−高島炭鉱閉山と自治体財政−
宮入輿一
〔目次〕
1.はじめに−問題の所在と限定−
2.企業部市財政学の方法と課題
3.「経済構造調整」政策と高島炭鉱の閉山(以上第69巻第2号)
4.炭鉱閉山と地域経済・自治体財政(第69巻第3号)
5.炭鉱閉山による社会的損失と行財政
(1)炭鉱閉山と社会的損失
①炭鉱とその閉山に伴う絶対的損失
②地域・住民における相対的損失の発生と拡大
③小括(以上本号)
(2)社会的損失と自治体行財政(以下次号)
6.むすぴ
5.炭鉱閉山による社会的損失と行財政
炭鉱の閉山は,高島における石炭産業を主軸とするモノカルチャー的地域
経済の急激な崩壊をもたらした。また閉山は,企業城下町に特徴的な財政基
盤の不安定性と脆弱性を一挙に露呈させ,さらに城主企業による地域独占の
実態とその歴史的性格,またそれに立脚して確保されてきた地域独占利潤の
量・質の問題を改めてうかび上がらせずにはおかなかった。だが,問題はた
んにそれだけにとどまることはできない。炭鉱の閉山は,多面的かつ甚大な
社会的損失を,地域住民と自治体にもたらしてきたからである。本章では,
炭鉱閉山に伴う社会的損失と,これと町の行財政との関係について明らかに し f こ
L。、(1)炭鉱閉山と社会的損失
炭鉱の閉山は,高島の住民と自治体に,多様かつ特異な社会的損失を負わ せることになった。社会的損失とは,私企業あるいは国家(地方公共団体を 含む)が,その経済的諸活動や事業活動において,これに基因する外部不経 済に対して,社会的安全保障のための予防対策費を節約するか,ないしはま ったく負担しない結果生じる,公災害や環境問題,都市(地域)問題など,
自然や人間社会に否定的なインパクトをもたらす社会的な損害の総称であ る。社会的損失は,①人命・健康の損傷,自然環境・資源の再生不能な破壊,
文化財‑景観の復元不能の損傷など,事後的補償は必要ではあるが,補償で は元に戻らない不可逆的な絶対的損失,②再生・復旧と経済的補償とが共に 可能な相対的損失,の
2つに大きく分けることができる。
戦後日本の高度成長過程では,周知のように公共団体が工業用地‑用水,
道路,港湾など産業基盤を中心に社会資本の供給を行い,これを独占体が私 的に専有‑利用独占する形で地域開発が展開された。この場合の大きな特徴 は,私企業は言うまでもなく国家や公共団体までがその過程で,まったくあ るいは相対的に僅少にしか,社会的安全保障のための費用を負担してこなか ったことである。この結果,水俣や四日市に典型的に現われたように,人命 の損傷を含む重大な絶対的損失が発生し,これが他の相対的損失と相乗して,
現代的貧困としての社会的損失を,日本経済における高蓄積の深くて大きな 影たらしめてきたのである。しかし,今日,高島に発生している社会的損失 は,資本の蓄積過程のそれではない。逆に,国家の新しい経済政策と相まっ て発生した,資本の撤退活動に伴う社会的損失である。それは,資本稼動期 における社会的損失を負のストックとしてかかえつつ,他方で新たに撤退期 特有の社会的損失を発生させ,両者は複合されることによって強められてき ているのである。
炭鉱とその閉山にともなって発生する社会的損失は多様な現象を含むが,
その主要な項目を整理すれば,表21のようになろう。ここでは,社会的損失 を絶対的損失と相対的損失とに分け,さらに相対的損失を, (1)地域・住民に とっての損失と, (2)自治体にとっての損失とに2区分した。相対的損失を2 つに分けたのは,両者の区別と関連を明確にしたかったからである。 (1),(2) は相互に同方向に作用する側面と,逆に矛盾する側面とをもっている。たと えば,炭鉱閉山による就業機会の喪失と所得の損失は,自治体による雇用創 出のための失業対策や,経営不振に陥った中小企業への対策を必要とする。
これは自治体にとっては,閉山から生じる新たな社会的損失への費用負担に 他ならない。しかしそれによって,少なくとも一時的には,住民の就業と所 得の減少は何程か緩和されよう。一方,人口急減によって過大化した社会的 ストックや公共サービスから生じる不効率と,財政困難を克服し,損失を小 さくしようとする自治体の対応が,しばしば行政サービスの内容を悪化させ,
住民の犠牲と損失を増加させることがありうる。この場合には, (1), (2)は相 互に矛盾する側面をもっており,地方自治体としての政策的調整と対応が必 要となるのである。以下,同表を手がかりに,社会的損失の内容について吟 味していこう。
① 炭鉱とその閉山に伴う絶対的損失
高島炭鉱とその閉山に起因する社会的損失のうち,再生不能の不可逆的,
