レリバ ンス ・ロス ト時代の 管理会計 ( 請)発達史
福
島
吉春
I は じめに‑ 本稿の課題
1 9 8 7 年 にアメ リカで出版 された 1 冊の本を きっかけに,管理会計 は巨大 な 乱気流 に巻 きこまれたかのよ うに揺れ動 いている。その本 とは, Johnson と Kapl an の共著 Rel e uanceLost である。著者 たちは同書執筆 の動機 につ い て , 「 緒言」冒頭で次のように述べている。「 企業の管理会計 システムは,今 日 の経営環境 にうま く対処で きていない。昨今の急速な技術変化,国内外の厳 し い競争,情報処理能力の桁外れな拡大 という状況では,管理会計 システムは, 工程管理,製品原価計算および業績評価活動 に対 して,有用かつタイム リーな 情報を提供 していないか らである
」 1)同書出版以来,その書名 『レレバ ンス ・ロス ト』は,あたか も現代管理会計 を論 じる合い言葉のように,管理会計の文献で頻繁 に使われ るようにな り,管 理会計 にお け る適合性喪失 を認識 す ることの延長線上 にあ る手法 と しての ABC ( 活動基準原価計算 : act i vi t y‑ basedc ost i ng) の主張 とともに,管理 会計を席巻 している観がある。
確かに,管理会計が実務で実行 されてお り,また各教育機関で教え られてい
1)f I .T.Johnson and 氏.S.Xapl an , Rel e v anceLost: TheRi s eand Fal lo f Man agementAc cot L nt i ng ,1987
,p.xi ,鳥居宏史訳 『レレバ ンス ・ロ
ス トー一一 管理会計 の盛衰‑ 』 白桃書房 ,1 992
,p.V 諒 。
〔 1 81 〕
るか ぎり,失われた適合性を取 り戻すための具体的解決方法を探 るのは当然で あろう
。現在,そのための実態調査が行われ,手法の開発が精力的に進め られ ているところである。その過程で, JI T や原価企画, TQC などの 日本的原価 管理手法が脚光を浴びた りしている
。ところで, Johnson と Kapl an は,適合性の喪失を指摘す るさい,実態調 査あるいは理論的検討にもとづ くよりは, どち らか といえば歴史研究に重 きを お く叙述方法を とった。つまり,管理会計の成立か ら発展,そ して適合性が失 われ るプロセスを,企業 とその経済的環境 との関係,な らびに実務 と研究者 と の関係を時代 ごとに記述す ることで,説明 しているのである。
このため同書 は現代的問題を指摘 した本 としてだけでな く,管理会計発達史 として も読む ことができる
。この点,虞本教授 は 『レレバ ンス ・ロス ト』が提示 したメッセージを 2 つに 分 けて,実務家にとって印象的であったフレーズ と,研究者 にとって衝撃的あ
るいは挑発的であったフレーズは異なると指摘 している。
この うち実務家にとって印象的であった としているのは,本稿の冒頭で引用 した 「 管理会計 システムは‑‑‑有用かつ タイム リーな情報を提供 していない」
とす る主張である。それに対 して研究者にとって ショッキ ングだ ったのは次の よ うなフ レーズであった とい う
。「 今 日利用 されている管理会計実務,すなわ ち,労務費,材料費,および製造間接費 に対す る原価勘定,現金,損益,およ び資本に対す る予算,変動予算,販売予測,標準原価計算,差異分析,販売価 格,そ して事業部業績尺度は, 実質的に 1925 年までに,みな開発 されて しまった。
これ ら実務 は,いよいよ複雑化 し多様化 した企業 における経営管理者の情報お よびコン トロール ・ニーズを満たすべ く発達 したのであった。 しか し,革新の 速度 はその時点で止 まって しまったように思われ る
」 2)Johns on と Kapl an がい うように管理会計の発達が 1 925 年で止まったとす れば,管理会計の発達史をその. 段階で終了 させねばな らないだけでな く,その
2 )鹿本敏郎 『 米国管理会計論発達史』森 山書店 ,1 99 3 ,p.2 。 この文章 は Johns on
と Kapl an か らの邦訳である 。Johns onandKapl an ,i bi d. ,p.1 2 .
