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論 説 研 究

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(1)

論 説 研 究

従来教育空二方面に分ちて倍育︑智育︑並びに徳育さする区分の仕方もあるが︑是は蓋し徳

育三言ふ項目の中に僻育と意育とを抱括せしめた分ち方で︑同情亡か︑恭敬とか︑博愛亡か云

ふ桟な僻の方面と共に忍耐とか︑敢為亡か︑操守とか云ふ様な意志の方面を混活して取扱って

来たので︑所謂呉越同舟とでも云ふか︑大慶性質趣向の相異するものを分別なしに取扱って居

る男めに︑其の態度方法が定まり難く︑従て其の事功も奉らない勝ちであるかの戒がある︒又

た訓育三石ふ言葉も使用せられて居るが︑一位何が訓育であるか︑其の意味は頗る明確を故で

島国教育の四方紆

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居るかの戚がある︑文字さしては訓練育成さ云ふ様な意味が合まれて居るかに考へられるが︑然

らば果して何を訓練育成するのであるか︑身睦の訓練育成か︑智識の訓練育成か或は情操の其

か︑意士山の其か︑若しも此等四つの方面会部を包合するものごするさきは︑其等のもの﹀訓練育

成郎も訓育は殺育の殆んピ全般に亙りて其の致来の質混合期するこさであって︑共の範囲は貫 に極めて宏汎なものであり︑なか/¥容易ならがθるこさであるo若しも訓育を以て徳育さ略ぽ同

意味のものであるさ解しても︑徳育さ一玄ふこごが立育並びに情育の二者を包合して居るのであ

るから︑其の範囲内容は決して単純狭少のものではなからうさ忠ふ︒今日智育の方面が数十百

の事科術科に分たれて夫々各科の専任者が之を孫一括して居うて︑備は且つ足れりごせられない

有様であり︑睦育にしても決して単純でなく︑各種各様に分化せられて︑各企︿の特長を有して

居る次第であるから︑立育及情育の二者ぞ併せて徳育ざし︑或は之を訓育さ名けるものさする

ならば︑英の怠味の訓育を教育家に期待する場合に於て︑各級各程の殺育機関の主宰者たる

者.印ち向学校長︑向学長︑総長ご一玄ふ様な地位にある人ならば︑其の職責上此難事に営る可きが

蛍然であらうけれピも︑之を或る一定の亭科術科の捨任数師や︑或る一定の事務に携る職員に

其の賓施貫現上の責任を負はしむるが如きは随分無理のこさであって︑難きを責め不能を課す

るの誘

兎れないであらう︒寧ろ夫々の教育楳闘争﹄組織する各部各科の殺職員総掛ムツで之に蛍e T

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らなければならぬ筋合のものであり︑たさひ総掛りで蛍ったさしたさころが︑主(の致果を充分

に奉げるさ云ふこさは極めて困難なこさで決して容易でない事柄であるさ一一一口はねばならぬ︒近

頃数政の山町田局者が訓育の事は何れの数育機関に於ても其の数職員総掛りで之を負荷し努力す可

きものであるこごを示命し︑希望せらる﹀は︑惟ふに蕊に見る所あつてのこごであらうさ推察

せられるのである︒

きて︑然らば夫々の殺育機関に於て其の殺職員が総掛bで訓育の貫施賞現に営るさしても︑

各自(が如何なる事に蛍ればよいか︒由来的脳掛bご一玄ふ様なこさは其の結局す可き目的方針方法手 段等が極めて明確であb︑各自の営る可き部分や事柄が瞭然剣明して居って︑何れの一員も自

己の静岡然潟す可き任務に直ちに就き得る様になって居b︑若しも何れかの一員でも其の任務を

錯認し或は悌怠するに於ては︑忽ちにして会陸の上に支障不結果を生じ︑而して其の支障不結

呆の原因が直ちに知れるご云ふ様な場合であれば︑其の始決果を奉げるこごを必然的に期待する

こごが出来るであらうけれぎも︑然ら5る場合は︑却て各員の責任が散漫稀薄になって︑果ては

其の責任の締法制貼が征漠ごな

hJ

持て行き庭がなくなってしまうご云ふ様なこごがあり易い︒だ

から総動員総掛りさ一宮ふ様な‑}さも只だ漫然さ之を命令した丈けでは到底所期の殻呆は奉げ難

く︑或は掛け控丈けに終る様な結果を来す場合が少くない︒であるから其の事に営る前に芙の

皇図教育の四方面

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事柄の性質内容を充分じ分析解剖し︑業の事業の総掛りに会加する各員企して先づ克く業の事

