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「環境学」における中心と周縁 ――「人文学」分野の場所と役割に着目して

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Academic year: 2021

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(1)

――「人文学」分野の場所と役割に着目して

鋤田 慶

0.はじめに

拙稿「『環境学』の組成とその形成(鋤田・葉柳 29)において、筆者は、「リサーチ・オ ン・リサーチ」の手法を用いて、日本における「環境学」という学際領域の形成過程を、それ を構成する学問領域の変遷に焦点を当てて解明しようと試みた。その結果、「環境学」は

!

年代以降に顕著になる「工学」「農学」「社会科学」などの実践的・実用的な分野の中心化、

"

0年代から20年代まで続く「人文学」の周縁化、という変遷を経て現在に至ったことが明ら かになった。この論文はしかしながら、調査の設計上、

!

の論点に焦点化しており、

"

に関し ては十分に分節化された議論を展開しえていない。すなわち、中心化されざるものという否定形 によって、周縁の存在を指摘したにとどまっている。本稿では、この点を補うために、「環境学」

としてカテゴライズされることの少ない「人文学」分野に着目し、その変遷と現状を実証的に跡 づけることによって、より詳細な「環境学」の変遷を描くことを目的とする。

「組成・形成」において明らかにしたように、「人文学」分野の研究成果は――たとえ「環境」

や「環境問題」をテーマとしていても――実践的・実用的な分野が中心を占めているジャーナル

(学術誌)においては、そもそも「環境学」としてカテゴライズされることが少ないため、それ について論じるためには、別様の定義が必要となる。それゆえ、本稿では、「人文学」を専門と する研究者が「環境や環境問題に関する」(西川・森家 24:17)話題を取り扱った研究を「人 文学」的な〈環境学〉と定義する。換言すれば、本稿は「環境学」と「人文学」分野の〈環境 学〉との関係、およびその時系列的変化を問うているのである。

以下でこの論文に言及する際には「組成・形成」と略記する。「環境学」の内実やその変遷を実証的に明らか にするという試みが有する学術的・社会的な意義、および先行研究や理論的背景の概観については、紙面の制 約上、本稿では割愛せざるをえない。これらに関しては、前掲の「組成・形成」、ないし修士論文「『環境学』

のライフサイクル」(長崎大学、平成21年度)を参照されたい。

「リサーチ・オン・リサーチ」とは、「科学の方法を科学それ自体に向け」(Price2=10:viii-iv)、「測定 可能な量から科学の動態を理解していこうとする」(藤垣ほか24:9)研究スタイル、あるいは「実証的に その[専門分野]の特性や発展、その変化のプロセスに見られる規則性を追求する基礎的な作業」(林・山田 5:9)のことである。

後述するように、ここでの「工学」や「社会科学」「人文学」といった表記も含め、本稿では「環境学」に寄 与する諸々の専門分野を分類する際、日本学術振興会の「系・分野・分科・細目表」に準拠している。

言い換えれば、「環境学」としてカテゴライズされてはいないが、「環境学」に近い(もしくはほとんど同じ)

内容を扱った「人文学」分野での研究、ということになる。

(2)

1.調査方法

本稿での調査方法は「組成・形成」で実施した「リサーチ・オン・リサーチ」と近いもの、つ まり研究成果の産出量の定量的分析であることが望ましい。とはいえ、「人文学」分野に議論を 焦点化するためには、「組成・形成」のように「論文」の産出数のみをデータとして扱うだけで は不十分である。この点について、科学哲学者の野家啓一は次のように述べている。

科学知と人文知を隔てているのは、現在では「方法論」の対立というよりも、知の生産シ ステムの違いという社会的要因にほかならない。[……]研究成果にしても、人文学では「論 文」ではなく、「著書」の形で世に問われるのが通例である。(野家 25:57)

このように、「人文学」は他の分野に比べて、「論文」よりも「著書」の方が研究成果として重視 されるという「通例」に留意しなければならない。それゆえ、「人文学」という分野で形成され る〈環境学〉の諸相とその変遷を、研究成果の生産量という観点から実証的に跡づけていくため には、「論文」と「書籍(著書)」の双方を資料として用い、そこからデータを収集していく必要 がある。

上記の点を踏まえて、「人文学」が形成する〈環境学〉の変遷を明らかにしていくために、以 下の「リサーチ・オン・リサーチ」を実施した。

!

