黄瀬川扇状地とその形成過程
著者 高橋 豊
雑誌名 静岡地学
巻 41
ページ 4‑13
発行年 1980‑06‑22
出版者 静岡県地学会
URL http://doi.org/10.14945/00025595
岡地学
41
号(1980)
官霊園
m m語
菅島
m m圏
宮自
B /
様 ネ
リア
期辺の地形を構成する三島扇状地(留 1 )は、
ように、
の基底溶岩とこれを被う スコ
これら
からなっている
O
黄瀬川流域に拡がりをみせる薦状地に帆石田"の地名を な層相からなるO
いま
のうち、中位・下位段丘 に区分される部分を m黄 瀬 川 扇 状 地 "
とよぶことにするならば、
7m
前後の からなる ︐ ︐ e saji
生成もそう昔のことではなかったらし い。堆積物中の木片の炭表
14
年 代 は2
,760
士120
年B.P.
を示したO
つ まり縄文後期以後のできごとであると 結論づけられるO
以下、黄瀬
) 1 1
康状地堆積物の 分、狩野JlI
下流域の沖穣麿との対比、としての黄瀬川薦状地堆積物
i
粛状地の生いたちと、の について を力11えた
O
の
鈎 明 弘 開 閉 欄 叩 側 側 関e
国
1
北{許更平野の地形図5 m
ごとの等高繰を訴す。A ‑ Kは ボ ー リ ン グ 地 点 で 鴎2参照
S
は 沼 津 市 下 石 田 ボ ー リ ン グ 地 点I 狩野
J I I
下流域の沖議題の狩 野
J I I
の流域にひろがる北伊豆平野を、沼津から狩野1 1 1
沿いに 模式的に届くと国2
のようになる( A K
は図1
参照、)0
すなわち、下位から
1 .
下部磯層a
砂磯署で大部分湾成堆積物と判断されるO
に向って南北に切った断面を
を挟む。一部に瀧接の貝殻を含む。
ることができ、下部
C
は 貝 殻 混 り シ ル ト 層 、 上 部 ど は シルト耀からなるo C
震に含まれる貝化石は外海の影響をうける内湾の2 .
b 下部シルト貝化、かつ
浅海砂泥底棲のものからなり
Pγ ocl
αU αpfeffe γ i
(ヒメカニモリ)、Anomalodiscus
sqμα
mo
♂ω (シオヤガイ)など、現在紀伊半島以南に分布するものを含む。4 .
上部砂耀d
浮石摺をはさむ浮芯質砂層、貝殻もみられないし、荘藻も検出できなかったO
本県立沼津北部高校
‑4‑
おそらく ない であろう
O
5 .
会ミ と考えられるO
詳 し く み る と 下 役を は さ む 。 上 位 は シ ル ト に な っ て い る
O
は+ 3 m
、 の璃ノ上では、6 .
いる
O
さ から わたる
ほ から、
の11::右をみる
O
i立、 して
は 、 寵 か ら 北 へ 向 っ て
しており、 にイ半しづヒ
が み ら れ 、 や が て
"が形成さ れ た こ と を 示 し て い る
O
この は、以 南 に
む火
乙ー?場
U
鵠AZU
30
符1
20
1む
G
四
1 0
B
る と メ カ ノ コ ガ イ ・ シ オ ヤ ガ イ を
の は さ み が 多 い
O
5域JZENJIーふ
し
下 部 シ ル ト から に か け
‑ 2 0
て 、 一 時 控 水 化 し た よ う で 、 再 び 上 部シルト繕の終期にも
"がつくられた
O
この閉の変化にはも ま た は 小 海 し て い る ら し い 。 こ の 地 域 の の上限は、 J!I
j;争点、での海成上部 シ ル ト 暦 の 上 限 の 標 高 十 2.5m
、澗ノの民化七}曽の上限は標高十
2m
であ るO
1I Jl
I
薦 状 地 の 露 序 区 分申込
G
叫
50
国
2
北伊豆平野明;中模襲"の模式的額面関A:
港 大 橋B
御成檎,C
:東京蘇糸,D
:黄 瀬JI¥, E :三島市長伏, F :大場JlI安 久 G 蛇 が播, H 韮 出 小 学 校 北 韮 山 駅 前 , J 伊 立長関駅前,K
自山堂L
狩野JlIの 現 河 床 語 A ‑ Kは ボ ー リ ン グ 地 点 , 位 置 は 鴎 1に恭す。a
下部穣層,b
下部砂留,c