柄の本質全理解せしめ︑且つ其の事業によりて到達せらる可き目的ぞ明確に認識せしめ︑立(の

目的を達成するに必要なる方針方法手段︑而して各自の能力議長に感じて如何なる方面︑如何

なる部分ぞ捻営努力す可きかを充分に識符せしなるこさが︑根本的に必要である︒斯くして始

めて其の総掛りは総掛りであり︑而も総掛りの問にも夫々蛍然の分強区分が明瞭ごなb︑従て

各自の責任さ一玄ふものも剣明して来るから︑自己の責任を逃るこさも出来なければ︑他の職安

を侵すこごもなく所謂遁材適所に蛍りながら会健ざしては海然して一躍をなし︑総掛りは総掛

bごしての窓義も生じ致来診翠げるこ三も出来るであらうさ考へられるのである︒訓育さ一宮ふ

語は之を庚くぎる場合に於ては前にも言ふた徐に身躍の訓練育成︑智識の訓練育成︑情換の訓

線育成︑並びに意志の訓絞育成の四者印も殺育の四方面会部を包合せしむるこごも︑敢て不

都令ではないかε思ふけれぜも︑普通の場合印も狭義に於ては徳育さ略ぽ同義であって︑之を

分解すれば情操さ意志の訓練育成を意味し︑智育ご陸育の方は其の範囲から除外せられて居る

ωふのであるoであるから皐校殺育なピの場合には智育︑健育︑訓育︑又は智育︑陛育︑徳

育三一式ふ如く大凶恒三項目に括約するか﹄常ざして来て居るのであるが︑共は無論常識的には遁宇

るこさであるけれぎも︑理論的には徳育さ云ひ訓育さ云ひ共に甚だ漠然ごして居って︑其の指

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一不する所が明確でなく︑又た貫際問題ざしても性質範囲が各自の見解によりて庚狭ニA

様な傾があって︑取扱上不便が多い様であるから︑私は左様な言葉ケ排して標題に掲げた様に

陸育︑智育︑情育及び意育の四方面に分ち︑其各の目的︑之を貫施寅現する手段方法︑其の相

互の関係其の数百上の蹄趣等につき︑滋に腕か考究念試みやう芯思ふのであるo

先づ第一に憧育に就ていあるが︑抑も位向日の目的は何であるか︒主︿は身懐中伊﹄後蓬せしなるに

あるこ芯勿論であるが︑然らば何をか身陸の後蓬さ一式ふか︑身長を高くし健重守重くするご一去

ふ様な量の方面も無論考慮に入れぬさ一玄ふ誇ではないけれぜも︑寧ろ其の主眼は質の方面にあ

りさ一去はねばならぬ︒換言すれば︑憧育は身随胞の性能を後達せしむるこさを主要ごするもので

あって︑身陸の長を増進するこどケ重しさするものではない︒更に別言すれば︑身長や館重な

摘が上にも増進するこさや﹄以て陸育の主要目的ごなし e

其の性能の後達を第二次に置︿様な方

針は決して山町田を得たものではないのである︒元来身長や控室は人類ごして略ぽ一定の標準があ

り︑又た人種ごしても民族ごしても一定の標準が自ら存するo所謂優生に関する向学術の進歩に

b其の法の応用資施によりて年月会積み︑世代を重ねたる後には︑幾分其の標準を上進するこ

さは或は可能であるかも知れないが︑其は印も優生法の取扱範囲に属じ︑一般に謂ふ所の賠育の

室岡敬育の四方面

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' ノ、

閲する範固さは云ふを得ない︒又た所謂陸育自身の放呆によりて︑仮令幾分身長陸重等を増大す

るこごが出来ても.若しも其ご同時に其の身世によbて後揮せらる︑性能が︑何等後達する所

がなかったならば︑主︿は決して充分健育の目的が達成せられたものさ云ふこさは出来ない︒例

yダクの銭亜鈴決なざによりて身陸が量的に如何に増大しても︑其の人

の運動が遅鈍であったり.成直却が鋭敏を快いたり︑或は屡々病気に躍ったり︑又は普通の人よ

り長命するこさが出来なかったりすれば︑其は決して睦育の目的を良好'に達したものさは言ふ

を得ないさ思ふのであるo斯かる意味から見て︑各種の教育機関の蛍局者が︑睦育を奨廠する

さ絡し︑陸育成績優秀者の名に於て表彰したり︑賞奥をなしたりするもの︾中で︑往々形態数

量上の標準にのみ重きを置き.主(の性能の高下を等関に附する如︑きものある争見るは︑五日人の

到底賛同し難き庭である︒

陸育の目的上主要さす可き性能の後達さは然らば何を指すかさ云ふに︑勝口養︑運動︑知覚の

三項を翠ぐるを以て迫骨回なりと信子る︒

身陸の性能の最も基本的のものは佐官養である︑放に後一一一伎の後遺を期するこ之は陸育目的中の

基本的のものでる︒蓋し楼養は身躍の活力や‑維持し向上する所以である︒勝目養の良否は滋養物

を飲食する長の多少を意味するものでは勿論ないのであって︑自己身慌が︑提供せられrたる食

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料から幾干の笹養分伝治化掠取し之を其の活力の維持向上に利用し得るか其力の大小佐意味す

るのである︒だから如何に滋養分を多量に合有する美食ケ取るも︑口よく之を明略するこさな

︿︑胃腸よく之を消化吸牧するこごなぐして︑大部分は不消化の佳之を排池してしまうものは︑

?