「研究開発支援総合ディレクトリ(ReaD)」を用いて「人文学」を専門とし、「環境や環境問 題に関する」話題を研究テーマとする研究者(つまり、「人文学」分野の〈環境学〉に寄与す る研究者)を探す。

"

「組成・形成」と同じく、期間を10〜27年に設定し、国立国会図書館の「NDL-OPAC」を 用いて、行程

!

で抽出された研究者が「環境や環境問題に関する」話題を取り入れて執筆した 書籍を抽出する

#

書籍と同様に、国立情報学研究所の「CiNii−NII論文情報ナビゲータ」を用いて行程

!

で抽出 された研究者が「環境や環境問題に関する」話題をテーマとして執筆した論文を探す

$

収集した研究成果(書籍・論文)の中で、「環境や環境問題に関する」話題を取り入れておら ず、上記の収集方法とその条件に偶然一致したものを除外する

これに加えて、『世界』(岩波書店)のような商業誌や『思想』(岩波書店)『現代思想』(青土社)のような学 会誌や大学・研究所の紀要ではない出版社系の学術誌も「人文学」の主要メディアである。そのため、「組成・

形成」および本稿において資料とする「論文」には、こういった学術誌や商業誌に掲載されているものも含め ている。

http://read.jst.go.jp/public/searchEventAction.do?action2=event&language=J(29年12月8日)

http://opac.ndl.go.jp/Process(29年12月8日)

http://ci.nii.ac.jp/(29年12月8日)

たとえば、「留学生の学習環境について」や「データベース構築のための環境の整備」といった内容の書籍や 論文を除外している。

(3)

!

以上の行程によって収集した「人文学」分野の〈環境学〉の研究成果を、執筆者の「研究分野」

ごとに分け、それぞれ時系列的に配列する

調査の結果を提示する前に、独立行政法人科学技術振興機構(JST)が運営する「研究開発支 援総合ディレクトリ(ReaD)」というデータベースを利用する理由を説明しておきたい。運営 主体である

JST

は、「ReaD」の概要および目的を以下のように説明している。

研究開発支援総合ディレクトリ(ReaD)は産学官連携、研究成果の活用、および研究開発 の促進に資することを目的として、国内の大学、公的研究機関等に関する機関情報、研究者 情報、研究課題情報、研究資源情報を網羅的に収集・提供しているサイトです。(JST29)

「ReaD」は、11年から24年まで実施された「学術研究活動に関する調査」の結果を引き継 いでおり、その情報の網羅性は非常に高い(JST29)。そのため、ここで「人文学」の研究者 を抽出する際、「ReaD」を利用することは妥当な方法であると言えよう。

加えて、「ReaD」やその基礎となった「学術研究に関する調査」においては、原則的に個々の 研究者の自己申告によって情報が構成されているという点も重要である。つまり、「ReaD」を用 いて上記の作業を行えば、「環境学」としてカテゴライズされるか否かにかかわらず、「人文学」

を専門とし、かつ「環境や環境問題に関する」話題をテーマとしていると自らを規定している研 究者を抽出することができるのである

以上のような作業によって、33人の研究者を抽出し、彼らによって産出された19の研究成 果(43冊の書籍と96篇の論文)の情報を収集することができた

なお、年代については「組成・形成」と同様に、10年代、10年代、10年代、20年代という区分を採用 している。

以下、それぞれ「JST」「ReaD」と略記する。

ここでの「研究資源」とは、「研究機関が保有し、直接的・間接的に研究活動を支援すると判断される有形・

無形の資源で、外部研究者も利用可能なもの」として規定されている(JST29)

実施主体は、旧文部省(〜11年)、学術情報センター(〜19年)、国立情報学研究所(〜22年)、JST(〜

4年)である。

具体的には、約20の研究機関、約20人の研究者、約50件の研究課題、約30件の研究資源に関する 情報が掲載されている(28年時点)。その中でも、特に「20万人の研究者の研究テーマ、研究業績等を公開 すること」が重視されている(JST29)

逆に言えば、自己申告制であるがために、「ReaD」に情報を掲載させるかどうかも、個々の研究者の判断に委 ねられている。したがって、たとえ有名な研究者であったとしても「学術研究に関する調査」や「ReaD調査」

に自身の情報を提供していない場合には、ここでの調査の結果に反映されない。とはいえ、「ReaD」は他に類 を見ないほど網羅的に研究者情報を集めたデータベースであるため、この点に関してはここでは度外視してい る。

