「ロジャー・マルヴィンの埋葬」にみる ルーベンの心的抑圧と解放
冨 樫 壮 央
1.はじめに
ナサニエル・ホーソーン (Nathaniel Hawthorne, 1804-1864) の初期短編作品 のひとつ「ロジャー・マルヴィンの埋葬」(“Roger Malvin’s Burial, 1832)は、
1725年にメイン州で起きたインディアンとの壮絶な戦い「ロヴェルの戦闘」
(‘Lovell’s Fight’)を作品のモチーフとしている。この戦いで負傷した中年ロ ジャー・マルヴィン (Roger Malvin) と青年ルーベン・ボーン (Reuben Bourne) は、丘陵地に身を置き体力の回復を待っている。ところが、インディアンの 銃弾を受けて死を悟ったマルヴィンは、ルーベンに一人で駐留地に戻るよう 助言する。この時、マルヴィンとルーベンの間にひとつの約束が交わされる が、それはルーベンが再びこの地を訪れ、マルヴィンの亡骸を埋葬するとい うものである。別れ際、樫の木の苗木に血糊のついたハンカチを結びつける と、ルーベンは約束の履行に対する決意を示すのであった。その後、村に生 還したルーベンはマルヴィンの娘ドーカス(Dorcas)と結ばれるが、幸せの一 方で大きな罪を背負うことになる。マルヴィンを放置した事実を偽ることに より、ルーベンは共同体に対する「欺瞞」と「偽善」という二重の罪を背負 うことになり、次第に人間性が蝕まれていくのである。本論文では、マルヴ ィンの放置をめぐる是非を明らかにした上で、ルーベンの転落の始点と要因 を「利己心」という観点から浮き彫りにするとともに、ルーベンの心的抑圧
からの解放の可能性について探ってみることにしたい。
2.マルヴィンの放置をめぐる道義性
「ロジャー・マルヴィンの埋葬」を考察する上で、フレデリック・クルー ズの著書The Sins of the Fathers: Hawthorne’s Psychological Themesは欠かせ ない一冊である。その第5章‘The Logic of Compulsion’の中で、クルーズは「ル ーベンの罪は贖われた……何年か振りで初めてルーベン・ボーンの唇から祈 りの言葉が天に昇った」という物語の示す結末が本作品の解釈を「贖いの寓 話」へと導くとともに、息子のサイラス(Cyrus) を殺害することによって「ル ーベンは心を和らげ、神から許しを請うに至った」ことを指摘している1。 さらに、罪の本質を‘the feeling of guilt’と ‘the state of being guilty’に峻別す ることによって、ルーベンがキリスト教的贖罪を遂げたのではなく、単に罪 意識を取り除いたにすぎないことを立証している2。クルーズの指摘はルー ベンの心理状態を分析する上で、非常に重要な示唆を提供するものである。
しかし、本論の主眼はルーベンの贖罪のあり方にあるのではなく、贖罪の有 無と心的抑圧からの解放の実現性を考察することにある。そこでまず始めに、
マルヴィンの放置をめぐるルーベンの言動を考察してみることにしたい。
インディアンの銃弾を浴びて死を悟ったマルヴィンは、若く前途あるルー ベンに一人で駐屯地に向かうよう提案する。マルヴィンの「父親の権威」3 を示すような語り口も虚しく、ルーベンはこれを頑なに拒否する。しかし、
「自分のためにではなく、この先ずっと孤独を感じなくてはならない娘のた
め」(340) に決断するよう促されると、ルーベンの心理状態には明らかに変化
の兆しを見え始める。利己心が発露し始めるのだ。するとここで、語り手は
「ルーベンの心に利己的な気持ちが忍び込もうと躍起になっていなかったと 断言することもできません。もっとも、それを意識したために彼は前よりも 一層強くマルヴィンの頼みに逆らったのだが」(340) とルーベンの利己心を鋭 く暴いてみせる。この場面におけるルーベンの反発心は心奥をえぐられたこ との証左に他ならないが、それは次に示す一節に明らかである。
‘And your daughter! How Shall I dare to meet her eye? exclaimed Reuben.
‘She will ask the fate of her father, whose life I vowed to defend with my own.
Must I tell her, that he traveled three days’ march with me from the field of battle, and that then I left him to perish in the wilderness? Were it not better to lie down and die by your side, than to return safe, and say this to Dorcas?
