的 に海外投 資が激増 を とげ るにいた って いるこの よ うにイギ リス資本輸 出

( 4

) ∫.A.ホブソンの学説史上の位置については, さしあたり川田侃 『帝国主義と権力政

』( 1 9 6 3

年)第

2

章,第

2

節,山田秀雄 「イギリスにおける帝国主義論の生成」

内田義彦他編 『経済学史講座

』3 ( 1 9 6 5

年)所収,を参照されたい。なお,∫.A. ブソンは後述の本格的なイギリス資本輸出論争のなかでは,資本輸出賛成論に 「 宗」 した事実にも併せ留意すべきである

。Cf .Of f e r ,op.

°

i

t

. ,pp. 1 27‑1 28.

( 5 ) A. G. Kenwood and

A.

L. Loug h e e d ,TheGr o wt ho ft heI nt e mat i o nalEc o no my

1820‑1960,1971 ,p. 40.

(5)

第一次大戦前夜 におけるイギ リス資本輸出論争

図 1. ロンドン市場 における国内および海外むけ新資本発行

5

1 870 72 74 76 78 80 82 84 86 88 90 92 94 9 6 98 1 900 02 04 06 08 10 1 2

C.K.Hobson ,o F ' , c z f . p. 219

(前掲 邦 訳,

1 56

頁)よ り作成。〕

は, わけて も

1 9 0 5

年以降 に急増 しは じめるのであ るが, いま一点, イギ リス 資本輸 出論争 の直接 の引 き金 とな った条件 と して止 目され るべ き事 実 は,

1 9 0 7

年恐慌 とその後 の経済不況 の深刻化である 周知 のよ うに, 帝国主義段 階 における最初 の世界恐慌 とな った

1 9 0 7

年恐慌 は各国経済 に深刻 な影響 を与 えたが,わけて も 「ヨーロ ッパ諸国 のなかでイギ リスは不況か らもっともひど く打撃を うけ, 多 くの工業で は完全 な停滞 と大量 の失業がみ られた

」 ( 6 )

といわ

( 6 ) W. C. Sc hl ut e r ,ThePr l e‑Wa rBus i ne s sCy c l e1907t o 1914,1 923,p. 22.

(6)

れている

。 1 9 0 8

年 におけるイギ リスの平均失業率 は 「過去

2 3

年来 の最高」 を 記録 し,同年

1 0

月 には失業率 は

9 . 5 %

に達 したく7)。 しか も,問題 はこの点 にと どま らない。経済不況 の深刻化 に もかかわ らず,否む しろ, こうした経済不況 のゆえにロン ドン金融市場 ではいち じる しい金融緩慢 と利子率 の低落が招致 さ れて,̀その結果, 図

1

か らも知 られ るよ うに,

1 9 0 8

年か ら

0 9

年 にか けて海外 むけ新資本発行 がかつてない規模 で激増す るにいた ったのである(8)。 いいかえ れば,一方 における経済不況 と失業 の増大,他方 で は, これ と対政的にロン ド

ン資本市場 の急速 な回復 と海外投資 の激増O‑見,相矛盾す るかのよ うたみえ る この二 つの経済動 向 こそ は, イギ リス資本輸 出論争 の引 き金 とな った歴史 的 ・経済的基礎 なのである

さて,上 にみたよ うに

1 9 0 5

年 頃か ら急増 しは じめ るイギ リス資本輸 出に対 して, 個別的 にはすでに

1 9 0 6‑0 7

年頃か ら批判 が は じまっている

(

9)が, む し ろそ うした資本輸 出批判 が本格化す るの は,

1 9 0 9

2

月 に開会 されたイギ リ ス議会 においてであ った。 そ こで以下で は, このイギ リス議会, さ しあた って は庶民院 における海外投資批判 とこれをめ ぐる論争 の経緯 をやや立入 って検討

してみ ることに しよ う

論争 はまず,

2

月中旬, 議会開会直後 の勅語奉答文

t he Addr e s s

をめ ぐる 討論 のなかで, 統一党党首パルフォア

AJ. Bal f our

が深刻化 した 「失業問題」

を とりあげて 自由党政府 の責任 をっ ぎのよ うに追求 した ことで口火 が切 られ た。パル フォアはまず 「失業問題」 の解決 のために政府 は二つの ことを実行す べ きであ ると主張す る。すなわち,①投資家 たちが自国の産業への信頼 を強め るよ うに最善 をっ くす こと,②海外市場 の拡大 のためにあ らゆる情報 を入手す

( 7 ) Of f e r ,op.

°it

. ,p. 1 20.

( 8 ) 1 9 0 8

〜0 9

年初頭の不況期におけるロンドン資本市場の活況については, 当面, 俺美光彦 『国際通貨体制』

( 1 9 7 6

年)

,2 5 2 ,2 5 7

頁をみられたい。

( 9 )

この時期 の資本輸 出批判論 と しては,

W. H. Mal l oc k ,̀ TheExpat r i at i onof

Capi t a

l

' , Ni ne t e e nt hCe nt ur y a ndAft e r , Mar c h,1 906; Be r nar dSha w , t onDr i v ing

Capi t a lOutoft heCount r y' TheNe wAge , Oc t . 31 , 1 907

などがある。

(7)

第一次大戟前夜におけるイギリス資本輸出論争

7

るよ う手段 をっ くす こと,である。 しか るに,パル フォアによれば, 自由党政 府 はこれ らの対策 をなん ら講ず ることな く, かえ って無思慮 な言動 によって投 資家 の信頼 をそ こない, 「資本 を海外 に追 いや る」 結果 を招 いている, と

( 1 0 )