絶対的損失としてあげなければならない第 lは,地域の希少資源の損失であ る。それは,なによりもまず石炭という,高島を日本資本主義発達史の中で 特異な「石炭の島」として特徴づけてきた物質的基盤が永久に失われてしま
ったことである。
高島炭鉱は,端島のように石炭を掘りつくして閉山となったのではない。
たしかに高島鉱は三菱資本の手に渡ってからでも100年以上掘り続け,坑口 から海底の採炭現場までの距離の遠いことが,炭質の良さにもかかわらず,
生産コスト上のアキレス臆となっていた。しかし, 1982年には,国内炭見直 しの第7次石炭政策が発足するもとで,高島炭鉱でも6億円以上の費用をか けて当時の採掘区域の西方に有望な新区域を発見し, r西部区域」と名付け
表
21炭鉱とその閉山にともなう社会的損失
1.絶対的損失
① 地域の希少資源である石炭資源の永久的喪失。炭鉱及び関係従業者の産 業基盤と労働の場の破壊。
② ボタによる自然海岸の喪失及び,沿岸海域の汚濁による自然環境と海洋 資源の損失,これに起因する沿岸水産業基盤の破壊の継続。
① 閉山による急激な環境変化と人口流出に起因する,親密な互助機能をも つ地域共同社会と家族の崩壊,人的損失,及び地域に固有の歴史,文化,
技術の喪失。
2.
相対的損失
(1)
地域・住民にとっての損失
① 炭鉱業基盤の破壊による就業機会の喪失と所得の損失。地域所得の減少 と購買力低下による商業・サービス業などのマイナスの間接的波及効果。
人口の急激な流出による人的資源の喪失と根源的貧困の激化。
② 住宅・土地ストックの遊休化,無用化,無価値化による損失と炭鉱住宅 問題の激生。
① 人口の急激な流出と地域社会の崩壊による住民生活の無駄・不便・不効 率の増大。
① ライフ・ライン機能を果たしてきた共同生活手段や公共サービスの機能 弱体化による住民への否定的影響。
⑤ 人口急減による「高齢化社会問題」の急激な出現。
(2)
自治体にとっての損失
① (1)一①による税収の激減。失業対策,雇用機会創出対策,中小企業対策 など,根源的貧困対策の増加。
② 社会資本ストックの不用化・過大化による損害。不用社会資本ストック や不用炭鉱住宅の除却事業の必要。
③
社会資本ストックや公共サービスにおける無駄・不効率の増大とコスト 上昇。これに対応する社会資本・公共サービスの補正・代替・回復などの 対策の増加。
④
ライフ・ラインの維持・保全のための管理,修復対策の増大。
⑤
(1)ー⑤に対する対応策の増加。
制 l 一②には,他に,ボタ流出を防除するための環境保全予防対策が必要となる。
て大々的に公表していたのである。実収炭量は最低
3,
000万トン以上と推定 され,採炭量を当時の年
70万トンから
100万トンに拡大しても,今後少なく とも
30年以上は掘り続けることのできる有望区域であった。高島町が
80年代 に入ってから,炭鉱病院の新築・運営移管,炭住アパートの新設など,炭鉱 企業への援助を強めたのも,企業側からの「合理化」に伴う強力な要請とと
もに,こうして喧伝される炭鉱の将来見通しがあればこそであった。
しかしそのためには,企業は新たに
150億円の投資を必要とした。加え て ,
1985年からは「構造調整政策」という新しい国策のもとで,国内炭不要 論の大波が襲いかかってきた。日本経済の新たな段階において,独占的な大 企業の論理と国家の論理が,住民だけではなく,国民にとっても貴重かつ希 少な資源を,高島炭鉱閉山とともに永久に奪い去ってしまったのである。そ れは同時に,炭鉱とその関係従業者の産業基盤と労働の場の,取りかえすこ とのできない恒久的破壊でもあった。一度放棄され,埋没した炭鉱は,再び 採炭することは不可能と言って過言ではないからである。
第2
は,住民にとっては憩いの場であり,漁民にとっては生産の場であっ た自然海岸の喪失と沿岸海域の汚濁による自然環境と海洋資源の損失である。
戦前期,炭鉱が高島の地下浅部を採掘していた時代には,前章でふれたよ うに,家屋が傾いたり,地盤が崩壊したり,水源が枯渇するなどの深刻な鉱 害が発生した。しかし戦後は,島から離れた海底数
100mの深部で採炭する に及んで,そのような意味での「鉱害」は発生しなくなった。だが,
r鉱害」
に代って,
r公害」がやってきた。炭鉱から排せっされる大量のボタから生
じた海洋環境と資源の破壊である。ことに最後まで稼動していた二子立坑の
海岸には,タテ・ヨコ各
200m,高さ
40m,
100万
dに及ぶ巨大なボタ山が東
シナ海の波にあらわれている。この野積みのボタ山は台風などのたびに流出
し,いまや流出ボタは西海岸に長さ1.