ここでは収集した43冊の書籍と96篇の論文の総体を「人文学」分野の〈環境学〉の研究成果として扱ってい るため、以下で書籍と論文とを分けて論じることはしない。ただし、抽出された書籍と論文の数の推移を確認 すると、両者の増加のパターンにとりわけ大きな差異は見られないことはないことを付記しておく。

(4)

1 9 7 0年代 1 9 8 0年代 1 9 9 0年代 2 0 0 0年代 計 哲 学 2 6 1 0 1 2 8 7 3 9 6 文 学 1 1 2 0 1 0 3 1 2 5 言 語 学 0 0 2 1 2 1 4 史 学 2 1 4 5 4 1 6 7 2 3 7 人文地理学 1 7 6 3 1 2 1 1 9 2 文化人類学 7 1 3 7 1 1 5 7 2 4 8 複 合 1 6 2 9 1 1 1 1 4 7 計 1 4 4 7 3 4 0 9 5 8 1 3 5 9

図表1 「人文学」的な〈環境学〉の変遷17(単位:冊/篇)!

300 250 200 150 100 50 0 冊/篇

哲学 文学 言語学 史学 人文地理学 文化人類学 複合

1970年代 1980年代 1990年代 2000年代 図表2 「人文学」的な〈環境学〉の変遷!

2.「人文学」分野の〈環境学〉の変遷

「人文学」的な〈環境学〉、すなわち「人文学」を専門とする研究者が「環境や環境問題に関す る」話題を取り扱った研究の変遷を、研究成果の産出量という観点から整理したのが下の表とグ ラフである。

0年代から10年代においては、「人文学」の中でも、主に「文化人類学」と「史学」を専 門とする研究者が「環境や環境問題に関する」研究成果を(少数ながらも)産出していた。しか し、その人数も研究成果の量もごくわずかであり、かつ10年代から10年代にかけて、ほとん ど増加していない。

一方、10年代と20年代において「人文学」的な〈環境学〉が、10年代までのものと大き く様相を変えているということは図表1および2から一目瞭然である。10年代には47冊/篇の 研究成果しか産出されていなかったが、10年代になるとその量はおよそ7倍の30冊/篇に急

ここでの「複合」とは、複数の「人文学」の分科を専門としている研究者、あるいはその研究成果の中でも、

単一の分科に振り分けることができないものを指している。ここで抽出した33人の研究者のうち、この「複 合」にあてはまる、つまりの複数の「人文学」の分科を専門としている研究者は40人であり、「哲学(思想史)

+史学」(4人)「哲学(宗教学)+文化人類学」(9人)「史学(考古学)+文化人類学」(10人)「人文地 理学+文化人類学」(6人)などによってその大半が占められる。

(5)

増しており、さらに20年代には98冊/篇にまで増加している。こういった傾向は、この年代 以降、「人文学」を専門とする研究者が「環境や環境問題に関する」テーマを研究課題として積 極的に、かつ急速に取り入れるようになったということを如実に示している。さらに、「文化人 類学」と「史学」に加えて、10年代以降は「哲学」「文学」「人文地理学」の研究者も「環境 や環境問題に関する」研究成果を数多く産出するようになっている。このように、10年代から 0年代にかけて「人文学」的な〈環境学〉においては、研究成果の全体量が急増し、以前より も多くの分科が「環境や環境問題に関する」研究成果を産出することによって、その類型が多様 化したという特徴が見出される。それゆえ、10年代を「人文学」分野の〈環境学〉における最 も大きな転換期として捉えることができるだろう。

次節では、10年代という転換期を軸にして、本節のデータから導きうる知見を、拙稿「組成・

形成」で確認した「環境学」の中心部の変遷と関連づけて検討する

3.「環境学」における中心と周縁――「弁証法的なかかわり合い」の不在

「組成・形成」においては、10年代以降の「環境学」は寄与する分野が多様化し、同時にそ の内部で実用・実践志向の分野の中心化という変化が生じたという結果が得られた。一方、前節 で見てきたように、「人文学」分野の〈環境学〉もまた、10年代に全体量が単に拡大しただけ でなく、それまでよりも多くの下位分野を形成していた。つまり、「環境学」全体における多様 化の時期と「人文学」的な〈環境学〉における多様化の時期は――その様相は異なっているもの の――ほとんど一致しているのである。

