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地すべり多発域における暮らし

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地すべり多発域における暮らし

著者 水野 ひかる

雑誌名 静岡市・由比 西部を中心に. ‑ (フィールドワーク 実習報告書 ; 平成30年度) 

ページ 45‑55

発行年 2018‑12

出版者 静岡大学人文社会科学部社会学科文化人類学コース

URL http://hdl.handle.net/10297/00026294

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地すべり多発地域における暮らし

水野ひかる

1 はじめに

2 地すべりと地すべり災害

2.1 地すべりとは

2.2 ハザードと災害の概念整理

2.3 行政による定義と由比地区の住民の定義

3 由比の地すべりの歴史

3.1 由比地区地すべりの記録

3.2 住民の記憶

4 現在の地すべりに関して

4.1 地すべり対策事業

4.2 倉沢地区と地すべり工事

5 おわりに

はじめに

由比での調査まで、私は「地すべり」という言葉にあまり馴染みなく生活してきた。調査 テーマを設定する際に地すべりに興味を持ったのも、インターネットで「由比」をキーワー ドに検索したときに「地すべり管理センター」がヒットしたからだった。そのときも「地す べりってなんだっけ」という疑問がまず先に浮かんだ。調査前の下見で1月に地すべり管理 センターを訪問した際、地すべりとは何か、この地で何度地すべりによる被害が起こってき たか、どんな対策を行ってきたか、について学ぶことができた。また、それと同時に、由比 地区において住民は地すべりとどう付き合ってきたのか、という新たな疑問も浮かんだ。そ して、この問いをテーマに、由比において調査することにした。

フィールドワークで話を聞いてゆくうちに、地域ごとに発生している地すべりの規模や 形状、住民それぞれが地すべり対策に対して持つ考え方、行政との関係が、自分のイメージ と違うことを知って驚きや面白さを感じるとともに、この調査の難しさを実感した。実習を 終えて私は、由比における地すべりとそれをめぐる対策や認識を第三者の目線で整理し、地

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すべり多発地域における人びとの暮らしについて報告書をまとめたいと思い、これを調査 テーマとして設定した。

本章では、過去に幾度となく地すべり災害が起こった由比の寺尾地区、倉沢地区、西山寺 地区において実施した聞き取り調査をもとに、行政、自治会、住民による地すべりへの対処 や対策、地すべりが身近な地域における住民の暮らしについて明らかにする。報告書のテー マを着想するに至った経緯を記した本節に続く第 2 節では、地すべりと地すべり災害の違 い、すなわち自然現象である地すべりと、それが原因で人や暮らしに被害が及ぶ地すべり災 害とは、異なる概念であることを整理する。さらに第3節では、由比地区において過去に起 こった地すべり災害について述べ、第 4 節では現在、県の指示により国土交通省中部地方 整備局富士砂防事務所が管轄・実施している地すべり対策事業とその対象である倉沢地区 の地すべりについて記述する。以上を通して、倉沢地区で起きている地すべりがどのような ものか、住民は暮らしを脅かす危険なものとしてこれを捉えているのか、そうした考えのも とで住民は行政の地すべり対策をどのように見ているのかについて明らかにする。

地すべりと地すべり災害

由比地区の地すべりについて、詳しい調査データを記述する前に、本報告で使用する「地 すべり」と「地すべり災害」という言葉の違いについて、示しておく必要がある。

2.1 地すべりとは

はじめに、地すべりとはどういうものなのだろうか。以下、藤田崇の『地すべり―地災害 の地質学―』(1990)と農林水産省農村復興局農村環境課発行の『地すべり災害を予防・軽 減するための活動の手引き―住民の皆さんができる地すべり対策―』(2008)、および由比 地すべり管理センターで配布している全国林業改良普及協会編のパンフレット『地面が動 く!由比の地すべり』をもとに、地すべりの概念を整理する。

地すべりとは、斜面上の物質の一部が地下水の影響によって高い位置から低い位置へゆ っくりと動く地質現象のことである。傾斜はゆるく、同じ斜面で繰り返し発生しやすい。地 すべりを起こしている地盤を「地すべりブロック」といい、そのブロックの下にある動かな い層との境を「すべり面」という。由比地区のすべり面には泥岩層という地層が存在し、そ れが水を含んでヌルヌルと滑りやすくなり、地すべりを発生させる。そのブロックが滑り落 ちて山崩れなど他の現象を引き起こす。