2凶,幅
80m,厚さ
20m以上に渡って
堆積している。この地はかつては白砂の海岸で海水浴と,
60年代前半までは
沿岸イセエピ漁の絶好の漁場であった。しかし黒く濁ったボタが年々堆積
して白砂は消え,流出ボタでイセエビの巣は埋没してしまった。この
200万
rrfに及ぶ大量の流出ボタを除去して,海を白砂の浜とイセエビの棲む磯の原
状に復することは不可能に近い。三菱の砿業所は,流出ボタの補償金として 年
600万円を漁協に支払ってきたにすぎない。漁民は沿岸の良好な漁業基盤 を破壊され,五島灘への出漁を余儀なくされている。仮に,この底質のボタ を波深,埋立てするだけでも,事業費は
500億円は下らないであろう。
流出したボタだけが問題となっているのではない。巨大なボタ山はいまな お海岸にあって,高島の海を汚濁し続けているからである。町は閉山時の「要 求書」の中で,企業側に対して,
r護岸造成工事とボタによる埋立てを早期 に実施すること」を要請していた(前掲表
12,本誌前号
19ページ,参照)。
ポタ
しかし,両者の最終の「協定書」では,砿業所は「硬捨てに伴う公有水面埋 立てについては,長崎県関係部と打ち合わせの上対処する
J,となっており,
実施の時期や規模,方法,責任については極めて不明確である。閉山から 3 年たった今も,護岸造成工事には全く手がつけられていない。ここでは過去 の負のストックだけではなく,閉山後もなお,それを積み増す形で自然環境 と資源の破壊がつづき,かっ漁業基盤に否定的インパクトを与えつづけてい るのである。ボタの流出については,緊急かっ明確に企業の責任で予防対策 が講じられるべきであることは言うまでもない。
第
3は,炭鉱閉山による急激な環境変化と人口流出にともなって,炭鉱社 会の中でこれまで培われてきた親密な互助機能をもっ固有の地域共同社会や 家族の解体化と,地域の独得の歴史,文化,、技術の喪失が生じたことである。
一般に資本主義的な都市化が進む過程では,地縁的な古い地域共同体は次 第に解体される。その一方,労働力の商品化や共働き世帯,核家族化,大量 消費の個人主義的生活様式がおし進められると,家族や個人はバラバラにさ れてくるので,地域において共同社会的機能を再生することは容易ではない。
とりわけ戦後日本資本主義は,歴史的に未曽有の規模と速さでこの過程をお し進めてきた。その結果,地域と家族の解体は,都市・農村を問わず,急速 に進展せざるをえなかったのである。
これにたいして高島の場合には,基本的には同じ方向をとりながらも,こ
れまで非常に親密な互助機能をもっ近隣住区の小集団が形成されていた。そ
れは,ー島一企業,同じ職場の炭鉱マンとして地下数
100mの高温多湿の陪
黒の中でガス爆発や落盤事故の危険にさらされながら苦楽と命がけの仕事を 共にし,職住近接の炭住アパートにまとまって住み,島の外部から他人が入 ってくることはほとんどないといった諸条件の下での, i お互い因った時は 何かれとなく助けあう共同社会」であった。したがってこの共同社会は,企 業や職場とは直接の関係なしに,個として自立し自覚した個人が社会契約的 に相互に責任と受益,権利と義務を保証しあう近代的な地域共同社会ではな い。それはむしろ,同ーかっ特異な職場と居住環境を前提とした,運命共同 体的な近隣共同社会といってよい。そうした限界をもちながらも,否それ故 にこそ,この地域共同社会は,同僚への,兄弟,親子のような温かく人情味 あふれる友情に裏付けられた強固な互助集団として機能してきたのである。
だが,炭鉱の突然、の閉山はその足元をさらった。炭鉱労働者全員の失業,
人口の大規模かっ急激な島外への流出,島内部落の再編といった環境が激変 するもとで,地域の共同社会は急速に崩壊へとむかった。他方で,後述のよ うに急速な人口の高齢化が生じており,地域共同社会の崩壊は高齢化社会へ の早速な対応を, i 生活の社会化」として自治体に迫る要因ともなっている。