しかし、常に留意しておく必要があるのは、「人文学」研究者による〈環境学〉が、「環境学」

としてカテゴライズされる事例は依然として少なく、周縁的な位置、あるいはその外部に置かれ ている、という全体的布置である。つまり、「人文学」分野の〈環境学〉が10年代に量的な拡 大と内部の多様化という盛況を見せていたとはいえ、実用・実践志向の「環境学」からすれば、

それはごく一部の周縁における出来事、もしくはその外部での出来事に過ぎないのである

「環境学」と「人文学」的な〈環境学〉との関係、言い換えれば「環境学」における中心と周 縁(あるいは外部)との関係のあり方が最も明確に表れているのは、やはり両者にとって共通の 転換期であった10年代以降であろう。10年代から20年代にかけての「人文学」的な〈環境 学〉は、「環境学」と同じく、そこに含まれる分科が多様化していた。その際、とりわけ特徴的 なのは、「環境哲学」や「環境倫理学」「環境思想」といった「哲学」系の〈環境学〉が大きく 増大していたという点である。

先述のように、本稿と「組成・形成」それぞれにおける実証的な調査は、研究成果の産出量に着目した「リサー チ・オン・リサーチ」であるという点では同質であるが、データを得るための資料の範囲は異なっている。そ のため、「環境学」と「人文学」分野の〈環境学〉の変遷それぞれについて量的な変化を直接比較することは できない。

「環境学」と「人文学」分野の〈環境学〉とが重なる部分、すなわち「人文学」分野の研究者の仕事が「環境 学」としてカテゴライズされるケースは、具体的には、10年代と10年代はほとんど皆無であり、10年代 以降においても「哲学」「人文地理学」「文化人類学」の研究成果のごく一部のみに過ぎない。この点に関し ては「組成・形成」を参照されたい。

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「哲学」という下位分野の動向が持つ意味を考えるために、野家の議論を参照したい。野家は、

理系出身の科学哲学者であり、23年から27年まで日本の「哲学」系で最大級の「ジャーナル 共同体」である日本哲学会の会長を務めていた。「わが国の哲学を取り巻く環境は厳しくなって おり、哲学研究者たちが哲学の行く末に危機意識を感じている」(野家 28:1)という認識を 踏まえて、野家は「哲学」本来の「アイデンティティ」に関して以下のように論じている。

このような状況[20世紀における学問の「アカデミズム科学(真理探究型)」から「産業化 科学(プロジェクト達成型)」への転換]の中で、哲学が一種の「アイデンティティ・クラ イシス」に陥っているのも無理はない。哲学はもともと「有用性」や「実益」を目指す学問 ではなく、「実用性(役に立つ)」とはいかなることであるのか、「何のための」実益である のかを原点に立ち戻って問い直すメタレベルの学問だからである。(野家 27:87)

さらに、別の著作で野家は「哲学」の「有用性」について次のように述べている。

現在求められているのは、現代社会が直面している困難な課題を物事の根本に立ち返って考 え直し、人類の未来へ向けて根源的な「問い」を発する「問題発見方」の哲学である。それ は啓発的哲学のあり方が示唆するように、問題を新たな語彙と語り方で再定式化することに よって、新たな生のスタイルを提示することにつながるであろう。おそらく哲学に括弧つき の「有用性」があるとすれば、それはこのような長期的展望のなかにあるほかはない。(野 家 28:10)

「哲学」が、野家が規定しているような意味でのメタレベルでの「有用性」を持つとすれば、

0年代以降に盛況を見せる「哲学」的な〈環境学〉は、実践的ないし実益的性格を志向するよ うになった「環境学」に対して、『何のための』実益であるのか」という「根源的な『問い』を 発する」役割を積極的に担おうとしてきた、ということになるはずである。ところが実際には、

「哲学」をはじめ「人文学」分野の〈環境学〉が「環境学」の構成要素としてカテゴライズされ ることは少なく、その周縁や外部に置かれ続けている。つまり、「環境学」が描く外延と、1 年代から拡がりつつあった「人文学」的な〈環境学〉の外延が重なり合う部分は小さく、この傾 向は両者にとって共通の転換期であった10年代以降においてすら、ほとんど変化しなかったの である

このような諸学の布置とその趨勢は、山口昌男の言葉を借りれば、「環境学」という学知が、

0年代から今日に至るライフサイクルの中で、「中心と周縁のダイナミックス」あるいは「弁 証法的なかかわり合い」の契機を逸してきた、もしくは「周縁性の積極的な意味」をほとんどそ