(341)
ここに見られるルーベンの発言で注目すべきは、最後の一文が示す疑問形で ある。これまでのマルヴィンとルーベンの対話には「マルヴィンの提案→ル ーベンの拒絶→マルヴィンの説得」という構図が見られる。この図式に則っ て解釈するならば、ルーベンの拒絶を匂わせる疑問形は、その実、マルヴィ ンの説得を誘引する話術といえる。とはいえ、「このような時に幸せを考える ことは罪だし、愚かなことのように感じた」(341) という言葉が示唆するよう に、ルーベンの利己心は本質的なものではなく、特殊な状況による産物であ るといえるだろう。こうした対話を経た後、マルヴィンは二十年以上も前に 経験した同様の事例について語りだすが、「楽天的性質」(342)のルーベンは そこに「自分の成功を予言する」(343) かのような言質を受けとってしまう。
欲望が利己的行動の原動力となる事例は枚挙にいとまないが、いまのルーベ ンの姿には「若いグッドマン・ブラウン」(“Young Goodman Brown, 1835) の ブラウンの姿を重ね見ることができるであろう。
マルヴィンを放置するに際して、ルーベンはマルヴィンの亡骸を埋葬し祈 りの言葉を捧げるという約束を交わす(344)。樫の木の苗木に血糊のついたハ ンカチを結びつけ約束の履行に対する強い決意を示す一方で、ルーベンの心 はドーカスとの幸せを願う「利己心」で溢れかえる。マルヴィンを後にした ルーベンは、「ある種の罪意識」からマルヴィンの視線の外に身を隠したいと いう気持ちを抱くと同時に、「狂気じみた痛ましい好奇心」(345) に突き動か され、遠巻きにマルヴィンの様子を窺うことにする。この時、二人の幸せを
願うマルヴィンの言葉を耳にすると、ルーベンは自らの利己主義とマルヴィ ンの利他主義の対照性を感じとり、筆舌しがたい心痛を覚えるのであった。
…as the youth listened, conscience, or something in its similitude, pleaded strongly with him to return, and lie down again by the rock. He felt how hard was the doom of the kind and generous being whom he had deserted in his extremity. Death would come, like the slow approach of a corpse, stealing gradually towards him through the forest, and showing its ghastly and motionless features from behind a nearer, and yet a nearer tree. But such must have been Reuben’s own fate, had he tarried another sunset; and who shall impute blame to him, if he shrank from so useless a sacrifice? (underline mine, 346)
ここで語り手は読者に、本作品の核心となる問題を提起する。それはマルヴ ィンの放置が、果たしてルーベンの罪に当たるか否かというものである。ワ ゴナー・ハイアットが指摘しているように、ルーベンがマルヴィンと留まる ことは宗教的義務であったにせよ、その行為自体は何ら実利をもたらさな い4。それゆえ、マルヴィンの放置に対する「だれがルーベンを責められよ うか」(346)という語り手の言葉には、―ホーソーンの言葉をうのみにする ことには危険が伴うが―ルーベンに対する理解を汲みとることができるだ ろう。それならば、はたしてルーベンの言動の一体どこに利己心が垣間見え るというのであろうか。そこで、次に、ルーベンの村への生還後の場面を検 討してみることにしたい。
3.ルーベンの転落と心的解放の行方
救助隊の手により生還したルーベンは、期せずして村の英雄に祭り上げら れる。真実の隠秘が心に言い知れぬ苦痛を与えることは、『緋文字』 (The
Scarlet Letter, 1850) のディムズデイルの例を見るまでもない。真実の告白が
困難であることは、マーク・ヴァン・ドレンが示す通りである5が、例にも れず、ルーベンも告白の機会を逸してしまう。
He regretted, deeply and bitterly, the moral cowardice that had restrained his words, when he was about to disclose the truth to Dorcas; but pride, the fear of losing her affection, the dread of universal scorn, forbade him to rectify this falsehood. He felt, that, for leaving Roger Malvin, he deserved no censure…But concealment had imparted to justifiable act, much of the secret effect of guilt; and Reuben, while reason told him that he had done right, experienced, in no small degree, the mental horrors, which punish the perpetrator of undiscovered crime. (349)