同時に,そうした地域共同社会に支えられてきた家族においても,夫婦,親 子,兄弟などの間で別居,離婚,離散等の解体現象が急増している。それは また,島外に出た元炭鉱労働者に複雑かっ深刻な精神的・物質的文化摩擦を 生みだすとともに,再就職の困難とも相まって,島の内外で自殺者を含む複 数の急死者の発生という絶対的損失をもたらしている。
閉山はまた子供達の心にも深い影を落している。炭鉱の崩壊は,親の生活 と人生に挫折をもたらしただけではない。それは,感受性豊かな子供達に,
親や島への誇りを失わさせてしまった。教師達の懸命な努力にもかかわらず,
人口の急激な流出は子供らの紳を断ち切り,次代を担うべき彼らの気力や自 主性を減退させ,島への愛着を薄いものしている。さらに,町人口の急激な 減少は,これまで炭鉱社会の歴史や文化,地下採掘の炭鉱技術を担いつづけ てきた人々を,伝承の余地のないまま,一挙に喪失させてしまった。
以上に述べてきたことは,自然環境や資源のように,人間生活を支えるハー
ドな共同社会的条件における絶対的不可逆的損失ではない。それはむしろ,
人命や,肉体的・精神的健康の損傷とともに,ソフトな歴史,文化,社会シ ステムなどにおける再生不能の絶対的損失であると言えよう。今日の急激な 経済構造調整政策のもとでは,ハードな絶対的損失とともに,こうしたソフ トな再生不能の絶対的損失が重要性をおびてきていることが,看過されては ならないのである。
② 地域・住民における相対的損失の発生と拡大
炭鉱閉山にともなう社会的損失には,いま述べたような絶対的損失のほか に,再生不能の可逆的,相対的損失がある。相対的損失のうち,ここでは地 域・住民にとっての損失について究明しよう。
1 ) 就業機会・所得の損失と根源的貧困の激生
第 1は,閉山による炭鉱業基盤の破壊を契機に,一挙かつ大規模な就業機 会と所得の損失が発生し,それが地域における産業構造を破壊して他の地域 産業にも否定的影響を与えるとともに,人口の激しい流出による人的資源の 喪失と根源的貧困をもたらしていることである。
炭鉱の閉山によって,と、れ程の就業機会が失われたであろうか。表
22によ
れば,閉山による高島炭鉱からの離職者は,直轄の本鉱と下請の組夫を合わ
せてし
791人である。これに炭鉱職員
103人を加えて,炭鉱業基盤の破壊によ
る直接的な雇用機会の喪失は
1,
894人となる。閉山約
l年前の
1985年
10月に
実施された国勢調査によれば,高島における雇用者総数は
2,
403人であった
から,閉山によって直接失われた雇用機会は全雇用者の約
8割に達する。こ
れに,地域所得の減少と購売力の低下による,商業やサービス業等の雇用へ
のマイナスの間接的効果を考慮すれば,失われた雇用機会は,閉山前の町雇
用者の 9割を下回ることはないであろう。事実,事業所統計に接続させた町
の推計によれば,高島町の全就業者数は,
1986年
7月
1日
""'1989年
6月
30日
までの
3年間で,
2,
651人→
329人へとマイナス
2,
322人
(88%)の大幅急減
となっている(前掲表
10,参照
)02,
322人の減員のうち卸小売・飲食庖では
242人,公務を除くその他の第三次産業では
311人,合わせて
553人である。
表22
高島炭鉱離職者の帰趨状況
(1989年
8月末現在) (単位:人.
%)託 〈
1総 数(外職員) 本 鉱(直轄)
組夫(下請)
(1)
閉山時在職者数 1 .
791( 1
03) 1.060 731 (2)解 雇 者 数 1 .
791( 1
0) 1.060 731 (3)解雇率
(2)/(1)陶 100.0 (9.7) 100.0 100.0 (4)求 職 者 数 1 .
543 960 583 (5)就職前移転者数
453 312 141 (6)純求職者数
(4)ー(5) 1.090 100.0% 648 100.0% 442 100.0%① 就 職 者 数
707 64.9 459 70.8 248 56. 1県 内
388 35.6 233 36.0 155 35.1県 外
319 29.3 226 34.9 93 21 .