を消化し︑共の中に合有せらる︑借養分は︑出来る丈け多く之を揺取吸牧して︑之を身櫨活力の維

持向上に利用するものは後一夜可良さ云ム可きものである︑故に勝目一交の後達ごは身睦の替養機関

が︑食物密消化して其の中から出来る丈け多くの勝目養分を蹴取利用する力を向上増進するこご

を意味するのであって︑単に滋養分の多い食物を取るこごではないのである︒然るに世間には美

食粗食さ俊一交の良否を混同する絞な浅慕な考をして居るものが今日も倫ほ決して少くない紋態

であって︑修一一一佐佐良くするには肉類や卵なぜ佐多く食するの一事を以て足れりご考へたり︑管養

不良の原因は所謂粗食の外にないもの﹀如く信じたりするものが随所に存する様であるが︑目疋

は淘に笑ふ可く燐む可︑さの到りさ謂はねばならぬ︒仮Aザ滋養債の多い食物密多量に食しても︑

口之を充分阻附附するこごなくして眼下しては︑第一次の消化は既に不良である︑其上飲食物の揖

制に注立するこさなくし︑て或は一腿々間食生寸含なし︑又は暴飲暴食などをなして胃腸を苦めて居

つては︑従て其の消化吸放の作用を薄弱ならしめ︑折角の法養分多き食料も︑其の大部分は身臆

島岡敬育り四方面

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の活力e智雄持向上する目的に利用せらる﹀こさなくして︑さしく排漉せられて柊ふては︑共の

意味に於て︑勝目養は甚だ不良であるさ謂はねばならぬ︒者し又た辛にして阻鴎も消化も充分之

をよくして滋養分の大部分が身陸内に吸吹せられでも︑身気骨遁皮に緊張し︑筋骨を相営に運

勤して︑新陳代謝を良好ならしむるこどに注意せ宇して︑徒らに阪惰なる生活をしで居るさき

は︑其等の滋養分は過分に沈澱して脂肪に化し︑無用の肥満を来し︑却て身陸活動の自由を防げ︑

不健康なる放態守践すに至るこさがあって︑位育本来の目的に背反するの結果を来すのであ

る︒又た毎食後相蛍の時間(少くさも一時間)身睦精紳の活動営休息し安易にして置くこごは︑消

化作用を旺盛ならしなるに極めて必要なる要件であるのに︑其事を無視又は等閑現して︑過激な

る運動ゃ︑強烈なる精紳緊張を忽して顧みぎるものが往々あるけれぜも︑之れ叉た消化作用を

障碍するこご甚だ大なるものがあり︑従って後一一一伎を劣悪にし︑健育の目的を達するに大なる阻

害さなるものであるから︑此結に注意するこさも極めて必要なこさである︒叉た老衰期に入つ

たものや︑後育盛りの幼少年期の者︑或は病弱なものならば︑特に所謂滋一一一食物さ総せらる︾食料

を幾分多く揺取するの要あるは論なき所であるけれ吉も︑健康なる青年妊年の者が︑みだりに勝目

養々々さ務して︑多量の滋養物ぞ掠取するこごは︑さらでだに若き血潮の蹄躍する時代であるか

.ら︑一居心猿意馬の目印奮狂奔を刺戟し︑共の制禦をしそこなって︑一管に位育の本旨を裏切る誌な

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事に陥り易いのみなら子︑‑人格其者に迄傷を付ける如き場合を生じ易いから︑大に注意を捌ふ 可きであるo要するに替養は身陸の活力を維持向上する所以であるから︑相蛍の滋養分をふ口有

する食料ケ鼠取するこさは元より必要に相違ないが︑其は我国現時の放態に於て最下層階放の

生活程度を山川上せしなるさ云ふこさに問題は存するけれども︑其他のものに調しては︑敢て緊要

視す可き事柄ではなく︑寧ろ吾人の常食を︑よりよく阻鳴し︑よりよく消化して︑奥へられたる滋

一一交分を空しく排池放棄するこさなく︑出来る丈け充分に之を吸股し利用する賂に︑多大の注怠ご

努力を加ふるこさが︑重要践す可き事柄であるさ謂はねばならぬ︒故に美食や運動のみ含以て陸

育の最重要件なりさ渓想する陪昧者流をして︑岨鳴が睦育の第一歩であり︑食後暫時は過激の

運動をせゴるこ芝︑︑過分の滋養物ぞ掠ら eさるこさ等が︑健育上却て重要事項であるさ一式ふこご

を悟得せしむるこさが寧ろ喫緊事であるこさな理解せしなるにありさ云はねばならぬぎ吾人は

考ふるものである︒

次には運動であるが︑位育上運動の後達ケ期するは皐克行動の自由無碍ケ得るを以て主限ご

し︑単に身般の形態室長の増進ゃ︑位カ筋力の強大のみを期するを以て能事了れりざするのでは

ない︒無論其等のこごも其目的の一一部をなすものであるけれぎも︑最も大切なるこごは︑各自が

皐岡敬育の四方面

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其の業務に営る際に必要に︑応じ其身踏を自由自在に使用し得るこごを期するにあるo故に行

