• 検索結果がありません。

犬山のまちづくり 一犬山祭とまちづくり一

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "犬山のまちづくり 一犬山祭とまちづくり一"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

45

犬山のまちづくり

一犬山祭とまちづくり一

鈴 木 常 夫

はじめに

 本研究は「犬山祭とまちづくり」をテーマとして、犬山祭を観察することにより、犬山市の まちづくりに犬山祭がどのように関わり合いを持っているかにっいて明らかにするものである。

      や ま

 犬山祭を支えるのは、13輌の車山Dを持っ各町組織である。各町はそれぞれ自治的な組織を 持ち、様々な形で自治活動を行っている。この町組織と犬山祭の関連を捉えることも本論文の 目的の一っである。犬山祭に関しては、平成17年に犬山市教育委員会が「犬山祭総合調査報告 書」2)を発行し、犬山祭の歴史、組織、行事、車山、からくり人形などにっいて詳しく調査報 告をしている。本論文は、この「犬山祭総合調査報告書」によるところが大きいが、主要な部 分は独自の調査研究により記述した。

 祭礼と地域組織の関連を考察する先行論文3)は多くあるが、本研究では都市祭礼としての犬 山祭の成り立ち、町組織と祭礼の関係、祭礼がまちづくりにどのような役割を果たしているか を明らかにすることを目的とする。特に、本町地区にみる自治組織と祭礼組織のつながりにっ いて考察する。

 なお、本研究に関して文献調査、現地での聞き取り・観察調査を平成19年2月から9月まで 行った。その間の中心的調査活動は、平成19年4月7日、8日の両日に行われた第373回の犬 山祭当日の取材活動と、その前日までの準備期間に本町の代表者並びに祭礼代表者に対する聞 き取り調査などであり、それらの取材活動によりデータを収集した。また、調査対象地域は、

      ほんまち

犬山市の城下町13ヵ町の市街地全域であるが、特に本研究では、本町を中心に調査を行った。

それは、第一に本町が城下町の中心であること、第二に現在本町地区は「本町通りまちづくり 委員会」の主要構成メンバーとして、まちづくりに熱心に取り組んでいる地区であるという二 っの理由からである。

1.本町地区にみる自治組織と祭礼組織のつながり

(1)本町組の犬山祭

①祭礼の組織

  祭礼を支える組織を図示すると図1のようになる。組長(町会長)は祭礼の総責任者、副 組長は会計責任者で、その元に祭礼委員と当番長および現当番(本当番ともいう)と受当番  (受取当番ともいう)がいる。前組長の相談役は祭礼中何らかの事故が生じた場合、解決の  ために動く。車山を動かすことを含めて実質的な指示は総責任者である組長からでる。その

(2)

指示を受け、祭礼委員、当番長、現当番、     図1 本町組の祭礼組織 受当番は行動する。特に当番長、現当番、

受当番はさまざまな働きをする。組長は  相談役  組 祭礼前に打合会を開催し、予算や準備の

進行状況の確認などを行うまた祭礼1ヶ       副組長     警護 月前に「役割帳」を作成する。「役割帳」

とは、祭礼の役割当番表であり、その作

       祭礼委員     上山(人形)

成は、祭礼準備に当たっての組長の重要

      下山(難子)な仕事の一っである。組長は、本町の全 世帯員に祭礼執行に当たり何らかの役を       当番長

割り当て、それを美濃紙に書く。それを

一軒一軒当番とともに訪問し・承認の印     現当番  受取当番

を貰う。

 祭礼委員は本町規約第六条6項で、「当番と共に歴史的保存物たる山車並びにその付属物 一切の保存取り扱いに留意する」と重要な役割が与えられている。祭礼本番では、祭礼委員

は組長の指示を受け、祭礼の準備から、「山車おろし」と呼ばれる車山の収蔵までの間、祭 礼が円滑に進むよう最大限の気配りをする。

 祭礼準備から後かたづけまで、最も仕事が多いのが現当番と受当番と呼ばれる人たちであ る。現当番の6名は、受当番と呼ばれる次年度の当番6名と一緒になって祭礼の準備・運営 に当たる。現及び受当番の役割はあらゆる役割に対して最優先され、祭礼に関する他の仕事 は一切行わない。規約第二十三条3項で「当番は、受取当番と共に山車組みより山車おろし 迄の祭礼における一切に任じ若衆役、警護役より優先する」と規定されている。現当番と受 当番の役割は、組長とともに役割帳を作成し、それを持って各家々を回り確認を行うこと、

      て  こ 会所場の準備4)、上山と呼ばれる人形方、下山と呼ばれる難子方、車山を動かす「手固」と の交渉準備を行うこと、「手固」に半天等を貸与すること、車山巡行や「車切」「どんでん」

を行う際の安全確認をすること、車山の巡行の際休憩所を借りること、夜車山を飾る提灯の 手入れ、道具類の虫干しを行うこと、「車山おろし」当日「水金」の徴収にまわること、な ど多岐にわたっている。以上の祭礼に関する仕事を現当番と受当番は協力して行う。いわば 縁の下の力持ちの役割といってもよい。

 祭礼当日、車山の巡行に携わるのが、「警護」「手固」「人形方」「難子方」である。「警護」

とは、30歳以上70歳までの男子で、祭礼当日の役割がまったくないものが当たる。巡行する 車山の前後を固めて歩く。かっては車山の巡行の警護役であったと思われるが、現在は、大