様々な要因に裏打ちされたルーベンの利己心は道徳心を凌駕するが、結果的 に、それはマルヴィン放置から正当性を奪ってしまう。つまり、今ある状況 を生み出したのは、自分の動機に正直になりきれなかったルーベン自身に他 ならないのだ6。ルーベンの選択に道徳的嫌悪を感じる一方、そこに同情を 見出そうとするのは、マルヴィンの放置をめぐる状況の特殊性を痛感してい るからであるが、そうした事情を鑑みたとしても、真実を隠秘する行為はま さに利己心そのものである。マルヴィン放置に伴うルーベンの‘the feeling of guilt’は、こうして‘the state of being guilty’へと変移するのであった。
His one secret thought, became like a chain, binding down his spirit, and, like a serpent, gnawing into his heart; and he was transformed into a sad and downcast, yet irritable man. (350)
「エゴティズム、あるいは胸のヘビ」(“Egotism: or, the Bosom Serpent”, 1843) のロデリックの胸にヘビが巣くう経緯が示唆するように、告白の機会を失っ たルーベンが「悲しい伏し目がちで怒りっぽい男」(350) に変貌を遂げる有様
は因果応報であり、それはまさに「責任逃れの報い」(349) なのだ。ドーカス との結婚後、ルーベン一家はマルヴィンの農場を受け継ぐものの、その凋落 ぶりは目を覆うほどである。再起を期して新天地へと赴くルーベン一家だが、
その旅路がルーベンの贖罪の旅を意味することは、罪を犯して再びニュー・
イングランドの地に舞い戻るヘスターをみれば明らかである7。
一家が森に足を踏み入れてから五日目、簡単な野営地を作ると息子のサイ ラスは猟に向かう。ここで、ドーカスは一家の文学的財産ともいうべき『マ サチューセッツ年間』(the current year’s Massachusetts Almanac) に目を通す と、この日がマルヴィンの命日であることをほのめかす8。この直後、様々 な思いが胸中を駆け巡ると、ルーベンは瞬間的に混乱状態に陥る。ルーベン のが平静を取り戻すと、ドーカスはマルヴィンに対する尽力に対して改めて 謝意を示す。すると、マルヴィンの死に置かれた状況の再現を恐れたルーベ ンは、天に祈るようドーカスに命じるのであった。その後、ドーカスと分れ て森に向かったルーベンは多くの奇妙な物思いに襲われると、猟師というよ りむしろ「夢遊病者」(355) のような覚束ない足取りを呈するのである。
He was musing on the strange influence, that had led him away from his premeditated course, and so far into the depths of the wilderness. Unable to penetrate to the secret place of his soul, where his motives lay hidden, he believed that a supernatural voice had called him onward, and that a supernatural power had obstructed his retreat. He trusted that it was Heaven’s intent to afford him an opportunity of expiating his sin; he hoped that he might find the bones, so long unburied; and that, having laid the earth over them, peace would throw its sunlight into the sepulcher of his heart.
(underlines mine, 356)
ここで語り手は、「不思議な力」、「超自然的な声」、「超自然的な力」というロ マンスによく見られる神秘を引き合いに出し、ルーベンが十八年前にマルヴ
ィンを放置した地に立ったことを明らかにする。すると、先ほどまで「夢遊 病者」のような足どりであったルーベンが、「猟師の本能」(356)でカサカサ と音のする方角に銃口を向けたかと思うと、「ベテラン狙撃兵」(356) である かのごとく銃を発砲する。この場面に見られる語りには、ニール・フランク が指摘するまでもなく、筋の破綻が読みとれる9。しかし、本作品がロマン スの影響下にあることを踏まえれば、このような筋の破綻は問題にならない。
それより重要なことは、ルーベンがサイラスを射殺した事実にある。銃声を 聞きつけたドーカスが喜び勇んで現れると、大きな岩にもたれるように倒れ ているサイラスを目の当たりにする。そこは皮肉にも、マルヴィンが放置さ れた場に他ならない。それならば、その岩はマルヴィンの墓石であると同時 に一種の祭壇と見なすことができるとともに、ルーベンには大きな代償が伴 うことは明白である10。
4.結び
サイラスの死に直面したドーカスが崩れ落ちるように意識を失うと、樫の 木の一番大きな枝が、まるでサイラスの死と重なり合うかのように降り注ぐ。
At the moment, the withered top most bough of the oak loosened itself, in the stilly air, and fell in soft, light fragments upon the rock, upon the leaves, upon Reuben, upon his wife and child, and upon Roger Malvin’s bones. Then Reuben’s heart was stricken, and the tears gushed out like water from a rock.