これに対 して, 自由党 内閣 の首相 アスキス

H. H. As qui t h

は正面 か ら反論 を加 えつつ,つ ぎのよ うに資本輸 出を擁護 した。 アスキスはまず,資本輸 出は 「

かなる形態」 を もってなされ るのか, と問 いなが ら, それは 「金 または証券の 形態」で はな く,実際 には 「アルゼ ンチ ン, その他諸国の鉄道 や港湾施設 のた めの資材 の形

で資本が輸 出され るのだ と強調 した。 それゆえ, アスキスによ れば, イギ リスの資本輸 出は①外国の労働者 ばか りでな くイギ リスの労働者 に も雇用 を与 え る こと, その うえ②各国間 の国際貿易 を促進 す ることを とお し て, イギ リス国内における追加的雇用 を創出す ることになる。 こうしてイギ リ スの資本輸 出は,む しろ 「きわめて健全 な徴候」 に他 な らない, と論断 された のである(ll)

このよ うなアスキス首相 のかな り強引な資本輸 出擁護論 に対 して,庶民院で はオ ー ス テ ィ ン ・チ ェ ンバ レン

Aus t e n Chambe r l ai n

や E.セ シル

Eve l yn Ce c i

lなどの関税改革論者 が激 しく反発 して断続的 に論争が続 け られたが, な

かで も

3 月 1 7

日, 庶民院 においてイギ リス海外投資をめ ぐる集中的な討論が お こなわれ,か くしてイギ リス資本輸 出問題 がいっきに政策論争 の焦点 として 浮 か び上 が ったの で あ るこの 日の論争 はまず, ミッ ドラ ン ドの鉄鋼 企業

「ボール ドウィンズ

」 Bal dwi ns Lt d.

の代表 で統一党所属 の

S.

ボール ドウィン

St anl ey Bal dwi n

のつ ぎのよ うな動議提 出か らは じまった。 「本院の見解 によ

ヽヽヽヽヽヽヽ れば,わが王国政府 の政策 な らびにイギ リス国内市場 における外国製造業者 の 不 公 正 な競 争 と諸 外 国 の高 関 税 とに起 因 す る不 信 感

t he f e e l i ng ofi n‑

s e c ur i t y

のために,かつて は国内で使用 されてわが国 の労働人 口に多大 の利

( i O )Hans ar d' sPar l i ame nt ar yDe b at e s ,5 t hs e r .Co mmo ns ,I,1909,31‑32.

( l l )I b i d. ,45.

なお, このようなアスキス首相の主張については,

Of f e r ,op.

°

i

t.

,p.

1 22

を も参照 されたい。

(8)

益 を与えて きた資本が海外 に流出す る事態が生 じている

傍点 は筆者〕(1

2 ) O

保護関税論者 ボール ドウィンによるこの海外投資批難動議 を うけて, その支持 演説 に立 った統一党議員 メイソン

James Mas on

は, 「ここ数年兎 わが国か らの資本流 出が増大 した ことは,争 う余地 のない事実 であ る」 と述 べた うえ で, こうしたイギ リスか らの資本流出の理 由としてつ ぎの三点 を指摘 した。①

安全性 と利子率」 のいずれか, または両方が, イギ リスよりも外国において より有利 な条件 にあること。が,それだけにとどま らず,②従来か らの重税 に 加えて, 「社会主義的立法」 への恐怖がイギ リスか らの資本流出を加速 してい ること さ らに③ 「わが国の工業 は国内市場 において不公正 な競争 にさ らさ れ」ていて, このためイギ リスの国内産業 は生産規模 の縮小 を余儀 な くされて いること。み られるように, これ らの論点のなかには,予想 されていた 「人民 予算」 案への先 どり的な批判が含 まれているが, しか し, 当面, メイソンが もっとも重視 したのは第

3

の論点であった。彼の説明によれば, 自由貿易制度 下 のイギ リスは, ドイツをは じめとす る外国の競争相手 によって国内市場 を一 方的に侵蝕 されっつあ り, しか もその損失をっ ぐな うべ き他国市場‑の進出が できない。 このためイギ リスの製造業者 は工場の フル操業がで きず,二分の一 ない し三分の二 の操業短縮 に追 いこまれていて,その結果,生産 コス トの上昇 を招 いている。 このように説明 したのち, メイソンは 「わが国か ら資本が大量 に流出す るのは,国内で直面 している不公正 な 〔競争〕条件 によるものであっ て,国内に利用 しきれない余剰 〔資本〕が存在す るか らではない」 と結論づけ たのである(13)0

関税改革論者か らのこうした海外投資批判 に対 して, 自由貿易論者 はただち に反論 に立 ち上が ってし\る まず, 自由貿易陣営の一角を占めるイギ リス海運 業 と貿易業界の代表で自由党所属の ラッセル ・リー

Rus s el l Rea

は, さきの ボール ドウィンの動議 に対 して,全面的な修正動議 を提 出 して対抗 した。すな

( 1 2 ) Hans ar d ' spar l i ame nt ar yDe b at e s ,5t hs e r .Commons ,

,1 909,11 46.

