鹿児島県下に於ける初誕生儀礼
一
鹿 児 島 県 下 に 於 け る 初 誕 生 儀 礼
近藤直也
一︑はじめに
鹿児島県下における初誕生儀礼︑中でも餅踏み︑餅背負いの事例は︑全二四地区で確認できた︒その分布範囲は︑
北端は熊本・宮崎両県に隣接する地区から︑南は種子島辺りまでである︒僅か二四例ではあるが︑奄美諸島を除け
ばほぼ県下全域に満遍無く分布しているため︑県下の概略を把握するに際して大きな支障はきたさないであろう︒
位置的には本土の最南端に位置するが︑その地理的特徴に勝るとも劣らない程の特色がいくつか見受けられる︒
しかも︑これらの特色の中には初誕生儀礼の核心を突く極めて重大なものがあり︑初誕生儀礼とは抑々何であった
のか︑また餅踏みや餅背負いは何のために行なっていたのか︑従来の定説を一挙に覆す程の大きな力を持っていた︒
詳しくは本文で詳述するが︑予めその一端を紹介すれば︑一歳未満で歩かなかった子供の場合は殆ど初誕生儀礼を
行なわなかったという伝承が五例もあった点に注目しておきたい︒現在と異なり︑かつては一歳未満で歩く子供な
どかなり稀であり︑まさに異常児と見做されていた︒これら五例の伝承は︑初誕生儀礼が異常児を正常児に矯正す
るために存在していたことを端なくも示すものであった︒この点に注目すれば︑独り鹿児島県下のみならず全国で
行なわれている餅背負いやこれと連動する意図的突き倒しなども総て必然性があった事になる︒これ程の重大な意
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二
味をこれら五例は含み持つにも関わらず︑残念ながら今まで誰にも指摘されて来なかった︒
さらにもう一つの重要な事は︑これより南の沖縄諸島では初誕生儀礼はあるものの餅踏みや餅背負いは殆ど無く︑
専らエラビドリが行なわれるだけであり︑一歳未満で歩くか否かなど全く問題にされていなかった点である︒問題
視しないというよりも︑一歳未満で歩くか否かが注目されていたのではなく︑それより大きな問題である﹁死産児﹂
か否かに最大の関心が注がれていたという方が正確である︒死産児の場合︑様々な方法で虐待されるが︑これが本
土に入れば微妙に変形して初誕生の餅踏みや餅背負いによる突き倒し︑また一歳未満で歩いた子供に限定して行な
う習俗となる︒両者に共通するキーワードはオニゴであった︒全国の餅踏みや餅背負いに︑どこか縁起直し的性格
が常に付き纏うのは︑実はそのルーツが沖縄諸島における死産児虐待にあったためとも解釈できる︒
以上︑二つの仮説を念頭に起きながら︑これら以外の様々な特色も浮き彫りにすべく︑本文で全二四地区の各事
例を詳細に検討してみたい︒
二︑鹿児島県下に於ける初誕生儀礼の事例
1︑出水郡長島町小浜・誕生祝いはたいていの家でする︒赤飯をつくり︑誕生までに足のついた子はモチフミを行
なう︒一升餅赤白あわせて三重ねをお膳にのせて祝い︑子供に小さなわらじを作って履かせ︑餅を踏ませた︒ま
た︑そろばん・スズイ・針糸などを置き︑とった品物によって子供の将来を占った︒案内された人は米・しょう
ちゅうを持ってくる︒帰りには餅を切って少しずつ持たせてやる︒
2︑出水市前田・誕生前に歩いたら大きな鏡餅をつくり米一升を背負わせてワラジをはかせて餅の上を歩かせた︒
幼児が倒れない時は米を二升︑三升とふやしていった︒このようにしないと成人した後︑故郷を捨ててしまうか
らだという︒この時の鏡餅は切ってイラカの見える範囲に配るものであった︒
3︑阿久根市折口・一誕生来ないうちに歩いたら餅を踏ませる︒これは今でもやっており︑去年も隣家からこの餅
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鹿児島県下に於ける初誕生儀礼三 をもらったとある古老は話してくれた︒箕の中に餅をひろげておき︑老人が作ってくれたワラジをはかせて踏ま
せた︒傍に鉛筆︑お金︑ハサミなどを置いておき︑どれを取ったかによって将来の職業を占う︒この時の餅はイ
