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和歌と日本の恋 ―永久再生可能文化資源としての古典文学―

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Academic year: 2021

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愛知淑徳大学大学院―文化創造研究科紀要― 第3号

和歌と日本の恋

―永久再生可能文化資源としての古典文学―

久 保 朝 孝

(国文学領域)

恋の歌から読み解く平安の心

古来歌い継がれてきた日本の伝統文学「和歌」 。才気煥発な女官、恋愛経験豊富な貴族、そ のほか詠み手の伝わらない様々な人々が「五七五七七」という形式に思いを乗せ、時代を超え て愛される歌を生み出してきました。優れた和歌を天皇の命により集めた勅撰和歌集も数多く 編纂されてきましたが、その始まりであり、以後の勅撰和歌集のお手本となったのが『古今和 歌集』です。今から11世紀以上前、平安時代に誕生したこの和歌集は、テーマに沿って全20 巻で構成されています。その大部分を占めるのが、 「季節」の歌と「恋」の歌。平安時代の人々 にとって、四季の美しさや恋愛が大きな関心事だったことが伺えます。講演では、恋の歌を集 めた巻第十一~巻第十五を取り上げ、当時の人々の心を読み解いていきました。

平安時代の恋愛観の極地

巻第十一~巻第十五には360首もの恋の歌が収められています。短時間ですべての歌を取り 上げることは難しいため、今回の講演ではそれぞれの巻を代表する巻頭歌と巻末歌、合計10 首をピックアップしました。久保朝孝教授は、それぞれの和歌の現代語訳だけでなく、当時の 文化背景まで丁寧に説明。 一つひとつに込められた様々な思いを受講者に伝えました。 そして、

10首目にあたる巻第十五の巻末歌。 「流れては 妹背の山の 中に落つる 吉野の川の よし や世の中」 。これは、 “男女はひとつなれないと知っているからこそ、どうにかひとつになろう と懸命になる。しかし、結局ひとつになどはなれない。 ” そんな諦めの境地を詠んだ歌であり、

久保教授はこれを「平安時代の人々の恋への最終結論」と評しました。

古典とはエコロジー文化遺産である

『古今和歌集』に収められた歌は、それ以降の作品に度々引用されてきました。過去の和歌

を自身の作品に引用することを引歌と言いますが、その技法を多用した古典の代表にに『源氏

物語』があります。著者である紫式部は、引歌だけで一冊の本を作ることができるほど数多く

の歌を引用して、源氏物語という名作を作り上げました。引歌の効果で、より趣深く、奥行き

ある世界が作られたと言っても過言ではありません。古典の世界では古き良き作品がそのまま

朽ちていくのではなく、それを土台としてまた新たな名作が生み出されてきたのです。久保教

授は講演を次のように締めくくりました。 「古典とは、それ以後の作品に再利用されながら生

き続ける、とてもエコロジーな文化遺産なのです」 。

参照

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