地すべりと混同されやすいもので「がけ崩れ」があるが、地すべりとがけ崩れの違いはい くつかある。まず、地すべりは特定の岩質や地質構造のもとで発生するが、がけ崩れはどの ような地質条件でも起こりうる。そして、ゆるい傾斜で起こる地すべりに対してがけ崩れは 急傾斜地で多く発生する。がけ崩れは雨や地震が引き金となり突発的に起こるが、地すべり は急激に動く前に、地面の亀裂、陥没、隆起などの兆候が現れ、特定の箇所で繰り返し起こ

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る。

地すべりが起きる地質は、第三紀層地すべり、破砕帯地すべり、温泉地すべりの3種類に 分けられ、由比の地すべりは第三紀層地すべりである。第三紀層地すべりは海や川、湖など の底に溜まった泥や砂が固まって出来た地層で発生する地すべりであり、比較的ゆっくり と滑るという特徴がある。

2.2 ハザードと災害

前述したとおり地すべりとは地質現象であり、人間が気付かないレベルでゆっくり地面 が動くこともある。このような地すべりは自然現象であり、災害ではない。文化人類学者の 木村周平によれば、自然災害とは「社会になんらかの被害が起きていることが条件となる。

とはいえ、自然災害をそれ以外の状況と区別するような定義は非常に厄介であり、また定義 は研究のあり方とともに変化する」と述べている。

海上智昭らが日本リスク研究学会誌に寄稿した論文「行動科学・社会科学的な災害の概念 定義の整理―1920 年以来の軌跡と現在の課題―」によれば、災害の定義づけは 1920 年頃 から多くなされているという。例えば被害額や死者数などでなされているが、数値はあくま で1つの判断基準に過ぎない。また、災害研究が地理学、健康科学、地球物理学、社会学、

人類学、関係学など多様な領域からアプローチされていることにより、災害という言葉に多 様な解釈が生まれている。災害についての様々な定義の中から 1 つを選択することは理解 の幅が制限される。ただし、災害に様々な視点からアプローチするため、海上らは災害発生 のもととなる自然現象や社会現象のことを「ハザード」、それによってもたらされるものを

「災害」と定義しており、これを本論の分析概念としても使用する。

なお、本文中の事例記述においては、聞き取り調査において由比の住民が地すべりやこれ にともなって起きた現象を表現した言葉をそのまま記述する。なぜなら、そうした表現は住 民が何を地すべり、または災害と認識しているかを解くカギとなるからである。そして、こ れら事例を分析する上では、海上らの定義する「ハザード」と「災害」の概念を用いること をあらかじめことわっておく。

ところで、私が調査を進める過程では、地すべりというハザードが起こす事象をどこから

「災害」と捉えるかが、地すべり災害への対策を講じる行政と、由比の住民、とりわけ1961

(昭和36)年の「寺尾地すべり」1や1974(昭和49)年の「七夕豪雨」2による地すべり災

1 1961年3月14日午前5時頃、寺尾中ノ沢上部で地塊がすべり出し、ビワ、ミカン畑を

押しつぶし民家のすぐそばまで押し寄せた。その大量の土砂で由比海岸を埋め立て東海道 高速自動車道路が開通された(由比町史編纂委員会編1989: 561-575)。

2 1974年7月7日から8日にかけて台風8号により集中豪雨に見舞われた由比はいたると

ころで山崩れ、土石流が発生し家屋全壊7棟、半壊32棟、国道1号線23日不通、国鉄東

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害を経験した住民とでは異なっていることが明らかになった。次の調査データがそれを示 している

まず、行政では住民の居住地域にハザードが影響する場合、その現象を「災害」と捉えて 対処する。その場合の居住地域とは、家だけでなく畑や道路も含まれる。一方、寺尾地すべ りの際に、畑が土砂で埋まった80代の女性は、「うちのところは被害がなかった」と語って いた。また、倉沢で農業を営んでいる70代の男性は、たびたび農地で地すべりが起こると 話す一方で、「倉沢で災害は起こったことがない」と言っていた。つまり、由比地区の住民 は、民家に被害があった場合のみを「災害」と見なしており、畑で起きた地すべりなどは災 害とは認識していないのである。