( 1 3 ) 以上 のよ うな メイ ソ ンの主張 につ いて は i b i d. ,11 52‑11 54,11 57 をみ よ

(9)

第‑次大戦前夜におけるイギリス資本輸出論争

9

わち, イギ リス植民地と諸外国への資本輸 出の着実 な増大怯 ① イギ リス国内 の商 工業の 「基礎的安定 と繁栄」 の 「結果」 であ り, かつその丁 証左」 であ る。 また,それは② イギ リス,の住民 には食糧濠,製造業者 には原料 を安価 に供 給す るための‑「重要 な手段 であるとともに, 将来の商工業の発展 にとって

支柱 と保障となるもので あることこの・よ うな対抗動議を提案 した うえで, ラッセル ・リーはさらに,関税改革論者 が強調す る投資家の 「不信感1 なるも のは, 「経済的な論拠ではな くて心理学的主張」 にす ぎず, それは 「現実の不

ではな く 「単 なる神経過敏の問題」である, と激 しい言葉で論難 した(14)0 つづいて登壇 した自由党急進派 の ロバ ー トソ ン

J . M. Rob e r t s o n

もま∴た,、ラ, セル ・リーの修正動議をセカ ン ドしつつ,関税改革論者 に対 してつ ぎのように 反論 している 関税改革論者が 「偉大 なモデル国家」 として しば しばひきあい にだす ドイツもまた, 借款供与 の形で大量 の資本 を輸出 しているが, 「もし撮 りに, イギ リスの資本輸出が自由貿易‑の不信 によるものとすれば, ドイツの.

資本輸 出は関税改革を信頼 してのことなのか」 と つまり, イギ リス資本輸出 を自由貿易政策 に対す る不信の結果 として非難す るな らば,保護関税国である

ドイツの資本輸出をいかに説明す ることがで きるか と,その論理の撞着をつい たのである

( 1 5 )

おおよそ以上 のよ うな激 しい論争 のあ とで, しめ くくり的 な討論 に立 っ、 オーステイン ・チェンバ レンは,関税改革論者 の総括的立場 をつ ぎのように論 じている。彼の認識 によれば,一般 に各国の経済活動 には農業,工業 および金 融業 という三大分野が存在す る。かつて, イギ リスは農業 においで優越 してい たが,それはすでに過去の ものであ り,再 びその地位を回復す ることはないで あろう また, イギ リスは工業 において卓越 していたが,いまは違 う そ して 今 日, イギ リスは金融業 において 「支配権」 を維持 しているが,その地位 は他 な らぬイギ リスの 「工業的覇権」を基礎 として築かれた ものである チェンバ

(10)

レンは, イギ リス資本主義の歴史的位置を このよ うに総括 した うえで,「だが, もし工業的優越性が失われることになれば, それ 〔金融的支配権〕 はどれほど 長続 きす るであろうか」 と疑問を投 げかけた。 ここに, 新興工業国の台頭 に よって工業的基礎 を急速 に侵蝕 されつつあった 「金融国家」ない し 「海外投資 国家」 イギ リスの現状 とその将来 に対す る,鋭 い洞察 と危機感が表明 されてい る, といえるであろう。 ともあれ,チェンバ レンは上 のような一般的認識を前 提 に して,資本輸出問題 についての彼の立場 を以下 のように論 じている 海外 投資 は, あ らゆる条件下 において,一律 に 「有益」か 「害悪

かが判断 され う

る問題 で はない。 まず,①国内 において最大限 まで使用 されたのちに生 じた

余剰」が海外 に投資 され るな らば,それは 「有益」である。 とりわけそれが,

帝国内諸地域 の開発」 のために投資 され, しか もこれ ら帝国内諸国 とイギ リ ス本国 との間で 「緊密 な通商協定」がとり結ばれ るな らば, そ うした海外投資 は 「いっそ う有益」 となる。 しか し,② イギ リス国内の証券価格が下落 して, 自治体や政府の 「新 たな起債」が困難 とな り, しか も 「大量 の失業」が生 じて いる,そ うした条件下での資本輸 出は 「害悪」である, と

( 1 6 )

。チェンバ レンが 主張す る 「有益」 な海外投資の条件 は,なによりもまず国内投資が最優先的に 充足 されたのちに,つ ぎに 「余剰

資本の帝国内投資が優先 されるべ きこと, しか もそれは,通商上 における帝国特恵政策 と結合 されるべ きことが求 め られ ているのである。

以上 に紹介 して きたことか ら, もはや明 らかなように,

1 9 0 9

年初頭の庶民

院を舞台 に展開 されたイギ リス資本輸 出論争 は,すでに

1 9 0 6

年 の総選挙 にお ける自由党の 「地すべ り」的勝利 によって一応の政治的決着がっけ られた関税 改革論争の政策的対抗の基本線 をほぼそのままの形 で引 き継 いだ ものである, ということがで きる(17)。海外投資に対す る批判 は, ほとんど例外な く関税改革

( 1 6 )

以上, オースティン・チェンバレンの発言内容は,ibid.,

1179‑11 80

, さらに

Of f er ,op.

°it

. ,p. 1 21

をも参照されたい。

(

チェンバレン・キャンペーン

( 1 9 0 3‑0 6

年)を山場とする関税改革論争とその政

(11)

第一次大戦前夜 におけるイギ リス資本輸出論争

ll

論者か らの ものであ り,彼 らはイギ リス国内市場 における諸外国,わけて も ド イツの 「不公正 な競争」がイギ リスの工業的停滞 と資本の海外流出を招いた主 原因であると弾劾 しつつ, この ことを論拠 として保護関税政策 と帝国特恵政策 の採用を政府 にせまったのである。他方, これに対 して, 自由貿易 と資本輸出 の擁護論者 は, イギ リスの海外投資 は工業製品輸出の増大 と結 びっいてお り, しか も植民地か らの安価 な食糧 と原料の輸入を促進す ることによって, イギ リ ス商工業 の繁栄 を生みだす との楽観的見方 に立 って,関税改革論者 に反論を加 えた。 このように, この期の論争 は関税改革論争の新 たな条件下での再版,な い し後産的論争であったと見なされよう が,他面, この論争では, どち らか ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ といえば関税問題 よりも資本輸出問題 をめ ぐる争点がよ りいっそ う前面 に押 し