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後,企業の経営環境が大 きく変化 して きている以上,適合性の喪失を認めるこ とが必然 になる
。彼 らの歴史記述 は管理会計発達史 に対す る根本的な問題提起であ ると同時 に,彼 らの主張を証明す る基本的証拠なのである。言 い換え るな ら,歴史的叙 述が,単 に理論を支持 し補完す る叙述 としてではな く,む しろ理論を証明す る 手段 として使われていることに注意すべ きである。
この点,贋本教授 も,著書 『 米国管理会計論発達史』の課題 として,次のよ うに主張 している。「 今後, この動 き ( 管理会計 の反省,実務 と理論 との帝離 問題一 ・・ 一 弓百島補注)はどう進んでい くのであろうか。管理会計研究を今後 いか に行 うべ きなのか。従来の管理会計研究 ・教育 は改めなければな らないのか。
また,管理会計の実務家はその管理会計 システムの再設計のために努力 し始め ているとして も,果た してそのために新 しい管理会計理論が必要 なのであろう か。従来の理論を適用すれば足 りることではないのか。‑‑ これ らの問題をい かに考え るのか。 これは非常 に重要な問題であり,管理会計の存亡に関わるこ とである。そ うであるか らこそ, この問題を考えるためには,管理会計の歴史 を振 り返 ってみることが不可欠である
」 3)( 以下,・ ‑‑は引用者 による省略) 本稿 は,管理会計の理論のみな らず,その歴史に対 して も根本的な問題を提 起 した Johnson と Kapl an の主張 と,その後 に管理会計の歴史 について執筆 した虞本教授の著書を検討 し,両著書の基本的主張を対比す ることと,残 され た問題を析出す ることを目的に している。
なお,具体的検討に入 る前 に, 2 点,基本用語の解説が必要であろ う。
その第 1 は, しば しば問題 にな る rel evance の訳語である
。本稿で も後述 す る ASOBAT は, この用語を 「 ー 情報 システム としての会計」の有用性を支 える第 1 の基準 として記述 し,邦訳ではその訳語 として 「目的適合性」が選ば れた。
4)当時 は これで もよか ったので あろ うが,今 日, その喪失 が議論 の
3 )虞本 『 同書』p.4
04)Amer i canAccount i ngAssoc i at i on,A St at emento fBasi cAcc ount i ng
Theor y,1 9 66 ,飯野利夫訳 『アメ リカ会計学会基礎的会計理論』国元書房 ,1 969 0
対象 になって くると, 目的適合性 とい う語 はい
かに も堅苦 しく,使 いに くい。
このため,その訳語 について, Johns onと Kapl an の邦訳では 「 適合性」の 語が当て られ,また贋本教授の著書では 「 適切性」の語が当て られている。い ずれ も一長一短があ り, どち らがいいとは決めがたいが,ひとつの概念を節 ご とに異 なる用語で呼ぶのはまざ らわ しい。そ こで,以下,本稿では 「 適合性」
に統一す ることにす る.