ラカの見える範囲内に配るものであった︒
4︑甑島︵薩摩郡里村里︶・誕生日までに歩いた子はモチフマセをする︒小さな草履を作ってはかせ︑大きな鏡餅
を踏ませる︒その餅を背中に背負わせてヨチヨチ歩かせ︑その後でこの餅を小さく切り近所や親戚に少しずつ配
る︒現在も行なっている︒
5︑川内市水引町浜田・一誕生来ないうちに歩いたら餅を踏ませる︒この餅はイラカの見える範囲に配るものであ
った︒
6︑川内市宮崎・一誕生来ないうちに歩かせても歩かなければ︑一誕生のときに餅をついて踏ませた︒餅を踏ませ
ないといつまでも足がヨロンヨロン︵弱々しく︶して駄目だといわれた︒また鉛筆︵学問︶・銭︵商売︶・米︵農
業︶を自由にとらせて将来の職業を占った︒餅は切っていらかの見える範囲に配る︒古くなった臼も薪に割って
いらかの見える範囲に配るものであった︒︵略︶この餅は焼かずに食べるものであった︒焼いて食べると生児が
やけどをするものだといった︒
7︑薩摩郡宮之城町二渡・歩くようになると餅をふませて︑鉛筆︵勉強︶︑銭︵商売︶︑米︵農業︶の三つを並べて
取らせる︒現在は鏡餅を切って︑やうち関係や近所に配る︒
8︑薩摩郡宮之城町舟木東・一誕生こないうちにあるいたら餅を踏ませて職業を占い︑餅を近隣に配った︒
9︑薩摩郡宮之城町泊野・東郷町山田・樋脇町倉野・入来町中須・誕生前に歩きはじめた子には︑﹁モチフマセ﹂﹁モ
チフミ﹂をさせる︒新しいゾーリをはかせて餅を踏ませた︒また︑倉野では︑この餅を小さく切って親戚にくば
る︒餅をもらった親戚では︑これを生のままで食べる︒焼いて食べれば︑赤子がいろりに入るからだという︒誕
生日などを祝うことはなかったが︑初節供に︑男の子の場合﹁ノボリタテ﹂︑女の子の場合﹁ヒナジョカザリ﹂
をした︒親戚の者は餅と着物を持参し︑ご馳走になる︒
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四
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︑鹿児島郡桜島町白浜・正月十四日の満潮時に餅踏みをさせる︒初めて正月を迎える幼児にワラゾウリを履かせ︑大きな二ツ重ねの餅を三回踏ませる︒足が丈夫になるからだという︒
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︑日置郡吹上町坊野・歩きはじめの子や︑今から歩こうとする子に︑その年の正月に︑小さな藁ゾウリを作って ぼうの履かせ︑強くなれ︑大きくなれと言って︑餅の上に足をのせてふませる︒
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︑川辺郡笠沙町大当・一誕生来ないうちに歩いたら畜生の性があるというので餅を踏ませた︒草履はできるだけ長生きの人に作ってもらい職業占いもやった︒餅は切ってイラカの見える範囲に配った︒
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︑生後一年にならないうちに歩き始めたら餅踏みを行なった︒餅をバラ︵浅いザル︶に入れ︑バラの先の方に学用品を置いて︑子供を歩かせバラの中の餅を踏ませ︑学用品を取りに行かせるのである︒
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︑指宿市・東方ではテズニッジュエというが︑テズは誕生のことだから︑少し新しい言い方であろう︒昔は誕生日をウンマレビ︑誕生月をムカイヅキといった︒ウンマレビには余り祝はしないのが普通であった︒しかし︑家
族だけで内祝をする例もあった︒誕生日がこないうちに歩き出す子は︑どこか遠くへ行ってしまうかもしれない
といって︑ウンマレビに餅踏ませをさせる︒下門では︑赤子にわざと草履をはかせて餅の上を踏ませ︑床の間に
おいたソロバンやハカリ︑鉛筆︑その他を選び取らせて︑その品物によって将来を占う︒尾掛や岩本では︑踏ん