ヽヽヽヽヽヽ

出されていることも否定 しえない事実であって,そ うした意味で, この期の論 争を資本輸 出論争 と呼んで もあながち誤 りではない, と思われるのである

資本輸出論争の高揚 ‑ 「人民予算」論争 と資本輸出論争の交錯

1 9 0 9

4

月, 自由党内閣の大蔵大臣 ロイ ド・ジョージ

D. Ll oyd Ge or ge

議会 に提 出 した 「人民予算」案(18)は,第一次大戦前夜のイギ リスの帝国主義的 経費膨脹 を主 として土地所有階級 の負担 においてまかなお うとす るものであっ

たため,わけて も土地貴族の牙城である貴族院の もっとも頑強 な抵抗 をひき起 し, ついには

1 9 1

1年, 貴族院改革 というイギ リス統治機構 の改革 にまで帰結

治的帰結 としての

1 9 0 6

年総選挙の意義 については, まず吉岡昭彦 『近代 イギ リス 経済史』

( 1 9 8 1

年) 第

6

章, 桑原莞爾 「イギ リス保護主義運動 の‑系譜

『イギ リ

ス史研究

』No . 9 ( 1 9 7

1年), 同

「 1 9 0 4

年 『関税委員会報告書』第

1

巻 ・鉄鋼編 を

め ぐって

土地制度史学

』4 3

( 1 9 6 9

年), 神武庸四郎 『イギ リス金融史研究』

( 1 9 7 9

年)第

4

編,第 1章および関内隆氏の一連の業績, とくに 「チェンバ レン ・ キャンペー ンをめ ぐる政党諸党派の自由貿易認識

西洋史研究』 新輯

6

( 1 9 7 7

年),同 「チェンバ レン ・キ ャンペー ンにおける 『特恵』 と 『保護』‑ 『運動基盤』

な らびに 『政策構想』 展開をめ ぐる‑試論

岩手大学文化論叢』 第

1

( 1 9 8 4

年)をみ られたい。

( 1 8

) 「人民予算」の主な内容 については,吉岡昭彦,前掲書,第

6

章 における簡潔な要

(12)

した ことはよ く知 られているところであろう。が,当面, ここで止 目 してお き たい点 は,小稿 の主題 である資本輸出論争 もまた 「人民予算」をめ ぐる論争 と 絡 ま り交錯 しなが らい っきに新 たな局面 を迎 え るにいた った こと, これであ る。「人民予算」案の内容 とその成立 にいたる曲折 した経緯 その ものの考察 は, 小稿の問題 の外 にあるが, さ しあた り必要 な限 りで 「人民予算」案 の骨子 につ

いてのみ一言 してお こう その主要点 は,①所得税 の一般税率 の引上 げと 「 過税」 の新設を含む所得税 の改正,(塾 「遺産税」の税率引上 げ と累進性 の強化 を主 な内容 とす る相続税改正,③ 「自然増価税」,「土地復帰税」,「空閑地税

などの新税 を含 む土地課税 の新設, を三つの柱 と していた。 これ らのなかで, とりわけ都市住宅用地 の資本価値 の自然増価分 に対す る課税 をね らいとした土 地課税 の新設 は, 「人民予算」 批判論者 か らの とくに激 しい批判 と抵抗 に直面

した点 に注 目 してお こう

さて,「人民予算」案 は

4

月末の議会上程 の当初か ら, まず庶民院 において, 統一党 をは じめ とす る反対陣営か ら激 しい抵抗 を うけて審議 は難行 を重 ね るこ

とになるのだが, この間,

5

月か ら

6

月 にか けて, その後 の 「人民予算」審議 の動向に決定的 ともいえ る影響 をあたえた一つの院外運動 が展開 された。 それ 時,他 な らぬイギ リス資本輸 出のいわば心臓部 にあたるロン ドン ・シテ ィ金融 界 の 「人民予算」 に対す る強力 な反対運動 である小稿 にとって重要 な論点 で

あるか ら, その経緯 を少 し立入 って検討 してみることに したい。

人民予算」 案が上程 されてか ら約半月後 の

5

月中旬, 有力 な 「ロン ドンの 商人,銀行家,実業家 たち」が超党派的 に結集 して, アスキス首相宛 に新予算 案 に反対す る公開書簡 を送付 した。 この書簡 のなかで,彼 らは,提案 されてい

約を参照。 その他, 「人民予算」 問題 については, 米川伸一

土地問題』

The

La ndQue s t i o n

とイギ リス議会

1 8 6 8‑1 9 1 1 」

歴史学研究

』No . 3 3 7( 1 9 6 8

年),

佐藤芳彦 「

人民予算』 における土地課税の成立

『西洋史研究』 新輯

6

( 1 9 7 7

年),同 「イギ リス予算制度 と

1 9 1

1年 『国会法』の成立

『アルテス リベ ラレス』

4 1

( 1 9 8 7

年), 同 「イギ リス予算制度 と経費膨脹 ‑

1 9 0 9

年度予算 の審議過程 に即 して

‑ 」

『アルテス リベ ラレス

』4 2

( 1 9 8 8

年)を参照せよ。

(13)

第一次大戦前夜におけるイギ リス資本輸出論争

1 3

る新課 税 案 は① 資本 に対 して 「不 当 に苛酷」 な負担 を課 す もので あ り,② それ は 「私 的事業 と貯蓄」 に水 を さ して 「雇用 の減退 と賃 金 の低下 」 を招 くことに な るだ ろ う, と警告 して 「重大 な反対」意志 を表 明 して い る。 この公開書 簡 の 署名欄 には, 周知 の ロスチ ャイル ド

N. M. Rot hs c hi l dand Sons

を筆頭 に, ベ ア リング

Bar i ng Br os .andC

0

.