きなトラブルもなく、その役割は形式的なものになっている。車山を実際に動かす役割が

「手固」、上山でからくり人形を操るのが「人形方」、下山でお難子を演奏するのが「難子方」

である。

②祭礼の財政

 犬山最大の行事である犬山祭には多額の祭礼費用がかかる。かってそれを支えてきたのは、

城下町の町衆である。その遺伝子を脈々と受け継ぐ旧城下町の住民も、自らの負担で祭礼を

(3)

犬山のまちづくり 一犬山祭とまちづくり一 47

支えている。しかし、財政面ではさまざまな困難を抱えていることも確かである。この項で は、平成18年度の本町組の祭礼費の支出の詳細を「平成18年度 本町組収支決算書」及び

「平成18年度 本町組祭礼費支出明細」から分析する。表1の平成18年度の本町組の収支決算 書をみると、支出の項で祭礼費の757,566円は他に比べ突出して多いことが分かる。それ以       はりつな外でも祭礼に関する支出は多くある。祭礼費、針綱神社への寄付金、保存会への負担金、保 険料などを合計すると879,316円となり、支出計1,674,850円の52%を占めている。財政面か

ら見ても本町の住民にとって犬山祭の重要性が浮かび上がる。

 表2の祭礼費支出明細によると、平成19年4月の祭礼費用は、総額で757,566円である。

「手固」に町から渡されるのは、手当として150,000円と酒5升である5)。犬山祭が終わると、

下山の子どもたちは連れだって遊園地などに遊びに行き、帰りにはおもちゃ屋などで買い物 をするのが習わしになっている。このことは子どもたちの楽しみとなっている。そのための 費用が下山手当の130,000円である。上山手当の60,000円、当番手当の70,000円は飲み物や食 事費用となる。謝礼金の11,000円は自動車の借り賃や、からくり人形や衣装などを保管する 家へのお礼などである。保存費積立金の45,000円は、市からの祭礼費補助費として支給され る450,000円のうちの10%を毎年積立て、車山の修理に使用する。平成18年度本町収支決算書 では、山車改修費として総額1,118,084円の積立金がある。

表1 平成18年度 本町組 収支決算書

収 入 の 部 支 出 の 部

科 目

金 額  円

科 目 金 額 円 摘   要

繰越金 389,210 総会費 168,228

春、秋総会費

町会費 588,000 助成金 50,000

子ども会、発展会

補助金 450,000 受渡金 50,000

新旧役員引き継ぎ

特別会費

72,000 寄付金 18,0GO

針綱神社その他

諸水金 95,000 祭礼費 757,566

犬山祭り

雑収入 80,640 会議費 13,950

諸会議費

負担金 67,000

犬山祭り保存会

保険料 36,750

車山、車山蔵

諸手当 50,000

会計、クリーンキーパー

印刷費 31,500

資料印刷

雑  費 9,000 香典他

防災会計

45,000

消火器薬剤詰め替え

繰越金

377β56

1,674,850

1.674β50

(本町組「平成18年度収支決算書」より作成)

(4)

表2 平成18年度 祭礼費支出明細 本町組

項   目 支払額 円 摘     要 手 固 手 当    ,

P50,000

手固、綱割、後見など27名

下 山 手 当

130,000

合唱場、宵祭り、試楽、本楽、山おろし 上 山 手 当

50,000

6名

当 番 手 当

70,000 12名

謝    礼

11,000

保  険  料

49,30b

車山運行保険料

ローソク代

14,256

648本

足  袋  代

31,050

27足 草  鮭  代

36,750

70足

提灯修理代

61,000

丸提灯張り替え26個、弓張1個 するめ・酒代 980 車山組

菓子・その他

28,500

子供連引込菓子、宵祭用景品 会  議  費 2,640 祭礼打ち合わせ会

クリーニング代

65,583

半天、手甲、帽子、その他 鉢  巻  代

6,300

72本

雑    費 5,207 水引、リボン、その他 保存費積立金

45,000

市補助金の10%

757,566

(本町組「平成18年度収支決算書」より作成)

(2)本町組の組織

  本町の人々は、本町組という一種の自治組織を構成している。平成19年4月現在、49世帯  により構成されている。以下、どのような自治組織になっているか、「本町組規約」から見  ていくことにする。

  本町組規約第二条で、本町組の構成員は「当組内に居住するすべての人を以て組織」する  と規定されている。これはアパート等に新しく移住してきた住民も等しく本町組の構成員と  すること意味する。自治を担う組役員は以下の通りである。組長(町会長)1名、副組長兼

会計1名、監事2名、評議員(班長)6名、クリーンキーパー1名、祭礼委員1名、当番6  名の計18名ζ、組長(町会長)を退いた相談役1名と過去の組長経験者である顧問を若干名

置くとしている。顧問以外の任期は1年である。犬山祭に関しては、祭礼委員という役職を 設けていることからも分かるように、組規約の中でも重要な位置づけを行っている。本町で  は組内を平均8戸ずつの6班に分け、そこから1名ずっ評議員(班長)を選出する。評議員

(5)

犬山のまちづくり 一犬山祭とまちづくり 49

(班長)は、町と班との連絡係を務めるとともに、町内運営に関して意見を述べることがで きる。クリーンキーパーは資源ゴミの回収分別などの仕事を行う。

 当番は、本町の北から反時計回りで6戸ずつ順番で務めなければならず、役抜けはできな いことになっている5)。当番の仕事は多岐にわたり、車山や付属物の保存手入れや虫干しを 行うこと、市の公報などを配布すること、総会の際には食事接待に当たること、臨時の徴収