動の敏速さ持続の耐久さを遺憾なからしむるが怨めに︑強盛健忍なる健質健カケ鍛練し︑疾病寒

暑苦難に劃する抵抗力を養成するを以て本旨ごするものであるが︑一克ホホ陸育上有放なる手段芯

して採用せらる︑陸操︑数線︑競技等の諸方法には︑銀苦快乏に耐へなければならぬ機舎が多

︿︑又た優勝劣敗の決が頗る明白に表示せられるから︑強烈なる意志︑機先を制し︑攻撃に長

じ︑優勝争品開変する︑剛健武勇の精神を併せて修養するこさを得るものである︒然れざも弊害

も生宇るこさも亦た決して少くないから︑大に之を防ぎ︑避けるこごに心掛けなければならぬ︒

其の弊害の著しきものを例示すれば︑競技運動を以て少数選手の専占に蹄し︑一般陸育の目的ご

は会︿筏交渉さなるのみなら子︑或は︑運動の普遍化を阻害するに至り︑或は専門的技術の巧妙

を競ふて︑民衆鰹育の貫盆に背馳し︑或は視覧粋ぞ徴集して只ポ1

y

は遂に職業化して興業譲人の亜流に墜落し︑又は

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T枝︑新聞一般︑土地又は交通合一肱等の康告手

段︑販路撲張︑利益増牧の方便に利用せらる¥Aが如きの類]枚泉に迫ゐら子︑然らぎるまでも︑

勝負に熱中するの徐り︑本業四千務を放節して顧みやJ︑遂には立身の途を設

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着賓の業務を離

れて出世の機を失ひ︑放浪の悲嘆を仰つに至る者も敢て稀なりさせぬが如きは︑睦育の本旨γ

Md

るも甚し戸識はねばならぬ次第である︒

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憾育寅施の方法ごしては睦操を主位に泣く可きは論を倹たない︒最も合理的に陸育の目的に通

令する様に考案せられて居るからである︒故に向学校に於て・は各種各等高下を通じて之を必修科

さなす可きである︒国民一般の匁めには︑国民睦操ケ制一定して之が︑震施ぞ奨廟するこさの極め

て必要なるこごを吾人は主践するものであるo陸操ご相並んでは殺線である︒教練の目的は草

なる睦育のみじは止まら子︑紀律節制を扮ゃん正殿粛にし︑併せて軍事閥防の目的にも協ふものであ

って︑一暴雨得の利盆がある︒次には剣道柔道弓道其他の武道があるの我闘停統の士道精紳を併

せ養ふこどが出来て甚

v h 賞む可きものである以上は亭校以外に於ても特に之?奨厩するこo

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が図民健育上望ましさこさである︒野球︑庭球︑乗馬︑陸上競技︑操艇︑水泳︑相撲︑‑フグピ

Y

I其他各種の競技運動も︑皆な特長あり放盆あb︑且つ夫々特殊の興味あ

るを以て︑睦育運動の目的ケ達するさ同時に︑図民娯楽ざして極めて良好なるものであるから︑

間宇校に於ては亭・一次曾等の事業ごし︑皐校以外に於ては︑各種の国睦や倶楽部有志等に於て之を経

o女子の睦育は陸操を主ごし︑遊戯舞踊の高‑備なるもの︑及び弓道︑薙刀︑

庭球を之に加へて趨宜に奨周す可きである︒}近時早校笠{育じ於て︑睦挟割引の段廟なる買施ぞ緩

めて︑随意運動を以て之に替へんざする傾向一部に見ゆれ玄も︑吾人の賛する能はまる所なり︒

寧ろ健操教練及び武道を︑各級のm学校に於て必修ざし︑主(の時間含増多せんこさを希望せざる

皇制教育の四方面

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らしむるこさや﹂意味するものであり︑現力聴カの健全なる泌伝達は特に電一ん十可きである吉田ω

ふ︒世間陸育熱の頗る盛なるに拘ら子︑近視眼者の数は少しも減少せざるのみなら争︑近時は

却て増加の傾向すらあり︒試みに中等率校等に就て調査して見るさ︑三十パーセント以上の眼鏡︐

使用者あるは珍しから?︑私の今春漉察せる某商業向学校に於ては︑近視眼者五十.ハIセシトを

越えて居った向学級があって喫驚した甲}さであったが︑是等の現象から児るさ︑我図今日の髄育熱

なるものは︑多くは頗る皮想浅薄なる外形的のものに過十して︑現力聴力の如き人間活動の重

大利器の健全なる後遺に深き注意を梯ふこごなく︑単に競技の流行や運動合の盛大なるを見て

能事了れりごするが如き︑幼稚なる程度を股せざるものではないかの疑があるのである︒此等の

方面に就ては更に専門家の調査研究を侯ちて大に施設する所がなければならぬ︒積極的に各種

知覚の後達を企図するこご元より必要であるが︑一方消極的に其の一障害損傷含防衛するこさも

大に力めなければならぬ申﹄さであって︑此賠から珠防衛生の事︑又た位育上軽現す可から5

さであるご思ふ︒吾人の考ざしては︑我園現今の陸育の股熊は︑替義︑運動︑知覧の三大要目の

中︑ぬ怖かに其の運動の一項丈けは和や世人一般の注意を惹き︑相蛍の施設奨厨も行はれて来た

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けれぎも.修養さ知覚二要目に就ては︑未だ殆んぎ等閑現せられて居り︑其の重要なる所以に ついてすら︑識者の充分なる注意が梯はる﹀に至って居らぬ援な︑非常なる幼稚であり︑醜き