,c ' :
下部シルト 層,d
上 部 砂 麗e
上部シルト麿, f 最 上 部泥砂磯!翠i扇 状 地 堆 積 物 の は、黄瀬J1
1
.狩野J I I
合流地点や、黄瀬J11
流 域 で の 踏 査 結 果 、 お よ び ボ ー リ ン グ 資 料 か ら 、 図3に ま と め ら れ るO
黄瀬J11
環 状 地 堆 積 物 fは 、 間2のfに対比され、KI ' " " K 6
に 細 分 さ れ るO
直 下 に は 、 汽 水 な い し 海 域 の シ ル ト ・e
、 そ の 下 に は 青 灰 色 海 成 砂 磯 層dが みられる
o e •
d各 層 は 、 間2のe •
d層 に そ れ ぞ れ 対 比 さ れ るO
各 層 の 特 徴 は つ ぎ の と お り で あ る
O
下位から、1. 砂 磯 麗 d 青 灰 色 、 粒 径 2'"" 50腕 で
i
起 源 の 嬬 平 漂 砂 擦 を 主 体 と す る 海 成 層 。 国2
の 上 部 砂 層dに穏当する O
上 部 に は 黒 福 色 の ス コ リ ア を 混 入 す るo 0 m水 準 以 下 に み ら れ る の が 普 通 で 、
と し て 、 よ く 締 っ て い るo ‑ 1.
0 m
~‑ 4 . 1 m
の 層 準 に 中 砂 ・ 浮 石 の をはさむ。‑5
一i
∞
lの特徴総括義
N {鐙 度 経 成 ( % ) 透水係数
k (m/min)
2 0 3 0 4 0 寸
M
。 ー ‑ ‑ ‑ ー
J
一一一一一 ー←一一一ι一一一......
d
機
i器密資
1必slr斗 1 ‑ ̲
シルト粘土産話 寵謹粘土
豆ヨ断
i機 木 片
14C
年代2
,760
土120
年.B.P.2 . e
の 流 入 が み ら れ た と お も わ れ る り
シ ル ト
3
)から推して に 淡 水 の 流 入 の な水域でも ないる
O
してされるo
0
m‑‑‑‑十2 .9
mの 水 準 に み ら れ るO
抽 出 さ れ るの と考えられる
O
このことは、し て い る も の と お も わ れ る 。 前 述 の が 50 惑をしめることからミ
より
十 2.5
m
よりやミ低いが、汽水
"の にあったことを、
へ の 沈 み 込 ケ 111に向けて
3. f
向 が み ら れ る た め か も し れ な い 。
i i
t s r
f ~こ対比 火 される
O
によりも でいう m ジャワ
マ サ " 殺 に
る。[盟3の層序区分 fの
K . K3
・K4
・K5
が こ れ に あ た るO
下位には、の ス コ リ ア か
K6
があるO
らなる 以上、
にみる
ヵ: る i土、
にみる の とよく
る
O
亜 の
と そ の
一 宇 ーは間
3の
分 f
=K 1 ‑ ‑ ‑ ‑ K6
にあたるO
鱈 厚 は 瀬JlI
沿 い に 厚 く 、 南 丙 にる
O
葉 瀬1¥ 1.狩野11¥町 長 沢 地 先 ( 図 1の 1地点、
2 )
の高島町 で は 約13.5 m
、地 先 ( 閤
l
の2
地 点 、 写 真1
)ではι 7 m
、 浮 島 の 低 湿 地 の 大 諏 訪 地 先 で は、 1.5 m
の 厚 さ で あ るO
寅 瀬
J I I
篇 状 地 堆 積 物 を 閤3の〈菌
1
の2
地 点 〉 に み る(上)[翠
3K
1 ~Ks
麗 の 拡 大 写 真K2
暗掲色騒KI 下 位 は 暗 灰 褐 色 粘 土 (由競の土)上位は盛土 (下)国8の K1~K 苦層、スケール 1
m
‑7‑
分
K l ' " " "K6
の/1関序にしたがってその特性を述べるO
民 表 土 で 、 黒 土 色 属 植 土 問 黒 ボ ク 押 で あ る
O
層 厚40~ 90c m o
回 関 で は 、 踏 灰 褐 色 粘 土 層 が90 c m
の 厚 さ を み せ る こ と も あ り 、 市 街 化 し た 地 域 で も 、 図3の よ う に 、 埋 土 の 下 に 、 か つ て 田 間 で あ っ た で あ ろ う 粘 十 層 が5 5 c m
