石川県辰口町方言の動態:十年間の変化と世代差
著者 加藤 和夫
雑誌名 金沢大学語学・文学研究
巻 21
ページ 1‑12
発行年 1992‑07‑15
URL http://hdl.handle.net/2297/7126
一.はじめに全国各地で地域語の変容が言われる中、その実態についてはこれまでにも多くの調査報告がある。しかし、同じ地域を対象としての経年的調査の例は、国立国語研究所によるいくつかの研究(山形県鶴岡市や愛知県岡崎市などにおける)や、真田信治氏の五箇山方言を対象としたものなどがあるものの、いまだそれほど多くはないようである。本稿では、筆者が約十年を隔てて調査の機会を得た(以後本のみ稿では第一次調査、第一一次調査とよぶこととする)石川県能美たつのくち…郡辰口町の老年層方一一一盲の変化の実態と、第一一次調査における老年層と若年層の世代差の一端を報告する。北陸地方の一方一一一一口の現状を明らかにすることは、この地方の方言の将来を考えるた キーワード亜辰ロ町方言、世代差、言語変化、共通語化 石川県辰口町方言の動態’十年間の変化と世代差I
二.調査の概要二.’第一次調査の概要本稿でいう第一次調査は『辰口町史』の言語編執筆のための調査として、昭和五六・五七(一九八一・八二)年に実施した。調査内容は語彙を中心とした辰口町全域(三五集落)および周辺市町村の一部を含む計五五集落の老年層を対象とした地理言語学(従来「言語地理学」「方一一一一口地理学」と称したもの)的調査と、主要地点における基礎語彙、文法・表現法、アクセントの記述的調査であった。調査員は言語編責任者の佐藤茂(福井大学名誉教授)、協力者の新田哲夫(現在広島文教女子大学講師)、 めにも是非必要であろう。なお、調査結果の全体については近く『石川県辰口町言語地図集』をまとめる予定なので、そちらもあわせて参照していただきたい。
加 藤 和 夫
I
筆者の三名である。この調査結果の概要はすでに佐藤によって(言語地図など一部に筆者および新田が執筆協力)『辰口町史第一巻自然・民俗・言語編』(一九八一一一年)に報告されているので、詳細についてはそちらを参照されたい。本稿では、そのうちの地理言語学的調査の結果について、今回の第二次調査の結果と比較する。
一一.一一第二次調査の概要第二次調査は、筆者が金沢大学教育学部で担当している「国語学実習(方言論実習)」の一環として、昨年(一九九一年)の七月に実施した。この調査では、辰口町内の三四集落の老年層話者(七十歳前後の男性を原則とした)と十八集落の中学生話者(以後「若年層」とする)の協力を得た。調査には筆者のほか、近藤明(金沢大学教育学部助教授)、中村仁美(当時金沢大学教育学部四年生、現在大阪大学大学院研究生『教育学部三年生十七名の計一一十名が参加した。調査項目は語彙三八項目、文法・表現法十八項目(|部項目に場面差を含む)、新方言九項目(中学生のみ)、音韻・アクセント十四項目、言語意識六項目の計八五項目であった。第一次調査、第二次調査ともに、場面による使い分けを尋ねた一部の項目(第二次調査)以外は、それぞれ「普段同じ村の仲のよい 友達や家族と話す時のことば」を求めることを原則とした。なお、話者の紹介ならびに調査の実施にあたっては、辰口町立博物館館長中弘氏、同博物館学芸員山内千之氏、辰口町教育委員会山田省祖氏、辰口町立辰口中学校校長茂藤寛氏、同校教頭中島弘氏、辰口町老人クラブ連合会役員諸氏の多大のご協力を得た。記して感謝申し上げる。本稿では紙数の関係から、調査地点名および話者のお名前等は省略させていただいた。今回の調査結果の整理、言語地図の作成にあたっては、調査参加学生のうち、国語学専攻の赤倉睦美、大西由紀子、金山智美、高橋和代、林智子の五名の協力を得た。一一一.老年層方言十年間の変化ここでは、第一次調査(一一一五集落)と第一一次調査(三四集落)に共通する語彙項目をとりあげ、老年層における十年間の変化の様相について、以下の三つの観点から例をみることにする。両調査に共通して、今回言語地図の形で比較可能な項目は「つむじ(旋毛)」「ものもらい(麦粒腫ど「くすりゆぴ(薬指)」「こゆぴ(小指)」「しもやけ(凍傷)」「ほほ(頬)」「まゆげ(眉毛)」「あぐら(胡座E「せいざ(正座)」「おんぶする(幼児を負う)」「しよう(包を背負う)」「かつぐ(材木を担ぐ)」「かつぐ(天秤棒を担ぐど「かたぐるま(一肩車)」「たけうま(竹馬)」「おにごっ二(鬼ごっこ)」「かたあしとび(片足跳び)」「たこ