このように、地すべりによって引き起こされる現象を、どの程度から災害と呼ぶかは行 政と住民、もっといえば住民ひとりひとりによっても異なる。それゆえ、災害対策などに おいて行政と住民、あるいは住民同士で考え方や捉え方が食い違う。実際に、私が調査し たなかでもそうした話が聞かれた。これについては、のちに第4節で詳しく述べることに して、次節では由比地区でこれまで起こってきた地すべりについて歴史的な記録と住民の 記憶をもとに整理する。

由比地区における地すべり

3.1 地すべりの記録

由比地区ではその地理上の性質のため、昔からたびたび地すべりや地すべり災害がおこ ってきた。その地すべりの数は、江戸時代末期の1854(嘉永7)年12月に発生した大地震

(安政東海地震)による地すべり災害から数えて 26 回に及ぶ(全国林業改良普及協会編

『地面が動く!由比の地すべり』)。戦前には、1910(明治43)年に西山寺で起こった地す べりがあり、その際は 1 つの村が丸ごと滑り落ちたという。住民は地面がすべり出してか らすぐに批難したため人的被害は生じなかったが、その村に住んでいた20戸全員が山から 離れた土地に転居したように、暮らしへの影響は大きかった。また、戦後に発生した地すべ りのなかでもとくに規模が大きかったものは、1961年に起こった寺尾の地すべりと、1974 年の七夕豪雨による由比地区全体で発生した地すべり災害であった。寺尾の地すべりでは 山の土砂が大量に滑り落ちたため、この土砂によって海岸を埋め立て、東名高速道路を建設 した。七夕豪雨では、台風の影響で記録的な大雨が降り、それにより由比地区(当時は由比 町)の各地で地すべりが発生して家屋を押し流し、国道 1 号線と東海道本線が不通となっ

海道7日間不通となるなど、大きな災害が発生した。この災害を契機に今宿・寺尾・倉沢 の地すべり防止工事が、国の直轄工事でおこなわれることとなった(由比町史編纂委員会 編1989: 576-579)。

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た。このように、由比では19世紀半ばから20世紀初頭にかけて、地震や豪雨によりたび たび地すべりが発生し、家屋が流されるなどの災害に至ったケースもあった。

3.2 住民の記憶

前節で述べた記録は、地すべりや地すべり災害の概要を伝えているだけである。そこで、

私はこれらの地すべりに居合わせた住民が、当時どのような体験をしたのかを明らかにす るために、寺尾地区や西山寺地区において聞き取り調査を実施した。以下はその内容である。

寺尾地区に住む小池弘美さん(女性、60代、寺尾地区)によれば、彼女が小学2年のと きに寺尾の地すべりが起こったという。朝6時過ぎ、通学前に朝ご飯を食べていたら、大人 たちが山を見ていた。彼女も山を見ると、そこに生えている木々がずるずると下がってきて いるように見えた。その日のうちに親戚の住む西山寺地区に避難し、そこから一時期学校に 通うことになった。その地すべりで実家に土砂は来なかったが、畑はつぶれてしまった。6 年後の中学 1 年の時に整備工事をしていた行政からやっと畑の土地が戻された。地すべり の土砂を運び出すダンプを通すために道路を拡張することになり、被害を受けていない家 2軒が引っ越しした。当時は道路にも地主があり、皆同じ割合で農地を減らして道路にした。

戻ってきた畑には石がゴロゴロ転がっていたので、作物を育てられるよう整備するのに1年 ほどかかった。

西山寺地区に住む立花文代志さん(男性、90 歳、西山寺地区)は、祖父の世代からこの 地区でじわじわと地すべりは起こっていたという。また、自分が子どもの時から杭打ち程度 だが地すべり工事がおこなわれていたと語った。道路に亀裂が入っていて不思議に思って いたらしばらくして、すぐそばにあった畑が落ちたこともあったらしい。また、以前は消防 団をやっていて、寺尾地すべりと七夕豪雨の時は手伝いに奔走した。寺尾の地すべりの時、

