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(1)

レリバ ンス ・ロス ト時代の 管理会計 ( 請)発達史

I は じめに‑ 本稿の課題

1 9 8 7 年 にアメ リカで出版 された 1 冊の本を きっかけに,管理会計 は巨大 な 乱気流 に巻 きこまれたかのよ うに揺れ動 いている。その本 とは, Johnson と Kapl an の共著 Rel e uanceLost である。著者 たちは同書執筆 の動機 につ い て , 「 緒言」冒頭で次のように述べている。「 企業の管理会計 システムは,今 日 の経営環境 にうま く対処で きていない。昨今の急速な技術変化,国内外の厳 し い競争,情報処理能力の桁外れな拡大 という状況では,管理会計 システムは, 工程管理,製品原価計算および業績評価活動 に対 して,有用かつタイム リーな 情報を提供 していないか らである

1)

同書出版以来,その書名 『レレバ ンス ・ロス ト』は,あたか も現代管理会計 を論 じる合い言葉のように,管理会計の文献で頻繁 に使われ るようにな り,管 理会計 にお け る適合性喪失 を認識 す ることの延長線上 にあ る手法 と しての ABC ( 活動基準原価計算 : act i vi t y‑ basedc ost i ng) の主張 とともに,管理 会計を席巻 している観がある。

確かに,管理会計が実務で実行 されてお り,また各教育機関で教え られてい

1)f I .T.Johnson and 氏.S.Xapl an , Rel e v anceLost: TheRi s eand Fal lo f Man agementAc cot L nt i ng ,1987

,p.

xi ,鳥居宏史訳 『レレバ ンス ・ロ

ス トー一一 管理会計 の盛衰‑ 』 白桃書房 ,1 992

,p.

V 諒 。

〔 1 81 〕

(2)

るか ぎり,失われた適合性を取 り戻すための具体的解決方法を探 るのは当然で あろう

現在,そのための実態調査が行われ,手法の開発が精力的に進め られ ているところである。その過程で, JI T や原価企画, TQC などの 日本的原価 管理手法が脚光を浴びた りしている

ところで, Johnson と Kapl an は,適合性の喪失を指摘す るさい,実態調 査あるいは理論的検討にもとづ くよりは, どち らか といえば歴史研究に重 きを お く叙述方法を とった。つまり,管理会計の成立か ら発展,そ して適合性が失 われ るプロセスを,企業 とその経済的環境 との関係,な らびに実務 と研究者 と の関係を時代 ごとに記述す ることで,説明 しているのである。

このため同書 は現代的問題を指摘 した本 としてだけでな く,管理会計発達史 として も読む ことができる

この点,虞本教授 は 『レレバ ンス ・ロス ト』が提示 したメッセージを 2 つに 分 けて,実務家にとって印象的であったフレーズ と,研究者 にとって衝撃的あ

るいは挑発的であったフレーズは異なると指摘 している。

この うち実務家にとって印象的であった としているのは,本稿の冒頭で引用 した 「 管理会計 システムは‑‑‑有用かつ タイム リーな情報を提供 していない」

とす る主張である。それに対 して研究者にとって ショッキ ングだ ったのは次の よ うなフ レーズであった とい う

「 今 日利用 されている管理会計実務,すなわ ち,労務費,材料費,および製造間接費 に対す る原価勘定,現金,損益,およ び資本に対す る予算,変動予算,販売予測,標準原価計算,差異分析,販売価 格,そ して事業部業績尺度は, 実質的に 1925 年までに,みな開発 されて しまった。

これ ら実務 は,いよいよ複雑化 し多様化 した企業 における経営管理者の情報お よびコン トロール ・ニーズを満たすべ く発達 したのであった。 しか し,革新の 速度 はその時点で止 まって しまったように思われ る

2)

Johns on と Kapl an がい うように管理会計の発達が 1 925 年で止まったとす れば,管理会計の発達史をその. 段階で終了 させねばな らないだけでな く,その

2 )鹿本敏郎 『 米国管理会計論発達史』森 山書店 ,1 99 3 ,p.2 。 この文章 は Johns on

と Kapl an か らの邦訳である 。Johns onandKapl an ,i bi d. ,p.1 2 .

(3)

レリバ ンス ・ロス ト時代 の管理会計 ( 請) 発達史 18 3

後,企業の経営環境が大 きく変化 して きている以上,適合性の喪失を認めるこ とが必然 になる

彼 らの歴史記述 は管理会計発達史 に対す る根本的な問題提起であ ると同時 に,彼 らの主張を証明す る基本的証拠なのである。言 い換え るな ら,歴史的叙 述が,単 に理論を支持 し補完す る叙述 としてではな く,む しろ理論を証明す る 手段 として使われていることに注意すべ きである。

この点,贋本教授 も,著書 『 米国管理会計論発達史』の課題 として,次のよ うに主張 している。「 今後, この動 き ( 管理会計 の反省,実務 と理論 との帝離 問題一 ・・ 一 弓百島補注)はどう進んでい くのであろうか。管理会計研究を今後 いか に行 うべ きなのか。従来の管理会計研究 ・教育 は改めなければな らないのか。

また,管理会計の実務家はその管理会計 システムの再設計のために努力 し始め ているとして も,果た してそのために新 しい管理会計理論が必要 なのであろう か。従来の理論を適用すれば足 りることではないのか。‑‑ これ らの問題をい かに考え るのか。 これは非常 に重要な問題であり,管理会計の存亡に関わるこ とである。そ うであるか らこそ, この問題を考えるためには,管理会計の歴史 を振 り返 ってみることが不可欠である