だ餅を小さく切ってヤウチ︵近い親族︶に配る︒餅は紅白の大きい餅を用いる例が多い︒また︑箕かバラ︵丸口
箕︶の中に品物をいくつも入れて選び取りさせる所もある︒餅踏ませは︑草履をはいて行うのが一般である︒こ
れは赤子の旅立ち姿を意味する︒余り遠くへ旅立ったり︑不幸なできごとに出合わないようにという親心がにじ
み出ている儀礼である︒南九州では︑大隅地域では餅を背負わせてわざと倒す例があるが︑指宿の場合と同じ趣
旨である︒ところが︑屋久島などでは︑餅踏ませは四つ足の赤子が二本足で歩くようになったことの祝いだとい
う︒産育儀礼は︑赤子が人間として承認される儀式であるという観点からみるならば︑この方こそ本来の理由で
あろう︒そして︑草履は︑人間であることの証拠なのである︒もう一つ︑餅を踏ませる理由として︑ようやく人
間らしくなったけれどもまだ不完全な赤子の魂を︑餅の粘着力によって親元にしっかりと引き止めるという趣旨
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鹿児島県下に於ける初誕生儀礼五 もあるようだ︒
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︑姶良郡吉松町般若寺・栗野町北方・伊佐郡菱刈町市山・初誕生日をムカエヅキと言うが︑特別な行事はなく︑誕生日前に立って歩くとなるべく早くモチフマセ︵餅踏ませ︶をする︒市山では女の子は一○ケ月以前だという
人︑般若寺では誕生後でも歩きはじめたら踏ますという人もいる︒モチフマセは鏡餅の大きいのをバラにのせ子
には新しい草履をはかせ︑祖母などが抱いてふませる︒餅は小さく切って近所へ配る︒この時にソロバン︑筆︑
トカキ︑銭などを並べておいて︑子供にとらせて︑子供の将来を占うこともする︒
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︑国分市阿多石・一○月一五日に餅をつきその年生まれた子供にふませる︒17
︑鹿屋市下高隈町柚木・百日目には餅ふみの祝いが行われる︒鏡餅の上にワラジをおいて︑子どもをその上にのせる︒
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︑肝属郡内之浦町・丸い餅︵一升餅︶と四角い餅︵三升餅︶をついた︒一升餅は風呂敷に包んで座頭がれ︵右肩から左腋に回す︶に背負わせ︑三升餅の上をワラジばきで歩かせた︒柔かい餅に幼児の足跡がつく︒
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︑肝属郡大根占町大字馬場半下右・初誕生日のことをムカイヅキといって祝うが︑そのムカイヅキより三日前︵﹃日本民俗地図Ⅴ出産・育児﹄では﹁三月前﹂になっている︒︶に歩きだした子どもは急ぎすぎるので早く死ぬとい
われ︑力をつけるためにモチフマセをする︒歩きだすとなるべく早く餅をついて平たい大きい餅にして子供を抱
いてその餅をふませる︒その後で米︑金︑筆︑算盤などを並べておいてその子にとらせて子どもの将来をうらな
う︒
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︑肝属郡大根占町宮脇・紅白の鏡餅を作り︑箕に入れて踏ませる︒餅をつく訳は︑これにより年齢を一つ加え災難を避けることができるとされた︒この餅は切って︑餅つきの杵の音が消える範囲に配った︒
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︑肝属郡田代町川原・一誕生しないうちに歩いたら餅を踏ませる︒この餅はイラカの見える範囲にみんな配った︒22
︑肝属郡佐多町大泊・誕生前に歩いたらすぐに餅をついて踏ませた︒後をヨンドランうちに踏ませないといけないというものであった︒ヨンドルというのは後をふりむくという意味である︒後をふりむくことができる位に足