0② 求 職 取 消
65 6.0 22 3.4 43 9.7③有効求職者数
318 29.2 167 25.8 151 34.2(うち職業訓練中)
3 0.3 2 0.3 0.2(。高島在住者)
109 10.0 28 4.3 81 18.3(注)
(1)職員は外数で括弧書にした。職員
103名中,閉山時に退職した1
0名を除いて全員が三菱鉱業セメント本社または関連企業に転勤・
出向した。
(2)
長崎公共職業安定所管轄分である。
(資料)福岡通商産業局「高島砿業所閉山に伴う主要対策について
J1987年
3月。長崎公共職業安定所調べ。
この中には,雇用者以外に零細事業主や家族従業者も含まれているが,商業
・サービス業での就業者の減少率は
70%を超える。要するに,高島にあって は,炭鉱の閉山は,地域の産業構造を一挙に破壊し,町就業者の
9割を占め る雇用者のそのまた
9割から雇用の機会を奪って失業に追いこみ,そこから 波及する所得や購買力の低下によって,他の関連産業の
7割から就業の機会 を奪い去ったのである。
就業機会の大規模な破壊は,言うまでもなく,地域における所得の急激か
っ甚大な損失をまねかざるをえない。長崎県の場合,所得統計は町村レベル
では整備されていない。そのため正確な推計は困難であるが,いま閉山の影
響のまだなかった
1985年度について,税務統計をもとに町の雇用者所得を推
計すると,総額
80億
1,
800万円に達する。この税務統計では,課税最低限に 達しない所得は集計されていないので,実際の雇用者所得はこれよりもっと 大きいと推察される。しかし,年雇用者所得を控え目に
80億円とみて,閉山 に伴う雇用者所得(賃金)の喪失額を推計すれば,雇用者数の減少率は約 9 割であったから,
80億円
xO. 9=72億円となる。よく知られているように,
炭鉱労働者の賃金水準は相対的に高いので,喪失した所得額はもっと大きい と推定されるが,少なくとも年間
70億円を優に超える賃金所得額が,炭鉱の 閉山によって地域から失われてしまったのである。この喪失所得額を,かり に市場利子率を
5%として資本還元すれば,
,1400億円以上の賃金元本が,
地域から奪われたことになろう。また高島の炭鉱はこれから最低
30年間掘り 続けることが可能といわれていた。したがって,閉山によって失われたあり うべき賃金所得の累計額は,少なくとも
2,
100億円以上という,巨額に達す ると推計されるのである。
炭鉱の閉山はまた,地域からの激しい人口流出と人的資源の喪失をひきお こすとともに,低所得と失業の増大という根源的貧困を生じさせた。閉山に よる人口急減の推移についてはすでに述べたが,ここで問題にしたいのは,
この特異な人口流出には,炭鉱社会特有の階級・階層構造と,日本経済の労 働力政策の特徴とが色濃く反映し,それらが,残された地域と住民に否定的 影響を加重していることである。
わが国の炭鉱従業者が職員,直轄鉱員,下請組夫の三層から成る階級・階 層構造を特徴としていることはっとに指摘されてきた。これと基本的に同様 の三層構造が高島にも存在し,それぞれ職員,本鉱,組夫と呼ばれていた。
この階級・階層構造は,職域において大きな格差と差別の構造を形成してい
たが,それは,炭鉱閉山による解雇と離職後の再就職の状況にも反映されざ
るをえなかったのである。もう一度,表
22に立ち返ってみよう。炭鉱に在職
する本鉱
1,
060人,組夫
731人は,閉山の際には一人残らず解雇されてしまっ
た。これに対して,
103人の職員は,閉山時に退職した
10人を除けば,全員
が親会社または関連企業に,転出ないし出向できたのである。残務整理のた
めのごく少数の要員を除いて,職員層がまずまっ先に高島から出ていった。
職員層の厚遇と比べれば,炭鉱企業が「誠意をもって努力する
J,と確約 したはずの本鉱の再就職は遅々として進まず,閉山 l年後にも再就職率は約 3割にすぎない。また組夫では,再就職率は 2割に達しなかった。高島炭鉱 の解雇者1 ,
791人全員の動向を包括的に表わす資料はいまのところない。前 掲表2
2の
(6)欄は,
1989年
8月末現在で,長崎公共職業安定所管内の,就職前 移転者4
53人を除く純求職者
1,
090人について,その帰趨を示したものである。
閉山から
2年
9ヶ月たったこの時点においてさえ,本鉱でも再就職率はかろうじて70% を超えたにすぎない。組夫の再就職率はもっと悪く,やっと
56%と,半分を少し超えた所にとどまっている。