     みずきん

金である「水金」を集金すること、当番内から当番長を出すこと、遠州の秋葉神社に代参し、

火伏せのお札を受けてくることなど諸々の町内の行事をとりおこなうことになっている。特 に後述する犬山祭では、当番は祭礼委員の指揮に従い、準備から本番、後かたづけまでさま ざまな仕事がある。祭礼では当番は縁の下の力持ちとして働く役割であるといってよい。

 本町組の定期総会は4月と12月の二回行われる。4月は業務報告、祭礼の収支決算などの 報告と、役員の引き継ぎが行われ、12月は新役員の選出が行われる。町内会費は月額1,000 円(平成19年度)であり、これが運営費になる。前述した「水金」は多岐にわたっている。

引越、結婚などの際、3,000円以上または酒二升を支払う「結婚水金」・「引越水金」、家屋な どの登記の際、登記額面の千分の六を支払う「買入水金」、町内で店舗のみを所有し住居は 別にある住人(町会費は徴収せず)が、1万円を支払う「出張水金」、祭礼の車山の警護役 や囎子方に当たっているが何らかの事情で欠席する場合に1回500円納める「警護水金」や

「若衆水金」、空き地・空き家がある場合に町会費の半額を納める「空地・空家水金」などで ある。表1の「平成18年度 本町組収支決算書」によると平成18年度の水金収入は95,000円 で、町収入の6%を占める。この「水金」という制度は、旧来の伝統が残っているものと考 えられる一方で、地域住民の結びっきの強さを表すものといえよう。

2.本町組の犬山祭の取り組み

(1)祭礼の準備

①祭礼までの1年

  「車山おろし」と呼ばれる車山蔵への車山の収納が終わると、「町内の活動はすべて祭礼に  集約されていく」との言葉通り、翌年の祭礼の準備がすぐ始まる。平成18年度の祭礼準備は、

 4月の本町組の春の総会から始まった。総会では平成17年度の祭礼決算および18年度の祭礼  予算の承認と18年度の新役員への引き継ぎが行われた。18年度の役員として、町会長に太田  裕久さん、副会長兼会計に吉野茂輝さん、祭礼委員に武山哲也さん、相談役として前会長の 青木豊和さんが就任し、祭礼の執行体制が確立された。翌19年3月から具体的な準備が始まっ  た。11日、針綱神社にて渡された御神符を、車山の四柱にそれぞれ張る。祭礼中の車山の巡  行の無事を祈る。17日、本町の祭礼打合会が行われ、町全体の車山運行表の確認と、組長と  当番が作成した「役割表」の再確認が行われた。下旬になると、お離子の稽古が始まり、4  月1日には「車山組み」が行われ、祭礼を迎える準備が整った7)。

(2)お嘘子の稽古  ①お嘘子

  祭礼の中心は車山の巡行とからくり人形の実演であるが、それを一層華やかにするのがお  離子である。車山の巡行の際のお離子の演目は決まっている。また、「どんでん」や「車切」

(6)

を行う際のお離子も決まっている。お離子を行う子どもたちを「下山」と呼ぶ。組規約第二 十三条4項で「楽手は、当組に居住する満六歳より満二十九歳の男子および女子が務める」

と規定されている。かっては男子のみであったが、少子化の影響で、人手が足りなくなった ため、女子も下山に限り乗れるようにしたとのことである。車山に乗り、お離子をすること は町内の子どもたちにとってはあこがれのまとである。他に引っ越しても、祭礼当日にお難 子をするためだけに戻ってくる子どももいる。また、はじめてお離子に参加する子どもを

「初上がり」と呼ぶ。最近始ま5たことであるが、本町では、初上がりの子どもがいる家は、

夜車山の巡行の際に、「手固」から「初上がりおめでとうございます」との口上を受けたり、

「どんでん」をやってもらうなど特別に祝ってもらえることになっている。平成19年には女 の子二人が初上がりした。地域の人たちは子や孫を初上がりさせるのが楽しみとなっている。

しかしそのためには、金嬬衿の衣装などを揃えると数百万円かかるといわれ、古来、近隣地 区では、「犬山城下町には嫁にやるな」といわれたほどである。衣装を自前で揃えられない 家庭は組が衣装を所有しているので、それが貸与されるしくみになっている。他町内では、

金嬬絆ではなく、そろいの衣装でお難子を行うところもある6下山は五畳程度の広さしかな いのでお噂子ができる子どもが全員乗ることができない。15〜16名が限度であり、子どもの 数が多い本町では、初上がりを優先的に乗せて、残りは交替で演奏することになる。車山に 乗れない子どもは車山にっいて歩く。笛を吹く安田有佑君(17歳)は、「小5から小太鼓を たたき、中1からは笛を吹いている。犬山祭は犬山最大のイベントで、城下町が活気がない から、せめて祭りぐらい活発にやりたい。ずっと参加したい」、と語った。このように若者 たちも魅了するのが犬山祭である。

②お嘘子の稽古風景

 お難子の稽古は、毎年祭礼前の2週間ほど行われる。平成19年は3月26日から4月6日ま での2週間、福祉会館の日本間で稽古が行われた。3月28日の稽古は、午後7時から始まっ た。毎年参加している子どもは、かなり上手に演奏できるが、今年初上がりの二人は上級生 の手を借りないとおぼっかない様子である。付き添いのお母さん方が当番で、お茶を出した り、お菓子を配ったりする。狭い部屋なので小太鼓、大太鼓、笛の音が腹に響く。