践な有様に在るものであって︑今後識者の最も一切同意す可き黙は︑今日迄等関税せられ或は無視

せられて居った︑笹養及び知覚の健全なる後達ケ遂げしめ︑以て睦育会般の放呆をあげ︑充分 に其の性能を後探せしむるにカ

hu可きであるさ信?るものである

o

精紳的性能の後達は︑知育情育及び意育の三方面がある︒要するに数育的方法によりて︑業の 向上後建が期せらる可きであるけれぎも︑其は決して皐純一様ではなく︑程々なる手段を遁じ

て匁3れなければならぬ︒現時最も主要なる数育機関は︑一三一口ふ迄もなく向学校であるが︑従来の皐

校教宵は︑知育に偏して居り︑知育英者も甚だ不完全なものであったご言は︑ざるを得ない︒尤も

智 其 識 に 世 絞を?も

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の問に︑彼等の数百年間に到注したる智識のVYに迫ひ付かう?と玄ふのであるから︑何事も騒 け走式であり速成法的であった潟めに︑到底完全ぞ期するこ之が出来なかった︒今一つは図家 始め各級自治随胞の何れもが財政窮乏勝であって︑殺育機関数育施設を充分に備へるこごが出来

皇国教育の四方面

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子︑園民の義務教育の如きも︑四年或は六年さ云ふが如く︑欧米諸図に比すれば著し︿短少の年

月しか奥へられない決況であるから︑♂こうしても仲んびりさ亭に遊ばしめ︑充分習熟健得せしむ

るご一宮ふ撲な殺育法を採用して居るこさが︑出来なかって次第でもあり︑中等殺均円以上に於て

も︑数育費向学費を軽減せんごする事情其他から︑亭年短縮が要求せらる¥A事情もあb︑欧米諸図

等に比し︑外図語に多大の時間を使用しなければならぬ特殊の事情の下にあるに拘ら子︑成る

可く短少なる教育年限で︑共の目的を達成しなければならぬ様な次第で︑労不完全に陥るは免れ

得なかったのである︒然しながら過去のこさは巳を得ないざして︑今日に於ても倫ほ右の如き世間

カに引歩られて︑不徹底な其の場凌ぎの方法に甘んじて居つては︑到底真の大図民を育成するこ

ごは出来ないさ思ふ︒抑も智育の固満完全なる殺呆をあげるには︑古来︑博率︑審問.恨思︑明

枇問︑篤行の五段の方法を経なければならないさせられて居る︒然るに今日の教育には︑概して此

の中の一段か二段しか出来て居らぬ戚がある︒其の多くは﹁博︿之を皐ぷ﹂ご一玄ふ︑所謂知識の

博採誌込しか行はれて居らぬ︒試験制皮によりて審問恨思が飽かに行はれて居るのであるが︑其

すら気の弱レ父兄の泣き口や︑一部不徹底無定見の殺育者によりて︑試験地獄なぎ﹀云ふ悪名会押

し被せられて︑段々試験業者の厳粛紳墓の債値が忘却無親せられんさしつ﹀ある︒数世紀前の支

那の皐者ですら︑智行合一を唱へて智之行ご合一するにあら︑ざれば︑智の鼻︑の健得図熟ではな

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しごしたに拘ら子︑今日の我図の智識殺育は︑車に智其者の雑駁なる羅列詰込記憶陪一諭以上に迩

められて居らぬさ一玄ふ申﹄芯は︑買に憐れむ可く恥づ可き朕態であるさ云はねばならぬ︒中等数育

も高紘一す殺育も︑雑多なる智識を口から耳に移しては居るが︑之を陸得活用する程度に致果の奉つ

て居るものは︑買に甚だ少い様である︒充分に之ケ理解して不審の黙は委細に之を討論質問し︑

更に其の智識を慎重に思考玩味し︑賢地の場合にあてはめて鉢識差別をなし︑進んで之ぞ貴地 の行賞に活用して遜誌なきに至る迄の経路が路ませて無い︒買に遺憾なこさである︒特に甚し

いのは其の教育に静岡る殺師皐者其者迄が︑単純なる博践す主義の人たるに止まり朝に外来の新著

を読みて︑タに其の九呑みの醗誇智識を吐き出して︑右から左に轄侍し︑播き散らすご云ふ紋況に

陥って居るものが少くないから︑之を授くる者にも受くる者にも︑業等の智識は浅薄なる好奇ご︑

‑空虚なる外飾ごの外には︑何等深き興趣もなく︑成激もなく︑生気も夏じ無いもので︑恰も縁日

の夜圧に持出された植木の頁買の如きの類に︑過ぎないのであるから︑到底困民の精一紳的大地に︑

底深く様康く根を張りて︑幹ケ長じ校を繁らし︑画々亭々雲漢を摩し︑

四港を蔽ふ様な智識の大 木に成長するこさが出来ないのは︑何等の不思議もないこごであるo

斯の如くにして深高なる等

問の隆典獄立を望み︑偉大なる思想の開反後達を期するこさは︑全く木に絞りて魚を求むるより

も難きこごであるご云はねばならぬ︒此等の弊を改めるこさは決して容易ではないが︑第一に

皇園教育の四方面

(16)