」 3)

( 以下,・ ‑‑は引用者 による省略) 本稿 は,管理会計の理論のみな らず,その歴史に対 して も根本的な問題を提 起 した Johnson と Kapl an の主張 と,その後 に管理会計の歴史 について執筆 した虞本教授の著書を検討 し,両著書の基本的主張を対比す ることと,残 され た問題を析出す ることを目的に している。

なお,具体的検討に入 る前 に, 2 点,基本用語の解説が必要であろ う。

その第 1 は, しば しば問題 にな る rel evance の訳語である

本稿で も後述 す る ASOBAT は, この用語を 「 ー 情報 システム としての会計」の有用性を支 える第 1 の基準 として記述 し,邦訳ではその訳語 として 「目的適合性」が選ば れた。

4)

当時 は これで もよか ったので あろ うが,今 日, その喪失 が議論 の

3 )虞本 『 同書』p.4

0

4)Amer i canAccount i ngAssoc i at i on,A St at emento fBasi cAcc ount i ng

Theor y,1 9 66 ,飯野利夫訳 『アメ リカ会計学会基礎的会計理論』国元書房 ,1 969 0

(4)

対象 になって くると, 目的適合性 とい う語 はい

に も堅苦 しく,使 いに くい。

このため,その訳語 について, Johns onと Kapl an の邦訳では 「 適合性」の 語が当て られ,また贋本教授の著書では 「 適切性」の語が当て られている。い ずれ も一長一短があ り, どち らがいいとは決めがたいが,ひとつの概念を節 ご とに異 なる用語で呼ぶのはまざ らわ しい。そ こで,以下,本稿では 「 適合性」

に統一す ることにす る.

また第 2 は, この用語を含む Johns onと Kapl anの著書 『レレバ ンス ・ロ ス ト』の書名 につ いてである。同書の邦訳 には訳者鳥居宏史教授 による 「 訳者 あ とが き」が添え られているが,それ によると,書名 rel evancel ost には 2 つ の意味が あ るとい う。 ひ とつ は上述 したよ うに, 1 950 年代後半以 降, とり わ け ASOBAT 公表以来一般 的にな った適合性 とい う意 味であ る。 この定義 によると, 「レリバ ンス ・ロス ト」 は,文字 どお り 「 適合性の喪失」 とい うこ とになる。適合性 の喪失を指摘す ることが同書のテーマである限 り,そ う訳せ ば済みそ うな ものであるが,同あ とが さによると, 書名『レレバ ンス ・ロス ト』

に は もうひ とつ の意 味が あ り, それ は Mi l t on 『 失 楽園 ( p ar adi sel os t ) 』 ( 1 667 )の 「 "Par・a・di se( 楽園) "を " Re l ・e・vance' ' とい う同 じ 3 音 節か らなる単語 に置 き換えた点

」 5)

にあるとい う

JohnMi l t onはイギ リスの詩人 であ るが, ヽ Shakespeare が イギ リスのル ネ ッサ ンス開花期を代表す るとすれば,Mi l t onはその最後 の,すなわち次の 合理主義の時代 にまたが る代表的な詩人 といわれている。叙事詩 『 失楽園』は アダム とイブ,すなわち人 間の原罪 とそれが引き起 こす楽園喪失 とい う悲劇的 事件 を扱 ってい る 。Mi l t on自身 はそ こに流れ るモ ラルを「 永遠 の摂理 を説 き, 神の人間に対す る道 の正 しさを説 く」 と述べているとい うが,作者 自身の 自我 的精神が絶対者である神に反逆す るサタ ン ( ヘ ビ)に投影 されているため, し ば しば逆の解釈がなされ るとい

6)

5

)鳥居訳 『 前掲邦訳

』p.264。

6) 平凡社 『 世界大百科事典 』1 9 8 0 ,第 1 3 巻 ,p. 3 5 0 ,第 2 9 巻 ,p. 5 27 。この項執筆平井正穂

教授,由良若美 『 世界のオカル ト文学 :幻想文学 ・総解説』自由国民社 ,1 9 81 ,p.6 0

(5)

レリバ ンス ・ロス ト時代 の管理会計 ( 請) 発達史 185

ちなみに,Mi l t on は1 671 年に続編 『 復楽園 (Par adi seRe gai ned)』 を出 版 してお り,また Johns onは 1 9 9 2 年, Rel evanceRe gai ned を出版 した。

Ⅱ レリバ ンス ・ロス ト

本節で は,Johns onと Kapl anの著書 『レレバ ンス ・ロス ト』の内容を紹 介す る。なお以下本節で は,紙面の節約のため,Johns onと Kapl anの著書 か らの引用については,注ではな く,本文中に括弧つ きで,原著ペー ジ,訳書 ページの順 に示す ことにす る。

さて,Johns onと Kapl anは,第 1 章で著書全体の概要を述べてか ら,第 2 章以下,年代 ごとに区切 って管理会計の歴史を記述 してい く

まず第 2 章 「 1 9 世紀の原価管理 システム」では1 9 世紀初期および中葉の紡績 工場 ( ライマ ン ・ミルズ社) ,1 9 世紀末の製鋼所,そ して同時期の鉄道業,疏 通 業,小 売 業 にお け る原 価 管 理 手 法 を紹 介 して い る。 この葺 の特 徴 は, chandl er