 小太鼓は下は保育園の年中組から小学校5年生まで、6歳から12歳くらいまでの年齢で、

男子5名、女子が3名の計8名である。大太鼓は高校生が一人でたたく。笛を吹くのが若衆 で、下は小学校6年生からであるが、6年生は見習いであり、若衆として認められるのは中 学生からである。上は29歳までという規約上の年齢制限はあるが、大学生くらいになると勉 強やアルバイトで忙しいという理由でやめてしまうケースもある。その一方で故郷を離れて いても祭りになると燃えるという若者もいる。現在、若衆頭として稽古の指導的な役割を果 たし、唯子方のリーダーの河橋史和さん(34歳)は「そろそろ後輩にその役を譲りたい」と 語っていた。来年度は新社会人になる青年が若衆頭になる予定である。

 演奏曲目は「てこてん」「かどまがり」「さがりは」「てんてんっく」「ととえぐさ」「はい やろや」「はやかぐら」の7曲である。それぞれいつ、どこで演奏するか決まっている。「て

こてん」は祭礼の朝、針綱神社に向かう際に、「かどまがり」は字のごとく、四っ角を曲が る「車切」や「どんでん」の際に、「さがりは」は神社から下る際に、「てんてんつく」は昼

(7)

犬山のまちづくり 一犬山祭とまちづくり一 51

から夕方の上り下りの巡行の際に、「ととえぐさ」は夕方の巡行で、「はいやろや」は夕方か  ら夜町内の巡行の際に、「はやかぐら」は町内に入った際に、それぞれ演奏する曲目である。

 それぞれの曲は、若衆頭の指揮で演奏される。子どもたちは7曲すべて覚えなければならな  いので大変である。数名、リズムにっいて来られないものもいるが、途中でかけ声も入る曲  もあり、全体的には楽しそうに小太鼓をたたき、熱心に稽古に励むようすが見て取れる。楽 譜はいっさいなく、すべて音とリズムで伝えられる。初上がりの幼児には上級生が手を持っ て太鼓をたたいてやり、その様にして伝統は伝えられていくのである。先輩が手本を見せ、

実際に一緒にやっていく中で、文化と伝統は継承されるということが実感できる光景である。

 これも地域の教育力の一つであろう。

(3)車山組み

      かんえい

  本町組が維持管理している車山を「成英車」という。「威英」とは最も優れているもの、

 との意味であり、本町通りの人々が、自分たちの町を「第一街」と呼び、誇りにしているこ  とに通じる名前である。平成19年4月1日、「威英車」の組み立て、いわゆる「車山組み」

 が午前9時から車山蔵前で行われた。8時40分頃、平成18年度の当番長である大西八郎さん  が、車山蔵の鍵を手に現当番や受当番の人たちを待っ。8時55分、現当番や受当番の集合を  待って、祭礼委員の武山哲也さんがあいさっを行い、車山蔵の扉を開ける。当番以外の本町

組の人も集まって様子を見ている。9時5分、車山をジャッキアップし、車止めを外す。相  当の重量があるために、車止めを外す手順があるようだ。その手順通りやらないとうまくい  かないらしい。9時30分、車山を蔵から出す。改めて長さ1メートル余高さ20センチ余の車  山止めを置き、そこに前輪を乗せる。車山止めが所定の位置に正しく置かれないと車山が水 平にならず、上山部分を伸ばした際に傾き、車山蔵の壁に上山をぶっける恐れがある。車山  が水平になるように、水準器で正確に測り、幾たびかやり直して慎重に乗せる。その間、た  たみやござを虫干しする。

  9時40分、水平になったところで、ジャッキで上山を押し上げる。からくり人形の演技を 行う上山が、3メートルばかり高くなる。「車山蔵を高く建てておけばそのまま入れられる  のに」、という声が出る。本町の車山蔵は明治43年の建設で、登録有形文化財となっている

が、建設当時は高さの制限があり、車山をそのまま収納するだけの高さで作ることができな  かった。当番の人たちが埃を払い、装飾を取り付け、車山は徐々にその優美な姿を現わす。

 10時30分、雨よけの巨大シートが全体にかぶせられる。車山に登ることを禁止する表示が着  けられ、「車山組み」が終了する。11時、車山蔵の内部で車山に乗せるからくり人形の組み 立てが始まる。「車山が組み立てられると、いよいよ祭が始まったという気分になるな」、と  いう声が上がる。また、「祭礼の日は試楽、本楽両日ともに晴天であった試しがないが、今

年はどうやろか」、という声も上がる。12時過ぎ、午前中の準備は終了する。ほぼ終了した  時点で、スルメと御神酒で乾杯をする。車山は車道ギリギリまで引き出され、本番を待っの

 みとなる。

(4)場ならし

  4月6日、午後3時から、「場ならし」と呼ばれる試運転が行われる。この「場ならし」

 は、以前は各町内で行っていたのであるが、現在は、交通事情もあり、本町と魚屋町しか行っ

(8)

ていない。2時45分、町内役員、祭礼役員、当番などが集まる。3時、山車を動かす「手固」

が集まる。ヨイヤーとのかけ声とともに、車山を持ち上げ、車山止めを外す。車山がギシギ シと音を立てて揺れる。いよいよ動き出す。「手固」は総勢18名、衣装は本番はでそろいの       こうけん半天と股引、わらじ履きであるが、「場ならし」ではジャージに運動靴である。「後見」と