, ‑ ンプロ

CJ. Hambr oand Son

, モル ガ ン

J . S. Mor ganandCo.

な妻 の第 一級 の マ ーチ ャ ン ト ・ ンカーが ほぼ網 羅 され, さ らに ロイズ銀行

Ll oydsBank

の頭取 フ ィ リップ ス

J . Spenc e rPhi l l i ps

, ニオ ン銀行

Uni on ofLondon and Smi t hs Bank

の頭取 シャス ター

Fe l i x Sc hus t e r

な どの株式預 金銀 行, また ロバ ー ツ ・ラバ ック商会

Rober t s

,

Lub‑

boc k and Co.

の エ イ ヴ ベ リ

Lor d Avebur y

, グ リ ン ・ ミル ズ商 会

Gl yn

,

Mi l l s ,Cur r i e sand Co.

し.カ リ‑

Lawr e nc eCur r i e

らの ロ ン ドン個人銀 行 の代 表 な ど, 当時, シテ ィ金融界 の トップ に位置 す るそ うそ うた るメ ンバ ーが 名 をっ らねて いた(19)

が, こ う した シテ ィ金 融界 の中枢 か らの圧 力 に もか かわ らず, 自由党 アスキ ス内閣 は これ を事 実上無 視 す る挙 にで たため, シテ ィはさ らに

6

月下旬 に新 た な行動 をお こ して, シテ ィ金融利 害 を ほぼ総結集 した異例 の超党派 的 な抗議 集 会 を開 くにいた ったので あ る。 『タイ ムズ』 紙 の報道 によれ ば, お よそ千 人近

い シテ ィ関係者 が結集 し, しか も, その なか に は シテ ィの 自由党協会

Ci t y of London Li be r al As s oc i at i on

の会長 で, 前記 グ リン ・ミルズ商会 のパ ー ト

ナー, L.カ リーを は じめ とす る 「著名 な 自由党員」 が多数 含 まれて いた, と伝 え られて い る

( 2 0 ) 。

この抗議 集会 の議 長 をっ とめたの は,他 な らぬ ロスチ ャイル ドで,彼 はその開会演説 にお いて, さ きにアスキス首相 宛 に送 った シテ ィの公 開書 簡 に言及 しなが ら, その内容 が程 やか な もの に とどま ったため に首相 の考

( 1 9 )

以上,

TheTi me s ,Ma y 1 5 ,1 9 09 .

なお, この公開書簡については,

Of f e r ,op.

c i

t

. ,p. 1 2 3

における簡単 な紹介をも参照されたい。

( 2 0 ) The Ti me s ,J une 24

,

1 9 09

, その他, この抗議集会については,

Br uc e

K.

Ma r r a y ,ThePe o pl e ' s Bud ge t1909‑1 0 : L , l o yd Ge o r geandLi b e r alPo l i t i c s ,

1 9 80 ,pp . 1 78‑1 7 9

をも参照。

(14)

虞 に影響 をおよぼす ことがで きなか った こと, こうした 「節度 ある主張」 とい う政治的配慮 がかえ って 「誤解 を招 く」結果 とな ったとの見解 を示 したのち, 土地 に対す る新課税 を中心 とした 「歳入法案

」 Fi nance Bi l

lは 「その全原理 が邪悪 である」 と激 しい言葉で弾劾 した。 ロスチ ャイル ドによれば, ロイ ド・

ジョー ジやその他 の大 臣たちは 「社会主義 と集産主義 の原理」 の導入 を目論ん でお り, 「もし彼 らが土地 〔課税〕 について成功す るな らば, 他 のあ らゆる種 類 の資産 について成功 しないとい う保証 はない。」 こう述べて, シティ金融界 の危機感 を煽 ったのである。

ロスチ ャイル ドの開会演説 に続 いて,演壇 に立 ったのは 「著名 な 自由貿易論 者」である前出のエイヴベ リであ った。 自由党系の貴族院議員であ る彼 は, ま ず この集会が きわめて異例 の 「非党派的集会」であること,集会の 目的 は政府 その ものを攻撃す ることではな く,政府 の政策を批判す ることにあ る点 を力説 した うえで, つ ぎのよ うな決議案 を集会 に提案 した。 「本集会 は, 増税 の必要 性 を認 めると同時 に, 〔議会 に〕 提案 されている資本 と所得 に対す る重税 の累 加的影響が事業 と貯蓄 とを阻害 して,わが国の商工業 に重大 な損害 を与 えると 考え られ る。」 エイヴベ リは, この決議案 の主 旨説明のなかで, ① なによ りも 土地課税 に批判 の矛先 をむけなが ら,「なにゆえに土地 はか くも例外的 な苛酷

さを もって とり扱われなければな らないか」 と問い, いまや多数 の土地所有者 が 「すべての収入 を収奪 され」 よ うと しているばか りか, それはまた,土地抵 当証券 の価格 を下落 させ, ひいて は 「すべての資産 の担保 〔価値〕 の大幅 な低 落をひき起すだろ う」 と警告 した

( 2 1

)。 さ らに彼 は,②所得税 の引上 げに も言及 し, それは 「個人財産 に対す る不当な収奪」であると同時 に,残 された資産価 値 について も 「大 きな不安感」 が醸成 されつつあ り, この結果, 「安全性」 を

( 2 1 )

エイヴベリは,このような土地課税批判のなかでも,とくに 「土地復帰税」の影響 を重視 して, この新課税が都市における 「住宅 リース

」bui l di ng l e a s e s

を完全ま たは大幅に停止させるだろう, と警告 している。 なお, エイヴベリはビルディン グ ・ソサェティ協会の会長を兼任 しており,ここにシティ金融利害と土地所有利害 の交錯 ・交流の一例をみることができよう。