7)

に代表 され る経営史学の成果を取 り入れて,実務 における原価管 理手法の歴史を探 っていることである。管理会計の起源 について著者たちは次 のように述べている。 「 管理会計が米国で最初 にあ らわれたのは,企業が経済 的交換を外部市場 に依存す ることに代わ って,企業内部で行 い始 めた ときで あった」 ( p.1 9:p. 1 7 ) と

第 3 章 「 能率,利益および科学的管理 : 1 88 0 年 か ら 1 91 0 年」で は金属加工 企業を中心 に,科学的管理の影響 によって,よ り綿密な統制手段 として,標準 な らびに標準 と実績の差異分析を開発す るまでが記述 されている。 ここでは標 準 の担 い手が技術者であ った ことと,能率技師が1 8 80 年代 に間接費を製品に 配賦す る方法を開発 した とはいえ,それは財務会計 とは無縁であった と指摘 し ていることに注 目 したい。能率技 師 と会計士 に とって,間接費の製品配賦 は

まった く異なる目的に基づ くのである ( p. 5 3:p. 4 9 ) 。

7)

A.D.Chandl e r,Jr. ,TheVi s i bl eHand/TheManage r i alRe vol ut i on

i nAmer i c anBus i ne s s,1 9 7 7 .

(6)

第 4 章 「 垂直的統合企業の管理 : 191 4 年 までのデ ュポ ン火薬会社」で は, デ ュポン火薬会社の歴史 と,その製造,販売,購買‑‑ 各部門の管理方法を紹 介 し,投資利益率 とい う財務測定尺度が考案 され るまでが叙述 され る 。John‑

s on と Kapl an によれば,デ ュポ ン社 は,第 1次大戦前 までに今 日知 られて いる計画設定 と統制のためのほとん どすべての管理会計手法を利用 していたと い う ( p.93:p. 87 ) 。また第 5 章 「 事業部制組織の管理 : 1 920 年代のゼネラル

・モーターズ社

では,巨大企業を管理す る費用を節約す る方法 として事業部 制が導入 され,それに伴 う振替価格問題や事業部な らびに事業部長の業績測定 問題が認識 され る過程が紹介 され る。変動予算が使用 された こと ( p. 11 0:p.

1 0 2 ) ,また投資利益率が,資本配分の方法 としてだけでな く,事業部長 に資本 の能率的利用の責任を委譲す る前提 にな った ことも指摘 されている ( p. 98:

p. 9

1)0

Johns on と Kapl an の叙述では, ここまででほぼ著書の半分であ り,み ら れるように管理会計実務の発展過程が述べ られている。

つづ く第 6 章 「 原価管理か ら原価計算へ :適合性 の喪失」で は, 1 9 25 年以 降,管理者が利用す る情報 に微妙な変化が現れた とい

彼 らによれば, 「1 920 年代 までは,管理者 は,財務数値を産み出す根底 になった過程,取引および事 象 についての情報 に必ず依存 していた。 しか しなが ら,その後1 96 0 年代 1 97 0 年代 までは,管理者 は,財務数値その もののみに依存す るのが通常 にな った」

( pp.1 25‑26:p.11 5 ) 。 しか もその財務数値 は,外部財務報告のために収録 さ れたデータにもとづ くため,管理会計にとっては不適切な もの となっていたと いう

この,外部報告 目的のために歪め られた内部会計データに頼 って管理会 計が行われ るようになる過程 については将来の歴史研究者の研究にゆだね ると

しているが ( p.1 26:pp.11 5‑ 6 ) , いずれ に しろ, ここに適合性 の喪失が始

まるのである。ちなみに, この章では原価管理 と原価会計 との対比が行われ,

また これまでの原価計算教育や原価計算発達史での論述を批判 している。 この

うち既存の歴史 にたいす る批判 としては,たとえば,原価計算および管理会計

がイギ リスよりもアメ リカにおいて早 くか ら発展 したとす る主張や , Li t t l e t on

(7)

レ リバ ンス ・ロス ト時代 の管理会計 ( 請)発達史 1 87

の原価計算発達史 にたいす る批判が ( p. 1 4 2: p. 1 3 0 ) 展開 されている。それ ら個 々の指摘 は興味深い ものであるが, 本稿の主題か ら離れ るし,また著書『レ レバ ンス ・ロス ト』でその内容を詳述 しているわけで もないので, ここでは検 討 しない。

さて,いずれに しろ管理会計 は, この 1 9 2 5 年を境 に適合性を失 った とす る のが Johnsonと Kapl an の主張である。第 6 章では次のような,いささか過 激 とも思われ る主張を見 ることもで きる。 「ここ 6 0 年間をみれば,会計研究者 は,財務会計情報の中か ら経営管理上の適合性を担造す ることに多 くの精力を 注いだ」 ( p. 1 4 5:p. 1 3 3 )

第 8 章 「 1 9 8 0 年代 :管理会計 システムの陳腐化」で は,典型的な原価計算 システムを仮設 して,間接費配賦方法や情報提供の遅れなど,現代原価計算の 欠点を指摘 している

その指摘を詳細 に検討す る余裕 はないので, ここでは第 1 章で要約 されている現代管理会計データの欠陥を紹介す ると,次の とお りで ある。

( 丑現場管理者が原価低減や生産性向上を試みるとき,管理会計報告書が ほと んど役 に立たない,②管理会計 システムが正確な製品原価を提供 していない,

③管理者の視界が短期の月次損益計算書 に狭め られ る

( pp.1‑3:pp.1

‑2)