つなわり

「綱割」がそれぞれ1名、残りの16名が実際に動かす。今年の当番長である大西八郎さんの 拍子木の合図で車山はゆっくりと車山蔵から出され、動き出す。車山蔵は間口の狭い敷地に 建設されているために、車山はゆっくりと「手固」たちにより曲げられ、道路に出され、巡 行の準備に入る。4時、町内のメーンストリートを往復して「場ならし」が終了し、再び車 山蔵に納められ、雨よけのビニールシートがかぶせられ、翌日の試楽を待っ。

3.犬山祭り一本町組「威英車」の巡行

(1)車山の巡行

  試楽当日、午前7時半、本町組組長、副組長、祭礼委員、当番長、現当番、受当番など本  町組車山「威英車」巡行に携わる人々が車山蔵前に集まる。上山でからくり人形を扱う人々  も乗込む。下山でお離子を演奏する若者や子どもたち、特に小太鼓をたたく子どもの衣装が 豪華絢燗である。鳳風・龍などの模様を金糸で縫うなど、きらびやかな金嬬衿を身にまとっ       まえかじ

ている。一方、「手固」が前揖、後ろ揖などそれぞれの持ち場に着くと、祭りのムードは一 気に高まる。「手固」の指揮者である「綱割」は、全体を見ながら巡行責任者の当番長の大 西八郎さんと連絡を取りっっ「手固」を動かす。「綱割」は「手固」の動きをよくみて、付  きっきりで前後左右を確認しっっ車山の運行を指揮していく。

  「綱割」は手慣れたベテランが就任する。「後見」は、車山全体を見て、前後の安全確認を  し、障害物などがあれば取り除くなどの指示を出す役割である。車山を動かすのは24名の若  い「手固」である。車山の左右の前揖に1名ずっ2名、後ろ揖に8名ずつ16名、そして巡行

中ずっと中腰となり、車山の下に入って動かす新米の若者が6名、合計24名の力で車山は動 いている。「手固」たちはそろいの衣装に身を固め、腰にはカラフルな和服用の腰紐を20本 近く巻いている。腰に力が入るようにという意味もあろうが、かっては好きな女性から腰紐 を贈られ、それを巻いたことから始まった装いである。これらの「手固」は町内ではなく、

周辺の農村から募っている。13の町内が「手固」を依頼する地域は決まっており、本町は城 下町の西の坂下町の若者を「手固」として依頼する。毎年、祭りが近づくと組長、副組長と 祭礼委員が「綱割」に頼みに行くのが慣例となっている。

 車山を動かすのは、すべて祭りの当番長の拍子木の合図による。拍子木が鳴らない限り勝 手に動かすことは禁止されている。車山が、辻々で直角に曲がる時は「角回り」といい、

「車切」を行う。「車切」とは、「手固」が梶棒に肩入れをし、車輪の下には何も敷かず、強 引に車山の車輪を道路上で滑らせ、車山をまわす力業のことである。この「車切」も巡行の 見せ場の一つで、見物客から拍手と喝采が上がる。車山は町内を巡行し、9時50分に城前広 場に到着する。城前広場に13輌の車山が並ぶ様は豪華の一言に尽きる。広場は多くの見物客 で身動きがとれないほどになる。12時から、針綱神社の宮司により神事が執り行われる。宮 司の祝詞奏上の後、犬山市長、保存会会長、「綱割」代表らによる玉串の奉莫がある。本町

(9)

犬山のまちづくり 一犬山祭とまちづくり 53

 組の「威英車」は、13時から大鳥居前でからくりを奉納し、「どんでん」を行う。「どんでん」

 とは車山の後ろ揖を16名の「手固」が力を合わせて持ち上げ、前輪の車輪を軸に車山の向き  を90度ないし180度かえる動きのことである。「どんでん」の直前には手水の水でわらじを濡  らし滑り止めとし、「手固」の背の高さを合わせた後、気合いを入れる。たびたび、「綱割」

 や「後見」から、「ここが一番の見せ場だからがんばれ」とか、「一人でも力を抜くと、全体  が崩れるから、最後まで力を出せ」などの激が飛ぶ。重さ4トン近くの車山を離子方や人形

方を乗せたまま、16名の「手固」が20メートル近く走らせ、その後力任せに回転させる様は  まさに勇壮であり、「手固」にとって巡行中の最大の見せ場になっている。

  針綱神社大鳥居前でのからくり奉納と、「どんでん」が終わった後は、車山の町内巡行が  始まる。本町組の「威英車」は本町通りを南下し、下本町交差点で「車切」を行い、県道を  通り、駅前広場に到着する。「試楽」では、7輌の車山が城前広場に残り、6輌が駅前広場に  集結することになっている。ここで昼車山の巡行は終了し、休憩の後、午後4時から夜車山  のための準備が始まる。当番が用意した240個の提灯を車山に吊るし、その提灯に火を入れ  て巡行する。しかし、平成19年の試楽の夜車山は雨が激しくなり、やむなく中止となった。

 翌日の本楽の際の夜車山は無事巡行することができた。

(2)からくり奉納

  からくり人形を操る「人形方」は7〜8名が上山に登る。本町のからくりは、「唐子遊び」

 である。これの見せ場は、「唐子」と呼ばれる人形が逆立ちし、手にしたバチで小太鼓を打  ち鳴らすところである。本町の人形は、大坊主と呼ばれる「唐子」、臼と呼ばれる蓮台を回  す人形、逆立ちした人形の回りで鐘を打ち鳴らす小坊主の3体である。3体の人形を操るた  めには7、8人の人形方が必要になってくる。下山と呼ばれる離子方を務めたものがやがて 人形方になっていく。人形方は跡継ぎを育てないとやめることができない仕組みになってい  る。これも人形からくりを演ずる技術を継承する重要な事柄である。ここにも祭りを町内で