(15)

第一次大戦前夜におけるイギリス資本輸出論争

15

求 めてイギ リスに送 られて きた 「外国資本」 に影響 を与 えつつあると述 べて, 暗に, 「人民予算」 が外国資本 の引揚 げを招 く恐れがあると指摘 してい る。 続 いて, エイヴベ リの決議案‑の支持演説 に立 ったのは,前記 ユニオ ン銀行 の頭 取 で,株式預金銀行利害 の指導的 イデオ ロ‑ グと して著名 な シャス ターであ

人民予算」 案 に対す るシャスターの批判 は, 主 として所得税 および相続 税 の増税 にむ け られ, これ らの課税 はどの点か らみて も 「資本への課税」であ ると力説 しなが ら, 「人 々が新課税 か ら逃 れ る手段 をさがさざるをえない」 こ とは国家 にとって も個人 にとって も 「不幸 な事態」であると述べて,間接的表 現 なが ら,課税回避 のためにイギ リスの資本が海外 に流出 しつつあ ることを示 唆 したのであ る(22)0

以上, シテ ィの抗議集 会 におけるエイヴベ リおよび シャス ターの 「人民予 算」 案批判 を中心 に, その要点 を ごく大づかみに紹介 して きたが, そのなか で, 「人民予算」 がイギ リスか らの外国資本 の引揚 げ, さ らにはまたイギ リス 資本 の海外逃避 をひ き起 していること,‑ もとよ り, そ こにはまだ若干 のた め らいが感 じとられ るとはいえ ‑ すでにそ うした論点 が提示 されて いること に, ここで と くに止 目 してお きたい。 このよ うな 「人民予算」批判 と資本輸 出 問題 との関連が, はっきりと論争の前面 に押 しだされて くるのは,つ ぎに詳 し

くみ るよ うに,貴族院 における 「人民予算」論争 の過程 においてであ った。

ところで, 「人民予算」 案 はさきに もふれたよ うに庶民院での審議 が極度 に 難行 したのち,

1 9 0 9

1

1月初 めにようや く庶民院を通過 して貴族院 に送付 さ れたが, い うまで もな く土地所有貴族が圧倒的優位 を占める貴族院 の抵抗 は, 庶民院のそれを はるかに上回 っていた

( 2 3)

。 のみな らず,上述 のよ うな シティ金 融界か らの 「人民予算」批判 の高 ま りを うけて,貴族院 に列す るシテ ィの金融

( 2 2

) 以上に紹介 したロスチャイル ド,エイ亘べリおよびシャスターの発言内容は,いず

れ も TheTi me s ,J une 24,1 909.

( 2 3 )

人民予算」案の審議経過の詳細については,佐藤芳彦氏の前掲諸論文,とくに

「イギリス予算制度と

1 9 1

1年 『国会法』の成立」をみられたい。

(16)

貴族 たち

Ci t y Lor ds

が論戦 に本格的 に参入 し, こうして貴族院 における 「 民予算」論争 は資本輸 出論争 と複雑 に絡 ま りなが ら画期的な高揚 を とげるにい

た ったのである 以下, この過程 を もっぱ ら資本輸 出論争 の側面 に焦点 をあて なが ら考察 してみ ることに したいが, その際, とくに念頭 におかなければな ら ないと患 われ る問題 は,何 よ りもっ ぎの点 である。 さきに も示唆 したよ うに,

シテ ィ金融貴族 たちは 「人民予算」 に反対 す る主要 な論拠 として, との税制改 革 が課税回避 のためにイギ リスか らの資本流 出を促す とい う弊害を強調す るこ

とになるのだが, こうした点 に関連 して, 最近, 経済史家 ボ ラー ドSi

dney Pol l ar dは大戦前 のイギ リス資本輸 出の是非 を論 じたサーベイ論文 のなかで,

シテ ィ金融貴族 たちによる資本流 出批判 は,彼 らの家系が 「他 な らぬイギ リス の資本輸 出によ って巨万 の富 をえて きた」事実を知 るものにとって 「まさ しく 驚 くべ きこと」であると,率直に疑問を投 げかけていることである(24)。問題 の 要点 は, これ らの金融貴族 たちが, い ったいいかなる意味合 いにおいて, また いかなる経済的利害か らイギ リスの資本輸 出を批判す ることになるのか, この 点 が納得点 に説明 されなければな らない, といえよ う

貴族院 における 「人民予算」審議 のなかで,資本輸 出論争 の本格的 な論戦 の 発端 とな ったのは, イギ リス有数 のマーチ ャン ト・バ ンカーとして知 られ るベ ア リング商会 の代表, レゲルス トーク

Lor d Revel s t oke ( J ohn Bar i ng)

つ ぎのよ うな発言 であ った。 レヴルス トークはまず,提案 されている 「歳入法 案」 は 「わが国の金融利害 に対す る脅威」 であ って, 「金融界 に大 きな動揺」

を与え, その結果, アスキス首相 に対す るシテ ィ金融界か らの さび しい抗議行 動 をひき起す ことにな った と, これまでの経過 をふ りかえ りなが ら, この法案 は資本 に課税す るものであ り, イギ リスにおける 「信用の基礎 を掘 り崩す恐 れ があ る」 と述 べて金融界の一般的見解 を くり返 したのち, さ らに国際金融業務 の専門家 としての立場か らイギ リス資本輸 出問題 について,以下のよ うに論 じ

C Z 4 ) Si dne y Pol l ar d,̀ Capi t alExpor t ,1 870‑1 91 4:Har mf ulorBe ne f i c i al ? ' Ec o .

Hi s t . Re v . ,2nds e

r.