第 6 章 と第 8 葦の間におかれた第 7 章 「 意思決定 目的のための原価計算 :学 究者 の奮闘」 は,他 の章 といささかニ ュア ンスを異 に してお り, 1 9 2 5 年以降 の管理会計論 における革新的な研究をテーマごとに検討 している。

選ばれたテーマは J. M. Cl arkによる変動費 ・固定費の区別 と 「 異なる目

的には異なる原価」概念の主張 ( 1 9 2 3 ) , ロン ドン ・スクール ・オブ ・エコノミ

クスにおける機会原価の研究, W. Vat t er による意思決定および統制のための

関連原価の主張 ( 1 9 5 0 ) ,割引キ ャッシュ ・フロー ( DCF) アプローチ,残余

利益,OR ,情報経済学,エイ ジェンシー理論などである。 しか し ,Johns on

と Kapl anは,一般にこれ らの研究の価値 については否定的であって,た とえ

ば 「 異 なる目的には異なる原価」思考 に関 しては 「 不幸な ことに,原価分析を

(8)

財務会計の硬直性か ら分離す るとい うクラークの秀でて分別のある主張 は,そ の当時は顧み られなか った し, ごく最近 まで も顧み られないままであ った。原 価計算は既 に外部報告 目標 に従属的になって しまっていて,経営意思決定や統 制 を支援す るためにほんの時折あ らわれ るにす ぎな くな っていたのである」

( p.1 5 6:pp.1 4 3‑1 4 4 ) と,その影響が少 ない ことを指摘 して い る。 また

OR に関 しては 「 分析的技法を管理会計問題に適用す ることに関す る当今の研 究文献 は, " 実際に用 い られているシステム' 'あるいは " 周知の 〔 企業〕で設 置 されているシステム"の参照を欠いている。‑‑モデルが現実の企業のため に開発 された り, もしくは現実 の企業で試 され ることはなか ったのである」

( p. 1 7 2: p. 1 5 9 ) と批判 している。

すなわち Johns onと Kapl anは DCFアプローチを唯一の例外 として,他 の,一般に管理会計の進展 といわれる手法を,それが実務では使用 されなか っ た ことを理 由に価値を否定 しているのである。

彼 らの結論 は次の とお りである

「 従 って, 1 9 8 0 年 まで に不幸 な状態 に到達 して しまった。大学 の研究者 は, 単純で型にはまった生産環境 において,管理会計の高度 に精巧なモデルを開発 す るのに忙 しか った。・ ‑‑その間に,管理会計実務担当者 は企業の問題点 も革 新 も著 さなか った。 1世紀前の状態 と異 な り,実務界 は管理会計研究や革新に 興味がなか ったのであった 」 ( p. 1 7 7: p. 1 6 3 )

第 9 章 「 新たなるグローバルな競争」で は,陳腐化 した管理会計 しか持たな いアメ リカの製造企業が世界的な競争か ら立ち遅れっつあることを指摘 し,請 外国,とりわけ 日本における各種原価管理手法の発展を論 じている。 第 1 0 章「 工 程管理や製品原価計算のための新 システム」では,具体的に,望 ま しい工程管 理および製品原価計算 システムの要件を叙述 している。おそ らくは暗に活動基 準原価計算の必要性を主張 した章 と考え られる。

第11 章「 将来の業績測定 システム」で は, 著書全体 の主張を繰 り返 している。

ここでふたたび要約す る必要 はないであろうが,Johnsonと Kapl an が適合

性の喪失を単 に指摘 し,嘆 き悲 しんでいるわけではない ことは書 いておかなけ

(9)

レ リバ ンス ・ロス ト時代 の管理会計 ( 請 ) 発達 史 189

ればな らない。すなわち彼 らは,いま,新たな管理会計 システムの必要性が高 まったと主張す るとともに, コンピュータ技術の発展 な らびにその利用 コス ト の低下によって,エ ンジニアおよび現場管理者の協力を得て,新 しい管理会計 を構築す る千載一遇のチ ャンスが訪れていると主張す るのである ( ps.xi i i ,5 and261:ps.v i i i ,4and239‑24 0 ) 0

Ⅲ 管理会計論発達史

本節では虞本敏郎教授の著書 『 米国管理会計論発達史』を検討す る。

当然の ことなが ら,前節で検討 した Johns on と Kapl an の著書 『レレバ ン ス ・ロス ト』 と比較す ることになるが,最初 に断 っておかなければな らないの は,贋本教授の著書 は,主題 として適合性喪失の指摘,あるいはそれに対す る 反論を試みた本ではない ことである。その主題 は,書名が示す とお り,アメ リ カの管理会計理論の歴史 にある

ただ し,第 1節で引用 したように,適合性の 喪失,あるいはそのよ うな主張があることを強 く意識 した管理会計発達史であ

ることも確かである。

その意味で,本稿 はむ しろ同書の主題ではな く,サブ ・テーマに焦点を当て ることになる

ともあれ,さっそ く要点 を紹介 しよ う。なお前節 と同様,以下,本節では 『 管 理会計論発達史』か らの引用は,注ではな く,本文に括弧付 きで表示す ること にす る。

さて,同書の時代区分 は以下のとお りである。

生成期 ( 1 91 9‑2 9 年) 成長期 ( 1 930‑4 5 年) 確立期 ( 1 9 46‑6 6 年) 展 開期 ( 1 9 66 年以降)

以上の時代区分をみて最初 に気がっ くことは, 管理会計発達史 の論述が 1 91 9

年か ら始 まっていることであろう

(10)

1 91 9 年が 出発点 にな っているの は, 「 標準 と記録」思考を提示 した J. 0.