「人文学」分野の〈環境学〉の内部にも当然のことながら「メタレベル」志向や反省性という点に関して大き な差異がある。しかし、個々の専門領域について詳論することは、本稿の問題設定の「外部」にある。したがっ て、ここでは「人文学」的な〈環境学〉の基本的あり方が最も多数派である「哲学」に集約的に現れていると いう立場を取るより他ない。

(7)

の内部に取り込まないまま研究成果を蓄積していったということを意味している(山口 20:

2)

こうした現状は「求心的思考」と「逸脱的思考」、ないしは「伝統主義」と「偶像破壊主義」

との間の「本質的緊張」に関するクーンの議論を想起させる(Kuhn7=17:25)

これら二つの思考様式は必然的に矛盾し合うものですから、ときにはまさに耐え難くなるほ どの緊張を維持する能力が、最良の科学研究のための第一前提となるのであります。(Kuhn

7=17:23)

とすれば、「環境学」は「必然的に矛盾し合う」中心と周縁、すなわち実践・実用(あるいは実 益)志向の中心と、それらに批判的な眼差しを向け、「『何のための』実益であるのか」という「根 源的な『問い』を発する」周縁との間の「本質的緊張」を欠いてきた、と言わざるをえない

データの特徴の記述とその解釈を軸とする「リサーチ・オン・リサーチ」としての本稿の性格 上、ここで得られた知見を踏まえて「環境学」あるいは「人文学」分野の〈環境学〉のあるべき 姿云々といった類の議論は差し控えなければならない。だが、これまでの議論で浮上した知見が、

学際領域としての「環境学」が内包する本質的な困難を前景化しているということを否定できな い。次節では、本稿のまとめにかえてこの困難の所在を確認したい。

4.おわりに――学際領域としての「環境学」

藤垣裕子は「学際研究といわれるものが何故うまくいかないのか」(藤垣 23:37)という問 いを立て、「業績蓄積基準」ないし「妥当性要求水準」の違いによって生じる「学問間の異文化 摩擦」ないし「異分野コミュニケーション障害」をその答えとして挙げている(藤垣 15:73)

「環境学」の内部において、具体的にどのような「学問間の異文化摩擦」や「異分野コミュニケー ション障害」が生じているのかを本稿の枠組みの中で記述することはできない。しかし、「組成・

形成」で確認したように、「環境学」においては、そのライフサイクルが進行するにつれて実践 的・実用的・実益的な分野が中心化されるようになり、他方で「『何のための』実益であるのか」

という「根源的な『問い』を発する」分野がどの年代においても周縁化・外部化され続けている ことは確かである。こういった事態は、「環境学」の内部――あるいはそこにカテゴライズされ ず外部化される〈環境学〉との間――において「異分野コミュニケーション障害」が生じている ことを鮮明に示している。つまり、「環境学」という学際領域もまた、藤垣が指摘した「学際研 究遂行の大きな障害」(藤垣 15:73)を不可避に孕んでおり、その困難を乗り越ええぬまま現 在に至っているということを、「組成・形成」および本稿での実証的な調査は明らかにしている

こういったまとめ方は、幾分か平板な印象を与えうるが、この平板な結論もまた、「環境学」における中心と 周縁が固定的、あるいは二項対立的なものであることの表徴であると言えよう。

藤垣自身は直接言及していないが、こういった論点はクーンの「共約不可能性」(または「通約不可能性」)や

「相互理解困難」などの議論を受けていると思われる(Kuhn7=17:xxiv)

(8)

のである。そして、「環境学」がこの「障害」を克服しないままに諸分野の融合を謳うならば、

そこに「学問間の異文化摩擦」が生じることは容易に予想できる。

この結果をエリク・エリクソンの「ライフサイクル」論のアナロジーに拠って記述し直せば

(Erikson9=13)、なお年若い学問領域である「環境学」はそのライフサイクル上での「危 機」ないし「課題」を乗り越えておらず、次の「発達」段階へとその枠組み自体を変容させるこ となく量的にのみ拡大を続けているというテーゼを提示することができる。とすれば、「環境学」

という学際領域が、単に量的な「成長」にとどまることなく、次の「発達」段階に進むためには、

本稿および「組成・形成」が見出した中心と周縁との間の「弁証法的なかかわり合い」を深化さ せること、言い換えれば、「環境学」が周縁化してきた批判的モメントを「弁証法的」に取り入 れることが不可欠になってくるはずである。