The vow that wounded youth had made, the blighted man had come to redeem. His sin was expiated, the curse was gone from him; and, in the hour, when he had shed blood dearer to him than his own, a prayer, the first for years, went up to Heaven from the lips of Reuben Bourne. (360)
愛すべき唯一の対象であり、自己の延長線的存在であるサイラスの死によっ て、「心を打たれ、涙がほとばしりでた」ルーベンは、語り手いわく、この瞬
間に「マルヴィンとの約束が果たされ、罪が贖われる」のである (360)。しか し、ルーベンの約束の履行と贖罪に必要なのは、共同体に対する真実の告白 に他ならない。ミリンダ・ポンダーも指摘しているように、サイラスの死は 心理的負担の溶解であり11、それはまた、クルーズの言葉を借りればマルヴ ィンの放置という想像上の罪 (‘an imaginary blood-debt’)からの解放に他なら ない12。作品全体を通してマルヴィンを埋葬する場面が描かれてはいないこ とから、クルーズは、ルーベンの贖罪が果たされてはいないと結論付けてい る13。たしかにクルーズの論には一理あるが、「何年かぶりで初めて、祈りの 言葉がルーベンの口から天に昇った」という言葉の放たれた場所を踏まえれ ば、それは間違いなくマルヴィンに向けられた言葉でもあるはずだ。そうで あるならば、ルーベンの祈りは、共同体への告白とマルヴィンの埋葬を予期 させるものであるといえるだろう。「ロジャー・マルヴィンの埋葬」は道徳的 義務が伴う複雑な状況と個人の精神との関わりを見事に捉えているが 14、そ こには道徳律を重んじるホーソーン一流の技巧が存分に散りばめられている。
共同体や人間関係の崩壊が叫ばれる今こそ、「ロジャー・マルヴィンの埋葬」
の再評価がなされるべきではないだろうか。
註
1.Frederick Crews, The Sins of the Father’s: Hawthorne’s Psychological Themes. (81)
2.Frederick Crews. (82)
3.Nathaniel Hawthorne, ‘Roger Malvin’s Burial,’ Mosses from an Old Manse, Vol 10 of the Centenary Edition, . 以下、テキストからの引用はすべてこの 版に拠り、引用末尾の括弧内にページ数のみを記す。
4.Waggoner, Hyatt H. Hawthorne: A Critical Study. Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1955. (92-93)
5.Van Doren, Mark. Nathaniel Hawthorne. New York: The Viking Press, 1949.
は、「ルーベンは二重の罪を背負っている。ルーベンは罪を犯し、その罪 を告白しようと思えばできるのに(when he ‘could’)、できないままでい る」(80)と述べているが、仮定法を用いている点にルーベンの告白の困 難さが見てとれる。
6.Waggoner, Hyatt H. (93-94)
7.Easton, Alison. The making of the Hawthorne Subject. Columbia: University of Missouri Press, 1996. (51)
8.作中、ドーカスの発話は極めて少ないが、その役割は極めて大きい。こ こでのドーカスの発言はルーベンに対する無意識の告白の催促に他なら ない。
9.Neal Frank: Hawthorne’s Early Tales, A Critical Study. (197) 10.Waggoner, Hyatt H. (92)
11.Ponder, Melinda M. Hawthorne’s Early Narrative Art; (29) 12.Frederick Crews. (88)
13.Frederick Crews. (93)
14.Easton, Alison. The making of the Hawthorne Subject. Columbia: University of Missouri Press, 1996. (48)
4.Waggoner, Hyatt H. Hawthorne: A Critical Study. Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 19556.Frederick Crews. (94)
参考文献
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Crews, Frederic. The Sins of the Father’s: Hawthorne’s Psychological Themes. New York: Oxford University Press, 1966.
Easton, Alison. The making of the Hawthorne Subject. Columbia: University of Missouri Press, 1996.
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University of Oklahoma Press, 1952.
Frank, Neal Doubleday. Hawthorne’ Early Tales: A Critical Study. Duraham: Duke University Press, 1972.
Hawthorne, Nathaniel. The Centenary Edition of the Works of Nathaniel Hawthorne, eds. William Charvat et al. Ohio State University Press, Vol. 1. The Scarlet Letter, 1962.
―――――Vol. 8. The American Notebooks, 1972.
―――――Vol. 10. Mosses from an Old Manse, 1974.
Martin, Terence. Nathaniel Hawthorne. New York: Twayne Publishers, Inc., 1965.
McCall, Dan. Citizens of Somewhere Else: Nathaniel Hawthorne and Henry James.
Ithaca, New York: Cornell University Press, 1999.
Ponder, Melinda M. Hawthorne’s Early Narrative Art. New York: The Edwin Mellen Press, 1990.
Turner, Arlin. Nathaniel Hawthorne: An introduction and Interpretation. New York:
Barnes and Noble, Inc., 1961.
. Nathaniel Hawthorne: A Biography: New York: Oxford University Press, 1980.
Van Doren, Mark. Nathaniel Hawthorne. New York: The Viking Press, 1949.
Waggoner, Hyatt H. Hawthorne: A Critical Study. Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1955.
Wineapple, Brenda. Hawthorne: A Life. New York: Random House Trade Paperbacks, 2004.
Weldon, Roberta. Hawthorne, Gender, and Death; Christianity and Its Discontents.
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