McKi ns e y の論文 "Acc ount i ngasanAdmi ni s t rat i v eAi d' ' が発表 され た年だか らである。 しか しなが ら著者 もい うように管理会計の歴史を区分す る さい,一般に1 91 9 年 ころを区切 りとす る理論が多 いのは,NACA が創設 され た こと,および Ni c hol s on と Rohr bac hの共著が書 かれた ことを重視 して いると考え られ るので,1 91 9 年 とい う区切 りを採用す ることには賛成で きる に して も,その理 由には賛成 しかね る。む しろ1 91 9 年 は管理会計 としての原 価計算の基盤が整い,その本格的な研究が開始 された年 と考えるべ きではなか ろうか。McKi ns ey の論文 はそれを象徴す る文献 とみなすべきであろう

また,1 91 9 年か ら叙述を始 めたため,それ以前 の,管理会計 の前史 ともい うべ き科学的管理の検討 もここでは行われていない。生成期の管理会計が 「 標 準 と記録」および未来計算思考を中心に組み立て られたとすれば, この点の紹 介が網羅性を保っ上で必要であった と考え られる。

8)

ともあれ,生成期の代表的文献 と して Mc Xi ns e y ,Gr egor y ,Hayes の著 書が論 じられ,その うち最後 に出版 された Haye s の著書出版年次,1 9 2 9 年が 生成期管理会計の最後の年になっている。生成期を論 じた第 1部で とりわけ興 味深いのは, ( あ るべ き) コン トローラー教育 ( あるいは養成)のために管理 会計が成立 した とす る指摘である ( ps.68and1 7 5 ) 。その ことはまた,本書 がアメ リカの大学における管理会計教育の歴史に焦点をあてていることを意味

している。

生成期に続 く成長期 は,大恐慌を きっかけに各種の,現在管理会計の伝統的 部分を構成 している技法が開発 され る時期である。 ここにい う技法 とは,利益 計画 と CVP 分析,損益計算モデル としての直接原価計算,差額原価概念の普 及 な どを指 す。 これ ら諸技法 の特徴 は, 1 9 29 年 の恐慌 が不働生産設備 な い

8 )標準原価計算およびそれ と科学的管理運動 との関係 については以下を参照。岡本 清 『 米国標準原価計算発達史』 白桃書房 ,1 96 9 ,辻 厚生 『 管理会計発達史論』

有斐閣 ,1 971 ( 改訂増補) 19 88 。 また著者 の以下の論文で は標準原価計算 の歴史

を論 じている。鹿本敏郎 「 標準思考 に基づ く管理会計論 の展開‑ 一九二〇年代

までの管理会計諸技術 の発展「 」一橋大学 『 商学研究 』1 9 83 年 3 月。

(11)

レ リバ ンス ・ロス ト時代 の管理会計 ( 請 )発達史 191

Lは不働費の定在を背景 に していたため,固定費管理を中心に している点 にあ る。また技法ではないが, ∫.M.Cl ar k が 1 9 23 年 に主張 した 「 異 なる目的に は異なる原価」概念が浸透 し,差額原価概念その他の特殊原価概念の整理が行 われ,同時に,その副産物 として原価の一般概念が論 じられる。 この過程の代 表 的論者 と して,著者 は W. J. Vat t er の論文 "A Re‑Exami nat i onof Cos tAc c ount i ngf rom t heManage ri alVi e wpoi nt ' '( 1 938 ) を挙げてい

る。

なお, 1 93 9 年 には B.E.Goet z が "What ' sWr ongwi t hAc c ount i ng"

を発表 し,そのなかで,経営管理者の必要 とす る情報を計画 と統制に分類 して い ることが指摘 されている。指摘 は しているが,著者 は Goet z の主張 によっ て,管理会計の体系 としての 「 計画 ・統制」フ レームワークが登場 した とは書 いて いな い。 Goet z につ いて は, 「 彼 は, 更 に 1 94 9 年 に は Management Pl aT mi ngandCont r ol を刊行 し,その所説 を深化 させた。 しか しなが ら, 彼 は,第 2 次大戦後の管理会計論再構築のプロセスにおいて も,その表面 に出 て くることはなか った。 Hor ngr e n の言葉を借 りれば, Goet z の所説 は革命 的 ( r ev ol ut i onary) であ りす ぎた と言 うべ きか もしれない 」( p. 1 61 ) と述べ ているにす ぎない。

さて,次の確立期 は第 2 次大戦か ら 1 9 60 年代中葉 までの時期である。 この 時代区分 は, NACA の 1 9 46 年研究報告書および AAA の 1 9 47 年原価委員会報 告書 に始 ま り ,1 96 6 年 に NAA か ら Conce pt sfor M anagementAc c ount ‑ i ng が発表 され るまでの期間であ るo確立期 には「 異な る目的 には異 なる原価」