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(凧)」「そらあるき(空歩き)」「おたまじゃくし(蝋斜)」「かえる(蛙)」「ひきがえる(蟇)」「やんま」「かたつむり(蝸牛)」「なめくじ(蛤蝋)」「(塩味が)うすい」「くすぐる(櫟るど「くすぐったい(櫟つたい)」「つらら(氷柱)」(以上は今回の調査票における調査項目番号順)の三十項目である。
三.一十年間に共通語形が浸透したものでは、先の一一一十項目中から、十年前には方言形が優勢であったのに今回共通語形の浸透が目立つもの、また十年前にも共通語形が優勢であったが今回さらに共通語形が分布を拡げたものにどういうものがあるかをみてみよう。まず、図1、図2は「こゆぴ」の言語地図である。上の図1が第一次調査の結果、下の図2が今回の第二次調査の結果である。この二枚を比較すると、わずか十年の間に老年層で優勢であった方言形コンチビの分布に共通語形コユビが一挙に浸透したことが確認できる。また、分布図は示さないが「しもやけ」の分布でも、十年間に手取川沿いの平野部を中心に、方一一一一口形のシンバリ・シンバレ分布域に共通語形シモヤケの勢力拡大の跡が見てとれる。その他、これらに似た変化相をみせるものとして「くすりゆび」ハベニサシュビ・ベンサシュビ↓クスリュビV(八V内の↓の上が主要方言形、下が共通語形)、「ほほ」ハホIベタ・ホベタ↓ホッペタV、「なめくじ」ハナメクジラ・マメ クジラ・ナメクジリ・マメクジリ↓ナメクジV、「つらら」ハタルキ・タロキ・タロンポ↓ツララVなどがある。|方、図3、図4は「たこ(凧)」の言語地図である。こちらは十年前(図3)にも共通語形がかなりの地点で確認され、方一一一一口形イカが少数勢力となりつつあったが、今回の調査(図4)では三地点(タコも併用)を除いて辰口町は完全に共通語形タコに占領されてしまったことがわかる。方言形イカが辰口の人々の記憶から消え去るのも今や時間の問題と言えるだろう。「まゆげ」においても、十年前にはまだマイゲ・マエゲ(当方言では語中尾のガ行子音は老年層では例外なく鼻濁音となり、若年層では一部に破裂音も聞かれるが、本稿では区別せずガギグゲゴで表記した)・マメと言った方言形が点々と分布していたが、今回の結果からはその半数近くの地点が共通語形マユゲに取って代られ、マユゲが広く辰口町内全域に分布している。三.一一十年間に方言形が分布を拡げたもの老年層方言の十年を隔てての調査結果を比較すると、後述のようにほとんど変化がみられないか、変化している場合には先述のような共通語化に向かっての言語変化が一般的であるのに、共通語化に逆行する形で一部の方言形が分布を拡げているかにみえる項目のあることが注目される。その一つが図5、図6の「ものもらい(麦粒腫Eの分布図
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3
図1
図2
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図5
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である。十年前と比べ辰口町内でメモライの分布地点が十九から一一五に増えていて、方言形メモライが勢力を拡大したと解釈されるものである。そして、このことは後でも触れる若年層の「ものもらい」で、十八地点のうち十地点にメモライが分布していることからも裏付けられる。今日日常生活で話題に上ることが極めて少ないであろう「ものもらい」では、共通語形が何であるかを知る機会も少ない。そんな事情の中でのメモライの勢力拡大とみることができよう。こうした類の現象は、他に「正座」ハウッブライ・ウッブラ・ウッブレV、「かたぐるま」ハハッンマV、「おにごっこ」ハインゴトV、「かたあしとぴ」ハケンケンV、「ひきがえる」ハガマV、「(塩味が)うすい」ハショムナイ・シオムナイV、「くすぐる」ハウザクラシーなどウザ~形Vなどの八V内の方一一一一口形でもみられ興味深い。