住民の荷物を運ぶ手伝いをしていたら、山の木の根が切れてピシピシといっているのが聞 こえた。七夕豪雨の時は、雨の量が尋常じゃなかったため「大沢川が氾濫したら嫌だ」と人 と話していたら、その日のうちにそこで地すべりが起こり大沢川は氾濫した。この土地は地 すべりによる大きな災害は起こってないが、地すべりの調査に来た役人には「人の住むとこ ろじゃない」と言われたらしい。

同じく西山寺地区に住む稲葉誠一さん(男性、70 代、西山寺地区)によれば、祖父母の 世代までは、西山寺の上の方(現在の西山寺の集落がある場所よりさらに山を登ったところ)

に家があったが、1910年の地すべりによって村ごと今の土地に転居したという。その時の 話は祖父母から聞いていて、亀裂や陥没でかなり土地の被害は酷かったらしい。村のほとん どの家は地面がすべり出してから避難したが、亀裂などの兆候により地すべりが起こる1年 前に避難した家もあった。

以上にみてきたように、かつて大規模な地すべりが起こった寺尾地区や西山寺地区では、

それらの記憶が住民の体験とともに語り継がれている。ところで近年、寺尾地区、西山寺地 区では住民の居住地域近辺での地すべりは起こっていない。現在、住民の生活範囲で地すべ

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りが発生しているのは、隣接する倉沢地区である。そこで次節では、倉沢地区において現在 実施されている地すべり対策事業について見てゆく。

現在の地すべりとその対策

本節では、現在の地すべりの発生状況とその対策について、住民への聞き取り調査のほか、

倉沢地区における地すべり防止工事の見学会や説明会に参加して得た資料などをもとに、

記述する。

4.1 地すべり対策事業の概要

由比地区では地すべりを防ぐため、国や県が何度も地すべり防止工事を実施してきた。以 下、工事の方法について、全国林業改良普及協会編の『地面が動く!由比の地すべり』(由 比地すべり管理センター配布物、前掲)と、国土交通省中部地方整備局富士砂防事務所(以 下、富士砂防事務所)が地すべり防止工事の見学者に配布している資料『富士山と地域を守 る』をもとにまとめた。

防止工事は、「抑制工」と「抑止工」に大きく分けられる。抑制工は、地すべりの動きに 影響をおよぼす地下水を集めることで地すべりの活動を緩和する役割を持つ。放射状に設 置したパイプで地下水を集める集水井や、地すべり面より下にトンネルを作りパイプによ って地下水を集める排水トンネルなどがある。抑止工は、深礎杭という大きな杭を地下に造 ることで地すべりの動きを止める。現在設置している深礎杭は直径5m、長さは設置場所の 地表と岩盤との距離によって37mから88mと変わり、1本につき設置に1年ほどかかる。

また、由比には地すべりの動きを監視できる「由比地すべり防止区域自動観測システム」

が設置されている。これを管理する国土防災技術株式会社の野坂大樹さん(男性、20 代)

によれば、小さな地すべり地は抑制工のみで地すべりの動きを止めることができるが、由比 の地すべり地帯は大規模であるため、この 2 つを設置することにより地すべりという自然 現象に対抗しているという。このように、由比では国や県が長年にわたって入念な地すべり 防止工事を実施してきた。その結果、今宿地区や寺尾地区では地すべり防止工事が完了し、

今後は地すべりが発生する確率は非常に低いという。一方、由比西部の倉沢地区では、現在 も防止工事が重点的に行われている。その倉沢地区の地すべり工事については次節で述べ る。

4.2 倉沢地区における地すべり対策事業

倉沢地区での地すべり防止工事は、富士砂防事務所が管轄している。『富士山と地域を守 る』(前掲)によれば、この工事は国道1号線、東名高速道路、JR東海道本線という日本の 東西をつなぐ重要交通網が、地すべりによって遮断されるのを防ぐことを目的としている。

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写真1 倉沢で行われている地すべり防止工事の様子(水野撮影)