思考が,意思決定だけでな く,原価管理を支える原理で もあることが認識 され

た。またコン トローラー教育の必要性 も認識 され,管理会計 は事業部制下の業

績測定な らびに設備投資の経済計算,直接標準原価計算などの新 しい技法を取

り込む形で体系化 され る。また固定費に関 して,源泉別管理が定着す るの も,

この確立期である。 『 管理会計論発達史』 は, この過程を著名な原価計算ない

し管理会計研究者 の所説 と NACA の研究書 および AAA の報告書をたどる

ことで詳細 に跡づ けている。なお, ここでの体系 は具体的には計画会計 と統制

(12)

会計の体系,な らびに意思決定会計 と業績管理会計の体系である。前者か ら後 者‑発展 したとす るのが一般的な論述か と考え るが,著者 は両体系は併存 して いると述べてい る

なお第 3 部 は著書 の約 4 0 パーセ ン ト, 1 7 0 ペー ジを 占めて お り, ここで展開確立 された理論が現代管理会計論の基礎を形成 しているとい

う主張を裏付 ける詳細な論述になっている。

つづ く,第 4 部展 開期 は ,1 9 6 6 年以降の管理会計発達史 を論 じている。 こ の時代 は,著者が序章で従来の研究を検討 したさい,一般 に個 々の管理会計技 法 の研究 はおおよそ 1 9 6 0 年代 まで しか対象 に していない ( p. 2 2 ) と指摘 して いる,いわば空白の期間であ り,それだけに興味深い期間である。展開期 は具 体的には 1 9 6 6 年 に AAA が ASOBAT を公表 した ところか ら始 まる。会計を 情報 システムと見な し,情報 システムであるか ぎり,その提供す る情報 は利用 者 にとって有用でなければな らない とす る ASOBAT の主張 は,新たな 「 異 なる目的には異な る原価」 思考の適用 と考えることがで きる。 著者 は これを「 異 なる目的には異なるシステム」思考‑の発展 と捉えている。展開期の管理会計 は隣接諸科学を積極的に取 り入れ る学際的アプローチにより展開される

これ ら隣接諸科学を取 り入れた数理的 。分析的研究が 1 9 8 0 年代 まで,アメ リカに おける管理会計研究の特徴 とな るのであるが, この展開の過程で,特 に 1 9 7 5

年以降,研究結果である理論 と実務 との帝離が認識 されて くる。 このため著者 は展開期を 1 9 7 5 年 で さ らに二つ に分 け,後半 を反省期 と呼ぶのがふ さわ しい と述べている ( p. 3 4 2 ) 。しか し反省 は管理会計研究 に生 じた態度 の問題 であ っ て, 具体的な手法,あるいは管理会計の体系が変わ ったわけで はな

。したが っ て, 1 9 6 6 年以降をさ らに区分す る場合,大学教育 および体系論 を中心 に歴史 を記述す るか ぎり,時代区分 は 1 9 7 5 年 ではな く,具体的 に反省 に もとづ く研 究成果が現れる時期 にお くのが適当と考える。

ともあれ ,1 9 6 6 年以降,アメ リカの管理会計論 は, OR ,行動科学,意思決

定一般 といった他分野の研究成果を取 り入れる方向で研究が進め られ る

ちな

みに,そのような研究方法を促進 した要因 として,研究者がそ うせざるをえな

か った研究環境の変化があ ったと指摘 していることは興味深い ( pp. 3 4 4 ‑4 6 ) 0

(13)

レリバ ンス ・ロス ト時代 の管理会計 ( 請) 発達史 19 3

以上のような経過をたどって,著者 によれば,アメ リカの管理会計 は豊富な 内容を備えることになる

しか し,その過程 は同時に,管理会計研究が実務 と 帝離 して行 く過程で もあった。展開期の後半 は畢離を認識 した時代である。著 者 は,そのような帝離が生 じた理 由とその解決方法を,い く人かの研究者の主 張を紹介す ることでまとめている。まず帝離が生 じた理 由であるが, これは, 初期における認識 とその後の認識 とで異なっていたとい う

初期における認識 としては,R.S.Kapl anによる1 9 81 年の論文が典型的な もの として挙げ られ ている。すなわち Kapl anはい くつかの研究テーマについて,それ らが実務 で採用 されていない ことを指摘 し,その理 由として,結局は新 しい管理会計を 適切 に教育 して こなか ったか らであると述べている。 これに対 して,適合性の 喪失が認識 されて以降,実務 と理論 との帝離 は,理論が実務を研究対象に して いない こと,あるいは 「 実務で必要 とされている現代の企業環境に適切な管理 会計モデルが研究 されていない 」( p. 41 2 ) ことがその理 由と して指摘 され る

ようになる。い うまで もな く, これは 『レレバ ンス ・ロス ト』のひ とつの,そ して中心 をなす主張である。『 管理会計論発達史』はこれに応え る可能性を も つ理論をい くつか提示 しているが, とりわけ Hor ngr enの費用便益 アプロー チ,すなわち目的が同 じであって も状況が違えば,報告 され るべ き原価が異な るとい う指摘を重視 している。費用便益分析 は,その意味で,適合性喪失の背 景を解明す る手段であると同時に,新 しい管理会計理論を組み立て,適合性を 回復す る基礎を も提供す るのである。

さて,贋本教授 は適合性喪失の側面を システムと技法 に分 けていると考え ら れ る。そ して,技法 に関 しては適合性回復のために ABC その他の新 しい方法 の開発が進んでいるが, システムに関 してはこれか らの問題 として残 されてい るとす るのが,結論のひとつである。すなわち著書か ら引用すれば,「いずれ に しろ,『レリバ ンス ・ロス ト』の批判を契機 に,米国管理会計論 は,再び, 技法開発の時代 に入 った と見 ることがで きる。そ うであれば,間 もな く,それ らの新 しい技法を含めて,新たな体系化を図 らなければな らないときが くる」