支える伝統が生きている。

  「犬山里語記」8)によれば、本町の人形からくりの歴史は、慶安3(1650)年に、練り物  である順礼から始まり、後に唐人の練り物、踊山を経て人形からくりの「七福神」となった  とされている。その人形からくりも安永年間に名古屋の人形細工師藤吉の手により「唐子遊」

 に作り替えられ、現在に至っている。針綱神社大鳥居前でのからくり奉納は、試楽と本楽の 二回行われる。

(3)車山おろし

  「本楽」の翌日に祭礼の後かたづけが行われる。車山を解体し、車山蔵に収納するところ  から「車山崩し」とか「車山おろし」といわれる。本町では、「車山おろし」と呼び、車山  は解体せず、第三層の上山部分のみ下げて、車山蔵に収納する。「車山おろし」の仕事は本 楽の翌日の午前中で終わる。車山を車山蔵に収納するのは受当番の仕事である。受当番は、

車山の上山を下げ、きれいに掃除をし、車山蔵に収納する。一方、会計(副組長)から指示  を受け、現当番は「水金」を集めに各戸をまわる。また、祭礼のわらじ代やろうそく代など  の支払いに行く。この「車山おろし」後は、4月下旬の春の総会での祭礼費用の決算を以て

本町の犬山祭は終了する。

(10)

4.犬山祭を支える人々

 犬山祭はさまざまな人々によって支えられている。聞き取り調査の中でそれらの人々の思い が伝わってきた。犬山祭について本町の人々に行った聞き取り調査と、実際の祭礼の観察調査 の中でいくっか分かったことがある。以下それを六点にまとめる。

(1)人々の心意気が祭りを支える

  犬山祭は多くの住民の思いで成り立っている。子どもから大人まですべての人が支えてい  るといってもいい。本町では祭礼の終わった4月下旬に春の町民総会が行われ、新しい役員  体制が発足する。そこから翌年の祭礼が始まるといってよい。平成18年度の祭礼委員を務め  た武山哲也さんは、「祭りは本町全体で支えられている。町内会費の多くが祭礼のために使  われているし、町内の活動が、祭礼に集約していくといってもいいすぎではない」と述べ、

 町内あげて祭礼に取り組んでいることを強調された。その点では同様に、組長の太田裕久さ  んは「月1,000円集める町内会費は、車山のための会費みたいなもの」と語っている。一方  で、相談役の青木豊和さんは、「本町ではオレが行かなければ祭りはできん、という人が多  い。」と語り、いわゆる祭りバカといわれる人たちの心意気が、祭礼を支えていることを強  調された。またそれは、子どもの頃から笛や太鼓などの難子方として祭礼に参加する中で培  われてきている。笛の稽古に参加している高三の安田有佑君(17歳) は、「祭りは活発にや  りたいし、ずっと参加したい」とその気持ちを語ってくれた。すべての住民を魅了するのが  犬山祭である。

(2)住民の連帯感は祭りの中で培われる

  本町では、本当番と受当番の12名ずっで祭礼準備を行う。すなわち、2年ずっ準備に当た  るシステムができあがっている。これは当番が、2年間祭礼準備に当たることにより祭礼の  しきたりがうまく継承されていくようになっている。また、祭礼を行うに際し、一世帯に必  ず祭礼の一役が割り振られる。この一役は年齢の条件以外では、よほどのことがない限り抜  けることはできない。青木豊和さんは「車山があるから町内が一っにまとまる。町内全体が  祭りとなると目の色が変わる」と述べ、車山と犬山祭が町内の結びっきをより強固にするの  に重要な役割を果たしていること認めている。さらに、祭礼準備の中でも、また車山巡行や、

 「どんでん」、からくり実演などを行うことが、本町の住民の誇りになっているし、それが新  たな連帯感を醸成するのに役立っている。

(3)祭りを支え、継承していくにはさまざまな苦労がある

  祭礼を支え、継承して行くにはさまざまな苦労が存在する。それは財政上の問題であった  り、後継者の問題であったりする。

  特に近年発生した問題としては、新しく町内に移住してきた住民をどう祭礼に参加させて  いくかという問題がある。武山哲也さんは「新しく入ってきた住民との折り合いをどう着け  るか、どう祭礼に参加させていくのかが問題だ」とその心配を述べている。本町では、空き  店舗利用者など新しい住民の多くは「本町はこういうところだ、多少の出費はある」「この  行事には必ず参加しなければならない」「こんなしきたりがある」などの予備知識を持って  移住してくるので、摩擦も少ない。実際に本町ではその点苦労したことはないし、現在は大  きな問題となっていない。しかし、隣の中本町ではアパー一 .トの住民と古くからの住民の間に

(11)

犬山のまちづくり 一犬山祭とまちづくり 55

 祭礼に対する感覚にズレがあり、苦労していることがあるという。例えば、アパートの住民  から「祭りなんかやってもらうと、駐車場から車が出せないので困る」など、祭礼に対する  無理解とも思える苦情が出されることもあると聞く。今後、新しい住民を祭りに巻き込んで  いく工夫が必要であろう。

(4)伝統は継承されていく

  犬山祭の車山の巡行やからくりなどは町内のほぼ全員の力で支えられていることは前にふ  れた。その中で、次の世代に伝統を受け継がせる点、伝承という点では本町では具体的にど  んな努力がなされているのかをみてみる。