一 六

国民義務教育の年限延長を賃現するこさが必要であり︑中等及び高等専門数百に於ても︑みだり

に速成

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m覚悟しなければなら子︑漢字制限なぜ︑一疋ふ類の︑

一泊縫的退嬰的態度を拾て﹀︑柔軟簡便教育法なぎに迷は宇に︑必要なるものに濁しては︑如何な

る困難をも排して之を途行する強剛竪確なる態度に改めなければなら歩︑不統一なる雑多な智

識の羅列詰込主義を改めて︑我日本の過去現在将来に印して必須なる智識を統一的に授け︑而

も之を勿々忙々さして馳走的に押し進めるのでな︿して︑悠々締々ざして.審問慌忠明弊し︑

然る後に篤く之を行買に活用するの域に進め︑徐々に智識の妙味を玩味し︑院予問の清興に俊遊

せしむるの気皮を持せしむる様な︑態度方法組織施設にやり替ふるこさが必要である︒

情育は情操的性能の後達を期するのである︒世人勤もすれば︑情操の教育は︑車に詩歌︑文部一︑

美術︑音楽︑演劇︑活勤潟英︑立ペ他誌梁機関等伝道じてのみ養成せらる︑かに考ふるものあれ

ざも︑是れ甚だ狭隆なる見解であるo其等のものによりて養成せらるこさは無論であるが︑主︿

等のものは充分の注意指導監督をしなければ︑低調賎随に流れ弊害を醸し易いから︑深厚なる

注意を挑ふて高倫優美健全なるものを奨厩するにカめなければならぬ︒元来情換の殺育の最も

基礎的にして而して重大なるものは︑命皇︑敬一胸︑崇姐を始めさし.親子の孝慈︑夫婦の諸

(17)

和︑師弟の敬童︑同胞の悌愛︑朋友の信誼等であり︑更に進んで虞︿赴曾人々の問の謙一議雄節に

bて︑醇風美俗を後揮し︑更に及ぼして器物家宅村口巴都市図家人類を愛重し︑禽獣草木をも愛

憐し1以て人生会して卒和の郷閣さなし幸一臓の浮土ごなすにあるのであって︑必十しも之を教

壇から教導せられ︑書冊一義に皐得するを俣た子︑日常の一一一口動進退の聞のあらゆる機舎仁︑人間本

然の温か︿美しき愛情ケ査し合って︑節度を越えない彪に存するのであり︑之を︑近きよb遠き

に︑高きより低きに及ぼして巳まざるを要諦ごするものであるo之や‑後揮するは敢て困難なる こ芭ではないが︑之を完ふするこごは中々容易でないのであるJ

特に等皇︑敬紳︑崇施︑孝親は︑我鴎民的情操の中心本源をなすものであb

頂をなすものであるから︑此貼を最も重要ごしなければならぬo皇国日本の園民たる者は︑老弱

男女何人吉雄も︑毎朝皇室さ皇大紳宮を逢奔して︑最上の等敬を捧ぐ可きである︑然る後︑郷土の

紳一肱さ自家の組先を奔し︑次で組父母︑父母其他の家内の等親族じ敬麓挨拶を行ふこどを快て

はならぬ︒此の行事は皇国日本図民の血管内に持動する真紅の熱血中に固有する基本的純情の︑

最も美く溢かき具象的後露であって︑我図民百行の本源であり︑高徳の根務であるo図民奉て

此事を行ひ此の情を虫食ふて怠らざれば︑図に乱遂の臣な︿︑家に不孝の子を絡ち︑民皆な紳を

長れ︑人悉く組を敬ふて︑報本反始の賀選b︑君民を父子ごし︑天下を一家ごする︑至善至美の

皇国教育の四方面

(18)