工事対象区域には倉沢の農家の敷地も入っているため、住民の理解と協力によって地す べり防止工事は進められなければならない。農家の土地で工事を行う場合、その土地を所有 者から借り、工事が完了すれば返却する。壁を作るなど大きい工事を行う場合や、将来公道 を作る場合は、その土地を買収し、工事後に県に管理を委託する。

倉沢の地すべり対策事業を担当している富士砂防事務所の奥山剛さん(男性、40代)は、

地すべり防止工事などの公共事業について「地元住民のことを思いながら進めるのが当た り前になってきている。私(奥山さん)たちも地元住民への配慮はいつも心がけている。彼 らの大事な土地を私たちが貸してもらっているという意識を忘れてはいけないと思う」と 語っていた。また、「公共事業は住民や市役所だけでなく自治会長の協力も重要となってい て、倉沢地区の自治会長である山梨正治さんの協力的な姿勢は本当にありがたい」と、自治 会の協力に対して感謝の言葉を述べていた。

一方、倉沢地区の住民は行政主導の地すべり対策事業についてどう考えているのだろう か。倉沢地区で農業を営む川島廣夫さん(男性、80 代、倉沢地区)は、工事の際に道路を 作る目的で農地の一部を県に買収された。また、工事のために貸した農地もある。所有する 農地に最近地すべりによって崩れた部分があるという川島さんは、地すべり対策事業につ いて、次のように話していた。

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現在の地すべり対策事業は、日本の大動脈である道路が遮断されるのを防ぐためであり、

大切なことであるのは納得している。しかし、農家にとって地すべり工事は困るところがい くつかある。たとえば、集水井などを使って水抜きをやっているが、畑をやっている人にと っては水がないとミカンは育たない。雨が降らない状態が続くと土に水分がなくなってビ ワの玉が大きくならないなど困ることになる。実際に 2,3 年前は雨が降らなくて困った。

畑の土地も、工事が終わったら返してもらうことになっているが、例えばビワは10年しな いと木が大きくならないし、良いものは作れない。自分は高齢のため、土地を貸すより買い 取ってもらう方が嬉しいが、その 1 回の保証より畑を貸さずに作物を育てて売った方が収 入は大きい。地すべり対策工事は国からの一方的な事業だと感じる(2018 年5月29日聞 き取り)。

また、地滑り対策工事をおこなっている富士砂防事務所は、定期的に倉沢地区の住民に向 けて工事計画説明会を開き、現在の工事状況や工事予定、質疑応答の機会を設けている。私 はフィールドワーク調査最終日の5月31日に、「平成30年度第1回工事計画説明会」が開 催されたため、見学させてもらった。行政側は工事の説明を、配布資料やスライドを使って 丁寧に説明し、説明会に参加した住民は真剣に説明を聞いていた。しかし、最後の質疑応答 では、土地の返却や工事後に壊れた場所の復旧作業などについて住民から不満の声も上が っていた。

写真2 平成30年度第1回工事計画説明会の様子(水野撮影)

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これらの事例から、対策事業をしている行政側は住民の生業や暮らしに配慮しながら工 事を進めようとしているが、住民からの評価には厳しいものもあることがわかる。

地すべりをめぐる行政の対策と、住民の意識のあいだにこのようなすれ違いが起こるの はなぜだろうか。先にも述べたように、ハザードをどこから災害と見なすかのラインが異な ることが、こうしたすれ違いの一因であるといえるだろう。また、一般的に行政は国を効率 的に動かすための対策を講じているが、住民は自分の生活範囲内で起こりうることに強い 関心を持つ。ミシェル・ド・セルトーは、『日常的実践のポイエティーク』において、社会 を上から監視する立場と実際にその中で暮らしている人々の立場を、高層ビルの上から眺 める景色とビルの下の街の歩行者の空間で表現している。ある社会を治める際、その社会を 規律化することで細かな事例を見ることなく一望監視でき、管理が行いやすくなる。しかし、

実際にその社会で生活している人たちの目線や実践を知ることはできず、反対に社会を管 理している側の目線を住民は知らない(ド・セルトー1999)。

このように、実際に社会で生活している住民と、政策や制度などを使って社会を規律化し 管理している行政は、災害対策においても見ている目線が違うため、意見の相違が生じるの である。こうした相違を乗り越えて対策を実施してゆくには、まず行政と住民の間にある根 本的な目線の違いをお互いが認識しあい、理解に努めることが重要ではないだろうか。