  本町の若者の多くは祭りに何らかの形で携わりたいという気持ちを持っている。また、故  郷を離れていても祭りだけは参加したいという若者も多い。青木豊和さんは、「福岡へ修業  に行っている若い衆が最終便の飛行機で犬山に帰ってきて、夜車山から本楽をすませてトン  ボ帰りをする」と語った。確かに若者たちは育っていることを物語るエピソードである。青  木さんはまた、「祭りの後継者づくりは意図的にやっている。だから後継者がいなくなるこ  とは心配していない。ただ、警護役の年齢が上がってきたことは心配である」と、後継者づ  くりに自信を見せながらも、心配な面もあることを語っていた。上山と呼ばれる人形方は、

 跡継ぎを育てないとやめることができない。これも人形からくりを演ずる技術を継承する重  要な事柄である。ここにも祭りを町内で支える伝統が生きている。祭りを次の世代にしっか  り受け継がせたいという気持ち・願いが地域の力になっている。

(5)伝統文化である祭りは地域を変える力を持つ

  伝統文化の存在が地域に対して持っているものは何か。それは地域をも変える力であると  考える。その好例が、本町及び魚屋町の都市計画道路の拡幅反対運動9)である。平成8年、

 市当局が都市計画道路である新町線の道路拡幅の事業を提示してきた。当初は多くの住民が、

 道路拡幅が商店街の賑わいの復活の切り札となると考え、賛成の立場をとった。しかし、住  民と市当局が十分時間をかけて話し合いを続けたり、見学に行った他地域の拡幅例が必ずし  も街の活性化にはっながらないことを多くの住民が知る中で徐々に反対意見が増えていった。

最終的には、「道路を拡幅すると朝夕のあいさっもできなくなる。それでは町としてのまと  まりが壊れるのではないか」という声や、「犬山祭の車山は広い通りでは似合わない」とい  う意見が出て、多くの住民が反対に回るようになった。市当局も道路を拡幅しないまちづく  りの方向を認め、っいに平成17年、正式に都市計画道路を現幅員のままにする手続きが完了  した。このことは、本町や魚屋町の住民の犬山祭に対する思いの深さの表れである。その思  いの深さが、行政当局を動かしたし、拡幅撤回の住民運動が、その後のまちづくりにっながっ  ていったことは確かなことである。

(6)継承されない祭りの伝統もある

  祭りの装いである慢幕の数がめっきり減った。洋品店「ワタギン」の伊藤英男さんによる  と、昭和30年ころまでは多くの町屋で慢幕を出していたという。ところが近年は一部の町内  を除いてほとんど出していない。寂しい限りであるが、祭りの最中の街角で出さない理由を 老人に尋ねたところ「高いところに飾らなければならないし、力仕事なので年寄りだけでは できない、飾りたくても飾れない」という答えが返ってきた。確かに高齢化・少子化が進み、

(12)

高齢者のみの家庭が増えたが、年に一回の祭りであるからこそ、隣近所で助け合い、祭りの 雰囲気を作り上げていくことも必要ではないか。それが町の一体感を作り上げることにもっ

ながるし、普段のまちづくりにもっながることである。

5 考察

 筆者は前章の「犬山祭を支える人々」の中で、犬山祭そのものが本町の人々の連帯感を作り 上げ、伝統文化としての祭りは後世に引き継がれて行くであろう、と述べた。また、犬山祭は 地域を変える力を持っていること、その力がまちづくりに継承されている点を、具体的な例を あげ述べた。しかし、祭礼を維持していく上で、いくっかの課題を持っていることは確かであ る。その課題を以下四点にまとめた。

(1)高齢化と祭りの維持の問題

  犬山市の旧城下町地区は、市の中心地区であり、周辺地区に比べ、高齢化が進行している。

 本町相談役の青木豊和さんは「子どもの数の心配はいらないが、警護役が歳を食ってきた」

 と語っている。本町では規約上70歳以上の者は警護役に当たらなくてもよいことになってい  る。直ちに祭礼運営上問題になることはないが、将来的には祭りの担い手の高齢化は問題に

 なろう。

(2)少子化と後継者の問題

  祭りの担い手の高齢化とともに問題となるのが、少子化である。10年ほど前までは、女性  は子どもといえども一切車山にはさわらせなかったという。しかし、下山でお離子をする男  子の数が減ってしまったために、やむなく小太鼓をたたく小学生までは、女子も下山に登れ  ることになった。現在本町では、下山のお離子は十分足りているが、将来的に子どもの数が  減少した時、祭りをどう維持していくか考えなければならない時期が来る。.

(3)新しい住民との融合の問題

  本町地区はアパートもなく新規に流入する人口はほとんどない。空き店舗を利用して新し  く商売を始める人たちも、通ってきて商売を行う人々はともかく、本町に永住しようという  人は祭りに最初から参加している。新しく本町に入ってくる人は、祭礼への参加の意識もあ  り、そのつもりでやってくる。しかし、中本町では、アパートの住人とトラブルめいたこと  があった。本町は現在のところ心配はないが、将来世帯数が少なくなった時には、新しい住  民も祭りにどう参加させるかが問題となろう。

(4)祭りの財政上の問題

  世帯数の少ない組では、車山の維持管理や祭礼の維持を行っていく上での財政負担の問題  がある。犬山市は犬山祭に対して各町へ45万円ずっの補助金を出して、祭礼遂行の援助を行っ  ている。しかし、車山の巡行費用は70〜80万円かかり、世帯数の小さい町では大きな負担に  なる。町毎にいろいろ工夫し、祭礼を行っている。枝町では他の組より町会費を高く徴収し  て、車山の維持管理に努めているという。しかし、今後世帯数は減りこそすれ、増える見込  みはない。近い将来、車山の維持に困難をきたす場面があるかも知れない。どのように乗り  切るかが大きな課題である。