ほ ど 認 め ら れ るO
こ れ ら 表 土 を 構 成 す る 、 畑 地 の 耕 十 @ 回 開 の は 、 下 位K2
に 臨 接 す る が 、 ど の 露 頭 で もK2
を 貫 く 様 な 植 物 の 根 の 発 達 は み ら れ な い 。K 2 " " ' " K 5:
山麓でいう m ジ ャ リ マ サ " 状 に 臨 結 し た 4枚 で 、 そ れ ぞ れ 、 黒 褐 色 火 山 砂 で 多 孔 質 ス コ リ ア か ら な る 砂 されているO
これらK 2 " " ' " K5
は 、 粒 径 1""'.2閥 の やL角 ば っ たが、
5
仰 ほ ど の 縮 機 を 混 じ え 、 さ ら に 、 わ ず か な 最 の 黄 掲 色 の 混 入 で 間 結 し た ものであるO
どの謄も、粒径3 ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ 6 c m
' " 3 0 c m
の磯、 ときに 1,......2 mの臣擦を見るにつけ、を 、 特 定 な 層 準 に は さ む の を 特 徴 と す るo20 の 泥 流 に よ る 堆 積 状 態 を み る お も い が す る
O
では、 く 、 大 小 の 擦 が 突 出 し て お り 、 灰 色 が か つ て み え るO
つぎにも粒度組成に注目し、各}曹の地盤特性をおってみる
O
閣
3
に 示 す 深 度5 . 5m
ま で の 粒 度 組 成 は 、15
弘 前 後 の 擦 を ふ く スコリア費細砂を、1 0
弘 前 後 の わ ず か な シ ル ト ・ 粘 土 の マ ト リ ッ ク ス が 国 結 さ せ て い る こ と を 示 し て い るo K4
は 磯 が 臨 立 つ も の の 20場 ほ ど し か 含 ま な いO
耕K2
は 様 、 シ ル ト ・ 鮎 十 の が各15
婦 の 割 合 を し め し 、 地 盤 強 度 ・ 地 の 相 対 密 度 を 反 映 す るN値 が れ と 、 中 の 最 大 値 を 示 す こ と は 注 目 さ れ るo K4
のよ う に 機 質 だ か ら と い っ てN値 が 最 大 値 を 示 す と は か ぎ ら な いo K
2
は ち 密 な 前 婦 向 ロ ー ム 質 泥 砂 磯 層 と し て 、 黄 瀬J I I
扇 状 地 の ほ 域 の 表 層 を 被 っ て い る の が み ら れ るO
の N{I箆が 20前後と大きいのはも 組成とくに砂に対する礁、 の 割 合 、 さ ら に 、 こ れ ら 粒 子 の か み 合 せ が 地 盤 強 度 に 大 き
を 与 え て い る こ と を 示 し て い る
O
図
3に み る 透 水 係 数 は 、 各 躍 の 透 水 性 の 良
を表わしている
O
d の 海成 砂 磯 騒 が
1 X 1 0 ‑ 1
, " "1 0 ‑ 3 m /
伽と、縮機・粗 砂 ・ 細 砂 ・ 浜 砂 な ど と の 透 水 係 数 を しめすのにくらべても
K3
・K4
・K5
はら×1 0 ‑ 2̲̲ 1 0 ‑3 m /
加 と や L低く、K6
のシル ト摂り徴縮砂の では 5X 1 0 ‑ 4 m
パ'in、序 分
eの シ ル ト @ 粘 土 層 で は 1 X 1 0 ‑ 7
m/勾
と 不 透 水 性 の 高 い 震 と な っ て い る
O
2
‑8‑
? の
1 観 点 〉 に み る 麓 瀬J I I
f層準Kl~ K5 (ス ケ ー ル 1
m )
ときに鹿径 1~2m におよぶ臨機をは さみ、泥流堆積物であることを示して いるO これら思擦は、洗い出され、議 瀬Jllと狩野川との合流点下流の河床に 集積し、 黒瀬"をつくっているOのせではも し をしめ
の}替K2 の 透 水 係 数 は
1 10‑ 4
とや L いが、 で さ れ る Kzは、ロ ー ム 智 紹 砂 か ら な る べ た つ と し た