炭鉱離職者の地域的分散状況をみると,県外に出た者は,就職者で3
19人 , 就職前移転者で3
09人,県内移転後県外に出た者で
12人,合わせて求職者の 約
4割強が,国の労働力流動化政策による広域職業紹介制度の展開と相まっ て,福岡,愛知,東京などの大都市圏を中心に流出していった。一方,県内 に残った約
6割の炭鉱離職者はどうなったであろうか。このうち約半数は県 内で再就職したが,求職取消者も含めて残りの半数は,依然、として失業者,
ないしは相対的過剰人口として産炭地域に残留していると推察される。表2 2 でみられたように,厳密な意味での失業者(有効求職者)のうち高島に在住
している者は
109人,純求職者に占める割合は
10%であるが,この割合は本 鉱の
4% (28人)に対して組夫では18% (
81人)とかなり高く,有効求職者 の
1/3以上がいぜん失業状態のまま島にとどまっている。
同じ時点における高島町の世帯数は
715世帯である。このうち高齢者だけ
の世帯の総数は明らかではないが,独居老人世帯8
4,老人ホーム世帯
39を差
し引くと,生産年齢世帯は多くみても
590世帯を上回ることはない。したが
って高島に居住している求職中の失業者
109人 は 世 帯 で
l人の失業者と
仮定すれば,生産年齢世帯の最低19% に相当する。就職前に求職取消をした
者を含めれば
2割を優に超える世帯が失業者世帯と推計される。これに生
活保護を受けている
57世帯(同
9.7%)を加えると,高島の少なくとも
3割
にのぼる世帯が,言葉の極めて厳密な意味での貧困者世帯に属しているので
ある。加えて,前章で述べたように,高島に新規に立地したわずかな企業も,
低賃金労働力と財政的優遇措置を狙ってやってきており,炭鉱離職者のうち そこに雇用された者は
45人にすぎず,その上彼らの賃金水準は炭鉱時代の半 分以下といわれるほど低い。既存の他の企業や個人営業主の場合も,人口と 地域所得の急減によって大きな打撃をうけており,低賃金,低所得の状態が 地域を被っているといっても過言ではないのである。
以上を要約すれば,炭鉱の閉山は,甚大な就業機会と地域所得の喪失を発 生させただけではなく,いまや組夫を中心に地域世帯の
2割の失業者と
l割 の受給貧民を核として広範な「労働貧民
(theworking poors) Jを内包する 根源的貧困を増大させ,それが閉山後の社会的損失として地域・自治体に残 されてしまったということである。しかも,ここで生じている根源的貧困は,
たんに資本の蓄積過程や景気変動過程で発生する失業や低所得階層の問題で はない。それは, 日本経済の多国籍企業段階に対応する構造調整政策のもと で,スクラップ化・「合理化 J の対象に指名された地域産業の構造破壊に起 因する根源的貧困である。この意味で,高島における根源的貧困は,一見特 殊かっ強められて現象してはいるが,逆にそうであればこそ,それだけすぐ れて今日的,普遍的な意味をもっていることが見落されてはならないであろう。
2 )
住宅,土地ストックの無用化・遊休化と「炭住問題」の発生
第2は,炭鉱閉山とこれによる急激な人口流出が,住宅や土地ストックの 遊休化,無用化と経済的な無価値化を引きおこすとともに,産炭地域に独特
な「炭鉱住宅問題」を激化させていることである。
炭鉱の従業者は,本鉱は言うまでもなく,下請の組夫も含めて,ほぼ全員
が鉱業資本所有の炭鉱住宅(炭住)に住んでいた。炭鉱企業の,地域におけ
る労働者管理の物質的基盤は,戦前の納屋制度を沿革にもつこの炭住制度に
他ならない。先述のような職員,本鉱,組夫からなる炭鉱従業者の三層構造
は,職域だけではなく地域にも反映され,彼らは三層ごとに棲み分けた独特
な地帯構造と炭住地域をっくり出していたのである。膨大な炭鉱住宅街はし
ばしば他の地域社会とは切り離されて坑口近くにまとめてつくられ,地元社
会との交流は少なく,その意味では一種奇形的な共同社会を形成していたと
表2
3人口の地域的変化の状況 (単位:人,
%)土ぐご
A. 1人 %
986.11. 30 B. 1人
989.8.% 31 B ‑ A人
B‑A/A減少率
IYoJ(1)
仲山・百万地区
,1377 25. 1 296 21. 2 ム1,081 ム78.5 (2)山手・蛎瀬地区
,1905 34. 7 69 4.9 ム1,836 ム96.4 (3)光町・西浜地区
,1249 22. 7 577 41. 3 ム 672 ム53.8 (4)本 町 地 区
960 17.5 454 32.5 ム 506 ム52.7l 口