  400年近い伝統を持つ犬山祭は城下町の住民にとって貴重な財産である。その犬山祭を今

(13)

犬山のまちづくり 一犬山祭とまちづくり 57

後のまちづくりにどう活かしていくかが、今後の最大の課題となる。

謝辞

 本論文ができあがりましたのは、犬山市在住の各方面の方々の貴重なご教示、ご指導の賜で す。特に、本町組相談役1°)の青木豊和さん、平成18年度町内会長の太田裕久さん、平成19年度 町内会長の吉野茂輝さん、平成18年度祭礼委員の武山哲也さん、若衆頭の河橋史和さん、洋品 店「ワタギン」の伊藤英夫さんにはお忙しい中、インタビューに快く応じていただき、貴重な お話をお聞かせ下さり、ありがとうございました。お礼申し上げます。また、愛知淑徳大学現 代社会研究科の谷澤明教授には本論文をまとめるに当たって、さまざまなご指導、ご援助をい ただきました。感謝申し上げます。

1)一般的には「ダシ」を「山車」と表記するが、犬山では「車山」と書いて「ヤマ」と読ま   せている。本町組の規約では「山車」と表記されている。本稿では特別な場合を除き、伝   統的な表記方法である「車山」という用語を使用する。

2)犬山市教育委員会「犬山祭総合調査報告書」(犬山市教育委員会 平成17年3月)

3)祇園祭の詳細な記録から都市祭礼と都市社会にっいて考察した米山直俊の「祇園祭」(中   央公論社 1974)、祇園祭という都市祭礼を通して町コミュニティがどのような形態で形   成されているかを明らかにした中村淳らの研究、中村淳・増井正哉・谷直樹・新谷昭夫   「歴史都市の都心地域における町コミュニティに関する研究」(『第26回 日本都市計画学   会学術論文集』 1991)、中尾達雄・増井正哉・谷直樹・新谷昭夫・田中敏宏「都心市街地   の形態と祭礼演出に関する研究」(『第26回 日本都市計画学会学術論文集』 1991)、祇園   祭の空間利用と演出を詳細に調査するとともに、各山鉾を持っ町内会と祭り保存会の関係   を明らかにした谷直樹・増井正哉の「まち祇園祭すまい 都市祭礼の現代」(思文閣出版   1994)があげられる。

4)かっては本町も本町通りに面した繭の集荷場の二階に会所場があった(「ワタギン」伊藤   英男さん談)が、現在は寄り合い、お離子の練習はすべて福祉会館を借りて行っている。

  借りる手続きは現当番の仕事である。

5)そのほかに、「手固」は祭礼当日に本町の各家々を回り、祝儀を受け取ることが慣習になっ   ている。

6)ただし、規約では満70歳以上の女性および満80歳以上の男性の1人世帯については、評議   委員会の議決でもって、当番からはずれることができるとしている。

7)かっては祭りの準備はずいぶん早くから行われていた。「笛の練習などは1月2日から会   所場で行ったものだ」と「ワタギン」の伊藤英夫さんは語る。笛の音が鳴り、太鼓の音が   聞こえるようになると、城下町の人々は、祭りが近いことを肌で知り、ワクワクしたもの   である。

8)肥田信易(1776〜1840)著。江戸後期の犬山の寺社、城主、地理、産物、祭礼にっいて記

(14)

  されている。犬山の江戸後期の社会、文化、経済、風俗にっいて比較的信頼できる文献と   されている。

9)都市計画道路の拡幅を断念させた住民の取り組みにっいては、鈴木常夫「犬山市のまちづ   くりの研究(一) 一歴史的・文化的遺産を活かしたまちづくり一」(2006年 愛知淑徳大   学論集 第11号 愛知淑徳大学現代社会部・現代社会研究科)を参照。

10)本町組の役職名は、祭礼当時のものとした。

参考文献

犬山市教育委員会編 『犬山祭総合調査報告書』 犬山市教育委員会 2005年

高野史枝 『よみがえれ城下町一犬山城下町再生への取り組み一』 犬山市都市整備部 風媒   社 2006年

米山直俊 『祇園祭』 中央公論社 1974年

谷直樹・増井正哉  『まち祇園祭すまい 都市祭礼の現代』 思文閣出版 1994年

参照

関連したドキュメント

それでは資料 2 ご覧いただきまして、1 の要旨でございます。前回皆様にお集まりいただ きました、昨年 11

白山にちなんで名づけられた植物は、約20種 あります。ハクサンとつく以外に、オヤマリン

・この1年で「信仰に基づいた伝統的な祭り(A)」または「地域に根付いた行事としての祭り(B)」に行った方で

基本目標2 一 人 ひとり が いきいきと活 動するに ぎわいのあるま ち づくり1.

基本目標2 一 人 ひとり が いきいきと活 動するに ぎわいのあるま ち づくり.

ふくしまフェアの開催店舗は確実に増えており、更なる福島ファンの獲得に向けて取り組んで まいります。..

基本目標2 一人ひとりがいきいきと活動する にぎわいのあるまちづくり 基本目標3 安全で快適なうるおいのあるまちづくり..

下山にはいり、ABさんの名案でロープでつ ながれた子供たちには笑ってしまいました。つ