三 コ
じの で あ るO
状 地 に み る 畑 地 ・ 出 がも4 0 ' " ' ‑ ' 9 0 c m
と い こ と は 、 下 位 に るK2 が 作 物 の を開 る ば か り で は なく、 を るため、 の を き や す い 点 め ら れ る
O
薦 状 地 に 眠自 " の 地 名 の い の も う な ける が す る
O
N
地 が 形 成 さ れ た 時 代の 形 成 時 代 として、
A.
( 渚 水 町 長 沢 地 先 )と 、 噴 出 時 代 の わ か を っ て い る 安 城 カ ワ
つ ま り 、 関
8
の との対よとによるeの 下 部 に み ら れ る
の +0.8 mのの
はさ りシルト・ にみる の
14
による くの
を も ち い た
O
と し て も つ ぎ の
2
し て お き た いO
ま2 も JlI の十O .8 m
の の2つ の
iこ、
20 c m
前子治の を も つ 耳告を追ったところも柿田JlI
の部、 、 西 田 の十O .8 m
'"十0 . 9m
の め ら れ 、 門 池 南 JI の に も 埋 没 段 丘 の あ る 地 域 を の ぞ い て 、 こ に ひ ろ が っ て い る と ることO
ま た 、 こ のりシノレト がも を こと
O
これにより で あ る こ と か ら 、 こ めたてるようにして、
した ‑ ‑
i
jF ま っ た と 考 え 、 つ ぎ の を お こ な っ た
O
A.
帆 "の した と カワ の との対比による、瀬J1
1
溺 状 地 の 形 成 開 始 時 期の か ら い っ て 、 北 伊 豆 の と し て 挟 ま り う る に は 、 表 1に み る 天 城 北 斜 面 のAMA‑l、 A日 A‑2、 箱 根 西 麓 に み る H A K ‑ Hに 代 表 さ れ る も の が あ る
O
と 箱 根 新 期 軽 忘 流 起 源 の も の で あ る
O
両軽石には、カ ワ ゴ 斗
L
の み ら れ るO
の 斑 晶 鉱 物 の 組 成 、 さ ら に 厳 密 な 対 比 を す る た め 、 起 源 の 異 な る 噴 出 物 に 固 有 な 値 を し め す 斑 品 鉱 物 の 居 折 率 を 用 い て 、 両 軽 石 と 沖 積 層 中 の 軽 お と の 対 比 を 試 み た 。 屈 折 率 の 測 定 は 、 群 馬 大 学 の 新 井 房 夫 教 授 に 依 頼 し 、 表1の 結 果 を 得 た
O
こ の 測 定 値 に も と づ き 、 次 の 結 論 を 得 たO
1. A話A‑3は AMA‑2と 同 ー の 軽 石 で あ る こ と は 、 鉱 物 組 成 、 屈 折 率 か ら い っ て 確 実 で あ る
O
2. AMA‑lも A剖A‑2・3 と 同 ー と み ら れ る が 、 普 通 角 関 石 が 赤 掲 色 の 酸 化 角 関 石 に な っ て い る点も AMA‑lの 軽 否 に は 、 急 、 冷 を さ ま た げ ら れ る よ う な 条 件 、 厚 い 軽 石 流 で あ っ た こ と を 反 映 し て い る 点 が み ら れ る
O
3. HAK一五と AMA‑l ・2・3とは、表の か ら い っ て ま っ た く 別 で あ る
O
以上のことから、 AMA‑3の 黄 瀬 川 扇 状 地 堆 横 物 産 下 の 軽 石 は 、 天 城 火 山 カ ワ ゴ 平 記 源 の 軽 石 で あ るとし、える
O
‑9‑
ho ho
1. 680~
35
opx
1. 705~w h j v w j m im‑1
40
hy>mg>ho
ho
1. 669~ 1. 686 30px
内儀Iwh
Iv w
Im 1m
平l
hy>mg>ho
5669~ 1. 688 8
こ の こ と は 、 天 城 火
i ヒ
にみる山カワ ともなうも
に み ら れ る 神 代
務
1杉の炭素
1 4
年 代2
,8 3 0
土120
年B.P.