園風は︑更に一段の先輝を増すであらうo危険の思想惇逆の陰謀なざが︑何の間際ありて此の間

に後生するこさを得んや︒近時我闘に起れる共産議事件の如き恐る可き事態は︑外来の影響も勿

論ないではないが二には内部に於て︑上記の如き根本的なる図民情操の弛緩油断から起ったも

のさ一宮はゴるを得ぬこ芯は︑買に悲む可きιさである

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1や羽野共に樗然ごして驚き悟然ごして

怖れ︑目疋が防止絶滅の結局め仁︑種々なるこさが企てられて居るが︑多くは何れも一時を糊塗する

お症療法的のものであって︑少しも其の根治の正道を得て居らないかに考へられる︒検拳する

もよし︑厳刑を加ふるも悪しからや︑監督指導も必要には相違ないが︑其等の何れよりも大切

なるこさは︑我園間有の美俗良風たる︑常皇︑敬紳︑崇組︑孝殺を盆奨廠普遍徹底し︑上長は下幼の

模範ごなb︑先達は後進に卒先して︑之を貫行睦現するにある︒世人度々言ふ所の︑思想は思想を

以て克服座倒しなければならぬなぎ三玄ふ甲‑ごは︑一見理あるが如くにして︑立(質論争を繁雑

にし︑猪知日を煽動するの外︑多く得る所がないのでみのる︒寧ろ黙々一牛々ごして︑図民固有の純情の

後露争︑日常行事の上に善導美化するの︑根本的なるに若かないさ思ふ︒而して其の最も基礎的な

るは︑上記の如く︑常皇︑敬紳︑崇施︑孝親の四者を︑日夕行住の問に慣行せしむるにありさ五日人は

信余るのであるo更に之に次で︑師長に謝する雄容︑敬語︑座席を恨み︑夫婦謎和し子弟を愛憐

し︑朋友の情説︑一枇交の恭謙に及ぼす可きである︒特にm学校殺育に於ては︑師弟の道を粛振する

(19)

こごの今日に於て最も須一安なるものあるを戚性玄るを得ない︒斯くの如くカなるならば︑家に

一枇舎に岡家天下に︑常に清く高く美しく温かき情操の香風が吹き波b

の額放は自ら影をひぞめ︑跡合絶つに至るであらうご思ふ︒備は︑儀式︑漣儀︑古俗︑野習の問

に︑戚情の向上調和守岡b︑実の珠湾髭を醇化し︐美化して︑共の激逸過不及を調整する妙味卓殺を

存するものが決して少︿ない︒魁舎の良風美俗は︑却で斯かる行事事物の問に養はる︑こごの

少なから5るぞ悟

h J て︑識者たるものは共の保維脱税法を心掛︿可きであるぜ思ふのである︒

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意育は︑人の性能ざして意士山の後達を期するものである︒意志の後達は如何なる方法により

て之を結局す甲﹄ごを得るかご云ふに︑之は主ざして鍛錬によらねばならぬ︒印も武道の如きものに

よるのであるo今日で一一一一口へば苧校教紋や運動競技の如きものを利用するのである︒古来文武雨道

の粂備が大切だご云ふた意味は︑文で知ご情ごを一一交ひ︑武で身躍さ意志さの鍛錬&匁したのであ

って︑智育︑情育︑意育三者粂具併迩が︑人格の回満なる向上後遺じは是非共必要ださ一玄ふ意味で

ある︒鼠・に斬ったり突いたり射たり駆けたbするこさの巧妙を競ふごころの武技を︑英程大切だ

ご一玄ふたのではない︒武ご云ふ裂には︑直ちに鍛錬せられたる怠士山を‑認めて居づたからである︒

大和魂芯一宮ふ其の魂は所謂気腕であ

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︑智備を会然意味しないuご言へなレけれ♂とも︑主ざして強

皇儲数百の四方面

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(20)

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烈にして毅然たる意志子指して居るのであるo今日の心理撃で怠士山さ呼ぶ所のものは︑昔は意気

又は単に気さ云ひ︑或は気塊さも云ったものご略ぼ同じかさ思ふ︒尤も意気は︑或場合には美し

き情により彩られたる︑毅然ざして死を怖れ?︑遂行して悔ゆるなき志士山を意味した'﹄ごもある︒

気慨さ一玄ふは︑理を路み義に立ちて︑意士山を強烈に徹底するこさである︒気筒ごは︑意志を節度に

合せて活用するこごであって︑事理に迷は子利慾に惑はぎるものを一玄ふのである︒要するに所信

を断行するカである︒其の強烈なるや︑富貴も淫する能は子安賎も返す能はや

d威武も屈する能 はぎるのみなら子︑死をすら怖れない︒否な否な只の死のみではない︒如何なる残虐の死をも 甘んやJるのが︑古来大和民放の気塊であり怠士山脱税揮の精華であった︒此の意士山が消極的に表る

︑泊三きは︑沈着さ名けられ︑忍耐さ務せられる︒百折倫ほ務まざる志気であり︑お難一時に一過ま

つでも動性︑ざる意力である︒此の意士山カを鍛錬して置かなくては︑大和魂の相続者さなるこさは

出来ない︑文武粂備の人格は出来上らない︒如何に智力があっても︑強烈なる怠士山カがなければ.草

なる物知りたり︑録音なる辞典たるに止まりて︑買際の用をなきゃJ︑事業を成し遂げるこさが出来

なレ︒其の情操が如何に美し︿優しくあっても︑毅然たる意志によりて之を節制駕禦しなければ︑

痴情溺交に陥

b︑儒弱無恥に流れる︒古来文さ共に武を重んじたのは︑此結に見る所あったからで

ある︒今日の運動競技は︑軍に陸育上の意味ばか︑りではなて︑昔の武の意味に於て︑極めて重要で

(21)