』Z 十
5,
491 100.0 1,
396 100.0 ム4,
095 ム74.6(注)地区は, (1)には仲山,尾浜,金堀,百万, 日吉岡,
(2)には山手,蛎瀬,緑が
丘 ,
(3)には光町,西浜,二子,新和寮を含む。
(資料)高島町「住民基本台帳」より作成。
いえよう。
炭鉱閉山にともなう人口減少は確かに高島町全域で生じたが,そこには,
こうした独特な地域構造の特質が大きく作用せざるをえない。表
23は,閉山 以後の高島町の人口の地域別変化を表わしている。
(1),
(2)の地区には,かつ て
6割の町民が住んでいた。しかし,逆にこの
2地区で人口減少率がもっと も大きい。ことに
(2)では,全住民に近い96% の人々が流出してしまった。(1) は,南東斜面の職員住宅と本鉱アパートのあった地区,
(2)は西斜面にあった 本鉱の炭住アパート群の地区である。これに対して,
(3),
(4)の地区では,確 かに人口は減少してはいるが,減少率はいまだ
5割台にとどまっている。
(3)は,組夫の炭住アパート群と,その外に町役場や港,市場,商庖,町営住宅 などの集まった地区,
(4)は旧くからの地元住民の個人住宅が集積した地区で ある。人口の急減に伴って,高島町もまた,著しく人口の希薄となった島の 西側から,東側や港に近い地区に人口を移そうとしはじめている。かくして,
町の人口の減少にも,顕著な地域的不均等が生じているのである。
炭鉱労働者の大多数は炭住に住んでいた。そのため彼らの持家率は著しく
低く,閉山によって,大半の者は島の内外で新たに公営住宅や社宅,民間借
家などを手当てせざるを得なくなった。それ以外の一般住民のうち,公営住
宅に入っている者以外の多くは持家層であった。持家層のうちどれ位いの人
々が転居したかを正確に示す資料は今のところない。しかし,旧くからの地
元の個人住宅が集積している本町地区の場合,表の
A,
B 2時点聞の流出世 帯数は
184世帯であった。また,一般に住居と庖舗が一体となった零細個人 営業の業者から構成されている町商工会の会員のうち,この間に流出・退会 した会員は
67人に及ぶ。しかし,炭鉱閉山と激しい人口流出のもとで,持家 層の住宅や土地ストックはまったく買手がつかぬか,極端な低価格でしか売 れず,経済的にはほとんど無価値となってしまった。そのため,流出する持 家層は炭鉱労働者と同様,住宅問題に直面せざるをえない。その一方,残さ れた地域においては,流出者の住宅や土地は無用化・遊休化して,大部分が そのままに放置され,荒れるにまかせられている。
地域住民にとって,一層重大かっ深刻な問題は,膨大な数の炭鉱住宅がう ち捨てられ,炭住街がゴースト・タウンと化してしまったことである。閉山 時に炭鉱企業が所有していた炭鉱住宅は,木造炭住
427戸(1
38棟),非木造 炭住アパート
1,
832戸
(54棟),合計
2,
259戸(1
92棟),閉山時の町総世帯数
2,
229世帯を上まわる莫大な数量であった。炭鉱閉山は,これらの住宅施設 を一挙に無用の長物と化してしまったので、ある。だが,それだけではない。
無人化し荒廃する炭住地区は,残された住民にとっては治安上も重大な問題 となる。遺棄され,荒れるにまかせられながら,なお頑強に林立するコンク リー卜の炭住アパート群は,高島の景観とアメニティを著しく損っている。
それは,今後の地域の発展にとっても重大な障害物とならざるをえない。こ うして発生する「炭住問題」は,スクラップ化される産炭地域にとって重大 な社会的損失となり,特徴的な地域問題を構成している。ところが,原因者 である炭鉱企業は,基本的に,この重要問題に社会的責任をとらず,後述の ようにその負担は主要に自治体と住民に転化されているのである。
3 )
人口急減による日常生活の不効率と共同生活条件の機能弱体化
第3は,炭鉱閉山とこれに伴う人口急減のもとで,住民生活に不便や不効
率が発生するとともに,地域住民の生命と生活を支え,ライフ・ラインとし
ての機能を果たしてきた共同生活手段や公共サービスに,機能の悪化や破壊
現象が生じはじめたことである。
人口の急激な流出とその地域的アンバランスは,人口の希薄化した地区に おいて,日常生活の便宜を著しく損ない,無駄や不効率を拡大している。た とえば,炭住地区ないしはそれに隣接した地区では,営業はなりたたず,商 庖はほとんど庖を閉じて流出してしまった。残された住民は,いまや食料品 や日用雑貨など日常の最寄品を買うためにさえ,時間と労力をかけて港の近 くの市場や商屈に足を運ばなければならなくなった。まして,耐久消費財な ど買回品の購入は,定期船をつかって長崎市にまで出かけなければまったく 用が足りなくなってしまった。また,地域における人口流出と地域共同社会 の破壊は,近隣住民の間で相互に支えあってきた日常生活の便宜や融通を過 去のものにしてしまった。そのため,多くの住民が,人口が希薄になった,