流 の 流 出 年 代 を 示 す と えると、寅瀬
J I I
地堆積物の堆積が、
石 の 二 次 堆 積 を み る ま で の も し ば ら く の 間 を お い て 今 か ら 約
2
,7 0 0
‑ ‑ ‑2 . 8 0 0
年 ぐ ら い に始 ま っ た と の 推 定 を 可
hy=
ヰau>mg>ot
能 に し て い る
O
の
のO
AU ηs
'SA ︒4
A υ
作4
'EA
x v O
O像 ︒
υ︒
1. 705 :t I 10
: ol
s
カワ1霊鉱物の金主審議るについての盤沈の綴向をぷす
oopx
,導方査察石:ho, 宅 関 :hy, しそ綴お:mg,蓬室長紘:au, カンラン石。 キ2
斜プi綴石玉置必の丹去をき約半寺襲撃。1.議役状:m
,φ
問主主:ホ3 p
, 多い:m
, 中関 少ない。傘4
w
, よい V W, 非常によい。(i!!!J創立野鳥大学の室奇弁務炎数綬に依綴した)源 を挟む、
りシルト・粘土層中
の木片にみる の推定。
したカワ をはさむ
"のひろがりをみ の時期に、この による、
に は 、 木 片 ・ 根 の 株 を み る こ と が あ る
O
清水町長沢地先の黄瀬JI!.狩野J I I
合 りシルト・流 点 の 河 底 、 十
0 . 8 mの
した木片の は渡辺 よりした結果、つぎの値がえられ
GaK‑7057
,ゃ455. Wood from
これら
2つの
よりせ る だ け の 海 水 汽 水 域 の ひ ろ が り が み ら れ た と なって門池南にはり出していたも
1 4
を、 木越邦彦教授に依か ら い た だ い た
O
9
土120
年B.P. , 810 B.C.
く、天城火山カワゴ平起源 を
2
斗A﹂ シ﹂できる
O
と、 ではをとおって、南に m新 期 古 狩 野 湾 " と
なって のふところ深く がせまりも い海域となっていたと
えられる
O
やがて、留3 e
のシルト ei l
ealF fの堆積が始まったO
しも に転じ、
一水準に、 に分布する に件A目するとも の
の 海 水 準 は 次 の よ う に 考 え ら れ る
O
よ う に 、 汽 水 一 淡 水 域 群 集 すことから、
っ た こ と に な れ 地 盤 の 変 動 を 考 え な け れ ば も 少 な く と も Om"'"十 1.1 mの水準にあった
O
めたてる に は さ ま れ て も 同 より る
ヒ イ 治 : 、
の海水準は少なくとも の 広 が る 水 準 以 上 に あ
したがっても国 3の f~
1
・2
の黄瀬)1 1
扇状地堆積物はも縄文後期以降、浅ししたことになる
O
し、およそ
2
,7 0 0
,......2
,8 0 0
年の間に亙8 m
前 後 の 厚 さ の 砂 擦 ようにし10‑
E 1
窓2
にみるれる 化石エ .S
七ephanodiscus as
七raea 2.Cocconeis discu10ides 3..Epi
七hemia
七u
どgida 4.E.sorex 5.Ni
七zschia romana 6 . . Achne
三n
七hes inf1ata 7.Me1osi
どa granu1a
七a 8oM.
i
七a1ica ヲ . . S
七auronεis smi
七hii v..incisa 10 . .