ある︒然るに近・家主︿等のもの︑賀状を視察するに︑多︿は娯楽ケ第一ごなし︑陸育を第二に置き︑

意士山の鍛錬の如きは或は忘れたるが如く措て同はぎるものが︑比々皆な然ら︑ざるはなきかに見ゆ

るのは甚だ遺憾なこさであb慮一変す可きこごである︒要するに意志の鍛錬は︑先づ其の消極的

方面.印も恕苦侠乏に克く耐ヘ克く忍ぶこごから入らなければならない︒優柔儒弱含恥辱ごす

るこさから固めなければならぬ︒

質地に長主食するこご︑和月累年︑恕苦具3にゆ甘め︑幾度か死地に出入して始めて︑出来上るの 一朝一夕の克くする所ではない︑千鍛高鋭︑事場に錬磨し︑

である︒異佃毅然強烈なる意士山を養成して︑大和魂の相殺人たるに恥ぢぎらんさ欲せば︑要す

るに其丈けの覚悟が必要である︒

今日疋ケ世界の大国民につきて︑英国民性の特徴から見る芝︑何れも皆な此の三者に於て他の図

民に卓越して居るが︑強て差別の視を試むるならば︑猪逸は智に於て最も秀で﹀居

h J ︑偽蘭西は

情に於て優って居り︑而して英図は智に於て或は溺逸に劣り倍に於て偽図の下風に立っかも知

れないが︑共の立士山の強大なるこごは泣く︑此等の図に勝って居るo地球上一千諸方哩の領土

さ四位七千高の人口さを領有統制して︑府川ほ且つ徐一服かけ﹄見せて居る彼英国の世界的地位は︑主

ざして其の強大蛾烈毅然不動の立志のカに依りて到達取得せられたものご見なければならぬ︒

皇国教育の四方面

(22)

顧て考ふるに︑近時の五口日本国民は︑智識に於て長足の進歩?なした︑或方面に於ては︑濁逸

さ甲乙を争ふ程の黙に迄達したものもあるさ槻られて居るが︑情操に於ては残念乍ら倫ほ甚し

く組野である︒寧ろ封建時代に到達せしレペYから幾分逆戻りさへして居るのではないかご疑

はれる︒漣儀が典雅でなく︑交際が下手であり︑加︑車︑族{倍︑集合︑道路︑一公園到る所に︑

否々議命日に於て率緩殺室に於てきへ︑無作治︑無秩序︑陥一器︑乱雑︑無漣︑宰闘が暴露せられ

る︒偶々行はれて居る雄儀作法の中には︑沓時代の形骸だけな留めて︑共の生気は既に股け去

ったものなどが少くない0・英︑仰に及ばぎる事遠きのみなら子︑支那にすら及は︐さる黙が稀で

はない︒是は淘に大図民ざして︑由緒正しき赴合ごして︑恥かしさ事である︒共の養成向上に

は︑是非さも大に努力しなければならぬo尤も其には之れ迄智を求むるに徐b

徐事を顧るに遣がなかった明治大正の時世の自然の結果もある︒放に今後に於ける奨周指導が

肝要である︒意の方はぜうであるか︑一宮ふ迄もな︿︑我図は大和魂の本家本一万であるo共の蛾

烈なる志気怠カは︑買に鬼紳をも泣かしむるものがあったのである︒然しながら今日は来して

依然ごして答の如くであるか︑是又甚だ疑はしい︒近頃日本闘民は︑内にお冶修︑儒弱︑淫廃︑

放逸になって居りはせぬか︑外に委縮︑退嬰︑追随︑迎合を事ざして居らぬか︑強盛なる意志

のカを以て︑今日の大帝図ケ致せる英図民に比して︑果して如何の戚がある︒或は濁仰にすら

(23)

︐及ばぎるの腕なきか︑五日々は明智慧哲の図民︑典雅敦厚の園民たるさ共に︑勇敢沈毅剛健なる

国民でなければならない︒今日の困難なる日本の運命を打開して︑白主連を無窮に扶翼し奉り︑

国民生活の絡調安会ぞ企固するには︑五口々は蛾烈強盛なる意忘の図民さならなければならないの

其が結局めに各自はあらゆる機舎に意志の鍛錬をカむるの妥がある︒

斯くの如くして︑睦育︑智育︑情育︑意育の四者粂ね行はれ併び進んで︑各人は其の人格の

後遺向上を期するこ之が出来る︒後述向上せる個々の人格を成分ざして︑岡家壮舎を組織して︑

始めて其の図家一肱舎は︑有カ強盛にして而も口問位高き園家一枇合たるこごを得るのである︒斯か

る岡家一枇舎にして︑始めて其の図民注活の絶讃安全が保一陣せられ︑英国民的生命は︑無窮に之

を存続後展せしなるこごが出来るのであるo吾等が皇速を無窮に扶翼し奉らんざする・︑立︿の寅

行方法の殺育的方面に関するものは︑先づ右の四項にあるこごを竪く吾人は信じ︑設で此の一一一ロ

をなす所以である︒

皇図教育の四方面

参照

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睡眠を十分とらないと身体にこたえる 社会的な人とのつき合いは大切にしている

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注)○のあるものを使用すること。

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