,VoL XXXVI

II

,No

A

,1 985,pp. 494‑495.

(17)

第一次大戦前夜 におけるイギ リス資本輸出論争

17

た。第 1に, イギ リスか ら大量 の資本が流出 しつつあると, これまで しば しば 指摘 されて きたが,それは彼 自身の 「実際の知識」か らして 「真実」であるこ

と。が, イギ リスの資本輸 出問題 は 「公正 に語 られ」かつ 「的確 に理解

され る必要がある なぜな らば,外国証券 に対す るイギ リスの投資 は必ず しも 「 内における不満足な状態」を示す ものではな く,む しろ逆 に 「国内における繁 栄」 の証左である場合 も多いか らである

2

に, これまでの論争 にみ られた

大 きな錯誤」 は,「海外 に誘引され る資本

」c api t albe i ngat t r ac t e dabr oad

と 「海外 に放逐 される資本

」c api t albe i ngdr i ve nabr oad

とを区別 しなか っ た点 にある。今 日,諸外国か らのイギ リス資本 に対す る需要 は増大 しっっある が, そ うした諸外国か らの 「誘引力

」dr awi ng power

に加 えて,国内におけ る 「信用の欠如」 か ら生 じた 「放逐力

」 dr i vi ng f or c e

が作用す るな らば,

資本の正当な海外移動」 〔傍点筆者〕 は 「脱出

」e xodus

に転化す ることにな 実際, 「余剰」 を上回 る資本が輸出されつつあ り, このために国内では

異常 に高 いバ ンク ・レー ト」 が招致 されて 「取引に不利な影響」 が生 まれて いる

( 2

5)。み られ るように, レヴルス トークは 「海外 に誘 引される資本」 と 「 外 に放逐 され る資本」, いいかえれば正常 な資本輸 出 と異常 な資本流 出 とい う 資本輸 出の二つの タイプを区別す る巧妙 な論理 によ って,一方ではマーチ ャン ト・バ ンカーの本来の業務である海外投資を擁護 し正当化 しつつ,なおかっ他 方 では,資本の海外流出の弊害を強調 して 「人民予算」批判 の論拠 とす る, こ

うした一見,相容れないような二つの立場 を矛盾 な く統一 しようとしたのであ

こうして, シテ ィ金融貴族 たちの 「人民予算」批判 に絶 えずっ きまとって き た二律背反的な論理の撞着 を,ある意味でみ ごとに解決 した レゲルス トークの 主張 は,貴族院における論争 に大 きな波紋 を投 げか けて, これを契機 に 「人民 予算

‑資本流出批判が

っきに論争の焦点 として浮かびあが ったのである

C 5 )

以上 レゲルス トークの発言内容については,

Hans ar d ' s Par l i ame nt a7 3 /De b at e s

,

5t h s e r .Lo r ds ,

,1 909,794‑797.

(18)

こうした激化 した論争 の雰囲気 のなかで, 実 は, 小稿 の冒頭で引用 した

C. K.

ホブソンの叙述中で, なかばやゆ的に引 き合 いにだ された 「大西洋 を横断 して 西 に向 うすべての大船舟白が債券や株式 を底荷 として運 びっつある」 とい う,元 首相 ローズベ リE

.ofRos e be r y

の誇張 された海外投資批判が声高 に叫ばれ る ことになるのだが

( 2 6 )

, このよ うないささか荒唐無稽 に近 い批判 はともか くと し て,当面, マーチ ャン ト・バ ンカーの筆頭, ロスチ ャイル ドのつ ぎのよ うな発 言 に止 目 してお こう発言内容 の順序 とはやや前後す るが, ロスチ ャイル ドは

まず第

1

に,「人民予算」が提案 された結果,「大規模 な資本 の流出がひき起 さ れた ことは, シテ ィでは何人 にも明白」 な事実 であると述 べたのち, このよ う な 「資本 の流 出」 は,通常 の外国政府借款 や 「アルゼ ンチ ン鉄道」 などの事業 のための起債 とは根本的 に異 なることを強調 した。 このロスチ ャイル ドの陳述 にはやや明解 さを欠 くところがあるとはいえ, その基調 は正常 な資本輸 出 と異 常 な資本流出 とを区別す る レゲルス トークの所説 を踏襲 した ものと見 な して も 誤 りはないであろ う。第

2

に, ロスチ ャイル ドは, さきに紹介 した シテ ィの抗 議集会 とそ こで採択 された決議 の内容 を簡単 にサマ リー した うえで,わけて も

シテ ィが土地課税 に反対す る理 由を率直 につ ぎのよ うに説明 した。(9土地課税 の新設 によって損害 を蒙 る土地所有者 のなかには保険会社が含 まれていて, し か も保険会社 はいまや ロン ドン地区における 「最大 の土地所有者」 にな ってい

ること。 その うえ,② こうした保険会社 をは じめ とす る各種金融機関 は,土地 証券を担保 に巨額 の資金 を貸付 けていて, もし土地課税 が強化 され ることにな れば,抵当証券 の減価 によって 「重大 な損失」 を蒙 ることになる, と

( 2 7 )

。 ちな みに, ここで, ロスチ ャイル ド家 自身 が広大 な所領 を もつ大土地所有者 であ り, しか も同時 に, のちの 「四大生保」 の一角 を占めるアライア ンス保険会社

Al l i anc e As s ur anc e Co.

をそ、の傘下 においていた事実 を想起 されたい(28)。 こ

価)I bi d. ,947 をみ よ。

C 2 7

) ロスチャイル ドの発言内容は

i b i d. ,11 53‑11 55.