Dip10neis smi
七h
エエv.pumi1a 11.Ni
七zschia pa
どvu1a 工 2.Rhopa1odia g
エbbe
どu1a 13..Euno
七エa arcus 14.
Synedra
どumpens 15.Pinnu1aria mo1ar
工s 16.Navicu1a e1ginensis17 . Rhopa1odia gibba . Sca1e 10μ
‑11‑
V 珪濃化石群築にみる
14
による年代測定値は、状地堆積物である揮し
窮状地形成車舗の古
からおよそ
2
,7 0 0
年前、縄文後期のころには、いまだ、黄瀬JlI
薦 を み ず 、 門 池 の 南 に は り 出 し 、 今 は 埋 没 段 丘 と し て そ の 姿 を と ど め る 当 時 の 愛 鷹 甫 麓 と 、 番 賀 山 と の 狭 さ く 部 を と お し て 、 浅 い 汽 水 域 の ひ ろ が り が み ら れ た こ と を 唆したO
北伊豆にひろがったこの水域を、 収新期古狩野湾"とよぶ。で は い っ た い 、 黄 瀬 J
1 1
扇状地形成直前のこの水域は、どんな古環境をみせていたのだろうか。化 石 を も ち い て 検 討 し て み た
O
試 料 と し て 、 狩 野
J I I .
黄 瀬 川 合 流 点 の 清 水 町 長 沢 側 の 河 床 +0 . 8 m
の層準、および、沼津駅北の プラザ、地点のOm""+
1.1 mの 麗 準 に み る 腐 植 物 混 り シ ル ト @ 粘 土 を も ち い た 。 こ れ は 、 国2・3 の隅序区分e
、上部シルト層、 q 新 期 古 狩 野 湾 " の 地 積 物 と 考 え ら れ るO
いま前地点の試料にみられ る時藻化石群集をEl
、後者をE 2
とするO
両試料の全域検鏡で確かめられた各々38
種からなるの一部を写真 3に示した
O
つぎに、両地点の試料にみる
日
1
群集二二狩野 J1 1
""葉瀬川合流点にみる 汽 水 淡 水 域 に 特 徴 的 な 群 集 を 示 し 、 図2
・の みる
O
eのf‑F瀧 ι f
む群集と対応するO
こRho
戸a l o d z '
β ( 9 . 0 % ),はも汽
7 J
く 淡水棲櫨の5 t
ゆ,h a n o d i s c ω a s t r a ω t u r g i d u l a ( 8 . 5 % )
,E p i t h e m i a s o r e x ( 3 . 0 % )
と、N i t z s c h i a romana
(4%),M e l o s i r a ( 5 . 0 % )
,rum
βe n s
(18.0%)
,M e l o s i
けられる
O
まず、浮遊性で、淡水 汽水接語
5 t ψ
,h a n o d i s c u s a s t r a e a 5 0
婦をしめることは、 m 新期古狩野湾、"が全体としてはし 、 淡 水 ヵ: の水域として、内経深くまでひろがっ ていたことをうらづけている
O
しかDi
戸l o n e
おbombus
のをはうようにして、
は、 の眠
水 ク サ ピ の大きい のふところ く
までおよんでいたことを示している
O
また、付着性でも海水 汽水棲種のC o c c o n e i s d i s c u l o i d e s
が、C o c c o n e i s
βl a c
ωt u l a v a
χ ω 戸t a
をともなって出現するO
これらの種の組合せはも浜 名 湖 の 湾 口 部 近 く 、 弁 天 島 村 櫛 沖 の 水 深
0.5m'" 4 m
で、干満潮にともなって、外洋水の流入す る 潮 の 早 い 水 域 の 砂 質 底 の 特 異 な 種 の 組 合 せ に 符 合 す る 。 こ の こ と か ら 、 当 時 門 地 南 の 埋 没 段 丘 に を と ど め る 当 時 の 愛 驚 南 麓 と 、 番 実 山 と の 間 の 、 狭 さ く 部 を と お し て 底 を は う よ う に し て 、 海 水 が 激し く 出 入 し て い た こ と を 示 し も 少 な く と も も 三 島 市 安 久 地 域 以 南 に お よ ぶ よ う な 、 新 期 古 狩 野 湾 を 形 成していたことを示唆している