また第 2 は, この用語を含む Johns onと Kapl anの著書 『レレバ ンス ・ロ ス ト』の書名 につ いてである。同書の邦訳 には訳者鳥居宏史教授 による 「 訳者 あ とが き」が添え られているが,それ によると,書名 rel evancel ost には 2 つ の意味が あ るとい う。 ひ とつ は上述 したよ うに, 1 950 年代後半以 降, とり わ け ASOBAT 公表以来一般 的にな った適合性 とい う意 味であ る。 この定義 によると, 「レリバ ンス ・ロス ト」 は,文字 どお り 「 適合性の喪失」 とい うこ とになる。適合性 の喪失を指摘す ることが同書のテーマである限 り,そ う訳せ ば済みそ うな ものであるが,同あ とが さによると, 書名『レレバ ンス ・ロス ト』
に は もうひ とつ の意 味が あ り, それ は Mi l t on 『 失 楽園 ( p ar adi sel os t ) 』 ( 1 667 )の 「 "Par・a・di se( 楽園) "を " Re l ・e・vance' ' とい う同 じ 3 音 節か らなる単語 に置 き換えた点
」 5)にあるとい う
。JohnMi l t onはイギ リスの詩人 であ るが, ヽ Shakespeare が イギ リスのル ネ ッサ ンス開花期を代表す るとすれば,Mi l t onはその最後 の,すなわち次の 合理主義の時代 にまたが る代表的な詩人 といわれている。叙事詩 『 失楽園』は アダム とイブ,すなわち人 間の原罪 とそれが引き起 こす楽園喪失 とい う悲劇的 事件 を扱 ってい る 。Mi l t on自身 はそ こに流れ るモ ラルを「 永遠 の摂理 を説 き, 神の人間に対す る道 の正 しさを説 く」 と述べているとい うが,作者 自身の 自我 的精神が絶対者である神に反逆す るサタ ン ( ヘ ビ)に投影 されているため, し ば しば逆の解釈がなされ るとい
う 。 6)5
)鳥居訳 『 前掲邦訳
』p.264。6) 平凡社 『 世界大百科事典 』1 9 8 0 ,第 1 3 巻 ,p. 3 5 0 ,第 2 9 巻 ,p. 5 27 。この項執筆平井正穂
教授,由良若美 『 世界のオカル ト文学 :幻想文学 ・総解説』自由国民社 ,1 9 81 ,p.6 0
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ちなみに,Mi l t on は1 671 年に続編 『 復楽園 (Par adi seRe gai ned)』 を出 版 してお り,また Johns onは 1 9 9 2 年, Rel evanceRe gai ned を出版 した。
Ⅱ レリバ ンス ・ロス ト
本節で は,Johns onと Kapl anの著書 『レレバ ンス ・ロス ト』の内容を紹 介す る。なお以下本節で は,紙面の節約のため,Johns onと Kapl anの著書 か らの引用については,注ではな く,本文中に括弧つ きで,原著ペー ジ,訳書 ページの順 に示す ことにす る。
さて,Johns onと Kapl anは,第 1 章で著書全体の概要を述べてか ら,第 2 章以下,年代 ごとに区切 って管理会計の歴史を記述 してい く
。まず第 2 章 「 1 9 世紀の原価管理 システム」では1 9 世紀初期および中葉の紡績 工場 ( ライマ ン ・ミルズ社) ,1 9 世紀末の製鋼所,そ して同時期の鉄道業,疏 通 業,小 売 業 にお け る原 価 管 理 手 法 を紹 介 して い る。 この葺 の特 徴 は, chandl er
7)に代表 され る経営史学の成果を取 り入れて,実務 における原価管 理手法の歴史を探 っていることである。管理会計の起源 について著者たちは次 のように述べている。 「 管理会計が米国で最初 にあ らわれたのは,企業が経済 的交換を外部市場 に依存す ることに代わ って,企業内部で行 い始 めた ときで あった」 ( p.1 9:p. 1 7 ) と
。第 3 章 「 能率,利益および科学的管理 : 1 88 0 年 か ら 1 91 0 年」で は金属加工 企業を中心 に,科学的管理の影響 によって,よ り綿密な統制手段 として,標準 な らびに標準 と実績の差異分析を開発す るまでが記述 されている。 ここでは標 準 の担 い手が技術者であ った ことと,能率技師が1 8 80 年代 に間接費を製品に 配賦す る方法を開発 した とはいえ,それは財務会計 とは無縁であった と指摘 し ていることに注 目 したい。能率技 師 と会計士 に とって,間接費の製品配賦 は
まった く異なる目的に基づ くのである ( p. 5 3:p. 4 9 ) 。
7)