文化人類学者・文化批評家の今福龍太は、「エコロジーのミューズを求めて」と題された小論 の中で以下のように主張している。

[……]今日の世界を覆い尽くしているのは、エコロジカルな認識が生み出す心理的危機意 識を社会の諸領域のなかで巧みに利用して、現実的で実質的な効果をあげようとするムーヴ メントの方である。(今福 21:11)

ここで今福が指摘している「現実的で実質的な効果をあげようとするムーヴメント」とは、具体 的には「政治」と「産業」あるいは「ビジネス」といった実践的・実益的な領域で「エコロジカ ルな認識が生み出す心理的危機意識」を「消費」しようとする社会的動向を指している(今福 1:12)。今福の議論は、「エコロジー」についての体系的な理論構築を試みたものでも、

実証的な調査結果を報告しようとするものでもない。だが、本稿および拙稿「組成・形成」にお ける実証的データは、「エコロジー」が内包していた諸可能性が、功利主義によって縮減され、

排除されているという今福の指摘を間接的に裏付けている。それゆえ、「組成・形成」と本稿に おける一連の試みの成果とは、上述の今福も含め、「長年続けられてきた理念レベルでの議論」(西 川 25:53)を経験的に一般化したことにもあると言ってよいだろう。

主要文献

Erikson, Erik H.,1: Psychological Issues: Identity and The Life Cycle. : International University Press.(=13 小此木 敬吾ほか(訳) 「自我同一性」―アイデンティティとライフサイクル』 誠信書房。

林雄二郎・山田圭一 15 『科学のライフサイクル』 中央公論社。

藤垣裕子 15 「学際研究遂行の障害と知識の統合―異分野コミュニケーション障害を中心として」 『研究・

技術・計画』 第10巻 第1/2号 pp.3。

――――ほか 24 『研究評価・科学論のための科学計量学』 丸善株式会社。

今福龍太 21 『ここではない場所』 岩波書店。

金森修 20 『サイエンス・ウォーズ』 岩波書店。

Kuhn, Thomas S.,[12]1: The Structure of Scientific Revolution. Chicago: The University of Chicago Press.(=1 中山茂(訳) 『科学革命の構造』 みすず書房。

――――,1: The Essential Tension. Chicago: The University of Chicago Press.(=17 我孫子誠也・佐野正博

(訳) 『本質的緊張』 みすず書房。

西川祥子・森家章雄 24 「学術用語『環境学』の意味の歴史的分析」 『人文論集(兵庫県立大学)

(9)

分野 分科 細目

人文学

言語学

言語学 日本語学 英語学 日本語教育 外国語教育

史学

史学一般 日本史 東洋史 西洋史 考古学 人文地理学 人文地理学

文化人類学 文化人類学・民俗学

分野 分科 細目

人文学

哲学

哲学・倫理学 中国哲学

印度哲学・仏教学 宗教学

思想史 美学・美術史

文学

日本文学

ヨーロッパ語系文学 各国文学・文学論

―――― 25 「環境学の性質の分析―環境学を『環境や環境問題に関する総合的・体系的な科学・学問・研 究』とする文献を対象として―」 『環境科学会誌』 第18巻 第1号 pp.1。

野家啓一 25 「人文学は何の役に立つのか―『スローサイエンス』の可能性―」 『学士会会報』 第8 pp.8。

―――― 27 「学術からの発信―『哲学無用論』に抗して」 『学術の動向』 第12巻 第12号 pp.9。

―――― 28 「哲学のアイデンティティ・クライシス」 『アルケー』 第16巻 pp.1‐1。

Price, D. J. de Solla,1: Little Science, Big Science. New York: Columbia University Press.(=10 島尾永康(訳)

『リトル・サイエンス ビッグ・サイエンス』 創元社。

Sokal, Alan and Bricmont, Jean,1: Fashionable Nonsense-Postmodern Intellectuals’ Abuse of Science. New York: Brock-

man Inc..(=20 田崎晴明ほか(訳) 「知」の欺瞞―ポストモダン思想における科学の濫用』 岩波書

店。

鋤田慶・葉柳和則 29 「『環境学』の組成とその形成―『ジャーナル共同体』論を軸にして」 『総合環境 研究』 第12巻 第1号 pp.7。

山口昌男 20 『文化と両義性』 岩波書店。

文末資料:「系・分野・分科・細目表」における「人文学」分野

参照

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