O
また、C o s c i n o d i s c u s l a c u s t r
お のように、沿岸性で河口に勢いはも古黄瀬JlIも吉狩野
1 1 1
からさかんに淡水の注入を受けていたもののもまだかなり くしないもののも
えるとも lつの
でに古賀瀬Jl
I
からの土砂をも示しているようにもおもわれる
O
の水域にみる
M e l o s i r a g r a n u l a t a
,M e l o s i r a
の 浮 遊 性 で 、 汽 水 淡 水 棲 種 の5 t e
戸h a n o d i s c u sa s t r a e a
の杏富山の麓、図 1の 1地点付近出まま みも扇状地化が 後に、
i t a l i c a
が12.5
婦で出現することは、の 29.5
q
ると合わ広し にわたうて
つ ム
12・4
む き ざ し が み ら れ た 。 の
E 2
の 発 薄 は も 香 賀 山 と の 間 に 狭 さ く 部 を 発 達 さ せ 、 奥 深 く 広 が っ て い た の 淡 水 域 化 、 止 水 域 へ の 移 り か わ り を う な が し た よ う で あ る プ ラ ザ 地 点 ( 国
l
の2
地 点 )と 同 様 、 開2・3の 層 序 分
eの も の が こ れ に あ た る O
こ の 群 葬 は 、 村 若 件 で 汽 水 議 壊 で 一 部 淡 水 に も 耐 え ら れ る 謹
D i p L o n e i s s m i t h i i v a
欠戸um
iLa (15%)
, 如 何u l a Rho
仰l o d i a g i b b e r u l a (3.5%)
,Navi
切L a e l g i n e n s i s (3%)
と も 浮 遊 性 淡 水 接 語M e L o s i r a (15.5%~
付 着 性 淡 水 接 種Achnanthes i n f i a t a
( 5
.5%), ' μr o n e i s s m i t h i i v a
欠i n c i s a (5%)
,E u n o t i a a r c u s (10.5%)
,P i n n u L a r i a m o L a r i s (9%)
で 特 徴 づ け ら れ るO
は、 で 、 こ れ に か ら 淡 水 へ と 幅 広 い 水 域 に 樹 え ら れ る
N α v z α L a e L J ! i n e n s i s
を と も な っ て 、 河 口 に 特 徴 的 な "14:;',){.A&"<.<parv μ L a
が み ら れ るO
に は 、 淡 水 域 に し か み ら れ な い
E u n o t i a a r c u s
, βm o L a r i s
が み ら れ 、 淡 水 の 流 入 が 大 き か っ た こ と を 示 し も ま たM e L o s i r a g r a n u L a t a
の高率の出現誌、止 水 域 の ひ ろ が り を 予 想 さ せ 、 五 橋 プ ラ ザ 地 点 に 代 表 さ れ る 地 域 の 古 環 境 も も 前 記
E 1
の と をみせる
O
の搬洋繰は、土持狩野
J I I l
可 口 付 近 か ら 内 陸 に 、 西 か ら の び る 沿 岸 州 の 先 端 を か わ す よ う に し て 入 し 、 北 の 愛j寵 南 麓 に も せ ま っ て い たO
そ の 語 側 で は も 浮 島 の 潟 期 と 連 ら な り 、 浅 く 広 い 水 域 と な っ て い たO
また北伊豆のふところ奥深く湾入していた新期古狩野湾も、黄瀬J/I爵状地の拡大とともに、の
田
!からの流入、古狩野Jl
I
か ら の 流 入 に よ 号 、 淡 水 化 が す す ん で い っ たO
やがて、古黄瀬JlI
からにより てられ、
引 用 文
口 器 (
1954 ) : (1972):
(1979):
北 堰 門 池 用カ ミ
J I
み、の
も 門 油 周 辺 の
‑13‑
の形成をみるにいた、った。
、 牧 壊 門 池 用 水 沿