三.一一一十年間変化が見られないもの老年層方言の十年間を比較すると、前の一一つの場合と異なりほとんど目立った変化の見られない語彙項目もある。全般に方言の変容(共通語化)が進む中で、概ね方一一一一口形がいまだに根強い生命を保っているものである。この種の項目には以下のようなものが挙げられる(各項目の後の八V内は主要方言形)。「つむじ」ハチリV、「あぐら」ハアグチV、「おんぶする」 四・一語彙項目にみる世代差辰口町に限らず全国の諸地域に共通にみられる特徴であるが、老年層と若年層との間にもっとも方言の世代差が現れやすいも 四.現在の方言の世代差では次に、一九九二年という共時態における世代差について見ることにしよう。以下では、大まかに語彙項目、文法項目に分けて、辰口町の老年層と若年層の世代差の実態の一部を報告する。 ハボンボスルV、「しよう(包を背負う)」ハカズクV、「かつぐ(材木を担ぐピハカタグV、「かつぐ(天秤棒を担ぐ)」ハニナウ・ニノー・ヌノーV、「たけうま」ハタケンマV、「そらあるき」ハソラアルキV、「おたまじゃくし」ハボボタ・ギャルゴ・ジャリゴV、「かえる」ハギヤワズV、「かたつむり」ハデンデンムシV、「くすぐる」ハコチョバス・コチョガスVこれらのうち、「そらあるき」(冬晴れて冷え込んだ朝に積った雪が固く凍って雪の上を歩いても足がもぐらない時その上を歩いて遊ぶこと)は、共通語形にそれに該当することばがないものであり、他は日常よく使うことばであるのに比較的共通語の情報が少ないと考えられるものである。方言形が根強く用いられていることの大きな要因にちがいない。 1口
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のの代表が語彙の世界である。「新方言」と呼ばれるような一部の現象を除けば、それは多くの場合若年層の共通語化という形で現れる。今回の調査結果からもそうした例が数多く確認できる。語彙項目中、老年層に分布する方言形が若年層でほとんど現れず、共通語化が著しい項目は以下のとおりである。各項目の後の八V内が老年層の主要方言形である(若年層の語形は項目名と一致する場合は省略し、一部一致しない場合のみ八V内にIを付しその下が若年層の語形であることを示す)。「くすりゆび」ハベニサシユビV、「こゆぴ」ハコンチビV、「しもやけ」ハシンバレ・シンパリV、「ほほ」ハホーベタ・ホベターホッペタ・ホッペV、「まゆげ」ハマイゲ・マメV、「あぐら」ハアグチV、「せいざ」ハウッブレ・ウッブキV、「ふくらはぎ(脛)」ハコブラV、「おんぶする」ハポンボスルV、「しよう(包を背負うピハカズクーカッグV、「かつぐ(片方の一肩で包をピハカタグV、「かつぐ(材木を担ぐ)」ハカタグV、「かつぐ(天秤棒で)」ハニナウ.一一ノー・ヌノーV、「かたぐるま」ハアンバカイ・アブラカイ・ハッンマV、「たけうま」ハタケンマV、「めんこ(面子)」八パッチV、「おにごっこ」ハインゴトV、「たこ」ハイカV、「おたまじゃくし」ハボポタ・ジャリゴVへ。「かえる」ハギャワズV、「やんま」ハオンマトンポV、「なめくじ」ハナメクジラ・マメクジラV、「かぼちゃ」ハボブラV、「つらら」ハタルキ・タロキ・タロンポV 以上の結果から辰口町方言においても、語彙については方言の共通語化が極めて進行していることが確かめられた。一方、数はそう多くないものの、若年層で意外に方言形をよく残している語彙項目があることもまた確認できた。まず、若年層において老年層と同じ方言形が現れているものの例を挙げると、「ものもらい」ハメモライV、「つば(唾)」ハッバキV、「おてだま」ハオジャミV、「そらあるき」ハソラアルキV、「ひきがえる」ハガマV、「かたつむり」ハデンデンムシV、「しおからい」ハクドイV、「(塩味が)うすい」ハショムナイV、「くすぐる」ハコチョバス・コチョガスV、「くすぐったい」ハコチョバシー・コチョガシーVがある。いずれも各項目の後の八V内が共通する方言形である。特に「そらあるき」「しおからい」「(塩味が)うすい」「くすぐる」「くすぐったい」では、若年層でも方言形が非常によく用いられている。共通語形にそれに該当することばのない「そらあるき」は別として、味の表現や撲る・櫟つたいといった感覚は、やはり方言形でこそ表現者の気持ちを的確に表現できるということなのだろう。筆者自身も二十歳を過ぎてからの十四年間の関東暮しの中で、味の濃い味噌汁を飲んでまず頭に浮かぶのは郷里福井のことばクドイであった。仕方なくショッパイと言いながらも、味噌汁の味をぴったり表現できていないもどかしさをいつも感じていたものだった。