長年住み慣れた地区の住居を放棄して,港のある表地区に移転せざるをえな くなっている。
こうした生活上の不便や無
a駄の発生は,地域住民の個別の生活過程でも問 題であるが,むしろ一層重大なことは,それが社会的な共同生活手段と公共 サービスにおける機能の弱体化や破壊を通じて起きていることである。たと えば,町立病院は,
1982年に炭鉱企業から町に移管された当時は
6診療科 目 ,
43病床
9人の医師と
39人の常勤職員を擁する総合病院であった。しか し,この病院は町人口約
6,
000人を想定していた。炭鉱閉山に伴う人口の急 減は,病院規模の縮小を余儀なくする。町当局は,
1987年度からは皮膚科,
眼科,歯科の
3科目を休止した。しかし,それでもなお,人口流出による患 者数の急減に伴って膨大な赤字が生じ,同年だけでも
1億6,
300万円,また
1986‑‑‑‑‑‑88の
3年間では
3億6,
700万円もの,一般会計から病院事業会計への 繰出しに追いこまれてしまった。その結果,
1989年度からは,町立病院は内 科のみ,医師
l人
3病床からなる国民健康保険組合直営の町診療所へ大幅 に縮減され,いまやかつての威容を誇った面影はない。
病院の縮小は,町当局からすればやむをえない側面がない訳ではない。と
はいえ,患者や住民からすれば,負担と犠性の著しい増大をもたらしかねな
い。炭鉱閉山から
3ヶ月後の
1987年
2月に実施した全住民対象の健康調査に
よれば,回答した
726世帯(回収率
36.8%)のうち,
Iよく利用する医療機関」
として町立病院をあげた者の割合は
61%に達していた。また,町立病院の利 用頻度では,円、つも利用していた
J42%,
r時々利用していた
J37%と,無 回答の
10%を除けば,
8割以上の住民が何らかの形で町立病院を利用し,そ の過半が常時利用者であった。ことに
56歳以上では,常時利用者の割合が
46%と高く,高齢者ほど町立病院への利用依存度が高かったのである。調査対 象にやや偏りはあるが,閉山から約
1年後の1
987年
10月に,われわれが実施 した別の調査によれば,表
24にみられるように,公共施設や公共サービスの
表24 住 民 の 公 共 施 設 ・ サ ー ビ ス に 対 す る 懸 念 状 況 (単位:%)
施一設一・サ一ー一一ビ一ス一一←一一一一一優一先一順一位一 2 3 (1)
病 院
44.7% 10.4% 12.6%(2) 船 便 (長崎一高島) 26.3 29.3 19.7 (3) 島 内 ノt ス 6.3 20.0 7.5 (4) 治安(外灯,空家・空地の管理) 5.6 7.9 13.0 (5) 水 道 4. 7 8.2 1
1 .
8 (6) 公衆
浴 場 4.4 10.7 13.4 (7) 公戸凸
v. 住宅
2.2 5.0 2.0( 8 )
小 中戸十
時 校1 .
31 .
8 3.1 (9)市
場1 .
31 .
8 5. 1Ú~ そ の 他 3.2 4.9 1
1 .
81仁r 言十 100.0 100.0 100.0
(注)
(1) 1987年10月27‑‑‑‑30日に実施された高島町保健検診の際に行った「高島町民の生活圏調査」の一部である。
(2) 調 査 対 象 者311人 。 た だ し 保 健 検 診 に 来 診 し た 住 民 を 対 象 に 実施したので,50歳 未 満12.5%,50‑‑‑‑64歳50.2%,65歳 以 上37.3
% , ま た 男39.9%, 女60.1%と,中高年齢層と女性にかなり対 象者が偏位している。
(3) [""町の公共施設やサービスのなかで,現在または将来におい て , あ な た が 利 用 者 と し て 縮 小 , 廃 止 , 料 金 値 上 げ な ど の 不 便 を 最 も 心 配 し て い る も の に つ い て , 順 位 の 高 い も の か ら3つ 選 んでください。J, という設問においての選択数の構成比仰。
中で将来の縮小や負担増などが心配なものとして,病院の優先順位が
45%と 圧倒的なウエイトを占めていた。
以上を劃酌すれば,いまや内科の外来以外の患者は,往復
2時間以上,
1