おわりに

寺尾地区に住むAさん(女性、80代、寺尾地区)は、現在意識する災害は地震、津波で、

東日本大震災後にこの災害について意識するようになったのは自分だけではないだろうと 語る。寺尾地区は山と海に挟まれた細長い土地であり、東に 2 ㎞行った北田地区に避難場 所はあるが、山崩れや津波の時にそこまで避難できないだろうから、とりあえず山の方に逃 げるか、もうこの家と一緒におさらばしようかと考えているそうである。地すべりのための 工事は何億もかけてやってくれているから、ちょっとやそっとで地すべりが起きることは ないだろうが、もし東日本大震災レベルの地震がきたら、ひょっとしたら地すべりが起きて しまうこともあるかもしれないと感じているという。

同じく寺尾地区に住む小池弘美さん(前述)も、現在意識する災害は地震であるという。

その時は寺尾公園が一時避難場所に指定されているが、そこは寺尾地すべりが起きた場所 だから工事してあるといっても安全なのかという疑問がある。避難場所へも山崩れなどが 危険で移動が難しいだろうと感じている。地すべり対策工事によって少しは安全になった と感じられるが、大きな災害で地すべりが引き起こされたらそれは仕方がないことであり、

自分が生き残れるかどうかも分からないと語っていた。

また、地すべりは今でも感じることがあるという。小池さんは段々になっている畑の土が なくなり、木の根が見えてきているのを見ると、地すべりが起きていると分かると話してい

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た。西山寺地区に住む芦澤文人さん(男性、70 代、西山寺地区)も、畑が少しずつ動いて いると感じるという。国による対策がしっかりなされているため、大きな災害が起こるとは 思っていないが、今後絶対起きないとは言い切れないもので、地すべりはどうしようもない し向き合うしかないと語っていた。このように、地すべり防止工事により安心して暮らせる が、今後地すべり災害が絶対に起きないとは言い切れないと、今回話を聞いた住民は答えて いた。防止工事により地すべり災害の危険性は低くなったが、今でもその想定は住民の中で あり続けている。

由比地区で地すべりによって起こった大きな災害は、1974年の七夕豪雨災害以降は起こ っていない。その理由は行政による地すべり対策事業の成果のおかげだろう。住民が現在、

防災に関して想定するのは地震、津波であり、東日本大震災の影響によりその意識が生まれ たと考えられる。しかし、地震や津波が意識され地すべり対策工事が進められているからと いって、住民の地すべりに対する防災は決して過去ではない。日頃意識することは少なくて も、地すべりによる災害は絶対起こらないとは思わないし、地震などによって引き起こされ ることもあるだろうという意見もあった。地すべりとの暮らしは今でも続いているのであ る。

謝辞

本調査を実施するにあたって、沢山の方々にご協力いただきました。プライベートな質問 にも熱心に答えてくださり、地域を案内してくださった由比地区の皆さん、多忙な仕事の合 間に地すべり防止工事について説明してくださった地すべり対策事業関係者の方々、暖か いご対応に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

参考文献

海上智昭・田辺修・渡辺美香・相川沙織・須藤啓介・岡村信也

2012 「行動科学・社会科学的な災害の概念定義の整理―1920年以来の軌跡と現在の課

題―」『日本リスク研究学会誌22(4)』:199-218頁。

木村周平

2013 『震災の公共人類学―揺れとともに生きるトルコの人びと』世界思想社。

ド・セルトー, M.

1999 『日常的実践のポイエティーク』山田登世子訳、国文社。

農林水産省農村復興局農村環境課

2008 『地すべり災害を予防・軽減するための活動の手引き―住民の皆さんができる地

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すべり対策―』(農林水産省ホームページhttp://www.maff.go.jp/j/nousin/noukan/

tyotei/t_zisuberi/pdf/yobou_tebiki_1.pdf 2018年8月8日取得)。

藤田崇

1990 『地すべり―山地災害の地質学―』共立出版。

由比町史編纂委員会編

1989 『由比町史』静岡県由比町教育委員会。

参照

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