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この他、老年層では方言形が聞かれるのに若年層で無回答(それを表現する語形を持たない)が多くなるものや、若年層で老年層の方言形とも共通語形とも異なる第一一一語形が答えられるものも見られた。前者は「くるぶし」、後者は「つむじ」がその例である。「くるぶし」では若年層の調査地点(十八)中、十地点の話者が「くるぶし」の名を知らないと答えている。これは辰口町に限らず他地域でも何度か同様のことを経験しており、全国的傾向と思われる。生活形態の変化その他の理由から、「くるぶし」は現代の若者たちには忘れ去られつつある身体部位の一つとなっているようである。|方、「つむじ」では、老年層で広く使用される方言形チリに対して、若年層では十八地点中十一地点でウズ(|地点はウズマキ)が答えられている。共通語形とはされながらも、日常ほとんど共通語形ツムジの情報がない中で、水の渦などと同じような形との単純な発想で広まった形であろう。
四.二文法項目にみる世代差語彙項目の多くについて若年層の顕著な共通語化が確認できたのに対して、文法・表現法関係の項目ではかなり違った状況が現れている。ここでは、文法項目の中から「打消形」と「過去形(音便形)」を取り上げ、世代差の実態をみることにする。 四.二.一打消形の世代差今回の調査では「打消形」として、「書かない」「書かなかった」「足りない」「買わない」「高くない」を取り上げた。それぞれ、四段動詞の打梢、四段動詞の打梢過去、一段動詞の打梢、共通語形と語幹の異なる(「買う」の辰口町の方言形の語幹は力てなくコとなる)四段動詞の打梢、形容詞の打梢の形を調べようとしたものである。ここでは、「高くない」を除いた動詞の打消形について表1の結果をみてみたい。
打消形の世代差 表1
|蟇
蔓書かなかった一買わない ■!
94 17Il‐
100
,
書かない
老 若
、カカン 100%
100
カカナイ 0%
3
書かなかった
老 若
カカンダ 85%
72
カカナンダ 9%
6
カカンカッタ 6%
17
足りない
老 若
タラン 94%
33
タリン 3%
94
タリナイ 3%
0
買わない
老 若
コワン 62%
6
カワン 71%
100
カワナイ 3%
6
表1は各項目(最左欄)ごとに使用語形を横に並べそれぞれ老年層、若年層の使用率(正確には回答率というべきか)をパーセント(老年層では調査地点三四のうち何地点で回答があったかを表し、若年層では調査地点十八のうち何地点で回答があったかを表している。併用は重複して計算しているので各語形のパーセントの合計は必ずしも百パーセントとはならなどで示したものである。「書かない」「書かなかった」では、若年層で若干使用率の減少がみられるものの、辰口町の方言形カカン、カカンダが老・若年層ともによく用いられていることがわかる。西日本の新方一一一一口形とされるカカンカッタ(~ンカッタ形)が若年層でもっと使用されていることを予想したが、六パーセントとは意外な結果だった。「足りない」では、辰口町が本来四段活用「足る」の使用地域であるので、老年層ではタランに回答が集中しているが、若年層では活用を共通語的な一段活用にして打梢の助動詞ンをそのまま残したタリンに変化している様子がよくわかる。「買わない」では、老年層でコワンが六二パーセントと根強く使用されているのに対し、カワンも七一パーセント現れている。一方、若年層ではコワンはほとんど使用されず、カワンの使用率が百パーセントとなっている。カワンヘの変化がほぼ完了したとみることができる。打消形に関しては、若年層でいずれの項目にも共通語形カカ
表2 過去形の世代差 その使用率を示したものである。 である。表2も表1と同様の方法で、各項目ごとに使用語形と 行ウ音便の「買った」を取り上げた。調査結果は表2のとおり となる「飽きた」、「借りた」、そして「借りた」との関連でハ 通語では一段活用だが辰口町方一一一一口を含む西日本方言で四段活用 今回の調査ではサ行イ音便に関わる「出した」「さした」、共 四.一一.二過去形(音便形)の世代差 目と対照的な様相をみせていることに注目したい。 く、方一一一一口的日常場面での方言形使用の根強さを思わせ、語彙項 ナイ、カカナカッタ、タリナイ、カワナイの回答がほとんどな