( p. 43 8 ) と

(14)

・以上,あま りに も雑駁ではあ るが, 虞本教授 による『 米国管理会計論発達史』

を要約 した。その過程で気がついた点を 2, 3指摘すれば以下の通 りである。

まず第 1に,管理会計の歴史 自体 は以上のように明確に区分 され,要領 よ く 説明されているが,その過程で論 じられた文献がその重要度 に応 じて紹介 され ているか といえば,そ うで はない。い くつか重要な文献の検討が抜 けているよ うに思われ る。た とえば,本稿第 3 節で言及 した Goe t z の 「 計画設定 と統制」

にもとづ く体系について , 「 革命的す ぎた」 と述べていることはすでに指摘 した が,9 )そのほか, Hor ngre n の代表的著書 Cos tAc c out i ng ( 1 9 6 2 ) について は,書名が管理会計ではないためであろうか, 「 本研究の主題 は原価計算では な く管理会計であ り,また主たる関心 はその体系 にあ る 」 ( p.30 4 ) と述べて, 検討 か ら除 いて い る。 さ らに適合性 を論 じるさい, AAA か ら公表 され た

ASOBAT は欠かせない文献であ り,実際 『 米国管理会計論発達史』の第 6 章 は 「 ASOBAT 以降の管理会計研究」と題 されているが,それに もかかわ らず,

ASOBAT 自体の紹介あるいはその内容の検討 はない。 この点,管理会計論の 歴史を論 じた一冊の本 としてみたばあい,不備があるように感 じられ る。 もっ とも, これ らの文献 はいずれ も著名な ものであり,他の文献で もよ く紹介 され ているところか ら,検討を省略 した もの と推測で きるが, しか し本の体裁 とし て,重要な文献が省略されているのは読みに くい。

第 2 に,同 じく項 目として も省略されている部分がある

たとえば,本書で 論 じられた時代以前 に,科学的管理運動があり,標準原価計算の歴史があった ことは,著者の他の論文では指摘 されているが,著書では紹介 されていない。

もちろん 『 米国管理会計論発達史』にとっては,アメ リカの大学 における管理 会計教育の歴史が中心テーマであ り,また歴史をその体系に注 目して論述す る

ことを目的 としているのであるか ら,それにさらに前史 に関す る叙述を追加す るのは,本文だけで400 ペー ジを越え る著書 にとって酷か もしれないが,管理

9 )別な論文で は Goet z を 「 適切性思考 に基づ く管理会計論」 として評価 している。

虞本敏郎 「米国管理会計論発展期 の研究‑ その胎動期一一一 」 『 一橋論叢 』1 9 83 年

6 月号。

(15)

レリバ ンス ・ロス ト時代 の管理会計 ( 請)発達史 195

会計が191 9 年 に突然現れたわ けではな く,それを生 み出す技術的基盤が存在 した以上,その具体的内容 に関す る言及がいま少 しあ って もよか ったのではな いか と思 う

第 3 に,生成期 と成長期の始 ま りについては,そ こが新時代の発端 になる必 然性が,企業の抱え る管理問題,あるいは経済環境の変化 とい う形で記述 され ているのに対 して,確立期および展 開期 についてはそのような明確な指摘がな い。 この うち確立期 については事業部制な らびに設備投資問題 に関す る言及 は あ るものの,それだけでは時代を区切 る根本的な変化 とはいいがた く, さらに 展開期 については企業環境 の変化 に関す る叙述 はない。 この ことは,それ 自体 が適合性の喪失を招 く原因,すなわち実務 との関連を忘れて研究のための研究 が行われた時代 とい う主張 と結びっ くよ うに思われ る。思 うに, この時代 は企 業外部の環境が変化 した とい うよ りは, コンピュータの利用 ( あ るいは利用可 能性)が増進 した ことによ って,企業の情報 システム全体 に改善の可能性が生 まれて きた時代 とい うべ きで はなか ろ うか。言及 してい る隣接諸科学の発展 は, ほとん どがそのよ うな コンビュ‑夕技術の発展を背景 に してお り,管理会 計 もまた,そのよ うなコンピュータ利用技術改善 の一翼を担 って発展 した と考 え ることがで きる。

以上 の点が気 にな るが,本書 は管理会計 の歴史 に興味を もつ ものだけでな く,管理会計 に携わ る者すべてに とって待望久 しも 苧本格的歴史研究である。 と りわ け1 9 66 年以降の歴史 につ いて は, これ まで は之 ん ど論 じられて こなか っ ただけに,興味尽 きない叙述である

それだか らこそ,また新たな問題 を提起

していると考 えることもで きるのである。

なお本書 について は,すでに以下 の執筆者 による書評が雑誌 に掲載 されてい る。

楼井通晴 『 会計 』1 993 年 7 月号。

鳥居宏史 『 企業会計 』1 99 3 年 8 月号

(16)

Ⅳ おわ りに

本稿では,第 2 節で Johns onと Kapl anの 『レレバ ンス ・ロス ト』 ,第 3 節で贋本敏郎教授の 『 米国管理会計論発達史』を紹介 した。