C 2 8 )

ロスチャイル ド自身がアライアンス保険会社の社長を兼任 していた。なお,こうし

(19)

第一次大戟前夜 におけるイギ リス資本輸出論争

19

うした点か らも容易 に推察 しうるように, シティ金融貴族 たちは白か ら貴族 に 列す る社会的地位を獲得す るとともに,直接 または間接的に大土地所有利害 と 深 く絡 まり合 いなが ら経済的利害を共有す る関係 に立 っていたといえよう

( 2 9 )

だか らこそ, シティ金融貴族 たちは,一方でマーチ ャン ト・バ ンカーの本来的 業務である正常 な資本輸出をあ くまで も擁護 しつつ,他方では地主貴族 と共同 して 「人民予算

‑資本流 出に対す る強力な反対者 として登場す ることにな っ た, ということができるであろ う

他方, このよ うな シテ ィ金融利害 と土地所有利害 の連合か らなる 「人民予

‑資本流出批判 に対抗 して, 自由党系の 「人民予算」支持派 も反論 に立 ち

あが っている たとえば, ホイ ッグ系土地貴族の ラッセル

Ear lRus s e l

lは, 上述 した レゲルス トークの 「シテ ィの観点」か らす る明快 な論理 は,他 な らぬ

黄金神の神殿

」Templ eofMammon

の立場を明示 した ものであり, それは シテ ィが 「常 に社会の進歩 と向上 に背 をむけて きた」理 由を説明す るものであ る, と激 しい論調で非難 した

( 3 0 )

。 こうしたなかで注 目され るのは, シテ ィ金融 貴族の一部か らも 「人民予算」 と資本輸 出をともに支持 し擁護す る意見が開陳 されたことである。 それは, ロン ドンの投資信託会社の代表で, アルゼ ンチ ン の鉄道会社社長 を も兼 ね るセ ン ト・デイ ビッ ド

St . Davi ds

や二流 のマーチ ャ ン ト・バ ンカーで地金取引業を兼営す るサ ミュエル ・モ ンタギュ商会

Samuel Mont agu and Co.

の当主 スウェイズ リング

Lor d Swayt hl i ng

らに代表 され

たマーチ ャン ト・バ ンカーと保険会社の結合関係については,生川栄治 『イギ リス 金融資本の成立

』( 1 9 5 6

年)第

5

章,第

2

節 における精微な分析を参照。

( 2 9 )

米川伸一氏 は, こうした土地所有貴族 とシテ ィ金融貴族 との絡 まり合いを 「土地 と 金融の結合」 と表現 し,新参者 たる後者が伝統的な前者 に融合 されつつあ ったこと を強調 されている が,政治的 ・社会的諸関係 についてはさてお き,少 な くとも経 済的利害関係 についていえば,土地所有利害 に対す るシティ金融利害の主導性,い いかえれば前者 の利害が後者 の利害 に包摂 され融合 されつつあったというべ きで, そ うした意味で,む しろす ぐれて 「金融 と土地 の結合」 と表現すべ き関係 にあった といえよう。米川伸一,前掲論文

,2 2‑2 3

貢をみ られたい。

( 3 0 ) H ans ar d' s P ar l i ame nt ar yDe b at e s ,5 t hs e r .Lo r d s , I

V

,1 90 9,86 8.

(20)

るが,当面, スウェイズ リングの見解 を簡単 にみてお くことに しよ う。彼 はま ず, 「人民予算」 への反対論者 が 「関税改革」 をオル ターナテ イヴと して持 ち だす点 を さび しく批判 した うえで, イギ リスの資本輸 出についてつ ぎのような 見解 を開陳 している

「シテ ィの貴族 たち」 の悲観的な見方 によれば,「人民予 算」のために国内の信用が損 なわれた結果, イギ リスの資本が大量 に流 出 して いるとい うが,問題 を別の側面 か らみ ることもで きる。 とい うのは,①過去

6

カ月間のバ ンク ・レー トと市場利子率 はきわめて低位であ り,株式銀行への預 金利子 はわずか

1%

にす ぎない。 だか ら, 大量 の資本が 「よ りよい利率」 を 求 めて海外 にむか うのは 「なん ら驚 くにあた らない。」 ②資本が輸 出された場 合で も, それはイギ リス人が所有す る 「資産」 であ って, た とえばバ ンク ・

レー トが

5‑5i%

に上昇 して, イギ リスでの資金運用 が有利 にな ‑た とき には 「短期間の うちに回収す る」 ことがで きる③ このよ うに,資本 は 「あた か も水 の ごと く」有利 な水路 に流れ こむのであ って,仮 りに課税 を逃 れ るため に海外へ流出 したと して も, それを停止 させ る手段 はあ りうる が, いまはそ の時機 で はない。 なぜな ら, イギ リスの信用 は 「いぜん と して世界最高」 の状 態 にあるか らであ る。 その ことは,諸外国の中央銀行 が大量 の 「イギ リス 〔 ター リング〕手形」 を有価証券 資産 と して保有 して いる ことか らも証 明 され る, と

( 3 1

'。 このよ うにスウェイズ リングは国際金融 セ ンターと しその ロン ドン 金融市場 の メカニズムに即 して,必要 な ときにはバ ンク ・レー トの引上 げに

よって資本流 出を抑止 しうることを も示唆 しなが ら, イギ リス資本輸 出を擁護 したのである

おおよそ,以上 に紹介 して きたよ うに, 自由党内閣 によって提出 された 「 民予算」案 は,わけて も貴族院 において,土地所有貴族 とシテ ィ金融貴族 の連 合か らなる激 しい 「人民予算

‑資本流出批判 をよび起す ことによ って, これ まで,関税改革論争 と重 な り合 っていた資本輸 出論争 の経済的利害対抗 のあ り

(31

)I b i d. ,11 85111 86.

参照

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