(
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24,6772キタ|借りた カッタ カリタ
97% 12
22 89
10
出した
老 若
ダイタ 97%
28
ダシタ 12%
83
さした
老 若
サイダ 82%
50
サシタ 24%
67
飽きた
老 若
アイタ 100%
67
アキタ 0%
67 買
っ
た 老
若
コーダ 100%
44
カッタ 3%
72
借りた
老 若
カッタ 97%
22
カリタ 12%
89
辰口町方言では、老年層の結果からも明らかなように、いずれも音便形のダイタ、サイダ、アイタ、コーダ、カッタが本来の形であるが、表2からは若年層での非音便形(共通語形に一致)の使用の増加がはっきりと読み取れる。もっとも、若年層でも音便形がまだかなり用いられている(サイダ、アイタ、コーダは五十パ1セント前後の使用率)ことは見のがせないが、先の打消形と比較すると、この種の音便形は共通語形の影響を受け、遠からず使用されなくなることが予想される。特に「借りた」でのカリタの使用率の高さが目立つが、これは「買った」の共通語形カッタとの同音衝突を避けようとしての結果であろう。また同じサ行ィ音便でも、ダイタとサイダの使用率を含め、両者の共通語化の度合いにはかなりの違いがみられ興味深い。これは、日常場面で「さす」よりも「出す」の方が使用頻度が高いであろうことと関係していると思われる。
五.おわりに以上、石川県の南部に位置する辰口町方言の老年層における十年間の変化と現在の世代差について、その実態の一部を見てきた。ひとことで「方言の変容」と言っても、その実態はそれぞれの項目ごとに多様な姿をみせていることが今回の調査結果からも改めて確認できた。 本稿では紙数の関係から、調査結果の概略の一部について報告するにとどまった。先述のとおり、言語地図は別に『石川県辰口町言語地図集』をまとめる予定でいるが、今回触れられなかったものについては、別の機会にあらためて考察したいと考えている。全国の方一一一一口研究の現況から見るとき、石川県を含む北陸三県の方言を対象とした調査・研究は、研究者の層の薄さもあり残念ながら低調と言わざるを得ない。地域語が大きく変容しつつあると同時に、地域語の価値が再評価されている現在、広い視野に立った現代日本語研究の一環としての北陸方言研究の進展を期待したい。【参考文献】(著者の五十音唾井上史雄(一九八五)『新しい日本語l《新方言》の分布と変化l』(明治書院)江端義夫(一九九○)「展望的地理言語学序説l老・少年層言語地図の対照研究法が提起することについてl」(『広島大学教育学部紀要第2部』第鍋号)大島一郎編(’九八七)『八丈島方言における言語変化l共通語化の側面を中心として』(東京都立大学国語学研究室)加藤和夫(一九九○)「北陸地方の方言研究」(『日本方言研究の歩み論文編』角川書店)
〃
加藤和夫(’九九二「地域差・年齢差からみた京都・兵庫北部地域における方言の動態l文法事象を例としてl」(『日本語論考』桜楓社)加藤正信編二九八四)『新しい方言研究』(至文堂)
国立国語研究所(’九七四)『地域社会の言語生活l鶴岡における加年前と
国立国語研究所(一九八五)『方言の諸相l『日本言語地図』検証調査報
佐藤和之(一九八七)『山形県村山方言語彙の崩学部国語学研究室・山形女子短期大学国文科)佐藤茂・佐藤美和子・安部和江・加藤和夫(王
ける方言の共通語化l場面差をめぐってl」( 国立国語研究所
較』(三省堂)
真田信治(一九九○)『地域一一一一口語の社会言語学的研究』(和泉書院)
(金沢大学教育学部) ■■ 言語編』石川県能美郡辰口町役場)真田信治〈’九八三)「最近十年間の錘
の全数調査からl」「国語学』一一 佐藤茂(一九八三)「辰口町のことば」(『辰口町史第一巻自然・民俗. 告』(三省堂) の比較I』(秀英出版)野書院)
(’九八三)「最近十年間の敬語行動の変容I五箇山・真木集落で (’九八三)『敬語と敬語意識岡崎における加年前との比
『山形県村山方言語彙の崩壊と残存』(弘前大学人文
集、-〆
一九八○「福井県武生市にお(『国語学』一二二集武蔵
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