そこで以下,両書を比較す ることで,管理会計発達史の残 された問題点を指 摘 して結びとしたい。

両著書 は,同 じく管理会計の発達史を主要テーマに しているとはいえ,対照 的な内容 になっている。すなわち 『レレバ ンス ・ロス ト』が管理会計実務の歴 史を叙述す ることで,現在の管理会計が直面 している問題を析出 しよ うとして いるのに対 して,贋本教授の著書は現代管理会計理論の成 り立 ちを記述 してい る

したが って,現代管理会計理論に対 して も,前者 は否定的な評価を くだ し ているのに対 して, 後者 は, 今 また, 新 しい技法の開発か ら新たな体系化へ と,

もう一段階発展す るための過程であるとす る,いわば楽観論で終わっている。

また前者が1 9 20 年代 までの解説を中心 と してい るのに対 して,後者 はむ しろ 1 9 2 0 年代以降を解説の対象に している

したが って,結論だけをみればまった く異質の理論 になっているわけである が,そのよ うな相違 を生み出 した原因 は,同 じく管理会計の歴史を論 じなが ら, 前者がその ( おそ らく当時の先進的な)実務を対象 とし,後者が管理会計の理 論を対象 としているところにある。 したが って,両著書の異質性を融合 させ る ためには,管理会計実務 と管理会計理論 との関係を今いちど論 じなければな ら ないであろ う。 また,管理会計の歴史を扱 うさい,それが理論の歴史 なのか, 先端的実務の歴史 なのか,それ とも一般的実務の歴史 ( 普及の歴史)なのかを 明確に しなければな らない。 この ことはアメ リカの歴史を論 じるさい問題 にな るだけでな く,い くつかの国の歴史を記述 し,比較対象す るときにも注意すべ き問題である。

次に,上述 した点 とも関連す るが,管理会計理論の位置づけの問題がある。

すなわち,Johns onと Kapl anによれば1 9 20 年代後半以降, また鹿本教授 に

よれば第 2 次大戦以降の管理会計研究の評価の問題である。それ らは,実務を

(17)

レ リバ ンス ・ロス ト時代 の管理会計 ( 請 ) 発 達史 197

忘れた研究のための研究であったのか,それ とも 「当面の問題 には役立たない に して も,否定 されてよいわけではない」1 0 ) のか。 い うまで もな く,従来の研 究 といって も,その内容 はさまざまであるか ら,全面否定あるいは全面肯定の 立場ではな く,個々のテーマごとに,あるいは個々の主張 ごとに,その実務 と の関係を探 る必要がある。 この作業 はすでに始 まっていると考え られ るが

11)

,

「 現代の管理会計が適合的であるか否か」 とい った大 ざっぱな議論では,問題 が解決 しないことはい うまで もない。

さ らに,適合性を論 じるな ら ,Johnsonと Kapl an が指摘 した 「 管理会計 実務の陳腐化」の検討が必要であろ う

12)

。われわれは研究者 として, どうし て も管理会計理論 と実務 との帝離のほうに目を奪われがちであるが,実務の陳 腐化のほうに,む しろ大 きな問題が潜んでいるように思われ る。管理会計実務 が陳腐化 した とい うのは,実務家は陳腐化 した管理会計で満足 していたとい う 意味なのか,それ とも管理会計 に代わ る別なシステムが利用 されていたのか, はたまた実務 は管理会計的な技法に頼 ってはいなか った とい う意味なのか。 日 本的原価管理手法が評価 されつつあるが,それは日本の管理会計 は陳腐化 して

いなか ったとい う意味なのか。

そ もそ も実務 にとって 「陳腐化 した管理会計が実行 されている」 とは,どの ような状況をい うのであろうか。

この点,Johnsonと Kapl anは1 9 20 年代を もって管理会計実務の歴史的叙

1 0 ) 虞本 『 前掲書 』p. 41 3

0

l l ) た とえば, Robe r tW.Sc ape ns , Man agem, eatAccount i ng/A Re ui eu )o f RecentDe uel o pment s ,1 9 8 5;2 nde d.,1 9 9 1,石川純治監訳,岡野浩 ・中尾 道靖共訳 『 管理会計の回顧 と展望』 白桃書房 ,1 9 9 2

1 2 ) この点 , 『レレバ ンス ・ロス ト』の共著者 のひとり Johns on は,その後実務 に関

す る主張を変え ,( 第 2 次世界大戦後)「 米国企業の病 にとって触媒 の役を果た した

のは , 『会計情報 を業務を統制す るために使用 した こと』その ものであって,管理

会計 の内容が戦後 の諸条件 に適応 出来ず に陳腐化 したせ いで はない」 と述べて い

る 。( H.T.Johns on ,河 田 信訳 「 『レリバ ンス ・ロス ト』刊行 5 年後 にあた っ

て ( Re l e v anc eLos tAf t e rFi v eYear s ) 」大阪市立大学 『 経営研究 』1 9 9 2 年 7

月 ,p. 1 0 3 ) 著書 『レレバ ンス ・ロス ト』の主張 と比較す ると,現代管理会計が適

合性を失 っているとす る指摘 は同 じであるとして も,喪失 したとす る年代 もその原

因 もまった く異なることに注意 しなければな らない。

(18)

述を終了す るのであるが,む しろその後の管理会計 ( 実務)発達史 こそが書か

れるべ きではなかろ うか。適合性が失われたといわれる状況での管理会計実態

を明 らかに し,その うえで管理会計理論を再検討,再構築す るのでなければ,

新たな砂上の楼閣を築 くことに しかな らないのではない

と考え る

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